Blog. 「クラシック プレミアム 25 ~グレゴリオ聖歌からバロックの始まりまで~」(CDマガジン) レビュー

Posted on 2014/12/24

クラシックプレミアム第25巻は、グレゴリオ聖歌などです。

音楽の父と言われているバッハよりもさらに前、つまり西洋音楽の起源です。本来音楽とは神に捧げるものとして捉えられていました。のちに宮廷音楽となり自己表現やエンターテイメントとなっていくわけですが、このグレゴリオ聖歌はつまりは宗教色の強い音楽ということになります。

 

【収録曲】
グレゴリオ聖歌
《めでたし、めぐみに満てるマリア》
アンティフォナ《めでたし女王、あわれみ深きみ母》
フーベルト・ドップ指揮
ウィーン・ホーフブルクカペルレ・コーラスコラ

十字軍の音楽
ワルター・フォン・デル・フォーゲルワイデ:《パレスチナの歌》
獅子心王リチャード:《囚われ人は》
ノートルダム楽派
ペロタン:《地上のすべての国々は》
アルス・アンティクワ

作曲者不詳:《アレルヤもてほめ歌え》 《いま愛は嘆く》
アルス・ノヴァ
マショー:《ダヴィデもホケトゥス》
デイヴィッド・マンロウ指揮
ロンドン古楽コンソート

中世の巡礼の歌 - モンセラート修道院
《星よ、陽の光のように輝いて》 《乙女を称えましょう》
フィリップ・ピケット指揮
ニュー・ロンドン・コンソート

ルネサンスの音楽 - フランドル楽派
オケゲム:《レクイエム》より 〈イントロイトゥス〉 〈キリエ〉
ブルーノ・ターナー指揮
プロ・カンティオーネ・アンティクワ、古い音楽のためのハンブルク管楽アンサンブル
ジョスカン・デ・プレ:《めでたし、マリア、清らかなる乙女》
ポール・マクリーシュ指揮
ガブリエリ・コンソート

バロックの始まり
モンテヴェルディ:歌劇《オルフェオ》より
〈トッカータ〉 〈私は愛するペルメッソの川から〉

ジョン・エリオット・ガーディナー指揮
イングリッシュ・バロック・ソロイスツ

 

 

「久石譲の音楽的日乗」第24回は、
イスラエル・フィルを聴いて思ったこと

自身の演奏会についても語ることの少ない久石譲ですが、今回は自らが観客としてクラシックコンサートに行ったときのことを、作曲者や指揮者としての視点も織り交ぜながらかなり深く深く。クラシック音楽といっても、今日演奏される楽曲、指揮者、楽団などによって、その奥にはいろいろな背景があるのだな、と興味深く読み進めました。

一部抜粋してご紹介します。

 

「先日、ズービン・メータ指揮、イスラエル・フィルを聴きに行った。日曜日の午後、穏やかな日だった。僕自身は作曲の進行がはかばかしくなくて、とても人の演奏など聴く気になれなかったが、高いチケットを無駄にしたくないし、気分転換も兼ねてサントリーホールに出かけた。」

「曲目はヴィヴァルディ「4つのヴァイオリンのための協奏曲」、モーツァルト「交響曲第36番ハ長調《リンツ》」、チャイコフスキー「交響曲第5番ホ短調」だった。見ての通り大変クラシカルなプログラムで気乗りがしなかった原因もここにある。」

「さてヴィヴァルディは全員立奏でこれはオープニングとして華やかだったし、寛いだ雰囲気も醸し出していて良かった。続いてのモーツァルトはテンポは遅いが、ヨーロッパの伝統そのものと言いたくなるほど王道を行く演奏だった。モーツァルトは難しい。誰が演奏してもそこそこの音はするが様になることは滅多にない。特に日本のオーケストラでは味気ない演奏に何度か出くわした。」

「イスラエルは、中東のパレスチナに位置していて、第二次世界大戦後の1948年に建国されたユダヤ人中心の国家だ。その国のオーケストラ(1936年にパレスチナ管弦楽団として設立された)がなんでこのようなヨーロッパの王道を行く演奏をするのか?そんな疑問を持ちながら休憩後のチャイコフスキーを聴いた。この「第5番」は僕が指揮者として初めて振ったシンフォニーでもある。だから思い入れもあるし、自分の解釈にこだわっている楽曲でもある。」

「ズービン・メータの指揮は手堅く、オーケストラに自由度を与えながらも締めるところは締め、見事なアンサンブルを引き出した。逆に全体がよく見えるような演奏だったために楽曲の持つ基本的な問題、あるいは作曲者がたぶん最後まで迷った、あるいはやりきれなかったことをあぶり出していた。このことに触れると長くなるが、冒頭にクラリネットで演奏されるホ短調の「循環テーマ」あるいは「運命のテーマ」とも言われている主題(これが何度も出てくる)をどう扱うかで成否が決まると言っていい。特に第4楽章の冒頭に同じテーマが、今度はホ長調で出てくるのだが、多くの演奏では、まるで凱旋するように晴れがましく堂々と演奏してしまう。だがスコアをよく見ると第1楽章の冒頭のテーマが弦に変わったのと若干楽器が増えたりはするが、伴奏などの音の構成、配置は一緒なのだ。マイナーがメジャーに変わっただけ、だからここは我慢してやや晴れがましい程度にしておきたい。確かにスコアにはmaestoso(荘厳に)とは書いてあるがまだ辛抱、徐々に盛り上げ、次に登場する第1主題を際立たせる、逆に言うとそうしないと第4楽章の第1主題が際立たない。おそらくチャイコフスキーが最も悩んだ点であり、初演後も本人が納得しないで悩み続けたのはこの「循環テーマ」の仕様と各楽章の主題との整合性だったのではないかと僕は考えている。」

「ともあれズービン・メータ、イスラエル・フィルはその飾りのない演奏(でも遅くて好みではないが)ゆえにこの楽曲の構造を詳らかにしてしまった。ちなみにズービン・メータはユダヤ人ではないが、大の親ユダヤ派である。実は密かにチャイコフスキーはユダヤ人ではないか?と考えていた。なぜかと言うとあの色濃いメランコリック(でもさめた目線ではないが)はユダヤ人共通のものだから。が、これは全く違っていた。」

「ユダヤ人の音楽家は多い。作曲家だけでもメンデルスゾーン、グスタフ・マーラー、アルノルト・シェーンベルク、ダリウス・ミヨー、アルフレート・シュニトケ、ジョージ・ガーシュウィン、スティーヴ・ライヒ、レナード・バーンスタインなど、まだ書き切れないが古典派から現代まで連なっている。演奏家ではアルトゥール・ルービンシュタイン、ヴラディーミル・ホロヴィッツ、ヴラディーミル・アシュケナージ、ダニエル・バレンボイム、ユーディ・メニューイン、イツァーク・パールマン、ギドン・クレーメル……、いやーこれではクラシックの歴史や今日の音楽界の中枢はほとんどユダヤ人ではないか。少なくともユダヤ人を除いてはクラシックを語ることができない。」

「なるほど、地理的にはヨーロッパの中心ではないイスラエル・フィルだが、ユダヤ人という観点から見ると正しくこのオーケストラはクラシック音楽の中心であり、歴史を作ってきたのは彼らの数世代前の人たちなのだから、彼らが直系なのである。王道の演奏は当然だった。ちなみにこのオーケストラの団員が全員ユダヤ人ではないであろうし、イスラエルという国も人口比で20%がアラブ人ではある。」

「ではユダヤ人の画家はどうか?マルク・シャガールしか思い浮かばない。他にもいるとは思うけれど、僕の知っている範囲では彼だけだ。このバランスの悪さ、星の数ほどいる音楽家とほとんどいない画家の差は一体どこからきているのだろうか?」

「実はここにも視覚と聴覚の問題が絡んでいる。いよいよ本題である。」

 

この結び、次号が楽しみです。

 

クラシックプレミアム 25 グレゴリオ聖歌

 

Blog. 宮崎駿×高畑勲×鈴木敏夫、久石譲音楽を語る 『久石譲 in 武道館』より

Posted on 2014/12/20

2008年に行われた伝説的コンサート「久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~」そのコンサート・パンフレットは永久保存版です。そのなかの久石譲の8ページにも及ぶインタビューはすでに紹介しています。

こちら ⇒ Blog. 久石譲 「ナウシカ」から「ポニョ」までを語る 『久石譲 in 武道館』より

 

ここでは同パンフレットより、こちらもあまり普段から語られることのない貴重なメッセージ。宮崎駿監督、高畑勲監督、鈴木敏夫プロデューサーというジブリの3本柱が、総括するコンサート企画だったからこそ、あらためて歴史を思いかえし、久石譲音楽について語った貴重な内容です。

 

 

宮崎駿

風の谷のナウシカの準備室は、ある雑居ビルの潰れたバーのあとだった。たしか1983年6月。客用のテーブルや椅子がそのままの汚れたガラス窓の中で、僕はひとりきりで呻吟していた。自分の原作を映画化するのは想像したよりずっとややこしい作業だった。映画の全体像をつかまえようと焦りながら短い準備時間は刻々とへっていく。そんな時に若い音楽家の訪問をうけた。

30代の久石譲さんだった。

音楽の打合せの時、いまでも途方にくれるのはどんな映画になるのか監督たる自分に判っていないことだ。それなのに久石さんはいつも前向きで、ナウシカの時も僕の描きちらしたスケッチをいくつか眺め、しどろもどろの僕の話に何度もうなずき、その間に、何かひらめいたのかひとみを輝かせていた。

最初の打ち合わせは1時間もかけなかったと思う。

ナウシカの音楽は僕は大すきだ。本当に映画をさらに高めてくれる音楽を彼は書いてくれた。あの準備期間のチリチリする時に、久石さんと出会えたのが映画の運なのだと思う。

あれからもう25年もたった。

久石さん、ずい分永いことおつきあいして下さってありがとう。久石さんに出会えて良かったなあと思っています。

 

 

高畑勲

しあわせな出会い -久石譲と宮崎駿

「風の谷のナウシカ」のイメージレコード、「鳥の人…」。その第一曲「風の伝説」に針をおろす。風音の前奏に幅の広いリズムが打ちこまれ、やがてピアノが途切れがちにうたいだす……。すべてはここからはじまった。このピアノの音型は映画「ナウシカ」の中心テーマとなり、様々な姿をとりながら、久石氏のライトモチーフとして映画「天空の城ラピュタ」の重要なテーマにまで発展していく。

イメージレコード完成の半年後、映画「風の谷のナウシカ」のオールラッシュが行われ、映画音楽の打ち合わせに入った。おそらくこの時点で、宮崎駿の世界と久石譲の音楽がこれほど相性が良いと気付いていた人は誰もいなかっただろう。

無国籍でありながら、何らかの民俗色地方色をもち、とはいえ、土着の闇はなく、いわば都会的な「引用」であり、きわめて重いものを扱っていながら、どこか軽さがあり、現実にはあり得ない世界でありながら、密度濃いリアリティや存在感に支えられる必要があり、どんなにリアルにみえても、やはり人工的につくりあげられた自然や人物であり、自然をうたいながら、メカニックなものやスピードへの愛着もひとしおであり、必要な複雑さに到達しているイメージも、分解すれば、単純明快な要素の組み合わせであり、感情の表出は直接的であるよりは、情況のなかで支えられる必要があり……。

思えば、アニメーションファンタジィにとって、このような世界を音楽でしっかりと支えてくれる作曲家の出現こそ、待望久しかったのである。

『映画を作りながら考えたこと』(徳間書店刊)より「しあわせな出会い -久石譲と宮崎駿」の冒頭部分を抜粋
(初出:アニメージュレコード「久石譲の世界」ライナーノーツ 1987.3.25 徳間ジャパン)

 

 

鈴木敏夫

ふたつの主題歌

「風の谷のナウシカ」と「天空の城ラピュタ」で活劇ファンタジーに大きな才能を発揮した久石さんが、次に見せてくれた意外な一面は少女モノに於いてだった。

原田知世主演の「早春物語」。映画の内容はよく覚えていないが、音楽だけはいまも耳に残っている。久石さんは、少女の揺れ動く心を見事に表現した。これが、後の「魔女の宅急便」に生きてくる。

が、「となりのトトロ」のときだけは、勝手が違っていた。映画を作り始めてすぐに、宮さんが、当時、六本木にあった久石さんの事務所へ行こうと僕を誘った。

「子どもたちが大きな声を出して歌える主題歌が欲しい」

久石さんは、「やりましょう」と快諾してくれたが、その後の様子がヘンだった。というのも、中川李枝子さんと宮さんの詩は、どんどん出来あがるのに、肝心の曲が出来てこない。時間だけが、空虚に経過して行く。レコード会社の担当者に詰め寄ると、案の定、久石さんがハタと困り果てているらしい。注文のテーマは、子どもの歌。つまり、童謡のような歌だ。おいそれと簡単に出来るはずがない。

そうこうするうち、久石さんがある行動に出たという話が伝わってきた。有線放送で、子どもの歌のチャンネルを契約し、一日中、かけっぱなしにして、勉強のために数日間聴き続けているというのだ。産みの苦しみで七転八倒する久石さんの姿が目に浮かんだ。

ぼくは、久石さんを励ますために、一計を案じた。

出来上がった詩の中から、宮さんの書いた「小さな写真」を選び、これを久石さん自身が歌ってみないかと持ちかけたのだ。久石さんの疲れた表情に赤味が差した。ぼくと宮さんが事務所を訪ねてから、はや半年以上が過ぎようとしていた。

こうして久石さんは、今や学校の教科書にも載っている名曲「さんぽ」や「となりのトトロ」を書き上げる。久石さんの得意技のひとつに子どもの歌が加わったのだ。天賦の才能だけではない、久石さんの知られざる努力家の一面である。

その後、20年たって宮さんは再び、子どものための作品を手がける。「崖の上のポニョ」だ。宮さんはもう一度「子どもたちのための歌」を久石さんにリクエストする。だが、今回の久石さんは「トトロ」のときとは違っていた。最初の打ち合わせの時、既に、「ポーニョポーニョポニョ~」のメロディが頭に浮かび、その後、一気呵成に曲を仕上げてしまう。今度は宮さんがプレッシャーを受ける番だった。その頃、「ポニョ」の物語はまだ半分しか出来上がっていない。

しかし、宮さんは、この天衣無縫な明るい曲を心の底から気に入り、この曲を映画のエンディングに使うことを決める。「子どもたちが明るい気持ちで家路につくことのできる映画を作ろう」。ひとつの歌が、映画の全体に影響を及ぼした瞬間だ。それからだ、それまで順調に上がっていた絵コンテの筆が突然、滞る。宮さんの苦しみが始まった。どういうストーリーにすれば歌に相応しい結末が作れるのか──。

