Blog. 久石譲「Orchestra Concert 2009 Minima_Rhythm tour」コンサート・パンフレットより

久石譲 『ミニマリズム』

Posted on 2016/1/17

久石譲過去のコンサートより、2009年開催「ミニマリズム・ツアー」です。

 

久石譲 Orchestra Concert 2009 ミニマリズム・ツアー

[公演期間]47 久石譲 Orchestra Concert 2009
2009/08/15 – 2009/09/03

[公演回数]
12公演
8/15 神奈川・ミューザ川崎シンフォニーホール A
8/16 東京・すみだトリフォニーホール B
8/18 愛知・愛知県芸術劇場 コンサートホール A
8/19 広島・広島ALSOKホール A
8/20 福岡・福岡シンフォニーホール B
8/22 新潟・新潟市民芸術文化会館 りゅーとぴあ B
8/24 北海道・札幌コンサートホールKitara 大ホール A
8/26 宮城・東京エレクトロンホール宮城 A
8/28 大阪・ザ・シンフォニーホール A
8/30 大阪・河内長野市立文化会館 ラブリーホール B
9/2 東京・サントリーホール A
9/3 東京・サントリーホール B

[編成]
指揮・ピアノ:久石譲
管弦楽:
新日本フィルハーモニー交響楽団
関西フィルハーモニー交響楽団
コーラス(Program B):
栗友会合唱団
九響合唱団、九州大学混声合唱団、福岡教育大学混声合唱団、有志
河内長野ラブリーホール合唱団

[曲目]
【Program A】
Minima_Rhythm
I. Links
II. MKWAJU 1981-2009
III. DA・MA・SHI・絵

Sinfonia for Chamber Orchestra
I. Pulsation
II. Fugue
III. Divertimento

The End of the World
I. Collapse
II. Grace of the St. Paul
III. Beyond the World (without mixed Chorus)

Departures
Prologue~Theme
Prayer
Theme of Departures

Kiki’s Delivery Servise

Water Traveler

—–アンコール—–
Wave
Ponyo on the Cliff by the Sea

【Program B】
Minima_Rhythm
I. Links
II. MKWAJU 1981-2009
III. DA・MA・SHI・絵

Sinfonia for Chamber Orchestra
I. Pulsation
II. Fugue
III. Divertimento

The End of the World
I. Collapse
II. Grace of the St. Paul
III. Beyond the World (with mixed Chorus)

Ponyo on the Cliff by the Sea (with Chorus)
Movement. 1
Movement. 2
Movement. 3
Movement. 4

—–アンコール—–
おくりびと メインテーマ (大阪B)
Wave
風の谷のナウシカ 2009

 

 

2009 久石譲 in London
ABBEY ROAD STUDIOS &LONDON SYMPHONY ORCHESTRA

2009年6月、久石譲の新作アルバム「Minima_Rhythm」のレコーディングがロンドンで行われた。アビー・ロード・スタジオ、ロンドン交響楽団の演奏、このレコーディングには”或るストーリー”があった。

 

-アビー・ロード・スタジオへの想い

久石:
僕がロンドンに住んでいた頃、アビー・ロード・スタジオにマイク・ジャレットというとても親しいチーフエンジニアがいたんです。一緒にレコーディングをすることも多く、本当に信頼の置ける人物だったのですが、惜しいことに若くしてガンで亡くなってしまった。彼の最後のセッションが僕との仕事で、ロンドン交響楽団演奏による『水の旅人』のメイン・テーマのレコーディングだったんです。そのときはエアー・スタジオのリンドハース・ホールで録ったんですが。そしてマイクは亡くなり、僕はロンドンを引き払った。そのあたりのことは『パラダイス・ロスト』という本にかなり詳しく書いています。その後、ロンドンでのレコーディングは何度もしたんだけど、アビー・ロード・スタジオでのレコーディングは避けた。ちょっと行くのがきつかった……。

数年前、『ハウルの動く城』のとき、チェコ・フィルハーモニー交響楽団でレコーディングしたものを、アビー・ロード・スタジオでサイモン・ローズとMixしたんです。それが久しぶりでしたね。そのとき、このスタジオに戻ってきたなぁという感慨があって、スタジオの隅、地下のレストラン、どこもマイクの遺していった匂いのようなものが感じられた。イギリス人独特のユーモアや品の良さ、クリエイティブな匂いとでもいうのかな。

そして今回、僕としては最も大切なレコーディングになるので、それはアビー・ロード・スタジオ、そしてロンドン交響楽団しか考えられなかったのです。マイクの亡き後も、アビー・ロード・スタジオでは伝統がきちんと引き継がれています。マイクのアシスタントだったサイモンは、今はジョン・ウィリアムズ等を録る一流のエンジニアになっているし、今回のエンジニアのピーター・コビンは、マイクの抜けた穴を埋めるべく、オーストラリアのEMIからスカウトされた。高い水準を維持するために。

今回ついたアシスタントも非常に優秀で、何にも指示されなくても動けちゃうんですよ。たぶんまた5年後、10年後になると彼らが素晴らしいチーフエンジニアに成長していくんだろうと、そういう人や技術の継承をとってもても、やっぱりナンバーワンのスタジオですね。

 

-ロンドン交響楽団との再会

久石:
今回で二度目だったんですが、ロンドン交響楽団を指揮するのは、正直とても緊張しました。最近は様々なオーケストラを指揮する機会が増えたとはいえ、今回は言葉の壁もあって、予想以上に大変でしたね。

というのも、実はロンドンに行く直前、夜中の2時か3時くらいまで曲を書いていて、そのまま徹夜で飛行機に飛び乗ってしまったんです。だから、譜面の勉強がまったくできていなくて。要するに、作曲家モードと指揮者モードは別物なんだけど、ギリギリまで作曲家として粘っていたぶん、指揮者への切り替えができていなかった。ロンドンに到着してからも一歩も部屋から出ずにずっと書き込みや譜面の勉強に時間を費やしていたんだけど、全然足りない!レコーディングはできるだけ平静を装っていましたけど、内心は結構きつかったですね(笑)。

(「久石譲 Orchestra Concert 2009 Minima_rhythm tour」コンサート・パンフレット より)

 

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『Minima_Rhythm tour』
interview ~久石譲~

原点への回帰

-「Links」で与えた現代音楽家・久石譲のインパクト

ロンドン・レコーディングでは、「Links」を初日の1曲目に録ったんですが、それが非常に良かった。どちらかというと僕は映画音楽の作曲家だと認知されていて、ロンドン交響楽団の人たちも「”Spirited Away(『千と千尋の神隠し』” is fantastic!!」などと、僕の映画音楽はたくさん知ってくれていたんです。今回もその延長線上のレコーディングだとイメージして臨んでいたところに、僕は超難度の高いミニマル・ミュージックを引っ提げていったというわけ。この「Links」を振り始めた途端、みんなの目つきが一瞬にして変わって、これは大変だ!となったんです。「この曲はチャレンジだ!新しいオーケストラ曲だ!」とね。ファースト・コンタクトにこの曲をもってきたのは大正解だったと思います。

「Links」は、2007年のCoFesta(JAPAN国際コンテンツフェスティバル)からの委嘱作品なんですが、作品を書きたくなっていた時期にたまたまオファーが来たので、CoFestaのことはほとんど知らないで引き受けたんです(笑)。実は、この「Links」を作る前に「Winter Garden」というヴァイオリンのために書いた曲があって(※ヴァイオリニスト・鈴木理恵子のソロアルバム「Winter Garden」に書き下ろした楽曲)、その作曲で、自分の世界が作れるきっかけを掴めた。「ああ、そうか。こういう形で自分はミニマル・ミュージックに戻れるんだ」と。メロディアスなフレーズを素材に、変拍子などの特殊リズムを加えることで独自の世界を表現するというものだったのですが、それと同じ方法論をさらに発展させてオーケストラ作品にしたものが「Links」です。この「Links」を書いたことによって、徐々に自分の中でミニマル・ミュージックに戻るウォーミング・アップができたわけです。

 

-2009年、ミニマリズム宣言。

ツアータイトルにもなったソロアルバムの「Minima_Rhythm」というタイトルは、ミニマル・ミュージックの「Minimal」とリズムの「Rhythm」を合わせた造語なんですが、リズムを重視したミニマル・ミュージックの作品を作りたいという思いからつけています。

かつて僕が現代音楽の作曲家だった頃、ずっと書いていたのがミニマル・ミュージックだった。そのミニマル・ミュージックにもう一度向き合って、僕自身の中できちんと作品という形にしたい。そんな作家の思いを込めています。僕の大学時代は、現代音楽と言えば不協和音でスコアが真っ黒になるような、半音ずつぶつけたものばかりをみんな書いていたのですが、その当時の現代音楽は、様々な特殊奏法を含めて響きを重視することばかりに偏ってしまったんです。作曲家は自己満足のようにどれだけ緻密なスコアを書くかということに走ってしまい、結果、人間が聴いて理解する範囲を超えてしまう譜面が多くなってしまった。僕もその一人だったんだけれど、いつしかこの方法では何かが違う、自分の目指すものではないと感じ始めていて。そんなときに出会ったのがミニマル・ミュージックでした。

不協和音ばかりに偏重してしまった現代音楽の中でも、ミニマル・ミュージックには、調性もリズムもあった。現代音楽が忘れてしまったものを、ミニマル・ミュージックは持っていたんです。

 

-封印を解き、再びミニマルの世界を志向する

30歳くらいのときに僕は現代音楽を封印し、その後映画音楽やポップス・フィールドで仕事をしてきました。言うまでもなく、ポップスの基本はメロディとリズムにあって、衰退の一途を辿る現代音楽とは対照的にポップスはどんどん隆盛していった。そんな両者を知る僕にとっては、ポップス・フィールドで培ってきた現代的なリズム感やグルーヴ感をきちんと取り入れて両立させ、独自の曲を作れるのではないかと考えたんです。もう一度作品を書きたいという気持ちが強くなったとき、自分の原点であるミニマル・ミュージックに戻ること、それと同時に、新しいリズムの構造を作ることが自分の辿るべき道だと思ったのです。それはごく自然なことでした。

前述した「Winter Garden」や「Links」といった最近の僕の作品には、11拍子や17拍子といった特殊拍子が必ず出てくるのですが、そういう変拍子なのだけれどもグルーヴを感じさせるリズムの使い方が、現在の自分にとって気に入っているパターンです。

 

1981↔2009 久石譲の原点と現在

-「Minima_Rhythm」では、初期のミニマル・ミュージック作品をオーケストラ楽曲として改めて書き直した

その一つが「MKWAJU 1981-2009」です。

東アフリカの草原に、理由もなくポツンと生えているものすごく大きな木、あの木のことをムクワジュと言うんですよ。素材にしたのは、東アフリカの民俗音楽。♪タンタンタカタカタカタカタッタッと、永遠に彼らが繰り返しているその多重的なリズム要素の音型をもとに作品にしたのが「MKWAJU」なんです。

1981年に発表した小編成から、今回のオーケストラ作品に書き直すにあたって、分厚くなりすぎないように清涼感を残す工夫を凝らしています。加えて、発表当時に表現しきれなかった部分をしっかり聴かせられる作品に仕上げられたらと思いますね。個人的なことなんですが、発表当時は素材を上手く使いきれていなくて、色々仕掛けをしていたはずなのにどこかうまくいかない。本当は曲の途中でフレーズが半拍ずつズレていくところを、ちゃんと聴かせるだけの技術力が足りなかったわけです。

ミニマル・ミュージックのような繰り返しの音楽は、実はものすごく難しい。単に同じ素材を繰り返すだけでは当然飽きてしまいますから。だから、微妙にアングルを変えていき、ちょっとずつ変化をさせて、聴いている人には繰り返しているように聴かせることがとても重要。つまりその微細な変化を無意識の世界に訴えかけているんです。二つ目にもっと大事なことは、素材が良いこと。ミニマル・ミュージックが成立するかしないかは、この二点に係ると言ってもいかもしれませんね。

その意味では、この「MKWAJU」は本当に良い音型と出会えて幸運でした。この♪タンタンタカタカタカタカタッタッというフレーズを、オーケストラの人たちがお茶を片手に廊下を歩きながら口ずさんでいるのを聞いたときには、ヤッタ!と思いましたね(笑)。

もう一つが、「DA・MA・SHI・絵」。

これも初期の頃の作品で、コマーシャルのために書いた曲です。日本のCMにミニマル・ミュージックのパターンを導入した初めての楽曲で、15秒、30秒というCM用に書いたキャッチーな素材ですから、十分に楽曲になり得るだけの要素はありました。その音型をもとに作品として再構成したものです。

1985年のアルバム「α-BET-CITY」に収録してから、その後も何度かアンサンブルに編曲しているんですが、今回オーケストラにする段階では、メイン音型と7つから成るフレーズの組み合わせを一新して(オリジナル音型は残したまま)組み替えたので、結局ゼロから作り直したような新しいイメージに仕上がっています。

ミニマル・ミュージックの基本音型というのは、組み合わせ一つでも方法論を変えると、すべて作り直さなくてはいけなくて、一部分だけ直すということはあり得ない。ある日これでいいと思っていても、翌日ここが違うと感じて直しだすと、それ以降全部パターンが変わってしまうんです。要するにいつまでたっても、八割方できた気がしても、ちょっと違うと思って手を入れると、またゼロからの作業になるというその繰り返し。普通、映画作品などの音楽を作曲するときなんかは、時間をかけて作った分だけ必ずレベルがアップして良くなっていく場合が多いのだけれど、ミニマル・ミュージックに関しては、完成に近づくまでの試行錯誤が本当に大変で。真っ暗闇の中で、遠くに見える微かな灯りを目指すように、何かありそうだと思って感覚を頼りに手探りで進んでいくだけなんですが、そのぶん、曲が本来求めている形に出会えたときの嬉しさといったらないですよね。喜怒哀楽って振り子のようなものだと思うのですが、苦しみが大きいぶん、喜びもひとしおなんです。

 

”古典的”と”現代的”を融合させた新しい”スタイル”

-音楽的な構造を突きつめていった機能的な作品「Sinfonia」

「Sinfonia」は、本当に久しぶりに作品を作ると決めたときの出発点と言ったらいいんでしょうか。逆に言うと、30年近い空白を埋めるための個人的に非常に重要な位置づけの作品になります。もちろん今までもコンサート用にミニマル・ミュージックをベースにした曲を作ったりしてきました。が、やはりそれは半分ポップス・フィールドに自分の片足を残して、一般の人に聴いてもらうことが前提となっていた。そのためCDセールスといった制約や妥協しなくてはいけないことが多々発生し、僕の中では完全に作品とは言い切れない部分があったんです。

この「Sinfonia」は、自分の中のクラシック音楽に重点を置いて構築したもので、音楽的な意味での、たとえば複合的なリズムの組み合わせであるとか、冒頭に出てくる四度、五度の要素をどこまで発展させて音楽的な構築物を作るかということを純粋に突きつめていった作品です。”クラシカル・ミニマル・シンフォニー”と副題をつけたいくらいなんですが、それはクラシック音楽が持っている古典的な三和音などの要素をきちんと取り入れたミニマル・ミュージックということ。そのため編成も非常にオーソドックスな2管編成を採用して、クラシカルなニュアンスを出しています。

第1楽章の「Pulsation」という曲は、僕がまだ現代音楽家だったときに最後に書いた「パルゼーション」という曲の構造を発展させたもの。リズムというよりも機械的なパルスの組み合わせで、四分音符、八分音符、三連音符、十六分音符などを複合的に組み合わせ、五度ずつ調を上げて、全部の調に展開していきます。

第2楽章の「Fugue」は、雲のように霞がかったり消えたりするようなコード進行と、いわゆるバッハなどの古典派的なフーガの要素で構成しています。これも第1楽章と同じで五度ずつハーモニーが上昇し、全部の調で演奏されて終わります。

第三楽章の「Divertimento」は、5月のクラシックのコンサート(※2009年5月24日、久石譲Classics vol.1)で初演をしたんですが、そのときは弦楽オーケストラのために作った曲を、今回は管楽器などを加えて書き直しました。ティンパニやホルンなどが入ったおかげで、より一層古典派的なニュアンスが強調され、初演の弦楽オーケストラとは一味違う作品になったかな。

 

-強烈なメッセージ性を込めた情緒的な作品「The End of the World」

僕はどちらかと言うと、音楽は純粋に音楽で表現するべきだと捉えているんですが、この「The End of the World」は社会的なメッセージを込めた数少ない作品の一つです。

その数少ない作品の中でも、1992年に作った「My Lost City」というアルバムがあるんですが、それは1930年代の世界大恐慌のときに、狂乱の日々を送って破壊的な人生を歩んだ米国の作家F・スコット・フィッツジェラルドを題材に、日本のバブルに対する警鐘を鳴らしていた。日本人、こんなに浮かれていたら大変なことになるぞ!と。案の定、バブルは崩壊して日本は本当に漂流を始めてしまったわけですが。

