Blog. 「KEYBORD LAND キーボード・ランド 1989年10月号」久石譲インタビュー内容

Posted on 2021/09/04

音楽雑誌「KEYBORD LAND キーボード・ランド 1989年10月号」に掲載された久石譲インタビューです。アルバム『PRETENDER』発売に合わせた時期になっています。

 

 

日本人っていつも何かのフリをしている人が多い
その姿を客観的に表したかった

久石譲

『風の谷のナウシカ』や、『となりのトトロ』など映画音楽やCMソング、他のアーティストの曲の作・編曲の他、キーボード・プレーヤーとしてっも幅広い活動をしている久石譲。彼が3年ぶりの自分自身のアルバム『PRETENDER』をニューヨークで制作した。

久石といえばフェアライトなどの最新テクノロジーを積極的にとり入れたキーボーディストというイメージがあるが、今回のアルバクでは生の楽器が多く使われている。

「今までは90%くらいは電気楽器、打ち込みものとかが多かったのですが、今回は逆に85%近くは生のピアノやドラム、ベースなどを前に出して非常にバンドっぽくあげたかったんです。打ち込みだとジャストでしょ。ジャストだとニュアンスがないからつらい部分があって…。そういう意味では今回はリズムのノリもいいし、かなり欲しいニュアンスが録れたなと感じますね。中には1曲めと5曲めのように部分的に打ち込みを使った曲もありますが、後は全部生です。その打ち込みの部分も、生の音との違いがほとんどわからないくらい精密に、フェアライトで作っていったんですよね。今回はバンドっぽいサウンドということをコンセプトにおきましたから、そういう意味でのカラーの統一をしたかったんです」

彼の言葉どおり、アルバム全体を通してライブ感覚のノリが溢れている。が、そこには人間臭さは不思議となく、都会的なドライさが感じられる。

「今回は全体に乾いた音を中心にして、日本人特有のウェットな部分をできるだけ切り捨てようと思ったんです。そういう意味からもロンドンよりは絶対ニューヨークの方が合っているという気がして行ったんです。ロンドンの音楽は、どちらかというとウェットという部分では、日本のものと似ていますからね」

アルバム1曲1曲は、60年代風のロックあり、ラテンあり、ジャズあり、バラードあり、生ピアノと生弦中心のインストありと実に多彩。しかもラテン風のサウンドひとつとっても、それに東洋的なメロディがのっているような、型にはまらない久石独自の自由なアソビ感覚が伝わってくる。

「1曲1曲、思いっきりパワーを持つように作ったんです。今回はインストとボーカルものを混ぜてしまったし、下手するとバラバラになっちゃうような非常に難しいアルバムだったんですよ。ただ正解だったのはバンドっぽい音ということで、リズム体を変にサンプリングで入れ替えたりして凝りすぎないで、全曲、素直に通したんです。曲の表わし方の個性をどうつけるかでジャジイなものがあったり、ピアノ曲があったりするけど、その上でもっと大きな個性で結実しないかなという思いはありました」

1つの型に凝り固まらず、いろいろなジャンルの音楽をいろいろなノウハウで作り上げてきた彼だけに、実力に裏付けされた確かな自信がうかがえた。その彼の自信作は9月21日NECアベニューより発売される。またライブは10月4、5日インクスティック芝浦ファクトリーで行われる予定。

(「KEYBORD LAND キーボード・ランド 1989年10月号」より)

 

 

久石譲 『PRETENDER』

 

 

 

Blog. 「音楽の友 1998年4月 特大号」久石譲インタビュー内容

Posted on 2021/09/03

クラシック音楽誌「音楽の友 1998年4月 特大号」に掲載された久石譲インタビュー内容です。連載コーナー「この一曲が好き!」に登場しました。久石譲が選んだのは「マーラー:アダージェット」、そして当時公開されたばかりの映画『HANA-BI』の話まで。

 

 

この一曲が好き!

第37回 マーラー/アダージェット 久石譲(作曲、演奏、プロデューサー)

各界の著名人に、自分の一番好きな「この一曲」について、熱い告白をしていただこうという好評連載!今月は、現代音楽の作曲家として出発しながらも、ポップス、映画音楽のフィールドで高い支持を得ている久石譲さんです。

 

昔、学生時代はマーラーはあまり好きではありませんでした。ところが、ロンドンに2年ほどいたときに『水の旅人』という映画のサウンド・トラックを、ロンドン・シンフォニー・オーケストラで、フルの3管編成でレコーディングしようとした(93年4月)んですが、いわゆる管弦楽法の本とかはみんな東京に置き忘れてきてしまった。そのとき手元にあったのは、マーラーの5番のスコアだけだったんですよ。そのスコアをずっと参考にして、ヴォイシング、音の配置を舐めるように見た。それで、マーラーの5番に親しんだのがとても記憶に残っています。

特にアダージェットは、『ヴェニスに死す』という映画のテーマ曲になりましたね。これだけ映画を見ているし、映画音楽をやってきたにもかかわらず、実は『ヴェニスに死す』は見ていなかったんですよ。で、去年、北野武さん監督の『HANA-BI』という映画がベネチア国際映画祭で金獅子賞を取りました。それでその前後であわてて『ヴェニスに死す』を見たんです。とても恥ずかしかったんですが、ヴィスコンティのあの映画に圧倒されて、同時にアダージェットという曲の持っている凄さに、もう一度心酔したんですね。

今回、長野パラリンピックのトリビュート・アルバム『HOPE』を作ったときに、ポップスの人から、ジャズ、クラシック、いろんなジャンルから参加していただきました。クラシックでは藤原真理さんと、オーボエの茂木大輔さん、カウンターテノールの米良美一さん、和太鼓の林英哲さんです。

で、どの曲をやろうかという段階で、チェロとピアノでは不可能かなと思いつつ、アダージェットをやってみたいという提案をしたんですね。真理さんと改めてもう1回聴いてみて、はたしてこれはチェロとピアノになるんだろうか、どうなるかわからないけれども、とにかく置き換えてみます、と編曲を始めたんです。

ところが、弦のスタティックな曲だから、音符がのびないとサマにならないんですね。弦は音を延ばすことは可能だけれども、ピアノはどうしても音が減衰していっちゃいますからね。原曲の響きや世界観をいかに変えずにピアノに置き換えるかで、ずいぶん苦しんだんですよ(笑)。そのレコーディングは相当うまくいって、これからきっとチェロの人のレパートリーに入るんじゃないか、それくらいのアレンジはできたし、自分も納得してるんです。もちろん原点にあったのは、あのアダージェットという楽曲の持っているすばらしさです。

これを書いた時のマーラーは、おそらく精神的に相当きつい状況だったと思うんです。メロディ自体はメイジャーの曲ですよね。でも、心底落ち込んだ、精神状態が最悪のときに、かえってメイジャーなメロディを書くというのは、何段階か人間として器が大きくなるというのでしょうか。辛いときに辛い曲、悲しい時に悲しい曲を書くほど、つまらないことはないんで(笑)。それをつき抜けた絶望の渕の明るさ、そして何かを求めるというようなところが、この曲にはある。ある意味でシューベルトの《白鳥の歌》に近いような、とても死を見据えた強さを、このアダージェットには強く感じるんです。第9番の第4楽章もすごくいいんですが、あれはオーケストラとしても劇的に構成され過ぎている。それに較べると第5番の第4楽章は、ハープと弦だけですよね。シンプルな中に本当に突き抜けた世界観をもっている。そういう意味でもこれはすばらしい。

もともとはブラームスがすごい好きなんです。ブラームス独特の、重たくなるくらいに低音を重ねてしまう、そういうもののほうが本当は好きなんですけれども、ただやっぱり、マーラーは指揮者としても一流でしたよね。ですから、小手先に走る、オケの効果に走る、構成上の弱さを持っているんだけれども、基本的には、オケの鳴らせ方、響かせ方に関しては、作曲部屋にこもって作っている人と、毎日オケの前でやっていた人との違いはある。マーラーの場合、譜面上では、えっ、これで大丈夫なのかな、というのが、実際音を出してみるととてもいいんですよね。この辺は、机上の作曲とまったく違うものがあって、ものすごく参考になります。

ブラームスは、彼の引き裂かれ方が好きなんです。体質はロマン派のくせに、頭の中は構成がっちりの古典派のベートーヴェンなんかに憧れきってる。そのバランスの悪さは、いつ聴いても面白い。第4シンフォニーなんて、音型、モティーフという捉え方でどう頑張っても、メロディにはロマンの香りがしちゃいますよね。ブラームスは一生そのことで闘って悩んでいた。そのことが露骨に見えるのが、ブラームスの一番破綻しているところでもあり、僕が好きなところでもあるんです。

人間の中にも、物事を論理的に考えたいというところと、ものすごいエモーショナルに動きたいというところと、みんな持っているじゃないですか。だからそれを大きなタームで捉えてみると、クラシックの流れ自体が、古典派、ロマン派、新古典派、十二音技法、現代音楽と、絶えず人間のなかの感覚的な部分と、理性的な統御の部分とが、交互に揺れ動いて来ていますよね。

 

僕の学生時代は、ミニマル・ミュージックが最先端の音楽だったんですね。1964年くらいですね。僕らはそれまではペンデレツキやクセナキスの流れで、不協和音を重ねるクラスターという書き方をしていました。あれは正直言ってだれもわからないんですよね。もっといえば、だれでも書ける。ものすごい大きなスコアに、「第1ヴァイオリン」という表記ではなく、ひとりひとりの奏者のヴァイオリン何10本に半音だ4分音だとぶつけていけばいいんだから。そんなに苦労はない。あれは机上の音楽でしかなかった。

実際に創造してるものとは違うはずなんです。それをちゃんとやりきれている作曲家は基本的にいないと思うんです。そういうものをただただ追求していくことが作曲の指南になり、あれだけの大量の音符の量を不確定理論とかでやっても、それが飽和状態まできてるような気がしていた。そこへ、ポンとミニマルを聴いたときに、あの形になってるというのは、僕にとって、ものすごく新鮮だったのね。ミニマルの方が自分たちのリアリティがあった。もちろん、スティーヴ・ライヒたちはいきなりそれを作ったんじゃなくて、いろんなムーヴメントのなかでやってきていますが。

当時、作曲家どうしが集まったときに話すことは、他人の批評ばかりだったわけです。あれはだめだ、これもだめだ、と。つまり、彼らの言い方というのは、他のものはすべてだめ。だから自分が正しい、という理論。赤ちょうちんで飲んで課長の悪口言ってるサラリーマンと何ら変わらない。だから体質的に現代音楽の連中のもっている雰囲気が大嫌いだったんです。音符で証明すればいいのに口で証明しているような奴らとやってもしようがない、と思った。そのときにふっと横を見ると、ロキシー・ミュージックから出てきたブライアン・イーノが、芸術論なんかぶたなくても、充分やっているという姿がすごくうらやましかったんですよ。それならこのまま現代音楽をやっているよりはポップスのフィールドに行った方が自分はいいと。

そこで「作品を書く」というのはやめたんです。そのかわり、ポップスのフィールドに行ってからはもっと自由にできるようになった。あっちは面白ければ正義ですから。もうひとつは売れなければ正義にもならないんだけど。それさえきちんとしていればやりたいことはやれる。だいたい我々の世代でも、才能のあった人物が、ほとんどみんなポップスとか、他のフィールドに流れちゃいましたよね。

映画音楽を作るときは、よほどのことがない限りは、台本を読んで、ラッシュを見て、それからどういう世界観にするかを通常決めて行きます。『HANA-BI』のときは、わりと早い時期から、北野さんから大体の内容は聞いていたし、「今回はアコースティックで行きたい」と言われていた。北野さんとやってきた映画音楽は、『HANA-BI』で4本目なんですけど、それまでのものは実はミニマル的な扱いが多かったんですよ。感情表現というよりは引いてしまって、最少単位の音型が繰り返されるような。具体的にいうと、シンセサイザーをだいたいメインにして作ってきた。『HANA-BI』の場合は、暴力的なシーンでも、弦とかできれいな音楽が流れているようなのはどうですか、という話があった。それがキーワードになりました。ただ、弦を使っていると、どうしてもメロディラインがついて、エモーショナルな部分に走りやすくなるんですよ。北野さんの世界では、おいおい泣いたりするような、感情表現の場って少ないんですよ。そういうところにエモーショナルな音楽を付けると、ものすごくダサくなったり、かえって北野ワールドを壊してしまうんじゃないか、というのが一番心配だったですね。弦を使ってやっていくときに僕が大事にしたのは「格調」。一、二歩引いて、主人公たちの精神状態を奏でるというところから全体を構成していった。通常僕らが映画音楽を書くときは、映画1本で25~30曲くらい、各シーンに入れていくんです。だけど今回は10曲だった。短くなったと喜んでいたんですが、1曲1曲が8分だったり6分だったり長いんですよ。だから、音楽全体の長さは結局45分くらい、いままでと全く変わっていなかった。その分、入れるときはドンと入れる。抜くときは思い切り抜く。映画としての音楽的なメリハリはつけられたという気がします。

以前見たスティーヴ・ライヒの《ザ・ケイヴ》はすごくショックでした。いつかこういうのにチャレンジしてみたいというのはありましたから。ただ、彼は現代音楽のフィールドだけど、僕は、ポップスのフィールドだから、斬新なもの、それでいてエンターテインメントとして楽しめるもの。そういう作品をこれから作っていきたいですね。変に芸術家というと、山の中に篭っていて自分の気にいった音符を書いていれば成り立つかもしれないけれど、僕がいまいる世界は、人様に見て聴いていただいて初めて成立する世界だから。自己満足では完結しないんですよ。それに対して出資してくれる人がいたり、レコード会社や映画会社がいる。そういう人たちは資本をしっかり回収し(笑)、なおかつ人々をただただ楽しませるだけでじゃなくて、もうひとつ上のランクのもの見せられるというのが理想ですから。それを一番やっているのはたぶん宮崎駿さんです。その人とずっと仕事させてもらったし。身の回りに北野さんとか凄い人が大勢いるもんで、いまでもいろいろ勉強させてもらっています。

(「音楽の友 1998年4月 特大号」より)

 

 

久石譲 『長野パラリンピック支援アルバム HOPE』

 

HANA-BI サウンドトラック

Disc. 久石譲 『HANA-BI』

 

 

 

Blog. 「LUCi ルーシィ 2007年4月号」久石譲×SHIHO 対談内容

Posted on 2021年8月31日

雑誌「LUCi ルーシィ 2007年4月号」に掲載された久石譲対談です。「SHIHOのドキドキ♥対談」コーナーです。当時発売されたアルバム『Asian X.T.C.』などのエピソードを中心に話は進みます。

 

 

SHIHOのドキドキ♥対談

今回のゲスト
音楽家 久石譲

宮崎駿監督の映画音楽をはじめ、CM音楽、コンサート活動などでも活躍する久石譲さんが今月のゲスト。有名な曲をつくった時の裏話や久石さんの人となりなど、じっくりとうかがってきました。

SHIHO:
はじめまして。今日はよろしくお願いします。

久石:
こちらこそ。もうこの対談はずいぶん長くやっているんですか?

SHIHO:
4年近くになります。

久石:
いいですね。素敵な人ばかりにお会いできて。なぜ僕が呼ばれたのかは、よくわからないけど(笑)。

SHIHO:
何をおっしゃいますか(笑)。私、テレビはほとんど見ないのに、最近テレビをつけると必ず久石さんの音楽が目や耳に入ってくるんです。本屋に行っても久石さんの記事に目がいったり。とにかくすごいです!

久石:
そうかな。そんなに仕事してないと思うけど(苦笑)。

SHIHO:
宮崎駿監督や、北野武監督の映画音楽を手がけていたり。絶対に誰もが耳にしたことのある音楽ですよね。

久石:
ありがとうございます。

SHIHO:
仕事のペースは、あまり変わらないんですか?

久石:
そうですね。1年を通して映画を何本かと、自分のアルバムをつくって、それを持ってツアーを回る。あと、最近は新日本フィルとやっている「新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ」の音楽監督もやっているから、それでコンサートを回ったり。コンサートの量は確かに増えていますね。

 

完成図が見えていたら、モノづくりは面白くない

SHIHO:
人の心に残る仕事って、簡単にできることじゃないと思うんですが、どうしてできるんですか?

久石:
どうして…って(笑)。たまたま目の前にある仕事を一生懸命やったら、その結果としてついてきたという感じかな。

SHIHO:
今あることを…ですね。

久石:
自分が書いたものをいちばん最初に聴くのは、自分ですよね。だから、まず自分が喜べる、興奮できるものを書こうということはいつも考えていますね。自分が興奮できれば、周りにもその気持ちが伝わるし、ひいては観客にも伝わる。

SHIHO:
何もないところから、どうやってつくり始めるんですか? たとえば、昨年出されたアルバム『Asian X.T.C.』もすごくよかったです。

久石:
自分のアルバムは、ほぼ毎年出しているんだけど、毎回、”自分にとっての次の大事なテーマは何か?”を考えるんです。このアルバムをつくる前は、韓国映画の『トンマッコルへようこそ』や、中国映画、香港映画の依頼が同時に来たんですね。その時に「あれ?」と思って。

SHIHO:
アジアが来てる、と(笑)。

久石:
うん。前にスケジュールが合わなくてお断りしたものもあるけど、今回は3本同時に来ちゃった。じゃ、3本まとめてやろう。アジアの風が吹いたぞと。

SHIHO:
流れに乗ったんですね。

久石:
そう! 僕、「流れ」はすごく大事にするから。次の自分のアルバムはアジアをテーマにするべきだと思ったの。

SHIHO:
そういう流れなんだ、と。

久石:
うん。でも考えたら、僕がやっているピアノとかオーケストラって、ヨーロッパのもので、アジアのことはビックリするぐらい何も知らなかった。そこで、ヨーロッパとアジアとの違いはなんだろうと考えた時に、考え方だと思ったのね。

SHIHO:
はい。

久石:
キリスト教もしかりだと思うけど、ヨーロッパの文化では、善はいいもので悪は悪いもの。排他的な発想なのね。でも日本の仏教は、南無阿弥陀仏と唱えれば、誰でも救われるとされる。バリ島のケチャダンスにいい神と悪い神が出てくるのも、悪いものがなければ世界は成立しないという考え方だからなんですね。

SHIHO:
表があれば裏がある。光があるから陰がある。陰陽ですね。

久石:
そうそう。それはヨーロッパ的ではないから、そこをテーマにしたらつくれるなと思って。で、アルバムの前半は明るい陽サイド。後半は陰サイドとして、明確に分けちゃった。これでアジアの二面性みたいなものが出ればいいなと。

SHIHO:
そう! 後半ちょっと怖い感じになるんですよね(笑)。そういうテーマって、どの作品にもあるんですか?

