Info. 2015/02/23 第87回アカデミー賞 「かぐや姫の物語」 受賞ならず

2月23日(日本時間)、ハリウッドのドルビー・シアターにて世界最大の映画の祭典「第87回アカデミー賞」の授賞式が行われた。「長編アニメーション賞」は、日本からスタジオジブリの高畑勲・監督作『かぐや姫の物語』がノミネートされていたが、受賞はならず。昨年に続き、ディズニー作品(『ベイマックス』)に軍配があがった。

2013年に公開され、その匠の技で「国宝級」とまで称された本作。日本最古の物語文学「竹取物語」に隠された、ひとりの少女・かぐや姫の“罪と罰”を高畑監督が独特のタッチで描いたもの。製作に8年を費やし、総製作費は50億円が投じられた。

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Disc. V.A. 『バンド維新 2015』

2015年2月18日 CD発売 UCCS-1173

 

「バンド維新」とは

2008年2月に「音楽のまち・浜松」から新たに発信する芸術文化事業としてスタートしました。 学生たちが日頃の研鑽の成果を披露する場を提供するとともに、若手作曲家の育成、日本の音楽文化の振興、こどもたちが純粋に音楽を楽しめる環境づくりを推進することを目的としています。

作曲家は『吹奏楽』の枠にとらわれないウィンド・アンサンブル作品の可能性に チャレンジし、演奏者は、いわゆる『吹奏楽』曲とはひと味違う世界に触れ、さらに作曲者から直接指導を受ける。 「音楽のまち・浜松」ならではのイベントです。

2015年も日本を代表する8人の作曲家が参加

【委嘱作曲家】
北爪道夫 久石譲 前田憲男 ボブ佐久間 真島俊夫 中川英二郎 三宅一徳 猿谷紀郎

(メーカーインフォメーションより)

 

 

久石譲 「Single Track Music 1」

【楽曲解説】
この作品はとてもシンプルな構造でできています。全編ユニゾンで、その中のある音が高音や低音に配置させることによって別のフレーズが浮かび上がるようになっています。

僕自身はミニマル・ミュージックのスタイルを取っていますが(正確にはその後のポストクラシカルといいますが)そのスタイルではズレが重要になり、2つ以上の声部が必要になるわけですが、あえて単旋律にすることで時間軸上でのズレを考えたわけです。そのフレーズは単音から始まり、24音まで増殖していって一区切りです。また中間部からは和音らしき響きが聞かれますが、これはあくまでフレーズの中の最初と最後の音のサステイン(持続音)であって意図的に作った和音ではない。後半ではそのサステインが単旋律のリズムと同期して分化されているだけです。

全編ユニゾンということはある意味で理解しやすいように思われますが、演奏する側から考えるとピッチやリズムの違いが誰にでもわかることであり案外難しいとも言えます。またリズムのグルーヴ感(例えばロックやジャズのような)もとても大切です。

このような実験をさせていただいて感謝しています。
尚タイトルは鉄道の単線の意味からとっています。

(久石譲)

(楽曲解説:CDライナーノーツより)

 

 

 

 

久石譲による新作書き下ろし委嘱作品。吹奏楽作品としては「Runner of the Spirit」(箱根駅伝テーマ曲)以来の2作品目となる。

 

 

2015.8追記

久石譲オリジナルアルバム『Minima_Rhythm 2 ミニマリズム 2』に、「Single Track Music 1 for 4 Saxophones and Percussion」として収録された。タイトルとおり[サクソフォン四重奏と打楽器版]での編成として再構成されている。自身のコンサートでもプログラムされ、スコアも販売されている。

 

 

バンド維新2015 ウィンドアンサンブルの現在

01. 前田憲男: 花のワルツ~組曲「くるみ割り人形」(チャイコフスキー)
02. ボブ佐久間: Selection from“THE EPITOME”for Wind Orchestra
03. 久石譲: Single Track Music 1
04. 猿谷紀郎: Dawn Pink 2
05. 三宅一徳: Dance EGO-lution
06. 北爪道夫: リズムクロス
07. 真島俊夫: 月山 -白き山-
08. 中川英二郎: Field of Clouds

演奏:航空自衛隊 航空中央音楽隊
指揮:水科克夫(4,5,7,8)、前田憲男(1)、ボブ佐久間(2)、北爪道夫(3,6)
ソロ・トロンボーン:中川英一郎(8)
録音:2014年11月26日&27日 ひの煉瓦ホール

 

Info. 2015/2/21 [楽譜] 「バンド維新2015 スコア集」 発売

2015年2月21日、「バンド維新 スコア集」が発売された。

『バンド維新』は、2008年2月に「音楽のまち・浜松」から新たに発信する芸術文化事業としてスタート。 学生たちが日頃の研鑽の成果を披露する場を提供するとともに、若手作曲家の育成、日本の音楽文化の振興、こどもたちが純粋に音楽を楽しめる環境づくりを推進することを目的としている。

作曲家は『吹奏楽』の枠にとらわれないウィンド・アンサンブル作品の可能性に チャレンジし、演奏者は、いわゆる『吹奏楽』曲とはひと味違う世界に触れ、さらに作曲者から直接指導を受ける。 「音楽のまち・浜松」ならではのイベントとなっている。

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Blog. 久石譲 YOMIURI ONLINE 「私の先生」 インタビュー内容

Posted on 2015/2/20

2012年3月、読売新聞およびWeb YOMIURI ONLINEに掲載された久石譲インタビューです。国立音楽大学在学時の話です。久石譲の学生時代のひとコマが垣間みれておもしろいです。

 

 

[私の先生]和声の権威 静かな喝破 作曲家・久石譲さん

忘れもしません。生意気な学生が鼻っ柱を折られた衝撃的な瞬間ですから。国立音楽大学(東京)の2年か3年、場所は学内の喫茶店。折った主は和声学の権威・島岡譲(ゆずる)教授でした。

演奏活動に明け暮れる日々で、たまに授業に出ると、「話が古い!」なんて野次るから、「単位はやる。もう出なくていい」とこぼす先生もいるほどの生意気盛りでした。

そんな学生が、喫茶店で出くわした権威に持論を浴びせたのです。音の組み合わせや配置など音楽の根本的な仕組みを学ぶのが和声学ですが、「それで曲が作れるなら、学者が最高の作曲家になれるじゃなか。訓練にならない」とね。

それに対し、小柄な、いかにも学者という風貌の先生が静かにおっしゃった。「こんなことでつまずくとは、その程度の人ですね」。聞いて身の内が震えました。音楽には理論がある。掟をしっかり理解した上で枠を外し、自らの音楽を確立せよ。先生はそう説いたのですよ。

