Blog. 雑誌「CDジャーナル 2015年11月号」久石譲 インタビュー内容

Posted on 2015/11/14

10月20日発売 雑誌「CDジャーナル 2015年11月号」に掲載された久石譲インタビュー内容です。

これからの予定も少し垣間見れる内容です。

WDO2015CD化決定!
読響シンフォニックライブのTV放送予定!

どちらも詳細はこの段階では未確定となっています。今年後半の活動から、来年以降の展望を楽しく想像、期待したくなるようなインタビューです。

 

 

自分の原点と”内なるアメリカ”をめぐって
取材・文/前島秀国

久石譲の破竹の勢いが止まらない。8月は最新アルバム『ミニマリズム 2』リリースと同時に、新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラとのツアーを全国6ヵ所で開催し、「Symphonic Poem “NAUSICCÄ” 2015」を世界初演(CD化決定。詳細は後日発表)。9月は久石自身がセレクトした現代の優れた音楽を紹介する”Music Future Vol.2”を開催し、新作「Single Track Music 1」(サクソフォン四重奏+打楽器版)と「室内交響曲」を世界初演。10月は『題名のない音楽会』5代目司会者・五嶋龍のために書き下ろした新テーマ曲「Untitled Music」のオンエア開始と、新作「コントラバス協奏曲」(日本テレビ委嘱作品、読響シンフォニックライブで2016年1月放送予定)の世界初演。そして年末12月には混声合唱、オルガン、管弦楽のための「Orbis」新ヴァージョン初演を含む”久石譲 第九スペシャル 2015”開催と、目にも留まらぬ速さで作曲/演奏活動に打ち込んでいる。

 

音楽に入りやすいこと、身近に感じてもらうこと

まずは、久石の原点であるミニマル・ミュージックをアルバム・コンセプトに据えた『ミニマリズム 2』について。小編成の室内楽で密度を高めた本作には、久石のソロ・ピアノ曲「WAVE」と「祈りのうた」が収録されているのも、ファンにはたまらないポイントだ。

「2曲とも宮崎駿監督の誕生祝いとして書いた作品です。〈WAVE〉(2009年作曲)は”メロディ”と”ミニマル”という2つの要素をシンプルな形で結びつけた曲ですが、当初収録を予定していたピアノ・ソロアルバムがなかなか完成せず、リリースの機会を逸してしまいました。一方の〈祈りのうた〉(2015年作曲)は、戦後70年の節目を意識して書いた曲。以前から音数(おとかず)の少ない、内省的な作品を書きたいと思っていたのですが、これもなかなか機会に恵まれなくて。ところがここ数年、ペルトやグレツキの作品を(指揮者/ピアニストとして)演奏したことで、ホーリー・ミニマリズムと呼ばれる彼らのスタイルから刺激を受けました。”なるほど、できるだけ切り詰めた要素で作曲していくには、こういう方法もあるのか”と」

『ミニマリズム 2』収録の「Single Track Music 1」は、単音から24音まで増殖していく音列をユニゾンだけで演奏しながら、ヴァーチャル的にミニマル特有のズレを感じさせる新しい手法にチャレンジしている。

「基本的にはリズム中心の作品ですが、リズムというわかりやすい要素を作曲のベースに置くことで、聴き手の拒否反応を無くすことができます。つまり書く側が8分の7のような変拍子を使い、複雑な音の並べ方を試みたとしても、聴く側はリズムの勢いで音楽に入っていけるので、トータルとしては縁遠いものではなくなる。音楽に入りやすいこと、身近に感じてもらうことが、いま、自分の中でもっとも重視している要素なんです」

そこには、いち早くミニマル・ミュージックの演奏・紹介に取り組んできた、久石自身の体験が色濃く反映されているという。

「70年代から80年代にかけて、多くの演奏者がライヒ、グラス、ライリー、ヤングという4人のミニマリストの作品を何らかの形で体験しました。演奏したことがない人は、ほとんどいないと言ってもいいくらい。ただし、ほとんどの場合、みんな嫌気がさしてミニマルから離れてしまった。その気持ちは、よくわかります。今回、”Music Future Vol.2”でライヒの〈エイト・ラインズ〉を指揮しましたが、譜面を見ると自分でも嫌になりますよ。”こんなの弾くなんて、冗談じゃない”みたいな(笑)。ライヒの場合、モーダルなジャズ、コード進行というのが発想のベースに必ずあります。それを、寝食を共にするような共同体の中で少しずつ変化をつけながら、音楽を作り上げていくというのが彼の方法論なので、3~4回のリハーサルで演奏すること自体、無理があるんです。演奏者の心が入りにくい。30年前、もしも的確に指導できる人間がいれば、ミニマルと聞いただけで演奏者が溜息を洩らすような、現在の状況にはならなかったでしょう。ミニマルに欠点があるとすれば、おそらくそれが最大の欠点です。作曲家が演奏者の生理を考慮し、譜面の書き方を見直して欠点を克服していかなければなりません」

 

”ニューヨークの夜”のような世界観

”Music Future Vol.2”で久石が紹介したブライス・デスナーの弦楽四重奏曲「Aheym」(日本初演)や、ジョン・アダムズの「室内交響曲」(久石が指揮)には、そうした欠点を克服していく姿勢が感じられるという。

「デスナーの曲に聴かれるCマイナーのコード感、あれはクラシック専門の作曲家には書けないでしょうね。ロックやそのほかの音楽のエネルギーを取り込み、クラシックの書き方を勉強し直した人間でないと書けない強さがある。アダムズに関しては、リズムをわかりやすく刻むことで聴きやすい音楽を作っていますが、じつは3つか4つの雑多な要素を同時に盛り込んでいる。そうしたカオスのような多様性が、彼らアメリカの作曲家たちが持つ強みだと思うんです」

