Posted on 2024/08/10
つづけて、アルバムを聴いてみましょう。(4)「Ask me why」とここでは久石譲が宮﨑監督に贈った誕生日プレゼントを集めています。
久石:
「今回は映像を見る以前に宮﨑駿という人間に寄りそった15曲のストックがすでにあったんですね。しかも誰か別の人間が作った曲じゃない。自分で作った曲で他で使っていない有り物がある。それは映画の映像を見て、それに合わせて作られたものではない。けれど、より深い部分、宮﨑駿という人間に向けて作られたという部分では通底するものがある。僕はその自分の曲を自由に選曲することができたわけです。」
「そう、劇と一本化した曲って印象薄いんですよ。劇とちょっとずれている、距離をとった音楽は印象に残る。これ、映画音楽の最大の鍵なんです。映像と距離をとる。それが一番重要なんです。だから今回のサントラCDに付属した冊子に鈴木さんが「今回の映画音楽はかつて宮﨑さんに贈った曲が多かった」と書いているけれど、実はそこまで多くはないんです。多くはないんだけど、印象に残る。だからそういう曲が多く感じるということなんです。」
「ええ。でもこんな体験は僕自身ももう二度とできない。」
Track.
2. 白壁
2017年誕生日プレゼントに贈られた「小さな曲」がその原曲です。三鷹の森美術館オリジナルBGMの一曲として入替制で流れています。また短編映画『毛虫のボロ』(2018)のエンディング曲としても約1分の曲尺で使用されています。”小さな”、毛虫の世界観とそのイメージが入っていた時期に作曲されたのかもしれません。
曲名が「白壁」となっているのは本編シーンに由来しています。久石譲はなぜこの曲を選曲したのか考察してみましょう。『毛虫のボロ』は、卵からかえるところから外の世界へ踏み出していく物語です。見るもの触れるものすべてが新しい世界であり、小さな毛虫にとって大きな外界は試練の連続です。行く先々で待ち受けているもの、そこは祝福されたものかもわからない。そんな毛虫の移動と主人公眞人の疎開をメタファーにしているのではないでしょうか。何ともいえないメランコリックな曲調はここしかない絶妙な選曲です。
この曲が三鷹の森ジブリ美術館の展示室用BGMとして使用されていること、小さな曲=毛虫のボロエンディング曲、これは情報提供いただきました。おかげでもっと長い線で結ぶことができました。ありがとうございます。
Track.
14. 聖域
15. 墓の主
16. 別れ
久石:
「今回それでいくつか成功しているところが、たとえば前半約1時間の現実世界からお屋敷に入って地下へ下り、床に飲み込まれて「下の世界」へ行くシーン。あそこで流れるターラーラ・ターラーラって曲、あれは狙って書けないですよ。」
「あれは2016年か17年ぐらいに書いた「祈りのうた2」という曲で、宮﨑さんに贈った曲なんです。当時はヨーロッパのミニマリストの影響をけっこう受けていて、それこそアルヴォ・ペルトだとかグレツキを自分なりに消化しようと書いていた曲なんですよ。そうすると、癒やしのような曲が地獄に呑まれるシーンに流れちゃうわけです。これ、狙って書けないです。セルフ選曲スタイルだからこそできたことになる。」
前島:
「宮﨑監督の誕生祝いとして書かれた《祈りのうたII》(2016)が原曲。本編のスコアにおいては、眞人が降りていく「下の世界」のテーマとみなすことができる。エストニアの作曲家アルヴォ・ペルトに代表されるティンティナブリ様式(鈴鳴り様式、鐘鳴り様式)の三和音の分散音型で書かれており、ゆるやかな3拍子のリズムと合わさり、永遠に回転運動を続けていくような印象をもたらす。その独特な時間感覚が、「下の世界」を支配する時間の流れ、つまり現実の「上の世界」とは異なる時間の流れを象徴していると考えることができる。」
『かぐや姫の物語』(2013)で高畑勲監督が久石譲にオーダーしたのは【運命を見守る】音楽でした。それは【登場人物の気持ちを表現してはいけない/状況につけてはいけない/観客の気持ちを煽ってはいけない】という具体性をもって映像に音楽がつけられていきました。この曲からも同じような俯瞰や畏敬を感じることができます。
ピアノ左手の動きは、一音一音上行したり下行したり、はたまた無軌道な動きを見せたりします。時間が大きく呼吸しているようなこのテーマは、現実世界とは異なる時間の進みや揺り戻し、異世界に足を踏み入れていることを体感させてくれます。
Scene 00:51:00 / Track 14. 聖域
Track.
