Disc. 久石譲 『JOE HISAISHI CLASSICS 1 』

久石譲 『JOE HISAISHI CLASSICS 1 』

2010年7月28日 CD発売 WRCT-2001

 

「久石譲 クラシックス・シリーズ」第1弾

音楽家 久石譲が作曲家・演奏家としてではなく
指揮者として新しい視点とアプローチでクラシック音楽に挑んだ
選りすぐりのクラシック名曲集。

音楽はこれほどまでに論理的だったのか!
微細(ミニマル)な音までこだわった究極のクラシック

 

 

「誰がために音楽はあるか」

”久石譲クラシックス・シリーズ”のアルバムを発売することになった。

クラシック音楽は、一応音楽大学でモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、マーラー、バルトークなどの古典を勉強したが……「?」 それよりシュトックハウゼン、ジョン・ケージ、クセナキスといった現代音楽の方にのめり込んだ。

不協和音の複雑な音響とそれぞれの作曲家の思想に当時の今を感じたからだ。当然スコア(総譜)は何連音符も重なり真っ黒でありそこには調性もリズムもなかった。人間が理解する限界を超えた作品も多かった。「誰がこれを聞くのか?」「誰が理解できるのか?」という素朴な疑問も浮かんだその頃は「これが芸術だ」という時代の先端のカッコ良さを感じた。

その後、ミニマル・ミュージックに出会った。ミニマル・ミュージックは1960年代にアメリカで始まった新しい手法(当時は)で最小音型を繰り返しながら微細な変化を聴く音楽である。ここには調性もリズムもあった。僕がそこで取り組んだのは集団即興演奏の今で言うシステム構築に当たる方法の追求である。

次第に譜面は図形化していき丸い円の中にいくつかの音符が存在するという、もう生粋の前衛スタイルになっていた。また繰り返しの音楽は、やはり独特の演奏スタイルが必要なのでプラーナ(古伝書)アンサンブルという演奏団体も作った。誰もいない客席に向かって僕たちは新作を発表し続けた。

また何人かの若手作曲家と共同で新作の発表会も続けた。前衛的な音楽ではその音楽を成立させている思想性が重要になり、そこで流れる音自体はさほど問題ではない。あくまで結果なのである。いきおい仲間内では議論が多くなり、相手を論破することに夢中になる。徹夜の議論を繰り返していくうちに疑問がわいた。「これは音楽をすることなのか?」「これがオレのやりたい音楽なのか?」そして「誰に聞かせたいのか?」

その気持ちが年々強くなっていったとき、フィル・マンザネラやブライアン・イーノのロキシー・ミュージックを聴いた。ロックグループなのだがベーシックなアプローチはミニマル的要素が大きかった。そこには現代音楽が失った自由があった。そしてマイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」(これは映画『エクソシスト』にも使われた)、タンジェリン・ドリーム、テクノ・ポップのクラフトワークなど、ミニマル的アプローチのロックグループが次々に現れてきたのをみて僕は動揺した。そちらの世界がうらやましくなったのだ。そしてオブスキュア・レーベルの一連のロック、ミニマルの融合したアルバムを聴くにおよんで前衛作曲家、ひいてはクラシック音楽の世界と決別し、エンターテインメントの音楽世界に身を投じた。その方が良いミニマル的なアプローチができると思ったからだ。

エンターテインメント音楽は非常に厳しい世界だ。芸術家は自分がある日「芸術家だ」と標榜すれば、あるいはそう思えは芸術家なのである。そしていつの日か認められる(シューベルトなど)ことを信じて生きていくことはできるが、エンターテインメント音楽は自分が決めるのではなく聴衆が決めるのである。つまり支持されないと仕事は来ない。しかも書法のテクニックなど無関係に時代の世相、流行に左右される。ある意味でジャンクフードをうまそうに食べるような逞しさも必要だ。

毎年200名近い人が音楽大学の作曲科を卒業し、その人たちがずっと何十年もたまっているのだから、それはもう数万人規模の作曲科卒とバンド出身の作曲家がいて、そしてそのほとんどの人が映画やテレビの音楽を担当したがっているのである。だから仕事をゲットすることはサッカーのワールドカップ決勝戦のチケットを手に入れることの数万倍、数十万倍難しいのである(この原稿当時ワールドカップが南アフリカで開催されていた)。

などと鼻息が荒くなったが、要は色々苦労してやっと映画音楽や様々な音楽を書く機会に出会えたということだ。もちろんミニマル作家としてのプライドもあり、色々なところにミニマル的要素を織り込んだことは間違いない。

段々規模の大きな作品を担当するようになると、オーケストラを使う機会が多くなった。そこで参考として、いわゆるクラシック作品の楽譜を眺めていると、実に多くのヒントを受けるようになった。

学生時代に授業で受けたスコアリーディングのベートーヴェンは退屈きわまりなかったし、チャイコフスキーに至ってはただしつこく繰り返しながらクライマックスに向かう山師的コザックおじさん、ブラームスはただただ音の分厚い暗い人くらいに思っていたのが(ちょっと誇張しているが)、今では細部の和音の扱い、弦楽器の音域配置、低弦でのリズム処理など恐ろしく知的で、これに行き着くために血みどろの葛藤があったことが読み取れるようになった。僕は感動し、クラシック音楽の前にひざまずいた。まさしく僕にとってクラシックは玉手箱(パンドラの箱)であった。