同じ”Music Future Vol.2”で世界初演された久石の新作「室内交響曲」にも、じつは”アメリカ”という要素が濃厚に現れている。

「昨年の”Music Future Vol.1”で、6弦エレクトリック・ヴァイオリンを独奏楽器に用いたニコ・ミューリーの〈Seeing Is Believing〉を指揮したのが、作曲のきっかけです。せっかくこの楽器に出会ったのだから、ひとつ自分でも曲を書いてみようと。ところが、これは予想外だったのですが、あの電気的なサウンドは間違いなく”アメリカ”ですね。気が付いたらロック・ギターのようなディストーションを使ってみたり、スコアの中にサクソフォンもフィーチャーしたりしていました。そうすると、自然と”ニューヨークの夜”のような世界観になっていく。そこで、はたと気が付いた。今回の”Music Future Vol.2”はライヒ、アダムズ、デスナー、自分の曲と、完全に”オール・アメリカン”ではないかと。これほど見事なコンセプトでプログラムが統一されているとは、自分でも驚きました」

現在作曲中の最新作「コントラバス協奏曲」も、同様に”アメリカ”が重要なキーワードになるという。

「コントラバスを独奏楽器としてイメージしてみた時、真っ先に思い浮かぶのがロン・カーターのようなジャズ・ベーシストなんですよ。そうすると、これも当然”アメリカ”になってくる。よくよく考えてみると、今年の作曲活動のポイントは、じつは”自分の内なるアメリカ”を確認し直すことだったのかと。それが必然的な流れならば構わないし、結果的に良い作品が生まれればいい。チェロ協奏曲の延長として作曲しても面白くないですから。これはすごく面白い曲に仕上がると思いますよ。期待してください」

(雑誌「CDジャーナル 2015年11月号」より)

 

CDジャーナル 2015年11月号

 

Info. 2015/11/13 久石譲 栃木市の市歌「栃木市民の歌 -明日への希望-」担当

市制5周年を迎えた栃木市の市歌「栃木市民の歌 ー明日(あす)への希望ー」を
久石が作曲いたしました。作詞は、娘の麻衣が担当しています。

本日、11月13日の市制5周年記念式典において、麻衣の歌唱によりお披露目されます。 “Info. 2015/11/13 久石譲 栃木市の市歌「栃木市民の歌 -明日への希望-」担当” の続きを読む

Disc. 久石譲 『栃木市民の歌 -明日(あす)への希望-』 *Unreleased

2015年11月13日 発表

 

市歌「栃木市民の歌 ~明日(あす)への希望~」
作曲:久石譲 作詞:麻衣

 

栃木市市制5周年記念式典にて発表。麻衣の歌唱により初披露、小学生との合唱も披露された。

 

麻衣は、太平山を何度も訪れたことがあったという。市歌の制作が決まってからはさらに構想を練るため、渡良瀬遊水地や市中心部の巴波川など市を3度訪問。「父とたくさん話し合い、栃木の人たちの地元への思いを表現した」と語る。

市長は市歌について「地元を離れた人の郷愁を誘う曲になるとうれしい」と期待を寄せている。

 

市歌はCDを市図書館などで貸し出すほか、市ホームページで試聴もできる。
https://www.city.tochigi.lg.jp/soshiki/8/121.html

 

栃木市ホームページによって視聴・ダウンロードできるのは下記4項目である。

  • 栃木市民の歌~明日への希望~(歌:麻衣)
  • 栃木市民の歌~明日への希望~(ピアノ伴奏)
  • 譜面(メロディ譜)
  • 譜面(ピアノ伴奏)
  • 譜面(混声四部合唱)
  • 歌詞カード

 

 

老若男女が歌えるシンプルで清らかな歌曲である。

楽譜にも「Giocoso」と明記されているが、《陽気に、楽しく》という音楽用語であり、市民みんなで楽しく歌いあってほしいという表れであろう。

また珍しい点といえば、シンプルな旋律ながら付点8分音符が多く見られ、このことがリズミカルで快活な歌曲/合唱曲への一役を担っているといえる。(8分音符の連続の場合”タタタタ”となり、付点8分音符の連続の場合は”タータタータッ”となる)

これから先市民の歌として愛されるなかで、同市で久石譲コンサートなどが企画された際には、オーケストラと合唱での共演などの可能性もあるかもしれない。

 

 

 

2018.3 追記

 

 

 

栃木市

 

栃木市民の歌 アスへの希望 ジャケット 2

 

Info. 2015/11/10 [CDマガジン] 「クラシック プレミアム 49 ~ブルックナー~」 久石譲エッセイ連載 発売

2015年11月10日 CDマガジン 「クラシック プレミアム 49 ~ブルックナー~」(小学館)
隔週火曜日発売 本体1,200円+税

「久石譲の音楽的日乗」エッセイ連載付き。クラシックの名曲とともにお届けするCDマガジン。久石による連載エッセイのほか、音楽評論家や研究者による解説など、クラシック音楽の奥深く魅力的な世界を紹介。

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Info. 2015/11/08 [Web] スズキ・メソード「コントラバス協奏曲」コンサート・レポート 掲載

スズキ・メソード公式サイトのイベント情報にて、先日10月29日に行われた「読響シンフォニクライブ」公開録画のコンサート・レポートが掲載されています。

この公開録画は、久石譲出演・指揮にて、新作「コントラバス協奏曲」世界初演が行われたコンサートです。作品制作に至ったソロ・コントラバス奏者、石川滋さんとの出会いや経緯、作品の制作過程や曲想についてなど具体的にレポートされています。 “Info. 2015/11/08 [Web] スズキ・メソード「コントラバス協奏曲」コンサート・レポート 掲載” の続きを読む

Blog. 「クラシック プレミアム クラシック プレミアム 48 ~新ウィーン楽派の音楽~」(CDマガジン) レビュー

Posted on 2015/11/7

クラシックプレミアム第48巻は、新ウィーン楽派です。

 

【収録曲】
シェーンベルク
《浄められた夜》 作品4 (弦楽合奏版)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音/1973年

ウェーベルン
《5つの楽章》 作品5 (弦楽合奏版)

ピエール・ブーレーズ指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音/1994年

ベルク
ヴァイオリン協奏曲 《ある天使の思い出に》
ギドン・クレーメル(ヴァイオリン)
サー・コリン・デイヴィス指揮
バイエルン放送交響楽団
録音/1984年

 

 

「久石譲の音楽的日乗」第46回は、
十二音音楽ってなに?

