Blog. 「キーボード・マガジン Keyboard magazine 1988年8月号」久石譲 『Piano Stories』紹介内容

Posted on 2019/07/01

音楽雑誌「キーボード・マガジン Keyboard magazine 1988年8月号」に掲載された内容です。オリジナル・アルバム『Piano Stories』発売の紹介になっています。

 

 

自分の音楽の原点に戻りピアノでアルバムを作った

ZTTの本拠地サーム・ウェストと東京の大平スタジオでレコーディングされた久石譲のアルバムがリリースされた。タイトル通り、ほとんどの部分がピアノで演奏されているこの作品のコンセプトは、「フェアライト等を使ってサウンド・クリエイターとして仕事をしていると、そんなに良くない楽曲でもそれなりに聴かせられてしまう……それに自分としてもやや食傷気味だったし、音楽の”シン”の部分、原点にもどってみようと思った」ことで、シンプルなピアノの響きの美しさが印象的だ。このアルバムを聴きはじめて感じるのは”タッチの強さ”。アルバム中4曲はサーム・ウェストのMIDI付きベーゼンドルファー(MIDIは使用していない)を使用しており、このピアノは非常にタッチの重いものらしいのだが、彼は元来タッチの強いタイプで、ピアノやエレピをガタガタにしたこともあるそうだ。彼の「バルトークのようにピアノを打楽器としてとらえている」タッチは、友人から譲り受けた古いCPで養成されたという。「普通の人だとスケールを弾けないような重さの鍵盤で作曲をしていたら、自然にタッチが強くなった」そうで、メロディとしての表情を追求するためにも、もっとピアノを練習したいとのこと。アルバムで演奏されている曲は、「Wの悲劇」、「Laputa」、「Nausicaä」…などの、サントラ用に制作されたもので、”架空のサウンド・トラック”というイメージでそれらが集められ、再構成されている。これらサントラの曲は「台本を読んだときに6割ぐらいはできあがっている」そうで、「その映画のカット割りのテンポ感を読み間違えなければ、映像と音が対等でいられる」というのが彼のサウンドの秘密のひとつでは? ただし結果的に映像が浮かびやすい音楽にはなっているとしても、映像を浮かべて曲を書く姿勢はとったことはないそうで、「音楽は音楽だけで雄弁に物を語らなくてはいけない。映像がつなかいと持たないような音楽は音楽とは思っていない」と断言していた。いわゆるニュー・エイジ・ミュージックも、「主役のいない音楽のようで好きではない。もともとニュー・エイジというのは意味が違う……完全なヤッピーのための、ビタミン剤の横に置かれる音楽ということですからね」と否定的だ。彼のこのアルバムに聴かれる強烈なタッチは、あるいは彼のこうした姿勢を反映しているのかもしれない。

このアルバムは、IXIAレーベル第1弾としてリリースされる。このレーベルは、「日本に欠けている良質のポップス、家で聴ける音楽の提供」をテーマにしており、8月にリリースされるCDでは、彼のボーカル(!)も聴ける。「普通のポップスのラブ・ソングで、OLのお姉さんが聴いても”素敵ね”っていわれて、プロが聴くと実はものすごく高度なことやっている」という音楽を理想としたということで、これはかなり面白そうだ。この作品には多数のゲストもフィーチャーされ、ジャンルの枠を越えたものになりそう。彼の得意とする弦のアレンジも「意識的に欠けた部分を作り、全体のサウンドの中に入ったときに良く響くようにした」そうで、彼の従来の作品とも一味違うサウンドが期待できる。このレーベルからは、これからも「アッと驚くようなアーティストが登場します!」ということなので、こちらの方も期待したい。

(キーボード・マガジン Keyboard magazine 1988年8月号 より)

 

 

久石譲 『piano stories』

 

 

Info. 2019/06/28 「海獣の子供 公式ビジュアルストーリーBook」発売決定 【6/28 Update!!】

6月28日(金)に、「公式ビジュアルストーリーBook 海獣の子供」の発売が決定しました。

映画公式HPで公開され話題を呼んだ 主題歌・米津玄師と原作・五十嵐大介の対談、そして五十嵐大介が自ら制作現場に赴き、芦田愛菜のアフレコ現場や、久石譲の音楽収録現場など模様を描いた「制作現場ルポ漫画 」は必見です。 “Info. 2019/06/28 「海獣の子供 公式ビジュアルストーリーBook」発売決定 【6/28 Update!!】” の続きを読む

Info. 2019/05/24 「コントラバス協奏曲」石川滋さん インタビュー動画配信『プロの会話を盗み聴き』【6/19 Update!!】

Posted on 2019/05/17

久石譲「コントラバス協奏曲」(2015)ソロ・コントラバス奏者の石川滋さんらをフィーチャーしたインタビュー企画です。とても楽しみにしています。ぜひご覧ください。 “Info. 2019/05/24 「コントラバス協奏曲」石川滋さん インタビュー動画配信『プロの会話を盗み聴き』【6/19 Update!!】” の続きを読む

Info. 2019/06/14 映画『海獣の子供』久石譲メイキングインタビュー 動画公開

映画『海獣の子供』の音楽を担当している久石譲。そのオフィシャル・メイキング・インタビューが公開されました。レコーディング風景をまじえながら、本作品について語っています。ぜひご覧ください。 “Info. 2019/06/14 映画『海獣の子供』久石譲メイキングインタビュー 動画公開” の続きを読む

Disc. 久石譲 『海獣の子供 オリジナル・サウンドトラック』

2019年6月5日 CD発売 UMCK-1626

 

2019年公開映画『海獣の子供』
原作:五十嵐大介「海獣の子供」
監督:渡辺歩 
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師「海の幽霊」

 

五十嵐大介によるマンガ「海獣の子供」が長編アニメーションとして映画化。2019年6月7日公開。約150館規模。「マインド・ゲーム」「鉄コン筋クリート」などで知られるSTUDIO4℃が制作を担当。本作は他人とうまく接することができない中学生の少女・琉花が、ジュゴンに育てられた不思議な2人の少年、“海”“空”と出会う海洋ファンタジーだ。第38回日本漫画家協会賞優秀賞、第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を獲得している。

音楽は日本国内外を問わずグローバルに活躍する久石譲が担当。この映画を鮮やかに、そして深海の様に神秘な音で彩る。

<CAST>芦田愛菜(安海琉花)、石橋陽彩(海)、浦上晟周(空)

(UNIVERSAL MUSIC JAPAN メーカーインフォメーションより)

 

 

■ 久石譲コメント

この映画の面白さは、ストーリーとして予測できないところにあります。哲学的であるともいえます。全編を通してミニマルミュージックのスタイルを貫いたので、映画音楽としてはかなりチャレンジをしたと思います。
宇宙の記憶の息遣い、生命の躍動感など見る人のイマジネーションを駆り立てる作品です。音楽と映像によって見る人の感覚が開放されて楽しめることを期待します。

出典:「海獣の子供」公式サイト|NEWSより

 

■スタッフ メディアインタビューより

渡辺監督は「久石さんは最初の話し合いの時点で原作を読み込まれて、イメージを掴んでいらっしゃっていて、『シーンや心情に寄り添って、ストーリーを煽るような音楽よりは、ちょっと客観的なもの。それだったらできる』とおっしゃっていたんです。僕も久石さんが初期に作られていたような、ミニマル・ミュージックな路線でいけたらと思っていたから、それがうまく合致した」とやり取りを明かし、「久石さんとしても挑戦的な、久しぶりというより新しい扉をもう一度開きなおすような意気込みで臨まれた」とコメント。また最初に久石から音楽のスケッチを受け取ったときのことを「フィルムに一気に色が増すような感動を覚えました」と話し、「その感動が皆さんにも伝わっているとうれしい」と客席に笑顔を見せる。

