Disc. 久石譲指揮 フューチャー・オーケストラ・クラシックス 『ブラームス:交響曲第1番』

2020年7月22日 CD発売

新クラシック誕生!
発見と喜びのブラームス・ツィクルス。

クラシック音楽界に旋風を巻き起こした、久石譲が指揮するベートーヴェン・ツィクルスに続くのは、ブラームスの交響曲です。作曲家の視点から緻密に分析し、読み取った音楽は、国内の若手トッププレーヤーによる「フューチャー・オーケストラ・クラシックス」が明快かつ躍動的に表現し、新たな発見に満ちたブラームスとなっています。当録音のコンサートでは、立奏スタイルを採用したことも話題となりました。新たなブラームス像をここにお届けします。

(CD帯より)

 

 

ベートーヴェンからブラームスへ、作曲家としての視点でスコアを読み解く久石譲&FOCの新しい挑戦。

オヤマダ アツシ

クラシック音楽を聴いている方であれば思い当たる節もあると思うが、何度も繰り返し聴いてきた作品であるほど新鮮さが失われていくのと同時に、それを覆すような演奏に出会えたときの衝撃や喜びは計り知れないものがある。2016年7月、長野市芸術館で久石譲指揮によるナガノ・チェンバー・オーケストラのベートーヴェン(交響曲第1番・第2番)を聴いたときの筆者は、まさに「ああ、まだこんなアプローチがあったのか!」というわくわくした思いを味わい、手元にスコアがないことを口惜しく感じたものだった。

クラシックの演奏家たちは作曲家が残してくれた楽譜を一番の拠り所として、(校訂者により細部の相違があろうとも)読み取ったものをどう形にしていくか、使命感にあふれていることだろう。その審美眼とアプローチは当然ながら音楽家によって異なる。久石譲のベートーヴェンはどうだっただろうか。指揮者という役割を担いながらも”同じ作曲家”としての思考や視点を基本的な立ち位置として、独自の透視光線をスコアへ当てることにより、自らのアプローチを獲得したといえる。つまり楽譜が何を要求していて(=作曲家は楽譜に何を託していて)どう表現して欲しいのかを考え、それを洗い出すことであるべき姿を形にしていくということだ。もちろんそうした過程は多くの指揮者が辿っていることでもあるのだが、久石の場合、独自の視点とした拠り所のひとつが「ミニマル・ミュージック」(およびポスト・ミニマル・ミュージック)だったことで、それが演奏の個性へと直結することとなった。

「自分はミニマル・ミュージックに大きな影響を受けた作曲家ですから、まずは音価をきちんと揃えてリズムを軸とした音楽を構築しないと作品が成立しないことを知っています。そのアプローチでベートーヴェンのスコアを見直してみると、目立たなかった伴奏の音型が雄弁だと気がついたり、メロディと伴奏型のリズムが主従の関係ではなく、互いに反応し合って一体化していたり対立構造にあったりと新鮮な発見がたくさんあり、結果的に『やっぱりすごいな、ベートーヴェンは!』とため息をついてしまうほどでした」(「レコード芸術」誌のため「ベートーヴェン:交響曲全集」のインタビューをした際のコメントより)

こうした発見と驚きは、そのまま新しいプロジェクトであるブラームスの交響曲サイクルへとつながっていく。音楽史的にも両者の関係は深く、スコアの構築スタイルは異なることもあるにせよ、ブラームスはベートーヴェンの精神を受け継いだ古典的なスタイルで交響曲を発展させ、19世紀ロマン派音楽という大きな渦の中で独自の世界を築き上げた作曲家だ。その演奏スタイルも、20世紀の中盤あたりまで求められた重厚さや権威的な志向から、いわゆる古楽的な視点を軸にしたピリオド・アプローチによる作品の再検証時代を経て、スコアを自由に読み解くことで新しい演奏スタイルを生み出すことが許される時代となった。久石譲とスーパー・オーケストラ「フューチャー・オーケストラ・クラシックス」によるベートーヴェンやブラームスは、まさにそうした時代の象徴的な演奏であるわけだ。

サイクルの第1弾となった交響曲第1番でも基本的に速いテンポを採用し(いや「採用」という能動的な姿勢ではなく、そう書いてあることをアルデンテのような感覚で提示した、ということになるのだろうか)、明快な発音とフレージング、それによって浮き上がる対位法の綾などがこの演奏の特徴になっている。たとえば、第1楽章の序奏をかなり速いテンポで演奏することによって主部とのつながりを浮かび上がらせ、楽章全体の熱狂的躍動感を一貫して持続させることは、ベートーヴェンとの近似性を強調することへつながるかもしれない。Andante sostenutoと指示された第2楽章はひとときの安らぎを提示してくれる音楽ではあるものの、隠れがちなオスティナート風のリズムが浮き出ることで舞曲風の性格が顔を出す。こうした、聴き手の耳を捉える瞬間が散りばめられ、発見の喜びへと誘導することこそが、この演奏の存在意義だといえるだろう。

もちろん、それを実現するにあたり”音を出さない指揮者”のパートナーである「フューチャー・オーケストラ・クラシックス」の存在は欠かせないものだ。コンサートマスターの近藤薫をはじめ、ベートーヴェンを共に演奏したメンバーも多い中、ブラームスのコンサートでは基本的に立奏によるスタイル(チェロなど一部の楽器を除き、メンバーは立って演奏)を採用し、さらに斬新な演奏を繰り広げている。

「僕は専門の指揮者ではないという強みもあって、”作曲家が指揮をしている”という姿勢を崩すことなく、どのような作品に対しても同様にアプローチをしています。だから常に新しい目で楽譜を見ないといけませんし、時代性を演奏に映し出していくことも大切。作曲家というのは『今まで聴いたことがない音楽を作りたい』と考えていますから、その姿勢は指揮者という立場になっても変わりません。そうやって演奏を進化させ、常に何かを引っかき回したいとも思ってるんですよ」

久石のこうした明快なスタンスがそのまま演奏のコンセプトとなり、ブラームスの交響曲サイクルは新しい時代の響きを創造しながら、第2番以降も続いていく。

(おやまだ・あつし)

(CDライナーノーツより)

 

 

曲目解説
寺西基之

ブラームス:交響曲 第1番 ハ短調 作品68

ヨハネス・ブラームス(1833-97)は19世紀のロマン派時代における古典主義者と見なされることが多い。確かに彼は伝統を尊重した作曲家であり、新しいスタイルや音語法を求めたリストやワーグナーなどの新ドイツ派に対して批判的な態度をとった。それだけに伝統ジャンルの中でもとりわけ重要な交響曲という曲種を手掛けることは、彼にとってきわめて重い意味を持っていた。特に彼は先人ベートーヴェンを強く意識していたから、生来の自己批判的な性癖とも相俟って、初めての交響曲の作曲には慎重にならざるを得なかった。第1交響曲の最初の構想がなされたのは初期の1855年頃だが、そうした慎重さゆえに、結局完成までには実に20年以上の歳月がかかってしまうこととなるのである。

もちろん伝統を重視したとはいってもブラームスは決して頑なな保守主義者だったわけではない。19世紀後半においてもきわめて古典的な作風の作品を書いていたマイナーな作曲家は多数いた。ブラームスはそうした作曲家とは違い、19世紀の芸術家らしく内面的なロマン的感情表現を何より重んじた。例えば恩人ローベルト・シューマンの妻クラーラに対する思慕の情が彼の多くの作品のうちに影を落としていることはよく知られている。そうしたロマン的な内面感情の表現を伝統的な様式と結び付けていくところに、ブラームスは自らの道を探っていったのである。

とりわけ交響曲は、伝統ジャンルの中でも特に規模も編成も大きく、また論理的な構築性を求められる曲種だけに、彼にとってそこにいかにロマン的な感情表現を結び付けていくかが大きな課題となったと思われる。完成までの長い年月は、そうした課題の解決法を探っていく過程でもあったのだろう。何度にもわかる創作の中断や、作曲した部分を結局やめて他の曲に転用するといった方向転換など、数々の試行錯誤と模索の繰り返しーベートーヴェンの輝かしい業績とその伝統の重みを受け継ぎつつ、ロマン派時代にふさわしい交響曲を書こうという、そうした彼の苦労は、1870年に彼がヘルマン・レーヴィに対して語った「私は交響曲はもう書くまい。私のようなものが四六時中自分の後ろで、あれほど偉大な人物(ベートーヴェン)の足音を聞いているときの気持ちがいかなるものか、わかってもらえないだろう」という、いささかやけ気味の言葉にも窺える。

そうした模索の中でブラームスがようやく自分の交響曲の表現方法を見いだしていくようになったのは、この言葉を発してからしばらくたった1874年のことだった。この時期から彼は自信をもって完成へ向けての創作に本腰を入れるようになり、こうして2年後の1876年に全曲はついに完成されることになる。初演は同年の11月4日にカールスエールにおいてオットー・デッソフの指揮で行われたが、その後もブラームスはさらに第2楽章を大幅に書き直し、現在演奏されているような決定稿がやっと仕上げられたのであった。

こうした難産の末に生み出された第1交響曲は、綿密な論理的書法ー徹底した主題労作、暗→明という全体の構図、2管編成の無駄のない管弦楽法などーのうちに豊かなロマン的な感情表現を湛えており、長年の苦心の努力が見事に結実した傑作となっている。

第1楽章はまず緊迫した序奏(ウン・ポーコ・ソステヌート、ハ短調、8分の6拍子)が置かれているが、そこに現れる半音階的動きは全曲にわたっての重要な要素となる。主部(アレグロ)は重苦しい緊張と劇的な起伏のうちに進行していく。

第2楽章(アンダンテ・ソステヌート、ホ長調、4分の3拍子)は豊かな情感を湛えた3部形式の緩徐楽章。主部再現においてヴァイオリン独奏がホルンを伴いつつ主題を歌い上げるのが印象的だ。

第3楽章(ウン・ポーコ・アレグレット・エ・グラツィオーソ、変イ長調、4分の2拍子)は、伝統的なスケルツォを採用せず、優美な間奏曲風の中間楽章となっている。

第4楽章は不安な緊張の漂う序奏(アダージョ、ハ短調、4分の4拍子)で開始される。その緊張が頂点に達したところで、突如霧を晴らすかのような明るい主題(ピウ・アンダンテ、ハ長調)をホルンが朗々と奏するが、暗から明に移行する箇所に現れるこの主題がクラーラ・シューマンの誕生日にブラームスが贈った旋律(ブラームスの作ではなく彼がアルプスで聞いた旋律で、彼はそれに「山高く、谷深く、あなた[=クラーラ]に千回もお祝いを述べよう」という歌詞を付けている)の引用であるのは、この作品にクラーラへの思慕を込めたことを示唆するものだろうか。そして荘厳なコラールを挟んで、主部(アレグロ・ノン・トロッポ・マ・コン・ブリオ、ハ長調)に入り、明るい第1主題が朗々と歌われ、展開部を再現部に組み入れた自由なソナタ形式のうちにダイナミックな展開が繰り広げられている。最後のコーダでは、序奏に示されたコラールも力強く再現され、圧倒的な高揚のうちに全曲が閉じられる。

(てらにし・もとゆき)

(CDライナーノーツより)

 

*ライナーノーツ全文 日・英文 

 

 

フューチャー・オーケストラ・クラシックス
Future Orchestra Classics(FOC)

2019年に久石譲の呼び掛けのもと新たな名称で再スタートを切ったオーケストラ。2016年から長野市芸術館を本拠地として活動していた元ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)を母体とし、国内外で活躍する若手トップクラスの演奏家たちが集結。作曲家・久石譲ならではの視点で分析したリズムを重視した演奏は、推進力と活力に溢れ、革新的なアプローチでクラシック音楽を現代に蘇らせる。久石作品を含む「現代の音楽」を織り交ぜたプログラムが好評を博している。2016年から3年をかけ、ベートーヴェンの交響曲全曲演奏に取り組んだ、久石がプロデュースする「MUSIC FUTURE」のコンセプトを取り込み、日本から世界へ発信するオーケストラとしての展開を目指している。

(CDライナーノーツより)

 

 

 

「奇をてらったわけではない。ブラームスは今、いかにもドイツ風に重々しく演奏されるが、楽譜には『ウン・ポーコ・ソステヌート』、つまり(音の長さを保つ)テヌート気味に演奏する、としか書いていない。しかも初演は40人で演奏したとか。重々しいブラームスをやったわけがない。書かれたことをきっちり表現し、まだクラシックにこんな可能性がある、と提示できれば」

「ビブラートはいかにも豊かには聞こえるが、雑音も増すし、音が遠くまで飛ばなくなる。古楽器の奏法をまねしたわけではなく、リズムにベースを置いて、スピード感を大事にするやり方に合わないからやめた」

「合わせるところは世界で一番きっちり合わせ、歌うところは歌う。使い分けられるようになれば、オケの表現力はすごく広くなる」

「ブラームスが迷いながら作った交響曲第1番の第1楽章は絶えず不安定。それを本番で振っていて、最も『今的』と思った。世界がこんなに混沌としているじゃないですか」

Blog. 読売新聞夕刊 3月5日付 「久石譲 未来形ブラームス」 久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

 

 

 

ブラームス
交響曲 第1番 ハ短調 作品68

1. Un poco sostenuto – Allegro
2. Andante sostenuto
3. Un poco Allegeretto e grazioso
4. Adagio -Piu Andante – Allegro troppo, ma con brio

Total Time 39:42

久石譲(指揮)
フューチャー・オーケストラ・クラシックス

2020年2月12-13日 東京オペラシティ コンサートホールにてライヴ収録

高音質 DSD11.2MHz録音 [Hybrid Layer Disc]

 

Disc. 久石譲 『Dream Songs: The Essential Joe Hisaishi』(Domestic / Import)

2019年2月21日 CD2枚組発売(国内盤/輸入盤)

世界同日リリース&ストリーミングリリース

 

NYに拠点を置くクラシック・レーベル DECCA GOLD世界同日リリースのベストアルバム!

久石作品の中でも映画のために作られた珠玉のメロディが際立つ代表曲を中心に構成された愛蔵版。

(CD帯より)

 

iTunes紹介

宮崎駿監督作品や北野武監督作品の音楽を数多く手掛け、世界中の音楽ファンを魅了する作曲家/ピアニスト、久石譲。NYに拠点を置くクラシックレーベルDECCA GOLDからリリースされた、全28曲収録のベストアルバム。作曲家として注目を集めるきっかけとなった、二人の監督の代表作を含めた映画のサウンドトラックを中心に、CMソング、オリジナル曲など、幅広いジャンルから選曲。映画に使用されたオリジナルトラックのほか、2004年に新日本フィルハーモニー管弦楽団と共に立ち上げたWORLD DREAM ORCHESTRAによるライブ演奏”il porco rosso”と”Madness”、管弦楽曲用にまとめた”My Neighbour TOTORO (from “My Neighbor Totoro”)”、ピアノソロで演奏された”Ballade (from “BROTHER”)”、”HANA-BI (from “HANA-BI”)”、斬新な楽器編成に編曲し直された”Ponyo on the Cliff by the Sea (from “Ponyo on the Cliff by the Sea”)”など、さまざまなアレンジも楽しめる。代表曲と共に、久石譲という音楽家のキャリアを一望できる構成になっており、入門盤としてはもちろん、長年のファンも満足のできる充実の一作。現代音楽の実験性と美しいメロディを融合させた珠玉の名曲たちを堪能しよう。

このアルバムはApple Digital Masterに対応しています。アーティストやレコーディングエンジニアの思いを忠実に再現した、臨場感あふれる繊細なサウンドをお楽しみください。「Apple Digital Master is good! 高音域が聴こえるね。とても良い音だと思います」(久石譲)

 

およびApple Music関連インタビュー

 

 

 

An Introduction to the Music of Joe Hisaishi

 日本映画とその音楽を支えてきた作曲家、と聞いて、日本以外に暮らす映画ファンや音楽ファンのみなさんは誰を連想するだろうか? 黒澤明監督の名作のスコアを作曲した早坂文雄、『ゴジラ』をはじめとるす東宝怪獣映画の音楽を手がけた伊福部昭、あるいは勅使河原宏や大島渚などの監督たちとコラボレーションした武満徹くらいはご存知かもしれない。大変興味深いことに、これらの作曲家たちは映画音楽作曲家として活動しながら、クラシックの現代音楽作曲家としても多くの作品を書き残した。そして久石譲も、基本的には彼らと同じ伝統に属する作曲家、つまり映画音楽と現代音楽のふたつのフィールドで活躍する作曲家である。

 映画音楽(テレビ、CMなどの商業音楽を含む)作曲家としての久石は、宮崎駿監督や高畑勲監督のスタジオジブリ作品のための音楽、それから北野武監督のための音楽などを通じて、世界的な名声を確立してきた。一方、現代音楽作曲家としての久石は、日本で最初にミニマル・ミュージックを書き始めたパイオニアのひとりであり、現在は欧米のミニマリズム/ポスト・ミニマリズムの作曲家たちとコラボレーションを展開している。幅広い聴衆を前提にしたエンターテインメントのための作曲と、実験的な要素の強いミニマル・ミュージックの作曲は、一見すると互いに相反する活動のようにも思えるが、実のところ、このふたつは彼自身の中で分かちがたく結びついている。そこが久石という作曲家の最大の特徴であり、また美点だと言えるだろう。

 日本列島の中腹部、長野県の中野市に生まれた久石は、4歳からヴァイオリンを学び始める一方、父親の仕事の関係から、多い時で年間300本近い映画を観るという環境に恵まれて育った。そうした幼少期の体験が、現在の彼の活動の土台になっているのは言うまでもないが、久石は当初から映画音楽の作曲家を志していたわけではない。国立音楽大学在学時、彼が関心を寄せ、あるいは強く影響を受けたのは、シェーンベルク、ベルク、ウェーベルンの新ウィーン楽派の作曲家たちであり、シュトックハウゼン、クセナキス、ペンデレツキといった前衛作曲家たちであり、あるいは彼がジャズ喫茶で初めて知ったジョン・コルトレーン、マイルス・デイヴィス、マル・ウォルドロン、そして友人宅で初めて聞いたテリー・ライリー、ラ・モンテ・ヤング、スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラスのアメリカン・ミニマル・ミュージックの作曲家たちであった。大学卒業後、スタジオ・ミュージシャンとして活動しながら、現代作曲家としてミニマル・ミュージックの新作を書き続けていた久石は、1982年にテクノ・ポップ色の強いアルバム『INFORMATION』をリリースし、ソロ・アーティスト・デビューを飾る。このアルバムをいち早く聴いたのが、当時、宮崎駿監督『風の谷のナウシカ』の製作に携わっていた高畑勲と鈴木敏夫だった。

 映画のプロモーションを盛り上げるため、音楽による予告編というべきアルバム『風の谷のナウシカ イメージアルバム』のリリースを計画していた高畑と鈴木は、『INFORMATION』のユニークな音楽性に注目し、久石をイメージアルバムの作曲担当に起用した。宮崎監督の説明を受けながら『風の谷のナウシカ』の絵コンテ(ストーリーボード)を見た久石は、(まだ完成していなかった)映画本編の映像に対して作曲するのではなく、宮崎監督が映画で描こうとしている”世界観”に対して直接作曲することになった(そこから生まれた曲のひとつが、本盤に収録されている《Fantasia》の原曲《風の伝説》である)。イメージアルバムの仕上がりに満足した宮崎監督、高畑、鈴木の3人は、久石に『風の谷のナウシカ』映画本編の作曲を正式に依頼。かくして、久石は『風の谷のナウシカ』で本格的な長編映画音楽作曲家デビューを果たすことになった。

