Blog. 「Castle in the Sky ~天空の城ラピュタ・USAヴァージョン・サウンドトラック~」(LP・2021) 新ライナーノーツより

Posted on 2021/12/27

2021年11月27日、大好評 “スタジオジブリ×久石譲‘’ 作品のアナログ盤シリーズに、いよいよ特別編とも言うべき 「Castle in the Sky~天空の城ラピュタ・USAヴァージョン~」のサウンドトラック、 「オーケストラストーリーズ となりのトトロ」、そしてジブリ美術館でしか観る事のできない『パン種とタマゴ姫』のサウンドトラックが登場しました。

各イメージアルバム、サウンドトラックとはまた異なる編曲で楽しめる作品です。こちらもリマスタリング、新絵柄のジャケットと豪華な仕様、解説も充実、ライナーノーツも楽しめる内容です。しかも、この3作品のアナログ盤は、これまで発売されたことがありません。ジャケットの美しさ、アナログならではの、音の豊かさを、お楽しみ下さい。

(メーカーインフォメーションより・編)

 

 

アメリカ版『天空の城ラピュタ』スタッフ日記について
前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)

別掲の久石自身のライナーノーツにあるように、本盤はアメリカ版『天空の城ラピュタ』のために、久石が1999年に追加作曲したスコア(以下、アメリカ版と表記)を収録したものである。現在のようにインターネットが広く普及していなかった当時、久石の公式サイト(joehisaishi.com)では、ワンダーシティのスタッフが日々の業務をレポートするスタッフ日記を頻繁にアップしていた。アメリカ版の制作期間も例外ではなく、実際の作業の進行状況が制作スケジュール(右表)に沿いながら、きわめて詳細にレポートされていた。

その後、公式サイトの変更に伴い、このスタッフ日記は閲覧できなくなっているが、今回、アメリカ版制作期間中のスタッフ日記が以下に再掲載されることになった。当時の空気や久石の作曲手法を知る上でも、また(新作映画の場合はほとんど明らかにされることがない)久石の作曲ペースを知る上でも、きわめて貴重な第一級の資料である。

 

 

制作スケジュール

1999年
2月25日(木)
制作スタート

4月29日(木)
アメリカ、シアトルへ出発

4月30日(金)~ 5月3日(月)
St.Thomas Chapel (Bastyr University Chapel) にてオーケストラ・レコーディング

5月4日(火)~ 8日(土)
トラックダウン

5月10日(月)
帰国

 

アメリカ版(※1)『天空の城ラピュタ』スタッフ日記
当時のワンダーシティスタッフ(※2)によるweb日記を抜粋

1999年2月26日(金)
社内での打ち合せ。アメリカ版「ラピュタ」の制作進行をよりスムーズにするため、あらゆる方法を検討します。13年前の作品とは思えない、この素晴らしい映像をどうやって生まれ変わらせるのか、久石さんの腕の見せどころになります。しかし、いざ作業を始めてみると日本とアメリカの文化的な相違は大きな壁となり、予想はしていましたが、やはり苦労が絶えません。今後も試行錯誤が続きそうです。

2月27日(土)
ワンダーステーション(※3)の第3スタジオにて、アメリカ版「ラピュタ」の制作です。オリジナル版とアメリカ吹き替え版を見比べながら、前回のデータ整理の残りを仕上げてしまおう、というのが今日の作業内容。「ラピュタ」の挿入曲は全部で40曲前後にも及ぶのですが、すでに半分以上はデータの整理が完了しているので気分も楽なものです。時折、「ラピュタ」制作時(13年前)の思い出話やウラ話、冗談などが飛び出して、久石さんを筆頭にスタジオの中は爆笑の渦と化していました。

3月3日(水)
アメリカ版「ラピュタ」レコーディング(※4)。1曲目の制作にいよいよ入ります。出だしの音楽皆さん覚えていらっしゃいますか? そうです、あのドーラ達が飛行客船を襲うシーンで流れてくる曲ですが、これがアメリカ版になるとさらにド迫力。これからが楽しみです。

3月4日(木)
引き続き「ラピュタ」レコーディング(※4)。1曲目の続きです。ということは…。そうです。大幅に曲が延びているのです。これが見事にはまっていて実にすごい。また違った感覚で映像が見れて面白かったですね。

3月8日(月)
「ラピュタ」レコーディング(※4)。今日は2曲目以後の制作を行います。すでにオープニングの曲からタイムが延びていて、音の厚さもオリジナルの倍以上! ということは、予想以上に挿入曲が増えることにもなります。もうすでに久石さんの頭の中にはイメージが完成し、次から次へといろんなアイデアが出てきてしまうとか。今日はサクサクッと3曲ほど完成させてしまいました。ウーン、恐るべし久石譲!!

3月9日(火)
引き続きレコーディング(※4)。昨日の続きを始める前に、完成した部分を再度チェックします。アニメは大量のセル画を1枚ずつ送っていくことにより構成されているので、曲を挿入する場合は「秒」以下のカウント(フレームと言います)で合わせていかなくてはなりません。時間のかかる仕事だけに、時間の使い方がとても重要なのですが、さすがに長年映画音楽に携わっている久石さんはツボを押さえていますね。その効率の良い仕事ぶりに、スタッフ一同改めて感心してしまいました。

3月11日(木)
「ラピュタ」レコーディング(※4)。1日空いてしまいましたが、リズムを崩すことなく「ラピュタ」制作にとりかかる久石さん。ワンダーステーションの第3スタジオにも完全に馴染み、良い雰囲気で仕事を進めています。今久石さんが一番に考えていることは、オリジナルの素材を大切にするのはもちろんのこと、多民族国家アメリカで十分に通用するような音創りをするということです。

3月15日(月)
さて、今週は月曜日から金曜日まで続けてスタジオに入る、まさに「ラピュタ週間」です。このアメリカ版「ラピュタ」の制作は、お昼頃にスタジオ入りして夜の10時頃に終了するという、非常に規則正しいスケジュールが組まれているのですが、実はこれ、久石さんの提案によるものなのです。毎日10時間も薄暗いスタジオにいては不健康だし、みんなも疲れるだろう、とスタッフに気を使ってくださっているのです(久石さん! ありがとうございます!!  byスタッフ一同)。お陰様で現在のところ仕事は順調そのもので、今日の音付けは、パズーがトランペットを吹くシーンからドーラ達がシータを捜しに来るまでのシーンを一気にやってしまいました。ウ~ン、この音楽がまた素晴らしい! ファンの皆さんにも出来るだけ早くお聴かせしたい、と思う今日この頃です。

3月16日(火)
今日は炭鉱街の親方と海賊が腕比べをするシーン。これがすごく楽しい曲に仕上がり、映像と合わせて見ると大笑いしてしまうのです。エンジニアやスタッフも笑いをこらえて作業する、といった前例のない出来事。「良い音楽と良い映像は繰り返し聴いても見ても飽きることはない」ということをあらためて実感した1日でした。

3月17日(水)
昨日が大作であったにもかかわらず今日も大作になりました。今日のシーンはドーラとのおっかけっこのシーン。アメリカ版用に大幅にリアレンジされてかなりド迫力になりました。同じ曲でもこうも変わるものかと思いましたね。順調に進んでおります。

3月18日(木)
今日は炭鉱にパズーとシータが落ちていくところから。新たに2曲ほど作られて、また新鮮な感じになりました。久石さんやはりハリウッドを意識してか、かなりの曲数になっています。

3月19日(金)
今日はついにパズーとシータが捕まってしまいました。ここからシータを助け出すまではきっかけあわせが多いので大変です。昔のシーケンスが残っている曲がこのあたりは比較的多いのでそれを助けに進められます。しかし昔の曲をなぞるだけでなく全く新しい感じにすべてを変えていくので、作業的には昔の曲を復活させる分大幅に増えてしまうのです。

3月23日(火)
今週もスタジオ作業が詰まっています。今日はティデスの要塞でシータを助け出すシーンまで。曲のテンポを上げた曲が多いのでスピード感がかなり増しました。その分作らなくてはいけない部分が増えるのですが。きっかけ合わせが昔と違ってパソコンでかなり正確に出来るので、1フレ単位でずらしながら何度も画面に合わせて一番気持ちいいきっかけを探っていきます。時代は進歩したものです。

3月24日(水)
今日のシーンはタイガーモス号でラピュタを捜しに行く部分。タイガーモス号内で繰り広げられる人間模様にどんな音楽を付けるのか、久石さんの腕の見せ所です。アクションシーンと比べれば数段地味になるこのシーンを、アメリカの観客にも受け入れられるようにするにはどうすればいいのか? と以前から考えていたそうですが、時間をかけて温めてきた構想は大成功! このシーンはぜひ見てもらいたいものです。

3月25日(木)
今日はゴリアテにタイガーモス号が襲われるシーン。ここは竜の巣の曲までつながって大幅に長くなりました。生の弦も大幅に追加され、これまた大迫力。そしてこの曲が出来あがったところで、ディズニーからプロデューサーが来社。ここまでを通して見てもらったところ、かなり気に入ってくれた様子でした。その後打ち合せでいろいろな意見が交わされました。ここまでかなり曲を入れてきていたつもりでしたが、そのプロデューサーはもっと増やして欲しいとのこと。さすがアメリカです。

3月26日(金)
皆さん、「大樹」のテーマを覚えていますか? 今日はこの壮大なテーマを新たに生まれ変わらせる作業です。オリジナルを創った頃よりもコンピューターやキーボードが進化したため、新「大樹」のテーマには今までにない数多くの音が追加されました。しかしその反面、昔使った音を再現するのに一苦労するという場面も…。作業終了後はビールを飲みつつ「ラピュタ」の思い出や今後の展開などについて話を弾ませて、無事1日の作業を終了しました。

3月29日(月)
今日からは気分を入れ替えて再び「ラピュタ」の制作にとりかかります。先日完成させた「大樹」のテーマに手直しと追加をしたのですが、その中には対位法を取り入れたスゴイ曲もあります。しかしなんと言ってもこれからのシーンが山場。新たなスゴイ曲が続々と登場することでしょう。

3月30日(火)
今日からはクライマックスシーンの連続となります。軍隊に捕えられたドーラ達を救い出そうとするパズーとシータ。彼らのちょっとした動きにも音を付けていくわけですから、自然と変拍子の曲になってしまいます。苦労しながらリズムをとっているスタッフを尻目に、久石さんは一気に曲を書き上げてしまいました。実は久石さん、リズム系にはとても強いんです。でもこの曲を弾くオーケストラの方々は、だ、大丈夫なのでしょうか?!

3月31日(水)
シータとムスカがラピュタの中心部へ入っていくシーン。神秘性を出すためにオリジナルでは曲をつけなかったのですが、アメリカ側の要望はその正反対で、神秘性を出すために劇的な曲をつけてくれ! とのことです。日本とアメリカの感覚の違いをまざまざと感じさせられたスタッフでしたが、久石さんは最初から予想していたらしく「まかせておけ!!」とばかりに、ムスカが本性を明かすシーンまで一気に書き上げてしまいました。曲の感じはかなりダイナミックなのですが一連のシーンにとてもよく合っているので、ファンの方々は要チェックですよ!!

4月1日(木)
今日はエープリルフール!! ですが「ラピュタ」制作班には全く関係ありません。締め切りが迫っているせいでしょうか? 冗談を言い合うこともなく、黙々と作業に没頭していきます。今日はロボットが兵隊達を襲い始めるシーンから。今回は以前使った曲にアレンジを加えた上で、低音域を重視したリズム系のサウンドを強調してみました。実はこの手法、現在のハリウッドで最先端をいくものだとか…!?

