Posted on 2024/10/04
つづけて、「NHKスペシャルドラマ 坂の上の雲」語られたエピソードをみていきましょう。久石譲(音楽)、小山薫堂(作詞)、麻衣(歌)、本木雅弘(出演)、藤澤浩一(チーフ・プロデューサー)の順になっています。
久石譲
明治を生きた若者達の群像。坂の上を目指し、”凛として立つ”彼らを音楽で描く。
今から十数年前に司馬遼太郎さんの著書を夢中で読み漁ったことがあります。いずれも名作でしたが、なかでも明治以降の日本を描いた『坂の上の雲』は、特に興味深く、この時代を生きた人々の純粋なエネルギーに心惹かれました。ドラマ化の話を聞いた時はすごく嬉しかったです。
映像のための音楽を制作する場合、いくつか方法があります。たとえば、エンターテイメント性の高いアクション映画だと、登場人物ごとにテーマ曲を作ることがあります。でも、司馬さんがこの作品で表現したかった精神世界や明治という時代の空気感を描くためには、個々の人間をクローズアップする手法ではニュアンスは伝わらない。それよりは時代に衝き動かされた若者達を群像としてとらえて、それをテーマに曲を書く方がいいと考えました。
明治は、近代日本において重要な時代です。若者を中心に長い鎖国から開放された人々は、驚くほど純粋で、素直に西洋に目を向けて世界の強国に追いつくためにひたむきに”坂の上”を目指していました。そのために西洋の文化も貪欲に取り入れようとしました。
音楽でいうと、当時はイギリスの教育を模倣し、教科書にはスコットランドやアイルランド民謡が多く載っています。その時に日本古来の文化を切り離そうとしたのは反省すべき点だとは思いますが、いずれにしても日本人が初めて西洋の音楽に触れた時代です。
『坂の上の雲』の音楽を制作するにあたり、その時代の高揚感を日本の五音階の世界観と西洋のモダンな和音の感覚を融合させながら描き出したいと考えました。そして敢えて協和音と不協和音がせめぎあう大人の音楽を目指しました。さらに音楽の手法として、僕の原点であるミニマル・ミュージックを随所で取り入れ、「激動」や「蹉跌」などでそれを前面に打ち出しています。
また、構想を練る段階でこれまでの「NHKスペシャルドラマ」の音楽にはない新しいチャレンジをしたいと考えました。そこから生まれたのが「Stand Alone」です。明日に向かって”凛として立つ”明治の人々の美しき姿を壮大なオーケストラの演奏だけではなく、普遍性のあるメロディの歌で伝えたいと思ったのです。そして、この歌を歌う最高のシンガーとしてクラシックとポップス両方の組成を持つサラ・ブライトマンさんに歌っていただきました。
このサウンドトラックには「Stand Alone」の4ヴァージョンが収録されています。サラさんの日本語の歌とヴォカリーズ、僕がピアノを弾いたボーナス・トラック、さらにオーケストラのインストゥルメンタル・ヴァージョンです。それぞれ違いを楽しんでいただけるかと思います。
今はさわやかな達成感とともに、「Stand Alone」がスタンダードとして長く歌い継がれていくことを望んでいます。
(2009年9月25日都内にて/取材・構成:服部のり子)
(『NHKスペシャルドラマ 坂の上の雲 オリジナル・サウンドトラック』CDライナーノーツより)
『坂の上の雲』の音楽
スペシャルドラマ『坂の上の雲』の音楽担当の話が来たのはもう7、8年前になります。司馬遼太郎さんの原作が大好きでしたから、ぜひ担当したいとお引き受けしました。
『坂の上の雲』についてはトータルで約80曲作りました。自分ではテレビドラマというより映画音楽として考えて作りました。通常のテレビドラマの音楽は1分とか1分半などの短い曲をたくさん作るようですが、僕は3分前後の曲を多く書いたので、実質膨大な量になりました。今回の作品は現代音楽からメロディアスな音楽まで、自分が作ってきたすべてを総動員して力を入れて作りました。今は3年間の放送を終えてとても嬉しい気持ちです。
最も重要だったのはやはりメインテーマです。番組の顔に相当するメインテーマをどう作るのか一番時間をかけて悩みました。
明治という時代には前体制が壊れて新しい体制に向かっていく楽天主義的な夢がたくさんある。そういう世界観を描きたい。最初にスコットランドやアイルランドの民謡が頭に浮かびました。素朴でどこか懐かしい。いつまでも心に残るような。そんなテーマ曲が書けないかと思いました。