 この『風の谷のナウシカ』の経験を通じて、久石は「監督の作りたい世界を根底に置いて、そこからイメージを組み立てていく」という映画音楽作曲の方法論、すなわち監督の”世界観”に対して音楽を付けていくという方法論を初めて確立した。つまり、単に映画の物語の内容を強調したり補完したりする伴奏音楽を書くのではなく、あるコンセプトに基づいた音楽──例えば絵画や文学を題材にした音楽──を作曲するのと基本的には同じ姿勢で、映画音楽を作曲するのである(もちろん映画音楽だから、映像のシーンの長さに合わせた細かい作曲や微調整は必要であるけれど)。そうした彼の方法論、言い換えれば音楽による”世界観”の表現が最もわかりやすい形で現れたものが、日本では”久石メロディ”と呼ばれ親しまれている、数々の有名テーマのメロディにほかならない。久石がメロディメーカーとして天賦の才に恵まれているのは事実だが、それだけでなく、映画やテレビやCMなどの作品の核となる”世界観”をどのように音楽で伝えるべきか、彼がギリギリのところまで悩み苦しんだ末に生まれてきたものが、いわゆる”久石メロディ”なのだということにも留意しておく必要があるだろう。

 『風の谷のナウシカ』以降、久石は現在までに80本以上の長編映画音楽のスコアをはじめ、テレビやCMなど膨大な数の商業音楽を作曲しているが、その中でも、彼自身が得意とするミニマル・ミュージックの音楽言語を商業音楽の作曲に応用し、大きな成功を収めた例として有名なのが、『あの夏、いちばん静かな海。』に始まる一連の北野武監督作品の音楽である。セリフを極力排除し、いわゆる”キタノブルー”で映像の色調を統一した北野監督のミニマリスティックな演出と、シンセサイザーとシーケンサー、あるいはピアノと弦だけといった限られた楽器編成でシンプルなフレーズを繰り返していく久石のミニマル・ミュージックは、それまでの映画表現には見られなかった映像と音楽の奇跡的なマリアージュを実現させた。

 ”久石メロディ”が映画の”世界観”を凝縮して表現する場合でも、あるいは彼自身のミニマル・ミュージックの語法が映画音楽の作曲に応用される場合でも、久石は一貫して「映像と音楽は対等であるべき」というスタンスで作曲に臨んでいる。そうした彼の作曲姿勢、言い換えれば彼の映画音楽作曲の美学は、彼が敬愛するスタンリー・キューブリック監督の全作品──とりわけキューブリックが自ら既製曲を選曲してサウンドトラックに使用した『2001年宇宙の旅』以降の作品──から学んだものが大きく影響していると、久石は筆者に語っている。映像と音楽が同じものを表現しても意味がない、映像と音楽が対等に渡り合い、時には互いに補いながら、ひとつの物語なり”世界観”なりを表現したものがキューブリックの映画であり、ひいては久石にとっての映画音楽の理想なのである。同時に、「映像と音楽は対等であるべき」とは、作曲家が映画監督とは異なる視点で物語を知覚し、それを表現していくということでもある。そうした作曲上の美学を、久石はミニマル・ミュージックの作曲、特にオランダの抽象画家マウリッツ・エッシャーをモチーフにした作品の作曲を通じて自然と体得していったのではないか、というのが筆者の考えである。若い頃からエッシャーのだまし絵(錯視画)に強い関心を寄せてきた久石は、エッシャーのだまし絵が生み出す視覚的な錯覚と、ミニマル・ミュージックのズレが生み出す聴覚上の錯覚との類似性に注目し、それを実際のミニマル・ミュージックの作曲に生かしていった(例えば1985年作曲の《DA・MA・SHI・絵》や2014年作曲の弦楽四重奏曲第1番など)。そうした音楽を書き続けてきた久石が、映画音楽の作曲において、映像作家が視覚だけでは認識しきれない物語の”世界観”を、作曲家という別の視点で認識し、それ(=世界観)を表現するようになったとしても、べつだん不思議なことではない。つまり久石の映画音楽は──エッシャーのだまし絵がそうであるように──物語から音楽というイリュージョン(錯覚)を作り出し、それによって物語の”世界観”を豊かにしているのである。そこに、長年ミニマル・ミュージックの作曲を手がけてきた久石が、映画音楽の作曲において発揮する最大の強みが存在すると、筆者は考える。だからこそ彼の映画音楽は──本盤の収録曲に聴かれるように──映画から切り離された形で演奏されても、きわめて雄弁に語りかけてくるのだ。

 本盤『Dream Songs: The Essential Joe Hisaishi』には、映画やテレビのために書かれた音楽を独立した作品として書き直したり再構成し直したりしたバージョンが数多く収められている。最初に触れたように、久石は映画やテレビの単なる伴奏音楽を書くのではなく、その”世界観”に対して音楽を付けるというスタンスで作曲に臨んでいる作曲家である。その”世界観”の表現は、必ずしもオリジナル・サウンドトラックの録音とリリースで完結するわけではなく、まだまだ発展の余地が残されていることが多い。その発展を彼のソロ・アルバムの中で実現したものが、すなわち本盤に収録された有名テーマの演奏に他ならない。その演奏において、久石自身のピアノ・ソロが大きな比重を占めているのは言うまでもないが、ここでひとつだけ指摘しておきたいのは、彼がピアノのテーマを作曲する時は日本人の掌の大きさを考慮し、4度の音程を意識的に多用しながら作曲しているという点だ。もし、海外のリスナーが久石の音楽を日本的、アジア的、東洋的だと感じるならば、それは彼が音楽を付けた日本映画や日本文化の中で描かれている、日本特有の”世界観”そ表現しているだけでなく、日本人(を含むアジア人)にとって肉体的に無理のない形で音楽が自然に流れているからだ、というこをここで是非とも強調しておきたい。

 そして、急いで付け加えておきたいのは、CD2枚組という収録時間の関係上、本盤『Dream Songs: The Essential Joe Hisaishi』に収まりきらなかった久石の重要作、人気作がまだまだ山のように存在しているという事実である。特に、近年彼が手がけた映画音楽──今年2019年に日本公開された『海獣の子供』や『二ノ国』など──は、ミニマル・ミュージックの作曲家・久石の特徴と、映画音楽作曲家・久石の実力が何ら矛盾なく共存する形で作曲されており、これまでにない彼の新たな魅力が生まれ始めている。さらに、ミニマリストとしての久石の活動も、フィリップ・グラスやデヴィッド・ラングといった作曲家との共演やコラボレーション、あるいはマックス・リヒター、ブライス・デスナー、ニコ・ミューリー、ガブリエル・プロコフィエフといった作曲家の作品を彼が日本で演奏・紹介する活動を通じて、新たな側面を見せ始めている。本盤『Dream Songs: The Essential Joe Hisaishi』は、そうした音楽家・久石譲の全貌からなる壮大な物語”ヒサイシ・ストーリーズ”のほんの序曲に過ぎない。これまで久石がリリースしてきたアルバムに倣い、仮に本盤のアルバム・タイトルを「HISAISHI STORIES 1」と呼び直してみるならば、いち早く「HISAISHI STORIES 2」を聴いてみたいと思うのは、筆者だけではないはずである。

 

 

DISC 1

One Summer’s Day
Kiki’s Delivery Service
米国アカデミー長編アニメ映画賞を受賞した宮崎監督『千と千尋の神隠し』(2001)のメインテーマ《One Summer’s Day》(あの夏へ)と、宮崎監督が角野栄子の同名児童文学を映画化した『魔女の宅急便』(1989)のメインテーマ《Kiki’s Delivery Service》(海の見える街)は、それぞれのヒロインがそれまで親しんだ日常と異なる”異界”──『千と千尋の神隠し』の場合は千尋が迷い込む湯屋の町、『魔女の宅急便』の場合はキキが新たな生活を始める大都会コリコ──に足を踏み入れていく時に感じる、そこはかとない期待と不安を表現しているという点で、対をなす2曲ということが出来るかもしれない。ピアノがニュアンスに富んだ響きを奏でる《One Summer’s Day》と、ピアノがメロディをくっきりと演奏する《Kiki’s Delivery Service》。少女の自立と成長という共通したテーマを扱い、しかもピアノという同じ楽器を用いながらも、作品の世界観に見合った音楽を書き分け、弾き分けている久石の音楽の多様性に注目したい。

 

Summer
夏休み、どこか遠くで暮らしているという母親に会うため、お小遣いを握りしめて家を飛び出した小学3年生の正男と、彼の旅に同行することになったチンピラ・菊次郎の心の交流を描いた、北野武監督作品『菊次郎の夏』(1999)のメインテーマ。弦楽器のピツィカートがテーマのメロディを導入した後、久石のピアノ・ソロが軽やかにテーマを演奏する。当初、久石はエリック・サティ風の楽曲をメインテーマ用に作曲し、《Summer》をサブテーマとして使う作曲プランを抱いていたが、両者を聴き比べた北野監督の判断により、サティ風の楽曲に比べてより軽くて爽やかな《Summer》がメインテーマに決まったという。

 

il Porco rosso ー Madness
世界大恐慌後のイタリアを舞台に、豚の姿に変わった伝説のパイロット、ポルコ・ロッソの活躍を描いた宮崎監督『紅の豚』(1992)より。物語の時代が1920年代後半に設定されているため、久石の音楽も1920年代のジャズ・エイジを強く意識したスコアとなった。本盤で演奏されている2曲のうち、前半の《il porco rosso》は、イメージアルバムの段階で《マルコとジーナ》と名付けられていた、《帰らざる日々》のテーマ。ジャジーなピアノが、マルコ(ポルコの本名)と美女ジーナのロマンスをノスタルジックに演出する。後半の《Madness》は、ポルコがファシストたちの追手を逃れ、飛行艇を飛び立たせるアクション・シーンの音楽。もともとこの楽曲は、小説家F・スコット・フィッツジェラルドをテーマにした久石のソロ・アルバム『My Lost City』(1992、アルバム名はフィッツジェラルドのエッセイ集のタイトルに由来)用に書き下ろした楽曲だが、宮崎監督の強い要望で『紅の豚』本編への使用が決まったという逸話がある。大恐慌直前のジャズ・エイジの”狂騒”と、1980年代後半の日本のバブル経済の”狂騒”を重ね合わせて久石が表現した《Madness》。その警鐘に耳を傾けることもなく、日本のバブル経済は『My Lost City』リリースと『紅の豚』公開の直後、崩壊した。

 

Water Traveller
一寸法師を思わせる水の精・墨江少名彦(すみのえの・すくなひこ)と小学生・悟(さとる)の友情と冒険を描いた、大林宣彦監督の冒険ファンタジー映画『水の旅人 侍KIDS』(1993)のメインテーマ。日本映画としては破格の制作費を投じたこの作品は、きわめて異例なことに、サウンドトラックの演奏をロンドン交響楽団(LSO)が担当した。そのため、久石はLSOのダイナミックかつ豊かなサウンドを意識しながら、自身初となる大編成のフル・オーケストラによる勇壮なフィルム・スコアを書き上げた。本盤には、映画公開から17年後の2010年、久石自身がLSOを指揮して再録音した演奏が収録されている。

 

Oriental Wind
原曲は、サントリーが2004年から発売している緑茶飲料「伊右衛門」のCM曲として、久石が”和”のテイストを基調としながら2004年に作曲。通常、日本のCM音楽では、作曲家は実際のオンエアで使用される15秒もしくは30秒ぶんの音楽しか作曲しない。そのため、新たな音楽素材を追加し、演奏会用音楽としてまとめ直したものが、ここに聴かれるバージョンである。追加された部分では、久石自身のルーツであるミニマル・ミュージック的な要素や、新ウィーン楽派風のストリングス・アレンジも顔を覗かせる。

 

Silent Love
サーフィンに熱中する聾唖の青年・茂と、同様に聾唖の障害を持つ恋人・貴子のラブストーリーを静謐なスタイルで描いた、北野監督『あの夏、いちばん静かな海。』(1991)のメインテーマ。久石が北野作品のスコアを初めて担当した記念すべき第1作であり、北野監督のミニマルな演出法と久石のミニマル・ミュージックが奇跡的に合致した映画芸術としても忘れがたい作品である。セリフが極端に少ない本作において、久石のスコアはサイレント映画の伴奏音楽のような役割を果たし、シンセサイザーとシーケンサーによる幻想的なサウンドを用いることで、言葉では表現できない豊かな情感と詩情を見事に表現していた。嬉しいことに、本盤にはオリジナル・サウンドトラックの録音がそのまま収録されている。

 

Departures
米国アカデミー外国語映画賞を獲得した滝田洋二郎監督『おくりびと』(2008)の音楽より。オーケストラ解散のため職を失ったチェロ奏者が、家族を養うためにやむなく就いた葬儀屋、すなわち納棺師の仕事を通じて、人間の死生観を問い直すという物語だが、本編の中でチェロの演奏シーンが登場することもあり、久石は撮影に先立ってチェロのテーマを書き上げた。本盤に聴かれる演奏は、生の喜びに満ち溢れたメインテーマ《Departures》と、チェロの相応しい哀悼の感情を表現したサブテーマ《Prayer》から構成されている。

 

”PRINCESS MONONOKE” Suite
(The Legend of Ashitaka ~ The Demon God ~ Princess Mononoke)
公開当時、日本映画の興行記録を塗り替えた宮崎監督作『もののけ姫』(1997)より。タタリ神によって死の呪いをかけられた青年アシタカは、呪いを解くために西の地に向かい、タタラ場の村に辿り着く。そこでアシタカが見たものは、村人たちが鉄を鋳造するため、神々の森の自然を破壊している姿だった。アシタカは、森を守るためにタタラ場を襲う”もののけ姫”サンと心を通わせていくうちに、人間と森が共生できる道が存在しないのか、苦悩し始める。本盤に収録された組曲では、最初にアシタカが登場するオープニングの音楽《アシタカせっ記》が、壮大な叙事詩に相応しい風格で演奏される。続いて、アシタカがタタリ神と死闘を繰り広げる部分の音楽《TA・TA・RI・GAMI》。この部分は、”祭囃子”にインスパイアされた音楽で、演奏には和太鼓や鉦など、伝統的な邦楽器が使用されている(祭囃子は、タタリ神が何らかの形で鎮めなければならない超自然的な存在だということを暗示している)。そして、人間と森の共生をめぐり、アシタカが犬神のモロの君と諍うシーンで流れる《もののけ姫》の音楽へと続く。

 

The Procession of Celestial Beings
子供のいない竹取とその妻が、竹の中から見つけた女の赤子を育てるが、絶世の美女・かぐや姫として成人した彼女は生まれ故郷の尽きに戻ってしまう、という話が書かれた日本最古の文学「竹取物語」を、高畑勲監督が独自の解釈で映画化した遺作『かぐや姫の物語』(2013、米国アカデミー賞長編アニメ賞候補)の音楽より。『風の谷のナウシカ』をはじめ、いくつかの宮崎作品でプロデューサーや音楽監督(ハリウッドのミュージック・スーパーバイザーに相当する)を務めた高畑は、久石の映画音楽作曲に大きな影響を与えた人物のひとりだが、監督と作曲家という関係でふたりがコラボレーションを実現させたのは、この『かぐや姫の物語』が最初にして最後である。この作品で、久石はチェレスタやグロッケンシュピールといったメタリカルでチャーミングな音色を持つ楽器を多用し、「かぐや姫」の名の由来でもある彼女の光り輝く姿を表現した。仏に導かれ、月からかぐや姫を迎えに来た天人たちが雲に乗って現れるクライマックスシーンの音楽《天人の音楽》では、久石は「サンバ風に」という高畑監督のアイディアを踏まえ、さまざまなワールド・ミュージックの音楽語法を掛け合わせることで”彼岸の音楽”を表現している。

 

My Neighbour TOTORO
母親の療養のため、田舎に引っ越してきた姉妹サツキとメイが、森の中で遭遇する不思議な生き物トトロとの交流を描いた宮崎監督『となりのトトロ』(1988)の主題歌が原曲。宮崎監督は本作の企画書段階から、子供たちが「せいいっぱい口を開き、声を張り上げて唄える歌」と「唱歌のように歌える歌」が本編の中で流れることを希望していた。そのため、久石は本編のスコア作曲に先駆け、宮崎監督と童話作家・中川李枝子が歌詞を書き下ろしたイメージ・ソングを10曲作曲し、実質的には新作童謡集の形をとった『となりのトトロ イメージ・ソング集』を録音・リリースした。その中の1曲、宮崎監督が作詞を手がけた主題歌《となりのトトロ》のメロディは、久石が風呂場で「ト・ト・ロ」という言葉を口ずさんでいるうちに、自然と生まれてきたという驚くべきエピソードが残っている。ここに聴かれるバージョンは、ブリテン作曲《青少年のための管弦楽入門》やプロコフィエフ作曲《ピーターと狼》と同じく、ナレーションつきの管弦楽曲としてまとめられた《オーケストラ・ストーリーズ「となりのトトロ」》の終曲。演奏は、ブリテンの曲と縁の深いロンドン交響楽団が担当している。

 

 

DISC 2

Ballade
アメリカに逃亡したヤクザが、兄弟仁義に拘りながら、現地のギャングとの抗争の果てに自滅する姿を描いた、北野監督『BROTHER』(2000)のメインテーマ。サウンドトラックではフリューゲル・ホルンがソロ・パートを演奏していたが、本盤にはソロ・ピアノ・バージョンが収められている。北野監督が初めて海外ロケを敢行した作品であり、久石も作曲に先駆け、実際にロサンゼルスの撮影現場を訪れた。その時に北野監督と久石が交わしたキーワード”孤独と叙情”が、作曲の大きなヒントになったという。

 

KIDS RETURN
高校時代、共にボクシングに熱中しながらも、ヤクザに転落していくマサルと、プロボクサーへの道を歩み始めるシンジの友情と挫折を描いた、北野監督の青春映画『Kids Return』(1996)のメインテーマ。「俺たち、もう終わっちゃったのかな」と弱音を吐くシンジに対し、「バカヤロー、まだ始まっちゃいねえよ」と吐き捨てるように答えるマサルのセリフと共に、「淡々としているのに衝撃的な」ミニマル・ミュージックの匂いを漂わせたメインテーマが流れ始めるラストシーンは、北野映画屈指の名シーンとして知られている。ここに聴かれる演奏は、イギリスの弦楽四重奏団バラネスク・カルテットと久石のピアノが共演する形で書き直されたバージョン。

 

Asian Dream Song
原曲は、1998年長野パラリンピック大会のテーマソング《旅立ちの時~Asian Dream Song~》。久石は長野県出身ということもあり、この大会で開会式総合プロデューサーも担当。開会式のフィナーレで聖火が灯る中、少女が天に向かって上っていく情景において、この曲が演奏された本盤に聴かれる演奏では、アジアの悠久の歴史を感じさせる、東洋的な音階を用いた中間部が挿入されている。

 

Birthday
2005年にリリースされたアルバム『FREEDOM PIANO STORIES IV』のために書き下ろした作品。いわゆる”久石メロディ”の代表作のひとつとして、日本では多くのピアノ愛好家によって愛奏されている。ピアノの単音がよちよちと紡ぎ出すメロディを、弦楽合奏が温かい眼差しで見守るような音楽が、小さな生命の誕生と成長を表現しているようでもある。なお、現在に至るまで、久石は誰の誕生日のためにこの曲を作曲したのか明らかにしていない。

 

