Blog. 映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説(3)~方法論 継~

Posted on 2024/08/08

映画『君たちはどう生きるか』で継承された方法論についてみていきましょう。中でも、久石譲が守り続ける作曲論と、もう一つは音響との関係性についてです。ミニマルについても継がれたものと新しいことを改めて整理してみましょう。

 

 

久石:

「僕が2010年にやった「悪人」という映画の音楽を高畑さんがすごく気に入られていたんですね。その理由というのは、音楽が登場人物についていない。距離を持っているということなんです。映画音楽というのは、どうしても感情につけるか、状況につけるかになる。大概はその二つなんです。悲しいところをもっと盛り上げるとか、あるいは今は戦時下ですというような状況の音楽とかね。それが基本といわれていたんだけど、僕はまったく違う方法をとっていて、主人公のテーマというのも考えたことがないんですよ。」

「あくあで監督目線でつける。監督がこれで何を表現したいのかということに対して音楽をつける。今回の映画もそうだけど、宮﨑さんの視点と観客との真ん中くらいの位置関係。悲しがっているシーンを強調したりせず、心情的なものを説明しないということに徹したのが良かったんじゃないかという気がしています。」

 

「多くの映画音楽というのは基本的に、登場人物の気持ちを表現するか、状況を表現するかの二つしかないんですよ。で、僕は両方やりたくないわけ。」(出典:2024年1月30日公開/DVD映像特典収録 久石譲インタビュー動画より)

「音楽は映像と距離をとってたほうがいい。あまり映像にシンクロしてしまうと、申し訳ないけど今のハリウッド映画みたいに(苦笑)ほとんど効果音楽になっている。走ったら速い音楽、泣いたら悲しい音楽っていう、すごくシーンを説明してしまうからね。僕はそれは絶対やりたくないから距離をとる。画面を説明しない。むしろ観る人がどんどん想像をかきたてるような、そういう音楽を書くことが理想だと思っています。ここは映画のことでとても重要なんですけども、観る人にイマジネーションをかきたてる、持ってもらう、観る人が想像できるようなものがいいと思う。音楽も説明しちゃってはいけない。」(出典:2024年1月30日公開/DVD映像特典収録 久石譲インタビュー動画より)

 

「進化なのか退化なのかはわからないけれど、デジタル機材が発達して以降のハリウッドの映画音楽は最悪になりました。それまでは言葉で作曲家に発注して何が上がってくるかわからない。何かイメージ違うんだよなと思っても、一定の範囲内で許容するしかない。そのズレって実は大切なモノだったと思うんです。ところがデジタルが発達しちゃうと誰もが簡単に切り貼りしたりシミュレーションできる。しかもその音楽を監督本人が選ぶわけではなく、分業化された「音楽ディレクター」とか「選曲屋」みたいな連中があたかも監督の代弁者のように振る舞って選びだす。これがほんとうに迷惑なんです。」

 

「作曲者ってやっぱりエゴがあって大概の場合、セリフと効果音って敵なんですよ。セリフも効果音も「うるさいから下げてください」って(音響演出の)笠松(広司)さんにしょっちゅう言っていたんですが、今回のように映画全体の音の設計を考えはじめると、「ここ、効果音くるよな」って想像がつくわけです。効果音がくるなら「ここはピアノ1本にしちゃうか」とか、トータルで設計ができるようになってくる。」

(引用ここまで)

 

 

作曲論

久石譲の作曲の流儀については、これまでも多くの機会で語られています。スタジオジブリファンや久石譲ファンにはご存知のとおりです。それもそのはず、時代をめくると『風の谷のナウシカ』(1984)や『天空の城ラピュタ』(1986)のときすでに同じことを語っているインタビューを発見できるから驚きです。作曲家として一貫したスタイルの約40年間です。

前回(2)方法論では、本作では無かったイメージアルバムについて触れました。何がイメージアルバムの役割を果たしたかというところまで踏み込んでみました。そもそもで振り返ってみると、イメージアルバムで作られた曲は特定のシーンに当て書きされたものではありません。宮﨑監督のキーワードや絵コンテをもとに、そのテーマや世界観を大きく表現する一曲になっています。そこから生まれた主要曲たちは映画本編でも大いに活躍していきます。登場人物が走っているか泣いているか、喜んでいるか悲しんでいるか、そんなどのシーンに使われるかわからない段階で書いた曲たちがぴたっとはまる、これが久石譲の言う距離をとった音楽その一つの現れなのかもしれません。イメージアルバムからであれ、本作に使われた誕生日プレゼントからであれ、タイプは違えど映像と音楽は対等な関係にあります。

