2015年12月11日 世界初演
2007年12月2日開催「サントリー1万人の第九」(第25回)にてオリジナル版が世界初演。
2010年『メロディフォニー Melodyphony ~Best of Joe Hisaishi〜』ロンドン交響楽団との共演で収録。
2015年12月11日開催「久石譲 第九スペシャル 2015」にて全3楽章版となり世界初演。
作品名が同じこともあり「新版 Orbis」とも言われる。
オリジナル版は第1楽章にあたる。
2025年12月26日開催「久石譲×日本センチュリー交響楽団 特別演奏会「第九」」にて再演。
2026年現在、オリジナル版にあたる単一楽章「Orbis」は2013年、2014年、2018年にも演奏されている。また2026年には他指揮者によるアメリカ初演も予定されている。新版にあたる全3楽章版は、2015年と2025年の2つの年でしか披露されていない。未音源化作品である。
作品の変遷
「Orbis ~混声合唱、オルガンとオーケストラのための~」(2007)
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「Orbis」 ~混声合唱、オルガンとオーケストラのための~
曲名はラテン語で”環”や”繋がり”を意味します。2007年の「サントリー1万人の第九」のために作曲した序曲で、サントリーホールのパイプオルガンと大阪城ホールを二元中継で”繋ぐ”という発想から生まれました。祝典序曲的な華やかな性格と、水面に落ちた水滴が波紋の”環”を広げていくようなイメージを意識しながら作曲しています。歌詞に関しては、ベートーヴェンの《第九》と同じように、いくつかのキーワードとなる言葉を配置し、その言葉の持つアクセントが音楽的要素として器楽の中でどこまで利用できるか、という点に比重を置きました。”声楽曲”のように歌詞の意味内容を深く追求していく音楽とは異なります。言葉として選んだ「レティーシア/歓喜」や「パラディウス/天国」といったラテン語は、結果的にベートーヴェンが《第九》のために選んだ歌詞と近い内容になっていますね。作曲の発想としては、音楽をフレーズごとに組み立てていくのではなく、拍が1拍ずつズレていくミニマル・ミュージックの手法を用いているので、演奏が大変難しい作品です。
「Orbis」ラテン語のキーワード
・Orbis = 環 ・Laetitia = 喜び ・Anima = 魂 ・Sonus, Sonitus =音 ・Paradisus = 天国
・Jubilatio = 歓喜 ・Sol = 太陽 ・Rosa = 薔薇 ・Aqua = 水 ・Caritas, Fraternitatis = 兄弟愛
・Mundus = 世界 ・Victoria = 勝利 ・Amicus = 友人
(Blog. 「久石譲 第九スペシャル」(2013) コンサート・プログラムより)
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2010年『メロディフォニー Melodyphony ~Best of Joe Hisaishi〜』ロンドン交響楽団との共演で収録。

2015年12月11日開催「久石譲 第九スペシャル 2015」にて全3楽章版となり世界初演。
「Orbis ~混声合唱、オルガンとオーケストラのための~」(2015)
Orbis for Chorus, Organ and Orchestra
オルビス ~混声合唱、オルガン、オーケストラのための
I. Orbis ~環
II. Dum fata sinunt ~運命が許す間は
III. Mundus et Victoria ~世界と勝利
作詞:久石譲
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新版「Orbis」について
