Posted on 2021/12/27
2021年11月27日、大好評 “スタジオジブリ×久石譲‘’ 作品のアナログ盤シリーズに、いよいよ特別編とも言うべき 「Castle in the Sky~天空の城ラピュタ・USAヴァージョン~」のサウンドトラック、 「オーケストラストーリーズ となりのトトロ」、そしてジブリ美術館でしか観る事のできない『パン種とタマゴ姫』のサウンドトラックが登場しました。
各イメージアルバム、サウンドトラックとはまた異なる編曲で楽しめる作品です。こちらもリマスタリング、新絵柄のジャケットと豪華な仕様、解説も充実、ライナーノーツも楽しめる内容です。しかも、この3作品のアナログ盤は、これまで発売されたことがありません。ジャケットの美しさ、アナログならではの、音の豊かさを、お楽しみ下さい。
(メーカーインフォメーションより・編)
liner notes
フォリア(ラ・フォリア)とは?
録音や放送のようなテクノロジーが存在しなかった19世紀以前の西洋音楽において、ある曲がどれだけポピュラリティを獲得していたか、つまり”ヒット”を表す度合いは、演奏回数や楽譜の売れ行きだけでなく、その曲(メロディ)がどれだけ多くの作曲家によって引用または編曲されたかという点が重要な指標となっていた(フランス革命以前、音楽著作権という概念は存在しなかった)。本盤をお聴きになるリスナーにまず知っていただきたいのは、この《ラ・フォリア》という楽曲が、過去400年の西洋音楽史において最大の”ヒット”を記録したテーマのひとつに基づく音楽だという事実である。バッハやベートーヴェンのような著名な楽聖たちを含む、非常に多くの作曲家たちがフォリアに基づく音楽を書いているので、ある程度クラシックをかじったり聴いたりしたことがあるリスナーならば、フォリアに出会わないまま一生を終えることはあり得ない。意識的にせよ無意識的にせよ、フォリアは必ずどこかで耳にしているはずである。
フォリアとは、15世紀末から16世紀にかけてイベリア半島に登場した舞曲、あるいはそこから派生したテーマのことを指す。ポルトガル語の「folia」、あるいはイタリア語の「La folia」は、英語の「fool」などと同じ語源から派生した言葉で、「馬鹿」「狂気」「狂乱」などを意味する。このように、もともとは「馬鹿騒ぎの舞曲」という意味で呼ばれていたフォリアのルーツは、おそらく農民たちが熱狂的に踊るテンポの速い舞曲だったと推測されている。現在、一般的にフォリアと呼ばれているものは、17世紀に入ってからテンポが遅くなり、コード進行が一定の型に定まったテーマのことを指す(特に「後期のフォリア」と呼ばれている)。
フォリアの音楽的特徴を簡単に記すと、前半8小節+後半8小節=16小節のテーマの形で書かれ、2拍目にアクセントを置いた3拍子系で、おおむねニ短調をとることが多い。前半と後半の違いは、最後の2小節のコード進行が違うことで、一般的なフォリアのコード進行を記せば
前半8小節 iーVーiーVIIーIIIーVIIーiーV
後半8小節 iーVーiーVIIーIIIーVIIーI(V)ーi
という感じになる。
フォリアのテーマを用いた、楽譜が現存する最古の曲のひとつは、フランスの宮廷作曲家リュリがルイ14世の命で1672年に作曲した《スペインのフォリアに基づくオーボエのエール》だが、これ以降、地中海沿岸を中心とするヨーロッパ各地でフォリアのテーマを用いた変奏曲の作曲が大流行し、多くの作曲家が楽曲の中でフォリアを引用したり、あるいは実際に変奏曲を作曲したりした。J・S・バッハ、C・P・E・バッハ、ベルリオーズ、グリーグ、リスト、ブゾーニ、ラフマニノフ、ロドリーゴ、20世紀後半以降の作曲家ではヘンツェやマックス・リヒターなど、その数は現在確認出来るだけで500人(組)以上と言われている。また、非常に意外な例だが、ベートーヴェンの有名な《運命》第2楽章(この楽章も変奏曲形式で作曲されている)の第166ー183小節がフォリアの変奏として作曲されているという説が、1980年代以降ベートーヴェンの研究者たちから相次いで打ち出されている。
