Blog. 「キネマ旬報 2006年11月上旬号 No.1470」久石譲インタビュー内容

Posted on 2018/10/29

雑誌「キネマ旬報 2006年11月上旬号 No.1470」に掲載された久石譲インタビューです。前号(10月下旬号)と2回にわたって前編・後編でソロアルバム『Asian X.T.C.』について語った貴重な内容です。その当時の立ち位置や進むであろう方向性が見えてくるようなインタビューです。

 

 

サントラ・ハウス
sound track house

文:賀来タクト

A Conversation with Joe Hisaishi Vol.2
久石譲【後編】
アジアの風をつかまえながら日本をきちんと考えていきたい

アジアをテーマに制作した最新アルバム「Asian X.T.C.」は、単にアジア風味が効いたポップス作品集に終わらず、そのままズバリ、久石譲という作曲家の現在を映す鏡となった。その一つの証左となるのがミニマル技法への回帰である。12年前と同様に「今は過渡期だ」と言い切るその表情には、作曲家として完成すること=巨匠への道を避け、新たな可能性を追い求める最前線の戦士としてのかわやかな野心がみなぎる。

「リセットしたというのかな。原点に戻るというよりも、らせんのように描いていって、その先でもう一回遭遇したような感じだね。ミニマルをベースにやってきた経験とポップスをやって培ったリズム感、単純にいうならノリ、グルーヴ感。それが両方きちんと息づいたところでの自分にしかできない曲。それを書いていこうと決心がついた最初のアルバムが『Asian X.T.C.』なんです。確かに今は過渡期だと思うし、94年頃に”映画をやめる”と言ったときと同じような節目になってるね。だいたい僕は10年おきにそういうのがあるんだよね(笑)」

西洋のミニマル作品の担い手たち、すなわちフィリップ・グラスやマイケル・ナイマンといった面々に対するライバル意識も小さくない。「作品」を書くことで彼らに自身をぶつけてみたい。そんな活力のみなぎりは実に微笑ましい。

「アジア人のミニマリストっていないとマズイんですよ。いるべきだと僕は思う。それを誰がこの時代で担うのかといったら、僕しかいないだろうと。グラスって東洋思想に刺激を受けてやっていたけれど、それって形式からの脱却を考えてあがいた結果、東洋に目を向けたわけだよね。でも、そういうふうに目を向けられている肝心のアジアから誰も育たないというのは変ですよ。で、考えてみたら、僕のベースはアジアで、端からそういうものが血の中にある。ミニマルが原点だった自分がやっぱりきちんとやらないといけないだろうと。アジアをテーマにするというのも、その意味で必然性があったわけ。ミニマルに戻るってことと、アジアに目を向けることは同じ延長線上にあるんです」

駆け出しの新人作曲家ならいざしらず、十分にキャリアを積んだ久石譲が「アジアのミニマリスト」宣言をする痛快さをどう喩えようか。

「ちょっと大きい作品を書きたいね。長さもあって、スケールも大きいものを。西洋的な形式でいうところのシンフォニーだったりレクイエムだったり、1時間以上ある大作というのは、体力のあるうちに書いておかないとね。この2、3年のうちに、そういう大作をまずは作ってみたい」

一方「Asian X.T.C.」は、編成がぐっと小さくまとめられている点にも注目すべきだろう。ここ最近、指揮者として遮ニ無二取り組んできた大編成管弦楽の起用はここにはない。これまた一種の「再出発」であり、個人的にはピアニスト久石譲のリハビリの場ではないかとの印象も強くある。

「僕ね、このままやっていくと、たぶんピアノを弾かなくなっちゃうと思うんだ。だからここで一回しっかりとピアノに戻って、ピアノのソロツアーを来年に是非やりたい。今回、アンサンブル編成にしたのは、オケのエッセンスだけを抜き出したっていう感じだね。そのエッセンスと自分のピアノがどれくらい絡むかということで、次が変わるんじゃないかって思ったの。オケは作曲家にとって最大のパレットだし、やっていかなきゃいけないというのはあるんだけど、一方でお決まりの方法論でもある。確かにいつもそれだけというのは飽きちゃうかもしれないよね。飽きなかったらそれは巨匠でしょ。でも、僕はジョン・ウィリアムズにはなれないから(笑)」

個人的にはジェリー・ゴールドスミスという作曲家が雑草の人である。何度も苦難を味わった彼は、絶えずウィリアムズという生き方の彼岸にあった。すなわち巨人であっても、決して巨匠ではなかった。

「ゴールドスミスってすごくシンプルなんだけど、やりたいことが明快だったよね。それって作家としてずっと持っていなきゃいけない姿勢だよね。前に『オーメン』の譜面を見たんだけど、すごくユニゾンの強さがあった。今度ヨンさまのドラマをやるんだけど、そのときはオールユニゾンのようなちょっと強い音楽を作らなきゃいけないと思ってる。韓国の作品って荒っぽいところがあるでしょう。少し照れるけれど、オールユニゾンみたいな強さがないとちょっと乗り切れないなと思ってる」

来年に放映が予定されているペ・ヨンジュン主演のドラマ『太王四神記』もさることながら、同じく音楽を書いた韓国映画「トンマッコルへようこそ」も10月28日より日本で上映開始。中国、香港映画の公開も控え、11月にはアジア5ヶ国を巡るツアーも待機する。かつて、あれほど海の向こうに対して慎重だった久石譲にどんな事態に変化があったというのか。

「それはもう時代の風ですよ。ちょうどこの時期にアジアの風が吹いた。そうとしか言いようがない。映画音楽とか映像の仕事をしていく限りは、いい作品に出合わないといい音楽が書けない。そういう中で今、風が吹いているんだったら、それをちゃんとつかまえようと。それがすごく大事だった。最初はそんなにうまくつかめないだろうと思っていたら、本当にいい感じで全てがアジアに向いていったんだね。一回、自分の日本というフィールドをアジアというフィールドに広げたうえで考えていく必要があるなと思ったんです」

それはアジアに拠点を移すとか、日本を振り切るということではない。むしろ、久石譲にとてはいっそう日本を考える機会につながっている。

「当然です。僕は最終的には日本しか考えてないですよ。海外の映画をやっていても”日本は日本は”って絶えず考えてる。それがいちばん大事だから。今、日本は政治一つとっても大変な時代でしょう。危険とすらいえるんじゃないかな。そういうことに対して、文化をやってる人間は文化の中で言わなければいけないし、僕も僕なりの方法できちんと言っていきたいと強く思っています」

(キネマ旬報 2006年11月上旬号 No.1470 より)

 

【前編】
Blog. 「キネマ旬報 2006年10月下旬号 No.1469」久石譲インタビュー内容

 

 

久石譲 『 Asian X.T.C.』

Disc. 久石譲 『Asian X.T.C.』

 

 

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