Disc. 久石譲 『スイートハート・チョコレート』 *Unreleased

2013年 中国公開

 

2013年 映画「スイートハート・チョコレート」(原題:甜心巧克力)
監督:篠原哲雄 音楽:久石譲 出演:リン・チーリン 他

2012年制作、日中合作映画である本作品は、日本では2012年10月20日-28日に行われた「第25回東京国際映画祭」にて期間上映された。2013年11月2日、第13回韓国光州国際映画祭で最高賞の審査員大賞を受賞し、中国国内でもメディアの注目度が急上昇している。そんななか中国国内で11月08日から上映開始されることが決定。

 

 

メインテーマは切ないピアノの旋律。1音1音丁寧に、お互いの愛を確かめあうような美しいメロディー。チェロによる主曲もまた悠々としっとりと歌い上げている。哀愁漂う叙情的なメロディーが印象的。他にもギターやピチカートによる軽快でリズミカルな曲も含まれている。

全体的にはシンプルなアコースティックサウンド。隠し味的に使用されているシンセサイザーのバックグラウンドもちょうどいい。映画のとおりハートウォーミングな音楽となっている。

 

日本公開日:2016年3月26日

 

 

甜心巧克力 スイートハートチョコレート

 

 

Info. 2013/12/13 「久石譲 第九スペシャル」 東京・NHKホール コンサート決定!

久石譲 第九スペシャル

久石譲がベートーヴェン「第九」を指揮。
また同時に映画「風立ちぬ」「かぐや姫の物語」の楽曲も披露。
2013年の思いが、ここに極まる!

久石譲 第九スペシャル
作曲家の視点で「第九」を分析、再構築し、読響と共演。
一般公募を含む200人の大コーラスが参加するほか、「第九」に捧げる序曲として書いた「Orbis」も演奏。

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Info. 2013/10/01 ラジオ番組 『UNBEATEN TRUCKS IN JAPAN ~イザベラ・バードの日本紀行』 久石譲 テーマ音楽

三谷幸喜×松たか子×久石譲のラジオ番組、明治時代のイギリス人旅行家が見た日本とは。

J-WAVE 25th Anniversary Special
UNBEATEN TRUCKS IN JAPAN イザベラ・バードの日本紀行

企画・構成・演出・ナビゲーター:三谷幸喜
朗読:松たか子
音楽:久石譲
放送日:2013年10月1日(火) – 10月11日(金) 23:45-24:00
放送局:J-WAVE (81.3FM)

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Disc. 久石譲 『イザベラ・バードの日本紀行』 *Unreleased

2013年10月1日 ラジオ放送

 

2013年10月1日~10月11日
ラジオ番組 J-WAVE 25th Anniversary Special
『UNBEATEN TRUCKS IN JAPAN イザベラ・バードの日本紀行』
企画・構成・演出・ナビゲーター:三谷幸喜 朗読:松たか子 音楽:久石譲

 

 

ピアノとヴァイオリンが織りなすクラシカルな音楽世界。明治維新、イギリス人、女性旅行作家、こういった時代背景。高貴で上品なタッチであり、軽やかでもあり優美さもあり、新しい時代の幕開けと、女性の社会的進出の加速も感じさせる曲調。

テーマ曲はピアノとヴァイオリンが跳ねるように響く。ヨーロッパな香り、女性イギリス人の主人公を表現しているかと思えば、明治時代という時代のうねりも顔を覗かせる。テーマ曲だけでもオープニングとエンディングで流れたメインテーマと、物語のなかでのヴァイオリンのソロ、そしてピアノとヴァイオリンがよりゆったりと優雅にアレンジされた、少なくとも3つのヴァリエーションは確認できた。

その他ストーリにそって、テーマ曲以外のシーン音楽も登場する。アイリッシュな旋律もあり、シンプルながらも躍動感や臨場感も感じさせる、イギリスと日本の文化が絡み合っているよう。

