Posted on 2023/03/20
ふらいすとーんです。
北野武監督作品について、その音楽についてふれるのは初めてかもしれません。
◇ワールドベスト収録曲「ANGEL DOLL」
◇映画『キッズ・リターン』
◇映画『HANA-BI』
◇映画『菊次郎の夏』
◇(1)~(6)をめぐって
◇サウンドトラック(国内盤/海外盤)
◇久石譲:【mládí】for Piano and Strings
世界同日リリースのベストアルバム第二弾『Songs of Hope: The Essential Joe Hisaishi Vol. 2』(2021)の1曲目を飾るのが「ANGEL DOLL」です。なんでこの曲??と思ったファンはけっこういるとかいないとか。僕も不思議でした。もっとたくさんいろんな曲あるのに…あえてのこの曲…あえての1曲目…。映画『キッズ・リターン』メインテーマのアレンジ・バージョンです。これを?と不思議に思ってしまうところです。……キッズ・リターンのサントラから入れるにしたってもっとほかに……はいストップ。
リリースから少し時間が経ったあたり、もしかしてと思うようになりました。北野武監督作品って”天使をモチーフにしたもの”がいっぱい出てくる、「ANGEL DOLL」は北野作品のコンセプトや象徴的なものかもしれないと。ワールドベストだし、北野映画の欧米人気もあるし、選曲したのはデッカはじめ海外スタッフが中心という情報もあった気もする。
そうです。「ANGEL DOLL」は『キッズ・リターン』のアレンジ違いを収録したかったわけじゃない。北野作品のなかで「天使」をテーマに据えた『キッズ・リターン』『HANA-BI』『菊次郎の夏』の3作品、その象徴的なものとして収録した。意図したコンセプトがあることを明示するように1曲目に置いた。
先にこれも言っちゃおう。「Kids Return *初収録ver.」も収録されているのに同曲アレンジ違いの「ANGEL DOLL」を同じディスクに入れるほうが不自然な気がしてきます。ファンゆえにごっちゃになってしまうところ、ワールドベスト第1弾・第2弾をまたいで同曲異編(バージョン違いのこと)はあります。例えば、「Summer」は第1弾『Dream Songs: The Essential Joe Hisaishi』にはオーケストラ・バージョンが収録されていて、第2弾『Songs of Hope: The Essential Joe Hisaishi Vol. 2』にはアンサンブル・バージョンが収録されています。ほかの曲を見比べてもそうです。そこへきて、どうしてキッズ・リターンのメロディが同じディスクに2曲入ることになったのか。不思議。
さて、答えはどうでしょうか?
いっしょに見ていきましょう。
この作品には「天使の絵」や「天使の人形」が登場します。「天使の絵」は北野武監督が描いたものでオープニングロゴのように、「天使の人形」は主人公らとは異なるサイドストーリーとして並走しています。天使というモチーフに何を込めているのか、カットごとに見ていくと10~12シーンくらい映っています。
[オープニング]
あの有名な「Kマーク」オープニングロゴが誕生する以前の映画です。映画『キッズ・リターン』ではこのカットがオープニングロゴのように使われています。この時流れているのは「Track1. MEET AGAIN」で、メインテーマのアレンジ・バージョンです。
[シーン 喫茶店]
初めて天使の人形が登場するシーンです。主人公の二人とは異なる、サイドストーリーが始まっていきます。この時流れているのは、今回のお題にもなっている「Track3. ANGEL DOLL」です。
[シーン タクシー]
主人公たちとは別の、青春時代の恋愛・就職・結婚その紆余曲折の果て。並走する物語のシーンにその登場人物らと一緒に天使の人形がよく登場しています。
この作品には「天使の絵」が登場します。北野武監督が描いたもので、オープニングとエンドロールの2回です。本編には病院に飾られている別の絵が2回映っています。「天使の人形」はありません。またオープニングロゴ「Kマーク」が初めて使用された作品です。(このことは『菊次郎の夏』で詳しくやります)
[オープニング]
オープニングロゴのあとにキャストロールです。この時流れているのは「Track5. Ever Love」で、「Angel」のアレンジ・バージョンです。
[シーン 病院]
病院の廊下に飾られている絵です。
[エンドロール]
この時流れているのはメインテーマ「Track11. HANA-BI (reprise)」です。
[エンドロール]
