Posted on 2019/09/17
映画監督・大林宣彦の軌跡を辿るムック、文藝別冊『大林宣彦 「ウソからマコト」の映画』に、これまでいくつかの映画や仕事で関わってきた久石譲も寄稿しています。作品ごとにそれぞれ回想されるエピソード、この書籍のためだけの内容になっています。
大林監督江
大林監督はすなわち映画である 久石譲
大林監督の手はとても大きい。やや太めの指ではあるが、ショパンと同じくらい大きくて下のドの音からオクターヴ上のミまで約一〇度の音程を片手で押さえられるのではないかと思えるほどだ。そして温かい。相手を包み込んでしまうようなその手と初めて握手をしたのは『漂流教室』という映画の音楽を担当した時だった。
「大きいなあ」と感心している僕の向かいには優しい眼差しと少年のような笑顔があった。そして独特な語り口は多くの人がそうであるように僕を虜にし、それはその後もずっと続いた。例えば広島国体の時(監督が総合演出で僕は行進などの音楽の手伝いをした)当日は雨が降った。うらめしげに空を見上げる僕に監督はいった。「ジョー、普通はあいにくの雨ですがっていうだろ、だけどね、雨は、恵みの雨ともいうんだよ」。目から鱗のこの表現、つくづく感嘆したのだが、この言葉を聞いたのはもう数回めだった。このふつうでは捉えられない視点はもちろん物を作る人間の必須条件ではあるのだが、大林監督の捉える観点は想像をはるかに超える。それはおどろきであり、同時に危険でもあった。
『ふたり』という映画の音楽を担当した。通常音楽打ち合わせは数時間から場合によっては数日かかるのだが、たったの五分で終わった。監督が台本をめくり「こことここと、こことはいらないね」。つまりそれ以外はぜんぶ音楽が必要ということで約ニ時間一五分くらいの映画のうち一・五時間くらいの分量の音楽を一週間か十日そこらで書き上げなければならなかった。泥沼の徹夜はいうまでもない。また『水の旅人』では一週間後にはオーケストラのレコーディングがあるというのに映像の編集が半分もできていなかった。つまり音楽を書くことができない。困り果てた僕は監督に電話をしたのだが、のっけから「そうだろうジョー、普通は編集する時期に、こっちは撮影に入ったんだから本当に大変なんだよ」。何だかはぐらかされたようで渋々電話を切った記憶がある。そして極め付きは同映画の試写会の時だった。舞台挨拶をする僕に舞台袖の関係者からチューインガムを引き延ばすような仕草が何度も送られてきた。「?」とドギマギしたのだがやっと気づいた。実はその日の朝までダビング(セリフや音楽、効果音をミックスして仕上げる最終工程)していたため、試写会場に届いたフィルムが乾いていなかった。だから時間稼ぎをするために話を長くしろ、という合図だったのだ。信じられます?そんなこと。《注:だいぶ昔の話のうえに歳をとったので勝手に自分の記憶を書き換えている節もある。間違っていたら関係者の皆さん、大目に見てやってください(笑)》
大林監督の周りではこんな逸話が多分いっぱいあるのだろうと推察する。まるで映画のように。監督のそばにいると僕たちは映画の中の登場人物のようにふつうではない体験を嫌が応でもします。そして新たな自分を発見して世界が広がった気がするわけです。
じつはこれ映画そのものです。映画はウソの世界です。だからこそリアルな現実では感じ取ることのできないものごとの本質を暴くことができる。同時に生きる希望や喜びをあたえてもくれます。
もしかしたら大林監督は、映画そのものなのかもしれない。いや、監督自身が映画なのです。
(ひさいし・じょう/作曲家)
(文藝別冊『大林宣彦 「ウソからマコト」の映画』より)
今井美樹さんの歌う主題歌「野性の風」、その編曲も手がけています。
- Disc. 森公美子 『砂漠のバラ』 ※非売品 (1995)