Innocent
宮崎監督『天空の城ラピュタ』(1986)のメインテーマ《空から降ってきた少女》のソロ・ピアノ・バージョン。この曲に宮崎監督が作詞した歌詞を付けたものが、本編のエンドロールで流れる主題歌《君をのせて》である。『天空の城ラピュタ』は子供から大人まで楽しめる明快な冒険活劇を意図して作られたが、久石は宮崎監督やプロデューサーの高畑と相談の末、ハリウッド映画音楽の真逆をいくように、敢えてマイナーコードを用いたメロディをメインテーマに用いることにした。その音楽が、映画全体に深みを与えたことは改めて指摘するまでもないだろう。余談だが、2019年に来日した作曲家マックス・リヒターが、リハーサルの合間に突然この曲を弾き始め、その場に居合わせた筆者をはじめ、関係者一同が驚くという出来事があった(久石は指揮者/演奏家としてリヒターの作品を日本で紹介している)。

 

Fantasia (for Nausicaä)
宮崎監督のスコアを久石が初めて担当した記念すべき第1作『風の谷のナウシカ』(1984)のメインテーマ《風の伝説》を、ピアノ・ソロの幻想曲(ファンタジア)として書き直されたもの。同作のプロデューサーを務めた高畑(および鈴木敏夫)から作曲依頼を受けた久石は当時、実験的なミニマル・ミュージックの現代音楽作曲家として活動していたにもかかわらず、商業用の映画音楽を書かなくてはならないというジレンマに立たされた。しかしながら、久石は自己のアイデンティティを殺すことなく、当時の日本のポップスの流行に真っ向から対抗するように、メロディの冒頭部分を(ミニマル・ミュージックのスタイルに従って)コード進行をほとんど変えず、ストイックなメインテーマを書き上げてみせた。そうした彼のストイックな音楽的姿勢が、ナウシカというヒロインの壮絶な生きざまに重なって聴こえたのは、筆者ひとりだけではあるまい。なお、久石が筆者に語ったところによれば、この時期の彼のピアノのタッチは、高校時代から敬愛するジャズ・ピアニスト、マル・ウォルドロンの影響を強く受けているという。

 

HANA-BI
余命いくばくもない愛妻と最期の時を過ごすため、犯罪に手を染めることになる元刑事の生き様を描いた、北野監督作『HANA-BI』(1998)メインテーマのソロ・ピアノ・バージョン。この作品で北野監督はヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞したが、現地での公式上映には久石もわざわざ駆けつけた。陰惨なシーンと関係なくアコースティックできれいな音楽が欲しいという北野監督の要望を踏まえ、久石はそれまでの北野作品で用いなかったクラシカルなスタイルに基づくスコアを作曲し、北野監督の演出意図に応えている。

 

The Wind Forest
宮崎監督『となりのトトロ』の《風のとおり道》が原曲。この楽曲も主題歌《となりのトトロ》と同様、本編のスコアの作曲に先駆け、イメージ・ソングの形で作曲された。ミニマル・ミュージック風の音型が小さき生命の存在をユーモラスに表現し、日本音階を用いた東洋的なメロディが森の中に棲む大らかな生命を謳い上げる。久石自身は、この《風のとおり道》を「映画全体の隠しテーマとなっている重要な曲」と位置づけている。

 

Angel Springs
Nostalgia
2曲ともサントリーのシングルモルトウィスキー「山崎」(サントリー山崎蒸溜所に由来する)のCMのために書かれた楽曲で、「なにも足さない。なにも引かない」という「山崎」の商品コンセプトに基づき作曲された。1995年作曲の《Angel Springs》では、冒頭のチェロの音色が琥珀色の「山崎」の深みを表現。1998年の《Nostalgia》では、久石のピアノがジャジーなメロディを奏でることで、「山崎」を味わうに相応しいノスタルジックな”大人の時間”を演出している。なお、「山崎」に限らないが、アルコール飲料などのCM曲において、久石は一定期間その飲料を実際に味わいながら作曲の構想を練るという。

 

Spring
ベネッセ進研ゼミ「中学講座」CMのために2003年に作曲。曲名が示唆しているように、『菊次郎の夏』のメインテーマ《Summer》と兄弟関係にある楽曲である。そこに共通しているのは、健やかに成長していく子供に向けた期待と喜びの表現と言えるだろう。本盤の演奏で弦楽パートを担当しているのは、カナダを拠点に活動している女性弦楽アンサンブル、アンジェル・デュボー&ラ・ピエタ。

 

The Wind of Life
1996年にリリースされたアルバム『PIANO STORIES II The Wind of Life』収録曲。久石は、作曲メモを次のように著している。「生命の風、人の一生を一塵の風に託す。/陽は昇り、やがて沈む。花は咲き、そして散る。/風のように生きたいと思った」。ポップス・メロディの作曲家としても、久石が第一級の才能を有していることを示した好例と言えるだろう。

 

Ashitaka and San
宮崎監督『もののけ姫』のラスト、”破壊された世界の再生”が描かれる最も重要なシーンにおいて、久石はそれまで凶暴に鳴り続けていたオーケストラの演奏を止め、シンプルなピアノだけで希望のメロディを奏でてみせた。その音楽を聴いた宮崎監督は、「すべて破壊されたものが最後に再生していく時、画だけで全部表現できるか心配だったけど、この音楽が相乗的にシンクロしたおかげで、言いたいことが全部表現できた」と語ったという。

 

Ponyo on the Cliff by the Sea
アンデルセンの「人魚姫」に想を得た宮崎監督が、さかなの子・ポニョと人間の子・宗介の出会いと冒険を描いた『崖の上のポニョ』(2008)のメインテーマ。絵コンテを見た久石は、「ポニョ」という日本語の響きから発想を得たメロディを即座に作曲。そのメロディに基づくメインテーマのヴォーカル・バージョンが、映画公開の半年以上前にリリースされた。ここに聴かれるのは、チェロ12本、コントラバス、マリンバ、打楽器、ハープ、ピアノという珍しい編成でリアレンジされたバージョン。伝統的な管弦楽法からは絶対に思いつかない発想だが、チェロのピツィカートとマリンバの倍音が生み出すユーモラスな響きが、不思議にもポニョのイメージと一致する。

 

Cinema Nostalgia
国内外の話題作・ヒット作の映画をプライムタイムにテレビ放映する日本テレビ系「金曜ロードショー」オープニングテーマとして、1997年に作曲。久石の敬愛する作曲家ニーノ・ロータにオマージュを捧げたような、クラシカルな佇まいが美しい。実際の放映では、初老の紳士が手回し撮影機のクランクを回すアニメーション(製作は宮崎監督)がバックに用いられた。

 

Merry-Go-Round
荒地の魔女の呪いにより、90歳の老婆に姿を変えさせられた帽子屋の少女ソフィーと、人間の心臓を食べると噂される魔法使いハウルのラブストーリーを描いた、宮崎監督『ハウルの動く城』(2004)のメインテーマ《人生のメリーゴーランド》(曲名は、宮崎監督の命名による)のリアレンジ。「ソフィーという女性は18歳から90歳まで変化する。そうすると顔がどんどん変わっていくから、観客が戸惑わないように音楽はひとつのメインテーマにこだわりたい」という宮崎監督の演出方針を踏まえ、久石は「ワルツ主題《人生のメリーゴーランド》に基づく変奏曲」というコンセプトで映画全体に音楽を設計した。ここに聴かれるバージョンも、演奏時間こそ短いが、変奏曲形式に基づいている。

 

2019年12月6日、久石譲 69歳の誕生日に。
前島秀国 / Hidekuni Maejima
サウンド&ヴィジュアル・ライター

(CDライナーノーツ より)

 

 

 

CDライナーノーツは英文で構成されている。日本国内盤には日本語ブックレット付き(同内容)封入されるかたちとなっている。おそらくはアジア・欧米諸国ふくめ、各国語対応ライナーノーツも同じかたちで封入されていると思われる。

 

ベストアルバム発売におけるプロモーション、Music Video公開、および収録曲のオリジナル収録アルバムは下記にまとめている。ライナーノーツには、各楽曲の演奏者(編成)とリリース年はクレジットされているが、オリジナル・リリースCDは記載されていない。

また本盤は、いかなるリリース形態(CD・ストリーミング各種)においても音質は向上している。もし、これまでにいくつかのオリジナル収録アルバムを愛聴していたファンであっても、本盤は一聴の価値はある。そして、これから新しく聴き継がれる愛聴盤になる。

 

 

 

公式特設ページ(English)
https://umusic.digital/bestofjoehisaishi/

 

 

 

 

 

DISC 1
1. One Summer’s Day 映画『千と千尋の神隠し』より
2. Kiki’s Delivery Service 映画『魔女の宅急便』より
3. Summer 映画『菊次郎の夏』より
4. il porco rosso 映画『紅の豚』より
5. Madness 映画『紅の豚』より
6. Water Traveller 映画『水の旅人 侍KIDS』より
7. Oriental Wind サントリー緑茶『伊右衛門』CMソング
8. Silent Love 映画『あの夏、いちばん静かな海。』より
9. Departures 映画『おくりびと』より
10. “PRINCESS MONONOKE” Suite 映画『もののけ姫』より
11. The Procession of Celestial Beings 映画『かぐや姫の物語』より
12. My Neighbour TOTORO 映画『となりのトトロ』より

DISC 2
1. Ballade 映画『BROTHER』より
2. KIDS RETURN 映画『KIDS RETURN』より
3. Asian Dream Song 1998年「長野冬季パラリンピック」テーマソング
4. Birthday
5. Innocent 映画『天空の城ラピュタ』より
6. Fantasia (for Nausicaä)  映画『風の谷のナウシカ』より
7. HANA-BI 映画『HANA-BI』より
8. The Wind Forest  映画『となりのトトロ』より
9. Angel Springs サントリー「山崎」CMソング
10. Nostalgia サントリー「山崎」CMソング
11. Spring ベネッセコーポレーション「進研ゼミ」CMソング
12. The Wind of Life
13. Ashitaka and San 映画『もののけ姫』より
14. Ponyo on the Cliff by the Sea 映画『崖の上のポニョ』より
15. Cinema Nostalgia 日本テレビ系「金曜ロードショー」オープニング・テーマ曲
16. Merry-Go-Round 映画『ハウルの動く城』より

 

DISC 1
1. One Summer’s Day (from Spirited Away)
2. Kiki’s Delivery Service (from Kiki’s Delivery Service)
3. Summer (from Kikujiro)
4. il porco rosso (from Porco Rosso)
5. Madness (from Porco Rosso)
6. Water Traveller (from Water Traveler – Samurai Kids)
7. Oriental Wind
8. Silent Love (from A Scene at the Sea)
9. Departures (from Departures)
10. “PRINCESS MONONOKE” Suite (from Princess Mononoke)
11. The Procession of Celestial Beings (from The Tale of Princess Kaguya)
12. My Neighbour TOTORO (from My Neighbor Totoro)

DISC 2
1. Ballade (from BROTHER)
2. KIDS RETURN (from Kids Return)
3. Asian Dream Song
4. Birthday
5. Innocent (from Castle in the Sky)
6. Fantasia (for Nausicaä) (from Nausicaä of the Valley of the Wind)
7. HANA-BI (from HANA-BI)
8. The Wind Forest (from My Neighbor Totoro)
9. Angel Springs
10. Nostalgia
11. Spring
12. The Wind of Life
13. Ashitaka and San (from Princess Mononoke)
14. Ponyo on the Cliff by the Sea (from Ponyo on the Cliff by the Sea)
15. Cinema Nostalgia
16. Merry-Go-Round (from Howl’s Moving Castle)

 

All Music Composed & Arranged by Joe Hisaishi

Produced by Joe Hisaishi

except
“Ballade” “HANA-BI” “Ashitaka and San”
produced by Joe Hisaishi & Masayoshi Okawa

“Asian Dream Song” “Angel Springs” “Nostalgia” “The Wind of Life” “Cinema Nostalgia”
produced by Joe Hisaishi & Eichi Fujimoto

Design: Kristen Sorace
Photography: Omar Cruz

and more

 

Disc. 久石譲指揮 東京交響楽団 『ストラヴィンスキー:「春の祭典」』

2020年2月19日 CD発売

久石譲が読み解くリズムとハーモニー。

新たなアプローチによる演奏が注目を集めている久石譲の指揮によるクラシック音楽、本盤は当代随一の実力を誇る東京交響楽団との共演ライヴ録音です。ストラヴィンスキーの複雑なリズムとハーモニーを、作曲家である久石ならではの視点で緻密に解析、オーケストラも正確無比なテクニックでタクトに応え、音楽的に充実度の高い演奏となっています。世界に誇るべき、新しい「春の祭典」の誕生! ぜひお聴きください。

(CD帯より)

 

 

熟成した音楽家としての発露が響く《春の祭典》
小味渕 彦之

久石譲がストラヴィンスキーの《バレエ音楽「春の祭典」》を指揮したディスク。2019年6月3日と4日にサントリーホールで行われた東京交響楽団とのライブ録音が収められた。

かつての久石の活動からは想像もできなかったが、近年の指揮者としての充実した活動は、この稀有な音楽家に対する認識を変えさせるに充分すぎるほどのインパクトを持っている。2016年から3年がかりで完成させたフューチャー・オーケストラ・クラシックス(旧ナガノ・チェンバー・オーケストラ)とのベートーヴェン「交響曲全集」は、「ベートーヴェンは、ロックだ!」をコピーとして、新時代を切り拓く演奏という位置づけだったが、そこに繰り広げられた音楽には、ロックという言葉から連想される激しいビート感だけでなく、血となり肉となるハーモニーの構築を含めた、西洋音楽のエッセンスが余すところなく表現されていたのだ。決してエキセントリックなものではなく、真っ向勝負で正攻法の音楽創りからは、古典作品と向き合う誠実な音楽家の取り組みが浮かび上がってくる。

この《春の祭典》もまさに、その延長線上にあるもの。ベートーヴェンに対して述べた言葉がそのまま当てはまる。20世紀に生まれたオーケストラ曲で最も重要な作品の一つに位置付けられるこの傑作を前に、久石は殊更に細部を強調するわけでもなく、あるがままの響きを連ねていく。組み合わされるパーツごとの押し出しは激烈なれども、流れるように奏でられる音楽を聴いていると、100年と少し前にこの作品がパリで初演された時の拒絶反応が信じられないほど、「さらり」と奏でられることに気がついた。別の言い方をすると、どんなに精妙な部分でも、どんなに獰猛に叫ぶ場面でも、リズムが揺るぎなく刻まれているのだ。冷静さと熱狂が同居すると言っても良い。これを、ミニマル・ミュージックにルーツを持つ久石の作曲家としての視点が投影されたとするのは簡単だが、それ以前に、熟成した音楽家としての発露がこうした演奏に繋がっていると受け止めたい。

(こみぶち・ひろゆき)

(CDライナーノーツより)

 

曲目解説
諸石幸生

ストラヴィンスキー
バレエ音楽「春の祭典」

ただ単にストラヴィンスキー(1882~1971)の名声を確立しただけでなく、20世紀初頭の楽壇を震撼させた問題作である。初演は1913年5月29日、パリのシャンゼリゼ劇場でピエール・モントゥーの指揮で行われたが、最初、モントゥーはストラヴィンスキーからスコアを見せられた時、「一音符も理解できなかった」と告白しているし、さらに「この狂気のロシア人の作品は音楽などではない。私にとってはベートーヴェンとブラームスの交響曲だけが音楽なのだ、と心に決めた」というから衝撃のほどがしのばれる。

しかしモントゥーはロシア・バレエ団の主宰者ディアギレフの強い説得に折れ、1912年の一冬を費やしてスコアを研究、春になるとオーケストラ練習を始め初演に臨んでいる。

初演はシャンゼリゼ劇場の開場祝いをかねた公演であったが、赤いビロードと金の花模様で飾られた豪華な会場は、演奏が始まるや、聴衆が罵りあう大混乱の場となり、事態収拾のため憲兵までが導入されるスキャンダルになっている。こうした騒動は、ただ単にストラヴィンスキーの音楽の大胆さによるものではなく、ニジンスキーの振り付けやN・K・レーリヒによる衣装や美術が不評をかったためでもあったが、ニジンスキーは舞台の袖から踊り手たちに拍子を大声でがなりたて、なんとか先へ進めたといわれている。

当のストラヴィンスキーも(この時31才の若さだった)、はじめは聴衆の一人として客席に座っていたが、数小節たったところで笑い声が起こったのに腹をたて座席を立ったという。そんなショックが災いしたのか、ストラヴィンスキーは初演後チフスにかかり、6週間も入院している。

「春の祭典」の構想は「ペトルーシュカ」(1911年作曲)以前から温められており、乙女がいけにえとして捧げられる異教徒たちの祭典がストラヴィンスキーの脳裏にあったというが、その根底には長い閉ざされた冬からの解放、春への賛歌、新たなる生命の息吹、人類の再生への願いといったものがあることは言うまでもないであろう。第一部は「大地礼賛」と題されており、序奏のあと「春のきざしー乙女たちの踊り」となり、さらに「誘拐」「春の踊り」「敵の都の人々の戯れ」「長老の行列」と続く。そして「大地への口づけ」「大地の踊り」に至る構成である。第二部の「いけにえ」は序奏のあと「乙女たちの神秘的な集い」「選ばれしいけにえの賛美」「祖先の呼び出し」「祖先の儀式」へと続き、最後に熱狂的な「いけにえの踊り」となって、興奮の中で閉じられる。

(もろいし・さちお)

(CDライナーノーツより)

 

 

 

 

ストラヴィンスキー(1882-1971)
バレエ音楽「春の祭典」

第1部:大地礼賛
1. 序奏
2. 春のきざし – 乙女たちの踊り
3. 誘拐
4. 春の踊り
5. 敵の都の人々の戯れ
6. 長老の行列
7. 大地への口づけ
8. 大地の踊り
第2部:いけにえ
9. 序奏
10. 乙女たちの神秘的な集い
11. 選ばれしいけにえの賛美
12. 祖先の呼び出し
13. 祖先の儀式
14. いけにえの踊り

TOTAL TIME 34:42

久石譲(指揮)
東京交響楽団

2019年6月3-4日 東京・サントリーホール にてライヴ収録

高音質 DSD11.2MHz録音 [Hybrid Layer Disc]

 

Disc. 久石譲 『久石譲 presents MUSIC FUTURE IV』

2019年11月20日 CD発売

『久石譲 presents MUSIC FUTURE IV』
久石譲(指揮) フューチャー・オーケストラ

久石譲主宰 Wonder Land Records × クラシックのEXTONレーベル 夢のコラボレーション第4弾!未来へ発信するシリーズ!