4月2日(金)
最後の山場! パズーとシータが禁断の呪文を唱えることにより、ラピュタが崩壊していくシーンです。オリジナルでは児童合唱団がアカペラでテーマを歌いましたが、今回はオーケストラがバックにつくことで荘厳な雰囲気をかもし出し、まるでレクイエムのような仕上がりになりました。あの憎々しいはずのムスカがどこか悲劇的に見えてしまうのは、音楽の持っている「魔法」のせいなのかもしれません。この後、パズーとシータがドーラ達と再会するシーンにも曲を付け、1ヶ月以上に及んだアメリカ版「ラピュタ」の制作を一応終了しました。やや疲れ気味の久石さんでしたが、今回のアメリカ版「ラピュタ」の制作にはかなり満足している様子でしたよ。

4月3日(土)
完成したアメリカ版「ラピュタ」を再度見なおす作業。音を追加したり、タイムを伸ばしたりするのが中心となりますが、少し時間がたつとより客観的に見れるので、これは重要な工程になります。納得いくまではOKを出さない、という久石さんの物創りに対する姿勢がここでも垣間見ることができましたね。そして今日、若干の手直しを経てアメリカ版「ラピュタ」がついに完成しました。久石さん、本当にお疲れ様でした! ゆっくりお休みになって…と言いたいところですが、55曲分のスコア書きと本場シアトルでのオーケストラレコーディングが今後控えているのです!! 久石さんもスタッフも当分休みなしのハードスケジュールが続きそうです。

4月5日(月)
アメリカ版「ラピュタ」のオーケストラレコーディングについて、社内でスケジュール調整をします。今回のレコーディングはアメリカのシアトルが選ばれ、オーケストラもディズニーの映画音楽には定評のある、地元のシアトルミュージックです。本場の音でアメリカ版「ラピュタ」を創りたい! というのが今回の久石さんのこだわり。一応5月上旬を予定しているのですが、久石さんもスタッフも今から楽しみにしています。ファンの皆さん、シアトルについて何か知っていることがあれば(おいしいレストランなど)ぜひ教えてくださいね!!

4月7日(水)
夕方より社内で打ち合せ。シアトルでのレコーディングスケジュールを再度チェックします。何せアメリカ版「ラピュタ」の曲数は全部で55曲!! 限られた時間でレコーディングするには緻密なタイムテーブルを用意しておかなくてはなりません。1日のセッション数からオーケストラの楽器編成まで、久石さんの意見やアドバイスを聞きながらスタッフも必死!! イタリアの時みたいな事件が起きずに、なんとか無事にレコーディングを終えられればいいのですが…

4月9日(金)
今日は「ラピュタ」に挿入されているピアノの部分をレコーディングします。ピアノソロはもちろん久石さんです。現在では、全ての楽器の音をコンピューターから呼び起こすことができますが、久石さん曰く「生きている音を求めるのならば生の楽器の音が一番!!」とのこと。これが実際に比べてみると本当に生の音の方がイイんですよね。今日のレコーディングは3時間ほどで終了。さあ、明日からは地獄のスコア書き(55曲分)です!!

4月10日(土)
今日から地獄の譜面書きがスタートです。曲数から考えて今回もぎりぎりのスケジュールになる予感がします。かなりキツイ作業になりそうです。

4月12日(月)
ひたすらスコア書きの1日。今日は海賊達と炭鉱町の親方が腕比べをするシーンの曲にとりかかったのですが、曲に厚みが出た分だけ楽器編成も増えたので、書く譜面の量はとにかくスゴイのです。休みもとらず、食事もとらず、久石さんは部屋から一歩も出ずにひたすら、ただひたすら書き続けています。

4月14日(水)
都内は強風に煽られた昨日でしたが、今日は快晴も快晴、もう暑いくらいです。「どこかに遊びに行きたいなぁ」と誰もが思っているこの季節、もちろん久石さんも同感です。が…アメリカ版「ラピュタ」のレコーディングは刻々と迫り、スコア書きも白熱しています。昼間から夜中までほとんど休まずにひたすら書きまくっていますが、フルオーケストラ55曲分というのはスゴイ量ですね。当分はこんな生活が続きそうです。

4月15日(木)
スコア書き。今日はパズーとシータをドーラ達が追いかけるシーンです。今回のアメリカ版「ラピュタ」の中ではフルオーケストラ編成で最も音の厚い曲の1つなので、スコアにしていく作業は並大抵ではありません。シーンを見直しながらの楽器と音域の配分調整や、ピアノを使った構成和音のチェックなど、楽譜に音符を書き込む以外の作業も同時に行わなくてはならないのです。昼過ぎに始めて気が付けば外は真っ暗。久石さんは休みも取らずに、ただ黙々と書き続けています。

4月16日(金)
最近ハードな生活が続いているので風邪をひいてしまったのか、ノドが少しいがらっぽいという久石さん。しかし休みもせずにスコア書きに集中しています。完成したスコアは写譜屋さんの手で各パート譜にされ、その後スタッフによってオーケストラ用とマスター用(いざという時の為の控え)に分けられるのですが、これだけの曲(しかも55曲分)をコピーするだけでスタッフはてんてこ舞いになってしまいます。

4月17日(土)
ひき続きスコア書きです。とにかくひたすら机に向かって書き続けているので、腕も肩もこってしまっている久石さん。途中1時間ばかりマッサージに行きましたが、あまりの肩こりにマッサージの先生も驚いていました。今日は3曲ほど仕上げて終了。明日は自宅で静養するそうです。

4月19日(月)
今日はレコーディングが2本ほど。タイガーモス号が夜空を飛行しているオープニングシーンに、今回はケーナという南米の縦笛を使ってみました。

4月20日(火)
スコア書き再開です。あまりに曲数が多いため(全55曲)、終わりはまだ遥かかなたで、まだまだ見えそうにありません。

4月21日(水)
今日もスコア書き。1度ベーシックをマッキントッシュに打ちこんではいるものの、スコアにして書くとまた違った形で上がってきます。久石さん曰く、頭で鳴ってしまっているので変えざるをえないとのこと。時間がかかるわけです。

4月22日(木)
さらにスコア書き。一体いつ終わるのでしょうか。予定では、27日の予定になっております。しかし予定は未定。

4月23日(金)
まだまだスコア書き。久石さんは1曲書き終わるごとにM表のMナンバーをピンクのマジックで塗りつぶしていきます。すこしピンクが目立ってきた感じです。

4月24日(土)
スコア書き。今回用におろした鉛筆達もだいぶ短くなってきました。

4月25日(日)
久石さんは今日はひとまずスコア書きは休み。さすがにぶっとおしは体によくありません。でも家に居たら居たでなにかしらやっていることでしょう。スタッフも写譜屋さんから上がってきたパート譜のチェックや、マルチテープの整理などに追われています。

4月26日(月)
そしてスコア書き。ここまで来るとだいぶ見えてきました。今日終わった時点で残り2曲!! もうひとふんばりです。

4月27日(火)
久石さんまず会社に来てから2曲をあげてしまいました。これでスコア書き終了。本当にお疲れさまでした。今回はあまりに曲数が多いため、三宅一徳さんと長生淳さんにも何曲か手伝っていただきまして、なんとか終えることができました。本当にありがとうございました。しかしさらに今日はリュートという中世のギターのような楽器のレコーディングもありました。まさかあの曲にこの楽器がダビングされるとは!? でもとってもいい感じにあがりました。

4月28日(水)
いよいよ明日アメリカへ発つということで最終準備におおわらわ。今回はアメリカ、シアトルのオーケストラでレコーディングされます。譜面の量は半端じゃありません。これだけの量をスタッフ3人で運べるのかどうか不安がよぎります。さらにぎりぎりで最後のパート譜も上がってきてそのチェックも同時進行です。間違いなく今日も徹夜です。夜中の3時に久石さんから超高級焼肉弁当の差し入れあり。これがほんとにうまかった。ご馳走さまでした。

4月29日(木)
結局譜面チェックが終わったのは朝の6時半。荷物の梱包はだいたいすんでいたのですが、後は昼に来てからということで一時退散です。そして昼に来てみるとなんとか荷物もまとまっていました。これなら運べそうです。そして成田へ。ここでトラブル発生! 荷物が重量オーバーだというのです。1つの荷物の許される最大の重量は32kgということなのですが、その荷物(マルチテープと譜面がまとまったもの)はなんと57kgもあったのです。なんとか荷物を散らしてその場を切り抜けました。そして3時55分の飛行機にてアメリカ、シアトルへ出発です。久石さんもあまり寝ていないにもかかわらず元気そうでした。日本残留組の私達は上手くレコーディングが進むことを祈るばかりです。

4月30日(金)~ 5月8日(土)
シアトルでレコーディングとTD(トラックダウン)。

5月10日(月)
10日間にわたるシアトルでの「ラピュタ」制作が無事に終了し、ついに久石さんが帰国しました。ややおつかれのようでしたが、いつも通りの笑顔で「ただいま! みんな久しぶりだな」とそのまま空港でスタッフと簡単な打ち合わせを。10時間のフライト中も、ノート型PCを使いながら次の仕事についていろいろと考えていたらしいのです。久石さんは24時間、本当にパワフルなんですね! スタッフもあらためて実感しました。とにかく今日は自宅へ直帰。今晩ぐらいはゆっくり休んでほしいものです。

6月1日(火)
今日はスタジオジブリへ。アメリカ版「ラピュタ」完成の報告と、シアトルミュージックによるサントラの試聴です。徳間インターナショナルの武田さんにアルパート氏も交え、生まれ変わった「ラピュタ」を最新型のサウンドシステムで聴きいったとか。どうやら宮崎監督も喜んでいらっしゃったようです。

6月9日(水)
会社の近くにある行き付けのマッサージへ。「ラピュタ」と「はつ恋」のスコア書きが続いたこともあってか、久石さんの肩こりはハンパじゃありません。マッサージの先生も唖然としていたとのことですが、ゆっくり時間をかけた甲斐もあって随分楽になったとのことです。さて、身も心もリフレッシュした後は…もちろん仕事です。スタッフと共に今年のツアースケジュールの詰めを入念に行いました。

 

注釈
※1 制作当初、正式なタイトルが決まっていなかったため、「アメリカ版」の仮タイトルで作業が進められた。
※2 ワンダーシティは、久石譲の音楽事務所。
※3 ワンダーステーションは、久石譲のフランチャイズ・スタジオ。
※4 ここでの「レコーディング」は、デモトラックの録音の意。

( LPライナーノーツより)

 

 

 

 

Castle in the Sky~天空の城ラピュタ・USAヴァージョン・サウンドトラック~

品番:TJJA-10042
価格:¥4,800+税
※2枚組ダブルジャケット(SIDE-A,B,Cに音楽収録 SIDE-C裏面はキャラクターのレーザーエッチング加工)
(CD発売日2002.10.2)
音楽:久石譲 全23曲

2003年に全米DVDリリースされたUSAヴァージョンのサウンドトラック。「天空の城ラピュタ」のオリジナル・スコアを基に、新曲も加えてシアトルにて新録音。

アメリカ版『天空の城ラピュタ』スタッフ日記(当時のワンダーシティスタッフによるweb日記を抜粋)所収

 

Blog. 「レコード芸術 2021年12月号」久石譲 presents MUSIC FUTURE V 新譜月評・評

Posted on 2021/11/21

クラシック音楽誌「レコード芸術 2021年12月号 Vol.70 No.855」(11月20発売)、新譜月報コーナーに『久石譲 presents MUSIC FUTURE V』が掲載されました。

 

 

新譜月評
久石譲 presents ミュージック・フューチャー V

 