テーマ曲、およびテーマ曲のヴァイオリン・ソロ、テーマ曲の別アレンジ・ヴァージョン。シーン音楽も少なくとも3-4曲登場している。

全編にわたりピアノとヴァイオリンのみというシンプルなアコースティック構成。時に優雅に歌い、時に弾むように、時に激しいパッションを表現したピアノとヴァイオリン。ラジオ物語らしい心地のよいゆったりとした調べ。日曜日の昼下がりにとても似合う。叙情的にもなりすぎず、幾学的でもない、まさにクラシカルな室内音楽のような音楽世界。

ちなみに、この作品でのピアノ奏者は久石譲ではない。おそらくクラシック専門のピアノ奏者であり、久石譲の持ち味とはまた違った、この作品らしいクラシカルな規則正しい演奏が上品さを引き立てている。

クラシカルな響きな時代を問わず普遍的であり、聴く人の年齢によっても味わいや深みも変わって感じられる、成熟していく大人な香りのする作品。このような小品集を日常生活のなかで、ほんのひとときでも非日常な時間を体感できるならば、それはすごく価値のある尊い作品だと思う。

 

楽曲情報
・イザベラのテーマ
・MOUNTAIN HUT

 

 

 

Blog. 実写版 映画「めぞん一刻」と久石譲 1980年代の日本映画音楽

めぞん一刻 DVD

Posted on 2013/10/2

1986年公開 映画「めぞん一刻」(実写版)
監督:澤井信一郎 音楽:久石譲 出演:石原真理子 石黒賢 他

原作:高橋留美子の人気名作コミック「めぞん一刻」の実写版です。作品的にもとても古く観たことがなかったのですが、2005年にDVD化されていたものを最近発見いたしました。もちろんお目当ては音楽を担当している久石譲です。なにせこの作品は映画でしかその音楽を知ることができない、サウンドトラックが現在入手不可能な作品だからです。

登場人物たちは、原作に結構忠実なキャスティングになってしましたし、なかなか古い日本映画を観る機会もないので、それはそれで楽しめました。その時代的な古さやスクリーンに映る当時のいろんな風景など。エンディングはギルバート・オサリバンの名曲「ハロー・アゲイン」が使用されていて青春映画というか、あのめぞん一刻のほのぼのとした世界観にマッチしていました。

そして劇中音楽はというと、当時の作風ですけど、シンセサイザー満載な不思議な雰囲気のメインテーマでした。ちょっと予想していた、メロディアスなファミリー映画的なサウンドとは真逆だったので意表を突かれた感じでした。

ちょうどその時代の映画未発表曲集を集めたアルバム「B+1」に収録されている作品たちに近い音楽です。できればこのなかに一緒にコンパイルしてほしかったくらい、とても前衛的な今ではあまり聴くことのできないおもしろい作風です。

いろいろこの映画「めぞん一刻」を鑑賞しながら思うところはあったのですが。まずは、オリジナル・サウンドトラックを発売するまでの曲数がないこと。そして、劇中音楽がものすごく音量が小さく扱われていること。

これは日本映画の、特に往年の作品には顕著に見られる傾向でしょうか。ハリウッド映画の音がバンバン鳴りっぱなしとは違い、音楽が挿入されていないシーンがとても多いですね。それが日本映画の「間」を楽しむいいところでもあります。だから当時の作品は劇中音楽の曲数が少ない。

音量が小さい。本当にBGMとして鳴ってるか鳴っていないかくらい。効果音的扱いというか、そのシーンに合わせた何十秒程度の音楽。そしてシーン優先で切り替わると、音楽も流れに関係なく突然プツっと切れる。

このあたりが、当時の映画音楽としての位置づけを象徴しているように思います。音楽の少なさ、音量の小ささ、効果音的な付属BGMとしての扱い。そう思うと、だいぶん映画音楽もかわりましたよね。その位置づけも価値も見直されてきた歴史のような気がします。