久石譲が”明日のために届けたい”音楽をナビゲートするコンサート・シリーズ「ミュージック・フューチャー」より、アルバム第4弾が登場。ミニマル・ミュージックを探求し続ける「同志」であるデヴィット・ラングと久石譲。2人の新作が日本初演された2018年のコンサートのライヴを収めた当盤では、ミニマル・ミュージックの多様性を体感することができます。日本を代表する名手たちが揃った「フューチャー・オーケストラ」が奏でる音楽も、高い技術とアンサンブルで見事に芸術の高みへと昇華していきます。EXTONレーベルが誇る最新技術により、非常に高い音楽性と臨場感あふれるサウンドも必聴です。「明日のための音楽」がここにあります。

ホームページ&WEBSHOP
www.octavia.co.jp

(CD帯より)

 

 

解説 松平敬

「MUSIC FUTURE」とは、久石譲が世界最先端の音楽を紹介するコンサート・シリーズである。2014年から年1回のペースで、これまで5回の演奏会が開催され、そのライヴ盤も本作で4枚目となる。

久石がこだわりを持つ、ミニマル・ミュージックを中心としてプログラムを構成するアイデアは、これまでのアルバムと同様であるが、本アルバムでは、フィリップ・グラスの作品を久石が「Re-Compose」するという、新機軸が導入された。スティーヴ・ライヒ、テリー・ライリーらと共に、ミニマル・ミュージックの「始祖」として知られるグラスの古典的名作『Two Pages』に、久石が大胆なオーケストレーションを施し、新たな作品として提示するという、時代と国境を超えた野心的なコラボレーションである。

久石のオリジナル作品として収録された『The Black Fireworks 2018』は、『Music Future III』に収録された『室内交響曲第2番』の新ヴァージョンである。両ヴァージョンを聴き比べることで、基本的に同じ構成を持った両作の色合いの違いを楽しむのも一興であろう。

デヴィット・ラングも、久石と同様、ミニマル・ミュージックを探求し続ける、いわば久石の「同志」である。久石とラングの作品を交互に並べた本アルバムを聴くことで、ミニマル・ミュージックという「限定」された素材に基づく音楽が秘めた「多様性」を体感してほしい。

 

久石譲:
The Black Fireworks 2018
for Violoncello and Chamber Orchestra

この作品は、実質的にバンドネオン協奏曲であった『室内交響曲第2番 The Black Fireworks』を、チェロと室内オーケストラの作品として改作したものである。両者の音楽の基本的な構造は同じであるが、バンドネオンの軽やかな音色がチェロの重厚な音色に置き換わることで、軽やかに飛翔するような音楽であった前作が、重機関車を思わせる推進力と迫力を兼ね備えた音楽へと変貌している。ソリストのマヤ・バイザーによる熱量の高い演奏も、この作品の新しい魅力を引き出す。

『室内交響曲第2番』からの大きな違いとして、第3楽章が割愛されて2楽章構成へと変更されたことが挙げられる。前作の第3楽章における、明らかにバンドネオン向けのタンゴ的な曲調がチェロに相応しくないと判断した結果なのであろう。

前作の3楽章構成が、急ー緩ー急という伝統的なコンチェルトを想起させたのに対し、2楽章構成となった今作では、急ー緩という両楽章の対比よりはむしろ、兄弟のような類似性が浮かび上がることになる(この関係性はシューベルトの『未完成交響曲』を彷彿とさせる)。実際、第1楽章のテンポは♩=91、第2楽章は♩=84とほとんど同じで、どちらも16分音符を主体としたリズムが多用されているため、聴覚上のテンポ感もほとんど同じなのだ。しかし、第2楽章における息の長いメロディーや、しばしば挿入される和音の引き伸ばしという新しい要素は、無窮動のリズムが支配する第1楽章とコントラストをなす。ちなみに、この作品も『2 Pages Recomposed』と同様、Single Trackの手法を用いて作曲されている。

タイトルの「The Black Fireworks」は、ある少年が久石に語った「白い花火の後に黒い花火が上がって、それが白い花火をかき消している」という謎めいた言葉に由来するものだ。

 

デヴィット・ラング:
prayers for night and sleep

タイトルを和訳すれば「夜と眠りのための祈り」。本作品はタイトルどおり、「夜」「眠り」と題されたふたつの祈りの歌から構成されている。

1曲目「夜」の歌詞は、「夜になると」というキーワードでインターネット検索した言葉を集めたもの。これらの言葉は「I can」「I feel」「I will」という3種類の言葉で始める文章にまとめられ、この歌詞の構造が音楽の構造にもリンクしている。「I can」と「I will」で始まる文章を集めたセクションでは、ふたつの和音が揺らめくように交替する弦楽合奏を背景に、ソプラノ歌手が静的なメロディーを歌う。この両セクションに挟まれた「I feel」の部分では、一転して眠りを断ち切るかのような緊張感のある音楽へと変わり、歌唱パートも、語るような音形が支配的となる。

2曲目「眠り」は、「私の目に眠りが降りてくると」という、1曲目と呼応するかのような歌詞で始まるが、こちらはユダヤ人の伝統的な就寝時の祈りの言葉をまとめたものだ。チェロ独奏の分散和音と、それをエコーのように繰り返す弦楽合奏によって、音楽が霧に包まれたかのような謎めいた雰囲気が立ち現れる。ソプラノ歌手は、その「音のベッド」の上でまどろむかのように、始まりも終わりもない瞑想的なメロディーを歌う。時折聞こえるグロッケンの密やかな音は、安らかな眠りを見守る星の瞬きのようだ。

透明感に満ちたモリー・ネッターの歌声と、その歌声をさりげなく包み込むマヤ・バイザーのチェロの音色は、この作品の瞑想的なムードと一体化している。

 

フィリップ・グラス / Recomposed by 久石譲:
2 Pages Recomposed

この作品の原曲となったグラスの『Two Pages』は、今から約50年前の1969年に作曲された。G-C-D-E♭-Fというシンプル極まりないメロディーが、何度も繰り返されるうちに少しずつ増殖したり圧縮したりする、グラス初期作品の典型的な構造になっている。一般的な音楽に必須の、メロディーを支える伴奏のようなものはこの作品には存在しない。絶え間なく変化を繰り返す一本の線があるけだ。

『2 Pages Recomposed』は、グラスの原曲を、久石が「Single Track(単線)」と呼ぶ手法によって、室内オーケストラの作品へと拡張したもの。メロディーの構造は原曲そのままである。しかし、それを単にオーケストラ用に「編曲」するのではなく、ひとつのメロディー・ラインを複数の楽器で互い違いに演奏するように割り当てたり、メロディーのいくつかの音を引き延ばすといった処理が施されている。こうした手の込んだ操作によって、単旋律であるにも関わらず複数のメロディー・ラインが重なり合っているような錯覚が生じたり、メロディーからハーモニーがにじみ出たり、という独特な効果が生まれる。

編曲によって原曲の音色を他の音色に置き換える行為は、かつては作曲行為の下位に位置するものと捉えられていたが、ここでは、音色による構成が本質的かつ創造的な作曲行為と考えられている。そして、その思いが「Recomposed」というクレジットに表れている。作曲者本人が想像だにしないアイデアで生まれ変わったこのヴァージョンを聴いたグラスは、とても喜んだそうだ。

 

デヴィット・ラング:
increase

タイトルの「increase」は、作曲者のラングが自身の子供の名として有力な候補として考えながらも、結局は採用しなかった名前だ。そのポジティヴな語感を気に入ったラングは、この名前を自身の楽曲のタイトルとして「復活」させた。

本作品の楽譜冒頭に書かれた「with increasing energy 増大していくエネルギーとともに」という言葉どおり、作品全体は祝祭的な空気感に満たされている。先へ先へと急き立てるような音楽の秘密は、冒頭の軽妙なフルートのメロディーを支える、ヴィブラフォンのリズムにある。そのリズムは、(4分音符を1とすると)3/4-1/2-1/3-1/4-1/3-1/2-3/4という音価の繰り返しであり、耳で聴くと、加速と減速を繰り返すパルスのうねりのように知覚される。このうねりが異なる周期で重なり合うことで、シンプルな仕掛けから目まぐるしく変化する複雑なリズムが立ち現れる。作品後半では、ストラヴィンスキーの『春の祭典』を彷彿とさせる力強く不規則なビートの繰り返しから、雷鳴を思わせる圧倒的なクライマックスへとつながる、楽譜冒頭に記されたモットー通りの展開をみせる。

(まつだいら・たかし)

(解説 ~CDライナーノーツより)

 

*ライナーノーツには「prayers for night and sleep」のオリジナル歌詞 収載

 

フューチャー・オーケストラ
Future Orchestra

2014年、久石譲のかけ声によりスタートしたコンサート・シリーズ「MUSIC FUTURE」から誕生した室内オーケストラ。現代的なサウンドと高い技術を要するプログラミングにあわせ、日本を代表する精鋭メンバーで構成される。

”現代に書かれた優れた音楽を紹介する”という野心的なコンセプトのもと、久石譲の世界初演作のみならず、2014年の「Vol.1」ではヘンリク・グレツキやアルヴォ・ペルト、ニコ・ミューリーを、2015年の「Vol.2」ではスティーヴ・ライヒ、ジョン・アダムズ、ブライス・デスナーを、2016年の「Vol.3」ではシェーンベルク、マックス・リヒター、デヴィット・ラングを、2017年の「Vol.4」では、フィリップ・グラスやガブリエル・プロコフィエフを、そして本作に収録された「Vol.5」ではデヴィット・ラングを招聘し、コラボレートとして新旧の作品を演奏し、好評を博した。”新しい音楽”を体験させてくれる先鋭的な室内オーケストラである。

(CDライナーノーツより)

 

 

 

The Black Fireworks 2018
for Violoncello and Chamber Orchestra
久石譲 約20分

ここ数年僕は単旋律の音楽を追求しています。一つのモチーフの変化だけで楽曲を構成する方法なので、様々な楽器が演奏していたとしても、どのパートであっても同時に鳴る音は全て同じ音です(オクターヴの違いはありますが)。

ですが、単旋律のいくつかの音が低音や高音で演奏することで、まるでフーガのように別の旋律が聞こえてきたり、また単旋律のある音がエコーのように伸びる(あるいは刻む)ことで和音感を補っていますが、あくまで音の発音時は同じ音です。僕はこの方法をSingle Track Musicと呼んでいます。Single Trackは鉄道用語で単線という意味です。

「The Black Fireworks 2018」は、この方法で2017年にバンドネオンと室内オーケストラのために書いた曲をベースに、新たにチェロとオーケストラのための楽曲として書きました。伝統的なコンチェルトのように両者が対峙するようなものではなく、寄り添いながらも別の道を歩く、そのようなことをイメージしています。

タイトルは、昨年福島で出会った少年の話した内容から付けました。彼は東日本大震災で家族や家を失った少年たちの一人でした。彼は「白い花火の後に黒い花火が上がって、それが白い花火をかき消している」と言いました。「白い花火」を「黒い花火」がかき消す? 不思議に思って何度も同じ質問を彼にしましたが答えは同じ、本当に彼にはそう見えたのです。

そのシュールな言葉がずっと心に残りました。彼の観たものはおそらく精神的なものであると推察はしましたが、同時に人生の光と闇、孤独と狂気、生と死など人間がいつか辿り着くであろう彼岸をも連想させました。タイトルはこれ以外考えられませんでした。その少年にいつかこの楽曲を聴いて欲しいと願っています。(written by 久石譲)

 

2 Pages Recomposed
フィリップ・グラス / Recomposed by 久石譲 約16分

1969年に書かれたPhilip Glassさんの伝説的な楽曲「Two Pages」は5つの音の増減と8分音符で刻まれるリズムのみでできています。本来はある音色と繰り返しの回数を決定したら演奏の間中は一定に保たれるべき楽曲です。グラスさんは「最良の音楽は、始まりも終わりもない一つの出来事として経験される」と言っています。

今回、僕はあえてその楽曲を室内オーケストラの作品としてグラスさんの許可を得てRe-Composedしました。理由は彼を尊敬していること、親しいこと、それに加えてこの楽曲はSingle Track Musicでもあるからです。方法としては「The Black Fireworks 2018」と全く同じスタイルで、楽器の編成もソロ・チェロを除いてほぼ同じにしました。ニューヨークのリハーサルに立ち会った彼は大変喜んでくれました。この楽曲の強い個性はいかなる形を取っても変わらず、必ず現代に新たに蘇る!そんな思いをこめてRe-Composedしました。(written by 久石譲)

Blog. 「久石譲 presents ミュージック・フューチャー vol.5」 コンサート・レポート より抜粋)

 

 

2014年から始動した「久石譲 presents MUSIC FUTURE」コンサート。披露された作品が翌年シリーズ最新コンサートにあわせるかたちでCD化、満を持して届けられている。本作「MUSIC FUTURE IV」は、コンサート・ナンバリングとしては「Vol.5」にあたる2018年開催コンサートからのライヴ録音。約500席小ホールではあるが、好奇心と挑戦挑発に満ちたプログラムを観客にぶつけ、満員御礼という実績もすっかり定着している。さらに「Vol.5」はニューヨーク公演も開催された。

ライヴ録音ならではの緊張と迫真の演奏、ホール音響の臨場感と空気感をもコンパイルしたハイクオリティな録音。新しい音楽を体感してもらうこと、より多くの人へ届けること。コンサートと音源化のふたつがしっかりとシリーズ化されている、久石譲にとって今の音楽活動の大切な軸のひとつとなっている。

 

コンサート・プログラム、久石譲やデヴィット・ラングによるインタビュー動画、初のニューヨーク開催ともなったコンサート風景、東京公演の感想などは記している。

 

「室内交響曲 第2番《The Black Fireworks》」収録アルバム

 

 

久石譲
Joe Hisaishi (1950-)
The Black Fireworks 2018 for Violoncello and Chamber Orchestra [日本初演]
1. The Black Fireworks
2. Passing Away in the Sky

デヴィット・ラング
David Lang (1957-)
prayers for night and sleep [日本初演]
3. 1 night
4. 2 sleep

フィリップ・グラス / Recomposed by 久石譲
Philip Glass (1937-) / Recomposed by Joe Hisaishi
5. 2 Pages Recomposed (1969/2018) [日本初演]

デヴィット・ラング
David Lang
6. increase (2002)

 

久石譲(指揮)
Joe Hisaishi (Conductor)
フューチャー・オーケストラ
Future Orchestra
マヤ・バイザー(ソロ・チェロ)1-4
Maya Beiser (solo violoncello)
モリー・ネッター(ソロ・ヴォイス)3-4
Molly Netter (solo voice)

2018年11月21-22日 東京、よみうり大手町ホールにてライヴ録音
Live Recording at Yomiuri Otemachi Hall, Tokyo, 21, 22 Nov. 2018

 

JOE HISAISHI presents MUSIC FUTURE IV

Conducted by Joe Hisaishi
Performed by Future Orchestra
Live Recording at Yomiuri Otemachi Hall, Tokyo, 21, 22 Nov. 2018

Produced by Joe Hisaishi
Recording & Mixing Engineer:Tomoyoshi Ezaki
Assistant Engineers:Takeshi Muramatsu, Masashi Minakawa
Mixed at EXTON Studio, Tokyo
Mastering Engineer:Shigeki Fujino (UNIVERSAL MUSIC)
Mastered at UNIVERSAL MUSIC STUDIOS TOKYO

and more…

 

Disc. 久石譲指揮 フューチャー・オーケストラ・クラシックス 『ベートーヴェン:交響曲全集』

2019年7月24日 CD-BOX発売

久石譲 渾身のベートーヴェン・ツィクルス 完結!
──ベートーヴェンは、ロックだ!

久石譲が2016年より取り組んだベートーヴェン・ツィクルスは、かつてない現代的なアプローチが話題を集めました。作曲家ならではの視点で分析された演奏は、推進力と活力に溢れています。久石譲のもと若手トッププレーヤーが集結し、明瞭なリズムと圧倒的な表現で、新しいベートーヴェン像を打ち出しています。

──これは、聴く者の全身に活力を送り込み、五感を覚醒させるベートーヴェンだ。

 

Disc 1
交響曲 第1番 ハ長調 作品21
交響曲 第3番 変ホ長調 作品55「英雄」

Disc 2
交響曲 第5番 ハ短調 作品67「運命」
交響曲 第2番 二長調 作品36

Disc 3
交響曲 第4番 変ロ長調 作品60
交響曲 第6番 へ長調 作品68「田園」

Disc 4
交響曲 第7番 イ長調 作品92
交響曲 第8番 ヘ長調 作品93

Disc 5
交響曲 第9番ニ短調 作品125「合唱」

久石譲(指揮)
フューチャー・オーケストラ・クラシックス
(旧ナガノ・チェンバー・オーケストラ)ほか

2016年7月16日(第1番)、2016年7月17日(第2番)、2017年2月12日(第3,4番)、2017年7月15日(第5番)、2017年7月17日(第6番)、2018年2月12日(第7,8番)、2018年7月16日(第9番)
長野市芸術館 メインホールにてライヴ録音

◆特別装丁BOXケース&紙ジャケット仕様
◆豪華40Pブックレットには久石譲ロングインタビューを掲載
◆第4番&第6番は当全集にのみ収録 ※他の楽曲は再収録となりますのでご注意ください

 

 

 

【ブックレット内容】
●作品インデックス・タイム・クレジット・レコーディングデータ(P.1)
●久石譲、ベートーヴェンを語る(P.3~11)
●現代曲と同じ視点による古典の演奏を続けていきたい (P.13~16)
 ~久石譲に訊く本全集のコンセプトと今後の展開~
●曲目解説 諸石幸生 (P.18~29)
●交響曲 第9番ニ短調 作品125「合唱」 原詩/訳詞 (P.30~31)
●プロフィール (P.32~34)
 久石譲、フューチャー・オーケストラ・クラシックス、ソリスト
●オーケストラ メンバーリスト (P.35~37)
 (作品ごと楽器編成・演奏者リスト)

*上のナンバリング以外は写真掲載ページ

 

「久石譲、ベートーヴェンを語る(P.3~11)」では、これまでに語られたことない内容を多く含む、作品ごとに指揮者としてどういった点に注目してどういったアプローチをしたのか、とても具体的に語られています。既発単品CD盤、コンサート・パンフレット、ラジオ番組など、すべてを通して振り返ってもここまで専門的に作曲家・指揮者視点で掘り下げているのは全集所収ならではです。

 

ここではブックレットのなかから「現代曲と同じ視点による古典の演奏を続けていきたい(P.13~16)」のみを記します。こちらも全集のための初出内容を多く含むものです。

 

 

現代曲と同じ視点による古典の演奏を続けていきたい
~久石譲に訊く本全集のコンセプトと今後の展開~

ーまずはこのオーケストラ結成の経緯をお話しいただけますか。

久石:
長野市芸術館(2016年開館)の音楽監督を引き受けた段階で、観客の応援の対象となるアーティストが必要だと思いました。そこで考えたのは、1300席ほどの中ホールなので、チェンバー(室内)オーケストラを結成するのが、一番良いのではないかということ。それが了承され、ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)を結成しました。メンバーは、知り合いのヴァイオリン奏者、近藤薫さん(東京フィル、及びNCOのコンサートマスター)が中心になって集めた、N響、読響、東響など様々な楽団の首席奏者を多数含む、グレードの高い顔ぶれでした。

その時もうひとつ念頭にあったのが、「長野に文化をきちんと定着させたい」との思いです。これは長野市側の要望でもありました。ですが南の松本にはサイトウ・キネン・オーケストラ、北の金沢にはオーケストラ・アンサンブル・金沢という名楽団がある。その中間に位置する我々がオーケストラを作るとなれば、埋没することなくいずれは文化としての発信力があるものにしたいとの思いが強くありました。それで、自分の考えている理想のオーケストラができ、2年半に亘って演奏してきました。

 

ー最初にベートーヴェンの交響曲ツィクルスを行った理由は?

