Disc. キングズ・シンガーズ 『ワンダーランド』

2023年9月22日 CD発売 XSIGCD739

 

キングズ・シンガーズ新録音。リゲティ生誕100周年記念&委嘱作品集!

男声ア・カペラのレジェンド、キングズ・シンガーズ!リゲティ生誕100周年記念と55年の歴史の中で委嘱した作品を厳選!2022年12月の来日公演でも取り上げた、久石譲の《 I was there 》、木下牧子の《あしたのうた》も収録!

ルネサンス・ポリフォニーからジャズ、ポップスまで2000曲以上ものレパートリーを誇り、2018年に結成50周年を迎えた男声ア・カペラ・グループのレジェンド、キングズ・シンガーズ。本アルバムでは、2023年に生誕100周年を迎えるリゲティの作品を中心に、キングズ・シンガーズの55年の歴史の中で、彼らのトレードマークである音楽的なストーリーテリングと喜びにあふれた委嘱作品を収録。アルバムのタイトルでもある「ワンダーランド」の通り、魔法、神話、おとぎ話の世界に立ち返っています。

遊び心のある子供の詩やルイス・キャロルの代表作「不思議の国のアリス」からの抜粋を題材にしたリゲティのナンセンス・マドリガル集を中心に、オーストラリアの最も著名な音楽家のひとり、マルコム・ウィリアムソンによって1972年に作曲されたグリム童話「ブレーメンの音楽隊」に基づいた音楽、2022年12月の来日公演で世界初演された久石 譲の『I was there』(9.11や東日本大震災など、悲劇的な出来事の文化的記憶に焦点を当てた作品)、同じく2022年の来日公演で披露された(初演は2020年)木下牧子の『あしたのうた』(自然界を中心とした希望とポジティブなテーマを思い浮かばせる作品)まで、各時代を代表する現代作曲家から200を超える作品を捧げられてきたキングズ・シンガーズの珠玉のレパートリーをお楽しみいただけます。(東京エムプラス)

(メーカー・インフォメーションより)

 

 

~平和~
久石譲:I was there(委嘱作品/世界初演)
Joe hisaishi: I was there (World Premiere on this tour)

”I was there”はThe King’s Singersの委嘱によって作曲した。”I Want to Talk to You”(2020年作曲)に続く英詞作品の第2弾である。当初から”I was there”というコンセプトは決めていた。そして2001年の9.11ニューヨークの世界貿易センターへのテロ、2011年の3.11東日本大震災、2020~22年のCOVID-19の犠牲者による証言、現場で命を失った人たちの手紙などを元に人々が最後に何を考えたか、何を願ったかを音楽で表現しようと考えた。しかし、かなりの長さが必要なこと、重いテーマであること、The King’s Singersの爽やかなコーラスには合わないことを考慮してタイトルだけ残し、音の構成に重点を置いて、約8分半の楽曲として作曲した。

繰り返される”I was there”という言葉とメロディーはミニマル的なズレを生じさせながら、徐々に変容していき、日本語の言葉も登場する。作詞はMAIで”I was there”と関連用語だけにした。ただ言葉としては使われていないが、言外に僕の最初に考えたことは行間から滲み出ていると思う。

The King’s Singersの6名の音域表(各自微妙に違う)を見ながら作曲をしていくうちに、如何にこの6声であることが有効かわかってきた。つまり通常コーラスは4声部で描くことが多いが、6声だと3声ずつ2グループにできること、カウンターテナーの低域での音量などの問題が出た時の補強、ハーモニーの時の微妙なバランスを取る時などの他、各パートが自由に動ける、または休めるなど多くの利点があった。

だが最大の強みは彼らが単に歌うだけのグループではなく、信頼し合い響き合うFamilyのような絆と人としての知性なのではないか、と僕は思った。

12月に初演される予定だが、その時2022年がどういう年であったか、そして新しい年はどういう年になるのか?彼らの歌を聞きながら思いを馳せたい。

久石譲

(ザ・キングズ・シンガーズ 2022 日本ツアープログラムブック より)

 

 

 

日本ツアーの久石譲とのリハーサル風景、メンバー・インタビュー、コンサート・レビュー、また数か月後にTV・ラジオ放送されたプログラム内容も記した。

 

 

 

 

『ワンダーランド ~リゲティ生誕100周年と久石譲、木下牧子、イェイロ、ビンガム、パターソン他の委嘱作品集』
キングス・シンガーズ

1.木下牧子:あしたのうた
2.ジェルジ・リゲティ:ナンセンス・マドリガル集より 2つの夢と小さな蝙蝠
3.オラ・イェイロ:夢の中の夢
4.リゲティ:ナンセンス・マドリガル集より 梨の木の上のカッコウ
5. フランチェスカ・アミューダー=リヴァーズ:アライヴ
6.リゲティ:ナンセンス・マドリガル集より アルファベット
7.久石譲:I was there
8.リゲティ:ナンセンス・マドリガル集より 空飛ぶロバート
9.ジュディス・ビンガム:トリックスター
10.リゲティ:ナンセンス・マドリガル集より ロブスターのカドリーユ
11.マルコム・ウィリアムソン:ブレーメンの音楽隊
12.リゲティ:ナンセンス・マドリガル集より 長く、悲しい物語
13.ポール・パターソン: タイム・ピース

キングズ・シンガーズ
パトリック・ダナキー(カウンターテナー)
エドワード・バトン(カウンターテナー)
ジュリアン・グレゴリー(テノール)
クリストファー・ブリュートン(バリトン)
ニック・アシュビー(バリトン)
ジョナサン・ハワード(バス)

録音時期:2022年10月19,21日、2023年1月16-18日
録音場所:イギリス、サフォーク、ブリテン・スタジオ
録音方式:ステレオ(デジタル/セッション)

国内仕様盤(解説日本語訳、歌詞訳&日本語曲目表記オビ付き)

 

The King’s Singers – Wonderland

1.Makiko Kinoshita: Ashita no uta
2.György Ligeti: I. Two Dreams and Little Bat
3.Ola Gjeilo: A Dream within a Dream
4.György Ligeti: II. Cuckoo in the Pear-Tree
5.Francesca Amewudah-Rivers: Alive
6.György Ligeti: III. The Alphabet
7.Joe Hisaishi: I was there
8.György Ligeti: IV. Flying Robert
9.Judith Bingham: Tricksters
10.György Ligeti: V. The Lobster Quadrille
11.Malcolm Williamson: The Musicians of Bremen
12.György Ligeti: VI. A Long, Sad Tale
13.Paul Patterson: Time Piece

 

Disc. 久石譲 『君たちはどう生きるか サウンドトラック』

2023年8月9日 CD発売 TKCA-75200
2023年8月16日 配信開始

 

宮﨑駿監督10年ぶりとなる、長編映画最新作 「君たちはどう生きるか」のサウンドトラック。
宮﨑監督のオリジナルストーリー作品。

2023年7月14日(金)全国劇場公開
スタジオジブリ最新作
「君たちはどう生きるか」
原作・脚本・監督:宮﨑駿
配給:東宝
製作:スタジオジブリ
音楽:久石譲

主題歌含む37曲収録

(メーカー・インフォメーションより)

 

 

久石さんからの誕生日プレゼント

年の初めに、いつのまにか恒例になった行事がある。毎年1月5日になると、久石譲さんが宮﨑駿のアトリエに顔を出す。その日、出来上がったばかりの曲を携えて。

1月5日は宮﨑駿の誕生日。その曲は、宮さんへの誕生日プレゼントだ。なにしろ、新曲だ。何時ごろ完成するのか、分からない。早いときもあれば、そうじゃない時もある。調子のいい悪いもあるだろう。

お迎えは、ずっとぼくと宮さんのふたり。そして、新しい曲をふたりで聴く。

この時、ぼくはいつも緊張が走る。いい曲であって欲しいと。祈りに近い。宮さんは大概、目を閉じている。宮さんの前でいつも笑顔を絶やさない久石さんも、その表情が変わる。

聞き終わる。宮さんが相好を崩す。久石さんとぼくは安堵する。こうして、ぼくらの新しい年が始まる。

プレゼントの曲は、ぼくの記憶だと、そのほとんどがミニマルミュージック。久石さんの得意とする音楽だ。久石譲さんといえばオーケストラと思う人が多いと思うが、それは映画音楽をやる時の久石さんの顔だ。本当は音楽大学で電子音楽を基調とするミニマルミュージックを専攻した人。つまり、現代音楽の勉強をした人だ。

これまでも、映画の時は、メロディを中心としたオーケストラで映画音楽を作って来た。しかし、大事な場面ではミニマルを挿入する。それが久石さんの大きな特徴だった。

「となりのトトロ」のサツキがトトロと出会う、雨のバス停のシーン。あのミニマルの曲はいまだに傑作だ。あのシーンはあの曲によって補完され、子どもたちはむろんのこと、大人たちもトトロの実在を信じることが出来たとぼくは思っている。

「君たちはどう生きるか」。この作品で久石さんは、大きな勝負に出た。ミニマルだけで、映画音楽を成立させることが出来るのか? ミニマルにはメロディらしいメロディは無い。聴く人によって、表情が変わるのがミニマルの大きな特徴だ。楽しい悲しいをフィルムに固定することも出来ない。

ぼくはドキドキしながら、映画の完成を待った。試写を見終わったぼくは、久石さんが、その勝負に、賭けに勝ったのだと思った。

使われた曲の多くは、誕生日プレゼントの曲だった。

「君たちはどう生きるか」プロデューサー
鈴木敏夫

(CDライナーノーツより)

 

 

久石さん やりましたね!
全部ミニマルで通すなんて.
ありがとう

みやざき

(CDライナーノーツより 直筆メッセージ)

 

 

 

ここからレビュー。

 

▽イントロダクション
▽全体をとおして
▽ミニマルとは
▽ミニマルの達成
▽楽曲ごとに1
▽誕生日に贈られた曲とは
▽楽曲ごとに2
▽交響組曲への道

 

これまではジブリらしい久石譲を聴いてきた。この映画は久石譲らしい久石譲を聴いている。

宮崎駿監督が映画を作るごとにファン層を広げ次作映画への期待を雪だるま式に膨らませてきたという歴史があるように。ことスタジオジブリ作品の音楽を担当するときの久石譲にも同じ図式が当てはまってしまう。これまで宮崎駿監督と長編映画10作品、短編映画3作品、そして高畑勲監督と長編映画1作品を共に歩んできた40年間だ。最新作は宮崎駿×久石譲の長編映画11作目になる。

楽しみと期待に待つ年月は、今か今かと胸躍らせその膨らみは宝箱の蓋がぶるぶる震えるのを抑える状態だった。そして、想像を超えて裏切ってくれた。一回目の映画鑑賞ですべてわかるわけはない。映像も音楽もはじめまして、ありのままに浴びる瞬間にこそ至福がある。そんななか一回目のファースインプレッションは大切にしたい。これまでのジブリらしい久石譲はあまり見当たらなかった。ロマンティックなメロディもダイナミックなオーケストラサウンドもついぞ出てこない。一方で、久石譲音楽と共に歩んできたファンからすると、この映画は久石譲らしい久石譲を聴いている。感じた第一印象はこの先も揺らぐことはないだろう。

宮崎駿監督が絵や物語でむき出しの宮崎駿を見せてくれたように、久石譲もまた音楽でむき出しの久石譲を見せてくれた。宮崎駿監督の果てしない創造力に共振するように、久石譲は久石メロディを開花させ久石ブランドを進化させてきた。そういう音楽活動の歴史だと言い切ってもいい側面がたしかにある。そして、本作でアイデンティティがぶつかり合うことになった。久石譲の音楽ルーツはメロディメーカー以前に現代音楽でありミニマル・ミュージックだ。だから、本作はミニマルだ。

スタジオジブリ作品は映画も音楽もレガシー。築きあげられてきたエンターテインメントと届けられたギフトを振り返ればそう異論は起こらないだろう。そしてここに、スタジオジブリのレガシーはまたひとつ高みに立ったことを、僕らは力いっぱい目の当たりにすることになる。映像も音楽も新しさに満ちていた。持てる技炸裂のなか、ここらで総括しましょう的な集大成にはなっていない。そこに守りの姿勢はない。漲るエネルギーと若々しさに、映画の感動とはまた別の勇気ももらえた。

 

 

全体をとおして

上映時間124分、サウンドトラック69分、本編の約半分に音楽がついていることになる。3つの視点から補完すると、ひとつサウンドトラック収録曲に複数回使用はない、曲まるごとも曲の一部でも。ひとつサウンドトラックに未収録曲はない。ひとつサウンドトラックに未使用曲はある。つまりは、99%映画本編に沿って曲順も曲尺もサウンドトラックに音源化されている。残りの1%は映画本編には使われなかった楽曲の一部が収録されていることだ。詳細は楽曲ごとの項で紐解きたい。

演奏は、Future Orchestra Classics。久石譲のもとに集う若手トップクラスの精鋭からなる招集型オーケストラだ。過去に音源化されているもの(かつクレジット確認できるもの)から『海獣の子供』(2019)『映画 二ノ国』(2019)も、招集型で音楽収録されている。ただしクレジットは各奏者一覧でメンバーも都度異なる。本作で初めてFuture Orchestra Classics(FOC)の名札でクレジットされた。またFOCコンサートマスター近藤薫氏ではなくゲストコンサートマスター郷古廉氏になっている。中心となるメンバーと時々のスケジュールなどで輪に加わるメンバーとで構成されていると推察する。もっとも大切なのは、久石譲が表現したい音を出せるオーケストラ、表現したい音楽の編成(室内オーケストラ)で臨める、指揮者と演奏者の音楽共同体として進化をつづけていることだ。2016年に発足したFOC(旧NCO)はクラシックの演奏会やアルバムで高い評価を得ており、久石譲新作などの現代作品まで、常に現代的なアプローチで研鑽し精力的に活動している。それは、本作の音からも聴きとれるはずだ。

演奏は、久石譲本人によるピアノ。前述より『海獣の子供』『映画 二ノ国』の音楽は、オーケストラは同じスタイルをとりながらも、ピアノ演奏は他者によるものであった。ピアノの使われ方だろうか、求めたタッチやニュアンスだろうか。両作ともにメロディアスな曲もミニマルな曲もある。今回ふと思ったことだが、とりわけ近年において区別しているのかもしれない。宮崎駿監督作品に久石譲ピアノはなくてはならない。繊細な音の強弱やテンポの揺らぎからくる久石譲のピアニズムは、映像がなくてもジブリをイメージしてしまうほど記憶のなかで結びつけられている。『海獣の子供』も『映画 二ノ国』もアニメーション映画だった。『君たちはどう生きるか』でピアノの鳴っていない曲はほぼない。久石譲のシグネチャーを刻印している。

【自身の少年時代を重ねた自伝的ファンタジー映画】(パンフレット 作品解説より)とあるように、主人公は宮崎駿監督を強く投影している。久石譲も【今回は、オケ(オーケストラ)ではなく、ピアノ一本とか、シンプルに主人公の心に寄り添ってつくったほうが良いかもしれませんね】(スタジオジブリ公式SNSより)とあるように、久石譲の紡ぐピアノにレンズを絞っていく。主人公と同じようにずっと物語にいて常に寄り添っている。

 

録音は、2023年1月21日頃から2月1日頃にかけて行われているようだ。公式SNSの情報や投稿日をもとにしている。CDライナーノーツには録音スケジュールのクレジットはなかったため、下の公式情報をまとめたものから参考にしている。

 

 

ミニマルとは

ミニマル・ミュージックとは、短いフレーズやリズムを微細に変化させながら繰り返す音楽のこと。前衛音楽として始まり、現在はジャンルの垣根を越えて定着している。「ミニマルの手法」「ミニマル・エッセンス」「ミニマル・ミュージックの要素」などと説明されることもあるように、ポップスからクラシックまで定義はより広がりをみせている。本作におけるミニマルも広義だ。本来の反復やズレはもちろん、音楽の素材が最小(ミニマル)であることもポイントだ。フレーズ(音型)、編成(楽器)、曲想(構成)、これら最小に組み立てられている。つまるところ徹底的にミニマルなのだ。必要最低限に削り落された音のコアによって、研ぎ澄まされた音楽が強く輝き、観る人聴く人のイメージネーションを最大限に広げてくれる。

ここまでミニマルに貫けたわけを別角度から眺めてみる。2019年に米津玄師氏への主題歌オファーが内定した時点で、その布石はあったのかもしれない。久石譲は主題歌候補になりそうなメロディを気にすることもなく、本編音楽のメロディ楽曲とミニマル楽曲のバランスなど考慮しなくてもいい音楽設計が見えてきた可能性だ。ゆえにミニマルのアプローチを一貫してできたという見方もできてくる。音楽の方向性が決まったのは2021年秋頃とある。2022年7月頃から本格的な音楽制作に入っている。ここで言う本格的なとは、出来上がったラッシュ映像を見ながらその具体的な楽曲づくりのこと。過去より慣例となっていたイメージアルバム的な音楽制作やその過程については『風立ちぬ』『かぐや姫の物語』そして『君たちはどう生きるか』と明るみになっていない。

もうひとつの布石もある。2020年以降、久石譲が映画音楽を担当したのは『赤狐書生 (Soul Snatcher)』、『川流不“熄”(A Summer Trip)』(未音源化)という海外映画二作品だけだ。多くの創作活動を自作品(交響曲・室内楽)に傾けている。振り返って2013年『風立ちぬ』『かぐや姫の物語』の頃はその前後にも多くの映画音楽を担当していた状況からみても、その創作環境は大きく変容した。2014年以降「クラシックに籍を戻す」とし有言実行の活動を作曲と演奏会と続けている。2021年からは「自分はミニマリストだ」という積極的な発言もまた顔を出す。つまりは、本作がミニマルで貫くことは、あるいは必然だったのかもしれない。

重ねる布石もある。『海獣の子供』(2019)はミニマル色の強い音楽づくりがされている。本作の音楽のいくつかを聴きながら連想するのは自然なことだろう。『Deep Ocean』(2016/2017/2023・未音源化)、『ad Universum』(2018・未音源化)、『Xpark』(2020・未音源化)などもアプローチは同じだ。久石譲は「エンターテインメントでもミニマルのスタイルで貫けるときにはブレずにやる」と語っている近年の作品群だ。言わずもがな『君たちはどう生きるか』はその群を抜いてオンリー・ミニマルだ。

堅苦しいことは一旦置いておいて。よくまあこんなにもミニマルなフレーズがあちこち飛び出すからすごい。映画鑑賞はもちろんサウンドトラック盤に集中して聴いたとしても、ミニマルな曲たちをきれいに整理するのは大変だ。シンプルなはずなのに覚えるのは容易ではない。普通なら一つの映画に半分も決してない、1,2曲あるかもしれない、3割ミニマルで占めてたらかなり目立つ。アート映画ならまだしもエンターテインメント映画ならなおさらだ。築きあげてきた自作品の成果をも注ぎ込むかのように、バラエティ豊かなミニマルに溢れている。映画音楽家久石譲と現代作曲家久石譲は、長年の並走を経ていよいよ交わり大きなひとつのオリジナリティに膨張しようとしている、のかもしれない。

 

 

ミニマルの達成

その一。短いフレーズの微細な変化によって、独特のハーモニーがうまれる。瞬間的な長調と短調の響きが変化をくり返したりと全体には言い表しづらい独特な印象を醸し出す。楽しい悲しいとも押しつけることのない俯瞰的な視点をもつ曲となる。観る人聴く人のタイミングや環境によってその人色に染まってくれるミニマル。

その二。スタジオジブリ作品で日本を舞台としたのは『となりのトトロ』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『崖の上のポニョ』『風立ちぬ』『かぐや姫の物語』(音楽:久石譲)だ。いくつのメロディがあっていくつのミニマルがあっただろう。本作で聴かれるミニマルは日本的なものもあれば西洋的なものも混在している。ことオリエンタルなミニマリズムでいうと、久石譲はかねてからそのパイオニアの一人として現在まで進化を続けている。【もっともナショナルなものこそインターナショナルになりうる】(宮崎駿)と言う、【ドメスティックはインターナショナルになる】(久石譲)と言う。ずっと貫いてきた人だ。今や日本人のミニマル作曲家、フロントランナーとして世界へ向けて発信している稀有な存在でもある。

その三。現実世界と異界を行き来する物語のどちらにもミニマルで書かれている。例えば現実世界はメロディ中心に異界はミニマルにと書きわける方法論もあるだろう。ミニマルで貫くことで空間も時間の流れも異なるどちらの世界にもリアリティを持たせている。そうして、ファンタジーをミニマルで成立させてしまっているこの達成は大きい。ミニマル・ミュージックはどこで始まってもいいし終わってもいい、あるいは終わりを持たなくてもいい。本作といっしょ、ミニマル音楽は時空を越えた永遠の世界を描いているのだ。