もちろんそれに一役も二役も貢献してきたのは、久石譲の質の高い映画音楽を作りつづけてきたこともあると思います。ほかの映画音楽家さんたちもそうです。

そして、プロデューサーや監督の意識も変わっていったことも大きいと思います。映像やストーリーさえよければ音楽はあと付け、雰囲気でよい、とされた時代から、映像と音楽の融合によって、ひとつの作品が化学反応を起こし相乗効果をもたらす。

そう思うと、当初から音楽の存在をすごく大切にしていたジブリ作品はすごいですね。もちろんアニメーション映画なので、実写版よりは音楽が多くなるのはありますが、めぞん一刻(1986年)、風の谷のナウシカ(1984年)、天空の城ラピュタ(1986年)と発表された年代を見る一目瞭然です。今でも演奏されつづけ愛されつづける音楽が、その当時に誕生しているわけですから。

映画「めぞん一刻」の鑑賞エピソードを軽く書こうと思ったら、えらく映画音楽の時代考察になってしまいました。

映画「めぞん一刻」の音楽が気になる方は、ぜひDVD鑑賞を、そして当時の久石譲映画音楽を紐解きたい方は、「B+1 映画音楽集」にて、貴重な音源たちを聴いてみてください。

 

めぞん一刻 DVD

 

特集》 久石譲 秋に聴きたい曲 2013

久石譲 秋に聴きたい曲特集 2013

久石譲 秋に聴きたい曲特集 2013

 

久石譲 『ETUDE』
「Silence」
『ETUDE』 収録

 

ピアノソロ曲。幻想的で神秘的な世界が広がる。心地良い静寂がゆっくりとした時間を誘う。

 

久石譲 『ETUDE』
「夢の星空」
『ETUDE』 収録

 

ピアノソロ曲。澄んだ空に星たちが輝く、月が揺れる。満天の夜空。透明の清らかな空気たちが空から降りてきそう。

 

久石譲 『ENCORE』
「Silencio De Parc Guell」
『ENCORE』 収録

 

ピアノソロ曲。もともとは1991年オリジナルアルバム『I am』収録のピアノ曲。余韻たっぷりのピアノソロ新録。哀愁たっぷりの旋律。

 

久石譲 『紅の豚 サウンドトラック』
「帰らざる日々」
『紅の豚 サウンドトラック』 収録

 

ピアノソロ曲。大人なジャジーな旋律にワインがピッタリな曲。よき昔を憂うように、秋の夕陽が温かく包みこんでくれる。

 

久石譲 『千と千尋の神隠し サウンドトラック』
「6番目の駅」
『千と千尋の神隠し サウンドトラック』 収録

 

ピアノの旋律とストリングスの伴奏。叙情的な美しい旋律。日本情緒な古都も連想すれば、紅葉から冬へ向かうひとときの時間。

 

久石譲 『PIANO STORIES 2』
「SUNDAY」
『PIANO STORIES II 』収録

 

ピアノ、ギター、小編成オーケストラによるアコースティックサウンド。日曜日の昼下がり、陽の光と心地よく通り抜ける風。日常的だけれども、ぜいたくなひとときを味わえる。

 

久石譲 『PIANO STORIES 3』
「旅情」
『NOSTALGIA ~PIANO STORIES III 』 収録

 

ピアノ、アコーディオン、小編成オーケストラによるアコースティック。哀愁たっぷりなノスタルジック。彩り豊かな日本の秋を堪能できる、どんな土地を訪れたとしても。

 

久石譲 『おくりびと オリジナル・サウンドトラック』
「おくりびと ~Memory~」
『おくりびと オリジナル・サウンドトラック』 収録

 

チェロとピアノによる悠々とした旋律。同名映画のメインテーマであり名曲。チェロの低音から高音までの響きと、寄り添うようなピアノが印象的。

 

久石譲  『パラサイト・イヴ』
「EVE -Piano Version」
『パラサイト・イヴ 』 収録

 

同名映画のメインテーマ曲。ホラー映画だが、ホラー=究極の愛と語っているように、究極の切ない愛の旋律。ピアノもストリングスも素晴らしい。狂しいほどに感情が溢れてくる。

 

