Disc. 久石譲 『I was there』 *Unreleased

2022年12月10日 世界初演

 

2022年12月8~16日開催「ザ・キングズ・シンガーズ 2022 日本ツアー」にて世界初演。東京・広島・大阪・長野など7都市をめぐる10日の東京公演、久石譲も会場へ駆けつけ客席鑑賞するなか披露された。

 

ザ・キングズ・シンガーズ 2022 日本ツアー
The King’s Singers  Japan Tour 2022

[出演]
ザ・キングズ・シンガーズ
パトリック・ダナキー(カウンターテナー)
ティモシー・ウェイン=ライト(カウンターテナー)
ジュリアン・グレゴリー(テナー)
クリストファー・ブリュートン(バリトン)
クリストファー・ガビタス(バリトン)
ジョナサン・ハワード(バス)

[スケジュール]
12/8 仙台・電気ホール
12/10 東京・サントリーホール
12/11 岩手・キャラホール
12/13 神奈川・ミューザ川崎シンフォニーホール
12/14 広島・JMSアステールプラザホール 大ホール
12/15 大阪・ザ・シンフォニーホール
12/16 長野・ホクト文化ホール 中ホール

 

 

~平和~
久石譲:I was there(委嘱作品/世界初演)
Joe hisaishi: I was there (World Premiere on this tour)

”I was there”はThe King’s Singersの委嘱によって作曲した。”I Want to Talk to You”(2020年作曲)に続く英詞作品の第2弾である。当初から”I was there”というコンセプトは決めていた。そして2001年の9.11ニューヨークの世界貿易センターへのテロ、2011年の3.11東日本大震災、2020~22年のCOVID-19の犠牲者による証言、現場で命を失った人たちの手紙などを元に人々が最後に何を考えたか、何を願ったかを音楽で表現しようと考えた。しかし、かなりの長さが必要なこと、重いテーマであること、The King’s Singersの爽やかなコーラスには合わないことを考慮してタイトルだけ残し、音の構成に重点を置いて、約8分半の楽曲として作曲した。

繰り返される”I was there”という言葉とメロディーはミニマル的なズレを生じさせながら、徐々に変容していき、日本語の言葉も登場する。作詞はMAIで”I was there”と関連用語だけにした。ただ言葉としては使われていないが、言外に僕の最初に考えたことは行間から滲み出ていると思う。

The King’s Singersの6名の音域表(各自微妙に違う)を見ながら作曲をしていくうちに、如何にこの6声であることが有効かわかってきた。つまり通常コーラスは4声部で描くことが多いが、6声だと3声ずつ2グループにできること、カウンターテナーの低域での音量などの問題が出た時の補強、ハーモニーの時の微妙なバランスを取る時などの他、各パートが自由に動ける、または休めるなど多くの利点があった。

だが最大の強みは彼らが単に歌うだけのグループではなく、信頼し合い響き合うFamilyのような絆と人としての知性なのではないか、と僕は思った。

12月に初演される予定だが、その時2022年がどういう年であったか、そして新しい年はどういう年になるのか?彼らの歌を聞きながら思いを馳せたい。

久石譲

(ザ・キングズ・シンガーズ 2022 日本ツアープログラムブック より)

 

 

