Blog. 「CDジャーナル 2002年4月号」 冨田勲 vs 久石譲 対談内容

Posted on 2018/10/15

音楽雑誌「CDジャーナル 2002年4月号」に掲載されたものです。冨田勲と久石譲という日本を代表するふたりの作曲家の貴重な対談内容になっています。

 

【現代コンポーザーspecial対談】
音、映像、そして空間の魔術師たち
冨田勲 vs 久石譲

作曲家活動50年という時間のなかですこしも止まることなく、日本文学の最高傑作とされる『源氏物語』をテーマに、あらたにコンサート組曲と映画音楽というふたつの作品を仕上げた冨田勲。一方、宮崎駿、大林宣彦、北野武といった日本映画を代表する監督たちとともにその代表作を音楽面から支えてきた久石譲は、はじめて自分自身で映画作品を仕上げた。そんなふたりにとって映像と音楽の関係、そして自分らの作品への想いはどんなものだろう。そして、それぞれの仕事へ向ける興味とは。

久石:
「もう30年も前のことになりますか、ほんの少しだけ冨田さんのお仕事を手伝ったことがあるんですよ。NHK大河ドラマ『新平家物語』のテーマ録音でした」

冨田:
「へ~え。あれはたしかまだシンセサイザーを使ってないですよね」

久石:
「ええ、キーボードを弾かせていただいたんです。当時の学生仲間が琴で参加していまして、ちょっと助っ人に来いということだった。そのときスタジオでお目にかかって〈いや、3日寝てないんだよ〉と話されていたのがすごく印象に残っています。作曲って体力勝負だな、と思いましたよ」

冨田:
「いや、ほんとうにぼくらの仕事は肉体労働だよ。やっとこの頃、どうにか自分でコントロールできるようになってきたけど。久石さんなんか、いまが死ぬほど忙しいでしょう? 仕事がいろいろな方向へ拡がっているものね。すごく興味を持って見させていただいているんですよ」

久石:
「いやいや、ボクにとっては、一瞬のうちに響きやサウンドが聴き手の耳を惹きつけてしまうという冨田さんの仕事がいつも一番気になってきたものなんです」

冨田:
「なんだかいつでも押しまくられているなかで仕事してきた、というのが実感なんだけど、そんな風に感じてもらえたら最高ですね。でも、余裕があるから出来にも満足できるかというとそうでもない。緊張のなかでポッといいものができたりする」

久石:
「〆切ぎりぎりのテンションが高まったなかでやるのがよかったりしますよね」

 

『源氏~』に漂う幻想的なトミタ・ワールド

-エールの交換といった感じですが、そんななかで仕上げられた今回の仕事。冨田さんの『源氏物語』関連2作品、久石さんの『Quartet ~カルテットOST』と『ENCORE』、それぞれについて聞かせていただけますか。

冨田:
「ぼくの場合はたまたま『源氏~』が重なったんです。はじめにコンサート版の『源氏物語幻想交響絵巻』があり、そのあとに『千年の恋~ひかる源氏物語』のオリジナル・サントラといった具合いにね。偶然なんですよ」

久石:
「ロンドン・フィルとやった『~交響絵巻』は、サウンドも音楽も素晴らしかった。オーケストレーションは全部、ご自分で書かれたんですか?」

冨田:
「不思議なもので覚えてるんだよね。シンセサイザーを使うようになってから、楽譜を書くなんてこと一切やらなかったのに、今回試してみたらできるんですよ。30年ぶりだよ。でも、結局、自分でやってよかったというのが実感ですね」

久石:
「ナマの楽器を使っても間違いなく冨田さんの音ですよね」

冨田:
「普通、ぼくはテーマ音楽をつくるときには主人公に入れ込む。脚本などをとことん読み込んで自分なりのイメージをつくってね。それが今回は違っていたんですね。最後まで光源氏の顔がでてこない。人間の本質がでてこない。わからなかったんだね。だから結局、光源氏のテーマってないんだよ。その代わり、紫の上の哀しみのようなものがずいぶん強く漂っていますよ」

-『千年の恋』も同じことですか?

冨田:
「いや、ぼくのなかではまったく別ですね。具体的には源氏、六条御息所、若紫と、みんな役者さんがいる。その意味ではイメージはまとまりやすかった。ただ、彼らが暮らしているベールの向こう側の世界を表現するのには、ナマの楽器ではなくシンセサイザーで創った音、幻想的な音が適していると考えたんです」

久石:
「メロディを創るだけじゃなく、和音や音色まで創造する。自分が発想した音色をそのまま実現するのがシンセサイザーですからね」

冨田:
「ぼくはモノラル放送2ラインを同時に使ってステレオ放送を流すというNHKの『立体音楽堂』という番組から大河ドラマの音楽へというように、作曲の道に踏み込んだ。でも、そのうちに、いろいろな曲を書いても結局は自分の書いてる譜面は前に誰かがやっちゃってるんじゃないか、と悩むようになりまして。ピアノもヴァイオリンも、もう誰かがやり尽くしてるんじゃないかってね。そんなときに出会ったのがシンセサイザーだったんですよ」

