Overtone.第58回 「アド・アストラ サウンドトラック/マックス・リヒター」を聴く ~本編音楽と予告編音楽 II~

Posted on 2022/01/10

ふらいすとーんです。

シリーズ マックス・リヒターです。

 

 

映画『アド・アストラ』(2019)は、ブラッド・ピット主演のスペース・アクション映画です。マックス・リヒターは、いわゆるハリウッド超大作の音楽を担当するのはこれが初めてになります。そのこともあってか、本作で初めてグラミー賞にもノミネートされました。

前回は、そのサントラ盤の曲をご紹介しました。音楽の特徴ひとかけらが伝わったのならうれしいです。2021年3月NHK「プロフェッショナル仕事の流儀 庵野秀明スペシャル」TV番組でも、このサントラからを始めマックス・リヒター曲がたくさん選曲されてちょっとした話題にもなりました。

 

さて今回は。

本編音楽から話はそれて宇宙空間を彷徨うことになります。何光年も彼方に行ってしまって、簡単には戻ってこれなさそうでした。書いてたら、調べてたら、だんだん腹が立ってきて。積年の思い辛みに拍車がかかってしまいそうで。予告編音楽・トレイラー音楽にスポットを当てたい、そんな後編です。

 

 

(前回からのつづき)

……

 

話はそれます。(怒)

 

映画『アド・アストラ』予告編 9月20日(金)公開 (約1分)

映画公開3ヶ月前の予告です。この時点でマックス・リヒターが音楽担当することはわかっていました。ベートーヴェン「月光」の旋律が聴こえてくる!しかもどんどん劇的に展開していってる! これマックス・リヒターによるもの?? クラシック音楽からの引用という点ではそういうことしそうな人、へぇー!すごい!ベートーヴェンから!早く聴いてみたい。

……映画公開情報のなかに一向にサントラ発売情報は現れず、結果としてリリースは先行デジタル配信が映画公開から1ヶ月後、CD盤は2ヶ月後でした。……そして予告編で使われていた音楽が見当たらない。バッハはあるのに(前回Overtoneで紹介しています)ベートーヴェン「月光」はない。ん??

 

 

Moonlight Sonata

答えはこれです。どうやって探し当てたのかも覚えていません。たぶん血まなこになって探したんでしょう。いわゆるトレイラー音楽として作られた作品で、このアルバムには他に「ワルキューレの騎行」「ロミオとジュリエット」「交響曲第5番 運命」なんかもあったと思います。映画予告編で使われていた音楽は、マックス・リヒターが映画のために書き下ろした音楽からではなかったんです。

 

 

かっこいいですよ。

インパクトあります。こんな料理の仕方もあるんだと好奇心あります。ただ甘味料たっぷり着色料たっぷりなジャンクフード感がつきまとう感じがしないでもない(やんわり)。

 

 

それもいいんですよ。

監督が作曲家に依頼する前に映像にあてられた既成音楽のことをテンプトラックと言ったりします。監督が描くイメージをより伝えやすくするものでもありますが、これによって作曲家はもちろん監督自身も先入観に縛られてイメージが広がらないことも起こり得ます。「最近はテンプトラックが付けられてくることが多くて本当に困っている」と語っていた作曲家の記事もいつしか目にした気がします。

マックス・リヒターがバッハ曲を使用することがわかっていて、あるいはすでに出来上がっていて、それに近いものを仮音源として当てた可能性もあります(あるかな?)。監督のテンプトラックがこのベートーヴェン「月光」アレンジ版だった可能性もあります(あるかな?)。音響担当が雰囲気や世界観からセレクトした可能性もあります(ありそう?)。いかなる可能性があったにせよ、あまりにも紛らわしい近すぎる選曲だと思います。。

(怒)だったのは、ちょっと勘違いしてしまうほどの危うさや紛らわしさがもくもくと潜んでいたからです。ちゃんと一曲とおして聴くとおもしろいアレンジだし、一方ではマックス・リヒターはしないだろうアレンジかなともわかってきます。

 

 

……

……

残念なお知らせ。

久石譲の場合にもあります。日本映画では起こらないことですが、海外映画の音楽を担当するときに、予告編でまったく別の音楽が当てられていることが往々にしてあります。プロモーションのためのトレイラー音楽です。

 

映画『赤狐書生 (Soul Snatcher)』
公開日:2020年12月4日 *中国

陳立農 Chen Linong 《赤狐書生》終極預告 (約2分)

✕久石譲音楽

トレイラー音楽。

 

 

韓国公開時予告編

영화 [적호서생] 메인 예고편 : 이현, 천리농 : 2021.04.29 : 액션 모험 코미디 (約1分半)