この「The End of the World」は「After 9.11」をテーマに扱った作品です。「9.11 (アメリカ同時多発テロ)」を契機に、世界の価値観は完全に狂っておかしくなってしまった。混沌とした時代の中で人々はどっちに向かえば良いかわからない。指針のない不安な世の中を生き抜くには、自分自身をしっかり見つめて見失わないように生きるしかない。利益追求型の社会システムが崩壊し、そんなことでは人々は幸せになれないとするならば、自らの手で自分自身を、そして周りを変えていく意志を持っていこうと、ある意味では非常にポジティブなメッセージでもあるんです。

前作のアルバム「Another Piano Stories~The End of the World~」では最終楽章にスタンダード・ソングの「The End of the World」という歌曲を入れて全四楽章で発表したんですが、今回は三楽章で成立する交響曲のように作り直そうと考えた。そして、オリジナルの12人のチェロ、ハープ、パーカッション、コントラバスとピアノの小編成だったものからオーケストラに書き直したので、よりイマジネーションが広がり、2年ほど前の構想段階で考えていたコーラスを復活させようと思いついたんです。では、言葉は何にしようか?と考えたときに、ラテン語で「世界は終わる」という単語と、そして「悲しみと危機は愛によって去る」という言葉を歌詞として当てはめたんですが、ロンドン・ヴォイシズのコーラスを聴いたとき、この曲が本来行くべきところにやっと辿り着いたんだという感動が込み上げてきましたね。数年前に作った曲がついに完成したのだと。

 

-言葉をある種記号化させたコーラス譜

実は、僕はコーラス曲を書くのはあまり好きではなかった。というのも、言葉の問題と折り合いをつけることがどうしても難しかったからなのですが。でも、何年か前の「Orbis」(※2007年12月、サントリー1万人の第九の第25回記念序曲としての委嘱作品)でコーラスに取り組み、散文的な幾つかのキーワードを用いることで楽曲として成立させることが可能だとわかった。それからミュージカル『トゥーランドット』を経て、『崖の上のポニョ』でもコーラスを使っています。それと昨年の武道館コンサートでは200名のオーケストラと800名の混声合唱団で全開にしていますし、今では”オーケストラ+コーラス”は僕の定番みたいになっていますね(笑)。

今回の「Beyond the World」では、ロンドン・ヴォイシズからコーラス譜の書き方を誉められたんです。「ジョー、お前はどこで勉強してきたんだ?ジュリアードかパリのコンセルバトワールか?」「いや、ジャスト日本!」「アンビリーバブル!こんなに上手くコーラス譜を書ける奴はいないよ!」と。これはちょっと嬉しかったですね。

 

-新たな作品の誕生とスタート地点

今夏のツアーでは、(Bプロに)コーラスを入れたのも大きな特徴で、『崖の上のポニョ』をコーラス入りのオーケストラ組曲として初披露します。ちょうど北米公開も始まるし(※2009年8月14日公開)、映画の要素を凝縮したオーケストラ・ストーリーとして楽しめると思います(笑)。Aプロでは、米国アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『おくりびと(Departures)』を、これもオーケストラは初演となるので、オリジナルのチェロ・アンサンブルとの違いを楽しめるじゃないかな。

そして、A・Bと両プログラムで「Minima_Rhythm」を全曲演奏する。もう本当に全エネルギーを注ぎ込むようなエキサイティングなプログラム。「Minima_Rhythm」の個々の曲は長編で重たい作品なので、1プログラムですべて網羅してしまっていいものかどうか迷ったんですが、やっぱりすべてお客さんに聴いて欲しかった。そのくらい、僕の中で思い入れのある作品となったことは確かです。だからこそこれがすべてであるとはっきり言えるし、また同時に、それは出発点でしかないとも強く思っています。

(「久石譲 Orchestra Concert 2009 Minima_rhythm tour」コンサート・パンフレット より)

 

久石譲 『ミニマリズム』

 

Blog. 「久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ There is the Time」 プログラム・レポート (JOE CLUB 2007.10より)

Posted on 2016/1/15

久石譲の過去コンサートから「久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ There is the Time」(2007)です。

 

プログラムレポート(JOE CLUB 2007.10 より)

 

久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ There is the Time

[公演期間]38 久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ
2007/8/2 ~ 2007/8/12

[公演回数]
7公演
8/2 大阪・ザ・シンフォニーホール B
8/3 長野・松本城内特設ステージ A
8/7 東京・すみだトリフォニーホール B
8/8 東京・東京芸術劇場 A
8/10 広島・広島県立文化芸術ホール(旧・広島郵便貯金ホール) A
8/11 愛知・愛知県芸術劇場 B
8/12 福岡・福岡シンフォニーホール A

[編成]
指揮・ピアノ:久石譲
管弦楽:新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ
ゲストヴォーカル:林正子

[曲目]
ProgramA
World Dreams
楽劇「ニュルンベルグのマイスタージンガー」序曲 (R.ワーグナー)

[W.D.O.BEST]
パイレーツ・オブ・カリビアン (K.バデルト)
ロシュフォールの恋人たち (M.ルグラン)
24 Theme (S.キャラリー)
Mission Impossible (L.シフリン)

[久石譲 with W.D.O.] 【東京・広島・福岡】
Winter Garden 1st&2nd movement
天空の城ラピュタ
For You (Vo:林正子)
遠い街から (Vo:林正子)
Quartet Main Theme
la pioggia
水の旅人

[久石譲 with W.D.O.] 【長野】
Winter Garden 1st&2nd movement
君をのせて
Asian Dream Song
太王四神記より
Quartet Main Theme
la pioggia
水の旅人

ProgramB
World Dreams
楽劇「ニュルンベルグのマイスタージンガー」序曲 (R.ワーグナー)

[W.D.O.BEST]
パイレーツ・オブ・カリビアン (K.バデルト)
ロシュフォールの恋人たち (M.ルグラン)
シェルブールの雨傘 (M.ルグラン) ※大阪のみ
24 Theme (S.キャラリー)
Mission Impossible (L.シフリン)

[Rock’n roll Wagner]
ツァラトゥストラはかく語りき 〜 We Will Rock You (R.シュトラウス/B.メイ/久石譲編曲)
Smoke on the Water 〜 Burn (ディープパープル)
Stairway to Heaven (J.ペイジ) (Vo:林正子)
Bohemian Rhapsody (F.マーキュリー) (Vo:林正子)
楽劇「ワルキューレ」より ワルキューレの騎行 (ワーグナー)

[久石譲 with W.D.O.]
太王四神記より
Quartet Main Theme
la pioggia
水の旅人

—–アンコール—–
太王四神記より ※東京A・広島・愛知・福岡
Summer ※大阪・東京B
となりのトトロ ※全会場

 

 

プログラムレポート

8月2日、大阪公演から始まったWorld Dream Orchestra 2007。今回のコンサートは「There is the Time」と題し、W.D.O.プロジェクトの今までの集大成となる「W.D.O. Best」、久石のオリジナル楽曲を新日本フィルと共演する「久石譲 with W.D.O.」、そして「Rock’n roll Wagner」コーナー、と2プログラムによる盛り沢山の内容をお届けしました。大阪、松本、東京×2、広島、名古屋、福岡と全国6ヵ所、7公演分のプログラムレポートをお届けします!

2004年『World Dreams』、2005年『12月の恋人たち』、2006年『真夏の夜の悪夢』に続き、World Dream Orchestraのコンサートツアーも今年で4年目。ツアータイトルは『There is the Time』(今がその時)。過去3年間を振り返りつつ、これからのW.D.O.の進むべき路を再び考えてみようという、節目としての意味も込めてのツアータイトルとなりました。

今回はW.D.O.コンサートの序曲となっている「World Dreams」、そしてR.ワーグナー「ニュルンベルグのマイスタージンガー序曲」の2曲が演奏されコンサートが幕を開けるという構成です。プログラムAの構成は”W.D.O. Best”として過去3回のコンサートから選りすぐりの楽曲と今回新たにアレンジした楽曲を演奏。後半は”久石譲 with W.D.O.”として久石のオーケストラ作品を演奏しました。プログラムBでは”W.D.O. Best”のコーナーと”Rock’in roll Wagner”と銘打ってロックの名曲のオーケストラアレンジとワーグナーの楽曲を演奏しました。

プログラムA、Bまとめて楽曲解説をしていきましょう。

W.D.O.コンサートツアーの序曲として定着してきた「World Dreams」。ただ単に祝典序曲としてではなく国歌のようなある種の格調の高さを持ちつつも、どこか懐かしく情感に訴えかけるメロディを持つこの曲はコンサートの幕開けにふさわしい楽曲です。2004年、初めてのW.D.O.のコンサートツアータイトルもこの曲のタイトルから「World Dreams」と名付けられました。「World Dreams」に続き演奏されたのが「ニュルンベルグのマイスタージンガー序曲」。R.ワーグナーが作曲し、自ら台本も手掛けた楽劇「ニュルンベルグのマイスタージンガー」の第1幕への前奏曲でその祝典的な雰囲気から度々演奏会で取り上げられます。楽劇中のライトモチーフと呼ばれる旋律動機が楽曲の進行と共に提示され、最終的に同時進行でモチーフが絡み合う展開は圧巻です。

オープニングの2曲に続いて”W.D.O. Best”のコーナー。まずは「パイレーツ・オブ・カリビアン」。今年第3作目である『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』が公開され話題になりましたが、第1作目である『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』の中で使用されていたサウンドトラックを組曲にして演奏しました。続いて、「24 Theme」。『24』は日本でも人気になったアメリカのサスペンスアクションドラマ。日本のテレビ局が1週間で24話すべてを放送したため寝不足の人が続出したとのこと。音楽は「pi、pi、pi、」の冒頭で有名ですが、オーケストラアレンジ版では混沌とした雰囲気の中で切迫感を感じさせるような独特の楽曲に仕上がっていました。次はW.D.O.2005『12月の恋人たち』から「ロシュフォールの恋人たち」。冒頭の印象的なウッドベースのソロ、中間部のドラムのソロありと2005年のコンサートでも人気の高かった曲です。ミシェル・ルグランの秀逸なスコアを山下康介さんのアレンジで、よりオーケストラの醍醐味を味わえる作品になりました。同じミシェル・ルグランの作品から「シェルブールの雨傘」。フルートのソロからバロック風に木管楽器が絡んでくる冒頭は他では聴くことのできない久石のアレンジです。1コーラスごとに転調を繰り返し次第に高揚してくる音楽とともにオーケストラも編成を大きくしてゆくその構成はオーケストラの魅力を十二分に楽しませてくれます。続いては「Mission Impossible」。テレビシリーズや映画を観たことがなくてもこの曲を知らない人はいないのではないでしょうか。

プログラムBの”Rock’n roll Wagner”のコーナーの始まりはR.シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」とQueenの「We Will Rock You」の融合です。有名な「ツァラトゥストラはかく語りき」の序曲が流れ、次第に「We Will Rock You」のリズムが現れます。合間にワーグナーの「マイスタージンガー」序曲のメロディが現れるなど、とてもコミカルな一方、力強さも感じられるアレンジです。こういった他では聴くことができない久石のアレンジ作品を聴けるのもファンにとってはW.D.O.コンサートだけなのではないでしょうか。続いて、ディープ・パープル「Smoke on the Water~Burn」。多くの人にとってロックの曲といえば!?な楽曲の2曲のメドレーを山下康介さんのアレンジで演奏しました。エレキギターの高速パッセージを弦楽器が演奏する様子は見ていても楽しめたのではないでしょうか。そして、レッド・ツェッペリンの「Stairway to Heaven(天国への階段)」。アコースティックギターから始める哀しげなフレーズが印象的なこの曲。ロック史上最高の名曲の1つを宮野幸子さんのアレンジ、林正子さんのヴォーカルで演奏しました。さらにはQueenからもう1曲「Bohemian Rhapsody」。Queenの楽曲といえばこの曲といえるほど有名かつ印象的な楽曲です。ハードロックとオペラが融合したこの曲をオーケストラの演奏と林正子さんのヴォーカルで演奏してみると、原曲のもつ世界観とはまた違った魅力が感じられたのではないでしょうか。コーナーを締めくくるのはワーグナー「ワルキューレの騎行」です。ワーグナーのオペラ「ニーベルングの指輪」の「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」の四部作の中の「ワルキューレ」の第3幕への前奏曲にあたるこの曲は、単独で演奏会で演奏されることも多く、知っている方も多いと思います。今回は林正子さんのヴォーカルパートも加わり盛大にコーナーを締め括りました。

プログラムBでは”Rock’in roll Wagner”のコーナーの後に”久石譲 with W.D.O.”として4曲演奏しました。まずは『太王四神記』。韓国で制作されているペ・ヨンジュン主演の歴史ドラマであるこの作品は、久石が音楽を担当し日本でも放送予定です。その太王四神記BGMから1曲、今回のコンサートで世界初演となる楽曲を演奏しました。ドラマが持つ壮大なテーマと叙情性を存分に感じさせてくれる演奏で、これから始まるドラマを大いに盛り上げてくれそうです。そして、「Quartet」。久石の監督作品『Quartet カルテット』のメインテーマを今回のコンサートのために3管編成のオーケストラにアレンジしました。映画の中では、カルテットを組んでいる若者4人が再起を期してコンクールで演奏する弦楽四重奏曲です。3管編成版ではオーケストラの持つ力強さを実感していただけたのではないでしょうか。続いて「la pioggia」。イタリア語の”雨”と題されたこの曲は映画『時雨の記』に使用されました。スタティックで非常にノスタルジックなメロディに感銘を受けた人も多かったと思います。コーナーの最後は、コンサートの定番曲としてかなり定着してきた感のある「水の旅人」。ホルン6本のこの楽曲はコンサートを締め括るにはうってつけの曲でした。

プログラムAの”久石譲 with W.D.O.”では久石の昨今の作品と共に、ソリストに焦点を当てプログラムが構成されました。まずは「Winter Garden 1st&2nd movement」。ミニマル指向が強く技術的にも非常に難解なこの楽曲をヴァイオリニストの豊嶋泰嗣さんが力強く演奏してくれました。変拍子のため合わせるのがとても難しかったのですがリハーサルの回数を重ねるごとに徐々にオーケストラとも息が合ってゆき、最終的にはとても素晴らしいものが出来上がりました。そして、コンサートでのリクエストがとても多い「天空の城ラピュタ」。2004年のコンサートの時にはゲスト・トランペッターのティム・モリソンさんが素晴らしい演奏を披露しました。今回は新日本フィルの服部孝也さんのソロでトランペットの素晴らしい音色を聴かせてくれました。さらにゲストヴォーカルの林正子さんは「For You」「遠い街から」の2曲を歌いました。「For You」は映画『水の旅人-侍KIDS-』の主題歌で中山美穂さんが歌っていた楽曲です。楽曲はオーケストラ版やヴァイオリンソロ版もあり、その印象的なメロディは林正子さんの歌声でさらに魅力的に響きました。「遠い街から」は今井美樹さんのアルバム『flow into space』に収められている久石の楽曲です。新日本フィルと久石本人によるピアノ伴奏、ヴォーカル林正子さんという今回のコンサートでなければまず聴くことのできないコラボレーションでお届けしました。今井美樹さんのバージョンとはまたひと味違った魅力を醸し出していました。

長野県の松本城特設ステージでの演奏では他の会場ではなかった地元有志のコーラス隊が加わり、『天空の城ラピュタ』から「君をのせて」と、長野パラリンピックテーマ曲「Asian Dream Song」とをオーケストラをバックに合唱しました。当日は強風でスコアのページが勝手にめくれてしまうので団員の方が指揮者用スコアを指揮台の裏から押さえなければいけないという状況にも関わらず、大盛況の野外ステージとなりました。

アンコールは会場によって多少の違いはありましたがプログラムA、B共に2曲ほど演奏しました。「summer」「となりのトトロ」、そして「太王四神記」です。「summer」はもちろん北野武監督作品『菊次郎の夏』のテーマ曲。今回の演奏はアルバム『空想美術館』に収められているバージョンで演奏しました。「となりのトトロ」は演奏が始めると観客の皆さんも演奏する新日本フィルの皆さんも、そして久石自身も自然と笑顔になって本当に楽しそうな演奏でした。

今回はW.D.O.コンサートツアー4年目の年ということもあり、節目という意味で”W.D.O. Best”として過去のアレンジ作品、そして”久石譲 with W.D.O.”として久石の楽曲を多く取り上げました。”Rock’n roll Wagner”のコーナーでは、言葉が重要な意味を持つ”ロック音楽”とワーグナーの楽劇という言葉に重点をおいた”オペラ”が、双方に併せ持つ劇的要素が共通しているという観点のもと、試行錯誤してプログラムを練り上げました。劇的というのは音量が大きいダイナミック(動的)な音楽ということだけを表しているのではなく、スタティック(静的)な音楽、今回のプログラムでいえば「天国への階段」、ワーグナーの作品でいえば今回は演奏されませんでしたが「トリスタンとイゾルデ」の様な作品にも相通じる劇的な要素を感じることができるのではないでしょうか。音楽と言葉の関係性をこのコンサートであらためて考えてみようと”歌”にも注目しソプラノの林正子さんをゲストに久石のヴォーカル作品もいくつか取り上げ、プログラムとしてはクラシック、ロック、ポップス、映画音楽とかなりバラエティに富んでいて飽きさせないプログラムになったのではないかと思います。

さて、今年で4度のコンサートツアーを終え、来年はどうなってゆくのでしょうか!?

