Overtone.第56回 「VOICES 1, VOICES 2/マックス・リヒター」を聴く

Posted on 2021/12/10

ふらいすとーんです。

シリーズ マックス・リヒターです。

 

 

マックス・リヒターとの出会い。それは久石譲コンサートにプログラムされた「Mercy」という曲です。2016年「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.3」で演奏されたヴァイオリン&ピアノのデュオ曲、とてもシンプルで深く心に沁み入ります。

ヒラリー・ハーンが、アンコール・ピースとして作曲家たちに委嘱した小品(5分以内の楽曲)を集めたアルバム『27の小品』(2013)。この時に書き下された提供曲が「Mercy」です。

 

Richter: Mercy

from Hilary Hahn Official YouTube

 

 

そして、ヒラリー・ハーン初のベストアルバム『ヒラリー・ハーン ベスト』(2018)に、ライヴ録音版が収録されます。この音源は同年発表のマックス・リヒター初のベストアルバム『ボイジャー マックス・リヒター・ベスト』にも収録されます。

ここで初めてマックス・リヒター名義のアルバムに収められることになります。作曲家がアーティストのために提供した楽曲を、自身のアルバムにも取り込み発展させていく。久石譲楽曲にもこの流れはもちろんあります。ぐっとおさえたなかにもライヴならではのエモーショナルを感じる演奏です。

 

Richter: Mercy (Live)

 

 

そして2020年。

「Mercy」を重要な核としたオリジナルアルバム『VOICES』が発表されます。とてもおもしろいコンセプト・アルバムです。メーカーからのテキストをご紹介します。

 

 

「世界人権宣言」からインスピレーション。構想10年以上をかけた作品。

◆マックス・リヒターの9作目となるスタジオ・アルバム『ヴォイシズ』は、「世界人権宣言」からインスピレーションを受けて、構想10年以上をかけた作品。

◆第二次大戦後の世界の重大問題に取り組むべく、1948年、国際連合総会で採択された『世界人権宣言』は、エレノア・ルーズベルトを長とする哲学者、アーティスト、思想家らによって草案された。『ヴォイシズ』でリヒターが楽曲との融合を試みるのは、1949年に録音された『世界人権宣言』の前文。冒頭には、ルーズベルト本人の肉声が聴こえる。ルーズベルトとクラウド・ソーシングされた“人々の声” に並び、コラールかつオーケストラル、かつエレクトロニックな音景を補足するナレーションを担当するのは、米国の女優キキ・レイン(2018年ドラマ映画「ビール・ストリートの恋人たち」)。

◆マックス・リヒターのコメント:「考える場としての音楽、というアイディアに惹かれたんだ。今、僕ら人間に考えねばならないことがあるのは、あまりにもあきらかだからね。僕らが生きているのは非常に困難な時代だ。自分たちが作った世界を見回し、絶望と怒りを覚えるのは容易なことだ。でも、問題を作ったのが僕たち自身であるのなら、解決策もまた手の届く範囲にあるはずだ。『世界人権宣言』は人間が前に進むための道を示してくれている。欠点がないわけではないが、より良い、思いやりのある世界は実現可能だという、力づけられるヴィジョンを謳っているんだ」

《VOICES》のプレミア公演は2月、ロンドン、バービカン・センターで60名以上のミュージシャンを集めて行なわれた。それは従来のオーケストラ編成の概念を大きく変える音楽だ。「世の中が上下逆になり、普通だとされるものが転覆する、というアイディアから生まれた。そこでオーケストラを上下逆さまにしたんだ。楽器の割合という意味で」とリヒターは言う。こうして彼が書き上げたのは、12本のダブルベース、24本のチェロ、6本のヴィオラ、8本のヴァイオリン、そして1台のハープのためのスコアだ。そこに加わるのは、12名の言葉のないクワイア、キーボードにリヒター本人、ヴァイオリン・ソリストのマリ・サムエルセン、ソプラノ歌手グレース・デヴィッドソン、そして指揮者のロバート・ジーグラー。この大がかりなプロジェクトのビジュアルは、リヒターのクリエイティヴ・パートナーであるアーティスト/映像クリエイターのユリア・マーが手がけた。

◆Disc-1には、ナレーション入り。そして、Disc-2にはナレーションの入っていない「Voiceless Mix」ヴァージョンが収録される。

(メーカー・インフォメーションより)