Q.
久石譲さんに委嘱をされたということですが、作曲を依頼された経緯を教えてください。

A.
私たちメンバーは皆子供の頃、久石譲さんの音楽(スタジオジブリのアニメや映画)を聴いて育ちました。この音楽は世界中で愛され、今尚、無数の人々をインスパイアしています。私たちも人々と同じく久石さんの音楽を知っていたのです。2017年、創設50周年記念でニコ・ミューリー(1981-)に委嘱を依頼し、ケンブリッジ大学キングズ・カレッジのチャペルで委嘱作品を初演しましたが、それはとても素晴らしかったです。ニコが初演のために渡英した際、久石さん、およびチームと娘の麻衣さんを紹介してくれたのです。その後チームと麻衣さんとはお友達として時々会う中で、お互いの音楽や技巧などについて相互に敬意を持っていきました。その後私たちは『Finding Harmony』というプロジェクトを立ち上げました。人間が何世紀にも渡り、音楽を通して苦しい時も嬉しい時も分かち合える、癒しのパワーがあるというものです。このようなテーマの楽曲をどんな作曲家に書いてもらうかを考えた時、私たちは久石さんを思い浮かべました。久石さんの音楽は人々を繋げる力と共に、幸せな気持ちになるだけでなく癒しの力もあるからです。2020年の来日はコロナ禍でキャンセルされましたが、久石さんは委嘱を快諾して下さり、晴れて今年の12月の日本公演で世界初演できることになりました。とてもご多忙なスケジュールの合間に時間を見つけて作曲してくださったのです。さらに久石さんがはじめてアカペラ・グループ用に作曲することになった曲でもあります。作品のタイトルは「I was there」。ニューヨークで起きた9.11同時テロ事件の犠牲者、3.11東日本大震災の犠牲者、コロナ禍の犠牲者達が、最後の瞬間に何を考え、何を望んだのかということを犠牲者によるメッセージや手紙などから感じて音楽で表現しています。この作品はミニマリズム*(注釈)なスタイルで書かれていますが、久石さんは近年このスタイルを作曲に取り入れていらっしゃいます。私たちもレコーディングを行った際にこのスタイルがとても気に入り、また多くを勉強させていただきました。久石さんのカラーがふんだんに取り入れられたこの新曲がまさに私たちのために書かれた曲だと強く感じました。私たちは、歌うほどにこの作品に引き込まれ、新たなスタイルに大変魅了されています。今回久石さんやスタッフさんと新たなコラボレーションが実現することを私たちは心待ちにしていました。本日初めてこの曲を歌うにあたり、久石さんへの正義感と尊敬の意を示すことができれば嬉しく思います。ここが始まりの地となり、今後たくさんこの曲を歌うことができる事を願っています。

(ジュリアン・グレゴリー)

注釈)*完成度の追求のために必要最小限まで省略する表現スタイル(または様式)。日本国内では、「シンプル・イズ・ベスト」という格言も生まれた。(Wikipediaより一部引用)

(ザ・キングズ・シンガーズ 2022 日本ツアープログラムブック より抜粋)

 

 

ザ・キングズ・シンガーズ
The King’s Singers

1968年、ケンブリッジ大学のキングズ・カレッジの学生6人によって結成。その比類ない音楽性と機知に富んだステージ・パフォーマンスで、デビュー後瞬く間にイギリス音楽界でトップ・アーティストに昇りつめる。国際的にも人気を博し、デビューして50年近く経った今に至ってもアメリカ、アジア、オーストラリア、南米各国など世界中でコンサートを行って毎年100万人以上の観客を動員し、世界最高のヴォーカル・アンサンブルとして評価を不動のものとしている。

レパートリーは通算で2000曲以上にも上り、そのジャンルも中世のマドリガルからルネッサンス、古典歌曲から現代、そして世界の民謡やジャズ・ポップスなど幅広い。また、これまでにベリオ、リゲティ、ペンデレツキ、武満徹、ウィテカーなど各時代を代表する現代作曲家が200を超える作品を捧げてきた。

教育・育成活動にも力を入れており、レジデント・アンサンブルを務めるロンドン大学で夏のマスタークラスを定期的に行っているほか、ザ・キングズ・シンガーズ財団の助成により新進作曲家を対象とした聖歌の作曲コンクールを開催し、入賞者にケンブリッジ大学のキングズ・カレッジ・チャペルにて発表の機会を提供するなど若手音楽家への支援を行っている。

録音も数多く、中でも2009年にシグナム・クラシックよりリリースされたアルバムで、また2012年にはユニバーサル=デッカによるウィテカー作品「ライト・アンド・ゴールド」のCDでグラミー賞を2度受賞した。また、今でも世界各国でチケットが続々完売し公演が激賞され続けていることが評価され、英国の権威グラモフォン誌の殿堂入りアーティストに選ばれている。

今回は2019年の特別公演以来の3年ぶりの来日。

(コンサートフライヤー/日本ツアープログラムブック より)

 

 

レビュー

約8分半の作品。アカペラ6声部のための楽曲。久石譲による楽曲解説(「」)をもとにレビューする。「”I Want to Talk to You”(2020年作曲)に続く英詞作品の第2弾である」、とても雰囲気の近い作品といえる。同じ作曲手法による連作とみれるほどと感じた。