久石譲 『WORKS2』
「Nostalgia」
『WORKS II Orchestra Nights』 収録

 

オリジナルは「NOSTALGIA ~PIANO STORIES III」に収録。ここでは表現豊かなフルオーケストラ・サウンドにて。日本的なメロディーと西洋のオーケストラがこれほどまでに溶け込むとは。

 

久石譲 『WORKS2』
「Asian Dream Song」
『WORKS II Orchestra Nights』 収録

 

オリジナルは「PIANO STORIES II」に収録。こちらもフルオーケストラサウンドによる壮大な叙情詩。アジアな響きがルーツを導いてくれるようなダイナミックな時空間。

 

久石譲 『WORKS3』
「Oriental Wind ~for Orchestra~」
『WORKS III 』 収録

 

サントリー伊右衛門CM曲といえば、すぐに浮かぶあのメロディー。フルオーケストラサウンドによってより色彩豊かな鮮やかさを表現。ピアノやストリングだけでなく、中間部の管楽器たちが日本の美を感じさせる。

 

 

2022.11 追記

2022年度版です。

 

 

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Info. 2013/09/18 「Wの悲劇 オリジナル・サウンドトラック」 完全限定生産 999 CD発売

Wの悲劇 999

1984年公開。夏樹静子原作の傑作ミステリをもとに、女優をめざす少女の姿を描いた青春映画の傑作。薬師丸ひろ子による主題歌「Woman~Wの悲劇~ 」は今なお人気の高い名曲。

出演:薬師丸ひろ子 世良公則 他
監督: 澤井信一郎 音楽:久石譲

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Info. 2013/10/16 EXILE ATSUSHI & 久石譲 「懺悔」 コラボ・シングル発売決定

久石譲 EXILE ATSUSHI 懺悔

EXILEメインボーカルであるATSUSHIと久石譲の奇跡の共演が実現!

日本テレビ開局60年 特別展「京都―洛中洛外図と障壁画の美」
東京国立博物館 平成館 特別展示室 2013年10月8日(火) ~ 2013年12月1日(日)

このテーマソングとして実現されたこのコラボレーションは、
曲タイトル「懺悔(ざんげ)」 作詞/歌:EXILE ATSUSHI 作曲/編曲:久石譲
2013年10月16日、MAXI SINGLEとしてCD+DVDおよびCD通常盤として発売決定

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Blog. TOKYO2020 東京五輪で久石譲音楽監督してほしい

久石譲 指揮 オリンピック

Posted on 2013/09/14

9月8日に、2020年オリンピックが東京で開催されることが決定しました。1964年以来2度目の東京五輪です。もちろん当時は生まれていなかったのでこれから7年後のTOKYO2020で初のオリンピック自国開催を体験することになります。

決定直後で盛り上がっている雰囲気もありますが、これから具体的にインフラや環境整備など多方面で具現化されていき、日本全体が7年後のオリンピックに向かって進んでいくんだろうと思います。

そしてもちろん気が早いですが、ぜひ2020年の東京オリンプックでは、音楽監督を久石譲にしてほしいですね!映画音楽の巨匠のみならず、日本を代表する音楽家でもあり、その知名度はスタジオジブリ宮崎駿監督作品や北野武監督作品もあり世界でも、そして楽曲の品格やクオリティーも申し分ないです。2020年はちょうど久石譲さん70歳。創作エネルギーとしても十分いけるでしょう!

スティーブン・スピルバーグ監督作品「スター・ウォーズ」をはじめ「ハリーポッター」などアメリカ映画音楽の巨匠ジョン・ウィリアムズは、過去3回アメリカで開催されたオリンピックのすべてで楽曲を提供しています。

オリンピック祝典曲といえば、やっぱり壮大なシンフォニーであり、ファンファーレ、格式ある序曲のようなもの。今世に出ている久石譲作品のなかで、そういった曲を集めてみました。

 

久石譲 WORKS I

「風の谷のナウシカ」をはじめとしたジブリ作品のような壮大で希望のあるシンフォニーもいいですよね。

 

