Disc. 久石譲指揮 フューチャー・オーケストラ・クラシックス『シューベルト:交響曲 第7番「未完成」&第8番「ザ・グレイト」』

2024年7月24日 CD発売 OVCL-00850

 

リズムとカンタービレの共存。爽快なシューベルト!

久石譲とFOCによるベートーヴェンとブラームスの交響曲全集は、リズムが際立つタイトで生き生きとした音楽がインパクトと反響を呼びました。当盤では切れ味の鋭いリズム、明瞭なハーモニーは推進力にあふれ、シューベルトの美しい旋律が流麗に歌い上げられます。日本の若手トッププレーヤーが集結したFOCによる、未来へ向かう音楽を、どうぞお楽しみください。

(CD帯より)

 

 

CDに寄せて

柴田克彦

久石譲は、2016年フューチャー・オーケストラ・クラシックス(FOC。当初はナガノ・チェンバー・オーケストラ)のベートーヴェン交響曲全曲演奏の開始時に、「作曲当時の小回りが効く編成で、現代的なリズムを活用した、ロックのようなベートーヴェン」、「巨大なオーケストラが戦艦やダンプカーだとすれば、こちらはモーターボートやスポーツカー」、「クラシック音楽もup to dateで進化するもの。必然的に現代における演奏があり、さらに未来へ向かって変わっていくべきだ」とのコンセプトを語っていた。その結果生まれたタイトで生気溢れる音楽は、絶大なインパクトを与えた。

2020年、次に挑んだのがブラームスの交響曲全曲演奏。ここでは、「基本コンセプトは同じ」としながらも、「ブラームスのリズムは重く、ベートーヴェンとは性格が違う」「必ず歌う」と語っていた。そして、造形美とロマンが共存した従来にはない演奏を実現させた。

本作は、久石&FOCがこれらに続いて2023年に取り組んだシューベルトの「未完成」&「ザ・グレイト」交響曲とアンコールの「ロザムンデ」間奏曲第3番のライヴ録音である。ここでは、「ソリッドでスポーツカーのような」、それでいて「しなやかな歌に溢れた」シューベルト演奏が展開されている。

シューベルトといえば”歌”である。従ってブラームス演奏の経験値も生きる。だが時代的にはベートーヴェンにグンと近い(ほぼ同時代だ)。今回の演奏は、これまで通りテンポが速く、響きもタイトで推進力に溢れている。そしてここでは、ベートーヴェンの際に久石が話していた2つの要素が重要なカギを握っている。

1つはダイナミクスだ。久石は「ベートーヴェンの凄さのシンプルな例は、mpとmfが一切ないこと。なのでp=弱く、f=強くと単純に考えてはいけない。pとfの表現は通常のmp,mfに近いので、状況によって弾き分け、ppとffは明確に表現する必要がある」と語っていたが、シューベルトも同様で、mpとmfがほぼ出てこない。よって今回その変化の細やかさが、新鮮なダイナミズムをもたらしている。

もう1つはリズム=拍子。ベートーヴェンの際の「1拍子がとても多い。例えば7番と第3楽章や9番の第2楽章。こうした場合、3拍子の表記を1拍子にグルーピングしなくてはいけない」との言葉が、ここでも生かされている。明確なのは、「未完成」の第2楽章、「ザ・グレイト」の第3、4楽章だが、全体にこれが基本的な方向性だ。従って、テンポが速いだけでなく、リズムが明解で自然な躍動感に富んでいる。

「未完成」の第1楽章から快速テンポで刻みも明確。各旋律もそれに乗って歌われる。第2楽章は3/8拍子の1小節が1拍の1拍子。ここはアンダンテ「コン・モート=動きをもって」でもあるので、弛緩しない歌が爽快に続いていく。

「ザ・グレイト」の第1楽章の序奏は、2/2拍子の1拍がアンダンテでかなり速く進む。これはピリオド勢の台頭以降ままある形だが、特筆すべきは流麗さと各声部の見通しの良さだ。これにはモダン楽器のメリットが生かされてもいる。主部は無闇に速すぎないテンポで進行する。ここはアレグロ「ノン・トロッポ=はなはだしくなく」ゆえに、序奏との差は少なくて当然だ。第2楽章はやはりアンダンテ「コン・モート」。連綿と歌い上げられるのではなく、刻まれるリズムに即応しての歌が続く。第3楽章は「1拍子」が真価を発揮した軽やかなスケルツォ。第4楽章は旋律やリズムの執拗な反復が生気を保ちながら変幻していく。また、時に冗長な第3、第4楽章のリピートも、繰り返しが生み出す夢幻の推進力に繋がっている。

