Posted on 2014/12/5
2013年公開 スタジオジブリ作品 映画『かぐや姫の物語』
監督:高畑勲 音楽:久石譲
映画公開と同年に発売された「ロマンアルバム」です。インタビュー集イメージスケッチなど、映画をより深く読み解くためのジブリ公式ガイドブックです。
高畑勲監督最新作であり、久石譲と初めてタッグを組んだ作品です。
”従来のアニメーションと違い、セル画と背景画の境界線をなくして絵画が動き出すような独特の技法をとっていることから、人物造形・作画設計の田辺修さん、作画監督の小西賢一さん、美術の男鹿和雄さんら20人以上の制作スタッフにロングインタビューを敢行し、新しい表現がどのように成り立ったかを設定資料をもとに細かく解説している。また、今作で初めてタッグを組んだ久石譲さんと高畑監督による特別対談や、声を演じた朝倉あきさん、宮本信子さんらのインタビューも収録している。”
というわけで、高畑勲 × 久石譲 による貴重な特別対談内容です。
特別対談 [監督] 高畑勲 × [音楽] 久石譲
映画と音楽、その”到達点”へ。
高畑勲がプロデューサーとして参加した『風の谷のナウシカ』以来、30年の時を経て映画監督・高畑勲と作曲家・久石譲の初タッグが実現した。はたして、映画と、映画音楽の理想像を追い求め、挑み続けた2人が辿り着いた場所とは……。『かぐや姫の物語』の制作秘話と、2人が本作に込めた熱い思いを、特別対談で語ってもらった。
観客の心に寄り添う音楽と「わらべ唄」
-これまでお二人での対談は?
高畑:
初めてですね。
-1984年の『風の谷のナウシカ』(宮崎駿監督)で高畑さんがプロデューサーを務めていた時に久石さんと会ってから30年。初めて監督と作曲家という形で仕事をされましたね。
高畑:
僕はこれまで久石さんにわざとお願いしてこなかったんです。『風の谷のナウシカ』以来、久石さんは宮崎駿との素晴らしいコンビが成立していましたから、それを大事にしたいと思って。でも今回はぜひ久石さんに、と思ったのですが、諸事情で一度はあきらめかけた。しかし、やはり、どうしても久石さんにお願いしようという気持ちが強くなったんです。
-依頼を受けた久石さんは?
久石:
最初にお会いした時から尊敬していましたし、ぜひご一緒したいという気持ちはずっとあったので嬉しかったです。
―音楽作りはどう進めていったのですか?
高畑:
僕がたまたま音楽好きだったこともあり、宮さんがやった『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『魔女の宅急便』では、監督が作曲家に対して話すような役割を僕が負っていたものですから、初めてという感じはあまりなくて。
久石:
確かに。まずは絵を描くために必要な琴の曲を作るところから始めましたよね。
高畑:
その琴の曲がものすごくよかったんです。大事なテーマとして映画音楽としても使っていますが、初めて聴いたとき、お願いしてよかったと、心から安心したのを覚えています。
久石:
ビギナーズラックみたいなものですよ。大変だったのはそのあと。高畑さんから「登場人物の気持ちを表現してはいけない」「状況につけてはいけない」「観客の気持ちをあおってはいけない」と指示があったんです。
―映画音楽として求められそうなところが全部禁じ手。
高畑:
久石さんは少しおおげさにおっしゃっています(笑)。でも主人公の悲しみに悲しい音楽というのではなく、観客がどうなるのかと心配しながら観みていく、その気持ちに寄り添ってくれるような音楽がほしいと。久石さんならやっていただけるなと思ったのは『悪人』(李相日監督)の音楽を聴いたからです。本当に感心したんですよ。見事に運命を見守る音楽だったので。
久石:
普段は喜怒哀楽みたいな感情的な表現を求められることがとても多いんです。例えば「夕焼けを見て感動した気持ち」とか。でも、極力そういうところではなく、ムードに流されずに作ってきたつもりですし、『悪人』はそれがうまくいった作品でした。しかし高畑さんの指示はその上をいっているので大変でした。山水画のように省略されている絵が多く、音楽でも同じことを望まれました。そこでまず核となる部分を作ったほうがいいだろうと「生きる喜び」と「運命」という二つのテーマに取り組むことにしました。
―高畑さんの中では絵コンテが上がった段階で、どこに音楽を入れるか明確なプランがあったのですか?