しかしながら、フォリアを用いた史上最も有名な楽曲は、おそらくヘンデルの組曲第4番 ニ短調 HWV 437の中のサラバンド楽章、通称《ヘンデルのサラバンド》として知られるチェンバロ曲であろう(フォリアの引用ではないとする異説もある)。この楽曲は、スタンリー・キューブリック監督が『バリー・リンドン』のメインテーマに使用したことで、クラシック愛好家以外のリスナーにも広く知られるようになった。
ヴィヴァルディの原曲について
ヴィヴァルディの《ラ・フォリア》は、正確には「トリオ・ソナタ集 作品1 ~ソナタ第12番 ニ短調 RV 63」のことを指す(1705年に出版された、現存する最古の出版譜の表紙には「2つのヴァイオリンとチェンバロのための3声の室内ソナタ集 作品1」と記されている)。トリオ・ソナタは、ヴァイオリンなどの独奏楽器のパート2つとチェンバロなどの通奏低音のパート1つの合計3パート(=トリオ)で構成されているが(演奏者は必ずしも3人とは限らない)、18世紀初頭においては非常に人気を博していたフォーマットであった。全12曲からなるヴィヴァルディのトリオ・ソナタ集は、現在の研究では1703年頃、すなわち彼が司祭の叙階を得てからピエタ音楽院の音楽教師に就任するまでの時期に作曲されたと推測されている。
「作品1」という番号が付されているように、このトリオ・ソナタ集は当時20代半ばだった若きヴィヴァルディの”公式デビュー作”であり、楽譜が何度か再版された事実が物語るように、彼にとって最初の重要な”ヒット作”となった(ちなみに有名な《四季》は、これよりも15年以上後の作曲)。作曲にあたり、ヴィヴァルディは当時大変な人気を博していたアルカンジェロ・コレッリの「ヴァイオリン・ソナタ集~ソナタ第12番」(1700年出版)を少なからず参考にした。すなわち、ヴィヴァルディはコレッリの方法論にならい、曲集最後のソナタ第12番をフォリアのテーマに基づく19の変奏で構成し(コレッリの変奏の数は23)、すべての変奏をコレッリと同じニ短調で作曲した。最後の第19変奏をのぞき、主題・変奏とも前半8小節+後半8小節=16小節の変奏の後、後奏(リトルネッロ)が演奏される。これも、ヴィヴァルディがコレッリの方法論を応用したものである。
トリオ・ソナタという流行りのフォーマットを用い、コレッリにあやかってフォリアのテーマを用いたヴィヴァルディの《ラ・フォリア》は、いわば当時の”ヒット曲の法則”をすべて詰め込みながら、ヴィヴァルディが作曲家としての個性を初めて開花させた重要作とみなすことが出来る。
『パン種とタマゴ姫』のスコアについて
意外に思われるリスナーも多いかもしれないが、久石が手掛けた宮崎監督のスコアにおいて、フォリア風のメロディが登場するのは、実は『パン種とタマゴ姫』が初めてではない。『風の谷のナウシカ』のサントラ盤『「風の谷のナウシカ」サウンドトラック~はるかな地へ…~』に収録された《ナウシカ・レクイエム》をお聴きになれば、上述の《ヘンデルのサラバンド》にインスパイアされたメロディが、弦の伴奏音形に使われていることに気づくはずである。
宮崎監督がヴィヴァルディの《ラ・フォリア》に惹かれた理由は明らかにされていないが、先に述べたように、フォリアのメロディそのものはクラシックを鑑賞していれば必ずどこかで出会う有名曲だし、『ナウシカ』からの連想は抜きにしても、宮崎監督のずば抜けた音楽的直感によってヴィヴァルディの《ラ・フォリア》に辿り着いたのは、ほぼ間違いないだろう。
その直感は、実のところ、きわめて音楽的な理由に裏打ちされている。
まず、ヴィヴァルディの原曲が、他ならぬ変奏曲形式で作曲されていること。これで思い出されるのが、宮崎監督が命名した《人生のメリーゴーランド》というメインテーマを、久石が多様に変奏していくことでスコアのほぼすべてを作り上げた『ハウルの動く城』の例だ。『ハウル』の変奏曲形式は、主人公ソフィーの年齢と外見がさまざまに変化していく物語と厳密に対応しているが、『パン種とタマゴ姫』においても、パン種のキャラクターが生地の状態から焼き上がったパンまでさまざまに変化していくので、本作においても変奏曲形式の音楽がふさわしいと直感的に判断したのではないかと推測される。
さらにヴィヴァルディの原曲には、いくつかの変奏において、彼が後年作曲することになる《四季》の自然描写の萌芽を見出すことが出来る。そうしたヴィヴァルディの音楽語法が、ブリューゲルの農民画や風景画にインスパイアされた本作の世界観と絶妙にマッチしているわけである。