そして今、宮さんは語っている。「この曲がなかったら、僕はポニョを上手に着地させることができなかった」。20年前とは、すっかり立場が逆転していた。

こうして、ふたりのコンビは進化を続ける。宮崎駿が作り続ける限り、音楽は久石譲さんなのだ。

(「久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間」 コンサート・パンフレット より)

 

 

それぞれお三人のキャタクターや人間性も随所に現れた文章と久石譲への思いそれぞれの表現方法だなあとしみじみ思います。これだけスタジオジブリと久石譲は共に歩んできたなかで、半ば身内のような感覚もあるのでしょう。だからこそ身内を良く言い過ぎることがないように、ということと同感覚で、これまでに監督自身があらためて久石譲音楽の功績を語ることはなかったように思います。それだけにここに収めらたメッセージと想いは、とても奥ゆかしく思えます。

 

 

最後に同コンサートパンフレット巻末に収められた久石譲メーッセージを記して。

 

 

宮崎さんの映画に入るとき、緊張のせいか、何故か直接関係のない行動を取ることが多い。

「もののけ姫」では、当時宮崎さんと司馬遼太郎さんの対談集が出版されたこともあり、1年間で『坂の上の雲』他ほぼすべての本を読破した。宮崎さんがこの映画に込めた思考の過程を少しでも知るための参考になれば、と考えたからだ。で、そのことを宮崎さんに話したら「そんなに読まなくてもいいですよ」と苦笑いされた。

「千と千尋の神隠し」では、何故かシトロエンの2CV(ドーシーヴォー)という車をインターネットで購入した。昔、宮崎さんが乗っていた車と同じタイプだ。タイヤの上にエンジンと人が乗っているというシンプルな車で、冷房も何もない。ジブリでの打ち合わせの時、早めについたので雨の中苦手なマニュアル車の練習をしていたら大エンスト。大きくバウンドして停止したところを傘をさした宮崎さんが怪訝な顔で立っていた。さながら「トトロ」のバス停のシーンである。「何してるんですか?」やっぱり宮崎さんがトトロに見えた。と同時に「千と千尋の神隠し」での冒頭で書くべき世界が観えた。

気づいてみれば25年、1作1作を精一杯(チリチリ心が痛む日々だったが)作ってきたのだけれど、すべてが昨日のことのようにも思える。

たしかに大きなハードルだったが、それぞれを乗り越えることで、作曲家として、一人の人間として一回り大きくなれた、と思っている。

その高いハードルを与えてくれた宮崎さん、鈴木さんには心から感謝しています。

人が一生に出会えるかどうかの、貴重な人生の師を神様は与えてくれた。いつまでも宮崎さんに曲を頼まれるような、作曲家でありたいと心から願う。

今でも「風の谷のナウシカ」での出会いを鮮明に覚えている。今回のオープニングで演奏する「ナウシカ」の冒頭のティンパニの連打が瞬時に我々を宮崎ワールドに誘い、会場にいるすべての人の心が一つになることを夢見ている。いつまでも記憶に残ることを願う。

2008年 夏 久石譲

 

 

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久石譲 in 武道館

 

Blog. 久石譲 「ナウシカ」から「ポニョ」までを語る 『久石譲 in 武道館』より

Posted on 2014/12/18

「久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~」2008年に行われた一大コンサート。そしてそのコンサート会場で当時購入したパンフレット。改めて見返すとファンにはたまらない濃い内容だなと再認識できます。そのパンフレットのなかの8ページにも及ぶ久石譲インタビューです。

 

 

 

「ナウシカ」から「ポニョ」まで -久石譲、宮崎駿監督との9作品を語る

フェデリコ・フェリーニとニーノ・ロータ、ブレイク・エドワーズとヘンリー・マンシーニ、あるいはスティーヴン・スピルバーグとジョン・ウィリアムズなど、ある特定の映画監督と作曲家が25年以上もコンビを組み続けた成功例は、世界映画史を見てもごくわずかしか存在しない。今年7月に公開された「崖の上のポニョ」は、そうした成功例に新たな一組を付け加えることになった。1984年公開の「風の谷のナウシカ」から一貫してタッグを組み続ける、宮崎駿監督と久石譲である。

-久石さんが宮崎監督と初めて顔合わせをされたのは、1983年の夏のことですよね。

久石:
よく覚えているのは、阿佐ヶ谷にあるナウシカの準備室に案内された時。壁に「ナウシカ」のイメージボードがたくさん貼ってあって、宮崎さんがいきなり「ナウシカ」の内容を説明されたのが、強烈に印象に残っています。

 

「風の谷のナウシカ」
1982年に発表したソロ・アルバム「INFORMATION」がきっかけとなり、久石は「ナウシカ」のイメージアルバム作りを依頼された。宮崎監督と久石の25年に及ぶコラボレーションは、この「ナウシカ」のイメージアルバム作りからスタートしたのである。

久石:
永福町のスターシップというスタジオにこもって、1ヶ月くらいで作りました。(「ナウシカ」のプロデューサーを務めていた)高畑勲さんがとても音楽に詳しく、「このイメージアルバムの中にすべての要素が入っている」と感じてくださったようで、本編の音楽も書かせていただくことになりました。

-メインテーマの《風の伝説》は、わずか30分で作曲なさった”伝説”があるとか?

久石:
朝、家でピアノを弾いている時にたまたま浮かんだ曲で。でも、実際に作曲するまでは、牛の反芻じゃないけど、考える時間が長くないとダメなんです。宮崎さんの作品の場合、僕が関わらせていただく時間はこのところ1作あたり、約2年。最初にお話を頂いてから半年か1年後にイメージアルバムを制作し、それからサントラの作曲には入るケースが多いです。クラシックのコンサートへ行ったり、絵を観たりして刺激を受けながら、継続的に音楽のことを考えています。思考する期間が長ければ長いほど、ありがたいですね。

-「ナウシカ」では《ナウシカ・レクイエム(遠い日々)》のバックの伴奏にサンプリング・マシーンを用いるなど、実験的な手法もかなり採り入れていますね。

久石:
当時、流行っていた三種の神器(シンセサイザーのプロフィット5、リン・ドラム、シーケンサーのMC4のこと)とシンセサイザーのDX-7を録音に使ったことが、今となっては悔やまれて。80年代のテクノ系のミュージシャンがみんな使っていた楽器ですが、今聴き直すと楽器特有のクセ、方法論が音楽に残ってしまっている。ただ、「ナウシカ」の音楽はそんなことが問題にならないくらい、燃焼度が高かったことも事実です。当時の僕はミニマル・ミュージックに傾倒していたため、ポップスのようにコード進行の細工をすることを嫌っていました。だから、思った以上にメロディに頼っていないんです。《風の伝説》も、出だしから途中まではほとんど同じコードで書きましたが、普通ならひとつのコードだけでメロディを書くことはありえません。ミニマル・ミュージックの作曲家として、自分が許容できるメロディのギリギリの書き方が、実は《風の伝説》だったんです。これだけピュアに音楽を書いたことはその後、ほとんどありません。宮崎作品はもちろん全作品大好きですし、音楽的な観点から言えば、次に書かせていただいた「天空の城ラピュタ」のほうが圧倒的にバランスがよいのですが、正直申し上げると、僕にとって別格なのはやっぱり「ナウシカ」なんです。

 

「天空の城ラピュタ」
スタジオジブリ設立後、最初の作品となった「天空の城ラピュタ」では、宮崎監督が久石の続投を強く望んだため、ふたりは再びタッグを組むことに。ミニマル・ミュージックやワールド・ミュージックの要素が強かった「ナウシカ」から一転し、久石はオーケストラを主体とした”冒険活劇の映画音楽”に初めてチャレンジする。

-「ラピュタ」の音楽では、やはり主題歌《君をのせて》の存在が大きいですね。

久石:
あれは夜中の11時ぐらいだったかな、他のシーンの音楽を書いていて疲れた時に、ふと浮かんだメロディだったんです。「ワクワクするような冒険活劇に暗いメロディは必要ないな」と、いったんはボツにしたんですが、宮崎さんとプロデューサーの高畑さんがとても気に入られて「歌詞を付けよう」という話になり、気がついた時には《君をのせて》がメインテーマになっていてビックリ(笑)。冒険活劇というと「スター・ウォーズ」に代表されるジョン・ウィリアムズのような曲を連想しますが、それとは正反対の《君をのせて》をメインテーマに据えることで、音楽の方向性が大きく変わった。宮崎さんと高畑さんが《君をのせて》のメロディに新たな意味づけをなされたおかげです。

-映像と音楽の密接な結びつき、という点では、「ラピュタ」は「ナウシカ」よりも遥かに高度なテクニックが用いられていますね。

久石:
親方とドーラの子分が殴り合いをするコミカルなシーンや地下で飛行石が光るシーンなどで、例えば殴った時に音楽が「ドン!」と鳴るような、画面と音楽が完全にシンクロする作曲の仕方は「ラピュタ」で大きく進歩したと思います。そうした効果音的な音楽の部分と、《君をのせて》のような音楽のメロディアスな部分をうまく融合させることができたので、自分としても大きな達成感がありました。

 

「となりのトトロ」
「となりのトトロ」は宮崎監督が初めて音楽演出も兼ね、久石との緊密なコラボレーションを打ち立てた記念作。今や童謡として親しまれている《さんぽ》と《となりのトトロ》は、歌に対する宮崎監督と久石の強いこだわりから生まれたものだ。

-「トトロ」の企画書の段階から、宮崎監督は「オープニングにふさわしい快活でシンプルな歌と、口ずさめる心にしみる歌の二つ」が必要だとおっしゃっていたそうですね。

久石:
最初の打ち合わせでは、「ナウシカ」や「ラピュタ」の時とは方向性を変え、歌のイメージアルバムを作ろう、という話になりました。そこで『いやいやえん』の作者・中川李枝子さんが詞をお書きになったのですが、普通の作詞家だったら「歩くの大好き、どんどん行こう、野原が見えて春風が……」とムードを醸し出す言葉を使うのに、中川さんの場合は「歩こう歩こう、私は元気」と非常に具体的な言葉になる。「これにどうやって作曲したらよいだろう……」と非常に苦しみました。自分がそれまで抱いていた「歌詞はこうあるべし」という先入観との戦いでしたね。ただ、《さんぽ》の最初のメロディだけは、打ち合わせの最中に浮かんだんですよ。そういう瞬間が訪れる時は、非常に幸せです。一方、《となりのトトロ》はお風呂に入りながら「トトロ、トトロ、トトロ……」と口ずさんで出来た曲。一番単純なのはソミドだから、「♪ソミド、トトロ、トトロ」。ソミドの次は、「♪ソミド、ソファレ……あ、いいね」。でももうちょっとリズミックに「♪トットロ、トットロ」となっていて。でも実は、映画全体の隠しテーマになっている曲が別にあるんです。

-冒頭にミニマル風の音形が出てくる《風のとおり道》ですね。

久石:
そうです。どちらかというと作曲に重点を置いて書いたのは、《風のとおり道》なんです。先ほど童謡的な2曲とは対極的に、日本音階を使いながらモダンな世界を作りましたが、これでようやく全体のバランスがとれる、という実感が湧きましたね。それから、バス停のシーンに出てくる《トトロ》という曲。「ン・パ・パ・パ・パ・パ・ウン」という7拍子の変わった曲なんですが、これも実はミニマルなんですよ。このテーマが出来るか出来ないかが、この作品では実は結構カギだったんです。はじめ、宮崎さんは「バス停のシーンに音楽は要らない」とおっしゃっていたのですが、鈴木さんは「絶対に必要だ」と。そこで鈴木さんが高畑さんにこっそり相談したところ、「やっぱりあそこは音楽を入れたほうがいいんじゃないか」という答えが返ってきた。それで僕が書いた《トトロ》の曲を宮崎さんに聴いていただいたら、とても喜びながら「やっぱり、このシーンに音楽付けよう!」と。その時、鈴木さんが「(前2作で音楽演出を務めた)高畑さん抜きの、宮さんと久石さんが初めて生まれた」とおっしゃってくださいました。「トトロ」のトラックダウンをしている時、「いやあ、こんなに音楽の現場って楽しいとは思わなかった。いつもこれ、高畑さんがやっていたのか。ずるいな」という宮崎さんの言葉が、とても印象に残っています。

 

「魔女の宅急便」
宮崎監督と久石の4作目「魔女の宅急便」の舞台は、ヨーロッパ風の架空の都市。リコーダーやアコーディオンが演奏するワルツのメインテーマ《晴れた日に…》をはじめ、久石の音楽もとりわけヨーロッパ色の強いものに仕上がった。サブテーマの《海の見える街》や《かあさんのホウキ》など、メロディメーカーとしての久石の才能が見事に開花した作品でもある。

-「魔女の宅急便」の音楽は、これまで演奏される機会が少なかったですね。

久石:
ええ、今までほとんど演奏したことがありません。ところが最近見直してみて、この作品の良さに衝撃を受けたんです。10代で都会に出てきたキキは、魔女なのに飛べなくなって悩んでしまう。これ、たぶん宮崎さんがジブリの中で絵を描く若い女性スタッフたちを見て、キキと同じように都会に出てきて、友達もあまりいなくて悩んでいるような姿をオーバーラップさせたんじゃないかと。「魔女の宅急便」の持つ哀しさって実は非常に奥が深いと感じたんです。今の時代、20代30代の若い人たちって、「どうなるんだろう、私の人生……」と不安を抱えながら、目の前に山積する課題をこなさなければならないでしょう?もしも世の中が前向きだったら、いろんな可能性を試せるけれど、これだけ社会が閉塞感の塊みたいになると、自分の未来を描くことすらできない。そういう今だからこそ、もう一度「魔女の宅急便」を見直すことが大事だと思うのです。「魔女の宅急便」に関しては、今回はちょっと期待していてください。

 

「紅の豚」
「魔女の宅急便」のヨーロッパ路線を一段と深化させた5作目の「紅の豚」では、軍楽隊のマーチや1920年代を彷彿とさせるジャズ、それにタンゴなど、イタリア的な色彩感に満ち溢れた久石の音楽が、宮崎監督の描くアドリア海の陽光の中に一段と映えた。

久石:
宮崎さんが考える”男の究極のロマン”が結実した作品ですね。個人的には、年齢的にもう少し余裕のある時期に書かせていただいたら、オーケストラだけに頼らない違ったアプローチで書けたのに……という反省も残っています。今回は《帰らざる日々》というジャジーな曲を、ピアノをメインに特別な演出で演奏します。「遅ればせながら、こういう大人の音楽がやっと今、できるようになりました」という、宮崎さんへのご挨拶です。

-工場から飛行艇が飛び立つシーンでは、久石さんのソロ・アルバム「My Lost City」に収録されていた《Madness》という楽曲が使用されていたのが印象的でした。

