Blog. 「久石譲 ジルベスター・コンサート 2007」 コンサート・パンフレットより

Posted on 2015/01/19

2007年大晦日に開催された「久石譲 ジルベスター・コンサート 2007」です。

念願の初ジルベスターコンサートにして、3回ものアンコールという興奮につつまれた2006年につづいて2回目です。演奏プログラムも前年よりもパワーアップ、ほぼリアルタイムな作品群や世界初演など、まさに2007年を象徴する楽曲たちが並んでいます。これがツアーではなく、一夜限りのジルベスターコンサートでのお披露目ですから、なんと贅沢な至福の時間だったことか、と思います。

 

 

久石譲ジルベスターコンサート2007

[公演期間]
2007/12/31

[公演回数]
1公演
大阪・ザ・シンフォニーホール

[編成]
指揮・ピアノ:久石譲
指揮:金洪才
管弦楽:関西フィルハーモニー管弦楽団

[曲目]
[第1部]
Orbis
組曲「マリと子犬の物語」 (全4楽章) ~「ふるさと」「奇跡の再開」 他2曲~
組曲「太王四神記」 (全4楽章) ~「タムドクのテーマ」「スジニのテーマ」(Pf.Solo) 「勝利へ」「運命」~

[第2部]
Links

[オーケストラストーリーズ となりのトトロ2007]
さんぽ
五月の村
ススワタリ~お母さん
トトロがいた!
風のとおり道
まいご
ネコバス
となりのトトロ

HANA-BI
Tango X.T.C.

—–アンコール—–
あの夏へ (for Piano and Orchestra)
Oriental Wind
夢の星空 (Pf.solo)

 

当日会場で配布されたコンサート・プログラムより各楽曲解説をご紹介します。

 

 

Orbis

今年で25回目を迎えた『サントリー1万人の第九』の記念委嘱作品。本年12月2日、大阪城ホールとサントリーホールとを結び同時衛星中継により世界初演され話題となった。パイプオルガンとオーケストラ、1万人の合唱団からなるこの楽曲を、今回のコンサートのためにフルオーケストラバージョンに書きかえた。華やかさがよりいっそう増すこととなった祝典序曲である。生命の起源となる水の小さな水泡が繋がって、やがて大きな環となる…。Orbisとはラテン語で”環” ”輪”などの意。

 

組曲『マリと子犬の物語』(全4楽章)

12月8日に全国一斉に劇場公開された映画『マリと子犬の物語』のために書かれたオリジナル・サウンドトラックより抜粋。今回はその中から、ブラスによる牧歌的なメロディが印象的なメインテーマを含め、物語を構成する主要な楽曲を再構成、組曲とした。世界初演。物語は2004年の新潟中越地震直後、全村避難の際に村に取り残された犬たちと村の人々との実話をもとにした心温まる感動ストーリー。音楽が作品をより起伏の富んだものへと彩りを添えている。
(『マリと子犬の物語』オリジナル・サウンドトラック収録)

 

組曲『太王四神記』(全4楽章)

12月4日より、NHK BS-hiによって放映が開始され話題となっている、ペ・ヨンジュン主演の韓国歴史ドラマ『太王四神記』おために書き下ろされた楽曲の中より、メインテーマを含む4曲を抜粋、世界初演の演奏となる。久石はこのドラマのために50曲以上もの楽曲を提供、フルオーケストラ編成の壮大なスケールの楽曲はダイナミックなドラマの世界観をより一層際立たせている。
(『太王四神記』オリジナル・サウンドトラック収録)

注)4曲とは、「タムドクのテーマ」 「スジニのテーマ」 「勝利へ」 「運命」

 

-休憩-

 

Links

Japan国際コンテンツフェスティバル(CoFesta)のテーマ曲としての委嘱作品。ミニマルミュージックのスタイルを多分に踏襲した楽曲で、冒頭に現れる8分の15拍子のリズミックで特徴的なフレーズをほぼ一貫して全曲中に使用。一つのテーマをオーケストラという可能性の中で様々な形に発展・展開してゆく妙は必聴。曲は後半にいくにつれ、緊張感と共に盛り上がっていく。15拍子という変拍子の中にグルーヴさえをも感じさせるスピード感溢れる楽曲。

 

オーケストラストーリーズ となりのトトロ2007

初めてオーケストラに接する子供たちと大人たちのための入門的作品。おなじみの「さんぽ」では楽器の音色や役割、特徴をわかりやすく解説。一つのオーケストラ作品としても完璧なまでに完成され、ストーリーの展開もさることながら、聴く者を飽きさせることのない内容に富んだ作品である。今回、新たに3管編成に編曲。
(『オーケストラストーリーズとなりのトトロ』収録)

 

HANA-BI

第54回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した映画『HANA-BI』のメインテーマ曲。アルバム〈Nostalgia〉に収録され、レコーディングを行ったイタリアを感じさせる哀愁漂う作品である。3拍子と4拍子のセクションが交互に置かれ、その上に乗る官能的なメロディーが印象的である。
(アルバム『WORIS II』等に収録)

 

Tango X.T.C.

華やかなこの楽曲はコンサートで演奏される機会が多く、「HANA-BI」同様、久石本人が大切にしている楽曲の一つでもある。映画『はるか、ノスタルジィ』のテーマ曲で、1992年にTango X.T.C.(エクスタシー)と名付けられ、アルバム〈My Lost City〉に収録された。その後オーケストラのために新たに書き直され、前作とはひと味違った作品に生まれ変わっている。
(アルバム『WORKS II』等に収録)

(久石譲 ジルベスターコンサート 2007 コンサート・プログラムより)

 

 

ジルベスター・コンサート 2007

 

Blog. 「久石譲 アジアオーケストラツアー ファイナルコンサート」(2007) コンサート・パンフレットより

Posted on 2015/01/16

2007年3月5日に行われた「久石譲 アジアオーケストラツアー ファイナルコンサート」。2006年アジア4都市5公演で開催された「Joe Hisaishi Asia Orchestra Tour 2006」を経てその集大成および凱旋コンサートとして東京で開かれました。

 

 

アジアオーケストラツアーファイナルコンサート

[公演期間]
2007/3/5

[公演回数]
1公演 (サントリーホール 東京)

[編成]
指揮・ピアノ:久石譲
管弦楽団:新日本フィルハーモニー交響楽団

[曲目]
第1部—–
水の旅人
For You(Theme)
NAUSICAÄ 2006
組曲「もののけ姫」
交響変奏曲「メリーゴーランド」

第2部—–
Piano Solo
あの夏へ
Summer
アシタカとサン

Dawn of Asia
Hurly-Burly
Monkey Forest
Asian Crisis
HANA-BI
Tango X.T.C.
Kids Return

アンコール—–
A Chinese Tall Story
Oriental Wind
となりのトトロ
Zai-Jian(Pf.Solo)

 

 

そのコンサート・プログラムより、楽曲解説からアジア現地レポートまで、ボリューム満点で紐解いていきます。

 

 

◎第一部

水の旅人
1993年、大林宣彦監督『水の旅人~侍・KIDS』より。
末谷真澄原作の「雨の旅人」を映画化、水の精霊と少年の交流を描いた勇気と優しさのSFXファンタジー。弱虫の小学生・悟が、身長17cmの侍・墨江少名彦と出会うことで様々なことを学び成長していく。テーマ曲である本作品は、重厚なオーケストレーションでコンサートの幕開けを飾るのにふさわしい楽曲である。

For You (Theme)
1993年、大林宣彦監督『水の旅人~侍・KIDS』より。
「For You」は中山美穂が歌う主題歌「あなたになら…」をオーケストラバージョンにアレンジした楽曲。木管楽器のソロをはじめとしたメロディが印象的な作品。

NAUSICAÄ2006
1984年、宮崎駿監督『風の谷のナウシカ』より。
高度な古代文明が滅びて千年あまり、疹気(有毒ガス)が充満する「腐海」と呼ばれる森に棲む巨大な蟲(むし)に人々は脅かされながらも逞しく生きていた。そんな世界で自然を愛し、虫と語る風の谷の少女ナウシカが未来の地球を酷い争いからたった一人で救う姿を描く。NAUSICCÄ2006は『風の谷のナウシカ』の世界を壮大なスケールで描いた作品。

組曲『もののけ姫』
1997年、宮崎駿監督『もののけ姫』より。
”たたり神”に呪われた少年アシタカと、山犬に育てられた少女サンの二人をとおし、自然と人間の関係を象徴的に描いた作品。楽曲は「アシタカとサン」「TA・TA・RI・GAMI」「もののけ姫」と続く。

交響変奏曲『メリーゴランド』
2004年、宮崎駿監督『ハウルの動く城』より。
ダイアナ・ウィン・ジョーンズの著書『魔法使いハウルと火の悪魔』をもとに、魔法で90歳の老婆に変えられてしまったソフィーと、魔法使いのハウルとの恋をとおして、生きる楽しさや愛する歓びを描いた作品。映画では、テーマ曲を様々に変奏してそれぞれの場面に個性的な楽曲が付いている。この曲は映画のテーマ曲を核に、一つの長大な交響変奏曲として書かれた。

 

◎第二部

Piano Solo 数曲

2006年、アルバム『Asian X.T.C.』収録曲より。
Dawn of Asia
亜細亜の夜明けは神秘的だ。まるで山水画のようなモノトーンから赤や黄色や緑の剥き出しの陽中に変貌していく。その力の前に人間なんて小さいものだと気づく。いい日もあれば落ち込む日もある。善も悪もミジンコも宇宙もすべては僕の中にあり、外にある。また新しい夜明け(Dawn)が始まる。

Hurly-Burly
台北の雑踏はエナジーに満ち溢れている。富と貧、老若、病と健康、喜びや悲しみ、笑い泣き、怒鳴り合う人々の顔は生命そのものだ。目の前を50ccのバイクが通り過ぎた。そこにはX’masツリーのように6人の子供を乗せたお父さんの逞しい姿があった。

Monkey Forest
モンキーフォレスト通りを歩いていたとき天が裂けたとした思えないほどの雨が降り注いだ。軒先の濡れたみやげ品を何事もなかったかのように片付けている少女を見て僕は意味のない傘を捨てた。

Asian Crisis
長い間封印していたことがある。青春の蹄鉄の中で描いて来たものに立ち向かうほど僕は強くなれたのだろうか?

