Disc. 久石譲 『アリオン サウンドトラック -青春の彷徨-』

久石譲 『アリオン サウンドトラック』

1986年3月25日 CD発売

1986年公開 映画「アリオン」
監督:安彦良和 音楽:久石譲

80’アニメブームの人気キャラクターたちを数多く生み出した人気アニメーター安彦良和初監督作品・劇場用アニメーション映画「アリオン」(1986年公開)オリジナルサウンドトラック盤。主題歌「ペガサスの少女」を含むオリジナルBGM全14曲収録。

 

絵と音楽のせめぎあい

「アリオン」の音楽制作の作業で一番印象的だったのは、トラックダウン(別々に録った音をまとめあげていく作業)に初めて立ち合ったことでした。今まで全く知らなかった部分での、いわば「専門家のノリ」というものをみて、「ああ、こんな感じで音をつくっているのか」と新鮮でした。単なる音の出し入れ以上に「音のコラージュ」というか、まぎれもなく「音を創っている」という感じがしました。

こうして出来上がってくる音と、ラッシュフィルムのビデオを合わせてみると「ムムムッ」という感じ。絵と音のなわばりのせめぎあい。ある部分「負けるもんか!」と思わず張りあってしまいような迫力があるのです。そんなスリリングな気分を感じて、絵と音のどちらかがまずあって、というのではなく、セリフ、音楽、効果音と絵が混然一体となってせめぎあったところに作品がある。それを間のあたりにして「映像を創る」ということを改めて認識したものです。

そんな意味で、久石譲さんという方は非常に良いパートナーでした。音楽作家としてこんなに密度の高いコミュニケーションができるとは思いませんでした。こちらの音楽への要求を聞いてくれた上で、さらに「こんな音は?」という新たな提案をしてくれる。出来てきた音楽は、しっかり「アリオン」を支えてくれながら、まぎれもなく久石さんの音になっているのです。いい仕事ができるってこういうこと、とそんな気がします。

実は、商品製作の都合から音楽を少々カットせざるをえなかったところがあります。大変残念なのですが、このレコードでそれを少しでも補って鑑賞していただければと思っています。

(昭和61年1月23日 日本サンライズにてインタビュー)

原作・監督 安彦良和

(CDライナーノーツ より)

 

風音のロマン

昨年の12月20日からレコーディングがスタート、お正月の3が日以外はほとんど録音という、超ハードスケジュール。でもこれほど充実した1か月もなかった。

12月31日の大みそか!に届いたラッシュフィルムをもとに、安彦監督の映像の持つダイナミズムには、エスニックなリズムをベースに置くと不思議な効果があるのではないかと感じ、フェアライトCMIという最先端?のサウンド(主にエスニックな打楽器として)と、フルオーケストラのダイナミックなサウンド、ブラス、民族音楽の演奏家をかなり動員して、音楽を組みあげていった。

よく読むと非常にハードな内容を秘めている作品なので、以前の「ナウシカ」の時とくらべて、甘さをできるだけ押さえた、カラクチなおとなの鑑賞に耐える作品に仕上げたつもりだけど・・・・。イメージアルバムでは「レスフィーナ」が評判が良かったらしいのですが、そんなわけで、サントラでは2か所ほどメロディが出るだけになったけれど、その分、印象的に使われていると思います。

最後に、このアルバムは、映画を離れても充分に鑑賞に耐えるようつくったつもりなので、ぜひ御愛聴ください。

(昭和61年1月29日 ワンダーステーションスタジオにてインタビュー)

音楽 久石譲

(CDライナーノーツ より)

 

久石譲 『アリオン サウンドトラック』

1. 地底王ハデス〜メインテーマ
2. アテナとアポロン〜セネカ
3. アリオン・メインテーマ
4. 戦闘
5. レスフィーナ〜想い(歌/高橋美紀)
6. プロメテウス〜海蝕洞
7. ポセイドン
8. 初陣
9. 宿命・ハデス〜ポセイドンの死
10. オリンポスへ
11. テュポーン
12. 大母神ガイア〜アポロン
13. レスフィーナとアリオン
14. ペガサスの少女(歌/後藤恭子)