久石:
「My Lost City」というアルバムは、米国の小説家、スコット・フィッツジェラルドをテーマにしているんですが、彼の活躍した1920年代は世界大恐慌が来る直前の時期。「My Lost City」を制作した当時の日本のバブルの雰囲気とあまりにも合っていたので、ちょっと警鐘の意味も込めていたんです。「日本も、いつまでも浮かれていると大変になるよ」と思って。たまたま同時期に制作していた「紅の豚」のイメージアルバムも、1920年代がテーマ。それで宮崎さんに両方お送りしたら「My Lost City」をとても気に入られて「イメージアルバムと「My Lost City」を、取り替えてください」っておっしゃったんですよ(笑)。「飛行艇が飛び立つ場面で、どうしても《Madness》を使いたい」と。飛行艇が運河を疾走する場面って、「ミッション・インポッシブル」や「007」でもやっていますよね。これらの作品ができる十何年以上も前に、宮崎さんは「紅の豚」で完全に先取りしている。そういう意味でも、これはすごい映画ですよね。

 

「もののけ姫」
公開当時、日本の映画興行新記録を樹立した「もののけ姫」は、サントラ盤と主題歌シングルCDが共に50万枚以上の売上を記録するなど、音楽面でも大きな話題に。宮崎監督の壮大な世界観を表現するため、久石は大胆この上ないオーケストラ曲を書き上げた。

-和太鼓を使った映画冒頭の《タタリ神》からして、非常に凶暴な音楽ですよね。

久石:
イメージアルバムの段階で、最初に書いた曲です。映画として、普通は絶対に思いつかない導入の仕方でしょ?まず、ここを作曲しないと次に行けない、という気持ちが強くて。「もののけ姫」は”精神的世界での危機感”という作品のテーマを踏まえながら、「ナウシカ」以来の構え方で気持ちを引き締めて臨んだ作品です。「♪はりつめた弓の~」というメロディアスなテーマは比較的簡単にできましたが、この映画は、歴史を扱った一大叙事詩ですから、それだけの風格に見合ったメロディが絶対に必要だと考えて、1ヶ月半くらい悩んで書いたのが《アシタカせっ記》です。それと、最初は琵琶のような邦楽器を使っていたんですよ。ところが宮崎さんが「邦楽器は外してください」とおっしゃったので、目立つ部分だけ外しました。「♪もののけ達だけ~」という箇所の伴奏では、上の旋律線が南米のケーナという楽器で、3度下の旋律線が篳篥なんです。単にケーナで2つ重ねたら、音楽的にはノホホンとしてしまうのですが、そこにチャルメラ系の篳篥を重ねると、どちらの楽器が上を吹いているのか下を吹いているのかわからなくなるような、不思議な浮遊感が出てくる。こういった手法を隠し味として随所に散りばめました。

-もうひとつ忘れがたいのは、ラストの《アシタカとサン》のピアノのテーマですね。

久石:
宮崎さんが「すべて破壊されたものが最後に再生していく時、画だけで全部表現出来るか心配だったけど、この音楽が相乗的にシンクロしたおかげで、言いたいことが全部表現できた」と話されていたことが、とても印象に残っています。

 

「千と千尋の神隠し」
重量感あふれる巨大なオーケストラと、アジアの民俗音楽が不思議に融合した「千と千尋の神隠し」。今回の武道館コンサートでは、メインテーマ《あの夏へ》に覚和歌子の作詞を付けたヴォーカル・ヴァージョン《いのちの名前》を、平原綾香が歌うことも大きな話題のひとつだ。

久石:
”湯屋”という宮崎さんならではの独特の世界観を、音楽でどう表現するか。舞台は確かに日本だけど、我々の知っている日常とは違った視点で眺めた”アジアの中のニッポン”という位置づけで書いた作品です。例えば台湾の夜市って、夜中まで人が溢れているほどゴミゴミしていて、すさまじい勢いでモノを売っていますよね。ああいう”アジアの雑踏”のイメージです。

-その結果、ガムランや琉球音楽などの民俗音楽オーケストラに混ぜていったわけですね。

久石:
五音音階のようなアジアンテイストを音楽に入れ始めると、「シルクロードや中近東も”アジア”だろう」という捉え方になり、エスニックな楽器をどんどん入れていきました。そうした楽器と西洋的なフル・オーケストラは、普通は一緒に演奏しないものですが、どちらかを音楽のメインに据えるというのではなく、お互いが対等に存在できる方法を目指したんです。いま考えると不思議なアプローチですが、この作品や「もののけ姫」を書いた頃は、スタンダードなオーケストラにはない要素を導入しながら、いかに新しいサウンドを生み出していくか、というチャレンジを試みていた時期ですね。

 

「ハウルの動く城」
「ハウルの動く城」がそれまでの宮崎作品と大きく異なっているのは、音楽の大半がメインテーマに基づくヴァリエーション(変奏曲)で書かれていること。このメインテーマは久石の作曲後、宮崎監督によって《人生のメリーゴーランド》と命名されている。

久石:
宮崎さんは、この作品の音楽設計に関して最初から非常に明快な方針を打ち出されていました。「ソフィーという女性は18歳から90歳まで変化する。そうすると顔がどんどん変わっていくから、観客が戸惑わないように音楽はひとつのメインテーマにこだわりたい」と。そこでテーマの候補となるデモを3曲用意して、宮崎さんと鈴木さんの前で弾いたんですが、2番目に弾いたワルツの曲をお二人が「OK」とおっしゃって。内心は「このワルツを選んでいただければ」と思っていたので、とても嬉しかったです。

-そのメインテーマだけで音楽を押し通すというのは、すごい荒技だと思いました。

久石:
メインテーマに3拍子のワルツという形式を導入するということが、この作品では一番大きな決断だったかもしれません。これは非常に不思議なんですが、イメージアルバムを作曲した時、実はボツにした4拍子の曲があるんです。メロディの最初の部分もコード進行も、あとで作曲することになった《人生のメリーゴーランド》と同じ。イメージアルバムの段階では少しメロドラマ的だと思ったのでボツにしたんですが、あとで気が付いたら、その4拍子の曲を無意識のうちに3拍子に変えたものが《人生のメリーゴーランド》だったんです。「ハウル」という作品は、非常に上質なメロドラマですから、音楽もそれに見合った”メロドラマの波動”がなければいけない。結果的にワルツという3拍子を用いたことで、4拍子の時にあったベタベタした情感がそぎ落とされた。それが一番重要な点だと思います。

 

「崖の上のポニョ」
そして、最新作「崖の上のポニョ」の音楽では、これまでの宮崎作品で最大の編成となる三管編成のオーケストラが録音に用いられたほか、混声合唱が初めて導入されるなど、現時点での久石の集大成というべき色彩豊かなサウンドが展開する。

-まず驚いたのは、オープニング主題歌《海のおかあさん》をソプラノ歌手の林正子さんが歌われていたことです。

久石:
覚和歌子さんの詩をもとにしたイメージ・ポエムを宮崎さんからいただいた時、「文部省唱歌ではない”海の唄”が、もっと日本にはあってもいいですね」と宮崎さんがおっしゃっていたんです。それで出来上がったのが《海のおかあさん》ですが、「今回はクラシックもありですね」と宮崎さんにお話しして、林さんに歌っていただいたら非常に良かった。これを映画冒頭に使ったのは、プロデューサーの鈴木さんのアイディアです。「この曲で映画が始まるとすごいぞ!こんなことは今まで誰もやっていない」という、鈴木さん独特の嗅覚ですね。そのアイディアを宮崎さんも気に入られて、実は去年の夏の前には、オープニングは林さんのソプラノでいくと決まっていたんですよ。イメージアルバムを制作した段階では、本編をご覧になった時のお楽しみということで、敢えてヴァイオリンのインストゥルメンタルで録音しましたが。

-混声合唱を用いたのも、今回が初めてですね。

久石:
「ポニョ」では、クラシックの純正なスタイルをそのまま採りました。宮崎さんは、どちらかというと印象派のドビュッシーやラヴェルのような音楽で情景を描き出すのはお好きではないと思うので、僕も印象派的なアプローチをずっと避けてきたんです。しかし今回は”海”を舞台にしたファンタジーですし、これだけイマジネーション豊かな世界が展開しますから、音楽を書くための方法論として、印象派的なテイストが少し入ってもいいかな、と。「ポニョ」の物語は、とってもピュアなラブストーリーなんですよね。思春期の少年少女だと、いろんな思いが錯綜しますが、5歳ぐらいの年齢だと「好きは好き」とストレートに表現できる。その潔い感じが、今回どうしても宮崎さんが描きたかった部分のひとつだと思うのです。それと「ポニョ」は、どのシーンを見ても無駄なカットがひとつもない。宮崎さんは、本当に必要なぶんの長さのカットだけを、必要な配分だけできっちり作っています。だから、音楽もある程度ぶつかっていかないと、かえって足を引っぱってしまうのです。単音でメロディを演奏する箇所から、非常に分厚いオーケストレーションまで、振幅の幅が大きいですが、宮崎さんのための音楽だからこそ行くところまで行けた、という部分がありますね。

 

世界最大級の編成による最初で最後のコンサートを…

これら9作品の音楽が”全員集合”する今回の武道館コンサートでは、宮崎監督と久石が歩んできた四半世紀の歴史を壮大に響かせるべく、世界最大級の演奏人員が特別に用意された。当日、武道館のステージに並ぶのは、六管編成の管弦楽200名、児童合唱・一般公募の特別コーラス隊を含む混声合唱800名、マーチングバンド160名にソリストを加えた、計1160余名。これはマーラーの《交響曲第8番「千人の交響曲」》の世界初演(1910年ミュンヘンにて)で必要とされた、1030名をも上回る大規模な編成である。

-久石さんが宮崎作品だけのコンサートを開くのは、今回の武道館コンサートが初めてですね。

久石:
僕がコンサート活動を始めた頃から、「宮崎さんの映画音楽だけを集めた演奏会を」というご要望はたくさん頂いていました。だけど、現在進行形で映画を作り続けている宮崎さんを総括するような演奏会は、個人的にはしたくなかったんです。それでずっとお断りしてきたのですが、いつかはそうした演奏会を開くことになるだろう、という予感はありました。今回の「ポニョ」がちょうど9作目ですが、直感的に今が、その時期だとひらめいたんです。それと順調に次の作品も僕が作曲させていただくことになったとしても、その後では60代に突入してしまう(笑)。皆さんがお聴きになりたい曲をある程度網羅しながら、構成するのが腕の見せどころだと思っています。いわば宮崎さんの9作品という題材を得て、2時間で別の映画を作るような気持ちです。

久石がこれだけ大規模な編成にこだわったのは、武道館という広大な空間の中で出来るだけスピーカーに頼らず、生音のまま音楽を観客席に届けたいという、強い希望があったから。そのため公演全体を指揮する久石は、1160余名の大編成という、指揮者として音楽的に責任のとれるギリギリの限界値に挑戦する。

-今後、このように宮崎作品の音楽だけをまとめて演奏する計画はありますか?

久石:
一生に一回やれば充分なので、今回が最初で最後。会場を縮小して9本まとめて演奏する可能性もないですね。僕自身、現在進行形で活動する作家なので、旧作を演奏するのはそんなに好きではないんです。もう何度も演奏した過去の作品を並べるだけなら、今回のような演奏会のお話もお断りしていたかもしれません。しかし、今回は「ポニョ」を観客のみなさんの前で初めて披露する機会でもあるんです。コーラスを初めて使って書いた「ポニョ」の音楽を、武道館の海のような空間の中で、大人数の合唱団が演奏したらどうなるか?そう考えると、それだけでワクワクして燃えてきちゃうんですよ。武道館の本番では、「2008年、あの夏に見たのは、いったい何だったんだろう……」と何年後かにおっしゃっていただけるような、コンサートにしたいですね……伝説?

構成・文:前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)

(久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~ コンサート・パンフレット より)

 

 

8ページに及ぶこのインタビューは他にも見どころ満載。当時コンサート開催直前の熱い思いが伝わってくる貴重な資料です。

作品って最終的には受け手に委ねられると思うのです。出来上がったものをまっさらな心で純粋に感じたものがそうであり、それが人それぞれいろんな感情や解釈があっていい、という。もちろんそうなのですが、こういった「その完成するまで」の流れ、作り手のプロセスや思いなどを紐解いていくと、また違った印象や新しい受け手の思いや解釈が芽生えるのも事実です。

こういう経験(今回でいうパンフレットのインタビュー記事)で、作り手と受け手が繋がり呼吸し合い共鳴することで、なにかしらの芸術への尊い想いというものが生まれるのかなあ、と感慨深く思ってしまいました。そうしてまたこの9作品たちに触れてみたくなるのです。そして新しい発見や感動がまた見つかるかもしれません。

 

 

「久石譲 in 武道館」 関連記事

こちら ⇒ 特集》 久石譲 「ナウシカ」から「かぐや姫」まで ジブリ全11作品 インタビュー まとめ -2014年版-

こちら ⇒ Blog. 「オトナの!格言」 鈴木敏夫×久石譲×藤巻直哉 対談内容紹介
こちら ⇒ Blog. 「ふたたび」「アシタカとサン」歌詞 久石譲 in 武道館 より
こちら ⇒ Disc. 久石譲 『The Best of Cinema Music』
こちら ⇒ Disc. 久石譲 『久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~ 』
こちら ⇒ Blog. スタジオジブリ 宮崎駿監督 × 久石譲 ディスコグラフィー紹介 まとめ

 

久石譲 in 武道館

 

Blog. 「クラシック プレミアム 24 ~ベートーヴェン5~」(CDマガジン) レビュー

Posted on 2014/12/15

「クラシックプレミアム」第24巻は、ベートーヴェン5です。

全50巻のクラシックプレミアム・シリーズにおいて、5巻にも渡って特集されているのは、このベートーヴェンとモーツァルトのみです。

ベートーヴェンは、第1巻にて、交響曲 第5番《運命》 交響曲 第7番 ほか、第9巻にて、交響曲 第3番《英雄》 ほか、第15巻にて、ピアノ協奏曲 第5番《皇帝》 ほか、第18巻にて、ピアノ・ソナタ《悲愴》《月光》《情熱》 がそれぞれ特集されています。

今回の第24巻にて、ベートーヴェン特集の締めくくりはやはり《第9》です。かつ、この師走の時期というタイムリーな発売スケジュールによって登場です。ベートーヴェンが52歳から54歳にかけて3年間を費やして完成させた最後の交響曲。交響曲のみならずクラシック音楽の巨大な金字塔と称されている《第9》。

それだけに多くの録音があり、また名盤も多いなか、フルトヴェングラーやトスカニーニによる歴史的名演から半世紀以上を経て、2000年に録音されたアバド指揮、ベルリン・フィルによる演奏は、その清新さ、作品の秘めたる構造美そのものに迫った演奏であるという点で特筆され、高い評価を得てきたそうです。

 

《第9》の解説や背景は、あらゆる書物などでも紹介されていますので、ここでは違った視点で興味深かった本号からの解説をご紹介します。

なぜ日本で《第9》がここまで愛されているか?

