Blog. 「オーケストラストーリーズ となりのトトロ」(LP・2021) 新ライナーノーツより

Posted on 2021/12/27

2021年11月27日、大好評 “スタジオジブリ×久石譲‘’ 作品のアナログ盤シリーズに、いよいよ特別編とも言うべき 「Castle in the Sky~天空の城ラピュタ・USAヴァージョン~」のサウンドトラック、 「オーケストラストーリーズ となりのトトロ」、そしてジブリ美術館でしか観る事のできない『パン種とタマゴ姫』のサウンドトラックが登場しました。

各イメージアルバム、サウンドトラックとはまた異なる編曲で楽しめる作品です。こちらもリマスタリング、新絵柄のジャケットと豪華な仕様、解説も充実、ライナーノーツも楽しめる内容です。しかも、この3作品のアナログ盤は、これまで発売されたことがありません。ジャケットの美しさ、アナログならではの、音の豊かさを、お楽しみ下さい。

(メーカーインフォメーションより・編)

 

 

liner notes

『オーケストラストーリーズ となりのトトロ』について

※以下の解説では、アルバム『となりのトトロ イメージ・ソング集』を”イメージ・ソング集”、アルバム『となりのトトロ サウンドトラック集』を”サントラ”と表記します。

作曲者自身の解説にもあるように、『オーケストラストーリーズ となりのトトロ』は、「ある種啓蒙的な、今まであまりオーケストラを聴いたことがない人に、オーケストラっていいなぁと感じられる作品」、つまりオーケストラ入門者がオーケストラの仕組みと魅力を容易に理解できるように意図して作られた作品である。と同時に、この作品は宮崎駿監督と久石譲の3度目のコラボレーションとなった『となりのトトロ』の映画音楽(フィルム・スコア)を常設オーケストラで演奏可能にした交響組曲、つまりフィルム・スコアから重要な音楽を抜き出し、宮崎監督の世界観をオーケストラの演奏だけで楽しめるようにした作品、という側面も併せ持っている。既存のフィルム・スコアを素材にしながら、同時に教育的な効果も備えているオーケストラ曲を作り上げたのは、音楽史上、おそらく久石が初めてではないかと思う。

この作品のユニークな特長は、久石も言及しているナレーション付のオーケストラ作品、すなわちプロコフィエフ《ピーターと狼》やブリテン《青少年のための管弦楽入門》と比較すると、よりわかりやすい。プロコフィエフもブリテンも、オーケストラの楽器を入門者に知ってもらうという作曲意図は共通しているが、《ピーターと狼》は特定のキャラクターに固有の楽器とメロディ(ライトモティーフ)をあてがいながら物語を表現していくという、どちらかといえばハリウッドの映画音楽に近い手法で書かれている(極端な言い方をすればジョン・ウィリアムズの『スター・ウォーズ』などもこの手法に基づいている)。もう一方の《青少年の管弦楽入門》(もともとは教育映画『管弦楽の楽器』のフィルム・スコアとして作曲された)は、変奏曲形式で楽器の紹介をした後、最後にオーケストラ全体でフーガを演奏するという、かなり本格的なクラシック音楽を志向した作品になっている。

『オーケストラストーリーズ となりのトトロ』はそのどちらとも異なり、最初の《さんぽ》でひと通りの楽器は紹介するが、それ以降の楽章では教条的になることなく、音楽そのものの魅力をオーケストラによって伝えていく。というのも、『となりのトトロ』の音楽自体が、すでにフィルム・スコアの段階で高い完成度に達しているからである。その音楽は、必ずしもクラシックとは限らず、童謡もあれば、ポップスのように楽しい曲もあるし、ミニマル・ミュージックのような現代的な音楽も部分的には含まれている。逆に言えば、宮崎監督の世界観をあますところなく表現するためには、それだけバラエティに富んだスタイルの音楽が必要だったということでもある。そうした音楽の多様性を尊重しながら、オーケストラを奏で、オーケストラの魅力を伝えていくところが『オーケストラストーリーズ となりのトトロ』の面白さであり、《ピーターと狼》や《青少年のための管弦楽入門》になかった強みでもある。

これは視点を変えてみると、オーケストラというものは、クラシックも演奏できれば、ポップスも童謡もミニマルも演奏できる、懐の深いフォーマットだということを意味する。つまり、「アートとエンターテインメント」の両方に長けている、ということだ。それこそが、久石自身が志向する音楽の目標であり、ひいては21世紀にあるべきオーケストラが目標とすべき理想のひとつでもある。それが、『オーケストラストーリーズ となりのトトロ』が伝えようとしているもうひとつの”サブストーリー”なのではないか、というのが筆者の考えである。

