Posted on 2018/09/21
映画『羊と鋼の森』Blu-ray&DVD発売決定しました。豪華版 特典ディスクには《エンディング・テーマ曲「The Dream of the Lambs」ができるまで ~久石 譲×辻井伸行による対談を交えたメイキング》収録予定! “Info. 2018/12/19 映画『羊と鋼の森』Blu-ray&DVD発売決定 【12/15 Update!!】” の続きを読む
Posted on 2018/09/21
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2019年新春の「金曜ロードSHOW!」は「冬もジブリ」。「ナウシカ」と「耳をすませば」を放送します!
2019年、年明け最初の「金曜ロードSHOW!」で、ジブリ作品2作の放送が決定しました。おせち番組も楽しいと思いますが、じっくりとコタツで映画はいかがですか?データ放送では特別企画「クイズdeジブリ」を実施。SNSでも盛り上がろう! “Info. 2019/01/04,11 [TV] 金曜ロードSHOW! 冬もジブリ「風の谷のナウシカ」「耳をすませば」放送決定” の続きを読む
「コニカミノルタプラネタリア TOKYO」 2018年12月19日グランドオープン!
『久石譲』が全曲書き下ろし!オープニング作品の上映が決定!!
プラネタリア TOKYOのもう一つのオープニング作品には、世界的作曲家・久石譲が全編にわたり楽曲を提供。久石譲がプラネタリウムの音楽を書き下ろすのはキャリア初となります。自らタクトを振るい、『宇宙』をテーマにオーケストラ編成による壮大なサウンドスケープを完成させました。さらに、本作は最新の立体音響システム「SOUND DOME®」に対応しており、まるで実際に目の前でオーケストラが演奏しているかのような、重厚かつ繊細な音響空間を構築します。 “Info. 2018/12/19 プラネタリアTOKYO 『To the Grand Universe 大宇宙へ music by 久石譲』決定!! 【12/11 Update!!】” の続きを読む
Posted on 2018/12/11
2018年12月8、9日、久石譲シンフォニック・コンサートが台湾にて開催されました。当初2公演だった予定も1公演追加の2日間計3公演です。 “Info. 2018/12/11 《速報》「久石譲 シンフォニック・コンサート」(台北)プログラム” の続きを読む
12月8日、毎日新聞 東京夕刊および毎日新聞Webに掲載された記事です。11月開催「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.5」コンサートを取り上げた内容になっています。 “Info. 2018/12/08 「久石譲 コワ心地いい新感覚」(毎日新聞 夕刊)掲載” の続きを読む
12月6日、読売新聞夕刊に掲載された記事です。11月開催「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.5」コンサートを取り上げた内容になっています。 “Info. 2018/12/06 「東京・NYで公演 久石譲とデヴィット・ラング」(読売新聞 夕刊)掲載” の続きを読む
Posted on 2018/11/30
11月21,22日に開催された「久石譲 presents ミュージック・フューチャー Vol.5」コンサートです。2014年に始動したコンサート・シリーズ(年1回)、今年で5回目を迎えます。
今年はデヴィット・ラングとの作品共演、ニューヨーク公演も開催されるなど、ますます進化するコンサート。
まずは、コンサート・プログラム(セットリスト)および当日会場にて配布されたコンサート・パンフレットより紐解いていきます。

久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.5
[公演期間] 
2018/11/11,21,22
[公演回数]
3公演
11/11 ニューヨーク・カーネギーホール(ザンケルホール)
11/21 東京・よみうり大手町ホール
11/22 東京・よみうり大手町ホール
2018.11.11 Carnegie Hall (Zankel Hall), New York
2018.11.21-22 Yomiuri Otemachi Hall, Tokyo
[出演]
指揮:久石譲
スピーカー:デヴィット・ラング
ソロ・チェロ:マヤ・バイザー
ソロ・ヴォイス:モリー・ネッター
バング・オン・ア・カン (ニューヨーク)
フューチャーオーケストラ (東京)
Conductor:Joe Hisaishi
Speaker:David Lang
Solo Cello:Maya Beiser
Solo Voice:Molly Netter
Bang on a Can (New York)
Future Orchestra (Tokyo)
[曲目]
第2回『Young Composer’s Competition』優秀作品受賞作
審査員講評/西村朗、茂木健一郎、島田雅彦、小沼純一 ほか
澤田恵太郎:時と場合と人による (東京)
—-intermission—-
フィリップ・グラス / Recomposed by 久石譲:2 Pages Recomposed (1969/2018) *日本初演
デヴィット・ラング:increase (2002)
—-intermission—-
トークセッション:デヴィット・ラング&久石譲
久石譲:The Black Fireworks 2018 for Violoncello and Chamber Orchestra *日本初演