これもまたいろいろ諸説がありまして、おそらくここでも紹介したと思いますが「楽団への年末年始の餅代」という背景が一般的です。そこあたりのことは久石譲も同じように語っています。

こちら ⇒ Blog. 「考える人 2014年秋号」(新潮社) 久石譲インタビュー内容

それとはまた違った面白い考察があり、なるほど!と唸ってしまいました。

 

「合唱が使われることによって、アマチュアがベートーヴェンの作品に積極的に関われる可能性ができたことも、この作品の魅力を倍加した。音楽の場合、ただ聴くだけではなく参加できることがどれほど大きな喜びをもたらすかは誰もが感じるところだが、どのような楽器でも、ベートーヴェンを弾きこなせるまで習熟することは並大抵ではない。それに比して合唱は、誰もが比較的容易に近づくことができる演奏参加手段なのである。そして、わが国における昨今の合唱ブームも背景にある。」

「神のような存在であるベートーヴェンが発したメッセージを持つ作品を、さらには誰もが共感できる高邁な理想をうたったベートーヴェンのメッセージを、自らも演奏者の独りとなって訴えることができる喜び。もちろん歴史に屹立する作品の偉大さが大きな要因の一つとなったことは言うまでもないが、おそらくそうした二つの条件(ひとつは、明確な歌詞(言葉)によって大合唱で歌われるという豊かなメッセージ性への魅力)が、この作品をとりわけわが国において類例のない存在に押し上げたのだ。」

 

どこがポイントかってここだったんです。

【ベートーヴェンという偉大な作曲家の作品、かつ弾きこなすことは並大抵ではない作品を、合唱という比較的容易に近づくことができる演奏参加手段によって】

なるほどなー!と一気にいろんなことを納得してしまいました。なぜ《第9》が愛され続けるのか、そしてなぜ一般人含め参加したくなるのか。年末になるといろいろなコンサートやイベントでこの《第9》がフィーチャーされます。そこにはプロ・アマ問わず、とりわけ合唱には参加型の形式も多くあります。

音楽は聴く楽しみと、そのさらに先には演奏する・参加する楽しみがあると上にも書かれていますが、それはむろん、さらにそこへ、【本来ならばとっつきにくい偉大な古典クラシック音楽に参加できる喜び】が加わるわけなんですね。

「合唱」というキーファクター、そしてそれはイコール、参加しやすい「人が楽器と化す」演奏形態とも言えるわけです。だからこそ世紀を越えて親しまれている音楽であり、残っている音楽なんだな、と、音楽の引き継がれかた、未来への残りかたというものを《第9》を通して考えていました。

歌曲だから強い、歌詞があるから親しみやすい、というわけではないんですよね。実際にクラシック音楽のそのほとんどは歌曲ではなく器楽曲です。

上の考察とは矛盾しているようですが、合唱があったから残った《第9》なのか、《第9》が存在しなくても、第5番・第7番・第3番などでその偉大さは堅持できたのか、CDを聴きながらベートーヴェンの魅力から音楽の不思議さへと思いを巡らせていました。

 

 

【収録曲】
ベートーヴェン
交響曲 第9番 ニ短調 作品125 《合唱》
カリタ・マッティラ(ソプラノ)
ヴィオレータ・ウルマーナ(メゾ・ソプラノ)
トーマス・モーザー(テノール)
トーマス・クヴァストホフ(バス)
エリク・エリクソン室内合唱団 / スウェーデン放送合唱団
(合唱指揮:トヌ・カユステ)
クラウディオ・アバド指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音/2000年

 

 

もうひとつ、前号からの続きで「名演とは何か」のコラム(下)もおもしろかったので、一部抜粋して紹介します。名演のことと、そこから派生してカリスマ演奏家が姿を消している背景まで。

 

「例えば20世紀最大のピアニストと言っても過言ではないヴラディーミル・ホロヴィッツ。ショパンやリストやラフマニノフについて、彼はそれを超えることはほとんど不可能とも思える名演の数々を残した。しかしそれらが作品に忠実な演奏かといえば、必ずしもそうは言えない。生前の彼はしばしば、「歪曲と誇張の巨匠」とジャーナリズムに批判されたという。ある意味でそれは正しい。低音を楽譜に書いてあるより1オクターヴ下げて弾いて、地鳴りがするような轟きの効果を狙ったり、協奏曲の終わりでわざと猛烈に加速して、オーケストラより1小節近く早くゴールに飛び込むことで、観客のやんやの喝采を得たりするといったあざとい裏技を、彼は再三のようにやっていた。それでもなお、単なる歪曲にはならず、「これぞ作曲家が真に望んでいたことだ…」と観客に思い込ませてしまう。ここに彼の名演の秘訣はあった。」

「カリスマ的名演に特徴的なのは、恭しさとは真逆の、作品を呑んでかかるがごとき「エグ味」である。作曲家に向かってなんら臆することなく、「要するにこうやればいいんだろう!?」「こっちのほうがもっといいだろう!?」と言い放つようなふてぶてしさ。これがない名演はありえない。この点について、ホロヴィッツに面白い逸話が残されている。彼はラフマニノフのピアノ・ソナタ第2番を十八番にしていたのだが、いつもそれを自分流にカットし、アレンジを加えて弾いていた。ただしホロヴィッツは生前のラフマニノフと親交があり、作曲者自身の前でこのアレンジ版を弾いてみせたところ、ラフマニノフから「私の書いた楽譜より、おまえのアレンジのほうがいい」とお墨付きをもらったというのがある。」

「いわば名演は、楽譜の細部などには拘泥せず、作品の一番深いところにある「精神」をわしづかみにしてみせるような演奏である。楽譜の文面を杓子定規に守るだけではダメ。かといって単なる好き勝手もダメ。名演に特徴的なのは、「神の教えは要するにこういうことなのだ!」と言い切るがごとき力であって、オーディエンスを集団的熱狂にかりたてる魔力という点で、カリスマ演奏家は宗教指導者や独裁者に似たところがある。」

「ひるがえって近年、クラシック界からこの種のカリスマ演奏家が急激に姿を消していることは、衆目の一致するところであろう。クラシックだけではないかもしれない。美空ひばりやビートルズやマイケル・デイヴィスのような存在を、今日の音楽界に探すことは極めて困難なはずだ。これは「優しさ」を神聖にして冒すべからざる金科玉条の正義とし、父権的なものを暴力と同一視して、血眼になってそれを去勢し、根絶やしにしようとする近年の社会趨勢と、決して無関係ではないはずである。」

「かつてのカリスマ指揮者は下手な楽員、あるいは気に食わない団員を、その場でクビにすることができた。彼らはオーケストラを恐怖でもって支配した。そうやっておいて、納得いく演奏ができるまで、徹底的に練習でオーケストラを締め上げることができた。今では多くのオーケストラで組合の発言力が増し、予定練習時間をオーバーしようものなら残業代を請求されたりしかねない。そして超過料金をオーケストラに払わねばならないような猛練習を要求する指揮者は、当然ながらオーケストラ・マネージャーに敬遠される。二度と呼んでもらえない……。」

 

 

いろんな背景をのぞきこめたようでおもしろかったですね。

また最後のほうには、作曲家とカリスマ演奏家たちの時代がクロスオーバーしていたことも背景にあると書かれていました。つまりは、音楽辞典の中のただの偉人になってしまった今日と、まだ身近で現在進行形であり「直伝」に近いことろで育った往年のカリスマ演奏者たち。彼らにはきっと大作曲者たちの「顔」が見えていたからこそ、やりたい放題できた、と。

こんなおもしろい例え話で締めくくられていました。

「偉大な祖父の遺品を整理していて何か手紙が出てきたとする。親族であれば、ちょっとした言葉づかいの癖から、すぐに故人の意図を察知できるだろう。しかし博物館のキュレーターなら、あるいは後世の大学の研究者ならどうか。当然そこには故人の顔が見えないことに起因する萎縮が伴うであろう。演奏の世界でもこういうことが徐々に20世紀の終わりあたりから始まっているとは考えられまいか。」

 

 

「久石譲の音楽的日乗」第24回は、
昨日の自分と今日の自分は同じか?

空間と時間の話から、”自分”という人間における時間軸をもとに、時間の経過にともなう、過去の自分と現在の自分は同じなのか?という、ちょっと複雑な話題によって進められています。

一部抜粋してご紹介します。

 

「またまた難しい話になってしまったが、何が言いたいかというと自分という存在が確かなものなのか、なぜ自分が自分と言えるかを考えているからだ。他者と自分を空間的に考えると確かに自分はいる、目の前の人とは違うわけだから。では、時間軸上で考えた場合はどうか?昨日の自分と今日の自分は時系列的には別の場所にいるわけだからやはり同じではないということになる。」

「また主体性という言葉は「自分の意思・判断によって、みずから責任をもって行動する態度や性質」と辞書には載っているが、内田樹氏は「違うものを同じものだと同定する機能」でもあるという。つまり「寝るまえの私」と「起きた私」は明らかに別人なのに、同一人物であるとするのはこの主体性なのだ。そして人はこの主体性を「自分」と称し「自分の個性」と言っている。」

「近頃この「自分」やら「自分の個性」という言葉が巷に溢れている。特に若いスポーツ選手が好んでこれを使う。記者の質問に対して「自分のサッカーが」「自分のゴルフが」「自分のテニスが」できれば明日の試合に勝つと。二十歳やそこらで自分の◯◯ができればと言えるほど君たちのいる世界は底が浅いのかとちょっと言いたくなる。またそう言えてしまえる彼らはどういう教育を受けてきたのか?とも思う。これは「自分はまだ何もわからないが練習してきたことを精一杯出し切って頑張る」が正しい。日本語教育が間違っているのか?ちなみに僕はこの歳になるまで「自分の音楽」などと言ったことがない。軽々しく彼らが使う「自分」とは、「自分の個性」を尊重するということで野放しにしてきたゆとり教育の弊害なのか、それとも犠牲者なのか?いやいや彼らを責めても仕方がない、問題は彼らや周りの大人にあるのだから。」

「話が脱線した。もう一度昨日の自分と今日の自分について考える。僕の場合は同じではないという認識で行動する。例えば毎朝起きたらまずピアノを弾く。目的は2つ。この起き上がりの意識がまだボーッとした状態は、コンサートで弾くときの様々なマイナス要因(緊張したり体調が悪かったり)を抱えた状態と同じと考えるから、その状態できちんと弾けたら、コンサートでほとんど問題は起きない。2つ目はいつもと同じテンポで弾いているかどうかの確認だ。これはクリック音に合わせて弾くのだが、同じテンポなのに日によって速く感じる自分と、遅く感じる自分がいる。遅く感じる場合は明らかに速く弾きたいからそう思うのであり、主に寝不足のときや精神状態が良くない場合が多い。速く感じる場合はその曲が身体に入っていないか、まだ身体が眠っているのか(笑)。いずれにせよ昨日の自分と今日の自分は違うのである。」

「最後に「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」という有名な『平家物語』の一節について考える。別に鐘の音は20年前でも今でも多少錆びついて違っているかもしれないが基本的には変わっていない。それが諸行無常に響くと感じるのは聞いている人間が間違いなく変わっているからだ。万物流転、人は変わっていく。」

 

 

クラシックプレミアム 24 ベートーヴェン5

 

Blog. 久石譲 「かぐや姫の物語」 インタビュー 熱風より

Posted on 2014/12/8

2013年公開 映画『かぐや姫の物語』
監督:高畑勲 音楽:久石譲

スタジオジブリ小冊子(無料)「熱風」2013年12月号からです。三浦しをん、津島佑子、吉高由里子、大林宣彦など豪華著名人が様々な角度から映画「かぐや姫の物語」を紐解いています。

そのなかに久石譲のインタビュー談も掲載されています。様々なメディア(雑誌・新聞・Web)にも取り上げられてきた「かぐや姫の物語」にまつわる久石譲インタビュー内容はこれまでに紹介してきましたが今回は無料冊子にして8ページにも及ぶロングインタビューです。

ここだけに収録された他のインタビューにはない話も満載の永久保存版です。

 

 

高畑監督は、音楽をとても大事にしてくれて、一緒につくることがこんなに楽しいのかというくらい、本当に貴重な経験でした

高畑監督は尊敬する監督なのでお引き受けしました

今回の仕事は相当大変でした。もっとも、アニメはどれも大変なんですが。というのも、ゼロから全部つくっていく作業ですから。実写だとどうしてもどこかで割り切りが入るんです。だって、ロケで撮れば邪魔な看板があっても消せませんよね。そうすると、心象風景も含めてそこの場面を100パーセント気に入るわけではないでしょう。でも、アニメだとゼロから全部つくれるから、そういう意味で言えば作家の考えている世界がはっきりと完全に表現されてしまう。その分こだわりもたくさん出てきますから。とはいえ僕の場合はアニメと言っても宮崎さんと高畑さんしか知らないので、アニメが大変なのか、監督が大変なのかわかりませんが(笑)。

そもそも僕が担当させてもらうことになったきっかけは、去年(2012年)の暮れの押し詰まったころに、鈴木(敏夫)さんがいきなり押しかけてきて「『かぐや姫の物語』の音楽をつくって欲しい」と。「えぇ?」という感じでした。だってもう制作は相当進んでいるだろうなと思っていたので。でも高畑さんは尊敬する監督ですから、もし一緒に仕事ができるのならいいなと思って、お引き受けしました。実際に始まったのは、年が明けて高畑さんとお会いしたときからです。そこでいろいろ話を聞いてスタートしました。正月の間に、絵コンテの完成している分だけを一生懸命読んだりしましたが、勉強する時間はあまり無かったですね。かぐや姫に関しては『竹取物語』のストーリーはもちろん知っているけれど、とくに思い入れがあった訳ではなく「ああ『かぐや姫』だよね」って(笑)程度でした。

高畑さんが、今回の映画のためにお書きになったかぐや姫のどこに魅力を感じたか、かぐや姫は人間にとってどういう存在なのか、など、非常に高畑さんらしい論理的に書かれた文章があったんです。それらを読んで、高畑さんがこれで何をやりたがっているのかをずっと考えていました。それを理解しないとそこから音楽はつくれませんから。しかしそれよりも、もう2月から、映画のなかでかぐや姫が琴を弾いているシーンの状況内音楽である琴の音から録り始めなくてはいけなくて、実際にはまずそちらの作業のことで手一杯でした。その琴の音楽は、比較的みなさんに気に入ってもらえるいいメロディーができたので「よし、いける、かな!」と思っていたのですが……(笑)。

 

