Disc. 久石譲 『TBS系 日曜劇場 この世界の片隅に オリジナル・サウンドトラック』

2018年8月29日 CD発売 UMCK-1606

 

TBS系 日曜劇場 「この世界の片隅に」
原作:こうの史代
脚本:岡田惠和
演出:土井裕泰、吉田健
音楽:久石譲
出演:松本穂香、松坂桃李、村上虹郎、二階堂ふみ、尾野真千子、伊藤蘭、田口トモロヲ 宮本信子 他
放送期間:2018年7月15日 ~ 2018年9月16日(全9回)

 

 

ヒロイン・すずを演じる松本穂香が歌う「山の向こうへ」(作詞:岡田惠和 作曲:久石譲)を含むドラマを彩る音楽が収録されたオリジナル・サウンドトラック。

劇中歌「山の向こうへ」は8月12日先行配信リリースされる。

 

 

■ 久石譲コメント

このお話をいただいて原作を読み「あ、いい話だな」と思いました。監督やプロデューサーとの最初の打ち合わせでもありましたが、“すずのやさしさ”を感じられる音楽にしたいと思い、久しぶりにメロディを中心に作っていきました。昭和の時代ですから、ちょっと日本的なものとモダンなものがうまく組み合わされるといいなと思い、そのあたりも意識しました。呉や尾道、広島はよく行っていましたので、雰囲気はよくわかります。そういう点は少し影響があるかもしれませんね。自分としてはとても満足した仕上がりになっています。

私が音楽を提供して、その作品ができ上がって、うまく見てくれる人に伝わる、その手助けになればいいなと思います。

 

 

■ 松本穂香コメント

レコーディングは初体験なので、すごくドキドキしました。終わってほっとしました(笑)。

久石さんの曲と岡田さんの歌詞がとても合っていて、すずさんたちが暮らしている広島の江波や呉のちょっと昔の風景がふっと浮かぶような、優しい歌だなと思いました。

何度か歌わせていただいたのですが、最後のほうは、スタッフさんやみんなの顔を思い浮かべながら歌いました。歌っていて自分自身、優しい気持ちになれました。

久石さんが作ってくださった曲も、ドラマ全体の雰囲気も、とても優しく穏やかな時間が流れています。ぜひ、この歌を聞いて、ドラマもご家族そろって見ていただきたいです。

 

 

■ 佐野亜裕美プロデューサーコメント

子守唄のようにも、わらべ唄のようにも、労働歌のようにも聴こえる、ドラマオリジナルの劇中歌をつくりたい、その想いからスタートしました。

久石さんが素晴らしい曲をつくってくれ、岡田さんが素敵な詞をつけてくれました。松本穂香さんが一生懸命歌ってくれました。

この歌が皆さんの心に残って、いつまでも響いてくれるといいなと思います。

 

 

 

久石譲曰く「メロディを中心に作った」とあるとおり、とても親しみやすい聴いていて心おちつく楽曲が並んでいる。素朴なメロディを活かした素朴な音色たち。フルオーケストラではない小編成アンサンブル編成をとりながら、ティン・ホイッスルやリュートなど印象的な楽器が世界観をつくりあげる大きな効果になっている。また楽器そのものの音(音色ではなく楽器が音を出すためにうまれる音)がしっかり入っているものいい。呼吸感や空気感のようなもの音が生きている。ちゃんと存在している、だからこそリアルさが迫ってきてさらにせつない。

メロディを最大限活かすために、久石譲の持ち味のひとつ緻密な音楽構成がこの作品では極力おさえられている。メロディと複雑に絡み合う複数の対旋律を配置することなく、あくまでもメロディが浮き立つように構成されている。