それは2004年に始めた新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラといったプロジェクトでクラシックの指揮をするようになったことにも起因している。作曲家として読む譜面と指揮者で読む譜面はまるで違う。前者は音の組み立てやリズムの構造、全体の構造などモチーフに則した楽曲の成り立ちに主眼をおくし、後者はそこまでの過程は同じでも演奏するための実践的な各パートへの指示などを中心に組み立てていくのである。

そうすると今まで見えていなかった景色が見えて来た。何故金管楽器をここで休ませたか? ここのフェルマータの意味は? 考えていくとすべてが必然であり、すべての指示には意味があった。先人たちの深い知恵に脱帽した。もっと知りたいしこの感動を指揮者として多くの聴衆に伝えたい。

そして「久石譲クラシックス」とうコンサートシリーズを開始した。同時にその思いは諦めたはずの現代音楽の作曲家としての自分を「Minima_Rhythm(ロンドン交響楽団と共演)」というアルバムを作ることで復活させ、今年からは国立音楽大学の作曲科の授業で学生たちとも接することになった。クラシックの世界に戻ったというか、放蕩息子、火宅の人がやっとたどり着くべき我が家に帰ったのに近い感覚だ。

しかしそれまでの回り道も悪くない、「色々な音楽を体験した」のは僕であり、それだからこそわかることもある。自分の生きる原点は音楽にあり、目指す彼方も音楽なのである。だから「誰がために音楽はあるか」の問いに僕は「自分が生きるため」と答えるし、それは多くの人たちの「自分のため」の音楽とリンクしているはずだ。その人たちに向かって僕は発信し続けていく。

そんなことを考えている中で「久石譲クラシックス」のライヴ盤がCD化される。恥ずかしさと同時に今でしか伝えられないこともあると思う。それはシューベルトやドヴォルザーク、ブラームスやモーツァルトなどといった曲は、小・中学校の音楽の授業でも扱うくらい一般的で(もちろん実際クラシックのコンサートでも頻繁に取り上げられているが)おなじみの曲ではあるのだが、実際指揮者として譜面を勉強してみると、何と深く立派な作品であることかと驚く。長い間人々に支持された曲はそれだけで充分名曲なのである。

だが、例えばドヴォルザークの「新世界より」を何十回も振っていたら消えてしまうであろう新鮮さといった類を、そのまま新鮮と感じているうちに、皆さんと共有したい。もちろん素晴らしいオーケストラの団員のサポートがあってこそ成立しているのだが。

またこの機会に今までなじみが無かったクラシック音楽に自分も接してみたいと思う人が一人でも現れたら、このCDの存在意義は達成されると僕は考える。

もちろん歴史的な名曲たちを現代の作曲家の観点からもう一度再構築したいという野望は当然ある。作曲家が頭の中で辿ったはずの曲を作る過程を追体験し、彼らが構築したかったこと、うまくいかなかったこと、こだわったこと、そして何よりも純粋に音の機能と運動性を重視して表現したい、それが西洋の伝統を持たない我々の表現であるし、今という時代とクラシックの唯一の接点であると考える。それは「誰がために音楽はあるか」の答えでもあると僕は考えている。

2010年6月 久石譲

(CDライナーノーツより)

 

 

久石さんの「新世界より」と「未完成」の指揮に寄せて

「個人的な希望だけど、指揮者として『運命』『新世界より』『未完成』を振ってみたい」。3年前の夏、久石さんの口からこんな発言が飛び出した時、ぼくは本当に驚いた。ぼくたちが普段親しでいる”久石譲”と、誰もが一度は耳にしたことがある”学校名曲”が、にわかに結びつかなかったからだ。しかし、本盤に収録された「新世界より」と「未完成」のライヴ録音を聴いて、ぼくは3年前の驚き以上の衝撃を受けた。「楽譜に書かれている音符は、聴衆の前ですべてを明らかにする」という分析的なアプローチを、久石さんが頑なに守り通し、また、それを見事に実践いていたからである。

本盤を手に取られたリスナーは、「楽譜なんか怖くて読んだことがない」と尻込みせずに、ぜひともオーケストラの総譜(ミニチュアスコアが簡単に入手できる)を眺めてほしい。久石さんの指揮を聴きながら楽譜を見ると、音符を目で追うことがとても易しく、しかも楽しく感じられるはずだ。それだけでなく、久石さんの演奏は「新世界より」と「未完成」を何百回となく聴きこんできたリスナーにも、多くの新鮮な発見と驚きをもたらしてくれる。

例えば、「遠き山に陽は落ちて」のイングリッシュホルンの第1主題でおなじみの「新世界より」~第2楽章も、久石さんのタクトにかかると全く違った表情を見せ始める。第1主題を第1ヴァイオリンが受け継ぐ時、第2ヴァイオリンがひそやかに囁くシンコペーションの意味深さ(30小節目から)。あるいは嬰ハ短調の中間部、フルートとオーボエがひなびた歌を奏でている裏で、反復パターンを繰り返す第1ヴァイオリンの木の葉のざわめき(54小節目から)。久石さんは、まるで「細部に神は宿りぬ」と言わんばかりに、どんな小さな音符や音形も見逃さず、すべてを白日の下に晒していく。これら膨大な細部の積み重ねなくして、「遠き山に陽は落ちて」が人々の記憶に残ることはあり得なかった。その厳然たる事実を、久石さんは慎重にメスを執る解剖学者のように明らかにしていくのである。