それは先生の姿そのものでした。実は、先生には高校時代、ピアノの個人レッスンを受けていました。思えば、ピアノに向かう背中には、いつも音楽への厳しさ、ひたむきさが宿っていた。そのことに改めて気づかされた。すごい、と舌を巻きました。

以来、先生の言葉が、自らの音楽を探す道標になっています。まず基礎を固めてから自分のスタイルに。「トトロ」しかり、「千と千尋」しかりです。

指揮も独学でしたが、この数年は、何人もの方に基礎から教えていただいています。今も輝く道標に沿った音楽の旅は、まだまだ続きます。

(2012年3月27日 読売新聞)

(YOMIURI ONLINE より)

 

久石譲 コンサート 2014.5

 

Info. 2015/02/18 「バンド維新2015」 CD発売 久石譲新作吹奏楽書き下ろし収録

2015年2月21,22日に開催される「バンド維新2015」に連動し2月18日「バンド維新2015」CDが発売。

2015年も日本を代表する8人の作曲家が参加。

ジャズ界の巨匠前田憲男編曲による2ビートと4ビートが交錯する躍動感あふれる「花のワルツ」。TVドラマ音楽を中心に活躍、ハリウッド仕込みならではの壮大でドラマティックなボブ佐久間の「Selection from “THE EPITOME(縮図)」。吹奏楽のためにグルーブ感溢れるミニマルミュージック「Single Track Music 1」を送り込んできた久石譲。演奏者魂に火をつけるに違いない。現代音楽の巨匠猿谷紀郎が吹奏楽で描くアラスカ ジュノーの朝焼け「Down Pink 2」。心躍らせ、聴ける、演奏できる、ラテンスタイルのノリが爽快な三宅一徳の「Dance EGO-lution」。バンド維新の総監督北爪道夫の今年のテーマはリズム。リズムで管・打楽器の魅力を引き出す「リズムクロス」。いよいよ登場。吹奏楽界の大御所真島俊夫は、やはり期待を裏切らない。真島氏の故郷、山形県鶴岡市から眺望できる霊峰「月山」がテーマの敬虔で美しい「月山-白き山」。最後を締めくくるのは、人気トロンボーン奏者中川英二郎による「Field of Clouds(雲海)」。ナチュラルに流れる変拍子、ケルト音楽風の壮大な管楽器の世界は、輝かしく未来を照らす。現在テレビから聴こえてくるトロンボーン演奏の約7割は、中川英二郎の演奏と言われている。中川英二郎はこの作品でもソロを務める。

以上、バラエティ豊かな8作品が揃いました。

そして!今年は、航空自衛隊 航空中央音楽隊の練習所を抜け出し、初のホール録音が実現!レコーディング・エンジニアには、世界的音楽プロデューサー達も絶賛する日本屈指の小貝俊一氏を迎え、航空自衛隊 航空中央音楽隊の熱演を得て、聴きごたえ充分の吹奏楽CDとなりました!

 

久石譲の新作書き下ろし楽曲「Single Track Music 1」収録。吹奏楽作品としては「Runner of the Spirit」(箱根駅伝テーマ曲)以来の2作品目となる。

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Info. 2015/02/17 [CDマガジン] 「クラシック プレミアム 30 ~ストラヴィンスキー / プロコフィエフ~」 久石譲エッセイ連載 発売

2015年2月17日 CDマガジン 「クラシック プレミアム 30 ~ストラヴィンスキー/プロコフィエフ~」(小学館)
隔週火曜日発売 本体1,200円+税

「久石譲の音楽的日乗」エッセイ連載付き。クラシックの名曲とともにお届けするCDマガジン。久石による連載エッセイのほか、音楽評論家や研究者による解説など、クラシック音楽の奥深く魅力的な世界を紹介。

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Blog. 久石譲 国立音楽大学 「くにおんぴーぷる」 インタビュー内容

Posted on 2015/2/15

出身校でもあり今では同校で学生に講義も行っている久石譲。国立音楽大学ホームペイジ内での紹介およびインタビューページより。

 

 

久石譲(作曲家)

音楽のスタイルはひとつ着こなすジャンルは、限りなく/1989年9月

 

インタビュー

「風の谷のナウシカ」「漂流教室」「となりのトトロ」などの大ヒット映画やカネボウ、サントリー、日産などCF、各種テレビ番組、舞台の音楽担当者。井上陽水、甲斐バンド、チャゲ&飛鳥、薬師丸ひろ子などの曲の作編曲者。第一線で活躍中のシンガー。ピアニスト。敏腕の音楽プロデューサー。レコードレーベル「IXIA」の設立者。日米のレコーディングスタジオと音楽制作プロダクションからなる「ワンダー・グループ」の経営者……。これらすべてが、久石譲さんに冠せられる形容詞です。人々はその多様さに降参してか、簡明な一語で久石さんのことを呼ぶ場合が多いようです。「彼は天才だ」、と。

 

あの「ナウシカ」もひとつの通過点にすぎない

国立音楽大学に在学中から、現代音楽の作曲家として活動をスタートさせていた久石譲さん。その名が広く世間に知られるようになったのは、宮崎駿監督のアニメ大作「風の谷のナウシカ」の音楽を手掛けたことがきっかけでした。

「宮崎監督の作品をはじめ、優れた映画の仕事は今後も続けていきます。が、久石譲=映画音楽と思われるのは心外ですね。映画やCMなどの音楽制作は、私の音楽活動の中でのひとつの通過点にすぎないのですから。」

そう語る久石さんが現在、最も力を注いでいるのはアルバム制作やコンサートなどのソロ活動。ピアノありボーカルありのソロアルバムでも、大ホールからライブハウスまでのステージングをこなすコンサートでも「ジャンルを超えた音楽家」として高い評価を得ています。

「私はジャンルにこだわる必要はないと思うんです。ジャンルなんて洋服と同じようなものじゃないですか。着替えるのは簡単、要はそれを着こなす自分自身のスタイルでしょう。衣装は変わっても自分だけのメロディラインは不変です。」と、こともなげに話します。

 

自分から動き回って 大学を活用することが大切

絶えず自分だけの音楽を創造し続ける久石さんにとっては、国立音大・作曲学科での学生生活も「ナウシカ」などでの大成功と同様、通過点のひとつなのかもしれません。が、大学での日々が久石さんの積極的な“音楽へのアプローチ法”のルーツになったことは確かなようです。