その四。映画公開後、公式関連のラジオ番組をいくつか聴いた。番組BGMはもちろんこのサウンドトラックからだ。けっこう会話に耳を集中できるのだ。もしも、これが『千と千尋の神隠し』の話題になって「ふたたび」がBGMで流れ出しでもしたらそうはいかない。話を追っているのか、メロディを追っているのか、映画シーンの記憶を追っているのか、急に気もそぞろだ。僕らはずっと、あの美しいメロディが映像や物語を引き立たせていると思っていた。本作は新しい扉を開いた。あの曲とあのシーンという結びつきを越えて、ミニマルな曲たちが有機的に自由に結びつきながら映画の世界観を大きくつくっている。

 

 

楽曲ごとに

映画ストーリーにはなるべく触れずに音楽中心に進めている。気をつけたというよりも音楽に重きを置いたファンだからしょうがない。それしかできない。映像や物語の考察はあまたのファンや研究家の皆さんに委ねて、その鋭い洞察のひとつひとつに唸りたい。こちらは音楽の場所から楽しみながら記していく。さあ、聴き解いていこう。(私的)徹底解説のはじまり。

 

1.Ask me why(疎開)
12.Ask me why(母の思い)
34.Ask me why(眞人の決意)
本作のメインテーマにあたる楽曲で、オープニングタイトルから本編終盤まで大切なシーンに流れている。原点回帰と言うにふさわしいと思うのは、そのシンプルでまっすぐな曲想だ。メロディも、和音も、コード進行も、すべてが直球で逆に驚いたくらいだ。「あの夏へ」や「アシタカとサン」を思い出してほしい。そこには久石譲らしい四和音ら複雑に音を重ねた神秘的なハーモニーに、新しくて懐かしい旋律に、メロディを自由に歌わせる予想を超えたコード進行に、あるいは高揚する転調にとファンの心をとろけさせてきた。それに比べると耳のいい人なら聴いてすぐ弾けてしまうくらい潔い、初期のピアノ曲に通じるものがあるのかもしれない。シンプルゆえに無垢すぎる。シンプルゆえに強い。

さて、「Ask me why」をもって「ミニマル」とするかとなると、ちょっとした混乱と論争に発展しそうだ。ほかの多くの曲の定義が揺らぎかねない。ソとレだけで作られた短いモチーフがくり返しながら変化しているメロディ、最小な和音と和声、そういった捉え方をするなら「シンプルに、ミニマルに」とは言えるだろう。前奏や間奏も徹底的にソとレをくり返す曲バージョンもある。森を見るようにサウンドトラック全体から、木を見るようにこの一曲をと遠近しながら眺めたらなら、ミニマルで貫いたと賛同するだろう。でも、この曲はミニマルなんですか?と誰かに聞かれたら違うと答える自分がいる。結局のところ、定義なんて後からついてくるのだ。ミニマル・ミュージックは現代音楽だけれど、現代から見るとバッハのピアノ曲もここミニマルだよねとか、ベートーヴェンの交響曲もここなんてミニマルの走りだよねなんて言わたりするのだ。だから、キリキリすることはない。曲を楽しめばいい。

宮崎駿監督の誕生日にプレゼントされた曲だ。おそらくオリジナルはピアノ曲として約5分ほどで仕上げられていると思う。本作への使用にあたってシーンに合うように手が加えられている。結果的に曲パートを一部抜き取ったような短い曲尺になっているのは残念だ。「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2023」(WDO2023)でサプライズ・アンコール曲となったが、ピアノ曲のほうをベースにしているのかもしれない。くり返す構成ではあったが間奏もあって長めに披露されていた。

新しい服を買ったとき、自分の思う最良な組み合わせがきっとある。買ったシャツに合うのは、この形と色のパンツかな、重ね着するならこれかな。でもこの組み合わせもいいかもといくつかその変化を試しながら、やっぱりこれがベストかなと最終的に落ち着くコーディネートがある。映画公開後にスタジオジブリ公式SNSで公開された久石譲の演奏動画は、ちょっとしたフレーズや伴奏に変化があった。今は弾くたびに変わっているのかもしれない。「風の伝説」「あの夏へ」「人生のメリーゴーランド」も曲の誕生からコンサートでメロディや伴奏の装飾が変わり、最終的には今久石譲の思うベストなフォルムに落ち着いている。そういうこと、そんな感じ。

おやっと思ったところもある。久石譲の曲には、いわゆるポップスの歌詞をのせる節まわしのような同音連打のメロディラインはあまりない。すぐに思い浮かんだのは「あの夏へ/One Summer’s Day」くらいなもので、あとは鍵盤のあいだを広く大きく動きまわる旋律が圧倒的に多い。メロディのはじまるソの音の連打は、まるでノックしているように聴こえてくる。心の扉をたたく”Ask me why”、運命の扉をたたく”Ask me why”。本編に沿うと、meは時々で主人公であっても母であってもいい。「Ask me why/理由を聞いて」の直訳だが、「(If you) ask me why/もしなぜって聞かれたら/もし私に尋ねられたら」「If you ask me/私に言わせれば、私の考えでは」など含蓄のある日常的フレーズが出てくる。この曲は扉をたたく力だと思っている。

 

2.白壁
この曲は、短編映画『毛虫のボロ』(2018・未音源化)のエンディング曲だ。音楽を担当した久石譲によるピアノ曲だが本編はこの1分間に満たない一曲しか使われていない。本作のためにピアノも弾きなおしている。曲名が「白壁」となっているのは本編シーンに由来してと思われる。

なぜこの曲を転用したのか? 監督や久石譲の提案や真意はわからないため、関連づけのみ考察する。『毛虫ボロ』のあらすじを一口に言うと、卵からかえるところから、外の世界へ踏み出していく物語だ。考察をはじめると、見るもの触れるものすべてが新しい世界であり、小さな毛虫にとって大きな外界は試練の連続でもある。未知の大冒険だ。行く先々でいろいろな試練が待ち受けている毛虫の移動と、主人公の疎開という移動そこから起こる物語を暗示しているのではないか。新しい世界、そこは祝福されたものではないかもしれない。『毛虫のボロ』のエンディングにも流れるメランコリックなこの曲は、小さな毛虫が外界に立ち向かっていった先をハッピーエンドともバッドエンドとも決めない絶妙なシーソーの上に立つ一曲だ。仮に宮崎駿監督が気に入っていたとしても、作曲者の久石譲が気に入っていたとしても、なんら不思議のない納得の選択だと思う。

 

 

誕生日に贈られた曲とは

2001年三鷹の森ジブリ美術館の開館以来、久石譲は宮崎駿監督の誕生日にピアノ曲をプレゼントしている。毎年ではないが近年は更に恒例になっていて、これまでに約12曲くらい献呈している。それらは「三鷹の森ジブリ美術館オリジナルBGM」として館内で使用されているはずだ。特定の場所や時期にしか聴けないものもあるだろう。土星座でしか聴けない短編映画ラインナップのBGMで使われているものもあるだろう。これも常時ではない。

「Ask me why」は2020年に贈られた曲とスタジオジブリ公式SNSからも推察できる。すでに映画に向けて動いている時期でもあり、久石譲のどこか頭の片隅にイメージが彷徨っていたとしても不思議じゃないし、あるいはまっさらに書き下ろしたものかもしれない。

「祈りのうた」は2015年に贈られた曲だ。「祈りのうた for Piano」として『Minima_Rhythm II ミニマリズム 2』(2015)に収録された。そのピアノ+弦楽合奏+チューブラー・ベルズ版は「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2015」(WDO2015)で世界初演、『The End of the World』(2016)に収録された。大きく繰り返す構成ではあるが、オリジナルは約6-7分の楽曲だ。本作のために録り直して必要な約4分にまとめられている。

「白壁」は誕生日に贈られた曲か? この疑問がふと浮かんでくる。どれだけ考察を尽くしても結局は公式解答をもってしか答え合わせができない。だからうだうだ書くことはやめる。三鷹の森ジブリ美術館オリジナルBGMとして贈られた曲で、本作使用にあたって曲名をそのまま継承しているのは「Ask me why」と「祈りのうた」の2曲だけだ。もし「白壁」(毛虫のボロBGM)ほかサウンドトラック収録曲にほかにも誕生日に贈られた曲があるとしたら、曲名が変わっているだろうということは言える。「聖域」は?とか好奇心は尽きない。

 

 

3.青サギ
5.青サギⅡ
8.青サギⅢ
10.青サギの呪い
ミとシ。4度の二音からなる最もミニマル(最小)なテーマだ。鳥らしい鋭さや俊敏さ、そこに不穏さやつかめなさまでも漂っている。「青サギⅢ」二音が音の高さを変えながら豊かに展開していくさまや、冒頭のバスクラリネットかバスーンがまるで鳥の喉仏が鳴っているような効果もあっておもしろい。「青サギの呪い」中間の躍動するパートは自作品「I Want to Talk to You」(2021・未音源化)の展開部を思わせる。ミニマルらしい一瞬にして切り替わるハーモニーの変化だ。FOCのソリッドでノンビブラートな演奏も光っている。4曲を並べてみると、少しずつ物語に深く関わっていくこと、主人公にとっても意識する存在へと膨らんでいることを、曲想が膨らみをます過程からも感じることができる。

また4度の二音からなるテーマは『海獣の子供』(2019)琉花のモチーフもそうだ。サウンドトラックのいろいろな楽曲の中に織り込まれている。忘れてはいけない、『千と千尋の神隠し』(2001)湯婆婆のモチーフもそうだ。ソとレの4度の二音だ。鳥に変身して空を飛ぶ。

話は横道に大きくそれる。なぜこの二音なのか、ずっと迷走していた。アオサギの学名・英語名などを調べていた。バッハは自分の名前を曲に刻印した。BACHでシ♭ラドシの音になる。青サギのテーマは「ミ・シ」=「E・H」で、HはHeronに運よく当てはまってしまったもんだから俄然Eも意味があるのではと思い始めてしまった。迷走のままだ。でも調べるなかでアオサギの【意識と潜在意識を行き来する】といったスピリチュアルなエピソードや、そのほか縁起の良い象徴とされている由来を持っていることもいくつかわかった。

主人公のテーマともいえる「Ask me why」はト長調だ。青サギのテーマはホ短調だ。このふたつは同じ調号をもつ平行調だ。わかりやすく上手に言えないが、楽譜にシャープひとつの音階でコード進行上も登場しやすい。ト長調の曲で間奏はホ短調そしてまたト長調に戻る、そんなスムーズにシンプルに進行する曲はバッハ「メヌエット ト長調 BWV Anh.116」などある。言ってしまったら、とてもつながりの深い関係性にある。久石譲という人は論理の人だ。すべてにおいて論理立てできるとは思っていないし、そこには到底言語化できない感性や直感もある。でも、なんとなくではしない人だ。

「34.Ask me why(眞人の決意)」ト長調で流れていく曲のアウトロはホ短調になっている。本来は終結部というよりも中間部や間奏として広がっていくパートに相当するだろう。曲想からすると、簡単な道を選ばなかった決意や、新たな試練が待ち構えていることを予感させる。もう一方の見方をするなら、青サギ(ホ短調)との出会いや記憶がしっかり刻まれていること、そんなことまで暗示しているように聴こえてこないだろうか。とてもつながりの深い関係性にあるのだ。

 

4.追憶
9.静寂
シンプルな単音をくり返す。最小限でありながらピアノにグロッケンやハープといった音色を繊細に編み込んでいる。「追憶」精緻で奥ゆかしいハーモニーを奏でるストリングスは『かぐや姫の物語』(2013)のそれを思わせる。「静寂」できるだけ音数を減らして音と音の間をも聴かせる。『花戦さ』(2017)では、このような静の音楽が一輪挿しのような慎ましさと空間美を表現していた。本作は、息をひそめるシーンで映像と音楽とで観客の集中力を高めている。空気の動きのような音楽、気配を感じて一瞬の動きの変化を逃さぬよう耳を意識をすませる。

 

6.黄昏の羽根
22.回顧
久石譲らしい曲のひとつだが、ここでも展開や増幅を抑えた構成になっている。『二ノ国 II レヴァナントキングダム』(2018)では、ゲーム音楽ならではのくり返し聴かれることを特徴とした音楽づくりがされている。起承転結の曲ではない、最小限の展開でループできる音楽。そしてもうひとつ、接続的フレーズで曲が終わっていること。本作の多くの曲もしっかりとあとの余韻を残すところまで貢献している。「黄金の羽根」室内楽サイズに近い弦楽のざらざらした音像が、羽根の一本一本その毛並みまで想起させてくれるようだ。「回顧」通常オーケストラサイズに近い。このように音の質感をも絵やシーンの肌ざわりに合わせている。塔にまつわるシーンだ。自作品「交響曲 第2番 第1楽章」(2021・未音源化)の単一モチーフと同じような運動性をもったフレーズが登場していることもおもしろい。

 

7.思春期
映画鑑賞の後にサントラを聴いている。このシーンは強い印象を残すところで曲よりも絵を覚えていた。だから、どうしてこんな曲想にしたんだろう?と2回目の鑑賞でチェック項目にもなっていた。転校先での風景だ。時代の軍歌や唱歌のような曲想にすることで、取り巻く環境ふくめて風刺の効いたものにしている。あえて主人公の感情や行動からは一歩引いたものにして絵の衝動とバランスをとったのかもしれない。鮮烈で鋭利なシーンだ。

 

11.矢羽根
23.急接近
豊かなミニマルだ。『フェルメール&エッシャー』(2012)の品のある室内楽、自作品「Winter Garden」(2014・未音源化)の胸躍る高揚感などが瞬時に駆け巡る。もう少し類を広げていいなら自作品「Viola Saga 第1楽章」(2022・未音源化)もそうだ、少し明るいミニマルが顔を出す。このタイトルは英雄伝説や長編冒険譚という意味も持たせている。それはさておき、つまり久石譲の作家性が翼を広げた作風が好きなのだ。本作で1,2を争うほど気に入っている曲で、あまりこの指にとまってくれる人はいないかもしれない。しょうがない。

『風立ちぬ』(2013)「紙飛行機」を思い浮かべることもできる。共通点もある。何かを工作している時間が流れている。作って試してうまくいって。その夢中になっているひとときや胸の高鳴りを表現している。そして工作をとおして心をつなげることもまた「紙飛行機」のシーンとの共通点だ。この指にとまってくれる人はちょっとできただろうか。とても惹かれる。

「矢羽根」ちょうど曲の真ん中あたり、カットとシンクロしているわけではないと思うが、強めのピッツィカートが工作でトントン打っているいる音や、はたまたピンと張った弓の具合を確認しているようなシチュエーションまで想像させてくれる。ピッツィカートはヴァイオリンなどピンと張られた弦を指で弾(はじ)いて音を出す。こうやってイマジネーションをどんどん膨らませてくれるからほんとおもしろい。「急接近」少しやわらかい曲調への変化が、距離感や歩み寄りを感じさせてくれてまたいい。もちろんここも工作している。

心躍る勢いで進めてしまうと、『風立ちぬ』「隼班」も工作、設計と連想するなら曲想もまた同じアプローチだ。ミニマル・エッセンスに溢れている。そうして本作との大きな違いも見えてくる。「隼班」もそうだ、ミニマルで展開しながらも、そこへ滞空時間の長い大きな旋律が奏でだす。『海獣の子供』(2019)もそうだ、ストリングスの大きなメロディが登場してくる。本作にはその傾向は全くない。くり返すが徹底的にミニマルだけで貫いている。こういったところからも見えてくる。

 

13.ワナ
Future Orchestra Classicsの特徴はリズムアプローチがきっちりしていること。もうひとつがノンビブラート奏法だ。ビブラートをかけない、弦を揺らさない、息を震わせない。そうすることで音がまっすぐに伸びる。遠くまで抜ける音像は本作すべての曲でそうだ。演奏は音価もそろえた細心の注意と集中力の塊だ。感情が入ると音符の長さもバラバラになり、ついつい音を震わせて歌ってしまう。その真逆にある。端正な演奏が感情移入をこちら側に委ねている。久石譲ピアノも、楽曲によって情感をもたせるものとやや強めにリリカルにと弾きわけている。現代オーケストラらしいソリッドなアプローチはFOCの美点だ。微細に移り変わっていくグラデーションのようなハーモニーの変化もまた自作品「I Want to Talk to You」(2021・未音源化)や「Viola Saga」(2022・未音源化)などで磨きをかけている。

 

14.聖域
15.墓の主
21.別れ
『かぐや姫の物語』(2013)で高畑勲監督がオーダーしたのは【運命を見守る】ような音楽だった。それは【登場人物の気持ちを表現してはいけない/状況につけてはいけない/観客の気持ちを煽ってはいけない】という方向性に集約されていった。「春のめぐり」らその印象的な曲をイメージする人もいるかもしれない。同じような俯瞰さを持ちながら、ここではより威厳や畏敬を感じさせる。

さらに音楽的手法から深い関連性を持つと推察するのは「祈りのうた」だ。ピアノ左手の動きに注目してほしい。一音ずつ隣の鍵盤へ動く順次進行になっている。「聖域」ドシラと3音下がる順次下行の次にドレミと3音上がる順次上行になる。続けてミレド(順次下行)ミファソ(順次上行)と音程を変えてくり返していく。「墓の主」ドシラソファミと大きな順次下行の次にドレミファソラと大きな順次上行になる。それとは別に「別れ」や上2曲の前半部に聴かれる低音は無軌道な動きをしている。ここからイメージできるのは、現実世界とは異なる時間のゆがみや、時間の法則その流れ方の違い。時空が大きく呼吸しているような曲だ。案内人でもあるキリコとのシーンに聴かれる。

 

16.箱船
スタジオジブリ作品でここまで南国風な音楽を書くのは初めて耳にしたかもしれない。ここからシンセサイザーやエスニックなパーカッションも登場している。ミニマルで貫こうとするとどうしても変化に乏しくなる。アルバム一枚聴いたら全部同じに聴こえた、ミニマル・アーティストにつきまとうあるある。音色や曲想で世界観をカラフルにしているのはさすが、ファンタジーらしさもちゃんとおさえてくる。そういえば、下の世界に吸い込まれていくとき床絵は太陽のモチーフだったような。そういえば、『千と千尋の神隠し』(2001)「神さま達」が船に乗って登場するシーンにも、中低音のボーンと響く打楽器が鳴っていたような。

 

17.ワラワラ
同じ世界を描いている「箱船」と音色も曲想もつながりがある。楽しいわらべ歌のようなモチーフなのもキャラクターに相応しい。神秘的なオリエンタリズム溢れる曲だ。ボイスキャストの声とは別に曲にもサンプリングボイスが使われている。『となりのトトロ』(1987)のまっくろくろすけはピグミー族の声をエディットしたものだ。ワラワラはどこから来たのだろう。

『となりのトトロ』「メイとすすわたり」、『もののけ姫』「黄泉の世界」、『千と千尋の神隠し』「神さま達」、『ハウルの動く城』「サリマンの魔法陣」、『かぐや姫の物語』「天人の音楽」。久石譲が作品ごとに多彩なサンプリングボイスを込めた曲たちだ。こう見てみると、そこには神聖なもの霊的なものを宿しているように思えてくる。つながって生、生命、魂のようなものを浮き立たせているように思えてくる。『NHKシリーズ 人体III』(1999)もそうだ。サンプリングボイスを登場させるとき、久石譲の流儀がそこにありそうだ。

 

18.転生
シンセストリングスもなじませながら紡ぐピアノ、久石譲らしい揺らぎのニュアンスとたゆたう調べ。『千と千尋の神隠し』(2001)「6番目の駅」をはじめ相性がいいことはわかっている。きたと耳が喜んでいる。そうは言っても、ありそうでなかった明るくやわらかい響きが心地いい。深呼吸するように演奏も大きな弧を描いている。ストリングスの下から上への二音のくり返しは、高く高く昇っていくことを誘っているようだ。ワラワラのモチーフも登場し、ここまでの3曲はシーンを象徴するように神秘的な音楽に包まれている。

 