巨匠風の重々しいテンポで演奏される「未完成」も実にショッキングな演奏だ。その第1楽章、木管が「♯ファーシー♯ラシ♯ド」と吹く第1主題や、チェロが「ソーレーソ♯ファソラー」と弾く第2主題が美しいことは、誰でも知っている。だから久石さんは、それらを必要以上にカンタービレを強調して歌わせることはしない。その代わり、シューベルトの歌謡的な旋律の美しさの影に隠れた”地味”な側面を、久石さんは謙虚に、しかし確信をもって強調していく。第1主題の裏でいつ果てるともなく繰り返しを続ける、ヴァイオリンの16分音符と低弦のリズムのうねり(9小節目から)。あるいは、展開部に入ると弦が刻み続ける、全身を揺さぶるようなトレモロの震え(338小節目から)。これらリズムやトレモロを、久石さんは一音たりとも疎かにせず、まるで階段を一段一段踏みしめていくように、はっきりと、魂をこめて演奏していく。その結果、もはや「未完成」が”学校名曲”のままでいることは、あり得ない。この曲が驚くほど微小(ミニマル)なモザイクの上に築き上げられているという核心的な真実を、ぼくたちは久石さんの指揮を通じて知ってしまったからである。

前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)

(CDライナーノーツより)

 

 

【楽曲解説】

ドヴォルザーク/交響曲 第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」

19世紀後半のチェコの偉大な作曲家ドヴォルザークは何といってもクラシックの3大メロディーメーカーのひとりである。勝手に僕が決めているだけなのだが、ちなみに後の二人はビゼーとチャイコフスキーだといっているのだが、それではシューベルトはどうなのかと問われたらもちろん、と答えてしまう程度のタニマチ的ベスト3なのである。

とにかく今で言うところの、最も優れたキャッチーな作曲家である。ブラームスは「彼がゴミ箱に捨てたスケッチでシンフォニーが1曲書ける」というほどドヴォルザークのメロディを評価していた。

が、それだけではなくスコアを追っていくとよくわかるのだが、とても緻密にオーケストラを書いている。色々なモチーフ(音型)を散りばめ、ポリフォニックに構築しながら全体の構成に気を配っている。ところが、幸か不幸か、あまりにもメロディがキャッチーなため、「タータータータータターン(第4楽章の10小節目)」と派手にホルンとトランペットが第1テーマを鳴り響かすと、聴衆の耳はそちらに集中するので、メロディの後ろの緻密さにはなかなか気づかない。

「新世界より」は、ドヴォルザークがニューヨークにある音楽院の学長として呼ばれ、1983年、アメリカで最初に書いたシンフォニーである。初演はカーネギーホールでニューヨーク・フィルハーモニック協会管弦楽団によっておこなわれた。それは一大センセーショナルを巻き起こすほどの大変な成功を収めた。

この楽曲の本質はタイトルから迫ることができるだろう。楽譜を出版する際にドヴォルザーク自身の合意のもとでつけられたのが「新世界(The New World)」ではなく、「From the New World(新世界より)」だった。

ドヴォルザークが異国の地であるニューヨークに滞在したときに一番考えたことは、自分の故郷であるチェコのことではないだろうか。異国の地に長く滞在すると感じる望郷の念を、おそらく彼も人一倍に感じたに違いない。そのうえアメリカの先住民(インディアン)や多種多様なフォークソング(民謡)黒人霊歌に接する機会があり、作曲的なインスピレーションも受けた。だからこの曲に関して言えば、新天地・アメリカと、故郷・チェコのモチーフが、微妙に交じり合い独特な情緒的世界を築いている。

そして、忘れてはならないドヴォルザークのもう一つの大きな特徴は、独特なリズム感にある。我々日本人には到底真似できないほどの複雑なリズム、これは彼のおそらく血の中にあるスラブ的リズムだろう。特に第3楽章では、顕著に現れる。3拍子の速い楽曲なのだが、そのリズムも聴きどころの一つである。

 

シューベルト/交響曲 第7番 ロ短調 D.759 「未完成」

シューベルトは、31歳で亡くなった。が、その若さで、実に膨大な数の曲を書いている。1822年に作曲されたこの「未完成」は、彼が没後45年目に初演されたのだから、生前は一度もこの曲を聴いていないことになる。

だからなのだろうか、実はこのスコアをみると(こんな偉大な先達にこんな言い方は失礼千万なのだが)、これはあり得ないだろうと思う譜面の書き方をしている箇所がある。例えば、クラシックをかじった人ならわかると思うのだが、ソ・シ・レ・ファという和音があると、ソとファの長二度でぶつかる音をそのまま、フルートからオーボエ、クラリネット、ファゴットまで、オクターブユニゾンで書いてある。

実演していたならば、きっと書き直したに違いないと思ったが、実際に僕がリハーサルで指揮をして気づいたことは、そのナタで割ったようなスパッとした書き方が、この「未完成」という曲の独特の魅力になっていることだった。もちろん響きを作るうえでこの「未完成」はとても難しい曲である。オーケストレーションに問題は確かにある。が、美しいメロディの裏側にある激しい感情の起伏をどうとらえるか表現方法は全く異なってしまう。また2つの楽章が同じ3拍子で、楽想も長調と短調の差はあるが極端なコントラストを描いてはいない。実際シューベルトの音楽はこの長調と短調を揺れるがごとく行き来するので、すべての感情は哀しみに包まれるのだが、それゆえ全体の構成が掴みづらいのである。