「この仕事は、理性と感性の葛藤の連続なんです。そのために必要なしっかりとした理論を、私は恩師である島岡譲教授から教わりました。今も音そのものに関してはかなりの完璧主義者ですね。それともうひとつ貴重だったと思うのは、外部での演奏会や月1回の学内演奏会を自分で企画・プロデュースした経験。大学の友人や教授の方々にも協力してもらってね。せっかく周りに才能ある仲間や経験豊かな先生方がいるんだから、そうした環境を積極的に活用しなければもったいないでしょう。大学は何かを教えてもらう場所と考えるのは大間違い。もっと自分から動くべきです。」

インタビューの最後は、久石さんの音楽観について。

「音楽は私のライフワーク。中途半端で終えるのではなく、死ぬまで続けていくものと考えています。私が音楽家になろうと決心したのは、実は3歳の時なんです。そしてその翌年からヴァイオリンを習い始め、以来、私の音楽に対する姿勢は何も変わっていません。」

音楽に感動する心や、新しい音楽を発見したときの喜びはいくつになろうと変わるものではない、と久石さんは言い切ります。

「よく音楽はコミュニケーションだと言いますよね。私も確かにそう思います。ただし、それは1対大勢ではなく、あくまで1対1のもの。演奏者や作曲家と、その作品を聴いてくれる一人ひとりとの親密な対話こそが音楽です。コンサートやレコーディングを重ねてきて、強くそう感じるようになってきました。」

久石さんは新作を発表するたびに、またコンサートを開くたびに、音楽で通じ合う“話し相手”を増やしているのです。

(出典元:国立音楽大学 くにおんぴーぷる 久石譲(作曲家) より)

 

久石譲 モノクロ

 

Blog. 「クラシック プレミアム 29 ~ブラームス2~」(CDマガジン) レビュー

Posted on 2015/2/13

クラシックプレミアム第29巻は、ブラームス2です。

第13巻にてブラームス1として、交響曲 第4番、悲劇的序曲などが特集されていました。久石譲もこよなく愛するブラームスの交響曲。ベートーヴェンの後継者とも評されていたブラームスが、完成までに20年余りをかけた渾身の交響曲第1番。

ベートーヴェンを尊敬しその偉大さを讃えていただけに、なかなか交響曲を書き上げることができなかったブラームス。けれども完成後、この交響曲 第1番は、ベートーヴェンの《交響曲 第9番》に続く”第10交響曲”であるとも評され、絶大な人気を誇る作品となっています。

 

【収録曲】
交響曲 第1番 ハ短調 作品68
クリスティアン・ティーレマン指揮
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
録音/2005年(ライヴ)

《大学祝典序曲》 作品80
リッカルド・シャイー指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音/1987年

 

 

前号巻末の西洋古典音楽史での、「なぜ指揮者がいるのか?(上)」にて、指揮者と楽団員の関係やその実態、修羅場な環境!?を一部取り上げて紹介しました。今号では、「なぜオーケストラに指揮者がいるのか?(下)」ということで、どんなお話が飛び出すのか楽しみにしていました。

一部ご紹介します。

 

「指揮者とは「タイムキーパー&サイン出し係」であると同時に、「何か」を持ってさえいれば、何もせずとも、ただそこに居るだけでいい商売だ、前回こう書いた。」

「偉大な指揮者というものは、作品を隅から隅まで掌握し尽くしているからこそ、あれこれ指示を出さずとも、ただ居るだけでメンバーを落ち着かせることができるのだと思う。今、どの楽器とどの楽器がどういうハーモニーを奏でているか。そのハーモニーは次にどちらの方向へ転調するか。次に入ってくるあの楽器が吹く音は、どんなニュアンスの不協和音か等々。」

「例外はあろうが、オーケストラ・プレーヤーたちは実は驚くほど作品の全体像を知らないケースが多い。次から次へといろいろなレパートリーをこなさなければならず、その中には少なからぬ新曲も交じっているだろう。だから自分のパートを無難にこなすことだけで精いっぱいになってしまうのは、当然といえば当然だ。自分が吹いているそのメロディーは、どういうモチーフを展開しているか。そこのその音はどちらの方向へ転調するのか。そういうことはほとんど知らずに、ただ(もちろんプロだから立派に)吹いている、そういうケースはかなりあるはずだ。」

「近代のオーケストラとは、いわば超大型空母である。4人乗りの漁師船とは違う。弦楽四重奏ではない。後者であったなら、4人全員が船の仕組みを熟知し、航海のルートもしっかり把握していて、いざとなれば誰もが船長の役割を果たすことができるということもあり得るであろう。しかし大型空母の乗務員は基本的に、自分の小さな小さな持ち場のこと以外、ほとんど何も知らない。全体像が見えていない。だからこそ、すべてを鳥瞰図的に把握している艦長の役割が桁違いに重要になってくる。そして艦長が頼りなければ、組織全体が浮足立つ。」

「想像するに、指揮者にとって最も重要な要素の資質の一つは、タイミングの勘であると思われる。指揮者とプレーヤーの関係を、異性を口説く場合に喩えるとわかりやすいかもしれない。「あの人ってタイミング悪いのよね~」という時のあれである。異性が「このタイミングでこう来てほしい」と思っている、まさにその図星の瞬間に、過たず相手にさっと手を差し出す。プレイボーイとはそういうものなのだろう。」

「多くの名指揮者は猛烈にセクシーだ。単にハンサムだとか好色だとかそういう話ではなくて、そこしかないというタイミングを過たずに衝き、そうやって思うがままに相手を操る野性的な本能のようなものが、彼らに独特の官能的な相貌を与えているのだと思う。大指揮者の相貌にはしばしば、こうした「恐怖が持つ官能」とでもいうべき魔術が宿っている。カラヤンなどはこうしたタイプの典型である。」

「何度も書いてきたように、オーケストラのプレーヤーとはいわばピラニアの群れのようなものである。ちょっとでも隙を見せたらあっという間に攻撃してくる。だからといって怖がって下手に出るとなめられる。ある意味で指揮者に必要なのは、どんな手を使ってもいいから、まずはオーケストラが絶対に自分に逆らえないようにしてしまう力なのかもしれない。芸術的な独創性がどうのなどといった高尚な事柄は、その後の話だ。ではどんな手段を使って支配するか。恐らく最も合理的な方法は、機能の圧倒的な高さでもって統率することだろう。指揮技術の高さといったものである。そしてタイミングを自在に操る駆け引きの術。これが官能に通じる。だが恐怖による支配だって、指揮者の重要な資質だ。「こいつに逆らったら何をされるかわからない」という独裁者の恐怖である。」

 

 

特に、前半の空母に喩えた、指揮者とオーケストラとの関係性が、わかりやすく、おもしろかったですね。その中での、オーケストラ(団体)と弦楽四重奏(4名)の比較もありましたが、これはプレーヤーだけではなくて聴き手にも影響を与える要素のような気がします。