そしてこれだけスケール感あるドラマなら音楽はシンプルにしたい。特にメインになる曲はどこまでシンプルにできるかにこだわりました。また、この物語は「英雄物語」ではなく、一生懸命生きた人間が巨大な戦争に巻き込まれていく話です。歴史の重要な1ページを描くには品格のある音楽を、しかもドラマティックすぎずに描かなくてはいけない。結果として誕生した曲がメインテーマ「Stand Alone」でした。そしてこれだけシンプルだったら、ぜひ皆さんに歌っていただきたいと思い、映画『おくりびと』の脚本家、小山薫堂さんの詞を得て”歌”にしました。
考えてみると、小学校の教科書には「蛍の光」「ロンドンデリーの歌」といったスコットランドやアイルランドの民謡が載っています。江戸から明治に時代が変わるとき、イギリス文化が取り入れられました。そして音楽教育のベースにもそういった音楽があったんです。僕たちは小さい頃からそういった音楽で育っているんですね。意識していなかったのですが、スコットランド民謡のような曲を書こうと思ったこと、最初にイギリス人歌手であるサラ・ブライトマンを起用しようと思ったこと、『坂の上の雲』の音楽を作るにあたってすべてが”イギリス”に向いていました。自分の中にある”イギリス”は『坂の上の雲』の音楽を作らせた大きな要因の一つでした。
昨年震災が起こりました。モノを創る人間として大変大きな衝撃がありました。何を目指して作っていけばよいのか、みんな分からなくなってきています。また、21世紀に入ってから今までの価値観ではやっていけないという事実に直面しています。そんな中、今回の音楽にかけて言うなら大事なのは”Stand Alone”という境地ではないかと感じています。
”Stand Alone”とは独りで立つということ。個人主義ではなく、自分は孤独で独りである、と認識すること。そうすれば人にやさしくすることも、人と力を合わせることも喜びに感じる。僕は最近、「目ざせ、Stand Alone」ということを懸命に考えています。
久石譲
(本原稿は2011年12月3日大阪府東大阪市:司馬遼太郎記念館/特別講演会「坂の上の雲と音楽」より談話を一部抜粋・加筆して再構成したものです)
(『NHKスペシャルドラマ 坂の上の雲 オリジナル・サウンドトラック 総集編』CDライナーノーツより)
作品にある純朴さを表現
宮崎駿監督の『もののけ姫』の音楽を担当すると決まったころ、宮崎さんと司馬遼太郎さんの対談が行われることになったんです。それで「宮崎さんが傾倒する司馬さんの作品って、どんなものなんだろう」と思い、1年くらいかけて司馬さんの全集を読みました。そのとき、いちばん自分の中に響いた作品が『坂の上の雲』だったんです。「いつか、この音楽を作ってみたい」と思っていたところ、今回、依頼をいただいたので、すごくうれしかったですね。
ドラマの脚本を読んで感じたのは、とにかく”ピュア”ということでした。長かった鎖国が解かれて、近代的な体制の諸外国に「追いつけ、追い越せ」という目標をもって生きる純粋な情熱。自分の人生を世の中を変えることに向ける姿が、とても印象に残りました。今の日本が先進国になって、もう失ってしまっている純朴さ、いちずさみたいなものがあるんですね。それを音楽でどう表現するのかを、すごく考えました。
メインテーマの「Stand Alone」は、第1回から4回までの演出を担当した柴田岳志ディレクターと打ち合わせをしているとき、「スコットランド民謡みたいな、シンプルな曲が1曲あるといいよね」という話が出て、そこから誕生した曲です。キーワードにしたのは”凛として立つ”ということ。人と人が寄り添いながら生きているのもすばらしいことなのですが、最後は1人ですくっと立つことができる、それが人間としてすごく大事なことではないかと思ったのです。それは〈坂の上の雲〉の時代だけじゃなく、今の時代にも共通して言えることではないでしょうか。
明治の人たちと重なるような音楽をイメージしたとき、明治時代に日本がイギリスから学んだものを考えました。実は私たちが学校で習う西洋音楽は、イギリス民謡から始まっているものが多いんです。たとえば、「蛍の光」や「ロンドンデリーの歌」。だから僕の音楽にも、スコットランド民謡やアイルランド民謡といったものがベースにある。個人的なことですが『風の谷のナウシカ』の音楽も、海外では「イギリス的なにおいがする」とすごく言われたので。その根底にあるのは、やはり明治からの音楽教育なんですよ。そういう自分の思いと、東洋的な5音階のやり方と、イギリス民謡のような素朴な音と、そういうものを自分の中でミックスしていく……。その過程を音楽でやりたいと思いました。
