Blog. 「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1988年11月号」 久石譲インタビュー内容

Posted on 2020/11/03

音楽雑誌「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1988年11月号」に掲載された久石譲インタビューです。同年1月号から開始された連載の第10回で、オリジナル・ソロアルバム『Piano Stories』についてたっぷり語っています。

 

 

HARDBOILED SOUND GYM by 久石譲
VOL.10
「ナウシカ」のイマジナリー変奏曲

ピアノ・アレンジにもとづいて録音された「Fantasia (for Nausicaä)」、久石さんは”テレやはずかしさ”があるとはいえ、やはり代表曲。今回もこの曲を中心に。

 

まず先月号の訂正から。ページの最後に「2重奏によるナウシカのスコアを掲載する予定です」とありますが、これはあくまでもソロ・プレイです。久石さん自身の最初のプランでは「ダイナミックになり過ぎる。それをもっと抑えたかったから2重奏で、と考えた」ということなのですが、しかし、実際にやってみたら、最初のプレイの”揺れ”に合わせてダビングするのが難しく、結局、アルバムには、その直後、ソロでプレイしたものが収められています。読者のみなさん、そして、久石さん、ごめんなさい。

というところで、この2重奏→ソロの経緯のお話から伺うことにします。

 

呼吸しているメロディーの微妙なノリ

ー「Fantasia (for Nausicaä)」のレコーディングのときのお話を確認の意味でもう1度聞かせてください。

久石:
『ピアノ・ストーリーズ』を作ったときの、僕の中のナウシカの扱いから話しましょうか。

重複しちゃうかもしれないけれど、僕の中に非常に難しいものがあるんです。なぜなら「久石譲イコール、風の谷のナウシカ」という公式が出過ぎちゃう、あの曲が僕の名刺がわりになり過ぎてる。するとやっぱりテレもあるし、はずかしさもあるんです。

ふつうはこれが代表曲ですっていうものがあれば開き直れるのかもしれないけど、僕は少しはずかしい。それがいつもついてまわるわけですよ。すると『ピアノ・ストーリーズ』で、自分の、久石譲メロディー集でいうと、こういう曲がメインになるのがふつうのはずなんですよね。

だけど、7分近い大曲にした割には、むしろ後ろの方で抑えた状態で収録してある。しかも原曲にいちばん遠いかもしれない。中のいろんな音楽、音型を出してみたりしつつ、変えて作ってしまった、と。それはやっぱり作家の中でその楽曲と自分との独特の位置があるわけですよ。

まあそういうことが前提にあって、当初はピアノの2重奏でやりたかった。実際には、ダビングを1回しようとしたんです。なぜかというと音域が広いのと、部分的に、1人でやろうとするとかえってやかましくなり過ぎるところがある。たんたんとさせるためにも2つでやったほうがいいだろうと考えたんです。

ところが今回のピアノ集は全体にそうなんだけど、ふつうはドンカマと言って、リズムをうすく入れて、その中で自分が自由に弾くということをするんですが、今回はひとつもドンカマを使っていない。そのためにメロディー・ラインが自由に呼吸してるわけ。そしてこの日も第2パートから入れてみたんです。7分近い中でピアノを2重奏にする部分は、ほんの1コーラスだけだったんです。ほんの一部だった。ところが今度、それを入れちゃったら、それに合わせようとするんです、音楽が。すると、それまで呼吸していた音楽が一気に死んじゃった。

 

ー音楽が合わせようとする、というのは?

久石:
自分で合わせようと思うわけだけど、それは、音楽のほうで、入れてあるパートに合わせて弾くように働きかけてくる。そこでもう、何か世界が違っちゃうんです。微妙なタイミングのズレが出るわけですよ。

ドンカマが入れてあれば、まず第2パートを合わせて入れて、次にそれに合わせてメロディー・パートを入れるということができるかもしれないけれど、第2パート自体もエモーショナルに弾こうとすると、すでにそのテンポが揺れている。その揺れているヤツにもう1回自分で重ねようとすると、よほど何百回というリハーサルをやって同じような揺れにならない限りは、滅多に合わないですよね。

それでかなりのところまでは合ったの。でも他の人が聴いたらそうは思わなかっただろうけど、自分の中では、精神的な呼吸感が、もう違うから、ダメだって思った。で、スタッフも全員そう思ったので、もうこのスタイルはやめようということになったんです。

ところがこっちも2重奏のつもりでスタジオに入っているから、いきなりやめるというのもまずい。また練習して戻って来るというわけにもいかない。

それで結局、そこでまた全部壊して…、まあアレンジしてあった形はそのまま生かしてその場で一発録りみたいなかたちで録ったんです。それが、あの『ピアノ・ストーリーズ』の中の「ナウシカ」なんですよ。

 