たとえば交響曲を聴きながら、全楽器、全パートを聴きとってみせよう!とはあまり思いません。よっぽどスコアを片手に見聴きしない限りは。逆に四重奏や小編成、アンサンブルなどになると、全楽器、全パートの旋律が鮮明に聴こえてきます。すると、旋律のかけあいやタイミング、プレーヤー同士の呼吸まで、聴きとることができる気がしてきます。

そして「ここのかけあいがいいよね、ここの入り方が絶妙!」「あっちがこうきたから、こっちはこうきたか!すごい!」そんなことを思いながら作品の奥深くに耳を傾ける。これが小編成の醍醐味だなと思います。

それは上にも書いていたように、プレーヤーたち自身が、他の楽器や他の旋律を聴きながら、意識しながら自分の旋律を奏でているからではないか、ということにハッとつながったのです。

 

 

「久石譲の音楽的日乗」第28回は、
映画『卒業』をめぐるあれこれ

視覚と聴覚の話から、空間軸と時間軸の話になり、さらにはユダヤというキーワードがクローズアップされ、前号ではマーラーを掘り下げていたエッセイ。今回は、往年の名作映画『卒業』を取り上げていますが、これもまた冒頭の数珠つなぎからの関連性のようです。

一部抜粋してご紹介します。

 

「映画『卒業』は1967年に製作されたアメリア映画だ。僕はこの映画を高校時代の終わりか大学1年生の時に観た。フランスのヌーヴェルヴァーグからフェリーニ、パゾリーニなどのイタリア映画を経て、その頃はアメリカン・ニューシネマにはまっていた。『俺たちに明日はない』『イージー・ライダ』『明日に向かって撃て!』『真夜中のカーボーイ』『ファイブ・イージー・ピーセス』などの作品は間違いなく自分自身がテーマや主人公に同化していたし、まさに『卒業』もそういう映画の一つだった。音楽はポール・サイモンとデイヴ・グルーシンが担当していた。ポール・サイモンはヴォーカル・グループ「サイモンとガーファンクル」のメンバーで、この映画は〈サウンド・オブ・サイレンス〉〈ミセス・ロビンソン〉〈スカボロー・フェア〉など後世に残る名曲が使われた。僕としては主題歌サイモンとガーファンクル、音楽担当がデイヴ・グルーシンとしたいのだが、劇中でかなり歌を使用していたので、この場合の音楽担当は両者ということになる。このこだわりは映画音楽に携わっている僕だけなのかもしれない(笑)。」

「だが、この青春映画の傑作も内田樹氏から観ればまったく別のものになってしまう。「あれはユダヤ人のブルジョア家庭の話なのです。主演のダスティン・ホフマンはユダヤ人だし、監督のマイク・ニコルズもユダヤ人だし、主題歌を歌っているサイモン&ガーファンクルもユダヤ人。あれはユダヤ人の映画なんです」ということになる。」

「いやー驚いた、確かにこの日本で、僕の知る限りそういう見方をする人はいなかった。内田氏は続けて「アメリカにおけるユダヤ人のあいまいな立場が伏線になっていることは(日本人には)理解できない。そういう人種的な記号を日本人は解読する習慣がありませんから」と強調する。そして極めつけは「ラストシーンはキリスト教の教会からユダヤ人青年が花嫁をさらってゆくわけで、これは宗教的にはかなりきわどいストーリーなのです。そういうニュアンスは日本人の観客にまず伝わりませんよね」。」

「同じ映画でも観る人によってまったく感じ方が違う。それは当たり前なのだが、あらゆる人種や宗教が入り交じる海外での見方と、この極東の島国「日本」での捉え方がこうも違うのか?もちろんこのようなユダヤ的視点で海外の人が全員観ているとは思わないが、少なくとも国内の映画評論その他でこのような意見を僕は聞くことも見たこともなかった。日本には多様な意見はないのだろうか?」

「第二次世界大戦の後70年間まったく戦争がなく、平和の中で暮らしてきた我々は、グローバルという言葉を経済用語だと勘違いしている。真のグローバルとは思いっきりドメスティックであり、多様な考えを受け入れるということである。」

「内田氏の文章を読んで、早速DVDを買って観た(ただしこれは2年前のことだが)。確かにそう見えなくはない。慣れ親しんだ、あるいは記憶の中で整理されている物事が実は別のものでもあると感じる体験は新鮮だ。ダスティン・ホフマンが若いなあ、などと思っているうちにユダヤ人の映画として観るより、段々音楽の入りかたが気になってきた。」

「デイヴ・グルーシンはフュージョン音楽が全盛の頃に活躍した作曲家、ピアニスト、アレンジャーでサックスの渡辺貞夫氏とのコラボレーションでも有名だ。映画音楽では『コンドル』『恋に落ちて』などで、とてもクリアで無駄のないスコアを書いている。」

「その彼の音楽は問題ないのだが、とにかく使われている歌の箇所が多すぎる。歌には歌詞があるので、劇中での使用はなるべく避けたほうがいい。なんとなればその歌詞がセリフを食うし、変に安っぽくなる危険もある。もちろんエンドロールは別であるが(それも個人的には好まないが)、もう少し効果的にサイモンとガーファンクルの歌を使用してほしかった、つまり使う箇所を少なくするべきだった。これはあくまでも僕の考えであって、当時はこのような使用法が斬新だったのだろう。物事は時間が経ってみなければわからない。」

 

 

クラシックプレミアム 29 ブラームス2

 

Blog. 英国ニュースダイジェスト Web 「ミニマリズム」「メロディフォニー」久石譲インタビュー内容

Posted on 2015/2/11

2010年の久石譲Webインタビュー内容です。

「ミニマリズム」と「メロディフォニー」という、久石譲の芸術性と大衆性の両輪をそれぞれ表現した名盤。この二作品の制作を終えて語ったインタビュー、この内容は両作品のCD初回特典としてDVDにも収録されています。

世界屈指とも言える最高のレコーディング環境と、世界最高峰とも言われるオーケストラとの演奏録音。なぜイギリスだったのか?なぜ海外のオーケストラ楽団と共演する必要があったのか?渾身の大作をつくりあげたその過程や想いが、当時のインタビュー内容から伝わってきます。

 

 

