Blog. 「PREMIERE プレミア 日本版 October 2001 No.42」 久石譲インタビュー内容

Posted on 2018/10/16

映画情報誌「PREMIERE プレミア 日本版 October 2001 No.42」に掲載された久石譲インタビューです。

『joe hisaishi meets kitano films』『千と千尋の神隠し』『Quartet / カルテット』『Le Petit Poucet』、怒涛の2001年を象徴するような、そして各作品ごとにしっかりと語られた貴重なインタビューです。

「Summer」(菊次郎の夏)は第2テーマのつもりだった?!宮崎駿監督はミニマルを要求した?!日本を代表する二大監督の音楽を手がけてきた久石譲。それぞれ別ベクトルで音楽を創作してきたものが、大きく交わろうとした2001年とも言えるのかもしれません。

 

 

映画音楽の魔術師
久石譲が奏でる新しい旋律

彼の音楽なくして、2人の映画は語れない。北野武と宮崎駿、共に日本が世界に誇る映画監督の作品を見るとき、久石譲の生み出したサウンドは単なる音以上の力を持つ。それは映像と一体となってイメージを膨らませ、見る者の耳と目に鮮烈な印象を残す。その彼が、『カルテット』では指揮棒の代わりに自らメガホンを握った。北野作品、『千と千尋の神隠し』、初監督作、そして初の外国映画とのコラボレーションなどについて、マエストロが語った。

Text by 前島秀国

 

北野武監督とのコラボレーションを集大成したベスト盤『joe hisaishi meets kitano films』の発売、宮崎駿監督『千と千尋の神隠し』完成披露、自身の初監督作品『カルテット』完成披露、そしてフル・デジタル・ムービーによる監督第2作『4 Movement』の初上映……。

わずか1ヵ月の間に驚くべき密度の濃さである。秋には全国8ヵ所を訪れるツアーとソウル公演を控え、指揮者への意欲も見せる。八面六臂の活動ぶりを見せる久石譲を、もはや「音楽家」という枠組みにはめておくことはできない。

 

北野武監督作品

「今回のベスト盤は僕にとって重要な作品です。北野監督のために書いてきた音楽が、実は自分のソロアルバムのための音楽と呼べるものでもあった、という面を含んでいます」

最新作『BROTHER』ではトレードマークのピアノ・ソロでメインテーマを奏でることを潔しとせず、リード楽器にフリューゲルホルン(トランペットより若干、柔らかい音を発する)を使用して話題となった。

「もともと監督はピアノと弦が好きで、ブラス(金管)はあんまり好きじゃないんです。僕もあんまり好きじゃなかった(笑)。しかし、LAの乾いた雰囲気をフル・オーケストラでどう表現すればよいかを考えたとき、あえて硬質で乾いた響きをブラスや木管で表す方向に切り替えたんです。作品的に見れば『BROTHER』は『ソナチネ』や『HANA-BI』の延長線上に位置づけることができるので、その2作と同じような音楽を繰り返せば何の問題もない。ただし、それをやってしまったら今度、北野監督とコラボレーションを組むときに音楽がマンネリ化してしまう。北野監督の世界もどんどん大きくなっているわけですから、音楽の側もキャンパスを広げる作業をして対応しなければならない、という気持ちがあったのです」

北野監督や宮崎監督と組んで音楽を書くとき、久石は自分自身のソロアルバムでは得ることのできない大きな喜びを感じるという。

「例を挙げると『菊次郎の夏』のメインテーマ『Summer』。あれは僕にとっては第2テーマだったんです。もともと『菊次郎の夏』では北野監督が『絶対にピアノでリリカルなものを』というイメージをはっきりもっていたので、その意向に沿って第1テーマと、軽くて爽やかな『Summer』を作った。そして両方聴いて頂いたときに『あ、これ、いいね』と監督が洩らしたのが第2テーマだったんです。そう言われたら、こっちはパニック(笑)。つまり、映画のなかの重要な個所は第1テーマで押さえたつもりだったのに、監督が気に入ったのは第2テーマだから、全部入れ替えなければならない。しかし、そのときに監督が出した方向性というのは、実は圧倒的に正しいんですよ。僕なんかでは太刀打ちできない『時代を見つめる目』があるんです。軽かったほうの『Summer』が結局メインテーマになり、しばらくたってからそのテーマ曲が車メーカーに気に入られ、1年以上もCMで流れている。宮崎監督もそうですが、彼らは音楽が社会に出たとき、人々の耳にどのように聞こえるか、ちゃんと知っているんですね」

 

『千と千尋の神隠し』

その宮崎監督が引退宣言を撤回し、実に4年ぶりのコラボレーションとなった『千と千尋の神隠し』。これまでの宮崎アニメ同様、本作でもサントラ録音に先立ってイメージアルバムが制作された。このイメージアルバムと実際のサントラの仕上がりは時に大きく異なることもあり、作曲家は通常の倍の手間をかけなくてはならない。今回、『千と千尋の神隠し』のイメージアルバムで興味深いのは、本編で使用されていない歌が数多く収録されていること。しかもすべて宮崎監督の作詞によるものだ。なかでもムッシュかまやつの陽気なヴォーカルと「さみしい さみしい 僕ひとりぼっち」という歌詞が奇妙なミスマッチを生み出すカオナシのテーマソングなど、『千と千尋の神隠し』を読み解くための鍵が隠されているようにも思えるのだが。

「イメージアルバムの制作に入ったときには、すでに1、2ヵ月後に本編のサントラに取りかからなければならない時期にさしかかっていました。そこでイメージアルバムでは、あえて全部『歌もの』に切り替えたという事情があります。宮崎監督から頂いた説明がかなり詩的なものだったので、『じゃあ、これを全部歌にしちゃえ』と。ですから、映画と切り離して作ったアルバムですね」