久石:
やりながら…。

SHIHO:
できていく…?

久石:
そう。地図が全部見えていたら、ものってつくれないと思うんです。つまり、すべてが見えていたら面白くない。こっちに行ったら何かあるんじゃないかなと思って進むうちにだんんだん見えてきて、「そういうことだったんだ!」と、最後にやっと到達するというのかな。

SHIHO:
絵描きがキャンバスに向かって絵を描きながら方向を定めていくような感じなんですね。

久石:
そう。で、終わったあとにたくさんインタビューを受けると、最初からそう考えていたような気持ちになると(笑)。話をするうちに、自分のなかの考えがまとまっていくことは多いですから。だから、よどみなく話している時は、なんだかインチキ臭いぞ、答えが定型化されているなと思ってください(笑)。

SHIHO:
アハハハ。じゃ、実際の「つくり始め」は、ピアノに向かってとにかく弾いてみることから始めるんですか?

久石:
そうですね。弾きながら、こういうフレーズがいいなと思う時もあるし…。コマーシャルの時などは、イメージがあるだけでもいいです。「ほんわかしているけど、尖った感じのアプローチ」とか、輪郭だけでも見えるともう大丈夫。

SHIHO:
へえ。本木雅弘さんと宮沢りえさんが出ているサントリーの有名な「伊右衛門」のCM音楽の時は?

久石:
あれは、中国で言えば黄河のような、すごく大きな河がとうとうと流れているような音楽をつくろうと。商品と絵コンテだけだったけど、それを見ていたら、たっぷり水があって、ゆったりと流れる大河のような浪浪としたメロディーを、大人数のストリングオーケストラが全員で演奏するというアイディアがひらめいて。そこに、画面に寄り添うような静かなピアノの旋律を乗せようと考えたのね。

SHIHO:
あぁ、今すぐあのCMを見て、大河の流れを感じたい!(笑)

久石:
アハハハ。

SHIHO:
でも、すごく漠然としたイメージからつくり始めるんですね。

久石:
刺しゅうをやる時って、最初に柄の中心から針を入れていくんだって。それを仕事に置き換えると、映画を1本やる場合、30曲とかすごい量の曲を作るんですね。でも、ただ雑多に書いていってはダメで、中心となる顔の部分をきちんと決めないと、全体がよくならない。映画で言うなら、メインテーマですよね。

SHIHO:
あ! いちばん表現したいことは何か?ということですね。

久石:
うん。「この映画なら、これ」みたいなもの。アルバムでも、中心になる曲があるわけです。でも、その曲がアルバムのメインの曲だとは限らないのね。『Asian X.T.C.』で言うと…。

SHIHO:
ど、ど、どれですかっ?

久石:
(笑)最後に入っている「Dawn of Asia」ができた時に、「このアルバムがつくれるぞ」という確信がもてたんですね。で、結果的にこのアルバムのなかでいちばん実験して、最も大切にしているのが「Monkey Forest」という曲かな。

SHIHO:
いつ頃できたんですか?

久石:
「Dawn of Asia」が最初にできて、「Monkey Forest」が…最後のほうかな。

SHIHO:
へえ…。曲順は「Monkey Forest」のほうが先だけど、このアルバムは「Dawn of Asia」に始まり、「Monkey Forest」に終わるんですね(笑)。

久石:
そう。

SHIHO:
よく聞かれることかもしれませんが、創作のアイディアがなくなるかもしれない不安って、久石さんんいも浮かんだりしますか?

久石:
しょっちゅう(笑)。あ、もう今日これで終わりかなって。1時間に1回は考えますよ。もうダメだぁって(笑)。

SHIHO:
い、1時間に1回? 1日に何度も感じるっていうことですか?

久石:
そういうこともありますね。曲をつくっている時じゃなくても。でも、ちょっといいのが浮かんで、バッと書けるじゃない。そうすると「すごい…。やっぱりおれって天才」って(笑)。

SHIHO:
極端ですね。そんなものなんですかね(笑)。

久石:
そんなものだと思います(笑)。最近、インプットする時間があまり多くないんですよ。アウトプット、つまり出しっぱなしだから(笑)。少し気になるよね。

SHIHO:
久石さんにとっての、ベストなインプットの方法って?

久石:
暇なこと(笑)。年に1か月とか2か月とか、暇な時間があったほうがいい。

SHIHO:
へえ。

久石:
仕事がないと焦るじゃない。おれはこのまま終わっちゃうんじゃないかって。それで2か月ぐらい暮らしてごらん。人生変わりますよ。真剣になる。

 

「久石譲」の名前をもらったのは…!?

SHIHO:
でも…ここ最近、暇な時なんてありました?

久石:
去年の1、2月は入っていた映画が飛んだので、2か月間、毎日CD聴いて、本読んで、映画見て…。仕事ばかりで切れてしまっていた友達を片っ端から誘って、飲んで、友達活動にいそしむと(笑)。そうしているうちに、やらないといけないことが見えてくるの。だから、何もしない1か月ってあったほうがいいと思う。ヨーロッパの人たちが…。

SHIHO:
あ、休暇に1か月ぐらい行きますよね。

久石:
ね。あれってすごく大事だと思う。休みなんて、取ることないでしょ?

SHIHO:
私、結構取りますよ。週に1日半と、2か月に1回は1週間休むようにしているんです。

久石:
あ、いいなぁ(笑)。

SHIHO:
でも…その時間をボーッと過ごすのか、目的をもって過ごすかで違ってきませんか?

久石:
いや…。ボーッと…。

SHIHO:
するのもいいのかなぁ。私あんまりボーッとできない性分なんです。

久石:
あ、そういうタイプ?(笑)

SHIHO:
ハイ、まさに(笑)。オフの日でもスケジュールはすごいですよ。午前中は何をして、お昼は何をして、午後は誰に会って何をする、みたいな。1分1秒も無駄にしない(笑)。

久石:
アハハハ。それじゃ全然オフにならないじゃない(笑)。

SHIHO:
それを最近やっと変えたんです。1日中家にいることが、やっとできるようになって、悪くはないな、と(笑)。本を読んだり、料理をしてみたり。

久石:
料理はいいですよね。僕はあまりやらないけど、曲ってああいう瞬間に浮かびやすいんです。

SHIHO:
料理をやらない久石さんは、どういう時に曲が浮かぶんですか?

久石:
トイレ、風呂場、ベッドの上(笑)。起き抜けや、夜寝ようとしている時とか。「つくろう、つくろう」としている時っよりも、フッとした時に浮かぶんです。いちばん多いのは、仕事場に行くまでの車の中ですね。そのへんの紙やメモ帳にバッと五線を引いて、頭の中に浮かんだ2小節とかを音符で残す。これがいちばん曲になりやすいんだよね。

SHIHO:
そういえば…久石さんのお茶目な話を聞きました。音楽で表舞台に立つなら、名前をそれなりのものにしないといけないって…。クインシー・ジョーンズをもじったんですって?

久石:
くいし・じょー、久石譲(笑)。スタジオのバイトをしている時に、尺八吹いてる友人と名前を変えようかなぁって飲み屋で話してて(笑)。そいつが「映画音楽とかやってる好きな作曲家、いない?」って言うから、『スパイ大作戦』の音楽をやってたラロ・シフリンって言ったの。それを漢字に当てはめたら、「裸」に風呂の「呂」…。語呂が悪いからこれはやめよう!って(笑)。

SHIHO:
アハハハ。

久石:
で、結局さほど心酔していたわけではないけれど、ブラックコンテンポラリーでは気に入っていたクインシー・ジョーンズになって。で、久石譲。「いいんじゃない? これで!」って(笑)。音大3年生の時に、友達と飲みながらいい名前はないかあなとノリで決めたんです(笑)。

SHIHO:
カンタ~ン(笑)。

久石:
ね(笑)。

SHIHO:
子供の頃からクラシック音楽を聴いていたんですか?

久石:
子供の頃は、なんでも聴きました。絶えず歌っているか、楽器を弾いている子供だったので、「職業」として音楽を選んだつもりはなく、やるのが当たり前だと思っていましたね。それ以外のことは考えたことがないぐらい。

SHIHO:
親の職業とは関係なく?

久石:
まったく。父親は高校の化学の教師でしたから。

SHIHO:
やっぱり好きなことを伸ばしてあげたほうがいいんですね。

久石:
大学を卒業してからは、24歳から33歳ぐらいまで、仕事はなんでもやりましたよ。テレビや記録映画の音楽、レコーディングのアレンジ…。アレンジはすごい量をやりましたね。あまり知られていないけど、「ダンスはうまく踊れない」「飾りじゃないのよ涙は」が入ってる井上陽水さんのアルバム『9.5カラット』は、僕がアレンジしているんです。

SHIHO:
でも、その後、幅広いお仕事のオファーが来るようになって…。それがすごいですよね。すべて自分からアプローチして勝ち取ったんですか?

久石:
いや。この仕事は絶対に取るぞと決めると、来るの。なんの根拠もないのに、友人とかんいは次はこれをやる!とは言いますよね。だから、自分で「こうなりたい」と思ったら、口に出して言ったほうがいいって。

SHIHO:
ホントですね。そういえば、また映画音楽をやられているとか…?

久石:
中国の有名な役者さんで、監督もやってるチャン・ウェンという人の映画音楽を手がけています。あと、ペ・ヨンジュさんが出る韓国ドラマの音楽をやるので、韓国に打ち合わせに行ったり。

SHIHO:
「アジアの風が吹いてる」って予測したとおり、ビュービューに吹いてますねぇ(笑)。

久石:
映画でもなんでも、いい作品に出合うには自分のテリトリーを広げないと。

SHIHO:
そっか…。私も頑張ります。今日はどうもありがとうございました!

久石:
こちらこそ、楽しかったです。

(「LUCi ルーシィ 2007年4月号」より)

 

 

 

Blog. 「音楽の友 2021年8月号」久石譲&石川滋&福川伸陽 鼎談内容

Posted on 2021/08/16

クラシック音楽誌「音楽の友 2021年8月号」に掲載された、久石譲『Minima_Rhythm IV ミニマリズム 4』の発売にあわせた鼎談です。

 

 

特別記事

〈鼎談〉久石譲&石川滋&福川伸陽
久石によるコントラバス&ホルン協奏曲を語る

取材・文=小室敬幸

久石譲が作曲したコントラバスとホルンの協奏曲を収めたCD『ミニマリズム4』のソリストを務めるのは、コントラバスの石川滋とホルンの福川伸陽。二人は、久石の呼びかけで2019年に誕生したフューチャー・オーケストラ・クラシックスのメンバーでもある。アルバム発売に合わせ、久石、石川、福川の3人による鼎談が実現した。

 

長きにわたり映画音楽などエンタテインメントの領域で世界的名声を得てきた作曲家の久石譲。この10年あまりは、本籍地をクラシックに戻し、作曲だけではなく指揮活動も本腰を入れて取り組んできたことは、本誌読者であればすでにご存知であろう。

クラシック、現代音楽の流れに位置する作品も数多く手がけてきた久石だが、意外なことにソリストの付随する管弦楽作品はあっても、「協奏曲 Concerto」と題された楽曲は非常に少ない。久石作品としては珍しい二つの協奏曲──「コントラバス協奏曲」(2015)と、「3本のホルンとオーケストラのための協奏曲《The Border》」(2020)を収めた新譜がリリースされるにあたり、ソリストを務めたコントラバスの石川滋とホルンの福川伸陽、そして久石による鼎談をお届けしよう。

 

名手二人をも唸らせた難曲

久石:
「ある楽器のために曲を書くとなると、その楽器を買う癖があるんです。ギターの曲を書いたときも福田進一さんに選んでもらった高いギターを買いましたし(笑)。今回もコントラバスは石川さんに選んでいただいた楽器を買って、ホルンは福川さんに相談したら空いている楽器があるとのことでお借りしました」

福川:
「ビックリしましたよ(笑)。今まで作曲家さんたちの前でデモンストレーションすることはありましたけど、ホルンを貸してくれとか、吹いてみたいというかたはいらっしゃらなかったですから」

久石:
「それから僕の場合、演奏者と打ち合わせしていくと妥協してしまうから嫌なんだよね。そうすると作品が弱くなちゃう。だからほとんどの場合、完成して楽譜を送ってから、弾けない箇所があれば直すという流れが多いんです」

福川:
「できたよって連絡をいただき、ワクワクして譜面を開いてみると、めちゃくちゃ難しい!絶望のあまり、楽譜をすぐ閉じましたもん(爆笑)。テンポが108ぐらいと書いてあるのに、最初は60まで落としても吹けなかったんですから。なので、それから毎日1刻みでテンポを上げていきながら練習を重ねましたよ」

石川:
「まったく同じ(笑)。弾けないと、またテンポを落としたりして……。でも、コンピュータによる参考音源もいただいていたので、それを聴くとめちゃくちゃ格好いいんです。どんなに難しくても、とにかく弾きたいって思わせてくれましたね」

 

こんなに機動力の求められるコントラバス曲はない

ー作曲する上での問題意識はどこにあったのでしょう。

久石:
「どちらの楽器も、アンサンブルで他の人と演奏したときに能力を発揮する楽器なんですよ。例えば弦楽合奏にコントラバスがなければ、響かなくて音量が半分ぐらいに減りますし、ホルンのないオーケストラって想像できますか? でも今回はソロなので楽器をむき出しにして、この楽器の何が魅力なんだということを真剣に考え直したわけです。コントラバスは、ソロ楽器としてならやはりジャズのウォーキングベースが魅力的ですよね。それはなぜかといえば弦が長くて響くから。……ということはハーモニクスもきっちり使えば良い武器になるはず。でも、それらを十分に活用した楽曲はまだないんですよ。だから、どうやったらその部分が発揮できるのかを考えながら書きました」

石川:
「音域一つとっても高音から最低音まで激しい移動がしょっちゅうあって、こんなに機動力が求められるコントラバスの曲は他にありません(笑)。自分自身にとっては技術的に新しい挑戦をさせていただきましたし、聴いてくださるかたがたにとっても新鮮な作品だと思います」

 

複数のホルンという発想から浮かんできたアイディア

ー一方、ホルンの協奏曲はどのように生まれたのですか。

久石:
「ナガノ・チェンバー・オーケストラのリハーサルのときに、福川さんからホルンの曲を書いてくださいと頼まれたんです。それからホルンの譜面をいろいろ送ってもらいながらアイディアを練っていたんですけど、どうしてもソロ楽器として考えたときにヨーロッパ的な前衛音楽のスタイルしか頭に浮かばなくて……。それで、ソロではなくホルンを複数にすれば、違うものが書けるのではないかと気づいたのですが、この答えが出るまでに2年(笑)」

福川:
「その2年間、久石さんの前で良い演奏をし続けなきゃいけないと思って、プレッシャーでしたよ(笑)」

久石:
「こちらもずっと意識してました(笑)。そのあとミュージック・フューチャー Vol.6(2019年10月25日)の前日か当日に、協奏曲のアイディアが急に浮かんだんですよ。パルスを刻んでいるところに、下から駆け上がってるラインと、逆に上から下へのラインが絶えずクロスしていく。ただそれだけしかない曲を書きたいと。それで2019年2月から構想を練り、およそ1年がかりで作曲しました。主要モティーフを頭に提示したら、それ以外の要素を使わないでロジカルに作ることを徹底した作品になったことで、ミニマル・ミュージックの原点に戻ってきたように聴こえるかもしれないですけど、そうでもないんです。この作品は個人的にとても大事なものになりましたが、それはいわゆる感性や感情、あるいは作曲家の個性に頼らないスタイルができたからです。第2楽章はフレーズのスケールが大きな福川さんだからこそできる音楽になっています」

 

今後は、他の奏者との演奏やピアノリダクション版も視野に

ーこれらの作品が、広く演奏されていくためには何が必要なのでしょう。

福川:
「僕らが演奏を重ね、たくさん聴いてもらって、この曲を演奏したいと思ってくれる奏者を増やすことが第一かなと思っています。これまで僕が委嘱した作品に対して、アメリカやドイツとか海外からメッセージで問い合わせがくることは割とあるんですよ。ホルン3人のコンチェルトって珍しいですけど、僕がどこかのオーケストラに行って、そこの首席奏者と一緒に演奏しようよって提案しやすい曲だとも思っているんです。だから、いろんな所に提案していきたいですし、ありがたい曲ですね」

石川:
「このCDが賞を獲ることですね(笑)。あとは譜面を出版すること。ピアノリダクション版があればリサイタルで弾いちゃおうかなと思ってます」

久石:
「今度出版するんですけど、リダクションのことは考えてなかったなあ。聞けてよかったです」

(「音楽の友 2021年8月号」より)

 

 

 

 

 

Blog. 「무비위크 Movie Week 147호」(韓国)久石譲インタビュー内容

久石譲 『トンマッコルへようこそ オリジナル・サウンドトラック』

Posted on 2021/08/09

韓国の映画週刊誌「무비위크 Movie Week 147호(ムービーウィーク 147号)」に掲載された久石譲インタビューです。映画『トンマッコルへようこそ』(2005)の仕事で韓国を訪れたときの取材になっています。

原文に忠実であるために、オリジナルテキストそのままをご紹介します。ウェブ翻訳などでお楽しみください。

 

 

<웰컴 투 동막골> 음악감독 히사이시 조
“한국에서의 첫 작업, 영광이다”

미야자키 하야오의 애니메이션 세계에서 빼놓을 수 없는 히사이시조.
이미 <하울의 움직이는 성>을 통해 국내 휴대폰 업계를 휩쓸어 그 명성을 확인시킨 영화음악계의 거장이다.
일본 영화를 제외하고 아시아영화로는 처음 <웰컴 투 동막골> 음악을 맡아 화제를 모은 그가 내한했다.

