Blog. 映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説(4)~Ask me why~

Posted on 2024/08/09

では、アルバムを聴いてみましょう。

 

Track.
1. Ask me why(疎開)
12. Ask me why(母の思い)
34. Ask me why(眞人の決意)

久石:

「それから年が明け、(2022年)1月5日に宮﨑さんが、僕の仕事場に来られました。あの日は宮﨑さんの誕生日で、僕は毎年、曲を書いて二馬力に持って行くんですが、その時に作った曲が、眞人のテーマ曲ともいえる「Ask me why」だった。この段階では、僕は絵コンテも映像も観ていません。でも、宮﨑さんがその曲をすごく気に入られて、後日「宮﨑さんが『これってテーマ曲だよね』と言っていた」ということを伝え聞きました。それを聞いて、しまった、と(笑)。宮﨑さんって刷り込みの人だから、一度曲を聴いて「いい」というスイッチが入ってしまったら変更が利かない。僕自身は、映像を観てからテーマとなる曲を書くつもりだったけれど、こうなっちゃったらもう、戻れない。覚悟を決めました。」

「ただ、あの曲のアイデアは実は半年以上前から持っていたものなんです。歌のように、お経のようにつぶやいているものを書きたいとずっと思っていて。」

「毎年1月5日に持って行っていた曲というのは、最初はジブリ美術館用のつもりだったんですね。こういう展示物があるから作るというのではなく、何か展示するときに自由に使ってもらえばいいぐらいの感じで。そうするとイメージの源泉は宮﨑さんしかないんです。だって用途を頼まれて書いているんじゃなくて自主的に作るんだから。宮﨑さんに聴いてもらいたい曲を書くというコンセプトの中で、自分がそのときに素直に書きたいと思ったものを作る。」

「宮﨑さんが新作の制作に入ってからは、青サギが出てくるらしいということやインスピレーションを得た小説の話などは知っていましたが、具体的な内容なわからないけど、ちょっと心に引っかかりを持った少年の話になるみたいだと聞いてはいたんですね。頭にそれがあるから、5日に曲を書くとき、素直に宮﨑さんに聴いてもらいたいという気持ちと同時に、そのイメージが入ってくるんですよ、なんとなく。」

 

「七夕に初めて映像を観たとき、この映画の音楽は主人公のテーマとしてメインの曲を作って、それを中心に組み立てていくようなものではないとはっきりわかったんです。ようするにメインのメロディーをアレンジを変えて各所に押していくようなものではない。それをやると従来の古い形の映画音楽になってしまう。そのうえで一番重要なシーンにだけ厳選して使う。実際、主人公が疎開してくるオープニングと、本(君たちはどう生きるか)が机から落ちて母の字が見えたところ、あとラストの一つ前。この3カ所にしか使ってないんですよ。」

「普通だとこのメインのメロディーを弦でやったり、フルートでやったり、ヴァリエーションを増やしていくんだけど、これも一切やらない。これは完全にピアノだけでいく。どんな場合でもピアノでいくと決めちゃうとシーンができる。それをまず決めたら、そこに対してまたアイデアを考えていくということで組み立てていった。その結果として、実は鈴木さんが言ってくれた「ミニマル音楽で全編を」ということとは別に、ある意味でそれ以上に、映画音楽としてすごく特異な試みができたんです。」

 

「11月15日、映画の主要なシーンに10曲ほどの音楽を仮付けしたものを、宮﨑さんと鈴木さんに聴いてもらいました。映像を見ながらじっと音楽を聴いていて、眞人の部屋の机の上に積まれていたあの本(『君たちはどう生きるか』)が床に落ちて、表紙の内側に母の文字が見えたところに「Ask me why」が被さった時、宮﨑さんが涙を流されたということがありました。」

 

Joe Hisaishi, the veteran composer of every Miyazaki feature since 1984, responded to that original name and gave his theme the English title “Ask Me Why.” Through a translator, Hisaishi said he did that “to show that we’re constantly asking ourselves questions and asking ourselves the meanings of things.”(出典:Miyazaki’s ‘Boy and the Heron’ should be felt, composer says – Los Angeles Times, Nov. 29, 2023)

[自身のテーマに英語のタイトル「Ask Me Why」を付けた。久石は通訳を介して、「私たちが常に自分自身に疑問を持ち、物事の意味を問い続けていることを示すために」そうしたと語った]Web翻訳

(引用ここまで)

 

 

本作のメインテーマです。オープニングから本編終盤まで大切なシーンに3回だけ、他の楽器へのアレンジや変奏もなくピアノ1本で大切に奏でられています。シンプルでピュアな一曲です。オリジナルはおそらく約5分ほどのピアノ曲として仕上げられていると思います。本作ではシーンに合わせて曲想も手が加えられ曲尺も短くなっています。「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2023」(2023.7)のアンコールでサプライズ披露されました。約3分半バージョンのピアノ・ソロはその後も海外公演などで演奏されています。

久石譲のジブリメロディといえば、新しくて懐かしい旋律に、神秘的に包み込んでくれるハーモニーにとファンをとろけさせてきました。「Ask me why」は、静かに呼吸するようなイントロに同音連打で始めるメロディと、まるで心の扉をノックしているようにも聴こえてきます。そして運命の扉をたたく、扉を開いていく力を感じています。映画を観た世界中の人々がフルバージョンで聴けるときをいつまでも心待ちにしている一曲です。

 

 

Ask me why のふしぎ

サビのメロディの一音が違います。とてもシンプルな曲だから同じことを繰り返しているだろう先入観もあってか、気づきにくいかもしれません。2回目に臨時記号♭(フラット)が付きます。この微細な変化が得も言われぬ奥深いニュアンスを与えてくれています。とても気に入っていました。しかし、コンサートなどで演奏しているピアノ曲は繰り返すどこにも♭は付いていません。ぜひ「34. Ask me why(眞人の決意)」を聴いてみてください。first time “D7”, second time “D7(-9)”のような、たった半音のズレからくる夢幻の響きです。この曲眞人の決意のためだけなのでしょうか。ズレあり派です。

 

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Scene 00:03:20 / Track 1. Ask me why (疎開)

 

Scene 00:42:30 / Track 12. Ask me why (母の思い)

 

Scene 01:51:50 / Track 34. Ask me why (眞人の決意)

 

 

次回は、つづけてアルバムを聴いてみましょう。

 

 

映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説

(1)イントロダクション
(2)方法論
(3)方法論 継
(4)Ask me why
(5)白壁・聖域・祈りのうた
(6)青サギ・黄昏の羽根 ほか
(7)ワラワラ・炎の少女 ほか
(8)追憶・陽動 ほか
(9)眞人とヒミ・大伯父 ほか
(10)ネクストアップ

 

 

引用元:

  • 久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」スタジオジブリ『熱風2023年10月号』
  • 久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」東宝『君たちはどう生きるか ガイドブック』
  • 前島秀国 ライナーノーツ 徳間ジャパン『君たちはどう生きるか サウンドトラック』アナログ盤
  • スタジオジブリ作品静止画『君たちはどう生きるか』場面写真 STUDIO GHIBLI

そのほかの引用については個々に注釈をつけています

 

 

映画『君たちはどう生きるか』
The Boy and the Heron

原作・脚本・監督:宮﨑駿
プロデューサー:鈴木敏夫
制作:スタジオジブリ ⋅ 星野康二 ⋅ 宮崎吾朗 ⋅ 中島清文
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師

上映時間:約124分
配給:東宝
公開日:2023.7.14(金)

 

(関連リンクはこちらにまとめています)

 

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