Posted on 2019/10/20
2020年2月26日、久石譲コンサートがオーストラリア・メルボルンで開催されます。
2020年2月29日には、同じくメルボルンにて「久石譲 シンフォニック・コンサート スタジオジブリ宮崎駿作品演奏会」も開催されます。 “Info. 2020/02/26 「Joe Hisaishi in Concert」久石譲コンサート(メルボルン) 開催決定!!” の続きを読む
Posted on 2019/10/20
2020年2月26日、久石譲コンサートがオーストラリア・メルボルンで開催されます。
2020年2月29日には、同じくメルボルンにて「久石譲 シンフォニック・コンサート スタジオジブリ宮崎駿作品演奏会」も開催されます。 “Info. 2020/02/26 「Joe Hisaishi in Concert」久石譲コンサート(メルボルン) 開催決定!!” の続きを読む
2019年10月15日 発刊
久石譲が本格的に書き下ろした長大な交響曲「THE EAST LAND SYMPHONY」のスコア。
THE EAST LAND SYMPHONY
「THE EAST LAND SYMPHONY」は2011年に着手し、2016年の夏に完成した。全5楽章で約45分かかる規模の大きな作品になり、第3、5楽章にはソプラノも入る。
タイトルの「THE EAST LAND」は「東の国」つまり「日本」であり、その日本の中の東の国は、「東北地方」を指す。作曲の過程で起きた東日本大震災が何らかの形で影響していることは間違いない。もちろん社会的な事象を表現しようと思って作曲した訳ではない。音楽は音の構成のみで成立するべきだというのが僕の信条だが、人として、我々はどこに行くのか? 世界のカオス(混沌)の中でどう生きるのか? という思いはあり、そんな中でも生きる勇気と力を持ち、自分を見失わない日本人であってほしいという願いを、作曲しながら常に持っていた。
第1楽章「The East Land」と第2楽章「Air」は2011年に作曲した。核になっているのはセリー(音列)*的な要素とミニマルを合体させることで、全体を覆う不協和音はその結果である。第1楽章の中間部を過ぎてからアップテンポになるのだが、そこで炸裂する大太鼓はまるでクラブのキックドラムのようで個人的には気に入っている。また第2楽章は、鍵盤打楽器が大気の流れのように止め処なくくり返される。少し抽象的な表現をすると「時間の進行を拒否した」ような佇まいだ。最も作曲に時間を要した曲でもある。
(*セリー:音列のこと。特に十二音技法においては、すべての音を1回ずつ用いて構成する。)
第3楽章「Tokyo Dance」は、「自分と自分の周りだけが大切、世界なんかどうでもいい!」というガラパゴス化した当時の日本(東京)を風刺したソプラノの楽曲だ。ロンド形式のように構成したが、中間部、後半部は英語とミックスしながら『平家物語』と同じ諸行無常を歌っている。娘の麻衣が作詞を担当し、何回か書き直しをしていく過程で数え歌というアイディアが浮かび、いわば「東京数え歌」ともいえる楽曲になった。また第3~5楽章は2016年に作曲した。
第4楽章「Rhapsody in Trinity」は前曲と同様にブラックな喜遊曲だが、全体のクライマックスを構成するために第1楽章のモチーフが再現される。また日本的なもの、西洋的なものが、激しく交差してカオスを作っている。11/8拍子という何とも厄介なリズムもそれに貢献している。
第5楽章「The Prayer」は最小限の音で構成されたシンプルな祈りの楽曲だ。ソプラノで歌われる言葉はラテン語のことわざ辞典から選んでいる。後半に現れるコラールはバッハ作曲の「マタイ受難曲第62番」からの引用だ。このシンフォニーを書こうと考えたときから通奏低音のように頭の中で流れていた。
久石譲
(「THE EAST LAND SYMPHONY」スコア より)
補足)
上記文章は、英文併記されています
編成表、オリジナル歌詞(日本語/ラテン語)、訳詞(英語) 収載
including INSTRUMENTATION, TEXT and TRANSLATIONS
●初演情報
【第1楽章のみ初演 (『交響曲第1番 第1楽章』として発表)】
2011年9月7日 東京・サントリーホール
指揮:久石譲
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
【全楽章初演 (『THE EAST LAND SYMPHONY』)】
2016年7月29日~8月10日
「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2016」
指揮:久石譲
管弦楽:新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ
ソプラノ独唱(ダブルキャスト):市原愛・安井陽子
●World Premiere
【Symphony No.1 1st movement】
September 7, 2011 – Suntory Hall, Tokyo, Japan
Joe Hisaishi, conductor
Tokyo Philharmonic Orchestra
【THE EAST LAND SYMPHONY with five movements】
July 29, 2016 – August 10, 2016
“Jpe Hisaishi & World Dream Orchestra 2016”
Joe Hisaishi, conductor
New Japan Philharmonic World Dream Orchestra
Ai Ichihara / Yoko Yasui, soprano solo (double cast)
JOE HISAISHI
