Posted on 2021/09/22
ふらいすとーんです。
あまりにも今の作曲家です。本格的な音楽活動は2000年代から。そんななか、すでに評価の定まった、確固たる地位を確立している、これからますます動向に注目が集まっていく。そんな作曲家だろうマックス・リヒターです。
マックス・リヒター
MAX RICHTER
マックス・リヒターはドイツ生まれのイギリス作曲家です。2002年にアルバム『メモリーハウス』でソロ・デビュー。クラシックとエレクトロニカを融合させたポスト・クラシカルを代表する作曲家として人気を集めています。「ポスト・クラシカル」という言葉の生みの親でもあって、この言葉によるカテゴライズのおかけでジャンルや次世代作曲家がひとつの潮流として推し進められてきた効果は大きくあると思います。
日本で広くマックス・リヒターの名が認知されるようになったのは、ヴィヴァルディの《四季》をリコンポーズしたアルバム『25%のヴィヴァルディ』(2012)。斬新かつ現代的な再構築でみずみずしさと新しい息吹に感動します。世界各国のクラシック・チャートで1位を獲得しています。
そして、もうひとつ。映画『メッセージ』(2016)に使用された「オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト」です。作曲家や曲名を知らない人でも、この曲は聴いたことあるかもしれない。たとえば、久石譲を語るときに「Summer」や「Oriental Wind」が外せないのと同じように、マックス・リヒターを語るときに「On the Nature of Daylight」は外せない。そんな代表曲の先頭に立つ一曲です。
今回は、一曲だけでOvertone。
映画『メッセージ』(2016)のオープニング&エンディングテーマに「On the Nature of Daylight」が起用されたとき。物語のテーマや映像との相乗効果もあって、この映画を観た多くの人に強い印象を残します。映画スコアを担当したヨハン・ヨハンソンの曲たちよりも、映画のトーンを決定づけているほど、この映画の核になっています。それを象徴するかのようなエピソードがあります。 ”ヨハンソンも、ヴィルヌーヴ監督が仮に入れていたリヒターの既存曲を超えるものは作れないと判断し、そのまま使うように進言した” こう言われている一曲です。
「On the Nature of Daylight」は、2枚目のオリジナル・アルバム『The Blue Notebooks』(2004)に収録された曲です。まだまだ作曲家としても認知されていない頃です。その後、映画『主人公は僕だった』(2006)で挿入曲の一つとして使用され、映画『シャッター・アイランド』(2010)、映画『二郎は鮨の夢を見る』(2011)、映画『ディス/コネクト』(2012)、映画『天使が消えた街』(2014)、映画『夜明けの祈り』(2016)といった多くの映画で用いられるようになっていきます。
とてもおもしろい現象です。どの映画作品もマックス・リヒターが音楽を担当しているわけではなく(『ディス/コネクト』除く)、それぞれの映画に必要な挿入曲の一つとして、監督たちに熱望されてきた曲。普通は、同じ曲をいくつもの作品になんて、使うほうも使われるほうも敬遠しますよね。それなのに? 何色にも染まるし、何色にも染まらない、ナチュラルに伝えたいことをのせやすい音楽なのかもしれません。
Richter: On The Nature Of Daylight
from MaxRichterMusic Official YouTube
5つの弦楽器とシンセサイザー低音によるシンプルな構成です。静謐なるくり返し。始めから終わりまで同じフレーズがくり返されているだけなのに、極めてエモーショナルな波があります。揺れ動く音のなか、旋律や楽器の息づかい、まるで心地よい朗読を聴いているように何かを語りかけてきます。6分間という時間、いつもとは違う時間の流れ方をしているようです。
楽曲タイトルは、古代ギリシアの哲学者エピクロスの宇宙論をローマの哲学者ティトゥス・ルクレティウス・カルスが詩の形式で解説した書「On The Nature of Daylight(『事物の本性について』)」から取られています。この原典の深堀りはできていませんが、なんとも含蓄のあるタイトルだなと思います。
アルバム1曲目はプロローグ、「2.On The Nature of Daylight」に始まり、ピアノソロとなった「11.Written On The Sky」で終わる『The Blue Notebooks』。この一曲がコンセプチュアルな軸になっていることがうかがえます。
Richter: Written On The Sky