1996年ひろしま国体の式演出を務めた大林宣彦監督の呼びかけのもと、イメージソング「砂漠のバラ」(歌/森公美子)を作曲。またこの曲は行進曲用にアレンジされたものが開会式・閉会式の入退場にも使われました。
主題歌「草の想い」は大林宣彦監督と久石譲のデュエットで話題に。この曲はインストゥルメンタル曲「Two of Us」として珠玉の名曲で愛されていくことになります。
中山美穂さんの歌う主題歌「あなたになら…」もロンドンでレコーディングされるなど、当時久石譲はロンドン生活でした。
そのほか、映画『はるか、ノスタルジィ』(1993)、映画『女ざかり』(1995)、映画『この空の花 —長岡花火物語』(2012) があります。各作品ごとにCDライナーノーツや当時インタビュー・文献は掲載しているものも多いです。大林宣彦×久石譲、その数々のエピソードのなかから、いつか掘りさげることもあるかもしれません。
KAWADE夢ムック
文藝別冊『大林宣彦 「ウソからマコト」の映画』
■目次
大林映画のことばたち
写真アルバム OB’S MEMORIAL
家族座談会 大林恭子×大林千茱萸×大林宣彦 家族で映画ばかり撮ってきた
大林宣彦フィルモグラフィー
[大林監督江]
高柳良一(ニッポン放送総務部長)
のん(女優)
塚本晋也(映画監督)
久石譲(作曲家)
小林亜星(作曲家)
ロケット・マツ(パスカルズ)
石川浩司(パスカルズ)
今関あきよし(映画監督)
原將人(映画監督)
犬童一心(映画監督)
井口昇(映画監督)
本広克行(映画監督)
糸曽賢志(映像監督)
椹木野衣(美術評論家)
笹公人(歌人)
竹石研二(深谷シネマ支配人)
北沢夏音(ライター)
[インタビュー]
尾美としのり 大林映画、 悲喜こもごも
常盤貴子 いま、 大林映画に出演できる幸福
根岸季衣 大林映画の常連役者として歩んだ幾年月
南原清隆 大林監督はいつも心のなかに夕凪の風景をもっている
寺島咲 安心感と緊張感がつねに一緒にある現場
窪塚俊介 唯一無二の“純映画”をつくる人
山崎紘菜 メッセージを受け止め、伝えること
桂千穂 四〇年後の“決着”
阪本善尚 僕の撮影監督としての骨格は大林映画で築かれた
三本木久城 監督の生理にもとづいて生み出される映像
竹内公一 “絵空事”としての映画美術
KAN いつか見たミカン箱の上で
呉美保 大林組が映画と社会への入口だった
[大林宣彦エッセイ選]
やがてかなしいドラキュラ
闇──ひとりぼっちの空間
恋の相手はもうひとりの自分
ひとの想いのなかで死者も生きる
[対談再録]
泉谷しげる×大林宣彦 通りすがりのぼくたちが垣間見たのはプラスチックなお祭り騒ぎ
石上三登志×大林宣彦 ジュブナイルだからこそ語れる大人の心の痛み
宮部みゆき×大林宣彦 107人素顔の俳優の渾身の演技
[コラム]
真魚八重子 大林宣彦の明朗ホラー&ミステリー
モルモット吉田 大林映画はどう評価されてきたか
[エッセイ]
淀川長治 私のシネマ交遊 ~大林宣彦~
山中恒 その出会い
赤川次郎 崖っぷちの時代に
内藤誠 大林さんとわたしとプラス・アルファ
大森一樹 媒酌人・大林宣彦様
黒沢哲哉 “失われゆくもの”を刻み込むために 映画の言霊をひろう
[コミック]
三留まゆみ
とり・みき
森泉岳土
[論考]
草森紳一 失声の悲しい饒舌 大林宣彦の透視
金子遊 フィルム・アンデパンダンの時代
樋口尚文 あらゆる映像ハードは「大林映画」を降臨させるためにある
中川右介 大林映画と角川映画から始まった
渡辺武信 大林宣彦メモランダム 主として二〇〇〇年以降の作品について
野村正昭 私的大林映画体験=大林映画考
単行本(ソフトカバー): 256ページ
出版社:河出書房新社
発売日:2017年10月28日
価格:1,300円(税別)