準 長木誠司
久石譲主宰のシリーズ7回目のコンサートのライヴ。CDとしては第5集になる。久石自身の作品を含め、ミニマルのスタイルを基本とする作品が演奏されている。久石の《2 Pieces 2020》は第2集に含まれていた同曲の改訂版。ノリのよい反復が続く。マウスピースのみの使用による人声的な金管のアイディアなど、機転を利かせた取り組みは、聴きやすさのなかにほんのちょっと楔を入れる。アダムズの《Gnarly Buttons》はクラリネット・ソロのジャジーなパッセージが快適だし、トロンボーンなどとのかけあいも楽しいが、サンプリング・キーボード2台をはじめ、けっこう手間のかかる曲。《クリングホファー》以降の1990年代のアダムズを特徴づけるネックとも言える作品で、それだけを論じた博士論文さえ書かれている逸品。タイトルはクラリネットを木のフシや瘤のようなボタン付きの楽器に見立てたもので、アルツハイマーによる父親の死がきっかけのようだが詳細は不明。演奏は異なった気風の3楽章とも、ミランダのソロ、アンサンブルともに見事。デスナーの《Skrik Trio(叫びの三重奏)》は弦楽トリオ編成だが、いわゆるミニマルの反復から若干はずれた強い表出力を持つもので、このシリーズで採り上げられる作品のスタイルの幅を示していて、なかなか濃厚な口直し。最後の久石の《Variation 14 for MFB》はもともと交響曲第2番の第2楽章。琉球音階めいた南方的素材の補塡的リズムによる、緊張を伴う展開。

 

準 白石美雪
久石譲の自作自演を軸とする「ミュージック・フューチャー」シリーズの第5集目。昨年11月、よみうり大手町ホールでのコンサートのライブ録音である。久石の近作とミニマル・ミュージックの流れをくむ作曲家の曲をまとめた聞きやすいラインアップに魅力がある。久石が7年前に創設したミュージック・フューチャー・バンドはミニマリストの多様な作品を演奏してきたためか、ここでもこなれたレアリゼーションをみせている。アダムズの《Gnarly Buttons》はいわゆるポスト・ミニマルの書法から、作曲家が解き放たれていく時期の作品。反復音型は使われているものの、意匠を凝らしたミニマリズムというより、アメリカニズムを彩る伴奏音型の一つとなっている。第2楽章に現れるバンジョーの響き一つで、砂ぼこりのたつアメリカの平原とか、干し草が積まれた農家の納屋などが目に浮かぶ。アダムズの少年時代へのノスタルジーを感じさせる音楽で、「アメリカらしさ」にこだわった1曲。M・P・ミランダの独奏クラリネットが曲の魅力を引き出している。デスナーの《Skrik Trio》はロックのテイストを感じさせる曲。テクスチュアは意外に複雑で聴き応えがある。久石の《2 Pieces 2020 for Strange Ensemble》はごつごつした肌合いの音楽。ぼこぼこと穴の開いたユニークな音響空間は特殊な楽器の組み合わせから生まれるのだろう。《Variation 14 for MFB》はエスニックな楽想を織り交ぜた抒情的な部分が面白い。

 

[録音評] 山ノ内正
多様な楽器の組み合わせながら全パートの動きを細部まで聴き取ることができる。特にギターやマンドリンなど、相対的に音量が小さい楽器の音が他に埋もれず浮かび上がることに注目したい。アダムズの作品ではクラリネットやトロンボーンなど重要な役割を演じる楽器を鮮明にとらえるとともに、アンサンブル全体の響きが偏ることはなく、作品の構造を把握しやすい。SACDは管楽器群の音色が柔らかく、発音の明瞭さと楽器イメージに立体感が両立する。DSD11.2MHzにおるライヴ録音。

(「レコード芸術 2021年12月号 Vol.70 No.855」より)

 

 

 

 

 

 

 

Blog. 「久石譲指揮 新日本フィル 第637回定期演奏会」コンサート・レポート

Posted on 2021/09/14

9月11,12日開催「久石譲指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団 第637回 定期演奏会」です。新型コロナウィルスによる緊急事態宣言を受け観客上限50%となりましたが、それよりは少し多く客席うまっていたようにも思います。要請前に販売しているものはOKという補足事項もあったのかもしれません。それだけ早い段階から期待と注目を集めていた演奏会ともいえますね。

いつもの久石譲コンサートとは違って、新日本フィルのお客さま、そんな印象を受けた会場内でした。一方では、新日本フィルご愛顧のお客さまから見ると、今日はいつもとは違った顔ぶれや客層だな、とも感じられたようです。いろんな血が通うというか、風通しのよい新鮮な空気が循環するようで、いいですよね。

 

 

新日本フィルハーモニー交響楽団 定期演奏会 #637

[公演期間]  
2021/09/11,12

[公演回数]
2公演
9/11 東京・すみだトリフォニーホール
9/12 東京・サントリーホール

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔文洙

[曲目]
新日本フィル創立50周年委嘱作品
久石譲:Metaphysica(交響曲第3番) *世界初演
I. existence
II. where are we going?
III. substance

—-intermission—-

マーラー:交響曲 第1番 ニ長調 「巨人」

 

 

 

さて、個人的な感想はひとまず置いておいて、会場で配られたコンサート・パンフレットからご紹介します。

 

 

Program Notes

■ 久石譲:Metaphysica(交響曲第3番)

Metaphysica(交響曲第3番)は新日本フィル創立50周年を記念して委嘱された作品です。新日本フィルとはもうかれこれ30年くらい一緒に演奏していて、お互いをよく知っています。シーズンのオープニングコンサートでこの新作とマーラーを演奏することは大きなプレッシャーもありますが、最大の楽しみでもあります。

新作は2021年4月末から6月にかけて大方のスケッチを終え、8月中旬にはオーケストレーションも終了し完成しました。前作の交響曲第2番が2020年4月から2021年4月と1年かかったのに比べると約4ヶ月での完成は楽曲の規模からしても僕自身にとっても異例の速さです。

楽曲は4管編成(約100名)で全3楽章からなり約35分の長さです。この編成はマーラーの交響曲第1番とほぼ同じであり、それと一緒に演奏することを想定して書いた楽曲でもあります。

当然何らかの影響はあると思います。

僕の尊敬する作曲家デヴィット・ラング氏は「ミニマル系の作曲家は一つの楽曲をできるだけ単一要素で乗り切ろうとあらゆる手を尽くして作曲するけど、マーラーは次々に新手のテーマを投入して楽曲を構成するから羨ましい」とジョークまじりに話していましたが、これがミニマルミュージックと他の音楽の大きな違いです。

その全く違うタイプの楽曲を組み合わせることでかつて経験したことのないプログラムになればと考えています。

Metaphysicaはラテン語で形而上学という意味ですが、ケンブリッジ大学が出している形而上学の解説を訳すと「存在と知識を理解することについての哲学の一つ」ということになります。要は感覚や経験を超えた論理性を重視するということで、僕の場合は音の運動性のみで構成されている楽曲を目指したということです。

I. existence は休符を含む16分音符3つ分のリズムが全てを支配し、その上にメロディー的な動きが変容していきます。

II. where are we going? は26小節のフレーズが構成要素の全てです。それが圧縮されたり伸びたりしながらリズムと共に大きく変奏していきます。

III. substance は ド,ソ,レ,ファ,シ♭,ミ♭の6つの音が時間と空間軸の両方に配置され、そこから派生する音のみで構成されています。ちなみにこれはナンバープレースという数字のクイズのようなゲームからヒントを得ました。

何やら難しい事ばなり書いてきましたが、これは生きた音楽を作るための下支えでしかありません。

皆様には心から楽しんでいただけたら幸いです。

2021年8月12日 久石譲

 

[楽器編成]
フルート4(ピッコロ2持替)、オーボエ4(イングリッシュホルン持替)、クラリネット4(Es管クラリネット、バスクラリネット2持替)、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン6、トランペット4、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、ドラムセット、小太鼓、大太鼓、シンバル、吊しシンバル、トライアングル、タムタム、タンバリン、クラベス、鈴、シェイカー、ウッドブロック、グロッケンシュピール、ヴィブラフォン、チャイム、ハープ、ピアノ(チェレスタ)、弦楽5部。

(新日本フィルハーモニー交響楽団 2021/2022シーズン プログラム冊子 より)

 

 

 

会場で配布された「新日本フィルハーモニー交響楽団 2021/2022シーズン プログラム冊子」と同内容(9~10月開催分)がPFD公開されています。マーラー:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」の作品解説もふくめてぜひゆっくりご覧ください。

 

公式サイト:新日本フィルハーモニー交響楽団|2021年9月~10月定期演奏会のプログラムノートを公開
https://www.njp.or.jp/magazine/25169?utm_source=twitter&utm_medium=social

(*公開終了)

 

 

 

 

メディア取材より

「新日本フィルはオーケストラとしてとても品のよい音がします。僕は、新日本フィルの育ちの良い、温かい音がすごく好きなのです。彼らとは現代的なアプローチもずいぶんいっしょに行ってきましたが、新日本フィルは、時代の先端を走るオーケストラであったし、これからもそうあると思います」

「新しいコンサート・シリーズでは、現代の音楽と古典の音楽を同じプログラムで演奏し、クラシックの名曲を現代の視点からコンテンポラリーなアプローチでリクリエイトしたいと思っています。状況が許されるなら、新日本フィルとは、マーラーやブルックナー、《春の祭典》のような大きな編成のものをきちんと形にしたいですね」

Blog. 「音楽の友 2021年1月号」 特集:オーケストラの定期会員になろう2021 久石譲インタビュー 内容 より抜粋)

 

 

「もう30年くらいの付き合い。リハーサルの進め方などすべてを教わりましたし、メンバーを思い浮かべながら曲を書いてもきました。ですから僕にとっては完全にベースとなるオーケストラです。魅力は音が上品なこと。音が鳴った瞬間に人を惹きつける温かさやロマンがあり、最近は力強さも加わっています」

「今まで以上に継続した音楽作りができますね。いわば点から線になる。これを機に今一度クラシック作品にチャレンジすることができます。現代曲を演奏するオーケストラはありますが、後に登場するクラシック作品は昔流のまま演奏することが多いです。そうではなく、現代曲で行ったアプローチでクラシックを演奏することも必要だと思うのです。例えば僕の曲はミニマルがベースなのでリズムが厳しくなる。その厳しいリズムをクラシック作品に持ち込んだらどうなるのか? そうしたアプローチを今後一緒にやっていきたいと思っています」

「『巨人』はタイトルも含めてシーズンの開幕に相応しいと思いますし、現代曲とクラシックを組み合わせたい、現代曲を演奏しないとクラシックは古典芸能になってしまうとの思いもあります。またマーラーが控えている状態でその前の曲を書くのは、作曲家として非常に燃えますし、内容も必然的に影響はあると思います」

「最終的なオーケストレーションの段階です。曲は交響曲第3番(仮)で、全3楽章約35分の作品。第2番と姉妹作ですが、自然をテーマにしたような第2番に比べると内面的で激しく、リズムはより複雑になっています。加えてミニマル的な構造の中にもう一度メロディを取り戻したいとも考えました。編成は後半のマーラーに合わせた4管編成でホルンは1本少ない6本。自分だけ見劣りしたくないというのは作曲家の性ですね。また作曲家は皆そうですが、大編成になると逆に弦の細分化など細部にこだわるようになります。あと50周年は意識しながらも、現況から祝典風ではなく力強さを織り込んだつもりです」

