Posted on 2018/10/03
雑誌「タイトル Title 創刊 平成12年 5月号」に掲載された久石譲・田中麗奈の対談です。映画『はつ恋』公開にあわせて組まれたものです。対談ではこの映画の音楽についてたっぷり語られています。
田中麗奈 × 久石譲
「存在感」
デビュー作『がんばっていきまっしょい』で世間をあっといわせた女優・田中麗奈。彼女の主演第二作となった映画『はつ恋』ではオルゴールのメロディが重要な鍵となる。その音楽を手がけたのが、今や日本映画になくてはならない作曲家・久石譲。『はつ恋』で映画音楽に魅せられた田中麗奈が果たした、久石譲との初めての出会い。
久石:
最初にいただいたお話は、この映画の中の実際のシーンで使われる楽曲を一曲作って欲しい、というものでした。
麗奈:
お母さん(原田美枝子)が大切にとっておきたオルゴールの音楽。映画全体を通してキーとなる曲ですね。
久石:
はい。でも、いろいろ話をお聞きしているうちにとてもいい内容だったので、楽曲一曲だけ提供するより、スタンスとして映画全体に関わりたいと思うようになった。僕は仕事を音楽監督という立場でお引き受けするようにしてるんです。どうしても、このご時世だと、いろいろなタイアップがついたりして、なぜかわからないけれどエンディングになると変な歌が流れたりする(笑)。でも、それはテレビに任せておけばいい。映画を作品として完成させるためには僕はそういうことは望まない。だから、『はつ恋』でも映画の中で流れる音楽は全て責任を持つという音楽監督という立場でお引き受けしました。麗奈さんは今回、出番が多くて大変だったでしょう。
麗奈:
そうですね。ほとんどのシーンでどなたかと共演しています。原田さん、真田(広之)さん、平田(満)さんたちベテランの方々にいい意味で引っ張ってもらいました。今までは考え過ぎてしまうところがあったんですが、今回はその時々の状況に素直に反応しよう、いい意味で受け身になろうと思ってました。
久石:
その受けるっていうのはよくわかる。考えてみたら大変な演技者ばかりだもんね。なおかつ、自分が主役だから他の人の上をいかなきゃならない。受け身を意識したというのは正しいでしょうね。あのぐらい演技のうまい人たちは出る時は出るし、引っ込む時は引っ込めるだろうけど、『はつ恋』では総じて控えめな演技をしている。真田さんは今まで出演された作品の中でベストの演技じゃないかな。どの作品よりも相当抑えてる。原田さんも抑えてる。それなのに、存在感がすごくある。不思議ですが、そういう時の方が存在感が出る場合があるんです。
麗奈:
久石さんの音楽もそうですよね。とてもシンプルなんですけど印象的。聞いてて不思議な感じがしました。気持ちいい音なのに、なんともいえないさみしい感じがしてくる。
久石:
主人公が17~18歳という設定だと2つの方向性が考えられるんです。一つは北野(武)監督の『キッズ・リターン』のような動的な感じ。そういう映画だとリズムを強調する。もう一つは『はつ恋』のような優しいイメージ。17~18歳の女の子の揺れる気持ちを出したかった。それで篠原(哲雄)監督と話し合ってシンプルな感じで行こうと。『はつ恋』って小粒だけどキラリとしたいい映画ですから、最初からピアノと分厚くない弦の世界で作るのが一番いいなと思ったんです。そういったイメージはとても作りやすい映画でした。
麗奈:
特に印象的だったのが原田さんと真田さんを再会させる約束の日の前夜のシーン。音楽を通して「明日。明日がいよいよ約束の日なんだ」と気持ちがどんどん高まっていくんです。音楽ですごく盛り上がるシーンでした。
久石:
あのシーン、トータルで6分あるんです。「ここは全部音楽入れて下さい」っていわれた時はちょっとめげましたが、あそこはもう、一番力をいれました。もちろん全部力いれてるんですけどね(笑)。あの6分の中で麗奈さんが真田さんの部屋から外に出て、ふっと見上げるシーン。あの麗奈さんの顔はベストショットだと思います。僕は女優さんの演技を見ていて、一番気になるのが目の強さなんです。俳優の存在感ってつまるところ目じゃないかなと思う。あのシーンの麗奈さんの目、存在感がとても強い。
麗奈:
すごくうれしいです。あれは夜中の撮影で本当に大変でした。寒い中スタッフみんなですごくがんばってできたシーンなんです。雨を降らせて、ライティングも凝りに凝って、撮る前からスタッフの方たちの熱気がひしひしと伝わってきました。私の気持ちを盛り上げるためにオルゴールを流してくれたり、演技に集中できるように準備時間とってくれたり。
久石:
それは画面にちゃんとでてるよ。
現場の熱気が生んだシーン
そして”恐怖”の初号試写
麗奈:
雨の中走ってカメラに寄らなきゃいけないシーンなんです。でも、走って来るとカメラがどこにあるかわからないんじゃないかって気になってたんです。そうしたらカメラマンさんが「大丈夫だ、俺に任せろ。俺が寄るから」って言ってくれて。とても熱い現場でした。だからそう言ってもらえてすごくうれしいです。涙でそうになっちゃいました。
久石:
みんなが一つになれるシーンがあるっていうのは映画を作ってて、とても幸せだよね。そういうのがないまま終わっちゃう映画もあるから。
麗奈:
今回(『がんばっていきまっしょい』で高い評価を受けて)「プレッシャーはありませんでしたか」ってよく聞かれるんですけど、賞がどうとか、そういうプレッシャーはなかったんです。ただ演じてると、ライティングも素晴らしいし、桜もきれいだし、音楽ももちろんいい。これはきっといいシーンになるはずだというシーンがどんどん増えてきて、『はつ恋』はいい映画になるはずだ、ならなきゃおかしいと思うようになったんです。そうなると今度は逆に自分の演技にプレッシャーを感じるようになって。完成して初めて見た時は、自分の演技しか見られなくて、かなり落ち込みました。がっかりして、もう見られないと思ったぐらいです。
久石:
それはよくわかる。僕もちょうど初号試写見たあたりってだめなんです。やっぱり自分の音楽中心に聴いちゃうから。「なんだボリュームが小さい」とか、「しまった、ここで音楽がいくんじゃなかった」とか、反省ばかりしちゃう。冷静に初号試写見たことってないですね。ほとんど反省してばかり。でも、みんなそうじゃないかな。自分が関わったものって半年とか一年ぐらい時間がたって、やっと冷静に全体が見えるようになる。
麗奈:
そうそう。私も半年たって、ようやく冷静になってもう一度見てみたら『はつ恋』をとても好きになったんです。もちろん、自分の演技に反省する点はあっても、とてもきれいな映画だなと思いました。
久石:
麗奈さん、今後はどんな役やってみたいですか?
麗奈:
私、シンガーの役をやってみたいんです。CDを出したいとかそういうのではなくて、ライブが好きなんです。限られた時間の中で自分のパワーを使い切って、自分を全部出す。見ている人が鳥肌立つくらいに興奮や感動を体で感じる。そういうのがとてもかっこいい、気持ちよさそうっていう、ただそれだけの理由からなんですけど(笑)。
久石:
コンサートって大体2時間ぐらいじゃないですか。その2時間、集中してパワーを出しきるってとても楽しいと思います。舞台もそうなんじゃないかな。ぜひシンガーの役やってみてください。
麗奈:
はい。あと、アクションもやりたいんです。格闘的なことをやってみたい。『マトリックス』を見てからなんですけど。
久石:
『マトリックス』いいよね。僕はレコーディングにいったシアトルで見たんです。でも、ストーリーも結構難しいし、全部英語だったから、ちょっとわからなくて。それで日本の試写会で見て、後でもう一回、自分でお金払って見に行きました。3回も見ちゃった。
麗奈:
おもしろいですよね。アクションやりたいと思うようになったのは実はキャリー=アン・モスを見て憧れたからなんです。
久石:
ウォシャウスキー兄弟の作品は『バウンド』もむちゃくちゃおもしろかった。すごいなあと思ってたらやっぱりきましたね。
麗奈:
久石さん、映画をお撮りになりたいっていうお気持ちはないんですか?
久石:
ふー(苦笑)。自分から撮りたいと言ったことはありません。自分にとってすごいプレッシャーになのはやっぱり日本で一番のヒット作を作った監督(宮崎駿監督)と世界で賞をとった監督(北野監督)と一緒に仕事をしてるじゃないですか。あの二人が見て、「なんだ、こんなもんか」って言われるのが一番しゃくなんです。そうするとやっぱり、「いいんじゃない」って言われる水準の作品を作れるかどうかが問題ですから。その自信がついたら、いつでも。その節は麗奈さん、よろしく(笑)。
麗奈:
こちらこそよろしくお願いします。
(タイトル Title 創刊 平成12年 5月号 より)