久石譲 WORKS2

実は、長野パラリンピック冬季大会テーマ・ソングとしてこの「旅立ちの時 ~Asian Dream Song~」も手がけていました。

 

久石譲 WORLD DREAMS

「Wolrd Dreams」なんてまさに祝典序曲のような高揚感も国歌のような品格もある楽曲です。

 

久石譲 ミニマリズム

ミニマル・ミュジーックとシンフォニーの昇華ともいえる「Sinfonia」オリンピックテーマ曲であり全三~四楽章というのもいいかもです。

 

久石譲 メロディフォニー

坂の上の雲メインテーマでもある「Stand Alone」、委嘱作品でもある「Orbis」、意外かもしれませんが水の旅人「Water Traveller」も名曲です。

 

 

あとは未発売作品・未CD化作品ではありますが、近年の

・第60回紅白歌合戦オリジナルソング 「歌の力」
・日清カップヌードルCM曲 「Adventure of Dreams」
・第85回箱根駅伝 「Runner of the Spirit」
・大阪ひびきの街テーマ曲 「Overture -序曲-」
・JALテーマ曲 「明日の翼」

などなどこのあたりもまさに祝典曲や序曲のような作品です。

久石譲 NHK紅白歌合戦 歌の力カップヌードル Adventure of Dreams サムネイル箱根駅伝 サムネイル大阪ひびきの街JAL 明日の翼

 

オリンピックの音楽監督を担当せずとも、今だけでもこれだけ多くの名曲が存在するのもすごいですが…。やはりオリンピック公式祝典曲として聴いてみたいという願望はあります。日本を世界にアピールする祭典であり、そのファンファーレですからね。

他にも開会式・閉会式の総合監督や演出は? とかいろいろありますが、それはまたこれからの時代の流れで、その時の適任者が現れるのでしょう。ただ、音楽監督に関しては、今もこれからも、7年後も!久石譲の右に出るものはいないと思いますし、その時も第一線で活躍されてると思いますから、7年前から内定でもいいくらいです(笑)。

今回まとめたような『久石譲 オリンピック祝典序曲にふさわしい名曲』を聴きながら、7年後の期待と楽しみがまたひとつ増えました。

 

Blog. 宮崎駿監督 引退会見 一問一答 全文掲載 Part.4

Posted on 2013/09/13

――『熱風』を通じて憲法改正反対を訴えた理由は? また日本のディズニーと称されることについてディズニー出身の星野社長はどう考えますか。

宮崎監督:自分の思っていることを『熱風』から取材を受けて率直にしゃべりました。もう少しちゃんと考えてきちんと喋ればよかったんですけど、別に訂正する気も何もありません。発信し続けるかといわれても僕は文化人じゃありませんので、その範囲にとどめておこうと思います。

星野社長:日本のディズニーという呼ばれ方は別に監督がしているわけでは一切無く、2008年に公の場で同じ質問が外国の特派員からあったときに答えているんですが、「ウォルト・ディズニーさんはプロデューサーであった。自分の場合はプロデューサーがいると。ウォルト・ディズニーは大変優秀な人材に恵まれていた。自分はディズニーではない」と仰っていました。私もディズニーには20年近くいましたし、ディズニーの歴史とか一生懸命勉強する中でぜんぜん違うなと感じています。そういう面では日本のディズニーというほどではないんじゃないかなと。

――『熱風』の動機について。

宮崎監督:鈴木プロデューサーが中日新聞で憲法について語ったんですよ。そしたら鈴木さんのもとにいろいろネットで脅迫が届くようになったと。それを聞いて鈴木さんに冗談でしょうけども、電車に乗るとぶすっとやられるかもしれないというふうな話があって、これで鈴木さんが腹を刺されてるのにこっちが知らん顔してるわけにもいかないから僕も発言しよう、高畑監督もついでに発言してもらって3人いれば的が定まらないだろうと(笑)。それが本当のところです。本当に脅迫した人は捕まったらしいですけど、詳細はわかりません。