「マーラーは独特なんですよ。どこまでも歌謡形式で、対位法的な動きもその中でなされていますから、それをどう整理するか? また僕自身の作品と並べて演奏することによってどれだけ新しいマーラー像を描けるか? がカギになります。あとはユダヤ的なフレーズの扱い。実は第3楽章を重視していて、そうした部分を東欧ユダヤ系の酒場のバンドのように演奏したい。そして第4楽章のめくるめく激しさには、誰もが書くのに苦労する交響曲第1番を見事にまとめる物凄いエネルギーを感じます。僕はクラシックを演奏するとき、作曲家が書く過程を一緒に辿るんです。『ああこの人はここで苦しんだな』などと推理小説のようにスコアを読んでいます。でも『私はこれを書きたい』という気持ちの強さが一番大事なのではないかと思う。その点でマーラーは別格に感じます」

「シーズンのオープニングを任され、作曲も依頼され、マーラーも演奏させてもらう。作曲家で指揮もする僕としてはこれ以上ない舞台を用意していただき、心から感謝しています。それに僕と新日本フィルは“音を出す喜び”をもう一回取り戻したい。人と一緒に音を出すことが楽しい─これがやはりオケの原点ですよね」

Info. 2021/08/18 久石譲 現代曲同様のアプローチでクラシックを活性化したい (ぶらあぼ より) より抜粋)

 

 

 

 

ここからはレビューになります。

 

新日本フィル50周年、そのシーズン・オープニング公演を飾ったのが久石譲指揮です。「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ(WDO)」をはじめ、数々のコンサートや録音で共演をかさねてきた黄金タッグです。

 

久石譲:Metaphysica(交響曲第3番)

むずかしかったな、かっこよかったな、また新しいタイプだったな。これが第一印象のすべてです。これまでに『THE EAST LAND SYMPHONY』『交響曲 第2番』ときて、また異なる性格をもった交響曲が並ぶことになったな、なんともうれしくて震える。

今の時点でこれ以上のことは書けません。世界初演にして一聴!つかめるものは少なく、浴びるような体感だけが残っています。それでも、メモをひっぱりだして…演奏会でいつも書きとめるキーワードの羅列から、思い出すように振り返ってみます。平たい感想です。

 

I. existence
[混沌]、楽章全体を覆うのは混沌とした印象です。

[パーカッション炸裂]、スネアや大太鼓はもちろんドラムセットが入っているのでバスドラムのキックも効いていたと思います。『THE EAST LAND SYMPHONY』の楽章を思い浮かべるような。

[拍節感のない]、3拍子4拍子とリズムを数えることの難しい楽章でした。モチーフやメロディ的なわかりやすい旋律を見つけにくいこともあるのかもしれません。また旋律も展開も目まぐるしく変わる入り乱れるという印象です。拍節感のない、正しくはリズム感の難しい、ですね。

[ホルン吠える]、これは中盤以降で下音から上音へ速いパッセージで駆け上がるホルン旋律のところだと思います。6本ありますからね。

[EAST]、たぶん『THE EAST LAND SYMPHONY』に近い印象をもったんでしょう。でも改めてそちらを聴いてみると、「1. The East Land」や「4. Rhapsody of Trinity」よりも終始カオスだった気もします。休まるところを知らない混沌だった印象です。

 

II. where are we going?
[緩徐楽章]、ゆっくりとした楽章です。

[ストリングス]、ストリングスがメロディを奏でて進みます。他の楽器も同じモチーフからきているので、律動的な声部というかリズムをつくりだすオーケストレーションは抑えられているように感じます。

[無調]、たぶんシェーンベルクの弦楽作品ような印象もあったんでしょう。前半は情感に訴えかけてくるようなハーモニーは抑えられている印象でした。行き先の定まらない彷徨のような調性のなか、ときおりみせる一瞬の明るさや暗さのハーモニー。

[ヴァリエーション]、基本となっているフレーズが熱をおびていくように変奏されていきます。

[パーカッション壮大に]、終盤はパーカッションも入って壮大で重厚な響きになります。

[迫ってくる]、とてもエモーショナルで迫ってくるものがあります。

きびしく美しい旋律です。力強い慈悲もしくは力強い慈愛、そんな印象を強く感じました。この楽章を抜き出してリピートしたくなる人多いかもな、そんなことも感じました。クラシック風に言うと、初演演奏会で観客たちの熱狂にこたえるように、この楽章が再びアンコール演奏された。

 

III. substance
[リズム]、よっぽど気になったんでしょうね。この楽章もそうなんですけれど、作品とおして安定した拍節感のようなものがあまりない印象です。リズムをキープする(推進する)構成じゃないので、何が飛び込んでくるかわからない。それがまたいい。聴きこむほどにいい味を出してくる作品になるだろうなという予感すら感じます。

[クラシック感]、逆にいうと一番クラシック要素の強い作品とも感じました。たとえミニマルであっても、ミニマル・ミュージックを出発点にはしていない。そういう意味でリズム重視ではない。運動性、ほんとそうですね、リズムにも束縛されない運動性で解き放て、貫いています。

[パーカッション]、タイトルからも第1楽章と第3楽章は対をなしているのかもしれません。音楽的なしかけもあるのかもしれません。そうでなくても、ふたつの楽章は怒涛のようなパーカッションが鮮烈です。

 

 

感覚的な感想に終始しました。第2番の姉妹作にあたると語られていますが、運動性のみの構成でつくられた作品という点でそうですね。また、あれこれ持ち出さないというか、ピンポイントにフォーカスされている、突きつめて追求されている。ここがまたぐっときます。なんというか密度高いかつ異なる性格をもった第2番と第3番が並んだ。ここにぐっときます。個人的にはかなり好きになる自信のある作品の登場となりました。音源として届けられたときにはずっと聴くだろうな。

 

 

楽器編成について。

プログラムノートから。

 

フルート4(ピッコロ2持替)、オーボエ4(イングリッシュホルン持替)、クラリネット4(Es管クラリネット、バスクラリネット2持替)、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン6、トランペット4、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、ドラムセット、小太鼓、大太鼓、シンバル、吊しシンバル、トライアングル、タムタム、タンバリン、クラベス、鈴、シェイカー、ウッドブロック、グロッケンシュピール、ヴィブラフォン、チャイム、ハープ、ピアノ(チェレスタ)、弦楽5部。

 

*補足
弦16型(第1ヴァイオリン16、第2ヴァイオリン14、ヴィオラ12、チェロ10、コントラバス8)対向配置

*補足2
マーラー:ホルン8、トランペット6、トロンボーン4、ティンパニ2、ハープ2、(パーカッション群異なる)

 

約100名の大編成となっていますけれど、僕の整理した補足2のマーラー作品と比べると、通常でも編成しやすいギリギリのラインをしっかり保っていることも見えてきます。つまりは大掛かりな一大イベントのマーラー作品と比べて、演奏機会の制限を受けない、プログラム頻度に影響を及ぼしにくい大編成交響曲の誕生ということになります。誕生おめでとうございます!

 

 

マーラー:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」

久石譲指揮でマーラーが聴ける、ちょっとざわざわするような感覚があります。たとれば、それは『ムソルグスキー:展覧会の絵』『エルガー:威風堂々』『ホルスト:惑星』『ラフマニノフ:交響曲第2番』のように、わりとポピュラーな作品を久石譲が指揮するんだという妙な驚きと妙な納得のような。聴いてみたいって思うざわざわ感がありますね。

大編成だけあって、もう音楽的重力はハンパない!圧倒されて感動します。久石譲×新日本フィルは王道で攻める、堂々とマーラーと真っ向勝負な印象を受けました。歌わせるところはたっぷりと歌わせて、ホルンのスタンドプレイ、クラリネットのベルアップなど、視覚的にも魅せてくれます。

リアリティのある演奏。ヨーロッパな優麗さでもないし、民俗的によっているわけでもない。現代的というのともまた違う、リアリティのある響きでした。うまく表現できないのですが、いま響いていること?音?音楽?に必然性を感じる演奏としか言い表せません。きれいに演奏しようとか上品な音を出そうとかいうよりも、すべての楽器・パート・声部がしっかりとリアルな音を出す。ミキサーボードでいうと各ボリュームメーターすべて高め。近視的、接近的な音像で訴えかけてくる。すごかったです。

約1時間の作品を飽きさせずに聴かせるマーラー作品。そのメロディの力や、どんどんいろんな要素を持ち込みながらも見事に構築させてしまう力。ここで注目したのが久石譲指揮の巧みなテンポコントロールです。歌わせるところ、たたみかけるところ、ひと息ゆるめるところ、突き放し駆けるところ。旋律ごとにパート展開ごとに抑揚のある絶妙なテンポバランス感覚で引っ張り、多彩なニュアンスを表現し、決してだれることがありません。…これって、スタジオジブリ交響作品と同じじゃないか! めまぐるしく展開する物語に沿った音楽構成を、見事なテンポ演出でハラハラ・ドキドキ・うっとり。

フォームのしっかりしたベートーヴェン作品やブラームス作品をリズム重視で現代的にアプローチする。ミニマル久石譲の強みです。一方では、フレームに収まらない脈略なく絡み合うマーラー作品をリズムバランスで統率してしまう。いかなる構成パートも沈むことなく、うまくまとめあげてしまう。交響組曲久石譲の強みです。あれっ、死角がなくなってきている?! そんな印象を強く持つことになったコンサートでした。

 

 

 

今回はサクッと加減のコンサート・レポートになりました。なってしまいました。9/22~のアーカイブ有料配信楽しみにしています。もう少し濃厚に吸収できたらいいな、そう思っています。

 

配信期間:
9月22日(水)12:00〜9月28日(火)23:59
視聴チケット販売期間:
9月22日(水)12:00〜9月28日(火)21:00

料金:1500円(税込)

視聴・会員登録はこちら
「CURTAIN CALL」
https://curtaincall.media/njp?

 

 

 

ぜひかぶりつきで視聴しましょう!

 

 

リハーサル風景

 

 

公演風景

 

 

from 新日本フィルハーモニー交響楽団 公式ツイッター
@newjapanphil

 

 

うれしいオフショットです。久石譲と佐渡裕さんもつながりあります。『久石譲:Orbis』の初演は佐渡裕指揮による「1万人の第九」番組プログラムでした。

2023年から新日本フィルハーモニー交響楽団 第5代音楽監督に佐渡裕さんが就任すること発表されたばかりです。今シーズン、音楽監督不在のなか、シーズンの幕開けを任されたのが久石譲だったんですね。

SNSでは新日本フィル・ファンの感想が飛び交っていました。さすがクラシック通だけあって、それぞれの「かくあるマーラー第1番」というものがあります。聴き方や注目のしかたなど、とてもおもしろいです。熱い感想が多くて、純粋な音楽評が綴られていて、たくさん「いいね」してしまいました。勉強になりますし、自分になかった視点や幅が広がるような気がしてきます。

久石譲がオーケストラ楽団の定期演奏会を指揮する。新日本フィルハーモニー交響楽団に日本センチュリー交響楽団。このことは、より一層《指揮者:久石譲》の認知と評価を広げていく流れになっていくのかもしれません。いろいろな客層を集め、久石譲指揮を目の当たりにし、十人十色な感想を抱く。これからますます楽しみです。

 

 

 

オーケストラを熱く応援する!(^^)

 

 

 

 

2021.10.15 追記

プログラムから久石譲の世界初演『Metaphysica(交響曲第3番)』より第2楽章「II. where are we going?」が公開されました。

 

 

 

Blog. 「シネマスクエア Vo.46 (2012)」天地明察 滝田洋二郎×久石譲 対談内容

Posted on 2021/09/12

映画情報誌「シネマスクエア Vol.12」(2012年8月1日発行)に掲載された映画『天地明察』特集から滝田洋二郎監督と久石譲の対談です。

 

 

天地明察

滝田洋二郎 監督 × 作曲・久石譲

ーおふた方がタッグを組むのは『天地明察』が3作目になりますが、今回はどのようなプロセスで映像と音楽を融合させていったんでしょうか?