 

 

伝えたいことはちゃんと書かれているように思います。ポイントは、【音楽+朗読】【世界人権宣言】【考える場としての音楽】【上下逆さまのオーケストラ編成】などでしょうか。

 

ヴォイシズ / マックス・リヒター
VOICES  MAX RICHTER

[CD1]

1. All Human Beings
2.Origins
3.Journey Piece
4.Chorale
5.Hypocognition
6.Prelude 6
7.Murmuration
8.Cartography
9.Little Requiems
10.Mercy

[CD2]
CD1  (Voiceless Mix) Version

 

 

 

Max Richter – All Human Beings (Official Music Video by Yulia Mahr)

from Max Richter VEVO

1曲目に収録されているアルバムを象徴する楽曲です。フランス語、ドイツ語、スペイン語、オランダ語、英語による【世界人権宣言】ナレーションをフィーチャーした作品になっています。【考える場としての音楽】という発想がすごいなと思います。アルバムを進めていくと、日本語による朗読も聞こえてきます。音楽の力を借りてすっと入ってくる言葉たちに、ふと考えてみる瞬間が訪れるようです。

 

 

Max Richter – Mercy (Official Music Video by Yulia Mahr)

本盤で初のオリジナル・アルバムのなかに「Mercy」、アルバム内の位置とバランス「Mercy」は、演奏者も新たに新録音です。秘蔵っ子マリ・ サムエルセンのヴァイオリンに、マックス・リヒター本人によるピアノです。ヒラリー・ハーン版との音色や演奏の違いをテイスティングしながら味わうものオツです。音の肌ざわりがたしかに。

アルバムからMusic Videoが作られているのは2,3曲です。いかにこの曲が大切なのかが伝わってきます。アルバムの核となっているように「7.Murmuration」は「Mercy」の断片的な素材からできています。

 

 

『ボイジャー』~マックス・リヒターが語る「慈悲」

from UNIVERSAL MUSIC JAPAN

 

VOICES – Max Richter (Out July 31st) (約30秒)

from Max Richter Music

レコーディング風景をおさめたプロモーションです。約30秒のなかで、オーケストラ編成や「Mercy」のひとコマも見ることができます。前半に流れている「4.Chorale」は、聴くタイミングを間違うと涙の洪水に襲われてしまう、そんな楽曲です。

 

 

そして2021年。

構想10年以上をかけて制作されたという『VOICES』の続編が登場します。こちらもメーカーからのテキストをご紹介します。

 

 

世界人権宣言に発想を得て生み出され、大きな反響を呼んだ『Voices』のヴァージョン2!

録音ノート
生きていくのが非常に困難な時代に、「考える場としての音楽」として《VOICES》を発表した。そして、《VOICES 2》はこのコンセプトを発展させたもの。ある意味、この2枚目のアルバムは、1枚目のアルバムで提起された疑問を見つめるための空間とも言える。

最初にリリースした《VOICES》の音楽的な材料に基づいて、《VOICES 2》は音楽的な言語を純粋に器楽的で抽象的な方向に発展させた。このプロジェクトの最初の部分(一枚目の《VOICES》)では、世界人権宣言のテキストに焦点を当てていたが、今作「2」では、これらの言葉やアイデアを深化させるための音楽的な空間を開拓しているんだ。

《VOICES》の最後のトラックだった「Mercy」は、この新しい構成の中で、プロジェクトの終わりではなく、中間点となり、音楽が進むにつれて、「Mercy」のDNAが音楽の風景全体に浸透していく。

ここに収めている曲の大部分は、オリジナルのセッションの一部として録音されたもので、同じプレイヤー達が参加している。数ヶ月間のロックダウンの間に追加のレコーディングをする必要があったのだけれど、アビーロードにある不気味なほど閑散としたスタジオ1の広大なスペースでのピアノソロのレコーディングを忘れることはできない。

– マックス・リヒター

(メーカー・インフォメーションより)

 

 

ヴォイシズ 2 / マックス・リヒター
VOICES 2 MAX RICHTER

1.Psychogeography
2.Mirrors
3.Follower
4.Solitaries
5.Movement Study
6.Prelude 2
7.Colour Wheel
8.Origins (Solo)
9.Little Requiems [Cello Version]
10.Mercy Duet

 

 

