Posted on 2020/12/03
2020年11月3日、映画公開当時はLPでは発売されていなかった「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」の2作品のイメージアルバム、サウンドトラックに、あらたにマスタリングを施し、ジャケットも新しい絵柄にして発売されました。「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」各サウンドトラック盤には、前島秀国氏による新ライナーノーツが書き下ろされています。時間を経てとても具体的かつ貴重な解説になっています。
宮崎駿監督と久石譲のコラボレーション8作目『ハウルの動く城』は、これまでの作品同様、最初にイメージアルバム(イメージ交響組曲『ハウルの動く城』)が制作され、本編用スコアにも登場することになる幾つかのテーマが事前に作曲された。本盤収録曲で言えば《秘密の洞穴》と《星をのんだ少年》(イメージ交響組曲では《ケイヴ・オブ・マインド》)、《荒地の魔女》(イメージ交響組曲では《魔法使いのワルツ》)、《魔法の扉》(イメージ交響組曲では《動く城の魔法使い》)、《陽気な軽騎兵》(イメージ交響組曲では《ウォー・ウォー・ウォー》(War War War)》)、《星の湖へ》(イメージ交響組曲では《動く城》)、《サリマンの魔法陣》(イメージ交響組曲では《暁の誘惑》)などが、それらのテーマに当たる。しかしながら、これまでの方法論と異なり、事前に作曲されたテーマ素材は三管編成の管弦楽曲、すなわちコンサートでそのまま演奏可能な交響組曲として録音された(映画公開翌年の2005年夏、久石は新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラを指揮してイメージ交響組曲を全曲初演している)。しかも驚くべきことに、本編用スコアの要となるメインテーマの素材は、イメージ交響組曲にはいっさい含まれていない。メインテーマは、イメージ交響組曲完成後、久石が新たに書き下ろしたワルツ主題に基づいて作曲されている。こうした点において、本作のスコアはこれまでにない異色のアプローチで作曲された音楽と見なすことが出来るだろう。
「スタンダードなオーケストラにないものを音楽の中に持ち込んで、新しいサウンドにチャレンジするという実験は、『もののけ姫』と『千と千尋の神隠し』でひとしきりのことはやり尽くした感がありました。それに対して『ハウルの動く城』は、舞台がヨーローッパということもありましたので、それならば逆に伝統的なオーケストラにこだわろうと思ったんです。三管編成、つまり90人前後の編成をフルに用いて宮崎作品の音楽を書いたのは、これが最初だと思います。ただし、それを映画の中で真剣に鳴らしてしまうと、音楽が出しゃばり過ぎてしまう場合が出てくる。そこで『これは映像に付ける音楽ではなくて、あくまでも音楽として完成させますから、必ずしも映画の参考にはなりませんよ』と宮崎監督にお断りしてから作ったのがイメージ交響組曲だったんです。映画全体の音楽設計に関して、宮崎監督は最初から非常に明快な方針を打ち出されていました。つまり『主人公のソフィーという女性は18歳から90歳まで変化する。そうすると顔がどんどん変わっていくから、観客が戸惑わないように音楽はひとつのメインテーマにこだわりたい』と」
2004年2月、宮崎監督との音楽打ち合わせで「ひとつのテーマ曲だけで」という要望を伝えられた久石は、メインテーマの候補となる楽曲を3曲作曲。宮崎監督と鈴木敏夫プロデューサーの前で久石自身がピアノ演奏した結果、2番目に弾かれたワルツの楽曲を宮崎監督がその場で選択した。このワルツ主題は、のちに宮崎監督によって《人生のメリーゴーランド》と命名されることになる。
「これは非常に不思議なんですが、イメージアルバムを作曲した時、実は最初に作った4拍子の曲があるんです。その段階では少しメロドラマ的過ぎると感じたのでボツにしたのですが、あとで気が付いたら、メロディの最初の部分もコード進行も、のちに作曲することになった《人生のメリーゴーランド》と同じ。その4拍子の曲を無意識のうちに3拍子に変えたものが、『人生のメリーゴーランド』だったんです。《人生のメリーゴーランド》を作曲した時は、『あの4拍子の曲を3拍子のワルツに直そう』とは意識していなかったんですよ。ボツにした4拍子の曲をすっかり忘れてしまってから、《人生のメリーゴーランド》を新たに書き下ろし、宮崎監督に選んでいただいた後、しばらく経ってから4拍子の曲を聴き直したら、『ああ、これが3拍子に変わっただけじゃないか』と初めて気が付いた。つまり4/4拍子のリズムで普通に演奏したらロマンティックすぎるというか、ベタなメロドラマになってしまうような素材が、ワルツという3拍子にすることで表現が浄化されたわけです。『ハウルの動く城』も基本的にはメロドラマに属していますが、宮崎監督らしく、非常に上質なメロドラマとして作られています。音楽も、それに見合った”メロドラマの波動”がなければいけませんが、それを4拍子でベタに表現すると、下品になってしまう。しかし、ワルツという3拍子を用いたことで、4拍子の時にあったベタベタした情感が削ぎ落とされた。そこが、一番重要な点だと思います」
