Blog. 「レコード芸術 2019年3月号」ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」 久石譲 NCO 特選盤・評

Posted on 2019/04/03

クラシック音楽雑誌「レコード芸術 2019年3月号 Vol.68 No.822」、新譜月報コーナーに『ベートーヴェン:交響曲 第9番「合唱」 / 久石譲指揮 ナガノ・チェンバー・オーケストラ』が掲載されました。特選盤、同じく本号で取り上げられたもう一枚の特選盤《第九》と比較するように評されています。

 

毎月多くのCD盤が発売され、そのほぼすべてを網羅紹介している誌「レコード芸術」。100枚以上の新譜から特選盤に選ばれるのは計20枚前後。ジャンルごと(交響曲・管弦楽曲・協奏曲など)で各2~3枚程度。指揮者・オーケストラ・演奏者、日本だけではない世界各国の音楽家たちが盤に記録したもののなかから選ばれています。

わからない専門用語や、日常的ではない表現用語も多く、置いてけぼりになりそうですが、そこは少しずつ学べばいいとして。ファッションや車に詳しくない人が、なにがすごいかわからずただただパラパラめくるカタログのような感覚、これまた好きなジャンル・作曲家・演奏家を見つけて、そこから少しずつ興味や理解を深めればいいとして。

音楽に精通している専門家・評論家たちが、どういうものさしで見ているのか、どういう位置づけで捉えたのか、ここが知れるだけでも視点が広がります。すべていいことばかりを評しているわけでもありません。あるものには「このディスクの立ち位置や狙いが不明/奏者にかなり癖がある/独り相撲の感」など具体的に箇所を指摘しながら厳しく記されています。

それは跳ね返って、中途半端では意味がない明快なコンセプトを貫いた久石譲版であること、やもすると際物ととられる危惧を振り切りよい痛快な表現で魅せた久石譲版であること、指揮者とオーケストラが目指したアプローチが結実した久石譲版であること。知識と耳の富んだ人たちにも認められた抜きん出たディスクであること。「レコード芸術」の久石譲・NCO 計4CD盤 評は、新しい発見と新しい聴き方を案内してくれます。

 

 

新譜月評

THE RECORD GEIJUTSU 特選盤
ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱》/ジョヴァンニ・アントニーニ指揮 バーゼル室内管弦楽団 他

 

推薦 金子建志
偶然にも久石と同月にリリースされたことで、攻撃的解釈を競う形になった。第3楽章の4番ホルンのソロ [5分59秒~] がゲシュトプフを誇示することでも、ピリオド志向は鮮明。ベーレンライター版+超快速も共通だが、第1楽章 [アントニーニ13分27秒・久石13分00秒]・第2楽章 [A 13分20秒・H 12分40秒]・第3楽章 [A 11分59秒・H 11分07秒]・第4楽章 [A 22分49秒・H 21分46秒] と、全楽章で久石が速いのはモダンとの機能性の差か。

当盤で最も激辛な印象を与える第2楽章では、イデー・フィクス的に繰り返される付点リズムの後半を極端に消去。3小節周期でリズム主題を刻印するティンパニ [2分51秒~] も同様で、これほどfp的に落とすとリズムの輪郭がぼやけてしまうが、これは撥の選択や、叩く位置も奏者と吟味した結果のデフォルメと見た。トリオが久石よりも遅いのは [7分14秒] からのナチュラル・ホルンの8分音符の操作を考慮したのだろう。

同じリコーダー奏者から指揮者に転じたブリュッヘンが、晩年クナッパーツブッシュ的な微速前進に行き着いたのに対し、昨年の読売日本交響楽団への客演でも披露したアントニーニの笛は名技主義の典型。頭の回転の速さが、そのまま演奏に映し出されるのは棒を振っても同じで、第1楽章はそれが全ての楽器のフレージングや奏法にまで反映している。第4楽章のトルコ行進曲のファゴットは、速さに加え [9分19秒~] の裏拍強調が実にコミカルだ。

 

推薦 満津岡信育
当コンビによるベートーヴェンの交響曲全集の完結編。セッション録音の良さを感じ取ることができる、すばらしい《第9》だ。小編成のモダン・オーケストラによるピリオド・スタイルの演奏であり、作曲者本人によるメトロノームの数字に近づける努力が払われている。従って、第1楽章からテンポ設定は、きわめて速く、しかも、タメをつくらずに進んでいくが、各フレーズの流れが明瞭になる分、鮮やかな推進力が生み出されている。また、ライナー・ノーツで木幡一誠氏も指摘しているように、レガート、ノン・レガート、ポルタート(メゾ・スタッカート)の弾き分けを徹底的に突き詰めることによって、より直截な響きが形づくられ、刻々と表情を変えていくのが圧巻だ。もちろん、そこには、指揮者であるアントニーニの卓越した和声感が大きな力となっていることは間違いない。第2楽章も、テンポは速いが、バタつくことはなく、明快な表情と俊敏な諧謔性が見事に立ちあらわれている。

