Disc. 久石譲 『THE GENERAL Original Motion Picture Soundtrack』

the general import

2004年9月23日 CD発売 8345106302 ※輸入盤

 

2004年 第57回カンヌ国際映画祭 上映
サイレント映画「THE GENERAL」(邦題:キートンの大列車追跡)
監督:バスター・キートン 音楽:久石譲

 

 

the general import

1.The two loves of Johnnie Gray
2.Enlisting
3.Abandoned
4.A Train as a Target
5.Love Kidnapped
6.Facing the Moving Cannon
7.Chase and Traps
8.A Smoking Train
9.Manoeuvres around Chattanooga
10.The Forest
11.Getting Together
12.A Fragile Load
13.The Mighty General
14.Train Chase I
15.Train Chase II
16.A Train Without a Master
17.The Trapped Bridge
18.Back to the South
19.River Side Fight
20.Finals Cannons Shoots
21.Heroes of the Day
22.The Ballade of Annabelle and Johnnie

Bonus Tracks:(compatible PC/MAC)
23.Trailers 《The General》

All Compositions by Joe Hisaishi

except title 22:
music by Joe Hisaishi, lyrics by Georges Moustaki, Sung by Anna Mouglalis

Performed by The Tokyo City Philharmonic Orchestra

Piano solo:Joe Hisaishi

Recording Studio:
Wonder Station
Avaco Criative Studio
Les Studios de la Seine (vocals)

 

Le Mecano de la General

1.Les deux amours de Johnnie Gray
2.Mobilisation
3.Abandonné
4.Un train pour cible
5.L’amour kidnappé
6.Face Au Cannon Mobile
7.Poursuite et obstacles
8.Train enfumé
9.Manoeuvres Autour De Chattanooga
10.La forêt
11.Les retrouvailles de Johnnie et Annabelle
12.Une marchandise délicate
13.La redoutable Général
14.Cavale Ferroviaire I
15.Cavale Ferroviaire II
16.Un train sans maître
17.Le pont piégé
18.Retour Au Sud
19.La Bataille de la Rivière
20.Derniers coups de Canon
21.Héros du jour
22.La ballade d’Annabelle et Johnnie

 

 

Info. 2004/08/29 [TV] BS朝日「ザ・スーパーシート」「久石譲&新日本フィルWorld Dream Orchestra」放映

すみだトリフォニーホールで行われたコンサートの模様がBS朝日で放映されることが決定しました。
久石さんの指揮やワールド・ドリーム・オーケストラの白熱の演奏を美しい画像でお楽しみ下さい。
コンサートに来られた方もまた新たな角度からお楽しみ頂けるはずです。

8月29日(日)
BS朝日
21:00~22:55
「ザ・スーパーシート」

 

Disc. 『宮崎駿プロデュースの1枚のCDは、こうして生まれた。』

2004年8月6日 DVD発売 VWDZ-8066

 

ジブリがいっぱいCOLLECTIONスペシャル
『宮崎駿プロデュースの1枚のCDは、こうして生まれた。』

 

「大人が聴く歌、大人が唄える歌が欲しい」

宮崎駿監督のそんな想いから、このCDアルバム 「お母さんの写真」 製作プロジェクトは動き始めました。友人、上條恒彦の魂を揺さぶる歌声に感動し、この人に唄ってほしいという宮崎監督の強い願いは、糸井重里や久石譲など多くの人々を動かし、やがて、みんなの想いが1つの形になりました。CDの企画から出来上がるまでを収めたドキュメンタリー映像の第1部と、その完成を記念して三鷹の森ジブリ美術館で行われた上條恒彦のコンサートを収録した第2部との2部構成になっています。これは、大人が唄える歌探しに夢中になった大人たちの心温まる記録です。

 

【第1部】
大人が唄える歌をさがして。 構成・演出/浦谷年良
製作委員会のミーティングやレコーディング風景、宮崎監督や仲間達の熱い思いが伝わります。(約98分)

【第2部】
上條恒彦コンサート in 三鷹の森ジブリ美術館 構成・演出/関根聖一郎
アルバムからの6曲のほかに、「大きな古時計」、「だれかが風の中で」、「さんぽ」も唄われます。(約40分)

【映像特典】
宮崎駿監督作品
2003年夏 ハウス食品「おうちで食べよう。」シリーズ TV-CM
・ままごと篇 ・おつかい篇 ・路地裏篇 ・宣伝力一篇

 