本号特集と久石譲エッセイ内容が一致するのは全巻とおしても珍しく、特集でも十二音音楽、久石譲も十二音音楽と、頭の中でグルグル回ります。いずれを読んでも、とにかく難しい。難解だと敬遠するつもりはないですが、わかりたいですが、難しい。

一部抜粋してご紹介します。

 

「十二音音楽(技法)についてこれから必要最小限の説明を試みたいのだが、その前にお断りしたい事がある。僕はこの技法を大学時代に独学し、その後、日本の十二音技法の大家、入野義朗先生についていささかレッスンを受けた。まだミニマル・ミュージックの洗礼を受ける前のことだが実は多くの作曲家、アルヴォ・ペルト、ヘンリク・グレツキ、そしてあの前衛中の前衛であるジョン・ケージでさえこの十二音技法を学んでいる。だから自分にとってこの技法を語ることは特別な事ではないのだが、音楽ファンにとってみれば、仮にたくさんのレコードを持ち、カール・リヒターとトレヴァー・ピノックのバッハ作曲《ブランデンブルク協奏曲》の違い(これは村上春樹の本に出てくる描写)が熱く語れるほど音楽に詳しい人であっても、なんだか面倒くさい話になる。理論や法則の話は誰だって好む事柄ではない。人は制限されること、例えば行動を規制させること、指図を受けることなど、自分の意志ではないことを強いられるのは嫌いだ。僕も嫌いなのだが、なぜかこういう話になるのは、たぶん自分の感性を信じていないからで(いや、人間の感覚というもの自体を)、あやふやな自分を確認するものさしとして理論を使っているからだろう。案外、正しい理論や論理との接し方かもしれない。」

「十二音音楽(技法)とは1オクターヴの12の音を使った音列(セリー)で、その音の順番を変えずに音楽を作っていく方法だ。もちろん同じ音を音列の中で2度使用する事はできないし、感覚として他の音の方がよいと思ってもそれは駄目である。ただしその音列にしたがって和音としての使用は可能だ。こうする事によってどの音にも比重が偏る事なく、対等に全部の音を扱う。これは調性音楽が主音や属音を主体に動く事からいかに離脱するか、という事から考えられた。また、その音列の最後の音から頭の音にいくのを逆行型、最初の音から同じ音程分だけ反対方向にいくものを反行型といい、逆行型も反行もいれると全部で4種類のセリーができる。やっぱりわからないね、どこがわかりやすいんだ! という声が聞こえてくるが、もう少し辛抱を。」

「作曲家は絶えず次になんの音を選ぶか悩む。シンプルなメロディーでも前後の関係性でここはソかラを選ぶか考え込む。ソナタ形式や機能和声のようなシステムがあればその基準に沿って、あるいは破壊しようと思って(本人だけ思っていて実は仏様の手の平状態なのだが)音を選んでいく。そう、システムがあれば作曲は助かるのだ。その意味でこの十二音技法は便利なのである。まず12の音を作曲者の感性と論理で配列する。これをオリジナル音列と仮に命名する。すると先ほど書いたように逆行、反行などの4種類x12半音分もの音を選ぶ材料が自然に、あるいはあらかじめ用意されたごとくできる。もちろんもっと細かな決めごとがあるのだが、あとは作曲家がそれに即して音を置いていけば曲は一応できるのである。」

「その時代はトマトが熟しすぎて腐る寸前のような状態、つまり機能和声が半音階を多用してもはや調性はどこにあるのか聴き分けることも不可能になった時代だった。そしてこのような時のトマトはおいしいと聞くが、音楽も同じで後期ロマン派の音楽は味わい深く実においしいのである。ちなみに僕はトマトが大嫌いだ! まあそんなことはどうでもいいのだけれど、そのような時代にこの技法は画期的だった。もちろんなかなか受け入れられなかったことは容易に想像できる。創始者といわれているシェーンベルク自身、十二音技法と調性音楽あるいは単に無調の音楽の間を行ったり来たりしているのである。時代は緩やかなカーブを描いて変遷する。」

「さて「音楽の進化」について書いているのだが、その冒頭でアントン・ウェーベルンの言葉を引用した(39号)。彼はシェーンベルクの弟子であり、その後の現代音楽への影響から考えれば師であるシェーンベルクよりも影響は大きかったと言える。彼はある講義で「あらゆる芸術は…合法則性に基いている」といい、それに続いていかに十二音音楽が歴史の流れの中で必然的な技法であるかを熱く語っている。それは当事者によくある我田引水のような部分もあるのだが、「音楽の進化」を考える場合、傾聴に値する内容だ。」

「つまり、単音の音楽の時代から、線の音楽になり(ポリフォニック)、それがホモフォニー(ハーモニー)になったのだが、音楽以外のもの(物語性)で飽和し限界に来たところで、今一度ポリフォニックになった、それが十二音音楽であると。つまり純音楽に戻ったと彼は言いたいのだろう。確かに十二音音楽は音列を使う分、縦ではなく横の線の動きが重要になる。ではそれがハーモニーの時代を終焉させ、新しい時代を本当に作ったのか? 次回はポップスを含めた20世紀の音楽を考えたい。」

 

 

うーん、非常に難しいですね。言葉で説明されると理屈的にはわかったような気になりますが、わからない。そしてシェーンベルクの十二音技法のピアノ曲なども聴いてみると、さらにわからなくなるという始末。