19.火の雨
25.炎の少女
27.回廊の扉
変幻自在な変拍子だ。「火の雨」旋律の動きをパーカッションで重ねている(ストリングスとスネア)。小編成で臨んだときに音像の厚みや立体感を出すためのアクセント術で、自作品「コントラバス協奏曲」(2015)などもっと多彩な打楽器群で盛りだくさんだ。「炎の少女」コーラスは3拍子、オーケストラは4拍子を軸にしている。巧みなポリリズムだ。おもしろいからやってみてほしい。0:09-コーラスに耳を合わせて聴いていくと3拍子のリズムで-0:46まで行けるだろうか。次に同じ0:09-からストリングスに耳を合わせて4拍子で聴いていくと、こっちはわりとすんなり-0:46まで行けそうだ。譜面はどちらの拍子を軸にしているのかわからないけれど、ゴールする地点は同じ。3拍子で聴こうと思ったら、つられたりわからなくなりそうだが、指で三角を描きながらすると、おもしろい躍動感が迫ってくる。火を操るほどのリズムトリックだ。だまし絵で見え方が変わってくるようにどのリズムで聴くかで表情が変わる。(だからほんとやってみてほしい!)。「回廊の扉」ミニマルとはリズムもまたズレたり変化する。ヒミにまつわるシーンだ。

麻衣(久石譲の娘)は『崖の上のポニョ』(2008)の「ひまわりの家の輪舞曲(ロンド)(イメージアルバム)/水中の町(サウンドトラック)」で参加している。リトルキャロルは同作品の「いもうと達(イメージアルバム)」に参加していた。麻衣を中心とした女声コーラスグループで、スタジオジブリ作品の本編音楽としては待望の初参加となった。また久石譲の自作品「I Want to Talk to You」(2022・未音源化)の合唱版も演奏会プログラムに持つ。そのライブ映像は公開されている。美しいコーラスワークをアルバムやコンサートで触れることができる。

 

20.呪われた海
未使用曲だ。正確に言うと未使用パートも音源化された曲だ。本編に使われているのは冒頭-1:23あたりまで。そして少しカットが進んだあと2:17-endが使われている。中間パートが未使用になっている。もし映画を何回も見ている人なら同じことを思う人もいるかもしれない、仮に一曲そのまま使うとカットと曲のニュアンスが少し合わないように思う。本来そこには別のカットが挟まれていたのか、はたまたイメージアルバムのように長尺で作られた曲想があるのか、興味深い謎がまたひとつ。老ペリカンのシーンだ。呪われた海を表現するのに、使われなかったけれどあったほうがいい、絶対そうだ。『悪人』(2010)や『坂の上の雲』(2009)などにもみられる、抗いようもなく翻弄されてしまう、潜んでいる闇は深い。

使われていないパート、もっとこういうの聴きたいと思ったら『フェルメール&エッシャー』(2012)「Vertical Lateral Thinking」あたりにも手をのばしてほしい。洗練されたミニマルが聴けるはずだ。あるいは極上の小音楽空間へ、現代の最先端の音楽を室内楽やアンサンブルで届けるコンサート「久石譲 presents MUSIC FUTURE」シリーズも、きっと楽器の音をダイレクトに楽しめるはずだ。

 

24.陽動
28.巣穴
31.隠密
32.大王の行進
「陽動」かわいらしい高音と小さい音の粒。鳥たちのさえずりや群集を思わせるウッドパーカッションも効果的だ。「巣穴」同じモチーフが中音域になる。まるで音の高さと鳥の大きさがリンクしているようでおもしろい。「大王の行進」そうくればどっしり大きい相乗の変化だ。また『映画 二ノ国』(2019)「エスタバニア城」などにもつながる。大王の行進を描いていることはもちろん、そこに王国が築かれているということまでをしっかりイメージさせてくれる曲想だ。インコにまつわるシーンだ。

 

26.眞人とヒミ
登場人物からすると他曲とつながりを持っていそうに思うけれど、今のところ聴くかぎり独立した曲のようだ。ピアノとカルテットという最小限の編成で奏でられている。漂っているような時間と佇まい。

ミニマル・ミュージックは同じフレーズをくり返すことから、この曲もずっとイントロ?伴奏?でメロディが一向に始まらない?と感じるかもしれない。旋律やコードが進行していかない。たっぷりドラマティックに優しくメロディを奏でてもいいところ。本作の音楽はこれまでのジブリらしさの方法論をとっていない。一瞬でときめくことはないかもしれない、でも時間をかけてじっくり深く沁みわたっていく曲だ。

 

29.祈りのうた(産屋)
宮崎駿監督の誕生日にプレゼントされた曲だ。2015年に贈られたこの曲は、「三鷹の森ジブリ美術館オリジナルBGM」でありながら久石譲のコンサートやアルバムに収録された稀有な曲だ。ほかにあるのは「WAVE」だ。2015年は三鷹の森ジブリ美術館で「幽麗塔へようこそ展」が開催された。『君たちはどう生きるか』と幽麗塔の世界、塔のなかにある産屋、そして「祈りのうた」の使用。なにかつながりはあるだろうかないだろうか。記憶は不確かでジブリ有識者の助言を求めたいところだが、「幽麗塔へようこそ展」開催時の館内か同展示コーナーのBGMは「祈りのうた」じゃなかっただろうか。

コード進行をほとんど変えない、ミニマル・ミュージックのスタイルにならっている。シンプルな動きなのに深く複雑な響きをしている。そのハーモニーのからくりの一つにピアノ左手の動きがある。後半、低い音から一音ずつ隣の鍵盤へ上がっていく。順次進行といってここでは順次上行になる。ラシドレミファソラ、まるで深いところから上を見ているよう。閉ざされた場所から出口へ向かっていく神聖さがある。

 

30.大伯父
33.大伯父の思い
35.大崩壊
荘厳な世界だ。高弦の上から下へ連なる二音の連続は、古典クラシック作品にもみられるものでベートーヴェン「交響曲 第9番《合唱付き》第1楽章」もそうだ。自作品「Sinfonia」(2009)もそうだ。なにか啓示的なものを感じる。そんななか、ここでの二音は鋭い稲妻のようなソリッドさもあり、トリルや特殊な奏法で音像がねじれ管楽器らも精巧に重層的にしている。まるで時空のゆがみやひずみのようだ。そう聴いていくと「大伯父」では鳴っていない、「大伯父の思い」を経て、「大崩壊」で一番鳴り響いている。こんなのは後付けの発想だ。気にしなくていい。僕らは自由に羽根を広げることができる。こういう曲想のフルオーケストラを聴きたい、新作交響曲を聴きたい、と希望を描く。普遍的な崇高さもありながら今の時代を映すもの。自作品「Sinfonia」にはすでにその片鱗がある。

 

36.最後のほほえみ
地平線がつづいていくように、果てしなく広がっていくような曲だ。『海洋天堂』(2010・未音源化)や『NHKシリーズ ディープオーシャン』(2016/2017/2023・未音源化)を思い浮かべる。いずれも聴けないものを挙げてしまったが、海をテーマにした作品だ。この最後の一曲を聴きながら、海のように大きく包みこむもの、母性のようなものを感じた。いつまでも温かいぬくもり。

 

37.地球儀 / 米津玄師
映画公開直後から多くのエピソードが活字や音声とクロスメディアで届けられている。そちらにじっくり触れることをおすすめする。

仮に天秤を置くなら歌詞に大きく傾くような気がする。たくさんのことが込められ詰まっている。それと比べたなら曲はやはりシンプルだ。まるで手紙を読むように静かに旋律も綴られている。どこまでもエモーショナルな曲にできる人だ。どこまでもインパクトにドラマティックに曲を仕立てられる人だ。こみあげる感情を抑えながらせつせつと手紙を読むように、観客の余韻にも心を配った印象を受ける。静かにすっと心に近づいてくる。

そうは言っても歌うことは易しくない。4拍子を基本としながらAメロは変拍子になっているからだ。「僕が生まれた日の空は|高く遠く晴れ渡っていた」と歌い始めだ。「僕が生まれた日の空は〇〇|高く遠く晴れ渡っていた〇〇」と変拍子分を〇にするとセンテンスごとに2拍分多いことがわかる。これは手紙を読むときの間のようなものなのかなと思ったりもした。ひと呼吸置きながら気持ちを落ち着かせながら読む大切な手紙。だから、リスナーもその行間をくみ取るようにいろいろな風景が伝わってくる。なぜシンプルなら4拍子で統一しなかったのかな?というハテナから巡った一つの回答だ。ずれてても聞き流してほしい。

今気になっている点はふたつある。バグパイプを使用した理由はエピソードにある。もちろん曲に使われたバグパイプのフレーズは独自のものだ。一方で、Aメロに控えめに聴かれるやさしいバックコーラス、この旋律はそのエリザベス女王の国葬でバグパイプが奏でていた旋律と親近性を感じる。まるで宮崎駿監督への生涯のリスペクトの意志が込められているように個人的には感じた。もうひとつはピアノだ。Aメロとサビをつなぐブリッジなどに聴かれる2小節ほどのピアノのフレーズがとても印象的で場所ごとに散りばめられている。アクセントにもなっているし音階的にはこの曲と違和感すら感じる。これは祝福を表現しているのではと直感を持っている。その推察をもとにどこかクラシック曲(例えば宮崎駿監督が好きな時代や作曲家のもの)からのインスパイアがオマージュがあるのではないかと気になっている。手がかりはつかめていない。明るく光射しこめるようなピアノの架け橋だ。

 

 

交響組曲への道

2015年からスタジオジブリ作品の交響組曲化プロジェクトを本格始動させている。『風の谷のナウシカ』(1997/2015年版)『もののけ姫』(2016/2021年版)『天空の城ラピュタ』(2017)『千と千尋の神隠し』(2018)『魔女の宅急便』(2019)『紅の豚』(2022・未音源化)『崖の上のポニョ』(2023・未音源化)と、挙げたすべての交響組曲は「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ」(WDO)で世界初演された。それ以前に発表していた『となりのトトロ』(2002)『ハウルの動く城』(2005)『風立ちぬ』(2014)『かぐや姫の物語』(2014)を加えると、久石譲が音楽担当した全11作の長編映画が出そろっていることになる。ここの()はすべて発表年。宮崎駿監督・高畑勲監督とのコラボレーションはプログラムの要望も高く、日本国内の各地オーケストラとのコンサート共演、そして海外公演での都市初演や共演オーケストラとますます広がりをみせている。今そのど真ん中にいる。

ピアノが中心にある、室内オーケストラで編成されている、シンプルにミニマルに構成されている。映画を観た第一印象からは、この作品が交響組曲になる可能性を想像できなかった。それからサウンドトラックを幾度も幾度も聴いていくうちに、いや交響組曲にはなれるんだと光射す。小編成という点では『風立ちぬ』や『かぐや姫の物語』がイメージの手助けになる。原曲をどうダイナミックなオーケストラサウンドに昇華させたか、映像のための音楽から飛躍したもうひとつの音楽作品。『君たちはどう生きるか』本編には久石譲のピアノが一貫している。交響組曲のオーケストレーションで、他楽器への置き換えやオーケストラの一部となるピアノ、ここが鍵を握ることは言えるのかもしれない。上の楽曲レビューでは、同じ曲をグルーピングしてまとめた。アレンジ違いだ。そうすると、なるほどこっちのバージョンなら、と交響組曲への道はたしかに拓けてこないだろうか。

 

 

最後に

好きなジブリ作品を3つ聞いたらだいたいの世代がわかる、そのくらい日本人の多くはジブリを近くに育ってきた。『君たちはどう生きるか』でジブリ映画館体験をのばしたファンもいるだろう。あるいは本作が初めてのジブリ映画館体験だった人もきっといる。一つの映画をきっかけにその監督の作品がもっと観たくなる好奇心、あらためて触れなおしたときの新鮮な感覚。音楽もそうだ。本作をきっかけに久石譲音楽の扉をたくさん開いてほしい、新しい聴こえかたがしてくるかもしれない。その想いで点と点を線にするように多くの作品群を挙げてきた。『君たちはどう生きるか』は久石譲のここに至る創作活動の理解を深めるアルバムになっている。この映画は今もっとも久石譲らしい音楽の結晶だ。

今後の関連書籍や制作秘話(エピソード)で誤った解釈は修正していける。また久石譲ファンやジブリファンの興味深い考察に触れたときには、自分になかったものが豊かに芽生えてくるはずだ。わからない、気づいていない、間違っている。そんなものだ。これは出会ったときの感想で完結させる必要もない。僕らの『君たちはどう生きるか』は始まったばかりだ。そしてレジェンドたちを語り明かすのはまだ先になりそうだ。

 

*レビュー内、宮崎駿監督の「崎」は「たつさき」が正式表記

*未音源化…2023年8月時点

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

2023.8 ふらいすとーん

 

 

 

 

 

 

1. Ask me why(疎開)
2. 白壁
3. 青サギ
4. 追憶
5. 青サギⅡ
6. 黄昏の羽根
7. 思春期
8. 青サギⅢ
9. 静寂
10. 青サギの呪い
11. 矢羽根
12. Ask me why(母の思い)
13. ワナ
14. 聖域
15. 墓の主
16. 箱船
17. ワラワラ
18. 転生
19. 火の雨
20. 呪われた海
21. 別れ
22. 回顧
23. 急接近
24. 陽動
25. 炎の少女
26. 眞人とヒミ
27. 回廊の扉
28. 巣穴
29. 祈りのうた(産屋)
30. 大伯父
31. 隠密
32. 大王の行進
33. 大伯父の思い
34. Ask me why(眞人の決意)
35. 大崩壊
36. 最後のほほえみ
37. 地球儀 / 米津玄師

 

作曲・編曲・プロデュース:久石譲

指揮・ピアノ:久石譲
演奏:Future Orchestra Classics
ゲストコンサートマスター:郷古簾
コーラス:麻衣&リトルキャロル

マニピュレーター:前田泰弘
レコーディング&ミキシングエンジニア:秋田裕之
アシスタントエンジニア:安中龍磨(Bunkamuraスタジオ)、萩原雪乃(ビクタースタジオ)
マスタリングエンジニア:藤野成喜(ユニバーサルミュージック)

音楽制作マネージメント:川本伸治、佐藤蓉子、宮國力
楽譜制作:蓑毛沙織、蓮沼淳史
マネージメントオフィス:ワンダーシティ

スタジオ:Bunkamuraスタジオ、ビクタースタジオ

音楽製作:スタジオジブリ
製作プロデューサー:鈴木敏夫

 

主題歌
地球儀 米津玄師

作詞・作曲・プロデュース:米津玄師
編曲:米津玄師、坂東祐大

レコーディング ミックス:小森雅仁
マスタリング:ランディ・メリル/スターリングサウンド

ボーカル:米津玄師
ドラム:石若駿
ピアノ,シンセベース:坂東祐大
バグパイプ:十亀正司
制作:リイシューレコーズ

 

and more…

 

Disc. ニコラス・ホルヴァート 『Studio Ghibli Piano Collection』

2023年7月21日 CD発売 RBCP6825
2023年7月21日 LP発売 RBJE2078

 

スタジオ・ジブリの素晴らしい映画音楽が、美しいピアノソロ作品に!

フィリップ・グラス、フランツ・リスト、クロード・ドビュッシー、エリック・サティらといったクラシック曲の名演で世界的に名を馳せ、名誉あるスタインウェイ・アンド・サンズ アーティストにも選出されているフランス人ピアニスト”ニコラ・ホルヴ”によるアレンジとピアノソロ演奏による作品。久石譲の公式ピアノスコアに基づきながらも新鮮さに溢れるアレンジと、どこまでも美しいピアノソロの音色は、ジブリ・ファンのみならず、音楽ファンをも新たな音世界へと誘います。

(メーカー・インフォメーションより)

 

 

CD1枚組全23曲
LP2枚組全24曲
Deep Sea Pastures (CD Edition only)
Starting the Job (Vinyl Edition only)
Mother Sea (Vinyl Edition only)

2023年6月1日より先行デジタル配信/サブスク開始
CD/LP収録曲違い含め全25曲

 

 

原曲を基本としながら端正で流麗なピアノ演奏を楽しむことができる。またオーケストラ曲からピアノアレンジされたものも多く、たしかなテクニックで魅せる仕上がりになっている。ふだんピアノソロとして聴けないような楽曲もあり、ピアノ好きな人には、まるで上級用楽譜をまるごと一冊聴いて楽しめるような、クラシカルなピアノアルバムだ。

 

ダイジェスト動画も公開されている。

Studio Ghibli Piano Collection (約19分)

from Wayo Records YouTube

 

 

Studio Ghibli – Wayo Piano Collections (CD)

01 Fantasia for Nausicaä
02 The Road to the Valley
03 Confessions in the Moonlight
04 The Lost Paradise
05 The Wind Forest
06 My Neighbor Totoro
07 Kiki’s Delivery Service
08 Heartbroken Kiki
09 Porco e Bella
10 Madness
11 Ashitaka and San
12 Kodamas
13 Princess Mononoke
14 One Summer’s Day
15 Sootballs
16 The Sixth Station
17 Merry-Go-Round of Life
18 Deep Sea Pastures
19 Ponyo on the Cliff by the Sea
20 A Journey (A Dream of Flight)
21 Nahoko (An Unexpected Meeting)
22 The Procession of Celestial Beings
23 When I Remember This Life

Time: 79:16

輸入盤:国内流通仕様
デジパック仕様

 

 

Studio Ghibli – Wayo Piano Collections (LP)

SIDE A
01 Fantasia for Nausicaä
02 The Road to the Valley
03 Confessions in the Moonlight
04 The Lost Paradise
05 The Wind Forest
06 My Neighbor Totoro

SIDE B
01 Kiki’s Delivery Service
02 Starting the Job
03 Heartbroken Kiki
04 Porco e Bella
05 Madness
06 Ashitaka and San

SIDE C
01 Kodamas
02 Princess Mononoke
03 One Summer’s Day
04 Sootballs
05 The Sixth Station
06 Merry-Go-Round of Life

SIDE D
01 Mother Sea
02 Ponyo on the Cliff by the Sea
03 A Journey (A Dream of Flight)
04 Nahoko (An Unexpected Meeting)
05 The Procession of Celestial Beings
06 When I Remember This Life

Time: 80:50

輸入盤:国内流通仕様

 

Disc. 久石譲指揮 フューチャー・オーケストラ・クラシックス 『ブラームス:交響曲全集』

2023年7月19日 CD-BOX発売 OVCL-00820

 

ロックなベートーヴェンから最先端のブラームスへ!
未来のクラシックを問う久石譲とFOCの「ブラームス交響曲全集」ついに完成!

クラシック音楽へのかつてないアプローチが大きな話題を集める、久石譲とFOCによる挑戦。このブラームス全集は、2020年から取り組んだブラームス・ツィクルスより第2番・第3番・第4番と、新たにセッション録音をした第1番が収録されています。3年半という時間をかけた入魂のアルバムです。

久石譲のもと若手トッププレーヤーが集結したFOCは、瞬発力と表現力が爆発。作曲家ならではの視点で分析された演奏は、常識を打破するような新しいブラームス像をうち立てています。

(メーカー・インフォメーション/CDBOX装丁 より)

 

 

 

久石譲ロングインタビュー「ブラームスはヘビメタだ!」

聞き手・構成:柴田克彦(音楽評論家)
オブザーバー:江崎友淑(録音プロデューサー)

▼トピック紹介▼
・ブラームスの難しさ
・FOCのブラームスとは?
・録り直した第1番
・第2番の独自性
・第3番への思い
・第4番の罠
・最後に

(ブックレット p.2-12掲載)

 

曲目解説 寺西基之

(ブックレット p.13-19掲載)

 

久石譲/フューチャー・オーケストラ・クラシックス/オーケストラ メンバーリスト

(ブックレット p.20-25掲載)

 

Brahms is Heavy Metal!