2 December 2010 vol.1278

「音楽家」と「エンターテイナー」
2つの自分を両輪にして駆け抜ける 久石譲

日本の映画音楽を、芸術の領域へと押し上げた音楽家、久石譲氏。「となりのトトロ」「菊次郎の夏」「おくりびと」といった、同氏が手掛けた映画音楽の名作を集めたアルバム「メロディフォニー」が、10月末に発売された。同アルバムの録音は、ロンドンで実施。過密日程を縫ってまでして、なぜ彼はこの地に来ることを選んだのか。その素朴な疑問に対する答えの中に、音楽家としての久石氏の思想が凝縮されていた。 (本誌編集部: 長野 雅俊)

 

7月16日、ロンドン北部、アビー・ロード・スタジオ。ビートルズのアルバム名に使われたことでロンドンの観光名所となった通りの前に立つ録音スタジオだ。久石譲氏はこのスタジオにて、英国が誇る名門オーケストラであるロンドン交響楽団と、最新作アルバムの録音を終えた直後だった。

ビートルズの4人が練り歩くジャケット写真が撮影された有名な横断歩道を渡り、白い建物の中へと入って受付を済ませると、地下の第一スタジオへ。優に数十メートルは奥行きがあると思えるホールの中央には、椅子と照明器具、そしてテレビ・カメラが設置されている。あとは、カメラの位置や配線の具合を確認しているスタッフが数人。ここで、日本で販売される予定の、久石氏のインタビューを内容とするDVDの収録が行われることになっていた。そのインタビューの場に同席することが許されたのだ。

収録開始の時間が近付くにつれて、久石氏のマネージャーや今回の録音作業に関わるコーディネーターといった人々の姿が揃い始めた。それまでしんとしていたスタジオに、足音や話し声が響くようになる。最後にジャケット姿の久石氏が現れると、DVDの取材班に軽くねぎらいの言葉をかけた後、用意された中央の椅子に腰掛けた。準備が整い、取材班が周囲の人間に携帯電話の電源を切るよう促す。一瞬の沈黙。その静寂の中に、久石氏の言葉が響き始めた。

 

シビアな環境に身を置けば、 客観的な自分が見える

あまり広くは知られていないが、久石氏は、ロンドンという都市と縁が深い。生まれて初めての海外訪問でロンドンを訪れたのが、25歳のとき。このときは、世界の名作映画音楽を集めたレコードの制作に関わるために1カ月半滞在した。また40代の頃には、約2年間にわたりこの地で生活を送っている。

久石:
ある時期は、本当にロンドンでばかりレコーディングを行っていましたね。それから10年ぐらいの期間を置いて、宮崎駿監督の「ハウルの動く城」の映画音楽を手掛けた際に、またロンドンに戻ってきました。「ハウルの動く城」は、まずプラハでチェコ・フィルハーモニーとの録音作業を行ってから、ロンドンのアビー・ロード・スタジオでリミックスして。ここ4、5年は、大事な仕事はロンドンで仕上げているんですよ。

久石:
今回は、録音の段階からロンドン交響楽団にお願いしました。日本のオーケストラだって、すごく優秀です。レコーディング作業そのものだけに限って言えば、日本で行っても何ら問題はないでしょう。ただ海外で、肌が違う、言葉が違う人と接していると、自分のテンションが上がるんです。言葉も宗教も違う人たち、さらには世界有数の音楽家の人たちに、自分の音楽をどういう風に受け止めてもらえるか。そして、自分が今どういうポジションにいるか。日本にいたら、世界の人々にどのように受け止めてもらえるか、分かりずらいですよね。こういうシビアな環境に身を置けば、客観的な自分が見えてくる。

久石:
あとはやっぱり、英国って、音楽のレベルが高い国なんです。僕らは音楽家なので、それが一番ですよ。例えば日本の電化製品は優れているって言われますよね。確かにわりと一般的な、安い商品に関してはレベルが高いかもしれない。でも音楽の世界におけるレコーディングの機材って、ほとんどが英国製なんですよ。「英国製」って聞いただけでは、とてもいい加減な代物に思えてきますけどね。でも、実はみんな英国製なの。

久石:
そんな機材を作ってしまう英国人たちがまたすごいと思う。あんまり英国人って働かないっていう印象がありますよね。でも音楽業界では、世界で最高峰の機材を英国人たちが作っているんですよ。「ロード・オブ・ザ・リング」も「ハリー・ポッター」も、サウンド・トラックはロンドンで録音していますよね。ハリウッド映画だって、一番大事な音楽はほとんどロンドンで録ってるんですよ。すると、やはりここは世界で一番良い音楽環境ということになる。ロンドンでのレコーディングを続けていると、そのレベルを絶えず意識させられます。

 

難しいものを難しく演奏せず、あくまでも音楽的に表現する

「25歳で初めて渡英したときには、夢のまた夢だったと思いますよ」と言う、ロンドン交響楽団を指揮しての録音作業。同作業に立ち会った関係者によると、久石氏はすべて英語で指示を出しながら、非常に和やかな雰囲気の中で作業を進めていたという。

久石:
ロンドン交響楽団とは、15年くらい前に、「水の旅人 侍KIDS」という映画のテーマ音楽を録ったんですね。また昨年には、前作となる「ミニマリズム」の録音も行いました。日本以外で音楽を表現できる場として、ロンドンでの活動がまた復活したというのがうれしいですね。

久石:
去年の「ミニマリズム」のときと全く同じように、演奏あるいは指揮をしながらロンドン交響楽団の皆さんに指示を出していくわけです。今年は一段二段と高いレベルでできました。非常に良い協調というか、お互い理解し合えた。演奏はやはり、1回目より2回目の方が、音楽上のコミュニケーションが増えるんですよね。例えば前作と同様に、マリンバの演奏で、非常に難しいところがあるんです。その部分に出くわすと、皆で「ああ、去年のデジャブだ」なんて言いながら、楽しみながら演奏していました。そういう意味では、コミュニケーションが上手くなっているんだと思います。

久石:
セッションは、1曲につき大体1時間半くらいの時間で仕上げていかなければなりません。その時間枠で仕上げるものとしては、今回、演奏する曲は難易度が高い。それをこのレベルでこなしてしまうロンドン交響楽団は、本当に豊かな力を秘めていると思います。難しいものを難しいように演奏するのではなくて、それをあくまでも音楽的に表現する。やはりこの辺は、さすが世界最高峰のオーケストラなのかなと感じましたね。

 

ときに難解とも受け取られる現代音楽の代表格であるミニマル・ミュージックに、音大時代からずっとこだわってきた。そのこだわりは、昨年にロンドン交響楽団との録音に臨んだアルバム「ミニマリズム」でついに具現化。そして今回、今度は映画・CM音楽の集大成となる「メロディフォニー」の録音を、再びロンドンで行った。