今鳴っている音楽が、解説や理論でいうところの、どこに当たるのか…耳でも言葉でも照らしあわせてわからない。ただ毛嫌いせずに、音楽の歴史において、そういう動きが起こり、それが今にも引き継がれている部分がある。そう捉えておこうと思います。

 

シェーンベルクの「浄められた夜」は、久石譲も指揮をとったことのある作品です。弦楽六重奏版と弦楽合奏版(1917年版/1943年版)がありこれらは作曲者オリジナル版となりますがそれ以外にもピアノ三重奏版なども作品化されています。

いずれをも聴いたうえで、やはり弦楽合奏版の、うねるような怒涛の弦の響きは圧巻です。歴史的名盤と評価も高い、本号にも収録されたカラヤン盤を久石譲が演奏会で取り上げるとわかってから愛聴しています。

ちなみにこの「浄められた夜」は、シェーンベルク初期作品で、無調音楽でも十二音音楽でもない位置づけになっています。とても聴きやすく詩からインスピレーションを受けた作品ということもあり、弦楽器だけで織りなすドラマティックな構成、展開となっています。神秘的 幻想的 月 生命 慈愛 詩的 こういったキーワードを連想する作品というところでしょうか。

 

2015年5月に久石譲が同作品を指揮するにあたり、ピアノ版を自ら譜面にしたというエピソードがあります。

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「それで今猛勉強中なのだが、とにかく各声部が入り組んでいるため、スコアと睨めっこしても頭に入ってこない。いろいろ考えたあげく、リハーサルの始め頃は連弾のピアノで行うので、そのための譜面を自分で書くことにした。やはり僕は作曲家なので自分の手で音符を書くことが覚える一番の近道だと考えたのだが、それが地獄の一丁目、大変なことになってしまった。」

「《浄められた夜》は室内楽なので、音符が細かい。例えば4/4拍子でヴィオラに6連符が続くと4×6=24、他の声部もぐちゃぐちゃ動いているので一小節書くのになんと40~50のオタマジャクシを書かなければならない(もちろん薄いところもある)。それが全部で418小節あるのである! そのうえ、4手用なので、弾けるように同時に編曲しなければならない。全部の音をただ書き写しても音の量が多過ぎて弾けないので、どの声部をカットするか? もう無理なのだが、どうしてもこの音は省けないからオクターヴ上げて(下げて)なんとか入れ込もうとかで、とにかく時間がかかる。実はこの作業は頭の中で音を組み立てているのだから、最も手堅い、大変だが確実に曲を理解する最善の方法なのだ。」

「もしかしたらこれは多くの作曲家が通ってきた道なのかもしれない。マーラーやショスタコーヴィチの作品表の中に、過去の他の作曲家の作品を編曲しているものが入っている。リストはベートーヴェンの交響曲を全曲ピアノに編曲している(これは譜面も出版されている)。これからはもちろんコンサートなどで演奏する目的だったと思われるが、本人の勉強のためという側面もあったのではないか? モーツァルトは父親に送った手紙の中で、確か「自分ほど熱心にバッハ等を書き写し、研究したものはいない」と書いていたように記憶している。モーツァルトは往復書簡などを見る限りかなり変わった人間ではあるが、天真爛漫な大人子供のイメージは映画『アマデウス』などが作った虚像だったのかもしれない。」

「そんなことを考えながら、何度も書いては消し、書いては消している最中にふと「久石譲版《浄められた夜》を出版しようかな」などと妄想が頭をよぎる。もちろんシェーンベルク協会みたいなものがあったらそこに公認されないと無理だろうけど。」
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Blog. 「クラシック プレミアム 35 ~モーツァルト5~」(CDマガジン) レビュー

 

新・クラシックへの扉・特別編 久石譲 「現代の音楽への扉」 2015年5月5日開催
演奏プログラムと楽曲解説は

Blog. 久石譲&新日本フィル 「現代の音楽への扉」コンサート内容

Blog. 久石譲 「モーストリー・クラシック 2015年2月号」 インタビュー内容

Blog. 「週刊文春 4月30日号」(2015) 久石譲 掲載内容紹介

 

ぜひ《久石譲版 浄められた夜》、聴いてみたいところです。

 

 

……

今号はここで終わりません。

最近よく取り上げている「キーワードでたどる西洋古典音楽史」(岡田暁生 筆)

今号でのテーマは「音楽の終わり方(上)」だったのですが、これがまた思わず唸ってしまうほど感嘆してしまいました。そういう視点はなかったなと、見方や聴き方、音楽との接し方の新しい発見。

一部抜粋してご紹介します。

 

「人はややもすると若い頃、人生が無限に続いていく錯覚を抱きがちである。早くに身近な人を亡くすというような経験があれば事情は違ってこようが、そういうことでもなければ「時の終わり」、すなわち死とは、極めて観念的な存在にすぎない。ただし私のように五十代半ばともなれば話は違ってくる。シューベルトもモーツァルトもショパンもシューマンもメンデルスゾーンも、皆とっくに亡くなっていた年齢である。ベートーヴェンが亡くなったのが56歳。あと数年で私も同じ年代だ。「終わり」が見えてくる。そして残り時間をいろいろ計算する…。」

「音楽を生業とする者にとって、「残り時間の計算」とはシャレではない。絵画や文学なら、鑑賞するスピードを上げることでもって、同じ残り時間で他人より多くの作品を知ることが可能である。しかし音楽はそうはいかないのだ。音楽は万人に平等である。ある交響曲を聴くには、誰でも同じ時間がかかる。残り時間を自分が知りたい作品数で割ると、あと一体どれだけの音楽を聴けるか?限られた量の音楽しか聴けないなら、まだ知らない作品を優先するか、それともすでに知っているお気に入りの音楽を何度も聴くか?ナンセンスな自問自答とは思いつつ、音楽が「時間芸術」と呼ばれるその含意に、思わず眩暈がしてくる。」