※CDバージョンとして、「ポセイドン」を追加。「テュポーン」の冒頭部も追加されています。

「ペガサスの少女」
作詞:松本隆 作曲:林哲司 編曲:萩田光雄

 

プロデューサー:久石譲
音楽・演奏:久石譲

(アディショナル・プレイヤー)
シタール, 龍笛, ダルシマ, ブズーキ, 歌唱, ケーナ

ゲストプレイヤー:YAS-KAZ

録音スタジオ:
WONDER STATION, INC
にっかつスタジオ
一口坂スタジオ

 

Disc. 久石譲 『アリオン イメージアルバム -風・荒野-』

1985年10月25日 CD発売

1986年公開 映画「アリオン」
監督:安彦良和 音楽:久石譲

 

久石さん-温い音の語り部

久石さんはサウンドで物語を描く天才だと思う。音痴の僕にはよく判らないが、ちょっと他にはないよという位の、そのくらい大変な人なのではないかと思う。

数年前、喘息の発作で死んでしまった学生時代からの友人がブラリと僕の家にやってきた時に、その奥さんが小意気にウォークマンで聴いていたのがヴァンゲリスのシンセ・ナンバーだった。ちょいと拝借して瞬間に「ギリシャ」を感じ、拙作の「アリオン」に音を乗せるなら”これだ!”と思った。ただし、そんな機会に実際に出会えるかどうかは、まったく意の外にあった。

久石譲さんという人に、最初にお会いしたのは確か2年前の初秋の頃である。「アリオン」の2枚目のアルバムをどうか…ということで、徳間の事業部の方々と御同道で、わざわざ所沢の僕の仕事場を訪ねてこられたのだった。この時はマズイ行きちがいがあって、僕には大体その気がなかったものだから、文字通りの御足労に報いることが出来ず、出会いもそれっきりになってしまった。

この時に久石さんが「ナウシカ」のイメージアルバムに着手されていることを聞いた。そして本編「ナウシカ」の曲世界が、同じ久石さんの作であることは、観劇の後で知った。

久石さんの印象は2年前も現在も、「らしくない音楽家さん」である。ふっくらとした優しい風貌も、手土産を下げて汚ないアニメスタジオを訪ねてくれる気さくさも、全く、僕などが持っていた「音楽作家(ミュージシャン)」のちょっぴり気どったイメージとはかけはなれている。多分久石さんは、あれこれ営業用の顔や所作のなんかを、もともと必要としない人なのだろう。ただひたすらに真摯な、「音の作家」そのものの人なのだろう。

失礼かなとは思いつつ、メインのイメージにはヴァンゲリスへのこだわりをサジェストした。素朴で、美しくて、物語性を感じさせるものを…と。僕の注文はいつもながら舌っ足らずな、つたないものだった。

出来あがった曲はキャンペーンの旅先で聞いた。僕は一ぺんに幸せになった。

出会いはちょっぴりマズかったけれど、久石譲という人をしることの出来た喜びを、僕は今、しみじみかみしめている。

原作・監督/安彦良和

(CDライナーノーツ より)

 

 

アリオン イメージアルバム

1. 前奏曲(プレリュード)
2. 風・荒野(メイン・テーマ)
3. セネカ
4. 海の軍団
5. 運命の糸
6. 魔宮
7. レスフィーナ
8. 輝く大地-土と祭り-
9. 輝く大地-オリンポスへ-
10. 風・荒野(エンディング・テーマ)

プロデューサー:久石譲
音楽・演奏:久石譲

歌唱:佐藤ひさら・杉野正隆

録音スタジオ:WONDER CITY STATION , SUNRISE STUDIO

 