久石:
私には、大きな夢が2つありました。一つは、芸術家としての自分が追い求める、ミニマル・ミュージックをテーマとしたアルバムを完成させること。この目標は、昨年の時点で「ミニマリズム」というアルバムを完成させることで実現しました。ただそれだけではなくてもう一つ、これもやはり自分が長年続けてきた映画音楽やテレビ・ドラマのサウンド・トラックに代表されるメロディアスな音楽を、オーケストラを使って録りたいと去年からずっと思っていたんですよ。つまり、作家としての自分と、メロディー・メーカーとしての自分の両方を生かしたいというか。去年の「ミニマリズム」の録音時に書いていたノートを引っくり返してみると、両方の種類の音楽についてのメモを残しているんですね。年が明けて考えてみて、やはりこれは両方あってこそ自分の姿ではないか、と強く思うようになって。「ミニマリズム」と「メロディフォニー」の2つを持って、自分をすべて表現できるという気持ちです。

 

私にとっては、両方あって車の両輪みたいなものだから

勝手な思い込みであることは承知しながらも、久石氏にとっての2つの大きな夢がここロンドンで実現したことに、ロンドン在住者としての小さな喜びを感じた。同時に、「作家としての自分」と、「メロディー・メーカーとしての自分」という自身の2つの側面を、他人を分析するかのように、冷静に見つめているということに少し驚いた。その両極端な2つの側面を演出しようとするのであれば、対照性をより出すために、2つのアルバムを違う場所で、違うオーケストラを使って制作するという考えは浮かばなかったのだろうか。

久石:
いや、同じオーケストラを使って異なる音楽を演奏するからいいんですよ。というのも、私にとっては、ミニマル・ミュージックと、映画やテレビ・ドラマ、CMで使われることを念頭に置いて作曲した音楽の関係は、車の両輪みたいなものだから。作家性のある音楽をきちんと追求していきたいと思う自分と、エンターテインメントというか、大衆性を持つ音楽を皆さんに聴いていただきたいと願う2つの異なる自分は、いわば車の両輪なんです。ミニマル・ミュージックだけを作曲していたら、ロンドンでレコーディングする立場を築くのは正直言って非常に難しいですよ。ある意味では、エンターテインメントの分野で一般の方々からの支持をいただいているからこそ可能なことでしょう。

「メロディフォニー」収録曲の選定に際しては、インターネットでの一般投票を呼び掛けた。収録曲には、「となりのトトロ」や「菊次郎の夏」といった日本映画の名作で使われた、おなじみの作品が並ぶ。メロディー・メーカーとしての久石氏の真骨頂だ。

久石:
ほぼベストに近い音楽ができたと思います。ただ昔の作品ばかりを並べただけではおもしろくないので、できるだけ去年、今年までに作曲してきたものも網羅しようと試みました。オーケストラ演奏における楽器の色々な使い方は年々上手くなっているのに、昔の作品は、オーケストラの編成が小さいままなんです。だから、そうした部分を変えたりしました。また映画音楽として作曲したときに、映画のサイズになったままの曲があるんです。それを今回まとめて、一つの音楽作品として聴けるようにするのも狙い。例えば「坂の上の雲」といった現在進行形でオンエアされているテレビ・ドラマの曲も、11~12分の曲としてまとめ直しました。あるいは「魔女の宅急便」。個人的には1回もきちんとレコーディングしていないんですね。けれども今回は、ロンドン交響楽団と合体する形で録音し直すことができました。

 

疲れが限界を超えたときは、変に休まないで続ける

ビートルズの曲名にかけて、ロンドンでの日々を「『A Hard Day’s Night』だった」と振り返るほどの過密日程。録音作業は、文字通り、朝から晩まで続けられた。その中でも久石氏は、寸暇を惜しんでピアノの練習を行っていたという。

久石:
レコーディングでこちらに来る直前まで編曲作業などを行っていたので、ピアノを触る時間が1日に1時間もなかったんですよ。ピアノは間違いなく練習量が比例してくる楽器ですから。通常だと1日7、8時間は練習するのに、今回は1時間くらいしかできなかった。

久石:
3日間にわたってオーケストラとのレコーディングがあり、その後に迎えたピアノ演奏の収録の日は、朝から別の録音作業を始めて、午後は50人くらいのコーラスを指揮して、疲労もピーク。それからピアノの演奏をするのは少し厳しいんじゃないかと思っていたんですが、その中でも実は起きていたんで。限界を超えているときは、変に休まない。確か夜中に4時間くらいぶっ通しでピアノを弾いてました。疲れているときは、ピークを超したらひたすら集中する。休まずにもうひたすらそこに向かったのが、良い結果になったのではないかと思いますね。

作曲家であり、指揮者であり、演奏家でもある久石氏は、ときに一人で何役をも同時にこなすことを求められてしまう。そうした音楽活動を、何十年にもわたって続けてきたのだ。朝早くからのレコーディング作業を終えた後、夜10時過ぎになってもピアノを弾き続ける久石氏の姿を見ていたというDVD取材班の一人が、「その意欲はどこから生まれるのですか」と尋ねた。

久石:
それは、あの、やりたいことがあるから。そして、一つやりたいことができたと思うと、必ずその次に何かが起きるんです。あそこがもうちょっとだったなあとか。そう思ったときに、コマーシャル音楽や映画音楽の作曲だったり、コンサートだったりといった仕事を利用しながら、自分のやりたいことを追求できる。たぶんコンサートを成功させることを目的としてやっていても、個人的に自分が音楽家として抱えている問題を解消しようともしているんですよ。

久石:
だから、休む必要がないんじゃないですかね。例えば今回のロンドン録音でも、僕はピアノのレコーディングが終わったら2日間お休みになったんですね。でも、休んでなんかいません。あれはもう、数カ月後に行われるクラシックのオーケストラ演奏の準備のための時間だと思っていましたから。次にやらなければいけないことを時間的に逆算すると、今はどの位置にいるかという目安が常に見えるし、今回はここを絶対にクリアするという課題は絶えずありますよね。それをこなす、チャレンジしていくという気持ちの方が強い。

久石:
もっと完成されたものを考えたい、もっとレベルの高いものをという思いはいつも根底にはあるのですが、結局はディテールの積み重ねなんですよ。一つひとつの仕事を区切りにしながら、一個一個調整をしていく。指揮者としてもきちんとしたものができるようになりたい。もちろん作曲家としても。そういうようなことを僕は考えちゃいますね。

DVD取材班によるインタビュー収録を終えた久石氏は、束の間のコーヒー・タイムを取った後、またすぐに別のスタジオへと向かっていった。そして、改めて挨拶をしようと私たちがこの場所を訪れたときにはもう、同氏はレコーディングの編集作業に取り掛かっていた。自身の音楽活動を車の両輪に例えた彼は、その車輪をフルスロットルで回転させて、次の地点へと走り始めていた。