久石:
オーケストラも初めて集まるわけですし、文化として発信しようとするならば、しっかりしたテーマを与えなければいけないと考えたからです。ベートーヴェンという最高峰のものに挑戦することで、オーケストラとしての結束力を高め、課題を克服していく。各楽団の首席奏者であれば、能力の高さと同時に、それぞれの思いがあります。それを一本にまとめるのは、指揮者にとってもハードな作業です。なので「リズムをメインにした新しいベートーヴェンに挑む」というコンセプトで、演奏者たちに方向性を打ち出す必要がありました。

そして実際に現代的なリズムをベースにした演奏を行い、「ロックのようなベートーヴェン」というキャッチフレーズを付けました。本当は「ベートーヴェンはロックだ」なんて思ってはいませんよ(笑)。全然違いますから。しかしクラシックを聴かない人たちにアプローチをかけるとき、「ベートーヴェンはロックだ」と言った方が「どんなものだろう?」と思ってもらえます。ところがこの言葉は、意外に本質をついた部分がありました。つまりロックの基本はリズム。ですからリズムを中心にいくことを明快に打ち出した言葉だったわけです。

 

ー室内オーケストラならば、おのずと音楽もスリムな方向性になりますね。

久石:
そうですね。フルオーケストラがダンプカーであるならば、室内オーケストラはスポーツカーになり得ます。そこを踏まえて、ベートーヴェン演奏の古いしきたりを取り払いたい。その音楽を「ドイツ的」といった先入観とは関係なく伝えるために、ミニマルの楽曲のときと同じような、風通しの良い演奏をしたいと考えました。

 

ー弦楽器の編成は8型ですよね。そのように弦楽器が少なめの場合、管楽器とのバランスが難しくはないでしょうか?

久石:
これはとても重要なことですが、現代曲をやっていると、弦中心のアンサンブルは組まないんですよ。一音色として弦の各パート、一音色としてオーボエ、クラリネット…と捉えてバランスを作るので、あまり気になりません。弦の各パートをまず作って、そこに管楽器を乗せるといった従来型ではなく、このようにそれぞれが一音色という捉え方でアプローチしてきました。

 

ーベートーヴェンのメトロノーム指定は意識しましたか?

久石:
もちろん、それをベースに考えていますが、あの数字は基本的に速すぎますよね。でもロジャー・ノリントンが言っていますが、4分音符イコール60(♩=60)と書いてあれば1分間に60、すなわち1拍1秒で、120だったら2拍で1秒。これはいつの時代でも変わりませんから、あの表示がいい加減とは言いきれない。ただ、偉大なベートーヴェンに自分の経験でものを言うのは何ですが、作曲家が机上で考えたテンポと実際のテンポは間違いなく一致しません。コンピュータを使ってシミュレーションしていても生の演奏では違ってきます。ですから表記は間違っていないと言うのも、間違っていると言うのも短略的。あれはガイドなんです。その通りにする必要はないし無視してもいけない。

 

ーピリオド奏法に関するお考えは?

久石:
室内オーケストラは特にピリオド奏法と切り離すことができません。ただ近藤さんとも話した上で、最初から「ピリオドでいく」と言うのは一切やめて、自然にそうなったらそれでいいと考えました。例えば「ビブラート禁止」というのを最初から言ってはいません。それを言うことによって「じゃあいわゆる古楽奏法の室内オーケストラね」と思われるのも嫌だった。ただ問題だったのは、3番あたりになると、ロマン派的なアプローチの影響でビブラートを多用する人が出てくる。木管楽器も同じです。これをどうすべきか結構悩みました。しかしある程度アップテンポで明快なリズムを刻むと、ビブラートも自然に減ってきました。その辺が一段落して、本格的にアプローチできたのが第5番。ただ、オクタヴィア・レコードの江崎さんから「つまんないよ、歌ってなくて」と言われて、そこからまた命がけのことが始まったんですよ。

 

ーそれは最初の頃に言われたのですか?

久石:
いえ、第九の第3楽章で言われました。ノンビブラートで奏すると、表情はボウ(弓)の速度によって変わる。弓の速度でどこまでコントロールするかという問題になります。ところが日本の教育ではそれほど重要視していないとも聞きました。ビブラートに頼るからです。この問題が第九のときに出てしまった。それでもうリハーサルの合間も終わりも、弦全員で話し合いですよ。こうやろう、ああやろうって、もう凄かったです。そのときに、このオーケストラを続けるべきだと思いました。大きな課題が出たし、皆がこれだけ燃えたわけですから。

 

ーでも、ナガノ・チェンバー・オーケストラから、フューチャー・オーケストラ・クラシックスに変わることになりましたね。

久石:
残念なことにNCOは、市の予算の問題などがあって、継続が不可能になりました。そこで、僕が行っている「MUSIC FUTURE」(現代の音楽をとりあげるコンサートシリーズ)の中で続けることにしたのです。

僕はもうひとつやりたかったことがあるんですよ。既存のオーケストラは、あるプログラムでジョン・アダムズの曲を取り上げても、そのアプローチのままでベートーヴェンを演奏しません。でもクラシックは今まで通りのことをしていれば良いというならば、それは古典芸能です。クラシック音楽もup to dateで進化するもののはず。進化するということは、必然的に現代における演奏があり、さらに未来へ向かって演奏が変わっていくべきです。例えばミニマル音楽をフレーズで捉えて演奏したら縦が合わなくなりズレがわからなくなる。きっちり音価どおりに演奏しなければならない。そのきっちりした演奏によるアプローチで古典音楽を現代に蘇らせる。これをぜひ試みたかったのです。

しかも作曲家が振って、そのコンセプトを打ち出すと、必然的に古典が古臭くはならない。全体が良い化学反応を起こします。ただこのアプローチは既成のオーケストラでは難しい。やはりこのプロジェクトで初めてできると思いますし、実際それをNCOで実現してきました。そしてこれからは、Future Orchestra Classics(FOC)としてこれを続けていきたいと思っています。

 

ーFCOはどのようなオーケストラになりそうですか?

久石:
基本メンバーも、基本編成もNCOと同じです。今の計画では、(2019年7月に)お披露目でベートーヴェンの5番と7番を演奏し、上手くいったら、来年から定期的に演奏会を行い、まずはブラームスに取り組みます。1番から4番までの全交響曲。ブラームスはこの前仙台フィルと演奏しましたけど、ドイツ流のとは全然違うものになりましたし、こんな速いブラームス聴いたことないと言われました。まあ速いのがいいと言っているわけではないんですけどね。でも皆に喜んでもらえたので、FOCできちんとCDにするべきだという方向性もみえました。

蛇足なのですが、長野のことについてもうひとつ触れておくと、実は観客がつくのに5年かかると思っていたんです。ところが最後の年に7番8番、その次に9番を演奏した時の熱狂的な反応から推察すると、2年半で到達できた。物凄く嬉しかったし、長野の市民の皆さん、そしてこれをやらせてくれた長野市の関係者の皆さんには心から感謝しています。

あと、この全集をぜひ海外の人に聴いてほしい、こういう新しいベートーヴェンがあることを日本から発信するのは、最も行っていきたいことのひとつです。まだ正式ではないですが、海外で演奏する話もいくつか来ています。そういうことも踏まえて、FOCをきちんと育てたいと思っています。

(2019年5月20日)

インタビュー・構成:柴田克彦

(CDブックレットより)

 

 

 

 

 

なお既発盤発売時の久石譲インタビューやクラシック音楽雑誌「レコード芸術」に掲載された評などは下記それぞれご参照ください。

 

 

 

 

 

 

ベートーヴェン:交響曲全集

Produced by Joe Hisaishi, Tomiyoshi Ezaki

Recording & Balance Engineer:Tomoyoshi Ezaki
Recording Engineer:Masashi Minakawa
Mixed and Mastered at EXTON Studio, Tokyo

and more…

 

Disc. 久石譲指揮 ナガノ・チェンバー・オーケストラ 『ベートーヴェン:交響曲 第9番「合唱」』

2019年1月23日 CD発売

精鋭メンバーが集結した夢のオーケストラ!ベートーヴェンはロックだ!!

音楽監督久石譲の呼び掛けのもと、長野市芸術館を本拠地として結成したオーケストラ「ナガノ・チェンバー・オーケストラ」は、日本の若手トッププレーヤーが結集し、ダイナミックで溌剌としてサウンドが魅力です。作曲家ならではの視点で分析した、”例えればロックのように”という、かつてない現代的なアプローチが話題となったベートーヴェン・ツィクルスの最後を飾った「第九」。さまざまな異なる個性が融合し、推進力と活力に溢れたベートーヴェンをどうぞお楽しみください。

(CD帯より)

 

 

自然に流れながら
未来へと向かう音楽
 柴田克彦

2018年7月の第7回定期をもって、久石譲指揮/ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)のベートーヴェン交響曲全曲演奏会が完結した。久石が音楽監督を務めるNCOは、長野市芸術館を本拠とする室内オーケストラ。首席奏者を多数含む国内外の楽団のメンバーなど、30代をコアとする腕利きの精鋭が揃っている。彼らがホール開館直後の2016年7月から行ってきたシリーズの最後を飾ったのが、この第9番「合唱」(第九)。併せて録音されたライヴCDの中で本作は、第1番&第3番「英雄」、第2番&第5番「運命」、第7番&第8番に続く4作目となる。

当シリーズにおける久石のコンセプトは、「作曲当時の小回りが効く編成で、現代的なリズムを活用した、ロックのようなベートーヴェン」、「往年のロマンティックな表現もピリオド楽器の演奏もロックやポップスも経た上で、さらに先へと向かうベートーヴェン」である。既出のCD解説との重複を承知の上でこれを記したのは、第1~8番の交響曲とは別次元の重厚な大作とみられている「第九」では、より強い意味を放つからだ。

本作の弦楽器の編成は、ヴァイオリンが全体で16名、ヴィオラが6名、チェロが5名、コントラバスが4名。前作より低弦が増えてはいるが、「第九」としてはかなり小さい。久石とNCOは今回も、それを生かした引き締まった響きで、細かな動きを浮き彫りにしながら、推進力と活力に溢れた演奏を展開している。アーティキュレーションの揃い方は変わらず見事。当シリーズに一貫したリズムの強調はここでも効力を発揮し、ベートーヴェンの交響曲は「第九」といえどもリズムが重要な要素であることを知らしめる。そして何より、従来の小編成演奏と大きく異なるのは、のびやかに呼吸しながら川の流れのように推移していく、自然で瑞々しい音楽である。テンポは速いが音楽はしなやか……。つまりこれは(今回も)、重厚長大な往年のアプローチでは無論なく、それに対するアンチでさえもない、「すべてを咀嚼した上で先へと向かう」ベートーヴェンなのだ。

第1楽章冒頭の弦の刻みからすでに歯切れよく、あらゆるフレーズやリズムが明瞭に現れる。木管楽器の動きやティンパニの強打もいつになく鮮明。特にティンパニが第2楽章だけでなく全編で重要な働きをしていることを実感させる。そしてあたかも第5番「運命」の第1楽章のような推進力をもって終結に至る。

第2楽章は「タンタタ」のリズムが明示されつつ快適に運ばれ、そのリズムの積み重ねは第7番を、急速なトリオの軽やかさは第8番を想起させる。通常突出するティンパニも、ここでは逆にリズムを担う一員となり、自然な流れを生み出している。

第3楽章は、各声部が明瞭に絡み合い、柔らかく呼吸しながら、淀みなく流れていく。緩徐楽章であってもリズムが浮き彫りにされ、ホルンのソロ付近のピッツィカートも新鮮だ。

第4楽章もひと続きの音楽としてスムーズに表現される。前3楽章を否定する場面はインテンポで進み、それゆえか間合いの後の「歓喜の歌」の提示がすこぶる美しい。声楽部分では、まず最初のバリトンのソロと、そこに絡む木管楽器が豊かな表情を作り出す。ソロの四重唱、合唱とオーケストラとのバランスも絶妙だ。次の場面での管弦楽の鮮やかなフーガはNCOの真骨頂。以下の各場面の清々しいテンポ感、最後のごく自然な大団円も特筆される。

久石の要求以上とも思えるNCOメンバーの積極的な表現も快演に大きく貢献。ちなみに本作のコンサートマスターは近藤薫(東京フィル・コンサートマスター)、ソロで活躍するオーボエは荒絵理子(東響首席)、ホルンは福川伸陽(N響首席)、ティンパニは岡田全弘(読響首席)が受け持っている。

「第九」は、突然変異の大作ではなく、第1~8番と同じ作者が、その延長線上で創作した「交響曲第9番」であり、それでいてやはり「未来へ向かう清新な音楽」である。本作を聴いているとそう思えてならない。

(しばた・かつひこ)

(CDライナーノーツより)

 

※諸石幸生氏による3ページにわたる曲目解説は割愛。詳細はCD盤にて。

※原詩/日本語訳詞 掲載。ナガノ・チェンバー・オーケストラ メンバーリスト掲載。

 

 

 

こんなに爽快で清々しい「第九」は聴いたことがない。リズムをベースにアプローチした久石譲&NCOの集大成。きびきびとタイトで引き締まった演奏は、精神性を追求したものとは一線を画する解放された突き抜け感がある。

第1楽章冒頭弦の刻みから顕著で、最小限の音型という小さい要素たちが集合体となって大きな有機物を創りあげるようなイメージ。ベートーヴェン特有のリズム動機やモチーフが、まるで細胞分裂をくり返しながら意思をもつ生命となり、最後には巨大な生き物がその姿を現す。ミニマル・ミュージックをはじめ現代の音楽を作曲・演奏する久石譲だからこそ、同じアプローチで挑み具現化できる手法。感情表現やエモーショナルに横揺れするフレーズ表現(弧を描くような)とは対極にある、リズムを重視した音符や音幅や強弱といったものをきっちりとそろえるアプローチ。

CDライナーノーツ寄稿、柴田克彦さんによる第1楽章から第4楽章までの本演奏の聴きどころや解説もピンポイントでわかりやすい。実際に道しるべとしながら聴くとすっと入ってくる。そして、コンサートレポートで記していたことが感覚的に間違っていなかったことや、そのアンサー解説のようにもなっていてとてもうれしくありがたい。(その時に書いていたのはティンパニの役割や第3楽章のテンポ設定について思ったことなど)

 

本作録音のコンサートを体感した感想や、久石譲がこれまでベートーヴェンについて語ってきたこと、ナガノ・チェンバー・オーケストラ定期演奏会の全プログラムリスト。

 

 

もし「第九とはかくあるべきだ」という愛聴家が聴いたなら、なかなか刺激的で受け入れがたいものもあるかもしれない。でも、ここにこそ久石譲の狙いがあり、久石譲が表現したい「第九」があると思う。約58分という1時間を切る快演。ただ速ければいいというものではない、快速を競っているわけでもない。速いテンポ設定が必然だった。スコアの細部まで明瞭に聴かせることで構造がはっきりと見える。聴かせたいフレーズだけを前面に出したりニュアンスに偏ることのない、整然とした数式的な「第九」はこのテンポ設定じゃないと実現しなかったと思う。これほどまでに知的な「第九」は潔い、フレッシュみずみずしい音楽そのものを聴かせてくれているように僕は受け取った。圧巻の集中力と気迫で駆け抜ける久石譲&NCO版、純度と燃焼度はすこぶる高い。第4楽章クライマックスの木管楽器の上昇音形の炸裂も素晴らしい。リズムをベースとした快速「第九」は、密度を高めれば高めるほど鮮明に浮かび上がってくることを証明してくれている。

「第九」の平均演奏時間は約65~70分。とすれば、本作はひとつの楽章が抜け落ちるくらい、たとえば第1楽章・第2楽章の次が第4楽章に飛んでしまうくらいの時間差がある。けれども、久石譲版はスコア忠実にすべてのコーダ(くり返し)も演奏してのタイム58分35秒。決して息切れしそうなほどせっかちに急いでいるわけでもないし、決して足がもつれて転びそうなほど心と身体が分離しているわけでもない。快速であることは快感、アドレナリンが湧きあがる喜び。エネルギーに満ち溢れた塊となって聴き手を揺さぶり迫ってくる、鼓動する「第九」。

 

作品に込める精神性を表現するヨーロッパ的アプローチと真逆に位置する、作曲家視点・譜面重視・リズムに軸を置いた久石譲の《第九》。そこにはベートーヴェン作曲当時(歴史が「第九」という作品を肉づけしていく前)の純粋無垢な透明感がある。スコアはベーレンライター版。

 

 

 

 

[ベートーヴェン・ツィクルス第4弾]
ベートーヴェン:交響曲 第9番「合唱」
久石譲(指揮)ナガノ・チェンバー・オーケストラ

ベートーヴェン
Ludwig Van Beethoven (1770 – 1827)

交響曲 第9番 ニ短調 作品125「合唱」
Symphony No.9 in D minor Op.125 “Choral”
1. 1 Allegro ma non troppo, un poco maestoso
2. 2 Molto vivace
3. 3 Adagio molto e cantabile
4. 4 Finale, Presto

久石譲(指揮)
Joe Hisaishi (conductor)
ナガノ・チェンバー・オーケストラ
Nagano Chamber Orchestra

安井陽子(ソプラノ)
Yoko Yasui (soprano)
山下牧子(メゾ・ソプラノ)
Makiko Yamashita (mezzo soprano)
福井敬(テノール)
Kei Fukui (tenor)
山下浩司(バリトン)
Koji Yamashita (baritone)

栗友会合唱団
Ritsuyukai Choir
信州大学混声合唱団
Shinshu University Chorus
市民合唱団
Special Chorus

2018年7月16日 長野市芸術館 メインホールにてライヴ録音
Live Recording at Nagano City Arts Center Main Hall, 16 July 2018

 

Produced by Joe Hisaishi, Tomiyoshi Ezaki

Recording & Balance Engineer:Tomoyoshi Ezaki
Recording Engineers:Masashi Minakawa
Mixed and Mastered at EXTON Studio, Tokyo

and more…

 

Disc. 久石譲 『久石譲 presents MUSIC FUTURE III』

2018年11月21日 CD発売

『久石譲 presents MUSIC FUTURE III』
久石譲(指揮) フューチャー・オーケストラ

久石譲主宰Wonder Land Records × クラシックのEXTONレーベル 夢のコラボレーション第3弾!未来へ発信するシリーズ!