そして、フォリアの原義である「狂気」すなわち「マッドネス」という要素が、本作の物語の中にも現れている点。本編をご覧になれば、パン種とタマゴ姫を執拗に追い続けるバーバヤーガのキャラクターにある種の「狂気」を感じ取ることが出来るが、それだけなく、村の中で繰り広げられるアクションシーンが──久石の名曲《Madness》が使用された『紅の豚』の飛行艇のシーンと同じように──いささか狂気じみた様相を呈していることに気づくだろう。
一方、作曲家の久石にとってみれば、宮崎監督から提示されたヴィヴァルディの《ラ・フォリア》は、バロック音楽への久石の敬愛を存分に表現し、しかも彼自身のミニマル・ミュージックの”新作”を発表する場にもなる、絶好の機会と感じられたはずである。
21世紀に入ってから顕著な傾向だが、バッハ以前のバロック音楽は実のところミニマル・ミュージックの元祖ではないかという見方が、海外の作曲家や演奏家のあいだから相次いで提示されるようになってきた。ことヴィヴァルディの原曲に限って言えば、主題から最後の第19変奏までニ短調という調性も変えず、各変奏内のコード進行すらも変えず、パターンの繰り返しを好んで用いる作曲手法は、実はミニマル・ミュージックの方法論とそれほど変わらない。そこに、久石は敏感に反応し、バロック音楽の古典的フォームを守りながらも実質的にはミニマル・ミュージックであるという二律背反を、本作の編曲によってやすやすと乗り越えてしまった。本編の物語に即してわかりやすく言えば、久石はヴィヴァルディのバロック音楽という”パン種”から、ミニマル・ミュージックという”パン”を成形し、それを本作のスコアとして”焼き上げた”のである。
映画音楽作曲家としての久石は、「映像と音楽は対等であるべき」という理想を一貫して求め続けながら作曲に臨んできた音楽家である。楽曲としての構成原理をいっさい妥協することなく、映像と音楽がこれほど対等に渡り合った久石の映画音楽作品は、宮崎作品か否かを問わず、他に全く存在しないと言えるだろう。しかも本作のスコアには、ミニマル・ミュージックの作曲家としての久石の作家性が紛れもなく刻印されている。そうした意味において、『パン種とタマゴ姫』の久石のスコアは彼の映画音楽の理想を最も純化して表現した作品であり、かつ久石自身の音楽的個性が遺憾なく発揮された作品であるということが出来るだろう。
なお、本盤に聴かれるスコアは、現時点で三鷹の森ジブリ美術館のみの限定販売となっているサントラ盤CD(本編バージョン)と異なり、本作のために編曲・録音した音楽を演奏会用作品として整えたバージョンが収録されている(本編バージョンはヴィヴァルディの原曲からいくつかのセクションをカットしているが、本盤はカットなしで収録したフル・バージョンである)。
楽曲(主題と変奏)解説
※物語の内容に深く触れていることを予めお断りしておきます。
先に述べたように、ヴィヴァルディの原曲はフォリアの主題と19の変奏で構成されているが、本盤に収録された久石のスコアは、変奏の順番を若干入れ替えながらも、原曲の19の変奏をすべて素材として使用し、ごくわずかな例外をのぞき、主題とすべての変奏を原曲と同じニ短調で統一している。さらに、本編のシーンの長さに合わせるために加えたブリッジやコーダなどをのぞき、ひとつの変奏につき前半8小節+後半8小節=16小節というフォームも、久石はそのまま踏襲している。
CD発売時、本盤に収録されたスコアは「主題」「第1変奏」「終曲」のようにトラック名が付されたが、これはスコア全体の構成を表すと同時に、本編における物語の区切りも表している。そこで、厳密な意味での音楽的変奏と混同を防ぐため、以下の解説では最初のフォリアのテーマをF、ヴィヴァルディの原曲の変奏番号をV1、V2…のように、久石の音楽の変奏番号をH1、H2…のように表記する。一例を挙げると、「H5 (V8) 」は久石の5番目の変奏がヴィヴァルディの原曲では8番目の変奏に対応している、という意味である。
また、クラシックの音楽解説の常として、以下の筆者の分析は、久石自身の編曲意図と必ずしも一致しない可能性があることを、あらかじめお断りしておく。
主題
F – H1 (V1)