そのうえ成立しなかった第3楽章のスケッチが残っているのだが、これも確か3拍子であったと記憶している。思いに任せて書き綴っていったが長い交響曲の性格上、これでは構成的ににっちもさっちもいかなくなって先が続かなかった、つまり「未完成」に終わったというのが僕の推理である。が、しかしそれがこの曲を中途半端にしたわけではない。むしろ同じ方向で書くべきことはすべて書き尽くしたから筆を休めたわけで、沢山の曲を平行して作っていったシューベルトは、しかも締め切りは無く思いつくまま作曲していたのだから、またいつかこの曲の神が降りて来てもおかしくないわけで、続きを本当に書くつもりだったのかもしれない。何よりも音楽史上最も魅力的な言葉「未完成」を手に入れたのだから作曲家冥利に尽きる。

シューベルトの最も天才的な部分は、ハーモニー感覚の凄さにある。普通は、ある調からある調に移るには正当な手続きを踏んで転調するように書くのだが、シューベルトはたった一音で次の調に自然に移ってしまう。例えば、第1楽章の38小節目のホルンとファゴットが最後の2音だけで転調してしまうのだ。或いは、第2楽章の後半で、第1ヴァイオリンだけになり、その最後のたった一音で完全に転調してしまう(280小節、295小節など)。これほどの天才は他に見たことがない。

シューベルトは本当に書きたいから書いた。注文を受けて書いたのでも、コンサートがあるから書いたわけでもない。村上春樹氏曰く、ひたすら自分が書きたいから書いた。クラシックの世界での評価は形式がイマイチである、歌曲のメロディのようだといった風評があるが、僕の考えでは、そんな次元の人ではない。本当に書きたいから書いた。湧いて出るから書いた。

最後に音楽評論家吉田秀和氏の言葉を引用しておく。「シューベルトは、社会の中に自分のいる場所がどこにも無いことを発見した、最初の近代音楽家であった。彼のように、他の人間を誰ひとり傷つけることなく、創造一途に生きる人間は、社会からはじきだされるほかなかったのである。誰から注文されたわけもないのに、音楽を書き、いつ演奏されるというあてもないのに音楽を書くということは、モーツァルトにも、ベートーヴェンにも、非常に稀な場合のほかには考えもおよばないことだった。~中略~彼は虚空に向かって、歌を歌った」 虚空に向かって、歌を歌ったシューベルトを僕は表現できたのだろうか……。

久石譲

(【楽曲解説】 ~CDライナーノーツより)

 

 

 

「僕の指揮はメロディーのパートをほとんど振ってなくて、ビオラなど内声を受け持つ人たちに「もっと出して!」って指示している。CDに収録したドボルザークの「新世界より」はその典型だよね。メロディーが有名すぎて、ともすれば他の音の印象が薄くなってしまうけど、それぞれのハーモニーが持っている素晴らしい響きを伝えたかった。作曲する時も同様で、内声をどう書くかで表情が決まる。メロディーの果たす役割は大切だけど、楽曲にとっては全体の一部でしかないんだ。」

「指揮をするにあたり、東洋人がクラシック音楽をやるのはどういうことなのかということを考え続けた。西洋音楽として本格的なものを味わいたければ、ウィーンフィルやベルリンフィルを聴けばいい。しかし、現代音楽の作曲家としてその楽曲をどうとらえるかという観点では、今を生きる自分がやる意味がある。」

Info. 2010/10/13 ベストアルバム「メロディフォニー」を発売 久石譲さんに聞く(読売新聞より) 抜粋)

 

 

 

久石譲 『JOE HISAISHI CLASSICS 1 』

Dvořák Symphony No.9 in E minor Op.95 《From the New World》
ドヴォルザーク / 交響曲 第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」
1. I. Adagio-Allegro molto
2. II. Largo
3. III. Scherzo. Molto vivace
4. IV. Allegro con fuoco
Schubert Symphony No.7 in B minor D.759 《Unfinished》
シューベルト / 交響曲第7番 ロ短調 D.759 「未完成」
5. I. Allegro moderato
6. II. Andante con moto

指揮:久石譲
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
録音:2009年3月24日 東京・サントリーホール

 

Disc. SMAP 『We are SMAP!』

we are smap!

2010年7月21日 CD発売 VICL-63666

 

SMAP 19枚目のオリジナル・アルバムへの楽曲提供。ラストを飾る「We are SMAP!」作曲・編曲を手がけている。作詞は爆笑問題の太田光という豪華コラボレーション。「シルク・ドゥ・ソレイユ クーザ日本公演イメージソング」にもなっている。

7分半にも及ぶ壮大な曲は、大きな世界観をもっている。おそらく2000年以降ほとんどポップスソングに携わっていないなか、久しぶりに生バンドやシンセ音源とフルオーケストラというアレンジの妙を聴くことができる。

壮大なダイナミックな曲ながら、かなり緻密に計算された音が散りばめられている。後半は子供たちによるコーラスも入り、さながら博覧会テーマソングのよう。ぜひ歌なしのインストゥルメンタル・アレンジヴァージョンを聴いてみたい作品。

 

 

we are smap!