「1.Psychogeography」は、前作「1. All Human Beings」の別アレンジ曲です。「3.Follower」は、前作「3.Journey Piece」の別アレンジ曲です。ほかにも、Track.8-10などは曲名からみて別バージョンのそれとわかるものもあります。もしかしたらたぶん、スコアを深く読み解くことができれば、もっと2アルバム作品の構造的つながりや有機的な結びつきがわかってくるのかもしれません。

 

 

Max Richter – Solitaries (Audio)

「Mercy」の素材を使ったオルガン曲です。9/8拍子のなかメロディが巧みなシンコペーションを生んでいるからか、不思議な心地よさがあります。

 

 

Max Richter – Mercy Duet (Audio)

ピアノ2台の「Mercy」です。たぶん上のオルガンver.と同じ9/8拍子だと思うんですけれど、1拍目だけ音符を任意でたっぷり伸ばすようになっているのでしょうか。1拍目だけ1.5拍みたいな(もっとちゃんとロジカルな譜面なのかな?)。これによって独特の揺らぎを生んでいるように感じます。均整なリズムのオルガンver.とは印象も変わってきますね。

 

 

Max Richter, Mari Samuelsen, Robert Ziegler – Movement Study (Audio)

この曲も「Mercy」の素材からできています。オルガン、シンセサイザー、コーラスなど。時間の流れをとめてそこで漂っているような、浮遊感を感じます。神秘的な音空間ですね。余談です、ちゃんと低音が効いてなかったらこんな曲はもっと存在感の薄いものになってしまう、ように思います。

 

 

Max Richter – Mirrors (Official Music Video by Yulia Mahr)

この曲なんかは「Mercy」の素材の反転構造になっているんじゃないかなあと思ったりもしています。楽譜的に?音符的に?鏡に映したような?…「Mirror」というタイトルからも。音楽的なことがわからないから推測の域を飛び出せないところが残念です。

 

ほかにも「7.Colour Wheel」も「Mercy」の素材を使っていると聴ける曲です。

 

 

「Mercy」の存在感。前作『VOICES』で終曲としてフィナーレを飾ったと思っていたら、続編『VOICES 2』でDNA(素材)として張り巡らされるようにアルバム全体に浸透していく。聴いてすぐにわかるものから深く読み解くことができたときにわかるようになるものまで。

もしかしたら、これからもヴァリエーションがふえていく、新たに発展していく、そんな曲なのかもしれません。もしかしたら、代表曲「On The Nature Of Daylight」のように、映画をはじめ使われるメディアが増殖していく、そんな曲なのかもしれません。マックス・リヒターにとって、大切なテーマを秘めた一曲であることは、たしかなようです。

 

 

『VOICES』『VOICES 2』の発売形態は、CD輸入盤・デジタル配信となっています。CD日本盤はなくライナーノーツなどで作品を理解できる楽しみはありません。とは言うものの、作品発表時にウェブや誌面でマックス・リヒターのインタビューを見れることが近年増えています。作品を理解するうれしい手引きになります。

 

いくつかご紹介します。

 

「第1条と第2条に謳われている〈自由〉と〈平等〉は、基本的人権の中でも最も重要な理念です。したがって、この条文を繰り返し朗読させることで、自由と平等が世界人権宣言の〈メインテーマ〉というか、〈ベースライン〉だということを強調したかったのです」

「世界人権宣言の理想が現代社会で必ずしも達成されているとは言えないため、それを音楽でどのように表現したらよいのか、というのが発想の出発点です。ふつうオーケストラというと、ヴァイオリンのような高音域のパートが大きな比重を占めています。でも、それとは逆に、低音域を重視した編成が存在してもいい。私自身、低音や低周波のサウンドが好きですしね。そこで、高音域と低音域の比率を逆にした編成、すなわち〈アップ・サイド・ダウン・オーケストラ〉を用いることで、私たちの生きる現代社会が理想とかけ離れた〈反転状態〉になっていることを示したのです。一種のメタファーとしてね」

出典:Mikiki|マックス・リヒター(Max Richter)、人権と正面から向き合ったマーラー風の新作『Voices』を語る より一部抜粋
https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/26580

 

 