*久石譲ロングインタビュー 英文

(ブックレット p.26-34掲載)

 

Music Commentary

*楽曲解説 英文

(ブックレット p.34-41)

 

Profile Joe Hisaishi / Future Orchestra Classics(FOC)

*英文

(ブックレット p.42-44)

 

 

ブックレット内容の掲載予定はありません。ぜひ本盤を手にとってください。

 

 

 

 

過去コンサート・レポートなど

 

 

ブラームス:交響曲全集《特別装丁BOX》 久石譲&FOC

 [Disc1]
 交響曲 第1番 ハ短調 作品68
 [Disc2]
 交響曲 第2番 ニ長調 作品73
 交響曲 第3番 ヘ長調 作品90
 [Disc3]
 交響曲 第4番 ホ短調 作品98

久石譲 (指揮)
フューチャー・オーケストラ・クラシックス

〈録音〉
第1番:2023年5月10-11日 長野市芸術館 メインホール(セッション)
第2番:2021年7月8日 東京オペラシティ コンサートホール、7月10日長野市芸術館 メインホール(ライヴ)
第3番:2022年2月9日 東京オペラシティ コンサートホール(ライヴ)
第4番:2022年7月14日 東京オペラシティ コンサートホール、7月16日長野市芸術館 メインホール(ライヴ)

SACD Hybrid
2ch HQ (CD STEREO/ SACD STEREO)

●初回限定 特別装丁BOXケース&紙ジャケット仕様
●豪華ブックレットには久石譲ロングインタビューを掲載
●第1番は当全集のために新たに行なったセッション録音を収録

 

 

Producer: Joe Hisaishi

Recording & Balance Engineer: Tomoyoshi Ezaki
Recording Engineer: Takeshi Muramatsu, Masashi Minakawa
Mixed and Mastered at EXTON Studio, Tokyo

Production Management: Shinji Kawamoto (Wonder City Inc.)
A&R: Moe Sengoku

Photo: Dai Niwa (Box, P.7)
Cover Design: Miwa Hirose, Ayumi Kishimmoto

Executive Producer: Ayame Fujisawa (Wonder City Inc.), Tomoyoshi Ezaki

Joe Hisaishi by the courtesy of Deutsche Grammophon GmbH

 

Disc. 久石譲 『A Symphonic Celebration』(Domestic / International)

2023年6月30日 CD発売
通常盤 UMCK-1731
限定盤 UMCK-7191/2

2023年9月29日 LP発売 UMJK-9119/20
*生産限定盤/日本盤

 

クラシック名門レーベル、ドイツ・グラモフォンからの記念すべき第一弾アルバム!
宮崎駿監督映画作品への提供曲をロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団と共にロンドンにてオーケストラ録音。

(CD帯より)

 

クラシック名門のドイツ・グラモフォンとの契約を発表した久石譲のグラモフォンからの第一弾アルバムは、なんと全曲宮崎駿監督作品に提供した自作曲を、新たなアレンジでオーケストラ録音。ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団と共にロンドンで録音されたこの作品は、クラシック/J-POPアニメのどのジャンルにも通用する普遍的なサウンド。アニメ映画界で特別な存在感を持ち愛され続けるジブリ映画と久石譲のコラボレーションの結晶となっている。

デラックス・エディションのボーナスディスクには、世界中でストリーミングヒットを記録している「人生のメリーゴーランド(「ハウルの動く城」より、そして「あの夏へ(「千と千尋の神隠し」より)英語ヴァージョン」の2曲を新規アレンジにて特別収録。

 

【通常盤】
1CD
日本語解説付き

【デラックス・エディション】【限定盤】
2CD
デジパック仕様
歌詞収録
日本語解説付き

【アナログ】【生産限定盤】
2LP
日本語解説付き

(メーカー・インフォメーションより)

 

 

クラシック名門レーベル、ドイツ・グラモフォンからの記念すべき第一弾アルバム、全世界発売開始。

今年3月にクラシック名門レーベルのドイツ・グラモフォンとの独占契約を発表した久石譲。『千と千尋の神隠し』『もののけ姫』『となりのトトロ』等、宮崎駿監督映画への提供曲をシンフォニック・アレンジで収録した待望の第一弾アルバムが全世界発売された。『A Symphonic Celebration』というタイトルにふさわしく、久石譲指揮によりロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団とロンドンで制作されたこのアルバムは、アニメ映画界で特別な存在感を持ち愛され続けるジブリ映画と久石譲のコラボレーションが結実したものとなっており、ジャケット写真も、その宮崎駿監督の原画を使用したものになっている。

その先駆けとして、世界でストリーミング・ヒットを記録した「人生のメリーゴーランド」(映画『ハウルの動く城』より)の新バージョンが1stシングルとして配信されると同時にYouTubeにてMusic Videoも公開された。続いて映画『魔女の宅急便』の「かあさんのほうき」と「海の見える街」の美しい新ヴァージョンもスマッシュ・ヒットを記録しているが、映画『千と千尋の神隠し』の「あの夏へ(One Summer’s Day)」の英語ヴァージョンがYouTubeにて公開された。こちらは今アルバムの為に特別に英語詞により録音された「初英語ヴァージョン」となり、イギリスのソプラニスト、グレース・デヴィッドソンの透き通るヴォーカルと久石譲のピアノ演奏が、この有名曲に新たな息吹をもたらしている。

(メーカー・トピックスより 編)

 

 

 

A Symphonic Celebration
Music from the Studio Ghibli films of Hayao Miyazaki

ヒッチコックとハーマン、スピルバーグとウィリアムズ、ゼメキスとシルベストリ、バートンとエルフマン、フェリーニとロータ。長期間に渡り映画監督と作曲家が組んで仕事をすると、ある種の魔法がかかる。彼らの想像力は芸術的な感性によって火がつき、必然的に絡み合う。そして、このような二人のアーティストの深い理解により、記憶に残り、伝説的ですらある映画体験がもたらされる。だが、同様に名前を挙げ、称えるべき映画監督と作曲家のパートナーシップは他にも存在する。それは、宮崎駿監督と作曲家の久石譲である。

宮崎のスタジオジブリは、日本映画のみならず、世界中の映画界で愛される芸術的な存在となり、久石譲はその道のりの一歩一歩に寄り添ってきた。宮崎は長編アニメーションの最高傑作の数々を手作業で丹念に作り上げ、日本アニメを世界に知らしめたが、それに続き、久石譲も世界中から注目を集めるようになった。

宮崎の映画と久石の音楽には、大きな愛情が込められている。二人はまさに手を取り合い、お互いを燃え立たせている。実際のところ、久石が宮崎映画の音楽制作に着手する際には、まずスケッチ画と描写のみ、後に絵コンテを基に始める。タイムコードに縛られることもなく、登場人物の声が発されるずっと前から、この作曲家は宮崎が思い描く映画のアイデアそのものに触発された音楽を創り出す。生まれてくるその音楽は、宮崎監督の創作過程に反映され、彼の想像力を更に膨らませ、より大胆に発展していく。久石が映画のために手がけた初期の音楽案は「イメージ・アルバム」としてまとめられ、本質的には後に登場する映画スコアのコンセプト・アルバムであった。その後、これらのアイデアは磨き上げられ、完成した映画に使用された。それは、確かに風変りな仕事の進め方だが、1984年の『風の谷のナウシカ』以来、ほぼ40年に渡る共同製作で二人が培ってきた創造的な過程(プロセス)である。

宮崎は、幻想的でありながら、どこか親しみのある世界を創り出すことを好み、ストックホルムやサンフランシスコを彷彿とさせるような想像上の街を物語の舞台に設定している。また、時代設定はあるかもしれないし、ないのかもしれない。時には、私たちが既に知っていると思われる過去の別バージョンのようなものもある。このぼやけた曖昧さと融合性は、久石が自国文化から触発されたサウンドとメロディーにポップス、ほんの少量のミニマリズム、そして恐らく古典主義をひとつまみ加えることで、その音楽にも昇華されている。彼らの作品は、何故か理にかなっており、あたかも以前からそうであったかのように感じられる混成型(ハイブリット)であり輝かしい坩堝(メルティング・ポット)なのだ。

よって、このアルバムは、その比類なき芸術的コラボレーションの蒸留物であり、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団とソリストのために再創造された音楽である。彼が過去に発表した「イメージ・アルバム」のように、映画の枠から解き放たれた久石譲の音楽的ヴィジョンが打ち出されているが、同作品では更に自由な空間に、可能な限りの、更なる精魂が傾けられている。

風の谷のナウシカ(1984年)
宮崎と久石が初めて組んだ同映画では、二人が進むべき道を歩み始めた。『風の谷のナウシカ』は、宮崎自身が手掛けた漫画を原作とした大作で、近隣諸国が戦争に巻き込まれた終末的(ポスト・アポカリプス)な汚染された世界を舞台にしている。宮崎監督の意に反して、ニューワールド・ピクチャーズにより大幅にカットされた英語版が公開されたが、2005年にはディズニー社がアリソン・ローマン、パトリック・スチュワート、ユマ・サーマンを起用し、ようやく新たな英語版キャストによる完全版を再公開した。久石のオリジナル・スコアは、オーケストラの色彩、パーカッション、シンセ音の数々を織り交ぜており、彼の新しい組曲は、心を奪うようなストリングスの音色やおとぎ話のような雰囲気、そしてバッハ合唱団が歌う箇所で僅かに取り入れたヘンデル作品からのモチーフにより、大きな深みが増している。

魔女の宅急便(1989年)
(宮崎と久石の)二人が手がけた4作目の映画は、10代の魔女が新しい町に溶け込むために空飛ぶ宅配業を開業するという、角野栄子による小説を原作として製作された。この作品で監督を務めるつもりはなかった宮崎は当初プロデューサーとして関わっていたが、製作中の展開に納得できず、このプロジェクトと引き継ぐことになった。オリジナル・キャストとして、キキを高山みなみが、猫のジジを佐久間レイが担当し、英語版ではキルスティン・ダンストと故フィル・ハートマンがこれらの役を担当した。ギターやアコーディオンに加え、オカリナやハンマー・ダルシマーが印象的な久石のオリジナル・スコアには、さり気ない魅力がある。この新たな組曲は、まるで魔法のように繊細なピチカート・ストリングス、官能的なワルツ調のテーマ、そして後にはバイオリン独奏とオーケストラのための完璧な幻想曲(ファンタジー)で構成されており、私たちを夢中にさせる。

もののけ姫(1997年)
この映画をきっかけに世界中の観客がスタジオジブリに注目するようになり、本国の日本ではスティーヴン・スピルバーグの『E.T』が記録した興行収入を塗り替えた(ジェームズ・キャメロンの『タイタニック』が登場するまで)。封建時代の日本を舞台にした宮崎による原作は、ニール・ゲイマンが英訳を監修している。あらすじは、自分が受けた呪いを解くために必死で旅をする少年が、自分の村の人々と森の神々との激しい戦いに巻き込まれるという内容。この映画の成功は、公開後に引退予定だった宮崎を驚かせた。日本アカデミー賞受賞は勿論のこと、興行的にも大きな成功を収めたお陰で彼は考えを改めた。オリジナル・キャストには石田ゆり子や松田洋治が含まれ、英語版にはミニー・ドライヴァー、ビリー・ボブ・ソーントン、ジリアン・アンダーソン等が出演。鳴り響く低音の弦楽器や打楽器の響きが印象的な原曲は、これまでに久石が手がけたジブリ作品の中では最もシンフォニックなスコアかもしれない。この組曲では、壮大なオーケストラの雰囲気、荘厳な合唱、渦巻く弦楽器、唸るような金管楽器が、ドラマをさらに盛り上げる。まさに音楽的大渦巻だ。

風立ちぬ(2013年)
漫画が原作の同作品は、伝記映画である点が宮崎作品としては恐らく珍しいだろう。堀越二郎は、とりわけ第二次世界大戦中の日本の航空に纏わる物語で重要な役割を果たし、尊敬を集めた航空機設計者。この映画は堀越の人生物語を描いており、日本史における重要な瞬間に触れている。英語版ではジョセフ・ゴードン=レヴィットが堀越の声を担当し(オリジナル版では庵野秀明)、その他キャストにはスタンリー・トゥッチ、ジョン・クラシンスキー、エミリー・ブラント等が含まれる。同作品はアカデミー賞長編アニメーション映画賞にノミネートされ、アニー賞脚本賞を受賞し、宮崎と久石はまたもや極めて重要な成功を収めた。堀越が劇中の登場人物でもあるイタリアの航空機設計者ジョヴァンニ・カプローニに強い影響を受けているため、日本アカデミー賞を受賞した久石のスコアには、ヨーロッパ的音楽観が際立っている。マンドリン、アコーディオン、ギター、そして、ほんの僅かのヴィヴァルディ的な要素が、スコアに心に残る瞬間をもたらす。今回の組曲では、マンドリンが重要な役割を担っており、そのエネルギーは素晴らしくバレエ的だ。

崖の上のポニョ(2008年)
恐らく他の作品よりもずっと若い視聴者層をターゲットにしたと思われる『崖の上のポニョ』は、瓶の中に入った魚の女の子を見つけた男の子を描いた可愛らしい物語。実はその魚の正体はプリンセスで、自分を救出してくれた男の子と恋に落ち、人間に変身してしまう。だが、ポニョの逃亡を快く思わない魔法使いの父親は、娘を連れ戻すために海面を上昇させ、皆を危険にさらしてしまう。奇妙な友情という設定は、『崖の上のポニョ』の英語版を担当した脚本家、故メリッサ・マティソンにとって目新しいものではなかった。彼女が脚本を手がけた『E.T』や『ワイルド・ブラック/少年の黒い馬(原題:Black Stallion)』は多くの人々から愛され、彼女はディズニーの『リトル・マーメイド』に触発された本作に独自の魔法をかけた。英語版では、ケイト・ブランシュット、リーアム・ニーソン、マット・デイモンが、オリジナル版では天海祐希、所ジョージ、長嶋一茂が演じた役を引き継いでいる。久石は、『崖の上のポニョ』のために制作した同作品で6度目の日本アカデミー賞を受賞した。チェレスタとヴィオラ独奏のある本作品は、魔法と輝きに満ちており、新たなこの組曲には、海面下を冒険するような驚嘆すべき不思議な感覚がある。木管楽器と弦楽器は、軽快なオーボエに合わせた美しいソプラノ独唱へと誘う。その後、久石はオーケストラを大海原での音楽的冒険へと放ち、合唱団による可愛らしく遊び心のある歌で同曲はフィナーレを迎える。

天空の城ラピュタ(1986年)
スタジオジブリ設立直前に製作された『風の谷のナウシカ』に続くこの映画は、正式にはスタジオジブリによる第一作となった。前作同様、『天空の城ラピュタ』も激動の冒険物語で、空の海賊や怪しい政府特務機関から逃れようとする二人の孤児たちが、ラピュタ(作品名となった天空の城)を探す旅に出る。この映画は、ラピュタという空飛ぶ島が登場するジョナサン・スウィフトの『ガリバー旅行記』をモチーフにしており、シータ役をよこざわけい子、パズー役を田中真弓が、英語版ではアンナ・パキンとジェームズ・ヴァン・デル・ビークが声を担当した。『風の谷のナウシカ』同様に、宮崎との2作目となる本作でも、久石は馴染み深いピアノ、弦楽器、声楽の他に、電子音やシンセ音をふんだんに取り入れた。新たな組曲では、壮大なオーケストラのサウンドと、ある程度英国的な、感情を抑えた威厳のあるホーンをフィーチャーしている。また、大人と子供で構成された合唱団は、心に残るような哀愁を帯びた雰囲気を与えている。奮い立たせるような、英雄的な楽曲だ。

紅の豚(1992年)
紅の豚(クリムゾン・ピッグ)!『紅の豚』は、日本の航空会社のために製作された短編映画としてスタートしたが、今日私たちが大好きな、素晴らしく奇妙な作品に発展した。漫画『飛行艇時代』を原作としたこの映画は、1930年代のイタリアに住む元空軍のエース・パイロット、ポルコ・ロッソ(別名マルコ・パゴット)が、雇われヒーローとして飛行を請け負う物語。豚のようなその姿はある種の呪いであることは明らかだが、詳細はあまり説明されていない。だが、後半ではポルコがキスされた後に人間に戻る姿が示唆されている。典型的なドタバタした色彩豊かな物語で、映画のテーマはむしろ大人向けだが、間違いなく印象に残る作品である。豚の主人公の声を、英語版ではマイケル・キートン、フランス語版ではジャン・レノが、オリジナル版で森山周一郎が担当した役を引き継いだ。原曲には同映画にふさわしく冒険とスリルに満ちた遊び心があり、ジャズ・ピアノの切なさを感じる瞬間もある。久石はこの曲に切なげなジャズ・ピアノをリードとして使い、紅の豚(ポルコ・ロッソ)にぴったりな、威厳のある堂々たる雰囲気を醸し出している。

ハウルの動く城(2004年)
この映画は、美しい圧巻の叙事詩であり、今もなお愛され続けている名作。原作はダイアナ・ウィン・ジョーンズの小説で、魔女に呪われて老婆になった若い女性ソフィの物語が描かれている。彼女は、忘れ難き足のついた家であちこち移動する気まぐれな若き魔法使いを探しに出かけ、ようやく辿り着くと、呪いを解くためにその家に住む火の悪魔と契約をする。だが、その代償は? 英語版では、同作が最後の映画出演となったジーン・シモンズの他、クリスチャン・ベイルやブライス・ダナーも素晴らしい声の出演を披露した。久石によるこのオリジナル・スコアは、彼の作品の中でも最も壮大かつ親しみやすい一つであり、彼が最も大切にしていると思われるテーマを使用している。そのワルツは、主にピアノで演奏されているが、スコア全体を通して登場する。この新しい組曲は、すでに交響的なスペクタクルのようなものが先導し、聴き手の心をまるでバレエのように跳ねさせ、踊らせる。久石は、まさに息を呑むような、喜劇的かつ色彩豊かな音詩(トーン・ポエム)を創り上げた。

千と千尋の神隠し(2001年)
『ハウルの動く城』に圧巻される前に、観客たちは『千と千尋の神隠し』に心を奪われた。この輝かしい芸術作品は、2001年の公開時に日本映画史上最高の興行収入を記録。アカデミー賞長編アニメ映画賞を受賞した同作品は世界中に影響を及ぼし、観客はその物語に魅了された。同作品は、家族が郊外での新生活に向かう途中で道を間違えたために少女が異世界に閉じ込められてしまう話で、久石の華麗なピアノとストリングスのスコアもさることながら、印象的なキャラクターと驚くべきビジュアルに満ちた世界が登場する。この組曲のために、彼は色彩のパレットを拡大しており、『ハウルの動く城』の組曲と同様に、これは音楽で紡ぐストーリーテリングのレッスンである。久石は、ピアノ独奏、美しい夢のような歌唱、素晴らしいシンフォニックな華麗さとペーソス的瞬間で、鮮やかな絵を描いている。

となりのトトロ(1988年)
アルバムの最終曲は、ファンの間で人気が高く、恐らく宮崎作品の中で初めて多数の支持者を得るきっかけとなった作品であり、それは少なからず、入院中の母親の近くに住むために引っ越したばかりの姉妹が好奇心を抱いた、非常に愛らしい森の精霊、トトロのお陰だろう。だが、メイとサツキが見続けるこの奇妙な生き物たちは何だろう? 同作品は、甘美でエモーショナルな冒険であり、脚本家兼監督の宮崎にとっても、実の母親が病気で長い間家を離れていたこともあり、個人的な物語でもある。この映画と登場人物は、スタジオジブリの象徴的な存在となっており、特に「大トトロ」(キング・トトロ)は、現在まさにスタジオジブリの顔。サツキとメイの声は、オリジナル版では日高のり子と坂本千夏、英語版では実の姉妹であるダコタとエル・ファニングが吹き替えを担当した。久石の音楽は、快活なシンセ音をふんだんに使っており、非常に当時らしいサウンドだ。フィナーレを飾るこの組曲では、「Hey Let’s Go(邦題:さんぽ)」という曲中の冒険への楽しい呼びかけは勿論のこと、素晴らしい祝祭的雰囲気を醸し出している。また、後半部分では、木管、金管、弦楽器がワイルドかつ活気ある威勢(スワッガー)で盛り上げ、歓喜に満ちた高揚感で締めくくる。

ーマイケル・ビーク(BBC Music Magazine)

(翻訳:湯山恵子)

(CD封入 日本語解説より)

 

 

世界共通盤ブックレットには、上記解説の英文オリジナル・テキストと共に久石譲バイオグラフィ”JOE HISAISHI Composer, Conductor, Dreamer”(3ページ)が英文で収められている。

歌詞収録は、楽曲ごとに本盤で歌われた言語による掲載となっている。「03. PRINCESS MONONOKE」日本詞、「05.PONYO ON THE CLIFF BY THE SEA」日本詞/英詞、「09. SPIRITED AWAY」日本詞/英詞(Bonus Track)、「10.MY NEIGHBOR TOTORO」英詞/日本詞 である。

各国流通仕様盤の封入解説(日本語解説など)には歌詞かつ訳詞は載っていない。つまりは、世界共通盤ブックレットのほうに多くの楽曲で歌われている日本語がそのまま収録されている。宮崎駿監督はじめ作詞者へのリスペクト、日本語へのリスペスト、ドメスティックなものをそのままインターナショナルに届けたいこの扱い方の意義は大きいと思われる。

 

 

 

 

リリースを迎えるまでの時系列インフォメーション、先行配信リリース、Music Video、久石譲インタビュー動画、アナログ盤などについてはこちらにまとめている。

 

 

 

フィジカル(CD/LP)は作品ごとにワントラックにまとめられている。デジタル(ダウンロード/ストリーミング)は作品ごとに構成楽曲で区切った複数トラックになっている。トラックリストは下記ご参照。

 

 

久石譲
A Symphonic Celebration – Music from the Studio Ghibli Films of Hayao Miyazaki