16.We are SMAP! 作詞:太田光 作曲・編曲:久石譲

 

Disc. Kazumi Tateishi Trio 『GHIBLI meets JAZZ ~Beautiful Songs~』

2010年7月14日 CD発売 VICL-63644

 

Kazumi Tateishi TrioによるJAZZトリオによるスタジオジブリ作品カバーアルバム

 

有名なジブリソングたちを原曲の持ち味を活かしながらおしゃれなJAZZに。いろんなシーンで重宝されている数あるジブリ・アレンジ、カバーアルバムのなかでも秀逸。

 

 

GHIBLI meets Jazz~Beautiful Songs

1. いつも何度でも(千と千尋の神隠し)
2. となりのトトロ(となりのトトロ)
3. 崖の上のポニョ(崖の上のポニョ)
4. Arrietty’s Song(借りぐらしのアリエッティ)
5. 海の見える街(魔女の宅急便)
6. さくらんぼの実る頃(紅の豚)
7. アシタカとサン(もののけ姫)
8. 君をのせて(天空の城ラピュタ)
9. 風の通り道(となりのトトロ)
10. ナウシカレクイエム(風の谷のナウシカ)
11. 風の伝説(風の谷のナウシカ)
12. 帰らざる日々(紅の豚)
13. カントリーロード(耳をすませば)
14. 愛は花、君はその種子(おもひでぽろぽろ)
15. テルーの唄(ゲド戦記)
16. さくらんぼの実る頃 レトロバージョン(紅の豚)

 

Disc. 久石譲 『舞台 おくりびと』 *Unreleased

2010年5月29日 公演スタート

 

2008年公開 映画「おくりびと」
監督:滝田洋二郎 音楽:久石譲
出演:本木雅弘、広末涼子、山崎努 他

 

第81回アカデミー賞外国語映画賞や第32回日本アカデミー賞最優秀作品賞など数々の賞を受賞した映画作。その7年後を描いた物語が舞台として2010年公演される。

舞台「おくりびと」
作・小山薫堂 演出:G2 音楽:久石譲
出演:中村勘太郎、田中麗奈、真野響子、榎本明 他

東京公演
2010年5月29日~6月6日 赤坂ACTシアター

大阪公演
2010年6月9日~6月13日 イオン化粧品シアター

名古屋公演
2010年6月16日~6月24日 御園座

音楽監督(編曲):山下康介

第1バイオリン:真部裕
第2バイオリン:柳原有弥
ビオラ:生野正樹
チェロ:多井智紀
チェロ:遠藤益民
クラリネット:中秀仁

 

2008年公開映画「おくりびと」(監督:滝田洋二郎 脚本:小山薫堂 音楽:久石譲)の7年後の物語。映画版の久石譲による音楽を余すことなく舞台でも使用。音楽監督は久石譲作品の編曲(演奏会用およびCD作品)を数多くてがけている山下康介。舞台公演では舞台上および舞台袖で物語の進行にあわせた生演奏による演出で、物語のテンポ感、呼吸とリアルに連動。オリジナル版の12人のチェロから上記6人編成用に再構成された楽曲たちが奏でられている。

 

 

「おくりびと」の舞台公式パンフレットより、久石譲および山下康介のインタビューなどをまじえてご紹介。

 

INTERVIEW

作曲家・久石譲

あの「おくりびと」が舞台化されるのは個人的にも大変喜ばしい出来事です。しかも内容が「その後のおくりびと」という、発想がすごい。さすが小山薫堂さんですね。映画の撮影現場で見た滝田洋二郎監督の集中力を僕は今でも覚えています。それが世界の檜舞台までこの映画を押し上げた。そして今度は、G2さんを始めとする素晴らしいキャスト・スタッフの皆さんによって、舞台ならではの「おくりびと」が誕生することが楽しみです。音楽も生で演奏しますので、臨場感もさらに増すと思います。この舞台が、たくさんの人に愛される公演となることを心から期待しています。

 

音楽監督・山下康介

映画を優しく、温かく彩った久石譲氏の音楽が、今回の舞台では生演奏で披露される。アレンジを手掛けた音楽監督の山下康介氏に聞いた。

-”歌のない音楽劇”という演出プラン通り、全編に音楽があふれた舞台になりそうですね。

山下:
はじめは、オリジナルスコアをこの舞台用にアレンジして、録音したものを使用するのかと思っていたんですよ。それが、最初にG2さんにお会いした時に生演奏という話が出て、さらには「映画で流れる楽曲を余すところなく、すべて使いたい」ということになりまして。どの場面でどの曲を使いたいというG2さんからの意向を受けて、それぞれの場面に合わせて新たにアレンジしていきました。

-アレンジにあたって、一番大切にされたことは何ですか?

山下:
オリジナルの楽曲が持つサウンドのテイストや意図を、できるだけそのまま表現しながらも、新しく舞台のための音楽に仕上げることです。もともとはチェロ12人編成だったり、ピアノやハープなども使用していた楽曲を今回は6人で演奏するので、多少なりとも印象が変わる部分はあると思います。でもそういう物理的な違いを超えて、楽曲の持つ”本質”を引き出すことを何より心がけました。

-バンドの編成について教えてください。

山下:
バイオリン2人+ビオラ+チェロという通常の弦楽カルテットに、木管楽器1人と、チェロをもう1人加えました。この作品で欠かせないのはもちろんチェロです。同じメロディーを演奏しても、楽器が変わると印象が変わります。例えば高い音を弾いた時の緊張感や芯の強さといったものは、バイオリンで同じ音を弾いても出ないんですよ。メインテーマ「おくりびと」のメロディーはとても魅力的ですが、あの風合いはチェロだからこそ。チェロが歌うべきメロディーはできる限りチェロでと思い、ソリストを入れました。

-メインテーマは劇中、何度か登場しますね。

山下:
サントラには、タイトルに「おくりびと」とつく曲が4種類収録されていますが、今回はそのうちの2曲をベースにして使います。まずは、映画では最後に流れるリズミカルな「おくりびと~ending」を、今回は幕開けで。G2さんのアイデアですが、物語の第2章が始まることを音楽で示唆しています。そして、よりしっとりとした「おくりびと~memory」は2幕、大悟と息子との絆が深まる場面と終盤の2カ所。終盤は、物語と音楽が密接に絡む演出になっているので、大きな見どころの一つだと思います。

-生演奏ならではの”聞きどころ”は?