実はスタッフもまだまだ先は見えていないのです。毎回毎回コンサートのプログラムに四苦八苦し、意義のあるコンサートにしようと久石、新日本フィルの皆様、そしてスタッフと頭を悩ませるわけです。現段階でいくつかテーマがあがってきておりますが、来年のテーマはいかに???乞うご期待!!!

(久石譲ファンクラブ会報 JOE CLUB 2007.10 より)

 

 

Blog. 「久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ There is the Time」 コンサート・パンフレットより 2

Posted on 2016/1/14

久石譲の過去コンサートから「久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ There is the Time」(2007)です。

 

Part.2 久石譲インタビュー

 

久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ There is the Time

[公演期間]38 久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ
2007/08/02 – 2007/08/12

[公演回数]
7公演
8/2 大阪・ザ・シンフォニーホール B
8/3 長野・松本城内特設ステージ A
8/7 東京・すみだトリフォニーホール B
8/8 東京・東京芸術劇場 A
8/10 広島・広島県立文化芸術ホール(旧・広島郵便貯金ホール) A
8/11 愛知・愛知県芸術劇場 B
8/12 福岡・福岡シンフォニーホール A

[編成]
指揮・ピアノ:久石譲
管弦楽:新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ
ゲストヴォーカル:林正子

[曲目]
【Program A】
World Dreams
楽劇「ニュルンベルグのマイスタージンガー」序曲 (R.ワーグナー)

[W.D.O.BEST]
パイレーツ・オブ・カリビアン (K.バデルト)
ロシュフォールの恋人たち (M.ルグラン)
24 Theme (S.キャラリー)
Mission Impossible (L.シフリン)

[久石譲 with W.D.O.] (東京・広島・福岡)
Winter Garden 1st&2nd movement
天空の城ラピュタ
For You (Vo:林正子)
遠い街から (Vo:林正子)
Quartet Main Theme
la pioggia
水の旅人

[久石譲 with W.D.O.] (長野)
Winter Garden 1st&2nd movement
君をのせて (with Chorus)
Asian Dream Song (with Chorus)
太王四神記より
Quartet Main Theme
la pioggia
水の旅人

【Program B】
World Dreams
楽劇「ニュルンベルグのマイスタージンガー」序曲 (R.ワーグナー)

[W.D.O.BEST]
パイレーツ・オブ・カリビアン (K.バデルト)
ロシュフォールの恋人たち (M.ルグラン)
シェルブールの雨傘 (M.ルグラン) ※大阪のみ
24 Theme (S.キャラリー)
Mission Impossible (L.シフリン)

[Rock’n roll Wagner]
ツァラトゥストラはかく語りき 〜 We Will Rock You (R.シュトラウス/B.メイ/久石譲編曲)
Smoke on the Water 〜 Burn (ディープパープル)
Stairway to Heaven (J.ペイジ) (Vo:林正子)
Bohemian Rhapsody (F.マーキュリー) (Vo:林正子)
楽劇「ワルキューレ」より ワルキューレの騎行 (ワーグナー)

[久石譲 with W.D.O.]
太王四神記より
Quartet Main Theme
la pioggia
水の旅人

—–アンコール—–
太王四神記より (東京A・広島・愛知・福岡)
Summer (大阪・東京B)
となりのトトロ (全会場)

 

 

ワールド・ドリーム・オーケストラの”4 Movement” (4つの動き)

1st Movement
「Duet -久石譲と新日本フィルの一期一会」

-ショスタコーヴィチの「Waltz II」やプロコフィエフの「ロミオとジュリエット」を堂々と奏でる一方で「The Pink Panther」を嬉々として演奏してしまう、意表を突いたプログラミングとしなやかな柔軟性。2004年、久石譲と新日本フィルがスタートさせたワールド・ドリーム・オーケストラは、既存の”ポップス・オーケストラ”とは明らかに一線を画していた。

久石:
作曲家である自分が関わる以上、ボストン・ポップスのような”ポップス・オーケストラ”にするのかどうするのか、まずは性格的な位置づけを明確にしたかったんです。単に”新日本フィル”でも”久石譲”でもない、ワールド・ドリーム・オーケストラという一アーティストが存在する。それをできるだけ早く世の中に伝えるためには、どうすべきか。”アーティスト”である以上、コンサートだけでなく、レコーディングもきちんと行ってCDも作りたい。そこで初めて、すべてが戦略的に新しいアーティストが誕生し得る。ワールド・ドリーム・オーケストラは、まずそういうコンセプトから始まったわけです。

 

-名は体を表すと言うが、”ワールド・ドリーム・オーケストラ”という名称そのものに、すでに深い想いが込められている。

久石:
個人的な流れになりますが、以前「Asian Dream Song」を作曲した時は、まだ世界が”世界(ワールド)”として形を成していた。それが冷戦構造という形であれ、何であれね。ところが9・11以後、”ワールド”ということがローカルになってしまった。”ワールド”の実体が無くなって、みんなが”違い”だけを主張し始め、民族紛争だけになってしまった。その一方、音楽の最大の良さというのは、みんながひとつの共通項に共感し、賛同できるということです。”違い”は認めた上で、みんなが一緒に道を歩むところ。コンサートなどは、まさにそうですよね。ある場所に2時間いて体験したことを、みんなで共有する。音楽が人を幸せにできる最大の部分は、実はそうした人間同士の”つながり”だと思うんです。

 

-その人間同士の”つながり”をメタフォリカルに示しているのが、実は”オーケストラ”に他ならない。

久石:
オーケストラには、ソリストとしても独り立ちできるような、プロフェッショナルで非常に個性的な人が大勢いる。ところがいざ演奏になると、それぞれの個性の違いや、音楽性の違いはお互い認めた上で、みんなある規律に基づいてひとつの音に集中する。それは”生きる”ということと同じだな、と思うんです。

 

-つまりオーケストラは”世界の理想的な縮図”(ワールド・ドリーム・オーケストラ)なのだ。

久石:
それは強く感じます。ワールド・ドリーム・オーケストラって、実はそういうことをやりたかったんだなって、すごく思いましたね。

 

-その意味では”久石譲”と”新日本フィル”という、それぞれに個性を持ったアーティストが出会い”つながり”を持つことができた、一期一会の運の良さも見過ごすことができない。

久石:
最初にワールド・ドリーム・オーケストラのコンサートを開くずっと以前から新日本フィルさんと共演させていただき、本当にいろいろ勉強させてもらいました。”オーケストラが並んだ時に響く音”というのは、僕の中では新日本フィルが基準なんですね。「太王四神記」の音楽を書いた時ですが、譜面を渡すと、あとはこちらが何を言わなくても、みんな弾くんですよ。ガッガッガッ…と。もう「Madness」を弾くのと同じ感じで、みんな弾いちゃうわけ。”こう来たら、こう行く”という流れを説明しなくても、弾いてもらえる。今年3月のコンサートの時も、これまで何度も演奏している「Kids Return」のような曲は、後半になると「みんな行けーっ!」という感じで弾くんですよ、こちらが何を言わなくても。そばで聴いていて、もはや自分が書いた音楽という次元を通り超え、”彼らの音楽”になっていると感じました。それは作曲家として、すごく幸せなことなんです。

 

-では、指揮者としての久石の目には、新日本フィルはどう映っているのだろうか。

久石:
去年の秋、アジアでいくつかのオーケストラを指揮しましたが、いろいろな要求をこなすことに(オーケストラ側が)慣れていないから、16ビートの、少しノリを要求されるような曲になると、やっぱり対応がすごく難しい。ところが、新日本フィルさんはこちらが要求すると、すぐに納得し対応していただける。これは驚きました。幅の広さというか、対応の早さ。そうした機能性も含め、やっぱりすごいオーケストラだと思いましたね。

 

-先ごろのワーグナーの「ローエングリン」の演奏で”ドイツ風の音”を出したかと思えば、久石の映画音楽録音を見事にこなし、ディープ・パープルとも共演してしまう新日本フィル。これほど引き出しの多いオーケストラは、おそらく日本中探しても皆無ではないか。

久石:
例えばヨーヨー・マにしても、タンゴを弾いたり、エンニオ・モリコーネのCDを出したり、「新シルクロード」を演奏したりするでしょう。そうした間口が広いほうが、もう一回クラシックに戻った時に冷静に演奏できるんですよ。”幼い時からクラシックだけ”というのは、いわば世間を全く知らないで育ったようなもの。だけど、いろいろやってみた上で、ベートーヴェンに戻った時に「やっぱり、いいなあ」と思える、間口の広さ……。新日本フィルさんというのは、そういうオーケストラだと思います。

 

 

2nd Movement
「3つのvariation (プログラム) -作曲家が振るオケ、パリへの憧れ、宗教的なるもの」

-かくして2004年夏、ワールド・ドリーム・オーケストラ(以下、W.D.O.)は「Hard Boiled Orchestra」というテーマを引っさげ、華々しくデビューを飾ることになる。

久石:
「Hard Boiled Orchestra」というテーマを思いついたのは良かったんですが、その段階ではまだ、あまりコンセプトがよく見えていなくて。「Mission Impossible」や「007 Rhapsody」をはじめ、いろいろな曲をアレンジしてみたんですが、今ひとつ納得できないところがあった。そもそも僕は作曲家だから、他人の曲のアレンジにそんな興味ないんですよ。ですから、作曲という観点からコンセプトを明快にして、楽曲を組み合わせ、流れを作ってみても、それでもまだ納得できない。いろいろ悩んでいた結果、辿り着いたのは、クラシックの定期演奏会に乗る曲以外にも、世界中にはいい音楽がたくさんある。南米にも、アフリカにも、日本にも、しかし、それはオーケストラが簡単に演奏できる形を取っていない。ですから、そういう楽曲を増やしていくことで、W.D.O.独自のカラーが出てくるのではないかと。もうひとつは、9・11テロの後だったこともありますが、単に他人の曲をいろいろ演奏するだけでなく、自分で作曲しないと気が済まないこともあって、「World Dreams」という、どちらかというと国歌のように朗々と響く曲を作ろうと。祝典序曲のように単に感情を盛り上げるのではなく、できるだけシンプルなもの、何か”品格”のようなものが必要だと。

 

-作曲家・久石譲が振るオーケストラ。W.D.O.のユニークな点のひとつが、実はそこにある。

久石:
作曲家というスタンスから言えば、実はそんなに他人のスコアを見ることはないんです。見ても、通りいっぺんに「なるほど」と済ませてしまう。だけど、いったんそれを演奏する身になると、ものすごく丁寧に見なければならない。ヴィオラのパートの書き方ひとつをとってみても、ざっと見るのとは違って、しっかり見る。そうすると「ああ、なるほどな」と思う部分と、世間一般に”名曲”と呼ばれている曲でも「これ、ちょっとよくないんじゃないの?」と思う部分が出てくる。指揮をするようになって、一番変わってきたのはそこですね。ですから「スター・ウォーズ」を振ってみて、楽しかったですよ。譜面見ながら「やっぱりよくかけているな…」と。クラシックも、とりあえずは立派なもので”お勉強”の対象でしかなかったものが、いったん演奏する側になると”どうするか”という問題が出てくる。そうすると、見方が変わるんです。そんな変化が生まれてきたのは、W.D.O.のおかげですね。

 

-翌2005年冬、W.D.O.は「American in Paris」というテーマに挑む。

久石:
苦労したのは、いくつかの相容れない要素を、相当大きなコンセプトで組み立てようとしたこと。一番やりたかったのは「シェルブールの雨傘」や「白い恋人たち」のようなフレンチムービーで、冬場に外に出たら雪が降っていてほしい、そういう状況をまず最初に考えました。ところがコール・ポーターの「ビギン・ザ・ビギン」や「ソー・イン・ラヴ」も、自分が好きで入れてしまった。これは完全に”アメリカン”なんですよ。”アメリカン”なんだけれども、片方に”フレンチ”もある。そうすると単に前半、後半で分ければいい、という問題では済まされなくなる。そこで共通項を突き詰めていった時に、昔のアメリカ人、つまり1920年代や30年代のアメリカ人というのは、お金ができて成功すると「パリに住みたい、行ってみたい」とみんな思ったわけです。つまり”人間の憧れ(ドリーム)”の現れ方が、実はパリなんだと。ところが、パリはそういうアメリカ人を受け入れたのかというと、容易に受け入れない。要するに、アメリカ人はオノボリさんにしかなれないわけです。憧れて憧れてパリに行って、お金さえあれば、そこで面白おかしく日々過ごすことはできるけど、結果的にパリに受け入れてもらえない自分というものも感じて、みんな傷ついてしまう。(作家の)フィッツジェラルドがそうだった。たぶんコール・ポーターもそうだったのかもしれません。あるいはピアソラなんかも(高名な音楽教師の)ナディア・ブーランジェに教えを請いにパリに行くが、断られてしまうのです。

 

-かつて「パリのアメリカ人」を書いたガーシュウィンが、弟子入りを希望したラヴェルに「君は”二流のラヴェル”になる必要はない」と断られた逸話も、そこに繋がってくる。

久石:
ピアソラにしてもガーシュウィンにしても、ブーランジェやラヴェルからの断られ方が非常に深い。つまり「クラシックのメソッドに則ってきている人ならば、その人が良くなるために教えることはできるけれども、ガーシュウィンやピアソラのような、ハナから個性の強い人をもう一回理論でがんじがらめにしてダメにするよりは、このまま自分の音楽を極めたほうがいい」という、ブーランジェなりラヴェルなりの思慮深い判断なんですね。それはそれで先見の明があったわけですが、ピアソラやガーシュウィンからしてみると、ある意味で”夢”がいったん潰れたわけですよ。だから、スティングに「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」があるとするならば、ずっと何かを望んで、追っかけて、結果が得られるかどうかはわからないけど…という意味での”人間の夢(ドリーム)”を「American in Paris」というタイトルに象徴させることで、ようやく自分の中で腑に落ちた。それでコール・ポーターとフレンチムービーを合体させることができたし、ラヴェルの「ボレロ」やガーシュウィンの「パリのアメリカ人」も演奏することができた。最初から、ものすごくうまく考え抜いて作っていたように思えるかもしれませんが、実際は、やりながらだんだん見つけていく感じでしたね。ただし、出だしで直感はあった。何かわからないけど、理由はわからない、頭で考えたところではわからない部分で「コール・ポーターである、フレンチムービーである」というのはもう決めていた。「きっとこっちに行ったら、何か見えるかもしれない」という直感はあったんですね。ただ、それを理論武装するのにはちょっと時間がかかる。いつものことですが(笑)。

 

-そして2006年夏、第3回のテーマはがらりと趣を変え、「Psycho Horror Night」と銘打った。

久石:
もともとサイコホラーの音楽って、譜面がきっちり書けているんですよ。メロディがあって伴奏があって、という単純なものでなく、不協和音を使うためには、オーケストラがちゃんと書けていないといけない。なので、サイコホラー系の音楽は想像以上にスコアがしっかりしている。埋もれさせておくには惜しい。出発点となったのは、実はハワード・ショアの「セブン」だったんですが、スコアの都合で実現できなくて。「セブン」の音楽って、映画の本編で聴くと、ほとんど聴こえるか聴こえないかぐらいに音量のレベルが下げられているから、あんまりわからないんですよ。たまたま僕はそのCDで聴いて「うまいっ!いい音楽だ」と思って。だから、そういうものをきちんと出そうと。それから「サイコ」を書いたバーナード・ハーマン、あれは古典中の古典ですよね。あの辺もキチッと演奏したいと。

 