한국에서의 작업 소감은.
한국영화는 처음 담당했는데, 영광이다.
이 영화는 전쟁 소재 영화이면서도 우정, 인간애 등 휴머니즘 요소가 물씬 느껴져 그 부분에 중점을 두고 작업에 임했다.

어떻게 <웰컴 투 동막골>의 음악을 맡게 되었나.
이은하 PD가 보낸 편지를 읽었는데, “기다리고 있겠습니다”라는 대목이 인상적이었다.
작업하기 좋은 최상의 조건과 환경을 갖추겠노라는, 비록 페이는 적겠지만 성의와 열의는 세계 어디에서도 찾아볼 수 없을 것이라는 말에 끌렸다.

영화를 보고 나서 어땠나.
실은 입국하고 바로 여기에 도착해서 아직 영화를 못 봤다.
저녁에 관람하겠지만, 박광현 감독님이 워낙 음악을 마음에 들어 해서 만족하고 있다. 다행이다.

출연한 배우들 중 누가 제일 빛난다고 생각하나.
아직 영화를 안 봤지만 강혜정 씨라고 말하고 싶다.
나는 남자이고 강혜정 씨는 유일한 여배우 아닌가. (웃음)

<웰컴 투 동막골>의 작업 컨셉트는?
전쟁 소개 영화라고 해서 흔히 상상할 법한 웅장한 음악은 피했다.
주로 스코틀랜드와 아시아의 음악을 사용했다.
인물들의 생각이 많이 나타나도록 감성 위주로 음악을 만들었다.
‘동막골’이라는 유토피아를 다루므로 따뜻한 음악이 어울린 것이라 판단했다.

이번 오프닝곡 허밍도 딸인 후지사와 마이가 함께 했다고 들었는데.
딸아이가 어렸을 때 <바람계곡의 나우시카>에서 첫 허밍을 했다.
이번이 두번째 작업이다.
그리고 딸아이는 현재 내 매니저이기도 하다.

한국영화에 대해 어떻게 생각하나.
<쉬리>를 처음 봤을 때, 한국영화가 일본영화를 앞질렀다고 생각했다.
한국영화에선 작품에 대한 무한한 열정과 힘이 느껴진다.
너무 멋진 영화로 한국에서의 첫 작품을 시작하게 되어 정말 기쁘다.
스태프 모두 정열을 갖고 대해줬고, 배우들의 언면도 훌륭해서 나로선 굉장히 영광이다.

앞으로의 계획은.
올해 11월쯤 한국에서 내 영화음악 콘서트를 열 계획이 있다.

글 정수진 기자.

 

 

久石譲 『トンマッコルへようこそ オリジナル・サウンドトラック』

 

 

インタビュー最後にあるとおり、同年11月に韓国公演が実現しています。

 

Joe Hisaishi Concert with Korean Symphony

[公演期間]
2005/11/03

[公演回数]
1公演
韓国・Seongnam Arts Center

[編成]
Korean Symphony Orchestra

[曲目]
Water Traveller
For You (Theme)
DEAD 1st mov.
DEAD 2nd mov.
DEAD 3rd mov.
DEAD 4th mov.
Magical Change the World Tour
Moving Castle
Sophie
The Boy-Castle
Sky Fight
Cave of Mind
Merry-go-round
『Welcome to Dongmakgol』 M1
『Welcome to Dongmakgol』 M2
『Welcome to Dongmakgol』 M3

—–アンコール—–
NAUSICAÄ OF THE VALLEY OF WIND
Last Summer〜Spirited Away (# One Summer’s Day)
My Neighbor TOTORO

#補足

 

 

Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2021」コンサート・レポート

Posted on 2021/07/31

4月21~24日開催、7月25~26日振替開催、国内3都市5公演と世界各地ライブ配信も実現した「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2021」コンサートツアーです。4月の緊急事態宣言を受けツアー途中で中止となってしまいましたが、それから間を置かず7月振替公演を叶えてくれました。W.D.O.2021完走してくれたこと、尽力いただいた皆さまへ感謝の気持ちでいっぱいです。

 

❝久石譲と新日本フィルによるワールド・ドリーム・オーケストラ、2年ぶりの公演決定&[ライブ配信決定]*!待望のシンフォニーNo.2がいよいよ完成するほか、交響組曲「もののけ姫」完全版を披露します。どうぞご期待ください!❞ 

*[additional information]

 

アナウンスとキラーコピーが駆け抜けた3月、一喜一憂した4月、再び希望の光に導かれた7月。いかなる現状であっても少しでも閉塞感を打破したい!決して負けない!止めてしまってはいけない! コンサートを準備する人たちと、コンサートを待ち望む人たち、その希求する方向は同じです。それでもなお事情や葛藤を抱えながらコンサートへ行けない人もいます。いろいろな思いを日々のエネルギーにして、遠くまでのびる光のように、また次の楽しみを目標にしていきたいですね。

 

 

 

久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2021
JOE HISAISHI & WORLD DREAM ORCHESTRA 2021

[公演期間]  
2021/04/21,22,24
2021/07/25,26

[公演回数]
5公演
4/21 京都・京都コンサートホール 大ホール
4/22 兵庫・兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール
4/24 東京・すみだトリフォニーホール

*緊急事態宣言を受け2公演とライブ配信 中止
4/25 東京・すみだトリフォニーホール
4/27 東京芸術劇場 コンサートホール
4/27 ライブ配信(日本・海外)

*振替公演
7/25 東京芸術劇場 コンサートホール
7/26 東京・すみだトリフォニーホール
7/25 ライブ配信(日本・海外)

[編成]
指揮:久石譲
ソプラノ:林正子(4/21,22,24) 安井陽子(7/25,26)
管弦楽:新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ
コンサートマスター:豊嶋泰嗣

[曲目]
久石譲:交響曲 第2番 *世界初演
    Symphony No.2 (World Premiere)
    Mov.1 What the world is now?
    Mov.2 Variation 14
    Mov.3 Nursery rhyme

—-intermission—-

久石譲:Asian Works 2020 *世界初演
    I. Will be the wind
    II. Yinglian
    III. Xpark

久石譲:交響組曲「もののけ姫」2021
    Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021

—–encore—-
久石譲:World Dreams

 

 

 

さて、個人的な感想はひとまず置いておいて、会場で配られたコンサート・パンフレットからご紹介します。

 

 

皆さんこんにちは、久石譲です。
2021年のワールド・ドリーム・オーケストラ(W.D.O.)は明るく元気に行きたいと思います。
色々あるけど、それでも行ってよかった!
そう思えるコンサートになるように我々一同ベストを尽くします。楽しいひと時をお過ごしください。

 

1. Symphony No.2  (World Premiere)
2020年9月にパリとストラスブールで初演し、その後世界各地で演奏する予定だったが、パリは2022年4月、その他の都市も2022年以降に延期された。僕としては出来上がった曲の演奏を来年まで待てないので今回W.D.O.で世界初演することに決めた。

2020年の4~5月にかけて、東京から離れた仕事場で一気に作曲し、大方のオーケストレーションも施した。が、コンサートが延期になり香港映画などで忙しくなったこともあり、そのまま今日まで放置していた。当初は全4楽章を想定していたが、3楽章で完結していることを今回の仕上げの作業中に確信した。

この時期だからこそ重くないものを書きたかった。つまり純粋に音の運動性を追求する楽曲を目指した。36分くらいの作品になった。

Mov.1  What the world is now?
チェロより始まるフレーズが全体の単一モチーフであり、それのヴァリエーションによって構成した。またリズムの変化が音楽の表情を変える大きな要素でもある。

Mov.2  Variation 14
「Variation 14」として昨年のMUSIC FUTURE Vol.7において小編成で演奏した。テーマと14のヴァリエーション、それとコーダでできている。とてもリズミックな楽曲に仕上がった。ネット配信で観た海外の音楽関係者からも好評を得た。

Mov.3  Nursery rhyme
日本のわらべ歌をもとにミニマル的アプローチでどこまでシンフォニックになるかの実験作である。途中から変拍子のアップテンポになるがここもわらべ歌のヴァリエーションでできている。より日本的であることがむしろグローバルである!そんなことを意識して作曲した。約15分かかる大掛かりな曲になった。

 

2. Asian Works 2020  (World Premiere)
2020年のエンターテインメント音楽として作曲した曲の中から、アジアから依頼されたものを選んだ曲集だ。それぞれの楽曲は中国、香港、台湾と何やら緊張する地名が並んでいるが、政治的意図は全くありません(笑)

I. Will be the wind
LEXUS CHINAの委嘱で作曲、疾走感を重視した。

II. Yinglian
2020年の香港映画「Soul Snatcher」で使用したラブテーマ。クラリネットのソロが印象的な小曲だ。

III. Xpark
台湾の水族館のために作曲した。いわば環境音楽のように観に来ていただいた人々に寄り添う音楽を書いたが、この曲はExitの音楽として観客の皆さんが楽しい気分で帰って欲しい、と思い作曲した。

 

3. Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021
1997年のアニメーション映画「もののけ姫」に書いた音楽をもとに交響組曲として再構成した。数年前にW.D.O.で取り上げたのだが、何かしっくり来なかったので、今回再チャレンジした。

大きく変えた箇所は新たに世界の崩壊のクライマックスを入れたこと、それとスタジオジブリフィルムコンサート世界ツアーで使用しているオーケストレーションを関連楽曲に導入したことなどである。再構成したことでより宮崎さんが目指した世界に近づけたように思え、僕は満足している。

 

最後に本当に来ていただいてありがとうございます。
楽しんでいただけたら幸いです。

久石譲

(「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2021」コンサート・パンフレット より)

 

*パンフレットは4月開催分と7月開催分で[公演日程]と[久石譲 楽曲解説]が一部修正されています。楽曲解説の一~ニ文が添削されています。ここでは7月開催分を掲載しています。

 

 

 

ここからはレビューになります。

 

見たいのは『もののけ姫』のところだけかもしれない。いろいろ言われてもピンとこないかもしれない。長くて読むにツライかもしれない。……それでも、書ききりたい!いま思ったことを刻々と書ききってしまいたい!……そう思ってプログラム順です。『もののけ姫』だけ見たい人は豪快にスクロールしてください。一気に読むのは忍耐かもしれませんが、少しずつでも楽しく読みすすめていただけたらうれしいです。

 

 

交響曲 第2番
Symphony No.2
Mov.1 What the world is now?
Mov.2 Variation 14
Mov.3 Nursery rhyme

待望のシンフォニーNo.2世界初演です。全3楽章、各楽章10分以上、トータル約36分の大作です。まず触れたくなるのは作品名のことです。これまでの流れからみたときに、新作交響曲は《第2交響曲(2番目の交響曲)》であり、タイトルは《○○○○ SYMPHONY》などというようになるのかと思っていました。今回は純粋なる作品番号《交響曲 第2番》として現れました。

 

以前、久石譲はこんなことを語っています。

”これはすごく悩みます。シンフォニーって最も自分のピュアなものを出したいなあっていう思いと、もう片方に、いやいやもともと1,2,3,4楽章とかあって、それで速い楽章遅い楽章それから軽いスケルツォ的なところがあって終楽章があると。考えたらこれごった煮でいいんじゃないかと。だから、あんまり技法を突き詰めて突き詰めて「これがシンフォニーです」って言うべきなのか、それとも今思ってるものをもう全部吐き出して作ればいいんじゃないかっていうね、いつもこのふたつで揺れてて。この『THE EAST LAND SYMPHONY』もシンフォニー第1番としなかった理由は、なんかどこかでまだ非常にピュアなシンフォニー1番から何番までみたいなものを作りたいという思いがあったんで、あえて番号は外しちゃったんですね。”

Blog. NHK FM「現代の音楽 21世紀の様相 ▽作曲家・久石譲を迎えて」 番組内容 より抜粋)

 

『THE EAST LAND SYMPHONY』は、標題音楽(音楽外の想念や心象風景を聴き手に喚起させることを意図して、情景やイメージ、気分や雰囲気といったものを描写した器楽曲のことをいう from ウィキペディア)的側面もあります。

『交響曲 第2番』は、絶対音楽・純音楽に近い、久石譲楽曲解説でいう ”つまり純粋に音の運動性を追求する楽曲を目指した” 作品ということになります。最新インタビューでも、タイトルを付けることをやめた理由について語っています。そこで持ち上がってくるファンの心の声「第1番はどれ?過去のシンフォニー作品たちは?」、そのあたりのこともあわせて別頁で探求しています。よかったらご覧ください。

 

 

楽章ごとには副題が付与されているおもしろさにも注目したいです。

 

Mov.1  What the world is now?
きれいな翻訳が見つけられなかったのですが、僕の解釈です【世界は今どうですか?/世界は今どうなっていますか?/世界は今何が起こっていますか?/世界は今どんな状況ですか?】、こんなニュアンスや意味合いなのかなと思います。世界中を覆っているCovid-19という今を如実に反映したものであると言えます。また、これから先いかなる時もいかなる瞬間も、ふと立ち止まって考えたい問題提起や警鐘のようなもの、と思っています。

荘厳な導入部です。上から下へ連なる2音がくり返す弦楽は、古典クラシック作品にもみられる崇高さあります。最小に切りつめられたモチーフが、ヴァリエーション(変奏)で展開していきます。中間部や終部に聴かれるパーカッションの炸裂も強烈です。急降下する旋律、下からせり上がってくる旋律、うねり旋回する旋律、それらの合間にアタックする最強音たち。単一モチーフ[レ・ファ・ド](D-F-C)および[レ・ファ・ド・ミ](D-F-C-E)の旋律とそこからくるハーモニーは、第3楽章の構成と響きにもつながっていくようです。

 

Mov.2  Variation 14
久石譲楽曲解説にあるとおり、交響曲の第2楽章として書き上げたものを、先に小編成版で披露していた曲です。MFコンサートの16奏者による小編成版も好感触、遂にオリジナル・フルオーケストラが初披露されたというおもしろい登場順番です。全体構成は同じですが、楽器編成の拡大縮小によるパートや旋律の増減はあるのかもしれません。

次の第3楽章とはまた異なる、こちらもわらべ歌のようなテーマ(メロディ)とそのヴァリエーション(変奏)から構成された曲です。メロディがリズミカルになったり、付点リズムになったり、パーカッションや楽器群の出し入れの妙で楽しいリズミックおもちゃ箱のようです。遊び歌のようでもあり、お祭り音頭のようでもあります。日本津々浦々で聴けそうでもあり、海を渡って世界各地の風習や郷愁にもシンパシー感じそうでもあります。子どもたちが集まって遊びのなかで歌う歌、それがわらべ歌です。おはじきのような遊びも、世界各地で石をぶつけて同じように遊ぶものあったり、お祭りのようなリズム感は世界各地の祭事やカーニバルのような躍動感あります。

ひとつのテーマ(メロディ)が、歴史や伝承によって歌い継がれる時間のなかでの変化、あるいは土地や環境によって節回しやリズム感が異なるという空間のなかでの変化。そんな時間軸と空間軸によるヴァリエーション(変奏)という見方をしてみるのもおもしろいなと思います。そこには、人・歴史・記憶・思いといったものが重層的に響きあうように思うからです。

また、近年久石譲が推しすすめている単旋律の手法を連想させます。厳密に言うと、単旋律になっている箇所はないと思うのですが。単旋律の手法で使っていた同じ音を複数の楽器で重ねることで、音の厚みを瞬間的に持たせたり、重ねる楽器をカラフルにすることで色彩感を演出する。そういったことが随所に施されていますが、部分的にも単旋律で押しきっている箇所はないと思います。それでも、楽章をとおして極力ハーモニー感をおさえた書きかたがされています。ハーモニーからくるエモーショナルじゃない、リズミックからくるエモーショナルで貫きたい、たとえばそんな印象です。

 

About “Variation 14 for MFB” and “Single Track Music”

MFヴァージョンは、コンサート動画特別配信もされています。単旋律についてもあります。

 

 

Mov.3  Nursery rhyme
タイトルそのまま日本語で”わらべ歌”です。12~13小節からなる五音音階メロディラインが次々とフーガのように織りかさなっていきます。久石譲楽曲解説にあるとおり、”途中から変拍子のアップテンポになるがここもわらべ歌のヴァリエーションでできている。” なるほどたしかにわかりやすくなります。