Disc. 久石譲 『早春物語 オリジナル・サウンドトラック』

久石譲 『早春物語 オリジナル・サウンドトラック』

1985年9月1日 CD発売

1985-09-01 32DH-205 CD
1985-09-01 28AH-2005 LP
1985-09-01 28KH-2005 CA
1998-07-25 CPC8-3007 CD

1985年公開 映画「早春物語」
監督:澤井信一郎 音楽:久石譲 出演:原田知世 他

 

17歳の少女が中年サラリーマンに寄せるほのかな想い…。
少女が大人のふりをすればする程、なんだか滑稽に写る。少女の揺れ動く心を久石譲が、オープニングで叙情的なメロディーを聴かせてくれる。原田知世が歌う『早春物語』『星のデジャ・ヴ』も収録。

(CD帯解説より)

 

有意義な成果を残した澤井信一郎&久石譲のコンビ第2作

赤川次郎が原田知世のために書きおろした小説を映画化した『早春物語』(1985)は、中年の商社マンに惹かれて揺れる17歳の女子高生を描いた青春映画だ。監督デビュー作『野菊の墓』(1981)で松田聖子の、『Wの悲劇』(1984)で薬師丸ひろ子の新たな魅力を引き出した澤井信一郎が、全幅の信頼の下、演出を任された。初公開時の同時上映作品は、つかこうへい原作&脚本による『二代目はクリスチャン』(1985・井筒和幸監督)だった。

鎌倉に住む沖野瞳(原田知世)は写真部に所属する17歳の女子高生。春をテーマに写真を撮り歩いていた彼女は、ある寺の桜の木の前で商社マンの梶川(林隆三)と知り合い、好意を抱く。ところが、彼はかつて今は亡き母親と付き合っていた男であった。母親の旧友から「母は捨てられた」と聞いた瞳は、梶川をわざと母親との思い出の地へ連れて回る。だが、憎しみの一方で、瞳の心は梶川への熱い想いにも揺れていた…。

思春期の少女を追うカメラはゆるやかな動きの長回しに終始し、その長いワンカットの中に物語の空気を的確に刻んでいく。一見淡々と展開するドラマも、やがて独特のリズムを生み、さりげなくも情熱的な高まりをほとばしらせる。原田知世のアイドル性とドラマの厚みを一体化させた澤井の演出は見事の一言に尽き、あらゆる方面からの高い評価も文句のない一本となった。朴訥とした田中邦衛や初々しい仙道敦子に加え、前作『Wの悲劇』でデビューした高木美保が商社の受付嬢でチョイ役出演。さらにうれしく映るのは、スタッフ陣に撮影担当の仙元誠三共々、久石譲が音楽担当に呼ばれていることだろう。

澤井と久石は『Wの悲劇』で初めて顔を合わせた。すっかり意気投合した二人は、続く『早春物語』を経て『めぞん一刻』(1986)、『恋人たちの時刻』(1987)、そして『福沢諭吉』(1991)へと共同作業を進めるに至る。監督第1作『野菊の墓』では菊池俊輔と組んでいる澤井だが、以後の関連を見るだけでも、いかに久石とのコンビが居心地のよいものだったかが知れようか。クレジットだけを頼りにしても、『Wの悲劇』では単なる音楽担当の名前だった久石が、この『早春物語』では音楽監督とうたわれている。より良い環境が作曲者に設定させたという点で、その信頼の幅がうかがわれるというものだ。

『早春物語』について、久石は自伝的エッセイ『I am/遙かなる音楽の道へ』(1992・メディアファクトリー刊)で、まず以下のように述べている。

「高校生ぐらいの年頃というのは(中略)自分がもつべき価値基準を手探りで体験していく時期なのだ。これは好き、あれは嫌い、これは許せる、あれは許せない、今までの無垢な自分というものが通じない世界が、彼に、あるいは彼女に突き付けられる。こういう初めて価値観に目ざめる時というのは、とてもドラマチックだと思う」。