ところが実際に本編に付けられた音楽を耳にし、大きな衝撃を受けた読者も多かったのではなかろうか。沖縄の島歌からガムラン、果てはロマンティックなワルツまで、驚くほど色彩的なスコアが展開されていた。

「宮崎監督は最初、すごくミニマルっぽいものを要求したんです。もともと『となりのトトロ』などでもミニマル風の音楽を付けたことはありますが、今回、監督から『ここのシーン、普通なら(フルオケで)ジャーン!と鳴らすところをミニマルで行きませんか?』と言われてびっくりしました。いつも宮崎監督は『自分は音楽のことはよくわからないので』とエクスキューズしていますが、北野監督と同様、映像に付ける音のあり方に関しては、ものすごく鋭敏な神経をもっていますね。『千と千尋の神隠し』のサントラでは、あまり好きなやり方ではないのですが、キャラクターごとに音楽を付けていくハリウッド的な手法をとりました。あくまでも少女の話なので、彼女の心情にできるだけ寄り添いながら静かな音楽で押し通し、あとは監督の世界観に(フルオケで)合わせると。ただ、その世界観をつかむのが大変でしたね」

 

真の音楽映画『カルテット』

これまで日本にもミュージカル映画や歌謡映画は存在した。しかし、久石監督のデビュー作『カルテット』は「日本初の音楽映画」だという。

「まず音楽映画とはどういうものか、明確な定期をしておかなければいけないと思いました。ドンパチがあればギャング映画、音楽があれば音楽映画というふうに考えれば、実際どのジャンルを見ても明確な定義など存在しないんです。そこで自分が考える音楽映画とは、まず第1に音楽自体がストーリーの展開と強く絡んでいなくてはいけない。第2に、せりふの代わりに音楽で半分ぐらいは表現してしまう。つまり、(音楽で)見る側にイマジネーションを広げてもらう。この2点を明確にして自分のスタンスをとろうというのが演出の根底にあったんです」

音楽大学の同級生だった4人の若者がカルテット(=弦楽四重奏団)を組んでコンクール優勝を目指すという青春映画、撮影にあたってスタッフに手渡されたのは、なんと監督の手による楽譜だったという。現場での混乱はなかったのだろうか?

「そりゃ大混乱ですよ(笑)。譜面を渡されて、『3小節目のジャン!で、左からカメラ寄る』なんて書いてあるわけです。結局、学生さんのアルバイトを雇い、たとえば阪本善尚カメラマンの後ろに1人付けて、「1、2、3、ポーン」という感じで背中を叩いてもらって撮ってもらいましたから(笑)。通常、オケを撮る場合もオケを恐れちゃって遠くから撮るだけっていうケースが圧倒的に多いんですよね。自分はオケの連中との仕事も長いんで、『はいっ!弦、全部どけ~!』ってガンガンなかに入って撮る」

袴田吉彦以下、主要キャストの演奏場面を、監督は「アクション・シーン」とみなして演出したという。

「袴田君たちは(プロの)ヴァイオリン奏者じゃないから、みんな(実際に)弾いていないってわかっているわけです。だから見る側が『あっ、本当に弾いている』と思えるところまでもっていくのが鍵でした。楽曲の小節ごとに顔のアップ、手のアップ……と決め、『その小節だけは何が何でも手とかは写るからね』と指示して、さらってもらったんです」

初監督の経験は今後、映画音楽作曲家としての彼にどのような影響を及ぼすのだろう?

「プラス、マイナス両面あると思います。プラスの面は、まず脚本の読み方が変わりましたね。つまり、カット割りを含めて監督の視線を前よりも強く認識するようになりました。映像をどうやって組み立てていくか、監督の気持ちがより深く理解できるようになった。マイナス面は、かえって深読みしすぎて映像のほうに寄った音楽を書いてしまう可能性がありますね。実は音楽を付ける作業では、直感的なところで決断したほうがかえって力強いものが生まれたりするんですね。映像と音楽が対等にあって、喧嘩するくらいの感じで距離をとりながら相乗効果になっていくのが、僕はいいと思います。そのあたりは今後、自分でも距離をとっていかなければならないですね」

 

初の海外作品は童話がベース

さらに驚くべきことに、こうした多忙な作業と並行しながら初の海外作品『Le Petit Poucet』のスコアも手がけたというから凄まじい。原作は「シンデレラ」などで知られる童話作家ペローの「親指小僧」だ。

「確かに子供も出演している童話ですが、結構残酷な映画なんですよ。なぜ僕のところに依頼が来たのかまったくわからないんだけど……スタッフは僕以外、全部フランス人なんですが、オリヴィエ・ドーハン監督は『トレインスポッティング』のフランス版のような映画をこの作品の前に1本撮っています。本人も鼻ピアス、目ピアスみたいな(笑)」

だが、久石はことさらフランスの風土に見合った音楽を提供するような、安易な姿勢をとらなかった。

「全体のサウンドの設計からいうと、〈日本〉をすごく出しました。和太鼓だったり尺八だったり……宮崎監督をはじめ、日本の監督は尺八を使うとすごく嫌がるんですよね。『尺八の音』とイメージを限定してしまうから、と。でも、フランス人には全然関係ないことなので、逆に前面に出したんですよ。そのほうが自分にとってリアリティがあるということもありますが、もうひとつはドメスティックなほうがかえってインターナショナルに通用する。要するに日本やアジアの風土に根ざした音楽を掘り下げた状態で提示すれば、それは世界中で通用するはずなんです」

これまでの名声に甘んじることなく飽くなき実験を重ねながら、活動の場は世界へ……。久石譲の新たなる挑戦が始まろうとしている。

(PREMIERE プレミア 日本版 October 2001 No.42 より)

 

 

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