「「終わり方」は音楽を創り上げるプロセスにおいて、極めて重要なポイントの一つである。つまり「カッコイイ始まり方」ができる人は結構いるにしても、「然るべき終わり」へと曲を持っていける作曲家は非常に少ないのだ。」

「クラシック音楽の場合、私たちが一般に耳にするほぼすべての曲は、それなりの名曲ばかりである。それらはさも当然のように、然るべき終わり方をする。だから「然るべき終わり」が本当はどれだけの難事であるか、かえってあまり実感できない。しかし現代音楽の新作などを聴くと、ダレずに終わるということがそもそもどれほど技量を必要とすることであるか、瞬く間に明らかになる。」

「とはいえ、新作であっても「始まり方」は、それなりにたいがいがいい。最初からずっこける作品はほとんどない。曲の始まりには皆、並々ならぬ創作のエネルギーを注いでいるということであろう。そして曲の展開というか、盛り上がりについても、悪くないものは多い。しかし、終わるタイミングを見失ってしまう。もはや次の盛り上がりもなければ新しいアイデアも出てこないのに、だらだらとまだ続く。」

「想像するに「筆を置く」というのは、門外漢には思いもよらぬような、途方もない胆力を要するのではあるまいか。すべて言い切る、そして充分語ったと思ったら、もう余計なことはつけ加えず終わる。これはよほど自信がないとできないことなのだ。ここぞというタイミングで過たず終止符を打つ、名曲中の名曲とされてきたものは、さも当然のようにこの条件をクリアしている。しかしそれを自明と思ってはいけない。それは神に祝福された奇跡のごとに瞬間である。」

 

少し補足をすると、

音楽とは「時間芸術」である。

文学や絵画といった芸術は、完成した時点で「作品が生まれる」。一方、音楽というのは、最後の和音に辿りついて完成した瞬間、跡形もなく消える。(楽譜としての音楽ではなく、実際に目の前で鳴り響く音楽)

つまり曲の「曲の終わり」とは「終焉」である。

音楽の終わりとは、「夢から覚める」「祭りの終わり」などと似た時間意識をもたらす。よって、曲の終わり方は重要である。

(と、上記抜粋内容へと循環していきます)

 

「終わり方」というテーマにおいて、実際の曲の終わり方の善し悪しから、哲学的な終焉、芸術作品としてなど多角的に述べられているので変に抜粋するとつかみにくいかもですが、逆に言えば「終わり方」ひとつをとっても、こんなにも広く深い視点があるものなんだなと、感嘆した内容でした。

 

クラシックプレミアム 48 新ウィーン楽派

 

Blog. 「久石譲 PIANO STORIES ’99 Ensemble Night with Balanescu Quartet」インタビュー コンサート・パンフレットより

Posted on 2015/11/3

久石譲の過去のコンサートから「PIANO STORIES ’99 Ensemble Night with Balanescu Quartet」です。

ここではコンサート・パンフレットより、インタビューをメインにご紹介します。

 

 

PIANO STORIES ’99 Ensemble Night with Balanescu Quartet

[公演期間]24 PIANO STORIES’99
1999/10/21 – 1999/11/11

[公演回数]
12公演
10/21 倉敷・倉敷市民会館
10/23 大阪・フェスティバルホール
10/24 名古屋・愛知厚生年金会館
10/28 盛岡・盛岡市民文化ホール
10/29 仙台・宮城県民会館
10/30 秦野・秦野市文化会館
11/1 広島・広島郵便貯金ホール
11/2 広島・広島厚生年金会館
11/5 福岡・メルパルクホール福岡
11/8 札幌・札幌コンサートホール
11/10 東京・東京芸術劇場
11/11 東京・東京芸術劇場

[編成]
ピアノ:久石譲
バラネスク・カルテット
Bass:斉藤順
Marimba:神谷百子
Percussion:大石真理恵
Wood Wind:金城寛文
Wood Wind:高野正幹

[曲目]
794BDH
Sonatine
New Modern Strings

「MKWAJU」より
MKWAJU
Tira-Rin

EAST (Balanescu Quartet)

Two of Us
太陽がいっぱい
Les Aventuriers

アシタカとサン (Pf.solo)
HANA-BI (Pf.solo)

【DEAD Suite】
Movement 1
Movement 2

DA・MA・SHI・絵
Summer ※Silent Loveモチーフあり
Tango X.T.C
Kids Return

—–アンコール—–
もののけ姫
Madness
DEAD Suite Movement 2 (11/11東京)

 

 

久石譲 PIANO STORIES 99 コンサート P2

 

INTERVIEW

連続(ミニマル)の結実

昨年のツアー「PIANO STORIES ’98 -Orchestra Night-」のライブ盤「WORKS II」をリリースしたばかりだが、今回のツアーはガラッと趣が異なる。昨年がオーケストラとの仕事の集大成なら、今年は久石譲のソロ活動での集大成を目指すという。彼が長年追究してきた音楽とは、どんな世界なのだろうか。

 

久石:
なぜ、今年のコンサートはアンサンブルなのか。答えは単純です。1年置きにオーケストラとアンサンブルのツアーを行っており、今年はアンサンブルの番。そして共演は、昨年、僕が演出を担当したコンサート「京都・醍醐寺音舞台」でセッションをし、非常に相性の良かった、バラネスク・カルテットにお願いしました。その他、マリンバ、ベースなどのメンバーも「音舞台」と基本的に同じです。今回のアンサンブルに最適なメンバーを選んだのですが、加えて、今年のツアーは比較的、キャパシティの大きなホールが多いので、”スペシャルな感じの大きさ”みたいなものも考慮しました。