前作『Wの悲劇』よりも主人公の年齢が下がったことへの感想を交え、作品の方向を論じる久石は、少女の心の揺れ、移ろいについて前向きなアプローチを考えていたと見ていい。つまり、より青春映画としての核心に迫る音楽を構想していたのではないか。

「傷ついた自分を大切にして、これからもずっと闘っていこうとする姿勢、それが僕はとても好きなのだ。そういう姿の人たちに出会うと、応援したくなってしまう。すべての人にとって、いちばん美しい部分なのだから」(前述自伝より抜粋)。

そうして生まれたメロディー群は、ある種のセンチメンタルを抱えながら、時に叙情性と軽妙なリズムも兼ね備えて、作品に清涼感を与えることになった。すなわち、それらは主人公、沖野瞳のもう一つの姿でもある。ストリングスや木管、ピアノ、ハープによるアコースティック音もあるが、基本的には久石が『風の谷のナウシカ』(1984)で使い始め、それ以後、彼の映画音楽の仕事で最強の手兵となっているサンプリング・マシン、フェアライトの音色がほとんどを占めているといっていい。

特に印象的に聴こえてくるのはオープニングだ。鎌倉の海から主人公の通う高校へと俯瞰図で追う映像に、螺旋を描くような効果音ともとれるサウンドが響く。自伝によると、メロディーに納得しつつも「何かが足りない」という澤井監督に、それでは「鷗(カモメ)の飛び立つような音を入れようと思った」結果できたのがそのメインテーマの冒頭部だという。その正体は「拍子木とかシンセサイザーの高音とか、さまざまな音をサンプリングしたものを、ランダムに打ち込んで一斉に鳴らしてみた」ものだと続けている。「澤井さんという人は新しいものが大好きで、これにはとても喜んでくれた」とも記されている。興味深いエピソードだ。

澤井が新しいものに対して敏感であることは、例えば『めぞん一刻』を見ても瞭然だ。エスニックな音楽がちりばめられた中、いきなり始まるミュージカル・シーンは感覚の新しい人、もしくは音楽に対して柔軟な対応をとれる人でなければ撮れない。それゆえの青春映画の名手という逆説も成り立つのだろう。学生時代より音楽の実験にいそしんできた久石にとって、オーソドックスな作風ながら”遊び”を任せてくれる澤井信一郎という監督の存在は、やはり大きかったといえる。後に、大林宣彦、北野武といった実写畑の監督たちの作品でブレイクしていく作曲者の素地は、澤井作品にできあがっていたのではないか。その意味で恩人ともいえる澤井を、久石は自伝で「いちばん上の兄貴のような感じだ。いかにも毅然とした、なにもかも仕切る長男風で、それでいて弟思いの優しさがある」と評している。大林宣彦はすぐ上の兄さんという感じらしい。なるほどである。

実はハーモニカの名手でもあったりする澤井は、現在のところ”弟”との”遊び”を控えている。80年代に比べ、長野パラリンピックの総合プロデューサーを務めるなど、ぐっと有名人になってしまった感のある久石にはどこか照れでもあるのか。有意義なコンビ第2作『早春物語』の成果を見るにつけ、そろそろ新しい共同作業が見たいところだ。

久石譲は1950年12月6日、長野県は信州中野生まれ。4歳のころからヴァイオリンを、高校で作曲を学び、現代音楽の道を極めるべく国立音楽大学へ入学。在学中に数多くの前衛音楽の演奏会を開き、卒業後はより実験性の高いミニマル・ミュージックの方向へ手を伸ばしていった。やがて現代音楽の分野で行き詰まりを感じると、ポップスのフィールドへ転身。1982年に発表したオリジナル・アルバム『インフォメーション』がきっかけとなり、宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』の音楽を担当し、一躍時の人となる。以後、宮崎作品を全てこなすほか、実写作品では大林宣彦監督との『ふたり』(1991)、『はるか、ノスタルジィ』(1992)、『水の旅人/侍KIDS』(1993)、北野武監督との『あの夏、いちばん静かな海。』(1991)、『ソナチネ』(1993)、『キッズ・リターン』(1996)、『HANA-BI』(1998)などの音楽を担当する。ほかに『アリオン』(1986・安彦良和監督)、『この愛の物語』(1987・舛田利雄監督)、『カンバック』(1990・ガッツ石松監督)、『タスマニア物語』(1990・降旗康男監督)、『パラサイト・イヴ』(1997・落合正幸監督)など。