 

HANA-BI
1997年、北野武監督『HANA-BI』より。
追われる身の刑事とその妻の逃亡劇を、これまで北野監督の乾いた視点から一転して、叙情的に描写した作品。ヴェネチア国際映画祭にて金獅子賞を受賞。テーマ音楽は非常に叙情的で、映画のエモーショナルな部分を深く表現している。

Tango X.T.C.
1992年、アルバム『My Lost City』収録曲より。
映画『はるか、ノスタルジィ』でもアレンジを変え使用されたこの楽曲は、官能的でありながらどこか悲哀感が漂う作品。久石作品の中でも様々なアレンジで演奏されているが、今回演奏されるオーケストラバージョンは秀逸を極めている。

Kids Return
1996年、北野武監督『Kids Return』より。
ボクサーを目指す青年と、ラーメン屋で出会ったヤクザの若頭のもので極道の世界にはいった青年二人が、汚い大人の世界に踏み込み、過酷な現実を味わう模様を描いた作品。疾走感のあるリズムと、どことなく悲壮感漂うメロディが印象的なテーマ曲をオーケストラにアレンジした作品。

 

 

歓待、熱狂、アンコール! アジア各地で行ったコンサート

◎台北シンフォニエッタ
今回のツアーは3管フル編成(約90名)なのだが、ここは室内オケのためエキストラの数が多くアンサンブルをまとめるのが難しかった。しかし、ひたむきで熱心な演奏と熱狂的な観客の歓迎ぶりで自分がSMAPかと勘違いするほどだった。ただしリハーサル時間に遅れてきても悪びれない様子には驚かされた(実は他のオケも同じだったことが後で判明する)。

◎香港フィルハーモニー
リハーサル会場に入った瞬間にこのオケは他とは何かが違うとわかった。普通オケはどこでも台所事情は悪く、コンサートだけではやって行けない(あの大人数を考えると分かると思うが)。そのため様々な助成金や企業のスポンサーを獲得するため苦労するのだが、ここの団員の6割を白人が占めるという事実だけで金銭的余裕があるのが分かる(わざわざ欧米から呼ぶ余裕がある)。それに団員の顔のしわが少ない。やっぱりゆとりなのだろうか。主に木管金管に白人が多く、そのためヨーロッパのオケのようにバランスの取れたアンサンブルを聴かせてくれるが、弦の鳴りは円形ホールのせいもあるのか少し物足りない。

◎チャイナフィルハーモニー
中国で一番のオーケストラ。日本のNHK交響楽団的存在だ。僕とは2回ほどサウンドトラックのレコーディングをやっているため気心が知れている。ここの弦はすばらしい。特にビオラが良いため弦全体の響きが豊かでしかも音がデカイ。1曲目の「水の旅人」でシンバル、大太鼓のffに負けないほどの音量で僕もオケも飛ばし過ぎたが、それほど思い切りが良いのは信頼関係が厚いからだろう。

◎上海交響楽団
チャイナフィルとライバル関係にあるオーケストラで小澤征爾さんを始め世界の一流指揮者が振っている名門。コンサートマスターのパンさんとは旧知の間柄で(スタジオミュージシャンとして「菊次郎の夏」など多くのサントラをレコーディングした)団員とのコミュニケーションにも一役買ってくれた。初日のコンサートでは多少もたついた部分もあったが、二日目は僕の炎の(?)指揮もあり満員の聴衆を沸かせた。

各地とも一週間以内でチケットは完売し聴衆は熱狂的に受け入れてくれた。アンサンブルとしてはやはり日本のオーケストラのほうが一日の長がある。が最初はもたついていても何日かのリハーサルの後、ツボにハマった瞬間の凄まじいエネルギーはやまり大陸的でスケールが違うと感じた。

◎関西フィルハーモニー
大晦日のジルベスターコンサートとして4年ぶりに指揮者の金洪才さん&関西フィルと共演した。金さんは僕の指揮の先生でもある。後半ピアノに専念できるためアップテンポの曲(MADNESSなど)を演奏することができ、金さんと関西フィルとのコンビネーションも相まって一年を締めくくるには最高の夜だった。アンコール5曲というのも過去最多だが控室に戻ってきてからもお客さんの拍手が鳴り止まず、もう一度着替えて舞台に出たのも初めてだった。その熱さはカウントダウンに行ったUSJの野外の凍てつく寒さの中でも残っていた。

(出典:宝島『久石譲の35mmダイヤリーズ』 より)

 

 

 

アジアオーケストラツアー 現地レポート

2006年末、その郷愁溢れる音楽でアジアを魅了した久石譲。
台北、香港、北京、上海、そして大阪。
熱狂に包まれた公演を、現地コンサートスタッフが振り返ります。

 

台北 Taipei
2006/11/20

2006年11月20日夜7時30分、国家音楽庁に「水の旅人」が流れ始めたその瞬間から、久石さんの音楽は台湾ファンの心を魅了し、その場にいる3000人の観客は心底感動し、彼のエネルギーを感じました。その夜の観客を一字で表すならば、まさに「狂」。

この公演は2006年の台湾音楽界で一番盛り上がり、最も忘れられない出来事となりました。来場した人々は今でもよくあの夜の感動を話しています。ただのコンサートではなく、豊かな人生体験のひとつとして。

事実、年が明けてからも、台湾では久石さんの話題がつきません。この十年の間、久石さんは国際的にも活動の幅を広げてきました。しかし、台湾のファンは長い間、久石さんの音楽に直接触れ合う機会がありませんでした。久石さんが台湾へ来る可能性がある…という話が出ると、ファンから毎日のように問い合わせがあり、誰かが久石さんの名前を語ったのではないか?という噂さえも出たほどでした。来台の事実が発表された後は、台湾音楽業界全体が喜びで溢れていました。そして、その興奮は久石さんのあの夜の爆発力で最高潮に達し、その場にいた誰もが満足することになりました。最後の曲が終わってからも観客の熱狂は冷めやらず、連続3回のアンコールを繰り返し、楽団メンバー、スタッフ全員が、感動のあまり呼吸すら出来なくなりました。

客席にいた私はこのすべてが脳裏に焼き付いています。現場にいた全ての人々も、あの時の感動を忘れることはできないでしょう。久石先生が再度来台され、その音楽で忘れられない感動と幸せが続くならば、それは素晴らしいことだと思います。

 

香港 Hong Kong
2006/11/23

まず初めに、Emperor Entertainment Groupを代表して、アジアツアーのご成功を心よりお祝い申し上げます。久石さんならではのパフォーマンスを香港で行うことができ、また、音楽で異なった文化を持つ香港の人々に一体感をもたらしたこの素晴らしいツアーに参加できた事を大変嬉しく思っています。

このプロジェクトの始めからずっと、久石さんはコンサートのための演奏曲目の計画やアレンジなどに並々ならぬ力を注いでくださいました。このコンサートの成功は、久石さんの音楽に対する情熱と専門的知識を惜しみなく注いでいただいた結果です。この久石さんと香港フィルの初の共演は、音楽愛好家にとって壮大で官能的なパフォーマンスをもたらし、このような異文化間の協力によりみごとな音楽の力の融合を示しました。ピアノを前にする時も、オーケストラを指揮する時も、久石さんのあふれる才能は観客を幾度となく魅了しました。彼のピアノソロ演奏は多くの人の心を動かし、エネルギッシュな指揮により生まれる躍動的な音楽は、聴くものを歓喜で包み込みました。

チケットが早々と売り切れたことも、コンサートに訪れた観客の熱狂的な反応も、久石さんの音楽があの夜いかに香港の聴衆を魅了したかを如実に物語っています。久石さんが再びお越しになるのを心から楽しみにしております。これからもずっと私たちの温かい支援がある事をここに記します。

 

北京 Beijing
2006/12/2

北京で久石さんのコンサート運営に携わり感じたことは、久石さんは実力で北京の観客を魅了したということです。同時に、良い音楽には国境がないということを証明しました。私自身も北京保利劇場で真剣に久石さんのコンサートを聴き、美しいメロディ、多彩なハーモニー…様々な相乗効果に強い印象を受けました。久石さんの音楽は文化的な豊かさ、高いレベルの芸術性が備わっており、人々の心に深く染みわたる音楽です。久石譲さんはその実力で、年末の北京音楽界に奇跡をもたらしました。

 

上海 Shanghai
2006/12/15,16

久石さんの上海コンサートは私にとって、とても特別なプロジェクトでした。中国で私の会社が手がける初めてのプロジェクトで、数多くのリスクがあり、判らないことだらけでした。元々、プロジェクトは宮崎さんのアニメ映画音楽を特集する上海Symphonyからのものでした。このプロジェクトを通して、私は、久石さんが映画のためだけに作曲するのではなく、非常に興味深いひとりの作曲家であることがわかりました。彼の新しいアルバム、Asian X.T.C.は、ユニークなリズムとアジア特有のメロディのフュージョンによって、非常に興味深いものとなっています。このアジアンツアーのプログラムは、久石さんの過去の作曲と現在の作曲を融合させ、幅広い音楽の才能を表現することに成功しています。

久石さんの音楽の中で私が最も心惹かれるのは、人々の心を感動させる彼の手腕です。上海のコンサートは疑いようのない大成功でした。私はこれらのコンサートを非常に誇りに思っています。なぜなら、他のすべての都市が一度しか出来なかった公演を上海では2度もできたのです! 上海における2度目のコンサートは特に印象的でした。私たちは、すべてのチケットが売り切れていることを既に観客の方々にお知らせしましたが、コンサートの始まる2分前でも多くの方々がチケットを求めて長い列を作っていました。コンサートが終わっても、聴衆は絶叫と喝采でアンコールを求め、いつまでも帰ろうとはしませんでした! 「クール」な態度で知られる上海の聴衆にとって、これは極めて異例なことでした。

このツアーで、私は久石さんをよりよく知ることができました。彼はオーケストラの演奏者に大変良く知られており、私の知るオーケストラのメンバーは皆、彼の音楽を愛し、共に仕事のできることを喜びとしています。私は彼の暖かい性格、ユーモラスな人柄、および類い稀な音楽の才能を賞賛します。そんな久石さんと今後とも末永く、お仕事でご一緒できることを望むとともに、またごく近い将来に、今回のようなツアーでもご一緒できる機会を持ちたいと願っております。

 

大阪 Osaka
2006/12/31

「大阪かぁ、、。」
念願だったジルベスターコンサートを、アジアツアーの一環として行っていただくことが決定した時、久石さんをはじめスタッフ全員での第一声は「よし、できる!」。そして第二声がこれでした。関西の観客は演奏への反応がストレート、演奏者にも逐一伝わってきます。アジアツアーの真只中日本に戻っての公演とはいえ、黙って温かく迎えてくれる場所ではありません。そんな気持ちがこの言葉に表れました。大阪担当の私も、喜んでばかりはいられないなと身の引き締まる思いでした。

そしてコンサート当日、前半を終え後半に入っても観客はかなり静か。最後までこのまま緊迫した雰囲気なんだろうか、と思った矢先、突然客席がはじけました。我慢していた感情を噴き出すかのような拍手、歓声、口笛、スタンディングオベーション、三回に及ぶアンコールの後ようやく久石さんは楽屋へ戻られました。いつもとは違う客席の反応は、ジルベスターコンサートならではのものですね、などと話をしているところへ舞台ディレクターが飛び込んできて「お客さんが帰らないんです!」。急いで戻って久石さんから観客の皆さんへご挨拶していただきました。

この瞬間、「大阪かぁ、、。」は「大阪最高!」にかわったと私は確信しています。すばらしい時をつくってくださった、観客の皆さんと久石さんに感謝いたします。

(久石譲 アジアオーケストラツアー ファイナルコンサート コンサート・プログラムより)

 

 

アジア ファイナル 久石譲 2007

 

Blog. 久石譲 雑誌「AERA」(2010.11.1号 No.48) インタビュー

Posted on 2015/1/15

遡ること5年前、2010年の雑誌インタビュー内容です。

雑誌「AERA」 2010年11月1日号 No.48 より

とても独特なタッチで書かれている久石譲論で、さらに掘り下げ方もおもしろい引き込まれる内容です。本文中にもありますが、時期的には、ミニマル・ミュージックを軸にフルオーケストレーションで華やかに昇華、新たな境地を開拓した『ミニマリズム』(2009年)から、ファン投票も募って親しみある久石メロディをシンフォニーとして彩った『メロディフォニー』(2010年)あたり。

この芸術性の『ミニマリズム』と大衆性の『メロディフォニー』の両軸をもって音楽活動をしている久石譲にぐっと迫った内容です。それは久石譲というペンネームから藤澤守という本名。名前や人格においても音楽活動で見え隠れする両軸。そして線引させたい本人の意向。いろいろな当時の模索や葛藤が見えてくる内容です。

 

 

芸術と大衆性のはざまで闘う全身音楽家

最新アルバム「メロディフォニー」では、自らの代表曲をロンドン交響楽団が演奏した。私たちの知っているあの歌が、まったく別の印象をまとって立ち上がる。作曲、編曲、指揮、ピアノ演奏-音楽のすべてに貪欲に、進化を続ける。

『笑っていいとも!』の「テレフォンショッキング」に久石譲(59)が出ていた。ご覧になった読者も多いだろう。映画『悪人』でモントリオール世界映画祭最優秀女優賞を受賞した深津絵里の紹介である。『悪人』の音楽を担当していたのが久石だ。所狭しと並んだ花輪の贈り主の中に同映画監督の李相日、主演の妻夫木聡、ほかにスタジオジブリの鈴木敏夫、SMAPなどの名前があった。

国民的作曲家である。宮崎アニメや一時期の北野映画はもちろん、最近の話題作『おくりびと』『坂の上の雲』といった映画、ドラマの作曲も手掛けている。『となりのトトロ』や『崖の上のポニョ』の主題歌♪ポーニョポーニョポニョ~も彼の作曲。SMAPの『We are SMAP!』にも楽曲を提供している。

一方、今年の彼はモーツァルトやブラームス、ドヴォルザークなどの交響曲を東京フィルハーモニー交響楽団で指揮し、母校の国立音楽大学で弦楽四重奏の講義を開催。去年発表したのが自ら作曲し、ロンドン交響楽団で収録したミニマル音楽のアルバム『Minima_Rhythm(ミニマリズム)』だった。そう、久石には強くエンターテインメントを志向する一面と、クラシックと現代音楽を深く掘り下げたいというコアな一面があるのだ。しかも彼の場合、その二面は相反していない。『笑っていいとも!』出演直後、久石本人から話を聞くことができた。

「音楽にはたぶん、いい音楽とそうでない音楽しかないんですよ。いい音楽はシンプルです。ベートーヴェンは最大のキャッチーな作曲家ですね。タタタターンでしょ。彼の『運命』は究極のミニマル音楽です」

-天才ですか。

「うん。閃きが傑出している」

-自分のことを天才と思うことは?