-そうしたサイコホラーのスコアの中に、ヴェルディの「怒りの日」やオルフの「カルミナ・ブラーナ」が入ってくるところが、W.D.O.のユニークなところでもある。

久石:
サイコホラーのすごくいい点は、個人の人間的な感情の恨みつらみで…という話にならないこと。どちらかというと、人類が残した宗教がかったものを扱うことですね。つまりキリスト教的な要素。クラシック音楽の歴史から見ても、キリスト教はどうしても切り離せない。映画の場合でも、”絶対的なもの”に疑問を投げかけるときの手法として、サイコホラーはすごくいいんですよ。僕はホラーというものは”究極のラブロマンス”だと思っているんです。現世で叶えられない想いを、あの世からまだ未練たらしく引きずっているわけですから(笑)。

 

-考えてみれば「チューブラー・ベルズ」が使われた「エクソシスト」にしても、その根底にはキリスト教的な”神”の問題がある。

久石:
例えばニーチェにしても”神は死んだ”と言い切ってしまう哲学がありますね。それは(神のような)絶対的な存在があるために、みんな自分が見えなくなってしまうという状況に対して「”神は死んだ”ということを一回は言っておかないと」ということなんですね。僕らは幸いなことに八百万の神だから、宗教問題でそんなに悩むことはないですが。ただ、宗教というのは、そういう”絶対的な”枠組みで人間をある程度規制しないといけない。モーゼの十戒にしろ、仏教にしろ、真っ先に出てくる教えは単純に”殺すな”ということですね。決して”救う”ということではない。どちらかというと”やってはいけない”ということから入る。そうでないと、今の世界みたいに、連日すさまじい事件が起こってしまうわけですよ。そういう意味で、人間の側面で絶対に宗教が必要な部分があるのはわかる。僕自身は無宗教ですが、そこらじゅうでタガが外れ始めてしまうと、「ああ、これはやっぱりもう一回宗教的な力でも借りないと、本当に厳しくなるな」って思いますよね。

 

-W.D.O.設立当初の”9・11以後”という問題意識に対する、ひとつの解答。「Psycho Horror Night」の最後にカッチーニの「アヴェ・マリア」を演奏した必然性は、そこにある。

久石:
あれはうまく行きましたね、自分で言うのもナンですけど(笑)。作り上げるまでは大変でしたが、演奏も一回きりでしたから、逆に”一回性の良さ”というものを発揮したかった。この時しかない、というもの。それを実現させるためにはオルフの「カルミナ・ブラーナ」でコーラスも100人以上入れて、どこまでも…という形が取れたので、すごく満足できましたね。

 

-結果として「Psycho Horror Night」はクラシック色が強いプログラムになったが、サイコホラーという入口から始めてクラシックを楽しむ、という聴き方にも、実は大きな意義があった。

久石:
W.D.O.には、必ずそういう側面もあるんです。ある意味では挑戦的なプログラムを作っているけれども、これをきっかけにして、クラシックを含めた音楽全体を、もっと楽しんでいただきたい、自分の生活の中にもっと取り入れていただきたい、という気持ちは凄くあるわけです。クラシックは、実はほとんどの人が食わず嫌いだと思うんです。人間って自分から努力をしないと、その良さはやっぱりわからない。良さがわかってくると、もっと知りたくなりますが、そこまで行くのがなかなか大変だから、W.D.O.がきっかけとなって「ちょっとマーラー聴いてみようかな」とか「クラシックのコンサート行こうかな」とか。そういうことだけでも、僕はとっても価値があると思っています。

 

3rd Movement
「Aria (言葉との格闘) -Rock’n roll Wagner」

-そして4年目を迎える今年、W.D.O.は”Rock’n roll Wagner”というテーマを打ち出した。

久石:
今年は「久石譲 35mm日記」(宝島社刊)という本を出すこともあって、”言葉”と日々格闘しているんです。”言葉”と響き合うメロディをどう書くか、という課題は自分としてはこれまで避けてきたテーマなんですが、今後、その課題と向き合わなければならないプロジェクトも控えている、それも踏まえて、今年のW.D.O.のテーマは”歌”だ、と。ワーグナーを取り上げたくなった理由のひとつは、そこにあります。

 

-改めて説明するまでもなく、ワーグナーはオペラの作曲にあたり、自ら台本を執筆し、時には独自の歌詞の韻律まで考案して”言葉”と格闘した作曲家である。

久石:
ワーグナーの”言葉”は日本語ではありませんが、彼が格闘した”言葉”と、そこから彼が引き出した劇的な要素のメロディ。それを自分自身で体感してみたい。単にワーグナーの譜面を見てCDを聴くだけでなく、実際に指揮してみることで感じる何か。それを今の自分がいちばん欲しているんです。だから、どうしてもそれをやってみたい。結局、自分がしてみたいと思うことをすることが、ものすごく大事。そうでないと、こちらの熱意も伝わりませんし、お客さんを喜ばせることもできませんから。ですから、今回「タンホイザー」と「ニュルンベルグのマイスタージンガー」を振ることは、今からすごく楽しみにしているんです。

 

-ワーグナーは自ら作曲したオペラを楽劇(ムジークドラマ)と呼んだ。ワーグナーの楽劇が本質的に内包している”ドラマ性”。今回、久石はそれと正面切って向き合おうとしている。

久石:
モーツァルトのような作曲家は、みんなオペラを書いていますね。オペラを書いたら”劇的”だと。ただ、そこで勘違いしやすいのは、すごくダイナミックで激しいものが”劇的”だ、ということではない。たとえスタティックな音楽の中にも”ドラマ性”というものがある。そういう意味での”劇的”なんですね。”ドラマ性”というものは、音楽の中でとても重要な要素だと思うんです。例えば第1主題が現れ、関連調で第2主題が現れ、再現部で原調に戻って…というソナタ形式のようなフォーマットがある時は、そのフォーマットに則ってある程度作曲していくことはできる。モーツァルトがたくさん書いたようにね。ところがフォーマットが明確になりすぎると、何を書いても同じになってしまう危険が出てくる。そうすると、作曲家はみな独自性を求めるわけです。その中で「モルダウ」や「フィンランディア」のような交響詩や、あるいはシェーンベルクがリヒャルト・デーメルの詩の情景をイメージした「浄夜」のような作品が生まれてくる。マーラーの交響曲もそうですね。子供の時に彼が聴いていた歌が、突然回想のように出てくる。決して論理的な構造を持っていない。つまり、ある種の”ドラマ性”に則って、形式から脱出するわけです。そういうものを、僕はまとめて”劇的”あるいは”ドラマ性”と呼んでいる。その”劇的”な要素が一番明快に現れているのが、ワーグナーなんですね。「トリスタンとイゾルデ」などを聴いていつも思うのは、ワーグナーのメロディの裏にある、複雑な対旋律の凄さ。3つも4つも旋律が絡んでいるのに、どうして混乱しないんだろうと…。だからといって、ワーグナーが見事な交響曲を書いたのかというと、そういうわけではない。ワーグナーのテクスチュアは、自分の中のエモーショナルな部分、精神的な”ドラマ性”の中から生まれてきているんですね。

 

-そのワーグナーが、なぜロックと結びつくのか?

久石:
ロックというのは大まかに言って、まずリズムがあり、それから言葉が来て、言葉を乗せるためのメロディが来る。例外はありますが、優先順位でいうとそういうことになります。そうすると、単純なフレーズをリズムに乗せて繰り返す時に、言葉の持っている”強さ”が人にインパクトを与えることになる。と同時に、歌手の個性も重要なファクターになってくる。リズムと言葉と歌手。これがロックの場合には、非常に重要です。そこから生まれてくる”強さ”というのは、やはり”ドラマ性”だと思うんですよ。エモーショナルで”強い”もの。ワーグナーとロックが、僕の頭の中で直観的に結びついたのは、おそらくそういうことだったと思うんです。

 

-今回、久石が最終的に選んだ”ロック”は、ディープ・パープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」やクイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」、レッド・ツェッペリンの「天国への階段」など、70年代UKロックを中心としたものだ。

久石:
精神的には”ロックとクラシックの融合”のプログレなんですよ。エマーソン、レイク&パーマーの「展覧会の絵」のような。ロック・ミュージシャンでも、普通にクラシック的な要素を取り入れてしまうところが、UKの凄さ。そのあたりに関しては、日本のロックとの温度差は強烈に感じますね。

 

-ここで興味深いのは、ワーグナーにしろ、クイーンのフレディ・マーキュリーにしろ、ある種の”異邦人”性を自らの内に抱えながら音楽を貫いたミュージシャンだったということ。ドレスデンで革命運動に身を投じ、既成のコースを外れた生き方を貫いたワーグナー。ペルシャ系インド人の血を引き、UKでマイノリティとしての生き方を余儀なくされたフレディ・マーキュリー。そうした”異邦人”性は学生時代、ミニマル・ミュージックに熱狂した久石自身の”異邦人”性にも重なり合ってくるのではないか。

久石:
(音大生の)当時、どこに行っても何をしても歓迎されない、という感じはありましたよ。現代音楽の分野でも、クラスター音がビッシリ埋まった譜面を書くか、1時間同じ音を弾き続けるアイディア勝負のやり方か、どちらかしか道がなくて。両方とも自分には居心地が悪かったし、大学の授業に出ても「お前が出るとうるさい。うるさいから出るな」と言われましたね(笑)。結局「すでに出来た道をうまく歩いていく」というのは、僕の人生じゃない。今までにないことを、必ずやる羽目になる。木で言えば”幹”を作る作業が好きなんです。だけど、人は”幹”を見たって「きれい」とか「美しい」とは言わない。そこに葉が出て、花が咲いて、初めて「きれい」と言うわけです。「きれい」ということをやるためには、ある程度人が通った道を歩んでいくほうが楽ですよ。だけど、自分の人生にはそれがない。W.D.O.も、既存のポップス・オーケストラと違って、きちんとアルバムも発表するし、誰もやっていないことをする。前例があまりないものだから、すごく苦しむことなる。そういう気持ちが何か嗅覚のように働いて、ワーグナーやフレディ・マーキュリーに惹かれるのかもしれません。

-Rock’n Roll Wagner、それは音楽家としての久石自身の姿勢でもあるのだ。

 

 

4th Movement
「Da Capo (W.D.O. ベスト) -そして世界への夢(ワールド・ドリーム)」

久石:
もうひとつ重要なことは、今まで3回のツアーを全部異なるプログラムで演奏してきたので、そろそろ”リピート”をかけないとレパートリーとして定着しない。3回分というのは相当な量ですから、その中で作り上げてきた楽曲、譜面をもう一回きちんと聴いていただく。そういう時期に入ってきたかな、という感じもあって、今回のツアーは”W.D.O. BEST”を組んだんです。

 

-だが、単なる”繰り返し”のベストに終わらないところが、W.D.O.のW.D.O.たる所以でもある。

久石:
「パイレーツ・オブ・カリビアン」、あの第1作のチェロのソロから始まっていく音楽は完成度が高いですよね。今回、それをやるのはちょっと楽しみなんです。それから「24」の音楽、意外にいいんですよ。リズムとメロディがよくわからない、あの感じがすごく気に入っているので、ぜひとも演奏したい。W.D.O.では、やはりアップ・トゥ・デイトな曲目もきちんと組み込んでいかないといけない。最近の映画音楽は、ロックでも何でも既成曲を使う選曲スタイルが主流になっていますから、映画を見終わった後にメロディなり音楽なりが耳に残るケースがどんどん減っている。そうした中で「パイレーツ・オブ・カリビアン」や「24」は、近年の作品としてはきちんとそれを出していますから、W.D.O.の中で演奏すべきだと。

 

-ちなみに「タンホイザー」と「マイスタージンガー」は、共に”歌合戦”をテーマにしたオペラである。

久石:
つまり、もう一度”メロディ”に回帰(ダ・カーポ)する。今年は”歌”が、僕自身のテーマなんです。最終的には”歌”を書きたいし、書くことになる。そうした今の自分を聴いていただくのが自然だと。今回のツアーで演奏する僕の曲も、多くが”歌”の曲。これほど”歌”が入ったプログラムは、W.D.O.では前例がないですね。その意味では、今年はかなり燃えるプログラムになると思います。

 

-では、今後のW.D.O.はどうなるのだろうか?

久石:
今までW.D.O.で4年間続けてきた方法論自体は、間違っていないと思いますから、あと何回かはこのまま続けて完全に身に付けていく必要がある、今回は全国ツアーという形をとりますが、今後は(新日本フィルとフランチャイズを結んでいる)すみだトリフォニーホールで夏にW.D.O.が必ず聴けるというような、いわば根を張る作業が必要になってくると思っています。それともうひとつ。”ワールド・ドリーム・オーケストラ”と称してしながら、なぜ活動が”ドメスティック”だけなのか、ということも頭にあって。このままだと”ドメスティック・ドリーム・オーケストラ”になってしまいますから、それを飛び出したいという気持ちはとても強いです。

 

-そして久石自身は、あくまでも個人的なものと断った上で、こんな”夢(ドリーム)”も持っている。

久石:
W.D.O.で演奏するかどうかは別にして、「運命」「未完成」「新世界より」というプログラムだけで、指揮してみたい。クラシックの入門曲ですが、すでに”入門”になっているということ自体、実は大変な名曲ということなんですよ。”誰でも知っている”ということは、長い時間をかけて淘汰されても残る、わかりやすさがあるということです。それは本当に凄いことなんです。

 

-特に、シューベルトは、久石の最近のお気に入りでもあるという。

久石:
「未完成」、やっぱりいい曲ですよ。1楽章と2楽章だけで、言いたいことを全部言い切っている。構成にこだわらない自由さが、やっぱり凄い。最初は「いやに長いな」と思っていたピアノ・ソナタも、最近とても心地よく感じるんです。要するに、シューベルトは書きたいように書いたから…。「運命」「未完成」「新世界より」を指揮したい、というのはあくまでも個人的な趣味ですが、別の言い方をすれば、クラシックの指揮者が通常のクラシックのオーケストラで演奏するのとは、また違ったニュアンスが出せるかもしれない。そうなったら、すごく楽しいですね。

聞き手 - 前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)
インタビュースチール - 山路ゆか

(久石譲インタビュー ~「久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ There is the Time」コンサート・パンフレット より)

 

 

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WDO There is the time 2

 

Blog. 「久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ There is the Time」 コンサート・パンフレットより 1

Posted on 2016/1/14

久石譲の過去コンサートから「久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ There is the Time」(2007)です。

 

Part.1 楽曲解説

 

久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ There is the Time

[公演期間]38 久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ
2007/08/02 – 2007/08/12

[公演回数]
7公演
8/2 大阪・ザ・シンフォニーホール B
8/3 長野・松本城内特設ステージ A
8/7 東京・すみだトリフォニーホール B
8/8 東京・東京芸術劇場 A
8/10 広島・広島県立文化芸術ホール(旧・広島郵便貯金ホール) A
8/11 愛知・愛知県芸術劇場 B
8/12 福岡・福岡シンフォニーホール A

[編成]
指揮・ピアノ:久石譲
管弦楽:新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ
ゲストヴォーカル:林正子

[曲目]
【Program A】
World Dreams
楽劇「ニュルンベルグのマイスタージンガー」序曲 (R.ワーグナー)

[W.D.O.BEST]
パイレーツ・オブ・カリビアン (K.バデルト)
ロシュフォールの恋人たち (M.ルグラン)
24 Theme (S.キャラリー)
Mission Impossible (L.シフリン)

[久石譲 with W.D.O.] (東京・広島・福岡)
Winter Garden 1st&2nd movement
天空の城ラピュタ
For You (Vo:林正子)
遠い街から (Vo:林正子)
Quartet Main Theme
la pioggia
水の旅人

[久石譲 with W.D.O.] (長野)
Winter Garden 1st&2nd movement
君をのせて (with Chorus)
Asian Dream Song (with Chorus)
太王四神記より
Quartet Main Theme
la pioggia
水の旅人

【Program B】
World Dreams
楽劇「ニュルンベルグのマイスタージンガー」序曲 (R.ワーグナー)

[W.D.O.BEST]
パイレーツ・オブ・カリビアン (K.バデルト)
ロシュフォールの恋人たち (M.ルグラン)
シェルブールの雨傘 (M.ルグラン) ※大阪のみ
24 Theme (S.キャラリー)
Mission Impossible (L.シフリン)

[Rock’n roll Wagner]
ツァラトゥストラはかく語りき 〜 We Will Rock You (R.シュトラウス/B.メイ/久石譲編曲)
Smoke on the Water 〜 Burn (ディープパープル)
Stairway to Heaven (J.ペイジ) (Vo:林正子)
Bohemian Rhapsody (F.マーキュリー) (Vo:林正子)
楽劇「ワルキューレ」より ワルキューレの騎行 (ワーグナー)

[久石譲 with W.D.O.]
太王四神記より
Quartet Main Theme
la pioggia
水の旅人

—–アンコール—–
太王四神記より (東京A・広島・愛知・福岡)
Summer (大阪・東京B)
となりのトトロ (全会場)

