Posted on 2024/09/15
作曲家・久石譲さん「生成AIに新しい曲は生み出せない」
スタジオジブリの映画音楽で知られる作曲家の久石譲さんが、公演で訪れた米サンフランシスコで日本経済新聞の取材に応じた。AI(人工知能)がコンテンツを量産する近未来に、人は芸術の分野で価値を示し続けることができるのか。久石さんは「生成AIに新しい曲は生み出せない」と断言する。AIは模倣しかつくれないという主張だ。
――エンターテインメント業界では、AIの普及により、人間がつくるものの価値が毀損するという懸念が広がっています。音楽の分野で、AIは人を超えるクリエーティブ(創造的)な作品がつくれると思いますか。
「生成AIに過去の楽曲を学ばせて曲をつくっても、イミテーション(模倣)にしかならず、それは新しい曲ではない。(音楽の分野ではテクノロジーで)過去をほじくり返しても未来にはいかないし、現在を超えることもない。AIが学習できることには限度があると考えている」
「巨大テック企業や世界の音楽大手から『生成AIで作曲してみてほしい』『楽曲をAIの学習に使わせてほしい』といったオファーがたくさん来ている。でも『久石もどき』をテクノロジーでつくろうとする提案は全て断っている。模倣するという行為に興味はない。そもそも『もどきの曲』をつくろうとする人たちはクリエーティブをやっちゃだめだと思う」
――自身の活動に、AIを使うつもりはないのでしょうか。
「僕は同じパターン(音型)を微妙に変えながら繰り返す『ミニマル音楽』の作曲手法を取る。例えばの話だが、ある音からつくるパターンの可能性を探るときに、AIで瞬時に何百種類も出してもらい、そこから自分がチョイスするといった使い方なら利用価値はあるかもしれない」
楽曲の不正利用「野放しにしない」
――4月に楽曲の不正利用に対し「一切許可しない」と警告を出しました。テクノロジーは不正利用や模倣を容易にします。
「著作権は目に見えないので(違反が)ひどいことになっている。世界中で年に何千回も、勝手に『久石譲コンサート』と名乗るイベントが開かれている。中国について言えば、支払われるべき楽曲使用料は何十億円にのぼるだろう。不正利用は野放しにせず、作家の権利について声を上げていきたい」
「訓練を積んで技術を磨く音楽家がいる一方で、譜面が読めなくてもコンピューターに打ち込めば形を整えられるようになったという意味では、プロとアマチュアの差が縮まった。『楽しめるなら、(他人の曲を)勝手に使えばいいじゃない』というケースも多い。追求する高みが下がり、誰もがテクノロジーを使う。それで音楽は豊かになるのだろうか」
古典に回帰、米同時テロが転機に
――現代音楽の作曲家としてスタートし、映画音楽を手掛けるようになりました。2000年ごろからはオーケストラの指揮にも本格的に取り組んでいます。
「現代音楽の作曲家は皆、古典という既成概念を壊して新しい創作に挑戦してきた。でも、私の場合、01年に米同時多発テロで飛行機がビルに衝突したのを見て意識が変わった。これから世界が分断に進むと、否定の対象だった王道自体がなくなってしまう。それなら、人々が結集する場所としての王道を継承した音楽をやろうと思った」
――毎月、海外でコンサートをしています。日本の音楽事情をどうみていますか。
「海外のオーケストラと演奏をしていると『日本は内向きで国際基準と違うことをやっているな』という問題意識がある」
「映画音楽についていえば、最近のハリウッド映画は効果音のように画面をなぞって盛り上げるだけの『効果音楽』になっている。だが、日本はもっとひどい。演出家に技術が足りないのか、派手な音楽でごまかしている。安易な方向に走ってほしくない」
「私は映像との距離を取る『引き算の音楽』を選ぶ。例えば、好き合っている2人のシーンに甘い音楽は流さない。一見マッチしない不自然な音楽こそ、映像との相乗効果で倍の効果を出せると思っている」
ジブリの宮崎監督とは「飲みに行かない」
――音楽を手がけたジブリの宮崎駿監督の最新映画「君たちはどう生きるか」は、米アカデミー賞長編アニメーション賞に選ばれました。宮崎監督とはどういう距離感で音楽をつくっていますか。
「宮崎監督とは飲みに行くこともなく『ものを創る』というだけの関係性で、それがとても良い。飲みに行って仲良くなったところで、それが作品に反映される訳ではないからだ。ただ仕事の場で会った時は政治、社会情勢含めてあらゆる話をする。脳をフル回転させるので、2時間話して帰ったら倒れるくらい疲れる」
「これまでのジブリ映画は宮崎監督と話し合いながら音楽を入れるシーンなどを決めてきたが、今回は事前の情報なく、映像がほぼ完成した後に全てを任された。初めてのことで、今回は監督が絵に集中したかったのではと推測している」
久石譲(ひさいし・じょう) 現代音楽の作曲家として活動を開始し、1984年のアニメーション映画「風の谷のナウシカ」から宮崎駿監督などの映画音楽も手がける。多くの国際賞を受賞し、近年はクラシック音楽の指揮者として活動。23年に旭日小綬章を受章した。
音楽以外の知識、経験も貪欲に追求(インタビュアーから)
世界の名だたるオーケストラで指揮をし、クラシック音楽を作曲し、ハリウッド映画の音楽もつくる。多忙を極める日々だ。9月にAI開発の中心地サンフランシスコで、交響楽団によるジブリ音楽の演奏を指揮した際に取材した。
「宮崎監督が読んだ本を自分が読んでいなければ、悔しくてすぐに買って読む」。コンサートの後には、課題と解決策を考えて翌日に生かす。知識や経験を貪欲に積み上げていくことで感性を磨き、創造する力につなげているのだろうと感じた。
テクノロジーを否定するのではなく、ふと思いついた旋律をコンピューターに残すなど活用もしている。生成AIで英文を書く時もある。音楽にとどまらない進取の姿勢にあふれているからこそ、特定の学習だけをするAIには「人を超える曲は生み出せない」という言葉に重みがある。
(シリコンバレー=中藤玲)
(日本経済新聞 Web版より)