久石譲が“明日のために届けたい”音楽をナビゲートするコンサート・シリーズ「ミュージック・フューチャー」より、アルバム第3弾が登場。2017年のコンサートのライヴを収録した本作は、よりエッジの効いた衝撃力のある作品が選ばれています。ミニマル特有のフレーズの繰り返しや重なりが、感情を揺さぶる力となり、新たな感覚と深い衝撃を与えます。日本を代表する名手たちが揃った「フューチャー・オーケストラ」が奏でる音楽も、高い技術とアンサンブルで見事に芸術の高みへと昇華していきます。レコーディングを担当したEXTONレーベルが誇る最新技術により、非常に高い音楽性と臨場感あふれるサウンドも必聴です。「明日のための音楽」がここにあります。

ホームページ&WEBSHOP
www.octavia.co.jp

(CD帯より)

 

 

解説 松平敬

本アルバムは、『MUSIC FUTURE』と銘打ったコンサート・シリーズからのライヴ録音である。「現代音楽」を超越した「未来音楽」を目指していこうという心意気の感じられる、野心的なネーミングだ。

2014年の「Vol.1」以来、毎年継続されているこの企画において終始一貫しているのは、ミニマル音楽への強烈なまでのこだわりだ。前衛音楽を経由し、「繰り返し」という音楽の原点に立ち返ったこの作曲技法は、もはや現代音楽の古典としての地位を確立している。実際、このジャンルの第一世代であるスティーヴ・ライヒやフィリップ・グラスらの名前は、いまやクラシック音楽以外のファンにも広く知られている。そして、このコンサートのプロデューサーである久石譲も、筋金入りのミニマリストである。ミニマル音楽にこそ音楽の未来への希望が詰まっており、その魅力を日本の幅広い聴衆へ伝えたい、という彼の信念が、このコンサート・シリーズ、そして本アルバム制作への原動力となっている。前述のライヒ、グラスなどのミニマル音楽の「古典」、そして彼らの精神を受け継ぎ、音楽の未来を切り拓いていこうとする、より若い世代の作曲家の作品、そして久石自身の新作という3つの核で、毎回のコンサートの選曲がなされている。

ところで、ミニマル音楽は、短い要素の繰り返しを作曲の基礎に置いていることから、ただ繰り返すだけなら演奏は簡単なのでは、と誤解されることが多い。しかし、実際は全くその逆である。例えば、ライヒの『クラッピング・ミュージック』のような小さな作品ですら、奏者の一瞬の気の緩みによって演奏全体が破綻してしまう危険を孕んでおり、その演奏には常に極度の緊張感を伴うことになるからだ。そして、そのスリルがあるからこそ、ライヴ演奏の高揚感も格別なものとなる。久石のこだわりの選曲による作品が、彼自身の指揮による、緊張感みなぎるライヴ録音で収録された点も、本アルバムの聴きどころとなるだろう。

2017年に開催された「MUSIC FUTURE Vol.4」からのライヴ録音を収めた本盤には、久石、ラング、G.プロコフィエフの3人の作品が収録されている。この三者に共通するのは、映画音楽、クラブ・ミュージックなど、ジャンルの壁を軽やかにすり抜けていく音楽性だ。多種多様な音楽を吸収してきた彼らの作品を聴き比べることによって、ミニマル音楽の多面的な魅力を楽しむことができるだろう。

 

デヴィット・ラング:
pierced

チェロ、ピアノ、パーカッションと弦楽合奏のための作品。作品全体は、続けて演奏される2つのセクションから構成されている。

ヘ短調の前半セクションを支配しているのは、ヴィブラフォン、チェロ、ピアノがユニゾンで奏でるジグザグとしたメロディーだ。この独特な造形感覚は、頻繁に跳躍する音程構造以上に、メロディーのリズム構造が鍵を握っている。例えば、各拍の分割(連符)は、2-3-2-3-4-3-2-3-4-5-4-3-2…というようにシステマティックに決定され、拍ごとに体感テンポが変化する仕掛けになっている。さらに、このリズムのいくつかの音が休符に置き換えられることで、リズム構造は、さらに入り組んだ様相を呈することになる。この特徴的なメロディーを弦楽合奏によるトレモロの持続音と、キック・ドラムとピアノの低音による不規則なリズム・パターン(これもまたシステマティックに構成されている)が支える。ちなみに、後者のリズムは後半セクションにも引き続き使用されることで、作品の統一を図る役割を果たす。

後半セクションでは、調性がイ短調に変わるだけでなく、音楽の装いも大きく変わる。ここで中心となるのは、チェロが奏でる、むせび泣くような息の長いメロディー。下行する半音によるたった2音のメロディーの繰り返しから、独特の悲哀が浮かび上がる。このシンプルさは、前半の、跳躍を多用した複雑なメロディー・ラインとのコントラストを意識したものでもあろう。ちなみにスコアには、むせび泣くニュアンスを出すために、このメロディーにグリッサンド的な処理を自由に加えることが指示されている。本録音でソリストを務める古川展生がどのように「泣いている」かは、録音でお楽しみいただきたい。後半セクションでは、これまでひたすら音楽的背景に徹していた弦楽合奏が、音楽の前面に現れる。パルスが加速するかのような同音連打の音形が、第1、第2ヴァイオリンとヴィオラの3声部で、エコーのように重なり合って演奏される。

 

ガブリエル・プロコフィエフ:
弦楽四重奏曲 第2番

彼の祖父は、ソ連の高名な作曲家セルゲイ・プロコフィエフ。『ターンテーブル協奏曲』を作曲するなど、クラブ・ミュージックからの影響が強いガブリエルであるが、祖父の疾走感溢れる音楽を思い起こせば、両者に同じ血筋が感じられるだろう。

『弦楽四重奏曲 第2番』は、クラシック音楽の王道と言えるこのジャンルにテクノ的な要素を持ち込もうとした作品である。

「極めてメカニカルに(テクノ風に)」と記された第1楽章を貫くのは、パルス状に繰り返される16分音符のリズムだ。このリズムが、はじめは間を置きながら短く提示され、それがグルーヴ感溢れる長いうねりへと盛り上がっていく展開は、まさにテクノ的。無機質な同音反復や、規則的なリズムで楽器のボディを叩くアイデアはドラム・マシンを彷彿とさせる。4分音ずれた音を重ねることで電子的なエフェクトを模倣する発想もおもしろい。

スケルツォ的な役回りを担う第2楽章では、ヴィオラがリフ的な短いフレーズを繰り返し、そこに他の楽器によるノイジーな音響が絡み合う。本楽章の基調をなすのは、8分音符で刻む規則的なリズム。要所要所で、そこに付点音符のリズムを拮抗させるアイデアが、シンプルながら効果的だ。

緩徐楽章となる第3楽章は、最も非テクノ的といえる。しかし、この楽章の要となる、気だるい3拍子のメロディーを伴奏するピッツィカートの音形には「オルゴールのネジを巻くように」と記され、やはり機械的な発想が明らかだ。

第4楽章は、ギターを掻きむしるかのような、ヴィオラのアグレッシヴなリズム・パターンで始まる。反復を基調とした要素が次々と出入りする発想こそテクノ的であるが、野性的な弦楽器の音色はむしろ民族音楽を想起させる。この楽章の最終セクションでは、第1楽章のパルス的な音楽が回帰する。はじめはゆっくりとしたテンポで、そして徐々にオリジナルのテンポへ加速する疾走感はSL機関車さながらだ。

 

久石譲:
室内交響曲 第2番《The Black Fireworks》

3つの楽章からなるこの作品を貫くのは、久石が「Single Track」と呼ぶ、単旋律を主体として楽曲全体を構成する作曲技法だ。

第1楽章は、バンドネオンとピアノ、そして弦楽器の交替によって演奏される短いメロディーの繰り返しで始まる。このメロディーが変容していく過程で、メロディーのいくつかの音が木管楽器で演奏され、単一のメロディーに少しずつ色彩感が加わっていく。ホケトゥス(「しゃっくり」の意)と呼ばれるこのアイデアによって、単旋律から複数の旋律が浮き上がって聞こえる錯覚的な効果が生まれる。

楽章中盤以降、短音ばかりで構成されていたメロディーのいくつかの音が、残響音のように長く引き伸ばされ、メロディーに和声的な彩りを加える。さらにその後、メロディーのいくつかの音がパルス状に繰り返されることで、今度は「人力エコー」が実現される。

第2楽章は、ピアノとヴィブラフォンによる、うねるようなメロディーから始まる。バンドネオンは、このメロディーのいくつかの音を引き伸ばしながら、それぞれを「結び合せ」、長くゆったりとした、そして物憂げな新しいメロディーを導き出す。冒頭のテンポ感は一見、第1楽章のそれと類似しているが、バンドネオンのゆったりとしたメロディーが浮き上がることによって、第1楽章とのキャラクターの違いが明確となり、この曲が実質的な緩徐楽章であることが示唆される。

「Tango Finale」と題された第3楽章は、単旋律を主体とした先行楽章と異なり、まさにタンゴを彷彿とさせる、弦楽器による和音の繰り返しで始まる。しかしそれは、直後に演奏されるバンドネオンのメロディーの構成音を、和音へとまとめたものであることが、明らかとなる。バンドネオンの音色と、前述した弦楽器の和音の刻み、そして、時折現れるカスタネットによる合いの手など、タンゴ的な要素が醸し出す肉感性と、ミニマル音楽特有のメカニックなグルーヴ感が融合した、独特な質感を持つ音楽となっている。本作品は、今回の初演に参加している三浦一馬のバンドネオンを想定して作曲されている。特にこの第3楽章においては、彼の流麗な演奏そのものが、楽曲の一部になっているとも言えるだろう。

「室内交響曲」と銘打ちながら、あえてシンフォニックな響きを回避したシンプルな音作りに徹しているところも興味ぶかい。全曲を通じてバンドネオンがソリスト扱いされているものの、超絶技巧をひけらかしてオーケストラと対峙するのではなく、バンドネオンのメロディーに、様々な楽器の音色が塗り絵状に重なっていくことで、オーケストラとの融合が目論まれている。このコンセプトは、「音の調和」を意味する「シンフォニー(交響曲)」の語源に回帰しているとも言えるだろう。

(まつだいら・たかし)

(解説 ~CDライナーノーツより)

 

フューチャー・オーケストラ
Future Orchestra

2014年、久石譲のかけ声によりスタートしたコンサート・シリーズ「MUSIC FUTURE」から誕生した室内オーケストラ。現代的なサウンドと高い技術を要するプログラミングにあわせ、日本を代表する精鋭メンバーで構成される。

”現代に書かれた優れた音楽を紹介する”という野心的なコンセプトのもと、久石譲の世界初演作のみならず、2014年の「Vol.1」ではヘンリク・グレツキやアルヴォ・ペルト、ニコ・ミューリーを、2015年の「Vol.2」ではスティーヴ・ライヒ、ジョン・アダムズ、ブライス・デスナーを、2016年の「Vol.3」ではシェーンベルク、マックス・リヒター、デヴィット・ラングを、本作に収録された「Vol.4」では、フィリップ・グラスやガブリエル・プロコフィエフの作品を演奏し、好評を博した。”新しい音楽”を体験させてくれる先鋭的な室内オーケストラである。

(CDライナーノーツより)

 

 

久石譲 (1950-)
室内交響曲第2番《The Black Fireworks》
~バンドネオンと室内オーケストラのための~
バンドネオンでミニマル!というアイデアが浮かんだのは去年のMFで三浦くんと会ったときだった。ただコンチェルトのようにソロ楽器とオーケストラが対峙するようなものではなく、今僕が行っているSingle Trackという方法で一体化した音楽を目指した。Single Trackは鉄道用語で単線ということですが、僕は単旋律の音楽、あるいは線の音楽という意味で使っています。

普通ミニマル・ミュージックは2つ以上のフレーズが重なったりズレたりすることで成立しますが、ここでは一つのフレーズ自体でズレや変化を表現します。その単旋律のいくつかの音が低音や高音に配置されることでまるでフーガのように別の旋律が聞こえてくる。またその単旋律のある音がエコーのように伸びる(あるいは刻む)ことで和音感を補っていますが、あくまで音の発音時は同じ音です(オクターヴの違いはありますが)。第3曲の「Tango Finale」では、初めて縦に別の音(和音)が出てきますが、これも単旋律をグループ化して一定の法則で割り出したものです。

そういえばグラスさんの《Two Pages》は究極のSingle Trackでもあります。この曲から50年を経た今、新しい現代のSingle Trackとして自作と同曲を同時に演奏することに拘ったのはそのためかもしれません。

全3曲約24分の楽曲はすべてこのSingle Trackの方法で作られています。そのため《室内交響曲第2番》というタイトルにしてはとてもインティメートな世界です。

また副題の《The Black Fireworks》は、今年の8月福島で中高校生を対象にしたサマースクール(秋元康氏プロデュース)で「曲を作ろう」という課題の中で作詞の候補としてある生徒が口にした言葉です。その少年は「白い花火の後に黒い花火が上がってかき消す」というようなことを言っていました。その言葉がずっと心に残り、光と闇、孤独と狂気、生と死など人間がいつか辿り着くであろう彼岸を連想させ、タイトルとして採用しました。その少年がいつの日かこの楽曲を聴いてくれるといいのですが。

久石譲

(「ミュージック・フューチャー vol.3」コンサート・パンフレット より)

Blog. 「久石譲 presents ミュージック・フューチャー vol.4」 コンサート・レポート より抜粋)

 

 

1曲目の『The Black Fireworks』では、オーケストラ各々の楽器が反復を奏で、それが幾重にも幾重にも重なり独自のグルーヴ感を生む。2曲目の『Passing Away in the Sky』では奥底にオリエンタルな響きを聴かせながら、突き刺さるように随所に入ってくるパーカッションが聴くものを覚醒させる。最後の『Tango Finale』では、前の2曲では最下層の音を支えてきたバンドネオンが縦横無尽に炸裂。これに併せるように各楽器の反復音が唸りを上げて暴れ出すや、ステージは美しい混沌状態となる。観客も息を呑む圧倒的な凄まじさだ。

Info. 2017/10/26 「久石譲 ミュージック・フューチャーVol.4コンサート開催」(Webニュースより) 抜粋)

 

 

[作品のアイデア]

「発表する場の問題はすごく大きいと思います。「MUSIC FUTURE」は、新しい、まだ誰もやってないようなことをチャレンジする、日本で聴かれない音楽を提供する場と考えています。そこで、古典的なスタイルよりは、たまたま今自分がやっているようなシングルトラックというか単旋律から組みたてる、この方法で、バンドネオンを組み込めないかというのが、最初のアイデアではありました。」(久石譲)

[作品のプロセス]

この作品、「8月の中旬まで全く手がつけられなかった」という。久石氏のことばを要約する。まず、2か月強でしあげなくてはならない。はじめは3つの楽章で、「最後はタンゴのエッセンスを入れた形に仕上げようと思った。だけど曲を書き出した段階で全く検討がつかなくなって……」2つの楽章を書いて、それぞれ異なった方法をとっているし、これで完成と考えた。すでに楽譜も送った。しかし何かが足りない。これがリハーサルの10日前。そしてこのあいだに1週間で最後の楽章を書き上げた。「これは今までにやったことがない」。

[作品について]

「ミニマル・ミュージックをベースにした曲はどうしても縦割りのカチカチカチカチしたメカニカルな曲になりやすいんです。でもなんかもっとエモーショナルでも絶対成立するんだというのがあって、それをチャレンジしたかったんですね。ミニマルなものをベースにしながらも広がりのあるものを、あるいはヒューマンなものを今回けっこう目指しました。」(久石譲)

[バンドネオンに対する固定概念]

「コンサートを終えてみて、バンドネオンという楽器に対して、自分の中で新しいものを獲得したという感覚がすごく大きい。今まで弾いてきたいろいろな曲のどれからも得られなかったものです。バンドネオンにはある種の固定概念がつきまとう。それが運命だし、どこか宿命にある楽器なんです。それをここまで強烈にバン!と影響を与えてくれる曲が今までなかったんでしょうね。ですからコンサートが終わって、何日かしても、ちょっと鼻歌で口ずさんじゃうくらい身体に入り続けているし、バンドネオンそのもので考えても、やっぱりタンゴとかそういうものとは違う奏法がやっぱり必要とされていたんだと思うんです。またミニマル・ミュージックという新しいジャンルが、僕にとってはじめて扉を開けた世界で、そこに足を踏み入れ皆さんとご一緒することができた。今度は僕が普段やってる音楽も考え方がちょっと変わってくると思うんです。バンドネオンのチラシとか、8割がた「魅惑の~」とか「情熱の~」とか「哀愁の~」とか入ります。そういうことじゃなく、フェアに楽器として考えるっていうのは常日頃から思っていることです。嬉しかったですね。」(三浦一馬)

 

Blog. 「LATINA ラティーナ 2018年1月号」 久石譲 × 三浦一馬 対談内容 より抜粋)

 

 

「結局、音楽って僕が考えるところ、やはり小学校で習ったメロディ・ハーモニー・リズム、これやっぱりベーシックに絶対必要だといつも思うんですね。ところが、あるものをきっちりと人に伝えるためには、できるだけ要素を削ってやっていくことで構成なり構造なりそれがちゃんと見える方法はないのかっていうのをずっと考えていたときに、単旋律の音楽、僕はシングル・トラック・ミュージックって呼んでるんですけれども、シングル・トラックというのは鉄道用語で単線という意味ですね。ですから、ひとつのメロディラインだけで作る音楽ができないかと、それをずっと考えてまして。ひとつのメロディラインなんですが、そのタタタタタタ、8分音符、16分音符でもいいんですけど、それがつながってるところに、ある音がいくつか低音にいきます。でそれとはまた違った音でいくつかをものすごく高いほうにいきますっていう。これを同時にやると、タタタタとひとつの線しかないんだけど、同じ音のいくつかが低音と高音にいると三声の音楽に聴こえてくる。そういうことで、もともと単旋律っていうのは一個を追っかけていけばいいわけだから、耳がどうしても単純になりますね。ところが三声部を追っかけてる錯覚が出てくると、その段階である種の重奏的な構造というのがちょっと可能になります。プラス、エコーというか残像感ですよね、それを強調する意味で発音時は同じ音なんですが、例えばドレミファだったらレの音だけがパーンと伸びる、またどっか違う箇所でソが伸びる。そうすると、その残像が自然に、元音型の音のなかの音でしかないはずなんだが、なんらかのハーモニー感を補充する。それから、もともとの音型にリズムが必ず要素としては重要なんですが、今度はその伸びた音がもとのフレーズのリズムに合わせる、あるいはそれに準じて伸びた音が刻まれる。そのことによって、よりハーモニー的なリズム感を補強すると。やってる要素はこの三つしかないんですよね。だから、どちらかというと音色重視になってきたもののやり方は逆に継承することになりますね。つまり、単旋律だから楽器の音色が変わるとか、実はシングル・トラックでは一番重要な要素になってしまうところもありますね。あの、おそらく最も重要だと僕が思っているのは、やっぱり実はバッハというのはバロックとかいろいろ言われてます、フーガとか対位法だって言われてるんですが、あの時代にハーモニーはやっぱり確立してますよね、確実に。そうすると、その後の後期ロマン派までつづく間に、最も作曲家が注力してきたことはハーモニーだったと思うんです。そのハーモニーが何が表現できたかというと人間の感情ですよね。長調・短調・明るい暗い気持ち。その感情が今度は文学に結びついてロマン派そうなってきますね。それがもう「なんじゃ、ここまで転調するんかい」みたいに行ききって行ききって、シェーンベルクの「浄夜」とか「室内交響曲」とかね、あの辺いっちゃうと「もうこれ元キーをどう特定するんだ」ぐらいなふうになってくると。そうすると、そういうものに対してアンチになったときに、もう一回対位法のようなものに戻る、ある種十二音技法もそのひとつだったのかもしれないですよね。その流れのなかでまた新たなものが出てきた。だから、長く歴史で見てると大きいうねりがあるんだなっていつも思います。」

 

(The Black Fireworksについて)

「一昨年夏にサマーセミナーみたいなものがありまして、福島でやったんですけど、震災にあわれた子供たちの夏のセミナーだったんですけどね。午前中に詞を作って午後に曲を作って一日で全員で作ろうよっていう催しだった。夏の思い出をいろいろそれぞれ挙げてくれっていった中に、一人の少年が「白い花火が上がったあとに黒い花火が上がってそれを消していく」っていう言い方をした。つまり普通は花火っていうのはパーンと上がったら消えていきますよね。あれ消えていくんじゃなくて、黒い花火が上がって消していく。うん、僕は何度もそれ質問して「えっ、それどういう意味?」って何度も聞いたんだけども「黒い花火が上がるんです」って。うん、それがすごく残ってましてね。彼には見えてるその黒い花火っていうのは、たぶん小さいときにいろいろそういう悲惨な体験した。彼の心象風景もふくめてたぶんなんかそういうものが見えるのかなあとか推察したりしたんですが、同時に生と死、それから日本でいったら東洋の考え方と言ってもいいかもしれません。死後の世界と現実の世界の差とかね。お盆だと先祖様が戻ってきてとか。そういうこう、生きるっていうのとそうじゃない死後の世界との狭間のような、なんかそんなものを想起して、もうこのタイトルしかないと思って。」

Blog. NHK FM「現代の音楽 21世紀の様相 ▽作曲家・久石譲を迎えて」 番組内容 より抜粋)