THE EAST LAND SYMPHONY

I. The East Land
II. Air
III. Tokyo Dance
IV. Rhapsody of Trinity
V. The Prayer
(全5楽章)
演奏所要時間:約45分
スコア/菊倍判/192頁
JAN: 4511005103918
ISBN: 978-4-11-899712-4
定価:4,500円+税
全音楽譜出版社
※レンタル扱いのパート譜は全音楽譜出版社にて取り扱い
全音楽譜出版社|レンタル楽譜
https://www.zen-on.co.jp/rent/
◎音源は久石譲『Minima_Rhythm III ミニマリズム 3』に収録されています。

Posted on 2019/08/29
コニカミノルタプラネタリウム“天空”in 東京スカイツリータウン(R)(東京・押上)では、2019年10月12日(土)より新上映作品として「To the GRAND UNIVERSE 大宇宙へ music by 久石譲」を上映いたします。
本作は、2018年12月にオープンした姉妹館であるプラネタリア TOKYO(有楽町)で上映を開始し、すでに観客動員数7万人を突破した、人気のプラネタリウム作品です。 “Info. 2019/10/12 プラネタリウム”天空” 『To the Grand Universe 大宇宙へ music by 久石譲』上映開始 【10/13 Update!!】” の続きを読む
第3回 Young Composer’s Competition 優秀作品の受賞者が決定いたしました。
優秀作品は《MUSIC FUTURE Vol.6》コンサートにおいて世界初演いたします。
詳細は公式サイトをご覧ください。 “Info. 2019/10/11 第3回 Young Composer’s Competition 優秀作品受賞者決定 「MUSIC FUTURE Vol.6」コンサート披露” の続きを読む
Posted on 2019/09/29
9月27日、28日、「Joe Hisaishi in Concert」久石譲ニューヨーク公演がカーネギーホールで開催されました。
2018年11月、初のニューヨーク公演は同じくカーネギーホールでのジブリコンサート。そして同月「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.5」もカーネギーホールのザンケルホールで開催されました。 “Info. 2019/09/29 《速報》「Joe Hisaishi in Concert」(ニューヨーク) プログラム 【10/10 Update!!】” の続きを読む
Posted on 2019/09/23
今年夏コンサート「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2019」が早くもTV放送されます。今年はスカパーかあ、と諦めるのはもったいない!視聴できる方法まとめました。 “《号外》BSスカパー!「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2019」を見よう ~まとめ~” の続きを読む
8月1日から8月12日まで国内7都市8公演で巡った「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2019」コンサートツアー。いよいよ早くもBSスカパー!にてTV放送決定しました! “Info. 2019/10/20 [TV] 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2019」BSスカパー!放送決定!!” の続きを読む
久石譲のスコア『THE EAST LAND SYMPHONY』が10月15日、全音楽譜出版社より発売されます。 “Info. 2019/10/15 「THE EAST LAND SYMPHONY」全音楽譜出版社 発売決定!” の続きを読む
Posted on 2019/09/20
雑誌「新潮45 2018年7月号」に掲載された養老孟司×久石譲 対談です。10ページに及ぶ知的充実の対談は、折にふれて話題にのぼること、今いちばん気になっている事などが語られています。同誌2012年にも対談は行われています。また、『耳で考える -脳は名曲を欲する』/養老孟司×久石譲(角川書店・2009刊)はたっぷり一冊知的好奇心をくすぐる本です。こうしてみると、時期ごとに対談が叶っている組み合わせ、次の機会も楽しみになってきます。
対談 作曲の極意を知りたい
養老孟司(解剖学者)× 久石譲(作曲家)
作曲家、久石譲からあふれる旋律の数々は、どこから生まれてくるのだろう。最近は指揮者としても活躍中だが、その源泉はどこにある? 長年親しい養老孟司が、久石譲に、音の世界について聞く。
久石:
高畑勲監督が亡くなられて(数日前に訃報が)……、お世話になっていたのでショックでした。
養老:
直接お会いする機会はなかったのですが、宮崎(駿)さんからよく話を聞いていました。
久石:
『かぐや姫の物語』(2013年)で音楽を担当して御一緒したのですが、ラストにかぐや姫が月に帰る、育ててくれたおじいさんおばあさんと別れるシーンがあります。ここはどういう音楽にしますか? と聞いたら高畑さんはニヤッと笑って「まだプロデューサーに話していないんだけど、ここはサンバでいこうと思って」とおっしゃる。普通お別れの場面は悲しい音楽のはずだから、えっ!? とこちらはフリーズしました(笑)。
理由はというと「よく考えたら月の世界というのは悩みも悲しみも一切ない。かぐや姫も月に行ったら、地球で起こったことは全部忘れちゃって、幸せになるんだ」と。ある種の仏教の極楽の世界でしょうか。煩悩が一切なく、真の悦楽を得た人たちはいったいどんな音楽を聞くのかと考えたら、サンバになったわけです。