「まったくない。努力型ですよ、ぼくは」

 

理詰めと直感の試行錯誤でたどりつく「シンプル」

朝起きてコーヒーを飲んでからピアノの練習を始め、午後1時から深夜の12時まで作曲の仕事。家に帰って早朝までクラシックの研究をし、4時間寝た後、コーヒーを飲んでピアノの練習……と、久石はほぼ24時間音楽漬けの生活を送っている。

「いつもフル回転です」というのはユニバーサルミュージックの寺舘京子だ。「休んでるところを見たことがない。彼の音楽的な二面の一面がフル回転している間に片面は休む。そうやって交互に休んでいるとしか思えない。せっかちですよ。キキキキッと分刻みで移動する」

1990年代初頭、久石は3年ほどロンドンに住んでいたのだが、そこへ出張したレコーディングエンジニアの浜田純伸は「絶対ズルをしているはずだ」と思い、久石の生活を観察したことがある。「でもほんとに音楽漬けでした」と浜田。「人に厳しい人です。でもそれ以上に自分に厳しい」。同僚の秋田裕之が合いの手を入れる。「論理的。怒るときも論理的」。浜田「詰め将棋で詰まされるようなもんですね。それにとにかくタフ。納得するまで絶対諦めない。周りはヘトヘトです」。

久石によると「作曲の95%はテクニック」であるらしい。95%までは理詰めで緻密に構築していく。残りの5%が、いわば直感の領分なのだが、論理を超えた何かを掴むまで自分を追い込み、まだ形にならないアイデアを頭の底に泳がせておく。すると思わぬところでブンと、たとえばトレイや布団の中でメロディや音の形が浮かぶ。その後は95%の枝葉をばっさり切ったり、1音の上げ下げに何日も悩んだり、あらゆる試行錯誤を繰り返し、「これだ」と確信できてはじめて曲の誕生となる。2週間徹夜することもざらである。それだけの複雑を経由して久石はようやく自分の「シンプル」を手に入れるのだった。

-休まないんですか。

「休むと作曲の回路を再起動させるのが大変なんです」と久石。「それなら休まない方がいい」

作家性にこだわる人だだろう。『悪人』(2010年)で久石の胸を借りた監督の李相日は久石とがっぷり組んだ組み心地を「開きながらもプライドの高い方です」と語ってくれたが、そのプライドが彼の作家性である。「映像と音楽は対等」という構えを崩さない。注文通りの作曲なら95%ですむ。しかしそんな予定調和の仕事からは何のダイナミズムも生まれない。対等な関係で「監督のテーマをむき出しにする」のが彼の仕事であり、その作家性を担保しているのが彼の5%だった。

ミニマル音楽というのは最小限の音形を反復しながら微妙にズラしていく音楽だ。最初から最後まで主旋律がシンプルな四つの音だけで展開される「運命」が究極のミニマル音楽だというゆえんである。1960年代にアメリカで起こった。情感を催促しないそのスタイルは都会的で知的だが、民族音楽の影響も多分に受けている。その方法論は今では定着し、映像と両立した活動をしている世界的なミニマル音楽出身者として、たとえば『ピアノ・レッスン』のマイケル・ナイマンや『Mishima』のフィリップ・グラスがいる。久石もその一人だ。映画『キッズ・リターン』や『菊次郎の夏』の音楽といえばわかりやすいと思う。

バイオリンを習い始めた4歳のときから将来は音楽家になろうと決めていた。中学2年のときに作曲家になると決意。大学は作曲科に入ったが、すでにクラシックには興味が持てず、不協和音の多い難解な現代音楽にのめり込んでいた。そんな20歳の彼を圧倒したのがミニマル音楽であり、「ここはまだ音楽の可能性がある」と久石は直感した。

久石譲の名前を付けたのは21歳のころだ。友だちと酒を飲みながら、当時活躍していたクインシー・ジョーンズに漢字を当てて命名した。「特別好きなミュージシャンというわけでもなかったし、深い意味は何もないんですよ」と久石。

自分の音楽だけを探究する「芸術家」生活は20代の終わりまで続いた。理論と理屈にがんじがらめになって行き詰まるのだが、やるだけやった久石は迷わず商業ベースに転身し、CMや映画音楽、アルバム制作を少しずつ手掛けていた、そんな1983年のある日、『ナウシカ』準備室から声がかかったのだった。

 

宮崎、北野映画に与えた「5%の魔法」

すぐ彼に決まったわけではない。候補者には坂本龍一、細野晴臣、高橋悠治、林光といった錚々たる名前が並んでいた。前年に徳間グループ系列からアルバムを出していたので、その関係者の推薦でほとんど無名だった久石に声がかかったのだ。絵の作業に忙殺されていた宮崎駿監督の代わりにプロデューサーの高畑勲が音楽監督を務めていた。

「ずいぶん悩んでましたが、結局高畑さんの決め手は性格でしたね」と語るのはスタジオジブリのプロデューサー、鈴木敏夫である。「久石さんのそれまでに作った曲を聴いて、この人は高らかに人間信頼を歌い上げることのできる人だって見抜いたんです。賭けでした」

そこで高畑が久石に依頼したのがイメージレコードの制作だ。宮崎の書いたタイトルと詩に近いメモをもとにテーマ曲を書いてくれという宿題。

「届いたメインテーマを聴いて不安は吹っ飛びました」と鈴木。「間違ってなかったと思った。本人は否定していますが、だから、久石譲という作曲家を発見したのは高畑さんなんですよ。宮崎も絵を描きながらその曲を何度も何度も聴いていた」

それが『風の谷のナウシカ』(84年)のメインテーマとなった「風の伝説」である。それまでの久石のすべてが入っていてすべてが始まっている曲だ。映画は大ヒットした。この一作で久石は世に出た。

北野武監督との第1作は『あの夏、いちばん静かな海。』(91年)。こちらは請われて参画した。セリフのない映像に淡々と音楽が流れ、その映像と音楽の平行線が観客の頭の中で次第に交わっていく作品だ。その後に『ソナチネ』(93年)、『キッズ・リターン』(96年)、『HANA-BI』(98年)、『菊次郎の夏』(99年)と続く。いずれも北野映画の代表作である。北野映画では久石が20代のころ目指していた音楽がストレートに出ている。「偶然ミニマル同士が出会ったんですよ」。映画音楽ライターの前島秀国は言う。「北野さんも削ぎ落としていくミニマルな作風。北野ブルーといわれる空の色と久石さんの音楽のトーンがユニゾン(同調)するように、二人のミニマリストがユニゾンしていた」

北野は論理の前提に意識的な作家だ。「赤信号みんなで渡れば」式に、立てた論理の前提をひっくり返す。映画の外から来た彼は次々に映画の「前提」をひっくり返した。構造主義と時代的・手法的に通底しているミニマル音楽も西洋音楽、もっというと西洋中心主義・人間中心主義の前提を疑い、その袋小路から脱するための方法だったのではないか。前提に意識的な二人が組んだのだからあの数本の名作は成立していた。しかし、二人のコラボは『Dolls〈ドールズ〉』(02年)を最後に見られなくなった。

「最近の記事で北野さんが一種の音楽不要宣言をしていた」と前島は言う。「『自分は情緒とかいったものを音楽に任せないし、頼らない』と。だったら音楽家と上手くいくわけがない。しかし久石さんと別れたのは北野映画にとってすごい損失でしたね。久石さんの5%、つまり魔法の力を失ったわけですから」

 

「音楽が見えなくなった」時代の混迷に敏感に反応

一方『ナウシカ』以降、四半世紀以上続いているのが宮崎・久石コンビだ。個別に取材した話をもとに、ここで架空のシンポジウムを一つ組んでみたい。題して「久石譲と宮崎アニメの現場」。

宮崎駿 「久石さんには無礼の限りを尽くしました。『主題歌は別の人のを使います』とか。『ぼくは音楽家なんだから』と彼が言ったのを覚えている。『21世紀に新しい旋律なんて残ってないんだから前のでいいんじゃない』と言ったこともある。腹の中は煮えくり返りながら久石さんは笑ってごまかし、こっちも笑ってごまかしながら平気で言ってきた」

-『天空の城ラピュタ』(86年)のときはほかの候補者がいたとか。

宮崎駿 「その方は色数が少なかった。長編アニメは一種のカーニバルですからね。その側面は外せない。『となりのトトロ』(88年)のとき、久石さんの曲を聴いて『せわしいです』といったら、すぐその場で彼が一括りずつ音を抜いていった。すると見事に気分が合ったんです。そういう経験が何度かある。彼とはどこかで同期している」

高畑勲 「『風のとおり道』はどこか懐かしい、しかし古臭くない、これぞ日本的なものと現代人が思いたくなる曲です。歌謡曲で少しずつ市民権を得ていた二・六抜き短音階を、理想的な『自然』と結びついた新感覚として定着させたんじゃないでしょうか」

鈴木敏夫 「歌に関して言うと『トトロ』の主題歌は難産でした。久石さんは有線放送で子どもの歌を一日中聴いてたみたいですが、それでも出来なくて七転八倒していた。半年以上かかりましたね。『さんぽ』とともに今では教科書にも載っている名曲です。『ポニョ』は打ち合わせの場で閃いてパッと書きとめていた。本当です。でもすぐ発表すると否定されるからって隠していた(笑)」

宮崎アニメでは草木国土悉皆(そうもくこくどしっかい)が生きている。宮崎駿はアニミズムの作家だ。アニメーションのアニメート(生命を吹き込む)力を極限まで使ってカーニバルする宇宙を一つアニメートする。その映像と緊張をはらみながら交響するのが久石の音楽だった。

「しかし21世紀になって音楽が見えなくなるんですよ」。久石は言う。「その前は時代時代の語法があったんだけど、世界の混迷とリンクするように音楽も向こうが見えなくなった。時代を追いかけてもしょうがない、じゃあ確実に見えるところからやろうと、ぼくの原点であるミニマル音楽とクラシックに戻った。9.11も大きかった。それまで社会現象とは無関係に音楽を追究していたんですが、このままだと世界は大変なことになると思うようになって作ったのが弦楽合奏のための『DEAD』。エンターテイメントだけじゃ満足できなくなったんです」

いま彼がもっとも意識している作曲家はミニマル出身者でクラシック音楽とオーケストラを知り抜いているジョン・アダムズだ。「いつか彼のオペラ『ドクター・アトミック』を日本で指揮し、条件さえ整えば数年かけてじっくり自分のオペラを書きたい」

微妙にズレながら久石の音楽観は大きくグルッと一回転したのである。ミニマル音楽の可能性を掘り下げ、作曲家の視点でクラシックの交響曲を分析・解読し、実際にタクトを振るという作業が始まった。クラシックの巨匠たちがいかにカオスから秩序のミニマル(最小限)なパターンを発見し、織りなしていったかを読み込んでいく作業といってもいい。