久石譲のいう “日本のわらべ歌をもとに” というのが、特定の歌をさしているのかわかりませんが、日本人なら誰しも聴いてすぐに「かごめかごめ」をイメージすると思います。うーん、悩む。ベースとなっているのは「かごめかごめ」でもいいとは思うんです。けれども、例えば変拍子のアップテンポになるヴァリエーションなど聴きすすめていくと、また別のわらべ歌を連想する人もいると思います。聴いた人それぞれが生まれ育った土地にある歌に結びつきやすい。わらべ歌は五音音階の似た旋律が多くみられます。つまり、総合的なわらべ歌のイメージが、この第3楽章の基本モチーフになっているとみることもできるような気がします。「かごめかごめ」の楽曲的背景を暗喩としてどこまで持ち込みたいとしているか、このあたりにも付随してくることだと思うので、一旦「この曲から引用」とは断定しないでおきたい今の心境です。

”ミニマル的アプローチでどこまでシンフォニックになるかの実験作である”、久石譲の楽曲解説からです。ここからはテーマ(メロディ)だけに注目して楽章冒頭を紐解いていきます。コントラバス第1群がD音から13小節のテーマを奏します。2巡目以降は12小節のテーマになります。本来は1コーラス=12小節のテーマでできていて、1巡目に1小節分だけ頭に加えているかたちです。「レーレレ/レーレミ、レーレーレー」(13小節版)、「レーレミ、レーレーレー」(12小節版)というように。なぜ、こうしているのかというと、かえるの歌の輪唱とは違うからです。かえるの歌はメロディ1小節ごとに、次の歌い出しが加わっていきますよね。なので、ズレて始まって、そのままズレズレて終わっていきます。

コントラバス第1群が2巡目に入るとき、同じ歌い出しの頭から、コントラバス第2群がA音から13小節のテーマを奏します。同じく2巡目以降は12小節のテーマになります。この手法によってズレていくんです、すごい!12小節のテーマだけなら、同じ歌い出しの頭から次が加わっていくと、メロディをハモるように重なりあってズレることはありません。でも、なんらかの意図と理由で、歌い出しの頭を統一しながらもズラしたい。だからすべて1巡目だけ13小節で、2巡目以降は12小節なんだと思います、すごい!テーマは低音域から高音域へとループしたまま引き継がれていきます。つづけて、チェロはE音から、ヴィオラはC音から、第2ヴァイオリンはG音から、第1ヴァイオリン第1群はB音から、最後に第1ヴァイオリン第2群はD音からと、壮大な太陽系を描くように紡いでいきます。そして全7巡回したころには、壮大なズレによる重厚なうねりを生みだしていることになります。対向配置なので、きれいにコントラバスから第1ヴァイオリンまで時計回りに一周する音響になることにも注目したい。さらに言うと、コントラバス第1群のD音に始まり、最終の第1ヴァイオリン第2群もD音で巡ってくるわけですが、このとき響きが短調ではないと思います。メロディの一音が替わっているからです。あれ? なんで同じD音からなのにヴァイオリンのときは抜けた広がりがあるんだろう、暗いイメージがない。ここからくるようです。

(余談)「わらべ唄」と「天女の歌」(両作曲:高畑勲)でも同じような関係性と響きをみることができますね。快活に歌われるメロディと、暗い影をおとすメロディ。同じ旋律をもとにしながら響きや印象をがらっと変える。わらべ歌というものがそういったことをしやすいのか、五音音階のライン上で動かすことに効果を発揮するのか、とても興味深いところです。(余談おわり)

登場順からは少し入れ替えますが、ピアノなどで低い順に[レ・ラ・ド・ミ・ソ・シ](D-A-C-E-G-B)と同時に鳴らすと美しい和音になることがわかります。7巡する旋律からくる基音6音(D-A-C-E-G-B)ですが、再現部にコントラバスのF音から始まります。これを加えると基音7音(D-F-A-C-E-G-B)で、ピアノを指で押さえた状態を見ると3度ずつ均等に離れた音が、両手を使って2オクターブできれいに響いていると思います。また、ここで第1楽章の単一モチーフを思い出してみます。単一モチーフ[レ・ファ・ド・ミ](D-F-C-E)の旋律とそこからくるハーモニーと、第3楽章のテーマの基本7音[レ・ファ・ラ・ド・ミ・ソ・シ](D-F-A-C-E-G-B)は、同じようなハーモニーを響かせていることに気づきます。わらべ歌の五音音階のメロディからくる日本的響きと、セブンスコードのようなモダンな響きによる深いブレンド。それから、かえるの歌のようにまったく同じメロディが重なっていくのではない、メロディの音をそっと一音替えることで明暗をつくりだす。基本テーマも中間部ヴァリエーションも終盤の再現部も、同じような響きの変化を聴くことができます。重層的な旋律とそこから生まれるハーモニーの整合性をとっているように思えます。……わかったようなことを言ってはいけない、失礼しました、終わります。

再現部のクライマックス(楽章終盤)、コントラバスやチューバのどっしりしたテーマに支えられた管弦楽の大謳歌は『ムソルグスキー:展覧会の絵』終曲「キエフの大門」を彷彿とさせるほどの荘厳さを感じます。いや、黄金の国ジパングか!? 終結部のソロ・コントラバスはE音から12小節のテーマを奏して幕をとじます。コントラバスという低弦楽器に始まり、そして終わる。とても土着的なイメージをあたえてくれます。そこに根づいているということ、あるいはちゃんと根を張ることの象徴のようにも感じます。

 

高畑勲監督が聴いたら喜んだんじゃないかな、満面の笑みで楽しんだんじゃないかな。そんなこともまた思いました。あるいは、この作品をベースに映像をつけさせてほしい、なんていう逆オーダーもありそうなほど気に入ったかもしれない。そんなこともまた思いました。なんとはなしに、目頭の熱くなってくる作品です。

 

総評して。

まず驚きます。何に驚くかって、この作品の初演が海外オーケストラとの共演で予定されていたということです。これだけ日本的な旋律や響きの色濃い作品であれば、普通なら日本のオーケストラと初演や共演を重ねて地盤と自信を固めたいとならないのかな。それをフランスのオーケストラが初演!?、なんとも野心的だと思います。

でも、ここにこそ、久石譲のみなぎる自信があるように感じてきたりもします。つまり、日本的な旋律を使いながら、全楽章とおして縦のラインがそろっている。タタッ、タタッ、と縦わりで、ターラッとこぶしをつけたくなるような旋律も、一切の節回しを排除して、リズミックに徹しています。たぶん、リズムものってきてテーマを歌おうとしたら「タ~ラッ」ってなってしまいそうなところも、「タッタッ」と一貫してきちんとそろえてアプローチしています。だからこそ、海外オーケストラでも、この交響曲を同じクオリティと求める表現でパフォーマンスできる。作品の持ち味と現代的なアプローチをいかんなく発揮できる。そう踏んだじゃないかと思うほど。勝手に震える。

『THE EAST LAND SYMPHONY』と『交響曲 第2番』で確信したこと。久石譲にしかつくれない交響曲がある。そこには大きな3つの要素があります。古典のクラシック手法、現代のミニマル手法、そして伝統の日本的なもの。この3つの要素と音楽の三要素(メロディ・ハーモニー・リズム)の壮大なる自乗によって、オリジナル性満ち溢れた久石譲交響曲は君臨しています。これは誰にもマネできるものではありません。言い換えると、今の時代の×日本の誇る×世界に発信する 現代作曲家、ということになりますよね! We want to listen to your Symphonies. そんな海外オファーも増えてくるんじゃないかな。いつか久石譲ご本人による、音楽専門家らによる音楽的作品解説にも期待したいです。

『交響曲 第2番』にフォーカスすると、正統的な番号付け作品として初めて登場しながら、構成や形式は必ずしも正統的ではありません。ソナタ形式、緩徐楽章などといった一般的な交響曲のかたちではない。全楽章が変奏形式(ヴァリエーション)で構成されているという、とんでもなく個性的です。久石譲のミニマル×ヴァリエーションの手法がとても相性がいい、いやいや強力な武器であることに気づかされるほどです。聴く人ひとりひとりの豊かな感受性によって、この交響曲はより一層イマジネーション豊かに響きわたっていきそうです。

これからも久石譲交響曲は作品番号を重ねていくでしょう。そして、重ねれば重ねるほど私たちは実感していくことになると思います。交響曲は、現代作曲家 久石譲としての最終形態であり到達点であるということに。ジブリの曲は知ってる、映画音楽やCM音楽は聴きやすい、ミニマル曲こそおもしろい、現代作品の先鋭さかっこいい。そんなすみ分けや境界線すら吹き飛ばしてくれる交響曲たち、それは《総合的な久石譲音楽のかたち》です。

 

 

Asian Works 2020

多くの人が初めて聴いた曲も多いだろうなか、SNSコンサート感想などでも人気の高かったコーナーです。そして、きれいに人気を等分していたのも印象的でした。エンターテインメントで発表された楽曲たちがすぐにコンサートで聴けるというのも、近年では珍しいかもしれません。音源化の有無なんかもふくめてリアルタイムに追いかけているファンにもうれしいラインナップとなりました。

 

I. Will be the wind
先に公開されたオリジナル音源と楽曲構成はほぼ同じだと思います。

”叙情的でミニマルなピアノの旋律と室内オーケストラ編成で構成されている。ミニマルなモチーフのくり返しを基調とし、奏でる楽器を置き換えたり、モチーフを変形(変奏)させたり、転調を行き来しながら、めまぐるしく映り変わるカットシーンのように進んでいく。

後半はミニマルなピアノモチーフの上に、弦楽の大きな旋律が弧を描き、エモーショナルを増幅しながら展開していく。かたちをもたない風、安定して吹きつづける風、一瞬襲う強い風、淡い風、遠くにのびる風。決して止むことのない風、それは常に変化している、それは常にひとつの場所にとどまらない。ミニマルとメロディアスをかけあわせた、スマートでハイブリットな楽曲。”

Disc. 久石譲 『Will be the wind』 *Unreleased レビューより抜粋)

 

たとえば、世界中から日本を訪れる人たち。飛行機が滑走路へ降り立つ機内で、日本を紹介するビデオと一緒にこの音楽が流れる。なんと美しいウェルカム音楽だろうと思います。そして、これから旅する日本への高鳴る気持ちを運んでくる。つつましさと、風流さ舞うなおもてなし。

 

II. Yinglian
ぜひサントラ盤も聴いてみてください。この曲はTrack.17「英蓮 / Yinglian」です。

”愛のテーマ。主要キャラクターの一人、女性が登場するシーンで多く聴かれる楽曲。お香のような、ゆらゆらと、ふわっとした、無軌道な和音ですすむ。ゆるやかな独奏、メロディとアドリブのあいだのような、動きまわりすぎない加減の無軌道な旋律がのる。魅惑的で妖艶な曲想は、これまでの久石譲には珍しい。クラリネット、ピアノ、フリューゲルホルン、フルート、ストリングス。登場するたびにメロディを奏でる楽器たちを変え、まるで衣装替えに見惚れるように、つややかに彩る。(Track.17,20,25,27)”

Disc. 久石譲 『赤狐書生 (Soul Snatcher) オリジナル・サウンドトラック』 レビューより抜粋)

 

III. Xpark
明るく軽やかな曲です。音符の粒の細かいメロディがつながってラインになって、楽しそうに転げているようです。そして広がりのある曲です。ありそうでなかった!そんな久石譲曲です。番組音楽に使わせてください!そんな久石譲曲です。後半のソロ・ヴァイオリンの旋律も耳奪われる演出です。ホンキートンク・ピアノのように、ちょっとチューニングの狂った調子っぱずれのニュアンスで、小躍りするほど浮足立った弾みを表現しているようにも聴こえてきます。してやったりなコンマスと指揮者の目配せに笑みこぼれます。こんな音楽でおでかけの楽しい一日が締めくくれたらなんて素敵だろう。

映画『海獣の子供』公開時、コラボレーション企画として国内いくつかの水族館で、この映画音楽を使ったショータイムが開催されました。撮影OK!拡散Welcome!ということもあって、よくSNSで動画見かけました。それを目にしてのオファーだったのかはわかりません。でも、久石譲のミニマル・オーケストレーションは、ほんと海や宇宙のミクロマクロな世界観と抜群Good!なことはわかります。

 

 

Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021

待った甲斐あったスケールアップ!2021年版は楽曲構成も追加され、いよいよその全貌を現しました。

<構成楽曲>
1.アシタカせっ記 (交響組曲 第一章 アシタカせっ記)
2.タタリ神
3.旅立ち -西へ-
7.コダマ達
4.呪われた力 *
8.神の森 (交響組曲 第五章 シシ神の森)
20.もののけ姫 ヴォーカル (交響組曲 第四章 もののけ姫)
28.黄泉の世界 *
29.黄泉の世界 II *
30.死と生のアダージョ II *
31.アシタカとサン (交響組曲 第八章 アシタカとサン)

ナンバー/曲名『もののけ姫 サウンドトラック』に準ずる
(曲名『交響組曲 もののけ姫 CD版』に準ずる)

*新規追加楽曲

 

《Symphonic Suite PRINCESS MONONOKE》2016年版
a) アシタカせっ記
b) TA・TA・RI・GAMI
c) 旅立ち
d) コダマ達
e) シシ神の森
f) もののけ姫 (vo)
g) レクイエム
h) アシタカとサン (pf/vo)

 

 

『もののけ姫』の作品世界もあいまって、語彙豊かな感情豊かなコンサート感想がSNSには溢れていました。一人一人がこの作品と共に歩んできた証なのかもしれません。そこには到底敵わない。なので、事実確認として報告いたします!…なるべくわかりやすく箇条書きで書いていきます。

 

1.2016年版と2021年版では構成楽曲が新たに入れ替わっています。

2.2016年版「レクイエム」が除外され、2021年版「黄泉の世界I,II~生と死のアダージョII」が新規追加されています。「レクイエム」は『交響組曲 もののけ姫 CD版』独自の楽曲構成からとなっていました。

3.交響組曲作品『千と千尋の神隠し』や『魔女の宅急便』のあり方にならって、映画本編で使用した音楽を中心に、サウンドトラック盤ベースに楽曲構成するというコンセプトに大きく軌道修正したように思います。一方では、楽曲によって『交響組曲 もののけ姫 CD版』のオーケストレーションを活かしているところもあります。上記〈構成楽曲〉で( )表記しています。

4.『交響組曲 もののけ姫 CD版』にしかなかった独自のメロディやパートは極力除外したということになります。「神の森」は「交響組曲 第五章 シシ神の森」の楽曲構成に近いですが、イメージアルバム「シシ神の森」の楽曲構成と世界観から取り込んでいるとするのが、正しいに近いと思います。風の谷のナウシカの交響組曲もイメージアルバムから「谷への道」を導入したように。初期の構想からすでに生まれていたけれど映画本編には使われなかった曲。

 

…と2016版と2021版の大枠の変化を記したうえで、《交響組曲 もののけ姫 2021版》を構成する楽曲をそれぞれ見ていきましょう。

 

5.「アシタカせっ記」、太鼓たちの轟きで一瞬にして『もののけ姫』の世界へ。この確固たるメインテーマが聴けただけで満足感いっぱいになりますが、我に返ってまだまだ一曲目です。

6.「タタリ神」、荒れ狂うような速いパッセージの弦楽器に管楽器、そして通奏するパーカッション群。重く獰猛に進んできそうなメロディは、これまでにはない革新的な日本製マーチ(行進曲)の誕生だったとすら感じます。

7.「旅立ち -西へ-」、この曲好きな人とっても多いと思うんです。交響組曲に登場したこと感無量な人とっても多いと思うんです。

8.「コダマ達」、サウンドトラックのみに収録されていた楽曲(オーケストラ+シンセサイザー)で、2016版から交響組曲に盛り込まれました。ピッツィカート・木管・鍵盤打楽器、そして木柾やウッドブロックなどの小ぶりなパーカッションたちが、コダマたちを巧みに表現しています。

9.「呪われた力」、2016年版「レクイエム」パート中にもありましたが、前半に単曲で新規追加されました。細かくいうとアレンジは交響組曲CD中のもの、およびサントラ盤「23.呪われた力 II」に近いです。物語にそった組曲を目指したこと、呪われた力の凶暴性を出すことで、のちのシシ神の森のシーンや終盤の黄泉の世界までしっかりとつながっていきます。

10.「神の森」、『交響組曲 もののけ姫 CD版』に近い楽曲構成になっています。ただし、4.にも記しましたが、遡ればイメージアルバム「シシ神の森」にもすでにありました。映画本編では未使用となったもの、音楽作品として極めるためにはあってしかりですね。

11.「もののけ姫」(vo)、ソプラノによって歌われます。序盤の伴奏もピアノではなく、ハープなどで静な深い森を演出しているようです。(vo)についてはのちほど…。

12.「黄泉の世界I,II~生と死のアダージョII」、久石譲楽曲解説に ”新たに世界の崩壊のクライマックスを入れた” とあたります。シシ神殺しのパートをダイレクトに入れ込むことで、破壊と再生、生と死、『もののけ姫』作品世界の内在する二極を表現しています。そして前半の「呪われた力」にあった、決して消えることのない痣、いつ濃くなり蝕むかわからない痣を思い起こさせます。それは、決して簡単に答えの出ない世界で生きていく私たちへと、しっかりと刻み込まれる思いがします。

13.「黄泉の世界I,II~生と死のアダージョII」、サントラ盤ではシンセサイザーの唸るような音色が、ここでは見事にコントラバスのグリッサンドで表現されています。うん、再現という以上の効果を発揮しています。圧巻です。こんなことできるんだと鳥肌ものでした。ここまでできたらもう怖いものないんじゃないかなというくらい(どんなシンセ曲でもオケ曲にできる、の意)。

14.「黄泉の世界I,II~生と死のアダージョII」、たしかにと納得してしまいます。これぞ入って『もののけ姫』の世界と強く膝を打ちたくなります。そうして、それでもしっかりと生きていかなければいけない私たちへと迫り浴びせられる地割れのする管弦楽の轟きの後、希望と再生へとつながっていきます。

15.「アシタカとサン」(vn/vo)、やっぱり導入は僕がエスコートしないと(幻の声)、1コーラス目は久石譲ピアノが迎え入れたソロ・ヴァイオリンが美しいメロディを奏でます。2コーラス目にソプラノによって丁寧に歌われることもあって、豊嶋泰嗣さんのフェイク(メロディラインの持つ雰囲気は残しつつも、ある程度装飾的な要素を加えつつ崩して演奏すること)が光っています。

16.「アシタカとサン」(vn/vo)、2コーラス目はソプラノによって歌われます。「信じて~」からの天からやさしく降りそそぐ光ようなストリングス(武道館verから)、チューブラーベルの希望の鐘が高らかに、やさしい余韻へと。(vo)についてはのちほど…。

17.久石譲楽曲解説に ”スタジオジブリフィルムコンサート世界ツアーで使用しているオーケストレーションを関連楽曲に導入した” とあります。『久石譲 in パリ』のTV音源を聴いていても、僕には見つけることできませんでした。アンコール「アシタカとサン」はTV放送されていない。とても精緻なオーケストレーションのところなのかな…?