養老:
確かにそうなりますね(笑)。
久石:
大変なものを引き受けたぞと思いました(笑)。高畑さんは、非常に論理的な判断をすると同時に、感覚的に「それならサンバだ」というアイディアが噴出してくるので、その辺の折り合いの付け方がうまいんです。
その根底に「僕はオプティミスト(楽天主義者)で、楽しいことが好き」とおっしゃる高畑さんの本質があると思うのです。論理か感覚かという時、うまくスライドできるんですね。楽天的だと自分で言ってしまうすごさが、強さでもあるのでしょう。
ただし、周りは苦労します(笑)。簡単に言うと、今日7時間話し合ってAに決めたはずが翌日には変わって完全にBにシフトしていて、なぜBかを延々と話す。さらにその翌日になるとまた変わる。世間的には「ぶれている人」なわけです。
ところが結果的に、瞬間ごとに本人は確信的に思ったことをストレートに言っているだけだから、ぶれているわけではない。そしてああいうすばらしい作品ができあがるんです。僭越ながら、もう2、3本は撮ってほしかった。次に構想されていた『平家物語』を観てみたかったです。
養老:
存在自体が貴重な方でしたね。
久石:
『遺言。』(80歳にして養老が久しぶりに書き下ろした新書)を読んだときに、目や耳に光や音が入るのを捉える「感覚所与」と、意味を見出してそこに価値を置く「意識」の行き来が無理のない方として顔が浮かんだのが高畑さんでした。飄々と軽やかで素敵な方で、養老先生と重なるところも実はありまして。
養老:
そうでしたか。
絶対音感のように「違い」をきちんと捉える感覚か、言葉のように「同じ」を追求する意識か、自分なりに考えてどちらかを消すんでしょうね。「現実」や「事実」か、それとも「論理」か。理屈でやるときは徹底的に理屈でやり、感覚でやるときは、徹底的にそちらでいく。
僕も標本をつくったり見たり、人体でも虫でも同じですが、具体的な現実を扱うときは、理屈を全部外してそのまま受け入れるようにします。
久石:
実作業のときは感覚的な処理をするけれど、そこから離れると論理をまた考え直す──その行き来なんですね。
養老:
記憶で絵を描いているようなものです。景色を見ているときは、絵を描いてはいない。
久石:
宮崎さんがそうですね。写真を撮るようなことは一切しないで、対象をひたすらじっと「観る」。映像記憶が特に強くて、ご自分で「後で絵を描くときには、要らないものは切っている」とおっしゃるのを聞いたことがあります。感覚で捉えた自分の世界を論理的に再構築されるのかなと想像しています。
養老:
高畑さんと同じように、かなりそこはアクロバティックですよね。観ているときは、理屈の方を落としているんでしょう。それを意識的にではなく、苦労なしになさっている。
感覚と意識の間を行き来でき、その上で何かものを創っている人に最近は話を聞くようにしていて、だから今日も、久しぶりに久石さんとお話ししたかったんです。
ものを作るインテンシティー
久石:
うかがいたかったのはまさに、感覚と意識のその関係です。作曲という行為を日常的にしているといつもこの二つの間を行き来します。インテンシティー、集中させる力とでもいうのか、決定的な原動力になるのは意識なのか、感覚なのか。
養老:
それはどちらでもないでしょう。レベルが違う。情動の中心は深くて、脳で言うと辺緑系にあります。
久石:
基本的に感覚で突き動かされないと作業ができない面があります。これがなんとも厄介でして。
養老:
理屈では語れないから僕も、ずっとそこをしゃべるのは避けています。しゃべることは理屈にすることだから、必ず落ちる感覚がある。
あえて言えば、一番極端なのは連続殺人犯です。扁桃体の活動が高過ぎるのに対してブレーキが弱い。普通の人はブレーキをかけられるんですが、それが弱い人がいます。
久石:
「ブレーキ」とは、感覚が暴走するのを止める……?
養老:
ブレーキをかけるのは意識の働きです。だから道徳律は「してはいけない」という禁止で伝えます。「しろ」という道徳律はないんです。
作曲とは違うけれど、ものを書く時で言えば、僕は、あまり締め切りには苦しめられません。嫌なら嫌なりに、どうせ嫌なんだから、割り切って意外に「やっちゃう」。
久石:
僕は…時間的制約の締め切りがなければだめですね(笑)。作曲家で締め切りなしで書いていたのはシューベルト(1797~1828)とプーランク(1899~1963)くらいです。
シューベルトは、浮かんだらとにかく書く。演奏されないものも多く、少々粗っぽくソナタ形式としては破綻しかけているのですが、ある意味伸びやかさを感じます。
プーランクは、比較的小さい作品が多く、日曜日に「いい日だな。曲を書こうかな」という具合に、これもあまり苦労が感じられなくて、羨ましい(笑)。
対してハイドン(1732~1809)は毎週行われる晩餐会などの演奏会のために曲を書かねばならなかったのですが、フォームが固まっているから、生涯で104曲(実際にはもっと多い)もの交響曲を書いています。モーツァルト(1756~1791)も短い生涯で交響曲を41曲書いています。理屈としては、土台にソナタ形式というフォームがあるので、第一、第二とテーマをつくると、必然的に次の展開が決まっていく。だからフォームがきっちりしている時代の音楽は、量産が可能だったのです。
音楽の歴史を見ていくと、例えばバロック、古典派時代くらいまでは基本的にフォームを重視しており、感覚を音の形にする表現方法がありました。音の「明るい」「暗い」自体が感情表現になり始めるのはバロック時代以降です。機能和声といって、それまでのポリフォニー(多声部音楽)と違って和音の進行が重要視されてきます。ポリフォニーの代表的な作曲家はバッハやヘンデル、ビバルディで、古典派ではハイドンやモーツァルト。このあたりまではフォームを保っていた。
養老:
どのあたりから変わるのですか?