高畑:
絵コンテではあまり考えないで最後の段階で計画します。で、書いていただいた音楽はどれもよかったのですが、どの程度入れていくかということについては最後まで悩みました。このシーンはこう観てほしいと音楽が先行するのは本当に嫌なんです。しかし今度は「ここにも入れたい」と欲張った。そうすると音楽が素晴らしくても過剰になってしまうのではないかと心配になる。それでいろいろ抑え気味にとか、間をあけつつとか、久石さんにもご苦労をおかけしました。これでよかったんだと思えたのは初号試写の時ですね。もう考えても無駄ですから、いろいろ考えずに観られたんです。
久石:
高畑さんが持っている創造性がこちらに影響した結果ですよね。僕の場合、音楽の組み立て方は論理的に考えるんですよ。高畑さんが自ら書かれた「わらべ唄」が重要なところに何回か出てきますが、この曲は民謡などで使う5音音階的な方法を使っていて、気をつけないと非常に安直に聞こえてしまう。そこで整合性をとるために「わらべ唄」に乗せる和声やリズムを工夫したりして。
高畑:
久石さんの作られた旋律と「わらべ唄」に一体感が出たのはうれしかったですね。
-作曲家である久石さんにあの曲を提案するのは勇気が要ったのでは?
高畑:
そうですね。おずおずと出しました(笑)。
久石:
あははは。
高畑:
ごく自然に聞ける「わらべ唄」のくせに、山川草木とか四季とか、具体的観念を網羅するというありそうもないものがほしくて、言葉とメロディーが切り離せなかったんです。それでつい自分で作っちゃった。内容的には主題だけど、どのくらい映画にこの曲を出すかどうかということは悩みました。音楽をお願いしているのに「ここに入れてもらえませんか」なんて(笑)。
―久石さんは「わらべ唄」を聴いてどう思われたのですか。
久石:
もし自分が書いたとしても、どこまでシンプルに書くかという点では同じだったと思うので、抵抗はなかったですね。むしろ状況内の音楽として「わらべ唄」と琴のために作った曲が共存できることが分かったし、あの唄があったおかげで全体が立体的になりましたね。
化学反応を起こした二人の創造性
―物語の最後、かぐや姫が天上に上がっていく曲はそれまでの流れと違っていて驚きました。
高畑:
阿弥陀来迎図という阿弥陀さまがお迎えにきてくれる絵があります。平安時代以来、そういう絵がたくさん残っているんですけれど、その絵の中で楽器を奏しているんですね。ところが描かれている楽器は正倉院あたりにしかないような西域の楽器ばかりで、日本ではほとんど演奏されていない。だから絵を見ても当時の人には音が聞こえてこなかったと思います。でも、打楽器もいっぱい使っているし、天人たちはきっと、悩みのないリズムで愉快に、能天気な音楽を鳴らしながら降りてくるはずだと。最初の発想はサンバでした。
久石:
サンバの話を聞いたときは衝撃的でした。「ああ、この映画どこまでいくんだろう」と(笑)。でも、おかげでスイッチが入っちゃいましたね。映画全体は西洋音楽、オーケストラをベースにしたものなんですけど、天人の音楽だけは選曲ミスと思われてもいいくらいに切り口を替えようと。ただ完全に分離させてしまうのもよくないので、考えた結果、ケルティック・ハープやアフリカの太鼓、南米の弦楽器チャランゴなどをシンプルなフレーズでどんどん入れるアイデアでした。却下されると思って持っていったのですが、高畑さんからは「いいですね」って。
高畑:
これは、久石さんも心がけておられる、映画音楽の基本は絵に対して対位法的でなければいけないというのと関連はありそうですけど。
久石:
日本の映画で言ったら「野良犬」のラストが典型的ですよね。刑事と犯人が新興住宅地の泥沼で殴り合っている時に、ピアノを弾いている音が聞こえてくる。当時ピアノを持っている家はブルジョワなわけで、若奥さんが弾いている外の泥沼で刑事と犯人が殴り合いをすることで、二人とも時代に取り残されている戦争の被害者だということが浮き彫りになる。天上の音楽を悩みのないものとして描くのも同じアプローチの対比ですよね。
高畑:
むしろ難しかったのは、捨丸とかぐや姫が再会する場面の曲です。それまで出てくる生きる喜びのテーマより、もうひとつ別のテーマが必要だと思ったんです。命を燃やすことの象徴として男女の結びつきを描いているので、幼少期の生きる喜びのテーマとは違う喜びがそこに必要ではないかと。それで別のテーマを依頼して書いていただいたのですが、やっぱり違うと思ってしまった。それで元に戻って、再び生きる喜びのテーマをここで高鳴らした方がいいと久石さんにお伝えしたら「最初からそう言ってましたよ」って(笑)。
久石:
直後に天人の音楽という今までの流れとはまったく違うテーマが出てきますからね。捨丸との再会シーンで切り口を替えちゃうと、ちょっと過剰になるんじゃないかという印象を持っていました。それで元通りでいきましょうということになったら、逆にものすごい勢いの曲が生まれましたよね。
きっと、それでも生きる価値がある
―監督は「この映画が日本のアニメーションを一歩進めた」と語っていますが、久石さんがこの仕事を終えて感じたことは。
久石:
自分にとって代表作になったということです。作る過程で個人としても課題を課すわけです。これまでフルオーケストラによるアプローチをずいぶんしてきたのが、今年に入って台詞と同居しながら音楽が邪魔にならないためにはどうしたらいいかを模索していて、それがやっと形になりました。
―いつか高畑さんとやってみたいという気持ちは久石さんの中にもあったのですか?