山下:
ミュージシャンが役者の皆さんと呼吸を合わせながら演奏しますので、その時々の掛け合いから、その場にしかない音楽が生まれると思います。G2さんの言う”歌のない音楽劇”には、そういう意味もあるのでしょう。それと、演奏する姿が見えるというのも大きいと思います。耳だけでなく、目でも音楽を感じられるのではと思っています。

(INTERVIEW ~舞台「おくりびと」公演パンフレット より)

 

 

なお、舞台「おくりびと」は舞台公演を完全収録したDVDが販売されている。舞台での生演奏という主旨もあり、サウンドトラック盤は発売されていない。

 

 

舞台 おくりびと P

 

Disc. 久石譲 『LIFE』 *Unreleased

2010年5月 TVCM放送

 

中部電力 CM音楽「LIFE」

2010年5月より、中部地区限定にて放送

「CO2を出さない」という事実篇
「安定供給できる」という事実篇

ピアノとオーケストラによる、格式ある上品な曲。

未発売曲であり、未CD化作品。

 

30秒CMのため、楽曲も30秒でフェイドアウトするが、実際は45秒程度作られている。またこのCM用には2バージョン用意されていた。違いはアタマの数小節、ひとつはピアノのメロディのみから始まるバージョンで、もうひとつはそのピアノにクラリネット音色も加えたバージョン。レコーディングの段階で、CM前半にナレーションを乗せるかどうかがまだ決まっていなかったため2タイプ用意される。最終的に選ばれたのはピアノとクラリネットのバージョンで、CMの前半約15秒は音楽を聴かせたいという中部電力の希望によるものである。

 

 

また、2011年5月1日「中部電力 創立60周年謝恩コンサート「LIFE」久石譲コンサートが企画され、ここでコンサート初お披露目の予定であったが、事情により公演中止となった。

 

 

Disc. 井上あずみ 『ジブリ名曲セレクション Dear GHIBLI』

井上あずみ ジブリ名曲セレクション

2010年5月12日 CD発売 FRCA-1221

 

井上あずみの歌手生活25周年を記念したスタジオジブリ作品の楽曲をカバーしたカバーアルバム

 

 

オリジナル主題歌を担当した「天空の城ラピュタ」や「となりのトトロ」も久石譲のアレンジとは違い、歌い直し、セルフカバーとなっている。

全曲新しいアレンジとなっているが、やはり歌声は井上あずみ。ジブリ作品のイメージが強い声だけに違和感はない。原曲のイメージを損なわず、優しく明るい軽やかな仕上がりになっている。アレンジもシンプルな生楽器を中心に上品な佳曲たち。

「千と千尋の神隠し」や「崖の上のポニョ」など近年のジブリ作品まで網羅し往年のジブリファンや彼女の美声ファンには、うれしい作品。新しいけれど、懐かしい。そんなタイムスリップを体験できるような作品。

 

 

井上あずみ ジブリ名曲セレクション

1. めぐる季節 (映画「魔女の宅急便」より)
2. となりのトトロ (映画「となりのトトロ」より)
3. もののけ姫 (映画「もののけ姫」より)
4. カントリー・ロード (映画「耳をすませば」より)
5. 世界の約束 (映画「ハウルの動く城」より)
6. 愛は花、君はその種子 (映画「おもひでぽろぽろ」より)
7. 君をのせて (映画「天空の城ラピュタ」より)
8. 風の谷のナウシカ (映画「風の谷のナウシカ」 イメージソング)
9. いつも何度でも (映画「千と千尋の神隠し」より)
10. さんぽ (映画「となりのトトロ」より)
11. やさしさに包まれたなら (映画「魔女の宅急便」より)
12. 崖の上のポニョ (映画「崖の上のポニョ」より)
13. 時には昔の話を (映画「紅の豚」より)
14. ナウシカ・レクイエム (映画「風の谷のナウシカ」より)

 

Disc. 久石譲 『Tokyu Group 2010』 *Unreleased

2010年1月1日 TVCM放送

 

東急グループ テーマ曲:Tokyu Group 2010

 

ヴァイオリン、ピアノ、オーボエなどが旋律を奏で、流れるような軽快かつクラシカルな響き。ハープやティンパニなども効果的に編成された透明感ある品格あるサウンド。

30秒版、1分版などがある。

CD化されていない未発売曲。

 

 

東急グループ 2

 

Disc. 久石譲 『歌の力』 *Unreleased

久石譲 NHK紅白歌合戦 歌の力

2009年12月31日 TV放送

 

2009年、第60回NHK紅白歌合戦のオリジナルソングとして作曲された『歌の力』。歌詞は事前に視聴者から集めた言葉たちを紡ぎ合わせて完成されたもの。本番では同年紅白歌合戦出場歌手がパートを歌いつなぎ、久石譲指揮のもとフルオーケストラでお披露目された。