JOE HISAISHI
Royal Philharmonic Orchestra

Disc1
01. NAUSICAÄ OF THE VALLEY OF THE WIND (映画『風の谷のナウシカ』より)
02. KIKI’S DELIVERY SERVICE (映画『魔女の宅急便』より)
03. PRINCESS MONONOKE (映画『もののけ姫』より)
04. THE WIND RISES (映画『風立ちぬ』より)
05. PONYO ON THE CLIFF BY THE SEA (映画『崖の上のポニョ』より)
06. CASTLE IN THE SKY (映画『天空の城ラピュタ』より)
07. PORCO ROSSO (映画『紅の豚』より)
08. HOWL’S MOVING CASTLE (映画『ハウルの動く城』より)
09. SPIRITED AWAY (映画『千と千尋の神隠し』より)
10. MY NEIGHBOR TOTORO (映画『となりのトトロ』より)

Disc2 – Bonus Tracks
01. MERRY-GO-ROUND OF LIFE (映画『ハウルの動く城』より)
02. ONE SUMMER’S DAY (THE NAME OF LIFE) (ENGLISH VERSION) (映画『千と千尋の神隠し』より)

レーベル Universal Music LLC
収録曲数 全12曲
収録時間 1:27:15

 

DIGITAL

01. Merry-Go-Round of Life (from ‘Howl’s Moving Castle’)
02. One Summer’s Day (The Name of Life) (English Version / from ‘Spirited Away’)
03. The Legend of the Wind (from ‘Nausicaä of the Valley of the Wind’)
04. Nausicaä Requiem (from ‘Nausicaä of the Valley of the Wind’)
05. The Battle between Mehve and Corvette (from ‘Nausicaä of the Valley of the Wind’)
06. The Distant Days (from ‘Nausicaä of the Valley of the Wind’)
07. The Bird Man (from ‘Nausicaä of the Valley of the Wind’)
08. A Town with an Ocean View (from ‘Kiki’s Delivery Service’)
09. Heartbroken Kiki (from ‘Kiki’s Delivery Service’)
10. Mother’s Broom (from ‘Kiki’s Delivery Service’)
11. The Legend of Ashitaka (from ‘Princess Mononoke’)
12. The Demon God (from ‘Princess Mononoke’)
13. Princess Mononoke (from ‘Princess Mononoke’)
14. A Journey (A Dream of Flight) (from ‘The Wind Rises’)
15. Nahoko (The Encounter) (from ‘The Wind Rises’)
16. A Journey (A Kingdom of Dreams) (from ‘The Wind Rises’)
17. Deep Sea Pastures (from ‘Ponyo on the Cliff by the Sea’)
18. Mother Sea (from ‘Ponyo on the Cliff by the Sea’)
19. Ponyo’s Sisters Lend a Hand – A Song for Mothers and the Sea (from ‘Ponyo on the Cliff by the Sea’)
20. Ponyo on the Cliff by the Sea (from ‘Ponyo on the Cliff by the Sea’)
21. Doves and the Boy (from ‘Castle in the Sky’)
22. Carrying You (from ‘Castle in the Sky’)
23. Bygone Days (from ‘Porco Rosso’)
24. Symphonic Variation “Merry-Go-Round + Cave of Mind” (from ‘Howl’s Moving Castle’)
25. One Summer’s Day (The Name of Life) (Japanese Version / from ‘Spirited Away’)
26. Reprise (from ‘Spirited Away’)
27. The Path of the Wind (from ‘My Neighbor Totoro’)
28. Hey Let’s Go (from ‘My Neighbor Totoro’)
29. My Neighbor Totoro (from ‘My Neighbor Totoro’)

June 30, 2023
29 Songs, 1 hour, 27 minutes
℗ 2023 UNIVERSAL MUSIC LLC, in collaboration with Deutsche Grammophon

 

All Music Composed, Arranged and Produced by Joe Hisaishi
Orchestra Contractor: Joe Hisaishi
Orchestra: Royal Philharmonic Orchestra
Recording Producer: Anna Barry
Recorded and Mixed by Mike Hatch
Mixed by Takeshi Muramatsu (Octavia Records Inc.)
Mastering Engineer: Shigeki Fujino (Universal Music Japan)
Recorded at St Giles Cripplegate Church

Disc 1

1. NAUSICAÄ OF THE VALLEY OF THE WIND
Choir: The Bach Choir / The Tiffin Choirs
Conductor of The Bach Choir: Mark Austin
Music Director of the Tiffin Choirs: James Day
Japanese Language Coach: Satoshi Kudo

2. KIKI’S DELIVERY SERVICE
Violin Solo: Stephen Morris

3. PRINCESS MONONOKE
Soprano Solo: Grace Davidson
Choir: The Bach Choir
Conductor of The Bach Choir: Mark Austin

4. THE WIND RISES
Mandolin Solo: Avi Avital

5. PONYO ON THE CLIFF BY THE SEA
Soprano Solo: Grace Davidson
Choir: The Bach Choir
Conductor of The Bach Choir: Mark Austin

6. CASTLE IN THE SKY
Choir: The Bach Choir / The Tiffin Choirs
Conductor of The Bach Choir: Mark Austin
Music Director of the Tiffin Choirs: James Day
Japanese Language Coach: Satoshi Kudo

7. PORCO ROSSO

8. HOWL’S MOVING CASTLE
Trumpet Solo: Phil Cobb

9. SPIRITED AWAY
Vocal Solo: Mai Fujisawa

10. MY NEIGHBOR TOTORO
Choir: The Bach Choir / The Tiffin Choirs
Conductor of The Bach Choir: Mark Austin
Music Director of the Tiffin Choirs: James Day
Japanese Language Coach: Satoshi Kudo

Disc2 – Bonus Tracks

1. MERRY-GO-ROUND OF LIFE
Trumpet Solo: Phil Cobb

2. ONE SUMMER’S DAY (THE NAME OF LIFE) (ENGLISH VERSION)
Soprano Solo: Grace Davidson

Marketing Management: Murray Rose
Product Coordination Management: Lina Matschinko
Executive Producer: Kleopatra Sofronius
Recording Producer: Anna Barry
A&R Management: Anusch Alimirzaie

Balance Engineer: Floating Earth – Mike Hatch
Recording Engineer: Floating Earth – Sophie Watson
Editors: Ian Watson and Tom Lewington
Photography: Nick Rutter
Design: Yuka Araki (T&M Creative)

Special Thanks to
PRO – Ian Maclay and Eleanor Clements
Hajime Isogai, Naohiro Fukao, Spike Sugiyama

Cover illustration © 2004 Studio Ghibli・NDDMT

 

Disc. 久石譲 『I Want to Talk to You』(合唱版/弦楽版) *Unreleased

2021年3月24日 弦楽版 初演
2022年4月30日 合唱版 初演

 

作品について

合唱版
I Want to Talk to You 〜for Piano and Percussion〜
作曲:久石譲
1. I Want to Talk to You 作詞:麻衣、久石譲
2. Cellphone 作詞:久石譲

弦楽版
I Want to Talk to You ~ for string quartet, percussion and strings ~
作曲:久石譲

 

楽曲解説

「I Want to Talk to You」は、2020年5月に山形県山形市で行われる予定だった合唱の祭典コンサートで演奏するために山形県から委嘱されて作曲した。僕の作品としては初めての書き下ろし合唱作品になるはずだったがCovid-19の世界的パンデミックのため何度か順延され、2年後の2022年4月にやっと初演される運びになった。

当初は街を歩いていても、店に入っても電車の中でも人々は携帯電話しか見ていない。人と人とのコミュニケーションが希薄になっていくこの現状に警鐘を鳴らすつもりでこのテーマを選んで作曲したが、その後の人と人との接触を控えるこの状況では、携帯電話がむしろコミュニケーションの重要なツールになった。別の言い方をすると世間という煩わし い人との関係性から逃れる便利なアイテムが最小限の人との接触のアイテムになった。なんとも皮肉なことだが、それだけ携帯電話が人々にとって必須なものになったということだろう。

2019年12月から作曲を開始し、2020年3月に一応の完成を見たが、合唱が行われる状況にはほど遠くしばらく放置せざるを得ないと思ったが、作曲の過程で思いついた弦楽四重奏と弦楽オーケストラの作品にするアイデアが現実味を帯び、2021年3月の日本センチュリー交響楽団とのコンサートで弦楽バージョンとして演奏した。

作詞はいくつかのキーワード、例えば「Talk to you」をコンピューターで検索し関連用語やセンテンスを抜き出し、音のイメージに合う言葉を選んでいった。最終的には1.I want to talk to youは娘の麻衣が詩としてまとめ、2. Cellphoneは僕がまとめた。約20分の作品になり、小合唱グループと大合唱グループ、それに2台のピアノとパーカッションという編成となった。

作品としてはこれで完成しているが、僕としては日本語で聞きたいと思っている。つまり日本語バージョンであり、そこには弦楽オーケストラが演奏していることも想定できる。山形の皆さんにはこれが終わりではなく、これからも機会があるたびに進化していくこの 作品を聞いていっていただきたいと思っている。

2022年3月31日 久石譲

(2022年3月 山形・やまぎん県⺠ホール「合唱の祭典」プログラムノートより)

 

 

プログラム歴

合唱版
2022年4月 「合唱の祭典」(山形) *初演
2022年10月 「リトルキャロル26周年コンサート」(東京)**映像

2021年3月 日本センチュリー交響楽団(大阪)*初演 **映像
2021年7月 Future Orchestra Classics(東京、長野)**映像
2023年4月 シンガポール交響楽団(シンガポール)

 

 

 

『I Want to Talk to You』作品についてはまとめている。上記演奏会の詳細やコンサート・レポート、ライブ動画の紹介もしている。

 

合唱版を聴く機会に恵まれず、このたび2023年5月に公開されたライブ動画によって全貌に触れることができた。本来であれば作品レビューとしてDisc.ひとつにまとめたいところだが分けることにした。合唱版と弦楽版を比較しながらその魅力に迫りたいと新しいページに記した。それぞれの映像と音源は下を参考にしている。

初めてこの作品に触れる人にはとても親切じゃないレビューになっている。そこは映像や音源を何回も聴くことをおすすめする。また上記Discページにリンクのある初めて聴いたときのコンサート・レポートなどで入口の感想に触れてほしい。

 

 

 

 

I Want to Talk to You 合唱版/弦楽版 について

『I Want to Talk to You』は2楽章からなる約25分の作品。そのうち「I. I Want to Talk to You」は合唱版のちに弦楽版の二つが存在する。「II.Cellphone」は現時点において合唱版のみが存在する。

I. I Want to Talk to You
楽曲の骨格(全体構成、時間)はほぼ同じになっている。

楽器編成について
合唱版:小合唱(女声、男声ソリスト2人)、大合唱(女声、男声)、ピアノ2台、ビブラフォン、グランカッサ(大太鼓)

弦楽版:弦楽四重奏、弦楽合奏、ビブラフォン、マリンバ、グランカッサ(大太鼓)*弦楽版は弦10-12型を規模とし弦楽四重奏は立奏(チェロ除く)

ここからライブ動画の映像と音源で比較していくと、まずとても大きな枠組みで言うと、小合唱(女声)=弦楽四重奏(第1,第2ヴァイオリン)、小合唱(男声ソリスト2人)=弦楽四重奏(ヴィオラ、チェロ)、大合唱(女声)=弦楽合奏(第1,第2ヴァイオリン)、大合唱(男声)=弦楽合奏(チェロ、コントラバス)と同じパートを受け持っているようにみえる。ヴィオラ合奏は大合唱(女声or男声)どのパートに属しているのか、または時々で役割を行き来しているのかくっきり判別できるほどはわからなかった。

この全体的な見取図からしても楽曲の骨格はほぼ同じと言える。しかし、実際にはもっと緻密に声部の配置替えがされているように思う。男声ソリスト2人=弦楽四重奏のヴィオラ・チェロとするなら、楽曲開始3分半くらいからしかソリストは登場しない。合唱版ではそうだが弦楽版ではその前すでに弦楽四重奏の第1,第2ヴァイオリンの奏しているときに色合いを追加するように一緒に奏している。楽曲開始から2分あたりまでの弦楽四重奏パートは小合唱(女声)が歌い分けている、という感じになっている。

ピアノ2台は、合唱版では至難な16分音符の細かい動きを加味し、弦楽版では同じフレーズではないが16音符の粒の細かさは弦楽器が発揮している。また舞台配置から見て2台ピアノはそれぞれ大合唱(女声、男声)の音程を支えている役割もあるのかもしれない。ビブラフォンは特殊奏法含めて共通だが、弦楽版は後半マリンバに移行している。これにもいくつかの理由がありそうだ。ひとつは、合唱版の音像の豊かさ(混声)と対比して同系の音像に統一される弦楽版に色彩を加える効果。もうひとつは、弦楽版にはピアノがないのでピアノ的なアタックの強いパートを加える効果。特に転調時の瞬間的にハーモニーを切り替えるピアノとマリンバの役割は大きい。そう解釈した。

ここまで、楽器編成を起点に映像と音源を確認しただけでも、2つの作品には独立性がある。同じスコアを使って楽器や声のパートをただスライドさせたのとは違う、合唱のための/弦楽のための作品として堂々たる姉妹作品になっている。

合唱版の効果
歌詞をもった作品であるということ。言葉が旋律にのる、グループの大小・高低のバリエーションで迫ってくる。それだけでもう充分なアイデンティティを持った楽曲である。人の声にはそれぞれの声質・表情がある。ゆえにソリストもそれぞれの性格を持ったものとして声部も浮かびあがってくるし、大合唱も女声と男声とでくっきり分かれた音像になる。ドラマティックという表現が曖昧になるなら、合唱版は劇的、生身の音(声)としてのリアリティがある。

躍動するパートの転調による切り替わりが曖昧だとも感じた。かなり近いキーの転調なので声だとすぱっと頭から安定した音程が出にくいのか、基音となっている声部がたまたま映像からは聴こえにくかったのか。転調で一瞬にしてトーンが変化する持ち味もあるこの作品、弦楽のほうが切り替わりが明瞭に感じた。もちろん微細に移り変わっていく転調箇所もあるのだが。

弦楽版の効果
合唱版に比べて単色である、とは言いたくないけれど、弦楽器で覆われた統一感がある。また合唱に比べても強いアクセントを与えることができる。鋭く刻む弦は中間部で展開するところなど聴きどころになっている。ピアノ箇所でも書いたが、合唱は8分音符まで、弦楽器ではより細かい16分音符の躍動を与えることができる。弦楽四重奏パートでもメロディがズレて奏される妙、あるいはメロディを受け渡したり少し重なったりで奏される妙。男声ソリストだと各単独で聴こえるところも、弦楽四重奏は一体感で溶け合っている。スタイリッシュという表現が曖昧になるなら、弦楽版は多重奏、耳を研ぎ澄ませる機微がある。

合唱版/弦楽版の融合(可能性)
久石譲の楽曲解説にこうある。「作品としてはこれで完成しているが、僕としては日本語で聞きたいと思っている。つまり日本語バージョンであり、そこには弦楽オーケストラが演奏していることも想定できる。」

いま2つの作品をようやく聴くことができて、そうかもしれないと思った。単純に合体できそうな気もするなというのが最初の印象だ。でも聴き続けていくうちに、どうだろう?と思いだした。合体したらごちゃごちゃになるんじゃないかと。そんな勝手な素人不安は気にしなくていいこと。キーファクターになっているのは「日本語で」じゃないだろうか。日本語にするなら音符ひとつに言葉ひとつの手法をとるだろうからかなり言数が減ると想像できる。楽曲はじまりの「I Want to Talk to You」(仮に言数14つ)を歌うのに音符7つ、日本語にしたら7つきれにはまる言葉を選ぶだろう。そうすると旋律的にも言葉的にも動きが減る、メロディを紡いでいく抑揚や高揚のようなものが減る。動的な動きの補助や合唱とユニゾンさせ厚み的な補助を弦楽が担う、、、そうなるともうそれはクラシックでいう合唱編成したオーケストラ作品と同じ密度高い構築物になっていく、、、第九やカルミナ・ブラーナのように。合唱版では歌詞をともなわないスキャットでハーモニーやリズムを担っているパートもある。融合版のときには、歌われる言葉、多重奏、合唱と弦楽とで役割が分担されたり補完しあったりするのかもしれない。ここでは「I. I Want to Talk to You」に関してのみ記したので「II. Cellphone」のところでもっと可能性は膨張していくことになる。

 

 

II. Cellphone
合唱版のみが存在するかたちになっている。楽曲レビューと融合版への可能性について記していく。

楽器編成について
合唱版:小合唱(女声、男声ソリスト2人)、大合唱(女声、男声)、ピアノ2台、グロッケンシュピール、ドラムセット、タブラ

「I. I Want to Talk to You」に比べて小合唱と大合唱の独立した役割が判別できなかった。それは弦楽版として聴き分けれていたものがあるか否かの経験もあるのかもしれない。

楽曲について
音楽は前楽章と切れ目なく演奏される。冒頭いろいろな着信音が舞台設置スピーカーから会場中に鳴り響く。団員たちはどこで鳴っているのと互いをきょろきょろ見合う。そして一斉に口元に人差し指を立て、静かにのポーズをとると着信音は一旦鳴りやむ。が、また違う種類の着信音たちが鳴り始める。止める。そのやり取りを数度繰り返すうち客席からは笑いも起こる。といった演出が1分間ほど続いたあと楽器は始まる。

スネアとピアノによるリズミックなイントロのあと歌が始まる。歌詞は「Cellphone」という単語を基調にくり返される。バックに鳴るピアノやグロッケンシュピールの速いパッセージの粒たちはまるで着信音を模しているようにもとれる。その一方で、ドラムセットを使ったパーカッション群、団員たちは足の踏み鳴らしや手で太股あたりを叩いてリズムを刻むボディーパーカッション、そこへハンドクラップも加わりとても大地的な躍動感を感じる。視覚的にも迫力が伝わりやすくおもしろい。ここでひとつイマジネーションを広げてみる。前者のピアノやグロッケンシュピールが着信音とするならば、後者の打楽器やボディーパーカッションは原始的コミュニケーションともとれるのではないか。なんとも風刺が効いているとは個人の解釈だ。

けたたましく鳴るピアノとグロッケンシュピールに幾重にもスキャットするパートなどは、電波の混線やコミュニケーションの飽和、ボーダレスの膨らみを感じさせる。それを経て、「Hello」「Good Morning」「Good Evening」「チャオ」「ニーハオ」など世界のあいさつ語が一斉に交錯する。声部ごとにジェスチャーを伴いながら各あいさつ語を発する。そのうちの「チャオ」「ニーハオ」は大合唱(女声)が担っていたが、大合唱(男声)のあいさつ語を聴きとることができなかった。

その後展開部に入り、「I. I Want to Talk to You」のハーモニーが導入される。雰囲気でそうかなと気づける印象かもしれない。その土台のうえに「I want to touch you」「I want to see you other time」と歌いだされる。リアルに触れたい会いたいというメッセージは、体全身を使ったボディーパーカッションやボディーランゲージの演出を経てきた今、切実に迫ってくるようだ。声だけじゃない、人の身振り手振り表情から伝わることも多いのだ。そうしてはっきり前楽章「I Want to Talk to You」と同じ旋律と歌詞が登場してくることになる。私はあなたと話したいから、私はあなたと対面して話したいへの強い変化が込められているように思う。終盤は、「Cellphone」の反復とボディーパーカッションとドラムとで力強く歌いあげられる。締まった!