「繰り返される”I was there”という言葉とメロディーはミニマル的なズレを生じさせながら、徐々に変容していき、日本語の言葉も登場する。作詞はMAIで”I was there”と関連用語だけにした。」とある。”I was there”を基本とする短い歌詞とその言葉を乗せる基本モチーフがミニマルに折り重なっていく。主旋律や生まれるハーモニーは厳かでまるでグレゴリオ聖歌のような神聖さを感じる。”I was there, I will be there, I should be there”などと関連用語に変容していく。”私はそこにいた”(そのままの歌詞引用ではない/ツアーブックふくめ歌詞未収載)といった日本語に置き換えた関連用語も登場する。さらに、6声部の効果を発揮して英詞と日本詞が同時に交錯するところがある。演出や響きの妙としてとても魅力的に惹きこまれた。

「かなりの長さが必要なこと、重いテーマであること、The King’s Singersの爽やかなコーラスには合わないことを考慮してタイトルだけ残し、音の構成に重点を置いて、約8分半の楽曲として作曲した。」とある。この作品は、ポップスや歌曲のような構成(Aメロ,Bメロ,サビ)をとっていない。第1主題・第2主題・展開部・再現部というように、いくつかのモチーフや展開が絡み合う構成をとっている。ノンビブラートによる歌唱は、雲間から薄く射しこめる光の層のようにまっすぐに伸びる。それがまた感情移入をこばむ俯瞰さをもち、一歩引いた、あるいは上から眺めているのかもしれない。I Want to Talk to You作品の弦楽オーケストラ版もノンビブラート奏法であり、クラシックの手法と現代的アプローチは一貫している。

「つまり通常コーラスは4声部で描くことが多いが、6声だと3声ずつ2グループにできること、カウンターテナーの低域での音量などの問題が出た時の補強、ハーモニーの時の微妙なバランスを取る時などの他~」とある。音楽3要素のメロディ・ハーモニー・リズムを充実して構成できる編成といえる。カウンターテナー×2+テノール+バリトン×2+バス。旋律やミニマルから生まれるリズムとは別に”トゥー、ルッ、ルッ、ルッ”といったリズム的役割をもったパートがふんだんに盛り込まれている。ここからみても、I Want to Talk to You作品が弦楽四重奏ではなく弦楽オーケストラ版および合唱版として存在していることとつながりが見えてくる。I was there作品もまた弦楽オーケストラ版にリコンポーズすることは可能であろうし元より構想にあるのかもしれない。さらには、将来誕生するかもしれない交響作品の一楽章として組み込む可能性をも秘めていると感じる。それほどまでに骨格の強い、今の久石譲のアプローチが如実に反映されている。

もう一度戻る。「かなりの長さが必要なこと、重いテーマであること、The King’s Singersの爽やかなコーラスには合わないことを考慮してタイトルだけ残し、音の構成に重点を置いて、約8分半の楽曲として作曲した。」とある。タイトルと音の構造だけにフォーカスして約8分半の楽曲にまとめた、とも受け取ることができる。かなりの長さをもった重いテーマの作品はまた別に誕生するのかもしれない。そのとき同じテーマに息づくI was there作品が一部分となるのか、あるいは全く新しい長大作品となるのか、とも受け取ることができる。

久石譲楽曲解説からの振り返りはここまで。公演はすべて日本語MCで行われた。初めと終わりの挨拶程度ではない、3曲おきのMCは全メンバー交代でipad原稿を見ながら流暢に聞き取りやすいローマ字日本語の発音、その姿勢にただただ感動する。久石譲楽曲については、上記ツアープログラム内容と重複するが、「苦難を表現、その向こう側にたどり着く人間の強さ」という紹介があった。これは、久石譲とザ・キングズ・シンガーズどちらの発言に由来するかは不明だが、お互いやりとりするなかで出てきた言葉であろうことは想像できる。曲を受け取る助けになる。

ザ・キングズ・シンガーズのファンがつめかけた日本ツアーにおいて、各公演のSNS評判もよく、長く歌われてほしいという声もあった。アーティストのファンからも好評だったということは、グループの魅力を発揮できている曲という証であるし、楽曲そのものに新鮮や美しさの佇まいがあったということ、とてもうれしい。これから世界中で歌われること、これから久石譲作品として発展していくこと、つよく期待している。この作品はいろいろなかたちで触れる機会が訪れるかもしれない、つよく楽しみにしている。

 

 

日本ツアーの詳細、久石譲とのリハーサル風景動画、久石譲とのバックステージ写真などはこちらにまとめている。

 

 

 

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