久石:
ベートーヴェン(1770~1827)の時代ではっきり変わります。長調、短調の明快な長三和音、短三和音が感情を表現し始めます。明るい、悲しい、楽しいといった感情を記号的に和音の変化で表現できるようになる。メロディーラインの登場です。自ずと、観客は感情移入という行為を促されます。
観客の人数も、20~30人の宮廷での小さい晩餐会から、100、200……1000と増え、規模が大きくなると、宮廷や教会のものだった音楽が民衆のものになりました。要するに一般人が来て聴くようになった。その段階で大衆性が強くなります。
音楽の在り方自体も巨大になり変わっていきました。モーツァルトが交響曲を41曲書けたのに対してベートーヴェンは9曲しか書けないという構造になるんです。
養老:
作曲家の在り方も変わりますね。
久石:
音を選んでいく行為は、養老先生の虫採りと同じですべて感覚に拠るものです。とはいえ「音楽」とするにはそれを意識的に、立体的に組み立てる行為が必要になる。浮かんだことを書くのはアマチュアにもできることですが、作曲家は、それを有機的にまとめなくてはいけない。
そうなると、作曲とは意識的なものと感覚的なもののあいだを絶えず行き来しながら、規制をかけ、同時にそんな組み立てを壊したいという葛藤との狭間でつくっていく行為なのだとつくづく実感しています。
養老:
音楽が感情の表現になったというのはおもしろいですね。19世紀の末に『クロイツェル・ソナタ』(ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第9番に因んだ、トルストイの短編小説)の中で、ベートーヴェンの曲は人を動かすけれど、このわきおこる情動をどうしてくれるんだと文句が書かれています。
久石:
ベートーヴェンは煽りますから。
養老:
ニーチェが「ディオニュソス的」と呼ぶ創造的、激情的なもの。
久石:
危険なものともいえます。音楽はアフリカにもアジアにも、世界中にある。日本にも独自なものがある。ところがいま世界の多くの人が聴いている西洋音楽(クラシック)というカテゴリーは、ほとんど4世紀以内、たった400年に収まる範疇の音楽です。
そのピークにいるのがベートーヴェンだと思うのです。僕はいま、ベートーヴェンの交響曲全曲演奏とCD化に取り組んでいます。論理的でもあるのになぜこんなに人の情動を煽るほどに感覚的なのか。譜面の奥に含むものが圧倒的で、驚くことばかり。おもしろくてたまりません。
でも、実はベートーヴェンと同じような人が当時は何百人といたはずです。時間が経って振り落とされ、その中でも最も強い人が音楽史上に残った。ベートーヴェンよりも当時売れた人はもっといるだろうし新しいことをやった人もいっぱいいる。でも、残ったのはベートーヴェンだった。
それこそ養老先生がいつもおっしゃっている「唯一性」だと思います。世界を感覚で捉えたら同じものはひとつもない。そして、その世界で「美」を基準に優れたものが芸術として残る──。
音楽史としては、その後ロマン派になったころから文学、言葉の世界が入ります。詩をもとに音を構成するのです。シェーンベルクやウェーベルンが出てきて十二音技法になった段階で、あらためて、フォームを重要視する時代になっていきます。
養老:
現在はどうなっているのですか?
久石:
不協和音の現代音楽が山ほど出ており、基本的にすべて現代の音楽は意識中心です。もちろん音を選ぶのは感覚ですが、誰のためなのかというと、自分だけで完結している。必然的に観客は離れます。音楽にそんなものを求めていませんから。
『遺言。』で、今の時代は意識が中心になっているから少し考えようよ、と書かれています。実は、個人の集合やつくりだす各時代の語法や思考にも、意識に近いときと感覚に寄るときと、揺れるうねりが絶えずありますね。音楽の歴史でも同様です。
養老:
いつごろから譜面を使うようになったのでしょう?