 

 

 

2014年から始動した「久石譲 presents MUSIC FUTURE」コンサート。披露された作品が翌年シリーズ最新コンサートにあわせるかたちでCD化、満を持して届けられている。本作「MUSIC FUTURE III」は、コンサート・ナンバリングとしては「Vol.4」にあたる2017年開催コンサートからのライヴ録音。約500席小ホールではあるが、好奇心と挑戦挑発に満ちたプログラムを観客にぶつけ、二日間満員御礼という実績もすっかり定着している。

ライヴ録音ならではの緊張と迫真の演奏、ホール音響の臨場感と空気感をもコンパイルしたハイクオリティな録音。新しい音楽を体感してもらうこと、より多くの人へ届けること。コンサートと音源化のふたつがしっかりとシリーズ化されている、久石譲にとって今の音楽活動の大切な軸のひとつとなっている。

 

本作品に収録された「MUSIC FUTURE Vol.4」コンサート(2017)の、コンサート・レポートはすでに記している。初対面となった作品たち当時思うがままの感想、コンサート・パンフレットに掲載された内容、久石譲が追求する「Singe Track(単旋律)」の補足、コンサート会場の様子など。

CDリリースされた今は、この域を出ない。コンサート・パンフレット、CDライナーノーツ、雑誌インタビュー、これらによる作品解説が充実している。まずはじっくり音楽に耳を傾け、解説をゆっくりそしゃくしていくところから始めたい。これから先、新しい発見・新しい理解、思うところがしっかりと浮かびあがったときに、追記したい。

 

 

久石譲 presents MUSIC FUTURE III

デヴィット・ラング
David Lang (1957-)
1. pierced (2007) [日本初演]
 pierced

ガブリエル・プロコフィエフ
Gabriel Prokofiev (1975-)
弦楽四重奏曲 第2番 (2006)
String Quartet No.2
2. 1 Very Mechanical (alla techno)
3. 2 Allegro (freddo ma appassionato)
4. 3 fragile
5. 4 Allegro aggressivo ma sfacciato

久石譲
Joe Hisaishi (1950-)
室内交響曲 第2番《The Black Fireworks》
~バンドネオンと室内オーケストラのための~ (2017) [世界初演]
Chamber Symphony No.2
“The Black Fireworks” for Bandoneon and Chamber Orchestra
6. 1 The Black Fireworks
7. 2 Passing Away in the Sky
8. 3 Tango Finale

久石譲(指揮)
Joe Hisaishi (Conductor)
フューチャー・オーケストラ
Future Orchestra

古川展生(チェロ) 1.
Nobuo Furukawa (violoncello)

三浦一馬(バンドネオン) 6. – 8.
Kazuma Miura

2017年10月24、25日、東京、よみうり大手町ホールにてライヴ録音
Live Recording at Yomiuri Otemachi Hall, Tokyo, 24, 25 October, 2017

 

JOE HISAISHI presents MUSIC FUTURE III

Conducted by Joe Hisaishi
Performed by Future Orchestra
Live Recording at Yomiuri Otemachi Hall, Tokyo, 24, 25 October, 2017

Produced by Joe Hisaishi
Recording & Mixing Engineer:Tomoyoshi Ezaki
Assistant Engineer:Takeshi Muramatsu, Masashi Minakawa
Mixed at EXTON Studio, Tokyo
Mastering Engineer:Shigeki Fujino (UNIVERSAL MUSIC)
Mastered at UNIVERSAL MUSIC STUDIOS TOKYO
Cover Desing:Yusaku Fukuda

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Disc. 久石譲指揮 ナガノ・チェンバー・オーケストラ 『ベートーヴェン:交響曲 第7番&第8番』

2018年7月18日 CD発売

精鋭メンバーが集結した夢のオーケストラ!ベートーヴェンはロックだ!!

音楽監督久石譲の呼び掛けのもと、長野市芸術館を本拠地として結成された「ナガノ・チェンバー・オーケストラ」は、日本の若手トッププレーヤーが結集し、ダイナミックで溌剌としてサウンドが魅力のオーケストラです。2年で全集完成を目指すベートーヴェン・ツィクルスは、作曲家ならではの視点で分析した、”例えばロックのように”という、かつてない現代的なアプローチが話題となっています。さまざまな異なる個性が融合し、進化を続ける久石譲とNCOのベートーヴェンをどうぞお楽しみください。

(CD帯より)

 

 

リズムとカンタービレの共存 柴田克彦

本作は、第1番&第3番「英雄」、第2番&第5番「運命」に続く、久石譲指揮/ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)のベートーヴェン交響曲シリーズの第3弾。長野市芸術館を本拠地とし、久石が音楽監督を務めるNCOは、在京オーケストラの首席奏者を多く含む国内外の楽団やフリーの奏者によって構成されている。彼らは、ホール開館直後の2016年7月から2018年7月にかけて、ベートーヴェンの交響曲の全曲演奏(全7回)及びライヴ録音を行っており、本作には2018年2月12日の第6回定期の2演目が収録されている。

当シリーズにおける久石のコンセプトは、「作曲当時の小回りが効く編成で、現代的なリズムを活用した、ロックのようなベートーヴェン」。弦楽器の編成(本作)は、ヴァイオリンが全体で16名、ヴィオラが6名、チェロが4名、コントラバスが3名とかなり絞られている。久石とNCOは、これを生かしたソリッドな響きで、細かな音の綾を浮き彫りにしながら、推進力と躍動感溢れる演奏を聴かせてきた。

さて第7番と第8番は同時期の作。サイズや曲想こそ違えども、リズムが強調されている点、純粋な緩徐楽章がない点など、双生児的な面をもっている。共にいわば”ビートが効いた、停滞しない音楽”だ。久石は当初から「ロックやポップスを聴いている今の奏者は皆リズムがいい。そのリズムを前面に押し出した強い音楽をやれば、物凄くエキサイティングなベートーヴェンになる」と語っていたし、これまでの演奏からみても、彼らのアプローチに最も適した作品であるのは間違いない。

実際に聴くと、まさしくその通り。快速テンポでビートの効いた躍動的な演奏が展開されている。だがここで重要なのは、第7番では”カンタービレ”、第8番では”ユーモアや和み”との共生が成就されていること。ベートーヴェンが狙ったのは、そこではなかったか? 本公演前、NCOのコンサートマスター・近藤薫(東京フィルでも同職にある)に話を聞いた際、「久石さんは、流行や世が求めるアプローチよりも、ベートーヴェンが交響曲で何をしたかったのか?との視点で考えている。作曲家ゆえに、音符を通して対話し、構造を読み解こうとしているように思う」との旨を語っていた。本作を聴くと、この言葉を思い出す。

もう1つ感心させられるのは、奏者たちの生き生きとした反応と積極性だ。短いフレーズの応答や合いの手における絶妙な会話と相まって、全体に覇気が漂っている。特に木管楽器の存在感が抜群。オーボエの荒絵理子(東響首席)をはじめとするNCOメンバーの妙技も、本作の魅力の1つだ。

第7番は、第1楽章の遅い序奏部からすでに駆動力が示され、何かが起こりそうな予感が漂っている。主部に入ると、「ターン・タタン」の基本リズムが明確に描かれ、前向きに進みながらも、音楽の流れはしなやかだ。この”リズムはくっきり、フレージングはなめらか”は、全曲に亘る特徴でもある。第2楽章は精妙なダイナミクスで奏される弦楽パートの室内楽的な絡み合いが見事。しかも「アレグレット」の歩調はキープされている。第3楽章は溌剌と進行し、トリオもレガートだが停滞はしない。第4楽章は超速テンポの畳み込みが凄まじい。「タンタカタン」のリズムや細部の動きは明瞭で、終盤のバッソ・オスティナートも通常以上の凄みを発揮する。

第8番の第1楽章は軽やか且つ力強い。ここもリズムが明確で、ティンパニ等の強烈なアタックも耳を奪い、圧倒的な推進力が第7番と双生児たることを明示する。第2楽章は木管の瑞々しい刻みとしなやかな弦楽器群の対比が絶妙。第3楽章は流動的な運びに添えられるアクセントが効果的で、ホルン2本を筆頭にしたトリオの美しさも特筆される。第4楽章はむろん軽快だが、やはり細部まで入念に表出され、勢い任せになることはない。

”爽快なエネルギーと高揚感”に充ちた本作を聴くと、残る3曲への期待がいやが上にも膨らむ。

(しばた・かつひこ)

(CDライナーノーツより)

 

※諸石幸生氏による3ページにわたる曲目解説は割愛。詳細はCD盤にて。

 

 

 

 

 

 

2020.02 Update!!

 

 

[ベートーヴェン・ツィクルス第3弾]
ベートーヴェン:交響曲 第7番&第8番
久石譲(指揮)ナガノ・チェンバー・オーケストラ

ベートーヴェン
Ludwig Van Beethoven (1770 – 1827)

交響曲 第7番 イ長調 作品92
Symphony No.7 in A major Op.92
1. 1 Poco sostenuto -Vivace
2. 2 Allegretto
3. 3 Presto
4. 4 Allegro con brio

交響曲 第8番 ヘ長調 作品93
Symphony No.8 in F major Op.93
5. 1 Allegro vivace e con brio
6. 2 Allegretto scherzando
7. 3 Tempo di menuetto
8. 4 Allegro vivace

久石譲(指揮)
Joe Hisaishi (conductor)
ナガノ・チェンバー・オーケストラ
Nagano Chamber Orchestra

2018年2月12日 長野市芸術館 メインホールにてライヴ録音
Live Recording at Nagano City Arts Center Main Hall, 12 Feb. 2018

 

Produced by Joe Hisaishi, Keiji Ono

Conducted by Joe Hisaishi
Performed by Nagano Chamber Orchestra
Concertmaster:Kaoru Kondo

Recording & Balance Engineer:Tomoyoshi Ezaki
Recording Engineers:Takeshi Muramatsu, Masashi Minakawa
Mixed and Mastered at EXTON Studio, Tokyo

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Disc. 久石譲指揮 ナガノ・チェンバー・オーケストラ 『ベートーヴェン:交響曲 第2番&第5番「運命」』

2018年2月21日 CD発売

精鋭メンバーが集結した夢のオーケストラ! ベートーヴェンはロックだ!!

長野市芸術館を本拠地として結成したオーケストラ「ナガノ・チェンバー・オーケストラ」は、音楽監督久石譲の呼び掛けのもと、日本のトッププレーヤーが結集してスタートしました。当ベートーヴェン・ツィクルスは、”音楽史の頂点に位置する作品のひとつ”と久石がこよなく愛する「第九」に至るまで、2年で全集完成を目指します。第1弾アルバムでは、作曲家ならではの視点で分析し”例えればロックのように”という、かつてない現代的なアプローチが好評を博しました。今回も高い演奏技術とアンサンブルと、圧倒的な表現力で、さらに進化したベートーヴェンを聴かせます。

(CD帯より)

 

 

エネルギーと駆動力に充ちたベートーヴェン 柴田克彦

本作は、第1番&第3番「英雄」に続く、久石譲 指揮/ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)のベートーヴェン交響曲シリーズのCD第2弾。NCOは、2016年に開館した長野市芸術館を本拠とする楽団で、長野県出身の久石は、同ホールの芸術監督とNCOの音楽監督を務めている。メンバーは在京オーケストラの首席奏者を多く含む国内外の楽団やフリーの奏者など、若い世代を中心とした名手たち。彼らがホール開館直後から行っている「ベートーヴェン 交響曲全曲演奏会」(全7回)は、2016年7月の第1番に始まり、本作の第2番は2016年7月17日の第2回定期、第5番「運命」は2017年7月15日の第4回定期のライヴ録音である。

当シリーズにおける久石のコンセプトは、「作曲当時の小回りが効く編成で、現代的なリズムを活用した、ロックのようなベートーヴェン」、「往年のロマンティックな表現もピリオド楽器の演奏も、ロックやポップスも経た上で、さらに先へと向うベートーヴェン」であり、演奏もそれを具現している。そしてもう1つ見逃せないのが、NCOの表現意欲の強さだ。

コンサートマスターの近藤薫(東京フィルのコンサートマスターでもある)に話を聞いた際、彼は「クラシックは、伝統と確信が両立しなければいけないと思う。その点NCOは、ベテランから伝統を教わると同時に、少し何かが見えて次の展開に胸躍らせている30代が中心。それゆえ両方を併せもち、誰もがそうした立場を楽しんでいる。いわば演奏家ではなう音楽家の集合体。多様性があって、何にもでなれる。NCOの特徴は、この”皆が生きている”ところではないか」との旨を語っていた。

本作はまさに、久石のアプローチと、その意を自己表現に昇華させ得る”音楽家たち”のパフォーマンスが融合した、きわめて”Live”なベートーヴェンである。

ここでは番号順に特徴をみていこう。

第2番は、緩やかな序奏からリズムとアタックや細かな動きが鮮明に打ち出され、すでにムーヴしている。主部に入ると、弦楽器の生き生きとした刻みが推進力を倍加させ、絶え間なく前進を続ける。木管楽器の瑞々しい表現やティンパニの激しい打ち込みも効果的。これは本作の2曲全体に亘る特徴であり、前記の表現意欲の具体例でもある。第2楽章も緩徐楽章といえど動きが躍動し、それでいてしなやかな歌が流れていく、そのバランスが絶妙だ。第3楽章もリズムと音の動きが明確で、第4楽章は元々動的な音楽がより鮮烈に表出される。特に後半のダイナミズムは圧巻。この演奏を聴くと、まだ初期に属する第2番が、第3番に繋がる英雄様式と、第5番に通じる激しさを内包していることがよく分かる。

第5番は、第2番より熟達した中期の傑作であり、しかも1年後の演奏だ。にもかかわらず、ここで聴く両曲に質的な違和感が全くない。これは、当シリーズのコンセプトの揺るぎなさを証明している。

第5番は、当然のことながら前進性抜群で、テンポの速さが際立っている。だがそれは、メトロノームの指定に拠るものではなく、曲がもつ駆動力やエネルギーを表すための必然的な速さと言っていい。第1楽章は、動機の連鎖が生み出す活力や推進力が通常以上に強調される。第2楽章も速いテンポで弛緩なく進行。第3楽章がこれほど生気に富んでいるのも珍しい。そして第4楽章は圧倒的な勢いと力が横溢し、大管弦楽を凌ぐ迫力で突き進む音楽が、熱い感動を呼び起こす。久石は「巨大なオーケストラが戦艦やダンプカーだとすれば、NCOはモーターボートやスポーツカー」と語っていたが、この第5番は、まさしく強力なモーターボートで疾走するかのようだ。

ベートーヴェンの交響曲は1曲ごとに違った顔をもつ。それはむろん確かだが、当シリーズを聴くと、第1番や偶数番号の曲にも清新なパワーが通底し、どれもが”先へ先へと向っている”ことに気付かされる。やはりベートーヴェンは”ロックに通じる音楽”なのだ。

(しばた・かつひこ)

(CDライナーノーツより)

 

※諸石幸生氏による3ページにわたる曲目解説は割愛。詳細はCD盤にて。

 

 

 

 

 

[ベートーヴェン・ツィクルス第2弾]
ベートーヴェン:交響曲 第2番&第5番「運命」
久石譲(指揮)ナガノ・チェンバー・オーケストラ

ベートーヴェン
Ludwig Van Beethoven (1770 – 1827)

交響曲 第5番 ハ短調 作品67 「運命」
Symphony No.5 in C minor Op.67
1. 1 Allegro con brio
2. 2 Andante con moto
3. 3 Allegro
4. 4 Allegro

交響曲 第2番 ニ長調 作品36
Symphony No.2 in D major Op.36
5. 1 Adagio molto – Allegro con brio
6. 2 Larghetto
7. 3 Scherzo. Allegro
8. 4 Allegro molto

久石譲(指揮)
Joe Hisaishi (conductor)
ナガノ・チェンバー・オーケストラ
Nagano Chamber Orchestra

2016年7月17日(5.-8.)、2017年7月15日(1.-4.)
長野市芸術館 メインホールにてライヴ録音
Live Recording at Nagano City Arts Center Main Hall, 17 Jul. 2016 (5-8), 15 Jul. 2017 (1-4)

 

Produced by Joe Hisaishi

Conducted by Joe Hisaishi
Performed by Nagano Chamber Orchestra
Concertmaster:Kaoru Kondo

Recording & Balance Engineer:Tomoyoshi Ezaki
Assistant Engineers:Takeshi Muramatsu, Masashi Minakawa
Mixed and Mastered at EXTON Studio, Tokyo

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Disc. 久石譲 『久石譲 presents MUSIC FUTURE II』

2017年11月22日 CD発売

『久石譲 presents MUSIC FUTURE II』
久石譲(指揮) フューチャー・オーケストラ

久石譲主宰Wonder Land Records × クラシックのEXTONレーベル夢のコラボレーション第2弾!未来へ発信するシリーズ!