久石:
前作の『おくりびと』は主人公がチェリストだったこともあり、どうしても曲が先に必要でした。その段階で音があったことによって、滝田監督も思っていた以上に作業を進めやすかったようで、今回も早めに曲が欲しいとおっしゃって。それで、ピアノだけのサウンドスケッチをクランクイン前にお送りしたんです。あまり感情に訴えかけるような曲調ではなかったので、メインテーマになりうるのかな…と思うところもありましたが、青春ドラマを引き立たせるには、ちょうど良かったのではないかと思っています。

滝田:
先にテーマ音楽があると、現場で表現できることの幅がすごく広がるんですね。作品を象徴する世界観を撮る時など、どうしても人物の動きだけを見てしまいがちなんですけど、音楽をアテることによって、より全体像を掴むことができると言いますか。『おくりびと』の時にそういう発見をしたもので、『天地明察』でも無理を承知で早めに久石さんにお願いしまして(笑)。思惑どおり、現場での表現により深みが増しましたね。

ー完成形のテーマは、壮大なフルオーケストラになりましたが、その経緯は?

久石:
『天地明察』の音楽を作るにあたって、じつはかなりの冒険をしているんです。それは方法論において、ですけど。普段は「この楽器を使って、こんなメロディでいきます」と提示するんですけど、今回は徹頭徹尾、全シーンほぼピアノスケッチでいったんですね。場合によってはどこか淋しい印象を与えかねないですけど、滝田監督には全幅の信頼を置いていたので、あえてピアノ1台で薄い音の曲をアテていってもらったんです。で、撮影の後半のほうはオーケストレーションが終わった曲を日報のように、毎日監督のもとへお届けしていきました(笑)。滝田監督からも「このシーンではもう少し早めに音楽をフェイドアウトしましょう」といった明確な指示があったので、そんお段階になると話は早かったですね。

滝田:
僕は首を長くして曲ができるのを待っていたんですが…(笑)、冗談はさておき、最初に聞いた時のインスピレーションというのは、すごく大事なんですよ。シーンの尺に合っているかどうかということよりも、役者が生きた芝居をしているところへ、この音楽が重なるとどうなるんだろう…ということだったり。シーンによってはセリフや効果音を消して、音楽をフィーチャーした方が効果的な場合もありますし、そういったイメージを構築するための確認という意味合いで、久石さんから日報のように届く曲を聞いていました。僕もまた久石さんに全幅の信頼を置いていましたし、人生の先輩たる方ですぅから、音に生き様が表れるんですね。そういう機微を聞き取ることが、じつは楽しみでもありました。

 

クライマックス直前の”句読点”となりうる梅小路のシーンと音楽

ー滝田監督から「こんな曲が欲しい」といったイメージを久石さんにお伝えすることはあったのでしょうか?

滝田:
「音楽を言葉で表すことって大変で、なかなかイメージを伝えるのが難しいんですよね。反対に、こちら側からイメージを限定してしまうと、広がっていかない気もしていて。なので、久石さんから具体的なメロディを提示していただいて、そこから練り上げていくという手法を主にとっていきました。

久石:
監督がおっしゃるように、映画音楽というのは言葉で説明しヅラいんですね。なので、信頼関係がすごく大事になってくるんです。なおかつ、滝田監督はとても丁寧な演出をなさるので、僕の音楽がなくともお客さんを魅了できると思うところもあるんですね(笑)。だから、僕の役割は一歩引いたスタンスから、滝田監督の撮られた映像を包み込む音楽をつけることだと思っていて。『おくりびと』の時はそれこそ引き算で、どれだけ音楽をつけないかというのが僕にとっての主題だったりもしたんです。ただ『天地明察』は青春ドラマの要素もあるので、音楽の量は若干増やしましたけど、基本的には画を支える存在でありたいというスタンスで、音楽をつけていきました。

ーその匙加減やバランスは、監督の采配にも掛かってくる…のでしょうか?

滝田:
芝居にもリズムというものがあって、それは僕のイメージと役者さんたちの間合いで出来上がっていくんです。そこで一度映像そのもののリズムが完成するんですが、ここに音楽が入ることで、さらに緩急がついて、僕の計算を超えたところでリズムに変化が生まれるんですね。具体的には、算哲が梅小路で勝負懸けをするシーンで突然ラテン系のリズムが流れるんですけど、これがすごくいいアクセントになってて。まさしく久石さんの真骨頂だなぁと唸らされましたね。

久石:
この映画は2時間20分強あるんですけど、あのシーンは2時間を超えたところなんですね。また、クライマックスへの導入でもある。そこで、何か音楽で変化を付けられないだろうかと考えて、ダメ出しされるのを承知で(笑)、提案させていただいたんですよ。

滝田:
映画というのは、お客さんに展開を予測してもらいつつ、気持ち良く裏切っていかなければならない。そういう意味で、あの梅小路のシーンというのは非常に”効いて”いるなと思いますね。

久石:
コンサートもだいたい2時間強なんですけど、クライマックスの前に句読点を打つごとく、曲を差し挟むことがあるんですね。梅小路のシーンは、まさにその句読点だったような気がしています。

(「シネマスクエア Vol.46」より)

 

 

久石譲 『天地明察 オリジナル・サウンドトラック』

 

 

 

Blog. 「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1990年3月号」久石譲連載 第4回 新展開のための整理をね

Posted on 2021/09/07

音楽雑誌「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1990年3月号」に掲載された久石譲連載です。「久石譲のボクの方法」というコーナーで第4回目です。ただこの連載が何回まで何号までつづいたのかは把握できていません。すべての回に目をとおしてみたい作曲家ならではの深く掘り下げた貴重な内容です。

 

 

連載:久石譲のボクの方法
第4回:新展開のための整理をね

新シリーズでスタートしたこのページでは、これから久石さんの仕事内容の”方法”についてより深くさぐっていけたらと考えている。そう話したらなんと久石さん自身自分の仕事を総括する意味でそういったことをやりたいという。

 

自分の中のケジメ

というのは、じつはぼく自身今までやってきたことあるいは自分の中の方法だとか、いろんなものに対するけじめをつけようと思って、そういったことに関する整理をつけているところなんですよ。これは生き方にもかかわってくるしね。同時にソロ活動でピアノ・アルバムを出し『人体』『イリュージョン』『プリテンダー』を出したっていうことがあって、ソロ活動って自分にとってなんだったんだろう。というようなこととかいろんなものがあって、そういうものを考えてる時期なんですよ。

でね、でもぼくが日々なんで一番悩んでいるかというと意外と会社のことなんですよ。音楽以外のこと、つまり社長業のこと。このワンダーシティという会社はぼくが34~5才のとき、55才までに自分の会社をもてたら良いな、という話をしていて、そしたらちょうどそこにスタジオの専門家がいて、そうだねえ、って笑っていたんだよね。でも翌年ぼくは自分で作りましたよね。

で、やっぱりここまでやってきてやっぱり自分が活動するための最低条件を確保したかったんですね。譜面を書くだけではなくそういうものも全部背負ってきた。スタジオを持てばどうしたってお金がかかる。そういうものも含めたものを全部背負ってきた。そうすると作曲、プロデュースのためにもお金がかかる。レコードも出す。そうすると出版権も必要になる。そしてそういうふうにやってきたこととソロ活動でやってきたこととははっきり矛盾がでてきたわけなんです。

というのはソロ活動っていうのはやっぱり自分にこだわるわけでしょ、ところが作曲家/プロデューサーっていうのはあくまでスタッフ・ワークだから、そのスタッフとして働きやすい環境を作り出さなければいけない。

したがって、社長業もやらなければいけない。極端な話をすれば駐車場の稼働率まで考えなければいけないんですよね。

だから生き方自体の矛盾がでてきた。そこでまず自分のライフスタイルのペースからくずしてきたということもある。それとね、30代後半として、なにか可能性が限られてきたんではないかっていう気持ちもあるし、同時にぼくは前しか見ないで生きてきたんだけど、あるとき急に有名人になっちゃったんですよね。自分で言うのも変だけど、いわゆるロッカーたちとは違う、まあ、先生のような捉えられ方ですよね。あるイメージが世間に定着しちゃった。一方で「冬の旅人」みたいな曲を歌っていたりで、いろんなファン層がごちゃ混ぜになってきたんです。そういう意味で自分の存在っていうのを見直す必要がある、考え直す必要があるって思ったんですね。

同時に『イリュージョン』をやって『プリテンダー』をやって、これに関しては作ったときからずっと、「これでいいのか」っていう気持ちもあったんです。

で、やっぱり発売して2ヵ月たち3ヵ月たつとそういう気持ちははっきり出てくるんですね。というのは日本人の僕の友人の大半は「すごい曲だと思うんだけど今はイリュージョンのほうをよく聞いている」というんですよ。「いいアルバムだと思うんだけど一人のときは『イリュージョン』を聞いている」とかね。で、それはぼくもすごく感じていたんです。

それで、なにかな、と考えたとき結局『イリュージョン』のときは日本人としてはかなりシャイなアルバムを作ったなと思っていたんだけど、まだ日本的なウェット感が残っていたんですよね。ぬれた部分が。それに比べて『プリテンダー』は圧倒的にドライですよ。日本的情緒っていうのは完全にない。それは英語だからっていうことじゃなしに曲自体もそういう作りだったし最初から向こうでやってきたし。エコー感もミキシングの方法も、ミュージシャンも。で、いろいろな問題でね。

で、しかもメロディーも自分の中でいちばんモードっぽいメロディーに徹したからそういう意味ではけっこう感情移入を拒む部分があるんですね。

だから『イリュージョン』と『プリテンダー』は対になってるんですね。かたやウェット、かたやドライ。ちょうど同じものの両面みたいなものでね。

そういうこととかがね、自分の中で大命題になるんだけど、じゃ、次になにをやるんだっていうことになると、じつは今年「ナウシカ」のピアノ・ソロを出すんですよ。こういう要望はずっとあったんです。でもぼくはキャンセルしてきた。というのはずっと宮崎さんと仕事をしてきてようやくこのへんでひとつけじめをつける必要があるっていうことでまああの「ナウシカ」の組曲と「魔女の宅急便」のなかのいくつかの曲で作ろうっていうことはアーティストとして計画中だったわけですよ。アーティストとしての宮崎駿さんに対してのメッセージというかひとつの解決というかね。今までやったことの区切りとしてやりたかったことなんだけど。でも、世間から見るとすごく商業的なアルバムに見えるよね。

さらにピアノ・ストーリーズもすごくやりたい。これに入れる曲はもう6、7曲たまっているんですよ。「人体」のときの「INNERS」とか「冬の旅人」だとか。これはもう自分のベスト・メロディーを弾くっていう企画だから。

で、もうひとつはオーケストラでやってくれというもの。それじゃ、今年この3枚を出してくれって言われるとナウシカ、ピアノ・ストーリーズ2、そしてオーケストラを出しちゃったら『イリュージョン』『プリテンダー』は、いったいなんだったんだってことになっちゃう(笑)、ね。

そうするとアーティストとしての活動は幅が広すぎるっていうこともあるんだけどもう少しきちっとしたラインが引きたいっていう気持ちが強くなってきてる。2年先3年先が見える状態でレコードをリリースしたいってことなんです。

(「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1990年3月号」より)

 

 

 

Blog. 「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1989年11月号」久石譲インタビュー内容

Posted on 2021/09/06

音楽雑誌「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1989年11月号」に掲載された久石譲インタビューです。アルバム『PRETENDER』をたっぷり語られています。

 

 

久石譲インタビュー

久石さんの最新ソロ作品は「あくまでポップ、あくまで生!」

久石さんが9月21日、満を持して発表した作品『PRETENDER』は、フェアライトによって、ほとんど完成品のレベルまで打ち込んでおきながら、NYでミュージシャンを集めて録音したというもの。僕らとしては『魔女の宅急便』、さらにNHKで放映された『人体』のサウンドトラックで久石メロディーを堪能していたところだっただけに、矢つぎ早の作品発表にまず驚き、ソロ作品としてのアルバム発表ということに、期待がふくらんだ。そして『PRETENDER』リリース。期待にたがわぬ完成度と、その中にただよう久石メロディー。

久石さんの、今現在の音響世界を探り、久石ワールドに改めて足を踏み入れるべく、今号と次号でロング・インタビューを紹介します。

 

●今、”生”に対する欲求が出てきているものだから…

ー最新ソロ・アルバムの『PRETENDER』はNYに行って録音したといいうことなんですが、このへんの意図を教えてください。

久石:
フェアライトとかでけっこう長い間打ち込みで仕事をやってきて、全部ジャスト・ビートで来てることに対して少し飽きがきたのは事実なんですよね。だから最近よくやるのは、打ち込みものでもズラす方向で…苦労しながらズラしてるわけですよ。で、ズラすんだったら生の方がいいだろう、と。気付いてみたら自分の生に対する欲求が強くなった、ということなんです。だけど、ただズレればいいというもんじゃない。ズレるというのは、イコール、それなりのノリとかが必要になるわけですね。そのときに、日本人の中でやるよりは、外人の中でやりたかった、アチラのノリを欲しかったということなんです。

 

ーで、メンバーの方は?