久石:
最初は、単音をユニゾンで歌っているだけで、『グレゴリオ聖歌』の5世紀ごろには譜面なんてありません。備忘用として、1本の線でコブシのような音の高低が書かれているだけ。この線がだんだん増え、音の長さや音程を五線で表すようになるのが15世紀のルネサンスのあたりです。
それまでの音楽は基本的に覚えたことを歌うか、即興演奏でした。ところが記譜によって例えば対旋律など、ありとあらゆる可能性を文章のように吟味できるようになっていきます。それが作曲です。つまり、譜面ができた段階で作曲家が現れた。
16世紀を過ぎたところで、長三和音、短三和音が出てきて、メロディーと和音とリズムという非常に明快な分業体制ができあがりました。そうすると、メリハリがついて気持ちがいい。和音が音楽の感情表現をさらに可能にしたんです。
状況内と状況外
養老:
文学で、情動をむやみに動かしても意味がないという批判があります。チェーホフ(1860~1904)について哲学者のシェストフが『悲劇の哲学』という本で書いていましてね。チェーホフは、がんで余命いくばくもない医学部の老教授のことをきれいに書いていて、これがいいんですよ。名声を得ていて、弟子の第一助手が娘のお婿に決まっていていい奥さんがいて、それなのに家族にも何もかにもうんざりしている。それをただずっと書いていまして、なぜか読ませる。ずばり『退屈な話』っていう作品です(笑)。
久石:
どれだけ退屈なのか(笑)。
養老:
シェストフが指摘したのは、あれだけの才能をなぜ虚無的な無駄話につぎ込んだのか。僕は作品も『悲劇の哲学』も大好きですけど。
久石:
今度読んでみよう。
養老:
つまり、19世紀の文学は情動というものを処理しきれていない。あの才能を以てすれば人の感情を動かせるのだろうけど、チェーホフはそうしません。
久石:
『桜の園』も暗いですしね。
養老:
じゃあ、あの人は暗い人かというと、どうもそうじゃない。
久石:
医者になって、それなりに成功していますよね。
養老:
当時流刑地だったサハリンまで行ってね。囚人の環境が劣悪だと訴えて人道的な記録も残している。ところで、若いうちはミニマル・ミュージックをやられていたでしょう。
久石:
そのときは意識寄りでした。「こうあらねばならん」というものを一生懸命につくっていました。
ところがその後に始めた映画音楽はメロディー重視で、逆なんです。エンターテインメントは、人をどう感動させるか、どうインパクトを出すのかが大切ですから、今度は感覚ばかり使います。そうなるとバランスをとるために論理的であるミニマルな要素をどんどん増やしたりしています。
いま僕が気に入っているやり方は、観客が見るときの手助けにとどめる方法です。あえて、登場人物の気持ちに寄り添う音を極力少なくする。それから状況説明の音楽も極力減らす。客観的なところで音を付ける。
演じている人が泣いているところに輪を掛けて悲しい音楽を流すのは愚の骨頂だと思うから、距離を取るというやり方です。ストーリーの邪魔をする必要はありません。
養老:
僕はテレビで風景を見るのが好きなんだけど、時々音楽がうるさすぎて「これさえなければいいのに」と腹が立つことがあります。
久石:
そう、邪魔する音楽は本当に多いです。フィクションの映画につける音楽の根本もまたフィクションです。つくりものの極致が映画音楽なんです。僕らが会話の中で笑ったときに「ちゃんちゃか♪」と楽しい音楽は鳴らない。でも映画では鳴る。
だから嘘めいたものが映画音楽だと言える一方で、嘘めいていないのは状況内音楽です。例えばわれわれがこのまま隣の赤ちょうちんに行ったとして、そこで演歌が流れていたとする。状況で流れているから、それは不自然ではない。この状況内と状況外をうまく使い分けることが大事です。
黒澤明監督の『野良犬』(1949年)という映画があります。三船敏郎扮する若い刑事が木村功扮する犯人に拳銃を奪われ、その銃で殺人事件が起こり、ラストシーンに郊外の新興住宅地のそばで二人が泥にまみれて殴り合いをします。その最中に新興住宅地の若奥さんが弾くピアノ練習曲の『ソナチネ』が流れる。これは状況内音楽です。ピアノが自宅にあるようなブルジョアの戦後社会の象徴と、たまたま片方は刑事で片方は犯人なだけで所詮は同じ戦争引き揚げ者たちの対比。この構図では『ソナチネ』を流しただけで、二人とも戦争の犠牲者だと瞬時にわかるのです。言葉で説明するとくどいことが音で見事に表現されている。
映画の音楽を丁寧につくるというのは、こういうことで、これをやらなくてはいけないと思います。名作と言われている映画は、この辺が巧みです。
言葉と音楽
久石:
言葉というものが、感覚で捉えたことを伝えるためにできたとしたら、それぞれのものに名詞が付き、それを組み立てる文章が書きとめられ、吟味されなくてはなりません。
音楽でいうと、五線譜ができ作曲家が誕生し、音楽として発展を遂げました。音楽にも通じるのでうかがうと、言葉が生まれてから表現手段となるまでにどのぐらい時間がかかったんですか?