前島によると久石の大転換点は『もののけ姫』(97年)だったらしい。宮崎監督の重い世界観を表現するために複雑なオーケストラ曲を本格的に書いたのがクラシック回帰のきっかけになったと。その後『千と千尋の神隠し』(01年)でユーラシア大陸をまたぐワールドミュージックを展開し、再びクラシックに戻ってシンプルなワルツのテーマ曲を変奏していたのが『ハウルの動く城』(04年)であり、ポニョの旋律を変奏していたのが『崖の上のポニョ』(08年)だった。ポニョの本名はブリュンヒルデだから、あの映画は宮崎版『ニーベルングの指環』といえなくもない。

「久石さんとは同じ時代を生きてきたと思う」。宮崎が語る。「作るに値する映画はいつの時代にもあるだろうという仮説のもとにやってきました。そのたんびにいっしょにやろうと。ここまで来たら最後までいっしょにやると思う。彼の音楽はぼくの通俗性と合っているんですよ。彼の音楽の持ち味は”少年のペーソス”です。それは彼のミニマルの底流にもあるし、『ナウシカ』のときからあった。映画によって隠したり、ちょっと出したり、うんと乾いて見せたり。手を替え品を替えやりながら生き残ってきた人だから、そう簡単に手札を見せるわけがない。でも”少年のペーソス”はずっと変わっていない。そこがたぶんぼくと共通している」

たぶんそれは北野とも共通していたと思う。彼の映画にはシャイな少年が隠れている。似ているから離れ、似ているから続く。似たもの同士、しかもそれぞれの5%で生き残ってきた作家たちの間ではそのどちらかしかないのだろう。

 

作曲、編曲、指揮、演奏 音楽の可能性を信じて

久石の少年時代は久石ではない。久石譲は20歳過ぎに付けた、いわば「芸名」だ。そう、地元・長野で高校教師をしていた父の映画館巡回に付き添って年間300本の映画を観たり、バイオリンからピアノにトランペット、サキソフォン、トロンボーン、打楽器までマスターし、アレンジに優れ、中高時代から難解な現代音楽に挑み、20歳のときにミニマル音楽を聴いて「ここにはまだ音楽の可能性がある」と叫んだのは久石ではない。本名の藤澤守だ。彼がそっくり久石の少年時代を占めている。久石は自分と藤澤守の関係についてこう語る。

「人間って元に戻りますね。ぼくはやっぱり藤澤守なんですよ。去年『ミニマリズム』を作るときに作曲者名は全部、藤澤守でやろうと思った。エンターテイメントは久石でやっているけど、作品は藤澤だろうと。2日に一遍はそのことを考える。今度の曲は絶対藤澤守で出してやるぞと」

-でもそうしたら売れない?

「うん。いつか作曲・藤澤守、指揮・久石譲でやりたい。それが理想ですね、ぼくの」

久石は二人分の人生を生きているのだった。時間が足りないわけである。

(雑誌「AERA 2010年11月1日号 No.48 文:岩切徹 より)

 

久石譲 アエラ 2010.11.1

 

 

*この本文は、時を経て『人のかたち ノンフィクション短篇20/岩切徹』(平凡社・2015刊)にて連載をまとめて書籍化のなかにも収載されました。

 

 

Blog. 「クラシック プレミアム 27 ~モーツァルト4 5大オペラ名曲集~」(CDマガジン) レビュー

Posted on 2015/1/13

クラシックプレミアム第27巻はモーツァルト4です。

第2巻にてモーツァルト1 アイネ・クライネ・ナハトムジーク など、第6巻にてモーツァルト2 交響曲 第39番・第40番・第41番、第12巻にてモーツァルト3 ピアノ・ソナタ集 第8番・第10番・第11番、そして今号にてモーツァルト4 5大オペラ名曲集です。第35巻にてモーツァルト5 クラリネット協奏曲 他 (4月28日発売予定)が特集予定となっています。

5回にわたってその音楽が紐解かれるのは、全50巻のクラシックプレミアム・シリーズにおいて、このモーツァルトとベートーヴェンのみです。その偉大さと、名曲の多さがうかがえます。

 

【収録曲】
《後宮からの逃走》 K.384より
序曲/〈愛よ!お前の強さだけが頼りだ〉
イアン・ボストリッジ(テノール)
ウィリアム・クリスティ指揮
レザール・フロリサン
録音/1997年

《フィガロの結婚》 K.492より
序曲/〈もう行けまいぞ、愛の蝶よ〉
〈お授けください、愛の神様、なにがしかの慰めを〉
〈恋とはどんなものか〉〈そよ風によせる〉

マーガレット・プライス(ソプラノ)
キャスリーン・バトル(ソプラノ)
アン・マレイ(メゾ・ソプラノ)
トーマス・アレン(バス)
リッカルド・ムーティ指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音/1986年

《ドン・ジョヴァンニ》 K.527より
序曲/〈愛らしきご婦人、これぞ目録です〉
〈あそこで我らは手を取り合おう〉
〈ぶって、ぶって、ねぇ、素敵なマゼット〉

バーバラ・ボニー(ソプラノ)
トーマス・ハンプソン(バリトン)
ラースロー・ポールガール(バス)
ニコラウス・アーノンクール指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音/1988年

《コジ・ファン・トゥッテ》 K.588より
序曲/〈僕は立派なセレナーデの楽隊を〉
〈ああ、見てちょうだい、妹〉〈風がおだやかにあり〉
ヒレヴィ・マルティンペルト(ソプラノ)
アリソン・ハグリー(ソプラノ)
クルト・シュトライト(テノール)
ジェラルド・フィンリー(バリトン)
トーマス・アレン(バス)
サイモン・ラトル指揮
ジ・エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団
録音/1995年

《魔笛》 K.620より
序曲/〈おれは鳥刺し〉
〈お前の魔法の調べはなんと力強いのだろう〉
〈地獄の報復が私の胸中で煮えたぎり〉

ナタリー・デセイ(ソプラノ)
ハンス=ペーター・ブロホヴィツ(テノール)
アントン・シャリンガー(バリトン)
ウィリアム・クリスティ指揮
レザール・フロリサン
録音/1995年

 

 

「久石譲の音楽的日乗」第26回は、
音楽の中の「ユダヤ的なもの」について

視覚と聴覚の問題から、話はユダヤ人の定義に飛び、その背景や芸術家におけるユダヤ人のことなどなど。その続きでもあるのですが、久石譲の原点でもあるミニマル・ミュージックについても触れられ、その枝葉はますます広がっています。なかなか抜粋が難しい構成で書かれていて、、ほぼ正確にご紹介させていただきます。

 

「ミニマル・ミュージックという作曲のスタイルがある。それは僕のベースになる手法だが、正確にはその後に出たポストミニマル、あるいはコンセプチュアル、ホーリー・ミニマリズムなどを経たポストクラシカルといわれるスタイルのほうがより自分には近い。」

「本来、作曲をカテゴライズすることなど意味のないことなのだが、音楽史的には「古典派」「ロマン派」「後期ロマン派」「無調」「十二音」とか「セリエル」(注1)「トーン・クラスター」(注2)など、分類する事は便利ではある。現代の多くの作曲家は、自分の感性を主体に音楽を作っていると思うが、自己の中だけで完結してしまいやすいので、世界の作曲の動き(スタイル)の中で自分がどこに位置するかを考えることも重要だと僕は思う。」

「作曲された作品は最終的に個人のものには属さない。すべては世界の音楽の歴史の中に集約されていく。ベートーヴェンの時代に彼だけがあのような音楽を書いていたのではなく、多くの作曲家が(ベートーヴェンより売れていた人もいた)マクロでは同じようなスタイルを取り、お互い意識しながら切磋琢磨していたはずだ。作曲家は意外に気が小さく、ほかの作曲家が書いたものを気にする。当然その時代に生きる作曲家同士影響し合い、方法論として同じスタイルを取ってしまう。それが「時代のスタイル」であり、その中で時代を経て生き残ったのがベートーヴェンなのだ。」

「このように時代を代表するスタイルを無視せず、迎合せず、その時代だけに通用する流行ものにとらわれず、その時代の中の永遠のテーマになり得る真実を見据え音楽を作る、それこそが作曲の基本なのである。なんだか作曲のことに触れると力んでしまう(笑)。」

「正統なミニマル・ミュージックを名乗れる作曲家は4人しかいない。ラ・モンテ・ヤング、テリー・ライリー、スティーヴ・ライヒ、そしてフィリップ・グラスなのだが、この中の半分はユダヤ人とされる。イギリスの著名なミニマリスト、マイケル・ナイマン(映画『ピアノ・レッスン』で有名)も両親のどちらかがユダヤ系であり、かなりのシンパシー(あるいはユダヤ人かも)を抱いているはずだが、前回に書いたとおりユダヤ人の定義が不明確なのではっきりわからない。」

「ミニマル・ミュージックの基本は小さなモチーフ(音型)をくり返しながら、微妙にズラしていく過程を聴く音楽だ。そしてその音形を論理的に構築していく。平たく言えば、ああすればこう成るといった明快な構造が大切だ。」

「この論理性(実はだからこそ感性は解放され、エモーショナルなものなのだが)はユダヤ人の得意分野だと思う。基礎能力、人間的レベルがきっと高いのだろう。『レナード・バーンスタイン/答えのない質問』というハーヴァード大学での音楽講座のDVDがある。テレビ放映用に作られたものだが、音楽にとどまらず詩、文学や演劇、哲学に至るまでのすべての芸術と科学の知識を駆使しながら音楽史を読み解いていく、優れたレクチャー番組だった。タイトルの『答えのない質問』はチャールズ・アイヴズの作品名から取ったもので、僕も指揮したことがあるが、1908年にこのような前衛的な作品を書いたアイヴズはもっと評価されるべきだし、このタイトルを番組名にしたバーンスタインのセンスの良さも窺える。彼もユダヤ人だ。」

「作曲家としてのバーンスタインには二つの側面がある。一つはミュージカル《ウエスト・サイド・ストーリー》に代表されるようなエンターテインメント性、もう一つは交響曲第1番《エレミア》、交響曲第3番《カディッシュ》など、ユダヤ教の影響を受けた宗教的作品だ。交響曲のほうは随分前に聴いた程度で、論じるほどの知識はない。」

「彼の作品はあまりスタイルにこだわらず、ジャズ的であったりクラシック的であったりで色々な手法が混在する。別の言い方をするとそれほど論理的ではない。先ほどミニマル・ミュージックについて書いたときにユダヤ人は論理的と言ったのとは真逆になってしまうのだが、これは単なる個人差(個体差)なのか?いや物事は相対的なものであって、ひとつの側面しか持たないという事はない。エンターテインメント性、芸術性、宗教的なものが混在し、その上でも書かなければならなかった思い(こう書くとなんだか軽いが)が優先したのだろう。それは作曲家として、あるいはユダヤ人としての宿命なのかもしれない。実はもう一人偉大なユダヤ人の作曲家がいる。グスタフ・マーラーだ。」

「彼の音楽もとりとめがなく、構成的に弱いと指摘されるのだが、意外に伝統的な交響曲の基本であるソナタ形式を踏まえて作っている。だが、全体を覆っているある種の感情、難しい言い方だが、「永遠の憂情」のようなものが、形式や構成を飛び越えて我々の耳に飛び込んでくる。それが「ユダヤ的なもの」なのか?次回に続く。」

注1)セリエル:音の高さや長さ、音色などさまざまな要素で音列を構築する手法
注2)トーン・クラスター:半音より細かく分けた音群を同時に響かせる手法

 

 

クラシックプレミアム 27 モーツァルト4

 

Blog. 「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1990年4月号」久石譲連載 第5回 インディーズをやる?

Posted on 2015/1/13

音楽雑誌「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1990年4月号」に掲載された久石譲連載です。「久石譲のボクの方法」というコーナーで第5回目です。ただこの連載が何回まで何号までつづいたのかは把握できていません。すべての回に目をとおしてみたい作曲家ならではの深く掘り下げた貴重な内容です。

 

 

連載:久石譲のボクの方法
第5回:インディーズをやる?