✕久石譲音楽

異なるトレイラー音楽。しかも《音楽:久石譲》をテロップ大きく打ち出し。

 

 

日本(映画祭)公開時予告

【のむコレ’21上映作品】『レジェンド・オブ・フォックス 妖狐伝説』予告編 (約2分)

◎久石譲音楽

これが正しい。

 

とても魅力的な音楽です。日本予告編を見てサントラ聴いてみたくなった人いませんかいますよね。 久石譲が手がけた現時点で最新の映画音楽です。ぜひ聴いてみてくださいね。(2021年2月Digitalリリース&2021年12月DVD発売)

 

 

 

負の歴史があります。

取り上げやすかった直近ものからピックアップしました。けれども、こういったケースは過去にもたくさんありますありました。

その映画の音楽を久石譲が担当することを強く宣伝効果狙うこともあります。もちろん映像には《音楽:久石譲》ドン!名前が大きくクレジットされている。もしファンなら、これは予告用の別音楽だとすぐにわかることも、久石譲ってこんな音楽書く人なんだ、今回はこんな音楽書いたんだ、なんだかイメージ変わる、そう勘違いする人もきっといると思います。ファンにしたってそうです。あまりにも久石さんだと言われたらそうなのかなと可能性を感じる音楽、似たような音楽を持ってこられたら、たぶん迷ってしまいます。

しかもですよ!(フーンッ!)これが日本でなら予告編公開と同時にSNS話題になって、これ久石譲?…迫力ある音楽だ!…なんか新鮮!…久石譲の音楽はハズレない!…久石譲の音楽強すぎもってかれてる!…音楽がうるさい!…久石譲っぽくない…たぶん違うと思いますよ…久石譲じゃないでしょこれ……そんな拡散と誤解と修正が飛び交って、たぶん落ち着きますよね。それが叶いにくい海外映画において起こりやすいケースだからまた曲者です。久石譲音楽という共通理解が少ない地域において。拡散と誤解のまま滞留してしまいそうです。

 

 

なんか鼻息が荒い?!

……

お願いです。

予告段階ではまだ音楽が出来上がっていないケースもあるかもしれません。宣伝効果としてのトレイラー音楽の活用もあるでしょう。…30秒予告編くらいならまあわかる。…2分間でも同じトレイラー音楽を鳴らしっぱなならまあまあわかる。でも!めまぐるしいカット割りに合わせて音楽も曲調豊かにいろいろ切り貼りして仕上げちゃうでしょう。それだともうお手上げ。

なんとか紛らわしさや誤解は極力回避してほしいです。たとえば、music for promotionとかused from Trailer songとかused by promotional musicとか、、小さくてもいいのでクレジットしてほしい、映像の隅っこのほうでもいいので。こんな提案はいかがでしょう。

監督・作曲家・プロデューサー。監督は予告編にどこまでタッチしますか? 作曲家は事前に依頼がないかぎり予告編まで介入しないノータッチですよね。個人的には、この予告編音楽問題は、プロデューサーにかかるところが大きいと思っています。あるいは国ごとに作品の配給権をつかんだその各国プロデューサー。いかなるシチュエーションであれ、プロデューサーがしっかりと音楽について理解を深めてもらって、音楽を取り扱っていただけるといいなと切望します。プロモーションも作品の一部だと思います。

 

 

深呼吸しました。

ちょっと気になって調べてみたことがあります。そうしたら、トレイラー音楽というものがひとつの産業としてあるんですね。ハリウッドの映画予告編に専門特化したオーケストラおよび作曲家集団。その元祖ともいえるのが「トレイラーヘッド」詳しくはウィキペディアにあります。興味あったら掘り下げてみてください。

 

代表的なアルバムを紹介すると。

『trailerhead』
映画の予告編で使用されたBGMを集めた作品。収録されたBGMの映画タイトルは『パイレーツ・オブ・カリビアン:デッドマンズ・チェスト』『スパイダーマン2』『スパイダーマン3』『パイオハザードIIアポカリプス』『ファンタスティック・フォー超能力ユニット』『ナイトミュージアム2』『ロード・オブ・ザ・リング』『ダ・ヴィンチ・コード』『アリス・イン・ワンダーランド』他。

trailerhead:TRIUMPH
映画の予告編で使用されたBGMを集めた作品。収録されたBGMの映画タイトルは『ハリーポッターと死の秘宝Part1&2』『アバター』『パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド』『宇宙戦争』『アンダーワールドビギンズ』『トワイライト・サーガブレイキング・ドーンPart1』『デイ・アフター・トゥモロー』『ウルヴァリンX-MEN ZERO』『フライト・プラン』他。

Introduction to TRAILERHEAD
2分でボルテージ最高潮! 話題のド迫力「映画予告編サントラ」国内独自企画ベスト盤が登場! 世界最高峰のシネマ・オーケストラ集団が織り成す圧倒的な音世界!「進撃の巨人」「相棒-劇場版II」「GANTZ」など邦画作品でも使用され、その荘厳なサウンドが話題に!

