Posted on 2017/04/12
「キーボード・マガジン 2005年10月号 No.329」に掲載された久石譲インタビューです。
どの時期の話かはすぐにわかると思います。楽曲制作における譜面やデモ音源の工程、指揮者としてピアニストとしてレコーディングするときの難しいところ、かなり深いところまで読みごたえ満点です。またピアノの響きの好みや、影響を受けたピアニストまで。
ひとつだけ先に書いてしまいます。
久石:
「メロディは記憶回路なんですよ。記憶回路であるということは、シンプルであればあるほど絶対にいいわけです。メロディはシンプルでもリズムやハーモニーなどのアレンジは、自分が持っている能力や技術を駆使してできるだけ複雑なものを作る。表面はシンプルで分かりやすいんだけど、水面下は白鳥みたいにバタバタしてるんです。」
このお話はTV番組「笑っていいとも!」テレフォンショッキング出演時にも、CM中タモリさんと話していた内容です。時期は異なります。エピソードとしてJOE CLUB会報にあったように記憶しています。
久石譲音楽が久石譲音楽たらしめる、ひとつの核心のような気がします。感覚だけに流されない計算しつくされた緻密な音楽構成、久石譲が言うところの「論理が95%」というところなのでしょうか。凄みで身震いします。
それではご紹介します。
久石譲 Joe Hisaishi interview
宮崎駿、北野武監督作品などの映画音楽を手掛けたことで幅広く知られる久石譲。彼が映画やCMのために提供した楽曲を中心にオーケストラで再演するという”WORKS”シリーズの第3弾、『WORKS III』がリリースされた。昨年公開された大ヒット映画「ハウルの動く城」のテーマ曲「Merry-go-round(人生のメリーゴーランド)」や、CMでおなじみの「Oriental Wind」、バスター・キートンのサイレント映画に久石が新たに音楽を加えカンヌ映画祭で話題となった「GENERAL」など、久石ワールドを堪能できる1枚だ。ここでは新作について、さらには作曲やピアノについて久石本人に大いに語ってもらった。また、P.134からは「Birthday」のピアノ・スコアも掲載しているので、そちらも併せてチェックしてほしい。
メロディはシンプルでもリズムやハーモニーなどのアレンジは自分が持っている能力や技術を駆使してできるだけ複雑なものを作るんです
映像と対でしか存在しない映画やCM音楽がしっかり作られているのを確認してほしい
-”WORKS”シリーズではCM音楽や映画のために書いた楽曲を中心に取り上げていますが、映画などとは独立した作品としてレコーディングを行ったのでしょうか?
久石:
「そうですね。作られた目的が映画でもCMでも構わないんですけど、それを独立した楽曲として成立させるということは音楽家としてやらなきゃいけないことなんです。どうしても映像と対になってしか存在しないという映画音楽やCM音楽が、実はしっかり作られているというのを確認してもらうには、こういうシリーズが必要なんですね。」
-アレンジもオリジナルとは変えていますね。
久石:
「全体的にサウンドを少し厚くゴージャスにしています。映画の場合、音楽にいろいろな要素を入れ過ぎてしまうとセリフとぶつかってしまうんです。オリジナルでは主旋律だけしかない曲に、オブリガートのメロディを足すなどの作業はしていますね。」
-今回の『WORKS III』で新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラを選んだ理由を教えてください。
久石:
「もう長い付き合いなんですが、現在はワールド・ドリーム・オーケストラの音楽監督もやっているので、一番表現しやすい最高のオーケストラなんです。」
-オーケストラのアレンジは譜面に書いていくのですか?
久石:
「今はコンピューターで打ち込んだものを、譜面作成ソフトのメイク・ミュージック!Finaleなどで譜面に起こしていますね。ここ3年くらいは、やらなきゃいけない量が膨大なので、全部譜面を手書きしている時間がないんですよ。」
-ラフに打ち込んでいく感じですか?