1. The Black Fireworks / 2. Passing Away in the Sky
(ソロ・チェロ:マヤ・バイザー)
デヴィット・ラング:prayers for night and sleep *日本初演
1. night / 2. sleep
(ソロ・ヴォイス:モリー・ネッター / ソロ・チェロ:マヤ・バイザー)
【New York PROGRAM】
Philip Glass / Recomposed by Joe Hisaisshi:2 Pages Recomposed *Japan Premiere
Mivos Quartet, Bang on a Can Festival Ensemble
David Lang:increase
Mivos Quartet, Bang on a Can Festival Ensemble
Talk Session:David Lang & Joe Hisaishi
David Lang:prayers for night and sleep 1.night / 2.sleep (U.S. Premiere)
Molly Netter (Solo Voice), Maya Beiser (Solo Cello), Mivos Quartet, Bang on a Can Festival Ensemble
Joe Hisaishi:The Black Fireworks 2018 for Violoncello and Chamber Orchestra (World Premiere) 1.The Black Fireworks / 2.Passing Away in the Sky
Maya Beiser (Solo Cello), Mivos Quartet, Bang on a Can Festival Ensemble
ニューヨーク公演風景
PROGRAM NOTES
5回目を迎える「MUSIC FUTURE」はニューヨークと東京で開催されます。敬愛するDavid Langさんと最新作を持ち寄ってのコラボレーションです。昨年彼の「pierced」を演奏した時に、是非一緒にコンサートをしたいと思ったのがきっかけでした。いわば夢の実現です。(久石譲)
2 Pages Recomposed
フィリップ・グラス / Recomposed by 久石譲 約16分
1969年に書かれたPhilip Glassさんの伝説的な楽曲「Two Pages」は5つの音の増減と8分音符で刻まれるリズムのみでできています。本来はある音色と繰り返しの回数を決定したら演奏の間中は一定に保たれるべき楽曲です。グラスさんは「最良の音楽は、始まりも終わりもない一つの出来事として経験される」と言っています。
今回、僕はあえてその楽曲を室内オーケストラの作品としてグラスさんの許可を得てRe-Composedしました。理由は彼を尊敬していること、親しいこと、それに加えてこの楽曲はSingle Track Musicでもあるからです。方法としては「The Black Fireworks 2018」と全く同じスタイルで、楽器の編成もソロ・チェロを除いてほぼ同じにしました。ニューヨークのリハーサルに立ち会った彼は大変喜んでくれました。この楽曲の強い個性はいかなる形を取っても変わらず、必ず現代に新たに蘇る!そんな思いをこめてRe-Composedしました。(written by 久石譲)
*参考文献『アメリカン ミニマル・ミュージック』ウィム・メルテン著/細川周平訳(冬樹社)
increase
デヴィット・ラング 約11分
妻と私には3人の子供がいますが、私たちは名前のつけ方にある習わしがありました。それは、子供たちのために何百もの名前を考えるということです。それぞれの名前は、異なる伝統や性格、特性を表しています。例えば、聖書に出てくる名前、王や女王の名前、有名な探検家、ヒッピーの名前など。一度はその中から「Mountain(山)」「Wheat(小麦)」「Leaf(葉)」という名前を選びました。一方で私たちは古いピューリタン的な名前として「Charity(慈愛)」「Submit(提示)」「Industry(勤勉)」という方向性も考えました。もちろんこのカテゴリーではピューリタンの教役者であるコットン・マザーの兄弟の名前である「Increase(増やす)」も検討しました。
この名前は決意と楽観主義に満ちていて、大好きでした。未来、子供、コミュニティに望むものであり、または新しいアンサンブルのためのものでもあるのです。子供には結局使いませんでしたが、いまでも素晴らしい名前だと思っています。(written by デヴィット・ラング)
The Black Fireworks 2018
for Violoncello and Chamber Orchestra
久石譲 約20分
ここ数年僕は単旋律の音楽を追求しています。一つのモチーフの変化だけで楽曲を構成する方法なので、様々な楽器が演奏していたとしても、どのパートであっても同時に鳴る音は全て同じ音です(オクターヴの違いはありますが)。
ですが、単旋律のいくつかの音が低音や高音で演奏することで、まるでフーガのように別の旋律が聞こえてきたり、また単旋律のある音がエコーのように伸びる(あるいは刻む)ことで和音感を補っていますが、あくまで音の発音時は同じ音です。僕はこの方法をSingle Track Musicと呼んでいます。Single Trackは鉄道用語で単線という意味です。
「The Black Fireworks 2018」は、この方法で2017年にバンドネオンと室内オーケストラのために書いた曲をベースに、新たにチェロとオーケストラのための楽曲として書きました。伝統的なコンチェルトのように両者が対峙するようなものではなく、寄り添いながらも別の道を歩く、そのようなことをイメージしています。