 

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わずか2-3分で映画の印象を決定づける映画予告編において、そこで使用される音楽が最も重要なのは間違いない。限られた時間の中で、観客のボルテージを最高潮に盛り上げるこれらの楽曲を制作しているのが、railerhead(トレイラーヘッド)と呼ばれる超絶オーケストラ集団だ!ハリウッド映画を知り尽くした作家陣をはじめ、100人編成のオーケストラと70人のコーラスという壮大なスケールで構成され、その制作楽曲は1200曲を超える。また、予告編で使用される楽曲は通常のサウンドトラック盤には収録されない<幻の楽曲>としてファンの中でも熱く語られていた。それらの映画予告編やゲーム音楽で使用されたトラック がCDに収録されて発売決定!錚々たる映画の予告編などで使用され、そして中にはYoutubeにて100万回以上の試聴回数を誇るトラックも出現するなど、このシーンへの熱い想いはますますヒートアップ!
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(メーカー・インフォメーション より)

 

 

僕らは、これまでにいつのまにか、この手の音楽をたっぷりと服用されていた。なんとなくこのジャンルのポジションやコアな熱気みたいなものが伝わったでしょうか。

 

 

Spiderman 2 Trailer (約2分半)

映画『スパイダーマン2』(2004)予告編です。いくつかの音楽が切り貼りされています。その後半部分が次のこちら。下の公式音源です。

 

Immediate Music – Lacrimosa Dominae

from Epic Music World Official

これでもかと煽る煽る(笑)いかに煽られてきたことか。エナジードリンクのようなカンフル効果ありますね。インパクト・吸引力・訴求力はプロの技としか言いようがありません。お見事です。お見事なんですけれど、ここに潜む過剰に煽ることの危うさ、音楽による誇大広告の助長みたいなものもまた感じてしまう。考えさせられるいい例です。

 

しかもこれ、カルミナ・ブラーナしか浮かびません。

 

Orff: Carmina Burana / Fortuna Imperatrix Mundi – “O Fortuna”

 

このまま使っていいんじゃないかな。あるいはカルミナ・ブラーナ《おお、運命の女神よ》から引用したとわかるかたちで編曲したほうがいいとさえ思います。僕が言いたいのは、なんちゃってというか、○○風に作ってしまうことで、映画音楽が陳腐なポジションに成り下がってしまう要因をつくっていないか、そうしてこなかったか、ということにまで思い及んでしまうからです。クラシック音楽とは到底並べられない……となってしまった要因に、なんとなく雰囲気でつけちゃう音楽があったような。商業性を狙いすぎた、芸術性(作品性)を守ってこれなかった。

久石譲が否定的に語る「効果音楽のようなもの」のエピソードも思い出します。それらは「走ってたら速い音楽、泣いてたら悲しい音楽」とわかりやすい例で語られてきたものです。映像をなぞる・映像を誇張するという意味では、トレイラー音楽こそ効果音楽の最たる象徴と…言い切ってしまいたい。(フーンッ!再熱)

そして、トレイラー音楽の需要やポジションが確立されるにつれて、これらの音楽は予告編のラインを越えて、映画本編にまで影響を及ぼしてきた。似たような音楽が増えてきた。とにかく観客を飽きさせるなというように。ハリウッド映画音楽の歴史の流れのなかにこんな側面あってそれは今に至る、そんな気さえしてきます。

一度その濃い味に慣れてしまうと、ほかのものは薄味に感じてしまって、素材を生かした旨味に反応できなくなってしまいます。

 

 

 

プラス面

汎用性が高いというのが最大の魅力です。唯一の魅力です(チクリッ!?)。何か特定の作品を連想させることのない広義なBGMです。とにかくいろいろなテーマの作品集があるんです。ラブストーリー、ヒューマン、ネイチャーといかなるジャンルも膨大な曲で対応しています。CDからYouTubeからサブスクから調べていたら、どんどん芋づる式に湧いてくると思います。

瞬間でエナジーチャージしたいときとか?一気にテンション上げたいときとか?会議やプレゼン前とか?ヒーローになりたいときとか?変身したいときとか?……とにもかくにも一瞬でスイッチ入るシリーズだとは思います。