 

 

浅はかでした。ごめんなさい。

壮大なお詫びをしたいと思います。以前に、『交響組曲 もののけ姫 2016年版』だけがCD化されないことについて、うだうだつらつら書いたことがあります。そこでは「ああ、歌の部分に納得してないのかなあ」ということを中心に掘りさげていました。だったら歌なし版でもいいのかも……ちょっとだけそんな書いていたかもしれません…。

今回の久石譲楽曲解説に、”数年前にW.D.O.で取り上げたのだが、何かしっくり来なかったので、今回再チャレンジした。” とあります。ただ、そのつづきを読んだらわかるとおり、楽曲構成において主に修正がかかっています。

……

2021年版を聴いて「歌は必要なんだ!」と強く思いました。『もののけ姫』という作品において、歌(言葉)による精神性の表現というのは大切なことなのかもしれません。世界ツアー版で「もののけ姫」はソプラノによる日本語歌唱、「アシタカとサン」はコーラスによる英語で歌われています。でも、だから2021年版もやっぱり歌で、と言っているわけじゃないんです。

それは、「日本語による歌唱」です。ここに強くこだわっているように思えてきました。世界ツアー版とは異なり、これから先《Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021》が海外公演されるときは、現地オーケストラと現地ソリストによる共演になります。そして、きっと「日本語による歌唱」です。これはたぶん揺るがない。

ディズニー映画『アナと雪の女王』の主題歌「Let It Go」。映画プロモーション企画で、25ヶ国語で歌いつながれた主題歌動画が公開されたとき、話題となったのは日本語で歌われていたサビ「ありのままの~」の部分です。音符ひとつひとつに、言葉ひとつひとつを乗せた日本語に「キュート!美しい!」と世界の人たちが反応しました。日本人だけはピンとこないのか、そうなの?、何をそんなに騒いでいるのかわからない、温度差を感じるほど、世界はその瞬間たしかに日本語に熱狂しました。

これです。《Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021》でめざしたのは、『もののけ姫』の世界を音楽で表現すること、日本的なメロディ・ハーモニー・リズムを余すことなく表現すること、そのなかに日本語の美しさを表現することも含まれる。そう強く思いました。オペラなどと同じように、純正の日本語でしっかりとした作品をのこす。「日本語っていいね、きれいな響きだね」と言われるものをつくる。

「もののけ姫」(作詞:宮崎駿)も、「アシタカとサン」(作詞:麻衣)も、文字数にすると少ない日本語で作られています。久石譲が作曲した音符の数とほぼイコールになります。言葉ひとつひとつに、音符ひとつひとつがのる。もうひとつ、久石譲は歌詞にメロディをつけるときに、言葉のアクセントやイントネーションには逆らいません。発声と同じように自然なメロディをつけます。♪ポニョ~も♪トトロ~も、そうですよね。そのふたつの手法こそ、久石譲がポリシーとしてずっとやってきたことです。あるとき「レット・イット・ゴー ~ありのままで~」現象と突如パッとつながったんです。そういうことか!そういうことか?!ちっ違いますか…? と。

スタジオジブリ作品交響組曲プロジェクト、2015年以降『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『千と千尋の神隠し』『魔女の宅急便』『もののけ姫』とここまできました。そして、ジブリ作品が日本を代表する象徴であるように、交響組曲でも初めて純正の日本語でしっかりと作品をのこす『もののけ姫』が2021年版として堂々完成することになった。このことは、海外で演奏される近い未来にとっても、日本文化として残ってほしい遠い未来にとっても、大きな意味と価値をもっていくだろう、そう強く思っています。

……

17の箇条書きと壮大なお詫び、けっこうなボリュームになってしまいました。最後に一文で。物語にそった音楽構成と日本語の美しさで『交響組曲 もののけ姫』完全版ここに極まる。

 

 

World Dreams

「9.11」から20年の今年。このことだけでも重みのある一曲です。そして「Covid-19」の渦中にある今。どんな時でも必ず演奏される曲。こんな一面も、4月24日無念さを残しながら、それでも今できることをかみしめるように演奏したWDOオーケストラメンバーのSNSの声も印象的でした。観客だけじゃなく、楽団員にとっても大きな一曲は、中断を経て新しい完走地点の7月25,26日いろいろな想い駆け巡りながら、会場に響きわたりました。

 

 

東日本大震災から5年後の2016年にシンフォニーNo.1「THE EAST LAND SYMPHONY」と「交響組曲もののけ姫2016」。そして10年後の2021年にシンフォニーNo.2「交響曲 第2番」と「交響組曲 もののけ姫 2021」。まさかのアクシデントを乗り越えて完走したW.D.O.2021は、10年前に思い描いていた未来ではない、新しい試練の真っ只中となりました。

そんななかでも、全公演完売御礼となったWDOコンサートはやっぱりすごい。今回もオール久石譲プログラムでしたが、WDO史上最も久石譲らしい作品たちが並んだようにも思います。日本やアジア色の強い作品たちが、待望の新作交響曲と熱望のエンタメ作品が、日本人作曲家としての久石譲の魅力が、リタルタイムで世界各地にライブ配信されたということもきっと大きいと思います。

 

 

コンサート・パンフレットは販売による密集を回避するためか、観客全員に配布されるものとなっていました。各会場特設販売コーナーでは、最新ベストアルバムCDや最新スコアなどが並んでいました。

いつもなら全公演とも一瞬でスタンディングオベーションが起こります。今回も気持ちはそう!したかった!…遠慮や躊躇があります見られます。席を立つことで、大きく拍手することで、ウィルスを舞わせてしまうんじゃないかと危惧するように、科学的根拠はたぶんないけれど心理的なもの…ここが日本人らしいんです。海外ファンの配信視聴した皆さんは不思議だったかもしれないから、ひと言添えておきたい。気持ちはオール・スタンディングオベーション!

MCのない久石譲コンサートですが、アンコール終わっても鳴り止まない拍手に、何回も登壇する久石譲は、拍手をやさしく制して「今日はありがとうございます」「気をつけて帰ってくださいね」「また会いましょう」などと各会場でひとこと挨拶してくれました。

 

 

 

みんなの”WDO2021”コンサート・レポート、ぜひお楽しみください。

 

 

リハーサル風景

from 新日本フィルハーモニー交響楽団 団員SNS

 

 

記念撮影

from 豊嶋泰嗣 SNS

 

from 二期会21 公式ツイッター
@nikikai21

 

公演風景

4/24 東京公演

 

7/26 東京公演

 

 

2021.08.06 追記

 

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

 

Blog. 「NHKウィークリーステラ 2008年5/3~5/9号」キム・ジョンハク×久石譲 対談内容

Posted on 2021/07/21

テレビ情報誌「NHKウィークリーステラ 2008年5/3~5/9号」に収録された対談です。韓国ドラマ「太王四神記」特別企画としてカラー3ページになります。

 

 

《太王四神記》特別企画
豪華!韓日巨匠対談
監督 キム・ジョンハン × 音楽 久石譲

都内の完成な住宅街にあるレストラン・高矢禮(ゴシレ)。ペ・ヨンジュンがプロデュースするこの落ち着いたお店の一室で、韓日を代表する巨匠の対談が実現した。〈太王四神記〉の壮大な映像を創り出したキム・ジョンハン監督と壮大な音楽を紡ぎ出した久石譲。本作で出会い、深い絆を結んだという2人の、撮影後初再会という貴重な場に同席したステラが、取材に成功。2人の〈太王四神記〉への思いを聞いた。

 

1年ぶりの再会!

久石:
会いたかった~!(両手を広げて)

キム:
私もとても!(がっちり抱き合う)

久石:
けがをしたと聞いて心配でした。具合はどうですか?

キム:
一度手術(※1)をして、すぐに撮影に戻り、2か月後、再手術をしました。一歩まちがえると、死ぬところでした。久石さんのお顔も見られないところだった。

久石:
僕は、日本で状況がわからなくて、すっごく心配だった。

キム:
お花を届けてくださってありがとうございました。これから久石さんと一緒にやりたい仕事がたくさんあるから、死ぬわけにはいきませんでしたよ(笑)。

久石:
とにかく安心しました。

キム:
はい。

久石:
僕はね、今、字幕版の放送を毎週、見ているんです。

キム:
ということは、まだ最終回まではご覧になっていないんですね。

久石:
はい。音楽を手がけたドラマを毎週楽しみにしてるなんて(笑)。自分で録画予約するのも初めて。

キム:
(笑)感想はどうですか?

久石:
最近、作曲漬けで大変なんですけれども、週に1回の放送が唯一の楽しみになっています。

キム:
久石さんが作ってくださった最高の音楽に見合う作品になっているのか不安に思っていました。

久石:
いや。脚本に苦しんだと聞いていましたけど、人間関係がしかり描かれているし、本当にすばらしい作品。ヨン様もすてきだしね。

キム:
(笑)今回、久石さんにお会いすると話したら、ヨン様、イ・ジア、ユン・テヨン、ほかの俳優たちもうらやましがっていました。みんな、すてきな音楽を作ってくださった久石さんに感謝しているんです。

久石:
そうかぁ。うれしいですね。

キム:
特にヨン様は、自分のテーマ曲をチェロの演奏にしてほしいと言ったんですよね。久石さんはその要望どおりに作ってくださいました。とても喜んでいましたよ。

 

監督念願の久石音楽

久石:
それにしても、ほんとに迫力があって、一話一話が映画みたい。完成して心からおめでとうございますって言いたいです。

キム:
アリガトウゴザイマス(日本語)。苦労もたくさんしましたし、疲れ果てて、もう辞めたいと思ったこともありましたが、そんなときには、いつも、視聴者の方と久石さんの顔を思い浮かべましたよ(笑)。

久石:
(大爆笑)いちばん大変だったことって何ですか?

キム:
台本が遅れてしまい、時間に追われる形になったことです。それから、ヨン様がケガをしてしまったので、終盤は、かなりタイトなスケジュールでした。

久石:
そうか。なるほど……。もう1年前のことになるんですね。ちょうど去年の3月ぐらいにオーケストラを録ったんです。自分でも納得できるいい感じに仕上がってね。あまりに早くできたから、その後、何をしたらいいか考えてしまいました(笑)。音楽はどうでしたか?

キム:
私は、もともと久石さんの作ったアニメ映画の音楽が好きで、よく聴いていたんです。『ハウルの動く城』『となりのトトロ』、それから『千と千尋の神隠し』も好きですね。この作品では、日韓最高の作曲家にお願いしたかった。それで、久石さんに正式に依頼をしたのですが、お忙しい方ですから、まさかOKしてくださるとは思いませんでした。引き受けていただいたときは、天にも昇るような気持ちでした。

 

ぴたりと合った波長

キム:
お会いするまでは、気難しい方だったらどうしようと心配したのですが、すぐに友達になれて、とても心地よく一緒に作業をしていくことができました。2人の少年が出会ったようでしたね。とても幸せでした。

久石:
ほんとですね。やはり韓国の歴史上の人物の作品を日本人の僕が作るということで、できるだけスケール感のあるものをと考えました。同時にラブストーリーでもあるので、そこにいちばん、神経を使いましたね。

キム:
初めて聴いたとき、とても感動したんです。撮影中は、いつも頭の中に音楽を思い浮かべていました。それにしても、久石さんはセットしかご覧になっていない段階で、なぜ、あんなに映像とぴったりな音楽を作れたんでしょうか。一度聞いてみたかったんです。

久石:
(笑)

キム:
私は、2人の間に見えないけれども通じ合うインスピレーションがあったのではないかと思っています。

久石:
ほんと、そうですね。僕もこの曲は、こういう使い方をしてほしいなというのが、そのとおりになっていてね。音楽を生かしてもらったなあって、すごく感謝しています。これはね、多分に生理的に近いところがあって、監督が撮ったリズムと波長が一致していたんでしょうね。それと、監督の演出をちらっと見たときに、その一つ一つのやり方とかテンポに、優しさと激しさが同居していて、これが監督そのものだなと思ったんです。それは自分が持っている体質でもあるから、そのへんのところが合ったんじゃないかな。

キム:
久石さんは、一見、叙情的で穏やかな音楽を作りそうですが、スペクタクルを感じさせるテンションの高い音楽も作られるので、見た目とは違って意外に思いました(笑)。

久石:
そうですか(笑)。

キム:
私は、今回ご迷惑をかけてしまったので、次にご一緒するときは、事前に完成映像をお見せできるようにします。

久石:
でも、事前にキムさんとたくさん話をしたので、意外に早くその世界をつかむことができたんです。自分でも驚くくらいの集中力で、たくさんの曲ができて(※3)。すごくうれしかった。そういえば、去年、コンサートで、〈太王四神記〉のテーマをオーケストラでやったんですけど、お客さんがとても喜んでくださいました。地上波で吹き替え版の放送が始まったから、もっとたくさんの方が見てくださるんじゃないですか。

キム:
韓国では、時代劇は中高年の女性に人気なのですが、この作品は、10代20代が熱狂的に支持してくださいました。彼らは、やはり音楽にも注目しますので、モバイルダウンロードで1位になったんです。久石さんの音楽が韓国の若者に浸透するのに一役買うことができたと思います。久石さん、ますます有名になっていますよ。

久石:
それはうれしいですね(笑)。

 

2人の絆を結んだ1曲

久石:
僕はね、スジニのテーマが印象に残っているんです。あの曲は、実は、ちょっと冒険だったんです。それまでは、僕自身、歴史スペクタクルというとらえ方が強かったかもしれないんだけど、でも、監督はすごく気に入ってくださって。で、そのときにね、あっ、なるほどと思ったんです。このドラマは本当はラブストーリーでもあるんだなって実感したんですよね。わりと早い段階で、監督の目指すところが見えてね。だからとても印象に残っています。

キム:
そうなんです。久石さんが、済州島(チェジュド)にデモテープを持っていらっしゃって、そのとき、私がスジニのテーマを聴いて、「これは、私が考えている雰囲気そのものだ」と思ったんです。100回話し合って、説明するよりも、実際に音楽を聴き、セットや映像を見て、2人の考えが一つになって、あのときがスタートになったと思います。

久石:
うん。あの曲は、戦闘シーンでも使われているしね、自分でも満足していますね。

キム:
ベスト!

久石:
(大爆笑)

キム:
久石さんの音楽は迫力があるので、戦闘シーンでは、エキストラ1万人分ほどの効果があります。エキストラ代を節約してくれてありがとう。

ーここでSSDのスタッフより、「国際映画音楽批評家協会賞・オリジナル作曲賞」を受賞したと韓国からメールが入ったことが告げられるー

(一同拍手喝采)

久石:
ほんとに? すばらしい!

キム:
MBCの演技大賞では、ヨン様の大賞受賞をはじめ、私たちが全体の賞の3分の1を受賞しました。そのときに、ヨン様が久石さんをご招待して、パーティーを開こうと言っていたんです。スケジュールが合わずに実現しなかったのが残念です。

久石:
ぜひぜひやってください。いつでも行きますから!

 

ステラ読者へメッセージ

久石:
キム監督と出会えて、僕自身、一生懸命音楽を書き、今は、一視聴者として毎週放送を見ています。本当にわくわくする内容で、そういう気持ちになるというのは、作品が間違いなくいいという証拠。世界中に共通する、人間のスペクタクルとして、本当に楽しんでもらえると思う作品です。音楽も映像に負けないように一生懸命書いたので、注目してください。

キム:
アジアで最高の作曲家である久石さんと作りました。ペ・ヨンジュンさんのファンの方々、寒い冬も暑い夏も、いつも声援を送ってくださった日本の方々に対して、ありがたい気持ちでいっぱいです。この作品は韓国の物語ですが、韓国ドラマではなく、日本のドラマであると言っても過言ではありません。ぜひ、ご覧いただければうれしいです。可能であれば、一度見て、2度見て、3度見て……いただければ、作品のおもしろさ、そして、音楽の奥深さをさらに感じていただけると思います。ぜひ最後までご覧いただければと思います。

久石:
われわれの3年間のね、努力の結晶ですから。

キム:
その中の90㌫は久石さんの力。

久石:
いえいえ。また済州島に一緒に行きたいですね。

キム:
俳優たちも久石さんいごあいさつできればと思っていますし、仕事抜きで韓国にいらっしゃってください。私も俳優たちを連れて日本に来ます。ベストフレンド! アリガトウゴザイマス!