、、と思ったら、会場からも拍手が起こり出すなか、間髪入れずに着信音が鳴り響き男声ソリストが応答し会話を始めてしまう。スピーカーもヘッドセットマイクもあるので拍手にかき消されて着信音に気づかないということはないし、会話も明瞭に聞こえる演出になっている。そして歩きスマホしながら舞台袖にはけていく。つづけてもう一人の男声ソリストも同じように着信に応答し会話しながら退場していく。それを見ていた残された団員たちは一斉にはぁっとため息交じりに大きく肩を落とす。この演出までで作品は終演となる。当公演においてはこのような演出だったが、別公演(山形)では指揮者がそうだったようで演出パターンはバリエーションを持っているようだ。会話の内容も決まった設定ではない、公演ごとに新鮮でタイムリーなものが考案されているのだと思う。そこには一気に日常生活感に引き戻させるシークエンスが必要だと言いたげに。大きなメッセージを帯びた楽曲の直後に起こる下世話さ、その風刺までを作品に内包させているような気がする。

合唱版/弦楽版の融合(可能性)
久石譲の楽曲解説にこうある。「作品としてはこれで完成しているが、僕としては日本語で聞きたいと思っている。つまり日本語バージョンであり、そこには弦楽オーケストラが演奏していることも想定できる。」

いま2つの作品をようやく聴くことができて、疑問も生まれる。久石譲はどこまでを指して言ったのだろうか。「I. I Want to Talk to You」についての構想なのか、全2楽章をふまえた構想なのか。だから、ここから書くことは根拠をもった可能性ではない、個人の願望でしかない。

創作時の久石譲の警鐘と、別軸で起こった実社会でのパンデミック、考えさせられる文明の表裏一体。込められた風刺と込められた希望、ツールに侵されることとツールを豊かに使いこなすこと。もし現代社会や世界の中でこの作品を考えるなら、それはもう管弦楽作品に昇華してほしいというひとつの願望にたどり着く。『THE EAST LAND SYMPHONY』(交響曲第1番に相する)にも風刺の効いた楽章が歌詞とともに盛り込まれてもいる。

第九プログラムと並列させてはどうだろうとも想像した。歌詞と旋律をはっきりと持たせたソプラノからバスまでのソリスト4人に合唱と管弦楽、そういった発展もあるのではないか。現時点では小合唱グループ(女声・男声ソリスト)はともに歌詞をのせる役割と器楽的な役割とその両方を果たしている。だから今のままで第九第4楽章のような作品構成にできる話でもない。それはわかっているつもり、でも魅力的な可能性だとは感じてしまう。

合唱版の全2楽章を聴きながら、久石譲が本格的にオペラを書いたらこんな感じになるのかなと思うところもあった。ミュージカルではないから団員による演出のことを言っているわけではない。オペラは役者のような演技はしない。台詞・歌・演技が同居しているのがミュージカルだ。高らかに歌いあげる独唱、かけあうソリストたち、そこに広がる合唱たち、そして管弦楽。久石譲はこの作品『I Want to Talk to You』のあと『I was there』という合唱作品第2弾も発表している。今後、合唱作品が増えていくという予測よりも、将来的なオペラ作品へいくための布石となってくる、そんな作品群と位置づけられるのかもしれないと想像している。

 

最後に、ひとつの願望は「I Want to Talk to you ~ for Vocalists, Chorus and Orchestra」に結ばれる。ソリストと合唱をもった管弦楽作品として聴いてみたい。あるいは合唱と管弦楽そう『Orbis』などのように。もちろん合唱版/弦楽版の融合でもいいけれど。今回2023年5月に合唱版の全貌を聴くことができた。これを予習としてWDO2023でバージョンアップという伏線的な未来予想図はないだろうか。今年の交響組曲は『崖の上のポニョ』とある。そこへもし合唱が編成されるのなら。ソリストはいないが『The End of the World』のようにオーケストラと合唱で高らかに響きわたるこの作品を、いつか聴いてみたい。

 

 

Disc. 久石譲 『I was there』

2022年12月10日 世界初演

 

2022年12月8~16日開催「ザ・キングズ・シンガーズ 2022 日本ツアー」にて世界初演。東京・広島・大阪・長野など7都市をめぐる10日の東京公演、久石譲も会場へ駆けつけ客席鑑賞するなか披露された。

 

ザ・キングズ・シンガーズ 2022 日本ツアー
The King’s Singers  Japan Tour 2022

[出演]
ザ・キングズ・シンガーズ
パトリック・ダナキー(カウンターテナー)
ティモシー・ウェイン=ライト(カウンターテナー)
ジュリアン・グレゴリー(テナー)
クリストファー・ブリュートン(バリトン)
クリストファー・ガビタス(バリトン)
ジョナサン・ハワード(バス)

[スケジュール]
12/8 仙台・電気ホール
12/10 東京・サントリーホール
12/11 岩手・キャラホール
12/13 神奈川・ミューザ川崎シンフォニーホール
12/14 広島・JMSアステールプラザホール 大ホール
12/15 大阪・ザ・シンフォニーホール
12/16 長野・ホクト文化ホール 中ホール

 

 

~平和~
久石譲:I was there(委嘱作品/世界初演)
Joe hisaishi: I was there (World Premiere on this tour)

”I was there”はThe King’s Singersの委嘱によって作曲した。”I Want to Talk to You”(2020年作曲)に続く英詞作品の第2弾である。当初から”I was there”というコンセプトは決めていた。そして2001年の9.11ニューヨークの世界貿易センターへのテロ、2011年の3.11東日本大震災、2020~22年のCOVID-19の犠牲者による証言、現場で命を失った人たちの手紙などを元に人々が最後に何を考えたか、何を願ったかを音楽で表現しようと考えた。しかし、かなりの長さが必要なこと、重いテーマであること、The King’s Singersの爽やかなコーラスには合わないことを考慮してタイトルだけ残し、音の構成に重点を置いて、約8分半の楽曲として作曲した。

繰り返される”I was there”という言葉とメロディーはミニマル的なズレを生じさせながら、徐々に変容していき、日本語の言葉も登場する。作詞はMAIで”I was there”と関連用語だけにした。ただ言葉としては使われていないが、言外に僕の最初に考えたことは行間から滲み出ていると思う。

The King’s Singersの6名の音域表(各自微妙に違う)を見ながら作曲をしていくうちに、如何にこの6声であることが有効かわかってきた。つまり通常コーラスは4声部で描くことが多いが、6声だと3声ずつ2グループにできること、カウンターテナーの低域での音量などの問題が出た時の補強、ハーモニーの時の微妙なバランスを取る時などの他、各パートが自由に動ける、または休めるなど多くの利点があった。

だが最大の強みは彼らが単に歌うだけのグループではなく、信頼し合い響き合うFamilyのような絆と人としての知性なのではないか、と僕は思った。

12月に初演される予定だが、その時2022年がどういう年であったか、そして新しい年はどういう年になるのか?彼らの歌を聞きながら思いを馳せたい。

久石譲

(ザ・キングズ・シンガーズ 2022 日本ツアープログラムブック より)

 

 

Q.
久石譲さんに委嘱をされたということですが、作曲を依頼された経緯を教えてください。

A.
私たちメンバーは皆子供の頃、久石譲さんの音楽(スタジオジブリのアニメや映画)を聴いて育ちました。この音楽は世界中で愛され、今尚、無数の人々をインスパイアしています。私たちも人々と同じく久石さんの音楽を知っていたのです。2017年、創設50周年記念でニコ・ミューリー(1981-)に委嘱を依頼し、ケンブリッジ大学キングズ・カレッジのチャペルで委嘱作品を初演しましたが、それはとても素晴らしかったです。ニコが初演のために渡英した際、久石さん、およびチームと娘の麻衣さんを紹介してくれたのです。その後チームと麻衣さんとはお友達として時々会う中で、お互いの音楽や技巧などについて相互に敬意を持っていきました。その後私たちは『Finding Harmony』というプロジェクトを立ち上げました。人間が何世紀にも渡り、音楽を通して苦しい時も嬉しい時も分かち合える、癒しのパワーがあるというものです。このようなテーマの楽曲をどんな作曲家に書いてもらうかを考えた時、私たちは久石さんを思い浮かべました。久石さんの音楽は人々を繋げる力と共に、幸せな気持ちになるだけでなく癒しの力もあるからです。2020年の来日はコロナ禍でキャンセルされましたが、久石さんは委嘱を快諾して下さり、晴れて今年の12月の日本公演で世界初演できることになりました。とてもご多忙なスケジュールの合間に時間を見つけて作曲してくださったのです。さらに久石さんがはじめてアカペラ・グループ用に作曲することになった曲でもあります。作品のタイトルは「I was there」。ニューヨークで起きた9.11同時テロ事件の犠牲者、3.11東日本大震災の犠牲者、コロナ禍の犠牲者達が、最後の瞬間に何を考え、何を望んだのかということを犠牲者によるメッセージや手紙などから感じて音楽で表現しています。この作品はミニマリズム*(注釈)なスタイルで書かれていますが、久石さんは近年このスタイルを作曲に取り入れていらっしゃいます。私たちもレコーディングを行った際にこのスタイルがとても気に入り、また多くを勉強させていただきました。久石さんのカラーがふんだんに取り入れられたこの新曲がまさに私たちのために書かれた曲だと強く感じました。私たちは、歌うほどにこの作品に引き込まれ、新たなスタイルに大変魅了されています。今回久石さんやスタッフさんと新たなコラボレーションが実現することを私たちは心待ちにしていました。本日初めてこの曲を歌うにあたり、久石さんへの正義感と尊敬の意を示すことができれば嬉しく思います。ここが始まりの地となり、今後たくさんこの曲を歌うことができる事を願っています。

(ジュリアン・グレゴリー)

注釈)*完成度の追求のために必要最小限まで省略する表現スタイル(または様式)。日本国内では、「シンプル・イズ・ベスト」という格言も生まれた。(Wikipediaより一部引用)

(ザ・キングズ・シンガーズ 2022 日本ツアープログラムブック より抜粋)

 

 

ザ・キングズ・シンガーズ
The King’s Singers

1968年、ケンブリッジ大学のキングズ・カレッジの学生6人によって結成。その比類ない音楽性と機知に富んだステージ・パフォーマンスで、デビュー後瞬く間にイギリス音楽界でトップ・アーティストに昇りつめる。国際的にも人気を博し、デビューして50年近く経った今に至ってもアメリカ、アジア、オーストラリア、南米各国など世界中でコンサートを行って毎年100万人以上の観客を動員し、世界最高のヴォーカル・アンサンブルとして評価を不動のものとしている。

レパートリーは通算で2000曲以上にも上り、そのジャンルも中世のマドリガルからルネッサンス、古典歌曲から現代、そして世界の民謡やジャズ・ポップスなど幅広い。また、これまでにベリオ、リゲティ、ペンデレツキ、武満徹、ウィテカーなど各時代を代表する現代作曲家が200を超える作品を捧げてきた。

教育・育成活動にも力を入れており、レジデント・アンサンブルを務めるロンドン大学で夏のマスタークラスを定期的に行っているほか、ザ・キングズ・シンガーズ財団の助成により新進作曲家を対象とした聖歌の作曲コンクールを開催し、入賞者にケンブリッジ大学のキングズ・カレッジ・チャペルにて発表の機会を提供するなど若手音楽家への支援を行っている。

録音も数多く、中でも2009年にシグナム・クラシックよりリリースされたアルバムで、また2012年にはユニバーサル=デッカによるウィテカー作品「ライト・アンド・ゴールド」のCDでグラミー賞を2度受賞した。また、今でも世界各国でチケットが続々完売し公演が激賞され続けていることが評価され、英国の権威グラモフォン誌の殿堂入りアーティストに選ばれている。

今回は2019年の特別公演以来の3年ぶりの来日。

(コンサートフライヤー/日本ツアープログラムブック より)

 

 

レビュー

約8分半の作品。アカペラ6声部のための楽曲。久石譲による楽曲解説(「」)をもとにレビューする。「”I Want to Talk to You”(2020年作曲)に続く英詞作品の第2弾である」、とても雰囲気の近い作品といえる。同じ作曲手法による連作とみれるほどと感じた。

「繰り返される”I was there”という言葉とメロディーはミニマル的なズレを生じさせながら、徐々に変容していき、日本語の言葉も登場する。作詞はMAIで”I was there”と関連用語だけにした。」とある。”I was there”を基本とする短い歌詞とその言葉を乗せる基本モチーフがミニマルに折り重なっていく。主旋律や生まれるハーモニーは厳かでまるでグレゴリオ聖歌のような神聖さを感じる。”I was there, I will be there, I should be there”などと関連用語に変容していく。”私はそこにいた”(そのままの歌詞引用ではない/ツアーブックふくめ歌詞未収載)といった日本語に置き換えた関連用語も登場する。さらに、6声部の効果を発揮して英詞と日本詞が同時に交錯するところがある。演出や響きの妙としてとても魅力的に惹きこまれた。

「かなりの長さが必要なこと、重いテーマであること、The King’s Singersの爽やかなコーラスには合わないことを考慮してタイトルだけ残し、音の構成に重点を置いて、約8分半の楽曲として作曲した。」とある。この作品は、ポップスや歌曲のような構成(Aメロ,Bメロ,サビ)をとっていない。第1主題・第2主題・展開部・再現部というように、いくつかのモチーフや展開が絡み合う構成をとっている。ノンビブラートによる歌唱は、雲間から薄く射しこめる光の層のようにまっすぐに伸びる。それがまた感情移入をこばむ俯瞰さをもち、一歩引いた、あるいは上から眺めているのかもしれない。I Want to Talk to You作品の弦楽オーケストラ版もノンビブラート奏法であり、クラシックの手法と現代的アプローチは一貫している。

「つまり通常コーラスは4声部で描くことが多いが、6声だと3声ずつ2グループにできること、カウンターテナーの低域での音量などの問題が出た時の補強、ハーモニーの時の微妙なバランスを取る時などの他~」とある。音楽3要素のメロディ・ハーモニー・リズムを充実して構成できる編成といえる。カウンターテナー×2+テノール+バリトン×2+バス。旋律やミニマルから生まれるリズムとは別に”トゥー、ルッ、ルッ、ルッ”といったリズム的役割をもったパートがふんだんに盛り込まれている。ここからみても、I Want to Talk to You作品が弦楽四重奏ではなく弦楽オーケストラ版および合唱版として存在していることとつながりが見えてくる。I was there作品もまた弦楽オーケストラ版にリコンポーズすることは可能であろうし元より構想にあるのかもしれない。さらには、将来誕生するかもしれない交響作品の一楽章として組み込む可能性をも秘めていると感じる。それほどまでに骨格の強い、今の久石譲のアプローチが如実に反映されている。

もう一度戻る。「かなりの長さが必要なこと、重いテーマであること、The King’s Singersの爽やかなコーラスには合わないことを考慮してタイトルだけ残し、音の構成に重点を置いて、約8分半の楽曲として作曲した。」とある。タイトルと音の構造だけにフォーカスして約8分半の楽曲にまとめた、とも受け取ることができる。かなりの長さをもった重いテーマの作品はまた別に誕生するのかもしれない。そのとき同じテーマに息づくI was there作品が一部分となるのか、あるいは全く新しい長大作品となるのか、とも受け取ることができる。

久石譲楽曲解説からの振り返りはここまで。公演はすべて日本語MCで行われた。初めと終わりの挨拶程度ではない、3曲おきのMCは全メンバー交代でipad原稿を見ながら流暢に聞き取りやすいローマ字日本語の発音、その姿勢にただただ感動する。久石譲楽曲については、上記ツアープログラム内容と重複するが、「苦難を表現、その向こう側にたどり着く人間の強さ」という紹介があった。これは、久石譲とザ・キングズ・シンガーズどちらの発言に由来するかは不明だが、お互いやりとりするなかで出てきた言葉であろうことは想像できる。曲を受け取る助けになる。

ザ・キングズ・シンガーズのファンがつめかけた日本ツアーにおいて、各公演のSNS評判もよく、長く歌われてほしいという声もあった。アーティストのファンからも好評だったということは、グループの魅力を発揮できている曲という証であるし、楽曲そのものに新鮮や美しさの佇まいがあったということ、とてもうれしい。これから世界中で歌われること、これから久石譲作品として発展していくこと、つよく期待している。この作品はいろいろなかたちで触れる機会が訪れるかもしれない、つよく楽しみにしている。

 

 

日本ツアーの詳細、久石譲とのリハーサル風景動画、久石譲とのバックステージ写真などはこちらにまとめている。

 

 

2023.03.27 追記

放送内容も記した。

 

 

2023.09.22 追記

ギングズ・シンガーズのアルバム『ワンダーランド』にセッション録音で音源化された。

 

 

 

Disc. 久石譲 『Shaking Anxiety and Dreamy Globe for Two Violoncellos』 *Unreleased

2022年12月9日 初演

 

2022年12月9日開催「現代室内楽の夕べ 四人組とその仲間たちコンサート2022」にて初演。第28回を迎えるコンサート・シリーズのゲスト作曲家として久石譲出演、当日はステージトークも行われた。またコンサートの模様はYouTubeにてLIVE無料配信され、過去シリーズふくめアーカイブ視聴も提供されている。

 

 

プログラムノート

◆久石譲:《揺れ動く不安と夢の球体》 2台チェロのための
“Shaking Anxiety and Dreamy Globe” for Two Violoncellos

原曲は2012年、Hakujuギターフェスタ委嘱作品として作曲した。ギターの開放弦を使ったリズミックな楽曲に仕上がり、2014年には僕が企画する現代の音楽シリーズ Music Future Vol.1 においてマリンバ2台のためにRe-Composeした。

そして2022年知り合いの西村朗氏よりこの由緒ある会への作曲の機会をいただき2台のチェロの曲を書こうと張り切っていたのだが、パンデミックのために延期されてきた海外のコンサートが再開し、チェコ・フランスツアー、北アメリカツアー、ニューヨークのRadio City Music Hall(6000人×5日間)などを行なっていくうちにコロナに感染。かなりの作曲依頼を抱えていたが全てに遅延が生じて作曲が間に合わなくなった。この会への参加も断念せざるを得ないと考えたが、特にヨーロッパで人気の若手グループ”2 Cellos”の演奏を聞いて本楽曲を再びRe-Composeするアイデアが浮かんだ。しかし時間がなかったこと、新たなアイデアがいることなど考慮し、最も信頼する作曲家長生淳氏に編曲を依頼した。チェロの開放弦を利用することなど打合せした上で彼に全て任せた。

そして仕上がった楽曲は別の楽曲に生まれ変わり、躍動感あふれるミニマルの反復と複雑な変拍子を用いた原曲の構成はさらに立体的に、そして人間的になったと僕は考えている。

曲名は、アメリカの詩人ラッセル・エドソン (1935-2014) が生命の宿る瞬間を表現した一節による。

[久石]

(曲目解説PDF「オンラインプログラム日本語」より 抜粋)

 

 

初演:2022年12月9日 東京文化会館
演奏:古川展生(チェロ)、富岡廉太郎(チェロ)

 

本公演についての詳細、動画配信、特別対談などについて

 

 

About 久石譲:揺れ動く不安と夢の球体

Shaking Anxiety and Dreamy Globe
[2台ギター版] *
初演:2012年8月19日 Hakujuホール
演奏:荘村清志、福田進一
[2台マリンバ版]
2014年9月29日 よみうり大手町ホール
演奏:神谷百子、和田光世

 

 

 

Disc. 久石譲 『久石譲 presents MUSIC FUTURE VI』

2022年11月23日 CD発売 OVCL-00795

 

久石譲主宰 Wonder Land Records × クラシックのEXTONレーベル
夢のコラボレーション第6弾!未来へ発信するシリーズ!