久石さんの生活は昨年とはガラっと変わったということですが、つまり、久石さんの考える音楽生活がスムーズにいくようなかんじに周りをシフトしていくというような感じなのかどうか。今月は、そのへんから。

 

プロデューサーとアーティスト

久石:
アーティスト活動に専念しだすとね、やっぱり自分中心にしかモノをみなくなっちゃうんですよね。

たとえば、自分でスタジオを作ってまでやってきたけど、プロデューサーとしての活動に対しては、とても臆病になるんです。だから、プロデューサーっていうのは本来アーティストになっちゃいけないんじゃないかって思うんですね。ただ、うまく使い分けられる人はやればいいと思う。そういう資質をね。しかし、ルパート・ハインなんかでも、ソロになると全然だめでしょ。だけど、プロデューサーとしてはあいかわらず最前線にいる。ナイル・ロジャースもそうだよね、ソロになると、全然つまらない。

 

ーう~ん。

久石:
でも、デヴィッド・フォスターなんかはそういう意味でいうと、あの人は不思議なバランスをもっていると思うんですよね。自分でソロをやるときはピアノにこだわって、で、けっこう高度なことをやると思ったら、意外と下世話なことしかしないでしょ。そのへんが彼の場合はモっている原因だと思うんですよね。自分がアーティストとしての立場と平行してプロデュースをやっていくとしたら、そのへんの感覚のバランスがとれなくなっちゃうとおかしくなるよね。

だからそういうバランスのことを考えると、ちょっとここでもプロデューサーとしてのバランス感覚もとりもどしたいっていうか、両方のバランスをとろうかなって思っているんです。

 

-難しいことでしょうけどね。でもそれだけに限られた人だけが味わえるおもしろさに満ちているんでしょうね。

久石:
いやいや……(笑)。ま、ともかく、ダイナミズムは倍に広げようと思う。だからたとえば、オーケストラとやるなら日本の手近なオーケストラとやるんじゃなく、外国から本当にちゃんとしたオーケストラをよんじゃおうかなとか。そうしたら、当然2億円くらいかかっちゃうから、そうしたらスポンサーつけなくちゃ、とか、そういう発想でね、やりたいと。だから、オーケストラはそれができなかったらやめようとか。

中途半端はしない。そういう気持ちなんですよ。

それと『プリテンダー』でしくじったかなって思っていることが、実はあるんですよ。それは、なぜレコーディングに参加してくれた向こうのミュージシャンをよんでやらなかったのかなぁってことね。

 

-そこまで発想がいかなかったということですか?

久石:
う~ん。で、どんな赤字が出ようと呼んで、コンサート・ツアーをやればよかった。そうしなければ『プリテンダー』のほんとうの意味が伝えきれなかった。ぼくらはずっと、レコーディング・アーティストだったんですよ。コンサートを含めた大きなシステムに対して知らないことが多かった。今考えるとね。そういうことも含めて”考える時期”がほしかったんですけどね。

だから今後いろんなことで活動するっていうことは、そういう大きなイベント、コンサート、レコード、そういったものが全部ひとつのテーマに基づいてやれるようなやりかたをね、していきたい、と。そういうことを1年に1回やれるようなやりかた。それを考えているんです。

 

 

音楽の核は、素直な自分?

久石:
そのとき、その核になるのは今なにがうけるとかそういうことではなくって自分がどういうものに対してこだわりだしているのか、なにを楽しく思っているのかとか。そのことに対して素直になることだと思うんですよ。

たとえば、ぼくは最初からニュー・エイジ・ミュージックに対してはアンチの考え方を持っていて、その態度をとり続けたんだけど、やっぱりなくなっていきましたよね。で、今は今度ワールド・ミュージックって騒いでいる。でも、ぼくはいつもエスニックな要素を使ってきたから、そのブームにもくっつかなかった。いちはやくワールド・ミュージック的なものを作ろうと思えば、作れたんだけど、でもやらなかった。できるだけ距離をとってきた。

やっぱりまだね、各国のエスニックの要素をとりいれた音楽というのが存在しえるのかどうか。これが疑問でしょ。じゃ、日本の歌謡曲はエスニック・ポップなのかといったらこれはそうはいわない。それじゃ、フランスの国内の歌謡曲に相当するもの、フランス芸能界のなかで流行っているものがそうなのかといったら、それはやっぱりイギリスや、アメリカの影響の中で作られているポップであって、けっしてローカル・フランスのニュアンスを出したものではないわけだよね。で、それは各国全部そうでしょ。だからかんたんにそれを出したくはないっていう気持ちがあるんですよ。かなりさめている。

でも90年代はかなり変わりますよ。たとえば、若い人が音楽を志すっていうとき、今までは自分で叫んでいればよかった。でも今度はビジネス・サイドのニュアンスを踏まえていかないとやっていけない時代になると思う。というかみんな利口になってきたんですね。で、それが音楽のありかたを変えていくと思うんですよね。

 

-もう、いくつかのバンドの当人たち、そしてそれをとりまくスタッフたちの意識はそうなっていますよね。

久石:
だからそれに対して今のレコード会社とかプロダクションが昔の気分でアーティストを扱うと痛い目に遭うし、とんでもない状態になるし。

それから昨年の暮れ、CDの再販に関する問題がクローズ・アップされたでしょ。ようすると今までの価格体系が、レコード産業のなりたちかたの基本体系を完全にくずしていくと思うんですよ。すると、レコード小売店のかたちも変わっていく。そうなると、ゲリラ的に若者のニーズにピッタリ合うものができ始めたら、これはたいへんなことになりますよ。

そうすると、1,000円くらいでもCDが出せる時代がくるかもしれない。すると、くだらないものも出てくるかわりに、しっかりつくればそれが力になり得ることになる。そうなると、90年代っていうのはインディペンデントの時代になるかもしれない。だから自分も完全にインディペンデントのレベルを本気で作ろうかなっていう気持ちもね、でてきているんですよ。

ちょっと、問題発言だったかな?(笑)

(KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1990年4月号より)

 

 

 

Blog. 「週刊ポスト 2005年7月1日号」 久石譲 リレーエッセイ内容

Posted on 2015/1/12

雑誌「週刊ポスト 2005年7月1日号」、贈る×手紙 リレーエッセイ の最終話に登場した久石譲です。久石譲から秋元康への手紙という内容になっています。

 

 

贈る×手紙 最終話
「てーげーに」

秋元 様

御無沙汰しています。この前お会いした時は赤坂のお店でしたね。特に最後に出たカレーがおいしかったのを覚えています。秋元さんの選んだ店はどこもおいしい。いつも御馳走になりっぱなしで大変申し訳なく思っています。

それから僕の初監督作である「カルテット」も脚本の相談だけでなく、制作委員会に名前を列ねて(つまり出資です)いただいているわけで、この手紙ではせめて感謝の気持ちを伝えたいと思います。

秋元さんの監督作「川の流れのように」の音楽を担当した時はとても楽しかった。伊豆の山々にブルガリアンヴォイスを流したり、亡くなられた美空ひばりさんと僕のピアノが共演したり(昔のマルチテープからヴォーカルだけ抜き出してそれに合わせてダビングした)で、新しいアイデアを出すと秋元さんはほんとうにうれしそうでした。その笑顔を見ていると僕はもっと張り切って喜ばせたくなりました。何だか僕のほうが年下のような書き方になってしまいましたが、秋元さんにはどこか兄貴分的な雰囲気がありますね。

先日沖縄でレコーディングしていたのですが、そこで「てーげー」という言葉を知りました。土地の言葉で「程々に、適当に」という意味だそうです。沖縄のゆったりした時間の流れの中で人々は自然に身を委ね、嫌なこと、うまく行かない事があっても「てーげーに」といって笑って泡盛を飲む、そんな感じらしいのです。今とても気に入っている言葉です。「ここまでかなあ」と思いつつもまだ何かありそうともがくあの瞬間、「てーげー」という言葉が頭を過ります。そして僕は踏ん切りをつけ次に行く、そんな今日この頃です。

それでぱっと浮かんだのが秋元さんなのです。抱えきれないほどの仕事をこなすなかで、きっとこの「てーげー」さを実践しているのではないか、そう思ったわけです。そういう意味でも秋元さんはやはり僕の兄貴分なのでしょう。

そろそろ食事会しませんか?

僕はいつでも大丈夫です。

久石譲

(週刊ポスト 2005年7月1日号 より)

 

 

この連載は手紙にリレーエッセイです。秋元康さんに始まり、手紙を受け取った人は、また大切な知人で手紙を贈る。秋元康、柴門ふみ、北川悦吏子、桐島かれん、桐島洋子、俵万智、明川哲也、久石譲という全8回のリレーになっていて、最終回の久石譲はリレーの輪をつなぐように秋元康へ贈る手紙となっています。

 

 

Blog. 「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1990年1月号」久石譲連載 第2回 ドからド。それだけで作れる音楽

Posted on 2015/1/12

音楽雑誌「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1990年1月号」に掲載された久石譲連載です。「久石譲のボクの方法」というコーナーで第2回目です。ただこの連載が何回まで何号までつづいたのかは把握できていません。すべての回に目をとおしてみたい作曲家ならではの深く掘り下げた貴重な内容です。

 

 

連載:久石譲のボクの方法
第2回:ドからド。それだけで作れる音楽

前月、12月号から再スタートしたこのページ。前回に続き、今月も久石さんの最新アルバム『PRETENDER』の楽曲をテーマにお話を伺います。光GENJIのメロディー・ラインを”健全”とする久石さんの耳。その真意は、そのまま久石メロディーの極意のようです。

 

和音さえ、必要のないメロディー

久石:
僕がいつも思ってることは、コードが付かないと持たないメロディーはだめなメロディーだ、ということなんです。自分が理想とするのは、ドからドまで1オクターブで、臨時記号も付かないで作れたら一番いいだろうなあって気がする。しかも、和音を付けないで歌えたらなおさらけっこう…と。

何も知らずに聞いても「久石メロディー」ってすぐわかるっていうふうに皆さんによく言われるんですけど、何か懐かしいっていう感じがするみたいですね。それは、前に聞いたことがあるっていう懐かしさじゃなくて、音楽の歴史の流れの中でも一番シンプルなことをやってるから、そんな感じを受けるんだと思うんですよ。僕はすごいシンプルですよ、ずっと。それを皆さんが評価してくれるのは嬉しいよね。

 

-今回の「マンハッタン・ストーリー」とは「ヴュー・オブ・サイレンス」は、いわゆる「久石メロディー」っていう感じもしますね。

久石:
その他の曲でしょ? そのへんが難しいとこなんだけど(笑)。

今回は「節」になるメロディーはやめようという考えがあったんです。日本のメロディーってみんな「節」でしょ? AがあってA’がきてBメロ、サビのC……という具合に分かれてて、それをビルト・アップしていく感じ。『イリュージョン』ではそれをやったんですよね。いかにも日本風のやつをやってみようと思ったから。

だけど、今回はもっとシンプルなことをやりたかったんですよ。要するにリフの繰り返しでいけるようなことをしたい。非常にモードっぽくいきたい、と。日本だと1つのパターンで全曲押し切るっていうのはなかなかできないじゃない? 一度、そういうところでのメロディーのチャレンジをしてみたかったということなんです。外国の曲では当たり前のことなのに、日本では一生懸命コード変えたりとかするでしょ? 簡単に言うと、今回はできるだけ情報を整理したかった。情報量を最小限にして、ゴテゴテさせないっていう考えはありましたね。

 

-モノクロ的なイメージという言い方もできますか。

久石:
でもモノクロってカラーよりも色の差が出るんですよね。映画でも今は白黒で撮る方がお金がかかるんですよ。白黒のためのライティングができる人がもういないんですよね。白黒の微妙なニュアンスを出せる人がもういない。それと同じで、限定することによって逆に細かいニュアンスは強調させるはずなんです。そういう意味で今回は白黒かもしれないね。モノトーンの美学みたいなものはすごく出したかったということ。うん、今のフレーズいいなあ。使えるなあ(笑)。

 

-「久石メロディー」のバックグラウンドは、久石さん自身で思うにどんなところにあると思いますか?