久石:
今度ゆっくりお酒を飲みましょう。きょうはありがとうございました。

 

※1:監督は、クランクアップの数か月前に、国内を車で移動中、交通事故に巻き込まれ内臓破裂という重症を負った。

※3:久石さんは〈太王四神記〉用に約60曲のオリジナル曲を作った。

(「NHKウィークリーステラ 2008年5/3~5/9号」より)

 

 

太王四神記 オリジナル・サウンドトラック vol.1

 

久石譲 『太王四神記 オリジナル・サウンドトラック 2 』

 

 

 

 

Blog. 「久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.3」コンサート・レポート

Posted on 2021/07/12

7月8,10日開催「久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.3」コンサートです。当初予定からの延期公演です。プログラムも新たにアップデートされ、長野は3年ぶりの凱旋公演(FOC前身のNCO誕生の地)ともなり、たくさんのお客さんがつめかけた熱い公演になりました。また東京公演はライブ配信もあり国内外からリアルタイムで楽しめる機会にも恵まれました。

 

先にまとめみたいなもの。

久石譲コンサートがあるたびに、「初めてのオーケストラ」「初めてのクラシック」というSNS書き込みを、ひとつふたつとは言わない数で目にします。ということは、実際には同じような人が数十人はいる。若い人を中心に。そのとき会場で体感して感動するのは、オーケストラの迫力、生楽器の音の良さ、目と耳では追いつかない情報量の多さ。

きっとまた行きたいと思いますよね。そこに、コンサートの瞬間ではわからなかったことの好奇心、知ることの喜びへつながっていったら。僕もそんな思いの連続です。コンサートごとに、なにかひとつ学ぶことができたらいいな、小さくレベルアップできたらうれしいなと思っています。

 

 

久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.3

[公演期間]  
2021/07/08,10

[公演回数]
2公演
東京・東京オペラシティ コンサートホール
長野・長野市芸術館 メインホール

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:Future Orchestra Classics
コンサートマスター:近藤薫

[曲目] 
レポ・スメラ:交響曲 第2番
久石譲:I Want to Talk to You ~for string quartet, percussion and strings~

—-intermission—-

ブラームス:交響曲 第2番 ニ長調 Op. 73

—-encore—-
ブラームス:ハンガリー舞曲 第17番

 

 

 

まずは会場で配られたコンサート・パンフレットからご紹介します。

 

 

ご挨拶

FUTURE ORCHESTRA CLASSICSの第3回目が2度の順延を経てやっと実現しました。東京も世界も依然として先の見えない不安定な状況が続いていますが、FOCはクラシック音楽の将来を見据えて一歩一歩前に進む覚悟です。本日のプログラムは1年半かけて練り上げたもので、自信を持ってお勧めできます。どうぞ、お楽しみください。

 

FOC 本日の曲目についての私的コメント

Lepo Sumera: Symphony No.2

Lepo Sumeraは1950年生まれのエストニアの作曲家だ。エストニアにはArvo Pärtという世界的な作曲家がいるが、彼が静かならSumeraは動である。とてもエモーショナルで激しい。おそらく彼のこの作品が日本で演奏されるのは初めてだと思われる。なにぶん資料が少ないのではっきりと言えない。が、その分スコアのまちがい、あるいは不明なところも相当あり、エストニアのオーケストラに確認をしてもらったが完全にクリアになっていない。現代の音楽を演奏する場合はいつもこういう問題が起こる。だが曲は素晴らしい。強力なエナジーが最大の魅力である。僕は今年の秋にも日本センチュリー交響楽団の定期で彼のチェロ協奏曲の日本初演、MUSIC FUTURE Vol.8でピアノ曲など演奏していく予定だ。皆さんにもこの名前を覚えておいていただきたい。交響曲第2番は3つの楽章からできており、続けて演奏される。

 

Joe Hisaishi: I Want to Talk to You  ~for string quartet, percussion and strings~

2020年5月に行われる予定だった山形合唱連盟の記念コンサートで演奏するために委嘱されて、2019年10月から2020年3月にかけて作曲した。

作品自体は 1. I Want to Talk to You  2. Cellphone の2曲からなる約20分の作品になったが、作曲の過程で弦楽四重奏と弦楽オーケストラの作品にするアイデアが浮かび、比較的短期間でそれも完成した。

街中を歩いていても、店の中でも人々は携帯電話しか見ていない。人と人とのコミュニケーションが希薄になっていくこの現状に警鐘を鳴らすつもりでこのテーマを選んだが、世界はCovid-19によって大きく変容した。人と人とのディスタンスを取らざるを得ないという状況では携帯電話がむしろコミュニケーションの重要なツールになった。この時期にこの曲を書いたことに何か運命的なものを僕は感じている。

日本センチュリー交響楽団によって今年の3月大阪で世界初演した。本日はその第1曲目を演奏する。

 

Brahms: Symphony No.2 in D major Op.73

どうアプローチするか目下思案中!

最もBrahms的な作品。

ロマン派的エモーショナルと古典派的フォームの重視をどう融合するか? スーパーオーケストラFOCならではの最速、感動のBrahmsをお届けしたい。

乞うご期待!

2021年7月 久石譲

(「久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.3」コンサート・パンフレットより)

 

 

 

コンサート・カウントダウンに入った開催9日前からは、公式ツイッターにて「一言インタビュー動画」も公開されました。上のコンサート・パンフレットの内容を補強する点でも、とても貴重な内容です。あらためてぜひご覧ください。そして公式SNSはぜひチェックしてくださいね。

 

[日本語テロップ/書き起こし]

もともと長野市芸術館で芸術監督をやっていて、そこでキチンとした演奏団体が欲しいとNCO(ナガノ・チェンバー・オーケストラ)を作りました。それが前身で、今度は東京に活動を移してやりたい。それでFOC(フューチャー・オーケストラ・クラシックス)という名前でやっている。今更そういうことを聞く?

 

”現代”であるということを一番意識したプログラムを作りたいんです。古い作品ばかりやっていると古典芸能になっちゃう。古典を古典らしくやるんじゃなくて、リスペクトはしますが、もう一回洗い直すことで新しい可能性あるんじゃないか。それをやりたいから「FUTURE ORCHESTRA CLASSICS」なんですね。

 

(石川:)久石さんのストイックなところいろんなところに共感して集まってきている仲間だと思うので。FOCは機動力ありますよね。

(福川:)例えば僕が「こうしたい!」と言ったら「いいよ!やってみようよ」みたいな。

(久石:)普通のオーケストラはダンプカーや大型バスの感じなんですよ。ハンドル切ってもグ~ッと回っていく感じ。うちはスポーツカーなんですよ。ハンドル切るとギュイッと曲がるっていうかね。その機動性がめちゃくちゃ快感なんですよ。

(福川:)上手い!

 

歌う。インテンポ(一定の速度)で歌う。そこを駆使しないと少しブラームスに対応するのが厳しくなる。ちょっといろいろ秘策を練っているところ。それをできたら怖いものないんじゃないかな、たぶん、うん。

 

今回のプログラムはいいよ。「I. レポ・スメラ:交響曲 第2番」から始まって「II. I Want to Talk to You」やって、最後に「III. ブラームス:交響曲 第2番」。すごい個人的には大好きなプログラムになったね。チャレンジがいがある。あっ、ついでに言っとくけどもうじきCDと譜面が出る。石川さんにはContrabass Conertoを彼のために書いた。福川さんにはHorn Concerto (“The Border”) を書いて…買ってください。

 

レポ・スメラという人は知らなかった。すごく仲の良いデニス・ラッセル・デイヴィスという指揮者がいて、彼が推薦してきたのが「レポ・スメラ:交響曲 第2番」だった。レポ・スメラはエストニア出身で1950年生まれ。ものすごい情熱的ですよ。日本ではほとんど演奏されていないから、しばらくレポ・スメラの主な曲を日本に紹介したい。

 

山形のコーラス団体から委嘱されて作った曲。こういうパンデミックが起こる前にもう作っていたけど。I Want to Talk to You = あなたと話したい、この時期に書けてよかった。ほんとにこの時期の曲だったんだって。FOCできっちり演奏して、きっちりレコーディングする。そう思っている曲です。

 

第2番は、僕はブラームのなかで一番難しい。ちょっと要素が多すぎる。だからリズムからのアプローチを新しくやる。それと”歌う”ことで、考えていることを全部クリアにできるかもしれない。

 

 

東京

 

長野

 

公演風景

会場の熱気が伝わってきます。

久石譲「また帰ってこれて本当にうれしいです。また会いましょう」

from 久石譲コンサート@WDO/FOC/MF
@joehisaishi2019

 

 

 

 

ここからはレビューになります。

 

とは言いながら、当日の急なアクシデントで会場へ向かえませんでした(ほんとう残念)。ライブストリーミングのおかげでコンサート楽しむことができました。ありがとうございます。

 

レポ・スメラ:交響曲 第2番

予習で聴いていたときに、モチーフのくり返しにこだわった作品だとは思っていたのですが、まさかハープが2台も使われているとは思いませんでした。ステージ上のハープ2台は、いつもの奥端ではなく指揮者と向き合うように中央前面に配置されています。第1楽章冒頭から第3楽章終部まで。全体をとおして軸となりよく聴こえる音像からも重要性がわかります。

久石譲作品とも親和性のある現代作品です。FOCのためにプログラミングする作品としてもうなずけます。リズムやソリッドなアプローチを追求してきたFOC、相性も抜群と言えます。

ついついこういう作品を聴くと、反面教師じゃないんですけれども、久石譲作品との違いってなんだろうと考えてしまうクセがあります。レポ・スメラは映画音楽も手がけているようで、音楽による劇性や聴かせどころがしっかり出ています。スリリングで緊張感をキープした作品です。でも、僕はというと…(個人の感想です)ごにょごにょしててよくわからん、みたいなパートがあったりします。楽器たちがわりと狭い音域でひしめき合っている感じがあって見通しがあまりよくない。久石譲音楽の場合はどうだろう? と考えるクセがでる。たとえばひとつ、ピッコロやグロッケンといった高音域楽器がこの作品にはない、チューバやコントラバスの低音域楽器にどういう旋律を与えているか、こういったオーケストレーションの差異が見え隠れしだすと、とてもおもしろくなってきます。僕はちょっと変わった聴き方をしているのかもしれません。音楽が見通しよく立体的というのがどういうことなのか、何回でも聴きたい衝動はどこからきているのか、、などなど。他作品と並べることで、優劣ではない、違いを見つけられる。そこからそれぞれの良さがくっきりしてきたり、久石譲作品の魅力が跳ね返ってきたり。プラスな反面教師思考みたいなものでしょうか。

世界を見渡せばこういった現代作品を書いている作曲家がいること、その作品を知れること体感できること。久石譲が注目しているものに触れることができる機会はコンサートあってこそです。久石譲コメントにもあるとおり、レポ・スメラ作品は交響曲・チェロ協奏曲・ピアノ曲と今後も演奏予定とあります。この交響曲第2番は、海外公演も予定されています。

 

 

 

久石譲:I Want to Talk to You ~for string quartet, percussion and strings~

作品については、久石譲コメントにあるとおりです。とても惹きつけられる作品です。ただ、いかんせん何回聴いても、わかるとっかかりもない。ただただ、無防備に浴びているだけでも満足してしまう。今は、それでいい作品なのかなとも思っています。たぶん、Covid-19に覆われた今聴くのと、これから3~5年後に聴くのとでは、印象も変化してくる作品なのかもしれません。複合的や重層的な受け止めかたしたりと、時間の流れとともに、歴史のなかでこれから起こることともに見つめていきたい作品です。いつの日か、久石譲本人や専門家によって楽想的なことについても大いに語ってもらいたい作品です。

3月初演時の感想は、わからないということを、わからないなりに、もっとたくさん書いています。よかったらご覧ください。

 

 

 

ブラームス:交響曲 第2番 ニ長調 Op. 73

すごい迫力でした。こんなにエネルギッシュな作品だったんだと新鮮でした。ブラームスは交響曲第1番を発表したあと、とても解放的になったのか、この作品は伸びやかで快活です。でも、個人的には(一般的にも?!)第1番と第4番の影に隠れてしまうのが第2番と第3番です。

久石譲コメント(パンフレット/動画)にあるとおり、いろいろなことが探求され具現化されているんだと思います。第1楽章のくり返し含む演奏で通常45分くらいとして、久石譲FOC版は40分を切っています。たしかに速い。聴いていて退屈しない、とてもみずみずしい、スピーディーな躍動に快感! クラシックに馴染みの少ない人でも、ありきたりじゃない攻めの姿勢はびしびしと伝わってくるはずです。これはきっと凄い演奏なんだと直感するくらい。そして、ただ速ければいいってもんじゃない。速いだけを売りにしているつもりもない。ですよね。

「歌う」ことにこだわったアプローチとは、どういうものだったんでしょう。歌おうとすればするほど、気持ちも入りテンポは揺れ、遅れがちにもなります。今回、「インテンポ(一定の速度)を保って歌う」というのがコンセプトでありクリアしたいことでもあったとあります。

メロディの一音一音を区切り気味に演奏している箇所が多かったように思います。そして音価(一音ごとの長さ)をそろえる。こうすることでリズムは遅れないようにキープできます。管楽器などでは実現しやすい奏法かもしれません。

もうひとつ、弦楽器などで見られたのが、一音ごとにふっと力を抜くような奏法。なるべく同じ強さで音を伸ばさない。一音一音を区切り気味に演奏しようとしたときに、同じ強さで伸ばした状態で次の音に移るときに区切ろうとすると、ブツブツ切れた感じになって、たぶん歌っているようには聴こえなくなります。パッと音が立ち上がってスッと消えていく。管楽器であれば息で調整するものを、弦楽器は柔らかい筋肉でしなやかに。言うは易く行うは難し、けっこう大変な筋力と集中力をこめる必要があるように思います。

通常 タ

FOC ター,ター,ター,ター

メロディの4つの音をなめらかにつなげて演奏する、伸ばしている間も音の強さは太いまま(通常)と、一音ごとに区切りを入れながらも、自然な切れ目となるように一音ごとの立ち上がりかたと消えかたを駆使する(FOC)。

風通し奏法、と勝手に呼びました。通常は、おおらかな弧を描くようにスラーで歌わせるとテンポが遅くなる。速いテンポをキープしながらこれをやると、たぶん走り急いでいるだけの印象になる。また音の密度や密集具合でかなり圧迫される。要は、息苦しいし窮屈な感じがするイメージです。ゆえに解! 音と音のすき間をつくって、フレーズごとの風通しをよくすることで、軽やかに駆け抜けるようなスポーティな推進力が得られる。…かな? 的外れだったらごめんなさい。それもあるかな、となったとしても、FOCがアプローチしていることの1/10も言えていないのはしかりです。ぜひCDになるときにでも、たっぷり秘技について語ってほしいですね。

第2楽章や第1楽章で気づきやすかったように思います。そういえば、扇子を広げたときって、小さな山谷があって(一音一音)、きれいな大きな弧を描いていますよね(メロディを歌うようにスラー)。

第4楽章に照準をあてたようなピークのもっていきかた爆発力もすごかったですね。どちらかというと小ぶりな作品というイメージのあった第2番に、ここまでのエネルギーが潜んでいたなんて。ちょっと好きがあがっちゃった。久石譲FOCは、速さを追求しながら駆動が空回りしてスピンしてしまうようなスポーツカーではなかったです。メリハリよく、フォルムが崩れることもなく。《古典を古典芸能にしない》という久石譲の言葉に多くが込められています。今このブラームスを聴いて、骨董品のような古びた印象をもったリスナーはいないと思います。

 

 

ここで終わらない。

プチお勉強しました。

 

FOCは立奏スタイルをとっているのは、もう久石譲ファンでは定着してきたでしょうか。また、FOCに限らずどの共演楽団でも、久石譲が古典作品を演奏するときはバロックティンパニが登場します。近年演奏されているベートーヴェン、ブラームス、モーツァルトの交響曲。小気味いい乾いた音でパンパンッと炸裂します。通常のオーケストラで使われているモダンティンパニは、ドンドンと重量感があるので、聴いた印象もずいぶん変わります。本公演でもレポ・スメラ作品とブラームス作品は、異なるティンパニが用意されています。棒(マレット)も使い分けているのでご注目。

 

 

よくティンパニとセットで扱われるのがトランペットです。…なんでかは聞かないでください…勉強が足りていない。実は、ティンパニが変われば、トランペットも変わるんです。変わっていました!