出典:「海獣の子供」ワールドプレミア、総作画監督&CGI監督は“作画とCGとの境目”に自信|コミックナタリー より抜粋
https://natalie.mu/comic/news/332061

 

 

-そうしてできあがった映像をごらんになった、五十嵐先生の感想をお聞きしたいです。

五十嵐 完成に近い映像を見せていただいたのは、音楽収録の時ですね。映像を流しながら演奏するということで、見学にお邪魔したのですが……久石譲さん指揮の生演奏と合わせて観たということもあって、震えるような衝撃を受けました。もちろん、絵の密度や色彩も素晴らしかったのですが、細かい演出にも感心させられました。とにかく全てがすばらしかったです。

-久石譲さんのお名前が出てきたところで、音楽についてもお聞きしたいです。久石さんの参加は、どういったきっかけで実現したんでしょうか。

渡辺 いやあ、ダメ元ですよ(笑)。元よりファンだったこともあって、「もしできるのであれば」と相談したところ、さまざまな方のご協力もあって、奇跡的に実現することができました。

五十嵐 いや、震えましたね。素晴らしい音楽でした。

渡辺 実は久石さん、顔合わせの段階で、原作を深く読み込んできてくださったんですよ。それで「この作品には完全に感情に寄り添うような音楽ではなく、客観的な音楽の方が情感が引き立つのではないか」とご提案くださって……。私も同様のイメージを持っていたので、とても感激いたしました。『海獣の子供』は、そうした劇伴、効果音や声も含め“音の映画”としても魅力的だと考えています。

出典:【es】エンタメステーション|海獣の子供インタビュー より抜粋
https://entertainmentstation.jp/446925

 

 

久石譲音楽についてのスタッフコメントや、主題歌「海の幽霊」/米津玄師についてなどはこちらをご参照ください。

 

久石譲インタビューは「劇場用パンフレット」に1ページ収載されています。

 

 

「今なんか、もうこういう電気機材がすごい発達してるから、もういくらでも細かくやってほとんど音楽がハリウッドでもそうですけど効果音楽になっちゃってるからね、効果音の延長になっちゃってるからね。そのてのつまんないものはね、やっても仕方がないんで。自分が想像してる以上に、世界はソーシャルメディアで変革されてきすぎっちゃってるんですね。そういうなかで結局、映画という表現媒体のなかで、アニメーションというものが持ってるものと、例えばゲームとかね、そういうものが持ってる力を、もう過小評価してはやっていけないだろうと。表現媒体に対する制作陣が昔のイメージで凝り固まって、作品とはこんなもんだっていうことで作っていくやり方が、もう時代に合わない。やはりアニメーションというのはある種の可能性があるわけだから、それをもっと若い世代の人とやっていく、あるいはその時に自分も今までの音楽のスタイルではないスタイルで臨む、今回みたいにミニマルで徹するとかね。そういう方法で新しい出会いがあるならば、これは続けていったほうがいいなあ、そういうふうに思います。」

「観る人のイマジネーションをきちんと駆り立てる。だからそれをアンテナを張ってればこれほどおもしろい作品はない。だからこれでたぶん1回観た2回観た、なんかそうするとちょっと別の景色が見えてきて。変に感情的に訴えかけてくるんではないんだけども、なんかそのなかで自分の感覚みたいなものが開放されたときに、ああこの映画に出会ってよかったって思える、そういう作品だと思います。」

Info. 2019/06/14 映画『海獣の子供』久石譲メイキングインタビュー 動画公開 より抜粋)

 

 

「スタイルとしては、徹底的にミニマル・ミュージックで通しています。一昨年からのNHKのドキュメンタリー(『シリーズ ディープ・オーシャン』)や去年、プラネタリウム(コニカミノルタプラネタリア TOKYO)の音楽を書いた頃から「この作品はミニマルでいける」と思ったら、ミニマルでブレずに書くようにしているんです。映画音楽では、メロディがあって、ハーモニーがあって、リズムがあるという手法が通常なんですけど、そういうスタイルから離れてもっとミニマル作曲家として先をいきたかったんです。ミニマルは変化が乏しくなってしまう可能性がありますけれど、多少コミカルに、エモーショナルになってもスタイルを変えずに最後までできたという点で、個人的にはとても満足しています。」

「シンセサイザーも使っていますが、そんなに分厚くしていない室内楽の形をとりつつ、それでいてしっかり鳴る方法をとっています。ハープや鍵盤楽器の響きを大事にしているところを含めて、最近の自分のやり方を通している感じですね。音色がカラフルに飛び込んでいくようになっているといいなって思っています。」

Blog. 「海獣の子供 公式ビジュアルストーリーBook」 久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

 

 

ここからレビュー。(2019.6.11 記)

 

久石譲の今の音がつまった、ミクロマクロの音楽設計図

こんなにも新鮮な感動につつまれた幸せ。思い返せば、この新鮮さは”点”ではない。『NHKスペシャル シリーズ ディープ オーシャン』や『プラネタリアTOKYO To the Grand Universe 大宇宙へ』でミニマル・ミュージックを軸に貫いた音楽。その流れの先にあるのが本作『海獣の子供』音楽になっている。しかし、挙げたふたつの作品はいずれも今現在未CD化、ようやく久石譲の今の音がつまったエンターテインメント作品が手元に届けられた感動はひとしお。

2013年公開スタジオジブリ作品『風立ちぬ』『かぐや姫の物語』以来6年ぶりの長編アニメーションの音楽を手がけた本作。定着したジブリ音楽カラーがあるならば、同じアニメーション映画でも振りきりよく裏切ってくれている。一方で、小西賢一(キャラクターデザイン・総作画監督・演出)は『かぐや姫の物語』作画監督など、笠松広司(音響監督)は『崖の上のポニョ』『風立ちぬ』音響監督など、ジブリとゆかりのあるスタッフも多い。久石譲音楽をわかっている、音楽の見せ場や聴かせどころを尊重してくれるスタッフが多く関わった作品とも言えるかもしれない。

空間と時間を飛び越えるようなスケールの大きい音楽世界。無限の広がりとループ。ミニマル・ミュージックでありながら、淡白で無機質なくり返しではない、エモーショナルで有機的な結びつきによる音楽。実写やアニメーションというジャンルを超えたところにある、新しい映画音楽のかたち。久石譲の新しい到達点であり、いまなお進化しつづけているその瞬間を見せつけられた高揚感と清々しい気分でいっぱい。

 

予告1・特報1・特報2で使用された楽曲は「星の歌」「孤独な世界」「海」、そのまま使用しているものもあれば、加工編集しているものもある。

 

全体をとおして。

神秘的で色彩豊かな音楽世界。小編成オーケストラにシンセサイザーの混ぜ合わせ。おそらく生のオーケストラにほぼシンセサイザーの音も重ねていると思う。弦楽+シンセストリングスというように。これは生オーケストラのみのソリッドさよりも、広がりをもたせる効果を狙っていると思われ、シンセサイザー特有の音もあるなか、ひょっとしたら5:5くらいの混ぜ具合かもしれない。そのくらいの新しい感覚をおぼえる。

本編111分、音楽43分。映像の3分の1に音楽を配置したことになる。収録曲のいくつかは、別シーンでも使用されていたり(Track2.3.など複数登場する)、楽曲の一部パートを巧みに配置しているシーンもある。メロディー重視ではないミニマル・モチーフで構成された楽曲群だからこそ、切り取り感のない音楽をすっと映像や時間になじみこませる。

