Info. 2010/10/13 ベストアルバム「メロディフォニー」を発売 久石譲さんに聞く(読売新聞より)

ベストアルバム「メロディフォニー」を発売 久石譲さんに聞く

音楽家の久石譲さんがアルバムCDを精力的にリリースしている。クラシック曲を指揮した「JOE HISAISHI CLASSICS」シリーズをはじめ、10月27日にはロンドン交響楽団を率いて録音したベストアルバム「メロディフォニー」を出す。(依田謙一)

──「JOE HISAISHI CLASSICS」シリーズは昨年から始めたクラシックの曲を演奏するコンサートを録音した作品ですね。

久石 最近になって「内なるクラシック」に目覚めたんだ。音大時代から20代まではクラシックに距離を置き、ミニマルを中心とした現代音楽に可能性を感じて没頭していたが、次第にエンターテインメント性の高い音楽の方が自由じゃないかという思いが高まっていった。その後、映画音楽に軸を移して活動してきたんだけど、近年になってオーケストラを使って編曲することが多くなり、管弦楽の原点としてのクラシックに関心が出てきた。なぜここで金管楽器を休ませるのか? この記号の意味は何か? といった観点でスコアを見ると多くの発見があるんだ。

──内声が強調されていたりと、演奏を通じて久石さんが楽曲作りで大切にしていることの一端が見えたように感じました。

久石 僕の指揮はメロディーのパートをほとんど振ってなくて、ビオラなど内声を受け持つ人たちに「もっと出して!」って指示している。CDに収録したドボルザークの「新世界より」はその典型だよね。メロディーが有名すぎて、ともすれば他の音の印象が薄くなってしまうけど、それぞれのハーモニーが持っている素晴らしい響きを伝えたかった。作曲する時も同様で、内声をどう書くかで表情が決まる。メロディーの果たす役割は大切だけど、楽曲にとっては全体の一部でしかないんだ。

 指揮をするにあたり、東洋人がクラシック音楽をやるのはどういうことなのかということを考え続けた。西洋音楽として本格的なものを味わいたければ、ウィーンフィルやベルリンフィルを聴けばいい。しかし、現代音楽の作曲家としてその楽曲をどうとらえるかという観点では、今を生きる自分がやる意味がある。

──収録曲の一つ、モーツァルトの交響曲第40番はその典型ですね。よく知っている旋律のはずなのに新鮮に聞こえました。

久石 もともと調も不安定で、変な曲なんだよ(笑)。現代音楽だと思って振ったくらい。あの曲が作られた頃は整った音楽がもてはやされていた時代で、あんまり受け入れられなかったんじゃないかな。でも、そこに込められた情熱たるやさすまじいものがある。最終楽章で転調を重ねながら上り詰めていく様は、まさに「天上の音楽」と呼ぶにふさわしいものだよ。

──もっとも苦心した曲は。

久石 ブラームスの交響曲第1番。作曲家として譜面に思いを馳せると圧倒されて、自分の曲作りが止まってしまった。20年近くかけて作られただけあって実によく練られている。あらゆるパートが基本のモチーフと関係しながら進行していくのに、そのモチーフが非常に繊細で見落としやすく、読み込むのに相当な時間を要した。バーンスタインがマーラーに取り組むと3か月間は他のことができないと言っていたそうだけど、分かる気がした。その分、強い精神力が養われたけどね。ただ、あんまり突き詰めたもんだから、今度は多くの人に届くような曲がもう一度作れるだろうかという不安な気持ちも出てきた。芸術家は「自分はアーティストだ」と宣言した瞬間に成立するけど、エンターテインメントの世界でやっていくには、受け手の支持がないと始まらない。そういう時にたまたまSMAPの曲(「We are SMAP!」)を依頼されて、「遠慮せず行けるところまで行ってみよう」と振り切ることができたんだ。

──一方、ロンドン交響楽団が演奏したベストアルバム「メロディフォニー」は打って変わって“久石節”が全快ですね。

久石 昨年、ストイックに現代音楽を追求した「ミニマリズム」という作品を作って長年の夢をかなえた。でも、実はその時から対になるメロディーを重視したアルバムを出したいという構想があったんだ。「ミニマリズム」に続いてロンドン交響楽団に演奏してもらったのは、「となりのトトロ」など、僕の曲をほとんど聴いたことがないであろうオーケストラが演奏するとどうなるか興味があったんだ。結果はとても面白いことになった。「トットロ トットーロ」というフレーズも、彼らは元の歌を知らないのであくまでシンフォニーを支えるモチーフの一つとして捉えて演奏していたんだ。

──7曲目「Orbis」の存在がいい意味で異彩を放っています。

久石 変拍子が多かったりオルガンの音を大胆に取り入れていたりしていて、他の曲と趣が違う。もともとは2007年に開かれた「サントリー 1万人の第九」というコンサートのために書き下ろした曲なんだけど、この曲を入れたことでアルバムの芯ができたように思う。メロディー重視のアルバムだということで難易度では安心していたオーケストラのメンバーはあの曲が出てきて面食らったみたいだけどね。でも、一見すると別々コンセプトである「ミニマリズム」も「メロディフォニー」もクラシックの指揮も、楽曲に取り組む姿勢としてはすべてつながっているんだ。

(2010年10月13日 読売新聞)

 

久石譲 『メロディフォニー』

 

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