イメージアルバムから振り分けていき足りないものは新たに書くという工程があります。映画公開に先駆けて届けられるイメージアルバム曲から、初めてお目見えするサウンドトラック曲まで、その楽しい時間と魅力は尽きません。本作では、事前に聴ける曲はありませんでしたが、そこには誕生日プレゼント・デモ音源・書き下ろし曲の三つがあります。誕生日プレゼントについては追って詳述したいと思います。

一つ例を想像してみましょう。「追憶」や「黄金の羽根」は、海外デモ音源の素材(モチーフ)からかたちにしていったのかもしれない。「思春期」や「ワラワラ」は、内包する世界観や独特性からすると書き溜めていた曲からではなく、シーンに合わせて新たに書かれたものかもしれない。「ワナ」については、素材があったかは不明ですがシーンに合わせて作っていったことは久石譲インタビューから明らかになっています。このように、イメージアルバムこそ無かったものの、久石譲が本作のために準備した楽曲群は、数年にもおよぶ創作期間の中から生まれた作家性の結晶です。一見するとバラバラなパズルのピースたちを高い次元でまとめあげています。

音響担当の笠松広司さんは、映画『ゲド戦記』(2006)以降のスタジオジブリ作品でも数多くクレジットされています。久石譲とは『崖の上のポニョ』(2008)『風立ちぬ』(2013)『かぐや姫の物語』(2013)ほか、『海獣の子供』(2019/STUDIO4℃)でも共に仕事をしています。

 

 

ミニマル・ミュージック

宮﨑監督の創造力に共振するように、久石譲は久石メロディを開花させ久石ブランドを進化させてきた。そういう歴史的側面はたしかにあります。本作では、ふたりのアイデンティティが真っ向から対峙しています。久石譲の音楽ルーツはメロディメーカー以前に現代音楽でありミニマル・ミュージックです。

ミニマル・ミュージックとは、短いフレーズやリズムを微細に変化させながら繰り返す音楽のことです。前衛音楽として始まり、現在までジャンルの垣根を越えて発展しています。本来の反復やズレはもちろん、ポップスからクラシックまで定義はより広がりをみせています。

久石譲は映画音楽の世界においても、ミニマルのアプローチを追求してきました。これまでのスタジオジブリ作品や北野武監督作品にもその一端は現れています。とりわけ、近年の日本映画『海獣の子供』(2019)『映画 二ノ国』(2019)や海外映画『赤狐書生 (Soul Snatcher)』(2020)『川流不“熄”(A Summer Trip)』(2021・未音源化)など、その比率は各段に上がっています。久石譲は「エンターテインメントでもミニマルのスタイルで貫けるときにはブレずにやる」と語っているとおり、どこまでミニマルでいけるのか挑んできた近年の志向性です。

ミニマル・ミュージックは、微細な変化を探求しているため、その音楽を明るいと感じるか暗いと感じるか、あるいは何を想像するかはリスナー一人一人に委ねられています。イマジネーションをかき立てる映像や物語に対して、音楽が先走ったり一つの答えを押しつけてしまってはいけない。久石譲の言う「距離をとった音楽」「観る人がどんどん想像をかきたてる音楽」のひとつにミニマルはあります。観る人や観るタイミングで微細に変化しながら、色褪せることなく長く愛され続けていきます。

ミニマルについて継承されたものは、久石譲というミニマル作家が映画音楽でも常にひとつの手法として如実に表現してきたことです。ミニマルについて新しいことは、遂に本作ではミニマルの手法で全曲書ききるという研ぎ澄まされた極致に達したということです。

 

Scene 01:39:10 / There is no music in this cut.

 

 

次回は、ではアルバムを聴いてみましょう。

 

 

映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説

(1)イントロダクション
(2)方法論
(3)方法論 継
(4)Ask me why
(5)白壁・聖域・祈りのうた
(6)青サギ・黄昏の羽根 ほか
(7)ワラワラ・炎の少女 ほか
(8)追憶・陽動 ほか
(9)眞人とヒミ・大伯父 ほか
(10)ネクストアップ

 

 

引用元:

  • 久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」スタジオジブリ『熱風2023年10月号』
  • 久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」東宝『君たちはどう生きるか ガイドブック』
  • 前島秀国 ライナーノーツ 徳間ジャパン『君たちはどう生きるか サウンドトラック』アナログ盤
  • スタジオジブリ作品静止画『君たちはどう生きるか』場面写真 STUDIO GHIBLI

そのほかの引用については個々に注釈をつけています

 

 

映画『君たちはどう生きるか』
The Boy and the Heron

原作・脚本・監督:宮﨑駿
プロデューサー:鈴木敏夫
制作:スタジオジブリ ⋅ 星野康二 ⋅ 宮崎吾朗 ⋅ 中島清文
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師

上映時間:約124分
配給:東宝
公開日:2023.7.14(金)

 

(関連リンクはこちらにまとめています)

 

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