タイトルは、昨年福島で出会った少年の話した内容から付けました。彼は東日本大震災で家族や家を失った少年たちの一人でした。彼は「白い花火の後に黒い花火が上がって、それが白い花火をかき消している」と言いました。「白い花火」を「黒い花火」がかき消す? 不思議に思って何度も同じ質問を彼にしましたが答えは同じ、本当に彼にはそう見えたのです。
そのシュールな言葉がずっと心に残りました。彼の観たものはおそらく精神的なものであると推察はしましたが、同時に人生の光と闇、孤独と狂気、生と死など人間がいつか辿り着くであろう彼岸をも連想させました。タイトルはこれ以外考えられませんでした。その少年にいつかこの楽曲を聴いて欲しいと願っています。(written by 久石譲)
prayers for night and sleep
デヴィット・ラング 約15分
人々が眠りにつく前の「祈り」について考えたのがこの曲の出発点です。ある人は一日の終わりに感謝して祈ります。またある人は夜そのものに、あるいは一日の始まりに感謝して祈ります。人々は穏やかに、善意や健康や幸福が広がることを祈っています。
夜中によい睡眠を得ることを祈る人もいます。多くの文化や宗教にとっての祈りについて学んでいくと、すべての祈りの背景には、普遍的な恐れの感覚があると感じました。私たちの周りにはうまくいかないことがたくさんあり、傷ついたり、攻撃を受けたり、間違ったりします。
日中は自分自身を守ることはできますが、夜、眠っている時は脆弱です。私たちは眠っている間に何かが守ってくれると信じなければなりません。だから私は自分の作品を2つのセクションに分けることにしました。「night(夜)」という曲は、夜中に気づき、恐れるかもしれないものをまとめたリストです。一方、「sleep(睡眠)」は、それらの恐怖から身を守ることができるかどうかを問う祈りについてのものです。
私はインターネットの検索エンジンで「夜になると…」という文章から始める言葉を検索することから「night」の詞を作り、ユダヤ人の伝統的な就寝時の祈りをもとに「sleep」の詞を作りました。(written by デヴィット・ラング)
(PROGRAM NOTES ~久石譲 presents MUSIC FUTURE VOL.5 コンサート・パンフレット より)
*コンサートパンフレットには「prayers for night and sleep」歌詞も掲載
ここからは、感想をふくめた個人的コンサート・レポートです。
コンサート本演30分前(18:30~)から始まったのは、第2回『Young Composer’s Competition』優秀作品受賞作の講評/演奏セクションです。まず進行役を務める依田謙一(日本テレビ/同コンサート・プロデューサー)と久石譲がステージ登場。久石譲によるコンペティションの意図や傾向、そして受賞作についてのトークがありました。ここで久石譲はステージをはけ、つづけて審査員を務めた茂木健一郎、小沼純一、島田雅彦の3名が登壇(22日公演)。前述した順番でそれぞれコンペティションの感想が語られました。
受賞作「時と場合と人による」は、ヴァイオリン、クラリネット、ピアノという編成になっていて、リズミカルで明るいミニマル・ミュージック。演奏終了後、客席からステージへ登壇した受賞者の澤田恵太郎さんへも大きな拍手が送られていました。
第2回『Young Composers’s Competition』の【審査員評(抜粋)】などは公式サイトにて閲覧できます。
https://joehisaishi-concert.com/mf-2018-jp/comp2018-jp/
また会場で配られたコンサート・パンフレットには、
”2019年秋に開催予定の「MUSIC FUTURE Vol.6」において「Young Composer’s Competition」第3回を開催予定です”
と告知されていました。来年以降もコンサート開催ふくめて楽しみです。
今年の「Vol.5」は昨年の「Vol.4」からの発展・進化という印象が色濃く反映されているように思います。「2 Pages」も「The Black Fireworks」も昨年披露されたヴァージョンをさらに追求したものになっています。昨年デヴィット・ラング作品を取り上げたことがきっかけ、今年は作品を持ち寄っての新作共演を果たしています。シリーズのなかでは一番聴きやすい馴染みやすいプログラムだったとも思います。感覚的な言い方をすると「エモーショナルなミニマル」が昨年を経てより鮮明に表現された2018年。コンサート・シリーズ化はナンバリングを重ねるだけではなく、プログラミングも点と点が線になり広く深く進化しつづける「MUSIC FUTURE」コンサート。
2 Pages Recomposed
フィリップ・グラス / Recomposed by 久石譲
昨年「Vol.4」では、エレクトリック・オルガンと木管四重奏、マリンバという編成だったものを、今年「Vol.5」では室内オーケストラ編成に拡大、かつ「The Black Fireworks」と同じスタイルをとっている。これはふたつの作品を並べて聴くと(来年以降CD化されたときに)より感慨深いものが見えてくるように思います。Recomposedとなっていますが、フィリップ・グラスの最小限の音型素材を、久石譲が変化自在に料理した。久石譲カラーが全面に打ち出された作品になっています。
ちょうどこのタイミングでCD化された昨年「Vol.4」からのライブ録音盤『MUSIC FUTURE III』に「The Black Fireworks(バンドネオン版)」が収録されています。CDライナーノーツの解説がとてもわかりやすく学べることが多かった。そのなかに、このようなことが書かれています。