CGと手描き、生楽器とシンセサイザー、映像も音楽もアナログとデジタルの混合で、浮いてしまうことなく密着し融合している。効果音やセリフとの折り合いもよく、音響SEから音楽へのスムーズな流れ、クライマックスは映像×音楽のダイナミックなコラボレーション。サウンドトラック時間以上に、音楽がのこすインパクトは圧倒的な映像美と堂々と対峙している。さながら音楽映画の要素をおびた印象をも与えてくれる。

 

以下は、収録曲をフラットに並べて、久石譲の音楽設計図を紐解いてみたい。

音楽を中心に置いているけれど、どうしても必要な箇所は、原作からの引用(【 】)をしています。あくまでも個人の見解です。これを見てくれた人から新しい発見や声があるとうれしいです。

 

1. ソング
7. 宇宙の記憶
15. 空との別れ
18. 宇宙の誕生
19. 生命の理由
23. 海との別れ
一番多く登場するモチーフで作品の世界観につけたメインテーマといえる。「1.ソング」幻想的で一気に引き込まれる。「7.宇宙の記憶」しっかりとモチーフは鳴っていて、このメインテーマを構成している旋律のいくつかが引き算で奏でられる。また弦のこするような音を効果音のように使っている。「15.空との別れ」「23.海との別れ」は近い曲想になっているけれど、音符の数が違っていたり(ミニマル・モチーフを4分音符/8分音符/16分音符で刻むか)、編成パート数も違っていたり(23.は楽器数も多くバックで流れる旋律数も多い)と、聴き比べるとおもしろい。7.冒頭のハープ分散和音も23.に引き継がれ、後半部もふくめてモチーフが響きあう集合体になる。

「18.宇宙の誕生」「19.生命の理由」は映画本編で切れめなく流れるクライマックス。まるでビックバンのようなエネルギーの爆発を浴びせらせる。さも自分が体験しているような感覚、美しさと恐さに呑み込まれる。18.こそほぼ生オーケストラのみで構成されたソリッドな音響になっているので、他の楽曲とのコントラストがわかりやすい。18.のみ現れるミニマルの下降音型と、19.ほかで聴かれるミニマルの上昇音型。高い音から低い音へうつる下降音型は宇宙から降りてくるようでもあり、低い音から高い音へうつる上昇音型は海から湧きあがってくるようでもある。こういう見方もおもしろい。

このように、メインテーマの楽曲を紐解いてみると、「ミニマル・ミュージックで貫かれた映画音楽」というもののなかに整理ができてくる。”くり返しやズレ”を基調とした一般的なミニマル音楽をベースとしながらも、久石譲のそれは、一辺倒な方法論だけではない。”最小限の音型を足し算・引き算しながら変化させること”、”音(楽器)を豊かに変化させること”、これが久石譲の言うところのミニマル・ミュージック・ベースだと思っている。

 

原作では「ソング」とはザトウクジラの発する音・うたう歌とされている。【世界が生まれたときからの時間や記憶】【同じ旋律のくり返し……「ソング」だ】【聞いたことのない…「ソング」?】といったセリフが登場し、【そこら中あちこちに潜んでいるうたを、鯨が傍受して形を与える。それを海がマネする。そうやってあのうたがいつか世界を満たす……】(第4巻)ともある。

全巻において出現する「ソング」は、原作の柱であり有機的に交錯している。象徴的でありながら抽象的というとても難しいかたち。音階やメロディをもっているとは表現されていない。映画では音響SEとしての「ソング」も響く。久石譲は、「ソング」を音楽化した。【同じ旋律のくり返し】というミニマル音型をベースにしながらも、【聞いたことのない「ソング」】かたちの定まらない音型の足し算・引き算の変化。そうやって、旋律になりそうでなりきらない【あちこちに潜んでいるうた】を、【鯨が形を与える】ように音たちが集まり導かれ楽曲後半に悠々と重厚な旋律が奏でられる。冒頭に戻る、一番多く登場するモチーフで作品の世界観につけたメインテーマといえる。

 

2. 孤独な世界
少ない音符の数、メロディのない旋律のなかにおいても、たしかな情感をあたえてくれる。ピアノの残響に添うようにシンセサイザー音をしのばせる。ピアノ高音はハンマー強く、低音は丸みのある音像。ハープも同じく高音は弦のはじく音が強く発せられ、低音はこもりがちなやわらかい音。少ない音符と楽器、ニュアンス豊かに表情をつけている。

 

3. ひとりぼっちの夏休み
ベーシックなミニマル・ミュージックのズレをゆっくり聴くことができる曲。ピッツィカートも生音でここまでふくよかな表情は出せない、シンセサイザーと巧みにブレンドされていると思う。またハープの特徴は「2.孤独な世界」に同じ。もし生音だけでピッツィカートを鳴らしたら、ハープの音に近くなり溶け合ってしまうだろう。ピアノ、ハープ、ピッツィカート、グロッケンシュピールのたゆたう調べ。

 

4. 海と琉花
6. 海に連れられて
9. 出航
13. 海と琉花 ~出会い~
3人の主人公〈琉花〉〈海〉〈空〉の交流を描いたシーンで使われている。出だしから聴かれるモチーフたちを楽曲ごと楽器を置き換えることでカラフルにしている。軽快なミニマル音型のズレ、楽器の出し入れによるくっきりとした多重奏。同じモチーフでもピッツィカートの均一な音幅で奏でられるのと、管楽器ののびやかなフレージング。映画シーンごとに主人公の心情や場面の変化にあわせているというよりも、決して同じものはない・同じところにとどまることのない人や場所や時間の変化という俯瞰と客観性かもしれない。バリエーションを意味づけするよりも、変化することが自然とでもいうように。

 

5. 海
14. 光る夜の海へ
短い音型が小さな上昇・下降をくり返しながら渦を巻くように上がっていく。ピュアな螺旋を描いて昇りつめ、今度は少しの不協音をおびて一気に下降する。「14.光る夜の海へ」ここでもハープが効果的に使われ、また呼吸をするように音型のテンポが一定でないのも印象深い。映画と照らしあわせると、海の世界観・海のもつ生命力のような、大切なシーンで使われている。出番は少なくても象徴的な位置におかれた主要テーマ曲のひとつといえる。

 

8. 星の歌 ~ケーナ version~
12. 星の歌 ~シンセサイザー version~
17. 星の歌 ~ケーナ&ムックリ version~
22. 星の歌
聴いた瞬間にとりこになってしまう曲。あまに言葉にしないほうがいい。

原作を読んだとき「星のうた」にどんなメロディをつけるのか、大きな期待と楽しみで膨らんでいた。この歌には言葉がある。【星の。星々の。海は産みの親。人は乳房。天は遊び場。】。映画のなかで「星の歌」メロディ全貌が登場するのは「12.星の歌 ~シンセサイザー version~」から。「8.星の歌 ~ケーナ version~」のときには【星の。星々の。海は産みの親。】というところまでの言葉が登場する。12.のときにはじめてそのつづき【人は乳房。天は遊び場。】がセリフとして出てくる。そう、しっかりメロディにこの言葉たちが歌詞としてのっかる。節まわしできれいに言葉がハマる旋律になっている。頭のなかで歌ってみると鳥肌が立つ。メロディの出し方と言葉の出し方(前半部分・全貌)が暗黙のようにリンクしている。

原作には「星のうた」についていろいろなエピソードが散りばめられているので、中途半端に持ち出すのはよくない。それでも曲につながるのではと思う(最低限の)いくつかを紹介させてもらう。

