Blog. 「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1994年9月号 No.116」 久石譲インタビュー内容

Posted on 2018/09/07

音楽雑誌「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1994年9月号 No.116」に掲載された久石譲インタビューです。

NHK連続テレビ小説「ぴあの」からソロ・アルバム「地上の楽園」のことまで、とても掘り下げた濃い内容になっています。

 

 

『地上の楽園』は”都会で生活する人の孤独”や”世紀末的な死生観”をテーマにしたアルバムです。

ロンドン、ニューヨークと、1年の大半を海外で過ごす、日本が誇る偉大なるサウンド・クリエーター、久石譲さんの動きが活発になっている。6月から3ヵ月連続でアルバムをリリースしているのだ。今回は7月に出たソロ・アルバム『地上の楽園』を中心に、お話をうかがった。

 

★映画と同じクオリティのテレビ用サントラ

-ソロ活動と並行して”JOE’S PROJECT”をスタートさせた経緯から教えてください。

久石:
「もともと僕はいろいろな面を持っているんですけど、ピアノにしぼりこんだソロとは違う、それ以外の自分のテイストを出せる場所が”JOE’S PROJECT”。もっと歌モノ的といいますか、自分がプロデュース寄りになれる場所と言ってもいい。で、前にもレーベルは持っていたんですけれども、今回新たに”Wonder East”レーベルを発足させました。」

-レーベル第1弾のアルバムが、NHK連続テレビ小説「ぴあの」の『オリジナル・サウンドトラック ぴあの Vol.1』。今までも映画は多数手がけていらっしゃいますけど、今回はテレビということで作業形態も変化されたと思いますが。

久石:
「(映画などの)メイン・テーマやNHKのドキュメンタリー番組「人体」とか、作品として残る仕事以外は断っていたので、テレビの劇伴は10年ぶりなんです。ずっと映画だけやってきているから、テーマをもとに適当にセレクトしてやればいいところを、映画のようにきちんと合わせて作っちゃった(笑)。NHK側が思いっきり恐縮していましたけど(笑)。15分番組だと約5曲入れてるから、週に6本で30曲でしょ? 10週書くと300曲。もちろん決まったテーマはあるから全部新しいわけじゃないけれども、途中でハッと気づいたら、とんでもない量を作ってたんです(笑)。『オリジナル・サウンドトラック ぴあの Vol.2』(8月発売予定)と合わせてもその中の抜粋でしかなくて、5枚ぐらい出せるんじゃないかっていう(笑)。でも、しかたがないですね。流れ作業的なテレビのやり方が、僕はあまり好きじゃないから。」

-今回ストリングスは、めずらしく小編成スタイルをとられてましたよね。

久石:
「ええ。テレビのスタイルに合わせて小編成にしたんですが、基本的にシンセサイザーが中心で、最後に全部まとめて録った生と混ぜてます。全体的なことで言えば、今回は半年間、毎朝流れるので何度聴いても飽きがこないように配慮してました。」

 

★テーマは、ミルトンの「失楽園」

-次に7月にリリースされたソロ・アルバム『地上の楽園』についてお聞きしたいのですが、まずコンセプトから教えてください。

久石:
「都会で生活する人たちの孤独や、根なし草になってしまった根本的な問題が、僕はすごくひっかかっていたんです。それと、1920年代はスコット・フィッツジェラルドが生きてた時代…”Age of Illusion”と言われてますが、世界大恐慌が来るまでいちばん芸術が考えられた時代で、混沌としていた時でもあった。それが、20世紀が終わろうとしている現在とだぶらせることができたので、象徴的な扱いでフィッツジェラルドをテーマにしながら現代を表現する…というのが、前作の『MY LOST CITY』だったんです。ただし、この前作では現状告発はできたけど、次はどう生きるのかということにニヒリズムではない前向きな発言がしきれなかったので、今回はそのコンセプトを固めた、と。で、『MY LOST CITY』の世紀末観をひきずってたというか、自分の中でまだしっくりこないところが今回もありましたが、あえてアイロニカルに『地上の楽園』というタイトルにしました。そのほうが、かえって今に合ってると思ったんです。」

-今回の大きな特徴は、歌モノがメインになっている点だと思うのですが。

久石:
「そうですね。今、僕といっしょにやってくれてるブルー・ウィバーは、ビー・ジーズのワールド・ツアーとかを死ぬほどやったひとりだから、歌の伴奏の極致のようなワザを持っていて、ロンドンでやる時は彼と相談しながら作っていったんです。歌モノが中心なので、アレンジは複雑なポリフォニックなリズムとかではなく、もっと直線的な扱いになりましたが、いわゆる日本の歌伴奏的なものではないエレメントが欲しかったので、とてもいい勉強になりましたね。メロディ・ラインをボーカル・ラインに切り換えたことにも通じるんですが、この数年間は弦とピアノのピュアな世界を作ってましたから、今度はカオス…混沌とさせるぐらいにいろんな要素が入ってるサウンドということで、限定する作業から開放する作業に切り換えたんです。」