 

久石譲も「油屋」「お母さんの写真」のレコーディング風景で登場する。宮崎駿監督や上條恒彦とのスタジオ内での録音のやりとりを収めた貴重な記録。(第1部、チャプター4,5)

 

 

【第1部】
大人が唄える歌をさがして。 構成・演出/浦谷年良
1.アルバムの発端
2.#見果てぬ夢
3.アルバムの企画会議
4.最初の録音日
5.#油屋&#お母さんの写真
6.#鞦韆(ぶらんこ)
7.#秋
8.#豚の丸焼き背中にかついで&#ひとつやくそく
9.#椅子
10.#牧場の朝&#冬の星座
11.アルバム製作委員会
12.#花あかり
13.#オルガンの丘#真夏の振り子
14.#祝祭
15.#何もいらない&#中央線

【第2部】
上條恒彦コンサート in 三鷹の森ジブリ美術館 構成・演出/関根聖一郎
1.油屋
2.お母さんの写真
3.真夏の振り子
4.中央線
5.冬の星座
6.牧場の朝
7.大きな古時計
8.だれかが風の中で
9.さんぽ

 

報告編:「ワールド・ドリーム・オーケストラ」全国ツアー終了

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
報告編:「ワールド・ドリーム・オーケストラ」全国ツアー終了

作曲家でピアニストの久石譲が、新日本フィルハーモニー交響楽団と組んだポップス・オーケストラ「ワールド・ドリーム・オーケストラ」が8月1日、大阪・中央区の大阪城西の丸庭園で野外コンサートを開き、全国ツアーが終了した。ツアーは、7月19日の宮城・仙台市での公演を皮切りに、全国8か所で行われた。

久石は指揮とピアノで登場。最終日ということで特別メニューを組み、「HANA−BI」「スター・ウォーズ」「007ラプソディー」といった映画音楽を約100人のオーケストラで聴かせた。

一昨年ごろから互いに「何か一緒に続けてやろう」と盛り上がり、ジャンルを超えて楽しめる新しいオーケストラ「ワールド・ドリーム・オーケストラ」の活動を始め、初代音楽監督に久石が就任した。

トラッンペットソロを吹くティム・モリソン

6月には初アルバム「WORLD DREAMS」を発売。欧米の著名な映画音楽と、「天空の城ラピュタ」など自身の作品を編曲し直した。

「あまり経験がない」という他人の曲に挑んだのは「世界中にいい曲がたくさんあるのに、オーケストラ用のものが少ないため、クラシックコンサートではなかなか演奏されない」ともどかしさを抱えていたからだという。編曲は「原曲の作曲家を尊敬しつつ、自分のやりたいことを盛り込んだ」と語る。

コンサートでは「E.T.」などで知られる作曲家ジョン・ウィリアムスと自身の映画音楽を対比させたほか、久石が「真夏のラーメン」と例える管楽器隊の音を前面に出した編成で、「ミッション・インポッシブル」などを激しく演奏、聴衆を魅了した。

台風10号の影響で天候が心配され、リハーサル中も強い風と小雨に悩まされたが、本番は雨風もなく晴れ間も見え、夕暮れに染まる大阪城を眺めながらのコンサートとなった。

途中、ツアーゲストで元ボストン交響楽団主席トランペット奏者のティム・モリソンが、阪神タイガースのTシャツに早着替えすると、観客は大きな声援で「ハプニング」を喜んだ。

野外のためオーケストラもTシャツで演奏 中央は久石

アンコール後、鳴り止まない拍手に久石が三度登場。歓声に押され、プログラム予定になかった映画「菊次郎の夏」のテーマ曲「Summer」をピアノソロで演奏すると、聴衆とオーケストラメンバーは割れんばかりの手拍子で応えた。

終演後、汗をびっしょりかいて控え室に戻った久石は、「驚いたよ。リハーサルで練習用に『Summer』を弾いたのをメンバーが覚えていて、『昼間やっていたからできるでしょ』って。みんなにうまく乗せられちゃったね」と笑った。

「ワールド・ドリーム・オーケストラ」の公演は、どの会場も子どもから大人まで様々な客層が混在していた。最近はなかなか見られなくなった光景だ。地道な活動を今後も続け、「ポップスオーケストラの」という枕詞が必要なくなった頃には、音楽を聴く底辺はずいぶんと広がっていることだろう。