番組オープニングに『歌の力 -Opening』という楽曲で久石譲指揮、オーケストラ演奏。この曲に合わせて出場歌手50組が登場。「歌の力」コーナーにて、出場歌手・合唱団・一般参加コーラス・オーケストラ、久石譲指揮による「歌の力」披露。

 

翌年2010年の第61回同番組でも出場歌手と担当ソロパートが入れ替わって演奏披露された。

 

 

「アン・サリー & 杉並児童合唱団」、「リトル・キャロル & 麻衣」の歌による競作ダウンロード・シングルとしてiTunes Storeなどで音楽配信はされているが、これらはシンプルなデモテープのような仕上がりとなっている。

11月14日、NHK・506スタジオにてコンボ・バージョンのレコーディング。これは、大晦日の放送前に「歌の力」という曲を知って・覚えてもらおう、という趣旨のもと制作されたもの。ピアノやギターなどリズムセクションを中心にアレンジされた「コンボ・バージョン」はアン・サリーと杉並児童合唱団による歌声。同時に麻衣とリトルキャロルによる合唱バージョン(ピアノ伴奏)もレコーディングを行い、「歌の力」の事前告知として様々な場所でO.A.された。

 

 

Aメロから登場する主旋律は、日本的なメロディー、音階になっていて、日本の歌特有の“節回し”を効かせたメロディーになっている。

なかなかこういう楽曲をCD化するのは難しいとは思うが、SMAP提供曲『We are SMAP!』のように、壮大かつ緻密なオーケストレーションは圧巻。インストゥルメンタル・フルオーケストラ・ヴァージョンで発表してほしい作品。

 

 

 

久石譲 NHK紅白歌合戦 歌の力

 

Disc. 麻衣 『ウルルの唄』

麻衣 『ウルルの唄』

2009年12月16日 CDS発売 VICL-36558

 

映画「ウルルの森の物語」主題歌

 

久石譲の娘・麻衣は、この曲でメジャーデビューを果たす。なおサウンドトラック盤収録の同主題歌は映画バージョンとなっており、このシングル盤とはアレンジが少し異なる。

また、DAISHI DANCE によるremix ver.もカップリングとして収録されている。原曲の雰囲気をそのままに、打込みリズムが加わったアレンジとなっている。

 

 

麻衣 『ウルルの唄』

1.ウルルの唄
2.最上級の勇気
3.ウルルの唄 (DAISHI DANCE “EXTENDED” remix.)
4.ウルルの唄 (Karaoke)
5.最上級の勇気 (karaoke)

「ウルルの唄」
作詞:麻衣 作曲・編曲:久石譲

「最上級の勇気」
作詞:麻衣 作曲:Tony Nilsson & 枚 編曲:田上修太郎

 

Disc. 久石譲 『ウルルの森の物語 オリジナル・サウンドトラック』

2009年12月16日 CD発売 UMCK-9319

 

2007年公開映画「マリと子犬の物語」のスタッフ・キャストが再結集した映画「ウルルの森の物語」。音楽も再び久石譲が担当したフルオーケストラ・スコアによるオリジナル・サウンドトラック。

 

 

INTERVIEW

今回は家族で楽しめるエンターティメント性の強い作品なので出来るだけ分かりやすく、登場人物の心情もきちんと出るよう意識して書きました。そこで、子供とウルルの交流、家族の絆など、音楽で心情を歌う意味で分厚い音楽よりは、いろんな楽器の音色を生かしたサウンドにしたいと思い、オーケストラを50名ほどの一管編成にしました。しかし、この編成は各楽器のコンビネーションが重要になってくるので、とても難しいんです。でも、僕はどの映画でも、自分なりの音楽的な目標を設定しています。それが今回はこの一管編成でした。

メインテーマのフレーズ「♪ウルル ウルル」は繰り返し登場し、最後まで耳に残るようになっています。そしてエンドロールでそのメロディが歌になることにより、全体にまとまりを持たせました。このテーマが表とするなら、この映画の持っている暖かさを第二主題的扱いとして書いた曲にピアノでも旋律をとった曲があります。母のテーマ、今回の裏テーマです。

『ウルルの森の物語』の音楽は、子供たちの”オーケストラ入門”になってくれるといいな、と思っています。後でサントラを聞いたときに、音楽への扉が開いてくれると嬉しいです。

久石譲

 

 

父の音楽は緻密なんです。例えばウルルが歩いているところ、首を傾けているところにピッタリ音楽が合っているのは、たまたまではなく、すべて計算してるんです。それに、父の持つ”メロディの力”を感じます。「ウルルのテーマ」はまさにそうですよね。シンプルだけど強い。

作詩については、何度も書いて、父といろいろ議論もしました。そうしたプロセスがあって、良い言葉にたどり着いたような気がします。「この大地と海」というフレーズは、映画の最後に船越さんの「昴はまるで大地のような子だ」「しずくはまるで海のような子だ」という台詞があって、是非入れたいと思ったんです。

「おなじ夢をみよう」というフレーズは、ウルルが自然に帰ることは、しずくちゃんと昴くんを忘れてしまうことだけど、それを恨んだり、悲しんだりするんじゃなくて「おなじ夢をみよう」という強くて優しい心があるといいなと。仕事では厳しい父ですけど、私がレコーディング後に帰宅すると「おかえり、どうだった?」って、仕事ではあまり見せない優しい顔なんです。そういう時に、無条件に信頼できるのが”家族の絆”なんだなぁ、としみじみ思います。