また見逃してはいけないのが、通奏和音が少ないということ。わかりやすくいうとコード進行やコード展開をなるべく印象づけない方法がとられている。ストリングスでずっとハーモニーが鳴っている、ベース低音通奏と合わせて和音になる、これらを避けている。音楽としてはシンプルで余白のある聴き手がそのスペースにすっと入っていける心地よさがある(前のめりな音楽ではなく)。またメロディやひとつひとつの楽器を浮き立たせる効果もある。映像と音楽がうまく絡み合う効果もある。もっと突っ込んで考えてみると、テレビドラマ音楽に必要な切り取り使用つまり楽曲をあてる編集がしやすい。場合によっては数秒・数十秒しか使われないそのシーンにつけるドラマ楽曲。小節にしたら4小節から10小節程度ということもある。でも、この作品の楽曲たちはミニマル・ミュージックではなくメロディ中心。和音やコード進行といったハーモニー感を極力おさえることで、曲が展開している途中で楽曲が切り取られたという印象を与えない。このことに集中してドラマを見返してみたけれど、あれ、曲がぶつっと切れたなと思った箇所はほとんどない。

もっと言う。でもメロディがしっかりしているなら、メロディが途中で切れたっていう印象は受けるのでは? そう思って聴き返す。「この世界の片隅に」「すずのテーマ / 山の向こうへ」を例にとっても、なるほどすごい!メインテーマ「この世界の片隅に」は、ABCというシンプルなメロディ構成になっている。Aパートが1コーラスだけ流れることもある。Bももちろん。注目したのはメロディの最後の音、旋律の流れを追うと音が上がっていかない。音が駆け上がっていく旋律であれば、次に続いていく印象をうけるし、音が下がって終わっていれば一旦ここでひと呼吸、終われます着地できますとなる。挿入歌にもなっている「すずのテーマ / 山の向こうへ」は、ABというシンプルなメロディ構成で、これまたサビ(B)に行くまえのメロディの音は下がって終わっている。さあ、ここから盛り上がりますよ、という音が駆け上がってはいかないし膨らみを助長しない(伴奏もふくめて)。そんななか、二楽曲ともちゃんと盛り上がって終わりましたという印象を受けるのはCとサビ(B)がしっかり音域が高く広がって終わっているから。そう、どこを切り取られれても大丈夫なメロディ展開になっていたのは、パートごとに一旦ここでひと呼吸終われますよ着地できますよ、というかなり高度なテクニックがあったからではないか、そんな発見ができたならうれしい。

シンプルで素朴、高揚感をおさえる、聴き手に押し売りしない寄り添ってくれる音楽たち。この作品の音楽的世界観は、楽器や音楽設計によるものだけではない、メロディ一音一音に、パートごとの終止音となめらかなパートつながりによって成立している。

これはおそらく過去の久石譲テレビドラマ音楽とは一線を画する。24年ぶりのテレビドラマ音楽担当、その音楽的進化は計り知れない。なぜ今回この仕事を引き受けたのか。劇伴になりやすい(短い尺・効果音のような使われ方)、切り取られる編集に不満、そのくせ楽曲必要数が多い。以前なら頭をもたげていた懸念材料に自ら解決策を導きだしたという進化。ドラマ音楽につきまとう問題を払拭し見事クリアしてみせる技と自信があったから、テレビドラマ的使われ方をしたとしても”久石譲音楽”としてしっかりと世界観を演出できるという確信があったからだと思うと、末恐ろしくふるえる。ほかのテレビドラマ音楽にはない画期的な職人技。映画『かぐや姫の物語』やゲーム『二ノ国 II レヴァナントキングダム』などの音楽を経てその点と点がつないでいる線であるように思う。

 

「平和な日々」、軽快でコミカルな楽曲。重くなってしまう作品の世界を緩和するだけでなく、そこにはその時代活き活きと生活している人たちが確かにいた、ということを示してくれる。こういったサントラのなかでは味つけ的な楽曲も、場面やシーンの空気感や温度感によって、どの部分を切り取って使われてもいいように、楽器変え変奏まじえ、短いモチーフが効果的に展開している。

「愛しさ」、主要テーマ「すずのテーマ」の変奏版ともとれる双子性ともとれる楽曲。ドラマでどういった場面や人によく使われていたかあまり覚えていないが、すずに使われていただろうかリンに使われていただろうか。人物としての共通性や二面性、どちらがどちら側になってもおかしくなかったその時代の表裏一体。愛しさと哀しさが溢れてくる楽曲。