”第1楽章は、バンドネオンとピアノ、そして弦楽器の交替によって演奏される短いメロディーの繰り返しで始まる。このメロディーが変容していく過程で、メロディーのいくつかの音が木管楽器で演奏され、単一のメロディーに少しずつ色彩感が加わっていく。ホケトゥス(「しゃっくり」の意)と呼ばれるこのアイデアによって、単旋律から複数の旋律が浮き上がって聞こえる錯覚的な効果が生まれる。
楽章中盤以降、短音ばかりで構成されていたメロディーのいくつかの音が、残響音のように長く引き伸ばされ、メロディーに和声的な彩りを加える。さらにその後、メロディーのいくつかの音がパルス状に繰り返されることで、今度は「人力エコー」が実現される。”
(Disc. 久石譲 『久石譲 presents MUSIC FUTURE III』 より一部抜粋)
つまりはそういうことが、この「2 Pages」でも行われていたと思います。単旋律とスタイルの方法論において。さらには音型に合わせて刻まれるパーカッションも大きなアクセントに。オリジナル版「2 Pages」はモチーフを増減させることを貫く”始まりも終わりもない”金太郎飴のようなミニマル・ミュージックの原点です。一方久石譲版は、モチーフを伸縮増減(楽器編成やパート展開)、躍動するエモーショナルなミニマル・ミュージック、ただ繰り返すミニマルではない独自の表現方法。久石譲のひとつの答えがこの作品に凝縮されています。それは俯瞰してみれば、「2 pages」から「The Black Fireworks 2018」までのプログラムを通して一貫したコンセプト、これが2019年音源化されたときには収穫の多いCD作品になるはず。新旧ミニマル・ファンも納得のかっこよさです。
increase
デヴィット・ラング
”「Increase」はアメリカのアンサンブルAlarm Go Soundに書きました。彼らはとても評判になっており、スティーヴ・ライヒ、ジョン・アダムズともツアーやレコーディングで多くの素晴らしい仕事をしています。この曲は彼らの活動が始まったばかりの頃に書きました。私が彼らのために初めて曲を書いた作曲家だったのです。これはとても光栄で、かつ責任のあることでした。新しいアンサンブルに対しての素敵な贈り物になると良いなと思いました。若いアンサンブルにこれからIncrease(増進)し幸せになり、実りが多く、そして沢山素敵なことが起こると良いという気持ちが入っています。”
(Info. 2018/09/05 「ミュージック・フューチャー Vol.5」デヴィット・ラング インタビュー動画公開 より抜粋)
オリジナル版忠実に再現されていた本公演です。増進のピークを迎えるクライマックス(オリジナルCD盤 8:11~)は、より強烈なパーカッションと楽器たちの重厚感と音圧、爆発するかたまりのような印象をうけた久石譲指揮版でした。

(David Lang: Writing on Water CD収録作品)
トークセッション:デヴィット・ラング&久石譲
休憩を挟んでのトークセッション。進行役の依田氏と通訳をまじえて。質問形式で語られた内容は、本公演PROGRAM NOTESに記されたこと、コンサートに先がけて公開されたデヴィット・ラング、久石譲の各動画インタビューと同旨になります。ニューヨーク公演でも同じ構成でトークセッションが繰り広げられたのだろうと思います。
デヴィット・ラングの英語を日本語に通訳するだけでなく、久石譲や進行者の日本語も英語に通訳されるという、完全2カ国語構成。会場には海外からの観客も多かったです。それは会場ロビーでの観客風景(会話言語)でも感じましたし、トークセッションでのデヴィット・ラングのユーモアあふれる語りに対して、その場で笑いが起こるという光景(英語を理解しているお客さんが複数人いる)でも感じました。
The Black Fireworks 2018
for Violoncello and Chamber Orchestra
久石譲
昨年は、狂気を見たと書いたのですが、今年は、彼岸を見た。「The Black Fireworks」バンドネオン版から「The Black Fireworks 2018」チェロ版へ改訂された作品です。バンドネオンとチェロそれぞれをソリストに迎えることでオーケストレーションのバランスや修正はもちろんあったと思いますが、大きなところの音楽構成は変わらず継承しているように思います。ふたつの異なるスタイルで書かれた「1. Black Fireworks」と「2. Passing Away in the Sky」。もともとはこの二楽章で完成としたなか、直前に何か足りないと急遽書き下ろされた「3. Tango Finale」はバンドネオンを強く想定して追加されたもの。したがって、「The Black Fireworks 2018」は1.と2.の二つの楽章で完結しています。
楽器の特性からくる印象の違いはかなり大きなものがあります。ストレートに突き抜ける音色、幅広いオクターヴ奏法、ザッザッという激しいパッセージのバンドネオン。ビブラートを活かした太くダイナミックな音色、微妙な音程感の表現、ザクッザクッという激しいパッセージのチェロ。これだけ対照的な楽器からつくりあげられる音楽世界は、ヴァージョン違いという安易な表現ではなく、まったく異なるふたつの姉妹作品と受けとるべきでしょう。楽器特性を書きながら、そうするとパート譜の組み換えはあったかもしれません。ここはバンドネオンを活かしたフレーズだったけれど、チェロ版は別のフレーズを担ってもらったほうが豊かに活きるから、これはバックで支える室内オーケストラの○○(楽器)に組み替えよう、のように。だからこそ、作品全体から醸し出される雰囲気に異なる印象をもった。それが冒頭に書いた、昨年は狂気を見た、今年は彼岸を見た、です。