最後は少しずつズームアップして終わっていきます。オープニングとも違う天使のイメージです。翼ももがれ、手の位置を追うとまた深く考えさせられます。
この作品には「天使の絵」や「天使の鈴」が登場します。「天使の絵」は北野武監督が描いたもの、「天使の人形」は主人公らと物語を共にするキーファクターになっています。加えて主人公の男の子がからっているリュックにも羽がついています。それだけにカットごとに見ていくと天使にまつわるもの約25シーンも映っています。
[オープニングロゴ]
映画『HANA-BI』のときに誕生しました。実はそのときまだ音はついていません。映画『菊次郎の夏』からオープニングロゴ+サウンドロゴ(久石譲作曲)の組み合わせが生まれ、以降も北野映画の象徴として使われています。ポイントは、サウンドロゴを北野映画の象徴とみたときに、映画『キッズ・リターン』『HANA-BI』のときにはまだない、ということです。
[オープニング]
オープニングロゴのあとにキャストロールです。この時流れているのはメインテーマ「Track1. Summer」です。ポイント1は、映画『HANA-BI』と同じ絵が使われるということです。線のコンセプトを感じます。ポイント2は、映画『キッズ・リターン』『HANA-BI』『菊次郎の夏』3作品とも「天使の絵」が映るオープニングやエンドロールに、メインテーマ曲が流れているということです。『キッズ・リターン』はアレンジ曲「MEET AGAIN」。あれ?『Songs of Hope: The Essential Joe Hisaishi Vol. 2』にはこの3作品のメインテーマが全て収録されている。(あとに詳しくやります)
[オープニング/エンディング]
オープニングシーンに、映画エンディングシーンから先にもってくるのは、北野武監督作品にも見られます。過去『キッズ・リターン』もそうでした。主人公の男の子が背負っているリュックにも翼があります。そして「天使の鈴」もしっかりぶらさがっています。エンディングシーンからですがアングルの違うカットを映画冒頭にもってきています。
[シーン バス停]
バスを待っているシーンで、行きかう車を止めようとコミカルにやりとりするシーンです。この時流れているのは「Track6. The Rain」です。そういえばこの曲も『Songs of Hope: The Essential Joe Hisaishi Vol. 2』に収録されていますね。
余談です。過去インタビュー・エピソードから推察すると、当初のメインテーマはこの曲だった可能性あります。久石譲はそのつもりで想定していたけれど監督は「Summer」を選んだ。サブテーマのつもりだった「Summer」がメインになったけれど、結果この曲は重要シーンにサブテーマとして使われることになった。それが「The Rain」であり「Mother」であり。心を通わせる、雪解け、大切なシーンに。
[シーン 天使の鈴]
物語の中盤から「天使の鈴」が登場してきます。
[シーン 浜辺]
砂で作った天使です。この時流れているのは「Track8. Angel Bell」で、メインテーマ「Summer」の中間部にあたるパートそのアレンジ・バージョンです。
[エンドロール]
オープニングと同じ天使をモチーフにした絵です。この時流れているのは、もちろんメインテーマから「Track12. Summer Road」です。
映画『BROTHER』
天使にまつわるものは登場しません。
久石譲が音楽を担当した作品『あの夏、いちばん静かな海。』『ソナチネ』にも登場しません。
映画『Dolls』
[シーン 天使の人形]
この作品には2,3シーンだけ「天使の人形」が登場します。映画『キッズ・リターン』とはまた別物です。物語と絡み合うことはなく、過去作品へのオマージュや残像のような印象です。共通する何かは込められていると思います。
『あの夏、いちばん静かな海。』『ソナチネ』『キッズ・リターン』『HANA-BI』『菊次郎の夏』『BROTHER』『Dolls』の7作品です。
(2)天使にまつわるもの
『キッズ・リターン』『HANA-BI』『菊次郎の夏』の3作品で象徴的に登場します。「天使の人形」「天使の鈴」そして「天使の絵」です。
(3)天使の絵
『キッズ・リターン』『HANA-BI』『菊次郎の夏』で唯一共通しているのは「天使の絵」です。オープニングやエンドロールに映っています。北野武監督の描いた「天使の絵」こそ3作品をつなぐコンセプトだとしたら。
(4)オープニングロゴ
北野武監督作品を象徴するオープニングロゴは映画『HANA-BI』から。
