Posted on 2014/12/6
2013年公開 映画『かぐや姫の物語』
監督:高畑勲 音楽:久石譲
スタジオジブリ映画作品では恒例の書籍です。
高畑勲監督14年ぶりの新作『かぐや姫の物語』の完全解説本です。ビジュアル満載のストーリーガイドや、キャスト、スタッフインタビューのほか、本作品限りのジブリ「第7スタジオ」にも潜入しています。
そのなかに、今回高畑勲との初タッグとなった音楽久石譲のインタビューも見開き2ページにてぎっしりと掲載されています。映画の制作過程や高畑勲監督、久石譲のバックボーンを垣間見ることができる貴重な鮮度の高いインタビューとなっています。
「一切感情に訴えかけてはいけない」というのが高畑さんとの最初の約束だった。
- 今回のオファーはどのような経緯で受けられたのですか?
久石 「2012年の暮れに鈴木(敏夫)さんから「『かぐや姫の物語』の公開が延期されたので、『風立ちぬ』共々ぜひやってほしい」とご依頼をいただきました。そのときはビックリしましたね。まさか高畑さんとご一緒できるとは思ってもいませんでしたから。でも、僕は高畑さんをとても尊敬していましたし、高畑さんとご一緒できるのだったら、ぜひやりたいと、返事をさせていただきました。」
- その「監督・高畑勲」との仕事というのはいかなる体験でしたでしょうか。どのような人物と見受けられましたか。
久石 「高畑さんは非常に明快で論理的な方なんです。すべてがハッキリしていて、それを具体的に推し進められる方ですね。今回は高畑さん自身がお書きになった “わらべ唄” が映画のなかでしっかりした構造を持っていて、例えばオープニングにしても、「出だしをなよたけのテーマでワンフレーズ演奏したら、わらべ唄に移って、そしてテーマに戻って、またわらべ唄に…」という具合に、かなり具体的な注文をいただいていたんです。でも、そのまま交互にはせず、結果として対旋律のように同時進行させています。問題だったのは、そのわらべ唄が五音音階(1オクターブに5つの音が含まれる音階)だということです。この唄が重要な部分を占めている以上、劇中の僕の音楽もそれに合わせて整合性をとらなければなりません。でも、一歩間違えると、五音音階というのは陳腐になりやすい。なので、同じ五音音階を使っても日本人が考えるものとは全く違うものを作ろうと。生きる喜びのリズムに関しても、もしかしたら中国の曲と思われてしまうくらいのものを持ってきています。高畑さんも別にドメスティックな日本情緒にこだわっていませんでしたし、ちょっと異世界観も欲しかったんですね。」
- 音楽が謳いすぎていない感じがしました。
久石 「打ち合わせでは、Mナンバーで53まであったんですよ。53曲もあるということは、裏返せば、音楽が絶えず映像と共存していて、鳴っていることを意識させない書き方をしていかなければいけないということですね。ですから、音楽の組み立て方も大変でした。曲数が多い場合、メロディーを強調したりして音楽が主張し過ぎると、浮いちゃうんですよ。映像もムダをはぶいた省略形ですし、効果音も決して多くない。その意味でも、音楽は極力エッセンスみたいなもので勝負しないと映像との共存ができなくなってしまいますし、全体を引き算的な発想で作っていかないといけませんでした。そして、音もできるだけ薄く書く方法をとりました。もちろん、薄く書くというのは決して中途半端に書くということではありません。逆に、それに見合うメロディーを書かなければなりませんし、和音とか一切なくても成立するものを作らなければいけません。ワンフレーズを聴いただけで特徴が捉えられるようなものを、ですね。ペンタトニックのフリをしているんですけれども、実はコードに関してはかなり高等なことをやっています。」
- 音の際立ちも印象的です。例えば竹藪で翁が「光」を発見するときの響き。
久石 「高畑さんさんは音楽への造詣が深い方です。前に高畑さんが書かれた映画音楽についての文章を拝読したことがあるんですが、そこでは最終的な映画音楽の理想として「音楽と効果音が全部混ざったような世界」というようなことを書かれていました。なかなかそういうところまで理解する人はいませんし、そういうことも今回はできるという嬉しさを感じましたね。「光の音」についてはピアノを中心に、ハープ、グロッケン、フィンガーシンバル、ウッドブロックなどを掛け合わせて表現しています。今回は弦の特殊奏法も多いです。それは最近、現代音楽も手がけていることも含めた自分のパレットの中で、やれることは全部やろうとした結果ですね。その意味では比較的、自由に書いています。トータルで、今まであまりなかった世界に持ち込めたらいいなというのはありましたね。」