1998年5月28日 賀来卓人

(1998年再販 CDライナーノーツより)

 

久石譲 『早春物語 オリジナル・サウンドトラック』

(オリジナル・ジャケット)

 

早春物語 再販

(1998年7月25日 CD再販 ジャケット)

 

1. プロローグ
2. 早春紀行
3. 星のデジャ・ヴ 歌:原田知世
4. 扉の向う
5. ショック
6. 揺れる心
7. 早春物語 歌:原田知世
8. 走馬燈
9. 恋だと思う
10. SPRING WALTZ
11. 潮騒
12. エピローグ

音楽:久石譲

「星のデジャ・ヴ」
作詩:康珍化 作曲:来生たかお 編曲:大村雅朗

「早春物語」
作詩:康珍化 作曲:中崎英也 編曲:大村雅朗

 

Disc. 久石譲 『Wの悲劇 オリジナル・サウンドトラック』

久石譲 『Wの悲劇 オリジナル・サウンドトラック』

1984年12月21日 CD発売

1984-12-01 WTP-90308 LP
1984-12-01 ZH28-1466 CA
1984-12-21 CA35-1098 CD
1998-07-25 CPC8-3006 CD
2013-09-18 TOCT-11604 CD

1984年公開 映画「Wの悲劇」
監督:澤井信一郎 音楽:久石譲 出演:薬師丸ひろ子 他

 

「あんた、いま、女優になるのよ」「顔ぶたないで、女優なんだから!」などの名言。役を得るためには、純潔も恋も犠牲にするドロドロの世界を見事に描いたバック・ステージものの傑作。そんな内容とは裏腹に久石譲による美しいピアノが流れる。大ヒット曲「Woman~Wの悲劇より~」も、もちろん収録。

 

今こそ見直すべき澤井信一郎と久石譲の出発点

夏樹静子の同名ベストセラー小説を下敷きにしたユニークな”バックステージ・ドラマ”『Wの悲劇』(1984)は、その絶妙な脚本の構成とアンサンブルのいい役者陣の演技、そして計算と感性の行き届いた演出によって、今も胸を打つ逸品となった。劇中の劇団研究員さながらに、アイドル女優という枠から徐々にはみだし、大人の香りを醸し出していく薬師丸ひろ子は『メイン・テーマ』(1984・森田芳光監督)に続いての好演。誠実なる不動産屋の青年役で世良公則がさわやかな風を吹かせば、三田佳子が劇団『海』の看板女優を貫禄たっぷりに見せつける。役者稼業にすれた感じを違和感なく出す先輩役の三田村邦彦、初々しさ漂う新人・高木美保、そして舞台演出家を地で行く蜷川幸雄と、脇の固めもスキがない。アーウィン・ショウの『愁いを含んで、ほのかに甘く』からのアイデア借用という事実があったにせよ、荒井晴彦による脚本(澤井信一郎と共同)の説得力は光を失うことなく、まして『野菊の墓』(1981)で松田聖子に輝きを与えた澤井信一郎の昇り竜のごとき充実の監督第2作である。後の『早春物語』(1985)、『めぞん一刻』(1986)、『恋人たちの時刻』(1987)などの実績を思えば、すべては当然の結果だったといえるだろう。

