Info. 2022/11/23 舞台版「となりのトトロ」がイギリスで大ブレイクしているワケ(PRESIDENT onlineより)

Posted on 2022/11/23

ハムレット超えの劇場新記録…舞台版「となりのトトロ」がイギリスで大ブレイクしているワケ

ジブリの世界観を守ったミュージカル化が大成功

青葉 やまと
フリーライター・翻訳者

 

『となりのトトロ』の舞台がイギリスで大人気

30余年の時を超え、往年の名作がヨーロッパの大舞台で脚光を浴びている。1988年のアニメ映画『となりのトトロ』がロンドンで舞台化され、10月に初演を迎えた。

現地メディアでは、「本当の温かさを伝えてくれる」「秋の必見作」など、好意的な観客の声を紹介している。興行収入でも成功し、発売初日にチケット約3万枚が売れた。11月上旬の時点で公演期間2カ月以上を残して完売した。英タイムズ紙は劇場の興行記録を更新したと報じている。

 

 

日本のスタジオジブリ側と緊密に連携し、原作のイメージを重視しながらも再解釈を加えたストーリーテリング。それに加え、トトロの世界を舞台上に再現した愛らしいパペット(操り人形)たちが話題を呼んでいるようだ。

来年1月までの予定で上演中となっており、ロンドンのジブリファンたちに笑顔と温かさを伝えている。

 

記録更新、シェイクスピアを超えた…

上演場所はヨーロッパ最大の文化ホールである、バービカン・センターだ。ロンドンの中心部に位置し、劇場にアートギャラリー、図書館に映画館などを擁するこの場所は、ロンドン市民に芸術面でのインスピレーションを与え続けている。

イギリスで映画版「トトロ」が初めて上映されたのは2001年のことだが、その際の劇場も、くしくもここバービカン・センターだった。

そのバービカンで「トトロ」の上演がアナウンスされると、たちまち大人気を博した。英ガーディアン紙は、「バービカンのボックスオフィス(チケット売り場)の1日のチケット売り上げ記録を更新したショー」だと報じた。

劇場情報サイトのワッツ・オン・ステージによると、5月19日の一般販売開始とともにチケットへの需要が殺到。1日で販売が行われた実績として、バービカンの興行記録を塗り替えた。同記事によるとこれまでの最高記録は、2015年の『ハムレット』だったという。『SHERLOCK/シャーロック』『ドクター・ストレンジ』のベネディクト・カンバーバッチが主演を務めていた。

バービカンの劇場・舞踏部門チーフを務めるトニ・ラックリン氏はワッツ・オン・ステージに対し、一般販売後の反響の大きさに「私たちは完全に圧倒されています」と述べている。5月時点でのコメントとして氏はまた、次のように続けた。

「野心的な国際コラボレーションであることから胸躍るような成功を期待していましたし、これまでのところチケット本当に多くのチケットが1日で売れており、とてつもないことです。とても魅力的なこの舞台を私たちのシアターで秋に上演するのが待ちきれませんし、スタジオジブリ旋風の一翼を担うことが楽しみでなりません」

 

製作総指揮は久石譲氏

原作となった映画版『トトロ』は、田舎に移り住んだ幼い姉妹の暮らしと冒険を描いた物語だ。家族とともにボロ屋に引っ越してきた幼いサツキとメイが、子供にしか見えない不思議な生き物たちに遭遇する。

舞台版には、この作品と縁の深い人物が関わっている。製作総指揮は、『トトロ』含め数々のスタジオジブリ作品で音楽を担当している久石譲氏だ。タイトルに躍る「MY NEIGHBOUR TOTORO」の文字は、ジブリの鈴木敏夫プロデューサーが自らしたためた。加えて舞台化には、日本テレビが協力している。

 

 

一方で現地チームとして、脚本は『オッペンハイマー』のトム・モートン=スミスが書き下ろした。ロンドンのロイヤル・シェイクスピア・カンパニー劇団が演じ、インプロバブル劇団が協力している。

 

「いいよ、君がやるなら」宮崎駿監督がゴーサイン

海外作が日本でも舞台やミュージカルとして上演される機会は多いが、日本原作の作品が海を越えて演じられるケースはまだまだ少ない。製作総指揮の久石氏は、この状況を変える好機だと捉えたようだ。

米演劇情報誌のプレイビルではプレミアが発表された4月当時、久石氏による次のようなコメントを掲載している。

「日本では演劇やミュージカルに多くの人々が熱中していますが、日本発のショーやミュージカルが世界で上演される機会はありません。トトロは日本の作品であり世界的にも有名ですので、今回舞台化されることで世界中の観客に届く可能性を秘めています」
「そう考えて宮崎さん(宮崎駿監督)に『そんな舞台を見てみたいんです』と言ったら、『いいよ、君がやるならね』、と」

アニメ版に携わっていたからこそ作品を傷つけたくないという思いが強かった久石氏だが、作品のテーマが普遍的なものであり、文化の違いを越えて理解してもらえると確信したからこそ、舞台化に踏み切ったのだという。

 

成人女性が演じるサツキとメイに苦労も

現地での評判は上々だ。ガーディアン紙は星5つ中4つの評価を与え、「本当の温かさを伝える」としている。

“お化け屋敷”に越してきた幼い二人の姉妹が森の精霊たちに出会うという「ささやかながらしっかりとした」映画版のストーリーが、舞台でも「極めて忠実に」再現されているという。ステージ上に尖り屋根の例の家が再現され、姉妹は夏の冒険を繰り広げる。