本編においては、メインタイトルでFの前半が演奏された後、Fの後半とH1は未使用となっている。FもH1も、前半8小節はヴィヴァルディの原曲をほぼそのまま演奏しているが、後半8小節はコントラバスが通奏低音のパートに加わって弦の編成が厚くなり、音楽全体が深く豊かに響き渡る。
第1変奏
H2 (V2) – H3 (V3) – ブリッジ – H4 (V4)
本編においては、タマゴ姫の登場と、バーバヤーガの水車小屋の日常を描いたシークエンスの音楽。
H2は、ヴィヴァルディの原曲V2をほぼオリジナル通りに演奏しているが、本編未使用。
H3は、本編においては上述のFの前半から直接繋がる形で登場する。久石が加えた弦のピッツィカートが、せっせとパン種をこねるタマゴ姫の様子を可愛らしく表現していて見事である。
短いブリッジをはさんで登場するH4は、バーバヤーガ水車小屋の大臼を動かし、粉を挽くシーンの音楽。ヴァイオリンの2つの声部が忙しなく掛け合う形で書かれるヴィヴァルディの原曲V4を、久石が”労働の忙しさ”と読み替え、バーバヤーガの粉挽きの慌ただしい様子や、タマゴ姫が文字通り右往左往しながらバーバヤーガの食事の給仕をする様子を表現しているかのようである。
第2変奏
H5 (V8) – H6 (V9) – H7 (V10) – コーダ
本編においては、パン種が動き始めるシーンから、パン種とタマゴ姫がバーバヤーガの水車小屋を抜け出すシーンまでの音楽。
H5は、ヴィヴァルディの原曲V8をほぼそのまま演奏したもの。月の光が木の舟にねかされているパン種にさしこむ情景と、高雅な弦の響きが完璧に調和した美しい変奏である。
H6は、ヴィヴァルディの原曲V9では弦が階段を昇り降りするような音形を繰り返す。その音形が、パン種とタマゴ姫の忍び歩きと絶妙にマッチしてユーモラスだ。
H7は、水車小屋を逃げ出したパン種とタマゴ姫が、いばらの森を抜けていくシーンの音楽。ヴィヴァルディの原曲V10は、ヴァイオリンがアレグロで速い音形を演奏するが、久石のH7においてもその音形があたかもパン種とタマゴ姫の”はやる心”を表現しているかのようである。
Fに基づくコーダをチェンバロが短く演奏した後、次の第3変奏に移行する。
第3変奏
H8 (V11) – H9 (V12) – H10 (V13)
本編においては、パン種とタマゴ姫が麦畑を抜けて逃避行を続けるシークエンスの音楽。
H8は、ブリューゲルの名画「穀物の収穫」をそのまま映像化したような、麦畑の収穫のシーンの音楽。ヴィヴァルディの原曲V11は、後年ヴィヴァルディが作曲することになる《四季》の牧歌的な自然描写を先取りしたような変奏となっている。
久石は、この変奏をたっぷりとした弦に歌わせることで、音楽が潜在的に表現している豊かな自然の美しさを見事に引き出し、崇高なまでの”生命賛歌”を歌い上げている。全曲の中でも白眉と呼べる変奏だ。
H9は、臼に乗ったバーバヤーガが空を飛びながら、パン種とタマゴ姫を探索するシーンの音楽。ここで久石は、ヴィヴァルディ当時にはなかったマリンバなどを加えた編曲を施すことで、バーバヤーガの探索をユーモラスに表現している。
H10は、収穫した麦を載せた多数の馬車が、村に戻っていくシーンの音楽。久石は各小節の1拍目にティンパニを付加し、さらに通奏低音のパートを低弦で強調することで、文字通り山のように麦を積んだ馬車の重量感を見事に表している。
第4変奏
前奏 – H11 (V14) – H12 (V15) – H13 (V16)
本編においては、村の中を逃げていくパン種とタマゴ姫を、バーバヤーガが執拗に探し続けるシークエンスの音楽。
タンバリンによる短い前奏の後、H11は脱穀の作業で慌しい村の様子を描いたシーンの音楽。ヴィヴァルディの原曲V14は、楽譜に「アダージョ」と表記されているが、久石は思い切ってテンポを軽快に上げることで、中世の世俗音楽のようなリズム感を強調し、さらにタンバリンやマリンバを加えることで、村人たちの活気あふれる脱穀の様子を生き生きと描き出している。
H12は、ヴィヴァルディの原曲V15では楽譜に「アレグロ」と表記されている。久石のH12は、村の中を歩くバーバヤーガの歩調と、村人たちが動かす大臼の動きに合わせた変奏に仕上げている。