なんといってもバンドネオン版収録の『MUSIC FUTURE III』が一年越しCD化届けられたばかり。来年「The Black Fireworks 2018」が音源化されたときに、やっとふたつを並べてなにかを語ることができるかもしれない。ひとつだけ言えること、この作品は「THE EAST LAND SYMPHONY」などの久石譲交響作品と同じように位置づけられる”べき”作品です。単旋律…実験?こじんまり?スモールピース?…、いえいえその世界観はシンフォニーに匹敵するほど広く深い、久石譲のオリジナル代表作に値する渾身の作品です。
prayers for night and sleep
デヴィット・ラング
”今回はコンサートのために新曲を書きました。「Prayers for Night and Sleep」というタイトルで、チェロのソロ、ソプラノのヴォーカル、そしてストリングアンサンブルがバックにある曲です。ある意味デュエットの後ろに反響する伴奏があるという感じです。”
”チェリストは私の古い友達で何回も一緒に演奏しているマヤ・バイザーです。友人とBang on a Canというグループをニューヨークで組んだのですが、マヤはこのアンサンブルの最初のチェリストでした。彼女はとてもエモーショナルで激しく、大きなサウンドで存在感のあるアーティストです。ソプラノ歌手は最近になって一緒に仕事を始めた人でアメリカ人のモリー・ネッターさんです。私が教えているイエール大学で数年前に彼女が生徒だった時に知り合い、私の作品を歌いました。クリアで美しいバロック的な声だと思ったのですが、彼女がその後プロとなりニューヨークに移住した後は、次々とソロやアンサンブルの色々な仕事をしています。彼女とも今回このプロジェクトで一緒に仕事ができることを嬉しく思っています。”
(Info. 2018/09/05 「ミュージック・フューチャー Vol.5」デヴィット・ラング インタビュー動画公開 より抜粋)
とても美しく神秘的な作品です。「1. night」は素人表現をするとビョークの世界観に親近性のある、幻想的で奥深さのある深海に溺れるような心地よさ。楽曲中盤では激しいむき出しのチェロのパッセージと呼応するヴォイス。「2. sleep」は「スンマ/アルヴォ・ペルト」のような作品にも通じるチェロの神秘的な旋律とそれを波紋のように支える弦楽、そこへ織りかさなる美しいヴォイスの調べ。音域表現の広いチェロだからこそできる低音から高音へのアルペジオ的フレーズ。官能的ともとれますが、内なる声を導きだすような清く静謐な世界。個人的には『prayer』と題されたこの作品、海をイメージさせます。蒼く深い海へ溺れていく「1.night」、穏やかな波に揺れ漂う「2.sleep」。とても大きな世界、包みこまれる世界、人の小ささと孤独、捧げる祈り。宗教性もあるでしょうが、人が人らしくいるための祈りの音楽、そのように感じました。久石譲はトークセッションで「very beautiful piece」と言っていました。
デヴィット・ラングという作曲家だけでなく、一緒に音楽活動をする海外奏者まで迎えた本公演はとても贅沢です。ニューヨーク公演の凱旋公演でもあり、アメリカ日本2カ国同時に発表される久石譲とデヴィット・ラングの新作。本場の音楽を日本で完全に体感できる、そんな貴重な経験ができる機会はなかなかありません。ステージを目の前に音楽に包まれながら、幸せな体験に感動していました。ずっとこのままエンドレスにつづいてくれれば、そう思わせる慈愛に満ちた音楽と静かなる余韻。
「Music Future」が支持されている理由
知的な好奇心、それを満足させるコンサートっていうのは比較的少ないんですね。難しすぎて頭抱えて出ていっちゃうようなものが多くなってしまう。ところが、ミニマル・ミュージックをベースにしたものには、基本的にはある種ハーモニーもありリズムもあり、そういう意味では実はお客さんとの垣根は少ないと言いますか、とっつきやすい部分があると思うんですね。僕のいつも思っていることなんですが、音楽には良い音楽と悪い音楽、おもしろいのとおもしろくないのと、これしかないと。そういう意味でいうと、最先端であろうときちんとしたいい音楽で、なにかきちんとした内容があるものを届ければきっと通じるんじゃないかと。そういう想いで選んできてて、そのところで今お客さんがついてきてくれてると思います。
ミニマル・ミュージックについて
構成する、全体をする、単に繰り返しするだけだったら思いつきで誰でもできます。だが、それを5分、10分、30分の曲にするってなると、そこには徹底した論理的なシステムを導入しないと難しい。それをある意味では思想と言ってる。まあ考え方ですよね。それがないと単なるファッションになってしまう。ラングさんもそうですけどね、ミニマルやってる人ってやっぱりある種の決意がすごいあります。ほんとにやってる人はね。つまり誰でも使えそうな題材を扱いながら、それを一つの楽曲に仕上げていくわけですから。それは、不協和音だ特殊奏法だと羅列していくいわゆる普通の現代音楽よりは、よっぽど逆に様にならないんですよ。僕は、ヨーロッパから来て今多くの作曲家がやっている不協和音の、あるいは特殊奏法をいっぱい使ったやつ、これは”現代音楽(contemporary music)”と命名しています。ですが、ラングさんとか僕がやってるスタイル、こういうのを僕は今”現代の音楽(modern music)”って言っています。完全に分けて考えてて。Music Futureでは”現代の音楽”しかやらない。
(Info. 2018/10/11 「ミュージック・フューチャー Vol.5」久石譲 インタビュー動画公開 より抜粋)