ですから、いわゆる劇音楽という使い方はしないで、僕が手がけていたミニマルミュージックをベースにした音楽で。泣かせようとか、盛り上げようとかではなく、役者さんたちの演技を信じて、ちょっと引いた感じで、そのうえで、できるだけシンフォニックに作りました。
(Blog. 「NHKウィークリーステラ 2009年12/5~12/11号」久石譲インタビュー内容 より)
「大型ドラマというと通常はオーケストラ作品。でも今回ちょっと違うものをやりたかった。そこでヴォーカルを入れようと。大きなドラマに対して誰が一番合うのか。国際的世界的スケール、そして日本が明治と変わっていく、それをアピールできる歌手を探していてサラ・ブライトマンさんになりました。」実際にサラが歌ったメインテーマを聴いての感想については「声が若々しく、こちらが思っていたスケール感が出ていたので、個人的に満足しています」と笑顔を見せた。
(Info. 2009/10/22 NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』で、久石譲とサラ・ブライトマンがコラボ より抜粋)
「私がNHKの知り合いのディレクターから「坂の上の雲」の音楽担当を依頼されたのは、もうずいぶん前のことです。大好きな作品だし、ぜひやりたいと思った。2011年で放映3年目。司馬さんは他の作品にも通じますが、秋山好古、真之兄弟のように、本当のエリートではなく2番手3番手に光を当てるのがとてもうまいですね。最初の第1部は青春期、第3部は二◯三高地の戦いと日本海海戦と決まっていましたから、第2部は少し心配していたんですが、子規の死にポイントをあててうまくいった。渡辺謙さんのナレーションと、よく合っていました。番組の最後に流れるテーマ曲「スタンドアローン」は、第1部はサラ・ブライトマンのスキャット、第2部は森麻季さんの歌、第3部はコーラスを入れました。第3部は「救済の音楽」。希望の見える音楽をテーマにしています。」
(Blog. 「週刊 司馬遼太郎 8」(2011) 久石譲 インタビュー内容 より抜粋)
「それはすごく嬉しいです。ああいう大型のドラマになると、大河ドラマのオープニングみたいに、「ジャジャジャ~ン!」という派手な音楽で出るのがふつうなんでしょうけれども、僕、そうはしたくなかったんです。あれだけの大作なんだから、その精神を受け止めるような、バラード的なもののほうがあの世界観が出るんじゃないかと思ったんです。」
(Blog. 「週刊朝日 5000号記念 2010年3月26日増大号」久石譲×林真理子 対談内容 より抜粋)
小山薫堂
「音の光」
知人から、時々こんなことを言われる。
「Stand Aloneというタイトルが、まず素晴らしいですね」
実はこのタイトルは僕がつけたものではない。作曲者の久石譲から曲をいただいたとき、すでに「Stand Alone」という素敵なタイトルがつけられていた。
久石さんの曲を聴く前に、まず脚本を読むことにした。イメージを膨らませて、言葉の欠片をできるだけたくさん頭の中に並べ、すでに出来上がっている曲とお見合いさせようと思ったからだ。
しかし、物語は壮大過ぎた。人間の尺度で話は紡がれるが、それは国、やがては時代のスケールで語られる。この世界観をそのまま歌にするのはとても難しい。それでも、時を経ても色褪せることのない普遍的な楽曲にしたい、と思った。
言葉に行き詰まってしまった時、初めて楽曲を聴いた。背筋をピンと伸ばし、誰もいない仕事場で大きく深呼吸して、CDプレイヤーのプレイボタンを押したのを覚えている。
それから先、どういう想いのもとにこの詞が完成したかは、あえて伏せておくことにしよう。ドラマの主題歌として皆さんがそれぞれのイメージを抱いている今、その誕生秘話を語るなんて野暮な話だ。
ただ…、ひとつだけ明かすとするならば、僕の頭の中にはずっと「光」のイメージがあった。闇の中にいる人たちにとって、この歌が「光のような存在」になればいいと思った。
光を一方的に求めているだけでは何も始まらない。人間ひとりひとりが自分なりの光を見つけ出し、それを仲間と共有したときはじめて、私たちは大きな光に照らされるのである。
そう、「Stand Alone」とは、音の光。もしこの楽曲が、あなたの心を照らすささやかな光になっているとするならば、僕がこれ以上語ることは何もない。
