Blog. 「週刊朝日 5000号記念 2010年3月26日増大号」久石譲×林真理子 対談内容

Posted on 2019/07/05

雑誌「週間朝日 5000号記念 2010年3月26日増大号」に掲載された久石譲と林真理子の対談です。対談だからこそ引き出せる多彩な話題が飛び交っています。

 

 

マリコのゲストコレクション 509

林真理子 × 久石譲(作曲家)

音楽に詳しくない方でも、宮崎アニメなどで、きっとこの方の音楽を耳にしたことがあるはず。言わずと知れた日本を代表する作曲家、久石譲さんのご登場です。「久石譲」というお名前は、世界的作曲家クインシー・ジョーンズにちなんでつけたそう。日本のクインシー・ジョーンズ、意気軒昂です。

 

美しい曲は楽譜も美しいんですよ。パッと見た瞬間にわかります。

林:
久石さんは、宮崎駿監督作品の映画音楽はもちろんですけど、アカデミー賞の「おくりびと」やNHKの「坂の上の雲」の音楽も手がけてらっしゃって、すごいですよね。ことごとく当たっちゃうという感じ。

久石:
たまたまラッキーだったんです。そういう時期もありますし、何をやっても思いどおりにいかないときもありますしね。一つひとつの仕事がけっこう重いから、6勝4敗ペースでいければいいなと思ってます。

林:
「坂の上の雲」の最初のイントロ、壮大で素晴らしいですね。私、このあいだ松山の道後温泉に行ってきたんですけど、たしかにこの曲、松山をほうふつとさせますよ。

久石:
そうですか。僕、松山に行ったことないんですよ。

林:
ええっ(笑)。今、松山は「坂の上の雲」ブームで大変ですよ。高視聴率ですし、素晴らしいドラマですよね。原作はお読みになりました?

久石:
原作は、「もののけ姫」の音楽を作ったころ、十数年前に一回読みました。

林:
みんな途中で挫折しちゃいますけど(笑)、久石さんは8巻読み通すのに挫折しなかったですか。

久石:
いえ、夢中で読みましたねえ。僕、それまで司馬さんの本はあまり読んだことなかったんですが、宮崎さんが司馬遼太郎さんと堀田善衞さんと鼎談してる本が出たんです。「もののけ姫」のバックボーンには司馬さんたちの考え方が入ってるんじゃないかと思って、年間20タイトル、80冊ぐらい読みました。特に『坂の上の雲』は、この時代を生きた人々のエネルギーが伝わってきて、すごくおもしろかったです。

林:
「坂の上の雲」のテーマ音楽が聞こえると、意味もなく悲しくなるんですけど、雲の向こうに壮大な世界が広がっていくような気がして。あの音楽を聴いただけで、みんな胸がキュッとなるんじゃないですかね。

久石:
それはすごく嬉しいです。ああいう大型のドラマになると、大河ドラマのオープニングみたいに、「ジャジャジャ~ン!」という派手な音楽で出るのがふつうなんでしょうけれども、僕、そうはしたくなかったんです。あれだけの大作なんだから、その精神を受け止めるような、バラード的なもののほうがあの世界観が出るんじゃないかと思ったんです。

林:
私、久石さんのその意図に見事にはまりました(笑)。最近の民放、チャラいことばかりやってますけど、やっぱりNHKはすごいですよ。私、見直しちゃった。

久石:
本当に。ドキュメンタリーを見てもいいじゃないですか。

林:
いいですよね。私、NHKの民営化絶対反対です、体を張って。「おまえが体を張ってどうするんだ」って言われそうですけど。(笑)

久石:
アハハハ。

林:
久石さん、たばこお吸いになるんですよね。どうぞ。

久石:
大丈夫です。ギリギリまで我慢します。(笑)

林:
けっこうお吸いになる人多いですよね、音楽関係の人。

久石:
ストレスが多いから、どうしても吸っちゃいますよね。

林:
でも、順風満帆じゃないですか。

久石:
全然そう思ったことないし、目の前のことしかわからないです。毎日午後1時ぐらいにスタジオに入って、夜中の12時前後までずっと曲を作ってまして。それから帰宅して、朝6時くらいまで次の演奏会で指揮をする曲の譜面の勉強をするんです。これを半年以上繰り返したので、さすがにちょっと疲れましたね。