 

 

マイナス面

効果音楽的な音楽、消費され尽くす音楽、煽られ錯覚する音楽、舌がバカになる音楽(やんわりじゃない)。言い過ぎでしょうか。たまに食べるのはいいけれど、甘味料たっぷり着色料たっぷりなジャンクフードのような音楽はマヒします。そういう音楽ばかりにふれるのは、心にも体にもあまりよくないんじゃないかなあ、と根拠はありません。

僕は、おもしろいなとは思うけれど、リピートはしないし、手元には置かないかな。否定的な理由ならいくらでも書けるけど、こういった音楽が好きな人もいるだろうし。だから、感情的ケンカにならないように論理的に説明できたらとがんばります。

 

 

……

……

ズバリ!

顔のない音楽なんです。

その映画を象徴するメインテーマ、その映画を表現するメロディたち。それらを顔としたときにトレイラー音楽には顔がありません。これはもっともなことで、いかなる映像にも当てはめられる汎用性を求められて作られたものです。顔がなくて当然とも言えます。

ただ、僕にはそれが使いまわしのきく効果音楽のようで、どれでもいいんでしょ、鳴ってればいいならあなたである必然性を感じませんと。もっと言うと「サントラよりも予告編の音楽のほうがインパクトあってかっこよかったね!」……もしそんな声を聞いてしまったなら、むずむずしてきます。メラメラと。

さきほど紹介したトレイラー音楽「Lacrimosa Dominae」をもう一回聴いてみてください。ちゃんと聴くと、メロディがない音楽全体が伴奏のように聴こませんか。顔のない胴体だけが図体デカく歩いている音楽のよう(やんわり超えてる)。

 

 

 

彷徨ってる、戻ってこい。

◇トレイラー音楽とわかる予告編にしてほしい
◇できるだけ本編音楽から使ってほしい
◇トレイラー音楽聴きかた注意
◇トレイラー音楽と本編音楽の効果は似て非なる
◇トレイラー音楽と本編音楽の手法は似て非なるべき
◇映画音楽の地位を歪めない足を引っ張らない
◇プロモーションも作品の一部

 

 

これなら納得でしょう。

ハリウッド映画のアクション・SF・ファンタジーなど、ヒーローもの善と悪との戦いの構図になると、必ず出てくるのがオーケストラとコーラスを主体とした荘厳な響きの曲です。運命、宿命、神、神話と行き着く先は西洋宗教音楽に還る。そんなことを映画『ファンタスティック・ビースト』のときにも書いたかもしれません。おのずとトレイラー音楽にもこういったテイストの楽曲は多いです。さっきのカルミナ・ブラーナ風の曲もそうでしたね。

ジョン・ウィリアムズも映画『スター・ウォーズ』の音楽で表現しています。顔のある音楽とはこういうことだ!(と思っている)。本編で幾度使われるメロディやハーモニーをふんだんに使って『スター・ウォーズ』でしか成立しえない音楽をつくっている。

まず性格のはっきりした映画主要テーマ曲の旋律がはっきりあってこそです。顔があるから個性が出てくるし、表情の変化(アレンジ)もうまく伝わる。映画を表現するためにキーとなっているメロディ・楽器・ハーモニーらを使ってこんなふうに料理したんだ!意外性ある音楽的展開してる!とうれしくなってくる。これこそ、映画音楽から感じる世界観だったり、映画全体をコーディネートした音楽構成に魅了される、映画音楽の醍醐味です。

 

Star Wars The Phantom Menace Music Video – [Duel Of Fates]

 

カルミナ・ブラーナ風なんて言わせないぞ、すごい密度と燃焼度です。並べてもひけをとらない、とらないどころかの新しい創造。しかも『スター・ウォーズ』のためだけの音楽になっている。顔があって強靭な胴体があってたくましく存在感のある音楽。こういうのを聴いていると、あぁクラシック音楽はこうやって映画音楽に継承されてきたんだなと思います。

 

 

 

さらに彷徨いたくなる!?

久石譲初期の代表曲のひとつ「794BDH」です。上のスター・ウォーズ曲と似たような音型が聴かれます。偶然にも限りなく近いモチーフから構成されているこの2曲。西洋と東洋のルーツの違いが鮮明に見てとれて並べるととてもおもしろいです。けっこう具象化された好例かもなあと見つけてつなげて楽しい。

 

794BDH

from Joe Hisaishi official

 

こんなことばかりしていたら宇宙空間の彼方から戻ってこれなくなります。ブラックホールには気をつけましょう。

 

それではまた。

 

reverb.
楽しい音楽探査ができました♪

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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