Posted on 2021/08/16
クラシック音楽誌「音楽の友 2021年8月号」に掲載された、久石譲『Minima_Rhythm IV ミニマリズム 4』の発売にあわせた鼎談です。
特別記事
〈鼎談〉久石譲&石川滋&福川伸陽
久石によるコントラバス&ホルン協奏曲を語る
取材・文=小室敬幸
久石譲が作曲したコントラバスとホルンの協奏曲を収めたCD『ミニマリズム4』のソリストを務めるのは、コントラバスの石川滋とホルンの福川伸陽。二人は、久石の呼びかけで2019年に誕生したフューチャー・オーケストラ・クラシックスのメンバーでもある。アルバム発売に合わせ、久石、石川、福川の3人による鼎談が実現した。
長きにわたり映画音楽などエンタテインメントの領域で世界的名声を得てきた作曲家の久石譲。この10年あまりは、本籍地をクラシックに戻し、作曲だけではなく指揮活動も本腰を入れて取り組んできたことは、本誌読者であればすでにご存知であろう。
クラシック、現代音楽の流れに位置する作品も数多く手がけてきた久石だが、意外なことにソリストの付随する管弦楽作品はあっても、「協奏曲 Concerto」と題された楽曲は非常に少ない。久石作品としては珍しい二つの協奏曲──「コントラバス協奏曲」(2015)と、「3本のホルンとオーケストラのための協奏曲《The Border》」(2020)を収めた新譜がリリースされるにあたり、ソリストを務めたコントラバスの石川滋とホルンの福川伸陽、そして久石による鼎談をお届けしよう。
名手二人をも唸らせた難曲
久石:
「ある楽器のために曲を書くとなると、その楽器を買う癖があるんです。ギターの曲を書いたときも福田進一さんに選んでもらった高いギターを買いましたし(笑)。今回もコントラバスは石川さんに選んでいただいた楽器を買って、ホルンは福川さんに相談したら空いている楽器があるとのことでお借りしました」
福川:
「ビックリしましたよ(笑)。今まで作曲家さんたちの前でデモンストレーションすることはありましたけど、ホルンを貸してくれとか、吹いてみたいというかたはいらっしゃらなかったですから」
久石:
「それから僕の場合、演奏者と打ち合わせしていくと妥協してしまうから嫌なんだよね。そうすると作品が弱くなちゃう。だからほとんどの場合、完成して楽譜を送ってから、弾けない箇所があれば直すという流れが多いんです」
福川:
「できたよって連絡をいただき、ワクワクして譜面を開いてみると、めちゃくちゃ難しい!絶望のあまり、楽譜をすぐ閉じましたもん(爆笑)。テンポが108ぐらいと書いてあるのに、最初は60まで落としても吹けなかったんですから。なので、それから毎日1刻みでテンポを上げていきながら練習を重ねましたよ」
石川:
「まったく同じ(笑)。弾けないと、またテンポを落としたりして……。でも、コンピュータによる参考音源もいただいていたので、それを聴くとめちゃくちゃ格好いいんです。どんなに難しくても、とにかく弾きたいって思わせてくれましたね」
こんなに機動力の求められるコントラバス曲はない
ー作曲する上での問題意識はどこにあったのでしょう。
久石:
「どちらの楽器も、アンサンブルで他の人と演奏したときに能力を発揮する楽器なんですよ。例えば弦楽合奏にコントラバスがなければ、響かなくて音量が半分ぐらいに減りますし、ホルンのないオーケストラって想像できますか? でも今回はソロなので楽器をむき出しにして、この楽器の何が魅力なんだということを真剣に考え直したわけです。コントラバスは、ソロ楽器としてならやはりジャズのウォーキングベースが魅力的ですよね。それはなぜかといえば弦が長くて響くから。……ということはハーモニクスもきっちり使えば良い武器になるはず。でも、それらを十分に活用した楽曲はまだないんですよ。だから、どうやったらその部分が発揮できるのかを考えながら書きました」
石川:
「音域一つとっても高音から最低音まで激しい移動がしょっちゅうあって、こんなに機動力が求められるコントラバスの曲は他にありません(笑)。自分自身にとっては技術的に新しい挑戦をさせていただきましたし、聴いてくださるかたがたにとっても新鮮な作品だと思います」
複数のホルンという発想から浮かんできたアイディア
ー一方、ホルンの協奏曲はどのように生まれたのですか。
久石:
「ナガノ・チェンバー・オーケストラのリハーサルのときに、福川さんからホルンの曲を書いてくださいと頼まれたんです。それからホルンの譜面をいろいろ送ってもらいながらアイディアを練っていたんですけど、どうしてもソロ楽器として考えたときにヨーロッパ的な前衛音楽のスタイルしか頭に浮かばなくて……。それで、ソロではなくホルンを複数にすれば、違うものが書けるのではないかと気づいたのですが、この答えが出るまでに2年(笑)」
福川:
「その2年間、久石さんの前で良い演奏をし続けなきゃいけないと思って、プレッシャーでしたよ(笑)」
久石:
「こちらもずっと意識してました(笑)。そのあとミュージック・フューチャー Vol.6(2019年10月25日)の前日か当日に、協奏曲のアイディアが急に浮かんだんですよ。パルスを刻んでいるところに、下から駆け上がってるラインと、逆に上から下へのラインが絶えずクロスしていく。ただそれだけしかない曲を書きたいと。それで2019年2月から構想を練り、およそ1年がかりで作曲しました。主要モティーフを頭に提示したら、それ以外の要素を使わないでロジカルに作ることを徹底した作品になったことで、ミニマル・ミュージックの原点に戻ってきたように聴こえるかもしれないですけど、そうでもないんです。この作品は個人的にとても大事なものになりましたが、それはいわゆる感性や感情、あるいは作曲家の個性に頼らないスタイルができたからです。第2楽章はフレーズのスケールが大きな福川さんだからこそできる音楽になっています」
今後は、他の奏者との演奏やピアノリダクション版も視野に
ーこれらの作品が、広く演奏されていくためには何が必要なのでしょう。
福川:
「僕らが演奏を重ね、たくさん聴いてもらって、この曲を演奏したいと思ってくれる奏者を増やすことが第一かなと思っています。これまで僕が委嘱した作品に対して、アメリカやドイツとか海外からメッセージで問い合わせがくることは割とあるんですよ。ホルン3人のコンチェルトって珍しいですけど、僕がどこかのオーケストラに行って、そこの首席奏者と一緒に演奏しようよって提案しやすい曲だとも思っているんです。だから、いろんな所に提案していきたいですし、ありがたい曲ですね」
石川:
「このCDが賞を獲ることですね(笑)。あとは譜面を出版すること。ピアノリダクション版があればリサイタルで弾いちゃおうかなと思ってます」
久石:
「今度出版するんですけど、リダクションのことは考えてなかったなあ。聞けてよかったです」
(「音楽の友 2021年8月号」より)