林:
すごいスケジュール……。

久石:
本来、作曲家ですし、今、映画音楽を2本ぐらい作ってるので、譜面の勉強はどうしても真夜中になっちゃうんですよ。

林:
すいません、そんなお忙しいときに来ていただいて。先月はサントリーホールでのコンサート、大成功を収めたんですよね。

久石:
おかげさまで無事終えることができました。ブラームスの交響曲第1番とモーツァルトの40番、それから、この演奏会のために作曲した「螺旋」という曲をやりました。

林:
素人の質問で申し訳ないんですが、例えばモーツァルトの譜面から、モーツァルトが伝えたいことを読み取っていくわけですよね。

久石:
ええ。僕の場合は、指揮専門の人がスコアを読む方法と、ちょっと視点が違うかもしれません。僕は作曲家が見た視点でしか指揮ができないです。モーツァルトのスコアにひどいことを書いたりしますよ。「ここからここはつなぎ」とか。(笑)

林:
そうやって夜中に譜面を読んでると、のめり込んじゃいます?

久石:
はい。ほんとに楽しくておもしろいです。指揮というのは、すでにある譜面を読むわけですから、勉強した分だけ跳ね返ってきます。作曲は、何もないところに作らないといけないから、苦しい作業なんです。でも、朝起きたときにはまだ何もないけれど、スタジオにこもって、夜帰るときには何がしかのものができてるんだから、達成感がありますね。

林:
モーツァルトの譜面を見て、「チクショー、うまいな」と思ったりすることもありますか。

久石:
美しい曲は楽譜も美しいんですよ。この人は書ける、書けないというのは、パッと譜面を見た瞬間にわかります。いい譜面というのはストーリーがあるんですよ。ここでオーボエのソロとこれが来て、フンフンなるほどと思ってると、次の瞬間、金管楽器がスポーンと出てきて、譜面が真っ黒になっていく……というストーリーが。

林:
「美しい曲は楽譜も美しい」か……。

久石:
モーツァルトは、よく言うと魔術師。悪く言うとペテン師。すごいです。なんとなく聴き心地がいいと思ってる人が多いでしょうが、とんでもないですね。

林:
そうなんですね。

久石:
僕なんかは、体調が悪いときは不安なんで、作曲をするときに楽器を全部埋め込んじゃう。だから譜面が黒いんです。オーケストラにはいろんな音色があるはずなのに、全部が重なってますから、音色がなくなっちゃうんです。絵の具を混ぜすぎると灰色になるのと同じで、オケもそうなるんですね。だから、流れがしっかり見えるスコアが書けたらいいなといつも思ってます。

林:
サリエリが「神はなぜこんな下品でばかな男に素晴らしい才能を与えたのだ」って言ってますけど、モーツァルトは確かに神に愛されてたんでしょうね。

久石:
ええ。モーツァルトはこの40番を作った当時は、お客が来なくてなかなかコンサートができなかったようなんです。それでも先鋭的なトリッキーな和音を使っていて、一般ウケするものではなく、実験的なことを相当やっていたんですね。僕なんかモーツァルトとはまったく比べものにならないんですが、曲を作るときに居心地のいいところにいるのではなくて、絶えずチャレンジしていないと意味がないと思いますね。

林:
お話聞いていると、「作曲家です」って名乗りをあげる人がそう多くないのもうなずける気がします。日本人なら日本語は誰でも書けますから、作家はいっぱい出てきて、「これで作家と名乗っていいのか」と思うような人もいますけど。

久石:
ハハハ。作曲は自分にとってほんとに天職だと思います。指揮をしたり映画を撮ったりするのも、きっと作曲に役立つと思ってるからなんですよ。作曲がすべての基本です。

林:
養老孟司さんとの対談本(『耳で考えるー脳は名曲を欲する』)、すごくおもしろかったです。養老さんが、「久石さんは大衆と芸術のあいだの塀の上を、どっちにも落ちないように実にうまく渡っている」とおっしゃってますけど、これは最高のほめ言葉ですよね。

久石:
それはすごく嬉しいんだけど、うまく渡ってはいないですよ。どちらかに転びすぎると、何とか反対側に戻すという感じですから。

林:
ロンドンシンフォニーなどとの共演やクラシック曲の作曲で、そっちに戻そうとするわけですね。

久石:
映画の音楽だとかをしばらくやってると、飽きちゃうんです。「これでいいのかな」と思うと、逆に完全に作品風に振っちゃって。そうすると今度は独りよがりになりがちなんです。あっちでぶつかり、こっちでぶつかり、の繰り返しですね。