例えば「音舞台」の時は木管1本だったのを、今度はバリトンサックスまで入れました。マリンバも1台だったのを、2台に増やした。そうすることによってアタックの衝撃度が大きくなり、より立体的な音になると思うんです。やっぱり木管一人だと、どうしてもメロディ扱いになるけど、二人だとセクション扱いになりますから。ただでさえ、ピアノに木管、パーカッションという形態のグループは日本にいないわけですよね。これはかなり衝撃的なサウンドになると思いますよ。

ただ、形態が少し変わったので、「音舞台」の時にも演奏した「Asian Dream Song」なども、またアレンジを変えなければならない。それがちょっと面倒臭いんですけどね(笑)。

内容的には、ミニマル・ミュージックをベースにしたアンサンブルを、と考えています。ミニマルって、ただ同じ音型を繰り返すだけと思われがちですが、実はこの音楽、ミュージシャンを選ぶんですよ。例えば日本人が演奏すると、どんどん音を厚くし、クライマックスに向かっていかなきゃならないような曲調になってしまう。早い話、M・ラヴェルの「ボレロ」とミニマルの何が違うか、ということを理解できる相当知的な人じゃないと、演奏できないと思う。”同じ音型を繰り返す=ミニマル”じゃないですから。

恐らく、技術的にバラネスクより上手いミュージシャンは、日本にいくらでもいるでしょう。でも彼らは、同じミニマルをベースにしている作曲家マイケル・ナイマンの元で演奏もしています。だからミニマル・ミュージックのあり方、繰り返す事の意味を、良く理解しているんですね。

 

21世紀に繋がる音楽を自分なりにアプローチしたい

久石譲は音楽のテーマを追い求める。
ミニマル・ミュージックは長年追究している音楽。
どうしても今、演奏しておかなければならない音楽。
その答えがここに垣間見えるかもしれない。

久石:
もしかしたら今回の試みは、映画音楽の久石しか知らない方にとって、見たくない、聴きたくない音楽かもしれません。以前は自分でもそう、考えていました。自分が描く世界はこうで、映画ではこうと。割と分けていた時期があった。ところが、北野武さんの映画に書いている曲というのは、基本的に自分のソロの世界とあんまり変わらないんです。いずれにしても自分の描く音楽は、自分の世界だと思っています。中でもミニマル・ミュージックは、僕が長年追究しているテーマ。個人的にどうしても今、演奏しておかなければならない音楽なんです。

20世紀の音楽は、リズムの世紀でした。アフリカにいた黒人が米国に連れて来られ、白人と一緒になってジャズという音楽が生まれた。そして今度は、黄色人種と結びついて、ラテン音楽が出来た。19世紀の終わりまでは、我が世の春のように西洋クラシックが絶対的だと思われていたわけですが、リズムに弱かったために、20世紀に入ると急速に影響力がなくなってしまった。つまり現在の、ギター、ピアノというベースがフォーリズムである音楽が支持されるようになった歴史とは、たかだか70年程度しかないわけです。で、アンサンブルの特徴というのも、基本的にはリズムにあります。大半の曲が140~150というすさまじいテンポの中で、機械的にリズムが徐々に変わっていく。つまりミニマルな音楽が主流なんです。僕の中で、もう一度、その70年の歴史を紐解いて、自分なりのアプローチをキッチリとしておきたい。そう、考えました。

選曲に関しても、僕がソロ活動の中で、ずっと以前から追究してきた「孤独」や「死」をテーマにしたものを演奏しようと思っています。自分自身、故郷・長野から東京に出てきたというのもあって、昔から”故郷を捨ててしまった人間の悲哀”に興味がありました。人間の理想の生き方って、朝、日の出と共に目が覚めて、肉体を使った労働をして、日が暮れた時にご飯を食べ、寝る。非常にシンプルなのがいい。その中で培われた共同体や近隣の人たちなど、いろんな人との関わり合いの中で生活しているわけですよね。ところが今、家の方で根を張っているべきところを、皆が離れてしまい、”都会生活者”という根無し草になってしまった人たちが大勢いる。そういう人たちが作る経済状況の中で、兎小屋のような小さい部屋で寝泊まりし、コンビニのご飯を喰い、生きている。やっぱりそれは正しくない生き方だし、すごく苦しい事だと思うんです。で、「根無し草の人たちにとっての自然観って、何なのだろう」。そう、考えるようになった。そうして誕生したのが、「My Lost City」や「地上の楽園」といったアルバムだったのです。その中から何曲かを演奏しようと思っています。

ただ、すごくマズイのは、アルバム発表当時はバブルの絶頂期で、警鐘を込めて作っているんですね。だから今回は、ニヒリズムでやるのではなく、前向きに出来ないかと。アレンジを含めて、本番まで考えなければなりません。

それから新たに1、2曲、このツアーのために新曲を作る予定もあります。実は今回、今までのツアーと全く異なり、ツアー終了後に、バラネスクとのレコーディング企画しているんです。僕はいつも、あまり曲が煮詰まってない時点でレコーディングする事が多いんですね。それを今回は、ツアーを回って完全に完成したところで、メモリアルな意味も込めて、アンサンブルのレコーディングをしようと思っています。実はアンサンブルって3、4年前からやってるのに、珍しくレコードになっていない。だから「DA・MA・SHI・絵」も「MKWAJU」もニューバージョンでのレコーディングとなりそうです。

 

久石譲 PIANO STORIES 99 コンサート P3

 

活動は点ではなく、線でなければいけない

昨年のツアー終了後、久石は自問を繰り返したという。
「自分はなぜ、音楽を創るのか」。その答えはまだ、見つからない。
だが、立ち止まることで見えたもの。走り続けたことで得た、新しい出会いがあった。
久石の音楽に対する姿勢は、確実に変わりはじめている。

