Blog. 映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説(6)~青サギ・黄昏の羽根 ほか~

Posted on 2024/08/16

つづけて、アルバムを聴いてみましょう。

 

Track.
3. 青サギ
5. 青サギ II
8. 青サギ III
10. 青サギの呪い

久石:

「一つだけあったのは、物語序盤に青サギが出てくるシーンの音楽です。宮﨑さんは青サギの存在をさりげなくしたかったんですね。僕はそこに少し派手目の音楽をつけちゃっていた。青サギのテーマのベースの曲は、最初はもっと激しかったんです。宮﨑さんはこれだと大げさになっちゃうから、ここは音楽はなくていいんじゃないかとおっしゃって。だけど、青サギの存在はそれ自体が現実ではない存在感を持っているので、完全に音を外してしまったら、今度は逆に悪目立ちしてしまう。僕は何かあったほうがいいと思うと伝えたんです。それで、最終的にピアノ1本のポーン・タランだけのスタートに変えて、それが3回目に出てくるあたりでちょっと厚くなるぐらいに切り替えた。そしたら、これは音があったほうがいい、と喜んでくれました。」

「そこで僕は、それはちゃんとある種曲になってたんですけども、どんどん音を抜いていって、で最後にあの一音が一番いいと。ただ、一音が次のシーンでは3つ5つになり、次のまた出てくるところではちゃんと曲になってる。これに関しては宮﨑さんほんとに喜んで「あっ、これやっぱりあってよかった」って、ほんとに喜んでましたね。」(出典:2024年1月30日公開/DVD映像特典収録 久石譲インタビュー動画より)

 

「たぶん鈴木さんもそう考えるだろうなとか、いろいろなことが、やっぱり長いつき合いだからわかるんです。デモテープはこれでOKで、その後いろいろなことがあった今の段階で考えると、この方法で行くならば、ここをそれほど過剰にしないほうがいいとか。だから後半はかなり音を抜く作業をやっていましたね。加えるというよりは。」

「うん、加えない。派手にしない。抜いていく作業。」

 

 

4度の二音からなる極めて最小のモチーフです。鳥の鳴き声にも聴こえる執拗に散りばめられた二音の繰り返しや、鳥の喉仏が鳴っているようにも聴こえる木管の低音など、不穏さや捕えきれない魅力に引き寄せられていきます。風を切るように一瞬にして切り替わるミニマルのハーモニーも秀逸です。主人公にとって無視できない存在へと膨らんでいく青サギは、同じように楽曲群も豊かに展開しながら存在感を浮き立たせていきます。

また、2022年11月15日音楽仮付けで課題にあがったこの青サギのテーマが、音楽の方向性を決定づけていったこともわかります。こういう感じでいくというイメージが三者間でかちっとはまった、制作過程においても大きな役割を果たしたといえるテーマです。

『千と千尋の神隠し』(2001)の湯婆婆も4度の二音からなるモチーフです。どちらも鳥に変身して空を飛びます。

 

Scene 00:27:45 / Track 10. 青サギの呪い

 

Scene 00:28:40 / Track 10. 青サギの呪い

 

 

Track.
6. 黄昏の羽根
22. 回顧

本編前半部では小さい編成で本編後半部では大きい編成で流れる、塔のテーマともいえる曲です。久石譲の説明にもあった「前半は現実世界で後半はファンタジーという2部構成だと感じた」という音楽的アプローチが具現化されています。たしかに、前半部のほうは弦楽のざらざらした音像が羽根の一本一本やその肌ざわりまでも想起させてくれます。粒立ちのいいピアノにFutune Orchestra Classicsのノンビブラート奏法にとピンッと張った緊張感を保っています。ノンビブラートとは、歌う時のビブラートをかけるかけないと同じで、音を震わせずにまっすぐに鳴らす奏法のことです。

 

 

Track.
7. 思春期

転校先でのシーンに流れています。その鮮烈なカットに強い衝撃を受けますが、音楽はそんな主人公の行動や感情からは距離を置いたものになっています。まるで軍歌や唱歌のような旋律は、当時の時代背景や取り巻く環境を俯瞰しながらも、とても風刺の効いた映像と音楽の対位法になっています。