- かぐや姫を迎えに来る「天人の音楽」にも、ご覧になる方は皆、ビックリされるのではないですか。
久石 「皆さん、気に入ってくださっているみたいですね。そういう声をよく伺います。あの部分に関しては、最初から高畑さんは全くブレていませんでした。いわく「月の世界には悩みがない。喜びも悲しみもなく、皆、幸せに生きているのだから、幸せな音楽でなければいけない」と。つまり「悩みのない人たちの音楽」であると。最初「サンバみたいなものを考えている」とおっしゃっていて、それを伺ったときには本当にすごい方だなと思いましたね。発想が若いといいますか。わらべ唄にしても初音ミクでデモを作っているんですよ。あり得ないですよね?新しいものに貪欲というか、手段にこだわっていない姿勢といいますか。だから、天人の音楽にもそういう発想が持てるんですよね。結局、半年くらい寝かせた後に、今の天人の音楽を書いたんですけれども、却下されるかなと思っていたデモを高畑さんが「いいですね。気に入りました」とおっしゃってくださって。リズムとしてはアフロ系ですね。チャランゴやケルティック・ハープも使っていて、ちょっと民族音楽がかったものも入っているし、サンプリングでも邦楽の音とか入れています。できるだけ無国籍な、カオスのようなものにしようかなと思って作りました。作曲ではちょっと苦しみましたけれども。」
- 高畑さんは映像を驚くほどじっくりこしらえたわけですが、音楽の面でも同様の練り込みがあったのでしょうか。
久石 「ありました、かなり。高畑さんはこの企画を8年やっていらっしゃるでしょう?それに対して、僕は1年もかかわっていない。せいぜい10ヶ月くらい。高畑さんは一個一個のシーンの意味を全部考えていらっしゃるじゃないですか。ここでなぜ音楽が必要なということも含めて。音楽を作るにはせめてもう1年くらい欲しかった。そうでないとかなわないというか、話ができない(笑)。」
- 個々のキャラクターについての目配りなどはあったのでしょうか。
久石 「これは非常に重要なところなんですが、高畑さんから持ち出された注文というのが「一切、登場人物の気持ちを表現しないでほしい」「状況に付けないでほしい」「観客の気持ちを煽らないでほしい」ということでした。つまり、「一切感情に訴えかけてはいけない」というのが高畑さんとの最初の約束だったんです。禁じ手だらけでした(笑)。例えば「”生きる喜び”という曲を書いてほしいが、登場人物の気持ちを表現してはいけない」みないな。ですから、キャラクターの内面ということではなく、むしろそこから引いたところで音楽を付けなければならなかったんですね。俯瞰した位置にある音楽といってもいいです。高畑さんは僕が以前に手がけた『悪人』の音楽を気に入ってくださっていて、「『悪人』のような感じの距離の取り方で」と、ずっとおっしゃっていました。『悪人』も登場人物の気持ちを表現していませんからね。」
- 今回の音楽は、久石さんのファンからすると、ある意味でショックかもしれません。最近の久石音楽には見られない音が確かにここに刻まれています。
久石 「今回は五音音階を使いながら、ありきたりじゃないものを一所懸命やろうとしたわけじゃないですか。その結果、もし新しい音楽が生まれているとしたら、それは高畑さんとの化学反応で生み出されたものだと思います。高畑さんはやはり素晴らしかった。論理立てていながら、かといって論理だけの人ではない。そこが山田洋次監督にも似ていらして、作家としてズバ抜けているところですよね。やりとりを重ねる中で、非常に刺激を受けました。僕がこう言うのもおこがましいですが、自分が音楽を組み立てていく方向と、高畑さんが思考される方向がとても似ていたといいますか。そういう感触もありましたので、ものすごく大変でしたけれど、やりがいがありましたし、本当にいい機会をいただいたなと。モノ作りをしている人間なら、この映画を観たらショックを受けるでしょうね。それくらい完成度が高いですから。僕自身もかなりできたなという実感があります。もちろん、そこまでできた理由は、やはり高畑さん。高畑さんのおかげでこの高みに上ることができました。」
(かぐや姫の物語 ビジュアルガイド より)
「かぐや姫の物語 ビジュアルガイド」
目次
VISUAL STORY
CAST INTERVIEW
第7スタジオの記憶
STAFF INTERVIEW
ANOTHER STORY
SPECIAL CROSS TALK
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