林:
團伊玖磨さんみたい。團さんは大作を書く一方で、シンプルで、みんなが好きな「ぞうさん」もお書きになっていて、懐の深さが似てますね。

久石:
「ぞうさん」は、まど・みちおさん作詞で、あれは名曲ですね。ああいうシンプルな曲ほど難しいんです。「♪ぞーうさん ぞーうさん おーはながながいのね……」って、言葉のカーブとメロディーカーブが一致してるんですよ。

林:
ほおー、そこまで考えたことなかったです。「♪歩こう 歩こう……」(「となりのトトロ」の主題歌)もカーブが合ってますよね。

久石:
合わせてます。ポニョ(「崖の上のポニョ」)もそうですね。

林:
運動会で、どこの小学校でもこの2曲に合わせて子どもが行進していきますよね。あの年代には、DNAにすり込まれた曲になりましたね。

久石:
嬉しいことです。言葉が持っているリズムと、音楽が持っているメロディー、リズム、すべてが一致して初めて真の名曲なんです。ただ合わせると、メロディーは弱くなっちゃう。映画のバックグラウンドミュージックもそうです。画面に合わせるだけじゃダメなんです。

林:
解説でもないし、違う世界をつくって、相乗効果を出さなきゃいけないわけですもんね。難しそう。

久石:
たいがいはそういうものなんですけどね。理想は、映画と音楽が対等でいることです。画面よりしゃしゃり出ちゃいけないと思いますが、画面の説明を音楽でなぞるのはつまらないし、できるだけそうしないように努力してます。

林:
例えば米良美一さんとか、映画からいろんな名曲や歌手が生まれましたけど、歌手は作曲家が指定するんですか。

久石:
いや、ジブリの作品に関しては、宮崎さんと鈴木敏夫さん(プロデューサー)が選ぶことが多いです。

林:
アーティストや芸術家って、「自分の感性で生きている特別な人間だから、多少のわがままは聞け」みたいな人が多いですけど、久石さんは起床時間から、スタジオにこもる時間、散歩や読書の時間も、寝る時間まできちんと決まってるそうですね。常識人として創造的なお仕事をされるって、すごく驚きです。

久石:
感性に頼りすぎではいけないと思うんです。長距離ランナーみたいなものですから、ペースを保ったほうがいいと思うんですよね。林さんもそうだと思いますが、たくさんの仕事をこなしているときに、気持ちがのる、のらないに頼ってたら、ある水準は保てないじゃないですか。

林:
ええ、そうですね。

久石:
いい日もあるし悪い日もあるけど、ペースを保つことで、逆にいろんなものが見えてくる。少し距離をとりながら作っていったほうがいいような気がしてます。もちろん最後の仕上げのときは、2週間ぐらい徹夜になっちゃうんですけど。

林:
中学生で、ご出身の長野から東京まで習いに行ってたんですよね。

久石:
高校1年からですね。レッスンで通ってました。

林:
バイオリンと……。

久石:
いや、東京は完全に作曲の勉強です。

林:
えっ、す、すごい! 私、隣の山梨県だからわかりますけど、田舎の子からすればそれはちょっと別格のことですよ、英才教育だったんですね。

久石:
うーん、べつに大した……。作曲の勉強って、和声学というハーモニーの勉強なんですけど、月2回、土曜の夜にレッスンに行ってました、東村山市まで。

林:
すごく遠いじゃないですか。

久石:
そうなんです。特急で上野に出て、電車を乗り継いで立川まで行って、そこからバスに乗って。片道3時間以上かかりました。

林:
高校生のときから作曲家になろうと思ってたんですか。

久石:
ええ、もちろん。中学2年ぐらいだったと思います。作曲家になると決めたのは。

林:
何かきっかけがあったんですか。

久石:
同世代の子たちはビートルズを聴いていて、僕も当然大好きでしたけど、たまたまその時期に現代音楽を聴いちゃったんです。「なんだ、この不協和音は」って耳から離れなくなって。みんながロックにいくときに、僕は現代音楽に夢中になってました。そのころから、演奏するより作ったものを弾いてもらうほうが好きだったんです。