久石:
「譜面になるギリギリのところまで緻密にやります。シンセだとやっぱり最終的に人間が演奏したときとは違いますが、それにしてはクオリティはめちゃくちゃ高いですよ。弦もフォルテ、ピアノ、ピチカート、デタシェ、トレモロなど細かいところまで表現しますね。あんまりラフだと次のアイディアが出てこないでしょ? 僕が作ったデモは、だいたい”このままで完成ですよね?”って言われるんですけど、そこから全部生の演奏に差し替えるんです。」
-以前のインタビューで、サウンドトラックなどでは生のストリングスにシンセのストリングスを混ぜることもあると話されていましたが、最近でもそうなのでしょうか?
久石:
「最近はフルオーケストラがものすごく好きなので、基本的にはオーケストラだけで成立するようにしていますね。ただ、つい最近やった韓国映画「ウェルカム・トゥ・トンマッコル」の音楽では、リズム・ループやサンプリング音源などを結構使っています。レコーディングは沖縄に行ったんですが、おかげでエスニックなリズムとオーケストラ・サウンドの融合みたいな感じに仕上がっていますね。”何で寒い冬場の戦争シーンで沖縄音階が流れるんだ”っていう(笑)。」
-『WORKS III』では久石さんがピアノを弾いているのですか?
久石:
「「人生のメリーゴーランド」のメロディなど、ソロの部分はだいたい僕が弾いてますね。それ以外はオーケストラのピアニストに弾いてもらっています。」
-レコーディングで使用したピアノは?
久石:
「すみだトリフォニーホールのスタインウェイです。響きを大事にしたかったので、スタジオではなくホールで録音しました。」
-一発録音ですか?
久石:
「指揮しながらピアノを弾いていると、そこが難しいんですよね。まず、オーケストラを録って、リズムがちゃんと感じられる部分はあとでピアノをかぶせようと思うんですが、なかなかニュアンスが一緒にならない。相手が出す音に対してこっちが反応し、こっちが出した音に相手が反応するのが音楽なのに、ダビングするとその双方向のコミュニケーションがなくなってしまう。「DEAD」の第4楽章は最初にオーケストラと録ったときにうまくいかなかったので、”すみません”って言って、翌日もう1回オケと一緒に録り直しました。自分で指揮をしているから分かってるつもりなんですけど、実際に自分が弾いた音にオケが反応するのと、別々で録音するのでは全然違いますね。クリックを使っていないので、オーバーダビングするにしても簡単じゃないですし。本当は同時録音がいいんですが、指揮とピアノを両方やっているとどちらも中途半端になりがちなんです。その辺をいつもレコーディングの直前までどうするか悩んでいるんですよ。」
低音がベーゼンドルファーで高音はスタインウェイが理想のピアノ
-小さいころはバイオリンを習っていたそうですね。
久石:
「4歳から12~3歳くらいまで習っていました。」
-最初にピアノを弾いたのはいつでしょうか?
久石:
「同じころです。そんなにピアノをメインにやってはいなくて、触ってたくらいですね。」
-では、ピアノをメインに演奏するようになったのは?
久石:
「音大を受験するためにピアノをやらなきゃいけなかったので、それからだと思いますね。」
-ピアノの響きの好みを教えてください。
久石:
「僕のスタジオにあるスタインウェイがすごく気に入っています。今のスタインウェイってペダルがきつくて、カクンカクンと持ち上がるんですが、今僕が使っているモデルは、どちらかというと昔のタイプなので、ペダルのスプリングがすごく弱いんです。だから自然にペダル操作ができる。あと、音もきらびやかじゃなくて、ホワンとしています。僕がアルバムでピアノを弾くときは、ほとんどそのピアノですね。ただ、楽曲によってもっと派手な音が欲しいときは、別のスタインウェイを用意してもらうこともあります。あと、好きなのはアルバム『ETUDE』などで使ったオペラシティのスタインウェイ。あそこのピアノはすごくいいですよ。最近はベーゼンドルファーを全然弾かなくなっちゃいました。低音鍵盤があるモデルではその分響きが豊かだから、昔は好きだったんですけどね。理想のピアノは真ん中から低い音がベーゼンで、高い音がスタインウェイ(笑)。」
-普段からピアノの練習をしていますか?