映画『ディス/コネクト』(2012)は、「On The Nature of Daylight」が使用された映画のなかで、唯一マックス・リヒターが映画全体の音楽を担当した作品です。サントラ盤では、同曲をモチーフにした曲たちも多く散りばめられています。別アレンジ曲といえるものもあれば、曲の素材を少し使ったり、曲を構成する素材を削ぎ落として使っていたり。「9.The Report」「10.Written On The Sky」「13.Break In」「14.Confrontation」「15.Afghanistan」「17.Unwritten」「18.The Swimmer」など。ときにピアノソロに、ときにエレクトロニカに。
The Report
(*公開終了)
Unwritten
(*公開終了)
2018年、『The Blue Notebooks』リリース15周年を記念した特別版がリリースされます。新曲から新規リミックスやボーナス・トラックまで加わった2CDです。ここで初めて登場するのが「On the Nature of Daylight」4つのニュー・トラックです。
Max Richter – On The Nature Of Daylight (Entropy)
ニュー・レコーディング版です。原曲とたぶんスコアはそのままに、奏者は入れ替わっていたりもします。新録音にあわせてMUSIC VIDEOも作られています。僕はなぜかこちらEntropyのほうがだんぜん好きです。一番好きです。響きのニュアンスが素晴らしい。
ロンドンAir Studiosでの収録と撮影です。マックス・リヒターは、映画音楽もオリジナルアルバムも、レコーディングにはほとんどこのスタジオを使っているようです。唐突に、久石譲作品『WORKS・I』や『水の旅人 -侍KIDS- オリジナル・サウンドトラック』も、Air Studiosで制作されたアルバムです、ご縁あります。
Max Richter – On the Nature of Daylight | DG120 concert – Hong Kong, China
from Deutsche Grammophon – DG
弦楽オーケストラ版です。CDはセッション録音で収録されています。2019年には日本公演も15年ぶりに果たし、3日間で異なる3つのプログラムを公演するという大プロジェクトを成し遂げています。共演を務めたのは、WDOでおなみじ新日本フィルハーモニー交響楽団です。もちろん披露されています。この公式動画は、同年の香港フィルハーモニー管弦楽団との香港公演の模様です。
このほかに、「This Bitter Earth / On The Nature Of Daylight」「Cypher」というリミックス版2曲が15周年記念盤に収録され、トータル4つの新版「On the Nature of Daylight」が誕生しました。
マックス・リヒターが語ったこと。
“『ブルー・ノートブック』の作曲時、私は“非現実の政治”あるいは“政治の虚構”が始まったと感じていました。ありもしない大量破壊兵器を口実にイラク戦争を始めるなんて、不条理そのものではないかと。だから『ブルー・ノートブック』のなかで、不条理という手法で権力構造を批判した作家カフカのテキストを朗読パートに加えることにしたんです。ここ数年、米英をはじめとする世界各地において、ふたたび不条理な要素が強まってきていると感じます。だからこそ、『ブルー・ノートブック』は今の時代にふさわしい作品ではないかと。”
(from 日本公演時インタビュー 2019)
『ボイジャー』~マックス・リヒターが語る「オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト」
from UNIVERSAL MUSIC JAPAN
これは2019年発売ベストアルバム『ボイジャー マックス・リヒター・ベスト』の際に作られた楽曲解説プロモーション動画です。
久石譲「Summer」や「Oriental Wind」が多くの人に愛聴され、多くの人に演奏されているように。マックス・リヒター「On the Nature of Daylight」も、多くのカバーやトランスクリプション(異なる楽器への編曲版)があります。動画サイトをめぐると、いかに広く愛されているかよくわかります。
SIGNUM saxophone quartet & Hila Karni – On the Nature of Daylight (Transc. for Saxophone and Cello)
シグナム・サクソフォン四重奏団という、2020年ドイツ・グラモフォンよりデビューを果たしたアーティストで、そのアルバム『エコーズ』に収録されています。
ほかにも、世界中の演奏家が、オーケストラが、自らの楽器レパートリーにしている、演奏会のプログラムに並べている。奏しながらイメージしているのは、平和の尊さ、命の尊さ、音楽の尊さだったりするのかもしれない。どんなイメージで発信されたとしても、共通する想いはある。聴いた人たちが共鳴しあうような想いが生まれる。言葉の壁を越えてつながることのできる音楽、まさにそんな一曲「On the Nature of Daylight」です。
