第12回:「不安な自信作」

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第12回:「不安な自信作」

「徹底的に一つのテーマ曲でいきたい」

宮崎駿監督が久石譲に切り出した。2004年2月、「ハウルの動く城」の音楽打ち合わせでのことだ。

久石は驚いた。「通常、映画で使われる30曲程度のうち、テーマ曲は4、5曲。ところが、監督は全編を一つのテーマ曲で通したいという。今までにない提案だった」

映画音楽には、場面に応じて様々なメロディーが登場する。これを一つのテーマ曲のバリエーションで聴かせるには、相当な技術が要求される。第一線を走る久石にとっても、決して容易なことではない。

しかも監督は、1月に発売された「イメージ交響組曲 ハウルの動く城」に収録されたモチーフとは別のテーマ曲、つまり「新曲」が必要だと、久石に伝えた。

同アルバムは、あくまで交響曲として完成度を追求している。必然的に、メロディーはハーモニーやリズムと同等のものになり、これまでのイメージアルバムのように、テーマ曲になりうる「分かりやすいメロディー」があるわけではない。

アルバムを聴いた監督は、その出来に満足しながらも、テーマ曲になりうる新たな旋律を欲していた。

2人の議論は4時間に渡ったが、久石はその困難に挑戦することを決意した。

「絵コンテを読んでいるうちに、僕もどこかでそう感じていた。主人公ソフィーは、18歳から90歳になるけど、彼女の中にあるものは変わらないんだ。だから、大変だと分かっていても、やってみたいと思った」

それから、苦闘の日々が始まった。過密スケジュールの合間を縫いながら、「ハウル」に相応しい「たった一つのメロディー」を探し続けた。

そんなある日、不意に「これだ」と思える旋律が浮かんだ。それは、今までの宮崎作品にはなかった雰囲気を持ち合わせたメロディー。ダンスとも相性のいいワルツで、主人公ソフィーの「隣にいる誰か」を想像させる。「“戦火の恋”を掲げる『ハウル』にはこれしかない」という自信が体を走った。

ワルツにしたのには、別の理由もあった。「最近、自分の音楽が激しすぎると感じていた。映像と音楽は対等の関係だと思うけど、決して音楽がしゃしゃり出たいわけじゃない。だから、様式の決まったワルツにすることで、それを押さえられるんじゃないかって」

しかし、直感と同じ勢いで不安も襲ってきた。「今までの作品とはタイプの違う曲。監督が気に入ってくれるだろうか……」

4月。久石は3つの候補曲を持って宮崎監督のもとを訪れた。2曲を追加したのは、「不安な自信作」だけでは心細いという気持ちの表れだった。

久石は、テーマ曲の選定にあたって、いつもと違う方法を取った。これまではデモテープの形にして持っていくことが多かったが、今回は、監督のアトリエにあるピアノで生演奏し、選んでもらうことにした。

「特別な理由はないんだけど」と断った上で、久石はこう続けた。「『ハウル』には、それが合うと思ったんだ」

アトリエでは、監督をはじめ、鈴木敏夫プロデューサー、音楽担当の稲城和実らが顔をそろえ、ピアノを囲んだ。

どれから演奏しよう。

迷った久石が1曲目に選んだのは、人々が思う「宮崎アニメ」の路線に添った「安全な曲」。「これが選ばれるのかな」と思いながら、ピアノに向かった。

ところが、反応は今ひとつ。誰が聴いても悪い印象を持たないはずの曲なのに、何かが違った。少し重い空気が、アトリエを覆った。

2曲目。久石は雰囲気を変えようと、思い切って「不安な自信作」を弾くことにした。

メロディーが鳴った瞬間、さっきまで重かった空気の流れが変わった。宮崎監督に目をやると、身を乗り出して聴いている。

アトリエを、風が吹きぬけた──。

演奏後、監督はこの「不安な自信作」を絶賛した。「これでいきましょう」

「嬉しかった」と久石は振り返る。「僕らの仕事で一番つまらないのは、“こうなるだろう”と予想がつくこと。宮崎さんも冒険することを望んでいたんだと分かったら、胸が熱くなった」

結局この日、3曲目は演奏されることがなかった。

ちなみにどんな曲だったのか聞くと、久石は、「もう、忘れちゃったよ」と笑う。「ただ、今回も選んでもらったという事実があるだけ」

久石にとって、宮崎作品への参加は、毎回大きなハードルとなっている。「『風の谷のナウシカ』(1984年)から20年になるけど、予定調和を許さない。作品と作品の間に自分がどれだけ成長したかを常に問われているんだ」

「音楽のことは分からない」が口癖の宮崎監督だが、その感覚がいかに鋭いかを、久石は20年の付き合いで痛感している。

監督がテーマ曲を「人生のメリーゴーランド」と名づけたのがいい例だ。長調と短調の混在によって上がったり降りたりする雰囲気や、ダンスの際に回転して踊ることが多いワルツの特徴を、メリーゴーランドの動きに例えることで、正確につかんでいたのだ。「音楽のことは分からない」はずの男が、その音楽が持っているもののことはよく分かっている証拠である。

久石は、宮崎作品と言えば必ず自分が音楽をやると決まっているわけではない、と断言する。「僕は、たまたま選ばれているだけ。また次に選んでもらうためには、さらに頑張るしかないんだ」

「ハウル」の音楽はこの日、ようやくスタート地点に立った。(依田謙一)

(2004年3月29日 読売新聞)

 

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