養老:
相当かかっているんじゃないでしょうか。文字の始まりは、「ウマ何頭」といった税金の記録ですよね。そこから都市をつくり、最初に書かれたのがおそらく「誰々がこう語った」という対話録でしょう。
『論語』はご託宣ですけど、プラトンも『新約聖書』も言ってみれば誰かが語ったものです。同時多発的に四大文明で出てくるのが、「語り」であり、その語りの記録に対して解説がなされていく。中国では、「先生はこういうことを言おうとした」と「子曰く」で解釈をする「訓詁」の概念があり、それが中国語自体の成立に結びついたと思います。
その注釈を全部知っていないと科挙に合格できないのは、一つの言葉にはそういう背景があるという認識が共有されていたからでしょう。
ソクラテスが「書かれた言葉」を嫌ったのは、実際の状況が消えれば感覚世界が失われるからだったと直感的にわかります。だから「対話」だったのでしょう。それを無視して平気でやったのがプラトンで、だからプラトン以来、言葉の学問ができていく。ソクラテスの時代はまだ、感覚と切ってはいけないという考え方があったんでしょうね。現場の状況と言葉を切り離すと、言葉が独立して動き出してしまうからと。
久石:
それは音楽でも同じですね。譜面ができたことで、譜面上で作曲家が組み立てを行うようになった。
曲は人工物であり、所詮個人の思いに過ぎないのではないか。言葉が独立して勝手に動き出すのと同じように、本来音楽は、もっと日常的なものだったはずが、勝手な自己運動に入ってしまっているのではないか。こうなると作曲家という存在は必要なのか、いつも考えてしまうんです。
なにしろ譜面は演奏家に再現可能をもたらします。演奏された音は自分のつくったときのものとは異なりますし、それなら自分とはなんぞやと問えば、音は扱っているし構成はしているけれども……ねえ? どんなに作曲をしてもその疑問は消えません。
そもそも今や、音楽家の基本は譜面なんですよ。オーケストラは、年間で優に100回以上のコンサートをやります。譜面を見て、たった1回か2回の練習で本番をこなす能力がないといけないとなると、クラシックの音楽家にとって最も重要なことは目で譜面を読む能力です。耳も、もちろん必要ですが、目で読み取って音にする視覚の能力がなければ、クラシックは成立しません。実質的に作業の半分以上は「目から入れた情報を変換しているだけ」となりかねない状況なのです。
指揮者として見える世界
久石:
それでいて譜面は不確実です。なにしろ細かいことを書いていたら8小節書き切るのに1ヵ月はかかります。例えば「タータランタタタララン」という場合に「タータラン」なのか「タンッタラン」なのかは譜面に細かく記されていないし、放っておけば、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンのユニゾンで演奏されるニュアンスが異なる場合もある。
それを揃えるのは指揮者の役割ですし、譜面は輪郭にしか過ぎず、解釈や情動、味わいまでは、どうしても書き切れません。
となると、指揮をするということは、譜面に感覚所与を生じさせることなんです。基本はそこに感覚を与えて、埋もれているパートを立体的に組み立てていくという作業になる。指揮するときも、感覚と意識の両方を駆使しながらしているのです。
作曲と指揮を並行するようになって、面白い発見がありました。「美は乱調にあり」という言葉がありますよね。論理的なものと感覚的なものは、絶えずせめぎ合っています。どんな名曲でも必ず整合性が取れない、どうしようもない部分が出ます。感覚と意識とが、どうにも折り合いがつかなくなって破綻する部分で、ベートーヴェンの中にもあります。その破綻部分に実は、その本人特有の何かが如実に出てきます。僕は、それを見つけるのがうれしくて指揮をしているようなものです。
養老:
「あれ?」っていう部分だな。
久石:
はい。どんなにいい作品でも必ずあります。その矛盾した所に、ほんとうは何がやりたかったのかが逆に見えてきて、それが一番楽しいかもしれません。
音楽が他の芸術と違うのは、譜面に表されたものが再現されること。そして、そのために演奏家という特別な集団がいること。この2点です。絵画なら個人の筆で完成するのですが、音楽は演奏されないと意味がない。しかも音というのは必ず時間の経過を伴い、論理的であり複合的になります。
養老:
「古池や蛙飛びこむ水の音」ですね。古池が目に映り、耳には水音が入る。短い中に時間と、そして芸術のすべてが含まれています。だからこそ、名句なのです。若いうちは「古池がどうしたんだよ」「カエルがいて当たり前だろう」と何であんなものがいい俳句なのかわかりませんでしたけどね。
久石:
見事に時空がありますね。
養老:
運動も入っていますし。よくもあの十七文字の中ですべてを表現したものです。
久石:
そこに世界が全部凝縮されていて、音が活きる空間があの言葉の中に描き出されているのですね。
(新潮45 2018年7月号 より)


Posted on 2019/09/19