(5)オープニングロゴ+サウンドロゴ
北野武監督作品を象徴するオープニングロゴ+サウンドロゴの組み合わせは映画『菊次郎の夏』から。久石譲とのコラボレーションを離れて以降も使用されていました。
(6)北野作品ベスト盤
『 joe hisaishi meets kitano films』は久石譲選曲によるベストアルバムです。『あの夏、いちばん静かな海。』『ソナチネ』『キッズ・リターン』『HANA-BI』『菊次郎の夏』『BROTHER』までの6作品から等しくセレクトされています。『Dolls』はこのあとの映画になります。
(1)~(6)をめぐって
北野映画を象徴する楽曲だったら「INTRO:OFFICE KITANO SOUND LOGO」が適しているとも思います。でも、それじゃダメだとわかりました。作品群を時系列に並べるとサウンドロゴは『菊次郎の夏』からになっています。15秒の曲です。ワールドベストにもってくるのは、、ってなるかもしれません。またこの曲を1曲目にしてしまうと北野フィルムベストのようになってしまいます。反転して、サウンドロゴは『 joe hisaishi meets kitano films』にしか収録されていない、アルバムの価値を大きく高めている1曲です。ちなみにこのとき「ANGEL DOLL」は収録されていません。
(3)北野武監督の描いた「天使の絵」こそ『キッズ・リターン』『HANA-BI』『菊次郎の夏』をつなぐコンセプト、と書きました。『Songs of Hope: The Essential Joe Hisaishi Vol. 2』には、この3作品のメインテーマ曲がきちんと収録されています。そしてまた「天使の絵」が映っているシーンに流れています。『キッズ・リターン』オープニング「MEET AGAIN」後半はほぼメインテーマと同じアレンジ、『HANA-BI』エンドロール、『菊次郎の夏』オーニング/エンドロール。
さらにズーム見ていくと、『Songs of Hope: The Essential Joe Hisaishi Vol. 2』に収録されているDsic1「ANGEL DOLL」「Summer」「Kids Return *初収録ver.」、Disc2「The Rain」「HANA-BI *初収録ver.」は、いずれも映画のなかで「天使にまつわるもの」が登場しているときに流れる曲たちです。もっと言います。このワールドベスト第2弾には、『キッズ・リターン』『HANA-BI』『菊次郎の夏』の3作品からしか収録されていません。
ワールドベスト第1弾『Dream Songs: The Essential Joe Hisaishi』には、『あの夏、いちばん静かな海。』「Silent Love」『BROTHER』「Ballade」が収録されています。おお!と思いきや、『キッズ・リターン』『HANA-BI』からもメインテーマのアンサンブル・バージョンやピアノ・ソロが収録されています。きれいに整合性はとれないものですね。
曲名から眺めてみます。
『キッズ・リターン』には「ANGEL DOLL」、『HANA-BI』には「Angel」、『菊次郎の夏』には「Angel Bell」といった曲があります。「ANGEL DOLL」はメインテーマのアレンジです。「Angel」はサブテーマです。「Angel Bell」はメインテーマの中間パートからです。さて、もしANGELの名をもつ3曲から北野作品=天使のコンセプトで選ぼうとしたらどれにしますか? 映画に漂うテーマ、儚さや刹那的なもの、この3曲からコンセプチャルにどれか1曲選ぶとしたら?(….「Angel」とても好きな曲です。でもメインテーマじゃない、映画でも主人公ではない主要人物のシーンでよく流れていた記憶あります)
サウンドトラックのジャケットやイラストも見てみましょう。国内盤と海外盤での違いから浮かびあがってくることもあるかもしれません。
『Kids Return』(国内盤)
ジャケットにもちゃんと天使はいました。
トレイ面
映画『HANA-BI』(国内盤)
ジャケット
トレイ面
映画『HANA-BI』(海外盤)
ヨーロッパ盤のジャケットです。映画エンドロールで描かれていた天使や、本編にもたびたび登場する顔を花にみたてたモチーフにつながるようです。
映画『菊次郎の夏』(国内盤)
ジャケット
トレイ面
『菊次郎の夏』(海外盤)
アメリカ盤のジャケットです。浜辺のシーンと天使の鈴が描かれています。
トレイ面も天使の鈴になっています。