久石:
そうした新しい試みに自分自身、期待するものも大きいのですが、不安もあります。それは、昨年のツアー終了後から半年間、ピアノの演奏を観客の前でほとんどやってないということです。僕は、ピアノに向かわないと決めたら、その間、ピアノにも触りもしません。今年の8月8日に、昨年に続いて日本テレコムのイベントで久々に演奏することになり、1週間前から急激に練習を始めたのですが、腰は痛くなるし、もう体はボロボロ(笑)。ブランクが大きいと確実に、まず腕の筋肉が落ちます。その間、一生懸命ジムにも通っていたのですが、無駄だった。「ジムで造る筋肉って実用じゃないんだ」と、身にしみて分かりました(笑)。

その半年間、ピアノを弾かなかったというのは、理由があるんです。「Gene -遺伝子-」(NHKスペシャル「人体III」)などのレコーディングで忙しく、必然的に弾く機会がなかったということもありますが、それ以上に、ちょっと”間”を置きたかったというのが正直な気持ちです。

それは、「自分はなぜ、音楽を創るのか」。そう真剣に自問自答した半年間でした。長い間音楽を創っていると、惰性や習慣である程度のことができてしまう。それを一度壊して、「なぜ自分は音楽を創るのか」、「どういう音楽を創るべきか」、「何を表現したいのか」。音が鳴り出したらそれに流されるのではなく、「なぜ自分が今、この音を弾くか」ということまで。それは音楽だけじゃなく、自分がモノを創るという活動で、何をすべきかまで考えました。

結局、結論は未だに出ていませんが、きっとピアノに向かうと気持ち的に違いがでるでしょう。表現しようとする世界が変わっていくと思います。それがすごく大事な事なんですよね。

新しい映画監督との出会いも、その一環でした。今までわりと、北野武さんや宮崎駿さんなど、すごい大監督さんとやってきた。ここで一つ、世界観を変えてみたいと思って、映画「はつ恋」で篠原哲雄監督と、「川の流れのように」では秋元康監督(共に来春公開予定)と。まだ監督作2、3作品目の方たちとの仕事を経験したわけですが、新しい刺激があって面白かった。

ある意味、今回のバラネスクとの共演も、そうした世界観を変えてみたいと思っての発案だったのかもしれません。それに、活動というのは、絶対点であっちゃいけない。昨年の「音舞台」での出会いを次に生かす、”線”じゃなきゃいけないと思うんです。自分の書斎で考えている世界って小さいですから、いろんな人と出会って、いろんな可能性が広がっていく事を大切にしようと思ってます。

これは常々口にしているのですが、僕はあくまでも作曲家であって、演奏家ではない。では、なぜライブで演奏するか。本音を言えば、僕のような演奏家がもう一人居てくれたら、自分で演奏しようとは思わない(笑)。ただやっぱり、ソロアルバムや自分の世界というのは、パフォーマンスも含めて完成しないと完結しないんですよね。自分の世界というのは、聴衆の前で演奏してくれる人が必要なんですよ。だからそれはもしかしたら、久石譲オーケストラを結成して、表現することも出来るでしょう。たまたま自分がピアノを演奏するのが好きだったから、自分で表現するのがいいのかなと思っています。確かに、すっごくテクニックがある人は山ほどいる。ただ、自分がシンプルなメロディーの中に託したものを、自分の思った通りに弾いてくれる人って、そうはいない。本当は、出来るだけ早く演奏活動を辞めたいのですが(笑)。

いや、やはり、ステージは、自分の音楽の最終形態。まだまだ自分で演奏していきますよ。

(「久石譲 PIANOS STORIES ’99  」 コンサート・パンフレットより)

 

 

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久石譲 PIANO STORIES 99 コンサート P6

 

Blog. 「久石譲 PIANO STORIES ’99 Ensemble Night with Balanescu Quartet」 楽曲解説 コンサート・パンフレットより

Posted on 2015/11/3

久石譲の過去のコンサートから「PIANO STORIES ’99 Ensemble Night with Balanescu Quartet」です。

「醍醐寺音舞台」(1998)で共演したバラネスク・カルテットとのツアー開催。そして本ツアー終了後にレコーディングするということが事前に企画されたなかで、全国12公演で磨きあげられた楽曲たちを完成版としてセッション録音「Shoot the Violist ~ヴィオリストを撃て~」(2000年CD)へとつながっていきます。

1996年あたりからのアンサンブル形態でのコンサート集大成、そしてCD作品化へと久石譲アンサンブルのひとつの結実をむかえます。

 

 

PIANO STORIES ’99 Ensemble Night with Balanescu Quartet

[公演期間]24 PIANO STORIES’99
1999/10/21 – 1999/11/11

[公演回数]
12公演
10/21 倉敷・倉敷市民会館
10/23 大阪・フェスティバルホール
10/24 名古屋・愛知厚生年金会館
10/28 盛岡・盛岡市民文化ホール
10/29 仙台・宮城県民会館
10/30 秦野・秦野市文化会館
11/1 広島・広島郵便貯金ホール
11/2 広島・広島厚生年金会館
11/5 福岡・メルパルクホール福岡
11/8 札幌・札幌コンサートホール
11/10 東京・東京芸術劇場
11/11 東京・東京芸術劇場

[編成]
ピアノ:久石譲
バラネスク・カルテット
Bass:斉藤順
Marimba:神谷百子
Percussion:大石真理恵
Wood Wind:金城寛文
Wood Wind:高野正幹

[曲目]
794BDH
Sonatine
New Modern Strings

「MKWAJU」より
MKWAJU
Tira-Rin

EAST (Balanescu Quartet)

Two of Us
太陽がいっぱい
Les Aventuriers

アシタカとサン (Pf.solo)
HANA-BI (Pf.solo)

【DEAD Suite】
Movement 1
Movement 2

DA・MA・SHI・絵
Summer ※Silent Loveモチーフあり
Tango X.T.C
Kids Return

—–アンコール—–
もののけ姫
Madness
DEAD Suite Movement 2 (11/11東京)

 

久石譲 PIANO STORIES 99 コンサート P1

 