【むかしこのうたを聞いた人間が、自分たちの言葉に置きかえた……形をかえたから力を失ったけど、これは特別なうた。】(第4巻)。【”語ってはならない神話”や”うたってはならないうた”を冒涜しようとしているから。】(第4巻)。原作で「星のうた」は「ソング」を聴いた人間たちが置きかえたものだと語られている。久石譲が書き下ろした「ソング」と「星の歌」のモチーフに音楽的つながりを見つけることはできなかったけれど、もしかしたら発見もあるかもしれない。もちろん、人間が置きかえてしまったもの、とするならば、つながっている必要もない。

本作はミニマルモチーフの楽曲群が多いなか、「星の歌」はえもいわれぬ旋律美で深く染みわたる。そして、歌詞をのせて歌われることはしなかった。メロディの力で映画と原作を補間し大きく包みこむ。心ふるわせ涙腺ゆるむのは、初めて聴いた感動というよりも、もともと体のなかに持っていた、昔から受け継いできたものが反応しているよう。「22.星の歌」メロディが枝分かれし、時間軸で交錯している。「ソング」を人間たちが置きかえたものは「星のうた」だけではないのかもしれない。いくつもの言葉と旋律がこれまで形をかえて生まれては消え、伝え遺り。メロディの紡ぎあいは、そんなことにまで想い馳せさせてくれる。原作では「星のうた」について【旅の道標】【誕生の物語り】などとも出てくる。

楽器についても考察したかったが、なぜケーナが選ばれたのか? ムックリについては映画とリンクしているのでぜひご鑑賞を。

 

10. ジンベエザメ
低弦を基調とした太いラインと、まわりに散らばり飛び交う音たち。群れが集まり互いに交信しているような情景が浮かぶ。変な言い方にはなるけれど、要素が同じミニマルでも久石譲オリジナル作品ではこうはならない、エンターテインメント音楽だからこそ、という曲の展開をしてくれている。しっかり求められているものに応えているというか。

 

11. 嵐の中のふたり
24. 私の夏の物語
往年の久石譲ミニマル・スタイルがつまっている。音もハーモニーも。音数・楽器・旋律が増殖したり浸食したり、ずっと眺めていられる雲の流れや海の満ち引きのよう。この楽曲を聴いて楽しいとも悲しいとも押しつけることはない。独特の和音感でありながら長調とも短調ともはっきりしない。映画を観る聴く人または体感するタイミングによって何色にでも染まることができる。「11.嵐の中のふたり」映画ではいくつかの場面が切り替わっていたと思うが、音楽は約3分半通奏で流れていた。結構大胆な使い方をしているな、という印象を受ける。登場人物や状況に合わせない、映像に合わせて音楽を展開させたり切り替えたりしない、突き放したその一例といえる。

 

16. 星の消滅
20. 生命の繋がり
「16.星の消滅」ピアノのみで奏でられた楽曲は、「20.生命の繋がり」前半部ではシンセサイザー+弦楽合奏が重なり引き継がれる。映画ストーリーでは「ソング」をモチーフにもつ「19.生命の理由」からの流れで躍動感あふれるクライマックスの一端を担っている。また後半部に力強く鳴りおろされる”ラミー””シファー”という音型(1:17~)は、「2.孤独な世界」に出てくる”ラミー”(0:03~)”シファー”(0:44~)と共鳴しているのかもしれない。この4度の動きが交錯している「2.孤独な世界」がある種〈琉花〉のモチーフだとしたときに、ここで力強く鳴らされているものは、しっかりと繋がってくるように思えるから。

 

21. 生命の源
異色を放つシンセサイザーとそのヴォイスによるもの。楽曲のなか常にどこかに”ファ”の音が聴こえてくるような気がする。遠くまでの伸びるシンセサイザーの一線や、吐くヴォイスの音程に。

原作で「ソング」や「星のうた」と同じく注目していた3つめの音楽的ポイント。【698.45ヘルツの音波のような】【「ファ」の音】【生まれる場所からの声】【星が死ぬときの音】と出てくる音。映画のなかでは超音波のような凄まじい音圧の音響効果で圧倒されるシーンがある(この楽曲箇所ではなかったような)。それがファの音を帯びていたか記憶が薄いけれど、原作にあるこの音を表現した効果音は必ずどこかに登場している。同じように、久石譲がこれらのキーワードから音楽化したものが、この楽曲だと思っている。

 

25. エピローグ
(1. ソング/2. 孤独な世界)
「ソング」のモチーフをハープで〈琉花〉のモチーフをピアノで織りかさなっている。終曲において、久石譲は物語をとおして《たしかに何かが起こった》ことを暗示した。だからふたつの異なる旋律が同時進行する対位法のように絡みあう。それは同時に、映画を観る前と観た後に起こる《観客の変化(感じたこと・行動すること・ものの見え方)》にもつながる。壮大で哲学的な『海獣の子供』世界は難解でひとつの正解はない。だからこそ最後はシンプルに帰する、神話を経てリアルな今に返る、そしてまたひとりひとりからはじまる。ひとりぼっちだった〈琉花〉のモチーフがひとりではなくなったように、あるいは、ひとりではなかったことに気づいたように。

またこの曲は、映画本編に使用されたバージョンと少し異なる。

 

 

 

1. ソング
2. 孤独な世界
3. ひとりぼっちの夏休み
4. 海と琉花
5. 海
6. 海に連れられて
7. 宇宙の記憶
8. 星の歌 ~ケーナ version~
9. 出航
10. ジンベエザメ
11. 嵐の中のふたり
12. 星の歌 ~シンセサイザー version~
13. 海と琉花 ~出会い~
14. 光る夜の海へ
15. 空との別れ
16. 星の消滅
17. 星の歌 ~ケーナ&ムックリ version~
18. 宇宙の誕生
19. 生命の理由
20. 生命の繋がり
21. 生命の源
22. 星の歌
23. 海との別れ
24. 私の夏の物語
25. エピローグ

 

All Music Composed, Arranged and Produced by Joe Hisaishi

Conducted by Joe Hisaishi

Performed by
Flute & Piccolo:Yusuke Yanagihara
Oboe:Hokuto Oka
Clarinet:Emmanuel Neveu
Bassoon:Mariko Fukushi
Horn:Akane Tani, Misaki Haginoya, Sachiko Furuya
Trumpet:Cheonho Yoon, Tomoki Ando
Trombone:Yuri Iguchi
Bass Trombone:Koichi Nonoshita
Timpani:Akihiro Oba
Percussion:Hitomi Aikawa, Shoko Saito
Harp:Kazuko Shinozaki
Piano & Celesta:Febian Reza Pane
Strings:Manabe Strings
Quena:Hideyo Takakuwa
Mukkuri (Jew’s Harp):Leo Tadakawa

Recorded at Victor Studio
Mixed at Bunkamura Studio
Recording & Mixing Engineer:Suminobu Hamada (Sound Inn)
Director & Manipulator:Yasuhiro Maeda

and more…

 

Children of the Sea (Original Motion Picture Soundtrack)

1.The Song
2.Isolated World
3.Loneliness Summer Break
4.Umi and Ruka
5.Umi
6.Be Brought By Umi
7.Memories of The Universe
8.The Song of Stars (Quena Version)
9.Setting Sail
10.Whale Sharks
11.Two In the Typhoon
12.The Song of Stars (Synthesizer Version)
13.Umi and Ruka (Encounter)
14.To The Glowing Sea
15.The Time Has Come
16.A Star Extinct
17.The Song ff Stars (Quena & Mukkuri Version)
18.Big Bang
19.The Reason of Life
20.Connection of The Lives
21.The Origin of Life
22.The Song of Stars
23.Goodbye Umi
24.My Own Summer Story
25.Epilogue