久石:
当然。30年前からずっと思っていましたよ。30年越しの夢が叶かなった気分。
高畑:
久石さんはすごく誠実な方なんです。いい音楽を書いてくださるというだけでなくて、こんなに映画のことを考えて、細部までしっかりちゃんとやってくださる方はなかなかいません。
―思い起こせば30年前、初めて久石さんにお会いしたときのことは覚えていますか。
高畑:
もちろん。でも久石さんのことは何も知らなかったんです。それが『風の谷のナウシカ』のイメージアルバムを作っていただき、それを繰り返し聴いているうちに、映画に必要なものがこの中に全部入っているんじゃないかと気がついた。これは驚きであり喜びでしたね。
久石:
それがあったから僕は今こうしているんですよね。
高畑:
久石さんの音楽で僕が感心したことがあるんです。それは『となりのトトロ』で「風のとおり道」という曲を作られたのですが、あの曲によって、現代人が“日本的”だと感じられる新しい旋律表現が登場したと思いました。音楽において“日本的”と呼べる表現の範囲は非常に狭いのですが、そこに新しい感覚を盛られた功績は大きいと思います。
久石:
今回の音楽もその路線上にあるんですよ。「わらべ唄」の5音音階を主体にした新しいアプローチを『かぐや姫』では取り組んでみたかった。「竹取物語」ではかぐや姫とはどういう思いで地上に降りて、なぜ帰っていったのかという説明がほとんどない。これは距離をとって見ていくことで感じるものじゃないかと思うようになった。
高畑:
まさにそうですね。今存在している「竹取物語」は不完全なもので、その裏側に隠された本当の物語があるんじゃないかという仮説を思いついてしまったんです。だから真実の裏ストーリーを作れば、かぐや姫の気持ちはわかるだろうと。ただわかるんだけど、見る人が自分と主人公を同一視していくような感じではなく、距離を持って見つめる方がじわっとくると思いました。“思い入れより思いやり”と言っているのですが、自分がぞっこん惚ほれ込んで思い入れてしまうより、想像力によって他人の気持ちがわかる映画にしたかったんです。
久石:
この映画を観たあとに深い感動があるのは、多分それなんですよ。その場その場で感情をあおったりしないけど、2時間じっと観てきて最後に天上に去ってく時に、それでも人間っていいなと感じる。
―高畑さんの作品はこれまでもある特定の時代とか状況を描きながらそこから写し鏡のように“今”が見えてきます。制作期間が長いと現代が抱えている課題と作品の接点をどうとらえようとしていたのですか。
高畑:
制作が本格化した頃に東日本大震災がありました。それによって内容が影響されたわけではありませんが、人がたくさん亡くなられたり、家が流されたりするのを見て、無常観というか、この世は常ならないんだとあらためて思い知らされました。生き死にだってあっという間に訪れる。にもかかわらず強く生きていかなくちゃならない。そこに喜びもある。そういうことと、この作品も無関係じゃないんです。
久石:
東洋の発想だと魂は死なずに、また生まれ変わる…。人間になるのか牛になるのかわからないんだけど繰り返す。ふと思ったのですが、つまりかぐや姫というのはそれをデフォルメしている物語なのかもしれませんね。「いつか帰らなきゃいけない」という命題に生と死が凝縮されている。
高畑:
そうですね。この土地、要するに地球は、すごく豊かで命に満ちあふれているわけですよね。それを考えたとき、月は対照的なものとしていいですよね。光はあるかもしれないけど太陽の光に照らされているだけで、色もなければ生命もない。そこにあるのは原作にも出てくる“清浄”だけ。地球は清浄無垢より大変かもしれないけど、生きる価値がある。そのことをもっと噛かみ締めたいという思いで作ったつもりです。
久石:
限りある命だからこそ、ですよね。
※この対談は、2013年11月25日付の読売新聞東京本社版にて、広告特集として掲載されたものの再録です。
(かぐや姫の物語 ロマンアルバム より)
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