久石:
文部省唱歌です。

 

-結局、ドからドという……。

久石:
というか、明治になって文部省があれを制定したときにどこの国の音楽を一番参考にしたかというと、イギリスなんですよ。だから、文部省唱歌って全部イギリス民謡なんですよ基本的には。「蛍の光」にしてもそうだし……。イギリスのフォーク・ソングみたいなやつとかは、とにかく好きですね。「ロンドン・デリーの歌」とか「グリーン・スリーブス」とか……。あのへんのニュアンスというのはよくわかるわけ。もしかしたらそのへんが原点になってる可能性はすごくありますよね。

 

 

変換可能なものは論理的なんです

-クラシックに関してはどうですか?

久石:
あまりないかもしれないね。ただ、強いてあげるとブラームスは大好きですね。ブラームスは屈折してる感じが好き。すごい屈折してますよ。頭の中ではベートーヴェンを尊敬しまくって非常に論理的な構造を作ろうと思っているのに、感性は、ロマン派の極致の人ですからね。だから、結実したのは第4シンフォニーになって初めてでしょう。自分ではベートーヴェンを継承してると思って一生懸命やってるんだけど、バランス感覚の悪さが随所に出ちゃって……。もちろん、それを飛び越えた才能があるんだけど。

モーツァルトはそういう悩みがないんですよ。もっと天才すぎちゃって。モーツァルトの曲って構造が思いっきりシンプルなんですよね。ピアノ曲をオケに移してもまったく同じになるよね。フルート・コンチェルトにしようとしてもできちゃうし、クラリネットでもハープでもいい。

こういう変換可能なものっていうのは、それだけ論理的なんですよ。構造的にできている。これはすごい重要なことですね。

例えば、フルートじゃなきゃこのニュアンスはでないとか、そういう発想はあまりいいことじゃない。モードがあるっていうことは、たまたまピアノでそれを弾いても他の楽器で弾いても変換可能だから、それは論理的に構造が強固だっていうことになるわけ。そういうのは絶えず狙ってるね。なんちゃって。狙ってるのと、できたっていうのは違うから(笑)。

 

-ところで、さきほども話に出た「モード的」というのを何か具体的に教えてください。

久石:
「オールデイ・プリテンダー」という曲は全曲を通して「ラミシミレミラミ」というシーケンスがずっと鳴ってるんです。これはどちらかというとAmモードっぽいですよね? ところが、ベースは出だしからDの音なんです。レミファソ……といって、ラはなかなか出てこない。でも、「ラミシミ……」と鳴ってベースがDだとDのモードにも聞こえる。ベースがEに行くと、Esus4にも聞こえる。Fに行くとF△7の変形にも聞こえるし、Gに行くとG6……。基本的に要素が少ないでしょ? 右手はずっと同じだから。ベースの音が1個変わるだけで世界がパッと変わる。そういうのがやりたかったんです。「ワンダー・シティ」は最初から最後までベースが同じですからね。音が1つも変わってない。省エネの極致だね(笑)。

話は飛ぶけど、今回向こうでやったっていうのはあまり重要じゃないんですよ。なぜ向こうに行ったかっていうと、向こうの人でしか出せないノリとかが欲しいから行っただけで、外国に行ったからいい音楽が録れたっていうつもりは全然ない。日本でやっても基本的には変わらないと思いますよ。ただ、かかってくる電話が少ないから助かったとか、あまり店を知らないから飲みに出なかったとか、そういう程度だね(笑)。

向こうで成功するための条件って最後はオリジナリティーだよね。独特のメロディーとか。ロックやっても何やってもいいんだけど、向こうのマネをするんじゃなくて、自分がなぜ音楽をやっているかっていうアイデンティティーっていうか、存在理由をきちんとさせとけば、いい音楽をやってれば世界中どこ行っても受けるはず。これはすごい大事なことだと思います。

(KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1990年1月号より)

 

 

久石譲 『PRETENDER』

 

 

 

Blog. 「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1989年12月号」久石譲連載 第1回 音楽との日常生活

Posted on 2015/1/11

音楽雑誌「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1989年12月号」に掲載された久石譲連載です。本号からの新連載「久石譲のボクの方法」というコーナー記念すべき第1回目です。ただこの連載が何回まで何号までつづいたのかは把握できていません。すべての回に目をとおしてみたい作曲家ならではの深く掘り下げた貴重な内容です。

 

 

新連載:久石譲のボクの方法
第1回:音楽との日常生活

-過去からみてくると、久石さんの作品は打ち込みでやっても機械っぽくない感じがするんです。ヒューマンなというか……。

久石:
そうかもしれないね。前から言っていることだけど、フェアライトとかのサンプリング楽器っていうのは「鏡」なんですよね。それ自体は楽器とは呼べないオモチャみたいなものですから、それほどたいしたもんじゃない。サンプリング楽器って基本的には嫌いなんですよ。

で、あれは一体何かっていうと、それを使う人の能力をそのまま映し出す「鏡」なんですよ。だから、こちらの持っているものが100あれば100返ってくるし、50しかなかったら50しか返ってこない。僕の場合はオーケストラのサウンドを知りぬいているから、例えばファゴットならファゴットらしいフレーズ、クラリネットならクラリネットらしいフレーズ……そういうものをわかりながら作るから結果的にヒューマンに聞こえるのかもしれない。打ち込み独特のバカバカしさが余り出ないんだと思う。ニュアンスがほしかったら生をすぐ使っちゃう。

フェアライトでやることに意義なんてあんまり感じてないし、大事なことは自分が知っている範囲のことをきちんとやるということ。

例えば、フェアライトIIIになって16ビットになって音質が良くなったから誰が弾いても弦は弦らしくなったでしょ……という発想はまちがっているんです。フェアライトIIの8ビットのホントにチャチな音でも、僕が弾いたら弦は弦っぽく聞こえると思う。だからフェアライトIIって今でも僕は嫌いじゃないんですよ。あの古臭い感じのニュアンスね(笑)。──トーキー映画の弦みたいな感じって今でも好きだし。それだけ単体で裸で聞いちゃうと「何この音?」みたいなものが、混じっちゃうといかにも弦に聞こえるでしょう?そういうことが大事なんですよ。

オケの中での弦の配置、弦のあり方を知ってないと、単体で聞くと弦っぽいのに混ざるとそれらしくなくなるっていうことなわけ。

 

-その辺を知りぬいているわけですよねえ……。

久石:
自分でそういうのもおこがましいから……でもそうですけど(笑)。

オケっていうのは、音の高低、左右、奥行きっていう要素があるよね。僕はそれらをビジュアルで捉えるんですよ。音が鳴った感じが立体化されて見えるんです。

 

-それは、自分が指揮台に立っているときのような感じで見えるということですか?

久石:
それに近いかもしれないね。スピーカーが2つあると、そのまわりに絵が見えてきて、これじゃだめだ、もっと弦を飛ばさなきゃ、とか、もっと奥に引っ込め、とか思うわけ。

中学時代にひと晩でベートーヴェンの第5シンフォニーの「運命」のスコアを4楽章まで全部暗譜したんですよ。これはすごい簡単。僕にとってはものすごく楽だったの。それは、つまり視覚的に、カメラのシャッターを押すような感じで憶えちゃうわけ。社会科やなんかの試験の前の日ってそうじゃない?丸暗記ってやつ。理解しようなんて思わないで、あそこにこういう図があって、ページをめくったらこうなってて……。あの発想に近い憶え方だよね。視覚で捉えるっていうのは、なぜか昔からやってたね。

オケもそうだけど、ヒットチャートものを聞いてても視覚的に入ってくる。

日本のアイドルものやなんかを聞いててバカにしちゃうのは、全部ブワーッと埋まってるじゃない?歌が下手だから消さなきゃいけない、みたいな感じに埋まってるでしょ。そんなのを聞いてても絵は見えないよね。面白くもなんともないし。

マドンナにしろなんにしろ、良いと思うものにはちゃんと空間がある。音をベタ埋めしていない。歌が見えて、ベースのフレーズが見えてっていう具合に全部がサポートしてる。そういう関係ってすごい大事なんだよね。

僕はある意味で早熟だったから、高校時代のうちに大学で習うことを全部やっちゃったんですよ。先生がずっと一緒だったから。で、大学(国立音大)にスコア・リーディングという授業があって、それを取ったんです。もちろん、和声学とか対位法とかも継続してね。

スコア・リーディングをやってみて、絵面で憶えるっていうのは一番正しいと思った。以前はただ、音符の込み具合やなんかを暗譜して、メロディーを追って……という感じだったんだけど、大学時代になると今度は弦の声部のあり方だとか配置とかも憶えていくから、憶え方のディティールは全然変わっちゃうけどね。

小澤征爾さんとか指揮の人たちはどうやって暗譜するのか知らないけど、彼らは譜面で憶えたってだめだよね。この辺でホルンが鳴って……なんて、そんな程度だったら表現になんないし。ただ、一般の発想でいうと視覚をうんと利用するべきでしょうね。

早期教育で、鈴木鎮一のバイオリン教室に行ってたんですよ。あそこの特徴は、最初の2年から3年位一切譜面を見ないんです。いつでも、記憶してから弾かせるっていうのが基本なんです。だから、いつでも音楽というのは頭にインプットしてからやるものだっていうのはあるね。そのクセは今でも残ってて、いいと思って、この音楽はどうしても身に付けたいなと思ったら、全部記憶しないと気が済まない。もし最初にピアノをやってたら、目の前に譜面を置いて弾くのが普通だと思ってたかもしれないしね。

もう一つ自分のやり方を言うと、音楽を聞くときは非常に素人っぽいんですよ。音符が浮かんでくるなんてことは全然ないんです。例えば何か聞いてて、Aメロ8小節、Bメロ6小節とか……そういう聞き方っていうのはしたことがない。職業的にアレンジの打合わせとかのときはそうやらなきゃならないけど、それ以外ではまずないんですよ。そういう意味では、その辺の一般の人と同じ感性で聞いちゃうね。これが長く持つコツかもしれない。この業界でね(笑)。

なんでこんなつまんない曲ヒットするんだろうと思った時は、すり切れる位聞きますね。納得するために。

 

-それがなぜかっていうのがわかるまで?

久石:
自分にとってはこの曲はつまらない、くだらない曲だって判断を下すけど、それが世間で受けているっていうときは、どっちを優先するかっていうと、受けてるっていう事実を優先するわけ、発想としては。というのは、その曲をもう自分が理解できなくなっているとしたらヤバイから。で、すり切れるほど聞いて、この部分が受けてるんだと納得した上で、嫌いなものは嫌いと。最初の段階から、これはつまらん、という評価はしない。

 

-最初から切り捨てるということはしない、と。

久石:
そう。だから光ゲンジ大好きですよ。あのメロディー・ラインはいい。文部省唱歌になってもいいなと思った。非常に健全なんですよ、メロディー・ラインが。不健康なメロディー・ラインじゃないんですよ。某大御所のメロディーよりはよっぽどいい。あのまま、高校とか小中学校のクラスで歌ってもいいと思うね。ただ、あれはまわりに付けたデコレーション──ローラー・スケートとか──が大きいから誤解されるけど、音楽的コンセプトは非常にしっかりしてますね。

(KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1989年12月号 より)

 

 

Blog. 「COMIC BOX コミックボックス 1986年11月号 vol.34」久石譲インタビュー内容

Posted on 2015/1/10

雑誌「COMIC BOX コミックボックス 1986年11月号 vol.34」に掲載された久石譲インタビュー内容です。

 

 

今年いちばん苦しんだ仕事は「ラピュタ」
プロデューサー・監督・音楽家という関係ではまず理想に近いものでした

「天空の城ラピュタ」の感動をふりかえってみると、「風の谷のナウシカ」と同様に、音楽がとてもよかったということに気づきます。

ロボットが破壊を続けている要塞側と、シータ救出におもむくパズーのフラップター側との、かけあいのような音楽、シータが「放して!」とロボットがいうとおりにする時の曲の変化……画面を思い出すと音楽も一緒に浮かんできてしまいます。そして、ラストに流れる主題歌♬映画を見たなァという満足感と、ひとつ別の人生を生きたような充実感とで、心地よい疲労を味わいつつ帰路についたのは、僕だけではないでしょう……。

というわけで、今回は「Wの悲劇」「めぞん一刻」なども手がけて、アニメというより”映画音楽”界の鬼才として大活躍中の作曲家、久石譲さんのスタジオにおじゃまして、お話をうかがいました。(『ナウシカ』『ラピュタ』のサントラ盤を出している徳間JAPANの制作担当の渡辺さんも同席しています。)

 

◎原体験

-久石さんが子供のころ聞いてた音楽というと、何ですか?