麻衣

(INTERVIEW ~映画「ウルルの森の物語」劇場用パンフレットより)

 

 

麻衣:
台本を読んだとき、『ウルルの森の物語』は、見終わった後に、自分が忘れてしまった何かを思い出せてくれる映画だと思いました。主題歌もその世界を引き継いで、聞いた後に温かい気持ちが残るような、少し元気が出るようなそんな曲にしたいなと思いました。また、メロディが印象的で、最初にピアノだけのデモをきいた時点で、最初の出だし、「ドーシーラー」のところは、「ウールール」だね!と父と話していました。何度もこのフレーズが出てくるので、違う歌詞にしようとトライはしたのですが、もう「ウールール」しか、しっくりこなくなってしまって(笑)、最後は、あきらめて、すべての箇所に、「ウールール」と歌うことにしました。この歌を、聞いた回りの方々が、聞き終わった後、すぐに「ウールール」と口ずさんでいるのを見て、凄く嬉しかったです。

麻衣:
最初の出だしは、「ウールール」にしよう!というアドバイスがありました。今までレコーディングの前は、父から「もっとこうした方がよい」とか、「力が抜けていないよ」とか、「音程がよくない」とか、かなりたくさんのことを指摘されていました。でも、今回のこの「ウルルの唄」の歌い方に関しては、父から何の言葉もなく、おかしいな?と疑問に思っていました。一番はじめに、試写を観た夜に、「歌よかったね~、安心して聞けた。こういう歌い手さんがいてもいい!って初めて思えたよ(笑)」と言われ、いまでで最高の褒め言葉でした。

久石譲:
こういうエンターテイメントの映画なので、やはり最後、歌があった方が良いだろうと思いました。それと、メイン曲の「ウルル、ウルル」というすごくシンプルなフレーズが映画のオープニングから少しずつ表れて繰り返され、最後までそのメロディーが耳に残るようになっているのですが、ライトモチーフというか、ストーリーとともに音楽も成長し、最後のエンドロールの時にはその同じメロディーが歌になる。こうすることによって、非常に全体がまとまるのではないかと思い、エンドロールの音楽、主題曲を歌に決めました。また、この映画は2時間近い長さがあるので、ちょっと切り口を変えるという意味でもエンドロールには歌があった方がいいだろうと思いました。歌い手さんの候補はいろいろあったのですが、非常にシンプルなメロディーなので、出来るだけ素直な歌い方が出来る人がいいなと思っていました。そんな時、僕の作品のデモテープはだいたい娘の麻衣が歌っているのですが、このデモテープを聞いた映画関係者が「この人でいいんじゃないか?」ということをおっしゃって。ちょうど麻衣も歌のデビューとソロアルバムのリリースが決まっているということもあり、歌に全精力を注ぐという時期なので、そういう意味でも、これを歌うといいのではないかな、と思ったんです。そういう経緯ですね。

Info. 2009/11/14 ナウシカ・レクイエムを歌った久石譲の愛娘、麻衣がデビュー より抜粋)

 

 

 

ファミリー映画らしい、明るいキャッチーな楽曲が並ぶ。メインテーマとなる(1) (7) (10) などは、心躍る軽快なメロディー。また二つ目のテーマ曲といえる (3) (5) (26) なども、ワクワク・躍動感・すがすがしい。ラブテーマといえる (4) (16) (18) (27)  などは、ピアノのきれいな旋律がぬくもりを感じる。

夏の北海道の雄大さと小さな命への優しい眼差し、本作品全体から感じとれる音楽。森林の緑も、透き通った風も、青い空も、目を閉じるとそこいっぱいに広がりそうな響き。夏休みの冒険、心温まる家族愛、を大事な宝箱につめ込んだような、そんな音楽。

自身が音楽監督である「タスマニア物語」 「漂流教室」 「水の旅人 -侍KIDS-」 「マリと子犬の物語」などと並べて ファミリー映画音楽の 心も体も跳ねるような快活な音楽。

 

 

なお、麻衣はこの主題歌にてメジャー・デビューを果たす。発売されたシングルCDはサントラ盤(映画バージョン)とアレンジが異なる。

 

2009年12月16日 CDS発売 VICL-36558

麻衣 『ウルルの唄』

 

 

 

ウルルの森の物語 久石譲 麻衣

1.ウルルの森 ~プロローグ~
2.風、つかまえた
3.動物達の歓迎
4.手紙
5.家族
6.オオカミ
7.ウルルの森 ~出会い~
8.小さな命
9.夕景
10.ウルル
11.渡せなかった手紙
12.オオカミ ~予兆~
13.オオカミ ~自然のルール~
14.絶滅
15.お父さんなんかいらない! ~しずくの涙
16.おかあさん ~昴の決心~
17.真夜中の逃走
18.手紙 ~メッセージ~
19.オオカミ ~はるか東へ~
20.雨の洞窟
21.救出
22.転落
23.父子の誓い~光る沼
24.父の決断
25.別れ~生きろ!
26.大自然の讃歌
27.おかあさん ~絆~
28.ウルルの唄  (映画バージョン) 作詞・歌:麻衣

Piano:Joe Hisaishi 4. 5. 16. 18. 27.
Performed by:Tokyo Philharmonic Orchestra
Conducted by:Joe Hisaishi

Orchestration:
Joe Hisaishi
Kousuke Yamashita
Sachiko Miyano