クラシック音楽誌「レコード芸術 2018年4月号 Vol.67 No.811」に掲載された久石譲インタビューです。巻頭カラー連載「青春18ディスク」コーナーに登場、前号3月号では前編・本号4月号は後編、2回にわたっていろいろなエピソードとともに思い出のディスクが紹介されています。
青春18ディスク
私がオトナになるまでのレコード史 (4)
今月の人●久石譲 後編
協和音もリズムもあって反復する音楽を”これが最先端”なのだと突きつけられた瞬間、世界がひっくり返るくらいに驚いた
ききて・文:飯田有抄
ミニマル・ミュージックとの衝撃的な出会い
現代音楽とジャズにすっかり魅了される高校時代を過ごした久石譲。新しい音楽のレコードを積極的に聴く姿勢は、国立音楽大学作曲科に入学後も続いた。
「シェーンベルク、ウェーベルン、ベルク、そしてブーレーズの作品へ……と音楽史の動き通りに追っていました」
大学では入野義朗氏のもので十二音技法を学ぶなど最新の音楽語法に触れていく。そんな学生時代も後半になると、自作品によるコンサートを開くようになった。
「作曲家の北爪道夫さんや長与寿恵子さんらと作品を持ち寄って、N響の打楽器奏者・有賀誠門さんなど一流の方に演奏をお願いしていました。300席ほどあった朝日生命ホールにお客さんの姿はポツン、ポツン……僕の親戚、あいつの親戚という具合(笑)。奏者の方にはなんとかギャラをお支払いし、アルバイト代でホール使用量を払う日々を送っていました」
そんな中、衝撃的なレコードに出会った。テリー・ライリーの『A Rainbow in Curved Air』だ。
「あまりのショックで3日間くらい寝込んだと思う。自分たちは不協和音や非拍節的な音響を用いて新しいことをやっていたつもりだったのに、協和音もリズムもあって反復する音楽を”これが最先端”なのだと突きつけられた瞬間、もう世界がひっくり返るくらいに驚いた。これがミニマル・ミュージックとの衝撃的な出会い。自分にとっての完全なターニング・ポイントでした。そこからはフィリップ・グラスの『The Photographer』やスティーヴ・ライヒの『ドラミング』から始まる一連の作品など、とにかくたくさんミニマルを聴きました」
UKポップスシーンを追う
同時にミニマルは、イギリスのポップスに積極的に取り入れられていった。
「ブライアン・イーノの『Music for Airports』、クラフトワークの『TRANS-EUROPE Express』、マイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ』、タンジェリン・ドリームのアルバムなど、ミニマルの影響を受けたポップスをよく聴くようになりました」
大学を卒業する頃には、テレビの音楽やアレンジの仕事を手がけるようになっていた。
「その頃はスティーリー・ダンの『Aja』やドナルド・フェイゲンの『The Night Fly』もよく聴いた。彼らは徹底的にこだわり抜いたレコーディングをしているので音質が最高。ジャケットも当時のアメリカの雰囲気が出ていて素晴らしく、ひとつの『表現』になっていました。今のCDのジャケットは小さすぎて、『表現』ではなく『情報』になってしまった」
UKポップスの代表格として、スティングを挙げる。
「イギリスのミュージシャンはクラシックがベースにある人が多い。スティングの《イングリッシュマン・イン・ニューヨーク》もガーシュウィンの《パリのアメリカ人》を捩っていますしね。『ブルー・タートルの夢』はジャズミュージシャンを起用して作ったアルバム。ジャズ的なモードを使い、政治的な言葉や環境問題なども歌に盛り込む。恋愛ばかりを歌うポップスとは一線を画しています」
青春の終わり
青春時代を彩る最後の3枚としてあげたのは自身のアルバムだ。
「ミニマルに出会ってから、すでに7、8年が経過していましたが、81年にムクワジュ・アンサンブルのために作曲した『ムクワジュ』で、やっと初めてミニマル作品らしい作品を作ることができました。これを境に、いったん僕はクラシック音楽と決別した。当時の日本の作曲家たち(=現代音楽界)は、何か新しいことをしようとすると、まず他人の論理を潰すことばかりに終始していた。相手を論破し、自分の論理がいかに正しいかを訴え、お客さんに音楽を聴いてもらうということは全然考えていなかった。僕はそんな世界がつくづく嫌になり、ポップスの世界に行った方が”やりたいことができる”と思った。
そして1982年、僕の正式なデビュー盤である『インフォメーション』を作りました。ミニマルというベースは変えていないけれど、ここから僕の現住所はポップスです、という宣言をした。ロック的な要素やレゲエも取り入れています。年齢的にはすでに30代に入っていたけれど、方向性を探っていたという意味でまだ僕にとっては青春時代です。
そして最後は『風の谷のナウシカ~イメージアルバム』。実際に映画で使う音楽は、もっと名のある方が担当するはずだったのですが、無名だった僕のイメージアルバムを聴いたプロデューサーの高畑勲さんが、”ここに素材がすべて出揃っている”と推してくださった。そこから映画音楽の道が拓かれていきました。だからこのイメージアルバムまでが、僕の青春時代なのです」