「不穏 ~忍び寄る影~」、とても重厚な楽曲だが、序盤の数小節だけ巧みに使われるなど、こちらもシーンによってうまく活用できる構成。また「不穏  <打楽器&弦バージョン>」は、打楽器パートだけを効果音のように使い良い意味での無機質・無表情な印象づけをしながら、緊迫感・緊張感・不穏な予感の演出に一役かっていた。映画『家族はつらいよ』シリーズ(山田洋次監督)の音楽でも随所に見られる、パーカッションを効果音のように使いながら旋律をもった楽曲として成立させる手法のひとつ。

「すずのテーテ / 山の向こうへ」、いろいろなバリエーションで聴くことができる主要曲。口ずさみたくなるような、鼻歌で歌いやすい音域で旋律流れるAメロと、感情をこめて歌いうたいあげたいBメロ(サビ)。このふたつの構成のみという潔いシンプルさながら、胸うつせつなさや印象に残るインパクトはすごい。誰が聴いても日本的、昭和の日本を感じるのはなぜだろう。ここあるのはザ・久石メロディと言われるもの、これこそが久石譲が長い年月培ってきたアイデンティティのひとつ。裏を返せば、「風のとおり道」も「Oriental Wind」も、久石譲が紡いできたメロディこそが日本人の涙腺にふれる日本的なものである、と言えてしまうことになる。またこの楽曲では、メロディとかけあう対旋律に五音音階的なフレーズを配置することで、モダンさを巧みに演出しているように思う。

 

テレビドラマに使われてサウンドトラック盤未収録の楽曲もある。「山の向こうへ  <インストゥルメンタル・バージョン>」に近いバージョンだが、ピアノとギターのみで2コーラス奏される。1コーラス目はピアノメロディ、2コーラス目も1オクターブ高くピアノメロディ。第4話中盤、第5話冒頭、第6話序盤、第7話終盤、第8話終盤、第9話序盤。短縮なしで一番たっぷり聴けるのは第6話。「山の向こうへ  <インストゥルメンタル・バージョン>」の冒頭部に近いけれど、譜面の上で他楽器を抜いてピアノとギターだけにしたというものではなく、メロディも伴奏も奏で方が異なる。短いシンプル曲だけど、サントラ完全収録してほしかった一曲。

 

この音楽作品をレビューするにあたって、聴いてうける感情や印象をどう分解できるのか、どう言葉で表現できるのか。少しマニアックに掘り下げたところもあるけれど、それはひとつの回答。頭で聴く音楽の楽しみ方もあるし新しい発見や聴こえ方もある。でも、純粋に心で聴いて素晴らしい音楽。

 

 

公式ピアノ楽譜集も発売される。

 

 

 

1. この世界の片隅に ~メインテーマ~
2. 平和な日々
3. 絆
4. すずのテーマ
5. 家族
6. この世界の片隅に ~時代の波~
7. 愛しさ
8. 不穏 ~忍び寄る影~
9. すずのテーマ ~望郷~
10. 愛しさ 2
11. 恐怖
12. 山の向こうへ  <インストゥルメンタル・バージョン>
13. 不穏  <打楽器&弦バージョン>
14. この世界の片隅に  <ピアノソロ・バージョン>
15. 山の向こうへ (唄:松本穂香)
ボーナストラック
16. 山の向こうへ  <カラオケ>

 

All Music Composed, Arranged and Produced by Joe Hisaishi

Conducted by Joe Hisaishi

Performed by
Flute:Mitsuharu Saito
Oboe & English Horn:Ami Kaneko
Clarinet:Hidehito Naka
Bassoon:Tetsuya Cho
Horn:Yoshiyuki Uema
Trumpet:Kenichi Tsujimoto
Trombone:Hikaru Koga
Timpani:Atsushi Muto
Percussion:Akihiro Oba
Harp:Kazuko Shinozaki
Piano, Celesta & Solo Piano:Febian Reza Pane
Lute:Hiroshi Kaneko
Tin Whistle:Akio Noguchi
Guitar:Go Tsukada (Track-15,16)
W.Bass:Yoshinobu Takeshita (Track-15,16)
Strings:Manabe Strings

Recorded at Victor Studio, Bunkamura Studio
Mixed at Bunkamura Studio
Recording & Mixing Engineer:Hiroyuki Akita

and more…

 

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