なお、本盤にはA面にナレーションつきの演奏、B面に音楽のみの演奏が収録され、ナレーターは『となりのトトロ』本編でお父さん(草壁タツオ)の声を演じた糸井重里が担当している。とはいえ、この作品の”ストーリー”は決してお父さんの視点で語られているわけではない。楽譜上では、ナレーターの配役に関して特にジェンダーや年齢の指定はないので、実演ではナレーターを自由にキャスティングすることが可能である。また、楽譜には「演奏・ナレーション上の註釈」として、ナレーションの入りのタイミングがすべて詳細に記されているので、特に高度な音楽的知識を持ち合わせていなくても(指揮者の指示によって)ナレーターが正確なタイミングで入ることが可能である。

 

楽章解説

1.さんぽ

サントラに収録された《さんぽーオープニング主題歌ー》と《おみまいにいこう》を基にしながら、オーケストラの楽器紹介を兼ねた音楽。楽章のほとんどの部分を通じて、スネアドラムが文字通り”さんぽ”するようなマーチのリズムを刻んでいる。

最初に前奏部分(サントラではバグパイプとシンセサイザーが演奏)をオーケストラ全体で演奏した後、有名な「♪あるこう あるこう」のメロディが、オーケストラのセクションごとに演奏されていく。木管、金管、弦の各セクションは、それぞれ4種類の楽器で構成されているので、原則的にセクションの中で高い音の楽器から、順に4小節ずつメロディを担当していき、最後の「♪くものすくぐって」の部分からセクション全体がまとまって演奏する、という仕組みになっている。ちなみに、打楽器でメロディを担当するのは、最初の4小節がティンパニ、次の4小節がシロフォン(木琴)だが、組曲全体ではその他にも多種多様な打楽器が使われている。

最後にすべてのセクションがそろってメロディ全体を演奏し、華やかに終わる。

 

2.五月の村

サントラでもオーケストラで演奏されていた《五月の村》を、よりシンフォニックに編曲し直したもの。本編においては、物語最初の引越しのシーンほかに登場する。

この楽章は、1950年代から60年代、ラジオやレコードを通じて幅広い聴衆に親しまれたオーケストラ音楽、いわゆる軽音楽(セミ・クラシック)を意識した音楽となっている。そのため、全体の形式も親しみやすくわかりやすい形をとっており、冒頭8小節の前奏のあと、A-B-A-C-Aというシンプルなロンド形式(小ロンド形式)で書かれている。

 

3.ススワタリ~お母さん

サントラに収録されている《オバケやしき!》《メイとすすわたり》《おかあさん》を素材に用いている。

最初に、弦楽セクションが可愛らしいピッツィカートで《オバケやしき!》を演奏し、「ドン!」とオーケストラが鳴った後、木管セクションが同じ部分を繰り返す。次に《メイとすすわたり》の音楽となり、木管セクションと多彩な打楽器がマックロクロスケの存在を表現した後、イメージ・ソング集の《すすわたり》で「♪すーすす すすわたり」と歌われていたメロディを、木管セクションが演奏する。この時、メロディは最初から全体の姿を現さず、「♪すーすす」「♪すーすす すすわたり」のように少しずつ現れてくるところが面白い(つまり、すぐに姿を隠してしまうマックロクロスケと同じである)。メロディがひと通り演奏された後、今度は金管セクションがメロディに華やかな装飾を加えて演奏する。あたかも、マックロクロスケにスポットライトが当たって輝くような感じだ。音楽が静かになると、グロッケンシュピール(鉄琴)とチェレスタが《おかあさん》のメロディを愛らしく演奏し、独奏ヴァイオリン(オーケストラのコンサートマスター/コンサートミストレスが担当)がそのメロディを引き継ぐ。最後は、病院に残るおかあさんへの恋しさを表現するかのように、音楽が後ろ髪を引かれるようにして終わる。

 

4.トトロがいた!

サントラの《小さなオバケ》と《トトロ》を素材に用いている。

最初の《小さなオバケ》の部分、すなわち小トトロが初めて登場するシーンの音楽は、サントラでオーケストラが演奏していた音楽をよりシンフォニックに編曲し直したものである。オタマジャクシの動きを木管セクションの演奏で表現した部分をはじめ、オーケストラの豊かな音色が小トトロの愉快な動きを見事に表現している。後半になると、「♪トトロ トトロ」のモティーフがさまざまな楽器の演奏で登場する。弦楽セクションとハープが一陣の風を吹かせた後、《トトロ》の部分、すなわち有名なバス停のシーンとなる。ここから音楽は7/4拍子に変わり、トロンボーンとマリンバが「ン・パ・パ・パ・パ・パ・ウン」「タラ・タラ・タン・タン」という不思議なテーマを演奏する。実はこのテーマこそが、トトロ(大トトロ)のテーマにほかならない(筆者との取材において、久石自身がそのように指摘している)。しかもこのテーマは、久石が得意とするミニマル・ミュージックの手法で書かれている。最後は、チェロとコントラバスが演奏する「♪トトロ トトロ」も顔を出す。