2007年に「サントリー1万人の第九」のための序曲として委嘱されて作った「Orbis」は、ラテン語で「環」や「つながり」を意味しています。約10分の長さですが、11/8拍子の速いパートもあり、難易度はかなり高いものがあります。ですが演奏の度にもっと長く聴きたいという要望もあり、僕も内容を充実させたいという思いがあったので、今回全3楽章、約25分の作品として仕上げました。
しかし、8年前の楽曲と対になる曲を今作るという作業は難航しました。当然ですが、8年前の自分と今の自分は違う、作曲の方法も違っています。万物流転です。けれども元「Orbis」があるので、それと大幅にスタイルが違う方法をとるわけにはいかない。それではまとまりがなくなる。
あれこれ思い倦ねていたある日の昼下がり、ニュースでフランスのテロ事件を知りました。絶望的な気持ち、「世界はどこに行くのだろうか?」と考えながら仕事場に入ったのですが、その日の夜、第2楽章は、ほぼ完成してしまった。たった数時間です。その後、ラテン語の事諺(ことわざ)で「運命が許す間は(あなたたちは)幸せに生きるがよい。(私たちは)生きているあいだ、生きようではないか」という言葉に出会い、この楽曲が成立したことを確信しました。だから第2楽章のタイトルは日本語で「運命が許す間は」にしたわけです。何故こんな悲惨な事件をきっかけに曲を書いたのか? このことは養老孟司先生と僕の対談本『耳で考える』の中で、先生が「インテンショナリティ=志向性」とはっきり語っている。つまり外部からの情報が言語化され脳を刺激するとそれが運動(作曲)という反射に直結した。ちょっと難しいですが、詳しく知りたい方は本を読んでください。
それにしても不思議なものです。楽しいことや幸せを感じたときに曲を書いた記憶がありません。おそらく自分が満ち足りてしまったら、曲を書いて何かを訴える必要がなくなるのかもしれません。
第3楽章は「Orbis」のあとに作った「Prime of Youth」をベースに合唱を加えて全面的に改作しました。この楽曲も11/8拍子です。
ベートーヴェンの「第九」と一緒に演奏することは、とても畏れ多いことなのですが、作曲家として皆さんに聴いていただけることを、とても楽しみにしています。
平成27年12月6日 久石譲
(「久石譲 第九スペシャル 2015」コンサートパンフレットより)
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※同パンフレットには、久石譲作詞による全3楽章の歌詞も掲載されている。ラテン語による原詞と日本語訳詞が併記されている。現時点(2015.12現在)での掲載は差し控えている。
ここからは初演感想・補足などを含むレビューである。
第1楽章、オリジナル版「Orbis」(2007)がこの楽章にあたる。新版「Orbis」(2015)には、細かな手直しは施されているが、楽曲構成は従来を継承している。一聴してわかるのはテンポが遅くなっていること、チューブラーベルが編成に加えられたことだろう。祝典序曲としての単楽曲ではなくなり、ファンファーレのように躍動感で一気に駆け抜けるところから、楽章のはじまりとしての役割に変化した。全3楽章という作品構成ゆえと、第2・第3楽章までつづくコーラスの役割に従来以上の重きをおいた結果、テンポをおさえるとこになったのではないか。実際、この第1楽章で散り放たれたキーワードたちが、後の楽章において結晶化してつながりをもってくる。そう捉えると、ここで言葉をしっかりと響かせることは必然性を帯びてくる。
第2楽章、通奏低音のようにオルガンが楽章を通してゆっくりとしたミニマルなアルペジオ旋律を奏でる。同じ動きで弦楽オーケストラが織り重なる。そこにコーラスがさとすように語りかけてくる。あえてキャッチーなメロディとしての旋律を持たせていない。混声合唱のハーモニーが厚く深く包みこむ内なる楽章。チューブラーベルの鐘の響きは静かな余韻と残響をもたらしている。
