Blog. 「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1989年12月号」久石譲連載 第1回 音楽との日常生活

Posted on 2015/1/11

音楽雑誌「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1989年12月号」に掲載された久石譲連載です。本号からの新連載「久石譲のボクの方法」というコーナー記念すべき第1回目です。ただこの連載が何回まで何号までつづいたのかは把握できていません。すべて目をとおしてみたい作曲家ならではの深く掘り下げた貴重な内容です。

 

 

新連載:久石譲のボクの方法
第1回:音楽との日常生活

-過去からみてくると、久石さんの作品は打ち込みでやっても機械っぽくない感じがするんです。ヒューマンなというか……。

久石:
そうかもしれないね。前から言っていることだけど、フェアライトとかのサンプリング楽器っていうのは「鏡」なんですよね。それ自体は楽器とは呼べないオモチャみたいなものですから、それほどたいしたもんじゃない。サンプリング楽器って基本的には嫌いなんですよ。

で、あれは一体何かっていうと、それを使う人の能力をそのまま映し出す「鏡」なんですよ。だから、こちらの持っているものが100あれば100返ってくるし、50しかなかったら50しか返ってこない。僕の場合はオーケストラのサウンドを知りぬいているから、例えばファゴットならファゴットらしいフレーズ、クラリネットならクラリネットらしいフレーズ……そういうものをわかりながら作るから結果的にヒューマンに聞こえるのかもしれない。打ち込み独特のバカバカしさが余り出ないんだと思う。ニュアンスがほしかったら生をすぐ使っちゃう。

フェアライトでやることに意義なんてあんまり感じてないし、大事なことは自分が知っている範囲のことをきちんとやるということ。

例えば、フェアライトIIIになって16ビットになって音質が良くなったから誰が弾いても弦は弦らしくなったでしょ……という発想はまちがっているんです。フェアライトIIの8ビットのホントにチャチな音でも、僕が弾いたら弦は弦っぽく聞こえると思う。だからフェアライトIIって今でも僕は嫌いじゃないんですよ。あの古臭い感じのニュアンスね(笑)。──トーキー映画の弦みたいな感じって今でも好きだし。それだけ単体で裸で聞いちゃうと「何この音?」みたいなものが、混じっちゃうといかにも弦に聞こえるでしょう?そういうことが大事なんですよ。

オケの中での弦の配置、弦のあり方を知ってないと、単体で聞くと弦っぽいのに混ざるとそれらしくなくなるっていうことなわけ。

 

-その辺を知りぬいているわけですよねえ……。

久石:
自分でそういうのもおこがましいから……でもそうですけど(笑)。

オケっていうのは、音の高低、左右、奥行きっていう要素があるよね。僕はそれらをビジュアルで捉えるんですよ。音が鳴った感じが立体化されて見えるんです。

 

-それは、自分が指揮台に立っているときのような感じで見えるということですか?

久石:
それに近いかもしれないね。スピーカーが2つあると、そのまわりに絵が見えてきて、これじゃだめだ、もっと弦を飛ばさなきゃ、とか、もっと奥に引っ込め、とか思うわけ。

中学時代にひと晩でベートーヴェンの第5シンフォニーの「運命」のスコアを4楽章まで全部暗譜したんですよ。これはすごい簡単。僕にとってはものすごく楽だったの。それは、つまり視覚的に、カメラのシャッターを押すような感じで憶えちゃうわけ。社会科やなんかの試験の前の日ってそうじゃない?丸暗記ってやつ。理解しようなんて思わないで、あそこにこういう図があって、ページをめくったらこうなってて……。あの発想に近い憶え方だよね。視覚で捉えるっていうのは、なぜか昔からやってたね。

オケもそうだけど、ヒットチャートものを聞いてても視覚的に入ってくる。

日本のアイドルものやなんかを聞いててバカにしちゃうのは、全部ブワーッと埋まってるじゃない?歌が下手だから消さなきゃいけない、みたいな感じに埋まってるでしょ。そんなのを聞いてても絵は見えないよね。面白くもなんともないし。

マドンナにしろなんにしろ、良いと思うものにはちゃんと空間がある。音をベタ埋めしていない。歌が見えて、ベースのフレーズが見えてっていう具合に全部がサポートしてる。そういう関係ってすごい大事なんだよね。

僕はある意味で早熟だったから、高校時代のうちに大学で習うことを全部やっちゃったんですよ。先生がずっと一緒だったから。で、大学(国立音大)にスコア・リーディングという授業があって、それを取ったんです。もちろん、和声学とか対位法とかも継続してね。

スコア・リーディングをやってみて、絵面で憶えるっていうのは一番正しいと思った。以前はただ、音符の込み具合やなんかを暗譜して、メロディーを追って……という感じだったんだけど、大学時代になると今度は弦の声部のあり方だとか配置とかも憶えていくから、憶え方のディティールは全然変わっちゃうけどね。

小澤征爾さんとか指揮の人たちはどうやって暗譜するのか知らないけど、彼らは譜面で憶えたってだめだよね。この辺でホルンが鳴って……なんて、そんな程度だったら表現になんないし。ただ、一般の発想でいうと視覚をうんと利用するべきでしょうね。

早期教育で、鈴木鎮一のバイオリン教室に行ってたんですよ。あそこの特徴は、最初の2年から3年位一切譜面を見ないんです。いつでも、記憶してから弾かせるっていうのが基本なんです。だから、いつでも音楽というのは頭にインプットしてからやるものだっていうのはあるね。そのクセは今でも残ってて、いいと思って、この音楽はどうしても身に付けたいなと思ったら、全部記憶しないと気が済まない。もし最初にピアノをやってたら、目の前に譜面を置いて弾くのが普通だと思ってたかもしれないしね。

もう一つ自分のやり方を言うと、音楽を聞くときは非常に素人っぽいんですよ。音符が浮かんでくるなんてことは全然ないんです。例えば何か聞いてて、Aメロ8小節、Bメロ6小節とか……そういう聞き方っていうのはしたことがない。職業的にアレンジの打合わせとかのときはそうやらなきゃならないけど、それ以外ではまずないんですよ。そういう意味では、その辺の一般の人と同じ感性で聞いちゃうね。これが長く持つコツかもしれない。この業界でね(笑)。

なんでこんなつまんない曲ヒットするんだろうと思った時は、すり切れる位聞きますね。納得するために。

 

-それがなぜかっていうのがわかるまで?

久石:
自分にとってはこの曲はつまらない、くだらない曲だって判断を下すけど、それが世間で受けているっていうときは、どっちを優先するかっていうと、受けてるっていう事実を優先するわけ、発想としては。というのは、その曲をもう自分が理解できなくなっているとしたらヤバイから。で、すり切れるほど聞いて、この部分が受けてるんだと納得した上で、嫌いなものは嫌いと。最初の段階から、これはつまらん、という評価はしない。

 

-最初から切り捨てるということはしない、と。

久石:
そう。だから光ゲンジ大好きですよ。あのメロディー・ラインはいい。文部省唱歌になってもいいなと思った。非常に健全なんですよ、メロディー・ラインが。不健康なメロディー・ラインじゃないんですよ。某大御所のメロディーよりはよっぽどいい。あのまま、高校とか小中学校のクラスで歌ってもいいと思うね。ただ、あれはまわりに付けたデコレーション──ローラー・スケートとか──が大きいから誤解されるけど、音楽的コンセプトは非常にしっかりしてますね。

(KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1989年12月号 より)

 

 

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