【楽曲解説】

■北野武監督の代表作『Sonatine』のスリリングなメロディ・ラインでオープニングを飾る今年のアンサンブルは、編成もよりいっそう華やかな、独特なスタイルを組んでいる。プログラムとしては、書き下ろしになる新作をはじめ、初演曲やダイナミクなリアレンジのラインナップで、まったく新しいサウンドを聴くことができる。『794BDH』『Venus』と、その疾走感を生かしたサウンドが続く。

■MKWAJU(ムクワジュ)からの2曲『MKWAJU』『TIRA-RIN』は、ミニマル・ミュージクを”見せる”かのような、視覚的な面白さも味わえるのが聴きどころ。多重リズムが織りなす構造がユニークな、コンサートならではの楽曲。

■『EAST』はバラネスク・カルテットのオリジナル曲。そして『New Modern Strings』、ストリングスの裏アップビートのカッティングが耳に残る、あの『Modern Strings』と、どこかが違う!? 違いはステージにあり。昨年の新譜「NOSTALGIA ~Piano Stories III」で大胆なアレンジが印象的な『太陽がいっぱい』はコンサート初演。『Les Aventuriers』(「PIANO STORIES II ~The Wind of Life」)と共に、ヨーロッパのモダンな空気感を醸し出しつつ、5拍子のスピード感に乗って響くサウンドが心地よい。

■『アシタカとサン』は、宮崎駿監督作品「もののけ姫」でラストシーンをしめくくるピアノの音色が印象深い。そして『HANA-BI』はベネチア国際映画祭グランプリ受賞以来、世界でその音色を響かせてきた。今回は新たにピアノ・ソロというスタイルで。

■『DEAD Suite』はこのコンサートのための書き下ろしの新作。そして、ミニマルの傑作『DA・MA・SHI・絵』は新編成によるアンサンブルの響きを得て、立体的なサウンドを繰り広げていく。

■『Summer』は今年の夏に公開された北野武監督の最新作「菊次郎の夏」のメインテーマ。思わず口ずさみたくなるようなメロディを爽やかに奏でる。ピアノ・ヴァイオリン・チェロによるメロディが甘く切ない『Tango X.T.C』、そしてラストをしめくくる『Kids Return』は、わきあがるようなドライブ感が気持ちの良い、人気ナンバー。ニューバージョンで、そのキレの良いリズムを聴かせる。

 

久石譲 PIANO STORIES 99 コンサート P5

 

DEAD Suite

今回このコンサートのために書いた新曲「DEAD Suite」は、僕がクラシック、現代音楽の世界から離れて19年ぶりに書き上げた楽曲だ。DEAD-英語音名で言う「レ・ミ・ラ・レ」をモティーフにして作曲された楽曲だ。いささかポップスのフィールドを逸脱したかもしれないが、20代後半にポップスの世界に転向して以来初めての本格的な現代音楽作品になる。リズムが移り変わり、不協和音ぎりぎりのところで構成されたこの楽曲は、音楽家として生きてきた、自分のアイデンティティーのための曲である。

なぜ今まで音楽をやってきたのか? を問いつめながら、今世紀末のひとつの区切りとして僕にとって通らなくてはいけない道、なくてはならない楽曲となった。最終的には4曲から成り立つ組曲を考えているが、今回のコンサートえ披露できるのはその内の2曲までになる。後は来年書き足そうと思っている。

久石譲

(【楽曲解説】 ~コンサート・パンフレットより)

 

 

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久石譲 PIANO STORIES 99 コンサート P6

 

Info. 2015/10/29 [CM] 久石譲「東北電力」CM音楽担当

東北電力の企業広告「より、そう、ちから。」の音楽を久石が担当いたしました。
放送は本日10月29日より、東北6県+新潟県でスタートいたします。

CMは、東北電力「CMギャラリー」でもご覧いただけます。
メイキング映像では、本楽曲のフル・バージョンもお聴きいただけます。

「より、そう、ちから」CMギャラリーは>>>東北電力 CMギャラリー

“Info. 2015/10/29 [CM] 久石譲「東北電力」CM音楽担当” の続きを読む

Disc. 久石譲 『東北電力』 *Unreleased

2015年10月29日 TVCM放送(東北6県+新潟県)

 

東北電力企業広告「より、そう、ちから。」
音楽:久石譲 曲名:東北電力(仮)*
*JASRAC登録名

 

CMは、東北電力「CMギャラリー」でも閲覧可能。
(※2015年10月現在)

東北電力 | CMギャラリー

同ホームページにて視聴できるのは、
・CM本編(30秒)
・メイキング映像(2分30秒)

なおメイキング映像では本楽曲のフル・バージョンを聴くことができる。

 

 

小編成オーケストラで構成された楽曲は、木管楽器が旋律を奏で、弦楽器がリズミカルに刻む、清潔感のある明るい曲調である。

メイキング映像でのフル・バージョンでは、さらにその全貌をうかがうことができる。シンプルなメロディですぐに覚えて口ずさんでしまえそうな魅力はさすが匠の技である。さらに、その裏では緻密なオーケストレーションによって管弦楽が構成されており、メロディも木管楽器、弦楽器、金管楽器へと奏で継がれていく。

同年手がけた『みずほフィナンシャルグループ みずほの丘』CM音楽にも通じる気品のある作品である。

曲名不明、未発売曲、CD作品化が期待される上質な作品である。

 

 

2017.1 追記

2017年1月4日よりニュー・ヴァージョンO.A開始。ピアノを基調としたきれいな調べ。

「よりそう地域とともに」篇 30秒

【それ以前のCM一覧】
「スローガン宣言」篇 30秒
「新料金プランはじまりました」篇 30秒
「よりそう松山さん(料金プラン)」篇 30秒

*上記3本CM音楽はオリジナル版

東北電力 | CMギャラリー にて視聴可能 (※2017.1現在)
https://www.tohoku-epco.co.jp/brand/#cm-gallery

 

 

東北電力 久石譲

東北電力 ロゴ