第3楽章、幻の名曲「Prime of Youth」(2010・Unreleased)が「Orbis」の楽章のひとつとして組み込まれたことが衝撃だった。強烈なミニマル・モチーフ、リズム動機を備えていた同楽曲が、コーラスを迎え後ろにひかえ従(対旋律)にまわったのである。もし「Prime of Youth」という作品をコンサートで聴いたことのある人がいるならば(おそらくほとんどいない、2010年東京・大阪2公演のみである)、これはまさにカオスである。オリジナル版が持つファンファーレのように高らかに鳴り響く冒頭から、怒涛のようにシンフォニック・ミニマルが押し寄せてくる。コーラスを配置したことでさらに魂の叫びのごとく巨大な渦をまく。中間部では第1楽章Orbisの旋律が顔をのぞかせる。時を越えてPrimeとOrbisが融合した瞬間だった。かくもここまで勇壮で威厳に満ちた久石譲オリジナル・ソロ作品があったであろうか。クライマックスのかき鳴らす弦、金管、木管は圧巻であり、高揚感を最高潮にコーラスとともに高く高く昇っていく。おさまりきれない、なにか巨大なものがその姿を現した、そんな衝撃的な閃光を象徴する楽章となったことは確かである。
歌詞について、「いくつかのキーワードとなる言葉を配置し、その言葉の持つアクセントが音楽的要素として器楽の中でどこまで利用できるか、という点に比重を置きました。”声楽曲”のように歌詞の意味内容を深く追求していく音楽とは異なります」(元「Oribis」および新版 第1楽章) この久石譲の言葉を借りるならば、新版「Orbis」第2楽章・第3楽章は明らかに異なる。ひとかたまりのセンテンス、つまり言葉に意味をもたせたのである。これは興味深い。あえて自らの作家性として作品にメッセージ性を持たせない氏が、ここでは発声による言葉の響きから、歌詞による言葉の想いを届ける手法で新たな楽章を書き下ろした。同時にこのことは、コーラスを楽器の1パートに据えるところから一気に飛躍させたことになる。これをもって管弦楽と声楽は少なくとも対等、5:5の比重を分け合うことになったのである。
総じて、初演一聴だけでは語ることのできない拡がりと深さがこの作品にはある。中途半端な断片的感想は未聴者に余計な先入観を与えかねず、一聴のみで作品を掌握したように語ることは作家への冒涜にもつながりかねない。それでもあえて書き記したのには理由がある。
この作品は大傑作である。久石譲が芸術性を追求した作品群にはこれまで「The End of the World」「Sinfonia」など数多く存在する。楽章構成とミニマル色を強く打ち出すという点でも共通点はある。だがしかし、「新版Orbis」はその次元を超えた。延長線上、集大成、結晶化、新境地、さまざまな言い回しがありもちろんそういった意味合いも持っている。それらをおさえてあえて言葉を選ぶならば、「そこは別世界・別次元だった」。
ひとつだけ断言できることがある。ここに「ジブリ音楽:久石譲」の代名詞は必要ない。この作品を聴いてジブリのような映像やイメージが浮かぶというなら、それはまやかしである。一線を画して聴衆は対峙しなければいけない、無心で。そうして初めて出逢えるのは、心に入ってくる音楽、魂に響く音楽、本能に直接訴えかけてくる音楽、である。なにが言いたいのか。もしかしたら遠い未来の人たちが久石譲を語るとき、真っ先にジブリ音楽でもないCM音楽でもない、「Orbis」が代名詞となっているかもしれない。
万全を期ししたレコーディング、作曲家の意思を介したトラックダウンが行われた完成版を聴く日までは、この作品の真髄はわからないだろう。混声合唱、オルガンとオーケストラ、三位一体となった”環”がその巨大な姿を現す日を待つ。今初演において未完、まだ発展や進化の余地があるのかもしれず、完全版としてのCDパッケージ化は時間がかかるのかもしれない。ただ待つのみである。
もしも叶うとするならば、未完でもいい、その時にふれた「Orbis」をかたちに残してもいいではないか。「Orbis」、「新版Orbis」、新たな新版や改訂版が連なってもいい。そもそも作品自体が暗示している。”環”はどんどん”つながり”、魂をもって創造をつづける。そこに終わりはない、永遠。