 

 

久石氏の音楽について同紙は、「切なさと快活さが交互に押し寄せ」るとの評価だ。同時にまた、ススの精霊である「まっくろくろすけ」やネコバスなどのパペットも重要な存在になっているという。

演者は姉妹とも成人の女性だ。姉の草壁サツキ役はアミ・オクムラ・ジョーンズ氏が、妹のメイ役はファーストネームが同名のメイ・マック氏がそれぞれ演じる。

大人が小学生ほどの役を自然に演じることから、苦労も垣間見える。ガーディアン紙は姉妹役の二人が「大きな笑顔で駆け回るなど、大変な子供の演技をしなければならない」と指摘している。

当のメイ・マック氏も英BBCのインタビューに対し、アニメ特有のピッチの高い声でめいっぱい「サツキー、どこー!?」と叫ぶなど、「興味深い声のトーン」を駆使する苦労を語っている。

 

トトロのイメージを守るための工夫

映画版のキャッチコピーでトトロは、「このへんないきもの」とされている。原作通りの不思議なイメージを引き継ぐにあたり、舞台でも細心の注意が払われたようだ。

BBCのインタビュアーが「おそらくスタジオジブリは、彼らの映画を守りたいという姿勢が強かったのではないでしょうか」と問いかけると、パペット制作チームのバジル・ツイスト氏は、ジブリ側とかなり綿密な調整を繰り返したと明かしている。

2次元の世界で成立していたキャラクターも、舞台化で3次元の姿となると、そのまま立体化しただけでは魅力的な印象とはならない。そのため大中小の各種サイズが用意されたトトロは、その目の位置や頭の形など、細部にわたって調整を行ったという。

ツイスト氏は苦労をにじませながらも、「彼ら(ジブリ)には彼らの意見があり、納得してもらえるよう尽しました」と笑顔で語った。

英イブニング・スタンダード紙によると日本側からは、パペットが機械的な動きをせず、温もりを感じられるよう重ねてリクエストがあったようだ。

苦労の結果、機械でもなく日本の伝統の文楽の人形とも異なる、「風の精霊」と呼ばれる独自のスタイルを持ったパペットが完成した。大きなトトロ人形には数えきれないほどの毛糸を貼り付け、「触りたい」「お腹のうえで眠りたい」と感じられるような印象を再現したという。

一方で映画と舞台両方の存在を意義あるものとすべく、舞台版にはストーリーの修正が加えられている。特定のシーンを再解釈して掘り下げたり、サツキの友人であるカンタがより大きな役割を担うようにしたりなどの変更を加え、新鮮な印象を持って鑑賞できるよう配慮がなされているようだ。

 

 

「自然へのラブレターだ」英紙が報じたブレイクのワケ

イブニング・スタンダード紙は本作を、「秋の必見の舞台作」と称賛している。「日本の偉大な文化輸出集団」であり「世界中に熱狂的なファンを多数持つ」ジブリだからこそ、バービカンのチケット記録を更新したのだと解説している。

同紙は原作を、「日本文化、神秘主義、そして神道によるささやかな活気を帯びており、自然へのラブレターでもある」と表現している。

舞台版プロダクション・デザイナーのトム・パイ氏は、欧州で環境への関心が高まる今日、「トトロは環境へのメッセージで時代に即しており、ブーム再燃はもっともなことだと考えています」と同紙に語った。

自然に対する姿勢は、大道具にも表れている。自然豊かな原作の背景を再現すべく、舞台にプラスチック製の木の葉を茂らせる案もあった。しかし、偽の樹木はジブリ作品にそぐわないとして、現地チームの判断で採用を見送ったという。

「緑のプラスチックほど日本的でないものはないと思ったのです」とパイ氏は語る。

代わりに美しさが際立つ木組みの建築でサツキとメイの家を再現した。一部には日本の伝統的手法であり耐久性に優れる焼杉板が採用されている。

 

舞台化で生まれる好循環

バービカンの記録を更新した熱狂的なチケット販売実績は、イギリスにおけるトトロへの潜在的な関心を物語るかのようだ。

日本では映画版のトトロはTVでも繰り返し放送されており、一度は観たことがあるという人も多いのではないだろうか。

一方、ヨーロッパではトトロの愛らしい姿形こそよく知られていながらも、ほぼ全員が観たことがあるというレベルには達していない。アニメは幼い子供向けのものだという固定観念が強いことも、視聴をためらう一因になっていることだろう。

そこへ10月から始まった舞台版は、ジブリファンの裾野を広げる効果を生んでくれそうだ。

自然と環境へのメッセージをさりげなく込めたストーリーにも、注目が集まっている。環境問題に関しては日本よりもむしろ欧州で関心が高い印象があるが、34年前に公開された「トトロ」は、時代を先取りしていたのかもしれない。

近頃は、鈴木敏夫プロデューサー自身がジブリは「開店休業状態」と言うまでに、新作公開のペースが落ち込んでいた。しかし現在は宮崎駿監督が、長編新作『君たちはどう生きるか』の完成に向けて奮闘している。11月1日には、愛知県の愛・地球博記念公園に「ジブリパーク」が開園した。イギリスでの舞台化と併せ、2次元の世界を突き抜けて展開するジブリから目が離せない。

 

出典:PRESIDENT Online|ハムレット超えの劇場新記録…舞台版「となりのトトロ」がイギリスで大ブレイクしているワケ
https://president.jp/articles/-/63633

 

 

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