第3楽章が、12分を切る演奏時間では、せかせかと追い立てられることになるのではないかという心配も無用である。シンコペーションのリズムが浮き彫りになり、前打音が巧みに処理されるのをはじめ、見事な和声感の移ろいを通して、展開と変奏が精妙に描き出されていく。終楽章も、ものものしさは一掃され、各楽器の語り口が活かされ、そして、歌詞のシラブルを大切にした声楽陣とオーケストラの親和力もきわめて高い。

 

[録音評] 石田善之
それぞれが明快にピック・アップされ、全体的に濁りがなく解像力が高い。ただ、木管や第4楽章のチェロの旋律は前方に位置し、声楽のソロも最前列にある。全体に奥行きよりも左右へ広がり、バリトンは左、ソプラノは右という具合に十分な間隔で聴かせるが、小型再生システムでは不自然さはないかもしれない。快適な長めのホール・トーンでまとめられている。

 

 

THE RECORD GEIJUTSU 特選盤
ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱》/久石譲指揮 ナガノ・チェンバー・オーケストラ 他

 

推薦 金子建志
「ベートーヴェンはロックだ」という主張は全くそのとおりだが、《第9》はブルックナーやマーラーの交響曲、ワーグナーの楽劇に代表される「重厚壮大なロマン主義の原点」として再現する解釈が主流だった。久石はここでも、快速と、リズムの裏拍の強調(ジャズに通ずるオフ・ビート)で、従来のゲルマン的なロマンティシズムに風穴をあける。よく似た凝縮タイプの解釈で競うことになったアントニーニが「バロックのオーケストラが近未来に挑んだ」とするなら、こちらは現代作曲家としての構造分析を基本に「モダニズムの原点としてのDNAを探ろうとした」と評すべきか。

両者の違いが鮮明なのが、32分音符の刻みを連打する第1楽章再現部のティンパニ。アントニーニが細かいトレモロ処理に徹して、主題のアウフタクトの刻印に必ずしも拘らないのに対し、久石は [6分57秒~] のように32分音符の音価を明示させ、主題としてのアウフタクトを強打させる。スケルツォの主題も常にリズムが克明で、完全な構造重視。リズム成分を消して小節線だけを示すアントニーニの修辞的な遊びは、一切おこらない。第4楽章の低弦による「歓喜の主題」をスコアどおり区切りを入れずに開始させるアントニーニに対し、久石は [2分27秒] のように、完全に構造的な区切りを入れてからスタート。過激な前傾姿勢を保ちながら、楷書体のツボはしっかりと押さえている。

 

推薦 満津岡信育
「ロックのようなベートーヴェン」というコンセプトは、この声楽入りの《第9》にも貫かれている。弦楽セクションの編成は、別項のアントニーニ盤より、第2ヴァイオリン以外は、1名ずつ少ないようだ。しかし、演奏時間は、アントニーニ盤よりもさらに短く、全曲で計58分30秒台という超快速テンポになっている。アントニーニのようにピリオド・アプローチの具体的実践を徹底しているというわけではないが、アーティキュレーションをきちんと整えた上で、各声部を明瞭に打ち出しているのが特徴的。伴奏音型や内声部で同じような音型を繰り返す際に、ノリのいいリフのように処理されている箇所もあり、猛烈な推進力が生み出されている。第2楽章も、テンションが高く、ティンパニだけでなく、各楽器がオクターヴ下行する際にエネルギーが漲り、ダンス音楽のような気分にあふれている。中間部の軽やかなステップも印象的だ。

第3楽章もテンポ設定こそ速いが、豊かな歌心を感じ取ることができる。また、このテンポ設定だと、ヴァイオリンの細かなパッセージがふわりと舞い上がるように響くのが耳に残った。終楽章も、レチタティーヴォの語りかけるようなアーティキュレーションをはじめ、開放感に富み、祝祭的な気分にあふれている。舞台上手から響いてくる打楽器陣も効果的。合唱はやや音圧に乏しいが、このテンポ設定では仕方がないだろう。バリトンの明るい歌声をはじめ、独唱陣も健闘している。

 

[録音評] 石田善之
2018年7月の長野市芸術館でのライヴだが聴衆の気配やノイズ、終演後の拍手も整理されている。十分な広がりと奥行きを聴かせ、オーケストラと合唱が一体となった第4楽章のスケールの大きな響き感はほどよいホール・トーンを交えて豊か。4人のソリストはステージの中央に位置しほどよい張り出しとバランスで歌詞も明瞭。ただ合唱の歌詞の明瞭さはやや薄れる。

(レコード芸術 2019年3月号 Vol.68 No.822)

 

 

 

 

また前月号の「レコード芸術 2019年2月号 Vol.68 No.821」では、いち早く「先取り!最新盤レヴュー」コーナーでも紹介されています。

 

 

先取り!最新盤レヴュー
来月号「新譜月評」に登場するディスクから注目の海外盤、復刻・再発売盤まで、要チェック・アイテムの数々を先行紹介!!