久石:
「僕は季節労働者ですね(笑)。コンサートがないと練習しない。映画音楽の制作に入ってしまうと、時間がないので全然弾かないこともあります。コンサートと近くなってくると1日8~10時間練習することもあるんですが、今年の夏のコンサートはオーケストラの指揮が大変なので、弾けても1日2時間くらいがやっとですね。」
-どういう練習をしているのでしょうか?
久石:
「人には聴かせられないけど、ハノンの鬼って言われるくらいにハノンをやってますね(笑)。」
-ピアニストとして影響を受けた人はいますか?
久石:
「大学時代はジャズのマル・ウォルドロンが大好きだったんです。彼は音色のニュアンスに富んだ人じゃないんだけど、しっかりした素朴なタッチがいいでしょ。耳コピで「レフト・アローン」なんかを弾いてましたからね。」
-マル・ウォルドロンとは意外ですね。
久石:
「かもしれないですね。『Piano Stories』の直線的にカンと弾くピアノの弾き方ってほとんどマル・ウォルドロン的ですよ。最近ちょっとうまくなったので、もう少し細かいニュアンスも表現できるようになりましたけど、あのころはストレートな演奏が好きだったんです。シンプルであるって強いですよね。最近好きなピアニストはミシェル・カミロ。トマティートというギタリストと共演した『スペイン』という作品を、毎晩聴いていた時期もりました。あとは、キース・ジャレットの『ザ・ケルン・コンサート』もいいですよね。」
人間の体で言うとメイン・テーマは顔 その世界観に合わせて手足を作っていくんです
-久石さんの作品は、いずれもメロディはシンプルでありながらオリジナリティを強く感じるのですが、曲作りで意識していることはありますか?
久石:
「メロディは記憶回路なんですよ。記憶回路であるということは、シンプルであればあるほど絶対にいいわけです。メロディはシンプルでもリズムやハーモニーなどのアレンジは、自分が持っている能力や技術を駆使してできるだけ複雑なものを作る。表面はシンプルで分かりやすいんだけど、水面下は白鳥みたいにバタバタしてるんです。」
-メロディから曲を作ることが多いのですか?
久石:
「毎回違いますね。ポーンとメロディが浮かぶこともあれば、最初にリズムが出てきたり、ハーモニーからメロディをひっぱり出すこともある。あえてパターン化しないようにしています。」
-映画とCMの音楽制作はどこが違うのでしょうか?
久石:
「映画は2時間でストーリーを組み立てるから、全体の構成力が一番重要です。一方、CMは15秒くらいで終わってしまうので、どうやって瞬間的に見ている人の心をつかむかが大事。映画はお金を払って見に行くから、いやが応でもジッと見ていますけど、テレビだとトイレに行ったりビール飲んだり、つまらなければチャンネルを変えられてしまいますからね。」
-映画では映像が出来上がってから、曲を合わせるのですか?
久石:
「脚本を読んで監督がどういうものが作りたいのかを把握した上で音楽の方向性を決めて先にテーマを作っていくケースや、全部映像が完成してから一気に作っていくケースなど、これもあまりパターン化しないようにやってますね。」
-やはりメイン・テーマの制作には一番力が入るのでしょうか?
久石:
「人間の体で言うとメイン・テーマは顔みたいなもの。これをまずしっかり作って、あとはその楽曲の世界観に合わせて手足を作っていくんです。ある程度メイン・テーマができちゃうと楽ですね。最初にテーマを作るのが理想なんですけど、できないときもあるんですよ。」
-CMの場合はいかがでしょうか?
久石:
「CMは頭の7秒ぐらいが勝負。その場合はメロディよりもむしろサウンドが大事だったりすることもあるので、音色選びには時間をかけます。あとは、新鮮なネタみたいなものはすごく意識しています。ピアノ1台でも印象に残るフレーズってありますしね。」
(「キーボード・マガジン 2015年10月号 No.329 Keyboard Magazine October 2005」より)