 

【楽曲解説】

[オープニング]

World Dreams (久石譲)
ワールド・ドリーム・オーケストラ(以下W.D.O.)のテーマ曲。2004年、新日本フィルハーモニー交響楽団とのこの共同プロジェクトがスタートするにあたり、久石譲が”祝典序曲”のコンセプトのもと書き下ろしたもの。W.D.O.のファースト・アルバム「WORLD DREAMS」および「W.D.O. BEST」に収録されている。

ニュルンベルグのマイスタージンガー序曲 (R.ワーグナー)
オペラを総合芸術の域に高めたドイツ・ロマン派の作曲家、リヒャルト・ワーグナーの1868年初演作で、壮大で重厚な悲劇が多いワーグナー作品の中では珍しい喜劇。この序曲はワーグナーの楽曲の中でも特に親しまれており、しばしば独立して演奏会や式典で演奏されるほか、CMなどでもたびたび使用されている。

タンホイザー序曲 (R.ワーグナー)
1845年に初演されたリヒャルト・ワーグナー作のオペラ。騎士で恋愛詩人のタンホイザーと、ヴァルトブルクの領主の姪エリーザベトとの壮絶な愛を描く物語で、序曲は管弦楽作品としてしばしば単独で演奏される。

[W.D.O. Best]

パイレーツ・オブ・カリビアン (K.バデルト)
W.D.O.コンサート初演。ジェリー・ブラッカイマー製作、ゴア・ヴァービンスキー監督、ジョニー・デップ、オーランド・ブルーム、キーラ・ナイトレイ主演の2003年アメリカ映画「パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち」交響組曲より。作曲は、「キャットウーマン」「コンスタンティン」などの映画音楽を手がけているクラウス・バデルト。

24 Theme (S.キャラリー)
W.D.O.コンサート初演。〈シーズン6〉に至るも依然人気の衰えないキーファー・サザーランド主演のアメリカのテレビ・シリーズ「24-TWENTY FOUR-」の主題曲。音楽は、「ニキータ」「ミディアム 霊能者アリソン・デュボア」等のテレビ・シリーズを手がけているショーン・キャラリー。

Mission Impossible (L.シフリン)
1966年から1973年にかけて放映され、絶大な人気を博したアメリカのテレビ・シリーズ「スパイ大作戦」のテーマ曲。後にトム・クルーズ主演で「ミッション:インポッシブル」としてシリーズ映画化されている。作曲を手がけたラロ・シフリンは、「ダーティハリー」シリーズや「燃えよドラゴン」等の映画音楽での名高い。

シェルブールの雨傘 (M.ルグラン)
監督ジャック・ドゥミ、音楽ミシェル・ルグラン、主演カトリーヌ・ドヌーヴのゴールデン・トリオが生んだ、フランス・ミュージカル映画の最高傑作で、1964年度カンヌ映画祭でパルムドールを受賞している。セリフもすべて歌いあげる手法も大いに話題を呼んだ作品のメイン・テーマ。

ロシュフォールの恋人たち (M.ルグラン)
監督ジャック・ドゥミ、音楽ミシェル・ルグラン、主演カトリーヌ・ドヌーヴのゴールデン・トリオが生み出した、傑作フランス・ミュージカル映画の主題曲。この1967年作品で、ドヌーヴは実の姉フランソワーズ・ドルレアックと、夢に恋に生きる双子の姉妹役で生涯唯一の共演を果たした。ジョージ・チャキリス、ジーン・ケリー等、共演者も豪華。

風のささやき (M.ルグラン)
映画「華麗なる賭け」のテーマ曲。有名な2小節のフレーズがほとんど変わらずに続くこの曲は、機能的でかつ情緒に流されない。フランス人のミシェル・ルグランがハリウッド・デビューした1968年の作品。アレンジに際し、木管と弦のみの非常にシンプルな形態をとっているが、予想外なコード進行により苦労した作品でもある。

[久石譲 with W.D.O.]

Winter Garden 1st & 2nd movement
作品性を重視し、”ミニマル・ミュージック”のスタイルに戻って書いた2006年の作品。この曲は8分の15拍子の軽快なリズムをもった第1楽章、そして特徴あるリズムの継続と官能的なヴァイオリンのメロディによる第2楽章とで構成されている。ヴァイオリニスト鈴木理恵子のアルバム「Winter Garden」収録曲。

For You
身長17センチの水の精霊と少年との交流を描く1993年の大林宣彦監督のファンタジー映画「水の旅人 -侍KIDS」で、中山美穂が「あなたになら…」のタイトルで主題歌として歌った曲。

Quartet Main Theme
久石が映画監督デビューを飾った2001年作品「Quartet」のメイン・テーマ。袴田吉彦、桜井幸子、大森南朋、久木田薫を主演に、カルテットを組んだ若者たちの姿を描く青春ドラマで、モントリオール映画祭ワールドシネマ部門正式招待作品。

夢の星空
~”キラキラ光る夜空の星。大きな月に照らされて僕は砂漠を歩いている”~(アルバム「Etude」ライナーノートより)
”3度のエチュード”と題され、2003年発表の「Etude」に収録。演奏が難しいとされる3度の連続的なパッセージを主題にした作品。技術習得のための練習曲を意味するエチュードだが、単なる練習曲としての範疇にとどまることなく、幻想的な夜空を彷彿される表情豊かな楽曲として仕上がっている。

天空の城ラピュタ
1986年のスタジオジブリ製作、宮崎駿監督の劇場用アニメ作品のメイン・テーマ。19世紀のヨーロッパの架空世界を舞台に少年少女の友情を描くこの冒険活劇は、日本国内で幅広い支持を受けただけでなく、後にイギリスやアメリカ、フランスにも紹介された。

遠い街から
今井美樹の1992年アルバム「flow into space」収録曲。久石はこのアルバムのプロデュースと編曲のほとんどを手がけ、この曲を楽曲提供している。

la pioggia
pioggiaとはイタリア語で”雨”の意。吉永小百合と渡哲也の共演が話題になった映画「時雨の記」に使用され、大人の愛の物語を彩る印象的なシーンと共に記憶に残るノスタルジックな作品。ピアノのシンプルなイントロに続き、すすり泣くようなメロディが続く荘重なアダージォ楽曲。1998年のアルバム「Nostalgia」に収録。

水の旅人
身長17センチの水の精霊と少年の交流を描く1993年の大林宣彦監督のファンタジー映画「水の旅人 -侍KIDS」のメイン・テーマ。

[Rock’n roll Wagner]

ツァラトゥストラはかく語りき ~ We Will Rock You (R.シュトラウス/B.メイ)
ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェの著作にインスピレーションを得て、後期ロマン派の作曲家リヒャルト・シュトラウスが1896年に作曲した交響曲「ツァラトゥストラはかく語りき」は、映画「2001年宇宙の旅」に使用された第一曲「序奏」があまりにも有名。一方の「We Will Rock You」は、70年代初期から90年代にかけて一世を風靡し、現在も根強い人気を誇るイギリスのロック・バンド、クイーンの代表作の一つで、彼らの楽曲を使用して作られたロンドン・ミュージカルのタイトルともなった曲。世界のスポーツ・イベントで頻繁に流れる他、日本でもドラマやCMなどでたびたび使用されている。今回は、「We Will Rock You」のリズムに「ツァラトゥストラはかく語りき」のメロディが流れるオリジナル・バージョンをお届けする。

Stairway to Heaven 「天国への階段」 (J.ペイジ)
1970年代に世界的人気を誇ったイギリスのロック・バンド、レッド・ツェッペリンが1971年に発表した楽曲。彼らの代表作であるだけでなく、ロック史上最高の名曲の一つとして名高く、”帝王”ヘルベルト・フォン・カラヤンがそのアレンジを絶賛したとのエピソードも広く知られている。

Bohemian Rhapsody (F.マーキュリー)
イギリスのロック・バンド、クイーンの代表作の一つで、イギリス史上最高のシングル曲との誉れも高い1975年作品。約6分間にも及ぶこの大作は、ハード・ロックとオペラを融合させた楽曲としても知られ、世界初のプロモーション・ビデオが作られたことでも歴史に名を残している。日本でもドラマやCMなどで繰り返し使用されている人気曲。

Smoke on the Water ~ Burn (ディープ・パープル)
1968年に結成され、一時の中断を経て現在も活動を続けるイギリスのロック・バンド、ディープ・パープルの代表作「スモーク・オン・ザ・ウォーター」と「紫の炎」をメドレーでお送りする。日本ではレッド・ツェッペリンと並んで人気を博したハード・ロック・バンドで、彼らに影響を受けてギターを弾き始めたロック少年は数知れない。

ワルキューレの騎行 (R.ワーグナー)
オペラ史上最大スケールを誇るリヒャルト・ワーグナーの「ニーベルングの指輪」は、「ラインの黄金」、「ワルキューレ」、「ジークフリート」、「神々の黄昏」から成る四部作。「ワルキューレの騎行」は、そのうちの「ワルキューレ」の第三幕への前奏曲で、1979年のフランシス・F・コッポラ監督作品「地獄の黙示録」のテーマ音楽として使用され、広く一般に知れ渡ることとなった。

 

[長野公演]

Asian Dream Song
1998年長野パラリンピック冬季競技大会テーマ曲。久石の1999年のアルバム「WORKS II」に収録されている。久石がTHE BOOMの宮沢和史と共に歌唱を担当したヴォーカル・バージョン「旅立ちの時~Asian Dream Song」は、長野パラリンピック支援アルバム「HOPE」で聴くことができる。

君をのせて
1986年のスタジオジブリ製作、宮崎駿監督の劇場用アニメ作品「天空の城ラピュタ」の主題歌で、オリジナルは井上あずみが歌唱を担当。2002年、作品がDVD化された際に、石井竜也が続編「君をつれて」を歌うと同時に、この曲もカヴァーした。現在では合唱曲、卒業式の定番曲としても名高い。

(【楽曲解説】 ~「久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ There is the Time」コンサート・パンフレット より)

※【楽曲解説】にある「タンホイザー序曲」「風のささやき」はプログラムの都合上、本公演では演奏されていない

 

 

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WDO There is the time 2

 

Blog. 久石譲「Piano Stories 2006 Asian X.T.C.」コンサート・パンフレットより

久石譲 『 Asian X.T.C.』

Posted on 2016/1/9

過去の久石譲コンサートから「Pianos Stories 2006 Joe Hisaishi Asian X.T.C.」コンサートツアーです。

1998年の初共演以来、意気投合し、複数のアルバム制作にもかかわった弦楽四重奏団バラネスク・カルテットを迎えての全国12公演でのツアー開催。バラネスク・カルテットとのCD制作やコンサート履歴は、また別の機会でスポットを当てて特集したいです。

 

 

Piano Stories 2006 Joe Hisaishi Asian X.T.C.

[公演期間]36 Piano Stories 2006 Joe Hisaishi Asian X.T.C.
2006/10/03 – 2006/10/26

[公演回数]
12公演
10/3 新潟・りゅーとぴあ コンサートホール
10/5 札幌・札幌コンサートホールKitara
10/7 富山・オーバードホール
10/9 福井・ハーモニーホールふくい
10/10 東京・東京芸術劇場
10/12 神奈川・ミューザ川崎 シンフォニーホール
10/13 東京・Bunkamuraオーチャードホール
10/17 岡山・倉敷市民会館
10/18 広島・広島厚生年金会館
10/19 福岡・福岡シンフォニーホール
10/24 大阪・ザ・シンフォニーホール
10/26 名古屋・愛知県芸術劇場

[編成]
ピアノ:久石譲
弦楽:バラネスク・カルテット
二胡:ジャン・リーチュン
古筝:ジャン・シャオチン
マリンバ:神谷百子
パーカッション:ヤヒロトモヒロ、今福健司
ベース:竹下欣伸
サクソフォーン:林田和之、西尾貴浩

[曲目]
[Ensemble]
794BDH
MKWAJU
DEAD 〜愛の歌〜
Tango X.T.C.

East (Balanescu Quartet)

[PIANO Solo +]
あの夏へ
Summer
Zai-Jian

Asian X.T.C.
A Chinese Tall Story
Venuses

[Asian X.T.C.]
Dawn of Asia
Hurly-Burly
Monkey Forest
Asian Crisis

もののけ姫
HANA-BI
Madness
Kid’s Return

—–アンコール—–
風のとおり道
Oriental Wind
アシタカとサン (Pf.solo)

 

補足)
パンフレットに掲載されていた演奏プログラム予定とは大きく異なっている。曲順や演目に変更が生じている。準備段階からリハーサルを経ての事前修正、さらには、ツアー開催期間中もプログラム変更が多少発生していると思われる。

上記セットリストは、いち会場で当日配布されたプログラム紙記録である。他会場では一部曲順の変更や曲の差し替えもあるかもしれないが、おそらく総合的には上記とほぼ差異はない。

 

 

官能的かつ魅惑的なステージで独特な雰囲気を演出した同コンサートの公式ツアー・パンフレットより。

 

 

アジア趣向の中にきらめく新たな「久石譲」のかたち
~New Album「Asian X.T.C.」をめぐって~

アジアをテーマに制作した最新アルバム「Asian X.T.C.」は、単にアジア風味が効いたポップス作品集に終わらず、そのままズバリ、久石譲という作曲家の現在を映す鏡となった。その一つの証左となるのがミニマル技法への回帰である。毅然と「今の僕は過渡期だ」と言い切るその表情には、作曲家として完成すること=巨匠への道を避け、新たな可能性を追い求める最前線の戦士としてのさわやかな野心がみなぎる。

「リセットしたというのかな。原点に戻るというよりも、らせんのように描いていって、その先でもう一回遭遇したような感じだね。ミニマルをベースにやってきた経験とポップスをやって培ったリズム感、単純にいうならノリ、グルーヴ感。それが両方きちんと息づいたところでの自分にしかできない曲。それを書いていこうと決心がついた最初のアルバムが『Asian X.T.C.』なんです」

アジアというテーマも伊達ではない。「美しく官能的でポップなアジア」と銘打たれたそこには、同時に深遠な東洋思想への共鳴があった。

「アジアって善と悪が共存していて、悪はダメっていう発想がない。人間が持っている二面性も決めなくていい、両方持っているのが自分なんだと。この考えにたどり着いたとき、やっとアルバムの方向が見えたんだね」

その「決心」はアルバム構成に具体的に集約された。映画やCM曲の楽曲群(陽サイド)と、ミニマル・ベースの楽曲群(陰サイド)がそれぞれ別個に固められて前後に並んでいる。まるでLPレコードの表裏を連想させる「二面性」をあえて1枚のディスクの中で訴えているのだ。統合性や平衡感覚に囚われず、はっきり違ったものがザクっと並んでいてもいいではないか。そんな力強い作曲者の声が、手に取るように伝わる。

「曲を書き終えたあとに初めて構成が決められたんです。とりあえず今、自分がやれることはこれなんだと。その決断ですね」

アルバムの詳細に今少し踏み込むなら、全11曲を収めたアルバムには、韓国映画「トンマッコルへようこそ」、中国映画「叔母さんのポストモダン生活」、香港映画「A Chinese Tall Story」の主題曲が盛り込まれており、最近目覚ましいアジア圏での作曲者の活動が簡潔に伝えられている。ピアノは久石自身が担当し、ゲストにバラネスク・カルテット、ギター・デュオのDEPAPEPEが連なり、二胡、古箏などの中国楽器も加わる。テーマに掲げられた「ポップ」とは要は「かっこいいこと」に通じ、「官能的」とはバリ島で刺激を受けたという闇、その体験談に顕著な「神秘性=ゾクゾク感」という表現に換言することができるだろう。音色といい、発想といい、整然とした世界がそこに広がる。

「僕は論理性を重んじて曲を書いています。でも、音楽ってそれだけでは通じない。直接脳に行っちゃう良さが歴然とあるわけだし、それは大事にしないといけない。そこまで行かないと作品にはならないね」

これまた今回のテーマを地でいく声として注目してよく、要するに感性と論理性の拮抗こそが作曲家・久石譲の本質であり、この二面性を正面から引き受けなければいけないという意識において、実のところ従来と変わらぬ野心と探究心の表れでもあろう。

アジアへの展望を通して、久石譲は新たな出発ちのときを迎えた。

取材・文=賀来タクト

 

Searching for ASIAN X.T.C.

