Blog. 「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1990年1月号」久石譲連載 第2回 ドからド。それだけで作れる音楽

Posted on 2015/1/12

音楽雑誌「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1990年1月号」に掲載された久石譲連載です。「久石譲のボクの方法」というコーナーで第2回目です。ただこの連載が何回まで何号までつづいたのかは把握できていません。すべて目をとおしてみたい作曲家ならではの深く掘り下げた貴重な内容です。

 

 

連載:久石譲のボクの方法
第2回:ドからド。それだけで作れる音楽

前月、12月号から再スタートしたこのページ。前回に続き、今月も久石さんの最新アルバム『PRETENDER』の楽曲をテーマにお話を伺います。光GENJIのメロディー・ラインを”健全”とする久石さんの耳。その真意は、そのまま久石メロディーの極意のようです。

 

和音さえ、必要のないメロディー

久石:
僕がいつも思ってることは、コードが付かないと持たないメロディーはだめなメロディーだ、ということなんです。自分が理想とするのは、ドからドまで1オクターブで、臨時記号も付かないで作れたら一番いいだろうなあって気がする。しかも、和音を付けないで歌えたらなおさらけっこう…と。

何も知らずに聞いても「久石メロディー」ってすぐわかるっていうふうに皆さんによく言われるんですけど、何か懐かしいっていう感じがするみたいですね。それは、前に聞いたことがあるっていう懐かしさじゃなくて、音楽の歴史の流れの中でも一番シンプルなことをやってるから、そんな感じを受けるんだと思うんですよ。僕はすごいシンプルですよ、ずっと。それを皆さんが評価してくれるのは嬉しいよね。

 

-今回の「マンハッタン・ストーリー」とは「ヴュー・オブ・サイレンス」は、いわゆる「久石メロディー」っていう感じもしますね。

久石:
その他の曲でしょ? そのへんが難しいとこなんだけど(笑)。

今回は「節」になるメロディーはやめようという考えがあったんです。日本のメロディーってみんな「節」でしょ? AがあってA’がきてBメロ、サビのC……という具合に分かれてて、それをビルト・アップしていく感じ。『イリュージョン』ではそれをやったんですよね。いかにも日本風のやつをやってみようと思ったから。

だけど、今回はもっとシンプルなことをやりたかったんですよ。要するにリフの繰り返しでいけるようなことをしたい。非常にモードっぽくいきたい、と。日本だと1つのパターンで全曲押し切るっていうのはなかなかできないじゃない? 一度、そういうところでのメロディーのチャレンジをしてみたかったということなんです。外国の曲では当たり前のことなのに、日本では一生懸命コード変えたりとかするでしょ? 簡単に言うと、今回はできるだけ情報を整理したかった。情報量を最小限にして、ゴテゴテさせないっていう考えはありましたね。

 

-モノクロ的なイメージという言い方もできますか。

久石:
でもモノクロってカラーよりも色の差が出るんですよね。映画でも今は白黒で撮る方がお金がかかるんですよ。白黒のためのライティングができる人がもういないんですよね。白黒の微妙なニュアンスを出せる人がもういない。それと同じで、限定することによって逆に細かいニュアンスは強調させるはずなんです。そういう意味で今回は白黒かもしれないね。モノトーンの美学みたいなものはすごく出したかったということ。うん、今のフレーズいいなあ。使えるなあ(笑)。

 

-「久石メロディー」のバックグラウンドは、久石さん自身で思うにどんなところにあると思いますか?

久石:
文部省唱歌です。

 

-結局、ドからドという……。

久石:
というか、明治になって文部省があれを制定したときにどこの国の音楽を一番参考にしたかというと、イギリスなんですよ。だから、文部省唱歌って全部イギリス民謡なんですよ基本的には。「蛍の光」にしてもそうだし……。イギリスのフォーク・ソングみたいなやつとかは、とにかく好きですね。「ロンドン・デリーの歌」とか「グリーン・スリーブス」とか……。あのへんのニュアンスというのはよくわかるわけ。もしかしたらそのへんが原点になってる可能性はすごくありますよね。

 

変換可能なものは論理的なんです

-クラシックに関してはどうですか?

久石:
あまりないかもしれないね。ただ、強いてあげるとブラームスは大好きですね。ブラームスは屈折してる感じが好き。すごい屈折してますよ。頭の中ではベートーヴェンを尊敬しまくって非常に論理的な構造を作ろうと思っているのに、感性は、ロマン派の極致の人ですからね。だから、結実したのは第4シンフォニーになって初めてでしょう。自分ではベートーヴェンを継承してると思って一生懸命やってるんだけど、バランス感覚の悪さが随所に出ちゃって……。もちろん、それを飛び越えた才能があるんだけど。

モーツァルトはそういう悩みがないんですよ。もっと天才すぎちゃって。モーツァルトの曲って構造が思いっきりシンプルなんですよね。ピアノ曲をオケに移してもまったく同じになるよね。フルート・コンチェルトにしようとしてもできちゃうし、クラリネットでもハープでもいい。

こういう変換可能なものっていうのは、それだけ論理的なんですよ。構造的にできている。これはすごい重要なことですね。

例えば、フルートじゃなきゃこのニュアンスはでないとか、そういう発想はあまりいいことじゃない。モードがあるっていうことは、たまたまピアノでそれを弾いても他の楽器で弾いても変換可能だから、それは論理的に構造が強固だっていうことになるわけ。そういうのは絶えず狙ってるね。なんちゃって。狙ってるのと、できたっていうのは違うから(笑)。

 

-ところで、さきほども話に出た「モード的」というのを何か具体的に教えてください。

久石:
「オールデイ・プリテンダー」という曲は全曲を通して「ラミシミレミラミ」というシーケンスがずっと鳴ってるんです。これはどちらかというとAmモードっぽいですよね? ところが、ベースは出だしからDの音なんです。レミファソ……といって、ラはなかなか出てこない。でも、「ラミシミ……」と鳴ってベースがDだとDのモードにも聞こえる。ベースがEに行くと、Esus4にも聞こえる。Fに行くとF△7の変形にも聞こえるし、Gに行くとG6……。基本的に要素が少ないでしょ? 右手はずっと同じだから。ベースの音が1個変わるだけで世界がパッと変わる。そういうのがやりたかったんです。「ワンダー・シティ」は最初から最後までベースが同じですからね。音が1つも変わってない。省エネの極致だね(笑)。

話は飛ぶけど、今回向こうでやったっていうのはあまり重要じゃないんですよ。なぜ向こうに行ったかっていうと、向こうの人でしか出せないノリとかが欲しいから行っただけで、外国に行ったからいい音楽が録れたっていうつもりは全然ない。日本でやっても基本的には変わらないと思いますよ。ただ、かかってくる電話が少ないから助かったとか、あまり店を知らないから飲みに出なかったとか、そういう程度だね(笑)。

向こうで成功するための条件って最後はオリジナリティーだよね。独特のメロディーとか。ロックやっても何やってもいいんだけど、向こうのマネをするんじゃなくて、自分がなぜ音楽をやっているかっていうアイデンティティーっていうか、存在理由をきちんとさせとけば、いい音楽をやってれば世界中どこ行っても受けるはず。これはすごい大事なことだと思います。

(KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1990年1月号より)

 

 

久石譲 『PRETENDER』

 

 

 

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