久石:
「最初のころにシンセは、たしかにすごくイマジネーション豊かな楽器でしたよね。なんといってもひとつひとつの音から創っていかなければならない。逆に創れる。電子楽器とはいっても、その意味では手作りの楽器だった。それと、また別のところでボクが非常に面白いと思ったのは、作曲の過程というのが冷静に音を数値に置き換えていく作業だと気づいたことでした。自分と自分が出す音を客観的に見られるようになる訓練だったともいえますね。シンセは本来、音色を創らなければならない。でも、いまはあふれるほどサンプリングがありますよね。クラリネット、フルート、弦……それをそのまま使うなら、ナマの楽器の音の方がいいんじゃないかな」

冨田:
「アナログのころは同じシンセサイザーを使っても、個性があってそれぞれの作品に深みがあったよ」

久石:
「冨田さんの『月の光』を聴いたときのショックといったらなかったもの」

 

音以外の”世界創造”を、と映画制作に辿りつく

-ところで、久石さんのあたらしい方向性はどんなところからでてきたんですか。映画音楽から映画そのものへですよね。

久石:
「宮崎さんや(北野)武さんの映画作りをみていると、とてもじゃないけど、あんな大変な思いをするのはまっぴらだし、だいたい自分にはとても無理だ、というのが正直な感想なんですよ。でも、それとは違ったところで、これまでは”音楽で世界をつくってきた”のだけれど、もっとべつの形で”世界創造”をしてみたい、やってみたら、どんなになるのだろうという気持ちが強くなってきた。『Quartet~カルテットOST』という作品はそんな気持ちの表れなんです」

冨田:
「ぼくもそうなんだけれど、作曲するときって自分なりのイメージを持ちながら、つねに映像とのズレがあるよね。それがかえっていいものを創るバネになったりする。逆に自分で両方引き受けてしまうというのは辛くないの?」

久石:
「脚本を読み込むなかで自分のイメージができる。もちろん実際の映像は違ったものになるから、ある程度の距離を保ちながらその違いを出していく、ということなんです。ただ、だんだん音楽だけでは表現できないものがたまってきた。こういう映像でこういったものがあってもいいんじゃないか、ビジュアルをふくめて自分の創作を実現してみたい。そんな気持ちですね」

冨田:
「久石さんはライブラリーが広くて懐が深いから、それができるんだろうな。ぼくの場合、自分の志向は割と狭いんで、そこからはずれると意外に弱いんだ」

久石:
「いえ、じつは『Quartet~カルテット』は音楽映画ですから、逆にそのための音楽は必要ない。弦楽四重奏団が主人公だから、彼らの演奏だけで音楽は十分。劇中でかならず音楽がなるから、映画音楽を一切書かないでやろうということで、映像を創る自分と音楽の距離をとったんです。もちろん、そうは単純には行きませんでしたが」

-それと較べると、ソロ・ピアノの作品『ENCORE』の位置づけはどういったものでしょう。

久石:
「14年ぶりにやってみたピアノだけのアルバムなんですよ。映画音楽からはじまって、ここ数年、イベント・プロデュース、映画制作と仕事の枠を大きく拡げてしまったんです。音楽に向かう自分自身が一番ピュアな原点に戻らなきゃいけないという気持ちになった。それがこのピアノ・アルバムというわけです」

冨田:
「なにかをやってだれかを驚かそうとかじゃなく、たまたまやりたかったことや、やらなきゃいけないと突き動かされたものを手掛けるんだよね」

久石:
「活動は線だから、目前にあるものに向かって自分を表現していく。もちろんその向こうには聴き手がいるわけです。でも、まずは自分がどこまで納得できるかが大切でしょう」

冨田:
「ぼくの場合、それはずっとこだわり続けてきた立体感あふれる音楽だったりする。だからいま四方八方から音が聴こえる日常生活の音を体験できるDVDオーディオに興味津々だよ」

久石:
「長野パラリンピックの総合プロデューサーをやり、福島の『うつくしま未来博』ではフル・デジタル・ムービーとステージ・パフォーマンスを組み合わせました。あまりにも拡がりすぎたので音楽の仕事へ立ち返ったのがいまの姿。ここからまた踏み出そう、というところですかね」

そう語り合った冨田氏と久石氏。まだまだ新しい音楽の姿で、わたしたちを魅了してくれそうな予感を漂わせた対談だった。

 

「こだわっているのは、やはり立体感のある音楽ですね」(冨田)

「純粋に音楽へ立ち帰ろうと思っているのが今なんです」(久石)

 

(CDジャーナル 2002年4月号 より)

なお本誌には貴重な2ショット写真も掲載されています。

 

 

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