(出典:英国ニュースダイジェスト 久石譲インタビュー より)

 

 

「Melodyphony」
Melodyphony世界最高峰のオーケストラ、ロンドン交響楽団の演奏で収録した久石譲のベスト・アルバム。インターネットの人気投票を参考に収録曲を久石氏自身が選んだ。「メロディー+シンフォニー」から生まれたタイトル「メロディフォニー」の通り、メロディアスな美しい楽曲がラインナップ。昨年発表した現代音楽の作家としてミニマル・ミュージックを強く意識したアルバム「ミニマリズム」の対とも言える作品。

1. Water Traveller
(映画「水の旅人」メイン・テーマ)
2. Oriental Wind
(サントリー「伊右衛門」)
3. Kiki’s Delivery Service
(映画「魔女の宅急便」より「海の見える街」)
4. Saka No Ue No Kumo
(NHKスペシャル・ドラマ「坂の上の雲」)
5. Departures
(映画「おくりびと」)
6. Summer
(映画「菊次郎の夏」メイン・テーマ/トヨタ「カローラ」)
7. Orbis
(サントリー1万人の第九)
8. One Summer’s Day
(映画「千と千尋の神隠し」より「あの夏へ」)
9. My Neighbour TOTORO
(映画「となりのトトロ」 より「となりのトトロ」)

 

 

久石譲 『ミニマリズム』

Disc. 久石譲 『ミニマリズム Minima_Rhythm』

 

久石譲 『メロディフォニー』

Disc. 久石譲 『メロディフォニー Melodyphony ~Best of Joe Hisaishi〜』

 

 

久石譲 英国ニュース

 

Blog. 「冊子/Web R25 2009年9月17日付 Vol.248」 久石譲 「30年来の夢のアルバム」ロングインタビュー

Posted on 2015/2/10

Web R25 にて特集された久石譲インタビューです。2009年9月17日付 Vol.248 にて久石譲のロングインタビューが掲載されました。同時に冊子(無料)掲載もされています。

ちょうどオリジナル・アルバム『ミニマリズム Minima_Rhythm』(2009/8/12)が発表され、それをひきさげてのコンサート・ツアー「久石譲 Orchestra Concert 2009 〜ミニマリズムツアー〜」(2009/8/15-2009/9/3)終演後のインタビューという時期になります。

 

 

ロングインタビュー
Vol.251
BREAKTHROUGH POINT ~つきぬけた瞬間

人生の壁にぶつかった時、彼らは何を思ったか?
あの人の25歳のころと今をインタビュー。

 

Profile

1950年長野県生まれ。国立音楽大学在学中よりミニマル・ミュージックに興味を持つ。81年『MKWAJU』を発表。82年には『INFORMATION』でソロアーティストとして活動。『Piano Stories』をはじめ、多数のソロアルバムをリリース。一方で84年の 『風の谷のナウシカ』 以降、宮崎 駿監督9作品の音楽を担当。北野 武監督の諸作やアカデミー賞外国語映画賞受賞作『おくりびと』など、多数の映画音楽を手がける。09年1月にはクラシックの指揮者デビュー。そしてこの8月、ルーツに立ち返った新作『ミニマリズム』をリリース。さらにアグレッシブな活動を展開する。

 

その名を見るだけで脳裏に甦る。

ピアノと弦ととても叙情的なメロディ。

それだけでグッとつかまれて、不覚にも泣きそうになる。

でも、べつに泣かせるメロディが得意なわけではない。

音楽づくりの根っこにあるのは高い理想とクールな理論。

クラシックの作曲家が軸足をポップスに移し、活躍してきた。

そして今また、クラシックの側から音楽を作った。

そんな、不安と努力と戦いと理論と、少しの満足のお話。

 

 

インタビュー INTERVIEW

「30年来の夢のアルバム」

9月2日夜、サントリーホール。

舞台上の久石譲は何度か小さくガッツポーズをしていた(ように見えた)。コンサートマスターやソリストと握手し、“オーケストラに拍手を”と腕を広げる。満面の笑み。

8月にリリースされたソロアルバム『ミニマリズム』をフィーチャーしたコンサートツアー。開演の直前、舞台に現れた久石譲は「30年来の夢のアルバムです」と言った。

1950年生まれ。スタジオジブリ作品や北野映画の映画音楽、数々のCM音楽を手がける…というか、すでに頭に何らかの久石メロディが流れてるでしょ? だがそれらはたぶん、彼がポップスに転じてからの作品である。

そもそもは現代音楽の作曲家だ。

 

ポップスのフィールドへ。クラシックへの回帰を

久石:
「20代のときには、いわゆる芸術家をやってたわけですよ(笑)。“音楽ってなんなんだ”って絶えず問い続けていて── 。論理的な構成に基づいて音楽を作っていきたいという気持ちがずっとあった。今もそうなんです」

現代音楽は、西洋クラシック音楽の流れを汲むものだ。ベートーヴェンやモーツァルトなど、いわゆるクラシックの作曲家たちが、彼らの時代での新しいことを音楽で成し遂げようとしていたのと同様、現代音楽の作曲家たちも様々なやり方で、現代の作曲家としてなすべきことを追究していた。

久石譲が実践していたのはミニマル・ミュージック。短いパターンをほんの少しずつ変化させながら反復することで曲を構成する。そのわずかな変化を劇的に感じさせる音楽である。

久石:
「そういう前衛的なところに身を置いていたから、曲を作ったときも、どんなコンセプトを作ったかが重要だった。つまり音楽より言葉で表現することの方が多くなるわけ。“こういう意図でナニナニで~時間軸に対するどうたら~”とかって(笑)。どんどん高じていくと、それは果たして本当に音楽をやっていることになるのだろうかと、疑問を持ち始めたんです」

音大でミニマルと出会い、20代は、作品づくりとその表現に費やした。

久石:
「あるとき、ふとポップスの世界に目を向けたら、イギリスではフィル・マンザネラとかブライアン・イーノが活躍しててね。こっちが現代音楽という枠に囚われて動けなくなってるのに、彼らはパターン的なものをポップスに取り入れて自由にやっていました」

イーノの『ミュージック・フォー・エアポーツ』(78年)は空港で流すことをコンセプトとしたアルバム。場内アナウンスを想定し、曲はどこで切れてもいいように作られ、人間の会話を邪魔しない周波数で構成されていた。