久石譲が提示する最先端の”現代の音楽”、それは好奇心と観客への挑戦ともとれる斬新なプログラム、ある種の忍耐を必要とすることも孕みながらもコンセプトは揺るがない。シリーズを追うごとにコンサートは満員御礼、回を重ねるごとに新しい音楽へやみつきになる聴衆、興味をもって足を運んでみる聴衆が増えている証でもあります。
上の久石譲インタビュー動画は、日本語で語られ英語テロップが表示される構成になっています。耳で聴きながら目で追いながら、”現代音楽”と発せられた言葉を”contemporary music”と英語表記し、”現代の音楽”と発せられた言葉を”modern music”と英語表記されていたところに、なるほどそうかもしれないわかりやすい表現だなと目をとめました。
少し話しはそれますが、W.D.O.2018コンサートで披露予定だった「Single Track Music 1」オーケストラ版(世界初演)。直前でプログラム変更、実演はなりませんでした。僕はこれ、コンピューターによるデモ・シミュレーションではうまくいっていたものが、ホールリハーサルでは思っていた狙いどおりにはならなかったのでは、と推察しています。それは「Single Track Music」という単旋律の持ち味が、大きいホールの音響ではうまく機能しなかったのかもしれないと。響きや残響から広がってしまうもの、音圧は増すけれどシャープに輪郭くっきりにはならない、狙った音楽構成と表現が難しくなる。裏を返せば、久石譲が今追求している「Single Track Music」は、「MUSIC FUTURE」コンサートのコンセプトと小ホールという会場をもって見事に具現化できるスタイルとも言えます。だからこそ、そこにこそ、この「MUSIC FUTURE」コンサートの大きな意義があるように思うわけです。久石譲の音楽活動の大きな軸のひとつとして来年以降の開催も期待はふくらみます。
ニューヨーク公演も成功させ、実りの多いコンサート・シリーズ。来年もNY公演はあるのかアジアにも波及していくのか、世界が注目する最先端の久石譲音楽です。
コンサート開催にあわせるタイミングでCD化される「MUSIC FUTURE」ライヴ音源。2017年コンサートの模様は『MUSIC FUTURE III』に収録されています。そして2017年(Vol.4)から2018年(Vol.5)は継承しさらに推し進めたプログラム。点と点がしっかりと線になっている音楽を、2019年もコンサート&最新音源化楽しみにしています。
特設CD販売コーナーでは、会場購入者のなかから先着サイン会抽選券付き。両日あわせて80~100名近くが久石譲とデヴィット・ラング両氏からサインをもらえるという幸運にめぐまれました。


from 久石譲オフィシャル Facebookページ より
*モノクロ調の本公演コンサート・パンフレットには、同じ写真がいくつか掲載されています。

from 2019.1.15
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and

Disc. 久石譲 『久石譲 presents MUSIC FUTURE III』
*室内交響曲 第2番《The Black Fireworks》~バンドネオンと室内オーケストラのための~ (2017) 収録

Posted on 2018/11/30
11月11日に開催された「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.5」コンサートのニューヨーク公演。2014年に始動したコンサート・シリーズがついにミニマル・ミュージックの本場ニューヨークにて。久石譲が今最も注目し敬愛するデヴィット・ラングと作品を持ち寄っての共演。 “Info. 2018/11/11 《速報》「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.5」(ニューヨーク)プログラム” の続きを読む
Posted on 2018/11/29
スポーツ×エンタメ業界誌「Invitation インビテーション 2006年11月号 No.45」に掲載された久石譲インタビューです。
アジアの香りに弾けた
久石譲のミニマリスト宣言
”美しく官能的でポップなアジア”──
そんなテーマが掲げられた作曲家の最新ソロアルバムには、アジアの中の自身を見つめ直す作業だけにとどまらず、彼の原点であるミニマル音楽への熱い思いも込められている。
文=賀来タクト
ピアノをフィーチャーしたアルバムとしては1年9ヵ月ぶりとなる久石譲の最新作『Asian X.T.C.』は、その題名から明らかなように、アジアを題材に選んでいる。10月28日より日本でも公開される韓国映画『トンマッコルへようこそ』をはじめ、最近何かとアジア圏の映画に携わることが多い彼にとっては、確かに無理のない一枚に映る。
「自分の中でアジアをもう一度見つめ直す必要が出てきたんですね。そこで改めて思ったのは、アジア人ってすごくかっこいいということ。女性は肌がきれいだし、男性も大地に根ざしているかのようなエネルギーがある。東洋思想のひとつとっても、善と悪の相反する二面性が共存していて、西洋みたいに悪はダメっていう発想がない。単純に1+1=2では終わらない世界がいっぱいあるんです。映画の仕事でもいい出会いが重なって、全てがいい感じでアジアに向いていったんですね」
時代の風に流されているだけではない。アルバムを紐解けば、そこにはメロディックな映画・CM曲に加えて、若き日々を彷彿とさせるミニマル技法に基づいた楽曲も鮮やかに並ぶ。アジアという主題の狭間に見え隠れする、作家としてのこだわりがまぶしい。