「ザ・グレイト」はベートーヴェンの交響曲第7番同様に”リズムとカンタービレの共存”が図られた音楽なのだ。本盤の演奏はそのことを明解に伝えてくれる。

これは「慣例的な表現を排した」清新なシューベルトだ。それは同時に「現代における必然的な演奏」であり「未来へ向かう演奏」でもある。

(しばた・かつひこ)

(CDライナーノーツより)

 

 

曲目解説
寺西基之

シューベルト:交響曲 第7番 ロ短調 D.759《未完成》

生涯通してウィーンを本拠に活動したフランツ・ペーター・シューベルト(1797ー1828)は早くから楽才を発揮し、少年期から交響曲を手掛けている。それらの初期の交響曲では、伝統的な交響曲の様式と自らのロマン的な資質をどう結び付けるかについて様々な可能性を探っていることが窺えるが、このCDで演奏されている後期の2つの交響曲 第7番ロ短調と第8番ハ長調(かつてはそれぞれ第8番・第9番と呼ばれていたが、作品目録改訂版で番号が繰り上げられた)においては、もはや伝統的な交響曲のあり方にこだわらない、情感の広がりに重点を置いた彼独自の様式を打ち立てることになる。

とはいえその第1曲目のロ短調交響曲は2つの楽章しか仕上げられなかった未完の作である。シューベルトは第3楽章の初めの部分で作曲を打ち切った。その理由は不明だが、彼自身到達した新たなロマン的な交響曲様式を実際の作品としてどう纏めるかという点でまだ迷うところがあったのかもしれないし、この交響曲を作曲中の1822年12月に梅毒にかかっていることが判明し、身体と精神の両面で危機に陥ったことが関係しているのかもしれない。もっともシューベルトが作品を作曲中途で止めることは以前にもよくあったことで、未完で放置された作品が彼の場合特別な例ではなかったという点は留意したい。いずれにせよ2楽章までの自筆譜はその後友人のヨーゼフ・ヒュッテンブレンナーに手渡され、彼の机の中で世に知られず眠ることとなる。やっとシューベルト死後37年経た1865年ンに指揮者ヨハン・ヘルベックがこの作品の存在を知り、同年12月17日ウィーンにおいてヘルベックの指揮で初演が行われ、以後この曲は未完の”完結した”作品として親しまれるようになった。シューベルトのそれまでの交響曲には見られない、夢の世界をさ迷うようなロマン的特質を持った作品で、彼の後期の作風が如実に示された傑作となっている。

第1楽章(アレグロ・モデラート)はソナタ形式で、低く不気味に示される8小節の序奏主題が楽章全体の重要な要素となり、悲劇的な暗さとロマン的詩情の交錯のうちに発展、展開部では激情的な高まりを築く。第2楽章(アンダンテ・コン・モート)はホ長調の夢見るような緩徐楽章だが、一見平安な叙情美の裏に不安定に移ろう情緒が漂っている。

 

シューベルト:交響曲 第8番 ハ長調 D.944《ザ・グレイト》

《未完成》交響曲で自らの資質を生かした独自の交響曲様式を見出したシューベルトは、このハ長調交響曲でそれを初めて完全な作品として示すこととなる。かつてないロマン的な気宇壮大な広がりを持ったこの交響曲を聴いたシューマンは「天国的な長さ」と評しているが、並列的ともいえる独自の構成法ー主題や動機の執拗な反復、和声の色合いの変移による気分の変転や突然の飛躍ーで情感の移ろいを表現するその書法は、古典派の交響曲とは異なり、まさにロマン的と呼ぶにふさわしいものといえるだろう。

長らくこのハ長調交響曲は1828年(すなわち死の年)に短期間で書かれたと思われていた。しかし近年の研究では1825年に着手され、1826年に完成されたことが判明している。シューベルトはウィーン楽友協会にこの作品を献呈したいと打診し、協会側もこれを受け入れた。しかし私的な試演でこの作品のあまりの長さと独特のスタイルが問題となったのか、予定されていた初演は中止となり、作品はシューベルトの兄フェルディナントに渡されたままお蔵入りになってしまう。