出会い。
2016年「久石譲 presents ミュージック・フューチャー Vol.3」で、マックス・リヒター「Mercy」がプログラムされたときです。ヴァイオリン&ピアノからなるこの曲、コンサートでは、我らがWDOコンサートマスター豊嶋泰嗣さんのヴァイオリンの音色で、小ホールという至福空間を満たしてくれました。
これをきっかけに気がつくと、約10枚のオリジナル・アルバムと、約30作品の映画/テレビドラマ・サウンドトラックと、聴けるものはどんどん手にとっていきました。そして今、リアルタイムで追いかけている、そんな作曲家です。
知れば知るほど、マックス・リヒターの曲は、いろいろな映画に、いろいろなTV番組BGMに、あるいは美術の個展BGMに、あるいはフィギュアスケートの演技曲目に。多くの使用頻度とあらゆる選曲バリエーションで使われていると気づきます。日常のなかにさりげなく、知らず知らずのうちに通奏している。極めて汎用性の高い、かつ芸術性の高い音楽をつくっているという深みに溺れていきます。
現代曲なのに、いかにもクラシック曲のようなポジションを獲得している曲たち。不思議です。使いやすいけれど陳腐なBGMにはならない。バッハのG線上のアリア、パッヘルベルのカノン、時代を超えた通奏低音のような風格すら感じるマックス・リヒター音楽です。
「On the Nature of Daylight」。最小音型でシンプルに構成された音楽。しっかり印象的でありながら、いかなる映像にもなじむ曲。ひたすらにくり返しながらも同じことのループではない。寄せては返す波のように心地のよいエモーショナル。走馬灯のような心の揺らぎ。いろいろな場面や感情に寄り添ってくれる音楽。聴く人色に染まってくれる曲。そんな音楽的魅力を感じます。
……ふと、久石譲音楽に置き換えたときに、どんな曲だろう? いろいろな候補曲が浮かんできたなかで、しっくりきたひとつ「WAVE」です。もしこの曲が、映画の印象的なシーンに使われる挿入曲だったなら、多種多様なジャンル映画たちに多岐使用されることになったなら。たぶん何の不思議も感じません。なんと素敵な現象だろうと思います。
「WAVE」。最小音型でシンプルに構成された音楽。しっかり印象的でありながら、いかなる映像にもなじむ曲。ひたすらにくり返しながらも同じことのループではない。寄せては返す波のように心地のよいエモーショナル。走馬灯のような心の揺らぎ。いろいろな場面や感情に寄り添ってくれる音楽。聴く人色に染まってくれる曲。そんな音楽的魅力を感じます。(上の「On the Nature of Daylight」と同文)
WAVE
from Joe Hisaishi Official
収録アルバム
むすび。
アルバム『The Blue Notebooks』は、原盤(2004輸入盤/2015国内流通輸入盤)、15周年2CD盤(2018輸入盤)、15周年2CDデラックス盤(2018輸入盤)、SHM-CD盤(2019初国内盤)と4タイプあります。収録曲数の違い、価格、入手しやすさなど、詳細は公式サイトにてゆっくり眺めてみてください。せっかくなら、今回紹介した全バージョンが収録されている2CD盤おすすめです。
公式サイト:ユニバーサルミュジックジャパン|マックス・リヒター DISCOGRAPHY
https://www.universal-music.co.jp/max-richter/discography/
Max Richter – Richter: On The Nature Of Daylight
2018年、15周年記念盤リリースにあわせて、新しく作られたMUSIC VIDEOです。エリザベス・モスが出演しています。音源はオリジナル版(2004)を使用しています。
マックス・リヒター音楽。それは、深く深く自分のなかに降りていきたいときに、深いところで結びつく音楽なのかもしれません。そして気がつくと、自分の知らない内面と対峙することになる。僕にとっては、大切な音楽、大切な時間です。
追記
最新オリジナル・アルバム『EXILES / MAX RICHTER』(2021年8月6日発売)にも「On The Nature Of Daylight」弦楽オーケストラ・ヴァージョンが新録音されています。(とても厳密にいうと、低音シンセサイザーも外した初のオーケストラ楽器のみ録音になります。)また、このアルバムは「レコード芸術 2021年10月号」にて特選盤にも選ばれています。その話は機会あればまた。
それではまた。
reverb.
マックス・リヒター音楽の旅はつづきます♪
*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number]
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