アジアでの仕事をしているうちに、アジアをテーマにしたアルバムを作りたいと漠然と思った。でも、漠然としたイメージしかなくて、アジアの貧困や自然とか政治的要素とかそういうものを題材にするより、ポジティブな視線から、アジアの内に秘めた魅了するものを表現したいと思った。…そして、行き着いたのが「人」だった。アジア人の美しさ、魅力、かっこよさを、アジアのもっている、時間を超越した官能性みたいなものをテーマにして表そうと「Asian X.T.C.」というタイトルをつけた。でも、アジアのことを知ろうとすればするほど、わからなくなる。それは自分もアジア人であり、日本にいるから。外からアジアをみて、客観的になろうと。そして、ヨーロッパへ旅立った。ロンドンで、バラネスク・カルテットとレコーディングをしていくなかで、僕が作った音で彼らが東洋をどう感じるかということを大事にした。二胡、古箏などの伝統楽器は、リズムの出し方、音域などが限られていて、西洋楽器のようには融通がきかない。でも、アジアの楽器を軽くスパイスでというふうな使い方をしたくなかった。西洋と東洋の融合を目指した。僕の原点であるミニマルミュージックも今回は演奏するが、アジアとミニマルの組み合わせを一番効果的に表現できる、弦楽四重奏、コントラバス、二胡、古箏、サックス、マリンバ、パーカッションという編成にした。今回のツアーでは、西洋と東洋の情熱的なぶつかり合いをみなさんいも生で感じてもらえるのではないかと思う。僕自身も未知なる世界を開拓し、挑戦することに非常にワクワクしている。

久石譲

in BEIJIN アジアを探しに… 3.24~3.27
in LONDON レコーディング&TD 7.28~7.31 & 8.18~8.23

(「Piano Stories 2006 Joe Hisaishi Asian X.T.C.」コンサート・パンフレット より)

 

久石譲 『 Asian X.T.C.』

Blog. 「Joe Hisaishi Symphonic Special 2005」久石譲 コンサート・パンフレットより

Posted on 2016/1/7

過去の久石譲コンサート「Symphonic Special 2005」より。

前年に発足した、久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ。その精力的な活動を継続するなか開催されたコンサート・ツアーです。2004年のデビュー・コンサートに続いて、本コンサートでもAプログラム、Bプログラムという2タイプを引きさげ開催。

 

 

Joe Hisaishi Symphonic Special 2005

[公演期間]33 Joe Hisaishi Symphonic Special 2005
2005/08/03 – 2005/08/14

[公演回数]
8公演
8/3 神奈川・横浜みなとみらいホール A
8/5 東京・サントリーホール B
8/6 静岡・富士市文化会館ロゼシアター A
8/8 大阪・NHK大阪ホール B
8/10 広島・広島郵便貯金ホール A
8/11 福岡・福岡シンフォニーホール A
8/13 愛知・愛知県芸術劇場コンサートホール B
8/14 東京・すみだトリフォニーホール A

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ

[曲目]
【Program A】
水の旅人
For You

[DEAD for Strings,Perc.,Harpe and Piano]
D.e.a.d
The Abyss~深淵を臨く者は・・・・~
死の巡礼
復活〜愛の歌〜

[交響組曲「ハウルの動く城」] (オリジナルスコア初演)
ミステリアス・ワールド
動く城の魔法使い
ソフィーの明日
ボーイ〜動く城
ウォー・ウォー・ウォー (War War War)
魔法使いのワルツ〜シークレット・ガーデン
暁の誘惑
Cave of Mind
人生のメリーゴーランド’05

—–アンコール—–
Spring
Fragile Dream
Oriental Wind

【Program B】
ハウルの主題による交響変奏曲 (Merry-go-round)

[DEAD for Strings,Perc.,Harpe and Piano]
D.e.a.d
The Abyss~深淵を臨く者は・・・・~
死の巡礼
復活〜愛の歌〜

Keaton’s『The General』suite for Orchestra
~映像とオーケストラの饗宴~ (上映あり)

—–アンコール—–
Oriental Wind (サントリー・愛知)
The General (大阪)

 

 

「Symphonic Special 2005」コンサート会場にて販売されていたコンサート・パンフレットより当時の久石譲をあらゆる角度から紐解きます。

 

 

世紀をまたいで終結を迎えたDEAD

今回のコンサートのために書いた組曲「DEAD Suite」は、僕がクラシック、現代音楽の世界から離れて19年ぶりに書き上げた楽曲だ。DEAD-英語音名で言う「レ・ミ・ラ・レ」をモティーフにして作曲された楽曲だ。いささかポップスのフィールドを逸脱したかもしれないが、20代後半にポップスの世界に転向して以来、初めての本格的な現代音楽作品になる。リズムが変わり、不協和音ぎりぎりのところで構成されたこの楽曲は、なぜ今まで自分が音楽をやってきたのか? を問い詰めながら、今世紀末のひとつの区切りとして僕にとって通らなくてはいけない道、なくてはならない楽曲となった。最終的には4曲から成り立つ組曲を考えているが、今回のコンサートで披露できるのはその内2曲までになる。後は、来年書き足そうと思っている。

久石譲 (PIANO STORIES ’99 ツアーパンフレットより)

 

夜中に、ふと思う。自分がなぜ今まで音楽をやってきたのか?
20世紀末にも確かにこの疑問にたどり着いた。
「DEAD」。あの未完成な組曲を完成させなくては・・・・
そんな思いに掻き立てられ、一気に書き上げた。
なぜ今DEADなのか・・・・
このツアー中に僕自身が「深淵」を臨くことになるのだろうか。

 

Deadのモティーフは「死」だ。
誰にも訪れる「死」を考えることは「生」を考えることでもある。
「生きる」ことの基本は「愛」だ。
幸福を求めるその先には「愛」がある。
だからこの作品は「愛」を唄った音楽でもある。

久石譲

 

「WORKS III」解説より

DEAD-英語音名で言う「レ・ミ・ラ・レ」をモティーフにして作曲された楽曲。初映画監督作品「カルテット」の前に撮る予定だった映画のために書いた曲でもある。第一楽章、第四楽章は、99年「PIANO STORIES ’99」ツアーで、弦楽四重奏Balanescu Quartetと共演し、アルバム「Shoot The Violist~ヴィオリストを撃て~」にも収録されている。今年7月に発売された「WORKS III」にて、第二楽章、第三楽章を書き足し弦楽オーケストラ組曲として完成した。

第一楽章 「D.e.a.d」
普遍的なテーマへの旅立ちに対する不安や恐怖、期待が入り混じった壮大なオーケストレーションによる刺激的な音楽。

第二楽章 「The Abyss~深淵を臨く者は・・・・~」
ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」に代表される哲学的なバックグラウンドを持つこの組曲にふさわしいタイトルで、官能的な響きが大きなキーワードになった。

第三楽章 「死の巡礼」
一貫してミニマル・ミュージックにこだわってきた久石譲ならではのミニマル色が強く打ち出されている。

第四楽章 「復活~愛の歌~」
ぎりぎりの不協和音と協和音の間で揺れるメロディに至っては、心地よい疲労感にも近い感動すら覚えるほどだ。

今回第二、第三楽章が加えられたことで、クリエイティヴなテーマがさらにディープに進化しているし、底知れぬイマジネーションの世界は映像的でもある。いつか映画が完成する可能性もあるはずで、この組曲の次のアプローチに注目したい。

村岡裕司

 

 

宮崎・久石コンビはこうして生まれた

久石譲と宮崎駿が初めて出会ったのは、映画「風の谷のナウシカ」(1984年)の制作の時だから1983年だったと思う。

「ナウシカ」はその内容といいスケールの大きさといい、ハリウッド並みの超大作である。この超大作の音楽をやれるのは誰か、宮崎駿の要請で音楽監督を務めることになったプロデューサーの高畑(勲)さんと僕らは、いろいろな作曲家について検討を重ねた。というのも、この種の超大作は日本映画が得意とするジャンルでは無かったし、経験者も少なかった。坂本龍一、細野晴臣、高橋悠治、林光…さまざまな候補が上がり、そのうち何人かとは実際にお会いして相談にも乗ってもらったのだが、この壮大なシンフォニーを任せられる作曲家はなかなか見つからなかった。

そこに当時の徳間ジャパンの担当者が、候補として推薦してきたのが久石さんだった。今でこそ巨匠と呼ばれる久石さんだが、当時はCMやTVシリーズの劇伴の仕事を手がける傍ら、自らのアルバムではミニマルミュージックを発表し独自の世界を築いていた新進気鋭の作曲家のひとりだった。

これはひとつの賭けだった。「ひとりの少女が世界を救う」という、ある種とんでもない「作り話」に真面目に向き合うには、ある種の無邪気さが必要、「高らかに人間信頼を歌い上げることができる人」「信じたことをまっすぐな眼で伝えられる熱血漢」、時代の流行に左右されることなく、その要素を一番持っているのは久石譲しかいない、高畑さんがそう見抜いたのだ。こうして、「ナウシカ」の音楽は久石さんに決定した。

続く映画「天空の城ラピュタ」(1986年)は、前作の壮大な人間ドラマと打って変わって、冒険活劇がテーマである。内容から考えて、当時大活躍していた別の作曲家が第一候補に上がった。

ところが、彼との最初の打ち合わせを済ませた帰り道、音楽担当だった高畑さんが、本当にこれで良いのか突然悩み始める。そして、結局、彼には大変申し訳なかったのだが、再度、久石さんにお願いすることになってしまう。結果は、みなさんがご存知のように大成功を収めた。

「ナウシカ」と「ラピュタ」は、そういうわけで、音楽はプロデューサーだった高畑さんが担当したため、次回作、映画「となりのトトロ」(1988年)が、事実上初の、久石さんと宮さんとの直接対決になった。

ここで問題となったのが、トトロが初めて登場するバス停のシーンについてだった。宮さんは、「ここには音楽はいらない。無音で行きたい」と主張したのである。本当にそれで良いのか、不安になった僕は再び、「火垂るの墓」で忙しかった高畑さんに助言を求めた。

高畑さんの判断は、「音楽は必要」だった。当時の宣伝方針では、トトロの持つアイドル性に注目して、それを前面に打ち出した宣伝が行われようとしていた。それを良しと思っていなかった僕は、トトロの持つ精霊、自然の精としての神秘さを強調し、大人が鑑賞しても、その存在を信じられるシーンにすべきだと思ったのだ。そのためには音楽の力を借りる必要がある、これが高畑さんと僕の結論だった。

再び賭けだった。久石さんに、このシーンのためにエスニックでミニマルな曲の作曲を依頼した。監督である宮さんには一切知らせなかった。

宮さんは、できたものが良ければそれで良しとする人である。結果は、音楽は採用された。つまり、久石さんの音楽が監督宮崎駿を動かしたのだ。僕はここに、宮崎・久石コンビが誕生したことを確信した。

久石さんの本質はロマンティストである。久石さんが初めてメガホンを取った映画「カルテット」(2001年)を観た時、青年期だったら誰もが持つ悶々とした思いや特有のピュアさを、隠そうともせずストレートに出す内容に感銘を受けた覚えがある。まるで久石さん個人、永遠の少年を見るようで、いまどき珍しい青春映画だと感心した。不幸な時代にあってもロマンを失わずに、それを照れもなく出せる、ここに宮さんとの最大の共通項がある。それが、今尚、コンビとして続いている最大の秘密なのである。

2005年夏、宮崎駿は「ハウルの動く城」に続く新しい作品の準備にとりかかっている。おそらく、その作品の音楽も久石譲になるに違いない。

スタジオジブリ・プロデューサー 鈴木敏夫

 

 

「久石譲が贈る夢のコラボレート」

チャップリン、ロイドとともに、三大喜劇王として知られるバスター・キートンのサイレント映画の傑作『キートンの大列車強盗(キートン将軍)』に、新たに久石が作曲した音楽をつけ、リストア(復元)されたフィルムの上映とともに行われるフィルム・コンサート。もともとこの企画は、フランスの映画会社から久石に依頼したことから実現した。昨年のカンヌ映画祭では、久石自身の指揮によるフィルム・コンサートが行われ、当地で絶賛を博したものである。

1926年に製作された『キートンの大列車強盗』は、公開当時はキートン最大の失敗作として酷評され、興行的に惨敗した、いわば「呪われた映画」。映画界にトーキーが出現し、キートンの名前が忘れ去られると、人々の記憶の彼方に追いやられてしまった。ところが1950年代半ばからフランスでキートン再評価の機運が盛り上がり、現在では最も偉大なサイレント映画のベスト5に選出される傑作として名高い。

この映画は、南北戦争で実際に起きた事件をモデルにしたとされるが、そこはキートンである。抱腹絶倒のギャグを満載して、列車による派手な追っかけを手に汗握るアクションで展開する。本物の列車を橋から落とすなどのスケールの大きさはもちろんのこと、ハドソン・リバー派の絵画を思わせる詩情ある映像や正確な時代考証など、見どころを詰め込んだ、まさに世界遺産級の作品である。

久石譲が演出する「交響組曲『ハウルの動く城』」とバスター・キートンとの夢のコラボレート。奇跡のような出会いをぜひこの目でご覧いただきたい。

木全公彦(映画評論家)

 

 

「The General」が求めた久石譲の音楽

バスター・キートン監督のサイレント映画『The General -キートンの大列車強盗』を復元するのに、我々は2年の月日を費やした。現代的であり、かつバスター・キートンの重みとユーモアを同時に表す約1時間以上の音楽を書くことのできる音楽家、それが久石譲であり、彼の厳格で詩情にあふれる音楽をこのクラシック映画は求めていた。

彼は大人たちを子供の頃の懐かしい音楽の世界へ、そして子供たちのクラシック音楽に対する意識を最高のレベルまで高めてくれる。久石氏とコンタクトをとり、ナサネル・カーメッツと日本に向かった際には、まだ彼がこの映画に音楽を書き下ろしてくれることは決まっていなかった。

私たちが会った音楽家は情熱にあふれていた。職業の垣根を越えて私たちは映画、音楽、芸術、文化について語り合った。知的で、時間の制約もない、そして忘れられないひとときを共有できたことを嬉しく思う。

短い制作期間ではあったが、連日、日夜、休む暇もなく数週間にまたがり作曲された音楽は、映画の歴史にのこる『The General -キートンの大列車強盗』とともに人々に伝わっていくであろう。

Charles Gillibert(仏MK2社 プロデューサー)

 

 

久石が手がける初の韓国映画「Welcome to Dongmakgol」パク・クァンヒョン監督は語る

久石譲さんの音楽はすごくドラマチックだ。透明で美しく始まるメロディーはいつのまにか暴風のように吹き荒れて感動を与える。しかし、決して彼の音楽は映画から脱する事がない。映画を作ろうとする監督に久石譲さんはどれだけ魅力的なミュージシャンか。あまり特別ではなかった映像も彼の音楽が加わる瞬間、妙に生きて呼吸して神秘的に感じられる。

今回久石譲さんと一緒に作業する映画『Welcome to Dongmakgol (トンマッコルへようこそ)』は暖かくて純粋な童話であると同時に感情が大きく揺さぶられるヒューマンドラマだ。私はこの映画が彼の音楽で変わってほしかった。このごろ、そのように夢見てきた希望がどんどん現実化していることを感じている。

2005.6.10 パク・クァンヒョン

※韓国公開2005年8月

(以上、全て「Joe Hisaishi Symphonic Special 2005」コンサート・パンフレット より)

 

久石譲 コンサート 2005

 

Blog. 「モーストリー・クラシック 2016年2月号」 久石譲紹介 内容

Posted on 2016/1/5

クラシック音楽誌「モーストリー・クラシック MOSTLY CLASSIC 2016年2月号 vol.225」、本号特集は「クラシックと映画音楽の魅力」、映画のなかで使われたクラシック音楽、また映画音楽作曲家の特集となっています。詳しい内容は下部の目次をご覧いただけるとわかると思います。

海外からはスター・ウォーズ・シリーズでもおなじみの巨匠ジョン・ウィリアムズから、ゴッド・ファーザーのニーノ・ロータ、ニュー・シネマ・パラダイスのエンニオ・モリコーネ、日本からは武満徹の次に並んでいたのが久石譲。

 

映画音楽作曲家としての久石譲の紹介記事をご紹介します。

 

 

久石譲の映画音楽

宮崎駿監督とのタッグ、北野武監督作品でも常連
久石ワールドともいうべき叙情性あふれる美しい世界

宮崎駿のアニメーション映画、北野武の映画など、1980年代以降の日本映画の傑作の多くに参加した作曲家が久石譲である。またテレビ・ドラマの音楽、コマーシャル・フィルムなどでも活躍しており、久石のメロディを聴かない日はない、と言えるうらい活躍を続けている。

久石は長野県出身で、国立音楽大学の作曲科を卒業した。国立音楽大学時代にミニマル・ミュージックに出会い、世界のミニマル・ミュージックの作曲家たちの作品を研究するほか、自分自身でも作曲活動を行っていた。そして1974年、テレビアニメーション作品「はじめ人間ギャートルズ」の音楽を担当したのが、実質的な商業的作品デビューとなった。