──『VOICES 2』について。これは構想10年以上という『VOICES』のパート2と考えていいのでしょうか? 2枚のアルバムの相関関係を教えてください。

”『VOICES』は世界人権宣言の言葉を中心に出来上がっているが、まったく言葉を持たないインストゥルメンタルのパートもある。そこは人言宣言の言葉を聴き手が考え、省みるためのスペースだ。

その考えるための場所をさらに広げたのが『VOICES 2』だ。なので僕はこの2枚を一つのプロジェクトとして捉えている。『VOICES』は情報、人権宣言の言葉をそこに存在させることが目的だったが、『VOICES 2』ではその言葉について考えてほしいということだ。その意味では1枚目はマインド(頭脳)で、2枚目はハート(心)で聴くアルバムだ。”

 

──『VOICES 2』を聞いてほしい人はどんな人ですか?

”全員さ(笑)。『VOICES』は本能から生まれたものだ。ここ数年、僕らはいろんな意味で道を失っていたと思う。20世紀の後半は第二次世界大戦の暗い時代からの脱却、復興、人類にとって素晴らしい世界を再構築するべく声明、つまり世界人権宣言という形で一歩を踏み出したわけだが、そのどこかで人間は道を失ってしまった。

近年、世界各国で見られるナショナリズムの台頭、ポピュリズム(大衆迎合)、ゼノフォビア(外国人排斥)といった動きはどれも民主主義、文明社会に逆行するものだ。ある意味、歴史を逆戻りしてしまっている。「僕らはこんなんじゃなかったのではないか?」「こここまで頑張ってやってきたのではなかったのか?」 それをリマインドする曲を作れないものかと思っていた時、この美しい(世界人権宣言の)言葉があった。そこで思ったのさ。一瞬この言葉だけを考える時間を持とう……とね。

ここで謳われているのは可能性、そして未来。それは人の心を鼓舞させる。誰の心をもだ。つまり僕を含め、あらゆる人のためのものなんだ。ライヴで演奏された曲を聴き「人権宣言の存在は知っていたが、その内容を初めて知り、なんと素晴らしいことが謳われているんだろうと知った」というコメントも多くもらった。実際、本当に素晴らしい内容なんだよ。だからこそ『VOICES』は存在するんだ。”

出典:Qetic|Interview MAX RICHTER より一部抜粋
https://qetic.jp/interview/max-richter/393560/

 

 

 

マックス・リヒターは社会派作曲家のくくりに閉じ込める作曲家ではありません。それよりも、音楽のあり方を追求している作曲家なんだと思います。常に実験性をもった音楽づくりをしています。芸術・文学・歴史といったあらゆる要素を取り込みながら現代の音楽として提示している。オリジナル・アルバムにはこういった作家性が如実に現れています。

もし20年くらい前に登場していたら。”癒やし系音楽”のカテゴリーで消耗される不運にみまわれてしまったかもしれない。そのくらいシンプルだし聴いてすぐすっと入ってくるとリスナーは感じてしまうマックス・リスター音楽です。聴き方によってはすぐにすべてわかった感じにもなるし、安直だ浅いと感じる人もいるかもしれません。

音楽に癒やしはあっていいと思います。が、イージー・リスニング的扱いをするにはもったいない。シンプルな旋律や構造といった音楽が最大化して効果を発揮する。一滴のしずくがいつしか大河となるように。ミニマムのなかからマキシマムを生みだすマックス・リヒターの音楽には、人が持っているのと同じ潜在的パワーを感じます。

 

 

 

久石譲楽曲に「Absolution」というのがあります。映画『花戦さ』のために書かれた楽曲「赦し」です。のちに自作品『ASHIAN SYMPHONY』の第4楽章として組み込まれました。経緯や詳細については、興味あったらぜひ紐解いてみてください。

マックス・リヒターの「Mercy」と久石譲の「Absolution」。作家としてかたちにしたいこと伝えたいことは、共鳴するなにかがあるのかもしれませんね。辞書をひくように言葉から探求してみたい。「慈悲」と「赦し」に共通するひとつは[苦しみを取り除く]ことでしょうか。もっと深く深く音楽と言葉によって真意が心のなかに降り積もっていったらいいなと思います。

 

それではまた。

 

reverb.
12月10日は「世界人権デー」です。

reverb.
2021年は初めて月1Overtoneを達成できました。そしてコンサート・レポートのOvertoneから久石譲ベスト2一口コメントまでたくさんいただきました。ありがとうございました。

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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