コルネットという楽器ではないみたい。ロータリートランペットかな、と調べている現時点での回答です。トランペットよりも音が柔らかく、音が大きくなりすぎない、弦楽器や木管楽器とも溶けこみやすい、とありました。ティンパニとトランペットは同じ音符の動きをすることがあります。旋律ではない、パン・ドン・ジャンのリズム的アクセントとして、とりわけ古典作品にはその役割が多いようです。重量級のドンから軽量級のパンに変わったティンパニ。だからトランペットも変わる。そして、この組み合わせのとき、ふたつの楽器は隣同士に配置されています。(レポ・スメラ作品のときは右側と左側に大きく離れています)。…ということだと思います。添削アドバイスお願いします。また勉強して帰ってきたいと思っています。

 

 

 

ブラームス:ハンガリー舞曲 第17番

アンコールです。全21曲ある「ハンガリー舞曲」から、どうして第17番なんだろう? と思って調べてみました。

ブラームスが4手のピアノ連弾用として作曲し、ドヴォルザークや自らのオーケストラ編曲版によってより広く親しまれるようになった「ハンガリー舞曲集」。ブラームスは3曲のみ管弦楽用に編曲をしていて、残り18曲はさまざまな音楽家によってオーケストレーションされている、という作品です。そして、第17番から第21番までの管弦楽編曲がドヴォルザークの手によるものなんですね。また「交響曲第2番」と「ハンガリー舞曲」は作曲時期も近いんですね。なるほど。

 

 

最後にプロフィール。

 

フューチャー・オーケストラ・クラシックス
Future Orchestra Classics(FOC)

2019年に久石譲の呼び掛けのもと新たな名称で再スタートを切ったオーケストラ。2016年から長野市芸術館を本拠地として活動していた元ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)を母体とし、国内外で活躍する若手トップクラスの演奏家たちが集結。作曲家・久石譲ならではの視点で分析したリズムを重視した演奏は、推進力と活力に溢れ、革新的なアプローチでクラシック音楽を現代に蘇らせる。久石作品を含む「現代の音楽」を織り交ぜたプログラムが好評を博している。2016年から3年をかけ、ベートーヴェンの交響曲全曲演奏に取り組み、2019年7月発売の『ベートーヴェン:交響曲全集』が第57回レコード・アカデミー賞特別部門特別賞を受賞した。現在はブラームスの交響曲ツィクルスを行いながら、日本から世界へ発信するオーケストラとしての展開を目指している。

 

 

本公演は、まさにこのプロフィールとおりですね。あらためてゆっくり読みながらそう思います。【日本から世界へ発信するオーケストラとしての展開を目指している】、いつの日か海外公演も実現するのかもしれません。そして今のFOCは、日本国内はもちろん海外でもリアルタイムでコンサートを楽しめる発信、ライブ・ストリーミングを実現しています。

これからのFOCは「Vol.4」(2022年2月)、「Vol.5」(2022年夏)と予定されています。残るブラームス交響曲 第3番と第4番もそれぞれ振り分けわれ、そこへ魅力的な現代作品もプログラムされるだろうと思います。もちろん久石譲作品も。楽しみが予定されていることはうれしいかぎりです。

 

 

まだ間に合うライブ配信のアーカイブ配信!

アーカイブ配信期間
7月15日(木)23:59まで

チケット価格
1,980円(税込)
※Streaming+、ローチケLIVE STREAMING、neo bridge、LINE LIVE-VIEWINGにて配信

チケット販売期間
2021年6月30日(水)12:00~7月15日(木)19:00

 

公式サイト:フューチャー・オーケストラ・クラシックス Vol.3 ライブ配信
https://joehisaishi-concert.com/foc-jp/foc-vol3-online/

Official Website for Oversea: FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.3 LIVE STREAMING
https://joehisaishi-concert.com/foc-jp/foc-vol3-en-online/

 

 

 

2021.07.14 追記

 

 

2021.07.27 追記

プログラムから久石譲の新曲「I Want to Talk to You ~for string quartet, percussion and strings~」が特別配信されました。

 

 

2021.10.01 追記

 

 

 

Blog. 「かぐや姫の物語 サウンドトラック」(LP・2021) 新ライナーノーツより

Posted on 2021/05/24

2021年4月24日、映画公開当時はLPでは発売されていなかった「崖の上のポニョ」「風立ちぬ」「かぐや姫の物語」の3作品に、あらたにマスタリングを施し、ジャケットも新しい絵柄にして発売されました。各サウンドトラック盤には、前島秀国氏による新ライナーノーツが書き下ろされています。時間を経てとても具体的かつ貴重な解説になっています。

 

 

”『ナウシカ』について言えばね、最初にイメージ・レコードっていうのを作ろうということで、久石さんていう人に頼んで作ってもらったんですね。そしたらなかなか面白い曲がその中に含まれていた。で、いろいろ経緯はったんだけど、映画の音楽も久石さんにやってもらおうということになった時にね、(中略)要するに久石譲という人にとって、映像に劇伴としてつけるんじゃなくて、原作を読んで想像力を駆使して、独立した音楽として聞かせるつもりで全力をあげて書いたもんでしょ? その魅力を全面的に発揮させるように後で音楽設計をする。” (高畑勲『映画を作りながら考えたこと』徳間書店所収「「赤毛のアン」制作の全貌に迫る」 初出は「アニコムZ」vol.5 赤毛のアン特集 1985年8月 早稲田大学アニメーション同好会)

”テーマ主義による基本的な音楽設計が出来上がってみれば、ゆきなやんでいたことが嘘みたいに明快なのであった。久石氏は精神性の表現として必要なテーマのすべてをイメージ・レコードのなかに用意してくれていたわけである。” (前掲所収「しあわせな出会いー久石譲と宮崎駿」 初出はアニメージュレコード「久石譲の世界」1987年3月25日 徳間ジャパン)

これは、宮崎駿監督『風の谷のナウシカ』のプロデューサーを務めた高畑勲が、同作の音楽制作の過程を回顧した発言および文章である。久石譲にとって本格的な劇場用長編映画作曲第1作となった『ナウシカ』の段階で、すでに高畑は映画音楽作曲家としての久石の特質を正確に見抜いていた。つまり「全力をあげて書いた」「精神性の表現として必要なテーマ」が適切な音楽設計により「その魅力を全面的に発揮」するという特質である。その高畑が、結果的に生涯最後の監督作となった『かぐや姫の物語』の音楽を久石に依頼することになった時、『ナウシカ』の経験を即座に思い浮かべたことは想像に難くない。イメージアルバムこそ制作されなかったものの、『かぐや姫の物語』の久石の音楽は、高畑勲監督が『ナウシカ』制作時に初めて見出した方法論の延長線上に位置づけることが出来るだろう。本盤の収録曲に聴かれるように、久石のスコアは明確なテーマ主義という一分(いちぶ)の隙もない音楽設計に基づいて作曲され、しかも『ナウシカ』に勝るとも劣らない高い精神性を表現しているからである。

その『かぐや姫の物語』について、久石は次のように筆者に語っている。

”かぐや姫という主人公は、月の世界にいる間は人間的な喜怒哀楽も知らず、完全な幸せの中で暮らしている存在です。その彼女が地上に下り、さまざまな人間の感情を経験し、再び月の世界に戻っていく時に、やはり彼女はそのまま地上にとどまっていたいと感じた。つまり、人間というのは日々悩み、苦しむ存在なのですが、それでもやはり生きるに値する価値がある。そのようなことを『かぐや姫の物語』からは強く感じます。” (前島秀国「久石譲《第九スペシャル》を語る」 2013年12月「久石譲 第九スペシャル」プログラムノート)

本作の音楽制作については、別掲の高畑監督と久石の対談、およびメイキングビデオ「高畑勲、『かぐや姫の物語』をつくる。~ジブリ第7スタジオ、933日の伝説~」の中で詳しく紹介されているでの、ここではその過程を簡単にまとめておく。

もともと本作は、宮崎監督の『風立ちぬ』──こちらは久石が本編公開の2年以上前に作曲の依頼を受けていた──と同時公開(2013年7月20日)が予定されていた。もし、本作の制作スケジュールが当初の予定通りに進んでいたら、『かぐや姫の物語』の音楽制作は『風立ちぬ』と時期が重なってしまうため、久石は『風立ちぬ』の作曲に専念せざるを得なかっただろう。しかしながら、本作の制作スケジュールに遅延が生じ、2013年11月に公開延期が決まったことから、2012年暮、高畑監督は久石に作曲を依頼した。その時点で、すでに多くの作曲スケジュールと演奏予定が詰まっていたにも拘わらず、久石は本作を「高畑監督との一生に一度の仕事」と位置づけ、作曲を快諾。2013年正月明けに設けられた音楽打ち合わせの後、まず久石は琴の演奏シーンの作画に必要な楽曲の録音に着手したが、この時に久石が書き下ろした琴の音楽を高畑監督が大変気に入り、その曲を基にした「なよたけのテーマ」をメインテーマにすることで、スコア全体が作曲・構成されていった(本編のための作曲作業が本格化する前に書いたが曲が、結果的に映画の中で最も重要な音楽となったという点でも、本作と『ナウシカ』は共通している)。

以下、本作の微に入り細を穿った音楽設計を明らかにするため、スコアに登場する全テーマと、それに対応する本盤収録曲を列挙する(テーマ名は、筆者が暫定的に付けたもの。「」はテーマ名、《》は本盤収録曲を示す)。

「わらべ唄」
《はじまり》《秋の実り》《春のワルツ》《月》《琴の調べ》《わらべ唄》《天女の歌》
高畑監督が作曲した5音音階の劇中歌。《わらべ唄》《天女の歌》は久石が参加した時点で曲は既に存在していたが、ヴォイス・キャストが歌う《わらべ唄》《天女の歌》は、演技の流れを重視してアフレコ収録されている。劇中でかぐや姫が演奏する《琴の調べ》は、久石の編曲・指揮により、姜小青が古箏(こそう、グーチェン)で演奏した。この「わらべ唄」で特に注目すべきは、第2節にあたる《天女の歌》が、歌詞の上でもメロディの上でも、地球の記憶に涙する天女の心境を反映したヴァリエーションとなっている点である。

久石のスコアにおいては、まずオープニングタイトルの《はじまり》において「なよたけのテーマ」の対旋律として導入され、かぐや姫が満開の桜の樹の下でくるくると舞い躍るシーンの《春のワルツ》後半部で西洋風のワルツ様式に編曲されている(つまりワルツのリズムが持つ旋回性と、かぐや姫の舞いの旋回運動がシンクロしている)。ラストシーンの《月》では、やはり「なよたけのテーマ」と共に演奏されるが、久石は《天女の歌》のメロディを用いることで、地球を懐かしむかぐや姫の未練を暗示している。

「なよたけのテーマ」
《はじまり》《小さき姫》《なよたけ》《蜩の夜》《悲しみ》《飛翔》《別離》《月》
先述のように、もともと作画用に書かれた琴の音楽(本盤には《蜩の夜》を収録)を基にしたメインテーマ。このテーマは《はじまり》で登場した後、翁が竹藪の中でかぐや姫を見つけるシーンの《小さき姫》で初めてテーマ全体が演奏され、以後、かぐや姫の出自やアイデンティティに関わる重要なシーンに限って登場する(《なよたけ》は、テーマのフル・ヴァージョンを久石自身のソロ・ピアノで収録したもの)。ちなみに本作の劇場公開後、高畑監督が新たに歌詞を書き下ろし、久石が女声三部合唱のために編曲した「なよたけのかぐや姫」が作られ、同様に久石が編曲した「わらべ唄」女声三部合唱版と共に録音・楽譜出版されている。

「生命のテーマ」
《芽生え》《生命》《生命の庭》《飛翔》
「なよたけのテーマ」冒頭のモティーフを長調に変えて発展させた、「なよたけのテーマ」の派生形。いわば第2のメインテーマである。本編においては、媼がかぐや姫に授乳するシーンの《芽生え》で初めて登場する。さらに《芽生え》《生命》《生命の庭》が流れる各シーンにおいては、いずれも画面に鳥が登場することに注目したい。つまり、このテーマは鳥のように自由に羽ばたき、まさに「鳥 虫 けもの」のように生命を謳歌したいかぐや姫の願望をも象徴しているのである。その願望の到達点が、彼女が捨丸と共に鳥のように大空を羽ばたくシーンの《飛翔》であり、ここで久石は文字通り大空を羽ばたくような壮大なサウンドをオーケストラから引き出している。

「喜びのテーマ」
《生きる喜び》《タケノコ》《衣》《春のワルツ》《帰郷》
鳥のさえずりをモティーフにした五音音階のテーマ。「自然讃歌」と呼び替えてもいい。西洋のオーケストラを用いて東洋的な自然観を表現した、マーラー風の方法論に基づいて作曲されている。

「春のめぐりのテーマ」
《山里》《手習い》《春のめぐり》《真心》
いわゆるホーリー・ミニマリズム(宗教的ミニマリズム)のティンティナブリ様式(鈴鳴り様式)に基づいて書かれたテーマ。心安らかな三和音の素朴な繰り返しが、自然の営みや季節のめぐりを象徴し、かつ、そうした自然の中で生きる幼いかぐや姫の無心な喜びを表現している。ただし、石作皇子が一輪の蓮華の花をかぐや姫に捧げるシーンで流れる《真心》だけは、他の3つとは大きく異るヴァリエーションとなっている(ハープの伴奏に、繰り返しの音形を聴くことが出来る)。このシーンにおいては、「この一輪の花、すなわち姫を愛する我が真心」という石作皇子の言葉にかぐや姫の心が揺れ動き、もしかしたら石作皇子が自分と同じ価値観を共有しているのかもしれないという期待感を抱く。しかしながら、《真心》が「春のめぐりのテーマ」をそのまま演奏したものではないように、かぐや姫の期待も所詮は錯覚に過ぎなかったのである(ファゴットなどの低音が石作皇子の腹黒さや下心を象徴している)。

「運命のテーマ」
《旅立ち》《宴》《絶望》《里への想い》《運命》
この「運命のテーマ」は、使用楽器の違いによってふたつのグループに分類することが出来る。ひとつはリュート、チェレスタ、ハープなどによってメロディが演奏される《旅立ち》《宴》《運命》のグループ。このグループは、「鳥 虫 けもの」のように生きたいかぐや姫の願望とは裏腹に、彼女を”高貴の姫君”に育て上げていく翁の上昇志向に逆らえず、翁が決めた生き方、すなわち”運命”をやむなく受け入れる彼女の胸中を象徴している(その意味では「翁のテーマ」とみなすことも可能である)。もうひとつは、ピアノを用いた《絶望》《里への想い》のグループ。こちらのグループは、いずれもかぐや姫が激情に駆られるシーンで流れてくるが、久石の音楽はその激情と一体化することなく、ミニマル的なアルペッジョの繰り返しを強調することで、あくまでも運命に翻弄されるかぐや姫を客観的に捉えている。クラシック音楽にある程度親しんだリスナーならば、《里への想い》でピアノが演奏する3連符の繰り返し、つまりミニマル的なアルペッジョの繰り返しから、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番《月光》第1楽章を連想するかもしれないが、そうした連想は物語を深く理解する上でむしろプラスに働くかもしれない。というのも、月光のように輝くかぐや姫は、まさに月に帰らなければならない”運命”を背負った存在だからである(《月光》のニックネームはベートーヴェン自身の命名ではなく、第1楽章を「ルツェルン湖の月光のさざなみ」と評した詩人レルシュタープに由来する)。いずれにせよ、どちらのグループの「運命のテーマ」も、ミニマル風のアルペッジョの繰り返しが、抗うことの出来ないかぐや姫の”運命”を象徴している。

「月の不思議のテーマ」
《光り》《衣》《月の不思議》《月の都》
むしろ「月のモティーフ」と呼ぶべき短いテーマ。古来より”赫映姫”とも”輝夜姫”とも表記されてきたかぐや姫の光り輝く姿、および月の輝きをメタリックかつ冷たい音色で表現している。4曲とも短い和音か、その分散形として演奏されており、旋律的な要素を全く持たない(《月の都》ではハープとチェレスタなどが和音を仄めかしている)。つまり、月には謳歌すべき”生きる喜び”が全く存在しないことを示唆している。

以上述べた主要テーマとそれに属する楽曲以外に、久石は雅楽や祭囃をパロディ化した《高貴なお方の狂騒曲(ラプソディ)》(実質的には5人の公達のテーマ)、かぐや姫が御簾越しに演奏する《美しき琴の調べ》、それに《天人の音楽 I,II》を状況内の音楽として作曲しているが、本作公開当時、観客に大きな衝撃を与えたのは、かぐや姫を迎えに来た天人の楽隊が奏でる《天人の音楽》である。

このシーンのために高畑監督が参考にした阿弥陀来迎図には、篳篥、横笛、琵琶などの邦楽器、あるいは方響(大まかに言うと編鐘の小型版)のような中国楽器などが描かれており(来迎図が描かれた時代によって楽器編成は若干異なる)、そのいくつかは楽隊の演奏シーンでも見ることが出来る。もし、作画通りにこれらの楽器を鳴らす形で《天人の音楽》を作曲したら、おそらくは日本の伝統的な雅楽(宮廷音楽)に非常に近いものになるだろう。だが、それだと本作は物語的に破綻をきたしてしまう。雅楽は──《高貴なお方の狂騒曲》が端的に示しているように──かぐや姫に想いを寄せる側の音楽、すなわち御門の音楽だからである。天人たちが、そういう音楽を奏でるわけがない。《天人の音楽》の久石の作曲が真にユニークなのは、阿弥陀来迎図に描かれた楽器の音色をある程度尊重しながら別の楽器に置き換える(例えば琴をケルティックハープ、琵琶をチャランゴやギターなど)ことで雅楽の文脈を離れ、アジア、アフリカ、あるいは南米の民俗音楽にも通じるエスニックな音楽──語弊はあるかもしれないが、”土俗的な音楽”と言ってもいい──を書き上げた点にある。別の言い方をすれば、我々が聖歌のような音楽から連想する”天の聖”と、世界各地の民俗音楽から連想する”地の俗”という常識が、この《天人の音楽》には全く通用しない。時代的・地域的制約を逃れ、我々の常識を撥ね除け、人間の感情など一切関係なく、つまり「心ざわめくこともなく、この地の穢れもぬぐい去り」ながら、能天気にリズムを鳴らし続ける音楽。ある意味で煩悩から解き放たれた音楽、もっと言ってしまえば”あの世の音楽”なのである。