林:
そのとき聴いた現代音楽は、日本の作曲家ですか。

久石:
いろんなものを聴きました。日本の作曲家では、武満徹さんとか黛敏郎さんとか。黛さんの「涅槃交響曲」なんて素晴らしかったです。外国ではシュトックハウゼンとかクセナキスとか、いっぱい聴きました。

林:
大学は、現代音楽を専攻したんですか。

久石:
いえ、作曲科でした。音大の作曲科ではアカデミックなことしか教えませんから、まともに通わずに、よその大学の人とグループをつくっては作品の発表会をやるとか、そういうことばかりしてました。(笑)

林:
作曲家の三枝成彰さんが言うには、「音大でピアノ弾いてる男はばかにされるし、歌を歌ってるのはもっとばかにされるけど、唯一頭がいいと思われて尊敬されるのは作曲科の人間だ」って。ほんとですか。

久石:
アハハハ、どうかなあ。いろいろ考えるから、その意味で言えばそう見えたかもしれませんけどね。

林:
卒業記念コンサートみたいなものはあったんですか。

久石:
ありましたね。

林:
そこで高い評価を得たんですか。

久石:
どうでしょう。あんまり覚えてないです。卒業試験のときに、作曲科の学生はバルトークに毛が生えたような曲を提出する学生が多いんだけど、僕はすごい現代音楽っぽい譜面で、フルートとバイオリンとピアノの曲を出したんです。そのピアノを自分で弾いた覚えがありますね。だけど、前の晩に飲みすぎて、メッチャクチャ弾いて、仲のいい作曲科の先生に「おまえ、メチャクチャ弾いたな」って言われて、「どうせ不協和音だから、変わらないでしょう」と話した覚えはあります。(笑)

林:
そういえば久石さん、絶対音感がないってほんとなんですか。

久石:
ほんとです。例えば踏切の「キンコンカンコン」を聞いて「シラシラ……♪」というふうにはまったく聞こえないです。ただ、小さいときバイオリンをやってたので、「ラ」の音に対してはほぼあるんです。頭の中で「ラ」を鳴らして、そこから音楽を組み立てる感じですね。オーケストラも、最初にチューニングするときは「ラ」の音ですからね。

林:
えっ、そうなんですか。みんな好きな音を出してるんだと思って、ボーッと聞いてましたけど、違うんですね(笑)。久石さん、オペラはお書きになっていらっしゃいます?

久石:
ミュージカルはありますけど、オペラはないです。日本はオペラを書く環境にないんです、残念ながら。

林:
お金がかかりすぎますか。

久石:
作るとなったら、自分でせっせとお金集めて作らなきゃいけない。ある歌劇場から委嘱を受けて、何年かかけて作って、ずっと作品を育てていくといった環境が、日本にはまったくないんです。その環境が整うなら、いつでも書きたいですけど。

林:
日本中に300くらいオペラは作られてるそうだけど、何かのイベントで演奏されて一回きりで終わることが多いそうですね。

久石:
オペラって何年かおきにきちんと上演し続けることで作品が育っていくと思うんです。僕と同じミニマル・ミュージックというスタイルをとってる人で、ジョン・アダムズという現代音楽の作曲家がいます。この人が書いた「ドクター・アトミック」や「中国のニクソン」というオペラは非常に優れてるんですよ。

林:
そうですか。全然知らなかったです。

久石:
クラシックって、クラシックのままだと古典芸能なんです。ところが、このあいだウィーンフィルの来日公演を聴きに行ったら、現代音楽もきっちりやる。日本のオケは、現代音楽をやるとお客が呼べないからという理由で、率先してやろうとしなくなっちゃうんですね。そうすると発表する場がないから、作曲家の趣味のような形でちょこちょこっとしかできなくなっちゃう。

林:
日本のオペラの状況と似てますね。

久石:
ええ。過去と現代を同時に大事にしていかないと、文化は育たないんじゃないかという気がします。

林:
でも、「オペラをやる」と宣言なされば、いくらでもスポンサーがつくんじゃないですか。

久石:
そうだと嬉しいんですけど。ほんとは新国立劇場あたりが中心になって、門戸を開いてやっていくべきなんでしょうけどね。

林:
不況で何もかもが削られていくみたいですから、いちばん人気のある久石さんのような方に、そういうことをどんどんご発言いただきたいですよ。オペラファンとしては。

構成 本誌・中釜由起子

(週間朝日 5000号記念 2010年3月26日増大号 より)

 

 

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