初日の仙台公演のリハーサルで、久石はこんな話をしていた。「音楽にはクラシックもポップスもない。あるのはいい音楽と悪い音楽だけなんだ」(依田謙一)

(2004年8月3日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

第23回:「ふたりが残った」

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第23回:「ふたりが残った」

クライマックス曲の変更という最大の難関を乗り越えた久石譲は、あらためて2日目の録音に取り組んだ。1日目で大編成のオーケストラ曲がほぼ終了していたことから、この日は主に小編成の曲を録音した。

映画音楽は交響曲と違い、あくまで場面に合わせて作曲するため、編成や長さが多岐に渡る。なかには、10秒ほどで終わってしまう曲もある。

しかし、どれも場面を支える重要な曲だ。一つ一つが満足いく演奏をするには、映画音楽ならではの苦労も生まれる。

終盤、トランペットと大太鼓の2人だけとなった録音で、こんなことがあった。

カットナンバー500。夕暮れの街を、戦意高揚のためにビラまき隊が行進する場面の曲。絵コンテに、トランペットと太鼓を使って、「プップクプップップー、ドンドン」と記されていたことから、久石はそのニュアンスを生かした曲を用意していた(サウンドトラック盤には未収録)。

演奏前、久石が奏者たちに説明した。「できるだけ下手に弾いて下さい」

奏者たちには慣れない要請だったが、わずか数秒の曲でもあり、あっさり終わるだろうと演奏が始まった。

ところが、これがなかなかうまくいかなかった。

小さい頃から、誰よりも上手に弾くことを求められてきた「エリート」の彼らが、いくら「下手」に弾いても、どうしてもなめらかさが残ってしまうのだ。

それでも何度か繰り返すうちに、少しずつ様になってきた。久石が「このくらいでどうでしょう?」と客席中央を振り返ると、監督は「プロの演奏家でない役所の用務員が、仕方なく演奏しているという設定なので、もっと下手にお願いします」と要求してきた。

音楽家である久石にとっての「下手」も、まだまだ上手すぎたようだ。

監督がこだわったのには理由がある。短いが、戦時下の暗い街を象徴する大切なカット。用務員が嫌々演奏していることで、その雰囲気を出したいという演出意図があったのだ。

この言葉で火がついた奏者たちは、微妙に音程を外すなど、持ち前の技術で「素人らしさ」を表現。何とか「下手な演奏」を実現した。監督と久石は、あたたかい拍手を送った。

こうして、オーケストラの演奏はすべて終了。最後に久石のピアノ録音が残された。

久石は、「さぁ、演奏家に戻らなくちゃ」と腕を回す。

ピアノのセッティングが完了した頃には、オーケストラのメンバーはすべて引き上げ、監督の姿も見えなくなっていた。静まり返ったホール内で、1人、鍵盤に向かった。

映像をバックに、静かにテーマ曲「人生のメリーゴーランド」のピアノバージョンの演奏が始まる。

何度も繰り返し登場した旋律が、やっと久石本人の手で奏でられた。数々の宮崎作品で鳴っていたのと同じ、あの音色が、場内を包み込んだ。

演奏が終わり、顔を上げた久石は、思わず「あっ」と声をあげた。いつの間にか監督が客席に戻っていたのだ。久石が「帰っちゃったのかと思っていましたよ」と言うと、監督は「聴いていきます」とにこやかに笑った。

監督が録音に最後まで付き合うのは、2人の長いコンビのなかでも、初めてのことだった。

ホールの中には、いつの間にか誰もいなくなっていた。残ったのは、2人だけだった。

監督はシートに深く体を沈めながら、じっと久石のピアノを聴いた。舞台裏のコントロール・ルームのテレビモニターに映し出されたその光景は、いつまでも、いつまでも続くように見えた。

回り続けるメリーゴーランドのように。(依田謙一)

(2004年7月23日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

第22回:「メロドラマはこうして生まれた」—後編

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第22回:「メロドラマはこうして生まれた」—後編

「メロドラマにならないんですよ」

宮崎駿監督が久石譲に打ち明けたのは、1日目の録音がすべて終わった後だった。

「ケイヴ・オブ・マインド」(サウンドトラック盤では「星をのんだ少年」に改題)で一気にエンディングに突入する構成だったが、最後にもう一度、テーマ曲「人生のメリーゴーランド」を登場させたいというのだ。