久石:
ドラムがスティーブ・ホリーというポール・マッカートニー&ウィングスのドラマーで、この人はたぶんNYで5本、いや3本の指に入っているというどこに行ってもすごい評判のいい人ですね。それから、ベースがブライアン・スタンリーという人で、この人はドラムのスティーブとよく組んでやっているらしい。コンビネーションがいい方がいいですからね……。

ギターが、ポール・ペスコっていうマドンナやなんかのツアーやってる人で、5月にサイア・レコードからソロ・アルバムを出しているのね。非常に才能のある人で、まだ若いですから今後すごい出て来る人じゃないですかね。あと、弦はニューヨーク・フィルの連中だったりとか、それからサックスはスティーブ・エルソン。彼はジョー・ジャクソンとかデビッド・ボウイなんかとずっとやってる人です。

 

ー今回のドラムは全部生ですか?

久石:
2曲だけ打ち込みのままやってる曲がありますけどね。

 

ーそれはどの曲ですか?

久石:
どれでしょう(笑)?

 

ーえ、えーと、「トゥルー・サムバディ」あたりですか?

久石:
みんな言うんだよね。でも、あれは生なんですよ。「ミート・ミー・トゥナイト」と「マリア」はドラムとベースが打ち込み。「ミート・ミー……」はTR808を使ってます。

 

ー打ち込みパートはこっちで録ったのを残したわけですか?

久石:
そうですね。というか、一応デジタル・マルチに全部録って持って行ったんですけど、全部落として向こうでもう一回全部録り直ししました。

 

ー打ち込みものに関してもですね?

久石:
そうですね。

 

ー向こうに行く前に、ミュージシャンにドンカマを聞かせないで録ろうかな、とおっしゃっていましたね。

久石:
何曲かでもそれはやりました。

 

ーそういう録り方だとテイク1でOKというわけにはいかなかったと思うんですが……。

久石:
基本的には、東京でフェアライトで組んだモノはけっこう完璧にできたのでそのまま持って行って、それを彼らが聞いて、それに合わせて入っている感じですよね。だから、音楽の全体像を見ながらそれぞれセッションをやってったわけですよね。

それで、結果的にはどうしたってジャストで演れるわけじゃないから、必ずズレるわけだよね。逆にそのズレが欲しかったために、ドンカマは一部消して……。それぞれが自分でオン/オフできるようにしといたから聞いてない人がけっこういたんじゃないかなあ。

 

ーじゃあ、ノッてきたらドンカマを消しちゃって演るっていう感じで……。

久石:
そう。それとね、「マンハッタン・ストーリー」が端的な例なんだけど、東京でこのテンポがたぶんベストだろうと思ったテンポでやってたんですよね。それもかなり遅くしてね。他の曲はけっこう速い曲が多かったから、遅い曲が必要なのでテンポを落としてったんですよ。

ところが、ギリギリまで落としてったつもりだったのに向こうでこの曲を録る段になったら、(ミュージシャン達が)もっと(テンポを)落とすんですよ。1回、何も聞かないでリズム・セクション3人だけで演り出したらもっと遅いんですよ。日本でやったら思いっきりダレるなっていうテンポが、全然ダレない。

 

ーノリを持ってるっていうことですね。

久石:
そうですね。今回一番思ったことは、確かに向こうの人はすごい体力もあるし音もすごいからハデな曲を持ってった方がいい、という発想はあったんだけど、逆にこういう「マンハッタン・ストーリー」とか遅い曲も彼らはすごくうまいんですよ。で、ワーッと思ってね、テンポが8つくらい、128ぐらいだったのを110いくつくらいにしたのかな、すごい量を落としたんです。中間のファンクっぽい部分が成立するギリギリのテンポまで落としました。

それで、ほとんどの曲が東京で組んだテンポのままなんですよ。せいぜいひと目盛り下がるかどうかという……。それに関してもかなりシビアにやってったから、ほとんど変わんなかった。唯一変わったのが「マンハッタン……」。それがドドド……って落ちたっていう……。この辺がやっぱりノリのすごさなんだなっていうことを思いましたね。

 

●1回やってみたかったJAZZ…(?)

ーメンバーの人選というのはどんな風にやったんですか。

久石:
このレコーディングに入る前に3月に2週間位NYに行ってたんですよ。で、そのときに全員に直接会って、どんな感じでいくか決めてって……。

一番最初に決まったのはドラムのスティーブ・ホリーですね。で、彼がやりやすいメンツということと、こちらがいろんな人を聞いて決めてったんです。ギターは3人か4人くらい候補がいて、その中にカルロス・アロマーもいて、彼はコ・プロデューサーでやるつもりでいたんですよ。だけど、どう聞いてもロック・フレーズだし……そりゃそうだよね(笑)。だから、どうしようかなみたいなところから、もっとビョーキっぽいのをできる人がいいねっていう感じで、もう一度人選しなおしてもらったりとか……。

 

ーそういえば、「ホリーズ・アイランド」とか「ミッドナイト・クルージング」などではかなりジャズ的なものを感じたんですが。今までこういうのはあまり無かったんじゃないですか?

久石:
いや、『イリュージョン』から少しずつそういうのは入れてたんですよ。高校時代からジャズはすごい好きだったのね。好きだったけど、自分がやるもんじゃないと思ってたからのめり込まないだけで……。ただ、古く言えばスティーリー・ダン、ドナルド・フェイゲンもポップスなんだけどジャズのイデオムをいっぱい入れてやってたよね。だから、自分としてはフィールドはあくまでもこっちにいるんだけれども、ジャズというのは一つの表現手段として、ジャズのスピリットまでいかない程度にね(笑)、前からやりたいとは思ってたんですよね。で、『イリュージョン』では、けっこうやったね。

 

ー僕の印象では、『イリュージョン』よりもうちょっとジャズに近づいたかなっていう感じがあったんですが……。

久石:
それはあるね。ジャズに近づいたっていうかね……。何て言ったらいんだろう……(しばし沈黙)。……実は僕がジャズの表現をやりだすと本格的になっちゃうんですよ、出だしはマイルス・デイビスから入って、コルトレーンに戻って……ずーっとやってっちゃったから、聞き手としてはわりと聞き込んじゃってたので、あまり深入りしたくなかったんですよ。

ただ、今回は場所が場所でしょ?NYだったということもあって、それをそういうパワフルなものをやるためにはああいう表現(ジャズ)に近づいてもいいなと。で、ジャズ・ワルツっぽい曲もあったでしょ?「ミッドナイト……」かな?あんな感じの曲も一回やってみたかったんです。

 

ーあの曲は最初からあんな感じになる予定だったんですか?即興的に8分の6みたいな感じになったんじゃなくて。

久石:
いえ、全部あのまんまシーケンスを組んでたんですよ。あれは苦労しましたね。録れるかな、とか思いながらね(笑)。日本でやったら止まったと思うんだけど、誰も止まらないんだ。すごかったですよ、あれは。

 

ーロック寄りのメンバーなのに、こういうジャズっぽいのもできちゃうんですね。

久石:
このへんも大事なことなんだけど、ジャズのミュージシャンを集めてないんですよね。もし、ジャズのミュージシャンを集めてたらもっとニュアンスが出るけど、あくまでこちらのフィールドの人がジャズにエレメントを取るという風にやりたかったから、あえてジャズの人は呼ばなかったんですよ。だからよかったと思う。あの曲でジャズっぽい人を呼んじゃうと思いっきりのその世界に入っちゃうでしょ?

例えば、サックスがマイケル・ブレッカーとかだったら、どうしてもフュージョンになりますよね。「マンハッタン……」もそうでしょ?あれをあのままジャズの人を集めちゃったら、もうそのままピタッとはまっちゃうから、なんでこれを今、日本人がやらなきゃならないんだ、みたいな感じになっちゃうじゃない? そういうこともあったんで、あくまでポップス・フィールドの人でやるっていうのは決めてたんです。

 

ー今回、ボーカルものは歌詩が全部英語なんですが、これはやはり世界に打って出ようと……。

久石:
それはかなり意識しましたけどね。前に『アルファベット・シティ』というアルバムのトラック・ダウンをNYでやってるときに、A&Mとかビル・ラズウェルのセルロイド・レーベルから契約の話が来てたんですよね。その時は、契約で過去の全作品の権利を渡すとかなんとかでこじれそうなんでやめちゃったけど。

その時に思ったことは、僕は基本的にインストゥルメンタルでやってきたでしょ? インスト物っていうのは東京でやってもNYでやってもパリでやってもロンドンでやっても、いいものはいいって受け入れやすい状態なんですよ。

それは服飾メーカーでもそうですよね。山本寛斎なんかも言ってるけど、ロンドンで当たった、NYで当たった、東京で当たった、という風に同じ様に評価される。音楽でいうと、日本語が介在しないぶんだけインストゥルメンタルっていうのはそういう世界観を持ち得るんです。

だからそういう意味で『アルファベット・シティ』のときの経験からいっても、どうせやるならばそこまで徹底した方がいいだろうと。日本語でやるよりは英語でやろう、というのは最初のコンセプトで決めてましたからね。

 

ー作詩の方はどういう方が?

久石:
詩はね僕とCMで何本か一緒にやらせてもらったウチダさんという人なんです。それと、「ワンダー・シティ」は今から7、8年前の作品だから、これはマーティ・ブレイシーっていうもんた&ブラザースとかのドラムをやってた人です。

 

ー「ワンダー・シティ」は『インフォメーション』に入ってたのとキーが違いますね?

久石:
変えてます。今度は生でやるから、ベースの最低音にルートを合わせた。2月の草月会館でのコンサートのときからあのキーにしちゃったんですよ。

 

●鳴る音、鳴らない音

ー6月末のコンサート(6月29日サントリー・ホールの小ホール)を聞かせていただいたんですが、ピアノと弦楽四重奏だけですごく豊かな響きを出していて、改めて感心したんですが……。

久石:
弦はね、とても書き方が難しいんですよ。鳴らし方が本当に大変なんだ。例えばある配置で作ったのを半音キーを上げただけで、180度、もう民族が変わるくらい、楽器が変わったと思うくらいに響きが変わっちゃうんです。半音上げるんだったら配置から全部作り直ししないと同じ鳴り方はしないんです。その辺まで知りぬかないと、弦は鳴らないですね。

 

ー久石さんはバイオリンを習ってらしたことがあるそうなんですが、自分で弦楽器をやっていたということでその楽器の鳴る音域とかフレーズとかを体で知っているということが、まず、あるんでしょうね?