「例えばフィリップ・グラスは東洋思想に刺激を受けて作品を作っていましたが、その対象となったアジアから誰も育たないというのは変でしょ。アジア人のミニマリストが、ちゃんといるべきじゃないか。じゃ、それを誰が担うのかといえば、アジアがベースにあって、そのうえミニマルを原点に持っている僕しかいないだろうと」
原点回帰というよりも、新たな出発のための決意表明といえようか。
「ミニマルをベースにやってきた経験と、ポップスで培ったリズム感、単純に言えばノリ、グルーヴ。それが両方きちんと息づいたところでの、自分にしかできない曲。それを書いていこうと決心がついた最初のアルバムです」
(Invitation インビテーション 2006年11月号 No.45 より)



Posted on 2018/11/28
雑誌「料理王国 2006年11月号」に掲載された久石譲インタビューです。稲越功一(写真家)ホストによる連載「レストランのふたり」コーナーで、久石譲と茂木大輔を招いての内容になっています。
茂木大輔さんは、NHK交響楽団主席オーボエ奏者で、久石譲との関係は義理の従兄弟にあたります。
連載 レストランのふたり 8
撮影・インタビュー 稲越功一
レストランに映える人には必ず魅力的なストーリーがある。気心の知れた者同士、お気に入りのレストランでならなおのこと、そのストーリーは鮮やかに響くだろう。そこで、毎月ふたりのゲストにご登場いただき、人物写真の大家、稲越功一氏がインタビュアーとして加わって親しい間柄のふたりに食の話から仕事のこと、人生観に至るまで自由に聞き出していただきます。
久石譲(音楽家)× 茂木大輔(NHK交響楽団主席オーボエ奏者)
アジアの官能性をテーマに
稲越:
「久石さんはニューアルバム「Asian X.T.C.」を出されたばかりですが、なぜこの新作ではアジアをテーマにされたのですか?」
久石:
「去年、韓国・香港・中国の映画音楽をやらせていただいて、僕の中でアジアの風が吹いていたんです。しかし新作に取りかかって困ったのは、アジアは実に遠い、ということでした。日本で暮らしていると欧米の方が意識的には身近で、アジアはやはりその先にありますよね。」
稲越:
「確かに距離的には近くても感覚的には遥か遠い感じがしますね。」
久石:
「アジアのイメージは自然が豊かで、皆が自転車で走っている……、という程度でした。そこでアジアの色っぽさや官能性にフォーカスしたんです。女性の肌はキメ細かく美しく、男はがっしりしていて土の匂いがする。そんなアジアの格好よさをテーマに定めたら全体が動き始めたんです。」
稲越:
「僕もアジアに15年ほど通っていますが、7~8年経ってやっとアジアの風景に馴染みました。それほど通わないと同じ土俵に立てません。」
久石:
「中国の音楽家とも仕事をしましたが、彼らはソリストになるように教育されていて、技術はすごいけれどアンサンブルはそこまでではない。人に合わせるという感覚が日本人ほどないんですね。」
茂木:
「N響でも指揮者のタン・ドゥン氏など中国人音楽家やピアニストを招くことがありますが、彼らは何を演奏しても凄烈で、僕らとは感覚が違う。色にたとえると赤と青、真っ黒と真っ白という印象で、良くも悪くも明快です。ラフマニノフなど内省的な曲はもっとモヤモヤしていてもいいと思いますが、はっとさせられる新奇なおもしろさはありますね。」
久石:
「北京のチャイナ・フィルハーモニーと、この秋のアジアツアーで共演するのですが、すごく上手い。音が艶やかで、メロディも豊穣でたっぷりとし、黄河の流れのようです。」
稲越:
「日本は「奥の細道」ですが、あちらはシルクロードですよね。」
茂木:
「彼らは優秀です。日本の交響楽団の演奏は精密で完璧ですが、暴力的にでも観客に攻め込んで訴える、ということがない。それこそが交響楽が持っている強い本質ですが、日本ではついにそれが芽生えず根付かなかった。結論めきますが、洋楽が日本に入って長い年月が経ち、このように断言してもいい時期だと思います。」
久石:
「それは日本人論に繋がりますね。民族音楽学者の小泉文夫氏によれば、日本では伝統が継承され、太古の雅楽が今も残り、数百年前の音楽を今も聞くことができる。しかし、中国では伝統芸能でも自分でいいように工夫してしまう。楽器の琵琶は、昔の四弦のものは正倉院に残っていても中国には今、五弦の琵琶しかない。日本は伝統を守るけれど、創意工夫する能力が弱い気がします。」
稲越:
「その通りかもしれませんね。」
久石:
「中国や欧米では伝統の踏襲なんて冗談じゃない、オレは今生きているんだ、と古いものを否定して強い気持ちで壊していく。ひとりの力では変わらないけれど、積み重なれば大きなうねりとなって伝統の形を変えるダイナミズムになる。だから日本の停滞感は気になりますね。」
茂木:
「海外には経験を重ねて50歳や60歳でも爆発するようなパワフルな人がいますが、日本では難しい。各人の意識は高いものの、成功すると新しいものに踏み出す気概がそがれてしまう。日本にはそんな空気が蔓延している気がします。おもしろいことをやり続けるには力を尽くさなければならないと、自戒しています。」
善悪を受け入れ共存させるアジア
久石:
「でも、日本人やアジア人にしかできないこともありますよね。西洋音楽という土壌で彼らと同じ発想になるわけがない。彼らはキリスト教的文化の中に生き、それは彼らのエネルギーでもある。バリ伝統のガムランやケチャもそうですが、アジアでは善悪が共存し、両方を受け入れる。それは東洋人でなくてはできない発想です。自己の中の優れた部分、最悪な部分、両方含めて自分であり、人である、だから自然に生きられる──これはいいことです。原理主義的に、「人は、音楽は、社会は、家庭は、こうあらねばならない」、と突き詰めて考えてなくてもいいんです。」