享楽主義者であることの大切さ

そこからが大変でした、例えば、”生きる喜び”と”運命”のテーマを書いて欲しい、という注文がありました。運命は別として喜びって、基本的に感情です、喜ぶとか、悲しむとか。でも高畑さんは、生きる喜びの音楽を書いて欲しい…だが、登場人物の気持ちを表現してはいけない、状況につけてはいけない、観客の気持ちを煽ってはいけない、こんな禅問答のような指示を同時に出すんです。「うわ、こりゃまいったな!」と思いました(笑)。ただ、この思考方法をする人を僕は知っているんです。それも身近な親しい人に。養老孟司先生がそうなんです。養老先生とか内田樹さん、みなさん同じ思考法です。どのような思考法かというと、例えば「ユダヤ人とは何か」という説明をするときに、ユダヤ人は人種ではない、ユダヤ人は国でもない、ユダヤ教徒が全てユダヤ人でもない。もう、全部発想が否定形で始まるのですが、この思考法は高畑さんと共通しているんです。ただ、養老先生はそれについて「自分たちはこういう発想をするから学者なのであって、創作家にはならない、なれない」というようなことを言っています。では、なぜそういう発想をしながら高畑さんは創作家なのか、監督になり得るのか。そこをいろいろ考えてみたんです。ふと思いついたのが、最初に高畑さんに会ったとき「僕は享楽主義者です、要するに楽しいことがとにかく好きなんです」とおっしゃった。たぶん、そこなんでしょうね。ものをつくるってすごく苦しいじゃないですか。我慢に我慢を重ねて、なんとか形になったとき初めて喜ぶみたいなイメージがある。ところが高畑さんは享楽主義者だから、そこの苦しみはあるんだろうけれど、つくっている過程も全部楽しんでしまう。だから、自分は何かを感じた、こう考えたということに、忠実に驚いたりしていくし、だからこそ、またいろいろ変わってしまうのだと思うのですが(笑)。でもその変わったことに対して、スッと全部論理づけられてしまうから、周りのみんなは大変ですよね。僕にはそういうふうに思えました。

ただ、その享楽主義者であるということは実はすごく重要なんです。頭がよくて論理的な人は山ほどいますが、たいていはあまり面白みがない、その理由は理屈で終わってしまうから。でも高畑さんは理屈で終わらないんです。享楽主義者ゆえ、最後に自分が喜べるものを基準に据え、そこからなぜそうなのかという説明もきちんとできる。こういう人はそうそういません。音楽家はもっと単純ですから「パーッとみんなが泣けるものをお願いします」とか言ってくれるほうが、よっぽど楽なんですけどね(笑)。

今回の場合、高畑さんご自身で作詞作曲された”わらべ唄”という曲がすでにありました。それがもう5音音階でつくられてしまっているんです。”わらべ唄”は結構重要なシーンで使われるので、そうすると、それを加味した上でトータルの音楽をどうつくっていくかというふうに考えます。であるならば、必然的にこちらもある程度5音音階を使用したものをつくらないと整合性が取れない。ただ5音音階というのは下手すると本当に陳腐なものになりやすいので難しいですね。全体として日本の音階が主体になっているんですが、それを感じさせないようにするにはどうするかというのがかなり大変でした。例を挙げるとマーラーの “大地の歌” 。あれは李白の詩を使って、出だしから非常に5音音階的なんです。マーラーのような、同じ5音音階を使っても全然別口に聴こえるようなアプローチであるとか、そういうようなものを考えました。あとは、アルヴォ・ペルトという現代の作曲家なんですが、すごくシンプルで単純な和音を使う人のものとか。そういうものを参考にしながら全体を高畑さんが考えられている世界に近づけるようにしていく作業でしたが、それがだんだんと、高畑さんに似てきてしまって。僕も相当論理的に考えるほうなので、思考法が似てる、などと言うと偉そうに聞こえてしまうかもしれませんが、ひとつひとつ理詰めでつくっていきました。でも普通なら、今回のように主題歌がついて、大事なところで使われる曲もすでにあったら間違いなく断っています。いろいろなものをくっつけられてしまうと最終的に音楽全部に責任持てないですから。でも高畑さんのことはとても尊敬していたので今回はお引き受けしたんです。

 

ここまで音楽に詳しい監督に会ったことない

ここまで制約が多いと、そのなかでまとめ上げるのはなかなか大変です。通常よりもより一層難しい。今回は曲数がM番号という曲の数で53もありました。通常より圧倒的に多いです。実写映画だと30前後でしょうか、内容がシリアスになればもっと減ります。エンターテイメントに寄ったとしても35くらいですから「かぐや姫の物語」はかなり多いです。状況のなかにつけた “琴” とかも含めると全部で64曲ぐらい書きました。他にもその状況内、登場人物などの設定のところで鳴っている音楽ということで、田楽や雅楽とか、そういう類の曲もつくりました。あと、すごくリズムにもこだわる。わりと頭のほうの曲だと、♪タリラーン、タリラーン、タリラタリララランという”生きる喜び” のテーマがあるんですが、日本よりむしろ少し中国的に聴こえてしまうかもしれない。でもちょっと異世界感を必ず入れるようにして特色をつけ、”日本昔ばなし” になってしまうのを避けたんです。おそらくベタベタなニッポンを高畑さんはまったく表現しようと思っていなかったと思います。だから、京都に行っても、室内が描写されるだけで京都の遠景は一切無いですよね。普通は京の都の俯瞰があるのにまったく無い、意識的に外していましたね。

ただ、同時に高畑さんと仕事する場合はこちらもかなり実験精神が無いといけないという気もすごくありました。その実験したい気持ちをすんなり受け入れてもらえるというのも嬉しいですね。たとえば姫が怒って走るシーンの音楽があるんですが、かなり衝撃的です、でもそういうようなことを高畑さんは許してくれますから。

曲の発注も、高畑さん自身が相当音楽に詳しい方なので、遠くから音楽を眺めたような発注じゃないんです。ご本人も作曲されるだけあって、かなり入り込んでくる発想で「それからこうしたらどうでしょう」と来るので、「うわぁ、大変だ」って(笑)。「なぜここでこの楽器を使ったのか」とか「なんでここでこうしたか」なんて、音楽の専門的なことはあまり監督には読み取ってもらえないケースが多いんですが、高畑さんは全部読み取ってくれるんです。ちゃんと理解した上で「こうして欲しい」って注文が来るから「いや、違います」とこっちが言いづらくて(笑)。監督が音楽にそこまで詳しいというのは、ほとんどの作曲家は嫌だと思いますよ。こんな話がありました。僕、翌月からクラシックを指揮しなければいけないので、休憩中にミニチュア・スコアを持って見ていたんです。そこに高畑さんがいらして、ブラームスの交響曲第3番の話になったらスコアをパッと見て「ここですよねー、ここのラストが。ここまた、第一楽章のテーマに戻りますよね。ここがいいんですよ」って。こんな会話ができる監督は見たことがありません。

 

あの7時間半はいったいなんだったのか!

進行については、全体の仕上がりが非常に遅かったから、こちらに届く絵も遅れていたんです。だから、ほとんど見込みでつくらないといけないのだけれど、秒数も細かく決まっている。普通なら一回監督にデモを聴かせて「もうちょっとこれ優しく」とかリクエストを言われて済むところ、高畑さんはこの方法ではおそらく無理だろうと。だったら、シークエンスで作曲している状況から高畑さんに立ち会ってもらって、直しがあるならその場で直して、後からは修正なしで、という作戦を練って、高畑さんに事務所まで来てもらったんです。そのとき、7時間半かけて全曲手直ししてやっと見えたので心底ほっとしました。そして、「ちょっとここは後で直して欲しい」という曲があったので翌日直しを送ったんです。そしたら、その翌日の夜11時に高畑さんが飛んで来て「やっぱりあそこの音楽は、ああ言っちゃいましたけどほかの曲か前に出ているテーマのほうが」って(笑)。

「来たーー!」って、「おとといの7時間半はなんだったんだ」って。ゼロからつくり直しですよ、そのときだけは、さすがに僕もムッとしましたね(笑)。ただあのときは、高畑さんも作画チェックを全部やっていて、効果音もまだ決まっていない状態で、監督って基本的に決定することが一日に何百ってあるんです。そのすさまじい量をこなしていた最中でしたから。一番大変な時期だったのではないかなと思います。

書いた曲のチェックは、高畑さんは「想像できるのでピアノスケッチで大丈夫です」と言ってくださっていたので、ピアノスケッチを送っていました。だんだんとそれにオーケストラの色をつけたものをまた送る。これを六十数曲ずっと繰り返したわけです。送るたびにバッと修正オーダーが来る。高畑さんの場合は特に多く、「また来たか」みたいな。「またこんなにですか(笑)」とか。ところがある時期を越えたら、台詞とぶつかると音楽が損だからと、台詞とメロディーの入るタイミングをちょっと遅らせて欲しいとか、そういう修正が多くなってきたんです。その辺りから完全に高畑さんとシンクロしましたね。

そこからレコーディングまでずっとそのままでいけました。あ、高畑さんなら必ずこうするから、というのが見えたんです。だから、最後のほうはすごく楽でした。しかも、音楽をとても大事にしてくれたので、一緒につくることがこんなに楽しいのかというくらい、本当に貴重な経験でした。

例えば、台詞とぶつかると音楽は小さくせざるを得ない。台詞が聞こえないと困るから。だから「音楽が損だから遅らせましょう、そうしたら小さくしないで済む」ということを具体的に言う監督は数えるほどしかいない。これは音楽を大切にしていただいている証拠です。どう考えても映画ですから、何をしゃべっているのか分からないとマズい。だから台詞は聞かせないといけない、でも音楽をそのために小さくするのは忍びない、だから、タイミングを変えて欲しい。という言い方ですから、これはもうほんとうにありがたいですよね。おかげで音楽は変拍子だらけになりましたけど、こんな素晴らしい人はそうそういません。

月からの使者が迎えにくるラストは、高畑さんに最初にお会いした日か二回目のときに、「まだプロデューサーにも言ってないんだけど言っちゃおうかなー」という感じで、「ここはね、サンバかなんかでいこうと思ってるんですよ」と高畑さんがおっしゃったんです。もうびっくりしちゃって「はい?」ですよ。つまり、月の人間は悩みが無い、すべて楽しいんだ、と。そしたら、そこから来る人間たちが奏でる音楽は楽しくなければいけない。楽しくなければいけないというのはどういうものか、と。そうするとやはり歌い踊り、何でもありの音楽だろう。例えばブラジルのサンバだったり、東欧系の民族音楽系のものとかね。そういう発想する人いないですよ。78歳ウソでしょうって。とんでもなく若いというか、考え方がフレキシブル。享楽主義者ですと言った意味の根底がそこにある、みたいな。通常の常識的なそんな発想は高畑さんには無いんですよね。それはきっと、いまだかつて見たことないもの、聞いたこともないものに出会いたいという、創作家の原点みたいな、ほんとうに素晴らしい姿勢があるからなのではないでしょうか。でも最初にそれを言われたときはのけぞりました「ここでサンバですか!?」と。でもそうですよね、だってここは泣けるシーンじゃないのかって(笑)。

今作のような、ああいう絵のタッチは、音楽をつくるのにも完全に影響しましたね。あの絵は引き算の発想ですね。全部写実するより無駄なものを外す、ということは、音楽も同じなんです。効果音もそうですし、要するにすべて、必要最低限にシンプルにつくらなければいけない。つまり、オーケストラでガーンと派手にいくより、エッセンスをどこまで薄くするか。で、最初の打ち合わせでは五十数曲必要と言われたけれど、最終的には40曲ぐらいに落ち着くだろうと思っていた。一応ピアノのスケッチを書くけど、どうせ削られるのであれば、もう異様に薄く書いてしまおうと思って、薄く書いたんですよ。そしたら、全部採用になってしまって。でも考えれば、最初から高畑さんも極力シンプルにするということはおっしゃっていましたし、構築された音楽よりも、非常にシンプルなんだけど、力強いものがいいって。

いわゆる省略形の、すごく引いたもの。その発想というか思想というか考え方は、音楽にも効果音にもすべてに徹底されるなと思ったので、自分も引き算の発想でつくったんです。そうしないと音楽が浮いてしまう。感情を押し付けて「ここは泣くように」という感じの音楽を「泣きなさい」と書くよりは、その悲しみを受け止めつつも3歩ぐらい引いたところで書くと、観客のほうが自動的に気持ちがそこにいくんですよね。高畑さんは今回それをかなり何度もおっしゃっていて、僕もいちばん気を付けたところですね。

 

歴史に残る名作、ずっと共感しながつくっていました

でも高畑さん、意外にオーケストラの音などにはこだわっていないんです。良けりゃオーケストラでもいいんですという感じでしたね。だから、こちらからもどんどん変えたりもしました。途中でリュート、ルネッサンスのギターみたいなものを使いますと提案したときも、絶対変えたほうが高畑さんは喜ぶと確信していたから。それで実際に変えても、なにも言わないというか「あ、いいです、いいです。これでいいです」だけ。音楽的なことで、今回ものすごく注意したのは、メロディーの楽器をフルートだとか弦などのように音がピーと伸びる楽器を極力少なくしたんです。ピアノやハープだとかチェレスタとか、要するに弾いたら音が全部減衰していく楽器、アタックを抑えたそれらを中心に据えました。そうすると、ポンと鳴るけれども消えていくから、台詞を食い辛いんですよ。もちろん五十数曲と多いので「音楽うるさいな」となると終わってしまうから、うるさくしないための方法なんですが。ただ、そうすると、ピアノ、ハープ、チェレスタ、グロッケンなどと楽器が限られちゃうので、それでもうひとつさっき言ったリュートというのを加えることで、その辺の音色をちょっと増やして、できるだけ台詞と共存できるように組んでいったんです。だから発想としては「リュートの音っていいよね」ではないんです(笑)。感覚的じゃなくて、減衰系の楽器で色が必要だ、と。そういうふうに論理的に決めたんです。高畑さんみたいでしょ?たぶんそこは似てるんだと思います。高畑さんと同じというとおこがましいから、ちょっと似ている程度で(笑)。

印象で言うと、この作品は、普通の映画2本分という感じがしますね。すごくいろんなものが詰め込まれて、なお且つきちっと組まれている。そうするとね、これだけ見事につくられた映画は、もうアートです。これはほんとうに歴史に残ると思います。高畑さんとの仕事は、それなりの覚悟がいると思っていました。いつだったか、監督といろいろ話しているうちに「月の世界とは何なんでしょう」というテーマになりまして、要するに人間世界ではないということだったら、あれはもしかしたらあの世なのかもしれないねと。もしそういう考え方をするならば、これはすごく宗教的にもなってきます。そのようないろいろな捉え方ができるなかで、高畑さんはこれを「この世は生きる価値がある」という一点に集約していく。「喜びも悲しみもいろいろあっても、生きる価値があるんだ」というところに持っていこうとするとても強い意志が伝わってきた(少なくとも僕にはそう思えた)ので、僕はずっとそれに共感しながらつくってきたというところです。