久石:
あっ、それはありますよ。それと、バイオリンをやるとすごいいい点はね、ピアノだと鍵盤を弾いたらソの音はソ、ラの音はラって出ちゃうでしょ?だけど、バイオリンの場合はフレットがあるわけじゃないから自分で音を捜さなきゃいけないんです。小さい頃やると耳の訓練には一番ですよね。だから、バイオリンを4歳からやったっていうのは自分のルーツですよね。仕事していく上でもとても武器になったし……。弦のアレンジってなかなかできないでしょ?

 

ー僕も勉強してるんですが奥が深いですよね。で、コントラバスもやってたんです。

久石:
一応そういうのをやってて弦の響きがわかってれば、少しずつできるようになりますよ。

 

ー久石さんの弦の鳴らし方、例えば「ヴュー・オブ……」の盛り上がるところで弦が対位法的に動くとこなんかは一朝一夕にはできるものじゃないですよね。ただ単に白玉を鳴らすっていう発想じゃないですし……。ところで、あの曲はストリングスは後録ですよね。

久石:
そう、最初にまずピアノを録って、それから弦のアレンジして弦を録ったんです。ピアノを録る前の日に曲ができましたからね……。

あの「ヴュー・オブ……」は今までの自分のメロディーらしいメロディーと、同時にちょっと踏み出してるんですよ。メロディーの中でのキーのチェンジが激しいですからね。一歩間違うと今回のコンセプトに合わない曲なんですよ。あの曲を外すかどうか迷いましたね。

で、アルバムに入れた中では唯一ミニマルっぽい扱いですね。途中からピアノが一つのフレーズの繰り返しで押し切って、それとは別に弦が動く。あそこらへんからモードっぽい進行に切り換えることによって、やっとアルバムに入ったんですよ。辻褄が合うようにした。それがすごい難しかったね。

コード進行にそった形でピアノのアルペジオを入れるといちばん僕らしくなるんだけど、今回それをやるとちょっと違うんじゃないかっていう感じがあって。それがちょっと苦しかったとこですね。「ヴュー……」は楽曲的には自分でも納得いってたから、今回入れるためには他の曲とのつなぎの接点でモードというのを使ったんです。そういう方法というのは全体にあるんです。

あと、今回は全体的にバンドっぽい仕上がりにしたんですよ。従来の自分の方法だと、この楽曲は打ち込み、例えば「ワンダー・シティ」だったらやっぱりシンセ・ベースの方が絶対合うわけ、気分的にも。そう思ったら必ずそうやってきたんだけど、今回に関して言うとあえて目先の音のチェンジの前に統一感を出したかった。いいフレーズがあればそれでいい。いい音楽であればそれでいいっていうことで、アレンジャー的感覚でいろんな音色を使うというのは全部排除して……。ベースは全部同じ音でいい。ドラムも全部同じでいいと……。

音色のような細かいことでの目先は変えないで、ストレートに押し切ろうという考え。

今回のアルバムは、基本的に”生”だと。そのままステージにかけられるバンドっぽいことをやろうと……。打ち込みでやってると、ドラムでもなんでも不可能なことを平気でやるでしょう?ドドドッとか。その手のことはもうしない、人間が弾けるっていう状態でとにかくやろうと徹しちゃったです。

(「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1989年11月号」より)

 

 

久石譲 『PRETENDER』

Disc. 久石譲 『PRETENDER』

 

 

 

Blog. 「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1988年8月号」久石譲インタビュー内容

Posted on 2021/09/05

音楽雑誌「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1988年8月号」に掲載された久石譲インタビューです。久石譲による連載コーナーの第7回です。

 

 

HARDBOILD SOUND GYM by 久石譲

第7回 ミニマルも「ナウシカ」も素材は同じモードだった

久石さんがPOPワールドに入るきっかけをつくったのは、クラフトワークとの出逢いだった。クラシックとは離れたところで、ミニマルの手法も応用したニューBGMをつくろうとした。それが久石さんたったひとりのオーケストラ、”ワンダーシティオーケストラ”だ。ソロアルバム『インフォメーション』を82年に発表、ミニマルにこだわったニュー・ウェーブ色の強いアルバムだった。その後、2年もたたないうち、「風の谷のナウシカ」のサントラが大ヒット。土着要素の強いミニマルと、クラシックなイメージを持つ「ナウシカ」は対照的だが、久石さんに言わせると、”モード”ということで自分の中では全く違和感はないのだ。

 

クラフトワークの落とし前をどうつけようか?

クラフトワークは、日本では”何だこれっ!?”って感じでなかなかレコードにはならなかったんです。僕は別のルートから彼らの音を聴いていて、絶対ウケルと思ったんだけど…。その後、ニューヨークから超一流のモデルが来日して自分のステージでクラフトワークのテープを流した。それに感動した糸井五郎さんや今野雄二さんらが、自分の番組で紹介して火がついたというわけ。

ところが、タンジェリン・ドリームの方が日本でウケた。アメリカの東海岸では逆にクラフトワークがウケてタンジェリン・ドリームの人気はいまいち。僕からするとタンジェリンは好きじゃないんです。彼らは即興演奏の感性的な感覚だけでぜんぜん理論武装していない。それに対して、クラフトワークは明確。メロディー・ラインもこれ以上なくらいに単純化、パターン化されている。僕のようにミニマルをやってきた人間にとって、同じシーケンス・ベースの中でわーっと弾いているタンジェリンとは全く違って聴こえた。

そのとき、あっと思った。こういうラインで、ポップになれるならば、自分としてもクラシックと離れた音楽のやり方があるんじゃないか、より超モダンでアヴァンギャルドなやり方が…。

その後で知ったことだけど、クラフトワークのメンバーの経歴が興味深い。みんな現代音楽やミニマルの影響を受けたりしている。ドイツのプログレ・バンドやロック・シンセ・バンドは、クラシック出身とか、シュトック・ハウゼンの研究所にいた人間とかが多い。自分と思考過程が似てて、彼らの屈折したところなんかがとてもよく見えた。

YMOがやったことというのは、完全にクラフトワークをベースにしている。メロディを日本風にわかりやすくしてるけど、ステージの前にマネキン人形を置いて、後ろで弾くというやり方などは、クラフトワークがずっとやってきた手段だからね。はっきり言ってものまねだった。彼らのやろうとしてきたコンセプトは、裏にはクラフトワークがあって、でもクラフトワークほどうち出せないところで揺れ動いていた。テクノデリックとか、ポップス・バンドであるとかいうところで、いつもやっていることに対して、クラフトワークまでいけないといういら立ちの中で揺れていたんだとはっきり言い切っていいと思う。彼らは、自分の中でクラフトワークをどうやって解決させるか、どう落とし前をつけるかって作業だったんだろう。

だから、今は逆に彼らはつらいかも、坂本龍一さんはとくに…。彼はその気になればクラシックもできるし現代音楽もできる立場にある、かといって一方でニュー・ウェーブもやってきたという切り口がある。『NEO GEO』はあんまりいいできだと、僕は思ってないんです。ちょうどあの頃に、清水靖晃さんも『サブリミナル』を出したでしょう。2人ともエスニックを素材にしてたけど、エスニックを素材にしたサウンンドってもう新しくないんだよね。第一、もうサウンドがインパクトを持つ時代でもないわけ。サンプリング楽器が安く手に入って、アマチュアの人もすごいことをやってる。すると、おのずと、サウンドで驚かせられる時代じゃなくなってきている。

 

ミニマルから「風の谷のナウシカ」へ

テクノの縦割りのノリは新鮮だった。クラフトワークの、あれだけ削ぎ落としたサウンドは他にはなかった。そこで最初にN(エヌ)というバンドのPOPミュージック、ニュー・ウェーブBGMをつくろうとした。現代音楽も引きずりつつミニマルでポップスをつくろうとしたんです。でもそれだけに、ちょっと苦しいところがあって、今、聴いてみてもえらく綱渡りしている感じがする。

”ワンダーシティオーケストラ”という、といってもたったひとりで演ってたんだけどニューBGMをつくろうとしてたんです。その頃の曲はすべてワンコード、つまりモードなわけ。ベースラインがC#とかでずっと通していて、コードはその中で動くんだけどね。それが、82年に10月に発表したソロ・アルバム『インフォメーション』なんです。

それから次に出したのが「風の谷のナウシカ」のサントラです。メロディだけ聴くと、ミニマルとは反対のクラシカルなものにとらえられがちだけど、自分の中では全く違和感がない。というのは基本的にモード(ナウシカの場合はCドリアン・モード)を使っているからなんです。

(「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1988年8月号」より)

 

 

 

Blog. 「KEYBORD LAND キーボード・ランド 1989年10月号」久石譲インタビュー内容

Posted on 2021/09/04

音楽雑誌「KEYBORD LAND キーボード・ランド 1989年10月号」に掲載された久石譲インタビューです。アルバム『PRETENDER』発売に合わせた時期になっています。

 

 

日本人っていつも何かのフリをしている人が多い
その姿を客観的に表したかった

久石譲

『風の谷のナウシカ』や、『となりのトトロ』など映画音楽やCMソング、他のアーティストの曲の作・編曲の他、キーボード・プレーヤーとしてっも幅広い活動をしている久石譲。彼が3年ぶりの自分自身のアルバム『PRETENDER』をニューヨークで制作した。

久石といえばフェアライトなどの最新テクノロジーを積極的にとり入れたキーボーディストというイメージがあるが、今回のアルバクでは生の楽器が多く使われている。

「今までは90%くらいは電気楽器、打ち込みものとかが多かったのですが、今回は逆に85%近くは生のピアノやドラム、ベースなどを前に出して非常にバンドっぽくあげたかったんです。打ち込みだとジャストでしょ。ジャストだとニュアンスがないからつらい部分があって…。そういう意味では今回はリズムのノリもいいし、かなり欲しいニュアンスが録れたなと感じますね。中には1曲めと5曲めのように部分的に打ち込みを使った曲もありますが、後は全部生です。その打ち込みの部分も、生の音との違いがほとんどわからないくらい精密に、フェアライトで作っていったんですよね。今回はバンドっぽいサウンドということをコンセプトにおきましたから、そういう意味でのカラーの統一をしたかったんです」

彼の言葉どおり、アルバム全体を通してライブ感覚のノリが溢れている。が、そこには人間臭さは不思議となく、都会的なドライさが感じられる。

「今回は全体に乾いた音を中心にして、日本人特有のウェットな部分をできるだけ切り捨てようと思ったんです。そういう意味からもロンドンよりは絶対ニューヨークの方が合っているという気がして行ったんです。ロンドンの音楽は、どちらかというとウェットという部分では、日本のものと似ていますからね」

アルバム1曲1曲は、60年代風のロックあり、ラテンあり、ジャズあり、バラードあり、生ピアノと生弦中心のインストありと実に多彩。しかもラテン風のサウンドひとつとっても、それに東洋的なメロディがのっているような、型にはまらない久石独自の自由なアソビ感覚が伝わってくる。

「1曲1曲、思いっきりパワーを持つように作ったんです。今回はインストとボーカルものを混ぜてしまったし、下手するとバラバラになっちゃうような非常に難しいアルバムだったんですよ。ただ正解だったのはバンドっぽい音ということで、リズム体を変にサンプリングで入れ替えたりして凝りすぎないで、全曲、素直に通したんです。曲の表わし方の個性をどうつけるかでジャジイなものがあったり、ピアノ曲があったりするけど、その上でもっと大きな個性で結実しないかなという思いはありました」

1つの型に凝り固まらず、いろいろなジャンルの音楽をいろいろなノウハウで作り上げてきた彼だけに、実力に裏付けされた確かな自信がうかがえた。その彼の自信作は9月21日NECアベニューより発売される。またライブは10月4、5日インクスティック芝浦ファクトリーで行われる予定。

(「KEYBORD LAND キーボード・ランド 1989年10月号」より)

 

 

久石譲 『PRETENDER』

 

 

 

Blog. 「音楽の友 1998年4月 特大号」久石譲インタビュー内容

Posted on 2021/09/03

クラシック音楽誌「音楽の友 1998年4月 特大号」に掲載された久石譲インタビュー内容です。連載コーナー「この一曲が好き!」に登場しました。久石譲が選んだのは「マーラー:アダージェット」、そして当時公開されたばかりの映画『HANA-BI』の話まで。

 

 

この一曲が好き!