――作品の中で「力を尽くして生きろ。持ち時間は10年」という言葉がありますが、監督が振り返って思い当たる10年はどの時点でしょうか。この先10年はどういうふうな10年になってほしいか。

宮崎監督:僕の尊敬している堀田善衛さんという作家が、最晩年にエッセイで旧約聖書の伝道の書というのを「空の空なるかな」と書いてくださったんです。それの中に「汝の手に堪うることは力を尽くしてこれをなせ」という言葉があるんです。非常に優れたわかりやすく、僕は堀田善衛さんが書いてくださると、”頭悪いからお前のためにもう一回書いてあげるから”という感じで描かれてある感じがして、その本はずっと私の手元にあります。10年というのは僕が考えたわけではなくて、絵を描く仕事をやると38歳くらいにだいたい限界がまずきて、そこで死ぬやつが多いから気をつけろと僕は言われた。自分の絵の先生です。それからだいたい10年くらいなんだなと思った。

僕は18歳くらいから絵の修行を始めましたので、そういうことをぼんやり思ってつい10年と言ったんですが、実際に監督になる前にアニメーションというのは世界の秘密を覗き見ることだと。風や人の動きや色々な表情や眼差し、体の筋肉の動きそのものの中に世界の秘密があると思える仕事なんです。それがわかった途端に自分の選んだ仕事が非常に奥深くてやるに値する仕事だと思った時期があるんですね。そのうちに演出やらなきゃいけないと色々なことが起こってだんだんややこしくなるんですが、その10年はなんとなく思い当たります。そのときは本当に自分は一生懸命やっていたと、まぁ今さらいってもしょうがないんですけど。これからの10年に関してはあっという間に終わるだろうと思ってます。それはあっという間に終わります。だって美術館作ってから10年以上たってるんですよ。ついこないだ作ったのにと思っているのに。だからこれからさらに早いだろうと思うんです。ですからそれが私の考えです。

――奥様に引退をどのような言葉で伝えましたか? 奥様の反応は? また、2013年の今の世の中をどのように見ていますか?

宮崎監督:家内にはこういう引退の話をしたという風に言いました。お弁当は今後もよろしくお願いしますと言って、”フンッ”と言われましたけども(笑)。常日頃からこの歳になってまだ毎日弁当を作ってる人はいないと言われておりますので、まことに申し訳ありませんが、よろしくお願いしますと。外食は向かないように改造されてしまったんです。ずっと前にしょっちゅう行ってたラーメン屋に行ったらあまりのしょっぱさにびっくりして、本当に味が薄いものを食わされるようになったんですね。そんな話はどうでもいいんですけど。

僕が自分の好きなイギリスの児童文学作家でロバート・ウェストールという男がいまして、この人が描いたいくつかの作品の中に本当に自分の考えなければいけないことが充満しているというか。その中でこんなセリフがあるんです。「君はこの世に生きていくには気立てが良すぎる」。少しも褒め言葉じゃないんです。そんな形では生きてはいけないぞといってる言葉なんですけど、それは本当に胸打たれました。つまり僕が発信してるんじゃなくて僕はいっぱい色々なものを受け取っているんだと思います。多くの読み物とか昔見た映画とか、そういうものから受け取っているので、僕が考案したものではない。繰り返し繰り返しこの世は生きるに値するんだと言い伝え、本当かなと思いつつ死んでいったんじゃないかというふうに、それを僕も受け継いでいるんだと思ってます。

――引退発表の場所とタイミングが「ヴェネツィア映画祭」になった理由は?