久石譲が“明日のために届けたい”音楽をナビゲートするコンサート・シリーズ「ミュージック・フューチャー」より、アルバム第6弾が登場。”現代の音楽”を堪能する極上のプログラムと銘打たれた2021年のコンサートのライヴ録音です。北欧エストニアの作曲家レポ・スメラとアルヴォ・ペルト、アメリカの作曲家ブライス・デスナーとニコ・ミューリー、そして久石譲の作品から、多種多様な「リズム」の楽しさを発見することができることでしょう。日本を代表する名手たちが揃った「ミュージック・フューチャー・バンド」が奏でる音楽も、高い技術とアンサンブルで見事に芸術の高みへと昇華していきます。EXTONレーベルが誇る最新技術により、非常に高い音楽性と臨場感あふれるサウンドも必聴です。「明日のための音楽」がここにあります。

ホームページ&WEBSHOP
www.octavia.co.jp

(CD帯より)

 

 

アルバムに寄せて 松平 敬

「継続は力なり」という言葉がある。常套句と言ってもよいほどによく知られたこの言葉をいきなり投げかけられても、「何を今さら」と感じる人がいるかもしれない。しかし、実際に何かを長年続けてきた人こそが、この言葉の本当の重みを実感を込めて感じることができるだろう。その中には当然、本ディスクの主人公、久石譲も含まれるはずだ。

さてこのディスクは、久石譲がプロデュースするコンサート・シリーズ「MUSIC FUTURE」の最新のライヴ録音を収めたもので、本盤が6作目のアルバムとなる。コンサートそのものは、初回の2014年から年1度のペースで行われており、(少しややこしくなるが)ここに収められたのは2021年10月の8回目のコンサートになる。

何らかのコンサート企画を継続していくことは本当に大変だが、それがこのコンサート・シリーズのコンセプトである「世界の最先端の”現代の音楽”を紹介する」内容となると、そのハードルはさらに高くなる。例えばあるコンサートで5曲演奏するとして、その5曲を選ぶために、その何倍もの候補曲を検討しなくてはならないことは容易に想像できるだろう。そして、このようなプロセスを毎年続けなくてはならないのだ。企画のマンネリ化を避けつつ良い作品を見つけ出すためには、常に世界中にアンテナを張り巡らせておかなくてはならない。これらのことから逆算すれば、プロデューサーである久石譲の本企画にかける熱意が並々ならぬことも理解できるだろう。特に今回のコンサートは、コロナ禍の只中に行われ、それまで予想できなかった更なる制約がコンサート運営を困難にしたはずであるが、そうした状況にもかかわらずコンサート会場へ駆け付けた多くのファンに熱気に影響されてか、演奏そのものも、いつも以上に熱のこもったものとなっている。

今回のディスクで特徴的なのは、アルヴォ・ペルト、レポ・スメラというエストニア出身の二人の作曲家が取り上げられていることだ。MUSIC FUTUREではこれまで、ミニマル・ミュージックを切り口として数多くの作品が紹介されてきたが、そのプログラムの多くを占めるのは、ミニマル・ミュージックの開祖というべきライヒ、グラスなど、アメリカ人作曲家による作品である。そこから遠く離れた北欧のエストニアは、ミニマル・ミュージックと一見イメージが結びつきにくい。しかし、作品を実際に聴けばそのつながりは明らかである。特に、日本ではほとんど無名と言ってもよいスメラのピアノ曲『1981』における、さりげなく入り組んだリズム構造をノスタルジックな響きと交錯させるアイデアが興味深い。

エストニアの2作品での静謐な音調に対し、残りの収録曲では、作品ごとに異なるリズムへのアプローチが面白い。

ニコ・ミューリー作品では、頻繁に休符が挟まれることで生まれるリズムの不規則性が、独特なグルーヴ感を生み出す。ブライス・デスナー作品では、アメリカの古い大衆音楽から発想されたリズムが、その土臭さを保ったままカラフルなオーケストレーションによって展開される。そして、このコンサートが初演となった久石譲の『2 Dances for Large Ensemble』は、そのタイトルからリズムへのこだわりが明らかだ。第1楽章は、いきなり前のめりなリズムから始まるが、それに輪をかけるような超高速パッセージが頻出するなど、演奏者には極めて高度な演奏能力と集中力が求められる。ほとんど演奏不可能にも思える複雑なスコアを圧倒的なテンションえ演奏してしまうMusic Future Bandの超絶技巧は、本ディスク最大の聴きどころである。ところで、このような作品が生まれた背景には、奏者に対する作曲家からの絶対的な信頼がある。そしてその信頼感を培ったのは、このコンサート・シリーズでの長年の共演経験である。これこそまさに「継続は力なり」であろう。

(まつだいら・たかし)

(CDライナーノーツより)

 

 

曲目解説

久石譲:2 Dances for Large Ensemble

「2 Dances for Large Ensemble」は2020年12月9日から東京近郊の仕事場で作曲をスタートした。11月の後半にMUSIC FUTURE Vol.7が行われ好評を得た後である。その時の作曲ノートには「2楽章形式で約22分、Rhythm Main」と書いている。ほとんどその通りに作品はできたのだが、大きく違う点がある。元々のアイデアは2管編成約60人を想定していた楽曲だった。

2020年12月はまだ新型コロナ禍の真っ只中にいた。舞台上の蜜を避けるためオーケストラの3管編成、約90人の楽曲はほとんど演奏できない状況にあった。つまり、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスはできるが、マーラー、ブルックナーなどの後期ロマン派や20世紀前半の作品、例えばプロコフィエフ、ショスタコーヴィチなどは全く演奏できない状況にあった。「現代の音楽」を演奏したいと考えている僕としては、懸命にその編成でできる楽曲を探したのだが、ほとんどない有様だった。そこで2管編成で演奏できる楽曲、このようなパンデミックの状況でも演奏できる楽曲を作ろうというのがそもそもの発想だった。

僕は日記のように毎日作った楽曲を、あるいは途中経過をコンピューターに保存しているので、楽曲の成立過程を簡単に見ることができる。2 Dancesは12月はら翌2021年1月の中旬までかなり集中して作っていたのだが、その後飛び飛びで行った形跡はあるが、だいぶ飛んで8月の中旬からまた集中して作曲している。これは交響曲第2番と第3番を締切の関係で先に作らなければならなかったことやコンサートなど他のことをするため一時中断したということである。ちなみに2020年から2021年にかけて2つの交響曲を書いたことは本当に嬉しいことであり、ある意味奇跡的なことでもある。少なくとも僕にとって。MUSIC FUTUREに向けて仕上げることは春先に決めていたように思われるが、そういう曖昧に考えたことなどは残念ながらコンピューター上には残らない。

「2 Dances for Large Ensemble」はダンスなどで使用するリズムを基本モチーフのようにして構成している。そのため一見聴きやすそうだが、かなり交錯したリズム構造になっているため演奏は難しい。これはMFB(Music Future Band)の名手たちへの信頼があって初めて書けることである。また使用モチーフを最小限にとどめることでリズムの変化に耳の感覚が集中するように配慮したつもりである。またMov.2では19小節のかなりメロディックなフレーズが全体を牽引するが、実はそこにリズムやハーモニーのエッセンスが全て含まれている。その意味では単一モチーフ音楽=Single Musicといえる。

最後に2 Dancesはダンスのリズムを使用した楽曲であるが、これで踊るのはとても難しいと思う。もし踊る人がいたら、僕は、絶対観てみたい。

久石譲

 

レポ・スメラ:1981 from “Two pieces from the year 1981”

「1981」は、エストニアの作曲家レポ・スメラ(1950-2000)の最も有名なピアノ曲「1981年から2つの小品」の第1曲で、「The Piece from the Year 1981」と題されることもあります。世界初演は、1981年3月15日にエストニアのタリンで、ケルスティ・スメラによって演奏されました。第2曲は「Pardon, Fryderyk!」。このピアノ曲はこれまで2千回以上、世界中で演奏されている作品であり、トム・ティクヴァ監督のドイツ映画『プリンセス・アンド・ウォリアー(原題:Der Krieger und die Kaiserin)』のサウンドトラックとして起用されたことでも知られています。

 

ブライス・デスナー:Murder Ballades

ああ、私の話を聞いてください、嘘は言いません。
ジョン・ルイスがどのようにして可哀想なオミー・ワイズを殺したか。

マーダー・バラッドとは、ヨーロッパの伝承をルーツにした、血なまぐさい殺人事件を歌で語る曲のスタイルです。この伝承はのちにアメリカに伝わり、独自のものとして発展しました。デスナーはこれらのバラッドの魅惑的な旋律、暴力的なストーリー、演奏スタイルからインスピレーションを得て、オリジナルの作品を作りました。「Omie Wise」、「Young Emily」、「Pretty Polly」は、古典的な曲からヒントを得た曲。一方、「Dark Holler」は、デスナー自身によるメロディで、クローハンマー・バンジョーをイメージしたサウンドで描かれています。「Brushy Folk」は、南北戦争時代のマーダー・バラッドやフィドルをもとにした曲。「Wave the Sea」「Tears for Sister Polly」は、アメリカ音楽が持つ奇妙な側面、そしてその奥深さから紡ぎ出されたオリジナル作品です。

ブライス・デスナー(1976-)は、作曲家、エレクトリック・ギタリスト、芸術監督として活躍し、作品にはバロック音楽や民俗音楽、後期ロマン主義やモダニズム、ミニマリズム、ブルースなどを取り入れています。今回の「Murder Ballads」は、アメリカの室内楽アンサンブルのエイト・ブラックバード(eight blackbard)とルナパークから委嘱を受け、2013年4月5日にオランダのアイントホーフェン音楽堂で初演されました。

brycedessner.com

 

アルヴォ・ペルト:Fratres for Violin and Piano

「Fratres」(ラテン語で「兄弟」の意)は1977年に作曲され、ティンティナブリ様式の音楽が認められてから膨大に生み出された作品の一つです。この曲は当初、さまざまな楽器で演奏可能な、決まった楽器編成のない3パート構成の音楽として作曲され、1977年にペルトの同志である古楽器グループ、ホルトゥス・ムジクスによって初演されました。

「Fratres」はまた、ソロ楽器のためのバリエーションを加えた曲としても編曲されています。その中で最初となるのが、ザルツブルク音楽祭の委嘱を受け、ヴァイオリンとピアノのために書かれたもので、1980年の同音楽祭において初演されました。(今回演奏されるのはこのバージョンです。)

構造的には、繰り返される打楽器のモチーフで区切られた変奏曲となっています(打楽器のない編成の場合は、ドラムのような音を模倣します)。曲全体を通し、異なるオクターブから始まって繰り返されるテーマが聞こえてきます。徐々に動く2つのメロディラインと、短三和音の音符上を動くティンティナブリの主声部による3つの声部をはっきりと認識することができます。また、全体を通し、響くような低いドローンを伴っています。高度な技術を要する独奏楽器のパートが、繰り返される3部構成のテーマに新たなレイヤーを加え、変化する要素と不変の要素によるコントラストが強調されます。アルヴォ・ペルトの曲は一見シンプルに聞こえますが、声部の動き、メロディやフレーズの長さ、拍子の変化など、厳格な数学的な法則によって支配されています。

Arvo Pärt Center

 

ニコ・ミューリー:Step Team

ステッピング(Stepping)は、声だけでなく全身を使う軍隊を模したダンスです。高度な振り付けと正確さが必要とされますが、表現の自由度が高く、そのため多くのエネルギーを要します。

この曲はシカゴ交響楽団のMusicNOWのために作曲したものですが、あまり繊細にせず、点描画的な手法を避け、9人の奏者が一つのチームとして機能することで単一のリズムを刻みます。シカゴ交響楽団がニューヨークに来るたび、金管楽器によるステーキハウスのような重厚なサウンドに感銘を受けていたので、この曲ではバス・トロンボーンをハーモニーや叙情的な素材のガイド役として起用しています。

曲のある時点で、リズミカルなユニゾンが崩れ始め、個々の奏者やグループがパルスに対して遅くなったり、速くなったりします。一方、バス・トロンボーンは、セクション間の変化を告げる統一的な役割を担っています。散漫なパルスに続き、金管セクションは他の楽器を整列させるよう導きます。そして、バス・トロンボーンとピアノのデュエットは他のプレーヤーによる装飾を伴いながら幕を閉じます。

Nico Muhly

 

※曲目解説は、2021年10月8日 MUSIC FUTURE Vol.8プログラムノートより転載

(CDライナーノーツより)

 

 

補足)収載にあたりコンサートパンフレットから一部の添削・修正がされています。文章的なもの。それもふまえてここではCDライナーノーツのほうを掲載しています。

 

 

ミュージック・フューチャー・バンド
Music Future Band

2014年、久石譲のかけ声によりスタートしたコンサート・シリーズ「MUSIC FUTURE」から誕生した室内オーケストラ。現代的なサウンドと高い技術を要するプログラミングにあわせ、日本を代表する精鋭メンバーで構成される。

”現代に書かれた優れた音楽を紹介する”という野心的なコンセプトのもと、久石譲(1950-)の世界初演作のみならず、ミニマル・クラシックやポストクラシカルといった最先端の作品や、日本では演奏機会の少ない作曲家を取り上げるなど、他に類を見ない斬新なプログラムを披露している。これまでに、シェーンベルク(1874-1951)、ヘンリク・グレツキ(1933-2010)、アルヴォ・ペルト(1935-)、スティーヴ・ライヒ(1936-)、フィリップ・グラス(1937-)、ジョン・アダムズ(1947-)、デヴィット・ラング(1957-)、マックス・リヒター(1966-)、ガブリエル・プロコフィエフ(1975-)、ブライス・デスナー(1976-)、ニコ・ミューリー(1981-)などの作品を取り上げ、日本初演作も多数含む。”新しい音楽”を常に体験させてくれる先鋭的な室内オーケストラである。

(CDライナーノーツより)

 

 

 

本盤は、シリーズで初めてコンサート・プログラムの全作品が収録されている。

 

 

「久石譲:2 Dances」のことは、ふたつのレポートでわりとたっぷり語っている。この作品は本盤収録のアンサンブル版とのちに初披露されたオーケストラ版とがある。どちらも初演時コンサートライブ配信が叶い、時間をおいてプログラムから抜き出したこの作品のコンサート映像が久石譲公式チャンネルより公開されている。その案内も下記にまとめている。

ライブ配信の映像および音質のクオリティはすこぶる高い。それだけで満足にたる。が、やはり音源として仕上げられた本盤の録音品質には敵わない。ライブらしい臨場感とパフォーマンスに、精緻を極めた音の配置、バランス、生き生きとした鋭い音像。心ゆくまで堪能したい。

 

 

 

 

久石譲
Joe Hisaishi (1950-)
2 Dances for Large Ensemble (2021) [世界初演]
1. 1 How do you dance?
2. 2 Step to heaven

レポ・スメラ
Lepo Sumera (1950-2000)
3. 1981 from “Two pieces from the year 1981” (1981)

ブライス・デスナー
Bryce Dessner (1976-)
Murder Ballades for Chamber Ensemble (2013) [日本初演]
4. 1 Omie Wise
5. 2 Young Emily
6. 3 Dark Holler
7. 4 Wave the Sea
8. 5 Brushy Fork
9. 6 Pretty Polly
10. 7 Tears for Sister Polly

アルヴォ・ペルト
Arvo Pärt (1935-)
11. Fratres for Violin and Piano (1977/1980)

ニコ・ミューリー
Nico Muhly
12. Step Team (2007) [日本初演]

久石譲(指揮)
ミュージック・フューチャー・バンド
西江辰郎(バンドマスター、ソロ・ヴァイオリン 11)
鈴木慎崇(ソロ・ピアノ 11)

2021年10月8日 東京・紀尾井ホールにてライヴ収録

 

JOE HISAISHI presents MUSIC FUTURE VI

Conducted by Joe Hisaishi
Performed by Music Future Band
Live Recording at Kioi Hall, Tokyo, 8 Oct. 2021

Produced by Joe Hisaishi
Recording & Balance Engineer: Tomoyoshi Ezaki
Assistant Engineers: Takeshi Muramatsu, Masashi Minakawa
Mixed and Mastered at EXTON Studio, Tokyo

and more…

 

Disc. 久石譲 & 新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ 『Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021』

2022年7月20日 CD発売 UMCK-1715

 

久石譲 & 新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ
交響組曲「もののけ姫」

Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021
Joe Hisaishi & New Japan Philharmonic World Dream Orchestra

交響組曲もののけ姫
20年以上の時を経て蘇る

(CD帯より)

 

 

解説

久石譲が音楽監督を務める新日本フィルハーモニー交響楽団ワールド・ドリーム・オーケストラ(以下、W.D.O.)は、2004年の結成以来、これまで数多くの名演を繰り広げてきた。そのどれもが忘れがたく、観客に熱い感動を与えてきたが、こと2021年の活動に限って言えば、「不条理との戦い」の一言に尽きるかと思う。オーケストラが置かれた社会的な状況という意味においても、また、公演で披露した演奏曲という意味においても。

結成10周年を迎えた2014年以降、W.D.O.は毎年夏にコンサート・ツアーを開催してきたが、2020年は(当初予定されていた)東京オリンピックのために演奏会場の確保が困難になると予想され、かなり早い段階でツアー開催の見送りが決まっていた。結果的に、2020年は新型コロナウィルスのパンデミックが猛威を振るっていた1年だったので、たとえ会場が見つかったとしても開催は不可能だった。問題は翌年の2021年である。

日本国内の感染状況とワクチン接種状況にあまり詳しくない海外のリスナーのために少し説明しておくと、2021年2月の段階でワクチン接種(1回め)は医療従事者などごく一部に限られ、一般人の接種時期はそれから数カ月後になりそうな状況であった。クラシックの演奏会に関して言えば、すでに2020年半ばから開催可能となっていたが、観客数を大幅に減らしたり、あるいはオーケストラの演奏曲目も2管編成を越えない程度の規模に限定したりするなど、さまざまな制約を余儀なくされる状態が1年近く続いていた。しかも、感染拡大状況に応じて日本政府から緊急事態宣言が発令された場合、その時点で予定されていた該当地域の演奏会はほぼすべて中止になる。そんなリスクを抱えながらも、演奏活動の火を絶やさないため、関係者が日夜努力を惜しまぬ状況が続いた。

こうした中、2021年1月から東京都を含む地域で約2ヶ月半継続していた緊急事態宣言が同年3月に解除されたことを受け、久石とW.D.O.は2年ぶりとなるツアー開催を決断し、4月21日から京都、神戸、東京の3都市でコンサートを開催することになった。ところがツアー開始後、大都市圏における変異株急増が深刻化し(日本国内でのいわるゆ第4波)、4月25日から緊急事態宣言(日本国内では3回目)が発令されることになった。W.D.O.が予定していた3回の東京公演のうち、辛うじて4月24日の公演は開催に漕ぎ着けることが出来たが、25日と27日の公演は会場そのものが臨時休館という形で閉鎖されたため、有観客演奏はもちろんのこと、無観客演奏による収録・配信も不可能になった。W.D.O.始まって以来のツアー中断という異例の事態。久石も、オーケストラの団員も、公演を支える関係者も、そして言うまでもなく観客も、誰もが不条理を感じていたに違いない。とりわけ、不条理を描いた『もののけ姫』の音楽を含むプログラムを用意していた今回のツアーにおいては。

タタリ神との闘いによって死の呪いを受けることになったアシタカは、不条理な運命を背負うことになった存在である。山犬に育てられ、もののけ姫として生きることを余儀なくされたサンも、やはり不条理な存在である。パンデミックの不条理とは若干異なるかもしれないが、不可抗力の事態によって生き方を変えることを余儀なくされたという意味においては、少なくとも2021年当初の我々がごく自然に共感できたキャラクターである。戦いに明け暮れる『もののけ姫』の中世であれ、パンデミックに苦しむ2021年であれ、人間が置かれている状況は、実はそれほど違っていない。だからといって、不条理な運命を悲しんでいるだけでは何も変わらない。いや、変わらないどころか、消滅してしまうだろう。だから、不条理と向き合い、戦わなければならない。『もののけ姫』の有名なキャッチコピー「生きろ。」も、おそらくそういう意味ではないかと思う。

久石が『もののけ姫』の作曲(より正確にはイメージアルバムの制作)に着手してから、すでに四半世紀以上の時間が経過しているが、今回のツアーで初めて披露された《Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021》に到るまで、久石がしばしば『もののけ姫』の交響組曲に取り組んでいるのは、『もののけ姫』という映画とその音楽が、「不条理と戦いながら生きる」という人間の本質をきわめて直截に表現しているからではないだろうか? わかりやすく言うと、我々が不条理な世の中に生きている以上、『もののけ姫』を繰り返し演奏していかなければならない。単に宮﨑駿監督の映画のために書かれた音楽という次元を越え、我々自身のことを描いている音楽だからである。そうした意味において、《Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021》は四半世紀以上にわたって取り組んできた久石のライフワークの、現時点における到達点と言えるだろう。

『もののけ姫』の最後に演奏される〈アシタカとサン〉の晴れやかな音楽のように第4波の猛威がようやく落ち着き、2021年6月下旬に緊急事態宣言が解除されたことを受け、開催中止を余儀なくされたW.D.O.の4月25日と27日の振替公演が7月25日と26日にようやく実現した。本盤に聴かれる《Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021》《Asian Works 2021》《World Dreams 2021》は、その時の演奏を収録したものである。

言わずもがなだが、本盤は久石とW.D.O.が向き合わざるえを得なくなった、パンデミックの不条理の単なる記録ではない。2022年、別の不条理が世界を覆っている現在にこそ聴かれるべきアルバムだ。不条理と戦いながら、夢を追って生きていく人間たちへの讃歌ーーW.D.O.というプロジェクトに込めた久石の意図が、これほどまでにリアルに感じられる時代はないからである。

 

 