息をあげて主観でレビューを書くことに冷ややかな反応があることは覚悟している。だからこそ、1日でも早く、ひとりでも多くの人に「Orbis ~混声合唱、オルガンとオーケストラのための~」新版を聴いてもらえる日が来ることを切に願う。そうして少しでも共感してもらえたり、わかち合えるなにかが生まれることこそ、聴衆たちにもたらされる喜びである。
2018.12 追記
オリジナル版「Orbis」だが久しぶりのプログラムとなった感想を。
2025.12.30 追記
10年ぶりに2015年版が再演を果たす。
久石譲:Orbis ~混声合唱、オルガンとオーケストラのための~
この作品の誕生から進化までの流れは、久石譲の楽曲解説にあるとおりです。今回は全3楽章となった2015年版です。当時その初演を聴いた衝撃と鳥肌は今でも鮮明に覚えています。あれから10年の大いなる沈黙を経て、待望の再演を果たしました。
I. Orbis ~環
人気と定番を併せ持ったアルバム『メロディフォニー』(2010)に単一楽章の作品として収録されています。久石譲ファンであることを声を大にするファンのなかには、この曲は絶対好き(外せない作品)!という人が多いです。いろいろなきっかけでファンになって探し聴くうちに必ず辿り着く地点。この曲が好き!って言うなら、ここまでに結構聴いてきてるね、好きのベクトルが近いかもと暗黙の共感が生まれる。そんな楽曲だと思います。
序曲のような楽章は、華やかさと品格があります。変拍子なのに気難しさよりも快感を感じるのはリズムの魔術師久石譲、聴きながら心が躍動していくのがわかります。合唱もバランスといい安定感といい素晴らしかったです。全楽章を通して歌われますが、すべて作詞:久石譲で貫かれた作品というのも稀だと思います。
II. Dum fãta sinunt ~運命が許す間は
厳かな楽章です。チューブラーベルズの等間隔で打たれる鐘の音とオルガンの分散和音から始まります。合唱がその流れに静かに乗ります。前楽章とは大きく雰囲気を変えた楽想は、合唱も諭すように語りかけてくるように進んでいきます。次第に濃淡に複雑な混声合唱のハーモニーへと広がり静謐な世界観に包まれます。
この楽章は管楽器はほとんど登場せずに弦楽セクションとオルガンと合唱が主です。後半にはミニマルな伴奏音型を第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンで交互にかけあい、左右対称に位置する音響的な揺らぎと、想いの揺らぎがこちらに近づいてきます。グレゴリオ聖歌やミサ音楽に通じる厳粛さに胸を打たれます。
III. Mundus et Victoria ~世界と勝利
勇壮さと威厳に満ち溢れた楽章です。冒頭からエネルギーの漲りに圧倒されます。オーケストラだけでも空中分解してしまいそうなほどの超最高難易度を誇る楽章だと思います。だからかっこいい!混声合唱はオーケストラと対等に拮抗して並走します。だからかっこいい!高みを極めるオーケストラと合唱がぶつかり合い結びつきを強めながら大きな有機体へと膨らんでいく。だからかっこいい!
弦楽セクションが淀みなく引っ張ってくれていると感じました。中間部では第1楽章が再現されます。そしてクライマックスは人間の、命の潜在パワーの爆発です。この楽章を聴いて活力を注入されない人はいないと言い切りたい。
歴代の大作曲家たちは、一歩先の時代を見据えた難易度の作品を書いてきました。現在は十全に演奏できなかったとしても、未来の演奏家たちはクリアするだろう難易度です。Orbis全3楽章版はそういう作品だと思います。だからしびれる!バロックやベートーヴェンの時代を繋ぎながら新次元の世界がここにあります。久石譲の真骨頂といえる作品です。
久石譲を語るうえで欠くことのできないOrbis。これから先はその橋渡しです。演奏、出版、音源の”環”がしっかり結ばれる日を心から期待しています。僕にできることは、音源を聴く、コンサートに行く、感想のリアクションを起こす、この”環”を貫いていきます。