 

Info. 2019/06/04 名古屋港水族館×映画「海獣の子供」コラボレーション企画開催

~企画展 & 久石譲氏の映画音楽にのせた「マイワシのトルネード」を開催~

名古屋港水族館では、6月7日(金)公開予定の映画『海獣の子供』とのコラボレーション企画を以下のとおり開催いたします。 “Info. 2019/06/04 名古屋港水族館×映画「海獣の子供」コラボレーション企画開催” の続きを読む

Blog. 「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ 3」久石譲登場回(2008)「ジブリアニメとの25年」内容

Posted on 2019/06/04

書籍「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ 3」(2013)に収録された久石譲登場回(2008)です。この本は同ラジオ番組を単行本シリーズ化したものです。

 

 

久石譲
「ジブリアニメとの25年」

ジブリアニメと言えば、久石譲さんの音楽。雄大で、リリカルで、繊細で。そして、時に、ほのぼのとユーモラスに奏でられるその音楽は、ジブリ作品の”肌ざわり”と、切っても切れない関係にあります。『風の谷のナウシカ』(1984年)以来の、両者の永い付き合いは、どのように始まり、どのように発展していったのか……? 『崖の上のポニョ』(2008年)の音楽を作曲中だった久石さんと鈴木さんとのトークに、耳をすましてみましょう。

(ゲスト参加:読売新聞〈当時〉・依田謙一)

 

「駆け引き」はいらない

依田:
初めて宮崎駿監督に会った時は、やっぱり印象深かったんじゃないですか?

久石:
いやあ、それがね……(笑)、全然ドラマチックじゃないからね。阿佐ヶ谷のスタジオ(トップクラフト)でしたね。

鈴木:
はい、そうです。阿佐ヶ谷です。

久石:
壁にいっぱい、『ナウシカ』の絵コンテが貼ってあって。そしたら、宮崎さんがいらして、いきなり説明を……(笑)。「これは腐海といって」とか、「これは王蟲で」って、ワーッと説明された時に、ぼくは、「あれっ!? この人、誰だろう?」と思っちゃって(笑)。

鈴木:
あははは(爆笑)。

久石:
いや、これはあまり言っちゃいけないんだろうけど、実はその時点では、宮崎作品としては、もちろん、『ルパン三世』は知っていましたよ。だけど、それ以外は、そんなに知らなかった。『ナウシカ』も、大まかなストーリーだけ聞いて行ったら、延々と説明されて。もう、ずーっと、1時間くらい、作品のことを全部説明するんですよ(笑)。驚きましたねえ……

久石:
あのね、今作っている『崖の上のポニョ』では、主人公の男の子(宗介)は、5歳の子供でしょう。

鈴木:
はい。

久石:
男の子と女の子(ポニョ)が出会う。そうすると、「好きだ」っていう感情は、もうそのまま、「好きだ」でしょ。普通は、その気持ちが揺れたり、何だかんだ思ってくれたりすると、そこに映画音楽って入れやすいんですよ。

鈴木:
なるほど。

久石:
だけど、その子は、全然悩んでないんですよ。

鈴木:
宮さん(宮崎駿)は、いつもそうですよ。

久石:
もう、スパッと、「好き」(笑)。

鈴木:
あのね、男女関係で宮さんが一番嫌いなのが、”駆け引き”なんです。

久石:
ああ……

鈴木:
会った瞬間、相思相愛。普通だったら、ねえ……打算とかいろいろあって、「ぼくはこんなに好きなのに、彼女はどうなんだろう?」って、いろいろ思い悩むじゃないですか。

久石:
そう。

鈴木:
ないんですよね、あの人の場合は(笑)。

久石:
あははは。キャラクターが思い悩んでくれると、音楽って、そこに入りこむ余地があるんですよ。それがストレートに、「好き」。もうすぐに言っちゃう。追いかけちゃう。そうすると、どうやって曲をつけたらいいのかって悩む。

鈴木:
今に始まったわけじゃないですよ。宮崎作品では、本当に毎回、そうですから。

久石:
そうなんですよ。今回も、見事にスポーンとしてるから……

鈴木:
「現実で、男女はそういうこと(駆け引き)をしょっちゅうやってるんだから、映画の中ぐらい、そういうのがないほうがいいよ」っていう、宮さんの声が聞こえてきそうでしょ?(笑)

久石:
もう、完全にそうですね。

久石:
だから逆に、音楽のほうも割り切った、新しいスタイルでできないかなと思って、今、取り組んでいるんですよ。というか、どちらかというとぼくは、長く曲をつけるのが好きだったんですよ、今までは。入り出したら2分とか、長く続けるのが好きで、その方式をとってきたんだけど、今回は逆に、5秒とかね。

鈴木:
ああ、短いんですよね。

久石:
すごく短い。ようするに、「はい、始まった。終わった」っていうよりも、(音が)「あった」。そのかわり、間もあるんだけど、「また、あった」みたいなね。まあ、理想で言うと、どこから音楽が始まって、どこで終わったか、あまりわかんない方式をとれないかなと思って。

鈴木:
いろいろ考えてますねえ。

久石:
いやいや……(笑)。

鈴木:
絵のほうが、もう、90何パーセントできちゃってるんですよ。

久石:
すごい早いですね。

鈴木:
そう。いつもより余裕がある。だからもう、宮さん本人もね、「あとは音だ」って言ってて。

久石:
あっ……

依田:
プレッシャーが、来た、来た、来た(笑)。

鈴木:
あははは(笑)

 

 

音楽が果たせる役割

依田:
そもそも、最初に『ナウシカ』をおやりになった時は、どうやって曲を作っていったんですか。

久石:
あの作品では、高畑(勲)さんがプロデューサーだったんですよ。

鈴木:
宮さんは、当時、公言しておりましてね。「おれは歌舞音曲には無縁だ」「おれには音楽はわからない」って。だから、「高畑さん、全部よろしく!」って(笑)。そこからスタートなんですよ。「高畑さんが選んでくれたら、おれは、それでいい」と。それで、率直に申し上げると、当時いろんな作曲家の名前が候補にあがって、久石さんを選んだのは、実は高畑さんだったんですよ。で、ぼくも一緒になって、久石さんの作った曲を、とにかく聴きまくった。高畑さんが、「久石さんがいい」って言った時の言葉を、ぼくはよく覚えてる。

依田:
何て言ったんですか?