鈴木プロデューサー:ヴェネツィアでコンペ、出品要請、これかなり直前のことだったんです。社内で発表し、引退の公式の発表をするっていうスケジュールは前から決めていたんですけどね、そこに偶然ヴェネツィアのことが入ってきたんですよ。僕と星野のほうで相談しまして、宮さんには外国の友人が多いじゃないですか。そしたらヴェネツィアっていうところで発表すれば、言葉を選ばらなきゃいけないんですけど、一度に発表できるなと、そういう風に考えたんですよ(笑)。もともとね、こうも考えていたんです。まず引退のことを発表してその後記者会見をやる。このほうが混乱が少ないだろうと。当初は東京でやるつもりでした。ただちょうどヴェネツィアが重なったものですから、そこで発表すれば色々な手続きが減らすことができるっていうただそれだけのことでした。

宮崎監督:「ヴェネツィア映画祭」に参加するって正式に鈴木さんの口から聞いたのは今日が初めてです。”えっ”て星野さんが言ってるとか、ああそうなんだってそういう風に答えまして、これはまぁプロデューサーの言う通りにするしかありませんでした。

――富山出身の堀田善衛ですが、集大成になった『風立ちぬ』に堀田善衛から引き継いだようなメッセージのようなものは?

宮崎監督:自分のメッセージを込めようと思って映画って作れないんですね。何かこっちじゃなきゃいけないと思ってそっちに進んでいくっていうのは何か意味があるんだろうけど、自分の意識でつかまえられないんです。つかまえられることに入っていくとたいていろくでもないところにいくんで、自分でよくわからないところに入っていかざるをえないんです。映画って最後にふろしきを閉じなきゃいけませんから。未完で終われるならこんな楽なことはないんですけど。いくら長くても2時間が限度ですから、刻々と残りの秒数も減っていくんですよね。それが実態でして、セリフとして生きねばとかいうことがあったから、多分これは鈴木さんが『ナウシカ』の最後の言葉を引っ張りだしてきてポスターに僕が描いた『風立ちぬ』という言葉よりも大きく(笑)。これは鈴木さんが番張ってるなと思ったんですけど(笑)。僕が生きねばと叫んでいるように思われてますけど、僕は叫んでおりません(笑)。そういうことも含めて宣伝をどういう風にやるか、どういう風に全国に展開していくかは鈴木さんの仕事として死に物狂いでやってますから、僕はそれを全部任せるしかありません。というわけでいつのまにかヴェネツィアに人が行ってるっていう。その前になんとか映画祭にパクさんと二人で出ませんかとか言われて。カンヌ映画祭があるとか言われて勘弁して下さいとかあって。ヴェネツィアにいくかは何も聞かれなかったんですけど。

鈴木プロデューサー:ヴェネツィアに関しては宮さんコメント出してますよ。リド島が大好きって。

宮崎監督:あ……僕はリド島が好きです。カプローニにとっては孫ですけど、その人がたまたま『紅の豚』を見て、自分のおじいさんさんがやっていた社史、飛行機の図面というか、わかりやすく構造図に変えたものが大きな本で、日本に1冊しかないと思いますけど、突然イタリアから送ってきて、いるんならやるぞと。ありがたくいただきますと返事を書きましたけど。それで僕は写真で見た変な飛行機としか思ってなかったものの中の構造を見ることができたんですよ。ちょっと胸を打たれましてね。技術水準はドイツやアメリカに比べるとはるかに原始的なんですけど、構築しようとしたものはローマ人が考えてるようなことをやってると思ったんです。カプローニという設計者はルネッサンスの人だと思うと非常に理解できて、つまり経済的批判がないところで航空会社をやっていくためには相当張ったりもホラも吹かなければならない。その結果作った飛行機が航空史に残っていたりすることがわかって、とても好きになったんです。そういうことも今度の映画の引き金になってますが、たまりたまったものでできているものですから、自分の抱えているテーマで映画を作ろうとあまり思ったことがありません。突然送られてきた本1冊とか、随分前ですよね、いつの間にか材料になっていくということだと思います。

――堀田善衛とはどんな存在ですか?