H13は、引き続きパン種とタマゴ姫を探索するバーバヤーガと、村人たちがパン生地からパンを成形する様子を描いたシーンの音楽。この変奏は、久石ならではのユニークな楽器法の面白さが現れた音楽のひとつで、ヴィブラフォンとサックスの現代的な音色と弦のピッツィカートが、のどかなユーモアを感じさせる変奏となっている。
第5変奏
前奏 – H14 (V5) – H15 (V6) – H16 (V7) – H17 (V17)
物語的にも音楽的にも、本編最大の見せ場(聞かせ場)である。
ミニマル風の前奏の後、H14は、パン種とタマゴ姫の変装を見破ったバーバヤーガがふたりを捕獲するシーンの音楽。久石が得意とするミニマルの語法が全開した楽曲だが、驚くべきことにヴィヴァルディの原曲V5自体が、通奏低音のパートにおいて16分音符のパターンを繰り返す事実上のミニマルとして作曲されている。久石は、そのミニマルの要素を強調することで、この変奏を現代的な”アクションシーンの音楽”に生まれ変わらせた。その大胆な発想には、脱帽するしかない。
H15は、バーバヤーガとタマゴ姫がパンを成形していくシーンの音楽。H14の勢いをそのまま受け継ぎ、ヴァイオリンの激しい音形がバーバヤーガとタマゴ姫の必死の形相を表している。後半8小節ではマリンバが隠し味的に加えられ、生地を丸めて成形していく様子がユーモラスに表現されている。
H16は、パンの成形を仕上げたバーバヤーガが、丸いパン(に成形されたパン種)をカマドで焼き上げるシーンの音楽。ヴィヴァルディの原曲V7の第1ヴァイオリンのパートと第2ヴァイオリンのパートを合成する形で、久石が作り替えた音形が変奏の中心になっている。
H17は、パンがカマドの中で膨張しながら焼き上がっていくシーンの音楽。ヴィヴァルディの原曲V17自体、ミニマルの要素が強いが、そこに打楽器も加わることで、音楽は文字通りのフォリア(狂乱状態)に達する。
終曲
前奏 – H18 (F、V18) – H8 (V11) – ブリッジ – H19 (V19) – コーダ
本編最後のシークエンスの音楽。
太鼓の短い前奏が王と后の到着を告げた後、H18は焼き上がったパン──公式パンフレットによればパン雄──がカマドから出てくるシーンの音楽。このH18に関しては、やや変則的な編曲になっており、前半4小節ではチェンバロとグロッケンシュピールがFを演奏し(太鼓のリズムは鳴り続けている)、後半4小節はヴィヴァルディの原曲V18がかなりデフォルメされた形に編曲されている。具体的には、V18後半4小節のヴァイオリン・パートからいくつか音符を抜き、よりキビキビとした変奏となっている。
この後、第3変奏の麦畑のシーンで初めて登場したH18が再登場し、一種の再現部のような役割を果たしている。
ティンパニによるブリッジを短く挟み、最後のH19は一同に祝福されたパン雄とタマゴ姫が村を後にするラストシーンと、エンドタイトルの音楽。ヴィヴァルディの原曲V19は、文字通り音楽が狂乱状態に達して凄まじいクライマックスに達するが、久石はこの変奏を本編の内容に合わせる形で大胆な編曲を施した。すなわち、フォリアの定型的なコード進行から初めて逸脱した明るい変奏となり、さらにティンパニなども加えることで祝典的な響きを強調し、V19の後半8小節をさながら”王宮の音楽”のように変えてしまうというものである。物語を締めくくる大団円の祝祭感を華やかに表現した、実に見事な編曲と言えるだろう。そして、V19の最後に出てくる後奏をそのまま活かしたエンドタイトルの音楽となり、最後にチェンバロが明るく締めくくるコーダで全曲の幕となる。
前島秀国 サウンド&ヴィジュアル・ライター
2021/7/27
(LPライナーノーツより)
『ラ・フォリア』ヴィヴァルディ/久石譲 編「パン種とタマゴ姫」サウンドトラック
品番:TJJA-10044
価格:¥3,000+税
※SIDE-Aに音楽収録 SIDE-A裏面はキャラクターのレーザーエッチング加工
(CD発売日2011.2.2)
音楽:久石譲 全7曲
2010年に三鷹の森ジブリ美術館の映像展示室「土星座」で公開された短編映画のサウンドトラック。ヴィヴァルディの「ラ・フォリア」を久石譲が現代的なアプローチで再構築した劇中音楽を組曲として収録。
解説:前島秀国
liner notes フォリア(ラ・フォリア)とは?/ヴィヴァルディの原曲について/『パン種とタマゴ姫』のスコアについて/楽曲(主題と変奏)解説 所収