『キッズ・リターン』『HANA-BI』『菊次郎の夏』の3作品、サウンドトラック日本国内盤のジャケットかトレイどちらか必ず天使は描かれていました。そして海外盤もまた同じもの、あるいはヴィジュアルを差し替えて天使は描かれていました。北野映画の欧米人気はスタジオジブリ作品人気を上回ると評されることもかつてあります。サウンドトラックを手したファンが、映画と同じようにそして余韻のように、天使のモチーフがいつも手元にあってずっと印象に残っていても不思議じゃないですよね。
久石譲:【mládí】for Piano and Strings
2017年に演奏会用作品として誕生しました。北野作品から「Summer」「HANA-BI」「Kids Return」のメインテーマを久石譲ピアノ&ストリングス版でまとめたコーナーです。もちろん全曲フルバージョンで1曲終わるたびに大きな拍手の渦です。”チェコ語で青春という意味でヤナーチェクにも同名のタイトル曲があります。”と久石譲解説にあります。くしくも世界初演はチェコ・プラハでの久石譲コンサートでもありました。
北野武監督作品の象徴として天使が重要だから、久石譲もこの3楽曲を選んだんだ、、なんて乱暴なことを言うつもりはありません。ここは映画視点と監督目線vs音楽視点と久石譲目線、しっかり切り離します。
「青春」、、ずっと考えていました。個人的に思う候補は4つあります。1.青春をテーマにした映画、『キッズ・リターン』は言うまでもない、『HANA-BI』は大人な生き方ができない不器用な主人公、『菊次郎の夏』は大人になりきれていない大人もしくは大人の青春。2.キタノブルーをイメージさせる青。3.北野武×久石譲の中期にあたる3作品。初期2作品を少年期、後期2作品を成人期として中期3作品を青春期、鋭いガチンコで火花バチバチの熱いコラボレーションの時代。4.「ブルーピリオド」というピカソの20代前半の画風を指した言葉があります。「青の時代」とも言われます。そこから転じて孤独や不安を抱える青春時代を表す言葉として用いられています。
……
うーん。個人の解釈だから羽をのばすのは自由なんですけれど、もう一度ヤナーチェクに振り戻ってみます。”『青春』は1924年に作曲した木管六重奏曲で、晩年の作品ながら「若々しい気分」の産物と看做されている”とウィキペディアにあります。深堀りしていくとさらに面白い発見がありました。
この作品の出発点となっているのは少し前に作曲された『青い服の少年たちの行進』という約2分の作品です。ピッコロと大太鼓、チューブラーベルズ(もしくはピアノ)というデュオ編成のようですが、ピッコロ&ピアノ版を聴くことができました。少年時代に所属していた合唱団を回顧した曲といわれています。その2ヶ月後に作曲されたのが『青春』という約20分の作品で楽器も6つに楽章も4つにと大きくなっています。そして、その第3楽章に聴けるモチーフや曲想こそ『青い服の少年たちの行進』です。曲尺は1分くらい伸びていて、モチーフは変容したり曲想は発展していますけれど、ふたつの曲を並べて聴いたときに、同じ曲をベースにしていることはしっかりわかると思います。大胆な言い方をすれば、『青春』という作品のなかに『青い服の少年たちの行進』はモチーフもテーマも包括されている。ヤナーチェクの室内楽作品は晩年に多く、また若い頃の出来事を思い浮かべたものが多いこともあってか、たしかに瑞々しい溌剌とした曲が多い。ウィキペディアの「若々しい気分」という表現をよくされているようです。もうひとつ付け加えるならば、この時代のヤナーチェックは、モチーフやメロディを執拗にくり返す作風で、切りつめられた素材で楽曲がつくられています。
『青い服の少年たちの行進』、つまりキタノブルー、つまり北野映画、そして行進していた少年たちには久石譲も含まれるのかもしれない。若かった頃のまぶしい回顧、北野武×久石譲の『青春』の結晶。【mládí】for Piano and Stringsは、久石譲海外公演でも人気のあるプログラムです。WDO2017で日本初演されたときの音源「Kids Return」「HANA-BI」は『Songs of Hope: The Essential Joe Hisaishi Vol. 2』に初収録されることになります。
ぐるっと一周しました。
それではまた。
reverb.
ひょんなきっかけから広がったテーマでした♪
*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number]
このコーナーでは、もっと気軽にコメントやメッセージをお待ちしています。響きはじめの部屋 コンタクトフォーム または 下の”コメントする” からどうぞ♪