宮崎監督:『紅の豚』をやる前なんかも世界情勢をどんな風に読むのかわからなくなっているうちに、堀田善衛さんってそういうときにサッと短いエッセイだけど、描いたものが届くんですよ。それを読むと自分がどこかに向かって進んでいるつもりなんだけど、どこへ行っているんだかわからなくなるような時期があるときに見ると、よく堀田善衛さんという人はぶれずに歴史の中に立っていました。見事なものでした。それで自分の位置がわかるということが何度もあったんです。本当に堀田善衛さんが描いた国家はやがてなくなるだろうとかね、そういうことがそのときの自分にはどれほど助けになったかと思うと、大恩人の一人だと今でも思っています。

――初期の頃の作品は2年、3年感覚で発表していましたが、今回は5年ということで、年齢によるもの以外に創作の試行錯誤など時間がかかる要因がありましたか?

宮崎監督:1年間隔で作っていたこともあります。最初の『ナウシカ』も、『ラピュタ』も『トトロ』も『魔女の宅急便』も、それまで演出やる前に手に入れていた色々な材料がたまってまして、出口があったらばっと出て行く状態にあったんです。その後はさぁ何を作るか探さなきゃいけないというそういう時代になったからだんだん時間がかかるようになったんだと思います。あとは最初は『カリオストロの城』は4カ月半で作りました。寝る時間を抑えてでもなんとかもつというギリギリまでやると4カ月半でできたんですが、そのときはスタッフ全体も若くて同時に長編アニメーションをやる機会は生涯に一回あるかないかみたいなそういうアニメーターたちのむねがいて、非常に献身的にやったからです。それをずっと要求し続けるのは無理です。歳もとるし、世帯もできるし、私を選ぶのか仕事を選ぶのかみたいなことを言われる人間がどんどん増えてくるっていう。今度の映画で両方選んだ堀越二郎を描きましたけど、これは面当てではありません(笑)。

そういうわけでどうしても時間がかかるようになりました。同時に自分が一日12時間机に向かっても耐えられた状態ではなくなりましたから。実際、机に向かっている時間はもう7時間が限度だと思うんですね。あとは休んでるかおしゃべりしてるか飯を食ってるかね。打ち合わせとか、これをああしろとかこうしろとかは僕にとっては仕事じゃないんですよ。それは余計なことで、机の上に向かって描くことが仕事で、その時間を何時間とれるかっていう。それはね、この年齢になりますともうどうにもならなくなる瞬間が何度もくるっていうね。その結果、何をやるかっていいますと、鉛筆をパッと置いたらそのまま帰っちゃう。片付けて帰るとか、この仕事は今日でケリをつけるっていうのは一切あきらめたんです。やりっぱなしです。放り出したまま帰るということをやって、それでももう限界ギリギリでしたから。これ以上続けるのは無理だと。それを他の人にやらせるべきだということは僕の仕事のやり方を理解できない人のやり方ですから、それは聞いても仕方がないんです。できるならとっくの昔にそうしてますから。5年かかったといいますけど、その間にどういう作品をやるかっていうのは方針を決めてスタッフを決めて、それに向かってシナリオを描くということをやってます。やってますが、『風立ちぬ』は5年かかったんです。『風立ちぬ』は、後どういうふうに生きるかはまさに今の日本の問題で、この前ある青年が訪ねてきて、「映画の最後で丘をカプローニと下っていきますけど、その先に何が待っているかと思うと本当に恐ろしい思いで見ました」というびっくりするような感想でしたが、それはこの映画を今日の映画として受け止めてくれた証拠だろうと思って、それはそれで納得しました。そういうところに僕らはいるんだということだけはよくわかったと思います。

宮崎監督:こんなにたくさんの方がみえると思いませんでした。本当に長い間、いろいろお世話になりました。もう二度とこういうことはないと思いますので。ありがとうございました。

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これが当日約1時間半に及んだ引退会見の全容です。何度読み返してもうならされるところがその都度たくさんあります。

これを用意された原稿ではなく、当日のライブによる本番、つまりは誰がどんな質問をするかもわからないなかで、瞬時に自分の考えをブレずに明確に述べられているところにそのバックボーンであるこれまでの思考や体験の深さを思い知らされます。

宮崎駿監督本当にお疲れさまでした。そしてこれからも「自由に」歩んでいかれることを楽しみに期待しています。

 

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