-混沌と言えば、曲調がワールドワイドで、バラエティに富んでいますよね。タンゴ的な要素のある曲とか。

久石:
「バンドネオンという楽器にこだわりがあって、前回の「タンゴ・エクスタシー」に引き続き、今回も1曲やりたいと思ってたんです。あれだけ色の濃い楽器はないでしょ? アコーディオンはシャンソンで象徴されるように比較的洗練された楽器だけれども、バンドネオンはアタックが想像以上に強くてキレがすごいから、鳴ってるだけで世界観がひとつできてしまうようなところがあるし…。ちなみに、この曲「THE WALTZ(For World’s End)」は映画「女ざかり」のテーマに使われています。」

-これだけさまざまな要素を取り入れつつも、アルバム全体に、ある種の統一感が生まれているのが興味深く思いました。

久石:
「ミルトンの「失楽園」が全体の精神的なベースになってるんですが、「さくらが咲いたよ」という曲のベーシックは坂口安吾。ハウスっぽい曲「She’s Dead」のラップは死の問題を扱っていて、それぞれ無関係のようで、死という概念から見れば統一感が出てくる。意図してなかったのに結果的に全部そういう世界に向いていて、自分でも驚いてるんですよ。今年は「チベットの死者の書」とかが注目を集めたりと、死が以前のように恐れる存在でなく、死を考えることによって逆に生を考えようみたいな風潮になってきてますから、ちょうどいいタイミングで発表できてよかったなと思いますね。」

 

★やっと納得できるシステムが完備

-メインで使用されたシーケンサは、Vision Ver 2.02ですか?

久石:
「ええ。今までフェアライトのシーケンサとVisionとで使い分けてたんですが、今年から極力Visionで統一するようにしてます。本当はフェアライトで組んだものを、そのままVisionなりPerformerに吸い上げてニュアンスを追求する、両方いっぺんにパラで回す併用型がいちばん理想なんですが、ロンドンでやる時にインターフェイスとかの関係で必ず同期モノでモメるのね。それで3時間レコーディングがストップしたりするから、1種類に限定してしまおう、と。今はVisionとStudio5LXで、やっと自分が納得できるシステムになってきました。フェアライトもMOを導入したので、VisionとフェアライトのMOを3~4枚持っていけば世界中どこででも同じ音を作れる状態にはなってます。」

-打ち込みによる曲では、グルーヴ感など、どのような配慮をされていますか?

久石:
「ドラムで言うと、みんなやっているようにパーセンテージで細かく見ていくとか、ハイハットもベロシティで変化が出るようにする。中でもドラムで難しいのはフィル・インなので、タムやシンバルはローランドのオクタパットでリアルタイムでやるようにしてますね。音に関しては、3、4種類のキックをうまく使い分けていくやり方。ただし、僕は生のシミュレートは時間のムダづかいと思ってるのでやりません。たとえば今回参加してもらったビル・ブラッフォード(キング・クリムゾン)にしても、彼独特のスネアの音とフィーリングが欲しければ彼に頼んだほうがよいわけだから。」

-生弦とシンセ・ストリングスの使い分けは?

久石:
「漂った感じを出したい時やパッド的な扱いの時はシンセ・ストリングス。そのほうが奥ゆき感が出たりするんですよ。僕の場合、フェアライトの音源やK1000とかだけで成り立つぐらいのクオリティの音を作っておいたものに、生の弦を入れるやり方で、いつも両方コンバインしながら作っていくんですが、生弦に関しては今回はロンドン・シンフォニーということもあって、シンセはいっさい足してません。」

-コルグのi2やWAVESTATION SRなどは、どういった役割で使用されてますか?

久石:
「音自体のクオリティ云々ということはともかく、パッド系など後ろでジャマにならないように鳴らすには都合がよくて、それが僕はわりと好きなんです。だから、存在感が欲しい場合はProphet-5とかで、逆にパッドの場合はi2やWAVESTATION SR、という使い分けをしてますね。実際に今回も、わりとあたりさわりのないストリングス・コードとかでK1000を使うより、結果的に気持ちがよかったケースが何曲かありましたから。」

-「MIRAGE」では、その2タイプに属さない、ベンドがかった印象的な音も聴かれましたが。

久石:
「フェアライトIIの時代のいちばん誰も使わない音を、あえて使ってるんです(笑)。ハダカで聴いたらクオリティの悪い音だけれども、実はその音が持ってる不思議なエキゾチックな世界観が僕にとってはすごく大切なんですよ。ただし、あの音を支えるためにかなりのストリングスがユニゾンで鳴っていて、ほとんど聴けないぐらいの状態でM1もなぞってるはず。何を際立たせるかによって、いろんなものを組み合せて考えていく方法を僕はとってます。」

 

『地上の楽園』

[使用機材]
☆マスター・キーボード
AKAI MX76
☆シーケンサ
Macintosh Quadra 610/Vision Ver 2.02
☆音源
Fairlight SERIES III/SEQUENCIAL CIRCUIT Prophet-5/YAMAHA DX7/YAMAHA DX7 II FD/MIDI MINI/KORG i2/KORG WAVESTATION SR/KORG M1R/KURTZWEIL K1000/KURTZWEIL K1000PX Plus/E-MU Proformance/YAMAHA TX81Z

(KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1994年9月号 No.116 より)

 

 

久石譲 『ぴあの オリジナル・サウンドトラック Volume 1』

久石譲 『ぴあの オリジナル・サウンドトラック Volume 2』

地上の楽園

 

 

 

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