 

 

Track.
11. 矢羽根
23. 急接近

明るいミニマルが何かへの好奇心や夢中さを表しているようです。「矢羽根」では、強めのピッツィカートがまるで工作でトントン打っている音や、はたまたピンと弓の張り具合を確かめているようにも聴こえてきておもしろいです。ピッツィカートとは、弦楽器の弦を指ではじいて音を出す奏法のことです。曲としてもきちんと成立しているなかで、効果音的な響きまでも意図的に音楽的に盛り込まれています。映像やシーンとの相乗効果で、もっと言うと映像から離れたときにもイマジネーションをかき立ててくれる久石譲映画音楽の秘技です。

「急接近」では、少しやわらかくなった曲調が距離感や歩み寄りを感じさせてくれます。昨日の敵は今日の友、まるで正反対の構図で流れるこの曲は、言葉ではうまく説明できない関係性や心の変化をミニマルなピースたちで並べていきます。

『風立ちぬ』(2013)の「紙飛行機」でも工作や胸の高鳴りが、「隼班」でも設計(工作)が、ミニマルの手法で表現されていました。

 

Scene 00:37:50 / Track 11. 矢羽根

 

Scene 01:13:40 / There is no music in this cut.

 

 

Track.
13. ワナ

久石:

「眞人がキリコとともに屋敷の中でソロソロと入っていって、青サギとやりとりして地下へ向かう流れなどはシーンに合う曲をミニマルで書いている。こちらはやっぱりサスペンス調になるんですよ。すると、さっき言った夏子が子供を産むところや眞人がキリコと「下の世界」に行くシーンより、音楽の印象は薄いんです。」

 

 

久石譲インタビューは、誕生日プレゼントの「祈りのうた」や「祈りのうた II(聖域)」について語っているところからの流れです。この曲はその元になる素材(モチーフ)があったかどうかは別にしても、シーンに合わせて書かれたことがわかります。仮に映像と一緒に観た時マッチしていて音楽の印象は薄いと…全くそんなことは思いません。SNSでもNowplyaing投稿をよく見かけた曲でもあります。ずるずると嵌っていくように微細にグラデーションしていくハーモニーの変化も聴きどころです。

Futune Orchestra Classicsの特徴は、リズムをきっちり揃えること、音価(一音一音の音の長さ)をきっちり揃えることです。引き締まった音像になりとても芯の強い音楽になります。もうひとつは、感情を込めすぎないことで俯瞰した響きの印象になります。ある種つかむことのできない凄みが潜んでいます。ベタに怖いですよ怖いですよ、とは言っていない演奏といったらわかりやすいかもしれませんね。久石譲の最先端、現代的なオーケストラのアプローチは最新作にこそふさわしい、そう思えてきてうれしくなる曲たちばかりです。

 

 

次回は、つづけてアルバムを聴いてみましょう。

 

 

映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説

(1)イントロダクション
(2)方法論
(3)方法論 継
(4)Ask me why
(5)白壁・聖域・祈りのうた
(6)青サギ・黄昏の羽根 ほか
(7)ワラワラ・炎の少女 ほか
(8)追憶・陽動 ほか
(9)眞人とヒミ・大伯父 ほか
(10)ネクストアップ

 

 

引用元:

  • 久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」スタジオジブリ『熱風2023年10月号』
  • 久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」東宝『君たちはどう生きるか ガイドブック』
  • 前島秀国 ライナーノーツ 徳間ジャパン『君たちはどう生きるか サウンドトラック』アナログ盤
  • スタジオジブリ作品静止画『君たちはどう生きるか』場面写真 STUDIO GHIBLI

そのほかの引用については個々に注釈をつけています

 

 

映画『君たちはどう生きるか』
The Boy and the Heron

原作・脚本・監督:宮﨑駿
プロデューサー:鈴木敏夫
制作:スタジオジブリ ⋅ 星野康二 ⋅ 宮崎吾朗 ⋅ 中島清文
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師

上映時間:約124分
配給:東宝
公開日:2023.7.14(金)

 

(関連リンクはこちらにまとめています)

 

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