オーケストラの録音当日に大幅な路線変更をするのは、極めて異例。久石と監督は、話し合いをするため、2人きりで楽屋に入った。

その間、ホール内は重い空気で覆われた。スタッフは「決裂の可能性もある。どうなるか分からない」と頭を抱えていた。

監督がこだわった「メロドラマ」とは、一体何か。

メロドラマには現在、「昼メロ」に代表される通俗的な愛憎劇のイメージが強いが、そもそもはギリシャ語の「メロス」(旋律)と「ドラマ」(劇)が一緒になった伴奏つきの演劇のことだ。音楽が演技と同等、あるいはそれ以上の重要な役割を果たし、18世紀に発達した際には、恋愛をテーマにしたものが数多く上演された。

「ハウルの動く城」は、制作開始時から「戦火のメロドラマ」だと謳われてきた。監督は、恋愛劇であるのはもちろん、「徹底的に一つのテーマ曲でいきたい」という言葉に代表されるように、音楽が内容を物語るというそもそもの意味でのメロドラマを目指していたと推測される。

実は、当初の編曲でも「ケイヴ」の最後に、テーマ曲の断片は挿入されていた(サウンドトラック盤に収められているのはこのバージョン)。しかし、巨大スクリーンで演奏と一体になった映像を目にしたことで、監督はもっと強烈にテーマ曲を欲してしまったのだ。

楽屋での話し合いで、久石は立腹することなくこの提案を受け入れた。「むしろありがたいと思ったよ。それだけテーマ曲を大事に考えてくれたということだから」

久石は頑固な男だ。ただしそれは、作品に対してという意味で。必要性を理解できれば、困難も積極的に受け入れる。

2人が楽屋から出てきた。久石は結論を語らないまま、スタッフに指示を出した。「今日録音した『花園』を用意して」。監督と話すうちに浮かんだアイデアを試してみようということらしい。

テレビモニターの前に2人が座ると、クライマックス場面の映像とともに、再び「ケイヴ」が鳴り始めた。

2日目は朝から雨。楽屋前には奏者たちの傘が鮮やかに並んだ

ソフィーが残骸となった城の扉を開け、ハウルの少年時代に迷い込む。ハウルに出会ったソフィーは、「未来で待ってて」と言い残し、闇にのみ込まれてしまう。涙を流しながら歩く彼女の前に、再び扉が現れ──。

「ここで『ケイヴ』を切って」。久石が指示を出すと、曲が止まった。

一瞬の静寂の後、ソフィーが外へ飛び出す場面で、新たな指示が出た。「ここから『花園』に切り替えて」

「花園」は、ハウルがソフィーに思いを伝える場面に流れる曲で、「人生のメリーゴーランド」のメロディーで彩られている。この曲を今度は、ソフィーがハウルに思いを伝える場面で再登場させようというのだ。

曲が始まった瞬間、スタッフからどよめきが起こった。別の場面のために作られたはずの曲が、ぴたりと合ったのだ。

「いいね」。監督が言った。

「長さが少し足りないけど、これに『ケイヴ』の終盤部分をつなげばいけるかも知れない。ただ、時間がないのがねぇ」と久石がつぶやくと、監督はいたずらっぽく久石の肩を叩いた。「なぁに、2、3日徹夜したって大丈夫だよ」

「まったくもう」。そう言い返した久石の口元には、笑みがこぼれていた。

2004年6月30日。前日と同じ午後1時から、2日目の録音が始まった。指揮台に立った久石は、静かにオーケストラに語りかけた。「予定にありませんでしたが、最初にちょっと試したいことがあります」

奏者たちに緊張が走った。彼らも、昨日の空気から久石が何を試そうとしているか知っていた。

スクリーンに映像が流れ、演奏が始まった。久石は、自分の指揮だけを頼りに、オーケストラを引っ張った。「花園」から、「ケイヴ」の終盤部分に引き継ぐ編曲は、あらかじめ決まっていたように、クライマックス場面に寄り添い、ソフィーとハウルの心情を、見事に歌い上げた。

演奏が終ると、監督は真っ先に立ち上がって拍手した。奏者たちも成功を喜び、足を踏み鳴らした。

「どうでした?」と指揮台の久石が振り返ると、客席中央の監督は、手で大きなマルを作った。

久石がわざと「それじゃ分かりません」という表情をすると、今度は大きな声で叫んだ。

「これでメロドラマになりましたぁ」

気がつけば、ホール内にいた他のスタッフたちも拍手していた。「ハウル」という名のメロドラマが誕生した瞬間だった。(依田謙一)