久石:
「童謡ですね、やっぱり(笑)。ただ、僕なんかが小っちゃいころって、映画がまだ全盛だったんですよね。で、オヤジが高校の先生で、映画キチガイで──当時、高校生って映画見ちゃいけなかったんで──あの、見張りみたいな感じで映画館に行くたんびに、幼稚園の時、連れてってもらったんですよ。ふたつの映画館あって、それぞれが週がわりの3本立てなんですよ。3本ずつだから6本で、月24本になるんです(笑)。それから3年間か4年間、小学校の下ぐらいまで続きましたから、怪談映画から洋画から「愛染かつら」まで、とにかく全部見てしまった。」

-アニメでは?

久石:
「「ピーターパン」とか、よく覚えてますよ。それで、今は最低になっちゃったけど、当時、とりあえず、映画館が一番、音良かったんです。そういう意味でいうと面白い環境っていうかね、面白い体験したんだなって、最近になって感じます。この2・3年、映画の仕事を増やした段階で、何かそういう時の体験って、生きてるんじゃないかな。」

 

◎論理的作曲法

渡辺:
「サントラ盤を作曲する時、まず時間を計るんですよね。秒数から──」

久石:
「音符の数、割り出して、どのぐらいのテンポでやるとどのくらいって、途中の変わり目まで何分何秒何コマまで、という感じで計算してやるんですね。」

-素人目からだと、文学的にというか詩的にというか、たとえば海なら”海”というイメージから曲を作るというのなら想像しやすいんですが。

久石:
「あのね、それすごくわかるの。僕の音楽、わりと視覚的に映像浮かびやすい音楽とかいわれるでしょ。これ初めていうけど、逆に一番論理的な方法とってるんだよね。論理的な方法って、そういう曖昧さ許さないわけ。それでやってる自分が一番視覚的っていわれるのが面白いよね。」

-それはもともと持ってらっしゃったものが、論理の中に出ちゃうんでしょうか。

久石:
「というか、あの、過剰な感情表現ていうのは、あんまり好きじゃないんですよ。」

-泣かせようとか、楽しくさせようとかって動機は──

久石:
「ないですね。だからたとえば映画やってても、泣かすシーンに必ず泣かす音楽とかね、走ったら速い音楽とかね、あんまりやってないんですよ。感情にはつけてない場合が多い。」

-じゃ、とっかかりになるものは何でしょう。

久石:
「んとね…アニメの場合、TVの連続の30分番組とかありますよね。3年ぐらい前まで、引きうけてたころって、とにかく苦痛でしたね。何が苦痛かっていうと、ようするに最初に打ち合わせね、キャラクターなんか見せられて、絵もパイロット・フィルムも見られない状態で、Mの数70とか80のメニューが出てくるわけです。1分くらいのやつが30くらいで、30秒がどれぐらいで、5秒が…ってね。で、「ドキッ おどろき」とかね、「あれ?」とかね(笑)。「とんだ はねた」とかって書いてあるメニューがあるわけですよ。それで「はーい」って書かなきゃならない。そうするとね、これ、全然クリエイティヴな仕事じゃないわけですよ、はっきりいって。」

-効果音を作ってるみたいな。

久石:
「劇伴屋でね、MEなんですよね、ミュージック・エフェクトなんです。音楽ではないんですよ。そうした時に、けしてこれはクリエイティヴな仕事ではないと思ったんで、一切やめちゃったのね。」

-作りっぱなしで、それが具体的にどう使われてるのかってのは──

久石:
「わかんない。あとは選曲屋が全部やるわけでしょ。だからね。自分でそれはもう見るのが苦痛なわけね。「何だこれは何だこれは」ってのが多いから。結局、最初の一回見ただけで、あと二度と見たことないです。あれは、予算の問題とか、やっぱり今の現状でできたシステムだと思うんですよ。外国、どこいってもあんなシステムないものね(笑)。何も浮かばないところに70曲作って、しかも4時間か5時間で全曲録音するんでしょ。わーっととって、ハイ次、ハイ次でとってくんですよ。あれやるとね、正直いって、つらい。

「ナウシカ」とか「アリオン」「ラピュタ」とやらせてもらって、”映画”ってとらえ方してたんですよ。ただ、実写ものよりも表現はオーバーにできますよね、ある意味で。人間が動かないぶんだけね。実写ものって「Wの悲劇」もそうだけど、アニメの時みたいに音楽がぐわーっとやっちゃうと、ちょっと浮いちゃう。日常のテンポに近いからね。だから「もうちょっとおさえた表現に…大きな違いでいうと、それぐらいですよね。」

 

◎映画音楽定義

-高畑さんとは?(高畑勲=プロデューサー)

久石:
「ええ、というか音楽監督は僕と高畑さんでやってるようなもんで。高畑さんは音楽的にすごく鋭いヒトですから。」

-方針というのは…

久石:
「「ナウシカ」の時は、高畑さんと僕ですごいやりあってね。昼の1時から始めて、ぐるっとまわった明け方までっていうのが、二回かな、ありましたね。」

-どのへんが争点なんですか。

久石:
「あの時はね、けっこうすごかったんですよね。僕の音楽のつけ方と通常のと違うから。あと、具体的な話ですよね。」

-どの絵のところから音楽が入って、どこで終わるとか?

久石:
「ていうことの前に、音楽は何で、何のために入れるのか(笑)。そこからなっちゃうわけね。そうすると、人物につけるのは僕はキライだからやんない、”誰々のテーマ”っぽいものはやめる、って始めちゃうと入れるとこがなくなってくるでしょ(笑)。ふつうはだいたい、感情が動いたらつけるとか、走ったらつけるとか決まってるんだけど、そういうつけ方、一切やめたから。もうたいへんだったんですよ。それが最初にいろいろ話合いして、お互いに理解して、それからやっと、どこに何の音楽って話に入ったから(笑)。

「ナウシカ」の出だしのほうで、王蟲に追われて、ユパですか、あれを助けて、谷に帰るっていうんですよね。それで、谷に帰るっていった瞬間から谷に着くまで、音楽がフル・ヴォリュームなんですよ。ターリララ~♪とメインテーマに近くでかい音で鳴らしちゃって。みんなふつう、そう考えないんですよね。あそこは単にツナギなんだからと思うところが、あそこ僕は一番ヴォリュームが欲しいとか、そういうつけ方してっちゃうんで。そのへんの争点がけっこうありましたね。

基本的には、ストーリーが動いているところには音楽をつける必要がないんですよね。言い切っちゃうと語弊はあるんだけど、一応そういうとらえ方していると、ああいうシーンというのは、シーンを楽しむためのシーンだから、そういうところに音楽ってすごく要るような気がするんですよね。毎回、ある程度違いますけど。かなり話してたのが、今回の「ラピュタ」でもいい形でやっぱり出てきてますよね。」

-理解が前提になって、先へ進めたと。

久石:
「僕のほうが出したのがね、とにかくアニメとしてとらえないから、”映画”としてやるから、長い音楽つけたいと。ひたすら長い音楽つけたいっていう希望出したわけです。で、打ち合わせ終わったあとも大変でしたね。そのシーンにつける段階になって、やっぱり秒数が、定尺出てないからね。コンピューターで、何秒何コマまでいっちゃうから、あとで「ちょっとつまみました」っていうのは許されないわけですよ。その音楽死んちゃうから。確認につぐ確認で作っていってね。」

才谷:
「宮崎さんの方から注文は。」

久石:
「宮崎さんからは、ひじょうに感覚的な注文も含めてね、いろいろいただきました。だけど、けっこうそのへん信用していただけたせいか、具体的な話ってのは高畑さんと進めてるのが多くて、宮崎さんは「ここもっとパーッといく」とか「いいなァこの感じ」(笑)。とかの会話ですんでたからラクでしたけどね。「ナウシカ」で徹底的にやっちゃってる部分があるから、お互いに信頼感ってすごくあったんですよ。最後の、主題歌の選定の時からかなり和気あいあいとやってたから、こんなにうまくいっていいんだろうかと思うぐらいうまくいってましたね。」

渡辺:
「あの主題歌に関しては、ほんとにすばらしい進行だったんですよ。」

-主題を歌っている主題歌らしい、いい曲で、あれを聞いて映画館を出てくると、やっぱり歌いたいって気になりましたね。詞もすごい素直で…。

久石:
「そうですね。やっぱり宮崎さんと高畑さんもそう思われたんじゃないですかね。映画を見始めたところから見終わるところまでを責任もって提出したい、そう思った時にやっぱり歌も自分たちで作らざるをえないというか、作りたい、それはすごく素直な発想だと思うんですよね。」

 

◎ベストワーク・ラピュタ

久石:
「1年間に2作、本気で「アリオン」「ラピュタ」ってやるのは、ほんとにつらかったですね。安彦さんもやっぱりすばらしい人だし、宮崎さんはもう神様みたいな人だし、そうすると、あの…期間があまりにもなかったんですよ。音楽的にいっちゃうと僕は「アリオン」のほうがラクなんです。ああいうスペクタクル・ロマンのようなやつって、子供向けにやさしくとか考えないでいいから、自分の今もってるサウンドをストレートにぶつければ、けっこうそれなりになってっちゃう。ところが、「ラピュタ」やった時はね、テーマが「愛と夢と冒険」と、これはね、何が一番くるかというと、メロディー・ラインが、あったかい。メロディー・ライン聞いただけで夢をもてなきゃ意味がないってことがくるんですね。これが苦手なの。もうちょっとハスにかまえたようなものが多かったせいか(笑)。あんまりこうストレートにやんなきゃいけないってのは、つらかったのね。死ぬほどこっちが苦労してて、出てくる音はできるだけカワイイ音が出てくるようにするわけでしょ。今年で一番苦しんだ仕事ってったら「ラピュタ」のイメージアルバムでしたね。サントラでは、まったく苦しみはなかったですね、1時にスタジオに入って明け方5時、1日15時間というのを日曜祭日なしで2ヶ月間ぶっ続けでやってた。というのは、映画の「めぞん一刻」とか自分のソロ・アルバムもあって…。」

才谷:
「「ラピュタ」一本だとどれぐらいですか?」

久石:
「本格的につめてレコーディングに入った段階では、1日15時間の10日前後なんです。150時間なんですよね。ところがその前後、テーマの選定とか考えるとすごい時間かかってますよね。」

才谷:
「それは他の映画音楽の時と、だいたい同じようなパターンなんですか。」

久石:
「いや、こんなにかけません。4日から1週間。ラッシュ、2回ぐらい見て、それでオール・ラッシュ、最後の打ち合わせして、それからビデオをもらってスタジオに入るという形態で1週間。」

才谷:
「久石さんの理想とする音楽のつけ方といいますと…僕なんかだと、黒澤明・早坂文雄さんのように、撮影に入る前のアイデアの段階から、お互いの理解ができているのがいいのではないかと…。」

久石:
「今回の映画で、高畑さん、宮崎さんと僕がやれた会話というのは、おそらく、その黒沢さんたちのあとでいったら、一番理想的なんじゃないでしょうか。というのは、「ナウシカ」で、あれだけやってお互いのことがわかりあってて、打ち合わせの段階で「イメージ・アルバム」という素材が全部出てるわけですよ、テーマの。もうある素材だから、すごい具体的に突っ込んだ会話ができる、と。これは他の映画でもできないですよ絶対に。もう、イメージ・アルバムの段階で、かなりのクオリティで作りましたからね。今回なんかは、プロデューサー・監督対音楽家という関係では、まず理想に近いですね。

で、映画の中の段階になってくると、もうちょっと期間が欲しい。ビデオを、かなり完成されてから欲しい。それから、今回はドルビーだったんで比較的許せるけれども、これがモノだったら悲惨でしょうね。やっぱり日本の劇場は、できるだけ早く、せめて35ミリでドルビーできる体勢をとって欲しい…。」

 

◎英国的曲想共感

-「ラピュタ」ですが、イギリス風とか特に意識されたことは?