そして今、再び「本籍を完全にクラシック音楽に戻した」と語る。
「1960、70年代は、既成概念を壊し、権力に楯突くことがアーティスティックな行為だったけれど、それはある種の共同幻想だった。伝統や本道があるからこそ、潰そうと思える対象があった。今は本道が失われ、それぞれが好き勝手にやって世界中が分裂したような状態。21世紀はむしろ本道を模索していかなければ世界も音楽も衰退してしまう。歴史上の古典の名曲を敢えて否定してきた僕も、今はその伝統に向き合い、その延長線上にいる自分をきちんと据え直したい。その活動の一つとして今、ナガノ・チェンバー・オーケストラでベートーヴェンの交響曲全曲演奏と録音をしている真っ最中です」
(レコード芸術 2018年4月号 Vol.67 No.811 より)
テリー・ライリー / A Rainbow in Curved Air
〈録音:1967年、1968年〉
[OCTAVE/CHERRY REDⓈOCTD4846]
「作曲家仲間の長与寿恵子さんの夫・吉田耕一さんから聴かせてもらい、世界がひっくり返るような大きな衝撃を受けた。このアルバムを聴いて、さっそく自分も4、5人のグループを作って、オルガンを使ったディレイの奏法などを試みた。」
フィリップ・グラス / The Photographer
〈録音:1982年〉
[CBSソニーⓈ25AP2504(LP)]
[ソニークラシカルⓈSICC129]
「ミニマル・ミュージックの世界に近づくために、グラスやライヒらの多くのレコードをひたすら聴いた。楽譜として買えるものはまだ少なくしかも高額だった。そんな当時、とても世話になっていたのが大学の図書館。誰も借り手がつかないような現代曲の楽譜ばかり借りていた。」
ブライアン・イーノ / Music for Airports
〈録音:1978年〉
[ポリドールⓈMPF1229(LP)]
[ユニバーサル・ミュージックⓈVJCP98051]
「実際に聴いていたのはもう少し後かもしれないが、ミニマルを取り入れたポップス系のアルバムとして非常に影響を受けた一枚。新しい音楽を求め、この頃の嗜好はイギリス系にシフトしていった。」
クラフトワーク / TRANS-EUROPE Express
〈録音:1976年〉
[キャピトルⓈECS80833]
[パーロフォンⓈWPCR80041]
「クラフトワークの最初の頃のアルバムで、テクノ・ポップ。当時の彼らのステージは、舞台上には人形が置かれ、バックステージで彼らが演奏するという画期的なスタイルだった。」
ドナルド・フェイゲン / The Night Fly
〈1982年発売〉
[ワーナーミュージックⒹP11264(LP)]
[ワーナーミュージックⒹWPCR17866]
「徹底したレコーディングにより、楽器のバランスも最高。僕がスタジオで録音する際にはバランスを知るためにこの音源をリファレンスとしてかけてみて、調整をはかっていた。そんな最高峰の一枚。ジャケットも惚れ惚れするほど格好良い。」
スティング / ブルー・タートルの夢
〈1984年発売〉
[A&MⒹUICY20212]
「スティングはUKポップスのド本道と言える。大量に所蔵しているUKポップスの中でも、とりわけ大好きなアーティストでもある。比較的、政治や環境問題などメッセージ性のある言葉を選び、サビはみんなで口ずさめるようなシンプルな構造だが、知的レベルは高い。」
久石譲 / ムクワジュ・ファースト
〈録音:1981年〉
[デンオンⒹCOCB54240]
「2年間、毎週のようにリハーサルをおこなって録音した渾身のアルバム。ここでいったんクラシックに決別した。打楽器、キーボード、コンピューター・プログラミングによる作品。」
※2018年1月31日発売。最新リマスタリング盤
久石譲 / インフォメーション
〈録音:1982年〉
[ジャパン・レコードⒹTKCA73444]
「作曲家としてのフィールドをポップスに移し、エンターテインメント作品第1弾として制作したソロ・アルバム。基本はミニマル・ミュージックというスタンスは変えていない。」
※2018年4月21日にアナログ復刻盤[TJJA10003]が発売
久石譲 / 風の谷のナウシカ~イメージ・アルバム
〈1983年発売〉
[スタジオジブリⒹTKCA72716]
「1984年の映画公開に先立ち1983年にリリースされた。当時は、映画本編のサウンドトラックとは別物の「イメージアルバム」が作られることが多くあった。ストーリーもよくわからないままにオファーを受けて作った記憶が。打ち込みや当時の流行りの音などを多用。実はギターに布袋寅泰さんが参加している。」
(レコード芸術 2018年4月号 Vol.67 No.811 より)
前編
Blog. 「レコード芸術 2018年3月号 Vol.67 No.810」久石譲インタビュー内容