(2004年7月19日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

第21回:「メロドラマはこうして生まれた」—前編

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第21回:「メロドラマはこうして生まれた」—前編

録音は時間との戦いだ。「ハウルの動く城」では、2日間で30曲を収録しなければならない。自ら指揮も務める久石は後日、こう振り返っている。

「進行など、責任は全部自分にあるからね。気が抜けなかったよ」

そんな過酷な状況のなか、チャレンジ精神旺盛な久石は、新しい試みをした。サウンドトラックでは、物語の流れや登場人物の感情の起伏に合わせて、30分の1秒まで合わせた編曲を組む。そのため、録音では映像と同期させるために「クリック」と呼ばれるデジタル音を聞きながら演奏するが、今回はそれをやめた。

「デジタルでぴたりと合った演奏より、音楽のうねりを残したかった。ただ、旋律が豊かだとオーケストラは朗々と歌い始めるから、その分、どこかで急がないとタイミングが合わなくなるんだよね。だから頭の中は電子計算機のようにフル回転だったよ」

録音が始まってしばらくは、場面が終わっているのに曲が残ったりしていたものの、すぐにコツをつかんだ。「最近、指揮に力を入れてきたからね。少しは振れるようになったということかな」

宮崎監督は、相変わらず客席の真ん中に座ったまま、スクリーンに映し出される映像と生の演奏に見入っていた。

1曲終わる度に、指揮台の久石が客席を振り返り、「どうですか」問いかける。その都度、監督は両手でマルを作って答えた。

マルのバリエーションは、録音が進むにつれて増えていった。マルが小さいと「いま一つ」、右手の指と左手の指がくっついていないと、「よかったけどちょっと相談したい」といった具合だ。

そんな監督が、この日、一際大きなマルを作ったのが、イメージアルバムにも収録された「ケイヴ・オブ・マインド」(サウンドトラック盤では「星をのんだ少年」に改題)の演奏だった。

録音のためにすみだトリフォニーホール(東京・墨田区)の舞台裏に仮設されたコントロールルーム

同曲の本編での起用は、ちょっとした偶然から決まった。クライマックス場面の音楽打ち合わせで行き詰っていた久石と宮崎監督が、「試しに」と流してみたら、イメージアルバムの編曲そのままで、見事に合ったのだ。監督は、曲中に登場するトランペットソロも気に入った。「本編も、この音がいい」

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団によって演奏されたイメージアルバムで、ソロを担当したのはミロスラフ・ケイマル。同フィルの前首席奏者でもある彼の演奏は、圧倒的な音量でありながら、包容力のある優しい音色で定評がある。

今回の録音では、そのケイマルをチェコから呼んだ。たった1曲のためのスペシャルゲストだ。演奏前、久石が新日本フィルハーモニー交響楽団のメンバーにケイマルが紹介すると、奏者たちは激しく足を踏み鳴らして喜びを表現した。監督も、待ちかねていたとばかりに拍手する。

「ケイヴ」の録音が始まった。チェコ・プラハのドボルザークホールで鳴ったのと同じ、やわらかな音色が、ホールに響き渡った。スクリーンには、主人公ソフィーが「ハウルの心の洞窟」を訪れる場面の映像が、いっぱいに広がる。

空から落ちてきた星たちが湖にぶつかり、砕け散る。そこに現れた少年時代のハウルを見つめるソフィー。幻想的な光景を、ケイマルのトランペットが包み込む。

7分以上にわたる演奏が終わった瞬間、宮崎監督は大きなマルを作り、惜しみ無い拍手を送った。ケイマルは丁寧に頭を下げると、久石のもとに歩み寄り、固い握手を交わした。久石を「君は他に代わりのいない、たった一人の音楽家だね」と讃える。久石が照れながら返す。「あなたこそ」

すべてが順調に見えた。

しかし、なぜかこの曲を境に、宮崎監督の顔から笑みが消えていった。1曲ずつに満足しつつも、何かに悩んでいるようだった。

1日目の予定曲がすべて終わった後、監督がスタッフに神妙な顔で語りかけた。「久石さんと話した方がいいかも知れない」

監督は指揮台の久石のもとに駆け寄り、おもむろにこう語りかけた。

「メロドラマにならないんですよ」(依田謙一)