鈴木:
「この人の曲は、無邪気だ。宮さんに似てる」って。

久石:
ああー……

鈴木:
その時はもちろん、久石さんに会ってないわけですよ。だけど、「この無邪気さ、天真爛漫さ、そして熱血漢ぶりなら、二人は絶対にうまくいくはずだ」って。それで会って、そして、期待に応えていただいたっていうことなんです。

久石:
うーん……いやもう、本当に幸運な出会いだったよね。ぼくはあの時、『ナウシカ』の曲のあと、安彦(良和)さんが監督した『アリオン』というのも担当した。これも同じ徳間書店さんの製作で、やっぱり大作だったわけですよ。『ナウシカ』『アリオン』と、二本続けて音楽を作らせていただいた。だからもう、『天空の城ラピュタ』は(オーダーが)来ないだろうと。「なんか嫌だな、ぼく、やりたいのにな」「ああ、『ラピュタ』できないのかなあ」とずっと思っていたら、連絡があって、うれしかった。あの時は、もう、泣いちゃいましたよ。

鈴木:
高畑さんと二人で、すぐ伺った。で、この音楽が、宮崎アニメの音楽の方向性を決める決定打だったと思うんですね。続いて、『となりのトトロ』ですもん。その時はね、高畑さんも『火垂るの墓』を作ってるから、今度は音楽を、宮さん自らやらなきゃいけないわけですよ。

久石:
そう(笑)。

鈴木:
ぼく、忘れもしないのがね、トトロとサツキとメイが、雨のバス停で出会うシーン。あそこは、すごい大事なシーンでしょ。なのに、宮さんは久石さんに言ってるんですよ、「音楽はいらない」って。でね、しょうがないんで、宮さんには内緒で、『火垂る』を作ってる高畑さんに相談に行ったんです(笑)。そしたら、高畑さんって決断が早いから、「いや、あそこは、音楽があったほうがいいですよ」って。「ミニマルでいくべきだ。久石さんだから、絶対できる」って言った。

久石:
だから、いわゆるメロディーでいくんじゃなくて、ミニマル・ミュージック的な……

鈴木:
そう。で、曲ができました。で、宮さんっていう人は面白いんですよ。聴いた瞬間、「これはいい曲だ!」って(笑)。「あそこは音楽いらない」って言ったのは、かけらも覚えてないわけ。

一同:
あははは(笑)。

鈴木:
とにかく、あの映画の一番のポイントはね、バス停でのトトロとの出会い。子供は、それを信じてくれますよ。だけど、大人が果たして信じてくれるのか。それを、あの曲によって実現した、とぼくは思ってるんですよ。大人も、トトロの存在を信じることができた。そういう意味でね、あの音楽は、本当に大事な曲だったと思います。

久石:
だから、言い方は変なんだけど、何ていうのかな……目の前が霧で何も見えない感じの中で、何か、「あっ、これはいけそうだ」と思うことがある。たとえば、フルートの音だったり。「あっ、こういう感じ!」とか、「あっ、もっと丸いイメージだ」とか、何かピンと来そうなものを頼りに探して歩いてる、っていう感じなんですよね。

だからこそ、映画音楽を作る時に一番気にしなきゃいけないのは、そのストーリー的な流れを邪魔しないようにピッタリ寄り添う時と、あえてそれを無視して、メロディーでそのシーンを押していく場合と、そのバランスですよね。『ポニョ』でも、やっぱり一番気にしてるところなんだけどね。だから、絵コンテをものすごく読み込みますね。それから、映像を観る。で、「どこに音のきっかけがあるんだろう?」と思うのと同時に、「あれっ? ここってもしかしたら、メインテーマや何かとまったく無関係なもので行くべきなのか?」「いや、そんなくだらないことを考えてはいけない(笑)。そうじゃなくて、ここはこういうふうに」とか、ゴチャゴチャ考えながら作っている。音楽に関しては、まず、自分が最初の観客であるわけだから。

映画音楽を書いてるとわかることなんですけど、映画って、もともと”作りもの”なんですよ。フィクションなわけです。で、「あっ、そんなのあり得ない」って思うようなことをやってても、それが逆に、もっと本当らしい現実を表現したりする。だから、映画を観て、みんなワクワクするわけですよね。そういう虚構性の中で初めて存在するわけだから、音楽って、やっぱり必要なんだろうと。

鈴木:
いや、だからね、さっきの、バス停での出会い──やっぱりあそこに音楽がなかったら、あの映画がほんとに名作になったのかなって思う。そのぐらいの力を、音楽は持っている。トトロの存在を大人の観客に信じさせるためには、あの音楽は必須でしたね。

久石:
えっと……ごめんなさいね、今、頭の中が『ポニョ』でいっぱいなもんで……何ていうか、何を話してても、『ポニョ』に気がいっちゃうんですよ(笑)。

一同:
あははは(笑)。

久石:
『ポニョ』ってね、言葉の語感がいいの。そう思いません?

依田:
ああ、音楽的いっていうことですか?

久石:
うん。まず、「ポ」が破裂音じゃないですか。それを、「ニョ」が受けとめる。「ポ」、「ニョ」でしょう。そうするとね、これ自体が、もう音楽なんですよ。

鈴木:
なるほど!

 

 

ラストシーンを決めた音楽

鈴木:
今回の『ポニョ』では、久石さんに作っていただいた曲がね、ラストシーンを決めました。

久石:
あははは(笑)。

鈴木:
いや、そういうことがあるんですよ。あの音楽によって、「ラストは、こうやればいいんだ」と、宮さん本人もわかったっていう……

久石:
いやあ、責任重大ですね。

鈴木:
どうやってお客さんに観てもらったらいいか、それが見えたんですよ、宮さんには。だから今回、早く作ってほんとに良かったなって(笑)。

久石:
いやあ、ぼくは逆にね、宮崎さんは、非常にすぐれた作詞家だと思ってるんですよ、で、本音を言うとですね、音楽の究極は、やっぱり歌ですよ。

鈴木:
うーん……

久石:
だって、人に何かを伝える時に、まず言葉があって、でも、言葉だけでもダメで、それと音楽とが響き合って、瞬時に人生を感じちゃったりとか、いろんなことがすべて見えたりする可能性があるわけで……。そうするとね、最後に行き着くのは、歌なんですよ。

鈴木:
歌も音楽も、生きものなんですね。

久石:
うん。結局は、そこに行き着いちゃう。生命の世界というかね……

鈴木:
何ていうのかなあ……自分の、意識の下のほうにね、太古の昔から続いてる遺伝子みたいなものがあるんじゃないかな、なんて思ってるんですよね。

久石:
うん。今回、もう本当に、「一人で作ってるんじゃないな」っていう感じがして(笑)。鈴木さんとも、しょっちゅうメールしたり、話したり。宮崎さんとも、本当に、すごくコミュニケーションをとったというか、よく話したんですよ。今までは、どちらかっていうと、わりと勝手にこっちで作って、「できました。聴いてください」っていうスタンスが多かったんですよ。

鈴木:
そうですね。

久石:
それがね、今回は本当に出だしからなんで、「ああ、一人で作ってるんじゃないな!」っていう感じが、すごく気持ち良かったんです。

鈴木:
いろいろ注文して、すみませんでした(笑)。でも20何年もお付き合いして、久石さんとこんな話するの、初めてだなあ。いや、貴重な機会でした(笑)。

 

2008年4月11日収録@れんが屋/4月27日放送

(「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ 3」より)

*本書には本文下にいくつかの注釈があります。割愛しています。

 

 

内容紹介

5年半をこえる大ロングラン。TOKYO FMの名物番組「ジブリ汗まみれ」(日曜23時~)から、今回もベスト・オブ・ベスト回を厳選収録。書籍シリーズ・第3弾が、『かぐや姫の物語』の公開にあわせて11月発売。天真爛漫でちょっぴり硬派な鈴木トークと、各ゲストの十人十色の個性が魅力。「巻を重ねるごとに面白い」「読みやすく、たっぷり楽しめ、しかも、心に沁みる快著」と、各界で大評判です!