(『NHKスペシャルドラマ 坂の上の雲 オリジナル・サウンドトラック 総集編』CDライナーノーツより)
麻衣
「はじめて「Stand Alone」を聴いたのは、3年前にデモが完成したときでした。私自身『坂の上の雲』は原作も大好きだったので、楽曲を聴いた瞬間の感動は、今でも忘れられません。何より、まさか自分が歌えることになるとは思っていなかったので、とても光栄です。父から制作現場の話を聞く機会などもあり、個人的にもこの楽曲には3年間向き合ってきましたので、強い想いがあります。自分らしい「Stand Alone」を歌うことができたと思っています。「Stand Alone」は、「凛として立つ」という意味だそうです。それぞれが強い意思をもって生きた明治時代の人そのものだと感じています。この時代に生きた人々が築いた「日本」という国を、私は心から誇りに思います。なにがあっても後ろを振り向かない「前をのみ見つめながら歩く」という姿勢は、今の私たちに最も必要なことだと思っています。最大の敬意と感謝を込めて歌っていきたいと思います。」
「父は、私がこの曲を歌うことになるなんて、全く想定していなかったと思います。大好きなこの作品に、父と一緒に参加できたことは、自分の中でとても嬉しい出来事でした。」
(Info. 2011/12/18 麻衣の歌う『坂の上の雲』メインテーマ「Stand Alone」に注目 より抜粋)
本木雅弘
寄稿
曲が自分を追い越していきました。
身体を通過して、物語を通過して、知らないうちに久石さんの音楽が物語の高揚感とか、もしくは後味みたいなものを先導している形になっていました。
一言でいえば頼もしいというか、守られているというか。ドラマの撮影中「Stand Alone」にそんな不思議な力を感じていました。
(NHK BS「ザ☆スター」インタビューより談話抜粋・一部加筆修正)
(『NHKスペシャルドラマ 坂の上の雲 オリジナル・サウンドトラック 3 』CDライナーノーツより)
NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」
チーフ・プロデューサー 藤澤浩一
風が吹いた瞬間
もう正確な日付は覚えていないのだが、NHK交響楽団の演奏による録音を控えたある日のこと。久石譲さんから、何曲か音楽のデモが出来たとの連絡があり、演出家と音響効果のディレクターそして私の3人で、いささか緊張しながら久石さんの事務所へ向かった。そこは西麻布の一角にあり、六本木通りという日本でも有数の繁華な場所の近くにしては非常に閑静な住宅街の中で、もう日も暮れようとしている頃だった。
緊張していたというのは、映画音楽の第一人者のデモをその本人を前にして聞くということもあったのだが、事前の打ち合わせで、ドラマの登場人物に即した音楽は作らないと決めていたこともあって、一体どのようなプレゼンテーションになるのか予測がつかなかったからだ。例えばこのドラマで言えば、秋山真之のテーマだとか好古のテーマといったものは出来るだけ作らない。「坂の上の雲」の世界を構成するテーマを大掴みにして、そこからイメージする曲をひとつの作品として作ってゆく。打ち合わせで久石さんが提示したコンセプトはそういうことだったと思う。
予測がつかないまでも、「明治の青春」を感じさせる曲をいくつか聞けるのではないかという予想はあった。久石さんの周辺からもそんな情報が入っていたと思う。ドラマ全13本のうち初年度に放送する5本は、まさに「坂の上の雲」の「青春篇」というべきもので、生まれたばかりの「明治日本」という若い国の姿を主人公たちの青春像とが、折り重なるように描かれてゆく。その意味で青春をモチーフとした曲は重要だったし、久石さんもそういう曲から作るのではないかと想像した。
果たして、久石さんのワーキングスペースに通された私たちに渡されたリストには、「青春」や「旅立ち」といった曲名がある。そして、リストの最後には”Stand Alone”と記されていた。「???」。曲名からは何をモチーフとした曲なのかわからなかった。
その曲は美しい旋律で、デモの段階では英語の歌詞が乗っていた。大地に颯爽と立つ少年が風に吹かれている。その風は時に優しく、時に厳しく吹いているが、少年は空に輝く雲を見つめ、そこに向かって歩みを進めてゆく。そんなイメージが頭に浮かんだ。
聞き終わった瞬間、部屋の中に風が吹いた、本当に。そう感じるほど、感動していた。打ち合わせに来たはずが、最後には「久石譲コンサート」の聴衆になっていた。