(2004年7月12日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

第20回:「ずっと待っていた日」

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第20回:「ずっと待っていた日」

2004年6月29日。いよいよ「ハウルの動く城」のオーケストラ録音の日がやってきた。前日の午前2時まで譜面の確認をしていた久石譲は、録音開始の1時間前、午後12時に東京・墨田区のすみだトリフォニーホールに到着した。

「渋滞に巻き込まれちゃって……」と足早に館内へ入る。

宮崎駿監督や、演奏する新日本フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターらと慌ただしくあいさつし、早速ステージへ。舞台後方に仮説された巨大スクリーンを見上げると、大きく深呼吸した。

「これまでは指揮台脇のテレビモニターを見ながら録音していたけど、気分的にこじんまりしちゃうところがあってね。『ハウル』には昔の映画でやっていたような方法が合うと思って、大きなスクリーンを用意してもらったんだ」

舞台上には、すでにオーケストラのメンバーが集い始めていた。楽器を調整する音が、ホール内に響き渡る。

奏者たちはスクリーンに映し出される映像を見ては、嬉しそうに笑い合っていた。楽しみで仕方なかったという様子だ。

「ずっと待っていた日ですからね」――同フィルの企画制作担当を務める安江正也が言う。「『ハウル』の演奏は、こちらから、『どんなスケジュールでも合わせる』と熱心に働きかけていたものなんです」

サウンドトラック用のオーケストラの選定には、様々な候補があったが、久石はこの心意気に胸を打たれた。「クラシック業界でもっとも苦労するのは日程調整。2年、3年先まで目一杯決まっているのが当たり前なんだ。それを『いつでも合わせる』と宣言することは、大変だったと思う」

「久石さんとはツアーでも何度も共演している。お互いの信頼関係は厚い」と語る新日本フィルの安江正也

世界のオーケストラには、クラシックへのこだわりから、映画音楽の演奏を一貫して引き受けないところもある。新日本フィルは、なぜそこまでして参加を熱望したのか。

安江はその理由をこう話す。「目の前に出された音楽は積極的に楽しもうというのが、私たちの姿勢。ジャンルは問題じゃない。宮崎作品への参加は、『千と千尋の神隠し』に続き2作目ですが、形式に縛らない楽曲に取り組んだことで、これこそ自分たちの力を最大限に発揮できる音楽の一つだと分かったんです」

録音直前、監督と簡単な打ち合わせをした久石は、集中するために楽屋にこもった。たった1人、誰も近寄れない時間だ。

午後1時、約100人のオーケストラが揃うと、久石がステージに現れた。「こんにちは。今日は映画『ハウルの動く城』の録音です」

ステージに監督を呼び、「宮崎駿さんです」と紹介する。メンバーは楽器でふさがれた手の代わりに、盛大に足を踏み鳴らした。

監督は照れくさそうに「よろしくお願いします」と頭を下げると、客席へ向かった。スタッフが「舞台裏のコントロール・ルームなら台詞も一緒に確認できますが」と案内すると、「ここでいいです」と微笑み、スクリーンがよく見えるホールの真ん中に腰を下ろした。

久石が指揮台に登る。場内が静寂に包まれた。

「まずは一度、通してみようか」

最初に選ばれたのは、主人公ソフィーとハウルの出会いの場面の曲。ハウルが現れた瞬間、指揮棒が振り下ろされ、弦がピチカートをやさしく奏で始めた。

やがてハウルを追うゴム人間たちが登場すると、静かだった旋律に躍動感が加わっていく。逃げる2人。路地裏を駆け回るも、すぐにゴム人間の集団に八方をふさがれてしまう。その瞬間、ハウルはソフィーを連れ、一気に空へ駆け上がった! 空中を歩く2人のバックにテーマ曲「人生のメリーゴーランド」が壮大に鳴り響く。

「ハウル」の音が、ついに動き始めた。(依田謙一)

(2004年7月5日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

Info. 2004/07/04 [ラジオ] J-WAVE「MARUNOUCHI Classy Cafe」出演

新プロジェクト「久石譲&World Dream Orchestra」の6月16日に発売されたアルバム「WORLD DREAMS」。このアルバムに収録された曲を一日一曲ずつ久石さんが経験談を含め、説明してくれます。CDを実際に聞いて説明を受けるとかなり楽しめるはず!

期間は7/4~8/15まで毎週日曜日19:00~19:54です。
要チェックです!!