不思議な響きのルーツにいたのはマル・ウォルドロン

ー2重奏にしたかった部分というのはどのへんですか。

久石:
途中で盛り上がっていくところでね。ちょっと音自体は抑えたいんだけどぶ厚さが欲しいわけ。それができないわけではないことはわかっていたんだけど、いろんな音型をにらみ出すと、非常にヴィルトゥオーゾ…名人芸というかテクニックを披露するような音楽になりやすいんだ。それを控えたかったんです。

 

ーそれであの形になったわけですね。

久石:
そう。そのへんがあの曲を録るときの難しさだったんですね。

だから今回の『ピアノ・ストーリーズ』をやっていていちばん思ったのは……、みなさん言うのは、非常に不思議な音楽だ、ということなんです。ピアニストの練習は、バイエルから始まってツェルニーの30番、40番とやってくると、当然クラシックの音楽には独特のスタイルがあるわけですよ。それは何かというと3度、5度、6度構成という音の関係の練習でしかないんです。あとスケールとね。これはテクニック自体のことだけど、それの組み合わせでできていると思って間違いない。

ところが僕の音楽というのは4度体系なんですよ。だから、ド・ファ・シと押さえていってしまう。ある意味でジャズのテンションに近いものがあるんです。けれどジャズから出て来ているテンションではないんですけどね。で、そういう積み重ねが多く出てくる。すると、パッと押さえた瞬間の指の形、指の幅がクラシックの人とは違うんです。パッと押さえた指が、クラシックの人はド・ファ・ラとか、ド・ミ・ソとかクラシックの形態のところに指が行くんです。このへんが、ちょっとクセがあってやりづらいところかもしれないんですけどね、ピアノに関していうと。

ただこれは、自分のアレンジものも全部ひっくるめて、響きの原点みたいなところなんです。

で、『ピアノ・ストーリーズ』の話に戻すと、非常に不思議な音楽だと言われたと。ピアノのテクニックっていうのはリチャード・クレイダーマンみたいに、ドソミソ・ドソミソとかパターンがあるんです。左手の音型にしろ何にしろ。ところが僕のピアノは全部その形態がはずれているんですよ。

じゃクレイダーマンではない。それならレイモン・ルフェーブルかと言ったらそれでもない。ではジャズか? それでもない。そのへんのギリギリのところで作っていたんです。

で、僕のタッチというのはすごく強いんです。いいか悪いかは別として頭の中で、ピアノというのは打楽器みたいなとらえ方をしているために、きれいな響きを作ろうとするよりは、”ガシーン”と叩いた太鼓が鳴ったと同じような打楽器的な効果が自分では好きなんです。そのままの感覚でピアニッシモもあるんです。

 

ー打楽器的なピアニッシモ…?

久石:
ようするに響きをきれいに出す方法というのは僕もクラシックの奏法として習ったし、あるんだけど、僕のピアノ奏法の発想にはそれがないんです。

それで、これは誰に近いのかなと僕もずっと思ってたんだけど、今度11月に出すアルバム『イリュージョン』の中のタイトル曲「イリュージョン」、これもピアノ曲なんですが、これは少しジャジーな要素を入れてあって『ピアノ・ストーリーズ』よりジャズっぽいかんじがする。それを聴いたある人がこう言ったんですよ。タッチはマル・ウォルドロンだ、と。

僕は17、8歳…高3の頃からレコードでマル・ウォルドロンを聴き漁ってね。だから現代音楽を聴いてるかマル・ウォルドロンを聴いてるかっていうくらい彼が好きだったんですね。『オール・アローン』っていうピアノ・ソロなんか全曲コピーしましたもんね。

 

ーそういう一面もあったんですか。

久石:
そうなんだ。それがこの年齢になってソロ・アルバムを作ってピアノで勝負しなくてはならないときに、はからずも自分の音楽のタッチというのはそういうところにあったなっていうことに、後で気付いたね。

マル・ウォルドロンっていうのはビリー・ホリディのバックで、ピアニスティックに弾こうとしたとき、ビリー・ホリディから「歌えないフレーズは弾かないほうがいい」と言われて、できるだけシンプルに、心を込めて弾くようになった人でしょ。オスカー・ピーターソンとは対極にあるんですね。今、ピアノのテクニックというのはいかに早く機能的に動くかという運動に終始してる。ジャズにしても練習となると、そういうところで終始してる。比較的ね。スピリットとかいいながら、興奮してきたら、いかに16分音符を正確に弾くかとか、そのへんがピアノ・スタディの原点みたいなところがあって、それはそれで大切なんだけど、マル・ウォルドロンはそれとは180度違っていた。ただし、彼は根っからのジャズ・マン。僕は現代音楽からやってきて、こうなってきた。そしてメロディーという共通項で仕事をしようとしたとき、ジャズという土壌と僕の土壌は全然違うんだけど、”アプローチの角度”は似たかもしれないね。いかにシンプルに音楽を相手に伝えるかという姿勢はね。タッチが強いという点もひっくるめて思わぬ共通性を最近感じてとまどってるんですよ(笑)。

(KB SPECiAL キーボードスペシャル 1988年11月号 より)

 

 

久石譲 『piano stories』

 

 

 

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