そうした作品の数々が、外山雄三さん指揮によるNHK交響楽団の演奏や小山薫堂さんの歌詞、サラ・ブライトマンさんのヴォーカルという素晴しい援軍を得た。
みなさんの所にも、きっと気持ちの良い風が届けられることと思います。
(『NHKスペシャルドラマ 坂の上の雲 オリジナル・サウンドトラック』CDライナーノーツより)
生みの苦しみ、生みの喜び
ドラマの第1部はいわば「青春編」だった。日本が国際社会という舞台に初めて立ち、主人公たちがそれぞれの道を歩き始めるというストーリーだった。第2部は「友情編」である。ロシアとの関係が緊張を増し、ついに開戦となるなか、秋山真之の二人の親友、正岡子規と広瀬武夫が壮絶な最期を遂げる。兄の好古はロシアや清国の、本来は対決するはずの人々と親交を結んでゆく。子規や広瀬の死は音楽的にも大きなテーマだし、ロシアを音楽でどう表現するのかなど、久石さんのマラソンコースの上で、難所だったに違いない。
そしてメインテーマだ。ドラマは3部構成であり、しかも3年に亘って放送する。物語は激しく展開し、時代は変わり、見ている人たちも作っている私たちも変わってゆく。ならばメインテーマも変わっていったらどうだろうか。そう思っていたのは私だけではなく、久石さんも同じだったようだ。しかし、英国の歌姫のイメージを踏襲しながら、違和感なく新しいヴァージョンを創り出すのはかなりの難産だった。けれど、森麻季さんの歌声と久石さんの手腕で素晴しい曲に仕上がった。
(『NHKスペシャルドラマ 坂の上の雲 オリジナル・サウンドトラック 2 』CDライナーノーツより)
久石譲さんのマジック
スペシャルドラマ「坂の上の雲」第3部は戦争を描いている。映像では砲煙が立ち込め、激しく土煙が舞い上がる。銃口からは火花が散り、何隻もの軍艦が波しぶきを立てながらターンしてゆく。戦争の映像を作るために、制作現場も戦争のようになっている。最新の映像合成技術は凄まじく、リアルな戦場の映像を作り出してゆく。しかしドラマ制作の手間が減った訳ではない。コンピューターのキーを叩けば映像が生み出されるものではなく、結局は手作業だ。多くのスタッフが精魂込めて作業している。職人仕事の積み重ねで映像ができてゆく。この10年間で、撮影から放送にいたるドラマの制作環境はデジタルへと変わったが、やることは変わらない。デジタルを使ったアナログな作業だ。議論と試行と失敗とを積み重ね、現場から番組が生まれる。
音楽も同じであると思う。久石譲さんとわれわれスタッフが議論を積み重ね、できるだけ音楽イメージを共有しようとする。音楽という言葉にならないものについて話し合っている現場は、傍からはかなり滑稽に見えるかもしれない。しかし、音楽が生まれる端緒はそういう現場である。
議論の場における、われわれのある種滑稽な言葉と未完成の映像が、久石さんのもとに残される。そこからは久石さんの作曲家としての孤独な作業だ。ドラマは大勢のスタッフと出演者の共同作業によって作られるが、その中でも孤独な仕事を強いられるのが脚本家と作曲家である。しかし、その孤独な仕事から生み出されるものは素晴らしい。脚本家の原稿の一行が迫真の映像となり、作曲家のスコアは大編成のオーケストラが奏でる美しい音響となる。
第3部の音楽では、ひとつだけわがままを言った。メインテーマである「Stand Alone」を麻衣さんに歌ってほしいということである。麻衣さんは久石さんの娘さんで、3年前に「Stand Alone」のデモを聴いたときに歌っていたのが麻衣さんだった。そのときの鮮烈な印象が忘れられず、是非にとお願いした。
新しい「Stand Alone」を聴いたとき、「鎮魂の祈り」と「未来への希望」という言葉が浮かんだ。このドラマの締め括りにふさわしい音楽になった。ひとつの曲がドラマの各部ごとに変貌を遂げたというだけでなく、この3年間の社会の変化を敏感に反映しているように感じる。久石さんのマジックである。
(『NHKスペシャルドラマ 坂の上の雲 オリジナル・サウンドトラック 3 』CDライナーノーツより)
次回は、主題歌「Stand Alone」です。
『NHKスペシャルドラマ 坂の上の雲』楽曲解説
(1)イントロダクション
(2)語られたこと
(3)Stand Alone
(4)サウンドトラック
(5)組曲
(6)第1部(第一回~第五回)使用楽曲
(7)第2部(第六回~第九回)使用楽曲
(8)第3部(第十回~第十三回)使用楽曲