(スタジオジブリ小冊子「熱風」2013年12月号 より)

 

 

「熱風 2013年12月号」 目次

特集/かぐや姫の物語
ファンタジーの姿を借りて壮絶なまでの現実をつきつける(三浦しをん)
月と少女と竹(津島佑子)
説明できない不思議な違和感(吉高由里子)
3・11を体験した今、
――同世代映画作家の、哲理(フィロソフィー)と冒険に、思いっきり、胸を打たれる。
――高畑勲さんの途方もない夢、『かぐや姫の物語』を見て。……(大林宣彦)
かぐや姫が教えてくれた、生きてることの手応え(こうの史代)
月の神話と竹(保立道久)
姫のこころは、この素晴らしい日本の景色のなかにある(原 恵一)
高畑監督は、音楽をとても大事にしてくれて、一緒につくることがこんなに楽しいのかというくらい、
本当に貴重な経験でした(久石 譲)

特別収録
【対談】大竹俊夫×鈴木敏夫  ”家づくり”と”映画づくり”
連載
第23回 二階の住人とその時代  転形期のサブカルチャー私史(大塚英志)
第18回 建築の素(もと)  ――割り板の実験 (藤森照信)
第13回 鈴木さんにも分かるネットの未来  ――電子書籍の未来 (川上量生)

※中島順三さんの連載「『アルプスの少女ハイジ』とその時代」は、今月休載です。
執筆者紹介
ジブリだより / おしらせ / 編集後記

※『熱風』は無料配布(非売品)の冊子です。
全国約40箇所の書店店頭に毎月10日前後に置かれるそうです。ぜひご覧ください。
『熱風』の入手先は下記URLをご参照ください。
http://www.ghibli.jp/shuppan/np/007496/

公式サイト:スタジオジブリ出版部 小冊子『熱風』

 

 

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スタジオジブリ小冊子 熱風 かぐや姫の物語

 

Blog. 久石譲 「かぐや姫の物語」 インタビュー キネマ旬報より

Posted on 2014/12/7

2013年公開 映画『かぐや姫の物語』
監督:高畑勲 音楽:久石譲

「キネマ旬報 2013年12月上旬号 No.1651」の巻頭特集は 偉才 高畑勲の到達点 「かぐや姫の物語」 高畑勲監督をはじめこの映画に関わったスタッフたちが、いろいろな角度から映画「かぐや姫の物語」の制作秘話を語っています。

そのなかに、「スタッフの証言(3) 久石譲(音楽) 映画音楽でしか味わえない醍醐味」という久石譲のインタビュー記事が見開き2ページでぎっしり掲載されています。とても興味深い内容です。一言で感想を言うのは難しいですが、久石譲の今が凝縮されているインタビューでした。

 

 

これこそ映画音楽でしか味わえない醍醐味

高畑監督から出された作曲条件

久石譲が「監督:高畑勲」と顔を合わせた。映画『かぐや姫の物語』において、まずこの事実自体が事件だったと言っていい。

久石:
「去年の暮れ、鈴木(敏夫)さんからお話をいただいたときはちょっと驚きましたね。宮崎(駿)さんの作品を担当しているうちはご一緒できると思っていませんでしたから。」

そう、かつて宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』に久石譲を音楽担当に推し、音楽打ち合わせもこなした「プロデューサー・高畑勲」は、久石音楽への評価を高く謳えども、自身の監督作品に作曲者を招くことはなかった。それが急転直下、今回のような形になった背景には、製作の遅れによる宮崎作品『風立ちぬ』との同時劇場公開がなくなったことが一つ。もう一つには、久石が3年前に手がけた『悪人』の仕事を高畑が気に入っていたことが大きかった。

久石:
「ずっと “『悪人』のような距離の取り方で” とおっしゃっていましたね。具体的には “一切、登場人物の気持ちを表現しないでほしい” “状況に付けないでほしい” “観客の気持ちを煽らないでほしい” という3点。つまり “一切、感情に訴えかけてはいけない” というのが高畑さんとの最初の約束でした。『悪人』も登場人物の感情を表現していないでしょう。それと同様に、キャラクターの内面ではなく、そこから引いたところで音楽を付けようということだったんです。」

凡庸の作曲家なら逃げ出したくなるような恐ろしい条件である。しかも、今回は事前にエンディング用の主題歌が決まっており、さらに劇中には作品の鍵ともなる『わらべ唄』まで用意されていた。久石としても「通常ならお断りする仕事」と語る。

久石:
「でも、僕は高畑さんをとても尊敬していたし、高畑さんとご一緒できるならぜひやりたいと。わらべ唄も高畑さん自身が書かれた曲でしたし、その在り方も明瞭な構造を持っていましたから、それなら徹底的にやってみようという気になったんです。」

音楽設計においては「わらべ唄との整合性をとるため、五音音階をベースにしたアプローチをとる」ことから始めたという。

久石:
「ただ、一歩間違えると、五音音階というのは陳腐になりやすい。高畑さんも日本情緒的なものにこだわっていたわけではないので、五音音階を扱いながら、それでいて日本的なものとの差異をどう出していくかに気を遣いました。また、打ち合わせでは曲数が53曲もありましたから、音楽が主張し過ぎず、鳴っていることを意識させない書き方もしなければなりませんでしたね。メロディーもワンフレーズを聴いただけでわかるような、それこそ和音とか一切なくても通用するようなものを作る必要がありました。映像的にも無駄がないですし、効果音も多くない。ですので、全体的には引き算的な発想で作っています。」

例えば、翁が光る竹を発見する際の楽曲などは、音楽と効果音の合体版のような仕掛けが施されている。作曲者はそれに「月の不思議コード」なるニックネームをつけているが、多くの観客が思わず耳をそばだてるのは、天人が姫を迎えに来る際の〈享楽楽曲〉だろう。

久石:
「高畑さんいわく “悩みのない人たちの音楽です。月の世界では皆、幸せに生きているのだから、幸せな音楽でなければいけない” と。最初 “サンバみたいなものを考えているんです” とおっしゃっていたのを聞いた時には本当にすごい方だなと思いましたね。発想が若いといいますか。高畑さん、わらべ唄も初音ミクで作っているんですよ。考えられないですよね。新しいものに貪欲というか、手段にこだわっていないというか。だから、天人の音楽にもそんな発想が持てるんですよ。何においても非常に論理的で明快な方なんですが、論理だけの人ではありません。そこが作家としてずば抜けているところで、山田洋次監督とも共通していますね。」

 

触発し合うことでかなえられた仕事

その山田洋次との新作『小さいおうち』の劇場公開は来年1月に控えているが、音楽録音自体は『かぐや姫の物語』の直前に行われている。その前には『風立ちぬ』もあり、年末を見渡せばベートーヴェンの『交響曲第9番』を指揮する計画もある。また、特別展『京都 – 洛中洛外図と障壁画の美』のテーマソング制作、NHKスペシャル『幻の深海巨大生物』や三谷幸喜のラジオ作品の音楽制作なども今年の仕事であった。その膨大な仕事量だけでも十分、記憶に深い1年だったのではないか。

久石:
「やっぱり長篇アニメーション2本はきついです。監督が考えているものがある意味、実写以上に出ますから。まして、高畑さんと宮崎さんの作品ですし、そこへ山田さんの作品も入ってきましたからね。今年は年始から覚悟していましたよ、大変だぞって(笑)。でも、とてもやりがいがありました。何より嬉しかったのは、70歳を超えたお三方がこれだけの作品を仕上げていらっしゃるのを間近で見られたこと。一所懸命にものを作っていければ70歳を過ぎてもいいものなんだなって、夢を持てましたよね。10年後でももっと別の世界が拓けるんだ、僕はまだヒヨッコだと。それをお三方が身をもって示してくださったんです。」

この『かぐや姫の物語』には従来の久石音楽には希な音楽語法があふれ、その無駄なく、しかし豊かな響きは近年のベストといっていい仕上がりである。管弦楽のサイズも程よく、一方で独奏楽器の音色の際立ちがまたまぶしい。これらの奥義を前にすると、『風立ちぬ』の音楽もさすがに霞む。そんな音楽的な充実だけでも、今年はメモリアル・イヤーになったといっていい。

久石:
「もし音楽で何か新しさが出せているとしたら、高畑さんとの化学反応によって生み出されたものだと思います。高畑さんは本当に素晴らしかった。もの作りをしている人がこの映画を観たら、必ずショックを受けると思います。それほど『かぐや姫の物語』は完成度が高いですし、僕自身にもかなりやれたという自負があります。そこまでできたのは、やはり高畑さんのおかげ。触発し合うことでかなえられた仕事だと思いますし、これこそ映画音楽でしか味わえない醍醐味でしょうね。」

(キネマ旬報 2013年12月上旬号 No.1651 より)

 

 

巻頭特集
偉才 高畑勲の到達点 「かぐや姫の物語」
□ロングインタビュー 高畑勲(原案・脚本・監督) 全スタッフがこの作品をやりとげさせてくれた by 金澤誠
□スタッフの証言1 西村義明(プロデューサー) 集まるべき才能によって産み落とされたアニメーション by イソガイマサト
□スタッフの証言2 男鹿和雄(美術監督) “余白”があるからこそゆるされる美術 by 山下慧
□スタッフの証言3 久石譲(音楽) 映画音楽でしか味わえない醍醐味 by 賀来タクト
□作品評 生命の喜び、真に躍動するもの by 佐藤忠男
□高畑勲を語る1 大塚康生 高畑さんを推し創り上げた「太陽の王子 ホルスの大冒険」 by 山下慧
□高畑勲を語る2 小田部羊一 パクさんは一言が重いんです by 山下慧
□高畑勲を語る3 ユーリ・ノルシュテイン 日本のアニメーションのしるべ by 児島宏子

 

 

おそらくこのインタビュー自体は、「かぐや姫の物語 ビジュアルガイド」に掲載されているものと同じ機会だったのだと思います。内容はほぼ同じですが編集者などの考察もありましたので、そのまま別々のインタビュー記事として紹介しています。

 

 

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キネマ旬報 かぐや姫の物語

 

Blog. 久石譲 「かぐや姫の物語」 インタビュー ビジュアルガイドより

Posted on 2014/12/6

2013年公開 映画『かぐや姫の物語』
監督:高畑勲 音楽:久石譲

スタジオジブリ映画作品では恒例の書籍です。

高畑勲監督14年ぶりの新作『かぐや姫の物語』の完全解説本です。ビジュアル満載のストーリーガイドや、キャスト、スタッフインタビューのほか、本作品限りのジブリ「第7スタジオ」にも潜入しています。

そのなかに、今回高畑勲との初タッグとなった音楽久石譲のインタビューも見開き2ページにてぎっしりと掲載されています。映画の制作過程や高畑勲監督、久石譲のバックボーンを垣間見ることができる貴重な鮮度の高いインタビューとなっています。

 

 

「一切感情に訴えかけてはいけない」というのが高畑さんとの最初の約束だった。

- 今回のオファーはどのような経緯で受けられたのですか?

久石 「2012年の暮れに鈴木(敏夫)さんから「『かぐや姫の物語』の公開が延期されたので、『風立ちぬ』共々ぜひやってほしい」とご依頼をいただきました。そのときはビックリしましたね。まさか高畑さんとご一緒できるとは思ってもいませんでしたから。でも、僕は高畑さんをとても尊敬していましたし、高畑さんとご一緒できるのだったら、ぜひやりたいと、返事をさせていただきました。」

- その「監督・高畑勲」との仕事というのはいかなる体験でしたでしょうか。どのような人物と見受けられましたか。

久石 「高畑さんは非常に明快で論理的な方なんです。すべてがハッキリしていて、それを具体的に推し進められる方ですね。今回は高畑さん自身がお書きになった “わらべ唄” が映画のなかでしっかりした構造を持っていて、例えばオープニングにしても、「出だしをなよたけのテーマでワンフレーズ演奏したら、わらべ唄に移って、そしてテーマに戻って、またわらべ唄に…」という具合に、かなり具体的な注文をいただいていたんです。でも、そのまま交互にはせず、結果として対旋律のように同時進行させています。問題だったのは、そのわらべ唄が五音音階(1オクターブに5つの音が含まれる音階)だということです。この唄が重要な部分を占めている以上、劇中の僕の音楽もそれに合わせて整合性をとらなければなりません。でも、一歩間違えると、五音音階というのは陳腐になりやすい。なので、同じ五音音階を使っても日本人が考えるものとは全く違うものを作ろうと。生きる喜びのリズムに関しても、もしかしたら中国の曲と思われてしまうくらいのものを持ってきています。高畑さんも別にドメスティックな日本情緒にこだわっていませんでしたし、ちょっと異世界観も欲しかったんですね。」

- 音楽が謳いすぎていない感じがしました。

久石 「打ち合わせでは、Mナンバーで53まであったんですよ。53曲もあるということは、裏返せば、音楽が絶えず映像と共存していて、鳴っていることを意識させない書き方をしていかなければいけないということですね。ですから、音楽の組み立て方も大変でした。曲数が多い場合、メロディーを強調したりして音楽が主張し過ぎると、浮いちゃうんですよ。映像もムダをはぶいた省略形ですし、効果音も決して多くない。その意味でも、音楽は極力エッセンスみたいなもので勝負しないと映像との共存ができなくなってしまいますし、全体を引き算的な発想で作っていかないといけませんでした。そして、音もできるだけ薄く書く方法をとりました。もちろん、薄く書くというのは決して中途半端に書くということではありません。逆に、それに見合うメロディーを書かなければなりませんし、和音とか一切なくても成立するものを作らなければいけません。ワンフレーズを聴いただけで特徴が捉えられるようなものを、ですね。ペンタトニックのフリをしているんですけれども、実はコードに関してはかなり高等なことをやっています。」

- 音の際立ちも印象的です。例えば竹藪で翁が「光」を発見するときの響き。

久石 「高畑さんさんは音楽への造詣が深い方です。前に高畑さんが書かれた映画音楽についての文章を拝読したことがあるんですが、そこでは最終的な映画音楽の理想として「音楽と効果音が全部混ざったような世界」というようなことを書かれていました。なかなかそういうところまで理解する人はいませんし、そういうことも今回はできるという嬉しさを感じましたね。「光の音」についてはピアノを中心に、ハープ、グロッケン、フィンガーシンバル、ウッドブロックなどを掛け合わせて表現しています。今回は弦の特殊奏法も多いです。それは最近、現代音楽も手がけていることも含めた自分のパレットの中で、やれることは全部やろうとした結果ですね。その意味では比較的、自由に書いています。トータルで、今まであまりなかった世界に持ち込めたらいいなというのはありましたね。」