●豪華11大ゲスト(順不同・敬称略)=尾田栄一郎(漫画家)「忘れまじ、任侠のこころ」/細田守(アニメーション映画監督)「”肯定していく力”を描きたい」/山口智子(女優)「日本人の“もの作り”と『かぐや姫』」/久石譲(作曲家)「ジブリアニメとの25年」/矢野顕子&森山良子(ミュージシャン)「ふたりで歌えば」/大塚康生(アニメーター)「追想・ルパン三世」/瀧本美織(女優)「『風立ちぬ』―菜穂子の素顔!?」/三池崇史(映画監督)「映画の息吹、その伝承」/きたやまおさむ(精神科医・作詞家)「“駅裏”のなくなった現代」/川上量生(ドワンゴ会長)「〈鈴木道場〉 其の三・風雲篇」

絶賛発売中
●第1巻:ゲスト=庵野秀明/宮崎駿/阿川佐和子/坂本龍一/志田未来・神木隆之介/山田太一/太田光代/ジョージ・ルーカス/辻野晃一郎/川上量生
●第2巻:ゲスト=浦沢直樹/松任谷由実/押井守/手嶌葵/井上伸一郎・髙橋豊/竹下景子/岩井俊二/宮崎吾朗/川上量生/号外・ジブリ2大最新作製作発表!

(書籍インフォメーションより)

 

*2019年6月現在、「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」単行本シリーズは第5巻まで刊行されています。

 

 

 

 

Blog. 「Cinema Cinema シネマ☆シネマ 2012年8月1日号 別冊 No.38」映画『天地明察』座談会 内容

Posted on 2019/06/03

雑誌「シネマ☆シネマ Cinema Cinema 2012年8月1日号 別冊 No.38」に掲載された内容です。映画『天地明察』公開にあわせてキャストや監督、そして久石譲をまじえた座談会です。

 

 

映画『天地明察』 独占座談会!

岡田准一(主演)× 冲方丁(原作)× 久石譲(音楽)× 滝田洋二郎(監督)

『おくりびと』で米アカデミー賞外国語映画賞を獲得した名匠・滝田洋二郎監督が、岡田准一と初タッグを組み、冲方丁のベストセラー小説「天地明察」を映画化。音楽は、滝田監督と3度目のコラボとなる久石譲が務め、豪華エンターテインメントが誕生!作品のガキを握る4人の男たちの熱い想いとは?

 

岡田:
30歳の節目に、自分自身の柱になるような作品と出会えればと思っていたところに今回のオファーを頂き、運命的なものを感じました。滝田組に入れることがうれしかったですし、冲方さんとは以前対談させていただいてどんな思いでこの本を書かれたかをお聞きしていたので、喜びと同時にプレッシャーもあり、たくさんの方の思いを裏切りたくないという気持ちで現場に臨みました。

滝田:
僕がこの原作を映画化したいと思った一番の理由は天下泰平の世を舞台にしているからなんです。平和なのはよいことですが、逆に新たな志の芽を摘み、時代の息吹が失われてしまうこともある。それはまさしく今と全く同じ。でも当時の人たちは若い人を育て、後を託すことの大切さを知っていて、新たな才能を求めていく度量もあった。そこに感銘したんです。冲方さんはお若いのにスケール感のある小説をお書きになったなと。

冲方:
ありがとうございます。最初にこの小説を書こうとしたのが16歳のときで、何度も挫折しつつ、結局16年かかりました。映画化と聞いたときはうれしかったですが、本当に映画が出来上がるまでは信じないようにしようと(笑)。

滝田:
正しいと思います(笑)。

冲方:
撮影現場を拝見して、小説が映画に負けてしまうんじゃないかという危機感が生まれました。完成した映画も感動して喜んでいる自分がいる一方で、小説がノベライズと思われるのではと、おびえている自分もいて(笑)。だから、自分の原作ともう一回勝負しようと思い、文庫化に当たり改稿を加えたんです。

久石:
僕が滝田監督とご一緒するのは今回で3作目。『壬生義士伝』では簡単な意見をもらう程度だったんですが、『おくりびと』からは徐々に注文が多くなって(笑)、今回の『天地明察』では映画音楽を知り抜かれていて大変でした(笑)。でもご指摘は的確ですし、音楽の持っている力、ニュアンスを大事に扱ってくださるので、本当にやりがいがあります。

岡田:
完成した作品を見て、音楽の持つ力をあらためて感じました。美しく、感情があるメロディーに芝居をすごく助けていただいていると思いましたね。

久石:
音楽が乗る役者さんっているんですよ。逆に、書きたくないと思うこともたまにあるんですけど(笑)、岡田さんにはすごく音楽が乗りますね。素晴らしいです。曲を書きたくなります。

 

現場で解放されることでいい作品が生まれる

滝田:
岡田さんは、仕事に対する姿勢も素晴らしいし、真のプロフェッショナルですね。安井算哲は本当に難しい役だったと思います。争いを好まず、周りに好かれる人のよい囲碁打ちが、改暦事業に巻き込まれ、世の中の荒波に放り出され、挫折を繰り返して一人前の男になっていく…。それを2時間で描き切らなければいけないわけなので、もちろんリハーサルやディスカッションもたくさんしましたが、「あとは主演俳優にお任せするしかないよね」という感じでお願いしました(笑)。

岡田:
いやいや、そんなことないです(笑)。たぶん役者って少し神経質なところがあって、どんな表現ができるのか考え抜き、さらにその場の感情も大事にして演じたときに、「こうやりたいけど、やっていいのかな」って悩むことがあるんです。すると監督は、「やってみようよ!」とおっしゃる。「面白いじゃん!」って(笑)。

滝田:
ははははは。

岡田:
現場は生き物だから、面白いアイデアがあったらやってみる。そんな遊び心を監督自身が持たれていて、余裕のある中で、完璧を求めていくスタイルの現場でしたね。滝田監督をはじめ、僕の先生の世代に当たる、懐の深いスタッフの方たちが、何をしても受け止めてくれる安心感がありました。

滝田:
現場で何かに出会える、その瞬間を僕は待ってるわけで、新しい何かと出会えたらうれしい。シナリオは人の感情を理詰めで作っているので、現場ではそこから解放されるべきなんです。監督がすべて分かっていると思うのは間違いで、映画に正解なんてないから、僕自身がどう感動できるかを現場で探すしかない。いつか撮影は終わりますからね、予算もあるし、時間もあるし(笑)。その中で好きに、広くできればいいなと。

久石:
やっぱり、滝田監督が持っている人間的な魅力が磁場になって、みんな現場で解放され、いい雰囲気ができるんじゃないですかね。解放されるって重要で、例えばオーケストラでも、頭で論理的に組み立てたとおりに演奏したら全然面白くない。生きたものにならないんです。一回それをバラバラにして、直感を信じるような次元までいかないといけない。おそらく小説もそうだろうと思いますが。

冲方:
そうですね。はい。

久石:
演技も、音楽も、映画作りも、みんなそうなんじゃないですかね。

滝田:
現場でライブの感覚を楽しめばその人の一番いいところが出るし、僕も何か発見できるかもしれない。いつも自分のスタイルだけで撮ったら、毎回結局同じものしか出てこないですからね。

 

算哲の姿を自分に重ね合わせて観てほしい

岡田:
原作もそうですが、映画もすごく元気が出る、力をもらえる作品に仕上がっていると思います。作品のエネルギーを感じてもらえたらいいですよね。

冲方:
算哲は、どんな挫折を経験しても、いつかは幸福をつかめると確信している。自分の人生を信じるのはとても素晴らしいことで、誰にでもできるはずだと、10代の僕に教えてくれた人物なんですね。僕が彼の人生から得た勇気を、この映画が万人に与えてくれると確信しています。

久石:
見なきゃ損、のひと言に尽きますね。青春物語とか成長物語とかいろいろ言うことはできますが、まず作品として、ものすごくクオリティが高いので。

滝田:
特に若い人に見ていただき、岡田さん演じる算哲の姿を自分に重ね合わせてこの映画を楽しんでほしいですね。400年も前、地球が丸いことさえ確信できてなかった時代に、地道な作業を続け改暦に命を懸けた男の生き方とかロマンを感じていただければうれしいですね。

 

映画館の思い出といえば?