 

ベートーヴェンはロックだ!
祝祭と解放の新時代の名演

久石譲指揮ナガノ・チェンバー・オーケストラによるベートーヴェン・ツィクルス、完結!

言うは易し行うは難し ロック・テイストの実現

年明けにすさまじい《第9》が届いた。

誰も知らぬ者のない作曲家である久石譲が呼びかけて結成し現在も音楽監督を務めるナガノ・チェンバー・オーケストラのライヴによるベートーヴェン・シリーズの第4弾CDで、第1番と《英雄》、第2番と第5番、第7番と第8番と来てついに《第9》。演奏会としては7回目にして完結編だった。

久石は以前から積極的な指揮活動を行っており、録音も多い。そんな中、長野市芸術館を本拠地として結成されたナガノ・チェンバー・オーケストラを指揮して発表してきたベートーヴェンは、久石の鮮烈なベートーヴェン観と、それを完璧に具現化するオーケストラの能力の高さが見事に合致し、まさに「21世紀の新しいベートーヴェン」を形作っている。

「ベートーヴェンはロックだ!」というのが久石の視点。第1弾CDに彼が寄せた序文によると「例えればロックのようにリズムをベースにしたアプローチで誰にでも聴きやすく、それでいて現代の視点、解釈でおおくりすることが」できるという。それは言うは易しいが、実際に既存のオーケストラに徹底的に持ち込むことは(客演という形であればなおさら)難しいだろう。しかし、長野の地において彼自身の呼びかけに応え、彼の作りたい音楽に全身全霊を傾けて協力する若い世代を代表する演奏家たちの強い意志と高い技術、そして細大漏らさず記録する名録音によって、まさにロック・テイストのベートーヴェンが出来上がったのだ。

綿密なリハーサルによる緻密なディティール

これまで聴いてきた彼らのベートーヴェンは、まさにリズミックで推進力に富み、高いテンションを維持する。それは《英雄》の葬送行進曲であってもそうで、それでいて切迫感や深刻さも存分に伝わる稀有なものだった。そして全曲の最後に訪れるカタルシスはすさまじく、おそらくは客席は興奮の坩堝だろうと思われる。

今回の《第9》もまさに祝祭的で、踊り狂うようなスケルツォやフィナーレの全員が憑かれたように叫ぶ明るさと活気(しかし一瞬たりとも粗くならない)はとても新鮮だ。また第3楽章全体を覆う静けさ(テンポはベートーヴェンの指示通り)、メロディ・ラインのアーチ状の歌やヴァイオリンのアラベスクの美しさ、第4楽章の低弦によるレチタティーヴォの明確で語るようなアーティキュレーション、同楽章のメイン・テーマ提示でのコントラバス主体のバランスなど、非常に綿密なリハーサルが行われたことが容易に想像できる作り込み方だ。

独唱陣、特にバリトンの声が非常に若く軽いのも特徴的。そのため初めはなんとなく肩透かしを食ったような気分になるが、若い声による鮮やかで明快な歌は、全体の音楽作りの方向性とフィットしている。公募を含むアマチュアを主体とした合唱陣も非常にクリアな発音で決して怒鳴らず、明快さと開放感を重視して明るく歌い切る。

決して少ないとは言えない指揮経験と明確なコンセプトを持つ指揮者と、彼に全幅の信頼をおいて自らを解放するオーケストラと合唱。そのすべてがうまく噛み合った新しい名演の誕生を喜びたい。

西村祐

(レコード芸術 2019年2月号 Vol.68 No.821 より)

 

 

 

 

 

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

今日にふさわしい楽聖像を模索し伝統に一石を投じる

「ベートーヴェンはロックだ」をスローガンに交響曲全曲演奏に挑んだ久石とナガノ・チェンバー・オーケストラのチクルス完結編。指揮者の強烈な個性と俊英たちが奏でる音楽は、崇高さを際立たせるよりは今日にふさわしい楽聖像を模索するもの。ダイナミックな表現は、ピリオド・アプローチとも異なる新時代の切り口による。声楽についてはさらに望みたいところもあるが、 久石の実験がベートーヴェン解釈の伝統に一石を投じたことは間違いない。

(モーストリー・クラシック 2019年4月号より)

 

 

New Release Selection

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

久石譲が、音楽監督を務めるナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)と、ついに「第九」をリリースした。腕のいい若手を結集したNCOの機能性、絞り込んだ編成だからこその透明度、生き生きとしたアーティキュレーションなど美質は多々あるが、最大の魅力は全編を貫いている疾走感。ピリオド・アプローチとも似て非なるこのリズム感・躍動感が、「ロックの先をいくベートーヴェン」という現代的コンセプトを体現している。裾野の広い聴衆を持つ久石だが、本作はこれからクラシックに親しみたいというファンのみならず、コア層にも訴えるクオリティとアクチュアリティを持っている。

(ぶらあぼ 2019年3月号より)

 

 

 

 

 

 

 

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