 

5.風のとおり道

イメージ・ソング集の《風のとおり道》(児童合唱版とインストゥルメンタル)と、サントラにも収録されている《風のとおり道(インストゥルメンタル)》が原曲。塚森の大きなクスノキのテーマ、あるいは自然の生命力そのものを象徴するテーマとして、本編の中で何度も登場する。久石が筆者に語ったところによれば、「童謡的なテーマだけでなく、《風のとおり道》のように日本音階を使いながらすごくモダンな世界を作ることで、初めて全体のバランスがとれた」という意味で、このテーマは「音楽全体の裏テーマ」の役割を果たしているという。

原曲は「♪森の奥で」で始まるAの部分(Aメロ)と、「♪はるかな地」で始まるBの部分(Bメロ)で構成されているが、本組曲では文字通り風がとおるような序奏のあと、A-A-B-A-C-B-A-Aに基づくコーダ、という形で構成されている。ある映画音楽のテーマから、オーケストラ作品として聴き応えのある演奏会用作品をいかにして作り上げていくべきか、そのお手本を示したような楽章である。

 

6.まいご

イメージ・ソング集およびサントラに収録のヴォーカル曲《まいご》と、オーケストラの演奏によるサントラの《メイがいない》が原曲。組曲全体の中でも、最も小さな編成で演奏される。

イントロのあと、コーラングレ(イングリッシュ・ホルン)が「♪さがしても みつからない」のAメロを歌い始めるが、このコーラングレはサントラの《メイがいない》でも(オカリナと共に)ソロを担当していた楽器である。「♪かくれんぼが だーいすき」のBメロからピアノのソロとなり、オーボエとコーラングレがBメロに加わった後、最後はオーボエが名残惜しむようにソロを吹く。譜面上および本盤B面の演奏においては、その後、チューバがトトロの声を真似る形で、「トトロ ボァ~~~」と吹くが、本盤A面の演奏においては、チューバのトトロの声は次の《ネコバス》冒頭のナレーションの後に出てくる。

 

7.ネコバス

サントラでオーケストラが演奏していた《ねこバス》を、よりシンフォニックな形で編曲し直したもの。最初の前奏部分は、イメージ・ソング集の《ねこバス》のイントロに基づいている。

イメージ・ソング集のヴォーカル版を聴くとわかるが、《ねこバス》はネコバスの疾走感を表現するため、ノリの良いポップスのスタイルで書かれている。そのため、オーケストラの演奏にも拘わらず、思わず体でリズムをとりたくなってしまう楽しさが、この楽章の編曲にそのまま受け継がれている。前奏の後、まず木管セクションが「♪ばけねこの ねこバスが」のAメロを演奏し、金管セクションがそれを繰り返す。今度は弦楽セクションが「♪ヘッドライトは」のBメロを演奏した後、オーケストラ全体で「♪それゆけ にゃあごー」のサビ(コーラス)を演奏する。以下、ピアノでAメロ、弦楽セクションでBメロ、木管セクションでサビ、最後にオーケストラ全体でサビを繰り返す。

 

8.となりのトトロ

もはや説明の必要もない《となりのトトローエンディング主題歌ー》を、サントラ収録の《月夜の飛行》後半、および物語最後に流れる《よかったね》も踏まえながら編曲したもの。この楽章単独で演奏される機会も多い。「♪だれかが こっそり」のAメロと、「♪となりのトトロ トトロ」のサビをそれぞれ短くした形で序奏に用いた後、改めてAメロ-サビ-Aメロ-サビの順でオーケストラが演奏していく。2度目のAメロでは、ピアノ・ソロ演奏が聴きもの(この部分に限らず、本盤の演奏ではピアノパートを久石自身が担当している)。最後のサビは、途中からロ長調に転調し、音楽がいっそう華やかになって全曲の幕となる。

 

参考文献:
『オーケストラストーリーズ となりのトトロ』 久石譲作曲 全音楽譜出版社

『久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~』公式パンフレット所収 前島秀国『「ナウシカ」から「ポニョ」までー久石譲、宮崎駿監督との9作品を語る』

前島秀国 サウンド&ヴィジュアル・ライター
2021/07/30

(LPライナーノーツより)

 

 

 

 

オーケストラストーリーズ となりのトトロ

品番:TJJA-10043
価格:¥3,800+税
(CD発売日2002.10.23)
音楽:久石譲 全16曲

子供達とかつて子供であった人達のためのオーケストラ入門
初めてオーケストラに接する人達のために久石譲が新たに「となりのトトロ」のストーリーを綴った交響組曲。お父さん役の糸井重里の語りで楽器の名前や音色なども分かりやすく解説した入門編と、語りの無い組曲との2部構成。 

演奏:新日本フィルハーモニー交響楽団
解説:前島秀国

liner notes 『オーケストラストーリーズ となりのトトロ』について/楽章解説 所収

 

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