久石:
「すばらしい作品でしたね。そういうのを見ると、自分もこのままではダメだ、そろそろなんとかしなければと」

そしてポップスの音楽家に。82年にワンダーシティ・オーケストラ名義で『INFORMATION』をリリース。これが実質的なソロデビュー作。

久石:
「ポップスのフィールドっていうのは、そもそも論理的ではないから何をやってもいいんですね。売れたら正義、つまり観客がいて初めて正義になるわけだから、理屈だけでやってた世界とは決別したということでしたね」

『INFORMATION』をきっかけに宮崎 駿監督と出会い、84年には『風の谷のナウシカ』で、初めての映画音楽を手がけている。

久石:
「ナウシカも聴いてもらうとわかるんですが、ほとんどワンコード。映画のなかの音楽は、オープニングからテリー・ライリー(ミニマルの創始者)のようなオルガンだけ。あんまり器用じゃないということもありますが、実は自分のスタンスはあんまり変えてなかったんですけどね(笑)」

でもそこには大きな差があった。

久石:
「クラシックのフィールドに立つと、“作品”を書かなくてはならない。それ自体が音楽として成立するような作品を絶えず書き続ける必要があります。でもポップスに身を移してからは、作品を一切書かなくなりました。もちろん、折々にアプローチはしてきました。ポップスのフィールドにありながらギリギリ許せる範囲でミニマルに寄った曲を作ってきました。でもそれはクラシック的な意味あいでの“作品を作る”ことではなかった」

おおよそ27年が過ぎ、この夏、『ミニマリズム』が生まれた。その最も重要な背景は「自分のなかのクラシックを見つめ直すこと」。

久石:
「このごろ、よくクラシックの指揮をします。僕は大学時代、ほとんどいわゆる“クラシック”を勉強してこなかったんです。やりたい現代音楽に夢中だった。たとえばベートーヴェンの『運命』なんてのは、当然アナリーゼ(楽曲分析)の授業でやりましたけど、“ああ、クラシックね、はいはい”っていう意識しかなくて(笑)。でもいざ自分で振るとなるとまったく別なんですね。ひとつのシンフォニーを指揮するには、3カ月は譜読みをします。同じ曲なのに、大学時代とは違うものが見えます。 ある仕掛けが生み出す効果や、“なるほど”と思うことが非常に多くて。それで、僕は自分のなかのクラシックをもう一度見てみたいと思うようになったんです」

20代で煮詰まり、見えなかったものが50代も終わりにさしかかり、見えるようになるのではないか、と。

久石:
「だから今回は、今までの立ち位置ではなく、もう一度完全にクラシックに自分を戻して書いたんです。そういう意味では、これは僕の“作家宣言”といっていいでしょうね」

 

20代へのメッセージ、満面の笑みの意味

「基本的に感性は信用しない」という。新しい恋や、刺激的な体験によって内面から音楽がわき上がるのならば、逆にいうと、そういうものがない限り新しい音楽はつくれないことになる。

久石:
「感性に頼って曲をつくるところには、自分に対する課題がないんですよ。自分をどうやって高めていくかを考えていない。音楽っていうのは、96%まで技術です。やりたいものがあってもそれをかたちにするには徹底した技術力が必要です。それは日々の努力で確実に身につく。技術を背景に、頭のなかで分析して作る。ギリギリまで理論で押し通し、最後の最後、曲が曲として完成するときには、“1+1=2”にならない部分が出てくるんです。だから、芸術なんですよね。そのときに“これしかない”と思えるものに出会って曲は完成するわけです。最後に出てくる要素がなんなのかがわかったら、ものすごく楽なんですけど、これは一生わからない(笑)。追究していくしかないんですよね」

最近上梓された対談本『耳で考える』に、「若いうちから理論でがんじがらめになってのたうち回るくせをつけろ」という一文があった。ときに理論は、自分の理想と違う方向の音を強要することがあるらしい。そこで葛藤が生まれる。

20代へのメッセージをもらった。

久石:
「20代ってとくに“自分が特別だ”“社会のシステムの中に自分を置きたくない”って絶えず考えてますよね。僕は今でも、曲を作るときには葛藤します。単純な意味での自由なんて、どこまでいってもないんですよ。だから、そのことを早い段階で自覚した方がいい。そのうえで会社を利用し、たくましく自分なりの人生を組み立てていく方がいいと思うんです」

ただそれには自分を強く信じる必要がある。そしてそのためには、乗り越えるべき壁のような存在に、早いうちに出会っておくこと。

久石:
「その壁へのアンチテーゼから、人は自分の生き方を探し始めるわけだから。本来なら、父親がたぶん人生の一番最初の壁だったはずなんだが…何せ今、親が弱くなっちゃったから。乗り越えるべき壁ではない。お友だち感覚でしょ。会社も同様ですよね。上司もみんなお友だち状態でね(笑)」

日本の若者は、社会に対する怒りがないという。フランスではすぐにデモが起こる。若者が騒ぐのだが…。

久石:
「目的が見つからないし、みんな頭がよくなって、先のことがわかってるのかな。大学を出るころに55歳まで見えちゃってるのかもしれない(笑)」

久石譲は、30年越しの夢のアルバムを完成させた。若かりし日には思いもよらなかったことだ。そしてコンサートで満面の笑み。

久石:
「音楽をしているときは一番楽しい。ただオーケストラには、自分や各パートの動揺は瞬時に伝わります。100人いるから、アクシデントや間違いは起きる。でも曲はその時点で終わりじゃない。瞬間瞬間が過去になるんです。“心配しないでいいよ、まだ先があるぜ”ってカラダで表現して、最後まで行かなきゃなんない。それと観客の反応。僕にはホールのテンションを最高ものにする役割もある。その日はオケを初めて聴く人がどのぐらいの割合なのか、どうすればあまり固くならずに聴いてもらうことができるかを瞬時に判断しながらやっていくんですよ。すごく燃えていながらも、これ以上ないほどクール。舞台での2時間半のあいだ、起こることにはすべて責任をとるつもりで振っています」

最高のカタルシス。でも冷徹にオノレを見つめる目はあるのである。

 

編集後記

若者たちの未来への目線に「ロマンがない」とダメ出ししつつ、彼自身も決してバラ色の未来を夢見ていたわけではなかった。ただ、覚悟だけはあった。「音大生っていうのは教職を取るんですよ。僕はとらなかった。ウチの父親は高校の先生で、僕も実は教えるの得意です(笑)。でもそういうの(教員免許)をもってれば、ホントに食えなくなったらどこかで教えようってなっちゃうから、退路を断つ意味もあって取らなかった。思い込みはすごく激しかった」

(出典:Web R25 BREAKTHROUGH POINT 久石譲 ロングインタビュー より)

 

 

 

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