映画音楽の作曲において、久石は「映像と音楽は対等であるべき」というスタンスを貫き続けている作曲家である。どのように”対等”であるべきか、実際の方法論はケース・バイ・ケースで異なってくるが、本作の場合は「ワルツという3拍子を用い」「4拍子の時にあったベタベタした情感」を削ぎ落としたことで、映像と音楽の”対等”を実現したと見ることが出来るだろう。このあたりの久石のバランス感覚は本当に見事としか言いようがない。
しかしながら、本作のスコアで真に驚嘆すべきは、そのワルツ主題のメインテーマに様々な変奏を加えることで──ソフィーが汚れ放題の部屋をホウキがけするシーンの《大掃除》であろうが、ソフィーたちが王宮からフライングカヤックで脱出するシーンの《城への帰還》であろうが──すべて同一のワルツ主題から音楽を紡ぎ出した点にある。クラシック流の言い方を用いれば、本作のスコアは「《人生のメリーゴーランド》のワルツ主題に基づく交響的変奏曲」として書かれているのである(本盤収録曲の実に半数以上がワルツ主題の変奏で作曲されている)。
それぞれのシーンの内容や性格に応じた多彩な変奏技法の素晴らしさもさることながら、ここで是非とも指摘しておきたいのは、久石がいくつかのシーンに限ってワルツ主題をピアノ演奏することで、ワルツ主題に”愛のテーマ”の役割を与えているという点だ。
本編の中でワルツ主題がピアノで提示される《-オープニング- 人生のメリーゴーランド》以降、最初にピアノがワルツ主題をメインで演奏するのは、ソフィーが路面蒸気車に乗って帰宅するシーンの《ときめき》だが、楽曲名が端的に表わしているように、ここでのワルツ主題はハウルに対するソフィーの恋の芽生えを暗示している。次にワルツ主題がピアノで登場するのは、眠りについているソフィーの様子をハウルが窺うシーンの《静かな想い》だが、音楽はハウルの心情の変化──まだ恋愛感情には至っていないが──を仄めかしている。さらにピアノがワルツ主題を演奏する《恋だね》のシーンでは、ソフィーの恋愛感情を見抜いた荒地の魔女「あんた さっきからため息ばかりついてるよ」というセリフをつぶやく。
以上の例からわかるように、ピアノという楽器の選択は物語全体を貫く”メロドラマ”と密接に関連付けられている。もし、上記のシーンでワルツ主題を三管編成のたっぷりとした弦で鳴らしてしまったら、それこそベタベタした情感がまとわりついてしまうだろう。叙情的でありながら、シンプルなピアノのソロで鳴らすから”上品なメロドラマ”になる。そうした楽器用法における繊細な匙加減も、実に見事である。
もうひとつ、このワルツ主題に関して指摘しておきたいのが、視覚的な側面からも物語的な側面からも、『ハウルの動く城』という作品自体が当初からワルツ形式によるメインテーマを欲していたのではないか、という点である。
ワルツ主題がオーケストラで初めて壮大に演奏される《空中散歩》の最後、ソフィーと共に空中散歩を終えたハウルが去ると、カメラはチェザーリの店の上の階のベランダに残されたソフィーから、店の前の広場で踊る人々にトラッック・バックする。その場面(カットナンバー 72)を『スタジオジブリ絵コンテ全集14 ハウルの動く城』(徳間書店)で確認してみると、「チェザーリの店の前の広場でクルクルとおどる人々」という宮崎監督の説明が書き込まれている。完成された本編を見てみると、人々はメヌエットを踊っているようにも、あるいはワルツを踊っているようにも解釈出来るが、「クルクル」という説明から、おそらく宮崎監督はワルツを想定していたのではないだろうか。というのは、男女が対になって踊る舞踊形式の中でも、とりわけワルツ形式は「クルクル」回る円環運動を容易に連想されるからである。
宮崎監督が《人生のメリーゴーランド》の音楽的特徴、つまりワルツ形式の”円環性”をことのほか強く意識していたのは、楽曲名に”メリーゴーランド”(古い表現を使えば回転木馬)という単語を選んだ事実が証明している。ただし、宮崎監督は単に舞踊としてのワルツの”円環性”を”メリーゴーランド”という表現に置き換えたのではない。物語全体を構成する”円環性”、つまり、荒地の魔女の呪いが解けたソフィーが18歳の姿を”回復”し、失われていた心臓をハウルが”回復”するという”円環性”を、”メリーゴーランド”という表現に喩えていたのではあるまいか。それこそが《人生のメリーゴーランド》という楽曲名の意味するところであり、ひいては本作のメインテーマがワルツ主題でなければならなかった最大の理由でもある。宮崎監督と久石のコラボレーションにおいて、映像とオンがうがこれほど厳密に対応しながら、ひとつの世界観を作り上げた例を、筆者は他に知らない。
本盤の最後に収録された《-エンディング- 世界の約束~人生のメリーゴーランド》では、木村弓作曲・谷川俊太郎作詞の《世界の約束》(ヴォーカルはソフィー役の倍賞千恵子)を久石による編曲で演奏した後、久石のピアノとフル・オーケストラの演奏が《人生のメリーゴーランド》を再現し、文字通りの大団円を迎える。
※「」内の久石の発言は、筆者とのインタビューに基づく。
前島秀国 サウンド&ヴィジュアル・ライター
2020/8/6
(LPライナーノーツより)
ハウルの動く城/サウンドトラック
音楽:久石譲 全26曲
主人公ソフィーの声を担当した倍賞千恵子が歌う主題歌「世界の約束」ほか、映画で使用された楽曲を収録したサウンドトラック。
品番:TJJA-10030
価格:¥4,800+税
※2枚組ダブルジャケット
(SIDE-A,B,Cに音楽収録 SIDE-C裏面には、音がはいっておりません。)
(CD発売日2004.11.19)