29. 祈りのうた (産屋)
久石:
「物語終盤の産屋で夏子が子供を産むシーンに使用した曲は、2015年に書いた最初の「祈りのうた」です。これは東日本大震災の影響も受けて、祈りとしての分散和音だけで作った曲です。」
「そう、一番激しいシーン。あのシーンに音楽を書けと言われたらサスペンスと恐怖が混じってくるし、あれだけの紙がワサワサ回っているとオーケストラで激しくいきたくなりますよね。でも、実際に使用した曲は、基本はピアノ1本です。後半に弦が入るだけ。あれができたのも、やはり、あらかじめ曲があったからなんです。」
前島:
「原曲は2015年1月5日、すなわち宮﨑監督74歳の誕生日に献呈されたピアノ曲《祈りのうた》で、もともとは三鷹の森ジブリ美術館のBGMとして作曲された。同年夏に開催された久石指揮新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ(W.D.O.)のツアーで初演され(本盤と同じピアノ、弦楽合奏、チューブラーベルズのためのヴァージョンで演奏された)、その際、「Homage to Henryk Górecki(ヘンリク・グレツキへのオマージュ)」という副題が附された。その副題が暗示しているように、《祈りのうた》は久石が(ポーランドの作曲家グレツキの音楽で知られる)ホーリー・ミニマリズムの様式を強く意識して作曲し、東日本大震災の犠牲者追悼の意味を込めた作品である。曲の構成は、ピアノだけで演奏される主部、弦楽器が加わった中間部、そして主部の再現という三部形式で作られているが、中間部の終わりに聴こえるチューブラーベルズは弔鐘、つまり追悼の鐘にほかならない。出産を控えた夏子と眞人が産屋で再会するシーンにおいては、そのチューブラーベルズが鳴り響く瞬間、音楽は感情的に最も激しいクライマックスを迎えるが、そのシーンの映像と《祈りのうた》の音楽が生み出す、いわば”生”と”死”が隣り合わせになった凄絶な表現は、もはや筆舌に尽くしがたい。」
「祈りのうた」は、「祈りのうた for Piano」が『Minima_Rhythm II ミニマリズム 2』(2015)に、「祈りのうた -Homage to Henryk Górecki-」が『The End of the World』(2016)にアルバム収録されています。約7分大きく静謐に繰り返す後者をもとに約4分のシーンに合わせて再録音されています。ピアノ左手の深い低音から一音一音上行していく動きは、深い場所から出口へ向かっていく神聖さを感じます。
三鷹の森ジブリ美術館オリジナルBGMです。2015年は同館「幽麗塔へようこそ展」が開催されていて、その時館内BGMとして使用されていた曖昧な記憶があります。本作の産屋のある塔と幽麗塔の世界、なにか関連はあるのでしょうか。次の情報が待たれるところです。
映画『君たちはどう生きるか』の音楽で誕生日プレゼントから選曲されたのは、「Ask my why」、「白壁」(小さな曲)、「祈りのうた」、「聖域」(祈りのうた II)の4曲は明らかになりました。ただ、一つの謎は残ります。
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2023.08.01 (posted on)
映画『君たちはどう生きるか』の音楽を手がけた久石譲さんのサウンドトラックアルバムが、8月9日(水)に発売されます。本日から発売日まで、久石さんの音楽作りの過程をお伝えしてゆきます。
久石さんは新年、宮﨑さんへ誕生日プレゼントの曲をたずさえ、スタジオにいらっしゃいます。
2020年1月6日(月)、久石さんがお持ちになった曲は、シンプルな単音中心のミニマルな曲でした。
少し不穏な雰囲気の曲を聞いた宮﨑さんは、目を閉じながら聞いたあと「地獄の門が開いた感じですね!」とひと言。鈴木さんもまた「久石さんの原点回帰ですね」と評しました。
久石さんは「そう! なにかそういう気がするんですよ」と答えます。
日本で最初に新型コロナウイルスが確認された1月中旬から、10日ほど前のことでした。
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from スタジオジブリ公式ツイッター(当時)
音楽にまつわる投稿第一弾だったこともあり、その時は「Ask me why」のことかなと思い込んでしまいました。しかし、久石譲インタビューを経て改めて注目すると、2020年1月6日と2022年1月5日、これは別の曲ということになります。さて、この曲は映画で使われたのでしょうか。いつか誕生日プレゼント(三鷹の森美術館オリジナルBGM集)がアルバムになって届けられたなら、その時に真実は明らかになるでしょうか。
次回は、つづけてアルバムを聴いてみましょう。
映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説
(1)イントロダクション
(2)方法論
(3)方法論 継
(4)Ask me why
(5)白壁・聖域・祈りのうた
(6)青サギ・黄昏の羽根 ほか
(7)ワラワラ・炎の少女 ほか
(8)追憶・陽動 ほか
(9)眞人とヒミ・大伯父 ほか
(10)ネクストアップ
引用元:
- 久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」スタジオジブリ『熱風2023年10月号』
- 久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」東宝『君たちはどう生きるか ガイドブック』
- 前島秀国 ライナーノーツ 徳間ジャパン『君たちはどう生きるか サウンドトラック』アナログ盤
- スタジオジブリ作品静止画『君たちはどう生きるか』場面写真 STUDIO GHIBLI
そのほかの引用については個々に注釈をつけています
映画『君たちはどう生きるか』
The Boy and the Heron
原作・脚本・監督:宮﨑駿
プロデューサー:鈴木敏夫
制作:スタジオジブリ ⋅ 星野康二 ⋅ 宮崎吾朗 ⋅ 中島清文
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師
上映時間:約124分
配給:東宝
公開日:2023.7.14(金)
(関連リンクはこちらにまとめています)