岡田:
箱の中で物語が流れる、特殊で大好きな空間ですね。僕が子供のころは、入れ替え制じゃなかったので一日中映画館にいられたんですよ。『ホーム・アローン』とか、ずっと観ていた覚えがありますね。あと、出演した映画をこっそり観に行くことも。『木更津キャッツアイ』は出演者そろって観に行きました(笑)。

冲方:
僕にとって映画館は心の糧を与えてくれる場所。子供のころ、映画館の存在しない国に住んでいたんですが、日本に戻り映画館に連れていってもらうたびに、「生きててよかった」と(笑)。娯楽は、直接的には人は救えないとよく言われますが、僕からすれば食べ物より大事だっていう気持ちもあるんです。

久石:
僕自身、子供のころから映画が大好きで、4歳のときには既に年間300本ぐらい見ていましたね。映画館というと、夢を見られる場所。映画のフィルムは基本的に(1秒間)24コマで、コマを切り替える際、闇になるので、実はスクリーンでは半分闇を見ていることになる。それが人間のイマジネーションを喚起するんだと思います。

滝田:
僕は、一番好きな映画が、子供のころに見た『路傍の石』なんですが、丁稚へ行った吾一少年を自分に置き換えて涙しながら見てましたから、やっぱり映画の力ってすごいと思いますね。映画館は、もっともっと楽しむ場所であり、ほかの世界を知る場所であり、刺激を与える場所になればいいなと思っています。映画はお祭りですからね。

 

 

2012.5.15 『天地明察』 製作報告記者会見 コメント

岡田准一/安井算哲役
いろんな困難を乗り越えながら、たくさんの人に支えられて事をなす、安井算哲を演じました。現場でも監督、スタッフの皆さんに支えられ、算哲同様の気持ちで作品に取り組んだのを思い出します。素晴らしい作品に仕上がったと思うので、ご期待ください。

原作・冲方丁
数百年前に生きた人間と、同じものを見ることができる。そういう人間の営みを物語にしたいとずっと思っていました。映画は(小説と)同志と言いますか、お互いにしかとらえられない視点で同じものを見たという意味で非常にうれしく、感無量です。

音楽・久石譲
時代劇というよりも、1つの夢を追い続ける人間が、夢を叶えていく。その生き方、青春に焦点を当てたいと思いました。作品としてのスケール感、希望なども重視しつつ、オーケストラ演奏により、あたかも1つのシンフォニーになるように音楽を作りました。

滝田洋二郎監督
映画の企画というのはまさに空にある星をつかむようなもの。今回、ビッグな新星・冲方丁さんの本と出会い、すぐ映画化に手を挙げました。岡田さんの素晴らしい演技と存在感で安井算哲を意欲的に描けたと思っています。渾身の作品になりました。

(シネマ☆シネマ Cinema Cinema 2012年8月1日号 別冊 No.38 より)

 

 

久石譲 『天地明察 オリジナル・サウンドトラック』

 

 

 

Blog. 「週刊アスキー 2010年11月16日号」「メロディフォニー」久石譲インタビュー内容

Posted on 2019/06/02

雑誌「週刊アスキー 2010年11月16日号」に掲載された久石譲インタビューです。『Melodyphony メロディフォニー』(2010)を中心に2号連続インタビューになっています。

 

 

無から何かをつくり出しているんだという感動

「100人が真剣にぶつかった音」

ー今作はオーケストラで収録。指揮の際、意識することは?

久石:
「この曲をどうしたいのかを明確に伝えることですね。クラシックを振るときも同じなんですが、指揮者が迷うとオーケストラは100人もいるのでどこを向いていいのかがわからなくなるんです。どれだけ明確に、手短にコンセプトを言葉で、もしくは指揮棒の振り方で伝えるかを絶えず考えてますね。イコールそれは曲について自分できちんとイメージをもっていないといけないってことなんです。」

-その中で大変だからこそ、生み出せるものとは何でしょう。

久石:
「100人の意識が同じ方向に向いたときのパワーは、それは本当にすごいです。電気で機械的に増幅した音とはまるで違う。100人が真剣にぶつかった音なんですよ。それがオケの魅力。会場で聴いてもCDで聴いても100人のエネルギー。それを集結させたときの歓びってすごいんです。ところが裏を返すと全員が育ちも生まれも違う。個性的で、みんな訓練を積んでいるからそれぞれの思いがある。だからこそ迷うことなくディレクションすることが大切なんだと痛感していますね。」

 

「本当の音楽って理屈じゃない」

-ところで多くの作品を生んでいますが制作の原動力とは?

久石:
「音楽が好きだからでしょうね。世界で何よりも好きで、しんどいのが作曲なんです。僕にとっていちばん達成感があって、メタメタに自分が落とされるもので。すべてが名作になるとは限らないけど、なにもないところから何かができる。こんな素晴らしいことないんですよ。”無から何かをつくり出しているんだという感動”それです。」

-その感動が制作の源だと。

久石:
「どこに音楽の神がいるのかはわからないし、たんなる音の羅列なのか、本当に音楽になっているのかもわからない。それにすごい量の作品が日々つくられるけど長い年月でほとんどが消えていく。最後に何十年も経って聴かれる音楽。それが唯一の本当の音楽だというならば、それをいつか自分で1曲でも書けたらという念は常にあります。」

-本当の音楽ですか。

久石:
「”本当の音楽って理屈じゃない、いい部分を絶えずもっているもの”だと思うんです。これは深淵なテーマで、芸術的な側面と大衆性。その両方をもっているものなんだと。今回そして前作、海外で一流の方々と仕事をして、今自分のつくっている音楽が世界の中でどのレベルなのかがわかった。自分の方向性は正しいこれでいいんだと確かめられたんです。それが本当に良かったと思っていますね。」

(週刊アスキー 2010年11月16日号 より)

 

 

今週のプレイリスト
my favorite!

選曲:久石譲

前回の続きでラジオでかけている曲。あの番組ではミニマル・ミュージックだとか、びっくりするくらい自分の趣味でしか選曲していません(笑)。

1曲目
PASCAL ROGE『3つの小品』(アルバム『POULENC PIANO WORKS』収録)
プーランクのアルバムはどれも素晴らしいですから。メロディーメーカーとして最高の方。曲のもっているエスプリ、洒落た感じ、気品。彼の小品は自分がいつか書きたいと思う憧れですね。

2曲目
Donald Fagen『Ruby Baby』(アルバム『The Nightfly』収録)
つぶれたような独特のハーモニー感、音楽性の高さ、あとレコーディングテクニックの高さ。Steely Danもしくは彼のアルバムはレファレンスとして、いつもレコーディングのときにもっていました。それくらい完璧。

3&4曲目
Brahms『交響曲第1番ハ短調op.68』 Mozart『交響曲第40番ト短調K.550』(アルバム『ブラームス:交響曲第1番、モーツァルト:交響曲第40番 久石譲&東京フィルハーモニー交響楽団』収録)
交響曲の1番、これはなんといっても最高です。ブラームスは大学で学んだ原点であるクラシックにもう一度真剣に立ち向かおうと思って取り組みました。今の段階で自分の考えるクラシックを実現できたのがこの2曲。

(週刊アスキー 2010年11月16日号 より)

 

 

2号連続前半

 

 

久石譲 『ミニマリズム』

 

久石譲 『メロディフォニー』