第37回 マーラー/アダージェット 久石譲(作曲、演奏、プロデューサー)

各界の著名人に、自分の一番好きな「この一曲」について、熱い告白をしていただこうという好評連載!今月は、現代音楽の作曲家として出発しながらも、ポップス、映画音楽のフィールドで高い支持を得ている久石譲さんです。

 

昔、学生時代はマーラーはあまり好きではありませんでした。ところが、ロンドンに2年ほどいたときに『水の旅人』という映画のサウンド・トラックを、ロンドン・シンフォニー・オーケストラで、フルの3管編成でレコーディングしようとした(93年4月)んですが、いわゆる管弦楽法の本とかはみんな東京に置き忘れてきてしまった。そのとき手元にあったのは、マーラーの5番のスコアだけだったんですよ。そのスコアをずっと参考にして、ヴォイシング、音の配置を舐めるように見た。それで、マーラーの5番に親しんだのがとても記憶に残っています。

特にアダージェットは、『ヴェニスに死す』という映画のテーマ曲になりましたね。これだけ映画を見ているし、映画音楽をやってきたにもかかわらず、実は『ヴェニスに死す』は見ていなかったんですよ。で、去年、北野武さん監督の『HANA-BI』という映画がベネチア国際映画祭で金獅子賞を取りました。それでその前後であわてて『ヴェニスに死す』を見たんです。とても恥ずかしかったんですが、ヴィスコンティのあの映画に圧倒されて、同時にアダージェットという曲の持っている凄さに、もう一度心酔したんですね。

今回、長野パラリンピックのトリビュート・アルバム『HOPE』を作ったときに、ポップスの人から、ジャズ、クラシック、いろんなジャンルから参加していただきました。クラシックでは藤原真理さんと、オーボエの茂木大輔さん、カウンターテノールの米良美一さん、和太鼓の林英哲さんです。

で、どの曲をやろうかという段階で、チェロとピアノでは不可能かなと思いつつ、アダージェットをやってみたいという提案をしたんですね。真理さんと改めてもう1回聴いてみて、はたしてこれはチェロとピアノになるんだろうか、どうなるかわからないけれども、とにかく置き換えてみます、と編曲を始めたんです。

ところが、弦のスタティックな曲だから、音符がのびないとサマにならないんですね。弦は音を延ばすことは可能だけれども、ピアノはどうしても音が減衰していっちゃいますからね。原曲の響きや世界観をいかに変えずにピアノに置き換えるかで、ずいぶん苦しんだんですよ(笑)。そのレコーディングは相当うまくいって、これからきっとチェロの人のレパートリーに入るんじゃないか、それくらいのアレンジはできたし、自分も納得してるんです。もちろん原点にあったのは、あのアダージェットという楽曲の持っているすばらしさです。

これを書いた時のマーラーは、おそらく精神的に相当きつい状況だったと思うんです。メロディ自体はメイジャーの曲ですよね。でも、心底落ち込んだ、精神状態が最悪のときに、かえってメイジャーなメロディを書くというのは、何段階か人間として器が大きくなるというのでしょうか。辛いときに辛い曲、悲しい時に悲しい曲を書くほど、つまらないことはないんで(笑)。それをつき抜けた絶望の渕の明るさ、そして何かを求めるというようなところが、この曲にはある。ある意味でシューベルトの《白鳥の歌》に近いような、とても死を見据えた強さを、このアダージェットには強く感じるんです。第9番の第4楽章もすごくいいんですが、あれはオーケストラとしても劇的に構成され過ぎている。それに較べると第5番の第4楽章は、ハープと弦だけですよね。シンプルな中に本当に突き抜けた世界観をもっている。そういう意味でもこれはすばらしい。

もともとはブラームスがすごい好きなんです。ブラームス独特の、重たくなるくらいに低音を重ねてしまう、そういうもののほうが本当は好きなんですけれども、ただやっぱり、マーラーは指揮者としても一流でしたよね。ですから、小手先に走る、オケの効果に走る、構成上の弱さを持っているんだけれども、基本的には、オケの鳴らせ方、響かせ方に関しては、作曲部屋にこもって作っている人と、毎日オケの前でやっていた人との違いはある。マーラーの場合、譜面上では、えっ、これで大丈夫なのかな、というのが、実際音を出してみるととてもいいんですよね。この辺は、机上の作曲とまったく違うものがあって、ものすごく参考になります。

ブラームスは、彼の引き裂かれ方が好きなんです。体質はロマン派のくせに、頭の中は構成がっちりの古典派のベートーヴェンなんかに憧れきってる。そのバランスの悪さは、いつ聴いても面白い。第4シンフォニーなんて、音型、モティーフという捉え方でどう頑張っても、メロディにはロマンの香りがしちゃいますよね。ブラームスは一生そのことで闘って悩んでいた。そのことが露骨に見えるのが、ブラームスの一番破綻しているところでもあり、僕が好きなところでもあるんです。

人間の中にも、物事を論理的に考えたいというところと、ものすごいエモーショナルに動きたいというところと、みんな持っているじゃないですか。だからそれを大きなタームで捉えてみると、クラシックの流れ自体が、古典派、ロマン派、新古典派、十二音技法、現代音楽と、絶えず人間のなかの感覚的な部分と、理性的な統御の部分とが、交互に揺れ動いて来ていますよね。

 

僕の学生時代は、ミニマル・ミュージックが最先端の音楽だったんですね。1964年くらいですね。僕らはそれまではペンデレツキやクセナキスの流れで、不協和音を重ねるクラスターという書き方をしていました。あれは正直言ってだれもわからないんですよね。もっといえば、だれでも書ける。ものすごい大きなスコアに、「第1ヴァイオリン」という表記ではなく、ひとりひとりの奏者のヴァイオリン何10本に半音だ4分音だとぶつけていけばいいんだから。そんなに苦労はない。あれは机上の音楽でしかなかった。

実際に創造してるものとは違うはずなんです。それをちゃんとやりきれている作曲家は基本的にいないと思うんです。そういうものをただただ追求していくことが作曲の指南になり、あれだけの大量の音符の量を不確定理論とかでやっても、それが飽和状態まできてるような気がしていた。そこへ、ポンとミニマルを聴いたときに、あの形になってるというのは、僕にとって、ものすごく新鮮だったのね。ミニマルの方が自分たちのリアリティがあった。もちろん、スティーヴ・ライヒたちはいきなりそれを作ったんじゃなくて、いろんなムーヴメントのなかでやってきていますが。

当時、作曲家どうしが集まったときに話すことは、他人の批評ばかりだったわけです。あれはだめだ、これもだめだ、と。つまり、彼らの言い方というのは、他のものはすべてだめ。だから自分が正しい、という理論。赤ちょうちんで飲んで課長の悪口言ってるサラリーマンと何ら変わらない。だから体質的に現代音楽の連中のもっている雰囲気が大嫌いだったんです。音符で証明すればいいのに口で証明しているような奴らとやってもしようがない、と思った。そのときにふっと横を見ると、ロキシー・ミュージックから出てきたブライアン・イーノが、芸術論なんかぶたなくても、充分やっているという姿がすごくうらやましかったんですよ。それならこのまま現代音楽をやっているよりはポップスのフィールドに行った方が自分はいいと。

そこで「作品を書く」というのはやめたんです。そのかわり、ポップスのフィールドに行ってからはもっと自由にできるようになった。あっちは面白ければ正義ですから。もうひとつは売れなければ正義にもならないんだけど。それさえきちんとしていればやりたいことはやれる。だいたい我々の世代でも、才能のあった人物が、ほとんどみんなポップスとか、他のフィールドに流れちゃいましたよね。

映画音楽を作るときは、よほどのことがない限りは、台本を読んで、ラッシュを見て、それからどういう世界観にするかを通常決めて行きます。『HANA-BI』のときは、わりと早い時期から、北野さんから大体の内容は聞いていたし、「今回はアコースティックで行きたい」と言われていた。北野さんとやってきた映画音楽は、『HANA-BI』で4本目なんですけど、それまでのものは実はミニマル的な扱いが多かったんですよ。感情表現というよりは引いてしまって、最少単位の音型が繰り返されるような。具体的にいうと、シンセサイザーをだいたいメインにして作ってきた。『HANA-BI』の場合は、暴力的なシーンでも、弦とかできれいな音楽が流れているようなのはどうですか、という話があった。それがキーワードになりました。ただ、弦を使っていると、どうしてもメロディラインがついて、エモーショナルな部分に走りやすくなるんですよ。北野さんの世界では、おいおい泣いたりするような、感情表現の場って少ないんですよ。そういうところにエモーショナルな音楽を付けると、ものすごくダサくなったり、かえって北野ワールドを壊してしまうんじゃないか、というのが一番心配だったですね。弦を使ってやっていくときに僕が大事にしたのは「格調」。一、二歩引いて、主人公たちの精神状態を奏でるというところから全体を構成していった。通常僕らが映画音楽を書くときは、映画1本で25~30曲くらい、各シーンに入れていくんです。だけど今回は10曲だった。短くなったと喜んでいたんですが、1曲1曲が8分だったり6分だったり長いんですよ。だから、音楽全体の長さは結局45分くらい、いままでと全く変わっていなかった。その分、入れるときはドンと入れる。抜くときは思い切り抜く。映画としての音楽的なメリハリはつけられたという気がします。

以前見たスティーヴ・ライヒの《ザ・ケイヴ》はすごくショックでした。いつかこういうのにチャレンジしてみたいというのはありましたから。ただ、彼は現代音楽のフィールドだけど、僕は、ポップスのフィールドだから、斬新なもの、それでいてエンターテインメントとして楽しめるもの。そういう作品をこれから作っていきたいですね。変に芸術家というと、山の中に篭っていて自分の気にいった音符を書いていれば成り立つかもしれないけれど、僕がいまいる世界は、人様に見て聴いていただいて初めて成立する世界だから。自己満足では完結しないんですよ。それに対して出資してくれる人がいたり、レコード会社や映画会社がいる。そういう人たちは資本をしっかり回収し(笑)、なおかつ人々をただただ楽しませるだけでじゃなくて、もうひとつ上のランクのもの見せられるというのが理想ですから。それを一番やっているのはたぶん宮崎駿さんです。その人とずっと仕事させてもらったし。身の回りに北野さんとか凄い人が大勢いるもんで、いまでもいろいろ勉強させてもらっています。

(「音楽の友 1998年4月 特大号」より)

 

 

久石譲 『長野パラリンピック支援アルバム HOPE』

 

HANA-BI サウンドトラック

Disc. 久石譲 『HANA-BI』