久石:
「ていうかね、僕のメロディーがね。イギリス人のローカル・ミュージックみたいなメロディー・ラインが多いんですよ。アイルランドとかスコットランド民謡みたいな。「グリーン・スリーブス」だとか…。素直にやると、そのへんいっちゃうんですよ。だから…難しいんですよね。それいっちゃうと「Wの悲劇」もまったく同じですから。タララン、タララ♪で、もう「早春物語」もそうだし、「アリオン」もそうだし、今度の「ラピュタ」がそうで。こりゃもう自分の、仕方がないねっていう感じがする部分でもあるんですけど。ロンドンに行くと、イヤなくらいになじむのね。わかる!(笑)」

 

◎熱烈待望WITH宮崎

才谷:
「今後、組んでみたい監督というと…」

久石:
「…けっこう巨匠が多いんですよね。だから、もうちょっとね、若い人っていうか、と、そろそろやりたいなって気分があります。それと、一作やったぐらいじゃ、ジャブの応酬で終わっちゃうんで、一度だけじゃなく…。」

才谷:
「久石さんの宮崎観って…さっき”神様”とおっしゃいましたけど。」

久石:
「もうね、まったくそう思って。あれだけ子供でいられるっていうのは、すごいことだと思うんです。世界を持ってて、それで輝いている。これだけの、あんまりよくない時代だど、斜にかまえるってのは、やれば誰でもなっちゃうんだよね。その時にやっぱりあえて「愛と夢と冒険」と、って、それはすごいと思う。」

-久石さん自身も、子供らしさを持ってらっしゃるというか、持ち続けたいわけですね?

久石:
「それはすごくあるけど、宮崎さんほど純粋じゃないかもしれない(笑)。だからね、さっき今後やりたい人って聞かれた時、まっさきに宮崎さんていおうと思ったんだけど…。宮崎さんとやりたいですね。ただ、ずっとやるとマズイから、一、ニ作、他の人とやってもらって、また僕に戻って欲しい(笑)。」

 

「いいアニメで、音楽もよかった」などといった次元でなく、傑作となるべくしてなったのだということが、実によくわかります。ところで、ここに収録したお話は、実はほんの一部にすぎず、「ナウシカ」についてや映画音楽について、音楽と数学の関係、「アマデウス」、イギリスのロック……などなど、他にもたくさん興味深いお話をうかがっているのです。

それらのお話が取材した3人の頭の中にだけあるというのは、これはもうリッパな犯罪行為ですので、次号でインタビューのロング・ヴァージョンをお送りしたいと思います。取材の3人が垣間見た、久石さんの才能、知性、優しさ、スケール…といった魅力の一部でも伝わってくれると嬉しいのですが…。

(COMIC BOX コミックボックス 1986年11月号 vol.34 より)

 

 

 

Blog. 「久石譲 アジアツアー 2010」 コンサート・パンフレットより

Posted 2015/1/9

今から5年前、2010年に開催された久石譲アジアツアー。その名のとおり、国内のみならず海外公演も含めた精力的な全15公演です。2010年11月から翌2011年1月までと、年をまたいでのツアー公演。ツアー期間中の12月31日大晦日の公演は、「久石譲アジアツアー2010 大阪公演 シルベスタースペシャル」でした。

 

 

[公演期間]
2010/11/5〜2011/1/19

[公演回数]
15公演(高雄、台北、台中、北京、広州、香港、上海、大阪、東京、韓国)

[編成]
指揮、ピアノ:久石譲
管弦楽:
高雄、台北、台中:ナショナルシンフォニーオーケストラ(国家交響楽団)
北京:国家大劇院オーケストラ
広州:深圳交響楽団
香港:香港フィルハーモニー管弦楽団
上海:上海フィルハーモニックオーケストラ
東京:東京フィルハーモニー交響楽団
大阪:関西フィルハーモニー管弦楽団
韓国:韓国シンフォニーオーケストラ

【東京】 2010/12/27 東京芸術劇場 大ホール
【大阪】 2010/12/31 ザ・シンフォニーホール

LINKS
MKWAJU
Prime of Youth
The End of the World
Departures
Kiki’s Delivery Service
One Summer’s Day
Summer
Castle in the Sky
Ponyo on the Cliff by the Sea
Oriental Wind

 

 

その中から東京公演/大阪公演にて当日配布されたコンサート・プログラムより、演奏プログラム内容をご紹介します。

 

 

PROGRAM

《Minima_Rhythm》
■LINKS

JAPAN国際コンテンツフェスティバル(通称 CoFesta)のテーマ曲として2007年につくられた楽曲。ミニマル・ミュージックのスタイルを多分に踏襲した楽曲。冒頭に現れるリズミックで特徴的なフレーズを様々な形に発展、展開させていき、後半にいくにつれ、緊張感とともに盛り上がりをみせる。15拍子という変拍子であるが、グルーヴさえも感じさせる久石らしい、スピード感溢れる楽曲。
*ソロアルバム 「Minima_Rhythm」 収録

■MKWAJU 1981-2009
アフリカの民族楽器を素材に、多重的なリズム要素の音型をもとに作品にした楽曲。「♪タンタンタカタカタカタカタッタッ」という心地よいリズムの音型が全編を通して微細に変化していく久石のミニマル・ミュージック作品の代表格。1981年に初出した小編成だったものを、2009年の「ミニマリズム」に収録する際に、オーケストラ曲として再構築した。
*ソロアルバム 「Minima_Rhythm」 収録

■Prime of Youth
2010年、大阪青年会議所のピース・カンファレンス・オブ・ユース事業のテーマソングとして書き下ろされた。ファンファーレのように高らかに鳴り響く冒頭と、それに続く8分の11拍子の変拍子のリズムから紡ぎだされるミニマル・ミュージックとシンフォニックな響きが特徴的な作品。

■The End of the World
1楽章 Collapse
2楽章 Grace of the St.Paul
3楽章 Beyond the World
「After 9.11」をテーマに、世界の秩序の崩壊と価値観の変遷に危惧を抱いた久石が、今の時代にこそ遺さねばならない作品として書き上げた渾身の一作。人々の悲哀や嘆きを表しつつも、混沌とした世界の中で、力強く生きなければならない、と未来へ向けての祈りと明るいメッセージが込められている。
*ソロアルバム 「Minima_Rhythm」 収録

《Melodyphony》
■Departures
Cello solo:金本博幸
2008年の滝田洋二郎監督作品、『おくりびと』(米国アカデミー賞外国語映画賞受賞作品)サウンドトラックより、メインテーマを含む複数の主要テーマを組曲として再構築したもの。元チェリストの主人公が納棺師になる設定から、チェロをメインに据える楽曲の構想が練られた。楽器の特性を最大限に活かしたメロディは、ときには優しく、ときには激しく、時折コミカルさも覗かせながら、心の揺れ動きを表現している。
*最新ソロアルバム 「Melodyphony」 収録

■Kiki’s Delivery Service
1989年、宮崎駿監督の映画『魔女の宅急便』より。映画の中で流れる「海の見える街」をピアノとヴァイオリン、弦楽オーケストラを主体に描き下ろした楽曲。愛くるしさいっぱいの軽やかなリズムと可憐なメロディ、中間部の大人びたジャジーな曲調は、大人へと成長をとげる魔女の子・キキのように、様々な表情を魅せてくれる。
*最新ソロアルバム 「Melodyphony」 収録

■One Summer’s Day
2001年公開、宮崎駿監督作品の映画『千と千尋の神隠し』より、「あの夏へ」。神々の住まう不思議な世界に迷い込んでしまった10歳の少女・千尋が、湯屋「油屋」で下働きをしながら次第に生きる力を取り戻していく物語。郷愁をかきたてる美しいメロディと、ピアノをフィーチャーした繊細なオーケストラが奏でる旋律が印象的な作品。
*最新ソロアルバム 「Melodyphony」 収録

■Summer
1999年に公開された、北野武監督の映画『菊次郎の夏』より、メインテーマ「Summer」。軽快な弦のピッツィカートからはじまる冒頭部と、中間部の美しいピアノの旋律が印象的な楽曲は、ひと夏の冒険を描いた映画の世界を爽やかにうたいあげている。
*最新ソロアルバム 「Melodyphony」 収録

■天空の城ラピュタ
Trumpet solo:古田俊博
1986年に公開された宮崎駿監督の長編アニメーション映画『天空の城ラピュタ』の楽曲をトランペット協奏曲として新たにアレンジ。独奏トランペットは「ハトと少年」を爽やかに奏で、「君をのせて」ではその柔らかな音色がノスタルジックな世界へと導く。オーケストラとの対話の後、物語を彷彿とさせる壮大な終焉へと共に向かう。

■Ponyo on the Cliff by the Sea
2008年に公開させるや否や、日本中に”ポニョ旋風”を巻き起こした、宮崎駿監督映画『崖の上のポニョ』より、サウンドトラックから組曲形式にアレンジした長編組曲よりメインテーマ「崖の上のポニョ」をお届けする。

■Oriental Wind
2004年より放映中の、日本のお茶の間に流れるサントリーの緑茶・京都福寿園「伊右衛門」CM曲。黄河の悠々とした流れをイメージしてつくられたといわれるとても美しい主旋律が特徴的である。朗々とした格調高い優雅なメロディの裏では、繊細なリズムや激しいパッセージの複雑な内声部が繰り広げられ、より深い味わいを加えている。
*最新ソロアルバム 「Melodyphony」 収録

(「久石譲 Asia Tour 2010」コンサート・プログラム より)

 

―アンコール―
NUSICAÄ
Wave(Pf.solo)
My Neighbor TOTORO
アシタカとサン(Pf.solo)

※「アシタカとサン」は全公演ではない

 

 

おそらくこの当時に開催されたコンサートとしては、群を抜けてダントツに素晴らしいプログラムだと思います。

2009年発表の「ミニマリズム」から2010年発表の「メロディフォニー」。一方はミニマル作曲家久石譲の真骨頂であり、一方は耳馴染みの名曲たちの華やかなシンフォニー・ベスト。芸術性と大衆性の久石譲音楽の両側面を昇華させた2枚のCD作品。その両方が前半・後半と堪能できるプログラムという意味において、国内だけでなく海外公演も展開されたにふさわしい集大成プログラムです。

 

このコンサート・プログラムの楽曲解説を見ながら、ぜひ2つの作品を聴いてみてください。当時会場で聴けた方は涙ものでしょうし、そうでない方も鳥肌モノ間違いなしです。

 

久石譲 『ミニマリズム』

久石譲 『メロディフォニー』

 

 

この2作品は30年以上に及ぶ久石譲音楽活動において、今後も必ずエポックとして語られていくであろう作品です。

また、ツアープログラムのなかで、CD作品化されていない(コンサートバージョンとして含む)楽曲は、「Prime of Youth」と「Ponyo on the Cliff by the Sea」です。※「天空の城ラピュタ」はW.D.O.名義でCD化あり

ということは、、、これから「ミニマリズム」や「メロディフォニー」を継承する作品が発表される際、めでたく収録確定ということなのでしょうか?!ひそかな期待として胸にしまいつつ、見守りつつ、楽しみとして持ちつづけていく、待ち望ぞむファン心理です。

 

アジアツアー 2010 

ジルベスター 2010 久石譲