宮崎駿監督の「風の谷のナウシカ」の音楽を担当することになった1984年には、澤井信一郎監督の「Wの悲劇」の音楽も担当し、新しい世代の映画音楽の旗手として注目を集めることになった。以後、宮崎監督の長編にはずっと久石が音楽を担当しており、91年には「あの夏、いちばん静かな海。」で北野武監督と初めてタッグを組み、以後、北野作品の常連ともなった。

宮崎監督作品で言うと、「風の谷のナウシカ」では後期ロマン派的な重厚なオーケストレーションを使った音楽で、SF的な世界にリアリティーを与えた。続く「天空の城ラピュタ」ではイギリスの伝統音楽、アイリッシュ音楽の雰囲気とオーケストラ音楽を合体させ、「となりのトトロ」では軽快さと叙情性の加わった音楽を書き、それぞれの作品によって違うテイストの音楽を提供していた。また作品の中でもそれぞれのシーンごとに、細かな音楽の起伏を付けるなど、非常に職人的な手法で映像を輝かせている。

北野監督の作品では、メインとなるテーマに印象的な作品が多い。「ソナチネ」ではピアノと電子楽器によるミニマル風の音楽、そして沖縄民謡のサンプリングなどを用いて音楽を書いた。「キッズ・リターン」では声のサンプリングを駆使した音楽などなど。また2000年の篠原哲雄監督「はつ恋」の音楽は様々な楽器様に編曲されていて、ファンも多いと聞く。

ともあれ、日本映画の音楽と言えば久石譲という時代が続いている。彼の強みは、若い時代から培っていた現代音楽のセンス、ミニマル・ミュージックへの深い理解、そしてワールド・ミュージックへの幅広い関心、それらが合体した久石ワールドともいうべき叙情性あふれる美しいメロディーの世界、オーケストレーションの見事さなどがあげられるだろう。

最近では指揮活動、現代音楽コンサートのプロデュース、そして2016年に開館する長野市芸術館の芸術監督に就任することも決まっている。今後は作曲、指揮、プロデュースなど、さらに多方面の活躍が期待されているが、さて、次の映画音楽は誰のどの作品になるのだろう? 長編から引退を発表した宮崎駿監督は3DCGの作品を製作中とも聞くが、そのあたりも気になる所だろう。

文/片桐卓也

(雑誌「モーストリー・クラシック 2016年2月号 vol.225」より)

 

 

CONTENTS

11 巻頭言 諸石幸生
12 映画と音楽 西原稔
14 映画とクラシック音楽 青澤唯夫
16 映画に使われたバッハの名曲 寺西肇
18 映画に使われたベートーヴェンの名曲 西村雄一郎
20 映画に使われたショパンの名曲 伊熊よし子
22 映画に使われたモーツァルトの名曲 澤谷夏樹
23 映画に使われたワーグナーの名曲 石戸谷結子
25 映画に使われたラフマニノフの名曲 マリーナ・チュルチェワ
26 ロシア・ソ連の作曲家と映画 マリーナ・チュルチェワ
28 映画に使われたヴェルディの名曲 石戸谷結子
29 映画に使われたプッチーニの名曲
30 映画に使われたピアソラの名曲 片桐卓也
32 「ファンタジア」とディズニー映画 真嶋雄大
34 映画「2001年宇宙の旅」とキューブリック 明石政紀
36 映画「アマデウス」 石戸谷結子
38 映画でブレイクしたクラシックの名曲 オヤマダアツシ
40 ウィーン、オーストリアと映画音楽 小宮正安
42 復権するコルンゴルトと映画音楽 中村伸子
44 ジョン・ウィリアムズと「スター・ウォーズ」 神尾保行
46 映画音楽作曲家 ニーノ・ロータ 片桐卓也
47 映画音楽作曲家 エンニオ・モリコーネ 片桐卓也
48 聴いておきたい映画音楽の作曲家たち
50 現代音楽作曲家と映画音楽 澤谷夏樹
52 武満徹の映画音楽 小野光子
53 久石譲の映画音楽 片桐卓也
54 日本の映画音楽作曲家たち 西村雄一郎
57 映画音楽の作曲家によるクラシック作品 鈴木淳史
58 ヴィスコンティの映画音楽 堀内修
59 ウディ・アレンの映画音楽 賀来タクト
60 黒澤明の映画音楽 西村雄一郎
61 クラシックに思い入れある映画監督 西村雄一郎
63 クラシックの演奏家による映画音楽集 鈴木淳史
64 クラシック in スクリーン 横堀朱美
68 映画「ロイヤル・コンセルトヘボウオーケストラがやって来る」が1月公開 高野麻衣

 

Blog. 「モーストリー・クラシック 2016年2月号」 日本映画音楽の歴史 内容

 

 

モーストリー・クラシック 2016年2月号

 

Blog. 「モーストリー・クラシック 2016年2月号」 日本映画音楽の歴史 内容

Posted on 2016/1/5

クラシック音楽誌「モーストリー・クラシック MOSTLY CLASSIC 2016年2月号 vol.225」、本号特集は「クラシックと映画音楽の魅力」です。映画のなかで使われたクラシック音楽、また映画音楽作曲家の特集となっています。本号に掲載された映画音楽作曲家としての久石譲の紹介記事は別頁にて紹介しています。(雑誌目次含む)

Blog. 「モーストリー・クラシック 2016年2月号」 久石譲紹介 内容

 

ここでは、久石譲にスポットを当てるのではなく、日本の映画音楽の歴史を垣間見ることができる特集記事をご紹介します。いかにして音楽ジャンルのなかで映画音楽が地位を築いてきたのか、そして大きな功績を担ってきた過去の作曲家たち。相関図や師弟関係など、脈々と受け継がれてきた歴史がわかります。

久石譲の映画音楽作曲家としてのバックボーン、受け継いできた手法と新たに導き出した久石譲の世界。まさに日本映画音楽における久石譲の守破離とも言えます。久石譲は佐藤勝氏に師事していますが、その元をたどると…。興味深い日本音楽家の歴史をたどることができます。

過去を知ることで、引き継ぎ守ってきたもの、発展させたもの、久石譲の映画音楽へのこだわり。直接語られた内容ではありませんが、なにかつながってくるものがあるような気がします。

 

 

日本の映画音楽作曲家たち

まだ”映画音楽”が創造活動の主流とは認められていなかった時代、日本にはいかなる作曲家がその礎を築いてきたのだろうか。そしてこれから、どのような発展を見せていくのだろうか?

 

◆黒澤明との出会い~早坂文雄

「18世紀は交響曲の時代、19世紀はオペラの時代、20世紀は映画音楽の時代」と言ったのは早坂文雄(1914~55)である。多くの作曲家が手を抜いて、いいかげんにしか書いていなかった映画音楽を、一つの芸術ジャンルとして認識して、全力を傾注したのが早坂だった。

彼はもともと北海道で純音楽を書いていた作曲家だった。ところが東宝の社長にその才能を見出され、1939年に上京。東宝に入社して、映画音楽を書き始める。第1作の「リボンを結ぶ夫人」(39年)以後、早坂の書いた映画音楽は常に話題を呼んだ。終戦直後の46年に新設された毎日映画コンクールの映画音楽賞を、第1回から第4回まで立て続けに受賞したことからも、そのレベルの高さが推測できる。

彼が更にステップアップして、映画音楽の幅を大きく広げたのは、黒澤明との出会いによってだった。「酔いどれ天使」(1948年)での出会いは日本、いや、世界映画史における最も幸福なコラボレーションだったといえるかもしれない。「羅生門」(50年)の「ボレロ」、「生きる」(52年)の「ゴンドラの歌」。黒澤の音楽に対する異常なまでの探究心と要求を受け入れ、見事に具体化してくれたのが早坂だった。

一方、巨匠・溝口健二も早坂を離さなかった。早坂の純粋な仕事ぶりは、むしろ溝口作品の方で垣間見られる。なぜなら、黒澤は自分の確固とした音楽のイメージを作曲家に押し付けるが、溝口は「僕は音楽は分からない」と言って、すべてお任せだったからだ。

「雨月物語」(1953年)、「山椒大夫」(54年)も優れているが、何と言っても最高傑作は「近松物語」(54年)だろう。ここでは歌舞伎の下座音楽を総動員して、革新的な音楽を創り出している。和楽器を使った実験精神は、早坂を尊敬していた武満徹に引き継がれていく。

 

◆早坂の斡旋で映画界に~伊福部昭

北海道で早坂の良き親友であり、ライバルだった伊福部昭(1914~2006)は、終戦直後、失業の憂き目に遭っている。その時、早坂は東宝に斡旋して、伊福部を映画音楽家として東宝に入社させる予定だった。ところが、直前に(旧制)東京音楽学校の作曲科の仕事が決定し、伊福部は音大の先生となった。

しかし彼もこれをきっかけに、「銀嶺の果て」(1947年)で映画音楽に手を染める。「ビルマの竪琴」(56年)、「日本列島」(65年)、「十三人の刺客」(63年)といった音楽は、聴けば一発で分かる”伊福部節”といわれるトーンをもっている。それは彼が生涯頑なに”フリギア旋法”と呼ばれる音楽話法によって、重厚で民族的な音楽を作曲した結果であった。

2人の頂点は、図らずも1954年にやって来る。世田谷の東宝砧撮影所の正面玄関の左側には、早坂が担当した「七人の侍」(54年)の壁画、右側には伊福部が担当した「ゴジラ」(54年)の縫いぐるみが設置されている。これらは、東宝という会社を象徴するだけでなく、日本の映画音楽を席巻したこの2大巨頭を記念するオブジェなのだ。

戦後日本の映画音楽は、北海道から出て来たこの2大巨頭を両車輪として、進められていった。実際、この2人から教えを受けた弟子たちが、優秀な映画音楽を次々に生み出していくのである。

 

◆早坂の直弟子~佐藤勝

佐藤勝(1928~99)は、早坂に映画音楽を学ぶために入門した直弟子だった。早坂亡き後、「蜘蛛巣城」(1957年)や「用心棒」(61年)といった黒澤映画の音楽を、ダイナミックに書き上げた。また「肉弾」(68年)の岡本喜八や、「陽暉楼」(83年)の五社英雄とコンビを組んで、派手で明快な音色を使って、華麗な映像を彩った。

彼は映画音楽の道一筋を貫いた珍しい作曲家だ。「僕はアナタとかコナタとかソナタとかいうのは嫌いなんだよ」の言葉には笑ってしまう。同時に、「僕は映画を通して、音楽の大衆化運動をやってるんだ」の言葉は忘れられない。

 

◆伊福部の2人の弟子~黛敏郎と芥川也寸志

かたや、東京芸大における伊福部の直弟子は、黛敏郎(1927~97)と芥川也寸志(1925~89)だった。彼らは早坂の家にも足繁く通い、早坂の薫陶も受けている。パリ音楽院に留学した黛敏郎は、電子音楽による前衛音楽を次々に発表。「赤線地帯」(1956年)では、その前衛さ故に、映画評論家”津村Q”と論争し合った。

巨匠や新進監督たちは、この時代の旗手を次々に起用する、ジャズを巧みに使った「張込み」(1958年)、小津安二郎作品としては異色の音楽「小早川家の秋」(61年)、スケールの壮大な「黒部の太陽」(68年)…。最もよく知られた黛作品は「東京オリンピック」(68年)だろう。

忘れてならないのは「天地創造」(1966年)。彼の代表作「涅槃交響曲」のレコードを聴いて、ジョン・ヒューストン監督はハリウッド超大作の音楽を依頼してきた。

芥川也寸志の音楽は、リズミックで抒情的なところに特徴がある。五所平之助の「煙突の見える場所」(1953年)、市川崑の「野火」(59年)、森谷司郎の「八甲田山」(77年)、野村芳太郎の「鬼畜」(77年)など、センチメンタルともいえる情感を引き出して、日本人の感性に直接訴えてくる。

 

◆松村禎三と林光

東京芸大で学んだ松村禎三(1929~2007)も伊福部門下だった。「竜馬暗殺」(1974年)や「美しい夏キリシマ」(2002年)などの黒木和雄作品、「忍ぶ川」(72年)や「千利休・本覚坊遺文」(89年)などの熊井啓作品を一手に引き受け、琴線に触れるような繊細な音を創出している。

林光(1931~2012)といえば、新藤兼人監督とのコンビである。誰もが口ずさめるような歌を作ることを身上とし、なかでも「裸の島」(1960年)のメロディーは、海外にまでとどろいている。新藤作品以外では、「名もなく貧しく美しく」(61年)や「秋津温泉」(62年)の音楽が、きらめくように美しい。

 

◆現役の作曲家たち

池辺晋一郎(1943~)は、武満徹の門下である。「僕は若い時に、多くの天才監督と出会えて仕事ができた」と語っている。「復讐するは我にあり」(1979年)の今村昌平、「影武者」(80年)の黒澤明、「ひめゆりの塔」(82年)の今井正といった巨匠作品の音楽を若くして担当し、どんな作品でもソツなくこなす器用さを見せている。

その他、「飢餓海峡」(1965年)、「息子」(91年)の冨田勲(1932~)、「それから」(85年)、「不夜城」(98年)の梅林茂(1951~)、「失楽園」(97年)、「椿三十郎」(2007年)の大島ミチル(1961~)など、映像を引き立たせ、質の高い映画音楽を誕生させた作曲家を忘れることはできない。

文/西村雄一郎

(雑誌「モーストリー・クラシック 2016年2月号 vol.225」より)

 

モーストリー・クラシック 2016年2月号

 

Blog. 2015年「久石譲ファンサイト 響きはじめの部屋」アクセス・ランキング

Posted on 2016/1/3

2015年「久石譲ファンサイト 響きはじめの部屋」年間アクセス・ランキングです。

2015年も精力的活動を展開した久石譲。その最新情報から過去資料まで、当サイトもあらゆる切り口で久石譲の活動を収めつづけています。

2015年に検索された久石譲ファンの関心事ランキングともいえるラインナップです。日本国内のみならず世界各国からのたくさんのアクセスありがとうございました。今年2016年もさらなる久石譲活動に期待すると同時に、有益なサイトとなるよう追いかけていきます。

 

 

2015年アクセス・ランキング -総合-

TOP 1

Blog. 「かぐや姫の物語」 わらべ唄 / 天女の歌 / いのちの記憶 歌詞紹介

2014年も1位だったような。これは、いろいろなところでリンク貼っていただき、ご紹介いただいている結果です。

 

TOP 2

Disc. 久石譲 『Dream More』*Unreleased

2015年春発表。夏のお中元、冬のお歳暮まで、CM露出頻度高く一気にお茶の間に浸透していった作品です。「W.D.O. 2015 コンサート」でタイムリーに初披露されたことも勢いをつけました。

 

TOP 3

Blog. 「ふたたび」「アシタカとサン」歌詞 久石譲 in 武道館 より

1位同様、例年上位にランクインします。多方面で歌われている、歌いたい需要の現われでしょう。

 

TOP 4

https://hibikihajime.com/tag/concert/

このURLは、久石譲最新コンサート情報をまとめたインフォメーション・アドレスです。当サイトTOPページ中央に飛び込んでるスライド表示の1番目がこのURLにジャンプします。

 

TOP 5

Blog. 久石譲 初ジブリベスト 宮﨑駿×久石譲 30周年 CD発売決定!

「ジブリ・ベスト ストーリーズ」(2014)というベスト・アルバムの発売が決定した際、特集した内容だったと記憶しています。

 

TOP 6

Disc. 久石譲 『明日の翼』 *Unreleased

こちら潜在的常連、現時点ではCD化されていない幻の名曲として注目されつづけている作品。

 

TOP 7

Info. 2015/12/31 久石譲 「ジルベスターコンサート 2015 in festival hall」 開催決定!!

毎年多種多彩なコンサート活動を繰り広げている久石譲において、いかなるコンサートをもしのぐ「ジルベスターコンサート」への関心の高さ。「ジルベスターコンサート」にはいつもとは違うスペシャルな期待があるということでしょう。

 

TOP 8

https://hibikihajime.com/score/

久石譲監修、オフィシャル・スコア、オリジナル・エディションの楽譜を紹介したページです。

 

TOP 9

Blog. 久石譲 「楽譜紹介ページ」 久石譲監修オリジナル・スコア と 楽譜検索 まとめ

こちらも楽譜特集ですが、TOP8のオリジナル楽譜に絞らず、多種多様(楽器/難易度)なニーズに合わせた久石譲楽譜の探し方をまとめたページです。

 

TOP 10

特集》 久石譲 「Oriental Wind」 CD/DVD/楽譜 特集

久石譲の代名詞的作品のひとつ。

 

TOP 11

Info. 2015/Aug. Sep. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2015」「Music Future Vol.2」 コンサート開催決定!