本来ならば、そういう音楽を我々は耳にすることが出来ないし、想像することも出来ない。耳にしている時は、おそらくかぐや姫と同じようにこの地を後にしているはずだから。哲学者ウィトゲンシュタインの有名な言葉をもじれば、「我々が語り得ぬ音楽に関しては、我々は沈黙しなければならない」のである。だが、高畑監督と久石はそういう音楽を敢えて映画の中で表現するという無理難題に挑み、生に満ち溢れたエスニックな《天人の音楽》をこのシーンで反語的に鳴らし、しかも先に述べてきた主要テーマを周到に本編の中に配置することで、作曲家にとって最も困難かつチャレンジングなテーマである”生と死”を見事に表現してみせた。これこそが『かぐや姫の物語』の音楽設計と久石の作曲が到達した、精神性の高さに他ならない。

本作公開後、久石は2013年12月に単独で《飛翔》を、翌2014年8月に交響幻想曲『かぐや姫の物語』(物語順とやや異なり《はじまり》《月の不思議》《生きる喜び》《春のめぐり》《絶望》《飛翔》《天人の音楽》《別離》《月》の順に構成)を、それぞれ高畑監督を客席に迎えて世界初演した。演奏後、久石の楽屋を訪れた高畑監督の満面の笑みが、筆者は未だに忘れられない。ずば抜けた音楽的教養を持つことでも知られた高畑監督のこと、きっと極楽浄土でも、あの時と同じ笑顔を浮かべながら《天人の音楽》を奏でているはずである。

エンドロールで流れる二階堂和美《いのちの記憶》は、2011年にリリースされた二階堂のアルバム『にじみ』に感銘を受けた高畑監督が、本編完成の1年以上前に彼女を抜擢し、作曲を依頼した主題歌。その制作過程については、本編公開に合わせてリリースされた二階堂のアルバウ『ジブリと私とかぐや姫』に高畑監督と二階堂の往復書簡が封入されているので、そちらを参照されたい(文中敬称略)。

2020年11月23日、『かぐや姫の物語』公開から7年目の日に
前島秀国 サウンド&ヴィジュアル・ライター

(LPライナーノーツより)

 

 

 

 

かぐや姫の物語/サウンドトラック

品番:TJJA-10034
価格:¥4,800+税
※2枚組ダブルジャケット
SIDE-A,B,Cに音楽収録 SIDE-C裏面はキャラクターのレーザーエッチング加工)
(CD発売日2013.11.20)
音楽:久石譲 全37曲

高畑勲がプロデューサーとして参加した『風の谷のナウシカ』以来30年の時を経て映画監督・高畑勲と作曲家・久石譲がタッグを組む、最初で最後の作品となった『かぐや姫の物語』のサウンドトラック盤。二階堂和美の歌う主題歌も収録。

 

Blog. 「風立ちぬ サウンドトラック」(LP・2021) 新ライナーノーツより

Posted on 2021/05/24

2021年4月24日、映画公開当時はLPでは発売されていなかった「崖の上のポニョ」「風立ちぬ」「かぐや姫の物語」の3作品に、あらたにマスタリングを施し、ジャケットも新しい絵柄にして発売されました。各サウンドトラック盤には、前島秀国氏による新ライナーノーツが書き下ろされています。時間を経てとても具体的かつ貴重な解説になっています。

 

 

ゼロ戦開発に従事した実在の設計者・堀越二郎の半生と、小説「風立ちぬ」の作者・堀辰雄の世界観を融合させ、美しい飛行機を造りたいと夢見る主人公・二郎の夢と狂気、そして肺結核に冒された妻・菜穂子との夫婦愛を描いた、宮崎監督と久石譲の記念すべき長編コラボレーション第10作『風立ちぬ』は、それまで2人が作り上げた9本の長編映画とはいくつかの点で異なる特徴を備えている。まず、3管編成と混声4部合唱という巨大なカンヴァスを用いた前作『崖の上のポニョ』から一転し、4型の1管編成という大変慎ましいオーケストラとピアノ、ギター、それにロシアの民俗楽器によってスコアが演奏されていること。そのスコアの大半は、劇中に登場する4人の主要登場人物(二郎、菜穂子、カプローニ、カストルプ)を表現した、4つのテーマに基づいて構成されていること。そして、いくつかの例外を除き、シーンの状況を説明するような音楽をほとんど含んでいないこと。要約すれば、物語的に必要な音楽を最小限に配置した、簡明にして凝縮されたスコアと呼ぶことが出来るだろう。このような異例とも言える音楽設計は、言うまでもなく、宮崎監督の演出意図を踏まえた上で生み出されたものである。

まず、音楽を含めた本作の音響設計について、宮崎監督が2013年9月の引退会見(のちに引退は撤回)で詳細に語っているので、少し長くなるが、該当箇所を引用する。

”自分の記憶の中によみがえってくるのは、特に「風立ちぬ」をやっている間じゅうよみがえってきたのは、モノクロ時代の日本の映画です。いろいろな昭和30年以前の作品ですよね。そこで暗い電気の下で生きるのに大変な思いをしている若者やいろいろな男女が出てくるような映画ばかり見ていたので、そういう記憶がよみがえるんです。(中略)そういう意味で、非常にこの「風立ちぬ」の映画はドルビーサウンドだけど、ドルビーではないモノ(=モノーラル)にしてしまう。周り(=サラウンドスピーカー)から音は出さない。それからガヤ、ガヤというのはがやがやとかざわざわとかというやつですけれども、そういうのを20人も30人も集めてやるのではなくて、音響監督は『2人で済んだ』と言っています。つまり、昔の映画はそこで喋っているところにしかマイクが向けられませんから、周りでどんなにいろんな人間が口を動かして喋っていても、それは映像には出てこなかったんですよ。そのほうが世界は正しいんですよね。僕はそう思うのです。それを、24チャンネルになったら『あっちにも声を付けろ』『こっちにも声を付けろ』、それを全体にばら撒くという結果、情報量は増えているけれども、表現のポイントはものすごくぼんやりしたものになっているのだと思います。それで思い切って──これは美術館の短編作品をいくつかやっていくうちに、いろいろ試みていたら、これでいけるんじゃないかと私は思ったんですけども──プロデューサーがまったくためらわずに『それでいこう』と言ってくれたのが本当に嬉しかったですね。それから、音響監督もまさに同じ問題意識を共有できていて、それができた。こういうことって、めったに起こらないと僕は思います。それで、これもうれしいことでしたが、色々なそれぞれのポジションの責任者たち(中略)、音楽の久石さんも、何かとてもいい円満な気持ちで終えたんです。こういうことは初めてでした。” (宮崎駿×鈴木敏夫×星野康二「宮崎駿監督 引退記者会見」スタジオジブリ『熱風』2013年10月号 (引用にあたり、若干の補足を加えた))

日本の映画製作現場において、音楽収録に磁気テープが導入されたのは1954年(昭和29年)の『七人の侍』と『ゴジラ』が最初であり、それ以前に製作された日本映画のサウンドトラックはすべて光学録音のモノーラル、当然のことながら音楽も非常に小さい編成で演奏されていた。本作の音楽もそれで充分だというのが、宮崎監督の言う「問題提起」なのである。

本作の物語は、1923年(大正12年)の関東大震災が発生する7年程前から、二郎が九試単座戦闘機のテスト飛行に成功する1935年頃までの、おおよそ20年間を舞台に展開している(ラストの夢のシーンのみ戦後を示唆)。映画史においては、十数名の楽士たちが映画館で伴奏していたサイレント映画の全盛期から、1931年の『マダムと女房』で日本初のトーキー映画が登場した時期とおおよそ重なるが、本作においても、久石がそうした時代背景を考慮しながらスコアを作曲しているのが大変に興味深い(後述するように、サイレント映画の伴奏音楽風に書かれた楽曲すら存在する)。宮崎作品としては珍しく、ピリオド・アプローチ(オーセンティック・アプローチ)で書かれた映画音楽と言ってもいいだろう。

本作のスコアを考える上でもうひとつ重要なのは、飛行機のエンジン音などの効果音を人間の声で収録するという宮崎監督のアイディアを踏まえながら、久石がスコアを書いているという点である。

これに関しては、宮崎監督と本作のプロデューサー・鈴木敏夫、それに高畑勲監督による鼎談の中でも触れられているので、それを引用する。

”鈴木 興味深かったのは音楽を担当した久石譲さんの指摘でした。効果音は音楽の邪魔にならないけど、人間の声でやると音楽とぶつかる、というんです。つまり、声で入れた効果音って一種の音楽でもあるんですね。
宮崎 あれは鋭い指摘でしたね。だから音楽とぶつからないよう、タイミングをずらしたり、音量を調整したり。” (高畑勲『映画を作りながら考えたこと』文春ジブリ文庫 初出は宮崎駿/高畑勲/鈴木敏夫「スタジオジブリ30年目の初鼎談」文藝春秋 2014年2月号)

具体的にわかりやすい例を、本盤収録曲の中から挙げてみる。

本編オープニング、少年時代の二郎が夢を見るシーンの《旅路(夢中飛行)》は、大まかにA-B-A-ブリッジ-B-A-コーダという形式で構成されている。Aのセクションはト長調のメロディ、Bのセクションはト短調のメロディをそれぞれ持ち、ブリッジとコーダの部分は基本的にトレモロの和音で構成されている。本編をご覧になってみると、(人間の声が奏でる)飛行機のエンジン音の音量が大きいカットに、トレモロの2つのセクションを当てていることに気づくだろう(つまり、メロディとエンジン音がかぶらないようになっている)。これが宮崎監督の言う「音楽とぶつからないよう、タイミングをずらしたり、音量を調整したり」している例のひとつだ。つまり久石は、効果音まで音楽のパートとみなした上でスコアを作曲しているのである。無論、そうした手法は作曲家にとっては大変な負担を強いられることになるが、映画のサウンドトラック全体をひとつの音響芸術と考えれば、これほど理想的なことはない。逆に言えば、そこまでこだわり抜いた映画音楽と音響の稀有な成果が、この『風立ちぬ』という作品に結実していると言ってよいだろう。

先に述べた通り、久石のスコアは4人の主要登場人物をそれぞれ表すテーマに基づいて構成されている。まずは、本作のメインテーマでもある「旅路」こと二郎のテーマ。愛のテーマの役割も果たし、多くの場合、久石の叙情的なピアノで演奏される「菜穂子」のテーマ。勇壮な行進曲として書かれた「カプローニ」のテーマ。そして、独特の暗さと苦々しさを持つ「カストルプ」のテーマ。本盤収録曲では、いずれもテーマ名が曲名に付されているので、リスナーはどの楽曲がどのテーマを基にしているか、容易に理解することが出来るはずである。

これらのテーマに該当しない(もしくはごくわずかしかテーマが用いられていない)楽曲として特筆すべきは、軽井沢のホテルで二郎と菜穂子が親密さの度合いを高めていくシーンの《紙飛行機》である。このシーンにおいては、音楽が流れる約2分半ものあいだ、菜穂子の「しっかり!」と「ナイスキャッチ!」、それにカストルプの「Oh…」というセリフ以外に言葉が発せられない。つまり、シーン全体が一種の黙劇(パントマイム)として演出されている。そのような演出意図を踏まえた上で久石が書いた《紙飛行機》は、まさにサイレント映画の伴奏音楽のような節度を保ちながら、紙飛行機の優雅な飛行と、それに重なり合うような二郎と菜穂子の心の高まりを見事に表現していて素晴らしい。このシーンにおける映像の動きと音楽の完璧な一致は、もはや”バレエ”の領域に達していると言ってもいいだろう。実際にサイレント映画のための伴奏音楽を書いたこともある久石の力量が遺憾なく発揮された映画美術の結晶を、この《紙飛行機》のシーンで存分に堪能することが出来るはずである。

久石らしい作家性が現れた楽曲としては、いずれもミニマル的な手法で書かれた《隼班》および《隼》を挙げることができる。特に《隼》は、18世紀イタリア音楽を思わせる擬バロック風なオーケストレーションが爽やかな風とテスト飛行のスリルを表現していて素晴らしい。また、同様にミニマル的手法が用いられた《避難》(脱線した列車から二郎たちが避難するシーンのための音楽)は残念ながら本編未使用に終わったが、余震の地鳴りを表現したようなリズムの反復がドラマティックな緊張感を見事に伝える忘れがたい楽曲である。

また、映画音楽作曲家としての久石の丁寧な仕事ぶりが見られる好例として、尺数は短いながらも《風》を挙げておきたい。この楽曲が流れるシーンにおいて、クリスティーナ・ロセッティの原詩を西條八十が訳した「風」を主人公の二郎が朗読する。「風」は、草川信がこの訳詩に曲を付けた童謡が日本では知られているが、草川のメロディはどちらかというとベルカントの歌唱向けなので、本作の世界観にはそぐわない。そこで久石は、このシーンのためにギターと弦楽四重奏曲だけの慎ましい《風》を書いているのだが、よく聴いてみると、ギターのメロディは西條の訳詩を乗せて歌うことが出来るように書かれているのである! 本編の中で二郎がそのメロディを歌わないにも拘わらず、である。これぞ、プロフェッショナルの仕事と呼ぶべきだろう。

以上、久石のスコアを概観してきたが、本作の音楽を深く理解する上で指摘しておかなければならない、非常に重要なポイントがある。それは、メインテーマである「旅路」(及び「カストルプ」)がロシアの民俗楽器、すなわちバラライカとバヤン(ロシアのアコーディオン)で演奏されているという点だ。

2013年3月15日、久石はニッポン放送「サンデーズバリラジオ 久石譲のLIFE is MUSIC」最終回において、すでに出来上がっていた特報用の音楽(「旅路」のテーマのプロトタイプ)を紹介した。その時、相手役を務めさせていただいた筆者は「なぜバラライカを使ったのか?」と質問したところ、「ロシアの空気はね、青年が旅立っていく時にこの音色がいいなと」というのが久石の答えであった。実はこの時、映画公開前という事情もあってトークが大幅にカットされてしまったのだが、放送されなかったトークで久石はおおよそ次のように説明していた。「この作品の主人公がドイツに旅する時は、シベリア鉄道に乗っていったので、ロシアの楽器が相応しいかと。以前、NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』の音楽を手掛けた時にバラライカを使ったことがあるので、それが頭にあったんです」。

バラライカとバヤン(通常、この2つはセットで演奏される)の響きは、予備知識なく聴いたとしても、それだけで旅情と哀愁を感じさせる素晴らしい楽器である。物語の中で頻繁に旅をする二郎という主人公に相応しい。だが、それだけでなく、この楽器がロシアという土地と、物語の時代背景に結びつき、さらには『坂の上の雲』の原作者・司馬遼太郎と結びつくことで、筆者は「旅路」のテーマが言外の意味を持っているような妄想に囚われるのである。

宮崎監督が司馬遼太郎および堀田善衛と語り合った鼎談『時代の風音』(宮崎監督が「書生」として司会進行役を務めた)の中に、次のような箇所が出てくる。

”司馬 文学史的にいえば、昭和初年に中野重治さんたちが『驢馬』という同人雑誌をやってて、(中略)『驢馬』の同人はほぼ全員、左翼になった。
堀田 その同人の堀辰雄はね……。
司馬 堀辰雄さんは免れてるんですね。
堀田 そうなんです。だけど堀さんも、(中略)戦時中はやはり「堀田君、ヨーロッパ全部が社会主義になる日まで、俺、生きていたい」と言っていました。亡くなったのは戦後ですけど。” (堀田善衛/司馬遼太郎/宮崎駿『時代の風音』ユー・ピー・ユー、1992年)

本作において二郎を乗せたシベリア鉄道がロシアの大地を走り抜けるシーン、すなわち本盤収録の《ユンカース》が流れるシーンにおいて、久石は《ユンカース》冒頭部分に「旅路」のフレーズをほんのわずかだけ登場させている。そのフレーズが、あたかも革命歌「インターナショナル」のように聴こえてくるのは、筆者ひとりだけの錯覚だろうか? 物語の中で特高に目を付けられ、日本を去ることになる「カストルプ」の苦々しいテーマが、「旅路」と同じバラライカとバヤンで演奏されるのは、単なる偶然だろうか? 本作が実在の堀越二郎を基にした二郎の夢だけでなく、堀辰雄が抱いていた夢も反映しているのだとしたら、「旅路」と「カストルプ」のテーマ、その2つを演奏するバラライカとバヤンはどのような意味を持ってくるのだろうか? これらがすべて筆者ひとりの妄想に過ぎないとしても、『風立ちぬ』の久石のスコアは単なる映画音楽にとどまらない重層的な意味を備えた音楽であることは間違いない。

宮崎監督と久石がそれまで作り上げた9作とは異なり、本作では公開前にリリースされるイメージアルバムが製作されなかった。その代わり、久石は本編公開後に2つの演奏会用組曲を編曲・初演している。ひとつは、2013年12月に世界初演された〈バラライカ、バヤン、ギターと小オーケストラのための「風立ちぬ」小組曲〉で、物語の時系列に沿って本編に使用された主要曲をまとめたもの。もうひとつは、2014年5月に世界初演された〈バラライカ、バヤン、ギターと小オーケストラのための「風立ちぬ」第2組曲〉で、こちらは物語の時系列に捉われない構成となっており、大幅に加筆した《避難》を組曲全体のクライマックスとすることで、演奏会用作品として聴き応えのある内容に仕上がっている(文中敬称略)。

2021年1月5日、宮崎駿監督の誕生日に
前島秀国 サウンド&ヴィジュアル・ライター

(LPライナーノーツより)

 

 

 

 

風立ちぬ/サウンドトラック

品番:TJJA-10033
価格:¥4,800+税
※2枚組
(CD発売日2004.1.21)
音楽:久石譲 全32曲

宮崎・久石コンビ11作品目の長編作品。本作はサントラ盤のみが制作された。オーケストラ演奏は読売日本交響楽団。バラライカやバヤン等の民族楽器の楽曲も印象的。荒井由実の主題歌「ひこうき雲」も収録。