同時上映だった大林宣彦監督作品『天国にいちばん近い島』(1984)のニューカレドニアの南国ムードととおに、公開当時の麗しい記憶に包まれるファンも多いであろう同青春&人間ドラマには、しかし今こそ注目しなければならない人物がいた。当時、薬師丸ひろ子が歌う主題歌《Woman~Wの悲劇~より》ばかりが目立ち、その男の存在が何かと稀薄に扱われていた事実はひたすらに口惜しい。音楽担当の久石譲である。

1950年12月6日、長野県は信州中野に生まれた久石は、4歳からヴァイオリンを習い始め、高校時代より作曲を学んでいる。程なく現代音楽の作曲家になることを夢見て、国立音楽大学へ入学。在学中には前衛音楽の演奏会を数多く開き、卒業後はミニマル・ミュージックの世界へと没入していく。紆余曲折の末、やがて現代音楽の分野に限界を感じると、つぎに一転してポップスのフィールドへと身を投じていくわけだが、その際に「売れなければ正義ではない」と肝に銘じたという逸話は彼らしい性分の表れだろう。その辺りをインタビューの席で水を向けると、本人は笑ってうなずいていたものだが、そういった強い意志が結果となって大きく実を結んだのが、1984年という年だったのではないか。

そこからさかのぼること2年。1982年10月に久石は『インフォメーション』というオリジナル・アルバムを作った。その発売元であるジャパン・レコードが徳間グループの系列の会社であったことから、準備段階にあった『風の谷のナウシカ』(1984)のイメージ・アルバム制作への参加が決まったという。結局、それが宮崎駿、高畑勲両氏の納得のいく仕事となり、やがて映画本編の音楽も担当。周知の通り、大ヒットとなった。80年代の初頭から映画、TVの仕事をこなしてきた作曲者であったが、世間一般に広く名前が広まったのはこの作品の成功からである。久石自身も出発点としての認識が強いのだろう。これ以前の映像作品についての記載が作品リストから外れることが多いのも象徴的である。

『風の谷のナウシカ』の成功は、何より久石自身の自信を呼びさました。当然各方面から押し寄せた依頼を、作曲者は慎重に検討する段にはいっていった。成功を成功に、自信を自信に結び付けるためである。その辺りの意識については、自伝的エッセイ集『I am/遙かなる音楽の道へ』(1992・メディアファクトリー刊)に詳しい。いわく「下からコツコツ上がっていくのは面倒、やるからにはトップから仕事をしていきたい、僕はそう思っていた」。そして「薬師丸ひろ子の映画の仕事がやれたらいいな」と考えているところへ来たのが『Wの悲劇』だった。澤井信一郎との出会いである。

とにかく久石譲といえば、宮崎駿、北野武、大林宣彦という”御三家”との仕事が取り沙汰される。確かに、彼らとの共同作業によって、作曲者は映画音楽の可能性を切り開くことができ、同時にその成功によって名声を獲得してきた。だが、そればかりではない。そればかりで判断してはいけない。特に実写作品の仕事という点からいえば、北野武や大林宣彦よりも早く久石に映画的な目覚めを誘ったのは、澤井信一郎にほかならないのだ。

久石の登板の背景は明らかにされていない。無論『風の谷のナウシカ』の成功に事が起因していることは確かだろうが、恐らく角川春樹事務所、ないしは配給の東映サイドからの推薦によるものだろう。久石は澤井信一郎の第一印象を「小柄でやさしそうな印象」とし、映画については「オーソドックスな作品」「映画のイロハがちゃんとある」と前述の自伝に書いている。幼少のころより映画館通いを欠かさなかった作曲者は、てらいのない伝統的な手法の演出による作品を歓迎した。澤井のスタイルに敬意を払いつつ「僕の作曲も、オーソドックスな正統な姿勢」で臨むことにし、「奇を衒った入れ方をしたり、ファッション的なBGMにしたりするのではなく、きちんとドラマに参加した音楽にする」(自伝の記述より抜粋)と決める。作曲者なりの澤井とその作品への”正義”だろう。