コンサート・インフォメーション強し。2015年は「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ」が8年ぶりの全国ツアー6公演だったこともあり、日本各地から関心が高まりました。

 

TOP 12

特集》 久石譲 「ナウシカ」から「かぐや姫」まで ジブリ全11作品 インタビュー まとめ -2014年版-

いろいろなキーワードからこのまとめページに辿り着く方は多いようです。「秘話、意味、解説、楽器」など作品が誕生した裏側に関心を寄せいている人も多いという現われです。

 

TOP 13

https://hibikihajime.com/recentschedule/

最新(1年間)の久石譲活動をリスト化しまとめているページ、随時更新しています。目次・索引のような役割も持たせています。

 

TOP 14

Disc. 久石譲 『(みずほ)CM音楽』 *Unreleased

2015年の久石譲CM音楽において、「Dream More」と同じくらい人気を二分した作品。両作品とも公式動画が公開されているため動画紹介もしています。実際に視聴できるメリットは大きかったともいえます。特に海外の人が動画サイトで日本語検索することは至難のわざです、そういったポテンシャルも動画配信は担っていると思っています。

 

TOP 15

Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2015」 コンサート・レポート

公演約1ヶ月後にWOWOW放送されたことも影響し、今年下半期ロングテールでアクセスいただいたページです。

 

TOP 16

特集》 久石譲 名曲「Summer」 CD/DVD/楽譜 特集

こういった名曲たちと、最新CM音楽や最新オリジナル作品が総合ランキングに入るというのは、いかに久石譲音楽が時代をクロスオーバーしているかということの指標でもあり、常に第一線なんだなと思い知らされる凄みもあり。

 

TOP 17

Info. 2015/12/11,12 「久石譲 第九スペシャル 2015」コンサート開催決定!!

2年ぶりの「久石譲 第九」、さらにファンの間では人気の高い「Orbis」も新版として世界初演。プログラム予定がプレスリリースされたときからその期待度は高く維持していました。

 

TOP 18

https://hibikihajime.com/concert/concert2015/

コンサートのプログラム~アンコールまで、そのセットリストを記録したページです。2015年-が該当ページになりますが、もちろん1980年代から総力網羅しています。

 

TOP 19

Disc. 久石譲 『Orbis for Chorus, Organ and Orchestra』 *Unreleased

やはりこの作品への関心は高かった、2015年12月初演、1ヶ月弱で年間の上位にくるということは、、!?

 

TOP 20

https://hibikihajime.com/discography/discography2010/

ディスコグラフィーを年代ごとにまとめたページの2010年代にジャンプします。CD・DVD化された作品かつ久石譲名義のオリジナル・ソロアルバムから映画サウンドトラック盤まで。

 

 

 

2014年の年間アクセス集計と比較したときに、コンテンツとしても充実してきたなぁと感慨深いところもあり。まだまだ過去資料の整理が山積み、最新情報と並行しながら、残していく価値のある久石譲データベースを築いていくことを目指しています。

 

Related page:

 

Blog. 「久石譲 第九スペシャル 2015」「久石譲 ジルベスター・コンサート 2015」コンサート・レポート

Posted on 2016/1/2

2015年12月に開催された2企画、3公演のコンサート・レポートです。

久石譲が2年ぶりに「第九」を指揮する!「第九」のために捧げた序曲「Orbis」に新たな楽章をくわえ世界初演!

 

まずは、演奏プログラム・セットリストから。

 

久石譲 第九スペシャル 2015

[公演期間]久石譲 第九スペシャル 2015 チラシ
2015/12/11,12

[公演回数]
2公演
12/11 (東京 東京芸術劇場)
12/12 (神奈川 ハーモニーホール座間)

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:読売日本交響楽団
ソプラノ:林正子
メゾ・ソプラノ:谷口睦美
テノール:村上敏明
バリトン:堀内康雄
オルガン:米山浩子
合唱:栗友会合唱団 ※東京公演は一般公募のコーラスを含む

[曲目]
久石譲:
Orbis  for Chorus, Organ and Orchestra
オルビス ~混声合唱、オルガン、オーケストラのための
I. Orbis ~環
II. Dum fata sinunt ~運命が許す間は
III. Mundus et Victoria ~世界と勝利

-休憩-

ベートーヴェン:
交響曲 第9番 ニ短調 作品125 〈合唱付き〉
I. Allegro ma non troppo, un poco maestoso
II. Molto vivace
III. Adagio molto e cantabile
IV. Presto – Allegro assai

 

 

久石譲 ジルベスターコンサート 2015 in festival hall

[公演期間]久石譲 シルベスターコンサート 2015 in festivalhall
2015/12/31

[公演回数]
1公演 (大阪 フェスティバルホール)

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:日本センチュリー交響楽団
ソプラノ:林正子
メゾ・ソプラノ:谷口睦美
テノール:村上敏明
バス:妻屋秀和
オルガン:片桐聖子
合唱:大阪センチュリー合唱団 大阪音楽大学合唱団 ザ・カレッジ・オペラハウス合唱団 Chor.Draft

[曲目]
久石譲:
Orbis for Chorus, Organ and Orchestra
オルビス ~混声合唱、オルガン、オーケストラのための
I. Orbis ~環
II. Dum fata sinunt ~運命が許す間は
III. Mundus et Victoria ~世界と勝利

ベートーヴェン:
交響曲 第9番 ニ短調 作品125 〈合唱付き〉
I. Allegro ma non troppo, un poco maestoso
II. Molto vivace
III. Adagio molto e cantabile
IV. Presto – Allegro assai

 

 

同じ流れをくんだ「第九スペシャル 2015」「ジルベスター・コンサート 2015」は、プログラム構成も同一となっています。

 

会場にて配布されたコンサート・パンフレットから、久石譲のプログラム解説をご紹介します。

 

 

久石譲のプログラムノート

ベートーヴェン「第九」について

ベートーヴェンの晩年の大作である「第九」は、音楽史の頂点に位置する作品のひとつです。作曲家の視点から見ると、もうこれ以上は削れないところまで無駄を削ぎ落とした究極の作曲法です。そのスコア(総譜)が要求する音楽表現のレベルの高さを60分以上持続させるだけの緊張感が演奏では必要です。

これは僕個人の考えですが、「第九」の最大の特徴は第4楽章にあり、同時に最大の問題でもあった。それは第1~3楽章までと第4楽章では大きな隔たりがあるからです。もちろん声楽が入ることに起因しています。

今日ではマーラーなどの交響曲で声楽が入ることに何の抵抗もないのですが、当時約200年前の時代、それはあり得なかったことなのです。声楽はオラトリオやオペラなどのものであって、純器楽作品とりわけ交響曲に使用するなどと言うことは、サッカーを観に行ったら後半からラグビーになっていたくらいに違うことだった。いくらスーパースターの五郎丸が出場したとしても観客は戸惑います(実際はベートーヴェンの前に交響曲にコーラスを入れた例はあるのですが、今日ほとんど演奏されていない)。

では何故ベートーヴェンはそのアイデアに固執したのか?それは作曲家の直感だ! としか言えないのですが、冷静に見れば、第1~3楽章まではとてつもなく完成度が高い楽曲が続く。だが、決して聴きやすいわけではない。やはり重くて長い(僕は好きですが)それに続く第4楽章は? どういう楽曲を書かなければならないのか? それまでを凌駕するほどのアイデアが必要だ。悩みに悩んだ彼は閃いた「そうだ声を楽器として使おう!」

と言いたいのですが、実際は同時に声楽を使ったもう一つの交響曲を書こうとしていた。交響曲第10番に相当します。だが、さまざまな事情で頓挫してこの「第九」にそのアイデアが結集した。

おそらくその段階では論理的な整合性はそれほど考えていはいなかったと思います。誰も想像していないことを(その時代では)思いついたのはやはり天才たる由縁なのですが、大きな問題にも気づく。第1~第3楽章まで聴いてきた聴衆がいきなり第4楽章で合唱を聴いたらきっと戸惑うだろう。そのギャップに聴衆はこのが曲自体受け入れなくなるのではないか……ベートーヴェンは聴衆の反応を気にするタイプです。まあ多くの作曲家、演奏家は皆そうなのですが(笑)

そこで思いついたのが、第1~3楽章の主要主題を持ち出しては「これではない」と否定し、あの「歓喜の歌」を肯定する方法です。それによって唐突感を失くしているのです。これはシェークスピアの戯曲でもよく似た方法が使われています。本来あり得ない亡霊を登場させるために、あえてそれを皆の前で否定してみせる(そのことによって既成事実を作る)、あるいは噂話のようにさもありなんと匂わせることで、亡霊が出てもすんなり受け入れられる状況を作った。

本来作曲家のスケッチ段階のようなことを、あえてオペラチックな方法を用いてでも彼はやならければならなかった。逆にいうと、それをしてでも声楽を使うということに固執した。

だからそのような第4楽章冒頭のチェロとコントラバスのレシタティーヴォからバリトンの歌う導入部分を、まるでギリシャ神話の王様が出てくるように演奏するのに僕は抵抗があります。

実はこの演奏スタイルはワーグナーが始めた手法です。ワーグナーは長年埋もれていたこの楽曲を世間に広く知らしめた人です。持ち前の行動力でその再演を成功させるのですが、同時にスコアにかなり手を入れた。つまり書き変えた。当時はベートーヴェンの時代に比べて楽器の性能が飛躍的に進歩していたし、著作権という概念もなかったので、他の人の楽曲に手を入れることなど当たり前なことだった。そのうえ、自らの楽劇に近い強引な解釈で指揮をした。それが今日、とりわけ日本で定着した「ギリシャ神話の王様」のような第4楽章なのです。

それはそれで偉大なワーグナー伝来の手法なのでいいのですが、僕はもっとベートーヴェン自身が頭をかきむしりながら「あれも違う、これも違う!」と部屋をうろつきまわる生身の姿にしたいと考えています。

ゲーテの回想録に出てくるのですが、ある日偶然にベートーヴェンと出会った。そのとき、話題が夏の避暑地のことになり、その場所がお互いに近いことがわかって、ゲーテはなかば社交辞令のように「近くにお越しの節は…」と話したら彼が本当に来てしまった。だが、気難しく自分のことしか話さない彼に辟易した、と書いてあります。僕はこの話がとても好きです。それは「作曲家なんてみんなそんなものだ」と思っているからです(笑)

ですが、高邁な精神を持っていることと現実の生身の人間は同じ人間でも違う。その意味では「ギリシャ神話の王様」も当然あり得るのですが、高邁な精神を書き綴ったものが譜面、つまりスコアです。それを出来るだけ虚飾を取り払い忠実に演奏しようというのが、今回の意図です。つまり何もしない、ベートーヴェンが考えたことを作曲家の視点からできるだけ忠実に再現したいと考えています。

それにしても最大の問題を最大の長所(特徴)に変えたベートーヴェンはやはり偉大です。

実は他にもたくさん「第九」には不都合な場所、整合性が取れていないところがあります。今日多くの優れた指揮者がそれに対する答えを用意して、それぞれの「第九」に挑戦していますが、まるで「答えのない質問」をベートーヴェンから突きつけられているか、のようです。

僕の指揮の師匠である秋山和慶先生はすでに400回以上「第九」を指揮されていますが、それでも「毎回新しい発見があるんですよ、だから頑張ろうと」と仰っています。「第九」はその深い精神性を含めて表現しようとする指揮者、演奏家にとって永遠の課題なのかもしれません。

参考文献
*『ベートーヴェンの第9交響曲』ハインリヒ・シェンカー著(音楽之友社) *『楽式の研究』諸井三郎著(音楽之友社) *『《第九》 虎の巻』曽我大介著(音楽之友社) 他

 

新版「Orbis」について

2007年に「サントリー1万人の第九」のための序曲として委嘱されて作った「Orbis」は、ラテン語で「環」や「つながり」を意味しています。約10分の長さですが、11/8拍子の速いパートもあり、難易度はかなり高いものがあります。ですが演奏の度にもっと長く聴きたいという要望もあり、僕も内容を充実させたいという思いがあったので、今回全3楽章、約25分の作品として仕上げました。

しかし、8年前の楽曲と対になる曲を今作るという作業は難航しました。当然ですが、8年前の自分と今の自分は違う、作曲の方法も違っています。万物流転です。けれども元「Orbis」があるので、それと大幅にスタイルが違う方法をとるわけにはいかない。それではまとまりがなくなる。

あれこれ思い倦ねていたある日の昼下がり、ニュースでフランスのテロ事件を知りました。絶望的な気持ち、「世界はどこに行くのだろうか?」と考えながら仕事場に入ったのですが、その日の夜、第2楽章は、ほぼ完成してしまった。たった数時間です。その後、ラテン語の事諺(ことわざ)で「運命が許す間は(あなたたちは)幸せに生きるがよい。(私たちは)生きているあいだ、生きようではないか」という言葉に出会い、この楽曲が成立したことを確信しました。だから第2楽章のタイトルは日本語で「運命が許す間は」にしたわけです。何故こんな悲惨な事件をきっかけに曲を書いたのか? このことは養老孟司先生と僕の対談本『耳で考える』の中で、先生が「インテンショナリティ=志向性」とはっきり語っている。つまり外部からの情報が言語化され脳を刺激するとそれが運動(作曲)という反射に直結した。ちょっと難しいですが、詳しく知りたい方は本を読んでください。

それにしても不思議なものです。楽しいことや幸せを感じたときに曲を書いた記憶がありません。おそらく自分が満ち足りてしまったら、曲を書いて何かを訴える必要がなくなるのかもしれません。

第3楽章は「Orbis」のあとに作った「Prime of Youth」をベースに合唱を加えて全面的に改作しました。この楽曲も11/8拍子です。

ベートーヴェンの「第九」と一緒に演奏することは、とても畏れ多いことなのですが、作曲家として皆さんに聴いていただけることを、とても楽しみにしています。

平成27年12月6日 久石譲

(久石譲によるプログラムノート 「久石譲 第九スペシャル 2015」コンサート・パンフレットより)

 

 

久石譲の指揮で第九が聴ける!ということだけでも待ち望み、また公演を満足された方も多かったようです。テンポは近年傾向なのかやや速め、縦のラインをそろえた演奏が印象的でした。久石譲の言葉にもあるとおり、余計な解釈や誇張による横揺れする表現ではなく、各パートスコアに忠実な縦(拍子)をロジカルに表現した演奏とでもいうのでしょうか。またアクセントを拍子の頭やフレーズの頭で際立たせていたのも印象的でした。それもベートーヴェンという作曲家の作家性、リズムに重きを置いた作風をしっかりと具現化した表れなのでしょうか。理解度が浅いため、疑問符でとめる書き方になりすいません、演奏からの所感です。

指揮者のみならず聴く側にとっても「毎回新たな発見がある《第九》」です。頂点に君臨する作品だからこそ、一筋縄ではいかない、簡単にこうだよねと結論を出せない、奥深い魅力だと思います。

クラシック通には、もしかしたら第4楽章があることで邪道となった交響曲という見方もあるのかもしれませんが、あのシンプルで強い「歓喜の歌」はやはり世界共通旋律だなと改めて圧倒されました。なぜ現代でも愛され続けているのか?あのメロディの親しみやすさにあることは間違いないと思います。もしかしたらあの第4楽章は、クラシック音楽とポップス音楽の橋渡しになっている、ジャンルの垣根を越えたボーダレスな響き、なのかもしれません。

第1~4楽章という作品の流れにおいては整合性はないのかもしれませんが、第九~ブラームス~マーラー/ワーグナー~ロック/ポップスという時代の流れにおいては整合性がある、みたいなことを感じたわけです。やはり重要な作品をあの時代にベートーヴェンが遺した功績は大きいですね。

 

 

「新版Orbis」、新たに第2~3楽章が書き下ろされ世界初演。この作品に関しては、公演終了後まもなく先に記しましたので、そちらをご参照ください。久石譲に関心をおいたときには、もちろんこちらのほうがメインであり、一大ニュースです。

あえて取りたてて言うならば、「第九」と並列させて同一プログラム内に演目を置く。久石譲本人は例えばそれを「挑戦」と控えめに表現するかもしれませんが、対等に聴かせてしまう作品力と創作性は、聴き手として周知しておくべきことかな、と思います。

クラシック交響曲の頂点「第九」と、自作を並べてコンサートを成立させ得る作曲家は、なかなか、なかなか見渡してもいないのではないでしょうか。

Disc. 久石譲 『Orbis ~混声合唱、オルガンとオーケストラのための~ 新版』 *Unreleased

注)
ブログ項とは異なり、ディスコグラフィーでの作品紹介項では、断定口調を使用しています。読み苦しい点予めご留意ください。

 

久石譲 第九スペシャル 2015

 

久石譲 シルベスターコンサート 2015 in festivalhall