第14回:「降りる!」—前編

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第14回:「降りる!」—前編

「もう、死んじゃうんじゃないかって心配で」──マネージャーがそう気遣うほど、久石譲は多忙を極めていた。

2004年4月10日。久石は、東京・早稲田の「アバコクリエイティブスタジオ」で、オーケストラを前に指揮棒を振っていた。

「ハウルの動く城」の音楽制作、新日本フィルハーモニー交響楽団と結成した「ワールド・ドリーム・オーケストラ」の準備に追われながら、久石はチャップリン、ロイドと並ぶ三大喜劇王の一人、バスター・キートンの無声映画「キートン将軍」(1926年)に音楽を付ける試みに挑んでいた。

同作は、米の南北戦争を舞台に、奪われた恋人と機関車を取り戻そうと奮闘する男の物語で、キートンの代表作の一つ。久石の音楽にほれ込んだフランスの映画会社が、修復版のDVD化に合わせ、オリジナル音楽の書き下ろしを依頼した。5月に開催される第57回カンヌ国際映画祭では、招待作として上映される。

「日本ではチャップリンの方が知られているけど、キートンの作品というのは、一度観れば分かるとおり、日本のコメディアン、特に浅草の人たちがやっていた動きそのものなんだよね。実は僕らにとても馴染みがあるものだったんだ」

無声映画であるキートン作品に、音楽家としてどう挑むか。悩んだ末、久石は、当時の映画作りで築かれた方法が、様々な面で現在の映画の礎となっていることに注目。登場人物ごとにテーマ曲を作るなど、今まで避けてきた“ハリウッド的方法”に真正面から取り組むことを決意した。「やっぱり、キートンにはそういう“基本”が合う。75分の作品中、73分に音楽を付け、動きにも徹底的に付き合うことにした」

問題は、あまりに短い制作期間だった。3月上旬、全部で22曲を作曲することを決めた段階で、残された時間は、2週間となっていた。「大変だけど、一つのことに集中するより、いくつかのことが平行で進んでいる方が調子がいいんだ」

久石は、都会の喧騒を離れて気分を変える「恒例行事」のため、山梨・河口湖のスタジオに向かった。

まだ雪の残る河口湖で、食事以外はスタジオから出ることもなく、曲作りに没頭した。連日夜遅くまで続く作業で疲れても、朝、スタジオに入った瞬間、ピンと空気が張りつめる。同行したスタッフは、「体調、音楽、作業計画、全てが計算されて進んでいる」と久石のプロ根性に驚かされたという。

作曲は映像を細かく分析しながら進んだ。効果音を用いず、すべての音をオーケストラで表現するには、登場人物のアクション音なども、楽譜の上で表現しなければならない。そのため、何度も映像と音楽を合わせては修正を繰り返す。

「動きに振り回され過ぎると、音楽としての流れが悪くなる。一方で、音楽的な構造にこだわり過ぎると、映像との一体感がなくなる。徹底的に動きに付き合うということが、こんなに大変だと思わなかったよ」

それでも、オーケストレーションを3日で完成させるという驚異的な集中力で、すべての曲を完成させた。

しかし、「これで新しい命を吹き込むことが出来る」と確信し、あとは録音に向けて細かい調整をするだけだと思っていた矢先、久石に「降りる!」と言わせることになるトラブルが発生した。(依田謙一)

(2004年4月15日 読売新聞)

 

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