- かぐや姫を迎えに来る「天人の音楽」にも、ご覧になる方は皆、ビックリされるのではないですか。

久石 「皆さん、気に入ってくださっているみたいですね。そういう声をよく伺います。あの部分に関しては、最初から高畑さんは全くブレていませんでした。いわく「月の世界には悩みがない。喜びも悲しみもなく、皆、幸せに生きているのだから、幸せな音楽でなければいけない」と。つまり「悩みのない人たちの音楽」であると。最初「サンバみたいなものを考えている」とおっしゃっていて、それを伺ったときには本当にすごい方だなと思いましたね。発想が若いといいますか。わらべ唄にしても初音ミクでデモを作っているんですよ。あり得ないですよね?新しいものに貪欲というか、手段にこだわっていない姿勢といいますか。だから、天人の音楽にもそういう発想が持てるんですよね。結局、半年くらい寝かせた後に、今の天人の音楽を書いたんですけれども、却下されるかなと思っていたデモを高畑さんが「いいですね。気に入りました」とおっしゃってくださって。リズムとしてはアフロ系ですね。チャランゴやケルティック・ハープも使っていて、ちょっと民族音楽がかったものも入っているし、サンプリングでも邦楽の音とか入れています。できるだけ無国籍な、カオスのようなものにしようかなと思って作りました。作曲ではちょっと苦しみましたけれども。」

- 高畑さんは映像を驚くほどじっくりこしらえたわけですが、音楽の面でも同様の練り込みがあったのでしょうか。

久石 「ありました、かなり。高畑さんはこの企画を8年やっていらっしゃるでしょう?それに対して、僕は1年もかかわっていない。せいぜい10ヶ月くらい。高畑さんは一個一個のシーンの意味を全部考えていらっしゃるじゃないですか。ここでなぜ音楽が必要なということも含めて。音楽を作るにはせめてもう1年くらい欲しかった。そうでないとかなわないというか、話ができない(笑)。」

- 個々のキャラクターについての目配りなどはあったのでしょうか。

久石 「これは非常に重要なところなんですが、高畑さんから持ち出された注文というのが「一切、登場人物の気持ちを表現しないでほしい」「状況に付けないでほしい」「観客の気持ちを煽らないでほしい」ということでした。つまり、「一切感情に訴えかけてはいけない」というのが高畑さんとの最初の約束だったんです。禁じ手だらけでした(笑)。例えば「”生きる喜び”という曲を書いてほしいが、登場人物の気持ちを表現してはいけない」みないな。ですから、キャラクターの内面ということではなく、むしろそこから引いたところで音楽を付けなければならなかったんですね。俯瞰した位置にある音楽といってもいいです。高畑さんは僕が以前に手がけた『悪人』の音楽を気に入ってくださっていて、「『悪人』のような感じの距離の取り方で」と、ずっとおっしゃっていました。『悪人』も登場人物の気持ちを表現していませんからね。」

- 今回の音楽は、久石さんのファンからすると、ある意味でショックかもしれません。最近の久石音楽には見られない音が確かにここに刻まれています。

久石 「今回は五音音階を使いながら、ありきたりじゃないものを一所懸命やろうとしたわけじゃないですか。その結果、もし新しい音楽が生まれているとしたら、それは高畑さんとの化学反応で生み出されたものだと思います。高畑さんはやはり素晴らしかった。論理立てていながら、かといって論理だけの人ではない。そこが山田洋次監督にも似ていらして、作家としてズバ抜けているところですよね。やりとりを重ねる中で、非常に刺激を受けました。僕がこう言うのもおこがましいですが、自分が音楽を組み立てていく方向と、高畑さんが思考される方向がとても似ていたといいますか。そういう感触もありましたので、ものすごく大変でしたけれど、やりがいがありましたし、本当にいい機会をいただいたなと。モノ作りをしている人間なら、この映画を観たらショックを受けるでしょうね。それくらい完成度が高いですから。僕自身もかなりできたなという実感があります。もちろん、そこまでできた理由は、やはり高畑さん。高畑さんのおかげでこの高みに上ることができました。」

(かぐや姫の物語 ビジュアルガイド より)

 

 

「かぐや姫の物語 ビジュアルガイド」
目次
VISUAL STORY
CAST INTERVIEW
第7スタジオの記憶
STAFF INTERVIEW
ANOTHER STORY
SPECIAL CROSS TALK

 

 

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かぐや姫の物語 ビジュアルガイド

 

Blog. 久石譲 「かぐや姫の物語」 インタビュー ロマンアルバムより

かぐや姫の物語 ロマンアルバム

Posted on 2014/12/5

2013年公開 スタジオジブリ作品 映画『かぐや姫の物語』
監督:高畑勲 音楽:久石譲

映画公開と同年に発売された「ロマンアルバム」です。インタビュー集イメージスケッチなど、映画をより深く読み解くためのジブリ公式ガイドブックです。

高畑勲監督最新作であり、久石譲と初めてタッグを組んだ作品です。

”従来のアニメーションと違い、セル画と背景画の境界線をなくして絵画が動き出すような独特の技法をとっていることから、人物造形・作画設計の田辺修さん、作画監督の小西賢一さん、美術の男鹿和雄さんら20人以上の制作スタッフにロングインタビューを敢行し、新しい表現がどのように成り立ったかを設定資料をもとに細かく解説している。また、今作で初めてタッグを組んだ久石譲さんと高畑監督による特別対談や、声を演じた朝倉あきさん、宮本信子さんらのインタビューも収録している。”

というわけで、高畑勲 × 久石譲 による貴重な特別対談内容です。

 

 

特別対談 [監督] 高畑勲 × [音楽] 久石譲
映画と音楽、その”到達点”へ。

高畑勲がプロデューサーとして参加した『風の谷のナウシカ』以来、30年の時を経て映画監督・高畑勲と作曲家・久石譲の初タッグが実現した。はたして、映画と、映画音楽の理想像を追い求め、挑み続けた2人が辿り着いた場所とは……。『かぐや姫の物語』の制作秘話と、2人が本作に込めた熱い思いを、特別対談で語ってもらった。

 

観客の心に寄り添う音楽と「わらべ唄」

-これまでお二人での対談は?

高畑:
初めてですね。

-1984年の『風の谷のナウシカ』(宮崎駿監督)で高畑さんがプロデューサーを務めていた時に久石さんと会ってから30年。初めて監督と作曲家という形で仕事をされましたね。

高畑:
僕はこれまで久石さんにわざとお願いしてこなかったんです。『風の谷のナウシカ』以来、久石さんは宮崎駿との素晴らしいコンビが成立していましたから、それを大事にしたいと思って。でも今回はぜひ久石さんに、と思ったのですが、諸事情で一度はあきらめかけた。しかし、やはり、どうしても久石さんにお願いしようという気持ちが強くなったんです。

-依頼を受けた久石さんは?

久石:
最初にお会いした時から尊敬していましたし、ぜひご一緒したいという気持ちはずっとあったので嬉しかったです。

―音楽作りはどう進めていったのですか?

高畑:
僕がたまたま音楽好きだったこともあり、宮さんがやった『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『魔女の宅急便』では、監督が作曲家に対して話すような役割を僕が負っていたものですから、初めてという感じはあまりなくて。

久石:
確かに。まずは絵を描くために必要な琴の曲を作るところから始めましたよね。

高畑:
その琴の曲がものすごくよかったんです。大事なテーマとして映画音楽としても使っていますが、初めて聴いたとき、お願いしてよかったと、心から安心したのを覚えています。

久石:
ビギナーズラックみたいなものですよ。大変だったのはそのあと。高畑さんから「登場人物の気持ちを表現してはいけない」「状況につけてはいけない」「観客の気持ちをあおってはいけない」と指示があったんです。

―映画音楽として求められそうなところが全部禁じ手。

高畑:
久石さんは少しおおげさにおっしゃっています(笑)。でも主人公の悲しみに悲しい音楽というのではなく、観客がどうなるのかと心配しながら観みていく、その気持ちに寄り添ってくれるような音楽がほしいと。久石さんならやっていただけるなと思ったのは『悪人』(李相日監督)の音楽を聴いたからです。本当に感心したんですよ。見事に運命を見守る音楽だったので。

久石:
普段は喜怒哀楽みたいな感情的な表現を求められることがとても多いんです。例えば「夕焼けを見て感動した気持ち」とか。でも、極力そういうところではなく、ムードに流されずに作ってきたつもりですし、『悪人』はそれがうまくいった作品でした。しかし高畑さんの指示はその上をいっているので大変でした。山水画のように省略されている絵が多く、音楽でも同じことを望まれました。そこでまず核となる部分を作ったほうがいいだろうと「生きる喜び」と「運命」という二つのテーマに取り組むことにしました。

―高畑さんの中では絵コンテが上がった段階で、どこに音楽を入れるか明確なプランがあったのですか?

高畑:
絵コンテではあまり考えないで最後の段階で計画します。で、書いていただいた音楽はどれもよかったのですが、どの程度入れていくかということについては最後まで悩みました。このシーンはこう観てほしいと音楽が先行するのは本当に嫌なんです。しかし今度は「ここにも入れたい」と欲張った。そうすると音楽が素晴らしくても過剰になってしまうのではないかと心配になる。それでいろいろ抑え気味にとか、間をあけつつとか、久石さんにもご苦労をおかけしました。これでよかったんだと思えたのは初号試写の時ですね。もう考えても無駄ですから、いろいろ考えずに観られたんです。

久石:
高畑さんが持っている創造性がこちらに影響した結果ですよね。僕の場合、音楽の組み立て方は論理的に考えるんですよ。高畑さんが自ら書かれた「わらべ唄」が重要なところに何回か出てきますが、この曲は民謡などで使う5音音階的な方法を使っていて、気をつけないと非常に安直に聞こえてしまう。そこで整合性をとるために「わらべ唄」に乗せる和声やリズムを工夫したりして。

高畑:
久石さんの作られた旋律と「わらべ唄」に一体感が出たのはうれしかったですね。

-作曲家である久石さんにあの曲を提案するのは勇気が要ったのでは?

高畑:
そうですね。おずおずと出しました(笑)。

久石:
あははは。

高畑:
ごく自然に聞ける「わらべ唄」のくせに、山川草木とか四季とか、具体的観念を網羅するというありそうもないものがほしくて、言葉とメロディーが切り離せなかったんです。それでつい自分で作っちゃった。内容的には主題だけど、どのくらい映画にこの曲を出すかどうかということは悩みました。音楽をお願いしているのに「ここに入れてもらえませんか」なんて(笑)。

―久石さんは「わらべ唄」を聴いてどう思われたのですか。

久石:
もし自分が書いたとしても、どこまでシンプルに書くかという点では同じだったと思うので、抵抗はなかったですね。むしろ状況内の音楽として「わらべ唄」と琴のために作った曲が共存できることが分かったし、あの唄があったおかげで全体が立体的になりましたね。

 

化学反応を起こした二人の創造性

―物語の最後、かぐや姫が天上に上がっていく曲はそれまでの流れと違っていて驚きました。

高畑:
阿弥陀来迎図という阿弥陀さまがお迎えにきてくれる絵があります。平安時代以来、そういう絵がたくさん残っているんですけれど、その絵の中で楽器を奏しているんですね。ところが描かれている楽器は正倉院あたりにしかないような西域の楽器ばかりで、日本ではほとんど演奏されていない。だから絵を見ても当時の人には音が聞こえてこなかったと思います。でも、打楽器もいっぱい使っているし、天人たちはきっと、悩みのないリズムで愉快に、能天気な音楽を鳴らしながら降りてくるはずだと。最初の発想はサンバでした。

久石:
サンバの話を聞いたときは衝撃的でした。「ああ、この映画どこまでいくんだろう」と(笑)。でも、おかげでスイッチが入っちゃいましたね。映画全体は西洋音楽、オーケストラをベースにしたものなんですけど、天人の音楽だけは選曲ミスと思われてもいいくらいに切り口を替えようと。ただ完全に分離させてしまうのもよくないので、考えた結果、ケルティック・ハープやアフリカの太鼓、南米の弦楽器チャランゴなどをシンプルなフレーズでどんどん入れるアイデアでした。却下されると思って持っていったのですが、高畑さんからは「いいですね」って。

高畑:
これは、久石さんも心がけておられる、映画音楽の基本は絵に対して対位法的でなければいけないというのと関連はありそうですけど。

久石:
日本の映画で言ったら「野良犬」のラストが典型的ですよね。刑事と犯人が新興住宅地の泥沼で殴り合っている時に、ピアノを弾いている音が聞こえてくる。当時ピアノを持っている家はブルジョワなわけで、若奥さんが弾いている外の泥沼で刑事と犯人が殴り合いをすることで、二人とも時代に取り残されている戦争の被害者だということが浮き彫りになる。天上の音楽を悩みのないものとして描くのも同じアプローチの対比ですよね。

高畑:
むしろ難しかったのは、捨丸とかぐや姫が再会する場面の曲です。それまで出てくる生きる喜びのテーマより、もうひとつ別のテーマが必要だと思ったんです。命を燃やすことの象徴として男女の結びつきを描いているので、幼少期の生きる喜びのテーマとは違う喜びがそこに必要ではないかと。それで別のテーマを依頼して書いていただいたのですが、やっぱり違うと思ってしまった。それで元に戻って、再び生きる喜びのテーマをここで高鳴らした方がいいと久石さんにお伝えしたら「最初からそう言ってましたよ」って(笑)。

久石:
直後に天人の音楽という今までの流れとはまったく違うテーマが出てきますからね。捨丸との再会シーンで切り口を替えちゃうと、ちょっと過剰になるんじゃないかという印象を持っていました。それで元通りでいきましょうということになったら、逆にものすごい勢いの曲が生まれましたよね。

 

きっと、それでも生きる価値がある

―監督は「この映画が日本のアニメーションを一歩進めた」と語っていますが、久石さんがこの仕事を終えて感じたことは。

久石:
自分にとって代表作になったということです。作る過程で個人としても課題を課すわけです。これまでフルオーケストラによるアプローチをずいぶんしてきたのが、今年に入って台詞と同居しながら音楽が邪魔にならないためにはどうしたらいいかを模索していて、それがやっと形になりました。

―いつか高畑さんとやってみたいという気持ちは久石さんの中にもあったのですか?

