Blog. 「キネマ旬報 2003年1月下旬号 No.1372」 久石譲インタビュー内容

Posted on 2015/12/21

雑誌「キネマ旬報 2003年1月下旬号 no.1372」に掲載された久石譲インタビューです。

 

 

フロント・インタビュー 32

久石譲(音楽家)

未来へ - 音楽家・久石譲の挑戦

映画「壬生義士伝」の宣伝素材には、原作者、監督に並んで、音楽担当の名前が大きく記されている。久石譲。宮崎駿、北野武両監督作品の音楽担当者として功名成って久しい彼だが、幕末京都守護職の武士をめぐる物語は単なる名義貸出の場ではない。久々となる本格派時代劇の仕事に対して、希代の人気音楽家はまた新たな創作意欲に燃えていたのだ。そして、その前後を眺望するならば、ここ2、3年で大きく変化を見せ始めている素顔も鮮明に浮かび上がってくる。映画音楽の作曲家として、ピアニストとして、指揮者として、そして会社経営者として…。さまざまな表情に富む現代日本映画音楽の第一人者に、今後の展望も併せて訊いてみた。

インタビュアー 賀来タクト

 

ハリウッドで言えば「グラディエーター」

「これはやっておかなければならない。そう思いましたね」

表情が引き締まる。映画「壬生義士伝」の音楽依頼を受諾した理由の一つとして、久石譲から出た答え。そこには真摯に映画に携わろうとする人間の決意が、まず鮮やかに浮かんだのだった。

「自分のためにも、恐らく日本の映画音楽のためにも、これはやっておくべきだと思いましたね。幸い十分な音楽制作費も出していただきましたから、なおのこといいものを作ろうという腹が決まりました。そういうことを雑にしている映画がまだ多いと思うんです。その意味ではうれしかったですね」

自分のために、という点では、長く映画音楽に関わってきた者としての誇りがそこにある。

「ハリウッドでいえば『ブレイブハート』や『グラディエーター』ですよね。日本で古典活劇をやるとするなら時代劇ですから、当然、音楽家としてはチャレンジしておきたいジャンルですし、それをきちんとこなせる日本人でいたいと思いましたね。音楽の持つダイナミズムを、映像に乗せてこれだけ表現できるんだぞってね」

もちろん、滝田洋二郎という映画監督の存在も大きかった。

「大人の対応をされる方でしたね。美術や撮影を含めて、現場のプロへのリスペクトがきちんとあって、久しぶりに王道を行く本格的な映画音楽を思い切り書けたという満足感がすごくあります。音楽も大切に扱ってくださいました」

音楽について踏み込むなら、義に身を殉じた新撰組隊士の物語は感動的だが、そういう情感に溺れることは決してなかったという。

「主人公の吉村貫一郎って、とにかく魅力的なんですよ。エンドロールに流れるテーマ曲は、いわばあの時代に生きた人々への鎮魂曲です。でも、映画の音楽って、あまりドラマに共感しても実はダメなんです。僕の場合、あまり共感していない。むしろぐっと対象化しています。この映画でも醒めた意識を持って取り組んだからこそ、全体がしっかり見えたと思うんです。映像では出演者がガンガン泣いていますけど、僕としてはそこから少し距離をとって高潔な感じで包み込むようにしました。本来ならもう少し情緒を盛り込むところを、今回は吹っ切って作ってるんですね。それがやり甲斐であり、大きな課題でもありました」

ここ数年の動きに目を移すなら、一昨年に初監督作品「カルテット」を発表。以来、映画に対する視野が広くなっている気配がある。

「確かに、僕の中に”映画にしかできないことって何だろう”というのが付いて回ってますね。前よりも強く。今、映画的なことを本気でやってる人って誰なんだろうって考えると、例えば宮崎駿さんや北野武さんなどが筆頭に挙がると思いますが、実際、宮崎さんとの仕事は3年くらいかかります。ジブリ美術館の短編『めいとこねこバス』などは、去年で一番緊張した仕事でした。だからといって今、映画音楽を完成させようとかいう発想はない。音楽家としてどうするかが一番で、その一分野として映画音楽があって、ピアノやソロアルバム、コンサートもある。自分が大きくなれば、映画音楽も自ずと大きくなっていく。そういう捉え方ですね」

 

久石譲の多面性が集約される時

久石譲という男は単なる「作曲家」ではない。音楽家として実に多面的な顔を持っている。アーティストという横顔一つをとっても、もはやピアニストと断じることは難しい。ここ2、3年で音楽を担当した映画を眺めるなら、例えばオーケストラへの傾倒が見える。

「すっごく傾いてますね。音楽活動をしていて一番興奮する瞬間って何かといえば、今まではピアノを弾いているときが一番上り詰められたんですよ、ステージの上で。じゃ、80人というオーケストラを前に指揮をとるとなると、これまた相当にビビるわけです(笑)。演奏しているのは耳の肥えた音大出身者ばかりで、音に厳しい。そういう人たちをいかに説得して受け止められるかという、パワーと精度が自ずと必要になってくるんですね。そういう意味での楽しさってある。ピアニストの自分も大切だけど、これからは指揮活動も増やしていきたいと思ってます。今、ジムに通って指揮用の筋肉を鍛えている最中なんです(笑)」

久石譲はピアノに始まりピアノに帰す、という拙論は過去のものになりつつあるようだ。

「変わったといえば、これまで手書きだったスコアも、最近はコンピューターを使うようになりました。手書きの微妙なニュアンスはまだ出せないですが、何よりも時間的な問題がクリアできますね。例えば『壬生義士伝』の場合、オーケストレーションでとれた時間って3~4日しかない。そういう問題をどう解決して量産態勢を敷いていくかも今後重要なんです」

量産態勢という言葉の背景には、自社スタジオの管理、運営を含む、会社経営者としての一面がにじむだろう。自社レーベル「ワンダーランド・レコード」の立ち上げも最近の目立った動きといえる。

「会社(ワンダーシティ)といっても、僕が音楽家として必要なものを求めていった一つの結果に過ぎませんが、例えば宮崎さんの場合ですと、スタジオジブリをどう生かすかが活動の原動力になっている感じがありますね。僕も同じです。うちには20人の社員がいて、3つのスタジオがありますが、斜陽になっているレコード業界で、会社の生きる道と僕自身のやりたいことが一致する道はないのかという模索の末生まれたのが、ワンダーランド・レコードなんです。これを始めたら社員が元気になりましてね。うれしかったなあ」

さても映画ファンが気になるのは、以前より何かと伝わってきていた監督最新作の行方だろう。

「もう一本は作ってみたいと思っています。素直に言って。でも、音楽家である自分を犠牲にしてまで撮ろうとは思っていませんよ。毎日がカオスだし、音楽家としてまだまだ過渡期にいると思います。けれど、仮に映画監督をやるとしたなら2005年くらいかな」

その言葉は、2005年までに音楽家としての「もがき」にケリをつけるという決意にも映る。

「2004年には二つのビッグな企画があるんです。まだ正式な発表はできませんが、ヒントはこのインタビューに出ていますからね(笑)。ぜひ楽しみにしていてください」

(キネマ旬報 2003年1月下旬号 no.1372 より)

 

 

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