楽曲解説

Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021

タタリ神によって死の呪いをかけられた青年アシタカは、呪いを解くために西の地に向かい、タタラ場の村に辿り着く。そこでアシタカが見たものは、エボシ御前が率いる村人たちが鉄を鋳造するため、神々の森の自然を破壊している姿だった。さらにアシタカは、森を守るためにタタラ場を襲う”もののけ姫”サンの存在を知る。サンと心を通わせるうち、アシタカは人間と森が共生できる道が存在しないのか、苦悩し始める……。宮﨑駿監督が構想16年、製作日数3年を費やした『もののけ姫』(1997)は、作曲家としての久石にとっても大きなターニングポイントとなった最重要作のひとつである。映画公開の約2年前から作曲に着手した久石は、宮﨑監督の世界観を余すところなく表現すべく、大編成のシンフォニー・オーケストラ、シンセサイザー、邦楽器や南米の民俗楽器など、ありとあらゆる手段を投入してサウンドトラックを完成させ、当時の日本映画の制作現場では珍しかった5.1チャンネルの音楽ミックスにも初めて挑んだ。映画さながらの総力戦である。このような成り立ちゆえ、サウンドトラックはそのままの状態では演奏不可能なので、久石は常設の交響楽団で演奏可能な全8楽章の交響組曲を新たに作り上げ、1998年7月、すなわち『もののけ姫』公開1周年を記念する形でアルバム『交響組曲 もののけ姫』(1998年版)を発表した。それから18年後、宮﨑監督作品の音楽を交響組曲化していくプロジェクトの第2弾といて、1998年版の組曲を大幅にブラッシュアップしたヴァージョン(2016年版)が2016年W.D.O.公演で初披露された。1998年版と2016年版の大きな違いは、1998年版に含まれていなかった〈コダマ達〉が追加され、さらにオーケストラの響きを出来るだけサウンドトラックの印象に近づけるべく、オーケストレーションそのものが大幅に見直された点などを挙げることが出来る。この2016年版をさらに改訂したものが、本盤に聴かれるヴァージョン(2021年版)である。2016年版に含まれていなかった映画終盤のクライマックスの音楽、すなわち「世界の崩壊」を表現した楽曲群を追加することで、宮﨑監督がこの映画に込めた「破壊と再生」というテーマが音楽だけではっきり伝わるようにしたこと、歌詞を聴き取りやすくするために主題歌〈もののけ姫〉のキーを下げたこと、さらに久石が海外で指揮しているコンサート「Music from the Studio Ghibli Films of Hayao Miyazaki」のためのオーケストレーションが採り入れられたことなどが、今回の改訂の大きなポイントとなっている。以下に、組曲を構成する各楽曲を解説する。

まず「むかし、この国は深い森におおわれ、そこには太古からの神々がすんでいた。」というタイトルと共に始まるオープニングの音楽〈アシタカ𦻙記(せっき)〉。あたかも古代の詩人が雄大な叙事詩を語り始めるような荘重な面持ちで奏でられるこのテーマは、映画本編の中で主人公アシタカを象徴するテーマとして何度も登場することになる。

続いてタタリ神とアシタカが死闘を繰り広げるシーンで流れる〈タタリ神〉。無調音楽のように敢えてメロディアスな要素を排除することで、タタリ神の持つ凶暴性を見事に表現したテーマだが、日本の伝統文化になじみの薄い海外のリスナーが聴くと、日本古来の祭の音楽、すなわり”祭囃子”にインスパイアされたダイナミックなオーケストレーションに驚かれるかもしれない。この”祭囃子”は、タタリ神がかけられた呪い(その呪いは実は人間に対する憎しみに由来する)が何らかの形で鎮めなければならない超自然的存在、すなわち厄災をもたらす神であるということを暗示している。

次の〈旅立ち~西へ〉は、タタリ神を倒した代償として死の呪いを受けたアシタカが、大カモシカのヤックルに跨り、呪いを解くために西の地に向かうシーンの音楽。ここでメインテーマ〈もののけ姫〉のメロディーが初めて登場し、アシタカが出遭うことになるサンすなわちもののけ姫の存在をほのめかす。

続いて、負傷した村人を背負って森の中を進むアシタカが森の精霊コダマと遭遇するシーンで流れる〈コダマ達〉。コダマは英語に直訳すると「木の精霊」となるが、久石は木質の打楽器や弦楽器のピツィカートを巧みに用いて”木の響き”を強調しながら、森の雰囲気を見事に表現している。

本編の物語の流れと前後するが、次の〈呪われた力〉は、アシタカの放った矢が略奪を繰り返す地侍に惨たらしい死をもたらすシーンの音楽。タタリ神の呪いは、人間に死をもたらすだけでなく、人間に超人的な能力を与えてしまう。そうしたメタフォリカルな設定を表現した音楽として、短いながらも強烈なインパクトをリスナーにあたえる楽曲である。

続く〈シシ神の森〉は、傷ついた人間に癒やしをもたらすシシ神のテーマを、ほぼフル・ヴァージョンで演奏した楽曲。ストラヴィンスキー風のオーケストレーションが、シシ神の森を覆うアニミズム的な世界観を暗示している。

そして〈もののけ姫〉は、サンの介抱によって体力を回復したアシタカが人間と森の共生をめぐり、犬神のモロの君と諍うシーンで流れる主題歌。映画全体のメインテーマであり、もののけ姫のテーマでもあるが、サウンドトラックのヴォーカル・レコーディングに立ち会った宮﨑監督はこの主題歌を「アシタカのサンへの気持ちを歌っている」楽曲と位置づけている。

次の〈黄泉の世界〉から物語終盤の音楽となり、エボシ御前によって首を討ち取られたシシ神が液状化し、巨大なディダラボッチに変容する凄まじい光景が描かれる。途中、〈もののけ姫〉のテーマの断片と〈アシタカ𦻙記〉のテーマの断片が「森は死んだ…」「まだ終わらない」というサンとアシタカのやりとりを表現する。再び、シシ神すなわちディダラボッチの凶暴な音楽に戻った後、アシタカとサンがシシ神に首を返すシーンの〈生と死のアダージョ〉となり、凄まじいクライマックスを迎える。

朝日が差すように音楽が一転すると、シシ神の消えた森に緑がよみがえり、アシタカとサンが互いの世界で生きていくことを誓い合うラストの音楽〈アシタカとサン〉となる。宮﨑監督をして「すべて破壊されたものが最後に再生していく時、画だけで全部表現出来るか心配だったけど、この音楽が相乗的にシンクロしたおかげで、言いたいことが全部表現出来た」と言わしめた名曲である。今回の組曲では、ヴァイオリンとピアノの二重奏の形でメロディが導入された後、麻衣が作詞した歌詞をソプラノ(本盤での歌唱は安井陽子)が歌う編曲となっている。

 

Merry-Go-Round 2019

荒地の魔女の呪いにより、90歳の老婆に姿を変えさせられた帽子屋の少女ソフィーと、人間の心臓を食べると噂される魔法使いハウルのラブストーリーを描いた、宮﨑駿監督『ハウルの動く城』(2004)のメインテーマ《人生のメリーゴーランド》。本盤に聴かれる演奏は、2019年のW.D.O.公演で披露されたヴァージョンで、今回が初リリースとなる。楽曲の構成自体は本編のエンドクレジットで演奏されるメインテーマのフル・ヴァージョンとほぼ同じだが、序奏を演奏するハープやテーマ旋律を導入するチェレスタ、その旋律を優雅なワルツとして演奏するアコーディオンとマンドリンなど、新たなオーケストレーションを施すことによって、映画の世界観が見事に凝縮されたヴァージョンとなっている。

 

Asian Works 2020

パンデミックの真っ只中にあった2020年、久石が手掛けた商業音楽(エンタテインメント音楽)を3つの楽章から構成される組曲としてまとめたもの。アジア地域からの委嘱という共通点を除けば、3曲のあいだに直接的な関連はないが、こうして3曲続けて聴いてみると、ミニマリストとしての久石、メロディメイカーとしての久石、エンタテインメント音楽の第一人者としての久石と、彼の3つの側面が図らずもくっきり浮かび上がってくるのが、大変に興味深いところである。

 

I. Will be the wind

LEXUS CHINAの委嘱で作曲。2020年9月、中国市場向けのプロモーション映像のための音楽として初めて公開された。作曲にあたって久石が重視したという「疾走感」がミニマリズムの反復音形と鮮やかな転調の繰り返しによって表現されているが、同時にレクサスという車種にふさわしい重量感が巧みなオーケストレーションから伝わってくる。演奏時間がわずか4分ながら、きわめてコンセプチュアルに書かれた楽曲と言えるだろう。

II. Yinglian

2020年12月にワールドプレミアを迎えた中国・香港合作のファンタジー映画『Soul Snatcher』(原題は『赤狐書生』、日本では『レジェンド・オブ・フォックス 妖狐伝説』の邦題で2021年10月劇場公開)の愛のテーマが原曲。かつて久石がスコアを作曲した『海洋天堂』(2010)も手掛けた香港の名プロデューサー、ビル・コン(江志強)が製作を務めており、彼の強い希望で久石との10年ぶりの再タッグが実現したという。人間の姿をした狐妖・十三(リー・シエン)が伝説の狐仙となるべく旅立ち、狐仙への変容の鍵を握る書生・子進(チェン・リーノン)と友情を育みながら、妖怪や悪霊に立ち向かうというのが、物語の大筋である。曲名の《Yinglian》は、ふたりが旅の途中で立ち寄る妓楼の遊女・英蓮(ハニ・ケジー)に由来する。どこか哀愁を帯びたクラリネットの優しいメロディが、英蓮の妖艶な美しさと哀しい運命を見事に描いている。

III. Xpark

2020年8月、台湾・高鉄桃園駅前にグランドオープンした新都市型水族館『Xpark』のために久石が書き下ろした全7曲の館内音楽から、水族館の「観客の皆さんが楽しい気分で帰って欲しい」と意図して作曲したEXIT用の楽曲。最初にフルートが導入する、足取りが軽くなるような親しみやすいテーマを変奏していく形で構成されているが、途中には台湾を意識したペンタトニック風の変奏も登場する。

 

World Dreams 2021

2004年、久石が新日本フィルと共にW.D.O.を立ち上げた際に書き下ろしたテーマ曲。「作曲している時、僕の頭を過っていた映像は9.11のビルに突っ込む飛行機、アフガン、イラクの逃げまどう一般の人々や子供たちだった。『何で……』そんな思いの中、静かで優しく語りかけ、しかもマイナーではなくある種、国歌のような格調あるメロディーが頭を過った」。作曲から18年を経た2022年の今、この曲が以前にも増して力強いメッセージを伝えているように感じられるのは、おそらく筆者ひとりだけではないはずである。

 

前島秀国 / Hidekuni Maejima
サウンド&ヴィジュアル・ライター
2022/6/10

(CDライナーノーツより)

 

*ライナーノーツ 日・英文解説(英文ライナーノーツ封入)

 

 

補足)
上の楽曲解説は4月公演とそのプログラムノートに基づいており、7月公演を収めた本盤のライヴパフォーマンスとは一部異なる箇所もある。納得のいくまで作品の完成度を追求する一面がみえる。

 

 

 

以下の楽曲レビューは「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2021」コンサート・レポートで記したものから一部抜粋している。

 

Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021

<構成楽曲>
1.アシタカせっ記(交響組曲 第一章 アシタカせっ記)
2.タタリ神
3.旅立ち -西へ-
7.コダマ達
4.呪われた力
8.神の森(交響組曲 第五章 シシ神の森)
20.もののけ姫 ヴォーカル(交響組曲 第四章 もののけ姫)
28.黄泉の世界
29.黄泉の世界 II
30.死と生のアダージョ II
31.アシタカとサン(交響組曲 第八章 アシタカとサン)

Track.曲名『もののけ姫 サウンドトラック』(『交響組曲もののけ姫CD版』)

 

交響組曲作品『千と千尋の神隠し』や『魔女の宅急便』のあり方にならって、映画本編で使用した音楽を中心に、サウンドトラック盤ベースに楽曲構成するというコンセプトに大きく軌道修正したように思います。一方では、楽曲によって『交響組曲もののけ姫CD版』のオーケストレーションを活かしているところもあります。

『交響組曲もののけ姫CD版』にしかなかった独自のメロディやパートは極力除外したということになります。「神の森」は「交響組曲 第五章 シシ神の森」の楽曲構成に近いですが、イメージアルバム「シシ神の森」の楽曲構成と世界観から取り込んでいるとするのが、正しいに近いと思います。風の谷のナウシカの交響組曲もイメージアルバムから「谷への道」を導入したように。初期の構想からすでに生まれていたけれど映画本編には使われなかった曲。

「呪われた力」、2016年版「レクイエム」パート中にもありましたが、前半に単曲で新規追加されました。細かくいうとアレンジは交響組曲CD中のもの、およびサントラ盤「23.呪われた力 II」に近いです。物語にそった組曲を目指したこと、呪われた力の凶暴性を出すことで、のちのシシ神の森のシーンや終盤の黄泉の世界までしっかりとつながっていきます。

「黄泉の世界I,II~生と死のアダージョII」、久石譲楽曲解説に ”新たに世界の崩壊のクライマックスを入れた” とあたります。シシ神殺しのパートをダイレクトに入れ込むことで、破壊と再生、生と死、『もののけ姫』作品世界の内在する二極を表現しています。そして前半の「呪われた力」にあった、決して消えることのない痣、いつ濃くなり蝕むかわからない痣を思い起こさせます。それは、決して簡単に答えの出ない世界で生きていく私たちへと、しっかりと刻み込まれる思いがします。

「黄泉の世界I,II~生と死のアダージョII」、たしかにと納得してしまいます。これぞ入って『もののけ姫』の世界と強く膝を打ちたくなります。そうして、それでもしっかりと生きていかなければいけない私たちへと迫り浴びせられる地割れのする管弦楽の轟きの後、希望と再生へとつながっていきます。

「アシタカとサン」(vn/vo)、やっぱり導入は僕がエスコートしないと(幻の声)、1コーラス目は久石譲ピアノが迎え入れたソロ・ヴァイオリンが美しいメロディを奏でます。2コーラス目にソプラノによって丁寧に歌われることもあって、豊嶋泰嗣さんのフェイク(メロディラインの持つ雰囲気は残しつつも、ある程度装飾的な要素を加えつつ崩して演奏すること)が光っています。

「アシタカとサン」(vn/vo)、2コーラス目はソプラノによって歌われます。「信じて~」からの天からやさしく降りそそぐ光ようなストリングス(武道館verから)、チューブラーベルの希望の鐘が高らかに、やさしい余韻へと。(vo)についてはのちほど…。

 

2021年版を聴いて「歌は必要なんだ!」と強く思いました。『もののけ姫』という作品において、歌(言葉)による精神性の表現というのは大切なことなのかもしれません。世界ツアー版で「もののけ姫」はソプラノによる日本語歌唱、「アシタカとサン」はコーラスによる英語詞で歌われています。でも、だから2021年版もやっぱり歌で、と言っているわけじゃないんです。

それは、「日本語による歌唱」です。ここに強くこだわっているように思えてきました。世界ツアー版とは異なり、これから先《Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021》が海外公演されるときは、現地オーケストラと現地ソリストによる共演になります。そして、きっと2曲とも「日本語による歌唱」です。これはたぶん揺るがない。

《Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021》でめざしたのは、『もののけ姫』の世界を音楽で表現すること、日本的なメロディ・ハーモニー・リズムを余すことなく表現すること、そのなかに日本語の美しさを表現することも含まれる。そう強く思いました。オペラなどと同じように、純正の日本語でしっかりとした作品をのこす。「日本語っていいね、きれいな響きだね」と言われるものをつくる。

物語にそった音楽構成と日本語の美しさで『交響組曲 もののけ姫』完全版ここに極まる。

Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2021」コンサート・レポート より抜粋)

 

 

Merry-Go-Round 2019

「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2019」アンコールで披露されたもの。

映画『ハウルの動く城』から「人生のメリーゴーランド」です。2018年NCO公演で初演されたヴァージョンで、それ以降海外公演でも披露されています。オリジナル版は言えばすぐ浮かぶ、ピアノの切ないイントロに始まり、ピアノの美しいメロディがつづきます。タイトル「Merry-Go-Round」となっているこのヴァージョンは、ピアノがありません。イントロをハープで、出だしのメロディをグロッケンシュピールとチェレスタで、というようにピアノパートがオーケストラ楽器に置き替わっています。楽曲構成は同じですが印象は変わります。よりヨーロッパになったかなあ、というか、これなら久石譲以外のコンサートでもっと爆発的に演奏されるんじゃないかな、そんな新しい魅力も。アメリカやヨーロッパをはじめ海外指揮者・海外オケによる純粋な管弦楽作品として披露できる。

おっと、これは言っておかないといけない。本公演は「交響組曲 魔女の宅急便」でマンドリンとアコーディオンが編成されていたこともあって、この曲にも特別に参加しているスペシャルヴァージョンです。よりサントラ版に近い印象で、すごくよかったです。いや、すごく得した気分です。

Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2019」コンサート・レポート より抜粋)

 

 

Asian Works 2020

I. Will be the wind
叙情的でミニマルなピアノの旋律と室内オーケストラ編成で構成されている。ミニマルなモチーフのくり返しを基調とし、奏でる楽器を置き換えたり、モチーフを変形(変奏)させたり、転調を行き来しながら、めまぐるしく映り変わるカットシーンのように進んでいく。

後半はミニマルなピアノモチーフの上に、弦楽の大きな旋律が弧を描き、エモーショナルを増幅しながら展開していく。かたちをもたない風、安定して吹きつづける風、一瞬襲う強い風、淡い風、遠くにのびる風。決して止むことのない風、それは常に変化している、それは常にひとつの場所にとどまらない。ミニマルとメロディアスをかけあわせた、スマートでハイブリットな楽曲。

 

II. Yinglian
愛のテーマ。主要キャラクターの一人、女性が登場するシーンで多く聴かれる楽曲。お香のような、ゆらゆらと、ふわっとした、無軌道な和音ですすむ。ゆるやかな独奏、メロディとアドリブのあいだのような、動きまわりすぎない加減の無軌道な旋律がのる。魅惑的で妖艶な曲想は、これまでの久石譲には珍しい。クラリネット、ピアノ、フリューゲルホルン、フルート、ストリングス。登場するたびにメロディを奏でる楽器たちを変え、まるで衣装替えに見惚れるように、つややかに彩る(Track.17,20,25,27)。この曲はTrack.17「英蓮 / Yinglian」をフィーチャーしたもの。

 

III. Xpark
明るく軽やかな曲です。音符の粒の細かいメロディがつながってラインになって、楽しそうに転げているようです。そして広がりのある曲です。ありそうでなかった!そんな久石譲曲です。番組音楽に使わせてください!そんな久石譲曲です。後半のソロ・ヴァイオリンの旋律も耳奪われる演出です。ホンキートンク・ピアノのように、ちょっとチューニングの狂った調子っぱずれのニュアンスで、小躍りするほど浮足立った弾みを表現しているようにも聴こえてきます。してやったりなコンマスと指揮者の目配せに笑みこぼれます。こんな音楽でおでかけの楽しい一日が締めくくれたらなんて素敵だろう。

映画『海獣の子供』公開時、コラボレーション企画として国内いくつかの水族館で、この映画音楽を使ったショータイムが開催されました。撮影OK!拡散Welcome!ということもあって、よくSNSで動画見かけました。それを目にしてのオファーだったのかはわかりません。でも、久石譲のミニマル・オーケストレーションは、ほんと海や宇宙のミクロマクロな世界観と抜群Good!なことはわかります。

 

World Dreams 2021

「9.11」から20年の今年。このことだけでも重みのある一曲です。そして「Covid-19」の渦中にある今。どんな時でも必ず演奏される曲。こんな一面も、4月24日無念さを残しながら、それでも今できることをかみしめるように演奏したWDOオーケストラメンバーのSNSの声も印象的でした。観客だけじゃなく、楽団員にとっても大きな一曲は、中断を経て新しい完走地点の7月25,26日いろいろな想い駆け巡りながら、会場に響きわたりました。

Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2021」コンサート・レポート より抜粋)

 

 

 

Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021
1. The Legend Of Ashitaka アシタカ𦻙記
2. TA TA RI GAMI タタリ神
3. The Journey Of The West ~ Kodamas 旅立ち―西へ― ~ コダマ達
4. The Demon Power ~ The Forest Of The Dear God 呪われた力 ~ シシ神の森
5. Mononoke Hime もののけ姫
6. The World Of The Dead ~ Adagio Of Life & Death 黄泉の世界 ~ 生と死のアダージョ
7. Ashitaka And San アシタカとサン

8. Merry-Go-Round 2019

Asian Works 2020
9. Ⅰ Will be the wind
10. Ⅱ Yinglian
11. Ⅲ Xpark

12. World Dreams 2021

 

All Music Composed, Arranged and Produced by Joe Hisaishi

Conducted by Joe Hisaishi
Performed by New Japan Philharmonic World Dream Orchestra, Yasushi Toyoshima (solo concertmaster)

Recorded at
Tokyo Metropolitan Theatre Concert Hall (July 25th, 2021)
Sumida Triphony Hall (July 26th, 2021)

Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021
Soprano: Yoko Yasui

Merry-Go-Round 2019
Accordion: Tomomi Ota
Mandolin: Tadashi Aoyama

Recording & Mixing Engineer: Takeshi Muramatsu (Octavia Records Inc.)
Mixed at EXTON Studio Yokohama
Mastering Engineer: Shigeki Fujino (UNIVERSAL MUSIC STUDIOS TOKYO)

Art Direction & Design: Daisaku Takahama
Artwork Coordination: Maiko Mori (UNIVERSAL MUSIC)

and more…