久石譲が“明日のために届けたい”音楽をナビゲートするコンサート・シリーズ「ミュージック・フューチャー」より、アルバム第2弾が登場。

2016年のコンサートのライヴ・レコーディングから、選りすぐりの音源を収録した本作には、“現代の音楽”の古典とされるシェーンベルクの《室内交響曲第1番》に加え、アメリカン・ミニマル・ミュージックのパイオニアであるライヒの人気作《シティ・ライフ》、そして久石譲の世界初演作《2 Pieces》が並びます。新旧のコントラストを体感できるラインナップと、斬新なサウンド。妖・快・楽──すべての要素が注ぎこまれた究極の音楽を味わえる一枚です。

日本を代表する名手たちが揃った「フューチャー・オーケストラ」が奏でる音楽も、高い技術とアンサンブルで見事に芸術の高みへと昇華していきます。レコーディングを担当したEXTONレーベルが誇る最新技術により、非常に高い音楽性と臨場感あふれるサウンドも必聴です。

「明日のための音楽」がここにあります。

ホームページ&WEBSHOP
www.octavia.co.jp

(CD帯より)

 

 

解説 小沼純一

2016年におこなわれた「MUSIC FUTURE」、久石譲が始めたこのシリーズ、第3回目のコンサートで演奏された3作品を収録したのがこのアルバムとなります。初回が2014年で、「Vol.1」はヨーロッパの作品を、「Vol.2」ではアメリカ合衆国の作品を、そして今回、「Vol.3」ではヨーロッパの20世紀音楽の「古典」と、20世紀の終わりから21世紀現在のアメリカ、そして久石譲の作品をプログラムしています。

「MUSIC FUTURE」では、コンサート・ステージにはなかなかのらない「現代」の作品がプログラムされています。もしかしたらYouTubeなどで聴くことができる音楽もあるでしょう。でも、たくさんの音源がならんでいるなかから、ひとつの楽曲を選び、聴く、ことは容易ではありません。いえ、聴くことはできるでしょうが、何らかの見取り図のなかで聴いてみる、ある歴史性のなかで聴いてみる、というのはコンサートだからできる、コンサートという90分から2時間の「枠」のなか、誰かコーディネイトをする人がいてこそ、単独の楽曲がランダムにならぶだけではない、立体的な構成ができることではないでしょうか。そして、演奏する人たちの表情、姿、しぐさ、ナマでむこうやこっちからやってくる音とともに、そばにいる人たちが感じているもの、反応が、空気を媒介にして肌に届いてくる、そんななかで「聴く」ことが新しい体験になる。「MUSIC FUTURE」にはそんな意図があるようにおもえます。そして、ただコンサートで終わるだけではなく、ひとつの記録としてのCDアルバムができ、そういえばこの前のコンサートでおもしろかったあの曲を、とホールで手にとることができ、自宅で聴くことができれば、どうでしょう。コンサートでとはまた異なった体験が得られるかもしれないし、はじめてではわからなかったことに気づけるかもしれません。コンサートがあり、録音がある、とは、こうした体験の輻輳化が可能になることです。

アルバムでは、「Vol.3」のコンサート当日に演奏された5作品のなかから、3曲を収録しています。演奏された楽曲の数と、CDでの録音の数とは、「Vol.2」とおなじです。

ちょっと耳にすると小難しい、とりとめがない、そんな「現代音楽」を最初につくったといわれているひとり、シェーンベルク(1874-1951)の初期の作品から、21世紀も10年代になって発表された久石譲(1950-)の新作、最後に、20世紀もすぐ終わりといった時期のライヒ(1936-)の作品へ。

小難しい、とりとめのなか、そんな「現代音楽」という言い方をしました。でも、このアルバムに収められているシェーンベルクの作品は、そうした小難しさやとりとめのなさはありません。そんなふうになる「以前」の作品なのです。そして、その意味では、ほぼ110年の広がりを持つヨーロッパ・アメリカ合衆国・日本で生まれた作品ではありますけれど、ひとつの調性システム、ドレミファを基本に据えた音楽のさまざまなかたち、ということができるでしょう。「現代音楽」と呼ばれながらも、その広がりもまたかなりある。そんなことがこのコンサート、アルバムから知ることができるのです。

 

シェーンベルク:
室内交響曲第1番 ホ長調 作品9

「室内楽」ということばがあります。「交響曲」ということばもあります。その両方がくっついたような「室内交響曲」がここにあります。それほど多くはありませんが、いまでは「室内オーケストラ(管弦楽団)」もあります。ところが、20世紀になるまで、このフォーマットの作品はなかったのです。いえ、ダンスの音楽やソングの伴奏などにはあったのです。しかし、シリアスな作品がならぶコンサートではありませんでした。シェーンベルクは「室内交響曲」を2曲つくっていますが、これはその「第1番」で、その意味では世界ではじめて「室内楽」としてはちょっと大きい、「オーケストラ」としてはかなり小さい楽器編成で、代替のきかない音楽作品を生みだしたのです。「MUSIC FUTURE」は、(1管編成の)室内オーケストラに拘ったプログラミングをしてきていますから、そうした室内オーケストラの原点といえるシェーンベルク《室内交響曲第1番》をとりあげているのはひじょうに意味があります。

編成はピッコロ/フルート、オーボエ、コーラングレ、クラリネット2、バス・クラリネット、ファゴット、コントラファゴット、ホルン2、弦楽四重奏(ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ)、コントラバスの15人。ただ人数が少ない、というだけではありません。それぞれの演奏家はアンサンブルの一員であるとともに、ソリストとしての責任を課されています。そこも新しいところです。そして、作曲者自身というところの音色旋律(Klangfarbenmelodie)を用いて、通常のメロディーとは違った、音色の変化そのものがメロディーとして認識されるといった手法が用いられています。シェーンベルクがここまで試してきたさまざまな作曲上の技法が、ここでは綜合されている、とみる人もいます。

全体はひとつの楽章からなっていますけれども、提示—スケルツォ—展開—アダージョ—終曲の5つの部分からなっています。いわば、1楽章のソナタのかたちと多楽章のかたちとをひとつに集約したとみられ、モデルとしてはフランツ・リストの《ピアノ・ソナタ》を挙げられます。

作曲は1906年。翌1907年にウィーンで作曲者自身の指揮で初演。1913年にも自身が指揮し、そのときは弟子のアントン・ヴェーベルン《6つのバガテル》とアルバン・ベルク《アルテンベルク歌曲集》の一部もプログラムにあって、一種のスキャンダルになりました。またアメリカ合衆国に亡命後、1935年にはより大きな編成のオーケストラに改変、「作品9-b」としてロスアンジェルスで演奏しています。

 

久石譲:
2 Pieces for Strange Ensemble

「MUSIC FUTURE Vol.3」、2016年10月に初演された作品です。タイトルをみると、それだけで「?」となるかもしれません。「Strange Ensemble」って何だろう?と。2つの対照的な楽曲がならびます。はじめは休止のはいり方、音のなくなり方で、ちょっとどきっとします。休止符は、そう、ときに、とても聴き手を驚かせるものなのです。〈Fast Moving Opposition〉は、まさにそうした休止を、反復音型のあいまになげこむことで、「聴き始め」のショックを与えます。そこからふつうのリズム・パターンになりますが、すると逆に、変化のないパターンに足で1拍1拍をとりながら、べつの音型の出現や休止、音色の変化などに上半身で反応してゆく、といったふうになります。〈Fisherman’s Wives and Golden Ratio〉は、画家サルバドール・ダリの作品からタイトルをとっていて、しかも、曲そのものとはつながりがない、と久石譲はプログラムノートに記していました。ここでは複数のリズムと、楽器「以外」の音色とがないまぜになります。ある意味、先のシェーンベルク《室内交響曲第1番》での音色旋律を現代風に踏襲しているといえるかもしれません。

 

スティーヴ・ライヒ:
シティ・ライフ

1936年生まれのスティーヴ・ライヒは、ここであらためて紹介するまでもなく、現代アメリカ合衆国を代表する作曲家というだけでなく、1960年代に生まれた「ミニマル・ミュージック」の創始者のひとりです。振り子が行ったり来たりするなかでスピーカーがハウリングをおこす作品や、2人のピアニストがおなじ音型を反復しながら少しずつずれてゆく作品といった、ひじょうにラディカルな「ミニマリズム」から、ほぼ50年、その音楽は、反復性を基本としながらも、大きく変化してきました。そして《シティ・ライフ》は、狭義の「ミニマル・ミュージック」では測りきれない独自性をもった作品です。

タイトルどおり、この作品は、都市での生活がテーマになっています。作曲者自身が住むニューヨークの街の音、環境音がサンプリングされ、作品のなかでひびきます。ピアノやマリンバといった楽器によるリズムは人びとの歩いたり生活したりするリズムを、管楽器や弦楽器による持続音はビル街の存在感や活気のある街の空気を、そしてサンプリングされた音は、楽器音のなかにより具体的な都市間をつくりだす──そんなふうにみることもできるでしょう。でもそうだとしたら、サンプリングされた都市の音はただの素材にすぎません。それだけではなく、ここにあるのは、聴く人が、コンサートホールで演奏を聴いたり、自室のステレオで録音を聴いたりという環境と、一歩外にでて街のなかを歩くことがパラレルになっている、その二重三重の、いわばヴァーチャルな音環境が「作品」化されているところになります。《シティ・ライフ》は心地良い音楽です。他方、こういう環境があたりまえで、かつ心地良いというのはどういうことなのか、人が生きている、生活しているときにかかわる音や音楽はどうあったらいいのか、そんなことも作品は問い掛けてきます。つまりは、カナダの作曲家、マリー.R.シェーファーが提起した、「サウンドスケープ」という概念を、音楽作品をとおして、喚起している──そんなふうに言ったら、うがちすぎでしょうか。

1995年、3つの国の現代音楽アンサンブル(ドイツのアンサンブル・モデルン、イギリスのロンドン・シンフォニエッタ、フランスのアンサンブル・アンテルコンタンポラン)からの共同委嘱により作曲。全体は5つの部分からなります。奇数の楽章には声のはいったサンプリングが用いられるのも特徴です。

編成はフルート2、オーボエ2、クラリネット2、ピアノ2、サンプリング・キーボード2、パーカッション3または4、弦楽四重奏、コントラバス、です。

(こぬま・じゅんいち)

(「MUSIC FUTURE II」CDライナーノーツ より)

 

 

~「MUSIC FUTURE Vol.3」コンサートプログラムより

挨拶 久石譲

今年で3回めを迎えることができて、主催者として大変うれしい限りです。本来インディーズとして小さな集いでしか発表できない現代の楽曲をこの規模で行えることは、評論家の小沼純一さん曰く「世界でもあり得ないこと」なのだそうです。徐々に皆さんからの支持をいただいていることは、多くの優れた演奏家から出演してもいいという話をいただくことからも伺えます。新しい体験が出来るこの「MUSIC FUTURE」をできるかぎり継続していくつもりです。

自作について

《2 Pieces for Strange Ensemble》はこのコンサートのために書いた楽曲です。当初は「室内交響曲第2番」を作曲する予定でしたが、この夏に《The East Land Symphony》という45分を超す大作を作曲(作る予定ではなかった)したばかりなので、さすがに交響曲をもう一つ作るのは難しく、それなら誰もやっていない変わった編成で変わった曲を作ろうというのが始まりでした。

ミニマル的な楽曲の命はそのベースになるモチーフ(フレーズ)です。それをずらしたり、削ったり増やしたりするわけですが、今回はできるだけそういう手法をとらずに成立させたい、そんな野望を抱いたのですが、結果としてまだ完全に脱却できたわけではありません、残念ながら。発展途上、まだまだしなくてはいけないことがたくさんあります。

とはいえ、ベースになるモチーフの重要性は変わりありません。例えばベートーヴェンの交響曲第5番「運命」でも第7番でも第9番の第4楽章でも誰でもすぐ覚えられるほどキャッチーなフレーズです。ただ深刻ぶるのではなく、高邁な理念と下世話さが同居することこそが観客との唯一の架け橋です。

ベートーヴェンを例に出すなどおこがましいのですが、今回の第1曲はヘ短調の分散和音でできており、第2曲は嬰ヘ短調(日本語にすると本当に難しそうになってしまう、誰か現代語で音楽用語を作り替えてほしい)でできるだけシンプルに作りました。しかし、素材がシンプルな分、実は展開は難しい。どこまでいっても短三和音の響きは変わりなくさまざまな変化を試みるのですが、思ったほどの効果は出ない。ミニマルの本質はくり返すのではなく、同じように聞こえながら微妙に変化していくことです。大量の不協和音をぶち込む方がよっぽど楽なのです。その壁は沈黙、つまり継続と断絶によって何とか解決したのですが、それと同じくらい重要だったのはサウンドです。クラシカルな均衡よりもロックのような、例えればニューヨークのSOHOでセッションしているようなワイルドなサウンド(今回のディレクターでもあるK氏の発言)を目指した、いや結果的になりました。

大きなコンセプトとしては、第1曲は音と沈黙、躍動と静止などの対比、第2曲目は全体が黄金比率1対1.618(5対8)の時間配分で構成されています。つまりだんだん増殖していき(簡単にいうと盛り上がる)黄金比率ポイントからゆっくり静かになっていきます。黄金比率はあくまで視覚の中での均整の取れたフォームなのですが、時間軸の上でその均整は保たれるかの実験です。

というわけで、いつも通り締切を過ぎ(それすらあったのかどうか?)リハーサルの3日前に完成? という際どいタイミングになり、演奏者の方々には多大な迷惑をかけました。額に険しいしわがよっていなければいいのですが。

1.〈Fast Moving Opposition〉は直訳すれば「素早く動いている対比」ということになり、2.〈Fisherman’s Wives and Golden Ratio〉は「漁師の妻たちと黄金比」という何とも意味不明な内容です。

これはサルバドール・ダリの絵画展からインスピレーションを得てつけたタイトルですが、すでに楽曲の制作は始まっていて、絵画自体から直接触発されたものではありません。ですが、制作の過程でダリの「素早く動いている静物」「カダケスの4人の漁師の妻たち、あるいは太陽」が絶えず視界の片隅にあり、何かしらの影響があったことは間違いありません。ただし、前者の絵画が黄金比でできているのに対し、今回の楽曲作りでは後者にそのコンセプトは移しています。この辺りが作曲の微妙なところです。

日頃籠りがちの生活をしていますが、こうして絵画展などに出かけると思わぬ刺激に出会えます。寺山修司的にいうと「譜面(書)を捨てて街に出よう」ですかね(笑)

いろいろ書きましたが、理屈抜きに楽しんでいただけると幸いです。

(ひさいし・じょう)

(「MUSIC FUTURE II」CDライナーノーツ より)

 

 

フューチャー・オーケストラ
Future Orchestra

2014年、久石譲のかけ声によりスタートしたコンサート・シリーズ「MUSIC FUTURE」から誕生した室内オーケストラ。現代的なサウンドと高い技術を要するプログラミングにあわせ、日本を代表する精鋭メンバーで構成される。”現代に書かれた優れた音楽を紹介する”という野心的なコンセプトのもと、久石譲の世界初演作のみならず、2014年の「Vol.1」ではヘンリク・グレツキやアルヴォ・ペルト、ニコ・ミューリーを、2015年の「Vol.2」ではスティーヴ・ライヒ、ジョン・アダムズ、ブライス・デスナーを、2016年の「Vol.3」ではシェーンベルクのほか、マックス・リヒターやデヴィット・ラング等の作品を演奏し、好評を博した。”新しい音楽”を体験させてくれる先鋭的な室内オーケストラである。

(CDライナーノーツ より)

 

 

 

久石譲:2 Pieces for Strange Ensembleについて

編成は、クラリネット、トランペット、トロンボーン、ヴィブラフォン、パーカッション、ドラムス、ピアノ 2、サンプリング・キーボード、弦楽四重奏、コントラバス、だったと思います。こちらもスティーヴ・ライヒ作品にもあったような、アコースティック楽器(アナログ)とサンプラー(デジタル)の見事な融合で、至福の音空間でした。デジタル音は低音ベースや低音パーカッションで効果的に使われていたように思います。一見水と油のような特徴をもったそれらが、よくうまく溶け合った響きになるものだと感嘆しきりでした。CDならば、ミックス編集などでバランスは取りやすいかもですが、コンサート・パフォーマンスで聴けたことはとても貴重でした。

例えば、ピアノを2台配置することで、ミニマル・フレーズをずらして演奏している箇所があります。ディレイ(エコー・こだま)効果のような響きになるのですが、CDだと、コンピューターで編集すれば、ピアノ1の音色をそのまま複製して加工すればいい、などと思うかもしれません(もちろん割り振られたフレーズが完全一致ではないとは思いますが)。そういうことを、アコースティック・ピアノ2台を置いて、互いに均一の音幅と音量で丁寧にパフォーマンスしていたところ、それを直に見聴きできたことも観客としてはうれしい限りです。

1.「Fast Moving Opposition」は、前半12拍子と8拍子の交互で進みます。これも指揮者を見る機会じゃないとおそらく聴いただけではわかりません。この変拍子によって久石譲解説にもあった今回の挑戦である「音と沈黙、躍動と静止、継続と断絶」という構成をつくりだしているように思います。中盤からドラムス・パーカッションが加わり、4拍子独特のグルーヴ感をもって展開していきます。

2.「Fisherman’s Wives and Golden Ratio」は、こちらも指揮者を見ても拍子がわからない変拍子でした。「黄金比率の時間配分で構成」についてはまったくわかりませんでした、難しい。管楽器奏者が口にマウスピースのみを加えて演奏するパートもありました。声なのか音なのか、とても不思議な世界観の演出になります。

言うなれば、贅沢な公開コレーディングに立ち会っている感覚すら覚えたほどです。アコースティック楽器とデジタル楽器、スタジオ・レコーディングならば、1パートずつ録音していくようなそれを、一発勝負で響かせて最高のテイクを奏でるプロたち。スコアを視覚的に見て取るように「あ、今のこの音はこの楽器か」とわかるところも含めて、贅沢な公開レコーディングに遭遇したような万感の想いです。

おそらくとても難解、いやアグレッシブな挑戦的なこと高度なことをつめこんでいる作品だろうと思います。一聴だけでは、第一印象と目に見えた範囲のことでしか語れないので、あまり憶測やふわっとした印象での見解は控えるようにします。1年後?CD作品化された暁には、聴けば聴くほどやみつきになりそうな、味わいがにじみ出てくるような作品という印象です。

 

素早く動いている静物
《素早く動いている静物》 (1956年頃) サルバドール・ダリ

カダケスの4人の漁師の妻たち、あるいは太陽
《カダケスの4人の漁師の妻たち、あるいは太陽》 (1928年頃) サルバドール・ダリ

 

Blog. 「久石譲 presents ミュージック・フューチャー vol.3」 コンサート・レポート より所感抜粋)

 

 

CD鑑賞後レビュー追記

全編をとおして、耳が喜ぶ刺激、そんな音楽です。レコーディングとしても非常にクオリティの高い最高音質には脱帽です。よくぞここまで刻銘に記録してくれました!という言うことでしか表現が浮かびません。

コンサートで聴いたときとはまた違う、収まりのいい録音という音響だからこそ、見えてくる緻密さや聴こえてくる前後左右からの音、新しい発見がたくさんあります。小編成コンサートのシャープでソリッドで立体的な響き、作品の特性もあるのかときにむきだしなほどに鋭利な楽器の音たちは、それだけでも一聴の価値があるほど、ふだんの日常生活ではまた日常音楽では聴くことのできないものです。

 

久石譲作品について。

重厚でパンチの聴いたサンプリング・ベースがかっこいい。この作品を支配する大きな軸になっていると思います。クラブ・ミュージックを彷彿とさせながらも、音と沈黙によって一筋縄ではいかない、踊り流れておわってしまうことのない不思議な世界観を醸しだしています。またこの作品で追求した構成やサンプリング音(低音や金属音の種)は、その後「ダンロップCM音楽」(2016)やNHK「ディープ・オーシャン」(2016-2017)といったエンターテインメント音楽へも派生していきます。そういう点においても、実験的な試みをしただけにとどまらず、今久石譲が求める音を追求したワイルドなサウンドまで。具現化した完成度の高さでこの作品が君臨したからこそ、その先へつながっていると思うと、重要なマイルストーンとなる作品です。なにはともあれ、理屈うんぬんかっこいい!聴けば聴くほどに味がでる、今までに聴くことのできなかった新鮮で刺激的な音楽に出会えたことはたしかです。これがこれから長い時間をかけて聴きなじみ自分のなかへ吸収されていくとしたら、それはまさに快楽といえるでしょう。

 

 

 

アルノルト・シェーンベルク
Arnold Schönberg (1874-1951)
1. 室内交響曲 第1番 ホ長調 作品9 (1906)
 Chamber Symphony No.1 in E major, Op.9

久石譲
Joe Hisaishi (1950-)
2 Pieces for Strange Ensemble (2016) [世界初演]
2. 1. Fast Moving Opposition
3. 2. Fisherman’s Wives and Golden Ratio

スティーヴ・ライヒ
Steve Reich (1936-)
シティ・ライフ (1995)
City Life
4. 1 Check it out
5. 2 Pile driver / alarms
6. 3 It’s been a honeymoon – can’t take no mo’
7. 4 Heartbeats / boats & buoys
8. 5 Heavy smoke

久石譲(指揮)
Joe Hisaishi (Conductor)
フューチャー・オーケストラ
Future Orchestra

2016年10月13日、14日、東京、よみうり大手町ホールにてライヴ録音
Live Recording at Yomiuri Otemachi Hall, Tokyo, 13, 14 October, 2016

 

JOE HISAISHI presents MUSIC FUTURE II

Conducted by Joe Hisaishi
Performed by Future Orchestra
Live Recording at Yomiuri Otemachi Hall, Tokyo, 13, 14 October, 2016

Produced by Joe Hisaishi
Recording & Mixing Engineer:Tomoyoshi Ezaki
Assistant Engineer:Takeshi Muramatsu
Mixed at EXTON Studio, Tokyo
Mastering Engineer:Shigeki Fujino (UNIVERSAL MUSIC)
Cover Desing:Yusaku Fukuda

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