久石:
当然。30年前からずっと思っていましたよ。30年越しの夢が叶かなった気分。

高畑:
久石さんはすごく誠実な方なんです。いい音楽を書いてくださるというだけでなくて、こんなに映画のことを考えて、細部までしっかりちゃんとやってくださる方はなかなかいません。

―思い起こせば30年前、初めて久石さんにお会いしたときのことは覚えていますか。

高畑:
もちろん。でも久石さんのことは何も知らなかったんです。それが『風の谷のナウシカ』のイメージアルバムを作っていただき、それを繰り返し聴いているうちに、映画に必要なものがこの中に全部入っているんじゃないかと気がついた。これは驚きであり喜びでしたね。

久石:
それがあったから僕は今こうしているんですよね。

高畑:
久石さんの音楽で僕が感心したことがあるんです。それは『となりのトトロ』で「風のとおり道」という曲を作られたのですが、あの曲によって、現代人が“日本的”だと感じられる新しい旋律表現が登場したと思いました。音楽において“日本的”と呼べる表現の範囲は非常に狭いのですが、そこに新しい感覚を盛られた功績は大きいと思います。

久石:
今回の音楽もその路線上にあるんですよ。「わらべ唄」の5音音階を主体にした新しいアプローチを『かぐや姫』では取り組んでみたかった。「竹取物語」ではかぐや姫とはどういう思いで地上に降りて、なぜ帰っていったのかという説明がほとんどない。これは距離をとって見ていくことで感じるものじゃないかと思うようになった。

高畑:
まさにそうですね。今存在している「竹取物語」は不完全なもので、その裏側に隠された本当の物語があるんじゃないかという仮説を思いついてしまったんです。だから真実の裏ストーリーを作れば、かぐや姫の気持ちはわかるだろうと。ただわかるんだけど、見る人が自分と主人公を同一視していくような感じではなく、距離を持って見つめる方がじわっとくると思いました。“思い入れより思いやり”と言っているのですが、自分がぞっこん惚ほれ込んで思い入れてしまうより、想像力によって他人の気持ちがわかる映画にしたかったんです。

久石:
この映画を観たあとに深い感動があるのは、多分それなんですよ。その場その場で感情をあおったりしないけど、2時間じっと観てきて最後に天上に去ってく時に、それでも人間っていいなと感じる。

―高畑さんの作品はこれまでもある特定の時代とか状況を描きながらそこから写し鏡のように“今”が見えてきます。制作期間が長いと現代が抱えている課題と作品の接点をどうとらえようとしていたのですか。

高畑:
制作が本格化した頃に東日本大震災がありました。それによって内容が影響されたわけではありませんが、人がたくさん亡くなられたり、家が流されたりするのを見て、無常観というか、この世は常ならないんだとあらためて思い知らされました。生き死にだってあっという間に訪れる。にもかかわらず強く生きていかなくちゃならない。そこに喜びもある。そういうことと、この作品も無関係じゃないんです。

久石:
東洋の発想だと魂は死なずに、また生まれ変わる…。人間になるのか牛になるのかわからないんだけど繰り返す。ふと思ったのですが、つまりかぐや姫というのはそれをデフォルメしている物語なのかもしれませんね。「いつか帰らなきゃいけない」という命題に生と死が凝縮されている。

高畑:
そうですね。この土地、要するに地球は、すごく豊かで命に満ちあふれているわけですよね。それを考えたとき、月は対照的なものとしていいですよね。光はあるかもしれないけど太陽の光に照らされているだけで、色もなければ生命もない。そこにあるのは原作にも出てくる“清浄”だけ。地球は清浄無垢より大変かもしれないけど、生きる価値がある。そのことをもっと噛かみ締めたいという思いで作ったつもりです。

久石:
限りある命だからこそ、ですよね。

※この対談は、2013年11月25日付の読売新聞東京本社版にて、広告特集として掲載されたものの再録です。

(かぐや姫の物語 ロマンアルバム より)

 

久石譲 x 高畑勲

 

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かぐや姫の物語 ロマンアルバム

 

Blog. 久石譲 「風立ちぬ」 インタビュー スポーツ報知特別号より

スポーツ報知「スタジオジブリ特別号」

Posted on 2014/12/2

2013年公開 映画『風立ちぬ』
監督:宮崎駿 音楽:久石譲

連動企画として2013年8月2日スポーツ報知「『風立ちぬ』公開記念 スタジオジブリ特別号」が主要コンビニ、駅売店、一部地域を除くYC(読売新聞販売店)、映画館で発売されました。

主題歌「ひこうき雲」を歌う松任谷由実をはじめ、庵野秀明氏、瀧本美織らのロングインタビューを収録。「永遠の0」の百田尚樹氏、直木賞作家の朝井リョウ氏らが、その魅力を語っています。「風の谷のナウシカ」から足かけ30年のスタジオジブリの歴史をスポーツ報知の紙面で振り返るなど永久保存版です。

 

そこに収められた久石譲のインタビュー内容です。

 

 

ナウシカから全作タッグ30年 毎回、これが最後という思い

現代を代表する作曲家の久石譲さんは映画音楽家としてのデビュー作となった「風の谷のナウシカ」(1984年)以降、すべての宮崎監督作品を担当している。「振り返ってみれば、そうなっていたというだけ。毎回、これが最後という思いです。クリエイティブなことでの真剣に向き合った結果がこうなったのは、本当に奇跡的」と話した。

宮崎監督の徹底した音へのこだわりを受け、久石さんも真骨頂で応えた。宮崎監督から出たのは「モノラル録音」と「効果音は人間の声で」ということだった。イメージアルバムを作らなかったのも異例だ。

 

宮崎さんは「音楽はできるだけ、そぎ落としたシンプルなものを」と

久石:
「モノラル?『なんで?』って思いましたね。そのうち考えが変わるだろうと思ったけれども、変わらなかった(笑)。5.1チャンネルとかサラウンドだと何でも詰め込めちゃうんですよ。それがモノラルだと、スピーカー1個。そこにセリフも効果音もすべて入る。宮崎さんは最初から『音楽はできるだけ、そぎ落としたシンプルなものを』とおっしゃっていた。僕の方もそれがいいと思っていた」

絵コンテを見て、イメージを膨らませ、いつも以上に打ち合わせを重ねた。

久石:
「結構苦しみましたし、大変でした。というのも、今までのファンタジーとは違って、今回は実写に近い。そういう場合、テーマ曲はどうあるべきなのかをつかむまでに時間がかかった」

そのテーマ曲はロシアの代表的な弦楽器「バラライカ」が切なくも美しい主旋律を奏で、ロシアのアコーディオン「バヤン」がもり立てるエスニック風の組み立て。映像に寄り添い、あまり主張しない音楽を心がけたという。

久石:
「宮崎さんの作品は世界中の人が待っていますからね。音楽にも格が必要だと思っていたので、今回もですが、ホール録音が多いんです。でも、『今回は大きくない編成がいいんだ』というので、そのスタイルを切り替えた。これはかなり難しかった。オーケストラにはないものをフィーチャーし、結果的に一番小さい編成になった。今までとは違う世界観を持ち込んだつもり」

元来、映画好き。自身も監督経験があるだけに、映像の視点でも作品を見ている。

久石:
「主人公が設計士だと、本人があまり動かない。観客は感情を乗せにくいが、大丈夫なのかなと思いました。こういう設定はものすごく難しい。映像にしづらいものなのかもしれない。だとすると、このクオリティーで、新しい地平線を切り開くような作品を、しかもこれだけ力強く描いた宮崎さんはすごい。今でも新たな道を進もうとしている宮崎さんを心から尊敬します」

 

ずっと背中を追っかけている

宮崎監督とのタッグは約30年。

久石:
「たまたま続いているだけ。毎回、これが最後という思いでやっています。宮崎さんが好きなんです。少年の気持ちをそのまま持っている人で、すごく周りに気を使う。僕にとっては人生のお兄さんみたいなものです。ずっと宮崎さんの背中を追っかけている。迷った時に、宮崎さんなら、どういうふうに結論を出すんだろうと思うんです。」

2008年8月には「久石譲 in 武道館 -宮崎アニメと共に歩んだ25年間-」と題した記念公演も行ったが、好きな作品は?と聞くと、「ナウシカ!」と即答。最初の作品だけに思い入れがあるという。

久石:
「普段、昔のことは考えない。『代表作は何ですか?』と聞かれて、『次回作』と言うのが一番答えとして正しいと思う。そんな気概がなかったら、いいものは作れない。作るときは全精力を傾けている。『ポニョ』を作った頃の自分と今の自分はまったく違うし、『ナウシカ』の時とも違う。人間は変わっていく。とどまっていたら、ダメですからね」

宮崎アニメを手がけることは他の作品にも作用している。

久石:
「作曲というのは点ではなく線。一つの仕事をすると、必ずやりきれなかったことや反省が出てくる。弦の使い方が良くなかったなとか、ちょっとうるさく書きすぎた、とか。それを次の作品でクリアしていく。クリアしても、次の問題が出てくる。宮崎さんの作品はほぼ4年に1度。オリンピックのようなもの。節目節目でクリアしなければいけない課題が出てくるんです」

最近は「東京家族」で山田洋次監督、「奇跡のリンゴ」で中村義洋監督と組み、ますます幅を広げている。

久石:
「以前は音楽家である自分の方が大事だったから、音楽として評価されたいとも思ってしまっていたが、今は映像と一体化する、映像用でしか書けないものを、と徹底するようになった。映画音楽として極めたい」

目下、高畑勲監督の「かぐや姫の物語」(2013年)、山田洋次監督の「小さいおうち」(2014年)など巨匠の新作を作曲し、夜はクラシックを学ぶ多忙な日々だ。

久石:
「宮崎さんは72歳、高畑さんは77歳、山田監督は81歳。ちゃんと生きている人はすごい。創作意欲は衰えず、むしろ強くなる。『年を取るって悪くないな』と本当に思いました。この組は助かるんですよ。(62歳の)自分は若手になるから(笑)。ものを作るって、簡単にはいきません。高畑さんは10年くらい『かぐや姫の物語』をやっている。そんな長い期間、ずっと集中し続けられるって、とんでもないことですよね。そういう人が心血を注いで、一つの作品を作っている。そのそばにいて、音楽を提供していく責任と、その人たちに育てられながら、ここまできたんだなと思います」

(スポーツ報知「『風立ちぬ』公開記念 スタジオジブリ特別号」 より)

 

 

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スポーツ報知「スタジオジブリ特別号」

 

Blog. 久石譲 「風立ちぬ」 インタビュー 月刊ピアノ2013年8月号より

月刊ピアノ 8月号

Posted on 2014/12/2

2013年公開 スタジオジブリ作品 映画『風立ちぬ』
監督:宮崎駿 音楽:久石譲

「月刊ピアノ 2013年8月号」に久石譲インタビューが掲載されています。

 

 

今はまだ『風立ちぬ』のことはうまく話せないんです

『風立ちぬ』の音楽について聞くべく訪ねたのは、つい1週間前に、その音楽制作が終わったばかりの久石譲。インタビュー開始直後の第一声は、「今はまだ話せないんですよ」。語れるほどの整理がついていないと言う。この音楽制作にはかなり悩み、長い月日を費やした。最後には、映画の世界から抜け出せなくなるくらい作品と同化した。「だからすぐには冷静には振り返れない」。作品と真剣に向き合う作曲家の生の声が聞けた。

 

映画と同化するくらい、真剣に書いている

-『風立ちぬ』の音楽はどんな思いで書かれたのですか?

久石 「うーん……難しいな。ついこのあいだまで作っていたから、まだ客観的に振り返ることができない状態なんですよ。あまりにも大変だったから(笑)。もう少したったら、冷静に話せるのかもしれないですけどね。ひとつの作品にこれだけ長く時間をかけたのは初めてだし、一番苦しんだ作品かもしれない。終わったらボロボロになっちゃって、じつはまだ抜けきれていないんですよ。最近は”映画1本作るって、こんなに難しいことなのか”と思うようになりましたね」

-それはどうしてですか?

久石 「自分と映画が同化するくらい真剣になって書くようになったんですよね。音楽家として映画に携わったというスタンスよりも、自分が映画の一員になり、監督の分身になるくらいに入り込む。以前は音楽家としての野心みたいなものも強かったけれど、『悪人』(2010年)以降かな、引くことを覚えた。映画と音楽が一体化したとき、どう観客に訴えかけるか、どう伝えるかを中心に考えるようになったんです。音楽はドレミファソラシドと半音を足して、12個の音の組み合わせでしかない。それにリズムとハーモニーでしょ。しかも映画音楽では調性やメインテーマが求められるわけだし、映像やセリフ、効果音などとのバランスや制約もある。やれる範疇が決まってるんです。非常に限定されているなかでオリジナリティを出すのは、本当に大変な作業なんですよ」

-『風立ちぬ』のサントラは、映画の世界観、テーマに同化していることはもちろん、ひとつの音楽作品としても成り立っていますよね。

久石 「自分ではわからないけど、結果として、そうなっているといいなとは思いますね。『奇跡のリンゴ』(2013年)までは二管編成のフルオケで書くことが多かったんですよ。今回もそれで臨む予定だったんだけど、途中で宮崎監督から”小編成がいい”という話があって、急遽変更したんです。小オーケストラというのかな、その小さくした感じはうまく出せましたね。今回の特徴でいうと、ロシアのバラライカやバヤンという民族楽器、ギターなどをオーケストラと対等になるほど重要なところに入れていること。そういう意味ではオープニングが勝負だったんですよ」

 

『風立ちぬ』はオープニングが勝負だった

-オープニングで流れる「旅路」がポイントだった、と。

久石 「そう、(飛行機が)飛び立つまでは民族楽器だけなんです。あとはピアノが少し入るだけで、そのあと、弦が入ってくる。『風立ちぬ』のような大作だと、頭でドーンと派手にいきたくなるんだけど、今回はグッとこらえているんです。結果としては、それが功を奏したんじゃないかなと思っています。そこはね、宮崎監督の指示も非常に明快だったんですよ。”空を飛んだりするけれど、すべては主人公、二郎の夢のなかの話。夢の思いで統一する、それはイコール、空を飛んだからといって、派手な音楽になるわけではない”っていう」

-なるほど。

久石 「おそらく、観客をあそこでつかんじゃうんじゃないかと思うんですよね。もうひとつ、今回はモノラルだったんですよ。ステレオの場合、あのオープニングはバヤンのメロディとギターが聴こえていえればOKなんだけど、モノラルだと(音が聴こえてくる場所が)1ヵ所しかないでしょ?そうすると、全体のバランスを細部にわたって楽器ごとに直していかなくてはいけないんです。通常よりも細かい作業が必要で、それは本当に大変でした。ただ、それがうまくいくと、空間が広がっていくんですよね。レコーディングの基本はモノラルにあるんだなということを再認識したし、とてもいい経験になりました」

-最後に今後の活動予定について教えてもらえますか?

久石 「自分のベーシックなスタンスをクラシックに戻すつもりでいます。もともとは現代音楽の作曲家でスタートしているからね」

-映画音楽家としての活動は…?

久石 「そちらをやめると言ってるわけではないよ。”久石に音楽を書いてほしい”と望まれるのは、作家として最高の喜びですから。そのときは全力を傾けて、映画と同化するくらいの気持ちで作る…そのスタンスは変えないです」

(月刊ピアノ 2013年8月号 より)

 

 

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