茂木:
「西洋音楽に対しても、本家より分家である日本の方がルールに敏感になってしまうんですよね。」
稲越:
「日本の自然のありかたも影響しますね。先日、伊勢神宮を訪ねて、山や森によって静寂や安らぎを得られることを感じました。溝口健二の映画を観て思うのですが、彼の映画には闇への執着心がかなりありますよね。」
久石:
「今は、闇といった意識下の恐れのニュアンスも失われつつありますね。新作では「インヤン」、つまり陽と陰といったアジアの光と影、善悪をテーマにその二面を際立たせ、ポップとミニマルなものを、あえてまとめないでそのまま形にしました。」
稲越:
「結果的にその境地になったわけですね。」
久石:
「宗教学者の山折哲夫さんとの対談で、「自分はなんていい人間なんだ」と思うことがあるけれど、「いい人は、長く続かない」ともおっしゃっていた。同感です。仏陀でさえ悟りを得て無になってもいろいろと悩んだわけでしょう。つまり音楽も「ならねばならない」という問題じゃない。無になって欲望を捨てても、逆に執着しても、自分のアンテナが小さくなるだけです。ならば裸になって、今の自分をさらけ出すことで、多くの人の心を駆り立てられればいい、あえてまとめなくてもいい、と考えるようになったんです。」
稲越:
「表現は、どこか負の部分を持たないと訴えられない。幸せすぎではダメですね。」
茂木:
「久石さんは自分の仕事をしておられるから、やりたいようにできてうらやましい。」
久石:
「しかし、N響は超一流です。」
茂木:
「N響は、この先どうするかという時期に来ています。世界一流の指揮者やソリストを日常的に迎え、国際水準の演奏を維持するところまでは到達していますので、次なる新しい感動、チャレンジを作り出していかなくてはならないと思います。ベルリン・フィルの場合、世界一のオーケストラを標榜して何十年もカラヤンと共同作業をし、彼が亡くなった時、今後どうするのかと世界が注目しました。さすがにドイツは芸事を本質的に見ている国だと思いましたが、彼らは世界一であることにもう興味はないんですね。そしてサイモン・ラトルというユダヤ人指揮者を迎えた。伝統の踏襲など考えずに、おもしろいことをするんです。」
久石:
「ベルリン・フィルがサイモン・ラトルを迎えたのは素晴らしかったですね。」
茂木:
「日本は育てたものを守ることに固執し、一旦壊しておもしろいことをしようとはならない。指揮者のタン・ドゥンさんを迎えた時、これ以上ヘンなものはないというほどその指揮は変わっていましたが、技術的にも感覚的にもすべてわかっていて、確信的だからすごい。久石さんにも、もっと指揮をしてほしいですね。ペンデレツキにしても、20世紀の偉大な指揮者は全員作曲家でした。久石さんのように音楽を知り尽くし、最先端の芸術を知り、現代人とは何かをわかっている人にぜひ振ってもらいたいと思います。」
久石:
「指揮は大変です。指揮者がきちんと方針を持っていればオーケストラも理解してくれますが、そうでなければ、あなたはどうしたんだ? と突きつけられますから。」
茂木:
「方針のない指揮者には、演奏している方も困りますね。」
稲越:
「久石さんには華もあるからマーラーを振っても、久石さんのマーラーになるんでしょうね。」
久石:
「スコアから何を発見するのか、難しい問題です。カルミナ・ブラーナを指揮したとき、最初の6小節をどうするのか、どう「間」をとるのか、一週間悩みました(笑)。自分のスタイル以前に、この音楽の持っているエネルギーをいかに出しきるのか、どうすれば演奏する人が上手くできる環境にするのか、そのために曲の世界観を徹底して考える──。その結果、自分のスタイルになる。作曲も同じで、最初からオレ流というものはありません。映画も同様、考え抜いて緻密に構成し、「流れ」や「動き」をつかまえられるかどうかが肝心なんですよね。」
稲越:
「写真も同じで、僕は「心の目」で見て撮ります。いい絵も描かれている部分と同時に、余白が重要です。」
茂木:
「オーケストラも同様で、音がない部分があり、そこにエネルギーを凝縮させていっせいに鳴らす。ブラックホールとビッグバンのように。音楽でいえば「余白」はリズム、テンポ、つまり呼吸です。」
稲越:
「理詰めではなく、感覚ですね。」
久石:
「作曲では、自分が興奮できないものは、演奏する人も、聴いている人も感動させられない。自己愛ではなく、自分で歓べない作品は誰も説得できないということです。」
茂木:
「文筆も似ていますね。僕は自分で書いた文章の最初の読者であることに時々、幸福を感じますよ。」
稲越:
「写真でも、その風景の最初の目撃者になる歓びがあります。未知の料理とも、初めて出逢って味わう歓びがありますが、久石さんはアジアの料理はお好きですか?」
久石:
「アジアは、その土地ごとに個性的な料理があっていいですね。韓国でも中国でも沖縄でも、私はそこにいれば朝から晩までその土地の料理を食べます。料理がまずい国は文化もダメでしょう。」
茂木:
「僕はあまり料理がおいしくないドイツが長かったですけれど(笑)。」
久石:
「いや、イギリスもまずいといわれますがおいしいですよ、味をつけないだけで、塩・コショウで各人好きに食べる。もっともロンドンではエスニック料理がうまいからそこにばかり行っていましたけれど。フランスだけのローカルな産物だったワインを世界に広めたのもイギリスですし、英国は仲介役としてはあらゆる文化に貢献しています。だから、目利きは完璧にできる国です。ヘンデルもドイツからイギリスに帰化しましたしね。」
茂木:
「ベートーヴェンの第9を書かせたのもロンドンの人ですしね、なるほど英国はすごい。」
稲越:
「音楽論から日本人論まで、今日は実に楽しいお話をありがとうございました。」
(料理王国 2006年11月号 より)