久石のそんな方法は、まさに的確であった。ムダの少ない音楽の付け方だ。必要とされるべきところへ必要なだけ盛り込む。ことさらに音に厚みをつけない。ミニマル、エスニック、ロック、オーケストラ音楽など、さまざまなスタイルが並んだ『風の谷のナウシカ』と比べて、それはある種地味ではある。しかし、そんな宮崎作品の後だったからこそ、映画の基本に立ち返る澤井との仕事は、必要な”リハビリテーション”ではなかったか。大きな仕事を待っていた作曲者が『Wの悲劇』という題材に巡り合ったのは、偶然的な一方で、運命的にして必然的な事の次第だったと思わずにいられない。フェアライト(サンプリング・マシンの一種)によるサウンドをフィーチュアしながら、ストリングス、ハープ、ピアノ、それにいくらかの木管と打楽器を絡めた劇中の音楽が、やがてクライマックスのカーテンコール場面でダイナミックな感動の爆発を迎えるには、そういった久石の背景を思えば、なおのこと納得できる部分があろうというものだ。

また、フェアライトという”楽器”を得たという意味では、その後の久石の映画音楽作品の”原型”ともいうべき音色の数々が見受けられるのも興味深い。例えば、冒頭の三田静香(薬師丸ひろ子)と五代淳(三田村邦彦)の暗がりの会話場面で流れるヴォイス・サンプリングによるサウンドは、『ふたり』(1991)や『はるか、ノスタルジィ』(1992)といった大林作品に有名だろう。フェアライトを初めて使った『風の谷のナウシカ』と合わせて考えれば、やはり1984年という年は作曲者にとって重要な分岐点だったといえる。

自伝で久石は続ける。「澤井さんは非常に音楽に対してもこだわりのある人で、たとえば、劇中の喫茶店や舞台で流れる音楽と、映画音楽というのをはっきり分けて考える。そうしないと、差が出てこないという。ほとんどの人は、そういうことにはこだわらない。そういう意味でのこだわりを最初に教えてくれたのは、澤井さんなのだ」。現実音と劇中音楽の使い分けは、基本中の基本である。そういうことを現場で一から知ることになった経験は、作曲者にさらなる飛躍を約束したといっても過言ではない。何よりもそれは、その後の活動が物語っているだろう。良き信頼関係に結ばれた澤井と久石は、以後も『早春物語』(1985)、『めぞん一刻』(1986)、『恋人たちの時刻』(1987)、『福沢諭吉』(1991)へとコンビをつなげていった。ジャンルの差こそどうあれ、そのすべてが青春映画である。虚構の青春ドラマの中で、飽くことなき音楽的試行を繰り返してきた名手二人にとって、『Wの悲劇』はまさに輝ける旅立ちのモニュメントとなった。

1998年5月27日 賀来卓人

(1998年再販盤 CDライナーノーツより)

 

久石譲 『Wの悲劇 オリジナル・サウンドトラック』

(オリジナル・ジャケット)

 

Wの悲劇 再販

(1998年7月25日 CD再販 ジャケット)

 

※2013年再販盤はオリジナル・ジャケットが採用されている

 

1. プロローグ
2. 野外ステージ
3. 冬のバラ 歌:薬師丸ひろ子
4. 女優志願
5. 劇団「海」
6. Wの悲劇
7. Woman~Wの悲劇~より 歌:薬師丸ひろ子
8. 危険な台詞
9. 静香と摩子
10. ジムノペディ第1番~レクイエム~サンクトゥス~カーテンコール I
11. カーテンコール II

音楽:久石譲

「冬のバラ」
作詩:松本隆 作曲:呉田軽穂 編曲:松任谷正隆

「Woman~Wの悲劇~より」
作詩:松本隆 作曲:呉田軽穂 編曲:松任谷正隆

ジムノペディ第1番
作曲:エリック・サティ 編曲:久石譲
レクイエム
作曲:ヴェルディ 編曲:久石譲