この交響曲が日の目をみたのは作曲者死後11年経った1839年のことだった。この年の元日、フェルディナントの家を訪れたシューマンがこの交響曲の自筆譜を発見し、ただちにライプツィヒのゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者だった親友のメンデルスゾーンに連絡をとった。そして同年3月21日にゲヴァントハウスの演奏会において、メンデルスゾーンの指揮によってようやくこの大作は初演されたのである。

第1楽章(アンダンテ~アレグロ・マ・ノン・トロッポ)は、2本のホルンの朗々たる旋律に始まる充実した序奏の後、ソナタ形式の主部となる。勢いある第1主題、木管に示される軽快な第2主題、トロンボーンに厳かに示される第3主題と、性格の異なる主題部が並列され、展開部では様々な情感の移ろいをみせる。第2楽章(アンダンテ・コン・モート)はイ短調による叙情的な緩徐楽章。オーボエに示される哀愁漂う主要主題とロマン的な憧憬の気分に満ちた副主題が交替する。第3楽章(スケルツォ、アレグロ・ヴィヴァーチェ)は躍動感溢れる堂々たるスケルツォ。のどかな牧歌的な主題によるトリオが挟まれる。第4楽章(アレグロ・ヴィヴァーチェ)は力感に満ちた第1主題と管楽器に歌われる第2主題を持つソナタ形式で、展開部ではベートーヴェンの第9交響曲の”歓喜の歌”の引用とおぼしき新主題も現れる。一定の動機やリズムを執拗に繰り返す独特の原理が生かされた大規模なフィナーレである。

 

シューベルト:劇音楽《キプロスの女王ロザムンデ》D.797より 第5曲 “間奏曲 第3番”

シューベルトは1823年にヘルミナ・フォン・シェジーの劇《キプロスの女王ロザムンデ》のための劇付随音楽を作曲した。これは1823年12月に上演されたが、シェジーの劇は内容の拙さゆえに完全な失敗に終わってしまう。しかしシューベルトの音楽は評価され、今日まで頻繁に演奏会で取り上げられてきた。

その中の”間奏曲 第3番”は第3幕と第4幕の間に置かれた曲で、この劇音楽の中でも”バレエ音楽第2番”とともにとりわけ親しまれている名品である。変ロ長調、アンダンティーノ、優美で穏やかな主要主題の間にやや動きのある短調の副主題が挟まれる。シューベルト自身この曲の主要主題を気に入っていたのか、のちに弦楽四重奏曲第13番イ短調Op.29/D.804(1824年)の第2楽章やピアノのための即興曲集Op.142/D.935(1827年)の第3曲変ロ長調に引用している。

(てらにし・もとゆき)

(CDライナーノーツより)

 

*ライナーノーツは全文とも日文・英文にて収載

 

 

 

フューチャー・オーケストラ・クラシックス
Future Orchestra Classics(FOC)

2019年に久石譲の呼び掛けのもと新たな名称で再スタートを切ったオーケストラ。2016年から長野市芸術館を本拠地として活動していた元ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)を母体とし、国内外で活躍する若手トップクラスの演奏家たちが集結。作曲家・久石譲ならではの視点で分析したリズムを重視した演奏は、推進力と活力に溢れ、革新的なアプローチでクラシック音楽を現代に蘇らせる。久石作品を含む「現代の音楽」を織り交ぜたプログラムが好評を博している。2016年から3年をかけ、ベートーヴェンの交響曲全曲演奏に取り組んだ。久石がプロデュースする「MUSIC FUTURE」のコンセプトを取り込み、日本から世界へ発信するオーケストラとしての展開を目指している。

(CDライナーノーツより)

 

 

シューベルト(1797-1828)
交響曲 第7番 ロ短調 D759「未完成」

1. 1 Allegro moderato
2. 2 Andante con moto

交響曲 第8番 ハ長調 D944「ザ・グレイト」

3. 1 Andante – Allegro ma non troppo
4. 2 Andante con moto
5. 3 Scherzo: Allegro vivace
6. 4 Finale: Allegro Vivace

7. 劇音楽「キプロスの女王ロザムンデ」D797より 間奏曲 第3番

久石譲(指揮)
フューチャー・オーケストラ・クラシックス

2023年7月5日 東京オペラシティ コンサートホール、7月6日 長野市芸術館メインホールにてライヴ収録

高音質 DSD11.2MHz録音 [Hybrid Layer Disc]

 

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